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脳性麻痺罹患者の体幹と上肢負担軽減 ~姿勢改善へのアプローチ~

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脳性麻痺罹患者の体幹と上肢負担軽減 ~姿勢改善へのアプローチ~
脳性麻痺罹患者の体幹と上肢負担軽減
~姿勢改善へのアプローチ~
担当教官:辻村先生
実習学生:西尾友宏、藤本寛太、竹村有由、中尻智史
動機
脳性麻痺という障害をもちながらも VDT 作業に携わる男性と出会い、障害者の VDT 作業というもの
がどのようなものかを初めて知った。そして、彼には仕事に伴ういくつかの障害が起こってきているこ
とに気付き、その予防・軽減に少しでも助けになればと考えた。
目的
今回対象とした二次障害が起こっていると考えられる男性の作業姿勢を改善し、二次障害を予防・軽
減するための対策を実施する。その効果を検討し、その結果から障害をもつ方が快適に VDT 作業を行
なうにはどうすれば良いかを考える。
二次障害とは
成人障害者に見られる既存の障害の増悪または新たに発現した障害のことで、しばしば動作能力の低
下を伴う。二次障害発症の原因としては、既存の障害や加齢の影響のみならず、その障害者のおかれて
いる生活・労働の環境及び条件の影響、すなわち、一人一人の本来の機能障害や能力障害に即した適切
な労働・生活条件が整備されていないという社会的要因の存在が推測されている。
方法
① 調査対象者の決定
アイ・コラボレーションで就労されている障害をもつ方の中で、脳性麻痺の男性一人を対象とした。
② 聞き取り調査
対象者に対して、筋骨格系部位別自覚症状調べの聞き取りを行なった。
③ 作業環境の評価
作業場所を訪れ作業環境や作業姿勢などを観察し、問題を抽出した。作業をするときに本人が苦痛に感
じることについても聞き取りを行なった。
④ 改善策の検討
実際に観察した様子を参考に、抽出した問題についての改善策を検討した。作業環境の改善に必要と思
われる道具を、製作もしくは購入した。
⑤ 改善策の試行
改善策を実施し、被験者の主観的評価により各々の最適な改善位置を定めた。
⑥ 改善策の評価の準備
介入前後の自覚症状がどう変わったかについての調査票を作った。また介入前後の姿勢・症状を比較す
るため、デジカメ・ビデオカメラによる介入前後の撮影を行なった。
⑦ 改善策の評価
作成した調査票をもとに自覚症状の改善の評価を行なった。またデジカメ・ビデオカメラの画像から姿
勢分析を行なった。
⑧ 改善前後の筋電図測定
筋電図測定について了解の得られた被験者について筋電図の測定をしたが、ケーブル断線により測定で
きていなかった。
事例
30 歳
Kさん
男性。草津市在住。障害名…アテトーゼ型脳性麻痺。
日常生活について
仕事中は車椅子使用。食事、排泄、入浴は介助の必要なし。家の中では四つん這いで移動。外出時の移
動は電動車椅子を使用。
リハビリについて
週に一回、マッサージに行っている。
就労状況
20 歳から就労を開始。主な作業はノートパソコンによる VDT 作業(主にホームページ作成、経理の仕
事)。就労時間は 10 時から 17 時(月~金)で、休憩は昼に一時間。パソコン作業中は、左手でトラッ
クボールを操作し、キーボード操作は左右どちらかの片手で操作。
二次障害の状況
27 歳ごろから、パソコン作業中に肩の痛みがある。作業中に左前腕が疲れる。トラックボールが動いて
使いにくい。腰痛がある。筋緊張が亢進し、姿勢が健常者と異なる。
考えた改善策
自覚症状聞き取りにより得られた結果(下の表に示す)から問題点とその改善策を考えた。
●姿勢が悪いために腰痛
→足台(最大高 16cm、最低高 9cm)を置くことで姿勢を改善(正常な腰椎前弯を保つ)する。
改善策を行った結果生じた問題点…
足台を置くと余計に使いにくい。脳性麻痺の人は尖足の体勢でいるほうが楽である。そのため、
足台は置かないことにした。
●トラックボールを使う時に固定が不十分なためトラックボールが動いて使いにくい
→トラックボールの下にゴムの滑り止めをつける。
●左前腕の筋に負担がかかる
→腕の下に腕置きを置き、手首の背屈をなくす。
●机が高いため肩・腕が上がってしまい肩こり
→机の高さを低くする(72.5cm→69.3cm)。
改善策を行った結果生じた問題点…
①肩の位置は下がったが、右手でキーボード操作を行うときに身体を前方に乗り出さなくては
ならなくなった。さらに、腕が体幹から離れると操作性が悪いため、体幹に腕を近づけていな
くてはならない。そうしたときに机が低いと右手首が屈曲してしまうようになった。
②右腕を置く場所がなくなり、右腕を空中に保持し続けなくてはならなくなり、右腕の負担が
増えた。
問題点を改善するための新しい改善点…
机の位置は低いままでパソコン本体の高さを高くするために、パソコンの下に厚さ約 3cmの台
を設置した。こうすることで、パソコン本体の高さは以前のままにでき、右腕を置く場所も確
保できるので、手の使いやすさも以前の状態に戻すことができる。さらに机の上にあるトラッ
クボールの位置は低いので、トラックボールを扱う左手の負担を取り除くことができる。
結果
☆自覚症状
部位別の症状
自覚症状(右)
介入前
肩(こる、だるい)
肩(いたい)
首(こる、だるい)
首(いたい)
背(こる、だるい)
背(いたい)
前腕(だるい)
前腕(いたい)
前腕(しびれる)
手・指(だるい)
手・指(いたい)
手・指(しびれる)
手・指(ふるえる)
手・指(ひえる)
腰(だるい)
腰(いたい)
下肢(だるい)
下肢(いたい)
下肢(しびれる)
下肢(ひえる)
頭(頭痛)
目(つかれる)
目(見えにくい)
よくある
ある
よくある
ある
ある
ある
ある
なし
なし
なし
なし
なし
なし
ある
よくある
よくある
ある
ある
ある
ある
ある
ある
ある
自覚症状(左)
介入直後 →
介入 10 日後
介入前
介入直後 →
介入 10 日後
変化なし
変化なし
少し悪化
変化なし
変化なし
変化なし
少し悪化
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
少し改善
少し改善
変化なし
変化なし
少し改善
少し改善
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
よくある
ある
よくある
ある
ある
ある
ある
なし
なし
なし
なし
なし
なし
ある
よくある
よくある
ある
ある
ある
ある
ある
ある
ある
変化なし
変化なし
少し悪化
変化なし
変化なし
変化なし
少し改善
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
少し改善
少し改善
変化なし
変化なし
少し改善
少し改善
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
変化なし
自覚症状の変化について。介入直後ではまだ新しい作業環境に慣れていないため、あまり改善は見ら
れなかった。しかし、介入 10 日後の自覚症状はいくつか改善が見られた。
○左右の肩のこり、痛みが、介入前に比べて少し改善した。
→
机の位置を下げることで肩・腕の位置が下がり、肩の負担が減り、肩のこり、痛みが改善した。
○左右の背のこり、痛みが、介入前に比べて少し改善した。
→
机の位置を下げることで肩・腕の位置が下がり、姿勢が改善され、背のこり、痛みが改善した。
○介入直後では首のこりがみられたが、介入 10 日後では症状は以前と変わらなくなった。
→
介入直後の首のこりは新しい作業環境に慣れていないため起こったものであり、時間がたち慣れ
るにつれて自覚症状は以前と変わらなくなった。またこの症状は介入 10 日後でも改善しなかっ
たので、姿勢改善は首のこりの改善に効果がなかったと言える。
○介入直後では左前腕のだるさはすこし改善が、右前腕のだるさはすこし悪化がみられたが、介入 10
日後では症状は以前と変わらなくなった。
→
左前腕のだるさが介入直後にすこし改善したのは、下に置いた腕置きによってだるくないと感じ
たためである。しかし使い続けることで前腕のだるさは改善しなかったので、腕置きは作業改善
に効果がなかったと言える。一方、右前腕のだるさが介入直後にすこし悪化したのは、新しい作
業環境に慣れていないため起こったものであり、時間がたち慣れるにつれて自覚症状は以前と変
わらなくなった(パソコンの高さは以前のままなので当然である)。
☆改善案の満足度
改善案
満足度
トラックボールの滑り止め
左手の下にひいた腕置き
机を高さを下げる
パソコンの下の台
トラックボールの使いやすさ
右手でのキーボードの打ちやすさ
左手でのキーボードの打ちやすさ
とても満足
どちらでもない
とても満足
とても満足
とても満足
少し満足
少し満足
左手の下にひいた腕置き以外の改善案は満足してもらえ、使いやすくなったという評価を得られた
(20 日後もう一度お話を伺うと、腕置きも「割と良い」という評価が得られた)
。
○滑り止めによりトラックボールの使いやすさは満足してもらえる結果となった。
○机の高さを下げたことによって生じた問題を改善するためにパソコン本体の下に台を置いたが、それ
によって左右でのキーボードの打ちやすさは共に満足してもらえる結果となった。
☆姿勢
デジカメの画像を参考に、介入前と介入後での身体のいろいろな部位の位置や角度を測り、姿勢の改
善を評価した。
○脊柱が矢状面から何度傾いているか(背面像)
介入前…右に 13°
介入後…右に 3°
肩の高さ(車イスの側面の支柱の長さを1として)
介入前…車イスの側面の支柱から 2.3 倍
介入後…車イスの側面の支柱から 1.9 倍
机の位置を下げることで肩の位置が下がり姿勢が改善され、脊柱の傾きがなくなった。
○左腕の肘の角度
介入前…43°
介入後…137°
自然な上腕と前腕の角度は約 100 度で少し腕を伸ばした位置なので
介入前…自然な状態より-57°
介入後…自然な状態より+37°
机の位置を下げることで肩・腕の位置が下がり姿勢が改善され、自然な上腕と前腕の角度に近づいた。
○左手首の角度(トラックボール使用時)
介入前…屈曲 35°
介入後…背屈 40°
トラックボール作業での自然な角手首の角度は背屈 20°なので
介入前…自然な状態より屈曲 55°
介入後…自然な状態より背屈 20°
机の位置を下げ、腕置きを置いたことで、姿勢改善とともに自然な手首の角度に近づいた。
○右手首の角度(キーボード操作時)
介入前に比べて介入後では、右肩が上がりすぎることがなくなり、姿勢が改善した。
○肩の位置が下がり、姿勢が改善した。
考察
今回の事例で対象とした K さんは VDT 作業に関連して様々な健康障害を抱えていた。その健康障害
について改善策をいろいろ考えてみたが、
「机を下げる」
「トラックボールの下に滑り止めをつける」と
いった単純で簡単にできる改善策によって、肩や背のこりが改善できた。自覚症状調査や姿勢改善の程
度をみても効果があったのは明らかである。また、最初はあまり効果のなかった腕置きも日が経つにつ
れ使いやすくなったので、作業改善には時間が必要であり、その評価も時間をかけてじっくりすること
が真の作業改善には必要だと思われる。
結論
障害者の二次障害の予防には、正しい知識があれば簡単にできることがある。そのため、障害者やそ
のまわりでかかわる人が正しい知識を持ち実行に移すことが、二次障害発生の予防には効果がある。た
だし、障害者の方が持っている障害は個人個人で異なるため、これをすればいいいというものはなく、
個々に考える必要がある。つまり、本人と周りの人がコミュニケーションをとり、二次障害の予防を共
に考えていくことが大切だと思われる。また、本人や周りの人だけでなく社会としても対策を講じるべ
きである。具体的には、行政の介入、労働衛生の知識の普及などがあげられる。
今回の実習で二次障害の予防に関わった僕たちが、実習発表会を通して二次障害について知らない人
たちに対して情報を発信することで、二次障害の知識の普及に貢献できればいいと思う。そして、二次
障害について考える機会となってくれればいいと思う。
この実習を通して言いたかったこと
最初にKさんの作業の様子を見させていただいた時はなんの問題もなく作業を行うことができてい
るように見えましたが、彼と真剣に向き合って、話し、考えてみることでやっと問題がわかりました。
それはささいな問題で、本人さえも気づいていない問題でした。その問題に対して僕たちの行った改善
策は簡単なものですが、予想以上の改善が見られました。簡単な改善策でも、実際にそれに注目し実行
することはとても難しいことです。そして、実行するためには障害者の就労状況を知る必要があります。
障害者の作業所では、労働安全衛生などが整っておらず、その知識を得る場もなく、そのための費用
も十分ではないことに、実習を通じて気付きました。世界にはこのような障害者の作業所がたくさんあ
り、その多くで二次障害の予防などの労働安全衛生についての知識の教育などが十分になされていない
という現状があると思います。今回、僕たちが障害者の就労状況を発表することは、この現状を他の人
たちに知ってもらい、障害者の就労状況について考えてもらう小さいながらも確かな第一歩だと思いま
す。その結果、多くの人が現状を知ることになり、社会全体の障害者に対する関わり方も変わるのでは
ないか、行政も障害者に対する経済的社会的支援を行なえるのではないかと思いました。
質疑応答
Q:対象者とよい関係を築くためにはコミュニケーションが大切だと思いますが、どのように行いましたか?苦労した点
はありますか?
A:片山さんは脳性麻痺により発語が明瞭ではありませんが、ゆっくりと会話すれば十分にコミュニケーションをとるこ
とができたので全く問題なくフレンドリーな良い関係を築くことができました。
Q:たとえば予想していた結果とは逆の結果が出た場合には介入を中止する考えはあったか?あるとすれば具体的にどの
ようなときか?またそういったことは事前にグループの中で話し合っていたか?
A:まず筋電図では片山さんに負担がかかるようならやめようと考えていました。片山さんは僕たちが提案する内容につ
いて、これはいいかも、とか、これはしんどいと思います、という風に率直に感想を述べてくれたので介入の中止、継続
の判断はしやすかったように思います。また、最初に介入に関して不満な点があればいつでもやめてくれていいです、と
いう旨は伝えてありました。
Q:介入における材料費はいくらかかったか?またその製作にどのくらいかかったか?
A:介入した点は、足台、滑り止め、机下げ、パソコン下の台。値段は全部で 5,000 円、足台を除くと 2,000 円。製作し
たのは足台のみでほぼ一日で完成。ただ、最も効果があったのは費用のかからなかった机下げでした。
参考文献
頭痛大学ホームページ(http://homepage2.nifty.com/uoh)
ノートパソコン利用の人間工学ガイドライン(http://plaza8.mbn.or.jp/~jes/fpd/note_pc_guide/NP_ergoGL.html)
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