...

自転車の聖地「しまなみ海道」を活用したまちづくり~自転車の可能性を

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

自転車の聖地「しまなみ海道」を活用したまちづくり~自転車の可能性を
地域づくり情報局メールマガジン
Vol.83
Vol. 83| 2015.11.24
第 83 回
自転車の聖地「しまなみ海道」を活用したまちづくり
~自転車の可能性を信じて~
地域づくり活動の苦労話や成功談などを地域のリーダーに直接お伺いし、お届けす
る「地域づくりキーパーソンに聞く」コーナー。
本州と四国を結ぶ第三の連絡橋として「西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)」
が全通してから 16 年。当初は島と島をつなぐ生活道として地元住民のために設けら
れた自転車兼歩道が、昨年アメリカ大手メディア CNN に「世界で最も素晴らしい7大
サイクリングコース(The world's most incredible bike routes)」として紹介され
るなど、世界中からサイクリストが来るようになり、観光面で地元に大きく貢献して
います。
今回はその中心となって自転車による地域づくり活動を行っている NPO 法人「シク
ロツーリズムしまなみ」の代表 山本優子さんにお話を伺いました。
<写真 1>
NPO 法人「シクロツーリズムしまなみ」の山本代表(左) とメンバーのみなさん(右)
【自転車の聖地・瀬戸内しまなみ海道】
瀬戸内しまなみ海道。自転車を愛する方なら、「自転車の聖地」と真っ先に答える
かもしれない。瀬戸内に浮かぶ島々をつなぎ、愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ全
長約 70km の海の道。まるで空を飛んでいるかのような爽快感を身にまとい、長大橋
1
地域づくり情報局メールマガジン
Vol.83
の向こうに連なる島々を眺めながらペダルを進めることができる。筆舌しがたいこの
感覚を求めやってくる自転車旅行者は、今や年間推計 20 万人ともいわれている。ロ
ードバイクにマウンテン、ミニベロと行きかう自転車も個性的なら、アジア、アメリ
カ、ヨーロッパと来訪者の国籍も多彩だ。世界中のサイクリストの間で、「一度は走
ってみたい」と注目を集めているのだ。この価値に気づいたのは、ほんのここ数年の
こと。この変化を地元はどう見ているだろうか。
<写真 2>
<写真 3>
吊り橋、アーチ橋、斜張橋とフォルムが異なる橋は
個性的。写真は「来島海峡大橋」
橋上で気軽に立ち止まり、カメラのシャッターを
切る。自転車の旅ならではの魅力だ。
【しまなみスローサイクリングプロジェクト】
自転車の往来が日常的なまち。爆発的に増える自転車
旅行者を前に、地元は少なからず困惑の渦中だ。急激な
変化は当然、生活のストレスになる。実際、スピードを
出して走り抜けるサイクリストに危険を感じ、不安を募
らせる声も。ただ、変化に対処できるだけの準備は、住
民自身が重ねてきた。私たちがこの橋のたもとのまち・
今治市で自転車をいかしたまちづくりをはじめたのは、
2005 年。架橋効果が薄れ、観光客は右肩下がり。橋でつ
ながった島の人々にとって、当時、橋は生活を便利には
してくれたものの、高い通行料と船便の減少を前にマイ
ナス感情が膨らんでいる時期だったと思う。まして、橋
を使って自転車旅行者を呼び込み、そのサポートをする
ようになるとは、思いも寄らなかっただろう。
レンタサイクルの貸し出し数は底の時期。サイ
クリングは一部のマニアの遊びで、自転車旅行
者の受け入れが島の活性化につながるとは想
像もできない。
そんな中、住民参画型で立ち上げたのが「し
まなみスローサイクリング」プロジェクトだ。
進む過疎・高齢化を前に、暮らしを支えてきた
産業や交通、伝統の継承に向き合う住民の有志
2
<写真 5>
<写真 4>たわわに実ったみかん畑を縫う
小道。この風景を守りたい。
島々に漂う独特の空気感。
大山祇神社が鎮座する大三島はどこか神秘的だ。
地域づくり情報局メールマガジン
Vol.83
が集った。豊かな自然環境をいかしたグリーンツーリズム活動、島の風習である島四
国霊場巡りなど、島の暮らしぶりを一つ一つ紐解いてもらう。島という限定的な空間。
なんにもないといえばないけれど、自然が身近にあって、瀬戸内の恵みの中で営まれ
る農漁業がある。不便だけれど、人と人との助け合いがあり、脈々と続く伝統を守り
ながらの暮らしがある。それは、物質的な豊かさを求め、何でも効率的に片付けるこ
とをよしとした時代に失った大切なもの。一回りも二回りも年の離れたお父さん・お
母さんに教わった大切な価値であり、地域の文化だ。
【地域と旅人を橋渡し・ガイドツアー】
地域の文化。そして自転車旅行の文化。これをつなぐ旅行商品づくりを進める組織
として 2009 年、NPO 法人「シクロツーリズムしまなみ」を設立した。自信とまではい
かないが、自転車の旅人を迎え入れることが、島の活性化につながるとの信念があっ
た。それは自転車旅行者が持つ志向性への気づきだ。バスや車を選択する旅行者とは
異なるDNAとでも言おうか・・・。ふいに立ち止まり、小路を見つけて進んでいっ
たり、好んで集落に迷い込んだり。行動が異なるのだから、語られる主観も異なる。
「島の路地裏が面白かった」、「農作業の手をとめて話しかけてくれた」。人との出会
いを楽しむ旅のスタイル。
そんな住民とサイクリストの交流を前面に打ち出したガイドツアーは、設立当初か
ら取り組む当会の主要活動の一つだ。橋の上から鳥瞰的に瀬戸内を眺めるに留まらず、
美しい海の向こうで営まれる暮らしを辿る。採れたての食材は里山・里海からの恵み。
感謝しながらいただく。時には農漁業の現場に足を運んだり、地域の祭りに参加した
りすることも。一歩踏み込んだツアープログラムは発見がいっぱいだ。
<写真 6> 収穫した野菜をその場でいただく贅沢。
「畑でカフェツアー」は大人気の定番ツアー。
<写真 7>
各地で営まれる四国霊場のミニ版。
写真は愛媛最北端の地を辿る「半島四国ツアー」
【この地域ならではの旅づくり】
魅力ある旅をつくる。旅行商品づくりのプロセスは郷土へ向き合う大切な作業だ。
だから住民が関わる意義がある。そんな手づくりの現場への追い風は「地域限定旅行
業」の創設だ。営業保証金や旅行代金の事前収受の制限など、旅行業参入への壁が緩
和された。2013 年の制度施行に合わせ、「地域限定旅行業」を取得。ツアーのバリエ
3
地域づくり情報局メールマガジン
Vol.83
ーションは格段に拡がった。地元船会社と企画した「サイクルボートしまなみ号」は
その一例だ。島々を経由しながら進む船に自転車と共に乗り込むサイクリスト達。こ
の船があれば、行程の半分は船で移動、半分は自転車で移動することができる。行動
半径が広がり、今まで諦めてきた遠くの島まで足を延ばすことが可能になる。それだ
けではない。海の移動と陸の移動を一体的に体感できる、まさに瀬戸内ならではの旅
が実現できるのだ。運航3年目を迎え、利用者はリピーターが多くなった。旅のバリ
エーションを無限大に拡げる船と自転車の組み合わせ。瀬戸内のブランド商品として
定着への手ごたえを感じている。
<写真 8>
通常、自転車は「輪行袋」に入れる。
この船はそのまま載せられる手軽さがうれしい。
<写真 9>
船の上から橋上のサイクリストに手をふる。
橋の下を海から眺めるのも格別だ。
【自転車の旅を支える情報ツール】
ガイドツアーと共に、使命感をもって取り組んだのがマップづくりだ。一歩踏み込
んだところにしまなみの魅力がある。いかに伝えるか・・・。「しまなみ海道」の全
体図やイラストマップは存在したが、島の中を縦横無尽に散策できる自転車ロードマ
ップが無いことに着目。既存のマップとの差別化を意識し、島内の道という道を全て
自転車で実測。情報区分、緻密な距離と高低差などを自転車目線で編纂した。今、し
まなみサイクリングを計画中のユーザーが、出発前に取り寄せてくれる。「マップを
見るだけで走ってみたくなる」、との声。豊かな暮らしを自転車で辿ってほしい、そ
んな思いを込めて作ったマップだ。まさに願いどおりのツールになった。さらにうれ
しいのは「見やすいねえ~」、
「うちの食堂に張ってええか」との住民の反応。マップ
は住民とのコミュニケーションツールになった。
写真 10 旅の準備に使われる「しまなみ島走マップ」
。
自転車旅行の必需品との評価がうれしい。
写真 11 周辺のサイクリングロードマップも製作。
瀬戸内を面で捉えた取り組みだ。
4
地域づくり情報局メールマガジン
Vol.83
【ブランドを支える根幹「サイクルオアシス」】
住民との日常的なつながり。そんなつながりの中で育まれた「しまなみサイクルオ
アシス」というしくみがある。島の小さなお店、農家や民宿、お寺にガソリンスタン
ド。住民の有志が軒先を提供する休憩スポットだ。共通のタペストリーを掲げ、庭先
にベンチをおき、空気入れやトイレを貸し出す。途中でパンクしたり、雨が降り始め
たり、車の旅よりもトラブルに見舞われる心配が多い自転車旅行。安心・安全な旅を
サポートできればとの住民の善意が形になった。2011 年、「しまなみスローサイクリ
ング」プロジェクトの担い手 20 名からはじめたしくみは、今、105 軒を超えるしくみ
へと成長した。島とか田舎とかいうと、閉塞的な印象が漂うが、しまなみの人はとっ
てもオープン。外からの人を受け入れる寛容さがある。
「島を褒めてくれるんよ」、
「い
ろんなことを教えてくれて、元気をもらう」。担い手からはもてなしているという感
覚はない様子。そんな心意気に旅人は感動を覚える。「また来たい」、「島のお母さん
に会いたい」。ここでの出会いは連鎖し続けている。
<図1>しまなみブルーの家マーク。デザインは風景に溶け込み、
思いも伝播しているかのよう。
<写真 12>
ほっと一息できる空間。島の人との会話を
楽しみに、毎回立ち寄るサイクリストも。
【旅の流れを変えたゲストハウス】
2014 年「しまなみサイクルオアシス」の総合拠点として、念願の「ゲストハウス シ
クロの家」を開業した。しまなみの玄関口は
多様だが、JR今治駅前にオープンしたこの
施設は、少なからず自転車旅行者の行程に変
化をもたらした。前泊して出かけていったり、
連泊して橋へ、島へ渡り歩いたり。ゲートウ
ェイの機能が期待されている。求められるの
は生きた情報。
住民ならではのホットトピックス、旅人が
旅人に伝えるメッセージが旅に深みを増し
ていく。「シクロの家」はカフェを併設して
いて、宿泊者以外も気軽に訪れることができ
戦後の繁華街の一画に残った長屋を改装。
るように設計した。住民と旅人、旅人と旅人 <写真 13> オアシスのデザインをいかした外観が目印。
5
地域づくり情報局メールマガジン
Vol.83
の自然多発的な出会い。島々の「サイクルオアシス」の出会いを回想する。チェッ
クアウトするお客様に「いってらっしゃい」、チェックインのお客様には「おかえり
なさい」。リピートしてくれる方とのやりとりは、家族のごとく。こんな心温まる交
流の中にいる幸せを噛みしめる。
<写真 14>
談話室では毎日、笑顔の花が咲く。白を基調にした客室は女性に人気。一泊 2,500 円~。
【変わらない大切なものを信じて】
「ちょっと休んでいき~」、今日も島のあ
ちこちに気さくに声をかける住民の姿があ
るだろう。自転車旅行者と住民との「つな
がり」。10 年、自転車まちづくりをしてきて、
活動は私のライフワークになった。もし、
まちづくり活動に参加しなかったら、自転
車に出会わなかったら、この「つながり」
の価値に気づかなかったかもしれない。雄
大な橋が日を追うごとに見慣れた風景にな
りかけていたように・・・。
<写真 15>
今日も繰り返される笑顔のリレー。
感動は日常の中にある。
自転車の旅、自転車によるまちづくりは、私たち住民自身が忘れてしまいかけてい
た「つながり」を回復する旅にほかならない。目の前に広がる明媚な風景も、そこで
営まれる暮らしぶりも、実は何にも変わらない。しまなみの人々はあったかい。まち
なみはどこか懐かしい。これからも大好きなしまなみで、出会った仲間と共に歩んで
いきたい。
しまなみへは自転車で行こう
シクロツーリズムしまなみ SINCE 2009
http://www.cyclo-shimanami.com/
6
Fly UP