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フィクション 小野寺千秋さん 江戸川区立東部図書館

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フィクション 小野寺千秋さん 江戸川区立東部図書館
■ フィクション
小野寺千秋さん
江戸川区立東部図書館
私は東京江戸川区の図書館で働いています。図書館振興財団の児童書選書員として月に1度、集
まって新刊について話し合いをしています。今日はそこで話し合ったことや、個人的に読んで印
象に残った本を紹介していきます。
●フィクション不作の年
冒頭からこんなことをお伝えするのは残念ですが、2012 年のフィクションは不作の年だったと言
えると思います。読んでとても良かった、心を動かされたという作品は少なかったように感じま
した。特に外国文学で読み応えのある長編があまり見られませんでした。のちほどご紹介します
が、
『ニルスが出会った物語』のシリーズのように、古い長編を分冊して挿絵を多く入れて出版す
るという動きもありました。出版社は苦肉の策で出されたと思いますが、ボリュームのある古典
は、ここまでしないと読まれないという状況があります。
テーマが多様化する中、現実を題材にした物語で、ノンフィクションのように知識を得られる作
品が目立ったことも昨年の傾向です。震災を扱ったものは、ノンフィクションや絵本ほど多くは
ありませんが、いくつか出版されました。ただ内容の良いものが少ないのが現状です。まだフィ
クションとして描かれる段階にはないのかもしれません。
●震災の経験を経て
『ハンナの記憶』は、東日本大震災を描いた作品で唯一、良いなと思った本です。横浜で 3・11
を経験した女の子が主人公。この子の家に地震当時たまたま滞在していたお祖母ちゃんの持ち物
の中から、古い交換日記が出てきます。それはお祖母ちゃんが少女時代に、ハンナというイギリ
ス人の少女と交わしたものでした。こうして戦時中と現代のふたつの世界の物語が並行して語ら
れます。直接的な被害はなくとも、地震への恐怖や今までとは世界のありようが変わってしまっ
たことに戸惑う様子が、リアルに描かれています。地震に続いて原発の事故が起こる中、さまざ
まなデマが流れたり、計画停電があったり、被災地から少し離れた地域での震災の経験を描いた
本はなかったと思います。関東近辺の方は、当時たしかにこうだったな、と思い出されるのでは
ないでしょうか。美術部に所属している主人公が、被災地のために何かできないかと、ある活動
を行うのですが、そういう若い人たちの取り組みを描いている点も良かった。ただ選書会では、
そこにお祖母ちゃんの戦争時代の物語が差し挟まれて進む点で、賛否両論ありました。現代の話
に絞ってすっきり描いた方が良かったという意見と、震災と戦争を並べて語ることで困難な状況
が伝わってくるという意見がありました。長い作品なので読む力がある子でないとむずかしいか
もしれません。YAにもおすすめの本だと思います。
●今だから読んでほしい
『発電所のねむるまち』は、イギリスの原子力発電所にまつわる話です。ブラッドウェルという
1
町に住む少年マイケルは、町外れの湿地帯に鉄道客車を家にして住んでいる、ちょっと変わった
ぺディグルー夫人と仲良くなります。しかしある時、この湿地帯に原発の建設計画が持ち上がり、
湿地を守る夫人のためにマイケルと彼のお母さんは反対運動をするのですが、最初は一緒に反対
していた町の人たちも次々に賛成にまわり、最後には原発が作られてしまう。物語には 50 年後、
かつてのマイケル少年が久しぶりに故郷を訪れるところまでが描かれています。彼はそこで、す
でに廃炉となってコンクリート詰めにされた原発と再会します。この町は実在していて、今後何
百年もの間、廃炉となった原発を持ち続けなければならない。やがて負の遺産となる、原発を建
てるという決断がどういうことなのかということを、とても考えさせられた話でした。上手すぎ
るという声もありましたが、マイケル・モーパーゴらしいとても引き込まれるストーリーです。
美しい自然の中で暮らしていた家を追われる時、夫人が客車に火をつけるシーンはとても印象的
で、彼女のつらさが胸に迫ります。原発建設をきっかけに、少年だったマイケルの人生のあり方
も変わっていきます。その心の変化も感じてもらいたいと思います。事実を下敷きにしています
が、ノンフィクションとは違う、心に訴えるフィクションです。重いテーマですが、私たちはフ
クシマを経験しましたので、今なら日本の現状と照らしながら、高学年の子にも興味を持って読
んでもらえるかなと思う本です。
●知られざる現状を知る
世界遺産の登録を受けて、小笠原諸島に関するノンフィクションが出版されていますが、フィク
ションでも『ボニンアイランドの夏』が出ました。ボニンアイランドというのは小笠原諸島の英
語名。ここはもともと欧米人によって開拓された島で、今も欧米系と呼ばれる人たちが住んでい
ますが、太平洋戦争やその後の米軍統治などで住人が翻弄されてきた歴史があります。私もこの
ことはよく知らなくて、物語を読みながら島のことがよく分かりました。表紙や挿絵がいまひと
つですが、紹介します。
『希望への扉リロダ』の主人公はミャンマーの少女です。
「リロダ」はビルマの少数民族の言葉で
図書館という意味だそうです。軍事政権下のミャンマーでは、貧しく学校にも行けず非常に厳し
い生活を強いられている子どもたちがいます。政府軍に住まいを追われた少女の一家は、危険を
くぐりぬけて命からがらタイの難民キャンプにたどり着くのですが、ある日、キャンプに図書館
ができるという話を聞きます。英語の本ではなく自分たちの言葉で書かれた本を、誰でもいつで
も無料で読むことができる、ということが少女にはすぐには信じられないくらいなのですが、最
後には自ら図書館の職員になるというお話です。日本では当たり前にある図書館ですが、外に出
ることもできない閉ざされた難民キャンプの生活では、図書館というものが人々にとってほんと
うに希望の扉なのだということを実感する内容です。著者はNGOシャンティ国際ボランティア
会のスタッフとして、実際にミャンマーの難民キャンプの図書館で現地の図書館員の養成にたず
さわっていた方で、物語としての力というより実際の体験を元にした説得力を持つ作品だと思い
ました。こういったミャンマー難民の人々の暮らしは、私たちにはとても遠い世界のように思う
のですが、日本人がそこに生きる人に希望を与えるお手伝いをしているという事実を、この本を
通じて子どもたちにも知ってもらえたらと思います。
2
●国際化する社会を受けて
最近は、クラスに外国籍の子どもがいることが普通になりましたので、こんな本も読んでもらえ
たらと思います。
『ヘンダワネのタネの物語』の主人公は5年生のナオとアリ。ナオは日本人の女
の子で、絵ばかり描いていてクラスでも変わり者で通っています。一方のアリはイラン人の男の
子で格好よくてサッカーが上手くて人気者。あるきっかけから、アリはナオの家族と夏休みの1
日をいっしょに過ごすことになります。タイトルの「ヘンダワネ」とはイランの西瓜のことだそ
うです。ふだんはイランのことをほとんど語らないアリが、その日はみんなから聞かれるままに
食べ物や家族のことを話すのを聞いて、ナオはイランに強く惹かれるのですが、同時にアリがイ
ランのことをどうして話したがらないのか納得がいかない。ナオは自分らしくしていて何が悪い
の?と思えるタイプですが、アリは本当はイランのことは好きだけれど日本の社会の中で普通で
いたいと思っています。そう思うあまり、日本語が片言の母親にイライラしたりするアリの気持
ちが、よく分かるなと思いました。自分らしさとは一体なんなのか、自分とは違うバックグラウ
ンドを持つ人が何を考え、どう感じているのか、ということを考えさせられるようなお話です。
途中でイランの幻想的な物語も織り交ぜられていますし、出てくるイラン料理もおいしそうだな
と単純に興味がわき、とても読みやすいお話です。
アメリカの少女が授業の課題でアフガニスタンの少年と文通をする
『はるかなるアフガニスタン』。
両国は文化的にも社会的にもまったく異なっていて、深刻な政治的対立もありますが、こういう
個人的な交流を通して少しでも世界が変わっていけばいいなと思う話でした。著者はアンドリュ
ー・クレメンツ。完成度が高く引き込んで読ませる作品です。現実は物語のように甘くはありま
せんが、この本をきっかけにしてアフガニスタン関係の本などを紹介しても良いと思います。
アフリカを舞台にした物語も、ここのところ増えてきています。
『大地のランナー』は、南アフリ
カ共和国で人種差別政策の下で厳しい生活を送りながら、オリンピックで金メダルをとった実在
の選手をモデルにしています。
●戦争――これまでと違う視点
戦争をテーマにした本では、従来のものとは異なる切り口の作品が出ています。
『うちはお人形の
修理屋さん』
は、20 世紀はじめのニューヨークで人形の修理店を営むドイツ人の一家の物語です。
第一次世界大戦が始まり、ヨーロッパから物が届かず仕事ができなくなってしまった一家のピン
チを救ったのが、9歳の女の子でした。戦争の悲惨さを直接伝える話ではないのですが、戦地か
ら遠くにあっても影響は大きくたいへんな時代だったことが十分に伝わります。子どものアイデ
ィアで、家族が苦難を乗り越える姿がとてもいいお話です。
チェコのプラハ郊外の小さな村をナチスが襲撃した史実をもとに描いた『名前をうばわれた少女』
は、これまでの多くの物語とは立場の違う女の子の話です。捕らえられた子どものうち、容姿が
アーリア人の基準に合う子どもだけがドイツ人としての教育を受け、ドイツ人家庭に引き取られ
て養子として育てられたということが実際にあったそうです。完全に洗脳されて自分をドイツ人
と思い込む子もいる中で、主人公のミラダは必死に、自分の名前を覚えておこう、自分はこうい
う人間だということを忘れずにいよう、と強い意志を持ち続けます。肉体的物質的なつらさは無
いものの、自分のアイデンティティを奪われる怖さ、家族と引き離されて教育を受ける何とも言
3
えない喪失感がよく描かれています。ナチスについてひと通り知識があった上で読むと、なるほ
どこういうことがあったのかと理解できますが、何も知らないで読むには分かりにくい部分が出
てしまうかもしれません。
同じナチスを扱った『フェリックスとゼルダ』も、今までとは少し変わったストーリーです。ナ
チスについてまったく知らないユダヤ人の少年フェリックスが、両親を探しに町へ出て行く中で、
つらい現実を知っていくという内容です。ナチス関係の作品は良質のものがあるので、この作品
が特に、というものではないのですが、続刊があるそうなので、続きを読んでから評価したいと
思っています。
日本のものを最後に1冊紹介します。ヒロシマの原爆を描いた『八月の光』です。YAまたは大
人向きではありますが、戦争を扱った日本の作品ではあまり良いものに出会えないので、リスト
に入れました。
●家族を描く
岩瀬成子さんがはじめて書いた幼年童話『なみだひっこんでろ』
。年子の姉妹の物語です。お姉さ
んは泣き虫で心配性、妹のほうがしっかりしている感じで、ことあるごとにお姉さんに「なみだ
ー、ひっこんでろー」と言ってあげるんですね。お姉さんが近所の犬の具合を心配していて、ふ
たりで夜、犬の様子を見に家を抜け出してちょっとした冒険をするというお話です。文面や話の
長さは1年生でも読めそうなのですが、内容はもう少し上かなという気がします。選書会では、
もう少し書き込んで中学年向きにしたら良かったという意見もありましたが、短い話の中にも岩
瀬さんらしい世界があって、姉妹の心の機微がじんわりと感じられるような物語です。短くて身
近なテーマなので、読み聞かせにもおすすめしたいと思います。
『お父さんのVサイン』は、体重 96 キロのお父さんが口を滑らせて「オレは昔、足が速かったん
だ」と言ってしまったために運動会でリレーに出ることになり、プライドをかけて特訓をします。
物語にひねりがあるわけではないのですが、お父さんにも頑張ってもらいたいと思うお話です。
引っ込み思案の少年が山へ引っ越した叔父さんの山小屋でひと夏を過ごし、少しずつ成長してい
く姿を描いた『ぼくとおじちゃんとハルの森』は、装丁もお話も地味ながら、優しいお話でじん
わりと良い作品です。ただ、おもしろく読める子とそうでない子がいるかもしれません。
『じったんのオムライス』の「じったん」は主人公のお祖父ちゃんのことで、元料理人です。
「ぼ
く」はお母さんの誕生日に大好きなオムライスを作ってあげたいと、じったんにオムライスの作
り方を教えて、と頼みます。いつも優しいじったんなのですが、料理のことになるとすごく厳し
くて、地道な練習をします。なんですぐにオムライスを作らせてくれないんだ、と思いながら特
訓する中で、じったんはお母さんがなぜオムライスを好きなのか、話して聞かせます。ていねい
に手をかけて作る料理を通して、家族のつながりがとても自然に描かれている作品です。今の子
どもたちは外食することも多いと思うので、手作りのごはんのあたたかさのようなものが、こう
いう物語でそれとなく伝えられたらいいかなと思います。
●日常生活のなかで
弱虫な主人公が転校した先で、強いやつが転校してくるという噂が流れているという『公平、い
4
っぱつ逆転!』は、周囲の期待に押されて学校のいじめっ子と対決する羽目に陥ってしまった公
平の奮闘を描いた物語です。目新しさはありませんが、元気の良いお話で読みやすいと思います。
不思議な物語『みさき食堂へようこそ』は、装丁もふんわりしていてお話の雰囲気によく合って
います。岬の先っぽにあるみさき食堂は、ハルおばあちゃんの小さな食堂。孫のたまみちゃんが
手伝っていて、お客さんは風に乗ってやってきます。死んだお母さんが作ってくれたおにぎりと
か、食べたくてももう食べられないものを出してくれる、ちょっと変わった食堂のお話です。
昔なつかしい商店街のお肉屋さんの話『ポテトサラダ』。長年がんばってやってきたお肉屋さんで
すが、スーパーマーケットが近所にできて、ついに閉店することになります。ところが、ここの
ポテトサラダが大好きな男の子が病気で入院をすることになり、その間も大好きなポテトサラダ
を食べさせてあげたいので、お店を続けてくださいとお母さんが訪ねてきます。ひねりもなく素
直なお話ですが、肉屋さんのポテトサラダが好き、とか、病気の子のためにお店を続ける、とか、
男の子が恩返しをする、いう人情あふれる内容が泣かせます。ついスーパーマーケットにばかり
行きがちですが、地元の商店街で買い物をしようと思った作品です(笑)。
『願いがかなうふしぎな日記』の主人公は5年生の男の子。願いが叶うよと、亡くなったお祖母
ちゃんにもらった絵日記帳に願い事を書いてみると、それが本当になる。びっくりしてこれは魔
法の日記かもと思いつつ書くと、また叶う。でもそれは魔法ではなくて、書いたことを頑張った
り、書いたことで行動する勇気をもらったり、ということなんですね。本人も分かっていて、実
現しないようなことは書かず、ちょっと頑張れば叶うかな、ということだけを書く。この年代の
等身大の悩みや、そこから成長する姿などが、よく描かれています。
●外国の物語から
『ハンナの学校』の舞台は 19 世紀末のアメリカ。目の見えないハンナは学校に行かず、ずっと家
の中で過ごしています。でもほんとうは学校に行きたい。ある時、ハンナの家に小学校の先生が
下宿することになります。この先生が「ハンナも学校に行くべきです」と両親を説得してくれた
ことから、ハンナの世界が広がっていきます。表紙にはふたりの少女が描かれていますが、どち
らもハンナです。家に閉じこもっていた時の、髪も切ってもらえず良い服も着せてもらえていな
いハンナと、一方は学校に行くようになってきれいにしてもらったハンナ。時代が違っても、障
害のある人が普通の人と同じように生活するためには、周りの理解がなくてはならないのは同じ
です。短い話ですが、学校へ行けるうれしさと不安、友だちができてみんなといっしょに何かを
するハンナの生き生きした姿が印象に残ります。
ベルギーのお話『ロージーとムサ』は、シリーズで2冊出ました。ロージーはある事情でお母さ
んとふたりで新しい町に引っ越してきます。その事情については2巻目で分かってくるのですが、
慣れない町でお父さんもいないことで不安を抱えています。同じマンションに住んでいる少年ム
サもやはり、移民なので社会に溶け込んでいるとはいえない。それぞれ孤独を感じていたふたり
がだんだん仲良くなるのですが、ちょっとした事件が起こる。短い話なので中学年にもじゅうぶ
ん読めます。ただ、ストーリーを楽しむことはできても、移民のことなど日本の子どもには伝わ
りにくい部分もあるかなと思いました。独特の雰囲気のある話です。シリーズはまだ続くようで
す。
5
『緑の精にまた会う日』は、イギリスに古くから伝わる「炉端のロブ」という妖精にまつわる物
語です。ロブは気に入った庭や畑に住みついて雑用をやってくれる働き者のありがたい妖精で、
ロブがいる庭の植物は栄えるという言い伝えがあるそうです。お祖父ちゃんの庭にいるロブの姿
が、主人公の女の子とお祖父ちゃんには見え、それはふたりの秘密だったのですが、お祖父ちゃ
んが亡くなって庭が売りに出されてしまいます。少女の喪失感とその後に希望を持つまでをてい
ねいに描いていて、とてもよくまとまったお話です。不思議な物語ながらもリアルな描写で、そ
のバランスがとても良いと思います。
『そして、ぼくの旅はつづく』の主人公アリは、バイオリンの才能を持つ少年です。幼い時に父
親を亡くし、生まれ故郷のドイツを出て母親とふたりであちこち旅をし、最後にお母さんが伴侶
を見つけ、シドニーに移住することになります。アリにバイオリンの手ほどきをしてくれた祖父
をはじめとする周りの大人の、アリを見守るあたたかさがよく描かれています。美しい景色と美
しい音楽がちりばめられていて素敵な話ではあるのですが、外国のお話ですし、特別な才能のあ
る子の話ということで、日本の子どもには共感しづらいかもしれません。読み手を選ぶと思いま
す。
●高学年向けに
『お父さん牛になる』は 2012 年、私がいちばんおもしろく読んだお話です。でも問題作かとも
思いました。まだ読んでいない方にはぜひ読んでほしい本です。朝、起きたらお父さんが牛にな
っています。本物の牛なので、家族はエサをあげたり糞の始末をしたり、とてもたいへん。また、
会社の人や近所のおばさんが首を突っ込んでくるので、お父さんが牛になったことを知られない
ようにするのに、すごく苦労するんですね。でも、読んでいくうちに、なぜお父さんが牛になっ
てしまったのかだんだん分かってきます。それが意外にもとてもリアルで、お父さんってかわい
そうだな、と、日ごろ影が薄くなりがちなお父さんや、家族について、いろいろ考えさせられる
部分もありました。後半、お父さんの母親である田舎のお祖母ちゃんがやってきて、隠し切れず
についに見つかってしまいます。この時お祖母ちゃんは、ひと目でその牛が自分の息子だという
ことが分かるんですね。お母さんってすごいなと、そういうところもおもしろく読みました。突
飛な設定なので、ついていけないという方もいると思いますが、引き込まれる不思議な作品で、
最終的には辻褄も合っており、よく考えてストーリーを作られたなと思います。ドラマティック
に上手に話を盛り上げています。ささめやゆきさんのイラストも、イメージとぴったりで良かっ
たです。
『チームひとり』
『チームふたり』など卓球のシリーズでおなじみの吉野万理子さんの作品『劇団
6年2組』は、やはりストーリーが上手くおもしろく読み進められます。学校行事で見たお芝居
に感激して、6年生のクラスが、卒業前のお別れ会で自分たちも劇をやろうと決めます。演劇の
ことが全然分からない中で四苦八苦しながら考え、自分たちらしい劇を目指して頑張っていく姿
が良かったなと思う作品です。
『よるの美容院』の主人公も6年生の女の子。中学受験を前に、あるきっかけで声がうまく出な
くなってしまい心を閉ざしてしまった彼女を、昔ながらの小さな美容院を営んでいる遠縁の叔母
さんが預かり、ふたりの生活がはじまります。少女をひとりの大人として扱いながら優しく見守
6
る叔母さんとの暮らしを通して、少女の心の再生を描いた物語です。重いテーマなのですが、周
りにいる大人がとてもあたたかく、その様子に救われます。夜、閉店後の美容院で叔母さんが少
女の髪を洗ってくれるのですが、それがとても気持ちよさそうで、印象的です。心が弱っている
時、こんな場所があればいいなと思うお話でした。
『糸子の体重計』、表紙のちょっと太めの女の子が糸子です。おいしいものが食べられたらそれで
幸せ、という元気いっぱいで前向きな子。彼女とクラスメートの子たちが、それぞれいろいろな
事情の中で頑張って生きているという、連作短編形式の読みやすい作品です。意地悪な子、内気
な子、いろいろな子が出てくるのですが、
「こういう子いるよね」と共感できる身近さがありまし
た。いつもおどけている男の子が、最終話で実はとてもたいへんな家庭環境の中にいることが分
かるのですが、そのシリアスな展開に少し驚きました。この最後の部分は本の中でも異質な感じ
です。
今回、YAのリストにも挙がっている『空へのぼる』は、小学校5年生の女の子が主人公。赤ん
坊の時に両親に捨てられ、歳の離れたお姉さんと一緒に親戚のおばあちゃんに引き取られている
んですね。学校の「命の授業」で助産師さんや赤ちゃんの父親の話を聞いた主人公は、生命の誕
生に感動する一方で自分が生まれた意味についても考えるようになります。そんな時、お姉さん
が妊娠し、赤ちゃんを産む。その体験を通して、姉妹が悩みながら戸惑いながら成長していくと
いう姿を描いています。題材は重いものですが、暗さは無くさわやかな感じの作品です。姉の目
線と妹の目線とがあり、お姉さんの立場から語られる大人っぽい部分もあるので、YAとしても
読めると思います。
『100 回目のお引っ越し』は、主人公の少年がおじさんの営む引っ越し屋の手伝いをする中で、
様々な人生に触れるお話です。引っ越しは単なる住まいの移動というだけでなくドラマがある、
という良い題材です。
少年たちのまっすぐな友情を描く『ぼくとヨシュと水色の空』。心臓に欠陥があって体の弱いヤン
の親友ヨシュは、体が大きくていつもいじめっ子からヤンをかばってくれます。ふたりはとても
仲良しで良い関係を築いているのですが、ある時ヨシュが事件に巻き込まれて姿を消してしまい
ます。心臓の手術が近づいてくる中、友だちを心配する気持ちはあっても自分には何もできない、
というヤンの激しい焦りがよく描かれています。事件はシリアスなのですが、作品の焦点は友情。
二人のまっすぐな関係が素敵な作品です。
●不思議なお話――オバケ・妖怪・幽霊
おじいちゃんの書庫で見つけたふわふわの黄色い生きものが出てくる『キリンちゃん』。いわゆる
「麒麟」を指すらしいのですが、表紙の絵はかわいい感じです。主人公は学校で「ケンじい」と
呼ばれていて、変に爺むさいおじいちゃん子。キリンちゃんはいろいろ面倒を起こしてケンじい
を困らせるのですが、おかげで友達ができるというかわいらしいお話です。
『ゆきひらの話』は、病気で寝ているおばあさんに、鍋が料理をしてくれるお話です。ひとり暮
らしの女性にはぜひ欲しいお鍋ですね(笑)。
『はなこ
野の花
野のきつね』はなかなか良い作品でした。狐の子はなこは、ときどき人間に
化けて人里に下りてきて、人間の女の子と友だちになります。季節ごとに短編形式で描かれてい
7
て、季節がひと巡りすると、人間の女の子は小学校1年生が2年生になるだけなのですが、狐の
はなこはもうお嫁入り。少し切なくてとても美しい物語です。しっかりとした児童文学作品だな
と思いました。装丁が地味なので、うまく紹介してあげないと手に取ってもらえないだろうと思
います。
かわいいオバケのお話『オバケの長七郎』は、商店街の古道具屋の偏屈親父がオバケを拾うとこ
ろから物語が始まります。長七郎を中心に商店街の人々の絆が深まるという、ほのぼのとした話
でおすすめです。全体の長さから対象を中学年としたのですが、短編形式なので、低学年でもじ
ゅうぶん楽しめると思いますし、読みきかせもできそうです。小さい子から大人まで誰にでも楽
しめる作品、イラストのイメージも話とぴったり合っています。
『かなと花ちゃん』は富安陽子さんの作品ですが、富安さんには良い作品がたくさんありますの
で、その中ではあまり、という方もいると思います。主人公かなが日本人形の花ちゃんと言葉を
交わし、いろいろな体験をします。大人の方が喜んで読む作品かもしれません。もうひとつ、富
安さんの作品『妖怪一家九十九さん』も、富安さんにしては、と思う方もいるかもしれません。
団地の建設で棲みかを追われそうになったオバケが、役所に駆け込みます。役所ではそれにきち
んと対応する部署があって、団地にオバケを住まわせてくれる。読みやすくおもしろい設定だと
思うのですが、オバケたちが泥棒を退治して、役に立ってめでたしめでたしという展開が、あり
ふれた結末であるように思いました。
プロイスラーの初期作『かかしのトーマス』は、キャベツ畑の見張りの案山子を描いています。
とても頭の良い案山子で、はじめは畑の世界に満足しているのですが、だんだん世の中はもっと
広いのではないかと考える。広い世界を見てみたいけれど、案山子なので動けないというジレン
マを抱え、いつしかそれが自分の運命だと受け入れるようになります。結末はちょっとびっくり
するような終わり方です。生真面目な案山子の様子が妙におかしく、心に残る物語です。自然の
風景や季節の移り変わりも美しく描かれています。でもこれも少し装丁が地味ですね。
『逢魔が時のものがたり』はちょっと怖い5つの短編集で、表紙のイラストとお話のイメージは
合っていると思います。怖いお話なので、子どもは手に取りやすいかなと思います。
『リックとさまよえる幽霊たち』は『妖怪一家九十九さん』のイギリス版といったところで、環
境破壊によって住むところのなくなってしまったゴーストを助ける少年のお話です。1975 年に書
かれた作品ですが、そんなに古びた感じはしません。
柏葉幸子さんの作品『バク夢姫のご学友』。五月という少女がバクとともに別世界に飛ばされて、
恐ろしげな屋敷にたどり着くというお話です。不思議な世界ですが難しさはないので、すらすら
読める作品かなと思います。
●低学年向けの楽しんで読める本
かわいらしいお話『ねえ、おはなしきかせて』は、お母さんが忙しくて本を読んでもらえない女
の子が主人公。森でひとり本を読んでいると、動物たちが集まってきます。
大好きなクッキー作りをやりすぎて、重いものが持てなくなってしまったおばさんが、リハビリ
を重ねて…という『アルルおばさんのすきなこと』。卵1個からはじめて、少しずつ重いものを持
っていくうちに、どんどん力持ちになっていきます。卵を単位にネコや野菜の重さを表現する算
8
数的な要素もあり、楽しい作品です。最後に秤のイラストでいろいろな物の重さの一覧が載って
いるのもおもしろいです。
村上勉さんが文も絵もかかれた作品は久しぶりではないでしょうか。
『かえるのそらとぶけんきゅ
うじょ』は、空を飛ぶことに憧れるカエルがさまざま研究をするお話です。挿絵が抜群なので、
細かいところまで眺めて楽しんでほしい。
動物たちのかわいらしいお話『だれかさんのかばん』も、良い挿絵で物語もたのしいです。
スロボドキンの童話『ピーターサンドさんのねこ』は、避暑地に遊びに来る家族のために、猫を
貸し出すという物語。かわいいイラストも入って猫好きの方には特におすすめしたい本です。清
水眞砂子さんが幼年向けの作品を訳されるのは、久しぶりかと思います。
アリソン・アトリーの『おめでたこぶた』は、ご存知の方も多いと思いますが4匹の子豚の兄弟
の話「サム・ピッグ」のシリーズの再刊です。山脇百合子さんの挿絵というところも「間違いな
い」作品だと思います。読みきかせにもおすすめです。
春に生まれる赤ちゃんのために、ねずみの男の子がお父さんと冬のあいだ一生懸命に食べ物を集
める『ねずみのオスカーとはるのおくりもの』
。ほのぼのとして良い作品ですが、イースターが話
の鍵になっているので、なじみのない日本の子どもにはそのあたりが伝わりづらいかもしれませ
ん。
大人のお殿様が、子どもと同じように自転車に乗る練習をする『おとのさまのじてんしゃ』は、
身近な題材でユーモアがあり、みんなに楽しめると思います。
『がっこうにんじゃえびてんくん』も、本物の忍者がクラスメイトというおもしろいお話です。
お祖父ちゃんが孫にほら話ばかり聞かせる『願いのかなうまがり角』
。孫は「おじいちゃんのお話
がまたはじまった」と思うのですが、結局たのしく聞いてしまいます。ふたりのコミュニケーシ
ョンがいいなと思ってリストに載せました。
●話題の本――中学年向けに
『ライオンがいないどうぶつ園』では、動物が大好きな町の人たちのために、町長さんが動物園
を作ります。しかしみんなが楽しみに行って見ると、ライオンがいない。ライオンを買うお金が
ないという町長さんの言葉に、子どもたちはおやつのアイスを我慢してお金を貯めます。さらに
町長さんは、ライオンがどこで買えるのか調べて来てくれ、と子どもたちに頼みます。子どもた
ちは一生懸命調べて、最後には待ちに待ったかわいいライオンがやってくる、というストーリー
です。子どもたちが中心となって夢を実現させる、という思いをじゅうぶんに味わえるお話です。
話題になった『あっちの豚こっちの豚』、佐野洋子さんの旧作で、当時、高校生だった息子の広瀬
弦さんの絵で出版されていましたが、佐野さんが亡くなった後ご自身が描いた絵が見つかり、再
刊されました。お話もおもしろく、改めて楽しく読めます。
『わたしはみんなに好かれてる』は、令上ヒロ子さんが 2009 年に出した『わたしはなんでも知
っている』と同じ物語を、悪役だった別の登場人物の女の子の視点から書いた作品で、おもしろ
い試みです。
『ネジマキ草と銅の城』では、1000 歳を超えた王様の心臓が止まりそうになり、まじない師が心
臓のネジを巻く「ネジマキ草」という薬草を取りに行くことになります。その間に王様の心臓が
9
止まってしまわないように、動物たちが王様の住む城を訪れてワクワクさせるようなおもしろい
お話を聞かせます。とても良くできた作品です。易しいので中学年でもお話の世界をじゅうぶん
に楽しめると思います。村上勉さんの挿絵もすばらしい。
『アーヤと魔女』は 2011 年に亡くなったダイアナ・ウィン・ジョーンズの遺作。孤児の女の子
が魔女に捕まりこき使われるうち、発奮して魔法を習得していきます。挿絵も多く、この作家の
作品のなかではめずらしく低学年でも読めるお話です。
『ゆうれい回転ずし本日オープン!』の作者は実際のお寿司屋さんだそうです。回転寿司を扱っ
た本は、フィクションでも増えていて人気もあります。
『クリスマスのりんご』は、ルース・ソーヤーやアリソン・アトリー、ルース・エインズワース
など日本でもよく知られた作家の短編集です。クリスマスシーズンに子どもたちにすすめる本に
ぜひ加えてください。
ネイティブ・アメリカンに伝わる民話の中から、コヨーテのお話ばかりを集めた珍しい本『コヨ
ーテのおはなし』。コヨーテは賢い動物と位置づけられているそうです。挿絵はヴァージニア・リ
ー・バートンです。
岩波少年文庫からは、ロダーリの短編集を1冊選びました。
『兵士のハーモニカ』にはどれも優し
くてすてきなお話が収められています。地味な本なので、子ども自らは手に取りづらいと思いま
す。短編集で読みきかせもできます。お話によっては、かなり小さい子でも楽しめる作品もある
ので、ぜひ読んであげてみてください。
●注目したいシリーズ
冒頭で触れた『ニルスが出会った物語』は、
『ニルスのふしぎな旅』の中からエピソードを選び挿
絵をたくさん入れて薄い本にしたシリーズです。昨年から4巻出ています。上下巻の分厚い本で
は子どもが尻込みしてしまうので、それをなんとか手に取ってほしいという思いで作られたそう
で、ニルスの入門編、と福音館書店では位置づけているようです。その気持ちはとてもよく分か
るのですが、個人的にイラストはもっと違う感じの方が良かったかなという印象です。やはり子
どもたちには、元の物語を通して読んでもらいたいなと、どうしても考えてしまうのですが、こ
ういった本を入り口に、古典にも親しんでもらえるのかもしれません。
低学年向けではほかに、
『おひさまや』や『テディ・ロビンソン』『マジカル・チャイルド』など
のシリーズが出ています。
高学年向きのシリーズとしては、
『見習いプリンセスポーリーン』
『アラルエン戦記』
『少年冒険家
トム』を選びました。
『アラルエン戦記』は昨年まず2冊が出ています。ひそかに情報収集して活
躍するレンジャーに弟子入りした少年の物語です。このレンジャーという仕事がめずらしくて、
お話に入りやすいです。ファンタジーの世界は苦手、という子にも読みやすいと思います。
リストの最後は 2012 年に出たシリーズの続刊を挙げました。久しぶりに出たシリーズもありま
す。続きが出たことを気づいてほしいと思い、なるべくたくさん載せています。ぜひチェックし
ていただければと思います。
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