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言語権運動の社会的背景 ―ブール代数アプローチの応用

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言語権運動の社会的背景 ―ブール代数アプローチの応用
October 2
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3
(安田賞)
受賞論文
―2
4
3―
言語権運動の社会的背景
―ブール代数アプローチの応用―
米
谷
美
耶
4.すべての人は、自身の選択にしたがって、居
はじめに
住国の公用語のうち少なくとも一言語を十分
に習得する権利を有する。
自言語の使用を主張する権利を「言語権」とい
う。しかしこの権利を主張したくても、経済的な
なお、言語権が主張される場合、その対象は公
理由などで、自言語を捨てて多数言語の使用を選
的領域における言語使用である。言語権の定義に
択する場合も多い。言語権が主張される社会的な
は「公式の場(official situation)」と明記されている
背景には何があるのか。言語権の主張が具現化さ
が、「私的な場」は明記されていない。Skutnabb-
れたものとして、社会運動の形をとった言語権運
Kangas は、特に教育における言語使用の重要性
動・言語復興運動と呼ばれる社会運動がある。
を説いている。公的な領域に関しては、母語が使
個々の事例を詳細に扱った先行研究はあるが、包
えないことが大きな不利になることは明白だから
括的にその運動の社会的な背景について論じたも
である。
のはないように思われた。本論文では、ブール代
言語権を考えるとき、理論的には多数話者の権
数アプローチを用いて、様々な条件の組み合わせ
利が主張されることもありうる。原理的には言語
を検証し、どのような条件の組み合わせが言語権
権は普遍的なものであるため、多数者の主張も一
運動に関係しているのかを探究したい。
概に否定できるものではない。しかし、実際に侵
害されてきたのは少数者である。少数者の権利は
1.言語権の背景
一般的に侵害されてきたという事実を見逃すわけ
にはいかない。言語権をめぐる多くの条例・宣言
1.
1 言語権とは
にも、少数者の権利を認めると明記されているも
言語権(Language rights,Linguistic (human)
のが多い。以上の理由より、本論文では少数言語
rights)は、Skutnabb-Kangas が1983年に以下のよ
話者による言語権主張について検討していくこと
うに定義している。これは1987年にブラジルのレ
とする。
シフェで「多文化コミュニケーション国際協会
(AIMAV)」によって決議された。Skutnabb-Kangas
1.
2 言語滅亡のプロセス
(1994:98−99)をもとに概略する。
少数言語が滅亡するとき(Vanishing voices)、
一言に「言語が消滅する」といっても、その消滅
1.すべての社会集団は、一つまたは複数の言語
の仕方には表1のような形がある。問題となるの
に肯定的帰属意識を持つ権利、およびその帰
は3(強制的に自言語を放棄する)
、あるいは4
属意識を他者から認められ尊重される権利を
(何らかの理由で自言語を放棄せざるを得ない)、
有する。
2.すべての子供は、自集団の言語を十分に習得
する権利を有する。
3.すべての人は、あらゆる公式の場で自集団の
言語を使用する権利を有する。
この2パターンが多いことだ。特に4に関して
は、「言語の自殺」と形容されることもある。た
いていの場合、話し手は自らの母語を恥じて、す
すんで放棄するからである。
―2
4
4―
社 会 学 部 紀 要 第9
5号
表1
言語滅亡のプロセス
話者がいなくなる 1
2
言語の移行
3
4
最後の話者が死ぬ
突然死
政治的に言語の放棄を強制さ
れる
社会・文化的制約の元で自発
的に移行する
(三浦ほか(2000:16)をもとに表を作成)
1.
3 新しい社会運動としての言語権運動
言語権を要求する手段のひとつが、言語権運動
あるいは言語復権運動と言われる社会運動であ
る。19世紀半ばから、独立を求める民族自決の運
動が始まり、その自決の根拠に固有の言語を所有
していることの重要性が意識されてくるととも
に、基本的人権としての言語権の主張が芽生えて
くる(梅棹・松原 1
995:396)。本論文では、何
これらの少数言語が存続のために取るべき戦略
には、どのようなものがあるのだろうか。表2に
いくつかの選択肢をまとめてみた。
らかの形で具体的な社会運動の形をとった言語権
運動についてみていきたい。
その特徴と時期から、言語権運動は「新しい社
会運動」の1つに分類されるだろう。
「新しい社
表2
同化
少数言語の取る戦略
自分の言語を捨てて支配言語に同化する
=言語乗り換え
期待される経済的利益、文化的威信、植
えつけられた劣等意識等による
会運動」とは、1960年代後半以降に先進諸国に出
現したさまざまな社会運動に対してフランスの社
会学者アラン・トゥーレーヌが与えた総称である
(杉山 2000)。女性・少数民族、障害者などの不
独立(抵抗) 自発的に支配言語を拒否し、民族語に
よって抵抗する。
植民地の独立以外に例はない。
当に差別を受けてきた人々の抗議行動や、反原発
共存
これらの運動にはいくつかの特徴があるとされて
公私の場面によって支配言語と母語を使
い分ける(消極的共存)
少数言語を整備して支配言語と並ぶ公用
語にする(積極的共存)
(三浦ほか(2000:16)をもとに表を作成)
運動を含めた自然や環境を守ろうとする運動など
がそれであり、あらゆる問題圏におよんでいる。
いる。
それは第一に、ライフスタイルの自己決定権を
要求することにある。かつての労働運動を中心と
する社会運動はもっぱら富の配分に関わるもの
多くの少数言語が「自殺した」とすれば、それ
だった。ところが「新しい社会運動」は集団とし
は同化の形を取ったことになる。一方、言語権運
ての生き方を問うことを主眼としている。たとえ
動は、積極的共存を図ったものであると言える。
ば、主題になっているのは、豊かな自然環境・生
多くの場合、支配言語を拒否するというよりは、
活スタイル・アイデンティティ・自己実現・参加
自言語を公用語に並ぶ地位を与えられるよう、求
・民主的権利・平和といったものである。
めるものであるからだ。それは国語と地域の言語
第二に、性・人種・民族・世代・障害などの属
とのバイリンガルの主張であり、自分たちの言語
性によって差別や格差が生じることへの異議申し
の権利を確立するために他の言語を排除しようと
立てと、平等要求が中心になった運動が多いとい
いうのではなく、バイリンガリズムで複数の言語
うことである。つまり属性をめぐる闘争が重要な
を共存 さ せ て い こ う と い う 考 え 方 に な る(原
位置を占めている。その属性は、社会のなかで不
1999)。た だ し、共 存 の バ ラ ン スは 保 た れ に く
当に否定的にあつかわれている属性であり、それ
い。
ゆえ属性的要因によって生活が左右されやすい人
「言語権」とは自己決定権としての性格を持
たちが担い手になっている。
ち、数あるうちの選択肢から選択決定できる、と
かつては社会主義の建設をめざす労働運動や、
いうことがまず保証されなければならない(鈴木
社会運動・社会主義運動のような運動が、社会運
2000)。もっとも、これよりも重要なのは、少数
動の典型とされていた。当初「新しい社会運動」
言語話者が大言語使用に傾いていくこと、いかざ
を説明しようとした研究者たちは、社会運動参加
るをえないことの背後に存在する、政治的・経済
への合理性を強調する、資源動因論を主張した。
的な権力関係である。
しかし、資源動因論では運動の初発の動機として
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不可欠な不満や不安といった心理的要因を過剰に
言語はやがて公的使用に耐えられないものになっ
排除する傾向があった。そのため1970年代後半か
ていく。少数言語を保護するためには、その使用
ら、資源動因論によって指摘された既存の組織的
領域と地位を確保するために、言語法によって保
連帯や資源といった要因に、心理的要因を加えた
障する必要が生ずる。危機に瀕した言語の話し手
統合的理論が広く支持されるようになった。この
の中には、すすんで大言語に乗り換える人々も多
ようなアメリカの社会運動研究の流れとは別に、
い(1.
2参照)。実生活での便宜を考えれば当然の
ヨーロッパではマクロな構造的な視野から社会運
選択である。その一方で自分たちの言語を守るた
動研究がなされている。トゥーレーヌの理論もそ
めに積極的に運動を繰り広げる人もまた少なくな
うしたヨーロッパ流の風土の中から生まれた運動
い。
研究の代表的なものとしてあげられる。
「新しい社会運動」を論じた社会学者としても
1.
4 問題提起
う1人、トゥーレーヌの下で学んだ、イタリアの
以上のような言語権の背景を踏まえて、
「どの
メルッチがいる。メルッチは新しい社会運動を生
ような条件の下で言語権が主張されるのか」とい
み出す根拠として現代の社会を「複合社会」と呼
う疑問が生まれた。
んでいる。この社会の特徴として、個人化が進
一言に「条件」といっても、国の複雑な事情を
み、個人として選択・自己決定する志向性が進む
考えると、1つの条件のみが効いているとは考え
ことが挙げられている。かつてのように言語・宗
られず、そこにはさまざまな条件があるだろう。
教・民族など伝統的共同体への帰属意識や、職業
よって、そのさまざまな条件の組み合わせが、言
・階級などの集団への帰属性から解き放たれて、
語権主張に効いているのではないかと考えられ
個人として選択・決定する傾向を強めているとい
る。また、複雑な背景といっても、その条件の組
う。情報化も重要な要因である。情報支配を通し
み合わせが似通っているなど、ある程度の傾向性
て人々のものの見方が画一化していくが、同時に
は持っているのかもしれない。そして、世界レベ
個人が情報を入手することによって自己決定する
ルで見れば、その組み合わせのパターンがいくつ
手段を手に入れるという二面性があるという。
か存在していることも推測される。その場合、ど
以上の点を考えると、言語権の主張に関しては
のような組み合わせがあり、どのようなパターン
個人のライフスタイルや自己決定権を追求する、
が存在するのだろうか。また、言語権運動は「新
という点で「新しい社会運動」にとしての性格を
しい社会運動」の特徴を持っており(1.
3参照)
、
強く持っているのではないだろうか。言語権運動
ある程度経済的に余裕がなければ、個人のライフ
の目的は、独立国家を目指すナショナリズムの運
スタイルを問うこの種の運動を起こすことが困難
動ではなく、自分たちの生活の権利を求めること
であるとも考えられる。そうすれば言語権運動の
に焦点があり、国家の建設や国語の育成と言うこ
生起には経済的な豊かさが関係していることも推
とには結びつかない(原 1999)。言語によって生
測される。
じる差別の是正を求めるのは、冨の配分要求では
なく、平等要求である。メルッチの理論でも、個
本論文では、この問題を探求する形で、次章以
降、分析をしていく。
人化により、個人の使用言語をそれぞれが決めた
いという要求が出てくるところを説明することが
2.方法
できる。
劣勢にある言語に活気を取り戻す言語権運動の
目的は、その言語が十分活動できる環境を作り出
すことである。学校における授業語への採用、出
2.
1 ブール代数アプローチ
2.
1.
1 ブール代数アプローチの意義
ブール代数(Boolean Algebra)アプローチは、
版、劇場、放送などを通じてその条件を作り、そ
Ragin(1987=1993)が、事例データの質的比較
の通用範囲を広げていくよう配慮しなければ、た
分析法として提案したものである。計量的研究
とえば家庭内の日常生活などに限定すれば、その
(quantitative research)と 質 的 研 究(qualitative
―2
4
6―
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5号
research)それぞれの欠点を補い、それらを融合
雑性を分析できること」、「2
するような性質をもっている。ブール代数アプ
比較ができること」
。大量のデータを処理する方
ローチは、事例を比較する際に、ある条件が存在
法としては、他に統計的手法が挙げられるが、特
するか否かという2値的なカテゴリーに着目す
異なデータは誤差やはずれ値として処理されてし
る。2値に変換した上で処理することにより、最
まう。また、各変数は複数の組み合わせではな
終的には質的な変数として扱うことになる。ブー
く、独立に従属変数にはたらくことが前提となっ
ル代数アプローチの分析結果は、ある社会現象が
ている。言語権運動が起こるためには、単独の条
生じるのは○○の原因条件の組み合わせが存在す
件が必要とは考え難く、いくつかの条件の組み合
る場合である、という形であらわされる。具体的
わせが促進材料になっていると思われる(1.
4参
な 演 算 方 法 に つ い て は、鹿 又・野 宮・長 谷 川
照)。よって、「条件の組み合わせ」という視点か
(2001)を参照。
論理的で体系的な
ら説明するブール代数アプローチは、本論文の目
的にかなった方法と言うことができるだろう。ま
2.
1.
2 矛盾を含む行の扱い方
た、分析対象 は189ヶ 国 と い う、比 較 的 多 く の
矛盾を含む行とは、独立変数値の組み合わせに
ケースである。数が多い場合は、一つひとつの事
該当する事例の中に、結果現象の起きた事例と起
例を見ても複雑な結果になり、傾向性をつかむこ
きなかった事例の両方を含むことである。主な解
とは難しい。
決方法は、次の2通りである。
「3
分析手続きが客観的であること」につい
ては、ブール代数は変数及び数値さえ確定すれ
1
区切り値(cutoff value)を設定する
ば、あとは機械的に分析できる、ということであ
結果現象が見られた比率に区切りとなる数値を
る。よって、数値の充て方や変数の選び方など、
設定して、それ以上の数値の行に従属変数値1
分析するデータの種類によって、結果が大きく異
を、それ未満の行に0を与える。
なることがある。本論文でも、変数や数値を変え
たり、ケースを削除したりするなど、様々な形を
2
ドント・ケア(don’t care)項を適用する
ドント・ケア項は、矛盾を含む行を縮約後の式
用いて検証を試みている。
「4
数多くの事例(サンプル)が処理できる
に含んでも含まなくてもいい、という扱いにする
こと」
、本論文では、ブール代数アプローチによ
ことをいう。先ほどの真理表を使用して、具体的
り、多数の国のデータを処理できた。
「5
な適用法について記述する。
節約的な説明モデルを提供できること」、ブール
より
代数アプローチでは最小化というプロセスを経
本論文では、矛盾を含む行があった場合は、区
切り値とドント・ケア項の両方を必要に応じて用
て、より簡単なモデルを導き出して説明を容易に
できる。
いている。また、ブール代数における簡単化、特
に主項の導出は、手計算で演算すると計算間違い
2.
2 事例の収集方法
を起こすことがある。そこで、実際の分析では
具体的な言語権運動の事例については、以下の
ブール代数分析を行うためのプログラム fs/QCA
文献より抽出する。
(http://www.nwu.edu/sociology/よ り ダ ウ ン ロ ー
ド)を用いている。
『20世紀世界紛争事典』(浦野起央 2000 三省堂)
『世界の少数民族を知る事典』(Georgina Ashworth
2.
1.
3 ブール代数を本論文に用いる意義
1990 明石書店)
ブール代数アプローチを本論文で用いる意義に
ついて、鹿又ほか(2001)によるブール代数の特
徴に基づいて述べておく。
まず、「1
社会現象の多様性と因果関係の複
以上の2点より、44の運動事例を抽出し、分析
対象とした。
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3
2.
3 分析単位としての国
―2
4
7―
2.
4 各条件の操作的定義
本論文では、各事例について運動の内容にまで
言語権運動が起こるためには、以下の要因が働
深く突っ込んだ分析は行わず、あくまで前述の通
いていると考える。さらにこれらを操作的に定義
り、運動が起こった背景・国の状況についての分
し、各国ごとに、以下のデータを集め、ブール代
析を行っている。国単位での分析を行うことにつ
数分析の対象とする。なお、ブール代数分析で条
いて、その理由を挙げておく。
件の存在・欠如をアルファベットの大文字・小文
第1に、虐げられている少数言語は、単に話者
数の問題ではない。複数地域で話される言語は、
字で表す。想定された各変数の文頭の大文字は、
のちの分析においてそれぞれの変数を表す。
その国・地域ごとに境遇が異なる。よって、言語
単位ではなく国ごとでの分析にした方が、よりそ
の言語の置かれている状況を考慮した分析が可能
であると考える。
第2に、7000余の言語すべてについて詳細な
データを入手するのが困難であった。仮に入手で
D :diversity index(言語の多様性)
国内の言語が多様であるほど、人々は他言語と
接する機会が多くなる。よって自らの言語を強く
認識し、守ろうとする意識が生まれる、と仮定す
る。
きたとしても、ブール代数分析では事例数が多す
言語の多様性を表す指標として、言語調査機関
ぎる。そうすると矛盾を含む行が多く出てきてし
Ethnologue1)が公開しているデータベースの中か
まい、分析結果が複雑で、信頼性に欠けるものに
ら、各国の Greenberg’s diversity index(言語多
なってしまう。
様性指数)を採用する。これは、以下の式で表さ
第3に、言語権における国・国家の重要性であ
れる(Lieberson 1981,Greenberg 1956)。
る。言語権は権利のひとつとして捉えられるわけ
2
(Pi)
A=1−Σni=1
だが、権利はそれだけでは意味がなく、義務と共
に考えなければならない。今のところ、国際社会
において国家が独立した主権を持っているので、
P=the proportion of total population in the ith
language group
国際機関が言語権の義務主体となることはない。
今後、国家を超えた組織の役割も重要になるだろ
L:literacy rate(教育水準)
う。しかし、人権を守る義務を持っているのは国
教育水準が高いほど、言語に関する関心が高く
家である。特に国連を中心とした人権委員会の活
なると仮定する。Skutnabb-Kangas は、Linguistic
動や非政府組織になどにより、国家に対する非難
Human Right の定義の中で、特に教育における言
が行われるようになっている。国家による強制移
語使用の重要性を説いているが、これまでの教育
住や、言語や文化に関して、恥ずかしさを植え付
政策の結果を表すひとつの指標として、教育水準
ける教育などは可能で、それによって、自ら自分
を挙げる。
の言語を捨てるようになることもありうる。した
教育水準を示すデータとして用いるのは各国の
がって、このような場合は国家を超えた機関によ
識字率である。
『データブックオブザワールド
る勧告・制裁などが必要となってくるであろう。
2001年版』
(2001)をベースに、データのない部分
また、言語権の場合は、国家が積極的差別是正措
は “World Almanac and Book of Facts”(2001)よ
置などを行わなければ、少数言語が消滅してしま
り補完し、中でも明らかに識字率が1
00に近い国
う可能性が高く、その点で現在では領域で国家の
に は100.
0を 充 て て い る。こ の2資 料 を も っ て
義務がより重要になってきていると言えるだろ
データが集まらなかった国は32国。
う。
1)SIL(Summer Institute of Linguistics)による Ethnologue のデータベースには、約7
0
0
0の言語がある。ここでは
3
9―2)
ISO(国際標準化機構)6
3
9の定義をもとに、各言語を固有の2文字(ISO 6
3
9―1)あるいは3文字(ISO 6
のコードで表したものを使っている。
―2
4
8―
社 会 学 部 紀 要 第9
5号
P :population(人口)
各 国 の 人 口。
『世 界 国 勢 図 会2001/2002年 版』
D 、L、P については、189国のデータからその
中央値を計算し、それ以上の国に1を、未満の国
(矢野恒太記念会 2001)をベースに、データのな
に0を充てる。L についてはデータのない国が、
い部分は “World Almanac and Book of Facts”
C については憲法の有無が不明な国および内容
(2001)で、年度の違うデータを補完した。
から言語権を認める内容であるか否かが判断不可
能な国が、M については運動の有無の詳細につ
G :GNI(経済状況)
Coulmas(1992=1993)が、価値ある言語の基
いて不明な国がそれぞれ残った。L に関しては、
データのない国は削除し、分析対象から外す。
準としておいているのが「言語の経済性」であ
よって、基本的には157国での分析となっている。
る。経済的に豊かでない国にある少数言語が価値
C で言語権を認める憲法の有無が不明の国や、
のない言語とすれば、それらを守ろうとする運動
内容からどちらとも判断のつかないために“―”
は起こりにくい。国が経済的に豊かであるほど、
としていた国には、0を充てた。M のデータが
自らの言葉を守ろうとする運動が起こる、と仮定
不明の国について、どう扱うかについては後述す
する。また、言語権運動が「新しい社会運動」に分
る。これらを網羅したデータと、憲法のある国に
類されるなら(1.
3参照)、ある程度経済的に余裕が
ついて、その制定年度を記したローデータについ
なければ、個人のライフスタイルを問うこの種の
ては、原論文末の資料を参照。
運動を起こすことが困難であるとも考えられる。
各国の豊かさを示す指標として、GNI(国民一
3.分析
人当たりの所得)を用いる。データの出典は P と
同様。
3.
1 C を従属変数とする分析
C (言語権を認める憲法を持つか否か)を従属
C :constitution(憲法)
変数として分析を行ってみる。独立変数には、D
国が多言語状態の容認を明文化しているほど、
(言 語 多 様 性)・L(識 字 率)・P (人 口)・G (経
言語権運動という形で行動を起こしやすい。言語
済的な豊かさ)の4つを想定する。表3は、その
法に関して言えば、言語法が存在しないことは、
真理表である。左側のような原因条件の組み合わ
言語的自由の表れではなく、言語的民主主義、言
せを持つ国数は、それぞれ A:事例数の列の通り
語への権利意識が欠如していることを示している
である。そのうちすべての国で運動が起こってい
(梅棹ほか 1995:397)。
るとは限らず、A と B:法整備がなされている事
ユネスコが推進する、少数民族を念頭に、言語
例数を見比べると、16のうち13が矛盾を含む行に
や文化の多様性に関する情報を蓄積するためのプ
なっている。1
57国を分析すると、そのサンプル
ログラム MOST(Management of Social Transformations)
の多さのために矛盾を含む行が多くなる。法整備
Clearing House の中の、Linguistic Rights(http://
の生起率を計算する。区切り値として用いたの
www.unesco.org/most/ln 1.htm)のデ ー タ ベ ー ス
は、16の B!A の中央値である。この値以上の生
を基にする。このデータベースにデータのなかっ
起率を持つ組み合わせの場合は1、未満の場合は
た国、すなわち言語権を認める内容の憲法を有す
0を充てている。その結果、以下のようなブール
るか否か不明の国は31国。なお、判断に迷う内容
式を得ることができた。
の憲法については、“―”を充てている。
C =DLPG +DLPg+DLpG +DLpg+dLPG +dLPg+dLpg+dLpg
M :movements
=L・・・①
言語権運動の有無について、2.
2で集めた事例
をもとに、各国で言語権運動が確認されているか
否か。
この式から、L が必要十分条件になっており、
識字率の高い国すなわち教育水準の高い国で言語
権を明記した憲法が存在している傾向があること
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4
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が分かる。なお、本来であれば C =L が成立して
3.
2.
2 事例なしとして扱う方法
いるのだから、l の国では法整備がなされていな
運動の確認されなかった国には0を充てる方法
いと考えられる。しかし、ここでは同じ独立変数
をとる。つまり、確認されなかった国では、言語
を持つ組み合わせの中で、法整備のなされている
権運動は起こっていないものと見なすのである。
国の生起率を基準に従属変数値を決定している。
表4は、これを真理表にあらわしたものである。
よって、従属変数値が0の組み合わせでも、法整
表3
ここでの行数は29である。本来、この真理表は
独立変数が5つであるから、25=32行となるは
備のなされている国はある。
ずである。この残り3つの組み合わせを、残余項
従属変数:C
(reminder)という。このように実際の行数が計
原因条件
B:法整備されている
事例数
B!
A
0 0 0 0 0
9
3
0.
3
3
1 0 0 0 0
1
2
3
0.
2
5
D
L
P
G
C A:事例数
0 1 0 0 1
7
5
0.
7
1
1 1 0 0 1
4
4
1.
0
0
0 0 1 0 0
5
0
0.
0
0
1 0 1 0 0
3
0
1
6
0.
5
3
0 1 1 0 1
9
6
0.
6
7
1 1 1 0 1
7
5
0.
7
1
0 0 0 1 0
4
2
0.
5
0
1 0 0 1 0
1
0
5
0.
5
0
0 1 0 1 1
1
4
9
0.
6
4
1 1 0 1 1
8
5
0.
6
3
0 0 1 1 0
4
2
0.
5
0
1 0 1 1 0
4
2
0.
5
0
0 1 1 1 1
2
4
1
3
0.
5
4
1 1 1 1 1
6
6
1.
0
0
1
5
7
8
6
0.
5
4
3.
2 M を従属変数とする分析
表4
従属変数:M
原因条件
D
L
P
G
運動の起こった
C M 事例数
事例数
1 0 1 0 1 ?
1
6
2
1 0 1 0 0 0
1
4
0
0 1 1 1 1 ?
1
3
3
0 1 1 1 0 ?
1
1
5
0 1 0 1 1 0
9
0
1 0 0 0 0 0
9
0
0 0 0 0 0 ?
6
1
0 1 1 0 1 0
6
0
1 1 1 1 1 ?
6
4
0 0 1 0 0 0
5
0
0 1 0 0 1 0
5
0
1 0 0 1 0 0
5
0
1 0 0 1 1 0
5
0
1 1 0 1 1 0
5
0
1 1 1 0 1 0
5
0
0 1 0 1 0 0
5
0
1 1 0 0 1 0
4
0
次に、M (言語権運動の有無)を従属変数とす
0 1 1 0 0 0
3
0
る分析に移る。ここでの独立変数は、D (言語多
1 1 0 1 0 0
3
0
様性)・L(識字率)・P (人口)・G (経済的な豊
1 0 0 0 1 0
3
0
かさ)・C (言語権を認める憲法を持つか否か)
0 0 0 0 1 0
3
0
の5つとする。
0 0 1 1 0 0
2
0
1 0 1 1 0 0
2
0
それは、言語権運動の事例数の少なさ(1
57国中
0 1 0 0 0 0
2
0
16国)である。真理表を作成すると、言語権運動
0 0 0 1 0 0
2
0
の事例が確認された行のほとんどが矛盾を含む行
0 0 1 1 1 0
2
0
になってしまう。そこで、先述の矛盾を含む行の
1 0 1 1 1 0
2
0
扱い方(2.
1.
2参照)に従ってドント・ケア項で
1 1 1 0 0 0
2
0
処理する方法と、“―”の行の従属変数を0とし
0 0 0 1 1 ?
3.
2.
1 分析にあたっての問題点
M を分析するにあたって、 1つ問題点がある。
て扱う方法の、両方を使って分析を行う。
2
1
1
5
7
1
6
―2
5
0―
社 会 学 部 紀 要 第9
5号
算上の行数より少ない場合は、いくつかの原因が
M =dG +DC +dp
考えられる。1つは、足りない行の組み合わせが
M =dG +DC +lp
論理的にありえない場合である。もう1つは、論
M =dG +DC +dc
理的にはありうるが、実際には確認されないよう
な組み合わせがある場合である。この分析で用い
dG 、DC は必須項である。選択肢として、dp、
た5変数の組み合わせのうち、論理的に存在しな
lp、dc があるが、どの項を選べばいいのかを検
いものがあるとは考えがたい。よって、後者のよ
討する。表5は、行に3つの選択肢を、列にその
うに、論理的にはありうるが実際にはないような
選択肢を含む最小項及びドント・ケア項を並べて
組み合わせが3つあったと考えるほうが妥当であ
ある。それぞれの交わるところの数字は、その項
る。
が含む事例数である(運動の起こった事例数では
この真理表では、従属変数としては0もしくは
ない)
。右はその合計である。なお、必須項であ
矛盾を含む行のどちらかが出力され、1と断定で
る dG 、DC で網羅されている最小項は除いてあ
きる行は皆無であった。ここでは、その矛盾を含
る。事例数のうち、運動の起こった事例数はそれ
む行を縮約の対象とする。
ぞれに共通する組み合わせ dlpgc に見られる1つ
よって、言語権運動を引き起こすために必ず必
だけであった。この表での数字は事例数であり、
要となる要因と言うより、促進する要因として考
dlpgc 以外は運動の有無が不明の組み合わせであ
える方が妥当であろう。その結果、次の縮約式を
る。ここではできるだけ確実に運動の起こった事
得ることができる。
例を残し、不明の事例をできるだけ排除する形で
論理式を決める。よって、含む事例数の最も少な
M =DlPgC +dLPGC +dLPGc+DLPGC +dlpgc+dlpGC
い dp を論理式に残した。
=dlpgc+dlpGC +DlPgC +dLPG +LPGC
= lg(dpc+DGC )+G(dlpC +dLP +LPC )・・・②
これによって、以下の式を得ることができる。
最後の行で、必要条件・十分条件をはっきりさ
M =dG +DC +dp ・・・③
=DC +d(G +p)
せるために、共通項を出してみた。しかし、共通
項の出し方はこの一通りではない。さらに、この
ままでははっきりとした傾向性がつかみにくい。
そこで、以下のような分析を行う。
ここから、多様性が低くかつ経済的に豊かであ
る、または多様性が高くかつ法整備がされてい
る、または多様性が低くかつ人口の少ない国で言
3.
2.
3 ドント・ケア項を用いる方法
語権運動が促進されることを読み取れる。
先ほどの分析方法は、言語権運動の確認されな
表5
かった国では、言語権運動は起こっていないと見
dlpgc dlpgC dLpgc Dlpgc DlpGc dlPgc dLPgc
なすものであった。しかし、事例として入ってこ
なかっただけで、実際には起こっているのを見逃
しているかもしれない。そう考えて、事例の確認
主項の選択
dp
6
3
lp
6
3
dc
6
2
1
1
9
2
5
2
3
5
3
1
6
されなかった国でも、
「もし起こっていたら」と
仮定して、ドント・ケア項を導入した手法を考え
3.
2.
4 GNP による分類
る。先ほどの真理表を使って縮約を行う。矛盾を
豊かさを基準にして分析対象を分け、そこで何
含む行を縮約の対象とする方法を取ることに関し
らかの傾向性をつかめるかを試してみる。先ほど
ては、先ほどの分析と同様である。すると以下の
の分析が157ヶ国を対象としたおおまかな傾向を
ような3通りの式を得られた。
つかむものであったのに対して、ここではより細
かな傾向をつかむことを目的とする。
分類には各国の GNP(一人当たり国民総生産)
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0
3
―2
5
1―
を使用した。
「開発途上国」
と「先進国」
とを大別す
論理式から、教育水準が高くかつ言語多様性が
る一般的な基準としては、GNP が使用されてい
低い、または教育水準が高くかつ人口が多くかつ
る。ここでは、世界銀行の “World Development
法整備がなされている国で、言語権運動が促進さ
Indicators”
(1998)における “The world by income”
れることが分かる。言語権運動が起こっているの
の分類方法を採用する。これは1996年の各国の一
は主に経済的に豊かな国であったが、この式から
人あたり GNP に基づいて分類したものである。
は、その中でも教育水準の高い国に起こっている
ところで、独立変数 G(GNI)も国の豊かさを示
ことが分かる。
す指標である。ここでは、独立変数 G を除いた分
析を行う。GNI と GNP の相関係数は大変高い値
(0.
98)を示した。よって独立変数 G を除いても、
3.
3 言語権運動の例
3.
3.
1 フランデレン語化運動
十分な結果が得られると考え、独立 変 数 は、D
ここで、言語権運動の具体的な事例と、背景と
(言語多様性)
・L(識字率)・P (人口)
・C (言語
して運動の起こった国での言語の捉え方を見てお
権を認める憲法を持つか否か)の4つとする。矛
こう。
盾を含む行を最小化の対象とし、その他の行は起
まず、DC の国の中から独立変数の組み合わせ
こっている可能性があることを仮定して、ドント
として DLPGC を持つベルギーのフランデレン語
・ケア項を用いた処理をしている。なお、High
化運動を見てみる。ベルギーの言語数は7と全体
income 以外の分類では、従属変数が1となるケー
75と高く
の中央値より少ないが2)、多様性は0.
ス数が大変少なかったため、High income の分類
(D )、例えば日本のようにひとつの有力な言語が
の分析結果のみを検討の対象とする。
あるのではなく、複数の多数言語がバランスを保
High income に分類されるのは、GNP$9,
636
ちながら存在している社会と考えられる。ベル
以上の国である。国数は26、そのうち言語権運動
ギーはオーストリア統治時代があったが、独立後
の確認された国は10国であった。表6の真理表を
の1831年、ベルギー憲法はフランス語とフランデ
もとに、まず従属変数値が?の行をドント・ケア
レン語の平等を保障した(C )にもかかわらず、
項として縮約を行う。
憲法はフランス語で制定され、フランス語が事実
上の公用語とされた。1840年にはフランデレン語
表6
High income
原因条件
D
L
P
C M 事例数
の地位をフランス語と対等にするよう要求した請
運動が起こった
願書が提出され、1886年、王立フランデレン言語
事例数
・文化アカデミーが設立され、1898年に法律及び
0 1 0 0 1
6
5
勅令における両言語の併用が実現した。こうした
0 1 1 1 ?
4
0
背景の下、1910年に10万人による誓願が再び提出
1 1 0 1 1
4
4
され、ヘント大学でのフランデレン語導入が1930
1 0 0 0 ?
3
0
年に達成された。
1 1 0 0 ?
2
0
0 1 0 0 ?
1
0
0 1 1 1 1
6
1
次に、dG に該当する国としてフランスから、
2
6
1
0
オック語保存協会の運動と、背景としてこの運動
3.
3.
2 オック語保存協会の運動
の起こったフランスでの言語の捉え方を見てみよ
M =dLpc+DLpC +dLPC
=dL+LPC
=L(d +PC )・・・④
う。フラン ス は 独 立 変 数 の 組 み 合 わ せ と し て
dLPGc を持っている。フランスは、憲法の中で
「共和国の言語はフランス語である」と規定して
2)言語数のデータは Ethnologue(http://www.ethnologue.com/)より。 1
8
9ヶ国の言語数の中央値は1
1.
0であった。
―2
5
2―
社 会 学 部 紀 要 第9
5号
)
いる3(c)
。オック語以外にも一方言として他の
言語に取り込まれていった言語があると考え、言
表7
DC
ベルギー・カナダ・インド・イタリア・
パキスタン・スペイン
dG
アルゼンチン・
(デンマーク)
・エルサルバドル・
イギリス・ロシア・
(フィンランド)
・フランス・
ドイツ・日本・オランダ・USA
語の定義を満たすような言語が少なくなったとす
ると、言語多様性の低さ
(d )という変数が得られ
る。
オック語は、フランス語が国語となり南フラン
スに広がる過程で、フランス語の一方言とみなさ
れるようになった。1539年には、公用でオック語
各主項に該当する国
dp (デンマーク)
・エルサルバドル・
(フィンランド)
・モーリタニア
( )は L の値が不明のため、分析対象外としていた国
を使用することが禁止されている。詩人フレデリ
ク・ミストラルによりオック語保存協会が設立さ
経済的に豊かな国が多い。DC に分類された国で
れ、学校でオック語を教えるようにすることと、
も、インドとパキスタンを除いて、dp でもモー
この地域において文化上および政治上の自治が達
リタニアを除いて独立変数 G を持っている。言
成されることが要求とされた。第2次大戦後に
語権運動の起こった国は、経済的に豊かな国に多
は、オクスィタニー研究協会が設立され、今日で
いようである。
はより穏健なオクスィタニー研究行動研究委員会
言語権運動は、経済的に豊かであり、かつ言語
を形成している。彼らはデモや宣伝活動を通じ
多様性が低い国において主に起こっている。これ
て、中央集権的な政治に反対する運動を展開し、
らはいわゆる先進国に主に見られる特徴である。
とりわけオック語をバカロレアの科目として学校
そして、その経済的に豊かな国の中でも教育水準
で覚えることを要求している。
の高い国に起こっている。これに当てはまる国
は、ヨーロッパ地域に多い。経済的に豊かで言語
3.
4 言語権運動の起こる国の特徴
多様性の低いヨーロッパの国に主に起こっている
前節までの分析や解釈により、言語権運動の起
ことになる。
こる国についての特徴をまとめてみる。まず、言
言語多様性については、独立変数を選定する段
語権運動の確認された18国を確認しておこう。ド
階で、国内の言語が多様であるほど、人々は他言
ント・ケア項による分析で得られた③式(3.
2.
3
語と接する機会が多くなり、自言語を守ろうとす
参照)から、それぞれの主項に当てはまる国を挙
る意識が生まれる、と仮定した。しかし、各主項
げ、表7にまとめている。なお、先の分析におい
について見てみると、言語権運動の起こっている
て独立変数 L の値が不明であったために対象外
国は、世界的に見ると必ずしも言語多様性の高い
としていたデンマーク、フィンランドの2国につ
国ではなく、むしろ1
8国のうち11国が dG 、すな
いても、それぞれの主項に当てはまるところに分
わち言語多様性の低くかつ経済的に豊かな国で起
類している。また、デンマーク・エルサルバドル
こっている。
・フィンランドの3国は、dG ・dp の両方に該当
するため、両方に入れている。
M =DC +dG +dp
(③式を展開)
4.まとめ
4.
1 言語権運動生起の条件
言語権運動の起こった国は主に経済的に豊かで
これらに該当する国の特徴について、考察して
かつ言語多様性の低い国であり、その中でもヨー
みる。数で言えば1
8国中11国(約61%)が dG 、
ロッパに多い。M を従属変数とする分析におい
つまり言語多様性が低く経済的に豊かな国に分類
て、ドント・ケア項を用いた分析では dG に分類
される。このカテゴリーには、いわゆる先進国、
される国が18国中11国と最も多い。その18国中10
3)フランスでは地方に対して公的言語についての裁量権を含む自治が与えられることはなかった。シラク政権は
言語権を含め地方の権利には背を向けており、国としては少数言語の権利を積極的に認めていない。
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3
―2
5
3―
国が GNP による分類で High income に入る。ま
た、G8加盟国4)すべてにおいて言語権運動が観
おわりに
察されている。これらを合わせて考えると、言語
権運動が観察されるのは世界の中で政治的・経済
社会運動の形を取って自分たちの言語使用を主
的に力を持っている国であることが分かる。国家
張しているのは、多くがヨーロッパの裕福な国で
語と自言語の平等要求が主眼となる言語権運動で
あった。一方、貧しい国には言語多様性が高く、
は、日々の暮らしに困らない以上の十分な経済力
確認されている言語数も先進国に比べてかなり多
は必要になるだろう。
いにもかかわらず、目立つ言語権運動はほとんど
また、言語権運動を起こす話者が所属するの
なかった。貧しい国の多くは、言語を守ることよ
は、少数民族とはいえある程度の人数を抱え、政
りも経済的に発展することのほうが優先課題に
治的・経済的にも力を持った言語共同体が多い。
なってしまうのだ。そして、この経済的な格差
例えばフランスでは29の言語が確認されている。
は、容易に解決できる問題ではない。
「地域言語」というとオック語を含め8つの言語
結論としては、言語権の問題は、経済的な格差
を指すことが多いが(3.
3.
2参照)、フランス語を
を抜きにして語ることができないということであ
除いて残る20の言語の中には、地域言語とさえ見
る。冨の配分要求を主眼とするかつての社会運動
なされていない言語があるということになる。グ
とは異なり、国家語と自言語の平等要求が主眼と
ルジアの言語擁護デモにおいても、ロシアの中で
なる言語権運動では、言語共同体としても日々の
は他の民族ほど民族性ゆえの差別を受けていない
暮らしに困らない以上の十分な経済力は必要にな
し、経済的にも恵まれている。それゆえに政府か
る。言語の自由な選択の前に、経済的な豊かさと
らの圧迫は強いのだが、それにもうまく抵抗して
言う大きな壁が存在しているのである。言語権運
きた民族として挙げられている(Ashworth 1996)
。
動の全世界的な社会的背景として、経済性格差の
問題があることは、ブール代数アプローチよって
4.
2 課題
初めて明らかにできた点である。
本論文では、ブール代数アプローチを用いて言
語権の主張される社会的な背景の説明を試みた
参考文献
が、不十分な点もまだ残されている。例えば5つ
の変数以外に、他の変数が隠れていることが考え
られる。ただ、独立変数を多く含むとそれだけ複
雑な論理式になることは目に見えており、変数を
増やせばいいというわけでもない。また、国単位
での分析を行ったために、言語権運動について
は、運動の中身について突っ込んだ分析はしてい
ない。国を超えた運動、複数国家に産住する少数
民族の言語権運動の分析についても、その特徴や
性質を盛りこむことができなかった。
これらの検討すべき点は残されているものの、
一見複雑な言語権運動の社会的な背景を、ブール
代数アプローチを用いて、独立変数の組み合わせ
によって簡潔な式で示すという当初の目的は達成
されたと言える。
Ashworth, Georgina(1
9
9
0)『世界の少数民族を知る事
典』明石書店
Coulmas, Florian(1
9
9
2)“Die Wirtschaft mitder Sprache:
eine sprachsoziologische Studie” Frankfurt am
Main: Suhrkamp(=諏訪功・菊池雅子・大谷弘道
訳(1
9
9
3)『ことばの経済学』大修館書店
2
0
0
1『データブックオブザワールド2
0
0
1年版』二宮書
店
Ethnologue Web Version(http://www.ethnologue.com/)
Greenberg, Joseph H.(1
9
5
6)“The measurement of
linguistic diversity” LANGUAGE Journal of the
Linguistic Society of America volume 3
2
原聖(1
9
9
9)「ヨーロッパの少数言語と言語権」『こと
ばへの権利 言語権とはなにか』三元社
鹿又伸夫・野宮大志郎・長谷川計二(2
0
0
1)『質的比較
分析』ミネルヴァ書房
Lieberson, Stanley(1
9
8
1)“An Extension of Greenberg’s
4)日本、アメリカ、ドイツ、英国、フランス、イタリア、カナダ、ロシアの8ヶ国。
―2
5
4―
社 会 学 部 紀 要 第9
5号
Linguistic Diversity Measures” Language diversity
and language contact: essays Stanford University
Press
三隅一人(1
9
9
9)「ブール代数アプローチ」小林淳一・
三隅一人・平田暢・松田光司『社会のメカニズム』
ナカニシヤ出版
三浦信孝・糟谷啓介(2
0
0
0)『言語帝国主義とは何か』
藤原書店
MOST(Management of Social Transformations)
Clearing
House Linguistic Rights(http://www.unesco.org/
most/ln 1.htm)
Ragin,Charles. C.
(2
0
0
0)
“The Logic of Diversity-oriented
Research” Fuzzy-Set Social Science The University
of Chicago Press.
Ragin,Charles. C.(1987)“The Comparative Method: Moving
Beyond Qualitative and Quantative Strategies”
University of California Press.
(=鹿 又 伸 夫 監 訳
(1
9
9
3)『社会科学における比較研究―質的分析と
計量的分析の統合に向けて』ミネルヴァ書房)
Skutnabb-Kangas,Tove and Phillipson,Robert(1
9
9
4)
“Linguistic human rights, past and present”
Linguistic Human Rights. Overcoming Linguistic
Discrimination Mouton de Gruyter.
杉山光信(2
0
0
0)『アラン・トゥーレーヌ―現代社会の
ゆくえと新しい社会運動』東信堂
鈴木敏和(2
0
0
0)『言語権の構造』成文堂
梅棹忠夫・松原正毅(1
9
9
5)『世界民族問題事典』平凡
社
浦野起央(2
0
0
0)『2
0世紀世界紛争事典』三省堂
2
0
0
1 “World Almanac and Book of Facts” The World
Almanac and Book of Facts.
1
9
9
8 “World Development Indicators” The World Bank
矢野恒太記念会(2
0
0
1)『世界国勢図会2
0
0
1/2
0
0
2年版』
国勢社
Fly UP