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飲料水中のウイルス等に係る危機管理対策に関する研究 平成17年度

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飲料水中のウイルス等に係る危機管理対策に関する研究 平成17年度
分担研究報告書2
最近重大な社会問題となっているウイルスに関する
基礎情報の整理並びにその水道との関連に関する検討
分担研究者 遠藤卓郎、片山浩之
研究協力者 泉山信司
分担研究報告書
「最近重大な社会問題となっているウイルスに関する基礎情報の整理並びに
その水道との関連に関する検討」
分担研究者
協力研究者
遠藤卓郎
国立感染症研究所
片山浩之
東京大学大学院
泉山信司
国立感染症研究所
要旨
SARS、トリインフルエンザウイルスなどの新興感染症、コイヘルペスウイルスの集
団感染が話題となっている。これらの病原ウイルスの伝播に水道水がどの程度関与する
かは不明で、目下のところ必ずしも高いものとは考えられていない。しかしながら、水
道水源への下水の流入が恒常化する一方で水のリサイクルが加速している現状を考慮
すれば直接的な人への健康影響だけでなく、水道にとっても疾病の広域流行
(pandemicity)や産業界への影響が重要な検討項目となる。
はじめに
近年、SARS(重症急性)、トリインフルエンザウイルスなどのいわゆる新興感染症、
あるいはヒトの疾病ではないがコイヘルペスウイルスの集団感染が話題となり、汚染や
拡大の防止に向けて最大限の努力が払われている。これらの病原ウイルスは基本的に水
道水を介して伝播する可能性が低いものと考えられている。しかしながら、水道水源へ
の下水の流入が一般化する一方で水のリサイクルが加速しており、これまで以上に病原
微生物汚染対策が重要性を増している。また、配水系のネットワーク化は水道水の安定
供給と汚染の拡散といった両面を持つ。今後の水道にあっては単に直接的なヒトへの健
康影響のみならず、広く生態系あるいは社会への間接影響への配慮が求められるものと
考える。以下にコイヘルペス、SARS ウィルスルおよびトリインフルエンザウイルスを
例に水道における対策の必要性を論じる。
コイヘルペスウィルス(KHV; Koi Herpes Virus)
コイヘルペスウィルスとは、コイ(マゴイ Cyprinus carpio carpio およびニシキゴイ
Cyprinus carpio koi)に固有の病原ウイルスで、1998 年にイスラエルとアメリカにおい
て大量斃死したニシキゴイから分離された。KHV はエンベロープを有する二本鎖の
DNA ウイルスで、ヘルペスウイルス科(Herpesviridae)に分類されている。
KHV は水温 15℃以上の河川や湖水中で 4 時間以上感染性を維持するとの報告がある
が、バクテリアなどの作用により 3 日程度で死滅するものと推測されている。本ウイル
スの好適水温は 18 ∼ 23 ℃とされ、13 ℃以下の水温や 28 ℃以上では病魚の発生がみら
れなくなる。次亜塩素酸ナトリウム溶液とウイルス液を混合後の有効塩素濃度が 0.30
mg/L に達するとほぼ不活化されるとの報告がある。その他、KHV は、4.0 mWs/cm2
(4.0 mJ/cm2)程度の紫外線照射、 50℃で 1 分間の温熱処理、30%エタノール処理での
不活化が報告されている。
わが国での感染は 2003 年 10 月に確認され(Sano et al., 2004)、茨城県の霞ヶ浦では
養鯉業が壊滅的ダメージを受けた。感染魚は行動緩慢、摂餌不良、鰓の退色やびらんな
どが見られ、死亡率が高い。本疾患の伝播性はきわめて強く、短期間のうちに全国に広
がり、養殖ゴイのみならず天然河川・湖沼のコイにも大きな被害が広がった。その後の
全国調査で同年 5 月に岡山県の天然河川で KHV 病が発生していたことが保存試料から
明らかとなっている(飯田ら, 2005)
。しかしながら、本症に関してはわが国への侵入経
緯、あるいは霞ヶ浦の汚染原因は特定されていない。本症の全国的な広がりについては
霞ヶ浦からの活魚の移入が原因したと考えられる地域が少なくないが、霞ヶ浦との因果
関係もなく、発生原因が特定されていない地域もある。KHV 流行時に淀川水系での原
水の水質監視システムとして導入されている「コイセンサー」のコイが死亡しており、
コイヘルペスウイルスとの関連性の可能性が指摘されている。
重症急性呼吸器症候群(Severe acute respiratory syndrome: SARS)
2003 年 3 月に、中国広東省、香港、ベトナム・ハノイなど各地で、入院患者や医療
スタッフが重症の肺炎で相次いで死亡する事件があり、患者はその後世界各地で発見さ
れ、7 月の流行の終息までに死亡者 812 名を含む患者 8,439 名が報告された。この患者
の肺炎病巣部から検出されたウイルスは、WHO(世界保健機関)の専門家チームにより
新型のコロナウイルスの一種であることが確認され、SARS ウイルスと命名された。コ
ロナウイルスは 1 本鎖の RNA ゲノムを持つエンベロープウイルスであり、ヒトを含み
様々な動物に感染し、おもに呼吸器系、肝臓、小腸、中枢神経系、の疾患の原因となる。
SARS ウイルスの潜伏期間は平均 5 - 6 日、最大 10 日、潜伏期間を超えると急激に発熱
し、咳や息苦しさなどを伴う呼吸器症状が現れる。患者のおよそ 10∼20%が重症化し、
致死率は約 10%とされる。
SARS ウイルスは患者の血液、気道分泌物、尿あるいは便中に排出される。ヒトへの
感染経路は主に経気道感染であるが、密接な接触によることも合わせて報告されている。
目下、感染に必要なウイルス量は不明である。注意すべきは、香港の高層マンション群
(淘大花園(アモイガーデン)
:各 35 階ほどの住居棟 10 棟)の一角(ブロックE)で
集団発生が見られていることで、ここでは下水の関与が指摘されている。当地における
最初の患者がブロックEを訪問したことで関係者さらに他の住民に感染が広がったも
のであるが、初発患者の滞在した部屋の垂直上方の部屋に二次感染者が多発した。その
後、香港保健当局からバスルームの換気により下水管から汚物を含むエアロゾル
(aerosol)が発生・逆流したことが原因との見解が発せられた。すなわち、排水管の U
字部分に水が溜まっていない状態で浴室を密閉して換気扇を回すと、陰圧が生じて下水
管内の空気が浴室に入ることが確認されている。
SARS ウイルスがどの程度の環境抵抗性を示すかは不明であるが、便中では少なくと
も 2 日間、下痢便中では 4 日間、尿中では 24 時間程度は生存することが示されている。
患者周囲の消毒には市販の塩素系漂白剤の 50∼100 倍希釈液程度の溶液でのふき取り
が必要とされている。本ウイルスの場合、水中である程度の期間にわたり生存できるも
のと考えられること、感染量や塩素耐性などが不明であることから、水道水源への下水
流入が想定される場合には、注意が必要となろう。幸い、本症はすでに終息しており、
パンデミックの危険性は消滅したものと推測される。
トリインフルエンザウイルス
エンベロープを有するマイナス鎖の一本鎖ウイルスで、分類上はオルトミクソウイル
ス科に属する。A型、B型、C型インフルエンザウイルスの3属を指す。
本来はカモなど水禽類を自然宿主としており、感染部位は腸管である。後述するよう
に本ウイルスは変異することでヒトの呼吸器への感染能を獲得したものと考えられて
いる。1918年に世界的に流行したスペイン風邪(H1N1亜型のA 型インフルエンザ)、
1957年のアジア風邪(H2N2亜型)、1968年のA型香港風邪(H3N2亜型)など大規模な
流行の原因となったウイルスはいずれもトリインフルエンザウイルスの変異株による
ものである。
・高病原性トリインフルエンザの定義
トリインフルエンザウイルスは、ニワトリに対する病原性によって高病原性トリイン
フルエンザ(HPAI)ウイルスと低病原性トリインフルエンザ(LPAI)ウイルスとに区
別される。一般に、高病原性トリインフルエンザウイルスはニワトリ、シチメンチョウ、
ウズラ等の家禽類の大量斃死の原因となる。一方、低病原性ウイルスによっては軽い呼
吸器症状が出る程度で、無症状で推移することも少なくない。これまでに世界各地で報
告された高病原性トリインフルエンザウイルスは血清亜型がH5 あるいはH7 のウイル
スに限られるが、H5 およびH7 ウイルスが必ずしも高病原性トリインフルエンザを発
症するとは限らない。しかし、そのような低病原性のH5 およびH7 ウイルスもいずれ
は高病原性に変化する可能性があることから、病原性の強さにかかわらず、H5 および
H7 ウイルスが家禽類(ニワトリ、アヒル、ウズラ、シチメンチョウ)に認められた場
合には、すべて家畜伝染病(法定伝染病)の高病原性トリインフルエンザとして、殺処
分等の措置の対象としている。なお、農林水産省では混乱を避けるために「低病原性」
という表現は用いず、「高病原性トリインフルエンザウイルス(弱毒タイプ)」という
表現を用いている。
・野鳥との関わり
野鳥とくにカモなどの水禽類は自然界に存在する多様なトリインフルエンザウイルス
(亜型)を保有している。インフルエンザウイルスは繁殖地の幼鳥から高頻度に(約
30%)分離され、その一方で成鳥からの分離頻度は低い(5%以下)ことが知られてい
る。多くのトリインフルエンザウイルスは水禽類に対してほとんど病原性を示さない
(不顕性感染)もので、水鳥を対象としたわが国での疫学調査においてH5 およびH7 亜
型のウイルスが分離されるものの、水禽類が大量斃死に至った例は報告されていない。
したがって、本ウイルス性疾患がわれわれの眼に触れるのはもっぱら感受性の高いニワ
トリなどの家禽類に伝播した場合に限られる。幸い、世界的に見てもニワトリ等での集
団感染事例は数年に一度程度の報告にとどまっており、家禽類への伝播頻度もそれほど
高くないことが推察される。
本来、トリインフルエンザウィルスは腸管系の感染症で、感染した水禽類の糞便中に
多量のウイルスが排泄される。トリからトリへの感染は糞便やそれに汚染された水や餌
を介したいわゆる糞−口感染と考えられる。
・ヒトへの感染性の獲得
トリでの病原性の強さは家禽類の飼育農家など産業界への影響は甚大となるが、ヒト
の疾病としては必ずしも鳥類での病原性の強さが問題となるわけではない。かつて経験
したスペイン風邪、A香港型インフルエンザなどの原因ウィルスはいずれも弱毒タイプ
のウイルスから派生したものであった。専門家の中には、弱毒タイプの蔓延こそがヒト
への危険性が高いと指摘するむきもある。すなわち、低病原性の場合にはニワトリが大
量に斃死しない(不顕性)ので、結果的にヒトやブタなどとの接触期間が長く、さらに
ニワトリとの接触が濃密化する可能性が高いからである。
本来トリを宿主とするウイルスがどのような経緯を経てヒトへの感染性を獲得するも
のかは必ずしも明らかではないが、いくつかの可能性が指摘されている(図1)。
このウイルスの変異で重要なことは、異なった2種類のウイルス株 が同じ細胞あるい
は宿主(豚やヒト)に感染すると、それらの合いの子(reassortant)ウイルスができる
ことである。そのため、トリインフルエンザウイルスがヒトやブタに感染すると、固有
のインフルエンザウイルスと混ざり合って新型ウィルス(合いの子)に変異するか、あ
るいはヒトの体内で独自に変異するかのいずれかによってヒトへの感受性を獲得する
ものと考えられている。いずれの場合も偶発的に起こるものであって、その確率は低い。
1.
2.
3.
4.
インフルエンザウイルスは合いの子ウイルスができる
ヒトやブタへの感染は偶発的なもので、多量のウイルスに曝露される
ことで発生する
ヒトやブタでの偶発的な感染と、そこでのウイルスの変異はヒトへの
感染性の獲得につながる
免疫を持たない疾病の被害は量的・質的に甚大となる
トリインフルエンザに対して最大の注意が払われている理由は第4の点で、上述した
ように歴史的に新型のインフルエンザウイルスが免疫をもたない人類に対してきわめ
鳥インフルエンザと新型インフルエンザの関係
鳥インフルエンザ
ウイルスを野生水
鳥が腸内に保有
①鳥同士の接触感
染、糞等を介した
感染
②接触などに
より、まれに
人に感染
④新型ウイルスの出現による
人での爆発的感染のおそれ
③2種類のウイルス
の再集合で人から人
に強い感染力を持つ
新型に
②接触などに
より、まれに
人に感染
鳥インフルエンザウイル
ス
人のインフルエンザウイルス
過去の新型インフルエンザ発生例
③変異して、人
から人への感染
力を持つ新型に
新型インフルエンザウイルス
1918年~ スペインインフルエンザ
死亡者数;4000万人以上
約39万人(日本)
(日本の患者数;約2,380万人)
1953年 アジアインフルエンザ
死亡者数;200万人以上
1968年 香港インフルエンザ
死亡者数;100万人以上
(厚生労働省、新型インフルエンザ対策報告書より転載)
図1
トリインフルエンザと新型インフルエンザの関係
て深刻な被害をもたらすことが示されているからである。ところで、ヒトに対する感染
性を獲得(変異)する頻度はヒトなどへの侵入頻度に依存することから、新型ウイルス
対策の要点はウィルスの拡散を防ぐことといえる。
・水道との関連
本来の宿主ではないヒトへの感染は患鳥(ウイルス)との濃密な接触がない限り起こ
らないもので、この観点からすれば水道水を介したヒトへの感染は考え難い。しかしな
がら、水道水がウイルスの拡散に寄与する可能性は否定できない。環境庁による渡り鳥
の調査から、わが国の河川や湖沼にはかなりの数の水禽類が飛来している。水禽類が集
中する湖沼・河川を水源とする浄水施設は少なからず存在する。仮に、継続的にトリイ
ンフルエンザウイルスが水道水を介して広域に拡散した場合には、ヒトや他の動物への
接触の機会を著しく高めることになり、ウイルスの変異の機会を押し上げる結果となる。
この時期の水質管理はインフルエンザのパンデミック阻止の面からも重要である。
参考文献
1.
Perelberg, A., M. Smirnov, M. Hutoran, A. Diamant, Y. Bejerano, M. Kotler. (2003)
Epidemiological Description of a New Viral Disease Afflicting Cultured Cyprinus
carpio in Israel. The Israeli Journal of Aquaculture. Vol.55. No.1. pp.5-12.
2.
Yoshimizu, M., T. Yoshinaka, S. Hatori, H, Kasai. (2005) Survivability of Fish
Pathogenic Viruses in Environmental Water, and Inactivation of Fish Viruses. Bull.
Fish. Res. Agen. Supplement. No.2. pp.47-54.
3.
Kasai, H., Y. Muto, M. Yoshimizu. (2005) Virucidal Effects of Ultraviolet, Heat
Treatment and Disinfectants against Koi Herpesvirus (KHV). Fish Pathology. Vol.40.
No.3. pp.137-138.
4.
Amoy Epidemic and Pandemic Alert and Response (EPR) : http://
www.who.int/ csr/don/2003_03_31/en/index.html
5.
Outbreak of Severe Acute Respiratory Syndrome (SARS) at Amoy Gardens,
Kowloon Bay, Hong Kong Main Findings of the Investigation (Hong Kong
Department of Health) :http://www.info.gov.hk/info/ap/pdf/amoy_e.pdf
6.
Studies of SARS virus survival, situation in China(WHO:Epidemic and Pandemic
Alert and Response)
:ttp://www.who.int/csr/sarsarchive/2003_05_05/en/
7.
新型インフルエンザ対策報告書(厚生労働省) :
http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/ 09/ tp0903-1.html
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