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緊急被ばく医療ポケットブック

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緊急被ばく医療ポケットブック
緊急被ばく医療ポケットブック
目次
ポケットブック検討委員会委員構成
緊急被ばく医療体制について
第1章 被ばく医療の基本的知識
電離放射線の種類と影響
自然放射線による被ばく,医療被ばく,職業上の被ばく,放
射線事故による被ばくの比較
緊急被ばく医療の対象となる人とは
被ばく患者からの医療スタッフの被ばく
原子力防災体制について
第2章 被ばく医療の基本的手技
被ばく医療の原則および汚染拡大防止措置
被ばく医療の進め方の原則
個人の防護装備の原則
病院施設の汚染拡大防止措置
搬送車両・航空機の汚染拡大防止措置
内部被ばくおよび身体汚染に対する処置
皮膚汚染に対する除染方法
身体開口部(目/鼻/口/耳)に対する除染方法
創傷汚染の処置
内部汚染の評価方法
内部汚染で問題となる核種とその特徴
安定ヨウ素剤の投与方法
内部汚染の除去剤の使い方
外部被ばくに対する処置
高線量全身被ばく/急性放射線症候群の対応
外部被ばくの線量評価の方法
消化管症候群の治療
骨髄症候群の治療
放射線皮膚損傷の治療
放射線肺障害の治療
その他
サーベイメータ使用方法の実際
検体(採血,尿,便,痰)の採取とタイミング
汚染地区旅行者/事故現場通過者への考え方
第3章 放射線事故の特徴と医療対応
原子炉および原子力関連施設の事故
チェルノブイリ型炉心崩壊事故
スリーマイル型気体放出事故
核燃料施設の臨界事故
管理区域内の汚染事故
核燃料再処理施設での事故
放射線取扱施設での事故
医療施設の被ばく事故
工業用照射施設の被ばく事故
軟 X 線発生装置による被ばく事故
RI 実験室/病院検査室での汚染
その他の事故等
癌治療線源盗難/紛失事故
非破壊検査線源盗難/紛失事故
放射性物質輸送時の事故
多数(10 名以上)の汚染・被ばく被災者への対応
9.11 事件以降の被ばく医療におけるトピックス
第4章 付録
内部被ばくに関する線量換算係数
単位について
緊急時連絡先
被ばく医療に関係するインターネット資源一覧
被ばく医療に関係する法令等
原子力発電所のしくみと構造
放射性物質等の輸送について
参考・引用文献
本冊子は、文部科学省からの平成 16 年度委託「緊急時対策総合技術調査」の一環として財団法
人原子力安全研究協会が作成したものです。
ポケットブック検討委員会委員構成
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
(敬称略・順不同)
委員長
神
裕
財団法人原子力安全研究協会研究参与
委
員
猪狩
和之
東京電力株式会社原子力技術・品質安全部
放射線安全グループ 産業医
委
員
伊藤
靖
北海道消防学校講師/札幌医科大学附属病
院
高度救急救命センター助手
委
員
太田
勝正
委
員
菊地
透
自治医科大学 RI センター管理主任
委
員
栗原
治
核燃料サイクル開発機構東海事業所
放射線安全部線量計測課副主任研究員
委
員
小池
薫
東北大学大学院医学系研究科
救急医学分野助教授
名古屋大学医学部保健学科看護学専攻
基礎看護学講座教授
委
員
小塚
拓洋
財団法人癌研究会癌研有明病院放射線治療
科
委
員
瀧
健治
佐賀大学医学部救急医学講座教授
委
員
瀧田
昭久
日本原燃株式会社安全技術室
環境管理センター長
委
員
平間
敏靖
独立行政法人放射線医学総合研究所
緊急被ばく医療研究センター
緊急被ばく医療業務推進ユニット
医療業務室長
(平成 16 年 12 月よりノボ ノルディスクフ
ァーマ株式会社ノボセブン臨床開発部)
委
員
青木
芳朗
財団法人原子力安全研究協会
放射線災害医療研究所長
委
員
古賀
佑彦
財団法人原子力安全研究協会参与
委
員
衣笠
達也
財団法人原子力安全研究協会
放射線災害医療研究所副所長
委
員
前川
和彦
財団法人原子力安全研究協会参与
委
員
郡山
一明
財団法人原子力安全研究協会研究参与
緊急被ばく医療体制について
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
緊急被ばく医療体制は,「いつでも,どこでも,誰でも最善の医療
を受けられる」という命の視点に立った医療を実現することが重要
です。そのため緊急 被ばく医療体制は,初期に行われる外来(通院)
診療を行う初期被ばく医療体制,入院治療を行う二次被ばく医療体
制,および高度で専門的な入院治療を行なう 三次被ばく医療体制と
に分けられています(表参照)。しかし,この区分は,医療機関の
機能に応じて相互に補完するための目安であり,診療の範囲を限定
する ものではありません。
また,緊急被ばく医療体制は,一般の救急医療体制や災害医療体制
の一部に組み込まれて機能することが実効的です。具体的には,原
子力緊急事態に至ら ない場合は救急医療体制に,原子力緊急事態の
発生時には救急医療体制に加え,広域的な災害医療体制にも組み込
まれて機能することが必要となります。
表
被ばく医療体制からみた施設における対応
1. 初期被ばく医療では,以下の対応が行われます。
(1) 原子力施設における初期被ばく医療
応急処置および放射性物質の汚染の把握,可能な限り除染,
汚染拡大防止措置を行い,緊急被ばく医療機関に患者を搬送
します。
1. 原子力施設の内における対応
a. 心肺蘇生や止血等,可能な範囲での応急処置
b. 創傷汚染,体表面汚染の除染等
c. 安定ヨウ素剤の投与やキレート剤などの投与
d. 汚染の拡大防止や搬送関係者の被ばく防止
2. 原子力施設の外における対応
a. 汚染の拡大防止や搬送機関の放射線防護,搬送時に生じ
た汚染の除染に協力。
b. 除染に使用した資機材等の持ち帰りならびに処理。
(2) 医療機関における初期被ばく医療
避難所等や原子力施設から搬送されてくる被ばく患者の外
来診療,ふき取り等の簡易な除染や応急処置,線量評価のた
めの生体試料(血液,尿等)の採取および管理を行います。
また,通常の外来診療に加え,以下の緊急被ばく医療を行い
ます。
a. 中性洗剤,除染用乳液等による頭髪,体表面等の放射性
物質の除染
b. 汚染創傷に対する処置
c. 安定ヨウ素剤の投与
(3) 避難所等で周辺住民等を対象とする初期対応
放射性物質の汚染の把握と情報の管理等を行います。
1. 体表面汚染レベルや甲状腺被ばくレベルの測定
2. 避難した周辺住民等の登録とスクリーニングレベルを超
える周辺住民等の把握
3. 放射線による健康影響についての説明
4. ふき取り等の簡易な除染等の処置,医療機関への搬送
2. 二次被ばく医療では,以下のような診療(入院診療)が行われま
す。
1. 局所被ばく患者の診療
2. ホールボディカウンタ等による測定,血液,尿等の生体試
料による汚染や被ばく線量の評価
3. 高線量被ばく患者の診療
4. ブラッシング,デブリードマンなどによる除染処置や合併
損傷の治療
5. シャワー設備などによる身体の除染
6. 軽度の内部被ばく(放射性同位元素を用いた診断による被
ばくと同程度のもの)の可能性がある者の診療の開始
7. 三次被ばく医療機関への転送
3. 三次被ばく医療では,以下について専門的な入院診療が行われま
す。
1. 重篤な局所被ばく患者の診療
2. 高線量被ばく患者の診療
3. 重症の合併損傷の治療
4. 重篤な内部被ばく患者の診療
5. 肺洗浄等の高度な専門的な除染
6. 高度な専門的な個人線量評価
7. 様々な医療分野にまたがる高度の総合的な集中治療等
緊急被ばく医療体制について
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
緊急被ばく医療体制は,「いつでも,どこでも,誰でも最善の医療
を受けられる」という命の視点に立った医療を実現することが重要
です。そのため緊急 被ばく医療体制は,初期に行われる外来(通院)
診療を行う初期被ばく医療体制,入院治療を行う二次被ばく医療体
制,および高度で専門的な入院治療を行なう 三次被ばく医療体制と
に分けられています(表参照)。しかし,この区分は,医療機関の
機能に応じて相互に補完するための目安であり,診療の範囲を限定
する ものではありません。
また,緊急被ばく医療体制は,一般の救急医療体制や災害医療体制
の一部に組み込まれて機能することが実効的です。具体的には,原
子力緊急事態に至ら ない場合は救急医療体制に,原子力緊急事態の
発生時には救急医療体制に加え,広域的な災害医療体制にも組み込
まれて機能することが必要となります。
表
被ばく医療体制からみた施設における対応
1. 初期被ばく医療では,以下の対応が行われます。
(1) 原子力施設における初期被ばく医療
応急処置および放射性物質の汚染の把握,可能な限り除染,
汚染拡大防止措置を行い,緊急被ばく医療機関に患者を搬送
します。
1. 原子力施設の内における対応
a. 心肺蘇生や止血等,可能な範囲での応急処置
b. 創傷汚染,体表面汚染の除染等
c. 安定ヨウ素剤の投与やキレート剤などの投与
d. 汚染の拡大防止や搬送関係者の被ばく防止
2. 原子力施設の外における対応
a. 汚染の拡大防止や搬送機関の放射線防護,搬送時に生
じた汚染の除染に協力。
b. 除染に使用した資機材等の持ち帰りならびに処理。
(2) 医療機関における初期被ばく医療
避難所等や原子力施設から搬送されてくる被ばく患者の外
来診療,ふき取り等の簡易な除染や応急処置,線量評価のた
めの生体試料(血液,尿等)の採取および管理を行います。
また,通常の外来診療に加え,以下の緊急被ばく医療を行い
ます。
a. 中性洗剤,除染用乳液等による頭髪,体表面等の放射
性物質の除染
b. 汚染創傷に対する処置
c. 安定ヨウ素剤の投与
(3) 避難所等で周辺住民等を対象とする初期対応
放射性物質の汚染の把握と情報の管理等を行います。
1. 体表面汚染レベルや甲状腺被ばくレベルの測定
2. 避難した周辺住民等の登録とスクリーニングレベルを超
える周辺住民等の把握
3. 放射線による健康影響についての説明
4. ふき取り等の簡易な除染等の処置,医療機関への搬送
2. 二次被ばく医療では,以下のような診療(入院診療)が行われま
す。
1. 局所被ばく患者の診療
2. ホールボディカウンタ等による測定,血液,尿等の生体試
料による汚染や被ばく線量の評価
3. 高線量被ばく患者の診療
4. ブラッシング,デブリードマンなどによる除染処置や合併
損傷の治療
5. シャワー設備などによる身体の除染
6. 軽度の内部被ばく(放射性同位元素を用いた診断による被
ばくと同程度のもの)の可能性がある者の診療の開始
7. 三次被ばく医療機関への転送
3. 三次被ばく医療では,以下について専門的な入院診療が行われま
す。
1. 重篤な局所被ばく患者の診療
2. 高線量被ばく患者の診療
3. 重症の合併損傷の治療
4. 重篤な内部被ばく患者の診療
5. 肺洗浄等の高度な専門的な除染
6. 高度な専門的な個人線量評価
7. 様々な医療分野にまたがる高度の総合的な集中治療等
≪電離放射線の種類と影響≫
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
電離放射線の種類
・種類
電離放射線とは,下記の電磁波,粒子線のうちで,直接的または間
接的に空気を電離する能力をもつものです(単に「放射線」と呼ぶ
ことが多い)。なお,網膜 が光として感じる可視光線,医療器具の
殺菌に使う紫外線,携帯電話の電波なども同じ電磁波ですが,電離
作用がないため電離放射線ではありません。
電離放射線
・ガンマ(γ)線,エックス(X)線
・アルファ(α)線,重粒子線,陽子線,ベータ(β)線,電子線
・中性子線 など
X 線は,
医療分野においては CT や X 線検査で広く用いられており,
また,リニアック,テレコバルト照射装置,ラルストロンなどを用
いた放射線治療に高エネルギーX 線や γ 線が使われています。
近年,
重粒子線もがんの治療に用いられ,高い治療成績をあげています。
・透過力
電離放射線は,物質を透過する性質がありますが,図 1-1 に示すよう
に放射線の種類によって透過力に大きな差があります。α 線は,薄い
紙すら透過できませ んので,外部被ばくは問題になりません。中性
子線は非常に透過力が強いため,JCO 事故では施設の外にいた一部
の人々も被ばくしました。同じ X 線でもエネ ルギーが高いほど透過
力は強いため,リニアック放射線治療室の壁は X 線検査室と比べて
何倍も厚く作られています。
(出典:「原子力・エネルギー」図面集 2004-2005(財)日本原子力文化
振興財団)
図 1-1 放射線の種類と透過力
放射線被ばくと影響
人体に放射線が当たることを放射線被ばくと言います(単に「被ば
く」ということも多い)。放射性物質が身体表面に付着することを
体表面汚染(身体汚染)と言います。
(出典:二次被ばく医療機関における対応)
図 1-2 被ばくの形式
・被ばくの形式
被ばくは,放射線がどのような経路で人体に当たるのか,および放
射線管理の観点から以下の 3 つに区分されます(図 1-2 参照)。なお,
体表面汚染は,付着 した部位の外部被ばくを生じるとともに,汚染
部位が創傷部や目,鼻などの場合は,傷口または粘膜から放射性物
質が体内に取り込まれ,内部被ばくも生じる可 能性があります。
(1)外部被ばく(体外被ばく),(2)内部被ばく(体内被ばく),
(3)体表面汚染(身体汚染)
・被ばく線量と影響
放射線の人体への影響には,「身体的影響」と「遺伝的影響」があ
ります。身体的影響は被ばくした本人に現れる障害で,遺伝的影響
は,被ばくした人の子孫に 現れる影響です(妊娠中に胎児が受けた
被ばくは,胎児本人への身体的影響に区分されます)。さらに,影
響が被ばく後数週間以内に現れるものを「早期影響 (急性影響)」,
数ヶ月から数年あるいは十数年後に現れるものを「晩発影響」と言
います。
図 1-3 に代表的な被ばく線量とそれによる放射線影響との関係を示
します。
(出典:「原子力・エネルギー」図面集 2004-2005(財)日本原子力文
化振興財団)
図 1-3 被ばく線量とその影響
・放射線影響を考えるときのポイント
放射線影響を考えるときのポイントを 4 つ示します。
1. 線量の大きさ:急性の皮膚障害,造血臓器の傷害など身体的影
響の早期影響には「しきい値」(あるいは,「しきい線量」)
があり,それ以下の被ばくでは影響 は発生しません。身体的
影響の晩発影響のがん,および遺伝的影響については「しきい
値」はないと考えられていますが,線量が少なければ発生の確
率も小さく なります。さらに,がんについては 50mSv 以下,
遺伝的影響についてはいかなる被ばくでも,疫学上は人での影
響の増加が確認されていません。
2. 被ばくの部位:大量の放射線被ばくを受けても,その影響が問
題になるのは,被ばくした部位だけです。例えば,手だけに被
ばくをしても,赤色骨髄がないため 白血病などの影響の心配
はありません。一般の胸部レントゲン撮影は生殖腺の被ばくが
ほとんどありませんので,遺伝的影響の心配はありません。
3. 被ばくの範囲:全身に被ばくすれば死に至るような大量の放射
線でも,体の一部だけしか被ばくしなければ,局所の急性障害
で済みます。全身被ばくか,それとも局部の被ばくかは,放射
線影響の程度を考える重要なポイントになります。
4. 被ばくの期間:大量の放射線でも合計が同じなら,連続的ある
いは何回かに分けて被ばく(慢性被ばく)する方が,一度に被
ばくする(急性被ばく)よりも一般 に影響は小さくなります。
これは,人に備わっている修復,回復機能によるもので,放射
線治療ではこの性質を利用して分割照射が行われます。
(出典:「原子力・エネルギー」図面集 2004-2005(財)日本原子
力文化振興財団)
図 1-4 放射線の人体への影響
≪自然放射線による被ばく,医療被ばく,
職業上の被ばく,放射線事故による被ば
くの比較≫
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
自然放射線
私たちは日常生活を通じて,そしてどこで暮らしていても宇宙(太
陽と銀河からの宇宙線)や大地からの放射線を受け,さらに空気中
に含まれる自然の放 射性ガス(ラドンなど)の吸入や食物に含まれ
る自然の放射性物質の摂取による放射線を受けています。これらは
自然放射線と呼ばれ,日本における 1 年間の平 均被ばく線量は
1.45mSv 程度です(表 1-1 上段参照)。自然放射線の量は地域によっ
て異なり,インドやブラジルには年間の被ばく線量が 10mSv を 超え
る地域もあります。
表 1-1
自然放射線および医療被ばくによる 1 人あたりの年間実効線
量(mSv/年)
被ばくの種類
世界平均
日本の参考デ
(国連科学委員会)
ータ
0.5
0.32
宇宙線
自然放射
カリウム(K-40)
線
等の経口摂取
0.4
0.27
0.3
0.41
ラドン等の吸入
1.2
0.45
医療被ばく
世界平均
大地放射線
医科 X 線診断・
0.4
人工放射
CT
線
歯科 X 線検査
0.002
核医学診断
0.03
工業国
日本
1.2
2.3
0.01
0.02
0.08
0.03
(出典:ナースのための放射線医療(放射線医学総合研究所監修,
朝倉書店,2002))
医療被ばく
自然放射線による被ばく以外に,(1)X 線検査などの医療放射線,(2)
以前の核実験による放射性降下物(フォールアウト),(3)原子力利
用に伴う放射線,および(4)放射性物質を利用した煙感知器や夜光時
計などの製品からの人工放射線による被ばくがあります。その中で
もっとも大きなものが医療放 射線利用による患者としての被ばく
(医療被ばく)です。日本の医療被ばくは,放射線診療機器の普及
などの理由により,他の先進諸国と比べても群を抜いて多くなって
います(図 1-5 参照)。表 1-2 には,主な X 線検査による平均的な
被ばく線量を示しました。1 回の検査に伴う医療被ばくは,1 年間の
自然放射線 による被ばく線量の 1/10 程度のものから,10 倍程度の
ものまで様々です。なお,心血管造影検査などでは検査部の皮膚表
面に,これらと比べて多量の被ばくが生じることがあり,必要に応
じて副作用等に対するケアが行われます。
図 1-5 医療被ばくによる 1 人あたりの年間実効線量(mSv/年)の比
較(表 1-1 より作成)
放射能について:世間では,ときどき「放射能を浴びる」という表
現を耳にします。診療に放射線を利用している医療従事者の中にも,
ひょっとすると放射線と放射能の言葉の区別が曖昧な人がいるかも
知れません。
放射能とは,原子(正確には原子核)が放射線を出す性質のことを
いいます。簡単に言えば,物質(放射性医療品など)が持っている
放射線を出す能力の ことです。物質の性質を表すために「放射能が
ある,ない」と表現したり,放射線を出す能力に関して「放射能が
強い,弱い」と表現して用います。放射能の強 さは,Bq(ベクレル)
という単位で表わします。
なお,事故などで放射能を持った物質(放射線物質)が容器,施設
などから周囲に漏洩すると,その物質が付着した部分から放射線が
放出されます。そのような状態を一般に「放射能漏れ」とか「放射
能汚染」といいます。また,身体表面に放射性物質が付着すること
を「体表面汚染(身体汚染)」といいます。い ずれも,放射能を持
った物質の挙動に関することを表しています。
私たちは,「放射能を持った物質」を浴びてしまうことはあるかも
しれませんが,「放射能を浴びる」ことはないのです。
表 1-2
主な X 線診断における実効線量(mSv/検査)
診断部位
実効線量(mSv/検査)
男性
一般 X 線診断
X 線 CT 検査
集団検診
女性
頭部
0.1
0.1
胸部
0.06
0.06
上部消化管
8.00
7.00
注腸
6.00
8.00
頭部
0.48
0.49
胸部
8.63
8.58
上腹部
9.00
9.00
下腹部
3.60
7.10
胃部
0.6
胸部(間接撮影)
0.05
撮影件数: 一般 X 線診断(1986 年)約 1 億 4,000 万件
X 線 CT(1989 年)約 1,200 万件
胃集団検診(1991 年)約 780 万件
胸部集団検診(1991 年)約 2,500 万件
(出典:ナースのための放射線医療(放射線医学総合研究所監修,
朝倉書店,2002))
職業上の被ばく
放射線診療等に従事する医師,診療放射線技師,看護師等(こ
れらをまとめて「放射線業務従事者」あるいは「放射線診療
従事者」という。)には,診療 に伴いある程度の被ばくが
生じます。放射線業務従事者に対しては,表 1-3 に示す線量
限度が定められ,被ばく線量等の管理が実施されます。2003
年度の 報告によれば(FB News No.335 より),年間の被ば
く線量は医師 0.24mSv,診療放射線技師 0.68mSv,看護師
0.12mSv といずれも自然放射線より少ない値で す。
表 1-3
放射線業務従事者の線量限度
線量限度の対象
実効線量
*1
線量限度
100mSv/5 年間*3
50mSv/1 年間
水晶体
等価線量 皮膚
150mSv/1 年間
500mSv/1 年間
妊娠中の女性の腹部表面 2mSv*2
*1 妊娠可能な女性については,3 ヶ月間について 5mSv
*2 妊娠と診断された時から出産まで
*3 放射線障害防止法では,放射線業務従事者の線量限度を 5 年ごと
に区分した各期間につき 100mSv,かつ 4 月 1 日を始期とする 1
年間につき 50mSv と定められている。
放射線事故による被ばく
放射線事故とは,「生命,健康および財産に直接的あるいは間接的
に被害をもたらすような放射線源の制御の失敗に起因する事象」
(IAEA 安全シリー ズ No.32 より)です。1999 年の JCO 事故や 1986
年の旧ソ連でのチェルノブイリ原子力発電所事故はもちろん放射線
事故ですが,もし医療施設で放 射線治療用のセシウム(Cs-137)針
などの密封小線源の紛失があれば,それも放射線事故に含まれます。
・原子力施設の事故の大きさ
原子力発電所など原子力施設での事故や原子力利用に伴う事故は、
施設外への被害の程度,施設従業員への被害の程度,原子力施設の
安全性に関する問題の 3 つ の観点から「国際原子力事象評価尺度
(INES)」という 8 段階の尺度(表 1-4)によって評価されます。私
たちはこれによって事故の規模,被害の程度な どについてある程度
の目安を付けることができます。先ほどの JCO 事故はレベル 4,チ
ェルノブイリ原子力発電所事故は,もっとも深刻な事故であるレベ
ル 7 と評価されています。
表 1-4
国際原子力事象評価尺度(INES)
レベル 7 深刻な事故
レベル 6 大事故
レベル 5 所外へのリスクを伴う事故
レベル 4 所外への大きなリスクを伴なわない事故
レベル 3 重大な異常事象
レベル 2 異常事象
レベル 1 逸脱
レベル 0 尺度以下
・放射線事故による被ばくの特徴(可能性として)
原子力施設などで事故が発生した場合,それによって生じる被ばく
には,以下の特徴があります。
1. 被災した従業員が複数いる
2. 被災した従業員の全身あるいは局所に過剰被ばくが生じる
3. 被災した従業員に外部被ばく以外に内部被ばくおよび体表面
汚染が生じている
4. 被災した従業員の身体に重大な傷害(事故に伴う外傷)が生じ
ている
5. 多数の周辺住民に被害が及ぶ可能性がある
6. 避難してきた住民に外部被ばくが生じている
7. 避難してきた住民に体表面汚染が生じている
8. その他
・放射線事故による被ばくへの対応
障害の重篤度,被ばく線量や体表面汚染の程度,そして,医療処置
が必要な被災者の人数などにより,どこで受け入れるか,何を優先
して医療を行うべきかが変わってきます。
また,放射線事故が発生したときにその場にいた,前述の線量限
度を超えて被ばくした,あるいは傷創部が汚染した場合などには,
必要な診療や処置を行うとともに,所轄の労働基準監督署に報告す
る必要があります。
≪緊急被ばく医療の対象となる人とは
≫
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
緊急被ばく医療の対象となるのは次のような人です。
1. 放射線事故などにより汚染や被ばくがあるかもしくは疑われ
る人々。
2. 放射線事故などにより汚染や被ばくがあるかもしくは疑われ,
かつ創傷,熱傷,骨折,打撲等の合併損傷や脳血管障害や急性
心筋梗塞等の救急傷病を伴っている人々。
つまり,一般医療との大きな違いは,汚染や被ばくがあるという放
射線学的な条件や問題が加わっている点です。
さらに,治療の必要性から次のように分けられます。このなかには,
汚染や被ばくを心配して説明を必要とする人たちも含まれます。
1. 直ちに治療を必要とする人々
2. 直ちに治療を必要とはしないが,長期的な医学的フォローアッ
プを必要とする人々
3. 治療を必要としないが,医学的な説明を必要とする人々
一方,対象を現場の作業者と一般住民に分けて考えると,次のよう
に整理されます。
1. 放射線や放射性物質を扱う現場の作業者:
多くの放射線事故では,事故に直接巻き込まれるのは作業者で
す。ですから,重大な被ばくや汚染を受けるのは,主に現場の
作業者ということになります。
2. 一般住民:
放射線事故の規模や内容によっては,一般住民への対策が必要
な場合がありますが,一般的に重大な被ばくはありません。し
かし,強力な放射線源をそれ と知らずに持ち出した(下記(ウ,
エ))場合には重大な被ばくになることがあります。また,不
安により混乱した人々に対して対応が必要(下記(イ))な場
合もあります。
(ア)チェルノブイリ事故の場合は,多数の住民に放射線防護
対策が必要となりました。ただし汚染や被ばくのために緊急に
入院診療を行った住民はほとんどいませんでした(p85「チェ
ルノブイリ型炉心崩壊事故」参照)。
(イ)スリーマイル島事故の場合は,結果的に住民への放射線
防護対策の必要はありませんでしたが,様々な情報が錯綜した
ため住民が混乱し,医療機関に殺到する騒ぎとなりました(p89
「スリーマイル島型気体放出事故」参照)。
(ウ)ゴイアニア事故のように放置された放射線源を住民が持
ち出し,住民が多数汚染し死亡者も発生しました(p115「癌治
療線源盗難/紛失事故」参照)。
(エ)1970 年代に多発した非破壊検査用の線源(工業用の検査
に用いられる密封された放射線源)の不適切な管理のため,そ
れを拾った一般の人々が被ばくしました(p120 非破壊検査線源
盗難/紛失事故)参照)。
一般住民が遭遇する放射線事故としては,上記(ア)のような原子
力災害が想起されがちですが,実際には(ウ)や(エ)のような原
子力とは関係のない分野や場所で多くの放射線事故が起きています。
≪被ばく患者からの医療スタッフの被
ばく≫
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
医療スタッフの二次被ばく
原子力施設などの事故では,患者(被災した従業員,住民)に体表
面汚染が生じていることがあります。このため,医療処置に当たる
医療スタッフには,患者の身体に付着した放射性物質からの二次被
ばくとその放射性物質による二次的な体表面汚染や内部被ばくの可
能性があります。
ただし,事故によって被災者が直接的に受ける放射線被ばくや放射
性物質による汚染と比べれば,医療処置にかかわるスタッフの二次
的な被ばくや体表面 汚染はわずかだと言えます。しかし,事故時の
医療処置は通常,放射性物質を取り扱わない施設で行なわれること
が多く,また,わずかな被ばくであっても不必 要な被ばくはできる
だけ低減するのが防護の基本です。具体的な外部被ばく低減,汚染
拡大防止策などについては第2章「被ばく医療の基本的手技」を参
照して ください。
体表面汚染のある患者からの医療スタッフの被ばく
・二次的な外部被ばく
汚染した患者への医療処置を行うとき,患者の身体表面に付着した
放射性物質から放出される放射線によって,医療スタッフにわずか
ですが二次被ばくが生じます。原子力災害における体表面汚染の可
能性がある核種(放射性物質の種類)の一つであるコバルト(Co-60),
ヨウ素(I-131),セシウム(Cs- 137)について,それぞれ 1MBq の
体表面汚染があると仮定した場合,患者から 30cm の距離で 3 時間連
続して処置を行ったときの医療スタッフの被ばく 線量を表 1-5 の左
欄に示します。同じく 1MBq の放射性物質を体内に取り込んだ患者
から 30cm の距離で,1 日 8 時間,2 週間継続して処置を行ったと仮
定したときの被ばく線量を表 1-5 の右欄に示します。
実際の処置に係わる時間を考えると,この表で示された数値よりも
さらに小さい数値になることが予想され,汚染患者の医療処置によ
る医療スタッフの二次的な外部被ばくに関してほとんど問題にする
必要がないことが分かります。
表 1-5
核種
体表面汚染あるいは内部被ばく患者の処置に伴う医療従事
者の被ばく(推定値)
1MBq の体表面汚染患者か
ら
の被ばく線量(μSv)*1
1MBq の内部被ばく患者か
ら
の被ばく線量(μSv)*2
Co-60
11.7
29
I-131
2.16
10
Cs-137
3.3
15
*1 患者から 30cm の距離で,3 時間連続して処置を行ったと仮定す
る。
もし,患者の身体表面の 50cm 四方に,400Bq/cm2(放射線管理
区域から物品を持ち出すときの汚染の基準の 100 倍)の汚染が生
じているとすると,患者自身は皮膚に 1 時間当たりおよそ 0.4~
0.5mGy の放射線を受ける。
*2 患者から 30cm の距離で,1 日 8 時間,2 週間継続して処置を行っ
たと仮定する。患者自身には,およそ 3~20mSv の内部被ばくが
生じる。
・二次的な体表面汚染,内部被ばく
体表面汚染のある患者の処置を行う場合は,防護衣や手袋の着用な
ど基本的な汚染防止対策が必要です。詳細は第 2 章に示しますが,
そのような防護対策を行っても多少の体表面汚染が医療スタッフに
生じる可能性はあります。その際,身体表面に付着した放射性物質
を経口で体内に取り込まないようにするために,処置 を行う区域で
の飲食・喫煙は禁止され,それらにより効果的に医療スタッフの内
部被ばくの防護を図ることができます。
手指等に付着した放射性物質については,すみやかな除染等の処置
が必要です。ただし,1cm2 当たり 4Bq という放射線管理 区域から
持ち出すときの基準に相当する体表面汚染が生じたとしても,表 1-6
に示すようにそれに伴う医療スタッフ自身の皮膚自体の被ばくはわ
ずかです。し たがって,医療処置に伴う体表面汚染によって生じる
外部被ばくを特に心配する必要はありません。
表 1-6
1cm2 当たり 4Bq の密度*3
で皮膚に付着した放射性物質に
よる皮膚の吸収線量(1 時間当た
り)
Co-60
約 4 μGy/h
I-131
約 5 μGy/h
Cs-137
約 5 μGy/h
* アイソトープ協会編:アイソトープ手帳 10 版をもとに計算
放射線管理区域から物品を持ち出すときの汚染の基準 4Bq/cm2 に
*3
相当
医療処置に伴って発生する放射性物質によって汚染したガーゼ等も,
二次的な体表面汚染,内部被ばく,および外部被ばくの原因となる
可能性はありま す。しかし,それら医療廃棄物をビニール袋等にき
ちんと入れ,管理すれば二次的な体表面汚染,内部被ばくは十分に
防ぐことができ,さらに,それら廃棄物か らの二次的な外部被ばく
もわずかです。
≪原子力防災体制について≫
目次 | 第 1 章 | 第 2 章 | 第 3 章 | 第 4 章 |
原子力防災のしくみ
JCO 事故の教訓を踏まえて,2000 年 6 月に「原子力災害対策特別措
置法(以下,「原災法」と書く)」が施行され,事故時の初期対応
の迅速化,国と都道府県および市町村の連携確保等,防災対策の強
化・充実が図られています。
具体的には,原子力事業者への異常事態の通報の義務付け,原子力
緊急事態における内閣総理大臣を長とする国の「原子力災害対策本
部」の設置,国,自治体および住民も参加した防災訓練の実施,現
地に常駐する国の原子力防災専門官の設置等を定めています。
(出典:緊急被ばく医療対策 Q&A)
図 1-6 原災法における主な取り組み
原子力災害対策の概要
異常が発生した場合,事業者は国,自治体に速やかに通報をします
(原災法 10 条通報)。国や自治体は事業者からの通報を受けたら警
戒態勢を整えます。
原子力緊急事態が発生した場合,主務大臣は内閣総理大臣に直ちに
報告をします(原災法 15 条:10 条通報事象の原則 100 倍のモニタリ
ング値が測定 された場合)。内閣総理大臣は原子力緊急事態宣言を
発出し,直ちに「原子力災害対策本部」を設置します。原子力災害
対策本部長は自治体に対し,必要な応急 対策などの指示を出します。
表 1-7
原子力災害発生時における対応
警戒段階
東
京
現
地
政府
関係省庁との情報共有
政府
現地における情報共有
緊急事態対応
○原子力災害対策本
部
本部長:内閣総理大
臣
○原子力災害警戒本部
副本部長:主務大臣
主 務 本部長:主務大臣
官庁 副本部長:副大臣,大臣政務官等 開催場所:官邸
事務局:主務省庁
事務局:主務省庁
対策本部も政府の
本部と一体化
○原子力災害現地対
策本部
○原子力災害警戒本部
本部長:副大臣
本部長:防災専門官
場所:オフサイトセ
主 務
→副大臣(現地に派遣され
ンター
官庁
到着した時)
現地本部も政府の
場所:オフサイトセンター
本部と一体化
(出典:緊急被ばく医療対策 Q&A)
(出典:緊急被ばく医療対策 Q&A)
図 1-7 原子力災害事象と国による初期動作
オフサイトセンターと緊急時の対応
原子力災害の発生時には,原子力事業者による応急対策,事故施設
の状態把握と予測,住民の安全確保等,様々な緊急事態応急対策が
必要となります。こ れらの対策に関係する国の行政機関,地方自治
体,原子力事業者等の関係機関,専門家等の関係者が一体となって
対応するため,関係者が一堂に会し,情報を共 有し,指揮の調整を
図る必要があります。このような原子力災害時における拠点となる
施設が「緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)」です。
平常時から原子力防災専門官や原子力保安検査官が駐在し,万が一
の事故の時にオフサイトセンターの施設や諸設備が迅速に使用でき
るような体制をとっ ています。また,防災資料の管理,通信機器の
メンテナンス等も行っています。さらには,オフサイトセンターの
施設を活用した防災関係者の連絡会の開催や防 災訓練の実施等が
行われています。
万が一事態が発生したら,国,自治体,事業者,関係機関は一体と
なってオフサイトセンターにてその対策と情報収集にあたります。
(出典:原子力防災の手引き,文部科学省,2004)
図 1-8 原子力緊急時の防災体制
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