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イラク:統合国家エネルギー戦略(INES) - JOGMEC 石油・天然ガス資源

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イラク:統合国家エネルギー戦略(INES) - JOGMEC 石油・天然ガス資源
2013/6/17
調査部:西村昇平
イラク:統合国家エネルギー戦略(INES)の完成
-ガドバン・イラク首相顧問会議議長の来日-
先月 7 日から開催された JOGMEC テクノフォーラムにてガドバン・イラク首相顧問会議議長(以下、ガド
バン首相顧問)は、基調講演を行い、その中で今後のイラクの原油生産シナリオを発表した。講演のな
かで、これまで世界銀行と共に作成していたイラクの統合国家エネルギー戦略(INES :Integrated
National Energy Strategy)の完成に言及するとともに、2020 年には同国が日量 900 万バレルの原油生産
水準に達するとのシナリオを示した。
(ガドバン・イラク首相顧問会議議長 JOGMEC 撮影)
イラク政府が、将来的な原油生産シナリオを公表するのは初めてとのこともあり、NHK、日本経済新聞な
どの主要メディアは、今般のガドバン首相顧問が基調講演で述べた、イラクの原油生産が将来的に現在
の3倍の水準となるとの見通しを広く報じている。INES は、世界銀行の雇用した Booz&Co のコンサルタ
ントチームとガドバン首相顧問やイラク石油省等政府関係者からなる専門家チームが、イラク国内の石油
開発の状況などの現状を踏まえ、油価、市場の需給バランス、政治情勢など内外の様々な要因に関し 2
年近く議論を重ね纏め上げている。本稿では、今般明らかになった、INES の原油生産シナリオの概要を
報告する。
ガドバン首相顧問は、これまでテクノクラートとして石油省の油層開発局長や計画局長を歴任しており、
暫定政府では石油大臣の要職を歴任している。現在は、首相顧問会議の議長として、計画省、石油省、
電力省、財務省などの関係省庁間の調整を取りまとめており、主に同国の経済やエネルギー政策の立
案及び実施においては中心的役割を担っている。
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Global Disclaimer(免責事項)
本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの
投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
●INES における原油生産シナリオ
JOGMEC テクノフォーラムにてガドバン首相顧問が発表したのは、以下グラフ、緑線のシナリオである。
また、以下グラフにおいては昨年 10 月 IEA が公表した World Energy Outlook 2012(WEO)における、イ
ラクの生産シナリオを客観的な視点からの見方として併記している。このグラフからは、イラク政府が立案
した、INES の生産目標が非常に野心的な数値設定になっていることを読み取ることができる。INES の原
油生産シナリオでは、中水準生産シナリオを中心に議論が進められており、それに高・低水準のあわせ
て 3 つのシナリオが設定されている。INES の中水準生産シナリオでは、2020 年までに現在の 300 万 BD
程度の生産を 3 倍の 900 万 BD に増産することが示されている。また、高水準生産シナリオでは、2017
年までにサウジアラビアの生産能力を上回る 1300 万 BD に達するとしており、低水準シナリオでは 2025
年までに 600 万BD の生産水準が示されている。但し、現在のイラクの政治や国内治安状況、関連インフ
ラの状況等に鑑みると高水準生産シナリオを達成するのは、現実的ではないと評価できる。
【グラフ①】IEA 及びイラク政府の原油生産シナリオ比較
万バレル/日
【IEA world Energy Outlook 2012 及び JOGMEC テクノフォーラム・ガドバン首相顧問プレゼン (2013 年 5 月)から筆者作成】
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの
投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
ガドバン首相顧問は基調講演の中で、イラク上流戦略の中で最も優先されるのは、現在行われている油
田開発を確実かつ迅速に行うことであり、それらを達成するためには、以下 3 点を予定通り確実に実行
する必要があると指摘している。
 ルメイラ油田、ズベイル油田、西クルナ油田①②、マジュヌーン油田の開発
 圧入水輸送事業(CSSF:Common Seawater Supply Facility)の優先実施
 井戸元から基幹パイプラインまでの原油輸送インフラの建設
イラクが今後増産していく上で、ルメイラ油田等 4 つの巨大油田の開発が重要な点は、イラク政府だけで
なく IEA も共通の認識を示している。以下の表が示す通り、IEA の 2020 年時点の中心的シナリオでは、
原油増産の約 8 割はイラク南部地域からで、増産のほとんどは南部の 4 つの超巨大油田(ルメイラ油田、
ズベイル油田、西クルナ油田①②、マジュヌーン油田)から行われるとの見通しを示している。つまり、こ
れから起こり得るイラクでの大増産のほとんどは、これら南部地域に集中する油田によって達成され、こ
れらの開発を確実に実行することによってシナリオが実現されるという考えである。
【グラフ②】イラク原油の国内地域別生産見通し(IEA 中心的シナリオ)
万バレル/日
*BIG 4: ルメイラ油田、スベイル油田、西クルナ油田、マジュヌーン油田 【IEA world Energy Outlook 2012 より筆者作成】
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの
投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
圧入水輸送事業は、まだコントラクターが決まっておらず、この事業の進捗の遅れがイラクでの増産計画
の達成に影響を与える可能性がある。油層にもよるが、一般的に油田では地下において生産された原
油をその約 1.2 倍の水によって置換し、油層圧の低下を防ぐ処置がとられている。イラクでの開発契約で
は、飲料水、農業用水等を確保するため、河川からの圧入水の取り込みが原則禁止されている。このた
め、イラク南部の一部油田では、ペルシャ湾から海水を陸上に引き、それを地下に圧入しようとする事業
が計画されている。当初は、自噴や限られた量の工業用水の調達が期待できるが、大規模な増産を達
成するためには、生産量に応じた圧入水輸送インフラを建設する必要がある。
●INES のもつ意味
2010 年にイラク政府が外国石油会社(以下、IOC)と締結した 12 油田の開発契約の合計生産目標値は、
1163 万BD であった。これにイラク政府が独自に操業しているイラク北部のキルクーク油田等の生産量を
加えると、その量は約 1200 万 BD の水準となる。この生産能力は、世界最大の原油生産国であるサウジ
アラビアの生産能力に匹敵する莫大な生産水準である。
第一次、第二次入札案件の開発契約の締結直後、シャハリスターニ副首相(当時石油相)は、これら IOC
との開発契約によってイラクの原油生産は 1200 万 BD に達するとの強気な姿勢を見せていた。しかし、
昨今はその発言ぶりをイラクが 1000 万BD 以上生産する能力を得たとしても、その量を生産することはな
く、イラク政府の狙いは生産量を最大化することではなく、国家収入を最大化することであると発言をして
いる。ここ最近、イラク政府は、原油の生産見通しを現実路線に軌道修正してきている。
この軌道修正の背景には、まさに、昨今完成した INES の中での同国の生産目標と世界の原油需給バラ
ンスに関するシミュレーションの実施がある。いたずらに何百万 BD の大増産を実施することは、国際市
場での油価の引き下げ要因となり、ある程度の油価水準を維持しつつ原油を生産する必要があるという
現実的な方針に変化してきているのである。あくまでもイラク政府の目的は、国家収入を最大化すること
である。このような状況下、イラク政府は IOC との契約パラメータの一つである目標生産値を下方修正す
る必要が生じている。
この点に呼応する具体的な動きも出ている。今年1 月17 日、イラク石油省は、ルクオイルと西クルナ油田
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの
投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
②の開発事業に関して、双方が修正契約に署名したと発表した。これまでの契約上の生産目標値である
180 万 BD から 120 万 BD に下方修正し、契約期間を 20 年から 25 年に変更するとともに、プラトー生産
期間を 13 年から 19.5 年に修正した。なお、この生産目標の下方修正において事業の経済性の悪化が
懸念されるが、これらに影響を与える契約内の指数に関しては、最終開発計画作成段階で検討されるこ
とを、当該事業でオペレータを担うルクオイルは明らかにしている。
【表】イラク政府の契約する油田開発案件と生産目標値の引下げ率
【イラク石油省、報道等の情報に基づき西村作成】
上記表のとおり、西クルナ油田②案件以外にも、前述の超巨大油田であるルメイラ油田、ズベイル油田、
西クルナ油田①、マジュヌーン油田においても生産目標の下方修正を石油省と交渉する動きが確認さ
れている。既開発油田を対象にした第一次入札案件よりも、未開発の第二次案件の方が、下げ幅が大き
いのが特徴的である。このことは、既に増産体制に入っており、第二次案件よりも足が速く増産を達成で
きる第一次案件の方が縮小幅の交渉を有利に進められるとみることもできる。
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
れるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの
投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
イラクの原油輸出インフラは、70 年代に建設されたものが多く、その後の戦争や経済制裁の影響で十分
なメンテナンスが行われてこなかったことから老朽化が進んでおり、リハビリや新規施設の建設が遅れて
いる。今後、ある程度建設が進むとみられるものの、上流開発案件での増産ペースにインフラの建設が
追い付かず、原油出荷が輸出インフラの不足によって制限される状況が予測される。このような状況を察
した、特に第二次入札案件にかかわる一部 IOC が、早めに減産幅を確定させることによって、必要最低
限の生産枠を既得権として確保しようとする意向が垣間見られる。
INES の中水準生産シナリオでは、2020 年に 900 万 BD のプラトーに達する。現在の 300 万 BD 程度の
生産水準や達成までの時間軸などから野心的なシナリオと考えられる。大まかにこのシナリオを基に議
論すると、12 契約案件の合計目標生産値から中水準生産シナリオの 900 万BD を差し引いた、300 万BD
分の量をどこかの案件でカットすることが必要とされている。既に西クルナ②案件において 60 万 BD 削
減しているので、今後その他の案件で240万BD分を分け合い削減することになる。但し、この見積りは、
INES の中水準生産シナリオの場合であって、IEA の中心的シナリオであったり、それより下の水準のシ
ナリオで生産が推移する場合は、この生産目標削減の負担量は、さらに多い量となる可能性がある。つ
まり、これらシナリオのスタディから我々が見通せることは、原油輸送インフラの建設状況にもよるが、一
部の開発・生産が遅れる案件において、生産制限を余儀なくされる可能性があるということである。
●まとめ
ガドバン首相顧問は、今年 4 月 17 日の閣僚評議会において、INES が承認されるとともに、マリキ首相か
ら関係省庁に対し、この戦略における目標や推奨事項を実行する責務があることが通知されていること
を明かしている。また、次のステップとして、この戦略の実行を政府内で徹底させ、関係機関との調整を
行い、これらを評価するためにハイレベルによる 監督委員会の設立が必要だとしている。
また、ガドバン首相顧問は今般の基調講演の中で、各油田における貯留層の管理だけでなく、世界の
原油市場のダイナミクスや案件毎の事業経済性、長期の生産能力を把握しつつ、イラクの原油生産水準
を最適化させるために石油資源埋蔵量管理システム(PRMS: Petroleum Resrve Management System)を
導入することが必要不可欠であると INES で主張していると述べている。このことは、イラクが長期に渡り
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本資料は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含ま
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投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
任を負いません。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
国家収入を最大化させていくためには、極めて重要なアプローチであり、INES における増産シナリオを
論理的に達成していく鍵となる。イラク政府の PRMS の導入に対する技術協力や共同研究は、INES 策定
を支援した世界銀行をはじめとする同国復興支援に関わる国際的機関が支援していく次のステップにな
り得るのではないか。
本稿では、INES の原油生産目標に絞って概要を説明しているが、この内容は INES の一部に過ぎず、天
然ガスの生産目標や関連インフラの建設計画、電力分野、石油化学分野、原油マーケティングなど多岐
に及んでいる。また、執筆の段階で公表されているのは、断片的な情報にすぎないことから、今後 INES
の詳しい内容が公表されることが期待される。
イラク政府は、この INES のシナリオに関し、数年に一度、その時の国際市場や国内でのインフラ整備、
油田開発状況等をみつつ、数値をレビューすることも明らかにしている。今後もイラク政府のエネルギー
分野の政策動向を見極めるうえで、INES の示すシナリオが重要な政策の評価材料になる。イラクでのエ
ネルギー分野に関する明文化され、公開されている情報は、極めて限定的であるが、昨年 IEA が発表し
たWEOでのイラク特集だけでなくINESによって示されるイラク政府の戦略は、企業のビジネス戦略や政
府の政策策定を行う上で有益な情報にもなり得る。
以上
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投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責
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