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写真で見る、香港の過去と今〜学生占拠事件の後先

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写真で見る、香港の過去と今〜学生占拠事件の後先
intelligence & investigation
情報と調査
速報・解説
NO: 106
2015 年 2 月号
写真で見る、まるごと香港の今
学生占拠事件の後先
坂内 正
昨年 2014 年秋、香港政治のトップである行政長官の選挙をめぐり、学生たち
が、香港市街地の中心部を占拠し、世界の注目を集めたことは、まだ記憶に新
しい。
学生が占拠した中心地・セントラル地区の道路は何事もなかったかのようだ
香港は 1997 年に英国から中国に返還された後も「一国二制度」のルールのも
と、中国本土とは異なる政治・経済体制を維持してきている。その一方で、返
還から 18 年を経て、行政長官選挙だけでなく、さまざまな形の「中国化」が進
みつつある。
2015 年 1 月、中国本土と香港を往復するなかで、香港の今を過去との比較も
交えて追ってみた。
香港は 3 区域・・・香港島、九龍、新界
一般に我々が香港と呼ぶ地域は、香港島、九龍半島、そして、新界地区の 3
つに大別される。
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香港といえばビクトリアピークからの 100 万ドルの夜景。思ったより地味か
香港島は文字通り島で、アヘン戦争とその後の南京条約で当時の清国から英
国に割譲されるまでは小さな漁港だった。対岸の九龍半島もその後の北京条約
でほぼ同じ時期に割譲された地域だが、ネイザンロードに大きくはみ出した看
板のイメージが強烈だ。これに対し、大陸と接する新界地区は 99 年間の租借地
だったため、恒久的な大きな建物は建たないできた。
これは形こそ似てないが、クェスチョンマークをイメージするとわかりやす
い。マークの先端の点が香港島、伸びた棒の部分が九龍半島、そして円の部分
が新界だ。ここから先は「香港」という場合、特に限定しない限り、クェスチ
ョンマーク全体を指すこととしてペンを進める。
かつての人気は九龍地区
日本人の海外旅行の近場の観光地として、台湾、韓国と並んで、人気の高か
った香港だが、この場合も主に九龍地区と香港島が中心だ。旅行のガイドブッ
クやパンフレットに掲載されているビクトリアピークからの展望やパペルスベ
イ(浅水湾)の海岸、そしてアバディーンの水上レストラン、これらはいずれ
も香港島にある。そう映画「慕情」の世界だ。
ところが宿泊するホテルとなると人気は九龍だった。何たって九龍には中央
部を南北に貫くネイザンロードを中心に有名ブラント店、免税店から小さな屋
台まで、さまざまな店が競い合うように出店している。ショッピングが海外旅
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行の目的のかなりを占めていた時代には夜、繰り出すにも便利だったからだ。
九龍サイドのモンコックには1年中、屋台が「占拠」している女人街もある
また九龍には賑やかなネオンだけでなく、全体が何やら圧縮陳列のディスカ
ウントストアを想起させるような舞台装置も備わっていた。沢木耕太郎の「深
夜特急」にも通ずるイメージだ。今は取り壊されて公園になったが、かつては
警察官も一人では入らないといわれた「九龍城」もここにあった。筆者自身、
以前この城に入ってみたことがある。もちろん城ではなく、古びた大きなマン
ションに違法な増改築を重ねた建物といった感じ。
「ジャッキーチェンの香港ポ
リスは入ったのかな」、「ここでコピー商品や麻薬が作られているのかな」など
とあれこれ想像しながら、少し緊張して回ったことを思い出す。
その後、慢性的渋滞解消を目指して両岸を結ぶ海底トンネルや橋も増設され
国際的な機関や金融ビジネスの中心が、セントラル(中環)やアドミラル(金
鍾)に集中するなかで、今では香港の中枢機能も香港島に定着した感がある。
香港島と九龍半島を結ぶ、海底トンネルは年中混んでいる
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香港島や九龍地区に比べると、かつては開発が遅れていたのが新界だ。何し
ろ 99 年後には中国に返すことになっていたから、わざわざここに大きな建物を
建てるなどと考える人は誰もいなかった。それが今では高層マンションが林立
し、地下鉄網の発達もあり、香港のベッドタウンと化している。近年で最も変
貌の激しい地域といえる。
落城寸前の九龍城
取り崩しに反対する横断幕も見える
(1992 年 3 月撮影)
中国人と香港人
ところで、この中国でありながら、
「半分外国」の香港のことをもう一方の中
国人たちはどう見ているだろうか。今回、中国―香港を往復するなかで、中国
の若者らにも聞いてみた。
中国人の多くは自国には言論の自由が保障されていないなかで、香港は「二
制度」のもと、まだ比較的自由に物が言えるということは良く知っている。で
はこれに共感或いは支持をしているかというと、筆者が聞いてみた範囲ではそ
うでもない。
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香港の書店には、中国の政治情勢をすぐさま反映した書籍が並ぶ
中国人は出身地毎に、例えば、四川省出身者なら四川人、湖南省出身なら湖
南人という。国が大きくて、大きな省は日本一国に匹敵するくらいだから、そ
の方が異和感はない。当然のように、この伝で香港の人たちを「香港人」と呼
ぶが、それは四川人や湖南人とは違うニュアンスを持つ。半ば別の国の人、異
邦人に近いニュアンスだ。彼らの多くは自国の現状の矛盾や弱点は知りつつも、
今や中国経済に多く依存する香港の現状をも冷ややかに見ており「天安門事件」
のような連帯感はほとんど聞かれなかった。
「学生たちがあれこれ主張するのは
勝手だが、根無し草」といったところだろうか。
その一方で、わざわざ子供を香港で生むことで香港籍を得ておこうという、
中国の現状を見据えたしたたかさも持っているのだから、事は単純ではない。
毎朝、無料のタブロイド紙が駅の出口などで配られる。一般ニュースも載っており、なかには 40 万部、
時に 98 ページだて、などというぶ厚い新聞もある
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香港人のほうも、今さらあと 30 余年後に統一するといっても、もう別の世界
だし、その時は香港がどうなっているかわからないといった感じの受け止め方
が多かった。このあたりは台湾人にも通じるところだ。
ビルの谷間にもひるがえる香港区旗(左)と中国国旗
ちなみに、通貨、香港ドルと人民元のレートだが、以前は香港ドルの方が1
割ほど高かったが、今は逆転した。人民元の方が2割ほど高い。押されている
のは選挙制度だけではないようだ。
中国本土との往来ルート
中国本土と香港との「出入国」についても触れておこう。
同じ中国だから出入国というのは厳密にいえば正しくないが、外国人にとっ
ては他の国に出入りするのとほとんど同じ手続きが必要になる。
香港から中国本土に入る、或いは出る場合には深圳のゲートでいったん車を
降り、荷物を持って、出入国検査次いで税関検査を受ける。その後、再び車に
荷物を持って乗り込む。ごった返す人の波に乗って一連の通関手続きを終える
のに 1 時間はかかる。これを回避するため最近は城際直通車という九龍と広州
を結ぶ直通特急列車や、香港空港から深圳、珠海などの港に直結したフェリー
を利用する人も急増している。特に外国人にはこの方が便利だ。このほか、一
般列車や地下鉄を乗り継ぐという方法もある。
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陸路で香港に入るには一般人は左側の人波を1時間近くかけて通る。通学生は右側の特別ゲートから入る
前述したように最近まで、中国人なのに香港で出産し、香港籍を取得しさら
に香港の小学校に通学するという子供も増えた結果、通学用の専用レーンまで
設けられている。また香港に買い出しや観光に行く中国人も増えており、狭く
て高いというホテルの現状はなかなか変わりそうにはないようだ。
洋上カジノ船で働くベトナム人
外国航路の船員の多くがフィリピン人など、新興国の人たちによって占めら
れていることは今では広く知られている。この場合イメージするのはタンカー
やコンテナ船だ。
ところが、それだけではないのだ。クルーズ船やカジノ船などにも新興国の
人たちが多数乗って働いているのだ。シンガポール、香港、台湾などをベース
とするクルーズ船やカジノ船のウエイトレスやボーイといったスタッフがそう
なのだ。クルーズ船というのは、例えば台湾~沖縄といったルートだ。この場
合、今や先進国とさして賃金の変わらなくなった台湾人ではなく、ベトナムや
インドネシア人を雇うのだ。ある程度、英語を話せることが必須だ。
カジノ船というのは、夜、出航し、外洋に出てカジノに興じ、翌朝戻ってく
るという船で、領海外でプレーするので、仮にカジノ禁止の国でも、その国の
法律には触れないというわけだ。もうカジノは習近平政権の反汚職キャンペー
ンによる急落を待つまでもなく、マカオの専売特許ではなくなっているのだ。
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カジノ船は毎晩香港を出航し、領海外でカジノを開き、翌朝また香港に戻ってくる
こうした船で働く彼らに何度か話を聞いた。賃金は職種などにもよるが、月
額約 500 米ドルというから、ベトナム本国のざっと 2 倍強だ。これを香港、シ
ンガポール、台湾の人たちを雇っていたらとてもこうはいかない。
しかも彼らの職場は洋上だ。香港や台湾の労働ビザを取得する必要はない。
休日など一時的に上陸する場合でも、それはあくまで「仮上陸」ゆえ、すぐに
また船に戻らなければならない。何より、今や日本並みかそれ以上の物価高の
香港ではのんびり買い物をしたり、食事をしたりしていたら、あっという間に
500 ドルは消えてしまう。
牛丼の吉野家も、郷に在っては郷に従ってかこんなメニューも出している
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カジノ船の客の多くは宿泊用の部屋は用意されるものの、ほとんど使用する
ことなくカジノに興じ、一晩でベトナム人スタッフの月給分か、その数倍いや
数十倍を使うという。
日本でベトナム人の留学生や実習生をめぐる議論やカジノの是非をめぐって
の賛否もにぎやかだ。しかし、一足先に、ここでは難民入管法も賭博法も超え
たところで、ベトナム人が働いている。こうした現実が見られるのも国際都市、
香港のもう1つの側面だ。
キャセイパシフィック航空の由来は
今回の成田への帰国便は香港のナショナルフラッグキャリアともいうべき、
キャセイパシフィック航空。乗ったことのない人でも名前は知っている航空会
社だ。
香港の過去と今について書いてきたところで、このキャセイ航空にまつわる
余談を1つ。
香港の翼・キャセイパシフィック航空の語源は契丹(きったん)だ
そもそもこのキャセイという言葉はどこから来たと思われるか。ローマ字の
スペルはCATHAYでカタイとも読める。実はこれ中国東北部にあった「遼」
を建国した契丹(キッタン)人に由来する。英語での古い言い方がキャセイであ
る。ロシア語でも中国はカタイという。カタイ(キタイ)の複数がキタンつま
り契丹で、10 世紀に渤海を滅ぼし、宋(北宋)を攻めた国といったら歴史好き
な人は想い出すかもしれない。つまりキャセイパシフィック航空というのは中
国太平洋航空ということなのだ。以前、ここのパイロットは腕がいいという都
市伝説のような話があった。理由ははっきりしている。現在のランタオ島のチ
ェックラップコック空港が出来るまでの香港空港は世界 1 パイロット泣かせと
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いわれたカイタック(啓徳)空港だった。ここは滑走路の先に山があり、ビル
の谷間をぬうように離着陸する。この山も九龍の観光ポイントだった。スリル
があっていいなどという客もいたが、ここも九龍市街に近く便利だった。
余談をもう1つ。遼に接する形で今の中国東北部には朝鮮半島から伸びた高
麗(こうらい)が建国されていたが、韓国の英語名KOREAはこの高麗に由
来している。
〈文・写真〉
Profile
坂内 正 ( ばんない ただし )
ファイナンシャルプランナー、総合旅行業務取扱管理者。 元政府系金融機関で中
小企業金融を担当。 退職後、旅行会社の経営に携わり、400回以上の渡航経験
を持つ。 ロングステイ詐欺疑惑など、主にシニアのリタイアメントライフをめぐ
る数々のレポートを著す。 著書に『年金&ロングステイ 海外生活 海外年金生
活は可能か?』
(世界書院)
ミンダナオ国際大学客員教授
『情報と調査』編集委員
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