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事実上の取締役の法的責任

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事実上の取締役の法的責任
97
事実上の取締役の法的責任
洪
済
目
一
はじめに
二
問題の所在
三
事実上の取締役理論の現状
植
次
!
判例法上の「事実上の取締役」の規制
"
支配株主等の権限濫用行為の抑制に関する諸説
(1)不法行為責任説
(2)忠実義務認定説
(3)事実上の取締役説
(4)まとめ
#
立法論上の議論とその経緯
(1)八六年改正試案二1
3の内容と検討
(2)八六年改正試案二1
3が設けられた動機
(3)会社法制の見直しに関する中間試案(親会社等の責任)
(4)まとめ
四
おわりに
一 はじめに
二〇一一年末現在、株式会社の株式が金融商品取引所に上場されている会
社数は、約二六四六社である(1)。それ以外の非上場会社のうちで圧倒的多数を
(1)
二〇一一年末現在、 東京証券取引所に上場されている会社数は、 二二九〇社
98
島大法学第5
5巻第4号
占める会社は、小規模閉鎖的な非公開会社である(2)。経営者支配主義に立脚し
ている上場会社(大規模公開会社)の組織・運営及び管理は、多数の経営者
が経営参加することによって行われる(3)。一般に上場会社における経営システ
ムは、
「所有と経営の分離」又は「業務執行と監督の分離」の原則の下、マネ
ジメントの階層も分化されている(4)。これに対して、非上場会社である中小企
業においては、支配株主がトップマネジメントとしての役割を果たしている
場合が多い(5)。特に小規模閉鎖的な非公開会社である場合には、機能資本家で
ある支配株主自らが会社経営を指揮し、又は指図を行う場合が一般的であり、
支配株主が自己又は第三者の利益を追求することによって少数派株主や債権
者に損害が発生する蓋然性は大規模公開会社又は大規模閉鎖的な非公開会社
よりも高いといえる(6)。
(第一部上場会社(一六七二社(うち、外国会社九社)
)
、第二部上場会社(四二一社)
、
マザーズ(一七六社)
、外国会社(1
1社)である(東京証券取引所(http://www.tse.
or.jp/)の「上場会社の推移」参照)
。
(2)
江頭憲治郎『株式会社法(第四版)
』一頁∼六頁(有斐閣、二〇一一年)参照。
会社法上、大会社でかつ公開会社である場合には、監査役会設置会社か委員会
設置会社の機関設計が義務づけられる(会社第三二八条一項)
。会社の機関設計とし
て、監査役会設置会社を選択しているトヨタ株式会社の役員は、代表取締役会長・
代表取締役社長(各1名)
、代表取締役副社長5名、取締役4名、専務役員1
5名(う
ち4名取締役兼務)
、常務役員2
1名、常勤監査役3名、監査役4名で構成されている
(役員一覧参照;http://ww w.toyota.co.jp/)
。これに対して、委員会設置会社であるソ
ニー株式会社の役員は、代表執行役会長兼社長 CEO・代表執行役副会長・代表執行
役副社長(各1名)
、執行役4名、取締役1
5名で構成されている(役員一覧参照;http:
//www.sony.co.jp/)
。
(4) 会社のトップマネジメントの職能は、経営戦略を策定するトップマネジメント
及び成長戦略と競争戦略に従って中期経営計画を策定するミドルマネジメント並び
にミドルマネジメントの指示に従って日常の業務をコントロールするローワーマネ
ジメントに分化される(大月博司=高橋正泰=山口善昭『経営学(第三版)
』八一頁
以下(同文館、二〇〇八年)
。
(3)
(5)
江頭・前掲(注2)5頁、森淳二郎「個人企業主としての株主――株式会社に
おける支配と責任」判例時報六〇巻九号二二頁(一九八八年)参照。
(6) 流通業界や建設業界における大企業又は中堅企業若しくは小規模閉鎖的な非公
事実上の取締役の法的責任(洪)
99
平成一七年改正前商法(以下、
「旧商」と略称する。
)及び現行会社法には、
支配株主の利益侵害行為から財産上の損害を被った少数派株主・債権者が支
配株主の責任を直接に追及するための明文上の規定が定められていない。そ
のため、下級審判例では、少数派株主・債権者の損害を救済するための法理
論として「事実上の取締役理論」又は「法人格否認の法理」を借用し、問題
解決を図ってきた(7)。会社法が制定される以前から、学界においては支配株主
の権限濫用行為から会社の少数派株主又は債権者の利益を保護するための法
政策として、アメリカ法における「支配株主の信認
(忠実)
義務(以下、
「忠実
義務」
という。
)
」やドイツ法における「株主相互間の誠実義務」についての論
議が盛んに行われた(8)。かかる学界における活発な議論を受け、平成二三年一
二月七日、法務省民事局参事官室より「会社法制の見直しに関する中間試案」
(9)
(以下、
「中間試案」という。
)
が公表された(10)。法制審議会会社法制会社法
部会(以下、
「会社法部会」という。
)は、会社法部会第一六回会議において
取りまとめられた「中間試案」
のなかで「親会社等の責任(親会社と同等の影
響力を有すると考えられる自然人(=支配株主)についても同等の規定を設け
開会社では、その経営システムが所有経営者主義(owner−managerialism)に立脚し
ているため、支配株主等による経営関与行為が存在するものとみられる。また一九
九七年改正独占禁止法、一九九八年に施行された金融持株関連二法によって銀行・
信託銀行・長期信用銀行・証券といった業態の垣根を超えた多くの金融持株会社が
設立された。この点、事実上の影響力を有する支配株主等が会社経営に関与する場
合は、その経営責任の明確化を図ると同時に取締役等の業務執行者の経営専門知識
を生かすべく、業務執行上の独立性を確保するための法的規制が必要であり、かつ
重要な法政策上の課題であるように思われる。
(7) 江頭憲治郎『会社法人格否認の法理』二頁∼三頁(東京大学出版会、一九八〇
年)
、藤田友敬「いわゆる登記簿上の取締役の第三者責任について」
『現代金融取引
法の諸問題(米田寛先生古稀記念)
』四一頁(民事法研究会、一九九六年)参照。
(8) 森本滋編著『企業結合法の総合的研究』三頁以下(商事法務、二〇〇九年)参照。
(9) 法務省民事局参事官室「会社法制の見直しに関する中間試案」商事法務一九五
二号四頁以下(二〇一一年)参照。
(1
0) 法務省民事局参事官室「会社法制の見直しに関する中間試案の補足説明」商事
法務一九五二号一九頁(二〇一一年)参照。
100
島大法学第5
5巻第4号
る。
)に関する明文の規定を設けるかどうか」について、関係各界の意見を照
会した(11)。中間試案に示された「親会社等の責任」
に関する提案内容は、少数
派株主や債権者の利益を保護するために支配株主の権限濫用行為を抑制する
ための明確なルールを立法化すべきである(12)、という従来の学界での議論と
その要望に応えるための内容の規定であった(13)。しかし同会社法部会は、中
間試案についてのパブリック・コメント手続きにおいて寄せられた関係学界
の意見を踏まえてさらに審議を重ね、
「会社法制の見直しに関する要綱案」
(以
下、
「要綱案」という。
)を決定したが、中間試案に示されていた「親会社等の
責任」に関するルールは、要綱案の内容から削除され、先送りの形となった(14)。
この点、
「親会社等の責任」に関するルールを立法化することに対しては、
むろん反対の意見も多くあろうが(15)、少なくとも「支配株主の権限濫用抑制
(1
1)
法務省民事局参事官室「会社法制の見直しに関する中間試案について(依頼)
」
一三頁∼一四頁(二〇一一年一二月一六日)参照。
(1
2) 江頭・前掲(注2)四一九頁、高橋英治『従属会社における少数派株主の保護』
一一八頁以下(有斐閣、一九九八年)参照。
(1
3) 江頭憲治郎「会社法制の理念と会社法制見直しの行方」ジュリスト一四一四号
九五頁以下(二〇一一年)参照。結合企業の支配従属関係における法的諸問題に関
する代表的な著作として、同『結合企業法の立法と解釈』
(有斐閣、一九九五年)
、
森本滋編著『企業結合法の総合的研究』三頁以下(商事法務、二〇〇九年)
、中東正
文『企業結合法制の理論』
(信仙社、二〇〇八年)
、高橋英治『企業結合法制の将来
像』
(中央経済社、二〇〇八年)等がある。
(1
4) 法制審議会会社法制会社法部会決定「会社法制の見直しに関する要綱案(資料)
」
商事法務一九七三号1
3頁以下(二〇一二年)参照。
(1
5) 東京大学比較法政シンポジウムでは、親会社の権限濫用行為を抑制し、少数派株
主の利益を保護するための法制度がより強化されれば、例えば子会社に資本投資を
行ったアクティビストファンドが親会社に対し様々な権利を主張すると同時に、訴訟を起
こすケースが予想されると指摘し、親子会社の上場形態の減少等を理由にして「親
子会社法制」の立法化に否定的な見解が示された(阿部泰久ほか「会社法制の見直
しに関する中間試案について」商事法務一九六二号九頁〔高田 明発言〕
(二〇一二
年)
)
。なお、経済界は、中間試案第二1親会社等の責任【A 案】の立法化に対して
概ね反対である(坂本三郎=高木弘明=宮崎雅之=内田修平=塚本英巨「会社法制
の見直しに関する中間試案に対する学界意見の分析〔中〕
」商事法務一九六四号二七
事実上の取締役の法的責任(洪)
101
論」については学界・実務界においては、多くの支持を得ているように思わ
れる(16)。本稿のねらいは、日本において支配株主等の法的責任を追及するた
めの法理論として用いられてきた法理論のうち、主として「事実上の取締役
理論」の現状を概観し、法理論上の問題点を検討することにある。
二 問題の所在
経営者が会社を経営するとは、経営をめぐる利害関係者の利益の最大化を
図るべく、ヒト・モノ・カネ・情報等の経営資源を最も効率的かつ合理的に
運営し管理することをいう(17)。会社のトップマネジメントは、事業目的を達
成するための経営方針(=企業成長戦略・企業競争戦略)を策定し、経営資
源を有効に配分するための意思を決定する(18)。現行会社法上、
「取締役等の業
務執行者」は、いわゆるトップマネジメントとして会社の事業目的を達成す
るべく、取締役会の意思決定に参画し、決定された決議事項を執行する役割
を担う(19)。
頁以下(二〇一二年)
。
(1
6)
法解釈論上、支配株主の権限濫用行為を抑制するための法理論として機能して
いる「支配株主の信認(忠実)義務」や「事実上の取締役理論」を一般条項として
定めても、会社の支配・従属関係をめぐる問題の解決にならないという意見があり、
総会の議決権等を行使して会社の役員等を実質的に支配できる支配株主の権限濫用
行為を抑制するための法規制につき、一般条項よりも具体的な要件事実・法的効果
を明確にするための立法的解決が求められている(江頭・前掲(注2)四一八頁∼
四一九頁、同『結合企業法の立法と解釈』二一頁(有斐閣、一九九五年)
、坂本三朗
=高木弘明=宮崎雅之=内田修平=塚本英巨・前掲(注1
5)参照)
。
(1
7) 高梨智弘『マネジメントの基本』一〇頁∼一三頁(日本経済新聞社、二〇〇〇
年)参照。
(1
8) 大月博司=高橋正泰=山口善昭梨・前掲(注4)八二頁。
(1
9)
会社法上、株主総会や取締役会の適正な手続により選任・選定された委員会設
置会社でない取締役会設置会社の取締役・選定業務執行取締役・代表取締役、及び
委員会設置会社の執行役・代表執行役は、会社の業務の執行に関する意思決定に参
画し、又は決定された事項を執行する者であるが、本稿では、便宜上、
「事実上の取
締役」に対する対称的用語として
「取締役等の業務執行者」
と呼ぶ。ただし、平成一
102
島大法学第5
5巻第4号
しかし、会社経営に対し事実上の影響力を有する支配株主等(20)は、自己又
は第三者の利益を図るべく、取締役等の業務執行者の職務の執行を指揮し、
又は業務の執行への指図を行う場合がある(21)。かかる支配株主等の権限濫用
行為によって会社の利益が害された場合は、支配株主等の事実上の影響力な
いし支配力の下で当該取引をなした取締役等の業務執行者は、忠実義務違反
として会社の損害を賠償しなければならない(22)。また取締役等の業務執行者
が、悪意又は重大な過失によって当該取引を行い、その結果として少数派株
主又は債権者に損害が生じた場合には、第三者に対しても損害賠償責任を負
う必要がある(23)。親子会社間の取引において、たとえ親会社の指示に基づい
て親会社の利益を図るべく子会社の利益を犠牲にした場合にも、子会社取締
七年会社法制定以前の裁判例を検討する際には、この限りではない。取締役会設置
会社以外の会社においては、定款に別段の定めがある場合を除き、取締役は、業務
の執行に関する意思決定を行うとともに、業務を執行する者である
(江頭・前掲(注
2)三五六頁∼三五七頁、前田庸『会社法入門
(第一二版)
』三四七頁∼三四八頁
(有斐閣、二〇〇九年)
、吉本健一『レクチャー会社法』一四六頁
(中央経済社、二〇
〇九年)
、高橋英治『会社法概説』一一二頁∼一一三頁
(中央経済社、二〇〇九年)
参照)
。
(2
0) 支配株主が企業である、親子会社関係のような場合だけでなく、企業へ事業資
金を融資する金融機関は融資先企業が経営悪化に陥り破産するおそれがある場合に
は、当該企業の発行する株式を所有する株主でない場合であっても、債権を確保す
るという目的から、融資先企業の経営を指揮し、事実上支配できる。したがって、
本稿では、取締役等の業務執行者でないにもかかわらず、会社経営に対し事実上の
影響力を行使できる者(例えば、自然人としての支配株主だけでなく、支配会社
(親会社)
・持株会社のような法人株主、事業取引上下請企業に対し事実上の支配力
を有する母体企業、機関投資家等)を広く想定しているので、便宜上「支配株主等」
という用語を用いる(江頭憲治郎「企業結合における支配企業の責任」味村最高裁
判事退官記念論文集『商法と商業登記』六九頁(商亊法務研究会、一九九八年)参
照。
(2
1) 江頭・前掲(注2)四〇六頁、四一八頁、高橋英治=洪 済植「韓国法上の業
務執行指図人等の責任」二一〇頁以下(二〇一一年)参照。
(2
2) 会社法三五五条及び四二三条一項参照。
(2
3) 会社法四二九条一項参照。
事実上の取締役の法的責任(洪)
103
役等の業務執行者は会社法上の責任を免れないと説明されている(24)。かかる
場合において支配株主等は、取締役等の業務執行者と同様に会社又は第三者
に対して損害賠償責任を負うのかが問題となる。
三 事実上の取締役理論の現状
前述のとおり、会社経営に対し事実上の影響力を有する支配株主等は、取
締役等の業務執行者が業務の執行に関する意思決定を行う段階(=職務の執
行)及び決定された事項を実行する段階(=業務の執行)において、自己又
(2
5)
は第三者の利益を図るために取締役等の業務執行者の「職務行為」
を指揮し、
若しくは指図を行った場合には、会社・少数派株主・債権者の利益を害する
おそれがある。
かかる問題点について、裁判例及び学説では、支配株主等の利益を図る非
通例的取引行為を規制するための実体法上の明文規定が存在しないため、専
ら法解釈論により問題解決を図ってきた(26)。下級審判例又は学説においては、
支配株主等を事実上の取締役と見做したうえで、旧商二六六条ノ三第一項(会
社四二九条一項)を類推適用し、事実上の取締役としての対第三者責任を追
(2
4)
大隅健一郎「親子会社と取締役の責任」旬刊商事法務一一四五号四三頁(一九
九八年)参照。
(2
5) 会社法上、取締役等の業務執行者の権限については、
「職務の執行」と「業務の
執行」とを使い分けて区別している。本稿では、便宜上、取締役等の業務執行者の
「職務の執行」と「業務の執行」とを併せた概念として「職務行為」という用語を用
いる(前田・前掲(注1
9)三四七頁∼三四八頁、伊藤靖史=大杉謙一=田中 亘=
松井秀征『会社法〔第二版〕
』一六七頁(有斐閣、二〇一二年)
)
。
(2
6) 後述(三の$)のように支配株主等が負う法的責任の性質につき、!支配株主
等の忠実義務認定説、"支配株主等の債権侵害に基づく不法行為責任説、#事実上
の取締役説等の見解がある。しかし、江頭憲治郎教授は、これらの見解のいずれも、
「他の分野の法理の借用であったり概念の不明確性のため、十分な問題解決とはなり
得ない」と指摘し、立法化による問題解決が求められている(江頭・前掲(注2)
四〇六頁、四一八頁)
。
104
島大法学第5
5巻第4号
及すべきである、とする見解がある(27)。他方で、事実上の取締役に関する法
的概念は明文上の規定として定義されておらず、裁判例や学説においても「事
実上の取締役」という概念が多義に亘って用いられており、その概念は明確
でないとの指摘があった(28)。そのため、支配株主等に事実上の取締役として
の責任を追及するには法理論上困難な側面がある、という異見も示された(29)。
このように事実上の取締役理論は、多様な事例において適用されているため、
法的安定性を確保するべく、その適用要件及び適用範囲を明確にする必要が
ある(30)。
!
判例法上の「事実上の取締役」の規制
(1)下級審判例の立場
かかる問題点につき、下級審判例では、
(!)会社経営に対し事実上の影響
力を有する支配株主等を、 会 社 の「事実上の主宰者」
(東京地判昭和五六・
三・二六判時一〇一五号二七頁、大阪高判平成二・七・一八判タ七三四号二
一八頁)ないし「実質的経営者」
・
「事実上の(代表)取締役」
(東京地判平成
二・九・三判時一三七六号一一〇頁・金判八八〇号二 四 頁、 大 阪 地 判 平 成
四・一・二七労判六一一号八二頁、京都地判平成四・二・五判時一四三六号
一一五頁、名古屋地判平成二二・五・一四判時二一一二号六六頁)として見
做したうえでその責任を追及すべきであるという見解が採られ、旧商二六六
条ノ三第一項を類推適用し第三者に対する責任を認めており、
「帰責法理とし
ての事実上の取締役の責任論」は判例法上の法理として一般化されていると
(2
7)
青木英夫「コンツェルン指揮と責任」私法二八号二〇二頁(一九六六年)参照。
石山卓磨「事実上の取締役概念の多義性」酒巻俊雄先生還暦記念論文集『公開
会社と閉鎖会社の法理』五二頁以下(商事法務研究会、一九九二年)
、松岡啓祐「判
批」専修法学論集六一号二六四頁以下(一九九四年)
。
(2
9) 大隅・前掲(注2
4)四五頁∼四七頁参照。
(3
0) 畠田公明「事実上の取締役の責任」沢野直紀=高田桂一=森淳二郎編『企業ビ
ジネスと法的責任』一三五頁∼一三七頁(法律文化社、二〇〇〇年)参照。
(2
8)
事実上の取締役の法的責任(洪)
105
いってよいであろう(31)。
上記(!)に掲げた下級審判例において、事実上の取締役の責任が認めら
れるまでの状況を概観してみると、
(")会社法上の選任手続を経ておらず、
取締役に就任する意向もなく、かつ、現に就任もしていないのに、就任承諾
書に基づき登記がなされることを承諾することにより不実の登記の出現に加
功した者(最判四七・六・一五民集二六巻五号九八四頁(以下、
「最高裁昭和
四七判決」と略称する。
)
、前橋地高崎支判昭和四九・一二・二六判時七八〇
号九六頁(以下、
「前橋地裁高崎支部昭和四九判決」と略称する。
)
、福井地判
昭和五五・一二・二五判時一〇一一号一一六頁(以下、
「福井地裁昭和五五年
判決」と略称する。
)
、
(#)取締役を辞任し、よって現に取締役ではなくなっ
たのにもかかわらず、退任登記をしないで実質的に取締役としての職務を積
極的に行っていた者(最判昭和六二・四・一六判時一二四八号一二七頁(以
下、
「最高裁昭和六二年判決」と略称する。
)
、最判昭和六三・一・二六金法一
一九六号二六頁(以下、
「最高裁昭和六三年判決」と略称する。
)
)
、
($)会社
の監査役として登記されている者が、会社の事実上の取締役のようにふるまっ
ていた者(東京地判昭和五五・一一・二六判時一〇一一号一一三頁)の責任
を問う事例において、法解釈上、
「登記簿上の取締役」又は「実質上の取締役」
と見做して、取締役の第三者に対する責任を追及することができるかどうか
が争われた(32)。
(3
1)
事実上の取締役としての責任を認めた本文(!)に掲げた裁判例につき、竹"
修「事実上の取締役の第三者に対する責任」立命館法学三〇三号三〇一頁以下(二
〇〇五年)
、 中村信男「判批」金判一三七九号四頁以下(二〇一一年)
、 鳥山恭一
「第三者に対する損害賠償責任を負う事実上の取締役」法学セミナー六八五号一一九
頁(二〇一二年)参照。 なお、会社の「事実上の主宰者」に関する事例と「事実上
の(代表)取締役」に関する事例は、基本的に論理構成を異にするものであると主
張する文献として、中村信男「判例における事実上の主宰者概念の登場」判タ九一
七号一〇八頁(一九九六年)
、北村雅史『取締役の競業避止義務』一六六頁(有斐閣、
二〇〇〇年)がある。
(3
2) 江頭・前掲(注2)四七三頁、竹"・前掲(注3
1)二九八頁以下。
106
島大法学第5
5巻第4号
最高裁四七年判決は、総会において選任手続を経ていないのに、故意又は
重過失により不実の就任登記の承諾をすることによって名目上の代表取締役
となった者の第三者責任につき、旧商一四条(会社九〇八条二項)の類推適
用により、善意の第三者に対し取締役でないことをもって対抗できないから、
旧商二六六条ノ三第一項の責任を負うと判示した(33)。しかし、その後の前橋
地裁高崎支部昭和四九判決及び福井地裁昭和五五判決では、最高裁四七年判
決の認定要件であった登記簿上の取締役の「就任登記への承諾」以外にも登
記簿上の取締役が「何らかの業務執行に関与した」ことを登記簿上の取締役
の第三者責任を認めるための肯定要件としての考慮要素としたことが明らか
にされた。この下級審二判決は平成以降の下級審判例から出始めたと思われ
る「事実上の取締役の責任論」との関係において一定の問題提起をした注目
に値する事案である(34)。
その後、最高裁四七年判決の理論(旧商一四条の類推適用を介して、不実
登記の出現への加功に基づく責任を認める方法)を辞任登記の局面へと繋げ
る最高裁昭和六二判決、最高裁昭和六三判決が続けて出された。この判決は、
取締役を辞任して現に取締役ではなくなったのに、辞任の登記をしないで取
締役の登記を残存させることに(明示的)承諾を与えたいわゆる「辞任登記
未了の元取締役」に対し、旧商一四条の類推適用により、善意の第三者に対
し取締役でないことをもって対抗することができない結果、同法二六六条ノ
三第一項の定める第三者責任を負いうるという判断を下した裁判例である。
(3
3)
最高裁昭和4
7年判決は、会社の業務の執行には全く関与しない登記簿上のみの
名目的代表取締役(会社の経営全般を営業部長が掌理していた)について、旧商一
四条の類推適用により、旧商二六六条ノ三第一項の定める第三者責任を認めた事案
であるが、取締役でない実質的経営者として会社経営を支配していた営業部長は
「会社の業務を執行できる権限を有するものと認められるべき名称」を付した「表見
取締役」ともいうべき者であり、表見取締役としての第三者責任を追及する理論構
成も可能ではないかと考える(高橋英治=洪 済植・前掲(注2
1)2
1
4頁以下参照)
。
(3
4) 藤田・前掲(注7)二二頁参照。
事実上の取締役の法的責任(洪)
107
最高裁昭和六二年判決が最高裁昭和四七年判決の論理構成とは異なる認定基
準を持ち出した点は、辞任取締役が旧商一四条の類推適用によって第三者責
任を負う要件として、
「辞任登記を申請しないで不実の登記を残存させること
に明示的に承諾を与えていた等の特段の事情」を要求していることである(35)。
それよりも最高裁昭和六二年判決において最も注目すべきところは、初めて
前橋地裁高崎支部昭和四九判決及び福井地裁昭和五五判決が登記簿上の取締
役の第三者責任要件について、登記とは関係のない事実、すなわち「登記簿
上の取締役の業務執行への関与の有無」を新たな第三者責任の肯認要件とし
て求めていた見解を最高裁が認めたことである。これは、平成以降の上記(!)
に掲げた下級審判例から適用され始めた事実上の取締役理論を最高裁が承認
しうる根拠を提示した点に意義があるといえる(36)。
しかし、
(!)に掲げた裁判例と(")ないし(#)に掲げた裁判例は、取
締役でない者の対第三者責任が問われている点で共通する側面があるが、そ
の本質、要件事実、法的効果を異にする問題であるように思われる(37)。すな
わち(")ないし(#)に掲げた裁判例でいう「登記簿上の取締役」又は「実
質上の取締役」の責任は一種の外観法理としての性質を帯びるものの、
(!)
に掲げた判決は、事実上の取締役としての責任を認める要件として、取締役
(3
5)
藤田・前掲(注7)二七頁。なお、辞任登記未了の元取締役は、辞任登記を経
ていない点では「表見取締役」としてみられる者であり、辞任後も取締役としての
職務を継続して行う場合には事実上の取締役としての属性があるといえるが、この
場合は、表見法理又は外観法理に依拠して問題解決を図ることも可能である(吉川
義春「取締役の第三者に対する責任の理論問題」立命館法学二三一・二三二号五三
八頁(一九九四年)参照。
(3
6) 藤田・前掲(注7)三二∼三三頁、竹#・前掲(注3
1)二九九頁参照。
(3
7) 森本滋「商法・有限会社法改正試案と取締役」法曹時報三十八巻九号二〇三九
頁(一九八六年)参照。しかるに、事実上の取締役理論をもって、
(!)ないし(")
に掲げた多様な事例に関する法律関係を一括処理することは、法的判断の混乱を加
重せしめる蓋然性が高いと考えられる。
108
島大法学第5
5巻第4号
としての外観の存在を求めていない(38)。この点、
(!)ないし(")に掲げた
裁判例は、事実上の取締役理論を適用せず、既存の諸規定(会社九〇八条二
項を介して四二九条一項の対第三者責任を認める方法)により問題解決を図
るべきである(39)。私見として、事実上の取締役理論を適用すべき人的範囲に
ついては、会社経営に対し事実上の影響力を有する支配株主等が会社の利益
を犠牲にする権限濫用行為によって自己又は第三者の利益を追求する事案に
限定し、明確な判断基準をもって対応すべきではないかと考える。
!
支配株主等の権限濫用行為の抑制に関する諸説
会社法は、取締役等の業務執行者の権限濫用行為を規制するための諸規定
を設けている(40)。かかる会社法上の諸規定は、取締役等の業務執行者の権限
濫用行為を事前かつ予防的に抑制するための諸規定であって、取締役等の業
務執行者に対し事実上の影響力を有する支配株主等の経営関与行為を直接に
抑制できる法規ではない。ただし、法解釈論上、取締役等の業務執行者の権
限濫用行為を規制するための諸規定を、事実上の影響力を有する支配株主等
の経営関与行為に対しても類推適用することにより、結果的に支配株主等に
(3
8)
東京地判平成五・三・二九判タ八七〇号二五二頁は、事実上の取締役としての
責任を肯認しなかった裁判例であるが、本判決は「辞任登記完了の元取締役」に事
実上の取締役としての責任を負わせるためには、!「取締役としての外観」の存在
に加えて、"「取締役と同様の権限と継続的業務活動」を必要とする旨を判示した。
(3
9) 森本・前掲(注3
7)二〇三九頁参照。
(4
0) 取締役等の業務執行者の権限濫用行為を規制するための規定として、会社法三
五六条一項一号(取締役の競業取引の制限)
・同条同項二号、三号(取締役の利益相
反取引の制限)
、三六五条(競業及び取締役会設置会社との取引等の制限)
、四一九
条(委員会設置会社の執行役への準用規定)
、四二三条一項(役員等の会社に対する
損害賠償責任)
、四二九条一項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
、三六〇条
(株主による取締役の違法行為の差止請求権)
、三八五条(監査役による取締役の違
法行為の差止請求権)
、四〇七条(監査委員による執行役等の違法行為の差止請求権)
、
八四七条(役員等の責任追及等の訴え)等がある。
事実上の取締役の法的責任(洪)
109
よる少数派株主・債権者の利益侵害行為を間接的に抑制できる側面が全くな
いわけではない(41)。
しかし、これらの規定はその要件事実として、取締役等の業務執行者の権
限濫用行為を前提とするものであるから、支配株主等が取締役等の業務執行
者でないにもかかわらず、職務を行う取締役等の業務執行者に対し事実上の
影響力を行使し、自己又は第三者の利益を図る支配株主等の経営関与行為に
対しては、現行会社法上の諸規定をもって規制することは事実上困難である
ように思われる。そのため、支配株主等の権限濫用行為に関する法的諸問題
につき、従来の裁判例・学説においては外国の法制から借用された法理等の
法解釈によってその問題の解決を図ってきた(42)。
そこで以下では、支配株主等が、会社に対する事実上の影響力を利用し、
取締役等の業務執行者の職務行為を指揮し、又は指図を行った結果、会社若
しくは第三者に損害が生じた場合の責任問題について従来の学説の考え方を
検討する。
(1)不法行為責任説
法解釈上、支配株主等の権限濫用行為により会社に生じた損害又は第三者
に生じた直接損害の賠償責任を追及する方法として、支配株主等の不法行為
責任説がある(43)。不法行為責任説は、支配株主等が、会社に対して忠実義務
(会社三三五条)を負う取締役等の業務執行者の職務行為を指揮し、又は指図
を行った結果として会社又は第三者に損害が生じた場合、支配株主等は取締
役等の業務執行者の会社に対する委任契約上の債務不履行に加功したという
(4
1)
松井秀征「親会社の子会社に対する責任(会社法制見直しの検討(7)
)
」商事
法務一九五〇号七頁参照。
(4
2) 江頭・前掲(注2)4
1
8頁。
(4
3) 青木英夫「子会社の締結した契約についての親会社の責任〔上〕
」独協法学二一
号七九頁以下(一九八四年)
、鳥山・前掲(注3
1)参照。
110
島大法学第5
5巻第4号
因果関係を根拠として、いわば「債権侵害に基づく不法行為責任」を負うと
解する法理である(44)。
しかし、民法七〇九条の定める不法行為に基づき、支配株主等の権限濫用
行為(非通例的な取引行為)によって生じた損害の賠償責任を追及する場合
は、上記の不法行為責任説が子会社の少数派株主及び債権者の利益保護に値
するかどうか、その要件事実的側面からアプローチして次のような諸問題を
検討すべきである(45)。
第一に、支配株主等の債権侵害に基づく不法行為責任を認めるためには、
支配株主等が取締役等の業務執行者に忠実義務に反する行為を決意させる行
為、すなわち支配株主等には事実上の影響力を利用した「加功行為」が存在
しなければならない。支配株主等が自己又は第三者の利益を図るべく、取締
役等の業務執行者の会社利益に反する行為に加功したという事実(支配株主
等による契約違反への誘因)を立証すれば、法理論上、支配株主等の債権侵
害に基づく不法行為責任を追及することは可能である。しかし、企業ガバナ
ンス構造上、一般に会社の組織・運営・管理に対して支配力を有する支配株
主等に取締役等の業務執行者の契約違反行為への「加功行為」があったのか
どうかについて立証できるか、疑問である。第二に、支配株主等に債権侵害
に基づく不法行為責任を追及するための要件事実として、支配株主等の債権
侵害行為により会社に生じた損害又は第三者に生じた直接損害が支配株主等
の故意によるものであることが求められるが、支配株主等の故意による債権
侵害行為を立証することは困難であるように思われる。第三に、会社の機会
の奪取が、支配株主等の指揮・指図によらず、取締役等の業務執行者自らが
支配株主等の意中に従って行われた場合には、民法七〇九条を適用して問題
解決を図り難い側面がある(46)。
(4
4)
江頭憲治郎『会社法人格否認の法理』四〇九頁∼四一三頁(東京大出版会、一
九八〇年)参照。
(4
5) 松井・前掲(注4
1)七∼八頁参照。
(4
6) 江頭・前掲(注4
4)二五九頁以下、四〇九頁∼四一三頁。
事実上の取締役の法的責任(洪)
111
(2)忠実義務認定説
支配株主等の忠実義務認定説とは、会社経営を担う取締役等の業務執行者
の職務行為に関与する特定の株主を、会社経営に対する事実上の影響力を行
使できる支配株主等として見做したうえで、支配株主等としての忠実義務を
負わせると同時に支配株主等は忠実義務違反に基づく責任を負うべきである、
とする考え方である(47)。ここでいう支配株主等の忠実義務は、支配株主等が
その権限を行使する際において、会社全体の利益と他の少数派株主の社員権
的利益とを考慮すべき義務をいう(48)。
取締役等の業務執行者でない支配株主等にも忠実義務を負わせようとする
趣旨は、支配株主等自らが自己又は第三者の利益を図る非通例的取引を行う
ことにより会社の利益と少数派株主の利益とが害されるおそれがあるが、か
かる支配株主等の利益侵害行為によって生じうる不利益問題を法令又は定款
の定めによっても十分な解決が得られない場合において、会社の利益と少数
派株主の利益とを保護することにあろう(49)。この支配株主等の忠実義務は、
アメリカ法において発展してきた理論であり、アメリカでは支配株主等が会
社及び他の少数派株主に対して忠実義務を負うという考え方が判例法理によっ
て確立されている(50)。すなわち、かつてのアメリカ連邦裁判所は、会社に対
し事実上の影響力を有する支配株主等は、企業ガバナンス構造上、取締役等
の業務執行者に対して持分に比例する権限に基づいて事実上の影響力を行使
できるから、その権限を行使する際には取締役等の業務執行者と同様に会社
(4
7)
出口正義『株主権法理の展開』三頁以下(文真堂、一九九一年)
。
別府三郎『大株主権力の抑制措置の研究』三一頁∼三三頁(嵯峨野書院、一九
九二年)
、青木英夫「支配株主等の信認的義務〔二・完〕
」独協法学三八号四頁、一
二頁以下(一九九四年)
。
(4
9) 松井・前掲(注4
1)九頁参照。
(5
0) 青木・前掲(注4
8)2頁、拙稿「支配株主等の法的責任と監視機能(四)
」島大
法学五五巻二号四七頁(二〇一一年)参照;André Tunc, The Fiduciary Duties of a
Dominant Shareholder, C. M. Schmitthoff & F. Wooldridge
(ed)
, Groups of Companies,
1
9
9
1, at1
0.
(4
8)
112
島大法学第5
5巻第4号
及び少数派株主に対しても忠実義務を負うべきである、とする立場を採用し
た(51)。
支配株主等が会社又は少数派株主の利益を犠牲にして自己又は第三者の利
益を図る非通例的取引の方法として、
「!支配株主等が会社の役員等に就任し、
会社との利益相反取引を通じて自己又は第三者の利益を追求する場合(52)、"
支配株主等が自己又は第三者に有利に働く不公正な決議を得るための議決権
を行使する場合(53)、#支配株主等が役員等に就任せず、又は株主総会の決議
にもよらず、自己の有する事実上の影響力のみを利用して利益を追求する場
合(54)、$支配株主等が取締役等の業務執行者に対する影響力を行使して会社
に損害を与える場合(55)」等を一般に想定することができる(56)。
(5
1)
Southern Pacific v. Bogert,2
5
0u.s.4
8
33
9S. Ct.5
3
3,6
3L. ed.1
0
9
9(1
9
1
9)
.
特に会社法の定めるルールを守らない小規模閉鎖的な非公開会社において、支
配株主等は会社の取締役等の役員として会社との競業取引又は利益相反取引を行う
ことにより自己又は第三者の利益を追求することへの誘因に陥りやすい(青竹正一
『小規模閉鎖会社の法規制』三六九頁以下(文真堂、一九八一年)
、同『続小規模閉
鎖会社の法規制』一五頁(文真堂、一九八八年)参照)
。
(5
3) 支配株主等が、会社事業を会社に不利な取引条件である価額(廉価)で自己又
は第三者に譲渡せしめる決議に議決権を行使することによって会社又は少数派株主
の利益を害する場合をいう(多数決の原則の濫用)
。
(5
4) 支配株主等が、会社に対する事実上の影響力を利用し、インサイダー取引を行
うことによって会社又は少数派株主の利益を害する場合をいう。
(5
5) その例として、支配株主等が運営・管理する他の事業に投資させるか、又は事
業資金を貸与させるか、若しくは支配株主等の個人的債務を保証させるか、若しく
は会社に不利な一方的取引をさせる場合等が挙げられる。
(5
6) 本文の!と"に掲げた非通例的取引は、支配株主等の直接的忠実義務の違反行
為として考えられる場合である。!のような場合には、役員等に対する会社法上の
責任規定等を直接に適用することによって損害賠償責任を追及することが可能であ
るので、議論の余地はない。しかし、"のように支配株主等の議決権行使又はその
決議事項の執行が不法行為によるものである場合は民法七〇九条による問題解決と
なるが、現行の会社法の法解釈によって支配株主等の責任を追及することは困難で
あるように思われる。また、間接的忠実義務の違反行為として考えられる#と$の
(5
2)
事実上の取締役の法的責任(洪)
113
(3)事実上の取締役説
会社経営に対し事実上の影響力を有する支配株主等の責任を追及するもう
一つの方策として、事実上の取締役説がある(57)。これは、会社法の定める所
定の義務を負う取締役等の業務執行者が会社経営を担うべきであるという一
般原則(58)に鑑み、取締役等の業務執行者に対する事実上の影響力を背景に会
社経営に実質的に関与する支配株主等を取締役と見做したうえで、支配株主
等は事実上の取締役としての義務と責任を負うべきである、とする考え方で
ある(59)。
そもそも事実上の取締役理論は、中小企業において、正式に法律上の取締
役として選任されていないにもかかわらず、事実上会社の職務を行っている
者について、会社法四二九条一項の規定を類推適用し、その責任を認めよう
とする法理である(60)。このように事実上の取締役という概念は、取締役では
ないが、事実上会社の職務を行う者の責任を問うための法解釈論として適用
された側面においては共通性を有するが、三の#(2)で検討したとおり、
その適用範囲を広げるべきではないと考える。事実上の取締役理論と関連の
ある裁判例としては、
「!不実の取締役就任登記の出現に加功したことを法的
根拠とするタイプと、"会社の実質的な取締役として経営を主宰していたこ
とを法的根拠とするタイプ」とがある(61)。しかし、!と"は法律構成を異に
場合においても、!の場合と同様に支配株主等の責任を問う法制度を立法化しない
限り、法解釈論のみをもって会社又は少数派株主の権利を救済するには、法理論上
の不明確な側面があるため、十分な問題解決とはなり得ない(江頭・前掲(注2
0)
六九頁以下参照。
(5
7) 青木・前掲(注2
7)二〇〇頁∼二〇二頁、石山卓磨『事実上の取締役理論とそ
の展開』二一九頁以下(成文堂、一九八四年)参照。
(5
8)
会社法三六二条二項・第三項、四一八条、四二〇条参照。
青木秀夫「事実上の取締役とコンツェルン関係」独協法学二八号四三頁以下
(一九八九年)
、同「判批」金融・商事判例九一六号五〇頁参照。
(6
0) 江頭・前掲(注2)四七三頁。
(6
1) 同上。
(5
9)
114
島大法学第5
5巻第4号
する事例である。!の場合は、昭和四七年最高裁判決での判示のとおり、株
主総会において選任手続を経ていないのに、故意又は重過失により不実の就
任登記の承諾をすることによって名目上の代表取締役となった者の第三者責
任を肯定する事例であるのに対し、"の場合は、取締役でない支配株主等が
取締役等の業務執行者の背後から事実上の影響力を行使することによって会
社経営に実質的に関与していた場合の支配株主等を事実上の取締役として見
做したうえで、会社法四二九条一項の規定を類推適用し、対第三者責任を認
めようとする考え方が採られた事例である(62)。かかる支配株主等を「事実上
の主宰者」又は「事実上の取締役(実質上の取締役)
」と称して対第三者責任
を肯認する下級審判例がある(63)。
事実上の取締役の責任を問うための認定要件については、会社法上、取締
役等の業務執行者でない者がどのような要件事実の下で会社経営に関与する
場合に事実上の取締役としての責任を認めるべきかについて、明白なルール
を設ける必要がある(64)。事実上の取締役理論に関する明白なルールを明文化
すれば、支配株主等のような実質的経営関与者が事実上の取締役の責任に関
する明白な基準として定められた責任規定の要件事実を満たす場合には、取
締役等の業務執行者の義務と責任に関する諸規定を準用することにより支配
(6
2)
近時の裁判例として、大阪地判平成二三・一〇・三一(判時二一三五号)があ
る。本件は、破産前の会社の取締役等及び監査役等に対して、同会社に委託した商
品先物取引の適合性原則違反、不当勧誘により損害を被ったとして、顧客が求めた
平成一七年改正前商法第二六六条ノ三第一項・第二八〇条に基づく損害賠償請求が
認められた事例である。
(6
3) 「事実上の主宰者」の責任を認めた下級審判例として、東京地判昭和五六・三・
二六判時一〇一五号二七頁、大阪高判平成二・七・一八判タ七三四号二一八頁があ
り、
「事実上の取締役」の責任を認めた下級審判例として、東京地判平成二・九・三
判時一三七六号一一〇頁、大阪地判平成四・一・二七労判六一一号八二頁、京都地
判平成四・二・五判時一四三六号一一五頁がある。
(6
4)
中村信男「判例における事実上の主宰者概念の登場――事実上の主宰者への取
締役関連規定の適用事例」判例タイムズ九一七号一〇九頁(一九九六年)参照。
事実上の取締役の法的責任(洪)
115
株主等の権限濫用行為を抑制できる。かかる考え方に立脚すれば、支配株主
等の義務と責任に関する別の概念や要件事実等を定める必要はないから、会
社法一〇九条の定める立法趣旨に矛盾することもなく、両立できるメリット
があると考えられる(65)。かかる考え方に対し、次のような批判がある。第一
に、支配株主等が会社経営にどの程度の関与すれば、事実上の取締役として
の責任を負うのかが不明瞭であること、第二に、子会社の取締役等の業務執
行者が親会社の指図に従って会社の業務を執行した場合、事実上の取締役は
親会社であるのかあるいは親会社の取締役等の業務執行者であるのかという
問題である。仮に、親会社を事実上の取締役として解釈するならば、イギリ
ス法と異なり、法人に取締役の資格を認めない立場(66)においては、法解釈上
の理論構成が困難であるとの指摘がある(67)。
しかし、日本においても、総会における法人株主の代理人(従業員)によ
る議決権行使を認めており(68)、法人は持分会社の無限責任社員となりうるこ
とから、小規模閉鎖的な非公開会社については、法人の取締役資格を認めて
もよいとする見解が有力に主張されている(69)。
(6
5)
高橋英治=洪 済植・前掲(注2
1)二一四頁以下参照。
会社法は、明文をもって法人取締役を不許している(会社三三一条一項)
。しか
し、二〇〇六年改正イギリス会社法二五〇条によると、取締役の概念について、
「本
法において取締役とは、名称の有無にかかわらず、取締役の地位を占めるすべての
者を含む」と定義されており、法人の取締役資格を認めている。イギリスの法人取
締役(corporate directors)は一六三条に基づき会社の取締役名簿に法人名を登録する
必要がある(拙稿「支配株主等の法的責任と監視機能(五・完)
」
『島大法学』第五
五巻第三号二〇頁以下(二〇一一年)参照、二〇〇六年改正イギリス会社法に関す
る翻訳書として、イギリス会社法研究会「イギリス二〇〇六年会社法(1)∼(1
4)
」
『比較法学』第四一巻第二号∼第四六巻第一号(二〇〇八年∼二〇一二年)参照。
(6
6)
(6
7)
江頭・前掲(注2)一二六頁。
今井宏「法人株主の議決権行使をめぐる諸問題」商事法務九九一号二頁以下
(一九八三年)参照。
(6
9) 江頭・前掲(注2)三六一頁注(1)参照。
(6
8)
116
島大法学第5
5巻第4号
(4)まとめ
以上のように、支配株主等が自己又は第三者の利益を図ろうとする非通例
的取引行為を規制するための手立てとしては、法解釈論上、二つの異なる点
を導くことができると考える。第一に、成文法の国である日本において、支
配株主等の権限濫用行為に対し、判例法理として形成されてきたアメリカの
支配株主等の忠実義務の法理を用いてその責任を追及する場合には、支配株
主等と支配株主等の忠実義務に関する概念を定義し、その要件事実に関する
具体的なルールを定める必要がある(70)。しかし、日本法においては、会社法
上の強行規定である株主有限責任の原則(71)及び株主平等の原則(72)との整合性
を確保することが要請されるから、支配株主等の忠実義務を明文化すること
は容易ではない(73)。これに対して、事実上の取締役理論を適用する場合には、
株主有限責任の原則や株主平等の原則との関係においても、支配株主等の定
義と支配株主等の忠実義務の概念に関する立法化を要せず、事実上の取締役
を定義し、概念化された事実上の取締役に属する者(例えば、背後取締役(影
の取締役)
、無権代行取締役、表見取締役)とそれらの者が行う経営関与行為
に関する要件事実のみをルールとして定めておけばよいから、会社法上要請
(7
0)
拙稿「支配株主等の法的責任と監視機能(四)
」
『島大法学』第五五巻第二号四
九頁以下(二〇一一年)参照。
(7
1) 日本では、小規模閉鎖的な非公開会社が倒産した際において、支配株主等の個
人責任を追及する会社債権者保護法理として援用されている法人格否認の法理は、
判例・学説上も肯定されているが、株主に追加出資義務を定める定款規定は無効と
解されている(江頭憲治郎=中村直人『会社法1〔論点体系〕二五五頁以下(第一
法規、二〇一二年)参照)
。
(7
2)
株主平等の原則を定める会社法一〇九条は、正義衡平の理念を根拠とする強行
法規であり、支配株主等の資本多数決の原則から少数派株主(一般株主)を保護す
る機能を有するものと解される(江頭憲治郎=中村直人・前掲(注7
2)二九九頁以
下参照)
。
(7
3) 江頭憲治郎『結合企業法の立法と解釈』二一頁(有斐閣、一九九五年)
、会社法
一〇四・条一〇九条参照。
事実上の取締役の法的責任(洪)
117
される一般原則との整合性を考慮する必要はない(74)。
第二に、支配株主等の権限濫用行為をアメリカ法の支配株主等の忠実義務
の違反として責任を追及する場合には、取締役等の業務執行者以外に経営に
関与する者が自然人としての株主であることを事実的要件とするが、事実上
の取締役として見做す場合には、法理論上、会社経営に事実上の影響力を及
ぼす自然人である株主以外にも親会社、支配会社、持株会社、機関投資家、
金融機関等の債権者等にもその適用を広げることが可能である(75)。
!
立法論上の議論とその経緯
会社法上、小規模閉鎖的な非公開会社では、会社の機関として、株主総会と
取締役のみが強制され、それ以外の機関の設置は任意である(76)。小規模閉鎖
的な非公開会社の株主総会は、万能の機関として位置付けられるから、総会
自らが業務の執行に関する意思決定を行い、決定された事項を取締役等の業
務執行者に実行させることも可能である。この場合、法解釈上、株主総会の構
成員として取締役会設置会社の取締役等の業務執行者と同様の職務を行う株
主は、その行為が不法行為の要件事実を満たす場合には民法七〇九条の定め
(7
7)
る不法行為責任を負うものの、経営責任は負わないと解される(会社一〇四条)
。
かかる問題点を是正するべく、昭和五九年五月九日、法務省民事局参事官
室は、
「大小(公開・非公開)会社区分立法及び合併に関する問題点」を公表
(7
4)
高橋英治=洪 済植・前掲(注2
1)二一四頁以下参照。
松岡・前掲(注2
8)二七四頁、高橋英治=洪 済植・前掲(注2
1)二二一頁以
下参照。英米法国々のような判例法国家でない日本においては、事実上の取締役理
論によって責任を追及する方法が、アメリカ法における支配株主の忠実義務の認定
説よりも簡便であり、かつ取締役等の業務執行者以外の者が経営に関与する場合を
幅広く規制できるメリットがあるように思われる。
(7
5)
(7
6)
江頭・前掲(注2)二八七頁。
稲葉威雄「大小会社区分立法の方向」商事法務九六二号一九頁(一九八三年)
参照、事実上の影響力を有する支配株主等の不法行為責任を認めた事案として、東
京地判昭五一・八・二三判時八二四号三一頁がある。
(7
7)
118
島大法学第5
5巻第4号
し、事実上の取締役の立法化について、各界に意見を照会した(78)。法制審議
会商法部会〔以下、
「商法部会」という。
〕の審議を基礎にした事実上の取締
役に関する内容については、専門家の座談会や関係団体の意見照会を経なが
ら、事実上の取締役の責任に関する学界・実務界の関心が高まり、本格的な
論議が行われた(79)。事実上の取締役の責任に関する規定を新たに設けるべき
かどうかという意見照会では、
「法曹界はおおむね賛成、大学関係は意見が分
かれ、その他は意見が少ないが、賛成が多い」という回答結果が得られた(80)。
かかる回答結果を受けた同参事官室は、昭和六一年五月一五日「商法・有限
会社法改正試案」
(以下、
「八六年改正試案」という。
)のなかで、次のような
内容の事実上の取締役の責任に関する規定を設け、公表した(81)。
八六年改正試案二1
3(事実上の取締役)
1
3a 「取締役の職務行為は、その選任に瑕疵があることが後に確定しても、
その効力は妨げられない。
」
1
3b 「取締役を称する者による会社の業務執行につき、会社がこれを許容し
ているときは、会社は、第三者に対し、その業務執行による責任を負う。こ
の場合において、当該取締役を称した者も、会社及び第三者に対し、取締役
としての責任を負う。
」
しかし、八六年改正試案のうちで事実上の取締役の責任に関する規定は、
所有と経営が分離されていない個人経営的色彩の強い小規模閉鎖的な非公開
会社に対する規制に限定すべきであると主張する経済界からの反発があった
(7
8)
法務省民事局参事官室「大小(公開・非公開)会社区分立法及び合併に関する
問題点(資料)
」商事法務一〇〇七号1
3頁以下(一九八四年)参照。
(7
9) 稲葉威雄=河本一郎=窪内義夫=竹内昭夫=竹中正明=山本 貢「大小会社区
分立法等の問題点について(4)
」商事法務一〇一六号三三頁以下(一九八四年)
、
稲葉威雄「
「大小会社区分立法等の問題点」に関する各界意見の分析(2)
」商事法
務一〇二九号一四頁(一九八四年)
。
(8
0)
稲葉・前掲(注7
9)
。
法務省民事局参事官室「商法・有限会社法改正試案(資料)
」商事法務一〇七六
号一五頁以下(一九八六年)
。
(8
1)
事実上の取締役の法的責任(洪)
119
ため、その立法化は先送りされた経緯がある(82)。
(1)八六年改正試案二1
3の内容と検討
同参事官室により公表された「八六年改正試案」では、
「事実上の取締役の
責任」に関連する立法上の問題として、二つの用例が示された(83)。すなわち、
一つ目は、八六年改正試案二1
3a の定める規定内容である。この規定は、株主
総会における取締役の選任決議は一応存在するが、当該決議に瑕疵(取消事
由や無効原因)があり、後に決議取消判決又は無効確認判決が確定したよう
な場合の事実上の取締役を規制するものである。これは、総会の選任決議に
よって取締役となった者が、その後の当該選任決議に瑕疵があることを理由
に行われた判決で決議が取り消され又は決議の無効が確認されることにより、
当初から取締役ではなかったことになるが、法的安定性を確保するため、当
該判決が確定されるまでに取締役のなした職務行為の有効性は認めるべきで
ある、という趣旨の規定である。二つ目は、八六年改正試案二1
3b の定める
規定内容である。ここでいう事実上の取締役は、八六年改正試案二1
3a の趣旨
とは異なり、
「正規の選任手続を経ていない」にもかかわらず、実質的には会
社の取締役として職務行為を行い、会社の内外からも取締役として承認又は
認識されているような場合をいう(84)。旧商では、大小会社の規模を区分せず
に取締役会設置を強制していたため、特に小規模閉鎖的な非公開会社におい
ては職務上の権限を有しない、いわゆるダミー・ディレクターが多く存在し
ていた。しかしかかる会社においては、操り人形のような名目上の取締役の
背後にあって、事実上の影響力を有する支配株主等が会社の職務執行に関与
することが一般的であった。八六年改正試案一三 b に関する規定は、イギリ
(8
2)
法務省民事局参事官室編『商法・有限会社法改正試案――各界意見の分析』別
冊商事法務九三号五三頁(商亊法務研究会、一九八七年)
。
(8
3) 法務省民事局参事官室・前掲(注8
1)
。
(8
4) 大谷禎男「商法・有限会社法改正試案の解説(4)――経営管理(運営)機構」
商事法務一〇八〇号二一頁(一九八六年)参照。
120
島大法学第5
5巻第4号
スのシャドー・ディレクター(影の取締役・背後取締役)の責任に関する規
定を念頭に置いて定めたものである(85)。
このように八六年改正試案では、事実上の取締役を規制するための規定を
設けていたが、その後の「商法改正要綱案」に関する座談会において、八六
年改正試案二1
3a の規定に対し、取引の安全等を担保するべく、立法化の必要
性を認めつつも、八六年改正試案二1
3a に関する規定を取締役のなした職務行
為のすべてについて認めるべきかどうか、という問題が提起された(86)。この
点、!取締役のなした対外的な職務行為の効力の問題については、旧商一四
条(外観法理)を介することにより取引相手方は救済されるから、外観法理
に関する規定の法解釈論によって問題解決を図ることが可能であるが、上記
の八六年改正試案二1
3a の規定を適用することになると、"選任決議に瑕疵の
ある取締役によって行われた総会招集の有効性を認めることになり、その波
及効果として裁判所が当該株主総会招集決議や取締役選任決議を取り消す判
決を出しやすくなるのではないか、という問題提起がなされた(87)。また、八
六年改正試案二1
3a につき、!旧商二六二条(会社三五四条)
〔表見代表取締
役の行為についての責任〕
、一四条〔不実事項の登記〕の改正によって賄うこ
とができるとの意見があった(88)。
そして、事実上の取締役の責任と関係のあるものとして、八六年改正試案
三1
4の定める「支配株主等の責任」に関する規定があるが、この規定は支配
株主等のような事実上の影響力を有する者が継続的に取締役等の業務執行者
(8
5)
稲葉威雄「大小会社区分立法に関する諸問題(7)
」商事法務九八六号一五頁
(一九八三年)
。
(8
6) 江頭憲治郎ほか「商法改正要綱案の第三読会を終えて〔1〕――審議された問
題点と残された課題――」商事法務一一五四号一四頁〔江頭憲治郎発言〕
(一九八八
年)参照。
(8
7) 同上。
(8
8) 大谷禎男「商法・有限会社法改正試案の解説(3)――経営管理(運営)機構」
商事法務一一〇〇号三二頁(一九八七年)参照。
事実上の取締役の法的責任(洪)
121
の職務行為に関与することによって行われた取引により生じた会社又は第三
者の損害賠償責任問題を規定する内容ではなく、会社の取締役等の業務執行
者の職務行為に重要な影響力を行使する者(発行済株式総数又は資本の二分
の一以上の株式・持分を有する株主・社員)に対し、その地位にある間に発
生した労働債権又は取引によらない不法行為債権についての責任を負わせ、
労働債権・不法行為債権を有する者を保護することを念頭に置いたものであっ
た(89)。
(2)八六年改正試案二1
3が設けられた動機
「八六年改正試案」の二1
3a は、取締役の選任決議が無効となった者が係わ
る法律関係の安定化を図るために設けられた規定である(90)。既述のように、
裁判例においては、登記簿上の取締役のような表見的取締役の外観上の事実
を信頼した者を保護するため、旧商一四条を介して旧商二六六条ノ三第一項
を類推適用し、対第三者責任を認めている。しかし、旧商一四条を適用して
外観を信頼した者を保護するためには、当該不実事項の登記が、会社を代表
する資格のある者である登記義務者によってなされたことが求められるが、
!不実事項の登記という表見的状況を作り出した登記義務者についての選任
決議がなされていないような場合には、その登記義務者も代表資格がないの
で、本条の適用が困難になり、また、"外観法理・表見法理に関する規定(旧
商一四条、二六二条)により保護される者は、善意の第三者に限定されると
いう問題点があると指摘されていた。かかる問題点を解決するためには、
「八
六年改正試案」の二1
3a の定めのとおり、選任に瑕疵のある取締役のなした職
務行為の効力につき、その有効性を認めるべきであると説明された(91)。
(8
9)
竹内昭夫ほか「商法・有限会社法改正試案をめぐって(1
1)
」商事法務一〇九〇
号四〇頁−四一頁〔稲葉威雄発言〕
(一九八六年)
。
(9
0) 大谷・前掲(注8
4)二一頁。
(9
1) 同上。
122
島大法学第5
5巻第4号
なお「八六年改正試案」の二1
3b の前段部分は、旧商二六二条を拡張解釈
し、代表権を有していない取締役までも含む「表見取締役制度」を新設しよ
うとしたものであり、後段部分は取締役を称する者にも会社及び第三者に対
する取締役としての責任を負わせようとした規定である(92)。
「八六年改正試案」の二1
3b の問題点として指摘されていたのは、旧商二六
二条の適用により保護される対象として善意の第三者であることが求められ、
しかも対外的な職務行為の効力問題に対しても代表権の行使のみが責任を負
うための要件事実として定められているため、取締役の対内的職務行為の一
般的な領域は適用対象から外されていた点である。かかる表見代表取締役制
度の限界を克服するために提示されていた規定が二1
3b の内容であったので
はないかと考えられる。
(3)会社法制の見直しに関する中間試案(親会社等の責任)
平成二三年一二月七日、法務省民事局参事官室により中間試案が公表され
(9
3)
た
。中間試案の中には、取締役等の業務執行者の経営責任との比較考量の
問題として、長年にわたり会社法学上の重要な課題として認識されてきた「支
配株主等の責任」に関連する規定(94)についても、次のように明文の規定(以
下、
「中間試案 A 案」という。
)をもって規律することが提案された(95)。
第二
1
(9
2)
子会社少数株主の保護
親会社等の責任
稲葉威雄ほか『商法・有限会社法改正試案の解説』別冊商事法務八九号四六頁
(商事法務研究会、昭和六一年)
。
(9
3) 法制審議会会社法制会社法部会「会社法制の見直しに関する中間試案」商事法
務一九五二号四頁以下(二〇一一年)
。
(9
4) 法制審議会会社法制会社法部会・前掲(注9
3)一二頁。
(9
5) 中間試案の定める「第二部親子会社に関する規律」の「第二 子会社少数株主
の保護」という項目の下で「1 親会社等の責任」として【A 案】を定めている。
事実上の取締役の法的責任(洪)
123
「株式会社とその親会社との利益が相反する取引によって当該株式会社が不
利益を受けた場合における当該親会社の責任に関し、明文の規定を設けるか
どうかについては、次のいずれかの案によるものとする。
【A 案】次のような明文の規定を設けるものとする。
!
当該取引により、当該取引がなかったと仮定した場合と比較して当該
株式会社が不利益を受けた場合には、当該親会社は、当該株式会社に対
して、当該不利益に相当する額を支払う義務を負うものとする。
"
!の不利益の有無及び程度は、当該取引の条件のほか、当該株式会社
と当該親会社の間における当該取引以外の取引の条件その他一切の事情
を考慮して判断されるものとする。
#
!の義務は、当該株式会社の総株主の同意がなければ、免除すること
ができないものとする。
$
!の義務は、会社法八四七条一項の責任追及等の訴えの対象とするも
のとする。
(注)その有する議決権の割合等に鑑み、親会社と同等の影響力を有すると
考えられる自然人の責任についても、!から$までと同様の規定をもう
けるものとする。
【B 案】明文の規定は、設けないものとする。
」
中間試案 A 案は、会社法部会で審議された「親会社に関する規律に関する
検討事項」のうち、子会社少数株主保護に関する事項を検討した結果として、
親会社等の責任を問おうとするものであった(96)。親子会社間の利益相反取引
によって子会社が不利益を受けた場合における親会社の責任について、中間
(9
6)
中間試案 A 案は、親会社が議決権を背景とした不当な影響力の行使により子会
社に損害を与えた場合における親会社の責任の在り方についての問いを検討し答え
た内容を示したものである(法制審議会会社法制会社法部会第七回会議会社法部会
資料5「親会社に関する規律に関する検討事項(2)――子会社株主・債権者の保
護に関する規律――」参照)
。
124
島大法学第5
5巻第4号
試案 A 案は親会社の子会社に対する損害賠償義務を定めることにより子会社
の少数派株主の利益保護を図ろうとした規定である(97)。この点につき、会社
法部会の補足説明によると、特に親子会社間の定型的な利益相反取引におい
ては、企業ガバナンス構造上、親会社が子会社に対する支配力を行使し子会
社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ろうとするおそれがあるか
ら、当該取引によって不利益を被るおそれがある子会社の少数派株主の利益
を保護するべく、親子会社間の法的規律を充実させる法政策上の一環として
親会社の責任等を設けるべきであるとの指摘が背景にあると説明されてい
た(98)。
かかる中間試案 A 案の提案に対し、現行法の法的枠組みの下でも、親子会
社間の利益相反取引による子会社や子会社少数派株主の損害を救済できるか
ら、中間試案 A 案のような明文の規定は設けるべきではないという反対意見
があった(99)。すなわち、親子会社間の利益相反取引によって子会社及び子会
社の少数派株主に損害が発生した場合には、!子会社は、会社法四二三条一
項により、当該会社の取締役等の業務執行者の法定義務(善管注意義務・忠
実義務等)の責任を追及することが可能であること(100)、"同法一二〇条一項
(9
7)
中間試案【A 案】参照。
法務省民事局参事官室「会社法制の見直しに関する中間試案の補足説明」商事
法務一九五二号四四頁(二〇一一年)
。
(9
9) 同上。
(1
0
0) 親子会社間の非通例的取引において、子会社にとって不利益を生じる取引であ
ることを子会社の取締役等の業務執行者が認識して当該取引を行う場合、会社法上
の事前抑止策としては、子会社取締役等の業務執行者に善管注意義務違反があると
して、違法行為の差止を請求することは可能であり(会社三六〇条、三八五条、子
会社が委員会設置会社である場合は会社四〇七条、四二二条)
、任務懈怠に基づく損
害賠償を請求することもできる(会社四二三条一項)
。さらに当該取引を行った結果、
子会社及び子会社債権者に損害が発生した場合の事後的救済策としては、株主は会
社法八四七条に基づく株主代表訴訟を提起し、損害賠償を請求することも可能であ
り、債権の満足を得られなかった債権者は会社法四二九条一項に基づき子会社取締
役等の業務執行者に対して責任を追及することができる(松井・前掲(注4
1)七頁
(9
8)
事実上の取締役の法的責任(洪)
125
の定める株主の権利行使に関する利益供与の禁止規定に違反して財産上の利
益の供与を受けた株主等の被供与者は、その利益を会社又はその子会社に返
還する義務を負うこと(101)、!"の(1)で述べた通り、親会社が子会社取締
役等の業務執行者の委任契約上の債務不履行に加功したという因果関係を根
拠にして、子会社が親会社に対して民法七〇九条に基づく債権侵害の不法行
為責任を追及することを認めることによって、親子会社間の非通例的取引等
を是正することは可能である(102)、ということを理由に企業グループ全体の経
営の合理化を妨げるような明文の規定を設ける必要はないという意見が示さ
れた(103)。
しかし、上記のような会社法の枠組みの下で用意された事前的予防策と事
後的救済策に係る規定だけでは、親子会社間の非通例的取引から子会社の少
数派株主や債権者の利益を十分に保護することは困難であるように思われ
る(104)。
(4)まとめ
八六年改正試案一三の定める「選任決議に瑕疵のある者」
、取締役でないが
取締役を称するような「表見的取締役」については、事実上の取締役という
名の下で規定を定め、他方で同試案一四の定める支配株主等の規定について
参照)
。
親会社にとって有利な取引条件が設定されている親子会社間の非通例的取引に
おいて、子会社取締役等の業務執行者には親会社の指示に従う義務はないが、企業
ガバナンス構造上自らの保身を維持するために子会社をして親会社に不当な利益を
供与するような取引を行えば、会社法一二〇条一項に触れることとなる(稲葉威雄
『改正会社法』一八四頁(金融財政事情研究会、一九八五年)参照)
。
(1
0
2) 松井・前掲(注4
1)七頁∼八頁参照。
(1
0
3) 法制審議会会社法制会社法部会第七回会議会社法部会資料5「親会社に関する
規律に関する検討事項(2)――子会社株主・債権者の保護に関する規律――」
(第
3 子会社の少数株主の保護に関する検討事項(補足説明)
)参照。
(1
0
4) 弥永真生ほか「会社法制の見直しに関する中間試案をめぐって〔下〕
」商事法
務一九五五号四頁以下〔弥永真生発言〕
(二〇一二年)参照。
(1
0
1)
126
島大法学第5
5巻第4号
は、取締役等の業務執行者の職務行為に「重要な影響力を行使する者」に対
する労働債権又は取引によって生じていない不法行為債権の責任問題との関
連付けで論議されていた。これは、立法論上、事実上の取締役という一つの
概念の下で、上記のような規定を定めることは容易なことではないことを意
味する。もっとも「八六年改正試案」は、事実上の取締役の責任を立法化す
ることにより、
「選任決議に瑕疵のある者」と「表見的取締役」が係わる法律
関係を簡明に解決しようとする立法論上の試みであったと評価することがで
きる。しかし、前述のとおり、
「選任決議に瑕疵のある者」と「表見的取締役」
の場合には、現行法の枠組みによっても十分に解決できるものである。
むしろ事実上の取締役理論を適用すべき領域としては、会社経営に対し事
実上の影響力を有する支配株主等が、自ら会社の職務を行うか、又は会社の
取締役等の業務執行者の職務行為を指揮し、若しくは指図を行い、自己又は
第三者の利益を図る場合に限定して議論すべきである。
四 おわりに
本稿では、事実上の影響力を有する支配株主等の利益を図る権限濫用行為
を抑制するための一つの法解釈論として利用されている事実上の取締役理論
の現状について検討してきた。日本では、前述のとおり、
「八六年改正試案」
のうち、事実上の取締役に関するルールを設けた経緯がある。しかし、この
八六年改正試案のうち、事実上の取締役に関するルールは、その後の度重な
る商法改正や平成一七年会社法制定においても立法化されず、中間試案【A
案】の「親会社等の責任」に関するルールも今回の会社法制の見直しに関す
る要綱案から削除され、先送りする結果になった。その理由は、まだ学界や
実務界から「支配株主等の権限濫用行為抑制」に関するするルールは十分に
検討した後に立法化すべき課題であるとの認識があったからであろう。ただ
し、八六年改正試案二1
3b に示されていた事実上の取締役の責任に関するルー
ルは、今回の中間試案〔第二部親子会社に関する規律〕に示された「親会社
等の責任」に関するルールと相まって、今後、支配株主等の権限濫用行為を
事実上の取締役の法的責任(洪)
127
抑制するための新たな解決策を模索していくうえで、再検討の余地は十分に
あると思われる。
日本では、取締役等の業務執行者に対し事実上の影響力を有する支配株主
等が、自己又は第三者の利益を図る権限濫用行為を規制するための明文上の
規定を設けておらず、主として支配株主等の忠実義務やコンツェルン関係に
おける株主間の誠実義務、シャドー・ディレクターの責任等が論議されてき
たが、近時、下級審判例では、事実上の取締役理論を適用した裁判例がみら
れる。前述のとおり、支配株主等の責任については、事実上の取締役理論に
よって責任を追及する方法が、法概念の定義上、アメリカ法の支配株主等の
忠実義務の認定説よりも、取締役等の業務執行者以外の者による実質的な経
営関与行為を幅広く規制できるという観点からすると、デメリットよりもメ
リットの方が大きい。
今回の中間試案【A 案】では、親会社と同等の影響力を有すると考えられる
自然人(=支配株主)の責任についても、
「親会社等の責任」の定める!から
"までと同様の規定を設ける場合は、どのように考えられるかと照会した。
ドイツのような企業グループを対象とした独自の企業結合法制を有していな
い日本では、一の#で述べたように他の法理を借用して、いわば親会社等の
権限濫用行為により生じる法的問題を解決してきた。しかし、諸外国におい
ては、親会社等の権限濫用行為に対応するための法制度として、イギリスの
シャドー・ディレクターの責任、ドイツの株主及び有限会社社員の誠実義務、
韓国の業務執行指図人等の責任に関する明文上の規定が存在し、立法上の対
策が講じられている。
株式相互持合いの構造によって形成されている日本の企業グループにおい
ては、実質的な観点からすると、自然人である支配株主よりも法人株主とし
ての存在感が強く認識されており、所有と経営の分離による経営者支配主義
が定着されているため、自然人である支配株主による利益侵害行為は相対的
に多くはないといえる。ただし、一九九七年改正独占禁止法によって持株会
社の設立が認められてから、多くの持株会社が設立されているという状況に
128
島大法学第5
5巻第4号
鑑みれば、持株会社と傘下子会社(又は支配会社と従属会社)との間で利害
衝突の可能性が起こり得る蓋然性が高いこと、さらに会社の九五パーセント
以上の割合を占める小規模閉鎖的な非公開会社では、個人企業主としての支
配株主による権限濫用行為を防ぐ必要性があると考えられるから、立法的解
決が望まれる。
〔追記〕
校正段階で、坂本三郎ほか「会社法制の見直しに関する中間試案に対する
学界意見の分析〔中〕
」 商事法務一九六四号一六頁以下(二〇一二年)及び
「会社法制見直しに関する要綱案」に接した。なお、
『島大法学』第五五巻第
四号の発行が遅れたため、平成二四年九月以降の校正段階では、本稿の三の
Ⅰ・Ⅱに関する内容の一部を手直ししたことをお断りしておきたい。
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