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看護実践の知識伝授プロセスにみられる 暗黙知

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看護実践の知識伝授プロセスにみられる 暗黙知
The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol 9, No 2, pp 50─57, 2006
原著
看護実践の知識伝授プロセスにみられる
暗黙知伝授の有用性の検討
─看護管理者の知識伝授体験より─
Examination of Tacit Knowledge Utility Observed in a Knowledge Initiation Process in
a Nursing Practice
─ Based on Knowledge Initiation Experiences of Nursing Administrators ─
村上成明
Shigeaki Murakami
Key words : knowledge initiation, tacit knowledge, knowledge management, culture, interview
キーワード:知識伝授,暗黙知,ナレッジマネジメント,文化,面接法
Abstract
Semi-structured interviews of eight nurses working as part of the middle management regarding the knowledge initiation experience were analyzed by the modified grounded theory
approach(M─GTA)
, and knowledge initiation utility through tacit knowledge was examined by
explaining a knowledge initiation process pertaining to a nursing practice.
Although the fixed form of knowledge continued to grow by transitioning to explicit
knowledge during the process, the knowledge that it was considered to impart only in the form
of tacit knowledge also existed ; thus, explicit and tacit knowledge initiation progressed simultaneously. Further, the characteristic influences of the Japanese culture were also observed with an
emphasis on the nurses’ growth and recognition aspects of knowledge.
This suggested that knowledge initiation was promoted by avoiding an excessive use of the
fixed form of knowledge, exploiting the cultural trait that tacit knowledge initiation is favorable,
and effectively combining explicit knowledge initiation with tacit knowledge initiation.
要 旨
中間管理職にある看護師 8 名への知識伝授経験に関する半構成的インタビューを,修正版グ
ラウンデッド・セオリー・アプローチ(M─GTA)で分析し,看護実践における知識伝授プロセ
スを明らかにするところから,暗黙知による伝授の有用性を検討した.
その結果,知識伝授プロセスにおいて,形式知への変換による
『知識の定型化』が進む反面,
暗黙知としてしか伝授できない部分も存在し,暗黙的伝授と形式的伝授が同時進行していた.
また,日本文化の影響や,看護師の成長の重視,知識の認知的側面の重視という特徴がみられ
た.
そこから,過度の
『知識の定型化』を避け,暗黙的伝授が有利な文化背景を活用し,暗黙的伝
授と形式的伝授を組み合わせることで,知識伝授が促進されるという示唆を得た.
受付日:2005 年 10 月 3 日 受理日:2005 年 12 月 5 日
青森県立中央病院 Aomori Prefectural Central Hospital
50 日看管会誌 Vol 9, No 2, 2006
野(2002)が
「知の源泉は暗黙知にある」とするよう
に,原初の知識は暗黙知である.また,Nonaka
& Takeuchi
(1995)が
「言葉や数字で表現できる知
識は,知識全体の氷山の一角にすぎない」とする
内面化(Internalization)
連結化
(Combination)
形式知の伝達・新たな
形式知の組み合わせに
暗黙知としての理解・
よる新たな知識の創造
学習
表出化
(Externalization)
対話・思慮による概念・
デザインの創造
形式知
形式知
的で言語によって伝達できる 形式知 がある.紺
共同化(Socialization)
直接経験を通じた暗黙
知の,共有,創出
知
形式
三者への伝授が難しい 暗黙知 と,形式的・論理
暗黙知
暗黙知
知識には,特定の状況や個人に依存するため第
暗黙知
知
暗黙
Ⅰ.緒言
形式知
図 1 SECI プロセス(野中・紺野,1999)
ように,知識の大半は暗黙知として存在している.
看護学もまた実践の科学であり,その知識の多
ローチであり,それを可能にする効果的な仕組み
くは臨床で磨かれ,非言語的な暗黙知として存在
や方法を構築し運営すること,またはその一連の
している.しかし,金井(2002)が
「看護師が暗黙
行動.
知を語ることは皆無に等しい」と述べているよう
暗黙知(tacit knowledge):看護師個人や一部
に,看護の知識伝授には改善の余地が残されてい
の看護組織では保有・活用しているが,言語化が
る.
困難,またはされていないために体験的にしか伝
野中・紺野
(1999)
が示したナレッジマネジメン
トは,SECI プロセス
(図 1)
を辿ることで知識創造
授・共有ができず,場や関わる人の個性という状
況に依存して成り立っている知識.
が起こるとし,知識伝授の促進の可能性を示唆し
形式知(explicit knowledge)
:組織文化や状況
ている.しかし,一般企業の検証から導き出され
への依存が少なく,言語による明示や他者への伝
た帰結の看護への流用は,看護が無形サービスで
達が比較的容易で,論理的な操作によって連結・
あるなどの職業特性の違いから,弊害が生じる危
進化等が可能な知識.
険性があるうえに,看護実践における知識管理法
場(Ba, work place)
:人々が参加し,相互に観
もいまだ暗黙知のままであるため,まず看護の知
察し,コミュニケーションを行い,相互に理解し,
識伝授の特徴を確実に捉えて明示する必要がある.
相互に働きかけ,共通の体験をする,その状況の
本研究は,職業特性に配慮した
『看護のナレッ
ジマネジメント』による知識伝授の促進を目指し,
枠組み.
知識伝授(knowledge initiation)
:知識に関す
看護実践における知識伝授プロセスを概念化する
る情報やデータを伝えることで,他者に同様の知
ことでその特徴を見出し,看護の暗黙知伝授の有
識を移転しようとする行動.ただし,完全な複写
用性についての検討を目的としている.
を意図するものではなく,初歩を教え(initiate),
その後は伝授を受けた側の個別性に従った展開と
Ⅱ.用語の定義
知識
(knowledge):正当化された真なる信念で
あり,情報を認識し行動に至らしめる秩序.身体
的技能や行動制御能力を含む広義の知識.
応用を許容する.
Ⅲ.方法
1.対象
看護のナレッジマネジメント
(knowledge
Nonaka & Takeuchi
(1995)は知識管理の中心は
management of nursing)
:看護の質向上につな
中間管理職であるとし,
「ミドルアップダウンマ
がる卓越した知識を個人や組織から発見し,理
ネジメント」を提唱している.看護職では看護師
解・共有し,または創造し,活用する体系的アプ
長や副師長に該当し,これらの職位で実践現場に
日看管会誌 Vol 9, No 2, 2006 51
勤務する看護師を対象とすることで,知識伝授プ
する意味に基づいて行為し,②その意味は他者と
ロセスを見出すことが可能と判断し中間管理職を
の相互作用を通じて獲得され,③解釈過程で操
対象とした.さらに,知識活用への実績と表現力
作・修正されるという基本前提に準じてデータを
を対象選定条件としたが,客観的評価や判断指標
解釈した.そして,面接調査に有利で,概念を最
がないため,対象病院の複数の病棟主任に研究の
小単位としたコーディングや,方法論的限定で分
概要および倫理的配慮について説明したうえで,
析過程を制御するという特徴を有する修正版グラ
「知識伝授に積極的・意欲的」
な中間管理職を推薦
ウ ン デ ッ ド・ セ オ リ ー・ ア プ ロ ー チ
(M─GTA)
してもらった.対象者への協力依頼の際は,良い
(木下:2003)で分析した.次に,抽出した概念の,
評価を受けていることを伝え,協力を依頼した.
対極例の存在の有無を全データに戻って確認し,
恣意的解釈を排除した.その後,分析法に従って
2.倫理的配慮
本研究は青森県立保健大学倫理委員会の審査を
意味の近い概念を 1 対ごとに統合する作業を繰り
返し,上位概念を抽出した.
受け,対象者の所属する施設の長からも許可を得
た.対象者および推薦者には辞退の自由,プライ
5.方法論的限界
バシー保護,不利益の回避等の権利についての説
本研究は,方法論的に限定された対象者のデー
明と同意を得たうえで協力を依頼し,データは匿
タに基づいており,また,面接法の限界から対象
名で扱い,分析終了後に抹消した.
者が表出しない人間関係や過去の出来事等が及ぼ
す影響は捉えられない.そのため,本研究の結論
3.データ収集
面接法による実践知識の研究は Benner
(1984)
は看護管理者という母集団が保有する知識管理法
の一部である.
がすでに行っているが,暗黙知は無意識のうちに
機能する可能性もあり,単純な意見聴取ではそれ
を捉えきれない.そのため,対象者が知識伝授の
経験について語ったものを,研究者が客観的に分
Ⅳ.結果
1.概況
析する方法を選択した.具体的には,まず面接に
1 名につき 40 ∼ 50 分間の面接を行い,並行し
よる予備調査から,暗黙知への対応には 知識の
て一次分析を行った.職位・施設・性別・実習指
発見 個人的理解 暗黙的共有 暗黙的伝授の試
導経験および研究実績による有意な差はなく,8
み 形式的伝授の試み 伝達結果の還元とそれに
人目の時点で新しい概念生成がなかったことから
基づく発展 という要素を暫定的に特定した.そ
理論的飽和に達したと判断した.対象者は,年齢
して,実際の面接では,「個人や組織に対してレ
40 ∼ 55 歳,看護経験 19 ∼ 32 年,管理職経験 2 ∼
ベルの高い看護や卓越したテクニック,独創的な
20 年,施設勤務年数 12 ∼ 30 年,女性 7 名;男性 1
カンやコツを見出したり感じたりしたことがある
名,精神病院勤務 4 名,総合病院勤務 4 名,看護
か」という質問に対する自由な発言の後に,それ
師長級 4 名;副師長級 4 名,看護学校卒 7 名;大
ぞれの要素ごとに行動や判断の理由や結果を中心
学卒 1 名であった.知識活用について語られた事
とした質問を加える半構成的インタビューを行
例は,自分について 5 名,部下について 3 名,主
い,その逐語録をデータとした.
たる内容は重複も含めて,患者看護全般が 5 名,
管理技能と患者の急変の予測が各 2 名,患者との
4.データ分析
対象者の主観的視点を重視し,Blumer
(1969)
のシンボリック相互作用論の,①人間は事物の有
52 日看管会誌 Vol 9, No 2, 2006
呼吸の合わせ方と,なぜ?という視点の重要性が
各 1 名であった.自己評価を総合すると,発見・
理解,伝達・共有はうまくできていると評価して
知識の定型化
コア概念
伝授の確実さの追求
臨機応変な対応の準備
原初的な知識の獲得
知識の分析と操作
隠れた知識の発見
影響因子間のバランス
システマティックな伝授
内面的な影響
外的な影響
知識探求の
必要性の自覚
人間関係の
影響
中心概念
人的条件を重視した伝授
繰り返しの伝授
代表概念
人間的な成長の評価
多様性に富んだ伝授
個人の内面 複数の機会 往復運動的 複数の方法
性の影響
の活用
な伝授
の活用
複数の場
の活用
知識を得た 間接的な
人間の評価 知識の評価
中間概念
知識から導き出さ
れた原則の応用
知識活用に基づく
結果の評価
伝授を受ける側の
能力査定
伝授に対する看護
師の反応の評価
ベースキャンプで
の伝授の有効性
最前線での体験の
有効 性
観察による伝授の
限界
言語による伝授の
限界
トライ&チェック
の積み重ね
即時的なフィード
バックとケ ア
現場で発生する制
約
組織的・時間的・
人的な連続 性
知識授受への主体
的エネルギ ー
知識授受への内面
的ブレーキ
個人の資質・姿勢
と経 験
周囲からの役割期
待
組織の風土と展望
スタッフの人間関
係
違いをもたらす要
因の追求
知識操作の必要性
の認 識
曖昧な知識への注
目
﹃違い﹄への注目
知識に気づいてい
ないという認識
安定を脅かす問題
の認 識
基礎概念
図 2 看護実践における知識伝授プロセスの抽出概念とその統合過程
いるが,形式化が不十分,次いで評価・還元・発
に不定形なため,それを見分け,発見する方法と
展がやや不十分と評価する傾向がみられた.
して,患者の反応の違いや看護師の行動や判断の
違い に注目する.そして,それを理解という形
2.抽出概念と統合過程
データから 24 個の基礎概念を抽出し
(図 2)
,統
合を繰り返した結果,中間概念を経て 5 個のプロ
で獲得するが,それらは暗黙知であるため感覚的
な理解は可能だが的確な表現は困難な状態にあ
る.
セス代表概念を抽出し,さらに全データを総括す
2)知識の分析と操作
る中心概念を経てコア概念に凝縮した.主要な概
個人的に獲得した知識は,組織でのコンセンサ
念の定義を表 1 に,データからの基礎概念抽出事
スの獲得や組織的な活用に向けて伝授の準備がな
例を表 2 に示す.
されるが,どのような準備を要するかは『影響因
子間のバランス』が強く関与している.批判や理
3.看護実践における知識伝授プロセス
解不足あるいは公式の扱いの場合は,より明確な
図 3 に示すように抽出概念はプロセスを構成
数量化や根拠の準備が必要と考えられており,暗
し,『原初的な知識の獲得』から始まって
『知識の
黙的伝授の洗練よりも形式知への変換が優先され
分析と操作』
に進む.ここでは
『影響因子間のバラ
る.
ンス』が大きく関与し,続いて
『システマティック
3)影響因子間のバランス
な伝授』
『人間的な成長の評価』を経て,再び
『知識
組織風土や管理者の掲げる目標・展望の方向性
の分析と操作』に戻る循環プロセスを構成する.
や透明性から,人間関係や役割期待とそれを形づ
このプロセスは SECI プロセス
(図 1)の
「共同化」
くる看護能力の捉え方,そして個人の内面に渦巻
と「表出化」が同時進行し,暗黙知から形式知への
く積極性や消極性まで多くの要因が知識伝授に影
変換が進められる一方で,暗黙知のままでの伝授
響を与えている.批判が生じると伝授者の消極性
も行われている状態といえる.段階ごとのデータ
が強まるというように因子間での連動が生じ,そ
解釈結果の概要を次に示す.
のバランスによって知識伝授の様相に変化が生じ
1)原初的な知識の獲得
知識の探求は,例外事例の発生や新しい業務の
る.
4)システマティックな伝授
追加,ルティンへの疑問などによって日常的な安
知識伝授は,組織・時間・人・場所・方法等が
定が脅かされることで活性化される.しかし,原
組み合わせられ,それらが連続して行われてい
初的な知識は実践現場の背景に埋もれているうえ
る. 場 は,リアルな体験が可能で伝授効率は高
日看管会誌 Vol 9, No 2, 2006 53
表 1 看護実践における知識伝授プロセスの主要概念の定義
概念レベル
概念名
定義
人間的な成長に配慮しつつ,さまざまな条件に対応しながら伝授を遂行するため,的確
コア概念
知識の定型化
な表現が困難な状態にある原初的な知識を確実に理解してもらうことを意図して,広く
一般に適応する形式に整えて伝授すること
伝授の確実さの追求
中心概念
臨機応変な対応の準備
人的条件を重視した伝授
不定形な状態の原初的知識を,さまざまな条件に臨機応変に対応して確実に伝授するた
めの,最も合理的な方法を追求すること
変動しやすい影響因子のバランスにマッチした知識伝授を行うために,実際の伝授場面
のさまざまな条件に臨機応変に対応できるように準備すること
人間的な成長をテーマに据えるとともに,知識伝授に介在する人間の条件を重視して多
様な伝授行動を組み合わせ,システマティックな伝授を行うこと
新たな知識の必要性を感じて,実践現場の背景に隠れて不定形な状態にありながらも,
原初的な知識の獲得
確実に成果を出している原初的な知識を,
「違い」に注目するところから発見し,理解す
るという形で獲得すること
獲得した知識について,違いをもたらす要因を追求するところから分析するとともに,
知識の分析と操作
知識の最重要部分を要約・抽出したり,形式を整えたりという操作を行い,知識を伝授
しやすい形式に加工すること
代表概念
影響因子間のバランス
システマティックな伝授
伝授に関わる者を含む組織の構成や風土,醸し出す雰囲気や,伝授しようとする知識の
難易度や出現頻度といった多面的な影響因子の,状況依存的で変動しやすいバランス
多様な伝授行動を組み合わせ,繰り返すことによって,それぞれから得られる理解が累
積して知識は伝授され,一連の伝授行動がシステマティックに機能しているということ
伝授を受け,知識を得た結果としての看護師の能力や行動の変化を,
人間的な配慮や思い
人間的な成長の評価
やりや,本質的な技能の向上という観点から見極めることで,間接的に知識伝授の結果を
評価すること
表 2 看護実践における知識伝授プロセスの概念抽出事例
概念名
定義
データ
安定を脅かす
現存する能力での対処に限界や不
5 人か 6 人がかりで,押え付けて興奮しちゃったのを,で,ともかくやらな
問題の認識
安を感じるところから,新たな知
くちゃいけないからってやったんだけど,そのときすごい恥ずかしかった
識を必要とする問題の存在を認識
の。自分達でやって,で,こう乗っかって,みんなで押え付けて浣腸しなきゃ
すること
いけないっていうのすごい辛いことだなって,一瞬押えるとか待つとかさ,
何か方法があるはずなんだけど.
知識操作の必
整然とした表現がまだできず暗黙
あの,なぜそうするのかわからない…んでしょうね。ちゃんと説明しながら
要性の認識
的に存在する原初的知識を,正し
やればいいんだろうけど,
「こうしたほうがいいよ」って言って,持ち上げて,
いものと認めてもらうためには,
そのときはそれですんで,つぎ…の段階に来たときに,どうしてもふたりだ
共通理解が可能な形式への加工
から,グッとやったほうがいいよっていうのがわからなければ,こうやろう
や,エビデンスを抽出するための
とする(持ち上げるゼスチャー).
操作が必要であるという認識
組織の風土と
組織内に醸し出されている雰囲気
やっぱり化学療法やっている病棟だったから,それが化学療法やってても副
展望
と,組織としての凝集性を高める
作用が強くって,また亡くなっていく人も結構みんな見てきて,その辛い場
明確な理念や展望
面に当たって来ているから,やはりその骨髄移植をやって助かる人がいるっ
ていうその思いっていうか,そういうのがあるから,みんなの気持ちの中に
は.初めてっていうよりも前からそういう気持ちがあったんじゃないかな.
組織的・時間
知識伝授は個人的・単発的に行う
前だとね,やっぱり書き物を見なさいで終わってたみたいなんだけど,それ
的・人的な連
べきものではなく,組織の情報の
だと絶対みんなに浸透しない.見ないことが多いんだから.だったら,主任
続性
双方向性や時間的な継続性の上に
が各チームに入ってるからね,その人におろしていくと,何かの形で,言う
成り立つという見方
じゃないですか,夜勤のときとかね.うん,そういうときちょっとこう,み
んなにね,わかってくれればなっと期待している.そのうえで,こういう意
見も出てたよっていうのを,もらえればね,そのうえで,じゃあ,次にどう
したらいいだろうって,考えていくんだよ.
伝授に対する
知識を伝授したときの,その場で
そのときが終わった後に,「あぁ,そうだったんだ…」って相手の看護師さん
看護師の反応
のあるいはその後の,伝授を受け
も,結構年配の人だったんだけど,
「いやぁ…」って,
「つい…」っていう話に
の評価
た看護師の行動や態度を見て,そ
なって,「そこまでは考えなかったな」って.
の伝授が正しくなされたかを間接
的に評価すること
54 日看管会誌 Vol 9, No 2, 2006
原初的
な知識
の獲得
安定を脅かす問題の認識
知識に気づいていないという認識
『違い』
への注目
曖昧な知識への注目
影響因
子間の
バランス
個人の資質・
姿勢と経験
Action Plan
知識の
分析と
操作
知識操作の必要
性の認識
違いをもたらす
要因の追求
影響
組織レベル
個別的な伝授
インフォーマル
意見を避ける
知識の隠蔽
組織の風土
と展望
組織的な伝授
フォーマル
意見を求める
知識の宣伝
対人関係レベル
スタッフの
周囲からの
人間関係
役割期待
知識を得た人間の評価
伝授に対する看護師の反応の評価
システマ
ティック
な伝授
伝授を受ける側の能力査定
Do
組織的・時間的・
人的な連続性
現場で発生する
制約
言語による伝授
の限界
観察による伝授
の限界
即時的なフィード
バックとケア
ベースキャンプで
の伝授の有効性
Check
暗黙知としての伝授
形式知としての伝授
※同時進行している
最前線での体験の
有効性
個人レベル
知識授受への
知識授受への
内面的ブレーキ
主体的エネルギー
人間的
な成長
の評価
完全な形式知化
トライ&チェックの
積み重ね
間接的な知識の評価
知識活用に基づく結果の評価
知識から導き出された原則の応用
図 3 看護実践における知識伝授プロセス全体図
いが制約とストレスを伴う
『最前線』と,リアリ
マネジメントは知識自体の発展を成果とするが,
ティは薄れるが制約が少なくリラックスした場で
看護は知識伝授に介在する看護師の人間的な成長
ある『ベースキャンプ』
を使い分けている.最前線
を第一の成果と捉えている.ただし,対象者の自
とは具体的にはベッドサイドに代表され,ベース
己評価は厳しく,言語的伝授が困難な部分の存在
キャンプは場所的にはナースステーション等で,
を認めつつ,それを形式知化の失敗と捉えてい
時間的には休憩時間や勤務終了後のひと時であ
る.つまり,暗黙知は形式知に変換すべきだが,
る.また,伝授を受ける側の到達度・理解度の把
変換すると真実が伝わらないというジレンマを抱
握や,ストレスに対するケアおよび主体性への配
え,結果的には暗黙的伝授と形式的伝授を組み合
慮のために,トライ&チェックによるフィード
わせた複合的な伝授を行っている.
バックを繰り返し,一連の伝授行動全体がシステ
ムとして成立している.
5)人間的な成長の評価
最終的には伝授行動を終了して評価が行われる
Ⅴ.考察
1.知識を定型化してきた
が,その視点は,知識がもたらす成果や知識自体
見出された知識伝授プロセスは,PDCA サイク
の発展よりも,伝授を受けた看護師の態度や姿
ル(Plan-Do-Check-Action)に準じており,『知識の
勢,行動等に向けられている.一般的なナレッジ
分析と操作』
が Action と Plan に,
『システマティッ
日看管会誌 Vol 9, No 2, 2006 55
ク な 伝 授 』が Do に,
『 人 間 的 な 成 長 の 評 価 』が
性の中で自己は存在し,和を大切にする「自他統
Check に該当する
(図 3).対象者は,周囲が認め
一」という 3 つの特徴をあげている.中心概念の
る管理者であり,典型的な管理手法の駆使は当然
『臨機応変な対応の準備』は,場への柔軟で素早い
の結果といえる.しかし,「知識創造のプロセス
一体化と同調によって主観的な暗黙知の伝授を可
は,PDCA サイクルに代表されるような管理統制
能にし
「主客一体」
に通じる.反面,現実の客観視
という伝統的な思考法に即してリードしていくの
から普遍性を見出すことが苦手で形式知に変換で
はいささか困難である」
( 梅本ら:2003)とされ,
きない.『人間的な成長の評価』は,知識は個人の
管理統制型の手法による知識伝授は,不定形な原
人格と一体と捉え,知識は人の進化に伴って進化
初的知識を一定の型に押し込める傾向がある.暗
し,身について初めて役立つという考えであり
黙知はデリケートで少しの変形でも含意を失いや
「心身一如」に通じる.
『影響因子間のバランス』は,
すく,伝授の失敗を引き起こすうえに,含意が伝
他者の個性,組織風土,知識固有の特徴といった
わらない伝授は誤解を招き,伝授を消極的にさせ
外的な条件への注目であり,自己の行動が周囲に
る.これは,エビデンスの重視が,正しくとも根
及ぼす影響への多大なる配慮といえる.また,個
拠を明示できない知識を過剰に否定する結果を生
人の内面性でさえ周囲との関係の中で捉えてお
み,早急な形式知への変換による
『知識の定型化』
り,自己の内と外の曖昧さは「自他統一」に通じ
が暗黙知のユニークな部分を切り落とす結果を招
る.
き,断片化を助長している.
このように,知識伝授には日本文化が深く根差
フォン・クローら(2001)は,知識を 管理する
しており,これを改めるよりむしろ積極的に利用
(manage)よりも 実現可能にする
(enable)こと
することが暗黙的伝授を実現可能にする.例えば
が重要であるとし,知識は丁寧な取扱いが重要で
「心身一如」にならい,知識は単に事象を定義づけ
あるとしている.また,「我々は語ることができ
るものではなく,行動を秩序づけてこそ役立つと
るより多くのことを知ることができる」
(Polanyi :
いう組織理念を示すことで知識の実践の機会が増
1966)のであり,説明できることだけが真実では
え,知識伝授の促進を期待できる.
ない.エビデンスが証明するのは知識の一側面で
しかなく,知識の暗黙的側面の存在とその正当性
3.人が知識を育てるのではなく,知識で人を育
を認めることで形式知への傾倒は緩和される.ま
てる
た,梅本ら
(2003)
は暗黙的伝授に当たる個人化戦
看護サービスは,知識を客観視できる実体(製
略と形式的伝授に当たるコード化戦略の折衷であ
品)をほとんど持ち合わせず,知識表現媒体を介
る「ハイブリッド戦略」
を提唱し,それはバーチャ
さずに人から人へ直接的に伝授されるため,媒体
ルな場とリアルな場を分かちがたく結びつけたも
を介す伝授のような完全な共通理解は求められて
のとしている.知識伝授プロセスにおいて淘汰さ
いない.その結果,伝授を受ける側の個性や解釈
れた方法もまた暗黙的伝授と形式的伝授の複合で
の表面化を容認する必要があるとともに,その人
あり
「ハイブリッド戦略」の有効性を示唆してい
の主体性が大切な要因となる.つまり,『個人の
る.
資質・姿勢と経験』
が重視され,『人間的な成長の
評価』に見るように,求める成果も一般のナレッ
2.日本文化の影響を受けている
ジマネジメントのような知識の集結・発展より
日本の
「知」の伝統として,Nonaka & Takeuchi
も,知識伝授に介在することで知識を獲得し,人
(1995)
は場への一体化と刹那的な時間感覚をもつ
間的に成長した看護師そのものであり,看護のナ
「主客一体」,知識は個人の人格に一体化されたと
レッジマネジメントは 人を育てる という意識が
きに獲得されるという「心身一如」,他人との関係
強い.
「心身一如」
という文化特性にあって,人と
56 日看管会誌 Vol 9, No 2, 2006
知識が分かちがたい状態では,知識を客体化する
できない部分も存在し,それは暗黙知の認知的側
形式的伝授よりも,行動による暗黙的伝授が有利
面と考えられた.また,日本文化の影響を受けて
である.
いることや,知識伝授に介在する看護師の人間的
な成長の重視,知識保有者の 思い の重視という
4.知識保有者の
“思い”
を伝えようとしている
特徴が見出された.そこから,『知識の定型化』
に
暗黙知はもともとの知識保有者の個性に深く根
よる過度の形式化を避け,むしろ暗黙的伝授が有
差しているがゆえに,人間性と暗黙知は強く密着
利な文化背景を利用し,暗黙的伝授と形式的伝授
している.暗黙知には技術的側面
(ノウハウ等)
と
を組み合わせることで,より緻密な知識伝授を
認知的側面
(メンタルモデル・思い等)の 2 つの側
実現可能にする(enable)という示唆を得た.
面があり(Nonaka & Takeuchi : 1995)
,両面が揃
うことで暗黙知はその真価を発揮する.認知面は
謝辞:本研究を行うにあたり,調査にご協力頂い
技術面を支える基礎となるが,技術面の方が伝わ
た看護師の皆様とご理解を示して頂いた皆様,ご指
りやすいため認知面が取り残される傾向にある.
導下さいました青森県立保健大学の上泉和子教授に
ただし,認知面はより普遍的なものと考えられ,
心から感謝致します.
エキスパートが伝授の難しい暗黙知を素早く取り
なお,本研究は青森県立保健大学大学院に提出し
込めるのは,すでに自分なりの認知面が備わって
た修士論文をもとに再構成し,加筆・修正したもの
いて,技術面だけの伝授でひとまずその知識の完
であり,その要旨を第 9 回日本看護管理学会年次大会
成に近づくためと考えられる.看護における認知
で発表している.
面とは,個人の姿勢や態度あるいは資質や看護観
が統合された 思い であり,最も重要で伝えたい
知識でありながら最も伝授が困難な暗黙知であ
る.つまり,真の知識伝授とは 思い を伝える暗
黙的伝授が成否の鍵となり,知識伝授の核心をな
す.
Ⅵ.結論
看護実践には知識伝授プロセスが存在し,そこ
では,暗黙的伝授の洗練と形式知への変換が同時
進行しており,原初的な知識を確実に理解しても
らうことを意図して,広く一般に適応する形式に
整えて伝授する
『知識の定型化』
という特徴がみら
れた.まず,原初的な知識を獲得した後,分析と
操作によって伝授の準備を行う.次に,さまざま
な条件の組み合わせでシステマティックに伝授さ
れ,人間的な成長の評価をもとに修正を受け,再
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