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絵画鑑賞における解説文の効果 Effect of reading

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絵画鑑賞における解説文の効果 Effect of reading
絵画鑑賞における解説文の効果
Effect of reading commentary on artwork in art appreciation
田中吉史,松本彩希
Yoshifumi Tanaka, Saki Matsumoto
金沢工業大学心理情報学科
Department of Psychological Informatics, Kanazawa Institute of Technology
[email protected]
Abstract
We investigated whether reading commentary on
artwork helps active appreciation and what kind of
commentary is more effective. College students without particular art education appreciated paintings
with or without reading commentary on that painting. The results showed that (1) reading commentary
activated appreciation, (2) the participants generally
focused on what was depicted in the painting, (3)
reading commentary on technical aspects were more
effective for deepening the appreciation than those on
the depicted objects.
Keywords — Art appreciation, Art education,
Constraint relaxation, Creativity
1.
目的
絵 画 鑑 賞 に お い て 、そ の 作 品 に 関 す る 知 識 が 重
要 な 役 割 を 果 た す こ と が 指 摘 さ れ て い る [1]。美 術
館 な ど で 、作 品 に つ い て の 解 説 文 を 読 み な が ら 鑑
賞することが出来るようにされていることが多い
の も 、作 品 解 説 が 鑑 賞 を 促 進 す る と 考 え ら れ て い
る こ と を 示 し て い る 。で は ど の よ う な 解 説 文 が 、
絵 画 の 鑑 賞 を よ り 促 進 す る の だ ろ う か?ど の よ う
な 鑑 賞 が 望 ま し い か と い う 点 に つ い て は 様々な 立
場 が あ る が 、1 つ に は 、そ の 作 品 の 中 か ら 鑑 賞 者
が 以 前 に 気 づ か な かった 側 面 に 気 づ か せ る こ と 、
い わ ば そ の 鑑 賞 者 に とって の そ の 作 品 の 中 で の 発
見 を 促 進 す る 、と い う こ と が あ る と 考 え ら れ る 。
石橋・岡田 [2] は、絵画の初心者が、写実性を望ま
し い も の と 捉 え る 傾 向 を 指 摘 し 、こ れ を 写 実 性 制
約 と 呼 ん で い る 。ま た 、Parsons[3] は 、絵 画 の 理 解
に は 5 つ の 発 達 段 階 が あ り、そ の 中 で も 絵 画 の リ
ア リ ズ ム へ の 注 目 が 、第 2 段 階 と い う 比 較 的 早 い
発達段階に位置づけられることを指摘している。
こ れ ら の こ と か ら 、美 術 の 初 心 者 は 、絵 画 の 写 実
的 な 側 面 に 注 目 す る 傾 向 が あ る と 考 え ら れ る 。こ
の 傾 向 を 緩 和 す る た め に は 、絵 画 が 何 を 描 い た も
の か と い う 写 実 的 側 面 に 関 す る 解 説 文 よ り は 、そ
れ 以 外 の 、例 え ば そ の 絵 画 の 構 図 や 表 現 手 法 な ど
についての解説文の方が効果的と考えられる。
ま た 、石 橋・岡 田 [2] は 、他 者 の 作 品 を 模 倣 す る
ことがより創造的な描画を促進することを示して
い る 。同 様 の こ と は 絵 画 の 鑑 賞 に お い て も 当 て は
ま る か も し れ な い 。つ ま り、他 者 が 作 品 を 鑑 賞 し
た 結 果 と も 言 え る 解 説 文 を 読 む こ と で 、解 説 文 が
無 かった 場 合 と は 異 な る 側 面 へ の 注 目 を 促 進 す る
ことができる可能性もある。
こ こでは美術に関する初心者の一般大学生 を対
象 と し た 実 験 を 通 し て 、解 説 文 を 読 み な が ら 絵 画
鑑 賞 を す る 経 験 が 、そ の 後 の 鑑 賞 に お い て ど の よ
う な 影 響 を 与 え る の か を 検 討 す る 。実 験 で は 、解
説 文 を 読 ま ず に 絵 画 鑑 賞 を す る 条 件 、絵 画 に 描 か
れ た 対 象 物 に つ い て の 解 説 文 を 読 む 条 件 、絵 画 の
構図や表現方法など技法的な側面についての解説
文 を 読 む 条 件 を 設 定 す る 。被 験 者 は い ず れ か の 条
件 下 で 絵 画 を 鑑 賞 し た 後 、別 の 絵 画 を 鑑 賞 し 、絵
画 に つ い て の 印 象 評 定 と 自 由 記 述 を 行 う。絵 画 鑑
賞においても写実性制約が見られるのであれば、
解説文を読まない条件や対象物についての解説文
を 読 む 条 件 で は 、絵 画 に 何 が 描 か れ て い る か に つ
いての単純な自由記述が多く見られると考えられ
る 。ま た 、技 法 的 な 側 面 に 関 す る 解 説 文 を 読 む こ
と で 、写 実 性 制 約 が 緩 和 さ れ 、絵 画 に 描 か れ た 対
象物以外の側面に関する自由記述が増えると予想
さ れ る 。さ ら に 、事 前 に 絵 画 鑑 賞 し な い 条 件 も 設
定 し 、絵 画 を 繰 り 返 し 見 る こ と に よ る 効 果 も 検 討
する。
2.
方法
被験者 特別な美術教育を受けたことがない一般
大学生 50 人(後述する「事前鑑賞なし」条件、
「解
説 文 な し 」条 件 、
「 対 象 物 解 説 文 」条 件 が 各 12 人 、
「 構 図 解 説 文 」条 件 が 14 人 )が 実 験 に 参 加 し た 。
刺 激 鑑 賞 材 料 と し て 、近 現 代 の 著 名 画 家 の 作 品
で 、美 術 に つ い て 特 に 関 心 を 持 た な い 人 に は 知 ら
れ て い な い と 思 わ れ る 絵 画 を 5 点 (具 象 画 2 点 と 抽
象画 3 点) 用いた (表 1)。これらの絵画をカラープリ
ン タ ー で A4 サ イ ズ で 印 刷 し た も の が 被 験 者 に 提
示 さ れ た 。絵 画 と 共 に 提 示 す る 解 説 文 と し て 、後
述 す る「 事 前 鑑 賞 」フェー ズ で 提 示 す る 3 点 の 絵
画 に つ い て 、美 術 史 の 図 書 、画 集 、作 者 の 伝 記 を
参 考 に 、絵 画 に 描 か れ た 対 象 物 に つ い て の 解 説 文
( 対 象 物 解 説 文 )と 絵 画 の 構 図 や 表 現 方 法 に つ い
て の 解 説 文( 構 図 解 説 文 )を 作 成 し た 。解 説 文 の
長 さ は 182∼252 文 字 で あ り、絵 画 ご と に 大 体 同 じ
長 さ に な る よ う に し た 。こ れ ら の 解 説 文 は 絵 画 と
は別の紙に印刷したもので提示された。また、SD
法 に よ る 絵 画 の 印 象 評 定 に 岡 田・井 上 [4] に よ る 23
対の形容詞を用いた。
手続き 実験は「事前鑑賞」と「本鑑賞」の2つの
フェー ズ か ら 成って い た 。「 事 前 鑑 賞 」フェー ズ で
は、被験者は表 1 に示した 3 点の絵画を順次呈示さ
れ 、絵 画 を 見 て 気 付 い た こ と や 感 じ た こ と を 自 由
記 述 し 、SD 法 に よ る 絵 画 の 印 象 評 定 を 行った 。そ
の 際 、「 解 説 文 な し 」条 件 で は 絵 画 の み が 提 示 さ
れ た 。「 対 象 物 解 説 文 」条 件 で は 絵 画 と 共 に 上 述
の 対 象 物 解 説 文 が 、「 構 図 解 説 文 」条 件 で は 構 図
解 説 文 が 呈 示 さ れ た 。自 由 記 述 と 印 象 評 定 が 終 わ
る と 次 の 絵 画 が 提 示 さ れ た 。「 事 前 鑑 賞 な し 」条
件 で は 、事 前鑑賞が省略された。
「本鑑賞」フェー
ズ で は 全 被 験 者 に 、「 事 前 鑑 賞 」と は 別 の 絵 画 が
2 点 、解 説 文 を 伴 わ ず 順 次 呈 示 さ れ 、「 事 前 鑑 賞 」
フェーズと同様の自由記述と印象評定を行った。実
験は 1 人から 3 人ずつ同時に、被験者ペースで行わ
れ た 。実 験 に 要 し た 時 間 は 1 人 20∼40 分 で あった 。
3. 結果
3.1 印象評定
全 絵 画 に 対 す る SD 法 に よ る 印 象 評 定 の 結 果 に
つ い て 、因 子 分 析( 主 成 分 解・バ リ マック ス 回 転 )
を 行った と こ ろ 、固 有 値 1 以 上 の 因 子 が 5 つ 抽 出 さ
れ (累 積 寄 与 率 64.4%),そ れ ぞ れ の 因 子 を 活 動 性 、
バ ラ ン ス 、迫 力 、評 価 性 、女 性 的 鮮 や か さ と 名 付
け た 。5 つ の 絵 画 に つ い て 因 子 得 点 の 平 均 値 を 求
め た と こ ろ 、絵 画 ご と に 異 なった プ ロ フィー ル が
得られた。次に、5 つの絵画ごとに、因子得点を従
属 変 数 と し て 因 子 の 種 類 (5) × 鑑 賞 条 件 (事 前 鑑 賞
の 絵 画 で は 3 条 件 、本 鑑 賞 の 絵 画 で は 4 条 件) の 分
散 分 析 を 行った 。そ の 結 果 、い ず れ の 絵 画 で も 因
子 の 種 類 の 主 効 果 は 有 意 で あった も の の 、鑑 賞 条
件 の 主 効 果 は 有 意 で な かった 。つ ま り、鑑 賞 条 件
の 違 い は SD 法 に よ る 印 象 評 定 に 影 響 を 及 ぼ し て
い な かった 。
3.2
自由記述の分析
次に、本鑑賞の絵画における自由記述に、鑑賞条
件がどのような影響を与えているかを検討した。
ま ず、自 由 記 述 の 量 に つ い て 分 析 し た 。自 由 記
述 は「 、」や ス ペ ー ス 、改 行 に よって 複 数 の 内 容 の
記 述 が 成 さ れ て い た の で 、そ れ ら の 箇 所 ま で を 一
区 切 り と し て 、各 被 験 者 の 記 述 の 個 数 の 平 均 を 求
め た 。ま た 、各 被 験 者 の 自 由 記 述 の 一 個 あ た り の
平均文字数(記述の長さ)も求めた。これらの値を
さ ら に 条 件 ご と に 平 均 し た も の を 図 1 に 示 す。1 要
因分散分析の結果、記述の数、長さ共に条件によっ
て 有 意 に 異 なって お り (記 述 の 数 F (3, 46) = 2.99; 長
さ F (3, 46) = 4.46, p < .05)、Ryan 法 に よ る 多 重 比
較 の 結 果 、解 説 文 を 読 ん だ 2 つ の 条 件 は「 事 前 鑑
賞なし」条件よりも有意に記述の数が多く、
「構図
解 説 文 」条 件 は「 事 前 鑑 賞 な し 」条 件 と「 解 説 文
な し 」条 件 よ り も 記 述 が 有 意 に 長 かった 。全 体 に
解説文を読んだ条件は他の条件よりも記述量が多
く、解 説 文 を 読 む こ と で 絵 画 鑑 賞 の 際 の 言 語 的 活
動が促進されることが示唆された。
次 に 自 由 記 述 の 内 容 に つ い て 分 析 し た 。各 被 験
者 の 自 由 記 述 の う ち 、絵 画 に 描 か れ た も の の 名 称
など、対象物に関する単純な記述の頻度について、
条件ごとの平均値を求めた (図 2 左)。
「解説文なし」
条 件 と「 対 象 物 解 説 文 」条 件 は 他 の 群 よ り も 、対
象物についての単純な記述が多く、1 要因分散分析
の 結 果 、有 意 傾 向 が 見 ら れ た (F (3, 46) = 2.73, p =
.054)。
同 様 に 、絵 画 に 描 か れ た 対 象 物 か ら 受 け る 印 象
に つ い て の 記 述 、絵 画 全 体 か ら 受 け る 印 象 に つ い
ての記述の頻度も求めた (図 2 中、右)。1 要因分散分
析 の 結 果 、対 象 物 の 印 象 、絵 画 全 体 の 印 象 共 に 条
件 の 効 果 が 有 意 で あった (対 象 物 の 印 象 F (3, 46) =
3.98; 絵画全体の印象 F (3, 46) = 3.27, p < .05)。Ryan
法 に よ る 多 重 比 較 の 結 果 、対 象 物 の 印 象 は「 構 図
表 1 実験で使用した絵画
フェー ズ
作 者 /タ イ ト ル
種類
事前鑑賞
ル ノ ワ ー ル/ム ー ラ ン・ド・ラ・ギャレット
具象画
マ ティス/ピ ア ノ の レッス ン
抽象画
本鑑賞
ク レ ー/す べ て が 追 い か け て く る!
抽象画
ゴッホ/夜 の カ フェテ ラ ス
具象画
カ ン ディン ス キ ー/コ ン ポ ジ ション VII
抽象画
図 1 自由記述の量の平均と標準偏差
解説文条件」において「事前鑑賞なし」
「解説文な
し 」両 条 件 よ り も 多 く、絵 画 全 体 の 印 象 は「 構 図
解 説 文 条 件 」は 他 の す べ て の 群 よ り も 多 かった 。
4.
考察
自 由 記 述 の 内 容 に 関 す る 分 析 か ら 、解 説 文 を 読
む こ と に よって 、絵 画 を 鑑 賞 す る 際 の 言 語 的 な 活
動 が 促 進 さ れ る こ と が 示 さ れ た 。特 に「 構 図 解 説
文 」条 件 で は 記 述 が よ り 長 く なって お り、よ り 詳
細な記述が行われていると考えられる。
対 象 物 に つ い て の 単 純 な 記 述 は 、「 解 説 文 な し
「 対 象 物 解 説 文 」条 件 が 他 の 条 件 よ り も 多 い 傾 向
が 見 ら れ た 。解 説 文 な ど の 付 加 的 な 情 報 が な い 状
況 で は 、一 般 大 学 生 は 絵 画 に 何 が 描 か れ て い る の
か に 注 目 す る 傾 向 が 強 く、石 橋・岡 田 [2] の い う 写
実 性 制 約 が 、絵 画 鑑 賞 の 場 合 に も 見 ら れ る 可 能 性
が 示 唆 さ れ た 。ま た 、「 対 象 物 解 説 文 」条 件 で も
「 解 説 文 な し 」条 件 と 同 様 に 対 象 物 に つ い て の 単
純 な 記 述 が 多 かった こ と か ら 、対 象 物 に つ い て の
解説文を読むだけではこの傾向には変化が見られ
ないと考えられる。
一 方 、描 か れ た 対 象 物 か ら 受 け る 印 象 は 解 説 文
を 読 ん だ 条 件 で 多 く 見 ら れ た 。こ れ は 単 に 描 か れ
ているものを同定するにとどまらない記述であ
り、よ り 多 く の 認 知 活 動 を 行って い る と 言 え る 。
ま た 、絵 画 全 体 の 印 象 に つ い て の 記 述 は 、「 構 図
解 説 文 」条 件 で 他 の 群 よ り 多 く 見 ら れ た 。つ ま り
構 図 や 表 現 方 法 な ど の 解 説 を 読 む こ と で 、局 所 的
な対象物のみならず絵画全体を捉えることができ
る よ う に なって い た と 言 え る 。こ れ ら の こ と は 、
解 説 文 を 通 じ て 、と り わ け 対 象 物 以 外 の 観 点 を 示
さ れ る こ と に よって 、絵 画 の 対 象 物 の 同 定 を 越 え
たより高度な鑑賞を促す可能性を示唆していると
考えられる。
また、
「 解 説 文 な し 」条 件 と「 事 前 鑑 賞 な し 」条
件 と を 比 較 す る と 、自 由 記 述 の 量 や 内 容 に お い て
あ ま り 違 い が 無 かった 。こ の こ と は 、単 に 絵 画 を
図 2 自由記述の種類と頻度の平均と標準偏差
繰り返し見るだけではより高度な鑑賞を促すには
不 十 分 で あ り、解 説 文 な ど を 通 し て 他 者 の 観 点 を
知ることが重要な役割を果たす可能性が示唆する
と考えられる。
今 回 の 実 験 で は 、自 由 記 述 の 分 析 で は 絵 画 の 鑑
賞条件による様々な違いが見られたものの、SD 法
に よ る 印 象 評 定 に は 、鑑 賞 条 件 に よ る 効 果 が 見 ら
れ な かった 。こ の 理 由 と し て 、1 つ に は 、形 容 詞 に
よる印象評定では今回設定した条件による鑑賞体
験の変化は充分に検出できないという可能性があ
る 。ま た 、実 験 状 況 の 設 定 の た め 鑑 賞 条 件 の 効 果
が絵画全体の印象を大きく変化させるには至らな
かった と い う 可 能 性 も あ る 。今 回 の 実 験 で は 数 十
分 程 度 の 比 較 的 短 い 時 間 で 鑑 賞 が 行 わ れ お り、ま
た刺激として用いた絵画と解説文の内容について
も ま だ 検 討 の 余 地 が あ る と 考 え ら れ る 。こ れ ら の
点 を 考 慮 し つ つ 、今 後 検 討 を 重 ね る 必 要 が あ る だ
ろ う。
参考文献
[1] Solso, R. (1996) Cognition and Visual Art, MIT Press.
(鈴 木 光 太 郎・小 林 哲 生 訳”脳 は 絵 を ど の よ う に 理 解
す る か − 絵 画 の 認 知 科 学 −” 新 曜 社)
[2] 石 橋 健 太 郎・岡 田 猛 (2010) ”他 者 作 品 の 模 写 に よ る
描 画 創 造 の 促 進” 認 知 科 学, Vol.17,No.1, pp.196-223.
[3] Parsons, M.(1987) How We Understand Art, Cambridge University Press.(尾 崎 彰 宏・加 藤 雅 之 訳”絵 画
の 見 方” 法 政 大 学 出 版 会)
[4] 岡 田 守 弘・井 上 純 (1991). ”絵 画 鑑 賞 に お け る 芸 術 性
評 価 要 素 に 関 す る 心 理 的 分 析” 横 浜 国 立 大 学 教 育
紀 要 ,Vol.31,pp.45-66.
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