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欧州における VAT パッケージ導入によるサービスの課税地ルール

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欧州における VAT パッケージ導入によるサービスの課税地ルール
「月刊 国際税務」 (国際税務研究会)
2010 年 1 月号掲載
欧州における VAT パッケージ導入によるサービスの課税地ルールの変更について
税理士法人プライスウォーターハウスクーパース
シニア・マネージャー 天野 史子
シニア・アソシエイト 溝口 豪
1.原則規定
VAT パッケージは,2008 年 2 月 12 日付理事会指令 1 で導入される制度指令 2 の改正の総称
であり,改正の一部に加盟国の税収に影響を及ぼす規定が含まれていることから 32010 年 1 月
1 日以降段階的に導入される予定です。現行制度では,役務の提供の課税地の原則は,課税事
業者に対する役務の提供である B2B 取引であるか,最終消費者 4 に対する役務提供であるかを
問わず,役務の提供者が事業を営む場所,またはそこから役務の提供を行う恒久的施設,事業
を営む場所も恒久的施設もない場合には,役務の提供者の居所または住所とされています。
2010 年 1 月 1 日以降,事業者間で行われる役務の提供の課税地の原則は,受益者が事業を営
む場所が課税地となります。
日本企業のためのポイント
2010 年 1 月 1 日以降,B2B で行われる役務の提供の課税地の原則は,受益者が事業を営む
場所が課税地となります。ですから,EU 域内の現地法人が日本親会社に提供するサービスの課
税地は,原則として EU 加盟国の法律では日本となります。このため,現地からのインボイスは無
課税となり,現地の VAT は課税されません(下記例外規定に注意)。
課税事業者以外に対して役務を提供する場合には,旧法と同様,役務の提供者が事業を営む
場所が原則的課税地となります。新制度では,受益者が課税事業者であるか否かによって課税
地が異なることが原則となるため,課税地の判断がより複雑になるとの批判があります。従来の
統一的原則規定である供給者所在地課税は,理想とする消費地課税に反していましたが,役務
の提供に係り消費地課税を実現することは執行上容易ではなく,無理に実現しようとすれば付加
価値税が適正に課税されない状態が生ずるとされています。消費地での適正な課税を実現する
ためには,唯一の手段として受益者に納税義務を転嫁することが必要であるといわれており,今
回の改正は,受益者に納税義務を転嫁することが可能な B2B 取引に限って,理想とする消費地
課税を導入しようとするものです。
受益者に納税義務を転嫁する方法としてリバースチャージ制度があります。リバースチャージ制
PwC
1
度は B2B 取引において納税義務が顧客に移る制度であり,顧客は納税義務を申告書上で果た
すと共に同額の仕入税額控除を行います。今回の改正で,指令によってリバースチャージ制度の
導入が加盟国に義務付けられている範囲が拡大され,B2B 取引の課税地に係る原則規定である
顧客所在地主義が適用される役務には全てリバースチャージが適用されるようになります。
日本企業のためのポイント
日本企業が行う役務の提供が仮に EU 加盟国で課税になる場合でも,多くの場合にはリバース
チャージが適用になり,インボイス上は VAT を表示せずにすむことになります。
2.例外規定
現行規定においても,上記原則規定には数多くの例外規定がありますが,2010 年以降も原則
規定が適用になる役務の提供以外に多くの例外規定が存在します。例外規定は,特定の事業者
に不相応なコンプライアンスコストを強いることなく,消費地課税の原則を実施することを趣旨とし
ており 5,その趣旨は現行制度と新制度で一貫しています。
日本企業のためのポイント
御社の行う取引が例外規定(特に第一群)に該当しないかチェックをし,該当する場合にはカッコ
内に記載した場所が課税地となります。
新制度に基づく役務の課税地(2010 年 1 月 1 日以降)
分類
課税地
役務の内容
根拠条文
原則
受益者が事業を営む場所
第一群、第二群、第三群に該当し
第 44 条
(課税事業者、混合事
–
設立地
ない役務の提供
業者、課税対象外法
–
役務が提供された恒久
人に対する役務提供
の場合)
的施設
–
上記が不在の場合、居
所又は住所
原則
役務の提供者が事業を営む
第一群、第二群、第三群に該当し
(最終消費者に対する
場所
ない役務の提供
役務提供の場合)
–
設立地
–
役務を提供する恒久的
第 45 条
施設
–
上記が不在の場合、居
所又は住所
例外(第一群)
役 務 の 種 類 に応 じ て
PwC
個別に規定する課税地
–
最終消費者に対するエージ
第 46 条から第 58
ェントによる仲介サービス
条
2
課税地が定められて
(仲介対象取引の課税地、
いる役務
46)
–
不動産に関連する役務(不
動産の所在地、47)
–
旅客輸送サービス(実際の
輸送場所、48)
–
最終消費者に対する貨物輸
送サービス(実際の輸送場
所、49、輸送の始点、50)
–
文化的、芸術的、スポーツ、
科学的、教育的、娯楽等(物
理的提供地又はイベント開
催地 53)1
–
最終消費者に対する貨物載
積、荷降ろし、取扱手数料な
ど輸送に付随するサービス
(物理的提供地、54)
–
最終消費者に対する動産の
評価およびこれらに対する
作業(物理的提供地、54)
–
機内販売を除くレストラン、
ケータリング(物理的提供
地、55)
–
輸送手段の短期 2 レ ンタル
(引渡地、56)
–
最終消費者に対する輸送手
段の長期レンタル(受益者
居住地、56、但し 2013 年か
ら)
–
最終消費者に対するレジャ
ーボートの長期レンタル(引
渡地、56、但し 2013 年から)
–
機内販売(出発地、57)
1
2011 年 1 月 1 日以降、第 53 条は改正され、受益者が最終消費者である場合にはチケットの販売についてはそ
れぞれのイベントが物理的に行われた場所で課税(改正 53 条)、その他の役務の場合には役務が実際に行われ
た場所で課税されます(改正 54 条 1 項)。B2B 取引の場合は原則規定が適用されます。
2
短期とは原則として 30 日を越えない占有又は利用と定義されていますが、船の場合は 90 日です。
PwC
3
–
欧州連合域外の課税事業
者が欧州連合域内に居住
する最終消費者に対して電
子的手段によって提供する
役務(受益者の居住地、58、
但し 2014 年まで)
–
最終消費者に提供される情
報通信サービス(受益者の
住所又は居所、58、2015 年
から)
–
最終消費者に提供されるテ
レビ・ラジオ放送サービス
(受益者の住所又は居所、
58、2015 年から)
–
最終消費者に提供される電
子的手段によって提供され
るサービス(受益者の住所
又は居所、58、2015 年から)
例外(第二群)
受益者の居住地
第三国に居住する最終消費者に
第三国に居住する最
提供される以下の役務(59)
終消費者に対する特
–
定の役務の提供
第 59 条
著作権、特許権、使用権、
登録商標権、その他これに
類する権利の委譲および譲
渡
–
広告役務提供
–
コンサルタント、エンジニア、
コンサルタント事務所、弁護
士、会計士が提供する役
務、その他これに類する役
務の提供ならびにデータ処
理および情報の提供
–
貸し金庫を除く銀行、金融取
引および再保険を含む保険
取引
PwC
–
人材の派遣
–
輸送手段を除く動産の賃貸
4
–
天然ガスおよび電気の供給
システムの利用権およびそ
の輸送またはこれを利用し
た伝送ならびにこれに直接
的に関連するその他の役務
の提供
–
情報通信サービス(2015 年
から第一群に移動)
–
テレビ・ラジオ放送サービス
(2015 年から第一群に移動)
–
電子的手段によって提供さ
れるサービス(2015 年から
第一群に移動)
–
上記役務提供事業活動を完
全にまたは部分的に放棄す
ること
例外(第三群)
実際に便益が享受される加
–
盟国
原則規定が適用になる役
第 59a 条、第 59b
務、輸送手段の短期レンタ
条
ル、第二群に属するサービ
ス(但し 2014 年まで電子的
手段により提供されるサー
ビスを除く)で、加盟国が定
めるもの(59a)
–
欧州連合域外の国の課税
事業者が欧州連合域内の
最終消費者に対して行う情
報通信サービス(59b)3
–
欧州連合域外の国の課税
事業者が欧州連合域内の
最終消費者に対して行うテ
レビ・ラジオ放送サービス
(59b)
3
2015 年からは実際の便益の享受地課税の義務規定が廃止され、加盟国の選択権を定める第 59a 条に統一さ
れます。その際に実際の便益の享受地課税の対象となるのは、原則規定が適用になる役務、輸送手段の短期レ
ンタル、最終消費者に提供される情報通信、最終消費者に提供されるラジオテレビ放送サービス、最終消費者に
電子的手段により提供されるサービス及び第二群に属するサービスです。
PwC
5
3.実際の便益の享受地課税について
EU 加盟国には,二重課税,無課税,競争の歪みを防止するため,役務の提供一般について
「実際の便益の享受地課税(criterion of effective use and enjoyment)」を任意に採用することが
認められています(59a 条)。実際の便益の享受地課税とは,当該サービスが実質的に使用また
は享受された場所を課税地として取り扱うことであり,①上記の原則に従えば自国が課税地とな
るサービスであってもその実質的な使用または享受が EU 域外でなされたものであれば EU 域外
を課税地とみなすこと,あるいは反対に,②上記の原則に従えば課税地が EU 域外となるサービ
スであってもその実質的な使用または享受が自国内でなされたものであれば自国を課税地とみ
なすことです。文言上明らかなように,実際の便益の享受地課税により課税地が自国内であると
主張できる場合とは,原則規定に従えば課税地が EU 域外となるケースであり,原則規定に従え
ば他の加盟国が課税地となる場合に実際の便益の享受地課税により別の加盟国が自国の課税
権を主張することはできません。
2010 年以降,原則規定が適用される役務にも実際の便益の享受地課税の適用が認められる
ようになることから,適用の範囲が大幅に広がります。第三国の最終消費者に対する電子的手段
により提供されるサービスは,2014 年までは当該原則の適用が禁止されていますが,その後は
受益者が最終消費者である場合一般に範囲を広げて適用が解禁となります。最終消費者に対し
て行われる情報通信サービス及びテレビ・ラジオ放送サービスについては,2014 年までは第三国
の課税事業者により欧州連合域内に居住する最終消費者に提供される場合に適用が限られてい
るが,2015 年からはそのような制限が撤廃され,その後は欧州連合域内の事業者が提供する場
合にも適用の可能性が生じます。2015 年以降,全ての適用対象役務について,各加盟国での導
入は任意となります。
日本企業のためのポイント
上記原則規定,例外規定に照らして,特定の役務の提供の課税地が EU 加盟国内ではない,と
判断された場合にも,実際の便益の享受地課税が適用にならないか,確認することが必要です。
第三群にまとめた便益が実際に享受される加盟国での課税を時系列でまとめると,以下のよう
に適用範囲が段階的に変遷します。
現行
第三群
–
–
2010 年 以 降
2015 年 以 降
–
原則規 定が適 用に
次に掲げる役務で、加盟
ンタル(選択的)
なる役務で、加盟国
国が定めるもの(59a)
第三国に居住する
が定めるもの
–
輸送手段の短期レ
最終消費者又は他
の加盟国の課税事
PwC
–
輸送手段の短期レ
ンタル(選択的)
原則規 定が適 用に
なる役務
–
輸送手段の短期レ
6
業者に対して行われ
ンタル
–
ービス(但し 2014 年
ービス(但し電子的
まで電子的手段によ
手段により提供され
り提供されるサービ
るサービスを除く)
スを除く)で、加盟国
行う情報通信サービ
で、加盟国が定める
が定めるもの(59a)
ス
–
欧州連合域外の課
第二群に属するサ
ービス
–
–
最終消費者に対して
最終消費者に対して
欧州連合域外の課
税事業者が欧州連
行うテレビ・ラジオ放
税事業者が欧州連
合域内の最終消費
送サービス
合域内の最終消費
者に対して行う情報
者に対して行う情報
通信サービス(59b)
行う電子的手段によ
欧州連合域外の課
り提供されるサービ
欧州連合域外の課
税事業者が欧州連
ス
税事業者が欧州連
合域内の最終消費
合域内の最終消費
者に対して行うテレ
者に対して行うテレ
ビ・ラジオ放送サー
ビ・ラジオ放送事業
ビス(59b)
通信サービス(59)
–
第二群に属するサ
る第二群に属するサ
もの(58)
–
–
–
–
最終消費者に対して
(59)
4.情報通信サービス,テレビ・ラジオ放送サービスおよび電子的手段により提供されるサービス
情報通信サービス,テレビ・ラジオ放送サービスおよび電子的手段により提供されるサービスに
ついては,最終消費者に対して提供される場合(B2C)に如何にして実際の便益の享受地課税の
執行を確保するかが議論されてきたところですが,今回の VAT パッケージの導入により,実際の
便益の享受地課税の加盟国への義務付けは段階的に放棄され,2015 年以降は顧客所在地課
税を原則としつつ,加盟国が実際の便益の享受地課税を任意に導入できることとされました。ま
た,EU 域外事業者または他の加盟国の事業者がこれらのサービスを提供する場合の申告納付
手続負担を軽減するためのいわゆる「ワン・ストップ・ショップ制度」の適用範囲が拡大されていま
す。以下に各サービスについて課税地ルールおよびワン・ストップ・ショップ制度の概要をまとめま
すので,これらのサービスを日本企業が EU 域内消費者向けに提供している場合には参考にして
ください。
(1) 情報通信サービスおよびテレビ・ラジオ放送サービス
a 定義
情報通信サービスとは,具体的には固定回線,移動用通信ネットワーク,サテライト通信,インタ
PwC
7
ーネットなどをいいます 9。
テレビ・ラジオ放送サービスの定義は制度指令で定められていませんが,ドイツ付加価値税法
施行令(R39b(1)UStR)では,ケーブル,アンテナまたはサテライトによりラジオおよびテレビ番組
を配信することと定義されています 10。
b 課税地ルール
2010 年1月1日以降,最終消費者に対するサービス供給(B2C)については前述のとおり供給
者所在地が課税地とされます(45 条)。ただし,EU 域外の最終消費者に対して情報通信サービス
を供給する場合,課税地は顧客所在地とされています(59 条Ⅰ)。また,EU 域外事業者が情報通
信サービスおよびテレビ・ラジオ放送サービスを EU 域内の最終消費者に対して供給するケース
については,実際の便益の享受地課税の適用が加盟国に義務付けられています(59b 条)。すな
わち,加盟国は,当該サービスの実質的な使用または享受が自国内でなされたものであるときは
自国を課税地とみなして課税しなければなりません。
2015 年1月1日以降は,最終消費者(EU 域内であるか域外であるかを問いません)に対して提
供される情報通信サービスおよびテレビ・ラジオ放送サービスの課税地は顧客所在地とされます
(新 58 条)。実際の便益の享受地課税は加盟国の義務ではなくなり,加盟国が任意に導入するこ
とができます。
c 申告納付手続
2010 年から 2014 年までの B2C 取引には,①供給者所在地で課税となる場合(EU 域内課税
事業者が EU 域内最終消費者に対してサービスを提供するケース),②EU 域内消費加盟国で課
税となる場合(EU 域外課税事業者が EU 域内最終消費者に対してサービスを提供する場合で実
際の便益の享受地課税が適用されるケース),③EU 域外の最終消費者の居住地で課税となる
場合(EU 域内課税事業者が EU 域外最終消費者に対してサービスを提供するケース)がありま
すが,このうち①については供給者所在地の通常の申告手続の中で国内課税売上を申告します。
②については EU 域外課税事業者が消費加盟国において申告納税を行う義務が発生しますが,
2014 年までは②の場合,EU 域外課税事業者には特別な制度が設けられていないため,消費加
盟国での国内課税事業者と同様の申告手続きが必要となります。
2015 年 1 月 1 日以降,最終消費者に対して供給される情報通信サービスおよびテレビ・ラジオ
放送サービスの課税地は顧客所在地に一本化されます。これに合わせて,上記②の場合,すな
わち EU 域外課税事業者が EU 域内最終消費者に対して情報通信サービスおよびテレビ・ラジオ
放送サービスを提供する場合,「スペシャル・スキーム」(いわゆるワン・ストップ・ショップ制度)が
適用されることとなりました。ワン・ストップ・ショップ制度は,多数の加盟国の消費者に対してサー
ビスを提供している場合にそれぞれの加盟国で登録・申告を行わなければならないという事務負
担を軽減する観点から,いずれか 1 つの登録加盟国を選択して一括的に申告納付を行い,登録
加盟国がその徴収した税を他の加盟国に分配するという制度です 11。概要は次のとおりです。
d EU 域外事業者のためのワン・ストップ・ショップ制度
EU 域外課税事業者 12 は,EU 域内最終消費者向けの課税事業を開始しようとするときは,課
PwC
8
税事業者登録を行う加盟国を選択して,以下の情報を届け出る必要があります(361 条)13。
―名称
―所在地
―ウェブアドレスを含む電子アドレス
―所在地での納税義務者番号(該当ある場合)
―EU 域内で課税事業者登録されていないことの宣言
届出を受けた登録加盟国は,届出を行った EU 域外課税事業者に対して VATID 番号を付与し
ますが,この際 VATID 番号の通知は電子メールによって行われます(362 条)。
申告については,EU 域外課税事業者は,四半期ごとに以下に掲げる記載事項を含む付加価値
税申告書を,四半期が終了した翌月の 20 日までに,登録加盟国へ電子的方法により提出する必
要があります(364 条,365 条,366 条)。
―VATID 番号
―消費加盟国 14 ごとに,課税対象期間において提供した情報通信サービス,テレビ・ラジオ放
送サービスおよび電子的方法により提供されるサービスに関する付加価値税抜きの総価格,適
用する付加価値税の税率,納付すべき付加価値税の総額(原則としてユーロ表示,ユーロ圏外の
場合は自国通貨の使用の義務付けも可)
上記申告に基づく納付税額を登録加盟国の指定する口座に対して納付します(367 条,原則と
してユーロ建て,ユーロ圏外の場合で自国通貨の使用が義務付けられている場合はその自国通
貨)。
この申告では前段階税(仕入税額)の控除を受けることができないため,EU 域外課税事業者は
別途,それぞれ前段階税が発生した加盟国に対して第 13 号指令(86/560/EEC)に基づく前段階
税還付申請を行う必要があります。この際,通常は還付手続の前提条件とされている前段階税の
還付加盟国と課税事業者の所在地である国との間の互恵関係は必要とされません(368 条)。
EU 域外課税事業者は,課税取引が行われた暦年の終了から 10 年間,消費加盟国の税務当
局が申告書の正確性を検証し得る程度に十分な記録を(電子的データとして)保管しておかなけ
ればなりません(369 条)。
(2) 電子的手段により提供されるサービス
a 定義
電子的手段により提供されるサービス(electronically supplied services)には,例示的に以下
のような五種類の役務が含まれるとされています(59 条1項(k),新 58 条c,Annex Ⅱ)。具体的
にどのようなサービスが該当するか,判断が困難な場合もありますが,電子的手段により提供さ
れるサービスに含まれるか否かは,現行のワン・ストップ・ショップ制度が適用されるかを決めるた
め重要です。
―ウェブサイトの提供,ウェブ・ホスティング,プログラムおよび装置の遠隔保守管理
―ソフトウエアの供給およびアップデート
―画像,文字,情報の提供およびデータベースの使用許諾
PwC
9
―音楽,映像およびゲーム(くじ,ギャンブルを含む)の提供,並びに政治,文化,芸術,スポー
ツ,科学,娯楽に関する放送およびイベントの提供
―遠隔教育の提供
電子的手段により提供されるサービスとは,電子的手段によって役務の提供が完了するサービ
スを意味し,すでに完成したサービスを電子的手段により通信することは,電子的手段により提供
されるサービスではありません。このため,サービスの供給者と顧客が電子メールを用いて連絡
を行うとしても,それだけをもってサービスが電子的手段により提供されることを意味することには
なりません 15。
b 課税地ルール
2010 年 1 月 1 日以降,最終消費者に対するサービス供給(B2C)については供給者所在地が
課税地とされます(45 条)。ただし,EU 域外の最終消費者に対して電子的手段により提供される
サービスを供給する場合,課税地は顧客所在地とされています(59 条(k))。また,電子的手段に
より提供されるサービスが,EU 域外の課税事業者 16 から EU 域内の最終消費者に対して行わ
れる場合は,当該 EU 域内の最終消費者の居住地が課税地となります(58 条)。EU 域外の最終
消費者に対して電子的手段により提供されるサービスについては実際の便益の享受地課税を採
用することは認められません。
2015 年 1 月 1 日以降,電子的手段により提供されるサービスが最終消費者(EU 域内であるか
域外であるかを問いません)に対して供給される場合,課税地は顧客所在地とされます(新 58
条)。実際の便益の享受地課税は加盟国が任意に導入することができるようになります(新 59a
条)。
2014 年末までの間,EU 域外課税事業者が EU 域内最終消費者にサービスを提供した場合の
課税地規定は,テレビ・ラジオ放送サービスと情報通信サービスが義務的な実際の便益の享受
地課税を用いて享受地である加盟国を課税地とみなすのに対して,電子的手段により提供される
サービスの場合は,実際の便益の享受地を議論せず,顧客所在地課税を規定している点で異な
ります。これは,電子的手段により提供されるサービスの有する特異性(オンライン環境,消費者
の匿名性等)を考慮したものと考えられます。すなわち,電子的手段により提供されるサービスに
おいては,顧客所在地を正確に把握することですら相当の困難を伴う(電子メールアドレス或いは
消費者の自己申告から把握するには限界がある)ので,まして,最終消費者が実質的に便益を使
用または享受する場所をサービス供給者が把握することは極めて困難であり,そのため,最終消
費者に対して電子的手段により提供されるサービスにあっては,2014 年までは実際の便益の享
受地課税の適用を禁止し,2015 年以降も顧客所在地課税を原則としつつ実際の便益の享受地
課税は加盟国の裁量に委ねられたものと思われます。
c 申告納付手続
電子的手段により提供されるサービスについては,第6号指令の 2002 年改正(2002/38/EC,
2003 年 7 月 1 日効力発生)によって EU 域外事業者の EU 域内顧客への供給に対する課税を
導入するに際して,登録・申告手続の簡素化および課税の実効性を確保するための手段として,
PwC
10
ワン・ストップ・ショップ制度がすでに導入されています(現行 357 条から 369 条,2015 年以降新
358 条から新 369 条)。
さらに,今回の VAT パッケージにより,2015 年以降は,EU 域内事業者が他の加盟国の最終消
費者に対して電子的手段により提供されるサービスを提供する場合のワン・ストップ・ショップ制度
が導入されることになりました(新 369a 条から新 369k 条まで)。詳細については(1)で述べたとお
りです。
5.まとめ
VAT パッケージの導入により,2010 年からサービスの課税地ルールの原則規定が B2B 間と
B2C 間で異なることとなるため,課税地の判断がより複雑になることが予想されます。B2B 間の
サービスの提供の課税地の原則は,受益者が事業を営む場所となりますが,これによる影響はリ
バースチャージ制度の適用範囲の拡大によって緩和されているため,欧州付加価値税法におい
てリバースチャージが果たす役割がより重要となります。この傾向は,消費地課税の実現や課税
事業者の納税事務負担の軽減といった前向きな要素もありますが,欧州連合における付加価値
税還付詐欺の横行という社会的事象とも密接な関連があります。課税地,納税債務者の検討に
併せて,コンプライアンスの側面として,リバースチャージの導入により国境を超えたサービスの
提供にも EC セールスリストによる申告義務が課されることには注意が必要です。各加盟国が任
意で実際の便益の享受地課税を導入できる範囲が拡大されるため,より一層,現地法の確認が
必要となります。今後,日本でも課税強化が課題となる,国境を超えた情報通信サービス,テレ
ビ・ラジオ放送事業ならびに電子的手段によるサービスの提供については,欧州連合では 2015
年以降顧客所在地課税に統一されます。日本企業がこれらのサービスを欧州連合域内居住者に
提供する場合,課税関係が発生することに留意しなければなりません。こういった課税強化の反
面,ワン・ストップ・ショップ制度の導入によって納税事務の簡素化が図られていることは,日本消
費税における国境を超えたサービスの課税にも方向性を示唆しているといえるでしょう。
1 Council Directive 2008/8/EC of 12 February 2008 amending Directive 2006/112/EC as
regards the place of supply of services
2 Directive 2006/112/EC
3 Council Directive 2008/8/EC,前文(10)後段
4 英語原文では,taxable person(課税事業者)を第9条で定義し,それ以外を non-taxable
person(non-taxable legal entity も含む)としていますが,非課税事業者という言葉は判りにくい
ため,本稿では最終消費者に統一しています。
5 Council Directive 2008/8/EC,前文(6)後段
6 2011 年1月1日以降,第 53 条は改正され,受益者が最終消費者である場合にはチケットの販
売についてはそれぞれのイベントが物理的に行われた場所で課税(改正 53 条),その他の役務
の場合には役務が実際に行われた場所で課税されます(改正 54 条1項)。B2B 取引の場合は原
PwC
11
則規定が適用されます。
7 短期とは原則として 30 日を越えない占有又は利用と定義されていますが,船の場合は 90 日
です。
8 2015 年からは実際の便益の享受地課税の義務規定が廃止され,加盟国の選択権を定める
第 59a 条に統一されます。その際に実際の便益の享受地課税の対象となるのは,原則規定が適
用になる役務,輸送手段の短期レンタル,最終消費者に提供される情報通信,最終消費者に提
供されるテレビ・ラジオ放送サービス,最終消費者に電子的手段により提供されるサービス及び
第二群に属するサービスです。
9 制度指令 24 条 2 項において次のように定義されています。「情報通信サービスとは,信号,文
章,画像および音声等の情報の伝達,発信または受信を有線,ラジオ,光学的またはその他の電
磁的システムを利用して行うこと,および,そのような伝達,発信および受信を可能にする設備の
利用権の移転または譲渡を内容とする。情報通信サービスにはグローバル情報ネットワークに対
するアクセス権の供与も含む。」
10 同施行令(2)では,インターネットまたはこれに類似の電子的手段によってのみ配信される場
合には,テレビ・ラジオ放送サービスには該当せず,電子的手段による役務提供であることが述
べられています。したがって,インターネットでのみ配信されるインターネットラジオ放送局は,ラジ
オ事業には該当せず,電子的手段による役務提供となります。これに対してテレビ・ラジオ番組を
伝統的なテレビ・ラジオで放送するのと同時にインターネットによっても放送するような場合は,電
子的手段により提供されるサービスではなく,テレビ・ラジオ放送サービスとして取扱うものとされ
ています。
11 2015 年から,EU 域、内、課税事業者が EU 域内最終消費者にサービスを提供した場合の課
税地は,従来の供給者所在地課税から顧客所在地課税に変わります。これにより,EU 域内課税
事業者が他の EU 加盟国の最終消費者に対して情報通信サービスおよびテレビ・ラジオ放送サー
ビスを提供する場合にもワン・ストップ・ショップ制度が適用されることとなりました。その内容は,
本文中で述べた EU 域外課税事業者のためのワン・ストップ・ショップ制度と概ね同様です。
12 ワン・ストップ・ショップ制度との関連では,EU 域外課税事業者とは,EU 域内において事業を
設立することも固定的施設を有することもない者であって,他の原因によって付加価値税登録を
求められることのない者をいいます(369c 条 1 項)。
13 事業開始時の登録,終了時の届出,登録事項異動届出は電子的方法により行うこととされて
います(360 条)。指令が電子的方法による届出・申告を義務づけている趣旨は,EU 域外課税事
業者がインターネットを用いて簡単に登録届出を行えるようにし,できる限り多くの EU 域外課税
事業者に現実に登録させようという意図があります。
14 消費加盟国(Member State of consumption)とは,58 条の規定によって,情報通信サービ
ス,テレビ・ラジオ放送サービス,および電子的手段により提供されるサービスが行われたと判定
される加盟国をいいます。
15 本文中の 5 つの例示に属する役務は,さらに指令の執行政令(Council Regulation (EC)
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1777/2005 of 17.10.2005 laying down implementing measures for Directive 77/388/EEC on
the common system of value added tax)により有意義な制限がなされ,①インターネットその他
の電子ネットワークを経由して提供されるサービスであり,かつ②役務の提供が情報技術に多分
に依存して行われていることとされています。②「役務の提供が情報技術に多分に依存して行わ
れていること」とは,役務の提供が本質的に自動化され人的仲介は最小限とされており,情報技
術なくしては役務の提供が困難であることを意味するとされています。執行政令ではさらに具体例
を挙げて説明しています。
16 EU 域内課税事業者が EU 域外の固定的施設から役務を提供する場合も含まれます。
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