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NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE
Title
年齢層別にみた長崎方言の現状―道教え表現を事例として
Author(s)
山田, 晴香
Citation
文化環境研究, 6, pp.72-81; 2012
Issue Date
2012-03-22
URL
http://hdl.handle.net/10069/28780
Right
This document is downloaded at: 2017-03-29T15:51:59Z
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp
卒業研究 山田
晴香
年齢層別にみた長崎方言の現状
―― 道教え表現を事例として
山田晴香
1.はじめに
長崎県の方言について、その区画や歴史、特徴などを解説した概説書、辞典、方言集等(以下、
方言集と総称する。
)は数多く存在し、それらにおいては、長崎方言の特徴として、接続助詞「ケ
ン」の使用や形容詞・形容動詞の終止・連体形がカ語尾になることなどが挙げられている。しか
し、既存の方言集においては、長崎方言のこれらの特徴が、どのような年齢層にみられるものな
のかを記すことは少ない。また、方言集を作成した際のインフォーマントの数や性別、使用する
相手や場面について明記することも稀であるため、これらの方言集に記された長崎方言の特徴を、
現在の長崎方言の実態を十分に写したものと見ることはできない。
そのため、本論文では、現在の長崎方言において、年齢層別にどのような使用実態の差や使用
意識の差がみられるのか、また、相手によってどのような方言の使い分けがなされているのか、
という2点を、道教え表現を事例として考察する。それにより、既存の方言集では明確にされて
こなかった、使用者の年齢や性別、話し相手の属性を反映した、長崎方言の現状の一端が明らか
になると考えている。
なお、一般的に長崎方言1とは、長崎市および長崎半島の一部で用いられる方言を指すが、本
論文では、その中でも長崎市内で用いられる方言を考察対象とし「長崎方言」とよんでいる。
2.分析方法
本論文においては、地図を見ながら道順を教えるという道教えにより方言実態調査を行う。こ
の調査方法の利点は、方言の使用の有無を直接尋ねるインタビュー調査等に比べ、より自然に近
い形で方言を収集することができることにある。また、地図を使用するという同一条件の下で調
査を行うことにより、枠組み・条件が明確になるため、年齢層別にみた使用実態の差を比較しや
すく、結果が明瞭に現れるという利点もある。
分析方法は、相手を4通りに設定し、それぞれの相手に普段話していることばで地図(下図参
照)を見ながら道案内をしてもらうことにより、それぞれのインフォーマントが、相手の属性を
考慮したうえで、性別・年齢層別にどのような方言を用いているのかを調査するというものであ
1
72
なお、長崎県内の方言は、平山(1
9
9
2)によると、長崎方言、佐世保方言、大村方言、諫早方言、島原方言、
平戸方言、五島方言、対馬方言、壱岐方言の九つに分類されている。
年齢層別にみた長崎方言の現状
る。
図1 道教えに用いる地図
道案内する相手は、以下の!から$の4通りに設定している。これは、相手を同じ長崎方言話
者か否か、同じ世代か上の世代かに設定することにより、方言の使用の有無が話し相手の属性の
何に起因するのかを明確にするためである。
〈相手の設定〉
!同じ長崎方言を話す同世代の友人
(例:昔からの友人、小学校の同級生など)
"共通語を話す同世代の友人 (例:大学時代の友人、バイト・仕事先で知り合った友人など)
#同じ長崎方言を話す上の世代の知人
$共通語を話す上の世代の知人
(例:地元の先輩、小学校の担任・校長先生など)
(例:大学時代の恩師、仕事先の先輩・上司など)
また、道教えにおける場面設定は、以下の通りである2。
〈場面設定〉
!今から自分の家に、相手が来る。
"相手は現在駅にいる。
#駅まで迎えに行けないので、電話で相手に道を教える。
$タバコ屋から自分の家までは複雑な道が多いため、タバコ屋までの道を教え、そこまで自分
が迎えに行く。
2
通常、道教えにおいては細かい場面設定は行わないが、本論文においては、既存の方言集で述べられている、
文末詞や形容詞、動詞に見られる長崎方言の特徴が出やすいように、場面設定を行った上で調査を行った。
73
卒業研究 山田
晴香
インフォーマントは、現在長崎市在住の人で、一般に言語形成期といわれる3歳から1
5歳の間
に長崎市から離れていない人とし、少年層1
0代、若年層2
0∼3
0代、中年層4
0∼5
0代、老年層6
0代
以上の、男女各5名ずつ計4
0名とする。
3.年齢層別にみた方言の使用実態
ここでは、長崎方言の使用実態を、相手が同じ長崎方言話者か否か、同世代か否かという相手
の属性の違いによって、どのような方言の使い分けがみられるのかに注目して、年齢層別に分析
する。なお、グラフ中の!∼$は、すべて道案内の相手である、!同じ長崎方言を話す同世代の
友人、"共通語を話す同世代の友人、#同じ長崎方言を話す上の世代の知人、$共通語を話す上
の世代の知人、を表わしている。
図2・図3は、主格の助詞「ノ」の相手による使い分けについて、男女それぞれの使用状況を
年齢層別にまとめたものである。
(単位 人)
5
(男性)
(単位 人)
5
4
(女性)
4
①
3
2
1
②
0
①
3
②
③
2
③
④
1
④
0
少年層
若年層
中年層
老年層
図2 主格の助詞「ノ」の使用:男性
少年層
若年層
中年層
老年層
図3 主格の助詞「ノ」の使用:女性
これらからわかるように、少・若年層における主格の助詞「ノ」の定着にはばらつきがある。
助詞「ノ」を使わない少・若年層では、代わりに共通語の「ガ」を使うほか、主格の助詞自体を
省略するという現象もみられた。これは、中・老年層においてはみられず、少・若年層における
特徴的な現象である。
また、老年層では中年層よりも助詞「ノ」の使用が少ない。これは、老年層の一部に、彼らが
受けてきた方言軽視の標準語教育の名残からか、「あまり方言は使わない」という意識があるこ
とに起因すると考えられる。
既存の方言集では、主格の助詞「ノ」の使用について「盛んに用いられている」と記述されて
いるのみである。確かに、今回の調査においても、少年層から老年層まで男女を問わず、その使
用がみられるものの、次に述べるように、道案内の相手により助詞「ノ」の使用状況は大きく異
なる。
74
年齢層別にみた長崎方言の現状
少・若年層については男女とも共通して、共通語を話す同世代の友人(以下、"と示す。
)に
対しては、同じ長崎方言を話す同世代の友人(以下、!と示す。
)と同等またはそれよりも低い
割合で助詞「ノ」の使用がみられたが、同じ長崎方言を話す上の世代の知人(以下、#と示す。
)
、
共通語を話す上の世代の知人(以下、$と示す。
)に対しては、助詞「ノ」の使用は全くみられ
なかった。また、中・老年層についてみてみると、中年層の女性の場合を除いては、!と#にの
み助詞「ノ」の使用がみられた。
つまり、これらの結果から、助詞「ノ」の使用についての主な判断基準は、少・若年層におい
ては相手が同世代か否か、中・老年層においては相手が同じ長崎方言か否か、であることがわか
る。
ただし、例えば女性の若年層についてみてみると、相手が!の場合と比べて"の場合は、助詞
「ノ」の使用の減少幅が男性よりも大きいことから、相手が同世代か否かのみならず、同じ長崎
方言か否かも、重要な判断基準であることがうかがえる。また、女性の中年層については、男性
の中・老年層、女性の老年層の場合とは異なり、どちらかというと少・若年層と共通の、同世代
か否かという判断基準に重きをおいているようである。これらのことから、女性は男性に比べて、
複合的な判断基準を用いて、方言の使用の有無を決定していることがわかる。
次に、文末詞「タイ」「サ」についてみてみる。
(単位 人)
5
(男性)
(女性)
(単位 人)
5
4
①
4
①
3
②
3
②
2
③
2
③
1
④
1
④
0
0
少年層
若年層
中年層
老年層
少年層
図4 文末詞「サ」の使用:男性
若年層
中年層
老年層
図5 文末詞「サ」の使用:女性
図4・図5に示したように、文末詞「サ」の使用は、少・若年層において比較的多いものの、
中年層においては男女共にその使用が全くみられない。また、以下に挙げる用例からもわかるよ
うに、文末詞「サ」の使用が少ない老年層や、全くみられなかった中年層においては、それに代
わる表現として、文末詞「タイ」や助動詞「ヤロ」を用いている。
タクシー乗り場の/少し間/横に横断歩道があると思うっさ。3 (少年層
その横に横断歩道のあるっさね=。
3
(若年層
男1)
女4)
用例の文字化における会話記号は、宇佐美(2
0
0
3)に基づく。
75
卒業研究 山田
晴香
そのすぐ横にさ、/少し間/横断歩道のあるたい??。
駅からー、横断歩道のあるやろー?。[→]
(中年層
(老年層
女1)
女2)
また、老年層の女性においては、文末詞「タイ」「サ」ともに、その使用がみられなかったが、
これは、上に述べた助動詞「ヤロ」に加えて、「ト」を基素とする複合形文末詞「トサネ」など
を多用しているためである。
あのー、/少し間/タクシー乗り場が、あるとさねー。
[↑]そのタクシー乗り場/少し間
/をー、[…]
。たら、角にコンビニ/少し間/があるとさね。[↑]
(老年層
女3)
文末詞「タイ」「サ」の相手による使い分けについては、どちらも、相手が!の場合に用いら
れており、相手が"における使用は非常に消極的なものであった。さらに、相手が#、$の場合
は、全年齢層に共通して文末詞「タイ」「サ」の使用はみられなかった。これらのことから、文
末詞「タイ」「サ」についての方言使用の判断基準は、相手が長崎方言か否か、かつ同世代か否
かの複合であるといえる。
次に、形容詞「狭い」におけるカ語尾「狭か」、形容動詞「複雑だ」におけるカ語尾「複雑か」
についてみてみる。
(単位 人)
5
(男性)
(単位 人)
5
4
①
4
①
3
②
3
②
2
③
2
③
1
④
1
④
0
0
少年層
若年層
中年層
老年層
少年層
図6 「狭か」の使用:男性
(単位 人)
5
若年層
中年層
老年層
図7:「狭か」の使用:女性
(男性)
(単位 人)
5
(女性)
4
①
4
①
3
②
3
②
2
③
2
③
1
④
1
④
0
0
少年層
若年層
中年層
老年層
図8 「複雑か」の使用:男性
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(女性)
少年層
若年層
中年層
老年層
図9 「複雑か」の使用:女性
年齢層別にみた長崎方言の現状
少・若年層においては、中・老年層に比べて「狭か」「複雑か」の使用が消極的であり、カ語
尾は、主に中・老年層において使用される方言であるといえる。また、全体的に男性の方が、使
用が多いことも特徴的である。さらに、老年層の男性においては、「狭い」に加えて「太い」「わ
かりにくい」などの形容詞や、「∼してもらいたい」という願望の表現においてもカ語尾の使用
がみられた。つまり、カ語尾は、積極的な使用がみられる中・老年層の中でも、特に老年層の男
性において最もよく使用される方言であり、その造語力も他の年齢層に比べて強いといえる。
その太か道をー、右にー、いー、ずっと来よればー、[…]
。
(老年層
男2)
道が、/少し間/あのー、わかりにっかけん、そこまでおいが迎えにくっけん。
(老年層
コンビニの/少し間/方に、曲がってもらいたかと。
(老年層
男2)
男3)
相手による使い分けについてみてみると、中・老年層の男性においては、形容詞・形容動詞の
カ語尾使用の判断基準が、相手が長崎方言か否かであることが明確に現れている。それに比べ、
中・老年層の女性においては、相手が!の場合以外はカ語尾の使用があまり見られず、男女で方
言使用の判断基準が異なることがわかる。
次に、「行く」の意味で用いる動詞「来る」の使用実態の差と相手による使い分けについてみ
てみる。以下の図1
0・図1
1は、動詞「来る」の男女それぞれの使用状況を年齢層別にまとめたも
のである。
(単位 人)
5
(男性)
(単位 人)
5
(女性)
4
①
4
①
3
②
3
②
2
③
2
③
1
④
1
④
0
0
少年層
若年層
中年層
老年層
図1
0 動詞「来る」の使用:男性
少年層
若年層
中年層
老年層
図1
1 動詞「来る」の使用:女性
動詞「来る」の使用は全年齢層においてみられるものの、少・若年層においては、その使用に
ばらつきがある。特に、若年層の女性では、その使用が消極的である。しかし、若年層の男性、
少年層の女性における結果からわかるように、!∼#のすべての相手に対して動詞「来る」の使
用が少なからずみられる。
少・若年層では、ここまで見てきた各項目においてはいずれも、相手が"、#の場合は方言の
使用がみられなかった。そのため、ここで相手が"、#の場合にも使用がみられることは、少・
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卒業研究 山田
晴香
若年層の人々にとって、動詞「来る」を「行く」の意味で用いることが方言であるという認識が
低いことを表していると思われる。
ここまで、主格の助詞「ノ」、文末詞「タイ」「サ」、形容詞・形容動詞のカ語尾、動詞「来る」
の調査結果を見てきた。これらの結果から、既存の方言集に記された長崎方言の特徴は、主に中・
老年層においてみられるものであることがわかった。また、文末詞「サ」の使用は、少・若年層
が中心であることや、「行く」の意味の「来る」は、少・若年層が「気づかない方言」として用
いていることなど、既存の方言集では明確にされていない点について明らかにしえた。
また、相手による方言の使い分けは、少・若年層においては主に相手が同世代か否か、中・老
年層においては主に相手が長崎方言か否かを方言使用の判断基準としていることがわかった。男
女別にみると、中・老年層の男性は、比較的方言の使い分けの要因がはっきりしているのに対し、
中・老年層の女性は、相手が同世代か否か、長崎方言か否かのどちらにも起因して方言の使い分
けがなされているという特徴がみられた。全体的にみると、特に、中・老年層において、方言使
用の判断基準について男女間で大きな差があることが指摘できる。
4.年齢層別にみた方言の使用意識
道教えをしてもらったインフォーマントを対象に、方言の使い分けに関する意識についてもイ
ンタビューを行った。相手による方言の使い分けを行っているか否か、使い分けを行っている場
合は、相手のどのような属性(方言、年齢)により判断しているのかをたずねた。ここでは、そ
の結果から、現在の長崎方言において、年齢層別にどのような使用意識の差がみられるのかにつ
いて考察する。
まず、少年層においては、以下に挙げる発言からもわかるように、全体的に、自らの方言使用
に対する意識は低い。しかし、第3節で見たように、実際には同年代の相手にのみ方言を用いて
おり、無意識のうちに相手に合わせて方言を使い分けているようである。
・長崎弁じゃなくても、他の方言でも、自然に出とっけん/沈黙
1秒/変わらない。
・仲良くない人にでも、分けたりはー、/少し間/しませんね。自然と。
(少年層
男1)
(少年層
女1)
・先輩とかにはー、/少し間/敬語になる、から、/少し間/ちょっとは抜けるかも。
(少年層
女5)
このことは、少年層の生活環境が、家族や地元の学校といった長崎方言話者に囲まれたもので
あり、共通語話者や他の方言話者と接する機会自体があまりないことが要因であると思われる。
次に若年層では、相手による方言の使い分けについて、「上の世代の相手に方言を使うのは失
礼である」という相手が同世代か否かを意識したものや、「相手が長崎方言話者でない場合も、
伝わる範囲であれば方言を使う」という方言の使用に対する積極的な意識がみられた。
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年齢層別にみた長崎方言の現状
・目上の人とかは、/少し間/失礼ってかなんか軽い感じになるから。
(若年層
女2)
・多分、共通語でも関西/少し間/とかでもどっちの人に対してもー、一緒ぐらい使うかも。
ケンとかはー、多分わかってくれるけん。センバとかが、「え、何?。
」ては言われる。
(若年層
女1)
・共通語の人とか/少し間/やったらー、/少し間/「え、何て言った?。
」とか言われる/
少し間/と、嫌だからー、結構、/沈黙
1秒/わかる範囲で言う/少し間/かな??。
(若年層
女2)
中年層についてみてみると、特に男性においては、「相手が長崎方言話者でない場合は、伝わ
らないといけないので方言を使わない」という方言使用に対する消極的な意識がみられた。しか
し、その反面、同じ長崎方言話者に対しては、上の世代の相手であっても「相手が方言を使用し
ているにもかかわらず自分が方言を使わないのは失礼である」という意識ももっている。つまり、
中年層においては、相手が長崎方言話者か否かが方言の使用意識に大きな影響を与えており、こ
れは第3節でみた使用実態と一致している。
・長崎ん人じゃなかったらね、上品ぶってね、標準語ばつくるさ。
・伝わらんやったら/少し間/どうかなーってのがあるけんね。
(中年層
(中年層
男2)
男4)
・長崎弁の/少し間/丁寧語っていうと??、を使うね。変に標準語を話したらね、なんかあ
いやけんがわざと、長崎弁の丁寧語を使う。
(中年層
男1)
・相手が方言を使う方だったらやっぱりなるべく方言を使うように/少し間/なるんじゃない
かな。
(中年層
男2)
これに対し、中年層の女性では「共通語の相手にも、わかる範囲で方言を使う」というような、
若年層に類似した使い分けの意識がみられた。中年層においては、男女間で大きな意識の差があ
るといえる。
最後に、老年層においては、男性では中年層の男性と同様に、相手が長崎方言話者の場合には、
同世代か否かにかかわらず「敢えて方言を用いる」という意識がみられたのに対し、女性では、
「使わんくなったねーってね、/少し間/友達と言ったりも、えー、するんですよー」
(老年層
女1)
、「んー、社会人になってから/少し間/かなー。最近はあんまり使わないよねー」(老年
層
女2)といった発言からもわかるように、相手が同じ長崎方言話者であっても「あまり方言
は使わない」という意識があることがわかる。老年層においても、男女間で大きな意識の差があ
る。
以上にみてきたように、意識調査の結果から、近年、非長崎方言話者に対する方言の使い分け
の意識が、老年層のもつ「相手が長崎方言話者でない場合は、伝わらないといけないので方言を
使わない」という方言使用を避けるものから、若年層のもつ「相手が長崎方言話者でない場合も、
伝わる範囲であれば方言を使う」という積極的なものへと変化してきていることがわかる。この
ような意識の変化は、老年層が受けていたような方言軽視の標準語教育が、近年では、見直され
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卒業研究 山田
晴香
ていることに起因すると思われる。
また、目上の人に対する方言使用意識については、老年層のもつ「相手が方言を使用している
にもかかわらず自分が方言を使わないのは失礼である」という相手が長崎方言話者であれば積極
的に方言を使用するというものから、若年層のもつ「上の世代の相手に方言を使うのは失礼であ
る」という相手が上の世代の場合は方言使用を避けるというものへ変化してきていることがわか
る。これは相手による方言の使い分けの基準が、同じ方言話者か否かに重きを置いたものから、
同世代か否かに重きを置いたものへと変化してきているととらえることができよう。
5.おわりに
本論文では、現在の長崎方言において、年齢層別にどのような使用実態や使用意識の差がみら
れるのか、また、相手によってどのような方言の使い分けがなされているのかについて、道教え
表現を事例として、分析を行ってきた。その結果、既存の方言集では明確にされてこなかった、
以下の諸点が明らかになった。
・主格の助詞「ノ」は、少・若年層についてはその定着には若干のばらつきがあるものの、全
年齢層において多く使用されており、長崎方言を代表する方言であるといえる。
・「狭か」「複雑か」などの形容詞・形容動詞のカ語尾は、少・若年層においてはその使用が消
極的であり、主に中・老年層において使用される方言である。カ語尾は、形容動詞よりも形
容詞の方が使われやすく、また老年層の男性において最も頻用される表現である。
・「行く」の意味で用いる動詞「来る」の使用は全年齢層においてみられるものの、少・若年
層においては、その定着にはばらつきがある。また、少・若年層においては、相手が長崎方
言か否か同世代か否かにかかわらずその使用がみられたことから、動詞「来る」が方言であ
るという意識自体が低いと考えられる。
・相手による方言の使い分けは、少・若年層においては主に相手が同世代か否か、中・老年層
においては主に相手が長崎方言か否かを方言使用の判断基準としている。
・方言の使い分けの意識は、相手が長崎方言話者でない場合、中・老年層では「方言を使わな
い」という消極的なものであったのに対し、若年層では「伝わる範囲であれば方言を使う」
という積極的なものへと変化してきている。
・また、相手が目上の人の場合には、老年層では「相手が長崎方言話者なら方言を使わないの
はかえって失礼だ」という意識があるのに対し、若年層では相手が長崎方言話者か否かにか
かわらず、「上の世代に方言を使用するのは失礼である」という意識に変化してきている。
これは方言の使い分けの意識が、老年層のもつ相手が長崎方言か否かに重きを置いたものか
ら、若年層のもつ相手が同世代か否かに重きを置いたものへの変化であるととらえることが
できる。
本論文で述べた、年齢層別にみた長崎方言の実態は、長崎方言全体からすると、ごく一部のこ
とである。今後、インフォーマントの数を増やし、データの分析を重ねることで、長崎方言の実
態をより明らかにすることができると考えている。
80
年齢層別にみた長崎方言の現状
参考文献
飯豊毅一、日野資純、佐藤亮一 1
9
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3 『講座方言学9 九州地方の方言』 国書刊行会
宇佐美まゆみ 2
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共生社会における異文化コミュニケーション教育のための基礎的研究』 pp.
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九州方言学会 1
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1 『九州方言の基礎的研究』 風間書房
二階堂整 2
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0
5 「道教え談話にみる世代差・地域差」 『関西方言の広がりとコミュニケーションの行方』
和泉書院 pp.
2
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2 『現代日本語方言大辞典』 明治書院
平山輝男 1
9
9
8 『日本のことばシリーズ 4
2 長崎県のことば』 明治書院
付記
本論文を成すにあたって、調査のインフォーマントを快く引き受けご協力くださった4
0名の
方々に、心より感謝申し上げます。
81
Fly UP