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欧州委員会の銀行構造改革案

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欧州委員会の銀行構造改革案
みずほインサイト
欧 州
2014 年 7 月 22 日
欧州委員会の銀行構造改革案
金融調査部主任研究員
米国の規制との調和を見据えた内容
03-3591-1417
佐原雄次郎
[email protected]
○ 2014年1月、欧州委員会は、
「EU銀行セクターの構造改革」のためのルール案を公表。2012年10月に
公表されたハイレベル専門家グループの最終報告(リーカネン報告)を踏まえて策定
○ 主に、EUの「大き過ぎて潰せない」銀行を適用対象として、「自己勘定取引の禁止」と「特定のト
レーディング業務の分離」を求めるもの
○ リーカネン報告の内容とは異なり、米国の規制との調和を見据えた内容。欧州委員会は、欧州の銀
行による国際的な活動の円滑化を志向
1.銀行を高リスク取引から隔離することが目的
2014年1月、欧州委員会は、「EU銀行セクターの構造改革」のためのルール案(以下、銀行構造改革
案、または、本ルール案)を公表した(図表1)。本ルール案は、銀行による自己勘定取引を禁止する
とともに、銀行に対して特定のトレーディング業務を分離するよう求めるものである。このようなル
ールが検討されている背景には何があるのだろうか。
2007年以降の金融危機が本格化するまで、欧米の国際的な銀行の多くは、セールス&トレーディン
グ業務(以下、トレーディング業務)と言われる、
証券化商品の組成・販売や債券・株式等の自己売買
などの非伝統的な投資銀行業務を増加させていた。
そうした中、これらの銀行は、トレーディング業務
図表 1
2008年9月
リーマン・ショック
2008年10月
流動性不足に直面した銀行に対する各国の国
家支援・救済が本格化
2010年5月
ギリシャ政府がEU・IMF主導の救済計画を受け
入れ
2012年2月
欧州委員会のバルニエ委員がEU銀行セクター
の構造改革に関するハイレベル専門家グルー
プを設置
2012年10月
ハイレベル専門家グループが最終報告(リーカ
ネン報告)を公表
2014年1月
欧州委員会が銀行構造改革案を公表
2017年1月、
2018年7月
銀行構造改革案に基づく新ルールの適用開始
(予定)
に必要となる資産を増加させ、バランス・シートを
拡大させていく過程で、短期のホールセール市場で
の資金調達への依存度が高まり、市場の流動性不足
に対してより脆弱な財務構造となった。また、複雑
な金融商品の利用の増大も重なって、銀行グループ
銀行構造改革案の経緯
の組織・業務の複雑性と金融機関間の相互連関性が
高まったことにより、金融システムの混乱を伴わな
い銀行の破綻処理がより困難になった。さらに、リ
スクの高い自己勘定取引も増やすなど、全体として
1
(資料)みずほ総合研究所作成
過剰にリスクをとるようになった(図表2)。このため、2008年のリーマン・ショック後には、流動性
不足に直面した多くの銀行を国家が支援・救済せざるをえない事態に陥った。
このような経緯を踏まえ、金融危機後、欧米各国では、銀行による過剰なリスクテイクを抑制する
ための業務範囲規制が検討されるようになった。米国では、2013年12月に、ボルカー・ルールと呼ば
れる、自己勘定取引やヘッジファンドへの投資を禁止するルールの最終案が確定した。また、英国で
は、2013年12月に、銀行グループ内でのリテール業務の分離を規定した銀行改革法が成立した。そし
てドイツでは2013年8月に、フランスでは2013年7月に、それぞれ、銀行グループ内での自己勘定取引
やヘッジファンドへの投資の分離を規定した法案が成立した。
こうした各国の動きと並行して、EUレベルでも規制導入に向けた検討が進められてきた。欧州委員
会のバルニエ委員は、2012年2月、個別銀行の組織構造を対象とする改革の必要性を検討するためのハ
イレベル専門家グループ(議長:フィンランド中央銀行のリーカネン総裁)を設置した。ハイレベル
専門家グループは、2012年10月に最終報告(以下、リーカネン報告)を公表し、銀行グループの健全
性の向上とトレーディング業務との連関性の低減、および、納税者保護の強化を図るため、預金を取
り扱う銀行から自己勘定取引とその他のリスクの高いトレーディング業務を銀行グループ内の別会社
に分離することを提言した。欧州委員会は、リーカネン報告に検討を加えた上で、2014年1月、銀行構
造改革案を公表した。
2.「自己勘定取引の禁止」と「特定のトレーディング業務の分離」の 2 本柱
(1)目的
本ルール案の目的には以下7点が挙げられている。
①
金融機関による過剰なリスクテイクの低減
②
同一金融機関内の異なる部門間の利益相反の排除
③
誤った資源配分の是正による実体経済への貸出の促進
④
域内市場の全金融機関の間での公正な競争環境の確保
図表 2
トレーディング業務増加の影響
既存の業務の収益性
低下、機関投資家の
プレゼンスの高まり
トレーディング業務用の
資産の積み上げ
(バランスシートの拡大)
短期の市場性資金への
依存
流動性リスクの増大
トレーディング業務の増加
複雑な金融商品(デリバティブ・
ストラクチャードファイナンス
など)の利用
銀行グループの複雑性、
金融機関間の相互連関性
の増大
システミックリスクの増大、
破綻処理・リスク管理・監督
の難しさの増大
リスクの高い自己勘定取引
の拡大
マーケット変動により
大きな損失を被るリスク
の増大
(資料)みずほ総合研究所作成
2
⑤
システミック・リスクにつながる金融機関間の相互連関性の低減
⑥
金融機関の効率的な管理・監視・監督の容易化
⑦
金融システムの混乱を伴わない破綻処理の容易化
(2)適用対象
本ルール案は、主にEUの「大き過ぎて潰せない」銀行を規制するものであり、適用対象は、①グロ
ーバルなシステム上重要なEUの銀行、②資産規模およびトレーディング業務の規模が一定の水準を超
えるEUの銀行、とされている。欧州委員会は、EUで業務が行われている約8,000の銀行のうち、およそ
30の銀行が該当すると想定している1。また、EU域外の銀行のEU域内支店についても、公平な競争環境
の確保や規制逃れの防止のために必要な場合には、適用対象になると説明している1(図表3)。但し、
EUの銀行のEU域外子会社、および、EU域外の銀行のEU域内支店については、欧州委員会が本ルール案
と同等と認めるルールが相手国に存在し、適用対象となっている場合は、本ルールの適用対象から除
外される。
(3)自己勘定取引の禁止
本ルール案は、銀行による自己勘定取引を禁止している。ここでの自己勘定取引とは、顧客の活動
に伴うものを含まず、自己の利益獲得のみのために自己資金もしくは借入資金を用いて金融商品やコ
モディティのポジションを取ることを指す。併せて、ヘッジファンドや自己勘定取引を行う事業体へ
の投資も禁止している。自己勘定取引や特定のファンドへの投資を禁止する点は米国のボルカー・ル
ールと同じであるが、ボルカー・ルールと比べると自己勘定取引に該当する取引の範囲が狭く、銀行
にとって緩い内容となっている(次ページ図表4)。
(4)特定のトレーディング業務の分離
また、監督当局は、特定のトレーディング業務(マーケット・メイキングや複雑な証券化商品への
投資、店頭デリバティブを含む)のリスクが一定基準を上回った銀行に対して、それらのトレーディ
ング業務をグループ内の別会社に分離するよう求めることとされている。但し、銀行が、それらのト
図表 3
銀行構造改革案の概要
以下のいずれかに該当する銀行
・EU自己資本要件指令(CRDⅣ)において、グローバルなシステム上重要な機関に指定されている銀行
対象金融機関
・3年連続で、総資産300億ユーロ以上、かつ、トレーディング取引額が700億ユーロ以上または総資産の10%以上のEUの
銀行等(EU域外の銀行のEU域内支店を含む)
①自己勘定取引(顧客の活動に伴うものを含まず、銀行自身の利益獲得のみを目的とするポジションテイク)の禁止
- EU加盟国が発行する資金調達手段を扱う場合や資金管理のために現金・現金同等物を扱う場合は規制の対象外
- ヘッジファンドや自己勘定取引を行う事業体への投資も原則禁止
規制内容
②特定のトレーディング業務のグループ内別会社への分離
- 監督当局は、マーケット・メイキングや複雑な証券化商品への投資、店頭デリバティブ取引等のリスクが一定基準を上
回った銀行や、トレーディング業務が金融安定性にとって脅威となっていると判断した銀行に対して、一定のトレーディン
グ業務をグループ内の別会社に分離するよう要求
- 分離が決まった銀行は、預金を取り扱う銀行とトレーディング業務を行う事業体について、法令、経済的関係、業務など
の面で明確に分離することが求められる
適用開始時期 ①:2017年1月、②:2018年7月
(資料)欧州委員会資料よりみずほ総合研究所作成
3
レーディング業務がEUの金融安定性を危険にさらすものではないことを監督当局が満足する形で示し
た場合には、監督当局は分離を求めないことを決定できるとされている。このほか、監督当局が、銀
行の一部のトレーディング業務について、EUや個別銀行の金融安定性にとって脅威となっていると判
断した場合には、銀行に対してその業務の分離を求めることができるとされている。このように、分
離の判断については監督当局が大きな裁量を持つ内容となっている。分離することとなった銀行は、
預金を取り扱う銀行とトレーディング業務を行う事業体について、法令、経済的関係、業務などの面
で明確に分離することが求められる。
なお、すでに本ルール案と同様の分離ルールを導入しているEU加盟国の銀行については、本ルール
案の適用を免除することとされている。英国のリテール業務の分離ルールは本ルール案と類似してお
り、英国の銀行については本ルール案の適用が免除されることが想定されていたが、報道によると、
EUの法律専門家委員会は、本ルール案を英国の銀行に適用しないことは違法との見解を示している2
(図表4)。
3.リーカネン報告の内容とは異なり、米国の規制との調和を見据えた内容
リーカネン報告では、銀行がリスクの高い業務を行うことの問題に対して、特定のトレーディング
業務の強制的な分離によって対応することが提言されていた。しかし、欧州委員会は、本ルール案の
策定にあたって、リーカネン報告の提言内容をそのまま反映させるのではなく、分離の判断について
監督当局が大きな裁量を持つ内容に緩めるとともに、自己勘定取引やヘッジファンドへの投資につい
図表 4
経緯、予定
・2010年7月、ドッド・フランク法成立
・2013年12月、最終ルール公表
米国
・2014年4月、最終ルール施行
ボルカー・ルール ・2015年7月、実施
EU
リーカネン報告
・2012年2月、ハイレベル専門家グ
ループ設置
・2012年10月、最終報告公表
・2014年1月、ルール案公表
・2017年1月、「自己勘定取引の禁
EU
止」実施
銀行構造改革案 ・2018年7月、「特定のトレーディング
業務の分離」実施
各国の業務範囲規制(案)の比較
主な対象
規制内容のイメージ
←高リスク業務 コア業務→_
・米国銀行グループ
・米国に拠点を有す
る外国銀行グループ
【禁止】
・自己勘定取引
・ヘッジファンドへの投資
・EUの大手銀行
【分離】
・マーケット・メイキング
・自己勘定取引
・ヘッジファンドへの投資
・EUの大手銀行
英国
リテール業務の
分離ルール
・2010年6月、ヴィッカーズ委員会設置 ・英国の大手銀行
・2011年9月、最終報告公表
・2013年12月、法案成立
・~2015年、第2次立法作業
・2019年、実施
ドイツ・ フランス
高リスク業務の
分離ルール
2013年7月、フランスにおいて法案成 ・両国の大手銀行
立
2013年8月、ドイツにおいて法案成立
~2015年7月:フランスにおいて実施
~2016年7月:ドイツにおいて実施
【禁止】
【分離】
・自己勘定取引
・ヘッジファンドへ
の投資
・マーケット・メイキング
・複雑な証券化商品への投資
・店頭デリバティブ
【分離】
・リテール業務
【 分離】
・自己勘定取引
・ヘッジファンドへ
の投資
(資料)FRB 資料、欧州委員会資料、英国財務省資料などよりみずほ総合研究所作成
4
てはグループ内での分離ではなく禁止とした。そして、本ルール案と同時に公表したQ&Aの中に、米
国のボルカー・ルールとの比較についての項目を設け、同じ目的を共有していることや、類似した目
的を有する他国の枠組みを承認する規定があることを示すなど、本ルール案を米国の規制との調和を
見据えた内容とした1。その上で、欧州委員会のバルニエ委員は、2014年6月13日のワシントンでのス
ピーチにおいて、本ルール案と米国のボルカー・ルールについて、米国との協力の上、両ルールの対
象となる銀行にとって過度な規制となることを回避する方法を検討しなければならないと述べ、規制
の調和を図る方針を示した3。
欧州委員会が銀行構造改革案を米国の規制との調和を見据えた内容とした目的には、欧州の銀行に
よる国際的な活動を円滑化することがある。バルニエ委員は、上述のスピーチの中で、EUと米国の間
で交渉が進められている自由貿易協定「環大西洋貿易投資パートナーシップ」
(以下、TTIP)の対象に
金融規制に係る協力を加え、TTIPの枠組みの中で金融規制に係る欧米間の協力を行うべきであると主
張した3。そして、国際的な銀行の業務上の障害となっている欧米間の規制の相違を特定し、可能な限
り除去するか、少なくとも悪影響を軽減していくことの必要性を訴えた3。
このような欧州委員会の方針に対し、米国のフロマン通商代表は、2010年7月に成立した米国の包括
的な金融規制改革法であるドッド・フランク法の施行内容について、見直しや緩和は受け入れないと
いう方針が固まっているとして、金融規制に係る協力をTTIPの対象とすることに難色を示している4。
4.今後の見通し
銀行構造改革案は、欧州の大手銀行の間で一般的な、銀行グループ全体で幅広い金融商品・サービ
スを提供する「ユニバーサルバンク」を解体するものではないと欧州委員会が説明している通り1、抜
本的な改革を行うものではなく比較的緩やかな内容となっている。但し、本ルール案が成立するには、
欧州議会・EU理事会の承認を得る必要があり、今後、規制内容が修正される可能性もあることから、
動向を注視する必要がある。
銀行構造改革案は、米国の規制との調和を見据えた内容となったが、欧米間の規制の相違・不調和
が両地域の経済に負の影響を与えることは明らかである。近年、欧米諸国が、外国銀行にも適用され
る各国内のルールを、国際協調よりも自国の金融システムの都合を優先させて導入してきたことは、
グローバルな金融市場の分断につながっている。このことは、銀行が、地域毎に、それぞれ大きく異
なる組織構造・システム・オペレーションを構築せざるをえない状況を作り出しており、銀行による
国際的な活動の非効率化・複雑化を招いている。特に国際的な金融改革を先導するEUと米国は、今後
既存のルールを欧米間で調和させる際や新しいルールを策定する際には、お互いの金融システムはも
とより欧米以外の金融システムの特徴も考慮に入れて検討を行うことによって、各国の銀行によるグ
ローバルなビジネス展開を円滑化し、世界経済の成長と金融システムの安定化に寄与していくことが
期待されよう。
なお、日本にとっては、銀行を高リスク取引から隔離するためのルールが、米国、欧州各国に加え、
EUレベルでも検討されていることから、このようなルールが国際標準に発展するかどうかが大きな関
5
心事となっている。現時点において具体的な動きはみられないが、欧米の銀行との公平な競争環境の
確保を目的として、日本に対して欧米と同様のルールを法制化するように求める動きが出てくる可能
性もあり、こちらも今後の動向には注意したい。
1
2
3
4
European Commission“Structural measures to improve the resilience of EU credit institutions – frequently
asked questions”, 29 January 2014
Reuters,“EU legal opinion says exemption for UK bank rules from EU curbs “illegal””,17 June 2014
European Commission, SPEECH/14/465“The EU and US: leading partners in financial reform” 13 June 2014
FINANCIAL TIMES,“EU-US trade talks hit roadblock over financial services”,16 June 2014
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