...

内科的に診断した肺犬糸状虫症の 1 例

by user

on
Category: Documents
25

views

Report

Comments

Transcript

内科的に診断した肺犬糸状虫症の 1 例
日呼吸会誌
47(6)
,2009.
467
●症 例
内科的に診断した肺犬糸状虫症の 1 例
孫野 直起1)
笠井 由隆2)
吉松 昭和1)
桝屋 大輝2)
鈴木雄二郎1)
近藤 武史3)
山田 栄一1)
要旨:52 歳,女性.ペット美容師.2006 年 4 月初めから筋肉痛,微熱などの感冒様症状があり,胸部単純
X 線及び CT にて右中葉に腫瘤影を認めた.肺癌を疑い気管支鏡検査及び CT 下肺生検を行なうが,肉芽組
織を認めるのみ.その後感冒様症状は自然軽快した.職業歴・ペット飼育歴から肺犬糸状虫症を疑い,国立
感染症研究所にて各種寄生虫の IgG を酵素抗体法で検査したところ犬糸状虫抗原に対する抗体のみ陽性
だった.また腫瘤影は無治療で縮小した.これら経過及び結果から外科的切除を行なわず内科的に肺犬糸状
虫症と診断した.
キーワード:原発性肺腫瘍,肺犬糸状虫症
Primary lung tumor,Pulmonary dirofilariasis
緒
せず,精査目的で 4 月 20 日紹介受診となった.胸部 CT
言
でも右中葉に腫瘤影を認め,4 月 24 日肺癌疑いにて気
原発性肺腫瘍は肺癌の占める割合が高く,良性腫瘍や
管支鏡検査を行なうことになった.
結節性病変でも診断に外科的切除が必要となることが多
入院時現症:意識清明,身長 153.4cm,体重 47.5kg,
い.近年肺癌との診断が困難な結節性病変である肺犬糸
体温 36℃,SpO2 97%(室内気)
,心音:清・雑音無し.
状虫症の症例報告が増えてきており,今回我々は外科的
呼吸音:正常肺胞呼吸音.その他の身体所見に特記事項
切除を行なわず内科的に診断した肺犬糸状虫症の 1 例を
認めず.
経験したため文献的考察を含め報告する.
症
入院時検査所見(Table 1)
:白血球は正常範囲内で,
好酸球は 5.4% とやや高値であった.特発性血小板減少
例
性紫斑病による血小板低下と軽度の CRP 上昇を認めた.
症例:52 歳,女性.
肺癌の腫瘍マーカーは陰性であった.
主訴:胸部単純 X 線異常影で紹介.
既往歴:45 歳
板減少性紫斑病
子宮癌にて子宮全摘術
入院時胸部単純 X 線(Fig. 1(a)
)
:右中肺野外側に
特発性血小
気管支喘息.
入 院 時 胸 部 単 純 CT(Fig. 1(b)
)
:右 中 葉 に 約 4cm
家族歴:特記事項無し.
の腫瘤影を認め,周囲に spicula 及びスリガラス影を
生活歴:current-smoker : 20 本!
日×32 年
ル:ビール(350ml)1∼2 缶!
日
約 4cm の腫瘤影有り.
アルコー
ペット美容室経営(鳥
は扱っていない)ペット:猫 4 匹.
伴っていた.一部は下葉(S6)に突出していた.
臨床経過:気管支鏡検査では気管支洗浄液は常在菌の
みで抗酸菌塗抹陰性.後に抗酸菌培養陰性を確認した.
現病歴:2006 年 4 月初めから筋肉痛,微熱などの感
細胞診は classII で,病理組織で炎症性肉芽組織を認め
冒様症状があり,様子を見ていたが改善せず.咳や痰が
たが,悪性所見は認めなかった.このため外来で経過を
増加したため 4 月 13 日近医受診.胸部単純 X 線にて右
みていたが,5 月 18 日胸部単純 X 線で腫瘤影の軽度増
中肺野に腫瘤影を指摘された.抗菌薬投与受けるが改善
大を認めたため,5 月 22 日 CT 下肺生検を行なった.
生検組織(Fig. 2(a)
)
では,脱顆粒を伴う好酸球浸潤を
〒651―0072 兵庫県神戸市中央区脇浜町 1 丁目 4 番 47
号
1)
神鋼病院呼吸器内科
2)
同 呼吸器外科
〒650―0017 兵庫県神戸市中央区楠町 7 丁目 5 番 1 号
3)
神戸大学大学院医学研究科病理学分野
(受付日平成 20 年 4 月 14 日)
認めた.一方,Langhans 巨細胞や類上皮細胞,乾酪性
壊死等の肉芽腫性炎症は組織学的には確認できなかっ
た.別の部位(Fig. 2(b)
)
では肺胞内に肉芽組織を認め
た.虫体は確認できず,また腫瘍性変化も認めなかった.
CT 下肺生検後モキシフロキサシンを一週間投与したが
咳,微熱は続いた.抗菌薬を中止したが,咳は消失し平
468
日呼吸会誌
47(6)
,2009.
熱となった.炎症反応も 5 月 23 日に WBC 5,100!
µl,CRP
ていた.これらも肺犬糸状虫症と矛盾しない所見と考え
3.51mg!
dl だ っ た が そ の 後 改 善 を 認 め た.(6 月 9 日
られた.特発性血小板減少性紫斑病を合併していること
WBC 4,300!
µl,CRP 0.19mg!
dl,6 月 30 日 WBC 4,100!
及び御本人の希望により外科的切除は行なわず,内科的
µl,CRP 0.05mg!
dl)これらの経過,職業歴,猫の飼育
に肺犬糸状虫症と診断した.その約 1 年 4 カ月後の胸部
歴及び病理所見から肺犬糸状虫症を疑った.国立感染症
単純 X 線で腫瘤影の明らかな縮小を認めている.(Fig.
研究所に依頼し,線虫類 5 種(日本顎口虫,犬回虫,ア
3)
ニサキス,豚回虫,犬糸状虫)
,条虫類 3 種(広節列頭
条虫,マンソン孤虫,多包虫)
,吸虫類 4 種(ウエステ
ルマン肺吸虫,宮崎肺吸虫,肝蛭,日本住血吸虫)
の IgG
考
犬糸状虫(Dirofilaria
察
immitis)は主に犬を終宿主と
を酵素抗体法(ELISA 法)で検査したところ犬糸状虫
する体長 15∼25cm の寄生虫で,右心室と肺血管に寄生
抗原に対する抗体のみ陽性で,その他のスクリーニング
する.犬のほかに,猫やフェレット,狐等が終宿主とし
は全て陰性だった.7 月 21 日の胸部単純 CT で腫瘤影
て知られている1).寄生した犬糸状虫が microfilaria と
は縮小し,周囲の spicula 及びスリガラス影も消失傾向
呼ばれる感染幼虫を血液中に放出し,中間宿主である蚊
であった.9 月 15 日胸部単純 X 線でも腫瘤影は縮小し
(イエカ,ヤブカ,シマカ)を介して人体内に侵入する
ことでヒト犬糸状虫症を発症する.ヒトは microfilaria
Tabl
e 1 La
bo
r
a
t
o
r
yda
t
ao
na
dmi
s
s
i
o
n
He
ma
t
o
l
o
gy
WBC
4
,
5
0
0
/
mm3
Ne
u
6
9
.
3
%
Eo
s
5
.
4
%
Ba
s
o
1
.
1
%
Mo
no
8
.
9
%
Lym
1
5
.
3
%
4
RBC
4
0
3
×1
0
/
mm3
Hbg
1
2
.
8
/
dl
4
Pl
t
8
.
1
×1
0
/
mm3
Bi
o
c
he
mi
s
t
r
y
TBi
l
ALP
γ
GTP
AST
ALT
LDH
CPK
Na
K
Cl
BUN
Cr
TP
Al
b
CRP
1
1I
U/
L
1
9
4I
U/
L
3
9I
U/
L
1
3
7mEq/
L
3
.
7mEq/
L
1
0
2mEq/
L
9
.
4mg/
dl
0
.
7mg/
dl
7
.
3g/
dl
3
.
9g/
dl
0
.
4
9mg/
dl
0
.
6mg/
dl Tumo
rma
r
ke
r
2
5
3I
U/
L
Cyf
r
a
0
.
7ng/
ml
2
1I
U/
L
Pr
o
GRP 1
6
.
3pg/
ml
1
6I
U/
L
NSE
6
.
1ng/
ml
にとって好適宿主ではないため,侵入した幼虫のほとん
どは死滅するが,まれにヒトに侵入した microfilaria が,
血行性に肺動脈に入り,肺に肉芽腫を形成したり,肺動
脈末梢で梗塞を生じることにより肺犬糸状虫症を発症す
る.犬糸状虫の人体寄生部位は肺が主であるが,まれに
皮下組織や体腔内臓器に寄生することがあり,肺外犬糸
状虫症と呼ばれている2).こういった発症には生活環境
における犬糸状虫に感染した犬や猫などの頭数,媒介す
る蚊の数,その蚊に咬まれる回数と相関すると考えられ
ている.本症例では患者はペット美容師であり,また猫
を 4 匹飼っていることが診断への手掛かりとなった.
肺犬糸状虫症は 1952 年 Faust ら3)が世界で最初に報
告し,日本では 130 例を超える報告例がある.患者の平
均年齢は約 60 歳で,性差はない.症状としては咳嗽,
胸痛,発熱,血痰,呼吸困難などあるが,無症状が 6∼
7 割である4).通常寄生虫感染では末梢血中の好酸球増
Fi
g.1 (
a
)Che
s
tr
a
di
o
gr
a
pho
na
dmi
s
s
i
o
ns
ho
wi
ngat
umo
ra
bo
ut4
c
mi
ns
i
z
ei
nt
her
i
ghtmi
ddl
el
ungf
i
e
l
d.
(
b)Che
s
tCT o
na
dmi
s
s
i
o
ns
ho
wi
ngat
umo
ra
bo
ut4
c
mi
ns
i
z
ewi
t
hs
pi
c
ul
aa
ndgr
o
undgl
a
s
so
pa
c
i
t
yi
n
ghtmi
ddl
el
o
be
.
Thet
umo
rpr
o
t
r
ude
di
nt
ot
hel
o
we
rl
o
be(
Se
gme
nt6
)
.
t
her
i
内科的に診断した肺犬糸状虫症の 1 例
469
Fi
g.2 (
a
)Lungbi
o
ps
ys
ho
we
de
o
s
i
no
phi
l
i
ci
nf
i
l
t
r
a
t
i
o
nwi
t
hde
gr
a
nul
a
t
i
o
n.
The
r
ewe
r
enoLa
ngha
nsgi
a
nt
c
e
l
l
s
,
e
pi
t
he
l
i
o
i
dc
e
l
l
so
rc
a
s
e
o
usne
c
r
o
s
i
s
.
(
b)Gr
a
nul
a
t
i
o
nt
i
s
s
uewa
sf
o
undi
na
l
ve
o
l
i
.
The
r
ewa
snof
i
ndi
ng
o
fas
pe
c
i
f
i
cpa
t
ho
ge
no
rma
l
i
gna
nc
y.
言い難く,原発性肺癌との鑑別は困難であった.
確定診断は虫体を病理学的に証明することである.病
理学的な特徴としては線維性被膜に囲まれた肉芽腫で,
中心部は凝固壊死し,壊死巣内の末梢性肺動脈内に虫体
と血栓による梗塞像が認められる.壊死巣内にはリンパ
球,形質細胞と種々の程度の好酸球の浸潤像を認める1).
しかしながら経皮的肺生検や気管支鏡下生検では診断に
十分な組織をとることが困難であり虫体を証明した症例
報告も調べた限りでは認めなかった.今回の症例も好酸
球浸潤を伴う肉芽組織を認めるのみであり虫体は証明で
きなかったが,寄生虫疾患を含む良性疾患を示唆する所
見と考えられた.
肺犬糸状虫症の補助的な診断方法として,免疫学的な
診断方法がある.皮内反応や ELISA 法は感度が高く,
オクタロニー法は感度が低く,特異性が高いといわれて
Fi
g.3 Thet
umo
rwa
sc
o
ns
i
de
r
a
bl
ydi
mi
ni
s
he
d.
いる6).免疫学的抗体検査は感染からある程度時間が経
つと減少することが示唆されている7)ため,感度の高い
多を認めることが多いと言われているが,本疾患では末
ELISA 法であっても経過によっては偽陰性の可能性も
梢血の好酸球は多くの場合増多しない.腫瘤はほとんど
考慮する必要がある.本症例では線虫類 5 種,条虫類 3
の場合単発で,大きさ 2cm 程度のものが多い.発生部
種,吸虫類 4 種の IgG を ELISA 法で検査し犬糸状虫抗
2)
位は右下葉が多く,まれに多発や胸水の増加例がある .
肺犬糸状虫症の胸部 CT における原発性肺癌との鑑別
原に対する抗体のみ陽性であり,診断的価値は高いと考
えられた.
点は①胸膜直下の末梢肺の 2cm 前後,あるいはそれ以
本症例は胸部単純 X 線及び CT の画像所見から肺癌
下の大きさの辺縁明瞭な腫瘤②中枢側の気管支壁肥厚や
を疑い,気管支鏡検査及び CT 下肺生検を行うが,悪性
腫瘍内石灰化を伴わない③腫瘤が胸膜変化を伴わず,胸
所見を得られなかった.また CT 下肺生検で得た生検組
膜と病変との間に正常肺がわずかに保たれることが多い
織では好酸球浸潤を伴う肉芽組織が得られた.CT 下肺
④腫瘤周辺に線状構造を認めるが全体としてはまばらで
生検では腫瘤の中心部を生検しており,悪性所見を認め
弱い⑤腫瘤周囲の線状構造が,肺腺癌に認めるような腫
ないことから肺癌は否定的と考えた.病理所見からは fo-
瘤中心に向かう concentric
spiculation ではなく,腫瘤
cal organizing pneumonia8)も考えられたが,職業歴・
周囲に向かう excentric spiculation の傾向を示すがあげ
ペット飼育歴や肉芽組織に好酸球浸潤を認めること2)か
られる2)5)が,本症例ではこれらの特徴を有しているとは
ら肺犬糸状虫症を疑った.しかし病理所見で糸状虫の虫
470
日呼吸会誌
47(6)
,2009.
体は証明できず,確定診断には至らなかった.外科的切
3)Faust EC, Agosin M, Galcia-Laverde A, et al. Un-
除を考慮したが,特発性血小板減少性紫斑病を合併して
usual finding of filarial infections in man. Am J Trop
いることから行なわず,国立感染症研究所に依頼し免疫
学的診断法を行なった.各種寄生虫に対する抗体のうち
犬糸状虫抗原に対する抗体のみ陽性であり,内科的に肺
の 1 例.日胸疾会誌 1996 ; 34 : 231―235.
5)五十嵐哲代,斉田幸久,板井悠二,他.肺犬糸状虫
犬糸状虫症と診断した.
肺犬糸状虫症は自然に軽快することが報告されてい
9)
10)
る
Med Hyg 1952 ; 1 : 239―249.
4)伊藤恵介,児島康浩,中村 敦,他.肺犬糸状虫症
.本症例でも腫瘤影が一旦増大したが,その後無
治療で自然縮小しているため,Diethylcarbamazine や
症の画像.医事新報 2001 ; 4041 : 53―56.
6)佐野ありさ,迎
寛,飯干寛俊,他.空洞形成と
胸水をきたした肺犬糸状虫症の 1 例.日呼吸会誌
2000 ; 38 : 490―493.
mebendazole の投与は行なわず,経過観察とした.
謝辞:稿を終えるにあたり,各種寄生虫抗体の測定をお願
いした国立感染症研究所寄生動物部川中正憲先生に謝意を表
します.
7)坪内洋明,三好 立,岩崎昭典,他.胸腔鏡下切除
術で診断し得たヒト肺犬糸状虫症の 1 例.日胸
2005 ; 64 : 456―462.
8)Maldonado F, Daniels CE, Hoffman EA, et al. Focal
organizing pneumonia on surgical lung biopsy.
引用文献
Chest 2007 ; 132 : 1579―1583.
1)井伊康子,橋本明榮,日和田邦男,他.愛媛県下で
9)久良木隆繁,小林英夫,四方 進,他.空洞形成と
見出され,肺に円形陰影を呈した犬糸状虫症の 1 例.
呼吸 1989 ; 8 : 1120―1124.
自然縮小を呈した犬糸状虫症の 1 切除例.日胸疾会
誌 1996 ; 34 : 685―688.
2)三上佳子,森田一郎,石田敦久,他.外科的治療を
10)佐藤真紀,辻 忠克,磯貝圭輝,他.肺犬糸状虫症
行なった肺犬糸状虫症の 5 例.日臨外会誌 2002 ;
の 1 例.日胸 2002 ; 61 : 916―921.
63 : 594―598.
Abstract
A case of pulmonary dirofilariasis diagnosed by biopsy, immunological tests and
the clinical course without operation
Naoki Magono1), Harukazu Yosimatu1), Yujiro Suzuki1), Eiichi Yamada1), Yositaka Kasai2),
Daiki Masuya2)and Takesi Kondo3)
1)
Department of Respiratory Medicine, Shinko Hospital
2)
Department of Thoracic Surgery, Shinko Hospital
3)
Division of Pathology, Kobe University Graduate School of Medicine
A 52-year-old woman who was a pet trimmer by occupation and had four cats, presented with cold-like symptoms. Her chest radiograph and CT scan on admission showed a tumor about 4cm in size with spicula and groundglass opacity in the right middle lobe. We performed fiberoptic bronchoscopy and CT-guided percutaneous needle
lung biopsy on the suspicion of lung cancer, but the tissue consisted largely of granulation tissue with eosinophilic
infiltration and no findings of malignancy. The cold-like symptoms subsided and C-reactive protein became within
the normal range. Because of the histological findings, her occupation and her pets, we suspected pulmonary dirofilariasis. We asked the National Institute for Infectious Diseases for specific IgG antibody assays to various parasite antigens, which showed positive finding for pulmonary dirofilariasis. We therefore diagnosed pulmonary dirofilariasis and did not perform an operation.
Fly UP