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財務諸表の拡張と監査実務の対応

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財務諸表の拡張と監査実務の対応
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Author(s)
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財務諸表の拡張と監査実務の対応
檜山, 純
經濟學研究 = ECONOMIC STUDIES, 52(3): 125-131
2002-12
DOI
Doc URL
http://hdl.handle.net/2115/32268
Right
Type
bulletin
Additional
Information
File
Information
52(3)_P125-131.pdf
Instructions for use
Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP
経 済 学 研 究 52-3
北海道大学 2
0
0
2
.1
2
財務諸表の拡張と監査実務の対応
檎山
1.問題の所在
純
改訂が行われている。しかし,会計基準を改訂
しでも,それを適用する企業の経営者に会計操
2
0
0
1年末のエンロン破粧を契機に,米国では
作への動機があり,適切な企業統治が行われず,
企業不祥事,とりわけ会計不正の発覚が続出し
監査が有効に行われていなければ,株式市場に
ている。一般に認められた会計原期 l
こ違反ある
。
、
おける信頼は由復されな L
いは悪用した「腐ったりンゴ」への不信は企業
関係者が各々の責任を適切に果たすことが求
会計への不信となり,企業の公表する業績は信
められているが,実際には監査人が不正発覚後
用されなくなっている
特に,企業質収の際
の賠償責任を転嫁されている。米国の会計事務
に重用された EBITDAを指標に用いる企業の
所は,不正を看過した際に株主集団訴訟により
株価は軒並み急落した 2)。
巨額な損害賠償を支払わされるリスクを常に抱
企業会計への不信の矛先は,会計基準の設定
主体である F
ASB,財務報告書を監査した公認
会計士,監査基準の設定主体となる AICPA,
えている。監査実務関係者にとって実務の改善
は緊急の課題である。
財務報告において報告書と監査実務の関係を
,さらには中立である
証券市場を監督する SEC
睦史的に概観すると,資金調達の主な源泉の変
べき証券アナリストなど,財務報告に伺らかの
化に伴って財務報告書に求められるものが拡張
形で関与した者すべてに向かっている。財務報
され,それに伴い監査の範盟も拡張されてきた
告制度全般の信頼性が失われた結果,株式市場
といえる九米国では,エンロン事件が発覚す
から債券市場へ資金がシフトするなど,株式市
る以前から,
リスク・アプローチに基づく
場そのものを敬遠する動きすらみられている。
実務の不備と,現行の監査基準書である S
AS
これに対して,米国では,いち早く会計基準の
第8
2
号「財務諸表監査における不正の検討Jの
限界が指擁されていた。これに応じて,エンロ
1)たとえば,会計疑惑が生じたタイコ・インターナショ
ナノレと悶様の食業矯迭であるというだけで, GEま
で不正が疑われた。
2
) EBITDAとは, E
a
r
n
i
n
g
sB
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f
o
r
eI
n
t
e
r
e
s
t
.T
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c
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nandA
m
o
r
t
i
z
a
t
i
o
n (利払い前・税引
き前・償却前利益)の略である。金利や税率,会計
基準の格違の影響が最小になるとみなされるため,
EBITDAに対して企業価値(負債+株式時価総額)
が{阿倍にあたるかを計算した EV/EBITDAが利用
ン事件直後にはなってしまったが,
SAS第四
号の改訂公開草案が公表されている。これに対
0
0
2年にわが国で公表された新監査
し,開じく 2
基携は,米国型のリスク・アプローチの徹鹿を
目的としている 41。現在の会計・監査がおかれ
る厳しい現実と日米各々の監査基準の設定の動
きを麓みるとき,米国のリスク・アプローチの
された。米国では通信関連の企業の収益力比較に多
用されたが,ワールド・コムが販売管理費に計上す
べき費用を設備投資とみなして EBITDAの利益か
さ上げを行ったことから, EBITDAの数値の信頼
が失われている。
3)拙稿[
2
0
01
]0
4
)r~談会致資基準の改訂をめぐって J rJICPAジャー
6
0
号
, 2
0
0
2年
, 1
12
5頁。
ナ
ノ
レJ第 5
也
1
2
6(
4
1
0
)
経済学研究
背景と変化の方向性を再分析しておくことは重
要であると考えられる。
本稿は,手J
I
用目的の変容とそれに伴う報告書幸
5
2
3
財務諸表監査への移行初期,貸器対照表監査
の頃求められた資産の実在性に関する監査実務の
不備がマッケソン・ロビンス会社事件により
の拡張 l
こ対応すべき監査実務の対応を分析する
した 6)。その後会計基準の不備が揖題となるたび
ものである。
に基携が改訂された。複数存在する会計方法で
行われる期間損益計算は,見積もりを含むために
2
.財務報告書の拡張と監査実務の対応
経営者の窓意的な裁量の余地が残存せざるをえな
い。そのため,一般に認められた会計原則と経営
米閣では, 2
0
t
世紀初頭,企業の主たる資金調
者の選択した方法が合致するか否かに関して一般
達を金融機関からの短期措入で行っていた。金
に認められた監査基準に携拠した監査が行われる。
融機関は信用能力を示す財産自録,すなわち貸
監査人は,一般に認められられた監査基準に準
錯対照表の提出を要求したため,監査実務にお
拠して監査を行っていさえすれば,後に財務諸表
いては貸借対照表監査が行われてきた。
中に不正が発見されでも免責された。しかし,
1
9
2
0
年代半ばから株式市場を通じた直接金融
1
9
6
0
年代後半から,監査人には監査基準の準拠
の割合が増したため,企業への資金提供者は金
を理由にした免貰が認められなくなり,不正発
融機関から一般投資家へとシフトした。投資家
見を監査人に期待した大衆から莫大な損害賠償
は,企業のアカウンタピリティに加えて,投資
を請求されるようになったのである。このこと
意思決定に有用な情報としての期間損益計算を
は,財務報告書の拡張に監査実務が追いつかな
重視した。そのため,企業の財政状態をあらわ
かったことに主な原因があると考えられる1)。
す費措対照表に企業の経営成績をあらわす損益
1
9
6
0
年代後半以降,投資家の中でも機関投資
計算書を加えた財務諸表の公表を企業に求めた。
家が台頭した。機関投資家は,買収の擦の投機
米国株式恐慌後に法定監査となった財務諸表監
的意思決定の判断資料として財務諸表を用いた。
査では,一般に認められた会計原則と,経営者
そこでは,財務諸表のうち,株式時価総額と帳
が選択した会計処理方法とが合致しているか否
簿価額との差額をより重視する。ここでの企業
かについて意見表明が行われることとなった。
とはそノである。機関投資家は,企業費収によっ
ここでの監査報告書は,独立した職業専門家で
て儲かるか否かを判断するために企業価値の湖
ある公認会計士による保証の役観を担うことに
なる。
会計監査実務では,監査の主題となる報告書
の拡張に対して適時かっ適切に対応することが
求められる O 監査実務が報告書の変化に追いつ
かない場合,期待ギャップが表面化する 5)。そ
れは端的には監査人への訴訟としてあらわれる。
5)期待ギャップは,監査人の責任委員会の報告書(通
称コーエン委員会報告書)によって公式に明らかに
されたものである。期待ギャップの中には,監愛人
に賓任を転嫁したものや,過剰で不適切なものも存
在する C
C
o
h
e
nR
e
p
o
r
t
[
1
9
7
8
],p
p.
1
-2;[訳書]2-3
頁)。本穏においては,期待ギャップと称されるものの
うち,監査実務に合理的に向けられたものに限定して
論じている。
6) マッケソン・ロビンス会社事件は,法定監査成立後
初の大がかりな不正事件として有名である。槻卸資
産の実在性が問題となったが,担当していた会計事
務所プライス・ウォーターハウスはさ当時の監査基準
に準拠した霊長査手続を行っていたと認定され,基準
上の不備が爵われた。この件は,財務諸表監査への
号、表監査に
移行が遅れたのではなく,従前の貸借対R
おいても必要な実務が整備されていなかったことに
よる。このように,濫資実務に対する期待ギャップ
は,財務報告書の変化への対応の遅れと,変化以前
の監褒実務上の不備の 2つが原因となると考えられ
る
。
7)その他の理由としては,
1
9
6
6年の連邦民事手続治2
3
条の修正もあげることがで‘きる。これにより株主集
包訴訟を容易に起こすことが可能となり,弁護士が
積極的に訴訟事件を引き受けるようになった。
2
0
0
2
.1
2
財務諸表の拡張と監査笑務の対応檎山
1
2
7(
4
1
1
)
定を求めたのである。企業価値の測定では,期
9
8
4年の SAS第 4
7号 「 監 査 を 実 施 す
の概念は, 1
間損益もさることながら,再び資産が注目され
る擦の監査リスクと重要性Jによって定義された。
ることとなった。ただし,同じ資産であっても,
監査リスクとは,監査人が誤った意見表明を
1
9
2
0年代の金融機関が担保価値を重視したもの
行 う リ ス ク で あ る 誤 っ た 意 見 表 明 に は2
種
とは異なる o f
毘庇があっては閤るために,虚偽
類が存在する。より重大な誤りは,意思決定に
記載が含まれていないという保証を監査人に求
影響するほどの重要な虚偽記載が財務諸表中に
めることとなった。
存在しているにもかかわらず無眼定適正意見を
意思、決定を誤るほどの虚偽記載が存在する財
表明することである。試査の告Ij約により監査リ
務諸表で損害を被った機関投資家は,監査人の
スクはゼ、ロにはならないが,社会的に許窓可能
主張する一般に認められる監査基準の準拠を理
である合理的に低い水準にまで下げるよう 1
へ
由にした不正の看過を納得しなかった。彼らは
監査計画を立案し,監査業務を実施することに
虚偽記載の中でも不正の発見を監査人に要求し
第4
7号 は 重 要 性 と の 関 連 か ら 規 定
なる。 SAS
た。不正の発見は第一義的な責任ではないとい
されたものであるが,呉体的なリスク・アプロー
う監査人の主張は認められず,訴訟による負担
9
8
8
チ対応、の実務指針ではなかった。このため 1
だけが増加した。
年
,
しかし,試査による監査ではすべての不正を
9つの SASが公表された印。これらにより
従来の伝統的内部統制アプローチは放棄され,
発見することは不可能である O 監 査 報 酬 は 増 加
戦略的かっ効率的に監査を行うリスク・アプロー
しないため,精査はコストにあわない。監査人
チが主体に据えられたのである山。
は隈られた時間とコストの制約の下で虚偽記載
リスク・アプローチでは,財務諸表の作成過
を発見せざるをえない。財務諸表の利用呂的の
程を分析し,)$y偽表示の生じる可能性の大きい
0数 年 , 監 査 実 務 で は 虚 偽
拡張から遅れること 1
領域へ効率的に監査資源を投入する。リスク・
記載に対臨したリスク・アプローチと呼ばれる
アプローチにおける掴有リスクと統制リスクは,
手法が導入されたのである九
監査プロセスと独立に決定する。
1
)スク・アプ
ローチにおいて,監査人は,監査リスクを適正
3相リスク・アプローチの導入
リスク・アプローチは,
リスク概念の導入によ
る効率的な監査実務である九 AICPA
のリスク・
アプローチの原型は,
1
9
8
1年の SAS第 四 号 「 サ
ンプリングJといえるヘ根底をなす監査リスク
1
9
2
9王
手
の AIA r
財務
諸表の検証J以降,内部統制の有効性に依拠した監
査実務であった。
8) リスク・アプローチ以前は.
9)リスク・アプローチは,通(J~,以下の式で説明され
ている。
AR=IRxCRxDR
AR:a
u
d
i
tr
i
s
k
C
駁査ワスク)
IR :i
n
h
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ntr
i
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k(国有リスク)
CR:c
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n
t
r
o
lr
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s
k
C
統制リスク)
DR:d
e
t
e
c
t
i
o
nr
i
s
k
C発見リスク)
詳細は, SAS第4
7号を参照されたい。
1
0
)監査の効率化については,さらに 1
9
6
2年の「統計サ
な範囲に収めるために発見リスクを求め,算定
ンプリングと独立公会計士」までさかのぼることが
できる。
1
1
) SASでは,監査リスクは 2種類に分類されている。
財務諸表全体のレベルにおけるものと,側々の勘定
残高または取引の種類のレベノレにおけるものである。
1
2
) 5%程度が日擦となることが多 L、。主基準J
二は「口一
レベル」という言葉で説明されている。
1
3
)SAS第5
3号から第 6
1主ままでをさす。具体的には不
正および違法行為に穏する監査人の賞任,標準監変
報告書の文面,分析的手続,継続企業の存続性に関
する評価などについての基準である O
1
4
) 従来試変の範闘を決定するために行ってきた内部統
制i
の評価を,統制 1
)スクの評価,すなわち内部統制
で虚偽記載が発見されないワスクを考慮するための
内部統制の評錨へと変えた。とりわけ SAS第5
3号で,
企業の内部統治j
に依拠することで試査の制約を補う
姿勢が改められ,経営者の誠実性と内部統制に依拠
しない歎資実務が取り入れられることとなった。
1
2
8(
4
1
2
)
52-3
経済学研究
された発見リスクによって監査を計画し,監査
な影響を与える虚偽記載,すなわち不正と誤謬
を実施することになる。その際,分析的手続に
のうち,不正の発見がより重要損された。そし
よる数値の利用も行われる O 試査による経営者
て,新たに,
の見積もりや判断といった不確定な要素の検証
)ス
用いて実務の改善を試みたのである。不正 1
I
不正 1
)スク要国Jという概念を
可能性が残存せざる
には,必然、的に麗偽記載の 1
ク要国は,不正な財務報告による)虚偽記載と資
をえなし、。しかし,虚偽記載の可能性の大きい
産の横領による虚偽記載に分類され,実務上の
ところに重点的に監査資源を投入することによ
対応がなされた。
り,監査の失敗は減少すると考えられた。一連
しかし, SAS第 8
2号は,監査人の責任を軽
の基準書はリスク・アプローチの導入により期
減しなかった。 ASBが初めて財務諸表監査に
待ギャッフ。の縮小が意留されたことから,期待
おける監査人の不正発見責任を肯定的に受け止
ギャップ基準書と呼ばれている O しかし,期待
め,監査の対応を変更したにもかかわらず,監
キ、ヤッフ。は縮小ど、ころか拡大し,監査人はディー
2号の実施後も
査人は敗訴し続けた。 SAS第 8
プ・ポケットとみなされ,提訴され続けた。
不正は減少せず,社会問題となっていた。財務
その一因は,多くの監査人がリスク評価の判
諸表の利用自的が変化し,会計計算が拡張され
断の結果に注意を払わず,実証性テストによる
たにもかかわらず,監査実務の対応、が再び遅れ
監査実務を行 L、続けてきたことにあるへさら
たからである。
3号は,
に
, SAS第 5
もっとも期待された不正
の発見に関して監査人の対応の具体性に欠けた
4
. リスク・アブローチの離界
基準であった。不正,とくに経営者が関与した
9
8
8
年以降もたびたび発覚した。 1
9
9
3
年
,
不正は 1
POBは 不 正 問 題 に 関 す る 勧 告 を 行 っ た O
株式市場では, 1
9
8
0年代から,機関投資家の
中でも年金基金の株式保有割合が伸張した。企
AICPAもようやく SAS第 5
3号では不正による
業の株式市場を通じた資金調達は,年金基金が
虚偽記載を発見することが不十分であることを
加入者から受託した莫大な資金によって行われ
9
9
7年 2月
, ASBはSAS第
認識した。そして, 1
るようになった。現代の大規模株式公開会社は,
8
2号を公表したのである。
所有と経営が分離する出。その結果,経営に疑
SAS第 8
2号では,監査人に対し,財務諸表
義のある株主のとることのできる手段は,株主
中に誤謬や不正による重要な車偽記載が存在し
総会で発言するか,保有株式を売部するかのい
ていなし、かどうかについて,合理的な保誌を得
ずれかである。ところが,年金基金は,あまり
るために監査を計麗し,実施する責任があると
にも保有株式が多くなりすぎた。大量に売却し
規定されたヘ監査人が負うべき責任の範囲を,
た場合に損をするのは年金基金自身である。年
監査上の不正概念,監査証拠の性質と不正の性
格に基づく不正発見の合理的な保証,および職
業的専門家としての正当な注意の点から考察し,
監査人の不正発見責任の水準と限界を明確にす
るアプローチが採用されたヘ意思決定に重要
的懐疑心をもって正当な注意を払って監査を実施し
でも一定の限界を免れないことを明記している。ま
た,不正の性格放に,監変言十酒や実施が適切になさ
れたとしても,重大な虚偽記載が発見されない場合
があるという表現て、鹿資の限界を述べている。向日寺
に二重愛 f
壬の際目J
Iについても明記し,経営者の財務
1
5
)P
O
B
[
2
0
0
0
],A
p
p
e
n
d
i
xA ;[訳書], 2
6
3
2
6
4賞。
1
6
) SASN
o
.
8
2,p
a
r
.1
なお, SAS
第8
2号についての箆査人の主主任につい
ては,地稿[19
9
9
]で論じている。
1
7
) 不正の賂語も f
f
r
a
u
d
Jへと変愛された。なお,職業
諸表作成笠任も明記した。詳しくは第8
2
考により改
訂された SAS
第 1号 (
AUS
e
c
.1
l0
lを参照されたい。
1
8
)狭義には「所有と支配の分離j であるが,本穏にお
いてはパー
I
} &ミーンズ以来の所有と経営の分離の
概念、を通称的に照いている。
2
0
0
2
.1
2
財務諸表の拡張と監査実務の対応治山
1
2
9(
4
1
3
)
金基金は,従業員が委託した資産の運用と維持
るかを評価するものである。そして,統制リス
に責任があるため,容易に売却損を計上するわ
クは,実務上国有ワスクと結合して評価される
けには L、かない。また,売却先も他の年金基金
ことが多い。閤有リスクと統鶴リスクの評価の
ほどの規模に限られるため,年金基金は長期保
結果,実証性テストの実施時期と範簡が決定さ
有者とならざるをえなくなったのである。長期
れる。この意味では,会計と監査は一体である。
保有者となった年金基金は,株主総会において
ところが,財務諸表は公正価値計算を含めて
発言をすることでコーポレート・ガパナンスの
作成され,伝統的な会計実務を越えたリスクを
一翼を担うこととなった。彼らが企業に求める
含むものに変化した。しかし, SAS第 8
2号は
ことは,長期の安定成長である。長期的成長を
リスク・アプローチの徹震によりあまりにも従
判断するための意思決定の資料として,彼らは
来の歴史的財務諸表の監査に密接に結び付いた
財務諸表の中に将来キャッシュ・フローを判断
ために,それ 、外の情報に適応できず,変化に
することのできるものを求めた。その結果,財
対応しきれなかった 19)。たとえば不正リスク要
務諸表は公正価値を含んで作成されるものとなっ
因という概念を導入したにもかかわらず,閤有
たのである。
o
リスクおよび統制ワスクの概念の中に不正リス
公正価値会計による財務諸表作成の端緒は,
1
9
8
5
年の新しい退職給付会計基準の導入であろ
クを明確に含まなかった。また,
ビジネス・プ
ロセスやそれに関連するリスクの評価も必要と
う。退職給付会計の計算においては,予定利率
しなかったのである。このような SAS第 8
2号
や予定昇給率などの算定が必要である。これは
は,経営者不正の発見には不十分とみなされ
f
こ
却
)
。
経営者によって統制することが不可能な将来の
外的経済環境についての見積もり計算である。
同様に,不正な慰務報告全米委員会後援組織
算からでは導き出されえない数値が含まれる。
F
不正な財務報告:1
9
8
7
1
9
9
7
年 米 自 公 開 会 社 の 分 析Jでも, ワスク・
たとえば予定昇給率の算定の場合,将来の物仮
アプローチの問題点が指摘された。すなわち,
従来の麗史的原価に基づく過去の数植による計
委員会の委託報告書
水準の変動や,酒々の従業員の将来の給与水準
これからの監査人には,企業の属する産業に特
の見積もりが必要とされる。
有なリスク,経営者の事情,外圧,および内部
このようにして作成される財務諸表は,将来
統制を理解するために財務諸表の領域を越える
の景気変動や企業を取り巻く経済環境,産業特
調査が必要であり,かっ様々な源泉から情報を
有のリスクが考慮された数値を含んで作成され
検討しなければならず,さらに企業統治が脆弱
るO 資産・負債の変動は公正価値で測定される
な場合には 21)J:り大きな潜在的監査リスクの存
ことが求められ,公正{高値による評価には将来
在を考慮するよう求められるとしている。
キャッシュ・フローの現在価髄の測定が必要と
)スクの分析や経営者による株価
産業特有の J
された。
このような変化に対して,監査はまたもや適
時に対応できず,
リスク・アプローチの眼界を
露呈させた。伝統的な財務諸表は,生じた経済
事象のうち会計上の認識すべき事象を抽出し,
測定,記緩を経て作成される。 1
)スク・アプロー
チはこれらの過程に沿って行われる。圏有リス
クの評価は,個々の勘定残高や取引の穣類,経
営者の主張についてどの程度虚偽記載が発生す
1
9
) SAS第 8
2号は財務諸表の作成過程における拡張 l
こ
は対応できなかったがスク・アプローチの徹底
により,註 6でいうところの現行の実務上の不備に
対する期待ギャ y プの解消が試みられたことは評価
できょう。
2
0
)P
O
B
[
2
0
0
0
]の第 2j撃に詳し L、。はお. SAS第8
2号の
底資人の:意識,訴訟リスクに穏する事後謁査につい
a
k
u
b
o
w
s
k
i
.
e
ta
l
.[
2
0
0
2
]を参照されたし、。
ては. J
2
1)この場合の企業統治とは,取締役会および監査委員
会による統治をさしている。
1
3
0(
4
1
4
)
52-3
経済学研究
維持の庄力について監査人が検討すべきである
OBその他から警告され,
とP
ビジネス・リスクとは,企業組織の目的の達成
SAS第 8
2号 の 改
に影響を与える広範なリスクをさす。組織外部
訂が勧告されていたにもかかわらず,監査実務
の戦略的なリスクもあれば,組織内部のプロセ
の対応は立ち後れていた。さらに,機関投資家
スに内在するものもある O また,企業では統制
はない,企業の経営者自らによる費収も
不可能なリスクもある。それらを総合的に評価
多発しはじめた。年金基金は, 1990年代初頭ま
することが監査人には求められるのである加。
で経営者の交替を頻繁に行ってきた。短期的利
監査計画の際,企業のビジネス環境について
益をださなければ報酬に影響し,地位が失われ
広範に検討するように実務が変化しはじめてい
ると感じた経営者は,企業費収によって好業績
るo
SAS第四号の改訂公開草案は, POBが 解
にみせようとしたのである。高株価に維持され
散してしまったため,どのように受け継がれる
た買収の繰り返しは,株式を元手に企業が自ら
かは不明である。新たなリスク対応が盛り込ま
資金源泉となることを意味していた。これらの
れ,すでに実務として展開しつつあるビジネス・
結果が,冒頭で述べたエンロン事件以降の会計
)
1スク・アプローチが適切な対応となりうるの
不正の看過の続発といえる。
か否か,今後の監査実務の動向に注意が必要で
ある。
5
.結びに代えて:新しい監査アブローチの導入
参考文献
1980年代,監査実務はリスク・アプローチを
導入して財務報告書利用者の虚偽記載発見の期
待に応えようとした。しかし,財務諸表作成の
際の数値は, 1985年以降,公正価値とよばれる
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るものがそれにあたる(Ei
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わが国ではこれらを総称してビジネス・リスク・ア
プローチと呼ばれており,本稿もそれに倣っている。
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) 前設のように, ビジネス・ワスク・アプローチは実
務上はじまったばかりであり,会計事務所潤で統一
されていない。一般的な説明として,ヱド稿では Kne
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