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平成25年度製造基盤技術実態等調査 (構造変化の中で

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平成25年度製造基盤技術実態等調査 (構造変化の中で
平成25年度製造基盤技術実態等調査
(構造変化の中で強みを発揮する我が国ものづくり
産業の取組に関する調査)
報告書
2014 年 3 月
経営コンサルティング本部
目次
1. 検討の目的、背景 ............................................................................................................... 1
2. 実施事項 ............................................................................................................................. 2
3. 調査結果 ............................................................................................................................. 3
3.1 バリューチェーン........................................................................................................ 3
3.1.1 我が国のバリューチェーンの現状(取組の類型)..................................................... 3
3.1.2 各類型の主要企業の動向(収集事例) ..................................................................... 11
3.1.3 収集事例の分析 ......................................................................................................... 40
3.2 産業集積(産業基盤) .............................................................................................. 42
3.2.1 我が国の産業集積の現状(取組の類型) ................................................................. 42
3.2.2 各類型における主要地域の動向(収集事例) .......................................................... 53
3.2.3 収集事例の分析 ......................................................................................................... 67
4. 結論 ................................................................................................................................... 69
i
1. 検討の目的、背景
近年、我が国のものづくり産業は、ビジネスモデルを駆使する欧米企業や積極的な投資に
より急成長を遂げる新興国企業に対して、競争力で劣後する事例が散見される。また、国内
市場の縮小、生産年齢人口の減少・高齢化、エネルギー制約、為替レートの変動など我が国
ものづくり産業を取り巻く環境及び競争条件も大きく変化している。一方、かかる状況下に
おいても、
バリューチェーンにおける製造工程以外での付加価値向上を図ることで高い利益
率水準を維持したり、価格競争化を阻止したりしている事例もある。また、我が国では企業
単体の取組を超え、地域の中で連携することが強みとなってきた。
本調査は、構造変化の中で付加価値の高い事業をどのように展開していくのか、また、構
造変化に直面している我が国の生産基盤をどのように再構築していくのかという2つの観
点を通じて、
我が国ものづくり産業の取組と今後の対応の方向性について分析及び考察を行
うことを目的とする。
具体的には、以下の2つの方針で検討する。
① 価値創造経済への転換に向けた、単なる価格競争ではない製造業のバリューチェーン
に関する取組について事例収集などを通じて取り上げ、
付加価値向上の施策を検討す
る。
② 我が国の産業集積の現状を把握し、
企業や自治体が連携してより強い生産基盤を目指
すための施策を検討する。
1
2. 実施事項
本調査では、製造業のバリューチェーンや産業集積を対象に既往文献・統計調査等の収
集・分析を行い、現状を整理し、取組の類型化を行った。また、その過程で抽出された特徴
的な取組についてヒアリング等により事例調査を実施し、実態の把握を行い、結果の整理・
分析を行った。さらに、文献調査結果・事例調査結果等をもとに分析を行い、我が国製造業
の競争力強化に向けた望ましい施策の要素を検討した。
具体的な実施事項は以下のとおりである。
(1)製造業のバリューチェーン、産業集積における取組の類型化
製造業のバリューチェーンや産業集積を対象に既往文献・統計調査等の収集・分析を行い、
その結果をもとに、日本国内における現状を整理し、取組を類型化した。
(2)各類型における特徴的な取組の動向
上記(1)での類型化を踏まえ、製造業企業 13 社(ヒアリング調査 10 社、文献調査3社)
、
産業集積6か所(いずれもヒアリング調査)を対象に情報収集を行い、特徴的な取組として
整理した。
(3)収集事例の分析
上記調査の結果をもとに、我が国製造業が強みを発揮するための着眼点等を抽出した。
2
3. 調査結果
3.1
3.1.1
バリューチェーン
我が国のバリューチェーンの現状(取組の類型)
2000 年代前半の我が国製造業では、全体として、製造・組立段階の収益性(利益率)が
高く、研究、開発・設計・試作、アフターサービス、リサイクルといったバリューチェーン
の両端の収益性が低くなっており、
いわゆるスマイルカーブと呼ばれる現状とは逆の状況と
なっていた。2004 年 12 月に経済産業省が実施した調査 1によれば、製造業全体において、
最も利益率の高い工程として製造・組立と答える企業が 44.4%と最も多かった。次いで販売
が 30.8%となっていた(図 3-1)
。
しかし、業種別にみると、電気機器、機械、自動車、精密機械においては、川上・川下部
分での利益率が他業種と比べて相対的に高くなっていた(図 3-2)。また、ほぼ同時期にお
ける加工組立型製造業の6業種(民生用電子機器、民生用電気機器、電子計算機・同付属装
置、通信機械、乗用車、トラック・バス・その他自動車)を対象に、バリューチェーンの各
段階別の利益率(総資本営業余剰率)を計測し、スマイルカーブ化を検証した結果、加工組
立型製造業の電子計算機・同付属装置においてスマイルカーブ化が観察された(図 3-3)2。
このように、2000 年代以降、我が国製造業においては、一部の業種からスマイルカーブ
化の現象が認められ始めた。そして近年では、海外企業との価格競争の激化や国際分業の深
化等を受け、その傾向が製造業全体に広がってきていると考えられる。
2011 年 10 月に実施した我が国上場企業へのアンケート調査によれば、直近の3年間で、
製造業において付加価値貢献度が高まった業務工程は、バリューチェーンの川上・川下部分
となった。また、今後拡充したい業務工程についても、国内では、川上・川下部分が挙げら
れた。日本企業においてもマーケティング、研究開発、営業、アフターサービスなどを、今
後の付加価値の源泉として考えている企業が多くなっていることが示唆される(図 3-4、図
3-5)
。また、2012 年 11 月~12 月に実施したアンケート調査からも、主要商品・サービスの
国内外の業務工程について、自社での保有状況は川上・川下工程が高く、中流工程は外部委
託が進んでいることが示された(図 3-6)
。
1
2005 年版ものづくり白書(製造基盤白書)
、経済産業省、平成 17 年6月
2
わが国の加工組立製造業におけるスマイルカーブ化の再検証、富士通総研経済研究所 木村達也、2006 年
3月
3
図 3-1
図 3-2
図 3-3
利益率が最も高い事業段階(2004 年 12 月)1
利益率が最も高い事業段階(業種別:2004 年 12 月)1
電子計算機・同付属装置における利益率カーブ(2004 年までの推移)2
4
図 3-4
3年前と比較して付加価値貢献度が高まった業務工程(製造業:2011 年 10 月) 3
図 3-5 今後拡充したい業務工程(製造業:2011 年 10 月)3
図 3-6
3
主要製品の業務工程の自社における保有状況(製造業:2012 年 11 月~12 月) 4
三菱総合研究所「新たな産業構造への対応に関するアンケート調査」
(2011 年 10 月実施、経済産業省委
託調査)
5
前述のように、バリューチェーンが変化しつつある状況の中、今後、日本企業が付加価値
を向上させるために重要となる取組(価値創造型ビジネス、サービス・ブランド等による付
加価値向上など)について、バリューチェーンの観点からビジネスモデルを類型化する。
産業構造審議会(産構審)新産業構造部会報告書によると、付加価値を高めたビジネスモ
デルは以下の4パターンに分類され、分析されている 5。それぞれのパターンにおける概念
図を図 3-7 に示す。
① システム・5次産業型

高い技術力(2次産業)と、ソリューションやアフターサービスの提供(3次産
業)を融合し(5次産業化)、全体のシステムで高付加価値化を実現。

価格だけでなく、
高い精密性や耐久性が求められる工作機械等の資本財や事業所
向け製品などの分野で特に強みを発揮。
② ニッチトップ型

高度部素材産業など、日本のものづくり人材による高い技術力と、積極的な設備
投資、研究開発投資の組み合わせにより、国際的なバリューチェーンの中で高い
シェアを確保するグローバルニッチトップ分野。

オンリーワン技術を志向し、優位性、価格交渉力を確保。

BtoB の顧客ニーズにきめ細かく対応するため、川下部門も重視。
③ ブランド型

特定のコンセプトをもとに、製品やサービスの品質を磨き、他製品と差別化する
ことで、製品の付加価値を高め、ブランド化する分野。ブランド化に成功した製
品については、国内で生産することが可能。

価格ではなく、差別化された製品に付加価値を見いだす特定顧客層を築き上げる
ことで、安定的に収益を確保。
④ ファブレス型

生産工程は他社へ外注しつつ、自社機能は研究開発・技術開発部門、マーケティ
ング・販売部門、サービス部門などを強化し、製品開発力を徹底的に高める。

4
市場ニーズを的確に捉えた新製品を開発・販売することにより高収益を確保。
三菱総合研究所「グローバル・バリュー・チェーンに関するアンケート調査」
(2012 年 11 月~12 月実施、
経済産業省委託調査)
5
経済社会ビジョン「成熟」と「多様性」を力に~価格競争から価値創造経済へ~、産業構造審議会新産
業構造部会、平成 24 年6月
6
図 3-7
各パターンにおけるビジネスモデルの概念図 5
産構審における分類を基に検討を行い、本調査では、上流側において製品そのものを変え
ることにより付加価値を向上させる取組を、
A)従来製品を高付加価値化(図 3-8)
また、下流側において製品以外を変えることにより付加価値を向上させる取組を、
B)売り方で高付加価値化(図 3-9)
と分類することとした。
また、付加価値向上のための視点として、A)、B)それぞれについて以下の観点を設定し
た。バリューチェーンと各視点との関係を、図 3-10 に示す。
A1)
設計・開発プロセス
A2)
製品機能
B1)
提供機能(製造業のサービス化、製品とサービスの融合)
B2)
顧客アプローチ
本調査におけるバリューチェーンの分類を表 3-1 に、各分類の詳細な視点や典型事例を
表 3-2 に示す。
7
図 3-8 A)従来製品を高付加価値化
図 3-9
図 3-10
B)売り方で高付加価値化
バリューチェーンと付加価値向上の視点との関係
8
表 3-1
バリューチェーンの分類
分類
A)従来製品を高付加価値化
A1) 設計・開発プロセス
A2)
概要
産構審による
分類との対応
設計・開発等、バリューチェーンの上流
①システム・5次産
側において製品自体を改良・開発する。
業型(バリューチェ
製品機能
ーン上流側)
②ニッチトップ型
④ファブレス型
製品そのものではなく、バリューチェー
①システム・5次産
B1) 提供機能(製造業の
ンの下流側である販売・サービス等を工
業型(バリューチェ
サービス化、製品とサービス
夫する。
ーン下流側)
B)売り方で高付加価値化
③ブランド型
の融合)
B2)
顧客アプローチ
9
表 3-2
大分類
バリューチェーンの分類と典型事例
中分類
視点
【製品を変える】: A1)
A1)
上流側
設計・開発プロセス 設計プロセスの改革を通じた市場ニーズ・技
術シーズの取り込み
A)従来製品を高付
加価値化
A2)
製品機能
小分類
視点の分解
A2-1)
新しい技術領域の取り込みによる製品の高
度化
1
2
B1)
提供機能
B1-1)
新たなプラットフォームの提供
(ユーザデータ分析等)
B)売り方で高付加 (製造業のサービス
価値化
化、製品とサービスの
融合)
B1-2)
新たなプラットフォームの提供
(ユーザデータ分析等を除く)
B2)
顧客アプローチ
B2-1)
顧客ターゲットの拡大、販売形態の変革
B2-2)
打ち出し方の高度化、ブランド戦略
自社内でユーザの製品利用データなどを開発に活用、個別ユーザに応じた設
計・開発(※)
マツダ
サンドビック
3
多様な消費者嗜好への柔軟かつ効率的な対応
(⇒マスカスタマイゼーション)
4
マーケット創出型の技術革新
iRobot(ルンバ)
5
サブシステムのパッケージ化による機能向上
シマノ
6
従来製品のデザイン変更による機能の高度化
ダイハツ
7
従来にない使い方を提示しつつ高度な機能を提供する製品の開発
任天堂(Wii)
8
ユーザデータ分析等に基づくコンサルティングサービスの提供(※)
サンドビック[既出]
日本 IBM
9
遠隔監視等による予防保全サービスの提供(特に海外展開)
栗田工業
森精機
10
他社製品との連携等を含めた最適な設備導入・稼動管理等のサービス提供
シスメックス
GE
11
コンテンツを提供するプラットフォームと製品の融合
Apple(iPhone)
12
周辺領域を含むパッケージとして提供(顧客の手間の省力化)
コクヨ
リコー
13
現地エンジニア育成及び顧客への機器使用方法の助言
牧野フライス
14
新規分野でのシステム化・パッケージ化(主に新興国展開)
ファーウェイ
日立
15
顧客への「モノの提供」から「機能提供」への変革
フロンティアラボ
16
打ち出し方の高度化、ブランド戦略
今治タオル[後述]
A2-2)
設計やデザインの工夫による機能の高度化
【製品を変えな
い】:下流側
サプライチェーン内の他社と設計段階からすり合わせ
典型事例
10
3.1.2
各類型の主要企業の動向(収集事例)
各類型における特徴的な取組として、価値創造経済への転換に向けた、単なる価格競争で
はない取組を行っている事例を取り上げ、構造変化の中で付加価値の高い事業を展開する戦
略を検討するために、その内容を調査・整理した。
以下に取組事例の一覧を示す。また、次ページ以降に各事例を示す。
表 3-3
大分類
A)
中分類
A1)
A2-1)
A2-2)
B)
B1-1)
主要企業の取組事例一覧
企業名
No.
事例タイトル
1
マツダ
メーカーとサプライヤーの連携による「モノ
造り革新」の実践
2
iRobot
人工知能を活用したロボット技術開発による
新たな市場創出
3
ダイハツ
設計の工夫で機能向上を実現した軽自動車
「タント」の開発
4
日本 IBM
スマーター・シティ事業の展開による高付加
価値領域へのシフト
5
栗田工業
センシング技術を活用した水処理管理サービ
スの提供
6
森精機
遠隔管理システムを活用した遠隔保守や稼動
データ提供サービスの実現
シスメックス
SNCS(シスメックス・ネットワーク・コミュ
ニケーション・システム)を活用した臨床検
査室における稼働管理の最適化サービスの提
供
7
IT を活用した顧客業務・システムの最適化
B1-2)
B2-1)
8
GE
9
コクヨ
オフィス家具の設計・販売から空間デザイ
ン・コンサルテーション事業への展開
10
リコー
オフィス向け文書管理サービスの継続的な高
付加価値化
11
牧野フライス
海外拠点での人材育成による高品質アフター
サービスでの差別化
12
ファーウェイ
問題解決パッケージソリューションの提供を
通じた新興国における通信事業の拡大
13
日立
鉄道システムのパッケージ輸出
~GE の「インダストリアル・インターネッ
ト」~
11
(1) マツダ株式会社
タイトル
メーカーとサプライヤーの連携による「モノ造り革新」の実践
企業名
マツダ株式会社
事例
マツダは 2006 年に技術開発の長期ビジョンで「世界中の自動車メーカー
が驚くような革新的な内燃機関を搭載したクルマを開発し、全てのお客様に
走る歓びと優れた環境性能をお届けする」ことを掲げ、その実現に向けた取
り組みを「モノ造り革新」と名付けた。10 年後であっても理想は 1 つとの信
念の下、理想を徹底的に追求している 。
取り組みの成果として、2010 年に SKYACTIV 技術(革新的なベース技術
や新たな電気デバイス技術など、新世代技術の総称)を公表。以降、エンジ
ン、トランスミッション、ボディなど、世界中でマツダ独自の技術を開発し
ており、例えばボディでは剛性と経済性を両立させたうえで世界トップクラ
スの衝突安全性能を実現している。
マツダは自動車部品の約 8 割を社外調達しており、サプライヤーとも協働
で「モノ造り革新」に取り組んでいる。従来は、設計構想を各サプライヤー
が担い、生産ラインも車種ごとに保有していた。各サプライヤーは生産に対
するそれぞれの考えを持っているため、取り組み開始当初は、マツダが何を
目指しているのかわからない、との反応が多数を占めた。2007 年後半~2008
年の段階で、サプライヤーの一つであるヒロテックと協働して排気管の統合
を実現するなどの好事例を作れたことで、マツダの真摯な姿勢が認められ、
多くのサプライヤーから理解を得られた。
多品種をフレキシブルに流せるラインを持つことは、サプライヤーにとっ
ても生産効率向上につながり、必要なだけラインを増やせる柔軟性や、設備
投資を回収しやすいなどのメリットを生む。例えば、デフ ASSY を生産する
音戸工作所との協働では、フレキシブル生産の導入により、デフケースの製
造を従来の半分の工程数に圧縮。これにより、投資や生産コストを大幅に低
減させ、サプライヤー自身の競争力強化を達成した。また、排気系部品のヒ
ロテックとの協働では、サプライヤーの生産ラインの配置見直しの際に、マ
ツダ担当者も加わって検討した。これにより、本来必要と考えられていた建
屋の拡張を行う必要が無いと判明し、コストを押さえながらも、必要なライ
ン変更を実現することができた。
購買部門はマツダ社内とサプライヤーのパイプ役を担う。生産台数見通し
を踏まえた適切な投資タイミングのアドバイスや、マツダに対する要望を聞
いて社内説明などを行う。また、サプライヤー選定において目利きの窓口と
なり、品質保証部門や生産・開発部門などとの相談を経て、最終決定機能は
購買部門が担う。一般的な購買部門と異なり、価格調整や量産対応だけでな
く、サプライヤーとの協働関係構築を通じて製品の品質や開発にも関わって
いる点が特徴である。
以上のように、将来を見据えた一括企画によるコンセプトの共通化と変種
12
変量生産を両立した「モノ造り革新」に取り組むことで、メーカーとサプラ
イヤーが協働した技術革新を実現し、高い競争力を確保している。
図表
図 1 「モノ造り革新」の構造
図 2 「モノ造り革新」の狙い
出所:マツダ株式会社
13
(2) iRobot
タイトル
人工知能を活用したロボット技術開発による新たな市場創出
企業名
iRobot
事例
iRobot は、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)で最先端の人工知能を
研究していた科学者 3 人によって、1990 年に設立されたロボット専業メーカ
ーである。同社は、
「Dull、Dirty、Dangerous(退屈、不衛生、危険)な仕事
から人々を解放する」という理念のもとに、これまで数多くのロボットを開
発してきた。設立当初から、主に政府など公的機関向けに防衛・セキュリテ
ィ関連の製品を開発しており、これらの製品は、人命救助や、海洋探査、ピ
ラミッドの発掘調査など、米国における国家プロジェクトをはじめ、世界中
で利用されている。
同社は、国家プロジェクトなどで培った高い技術を家庭向けに応用し、新
たな市場を開拓してきた。その一例が、2002 年に地雷探査ロボットをきっか
けに製品化された、家庭用掃除ロボット Roomba(ルンバ)である。ルンバ
は、同社の独自技術である人工知能 AWARE®をベースに開発された技術を搭
載しており、その場の状況を自ら判断して最適な行動パターンを計算して掃
除を行う。ルンバを含めた同社の家庭用掃除ロボットは、2002 年の発売以来、
1,000 万台以上を売り上げた。同社は、掃除ロボット市場という新しい市場
を創出し、現在では世界 60 か国以上で販売している。欧米・アジア市場な
ど世界の主要市場で第 1 位のシェアを占めており、消費者から他社の類似製
品に比べて高い評価を得ている。
ルンバは、製品自体の普及だけでなく、他産業への波及効果もみられてお
り、最近では、ルンバの使い勝手を考慮した「ルンバブル(Roomba+Able)
」
な住宅が提供された事例がある。
同社では、今後、ロボット技術を統合して住宅を自律的に相互につなげ、
人々の生活の質(QOL)を向上させることを目指しており、新たなロボット
技術の開発により、さらなる市場の広がりが期待されている。
14
図表
図
ルンバ 800 シリーズ(ルンバ 880)
出所:iRobot
15
(3) ダイハツ工業株式会社
タイトル
設計の工夫で機能向上を実現した軽自動車「タント」の開発
企業名
ダイハツ工業株式会社
事例
ダイハツ工業は、主に軽自動車を中心に開発・製造・販売を行っており、
国内軽自動車販売のシェア 1 位を獲得している(2007 年 3 月期~2013 年 3
月期)。同社では、自動車の構造やデザインを改良することで製品機能の向
上を目指しているが、「しあわせ家族空間」をコンセプトに開発されたタン
トはその一例である。
2003 年に発売された初代タントでは、軽自動車規格という制約の中で車高
をできるだけ高くすることにより、広い室内空間を実現した。
さらに 2 代目タント(2007 年発売)では、軽自動車で初めてセンターピラ
ーレスのスライドドア「ミラクルオープンドア」を採用した。このミラクル
オープンドアは、子育て世代の女性ユーザーなどによる、子供や大きな荷物
を乗降させる際に便利な開口部の広いドアを求めるニーズに着目して開発
された。実際にミラクルオープンドアを採用するためには、衝突安全性や操
縦安定性の確保が技術面での課題となった。助手席側のドアにピラーを内蔵
させることで、走行中はセンターピラー構造を持つ運転席側と同等の強度を
確保し、乗降時にはピラーが左右に開き、広い間口から大きな荷物などの積
み降ろしができるようになった。
その後、さらに利便性を向上させた 3 代目タント(2013 年発売)で 2013
年度グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)を受賞した。受賞の理由として
「より高い次元で生活の中心にある『軽』のスタンダードモデルを提案して
いる。
」
「日本で生まれた軽というカテゴリーに『横のデザイン』という価値
を堂々と体現している。
」と評されている。
このように、設計・デザインの観点からも高い評価を得る機能の開発は、
他社との大きな差別化要因となり得る。同社は、今後も「低燃費」
「低価格」
という軽自動車のメリットを追求しながら、その可能性を更に拡大していく
クルマづくりを目指している。
16
図表
図 1 タント利用時のイメージ
図 2 ミラクルオープンドアの内部構造
出所:ダイハツ工業株式会社
17
(4) 日本アイ・ビー・エム株式会社
タイトル
スマーター・シティー事業の展開による高付加価値領域へのシフト
企業名
日本アイ・ビー・エム株式会社
事例
日本アイ・ビー・エム株式会社では、かつてホスト・コンピューター、パ
ソコン、ハードディスク・ドライブなどのハードウェア事業を中心としてい
たが、それらの付帯品だったソフトウェアを単独事業として確立した。さら
にコンサルティングや SI(システム・インテグレーション)といったサービ
スへ事業をシフトさせ、コモディティー化が進む分野からより付加価値の高
い事業へ変革を遂げている。この過程で、インターネットの進化を予想した
e-ビジネスの普及やイノベーション(Innovation that matters)の重要性を訴求
し、社会における IT の新たな役割と価値を再定義してきた。
2009 年からは「スマーター・シティー」を掲げ、社会的課題に対して IT
による解決を推進している。現在の日本はエネルギー問題や社会インフラの
老朽化、超高齢化社会における医療・社会保障費の増大など複合的な社会的
課題を抱えている。これらには既存の行政と企業の枠を超えた産官学の協
業・連携で取り組む必要があり、IT による情報連携とデータの活用が鍵とな
る。センサーやデバイスから発信されるビッグデータとオープンデータを複
数のステークホルダーが活用し、業界や官民の枠組みを超えた新たなサービ
スと価値を創出せねばならない。これは同社単独で推進できるものではな
く、複数の企業や行政機関と構築する新たなバリュー・チェーンの中に、ク
ラウド・コンピューティング、ビッグデータ分析技術、ソーシャル・メディ
ア、モバイルやコグニティブ・コンピューティングといった最新テクノロジ
ーを組み込んで初めて実現できることである。
製造業のサービス業への進出は「ものづくり」から「コトづくり」への転
換といわれるが、製品の単なる差別化やサービスを付加することではない。
同社の変革が物語るように、市場に対してより高い価値を創出するための事
業領域のシフトとともに、時代に合わせた製品やサービスの役割や提供価値
の再定義、そしてスマーター・シティー事業のように複合的な社会課題に対
して単独ではなく他社・他者と新たなバリュー・チェーンを形成することが、
企業や社会の成長につながっていくと考えられる。
18
図表
図
高付加価値分野へのシフト
出所:日本 IBM 株式会社
19
(5) 栗田工業株式会社
タイトル
センシング技術を活用した水処理管理サービスの提供
企業名
栗田工業株式会社
事例
栗田工業株式会社は、工場の水処理に必要な薬品や装置の販売に加えて、
センシング技術により薬品注入を自動制御、水処理状況を遠隔監視するサー
ビスを提供している。
一般的に排水処理などに投入する薬品量は処理された後の水質を監視し
ながら管理者の判断により調整するが、同社の「S.sensing」*を導入した企業
は、凝集沈殿処理の前段階にセンサーを設置することで、システムにより水
質変動に応じて薬品投入量がリアルタイムに調整され、効率化を実現してい
る。また薬品の使用量が適正化されることにより、薬品の投入量が減り、コ
スト低減が図られている。
水処理はその特性上、処理状況を継続して監視、記録することが必要であ
る。
「S.sensing」を導入した場合、これらの計測データ・制御の結果は通信回
線を通じて自動収集され、遠隔でトレンドを監視することが可能となる。導
入した企業は、時系列的なデータや自動解析されたレポート・グラフをイン
ターネット上で確認することができる。同社は、水処理管理の状況や効果、
経時的な変化の傾向を導入した企業とリアルタイムで共有することで、トラ
ブルの事前予測や、より効率的な水処理仕様の実現、さらには生産性向上、
環境負荷低減につながる提案をより活発に実施することができる。
付加価値の高いサービスを提供することは、同社の業績に好影響を与えて
いる。また、収集した情報を水処理薬品や水処理装置の改良等に活かすこと
で、顧客のニーズによりマッチした商品・サービスの提供につなげることが
可能である。
この水処理管理サービスは日本国内だけでなく、アジアなど海外市場への
グローバル展開も進めている。水処理装置、薬品、メンテナンスの全てを事
業として持ち、総合的に提供できるのは同社の強みであり、これを活かして
国内の市場シェア拡大、海外の売上拡大を目指している。
*
「S.sensing」とは、栗田工業株式会社のセンシング技術を活用した水処理管理サービス。
「計測」、
「解析」
、
「制御」
、
「監視」の各技術を組み合せたシステムを適用し、水質変動に応じてリアルタイムで最適な薬品
注入制御を行う。また、システムを通じて水処理の効果を遠隔監視し、共有することも可能である。
20
図表
図
「S.sensing」のシステム全景
出所:栗田工業株式会社
21
(6) DMG 森精機株式会社
タイトル
遠隔管理システムを活用した遠隔保守や稼動データ提供サービスの実現
企業名
DMG 森精機株式会社
事例
DMG 森精機株式会社は、顧客が工作機械導入後、スムーズに立ち上げを
行うことができるように、効率的な保守ならびにプログラム作成等の段取り
を行う「遠隔保守・管理システム MORI-NET」を導入し、双方にメリットの
ある遠隔保守を実現している。
MORI-NET は、携帯電話回線やインターネット回線を通じて工作機械の稼
働状況を把握できるサービスで、2004 年から提供している。
顧客企業の工作機械に不具合が生じた際、同社のサービスセンタは機械の
稼働状況を把握しているため、遠隔で問題の原因を診断し、電話もしくは保
守員を現場に派遣することで早期復旧に繋げている。
殆どの不具合は遠隔保守で解決でき、機械の故障といった保守員が直接現
場に修理に向かわなければならない場合であっても、早期にどのような部
品・保守用品が必要かを正確に把握できるため、効率的に保守を行うことが
できる。
また、MORI-NET を通じて、工作機械一台一台の稼働状況を顧客に届ける
サービスも行っている。顧客企業は本社にいながら、工場の全ての工作機械
の稼働状況を把握することができ、生産計画や営業計画の柔軟な立案に役立
てることが可能となる。
同社ではこのようなサービスを購入後 2 年の無償保証と合わせて、顧客企
業に提供している。顧客企業は迅速な保守等のサービスを受けられるメリッ
トがあり、同社にとっても、商品の付加価値が向上する他に、保守費用を削
減できるメリットがある。また、稼働率やアラーム発生率、アラームの種類
といった情報は次世代機の開発にとって欠かせない情報でもある。実際、同
社では、顧客から得た情報を機種別に分析し、新製品の開発に活かす試みも
行っている。
22
図表
図 1 MORI-NET のネットワークイメージ(携帯電話回線利用の場合)
出所:MORI-NET パンフレット
図 2 サービスセンタのイメージ
出所:DMG 森精機ウェブサイト
(http://www.dmgmoriseiki.co.jp/support/service/)
23
(7) シスメックス株式会社
タイトル
SNCS(シスメックス・ネットワーク・コミュニケーション・システム)を
活用した臨床検査室における稼働管理の最適化サービスの提供
企業名
事例
シスメックス株式会社
シスメックス株式会社の主要事業は、臨床検査用装置、検査用試薬等の製
造・販売であり、主な顧客は病院等の中央検査室や検査センター(血液検査
等の受託施設)である。同社はヘマトロジー分野の検査事業を中心に、機器・
試薬の提供およびサービス事業においてグローバルシェア No.1 を獲得して
いる。
同社では、1999 年より SNCS(シスメックス・ネットワーク・コミュニケ
ーション・システム)を提供している。SNCS は、顧客と同社のカスタマー
サポートセンターを SNCS 専用ネットワークでつなぎ、オンラインで様々な
サービス・サポートを提供する独自の仕組みである。
シスメックスの顧客である検査部門において「測定データの正確性」は大
きな関心事である。SNCS では、測定データの正確性を担保し、装置の最適
な稼働管理を実現するため、装置の修理、最適な使用に関するコンサルティ
ングサービス等もパッケージとして組み込んでいる。そのなかのサービスの
一つに、オンライン QC(精度管理)がある。オンライン QC では日々の精
度管理結果をただちに集計し、結果によってはカスタマーサポートセンター
から電話によるサポートを行う。SNCS では顧客と装置画面やデータ、最近
では Web カメラによる映像をリアルタイムに共有しながら、顧客とやり取り
してコンサルティングを行う体制を構築したり、測定データを活用しなが
ら、予防的な保守点検を行う予防保全サービスにも取り組んでいる。また、
装置単体の稼働最適化に留まらず、SNCS による装置の稼働状況データを活
用し、検査室全体の最適なレイアウト等を提案するサービスにも取り組んで
いる。
SNCS のもう一つの大きな特徴は、専用回線を敷設していることである。
専用回線を利用することにより、患者データを取り扱う医療現場において大
きな課題となるセキュリティ確保の問題をクリアできる。加えて、機器メー
カーにとっては、装置の稼働状況の監視、データの測定・分析に重要なイン
フラとなる。
SNCS により全世界で約 28,000 件、日本では約 9,700 件の検査室とネット
ワークでつながっている。SNCS は「機器をつなぐ」という役割を超えて新
たな機能やサービス開発の源となっている。今後は SNCS という独自のイン
フラを活用し、より広範なサービスの提供を目指している。
24
図表
図 1 カスタマーサポートセンターにおけるサポートシーン
図 2 オンラインによるメンテナンス実施中(シスメックス側)
図 3 オンラインによるメンテナンス実施中(顧客側)
25
図 4 サポート情報
図 5 リモートアクセス
図 6 Web カメラ
26
図 7 動作情報
出所:シスメックス株式会社
27
(8) GE Aviation
タイトル
IT を活用した顧客業務・システムの最適化
~GE の「インダストリアル・インターネット」~
企業名
事例
GE Aviation
GE は、
「インダストリアル・インターネット」という新しい概念により、
産業機器のサービスとメンテナンスを変革しようとしている。
インダストリアル・インターネットは、航空機や機関車、ガスタービンな
どの産業機器の稼動や部品の状態などをインターネットで総合管理するこ
とで機器の性能を向上させるものである。これは、高度なセンサ、コントロ
ール、ソフトウェアアプリケーションで機器を接続するインテリジェント機
器、予測アルゴリズムなどの高度な分析、ネットワークに接続できる人々の
三つの要素によって可能となる。インテリジェント機器が産業機器のデータ
を取得し、データ分析された結果がユーザに共有される仕組みになってい
る。
例えば航空分野においては、稼働時のデータを収集・分析し、運航業務及
び航空資産の最適化が実現できる。航空機のエンジン等に組み込まれたセン
サー・ソフトは、交換が必要になりそうな部品とその時期を保守要員に知ら
せる。これによって、航空会社のオペレータは、サイクル数に基づく現在の
保守スケジュールから、実際のニーズに基づく保守スケジュールに切り替え
ることが可能となる。従来は一定回数のフライトサイクルが経過した場合に
部品を修理・交換することになっていたが、適切な時に部品を交換すること
で、効率の改善が期待できる。さらに、部品の在庫を減らして航空機の使用
率を上げ、コストを削減することができる。これらのシステムは、仮想の早
期保全チームのように機能し、航空機とそのサブシステムの状態を判定し
て、リアルタイムで実用的な情報を提供することで、航空機のオペレーショ
ン全体を支援する。
28
図表
図 1 インダストリアル・インターネットの仕組み
図 2 航空分野におけるインダストリアル・インターネットのイメージ
出所:GE“Industrial Internet:Pushing the Boundaries of Minds and Machines”
29
(9) コクヨ株式会社、コクヨファニチャー株式会社
タイトル
オフィス家具の設計・販売から空間デザイン・コンサルテーション事業への
展開
企業名
事例
コクヨ株式会社、コクヨファニチャー株式会社
コクヨ株式会社は、1960 年に従来の紙製品分野からスチール製品分野へ進
出し、「オフィス用品のすべてをコクヨに」というモットーのもと、ファニ
チャー事業を立ち上げた。そのシンボルとして 1969 年に新社屋を建設した
が、新社屋では全館を「生きたショールーム」として、ほとんどの事務用品、
家具・什器を自社製品で構成し、従業員が実際に働いている様子を一般に公
開するという画期的な取り組みを行った。その後、オフィスのデザインを手
がけるようになり、オフィス家具の設計・販売とあわせて、現在はコクヨグ
ループのコクヨファニチャー株式会社がオフィス家具の製造・販売、空間デ
ザイン・コンサルテーションに関する事業展開を行っている。
同社は、オフィスのデザインをコンサルティングするサービス事業を展開
する上で、「働きやすいオフィスを作る」という観点と「オフィス効率化」
の観点から、オフィス家具の設計→オフィスのデザイン→顧客の評価・満足
度の確認→オフィス家具の設計というサイクルを繰り返し、ノウハウを蓄積
してきた。オフィスのデザインを行う際にオフィス家具の規格が障害となる
場合は、規格を変えるなど製品にフィードバックを行ってきた。これにより
製品の使い勝手が良くなり、製品の競争力が増す結果につながっている。
同社は、顧客へ価値提供を行う上で、場所(オフィス)ともの(オフィス
家具・什器等)を使って、価値を生み、無駄を省くための提案を行っている。
例えば、Web会議スペースの設置、オープンオフィスで座席を共有するフリ
ーアドレスの運用とオフィス全体のスペースに部門や機能スペースを最適
に配置するゾーニングによる時間や場所に制約されないコミュニケーショ
ンの実現、2 坪/人でも狭く感じないデザインによるスペース効率の改善な
どである。提案に先立ち、自社のオフィスで実験を行い、それをライブオフ
ィス *で顧客に見せながら提案を行っている。
オフィス家具の販売とサービスを組み合せ、クオリティの高いサービスの
提供に注力することで、製品の設計・販売、人材育成・獲得、ブランド構築
等にメリットがある。同社は、今後もオフィスのあり方に関するコンサルテ
ーションやサービスを通じたビジネスを展開・拡大していく方針である。
*
ライブオフィスとは、ショールームだけでは伝えきれないオフィス空間を研究し、紹介するために生ま
れたコクヨの次世代オフィス。コクヨ社員が実際にそこで働きながら、最新の「働き方」を研究している。
30
図表
図
霞が関ライブオフィスのイメージ
出所:コクヨ株式会社
31
(10) 株式会社リコー
タイトル
オフィス向け文書管理サービスの継続的な高付加価値化
企業名
株式会社リコー
事例
株式会社リコーは、オフィスの文書管理業務を一括で請け負うサービスを
グローバルとローカルの両輪で展開している。
同社はデジタル複合機やプリンターなどのオフィス向けの画像機器の製
造・販売を事業の中心として展開してきた。更に、それらの製品の保守・点
検を請け負うことで、顧客との接点を強化、他社との差別化を図り高収益体
質を維持してきた。
しかし、同社内では昨今のペーパーレス化、クラウド化を背景としたオフ
ィスでの印刷物の減少に対して危機感があった。そのような背景の中で継続
して収益を上げていくために、技術的支援のみだった従来の保守サービスに
加え、プリント以外の分野での付加価値の提供を検討した。その結果、印刷
物に係る運用管理業務を請け負い、顧客のコスト削減と生産性向上を実現す
る MDS(Managed Document Services)へと事業を拡大した。
MDS では、
OA 機器を導入する際のオフィス環境のプランニングから運用、
維持までを支援するサービスを提供している。さらに、ドキュメントフロー
の見えない部分も可視化・分析し、改善提案を行うことでお客様の経営課題
を解決に導くことを狙いとしている。通常、契約が満了すれば他社に顧客を
奪われる可能性が生じるが、MDS を通して顧客内の社内組織や仕事の進め
方などで生じた変化をつぶさに見極めることで、他社にはできない次回の提
案内容を検討している。
同社は、現場のニーズを収集・分析し、グローバルスタンダードとなるサ
ービスの開発を目指している。サービス事業のマーケティングを担うバーチ
ャル組織が存在し、海外の担当者と本社スタッフがアイデアを出し合うこと
で現場のニーズを引き出す取り組みを行っている。このように、現場から得
たニーズをグローバルに展開できるような MDS のサービス開発を進めてい
る。
一方で、サービスの詳細な部分では各国ごとの事情に配慮しており、マニ
ュアル等をテンプレート化した上で各国にてカスタマイズする等、サービス
のローカライズ(現地化)にも配慮している。このように、グローバルとロ
ーカルの両輪で事業を構築することで、各国のニーズに即しつつ高い付加価
値のサービスを実現しようとしているのである。
32
図表
図
近年に参入した新規事業
出所:リコーホームページ
33
(11) 株式会社牧野技術サービス(株式会社牧野フライス製作所)
タイトル
海外拠点での人材育成による高品質アフターサービスでの差別化
企業名
株式会社牧野技術サービス(株式会社牧野フライス製作所)
事例
牧野技術サービスは、工作機械メーカーである牧野フライス製作所のメン
テナンス部門が独立し、1977 年に設立された。現在、牧野フライス製作所の
売上は約 7 割が海外向けであり、同社のアフターサービス(メンテナンスサ
ービス)は海外でも高い需要がある。
海外でのアフターサービスへの需要に応えるべく、同社は海外の現地拠点
でサービスエンジニアに対する技術力養成の取組みを進めている。これまで
に米国、シンガポール、インド、中国などにトレーニングセンターを設立し、
ローカルスタッフの専従トレーナーを配置してサービスエンジニアを養成
している。
工作機械は客先ごとにカスタマイズされている要素が多く、修理にあたっ
て広い範囲の知識とノウハウが求められる。一方で、故障から修理までの時
間を少なくするためには、正確なサービスの提供が不可欠である。これを実
現するために、同社のトレーニングセンターでは、数ヶ月から数年単位で一
人前のサービスエンジニアを育成する現地教育プログラムを用意している。
具体的には、座学で基礎知識を身に着けた後に現場に派遣し、OJTで基礎
技術を習得する。その後、更に応用知識の座学研修およびOJTにてスキル
取得に取り組む、といったように、レベルに合わせた教育を用意している。
工作機械において、アフターサービスは補完的なビジネスではなく、製品
とセットで求められる。つまり、高機能・高精度の製品を販売するにあたっ
て、製品のパフォーマンスを担保するアフターサービスをセットで提供しな
ければその強みは発揮されず、他社との差別化要因にならない。牧野技術サ
ービスのサービスエンジニアは修理能力の高さに定評がある。それは、現地
に応じた人材育成の仕組みがあるため、牧野フライス製作所の高機能・高精
度の工作機械に対応するアフターサービスが提供できているからである。現
地拠点での人材育成に注力することで、同社は他社との差別化に成功してい
る。
34
図表
図 1 インド現地拠点の研修の様子(その1)
図 2 インド現地拠点の研修の様子(その2)
出所:株式会社牧野技術サービス(株式会社牧野フライス製作所)
35
(12) ファーウェイ・ジャパン株式会社
タイトル
問題解決パッケージソリューションの提供を通じた新興国における通信事
業の拡大
企業名
事例
ファーウェイ・ジャパン株式会社
中国の大手通信機器メーカーのファーウェイは、通信基地局に太陽光発電
パネルを搭載させるパッケージビジネスを展開することで世界の市場を開
拓してきた。同社の主な事業は、通信事業者向けネットワーク事業(無線・
固定ネットワークの通信基地局など)
、コンシューマ向け端末事業(データ
通信カード、スマートフォンなど)、法人ビジネス向け事業(通信関連機器
及びソリューション)の三つである。日本では、現地法人であるファーウェ
イ・ジャパンが日本の通信事業者に基地局を提供してきた。
同社が通信事業者向けネットワーク事業でアフリカや中東に進出する際、
通信インフラ以前に、電力の確保が難しいという問題があった。そこで、2011
年に、ケニアで通信施設の電源確保のため太陽光発電パネルを設置し、蓄電、
電源供給できるシステムを通信インフラと一体化して提供した。同社はこれ
を「サイト電源事業」と呼んでいる。こうした新興国の現地事情に合わせた
製品とサービスの一体的な提供で現地の問題を解決することにより、主要事
業である通信事業を拡大することに成功した。アフリカではケニアの他に、
ザンビア、アンゴラ等でも事業を展開しており、ネットワーク・エネルギー
事業において、2012 年の時点で 140 か国、通信事業者 310 社に同様の製品を
提供するようになった。
このように同社は、新興国において主要事業である通信基地局を提供する
ビジネスを拡大させるため、障壁となる現地の問題を解決するソリューショ
ン(太陽光発電システム)をパッケージで提供することで、新興国を中心に
事業拡大を図ってきたのである。
36
図表
図 1 日本と海外のサイト電源基地局例
図 2 サイト電源設置モデル
出所:ファーウェイ・ジャパン株式会社
37
(13) 株式会社日立製作所
タイトル
鉄道システムのパッケージ輸出
企業名
株式会社日立製作所
事例
日立製作所は鉄道分野において、車両や運行管理システムをパッケージで
提供することで海外市場の開拓を目指している。同社は、図に示すような鉄
道分野に関する幅広い製品ラインナップを有している。
日本の鉄道市場では、日立はこれらの製品を個別に JR などの鉄道会社に
納入している。日本では鉄道会社が車両全体の設計から運行管理まで自ら行
っており、まず鉄道会社が車両の全体設計(コンセプト)を提示し、各メー
カーに対してその設計に応じた部品を発注する仕組みになっている。
一方、国によって事情は異なるが、海外では鉄道会社から発注を受けた車
両メーカーが部品・システムを発注する形態が多い。さらに、鉄道事業のノ
ウハウが少ない新興国では、メーカーに対して、車両、設備の納入・保守、
鉄道の事業運営に至るまで、一貫したパッケージの提供が期待されている。
同社は車両製造だけでなく、運行管理システムや保守サービスまでを一括
で提供できる点を強みとしている。例えば、2012 年に受注した英国都市間高
速鉄道 IEP(Intercity Express Programme)では、866 両の車両を納入するほか、
車両の保守サービスも広域に展開する予定である。また、2013 年には、ベト
ナムのホーチミン都市鉄道 1 号線設備を一括で受注し、車両 17 編成(51 両)
、
信号・通信システム、受変電設備、ホームドア、車庫設備などの設備一式と
開業後 5 年間の保守を契約した。土木工事を除く都市交通鉄道設備一式のシ
ステムを取り纏め、日本で鉄道会社が担っている鉄道システム全体の設計責
任を同社が負うという契約である。
同社は今後、パッケージ輸出によって東南アジアを中心に都市鉄道用シス
テムの受注拡大をめざし、鉄道事業のグローバル展開を加速させたいとして
いる。
38
図表
図
これまでに日立が受注した鉄道システム
出所:日立評論 2014 年 1・2 月合併号
39
3.1.3
収集事例の分析
各企業における高付加価値化の取組を調査した結果、得られた知見等を表 3-4 及び表 3-5
に整理する。
表 3-4 取組事例調査の分析結果概容
大分類
中分類
視点
【製品を変 A1)
える】:上流 設計・開発
プロセス
側
A)従来製品
を高付加価
値化
A2)
製品機能
分析結果概容
(下線:必要と考えられる事項)
視点の分解
A1)

設計プロセスの改革を通
じた市場ニーズ・技術シ
ーズの取り込み

従来のサプライチェーンのあり
方を見直し、競争力あるサプライ
チェーンを構築するケース。
自社内(部門間)もしくは他社(サ
プライチェーン)の体制・役割・
係わり合い方の変革が必要。
A2-1)

新しい技術領域の取り込
みによる製品の高度化
自らこれまでにないマーケッ
ト・サブシステムを創出すること
で、付加価値が低減する前に市場
を占めることで優位性を確立す
るケース。
社内外のノウハウを結合・調達す
る仕組み等が必要。

A2-2)

設計やデザインの工夫に
よる機能の高度化

【製品を変 B1)
B1-1)

新たなプラットフォーム
えない】:下 提供機能
の提供(ユーザデータ分
流側
(製造業のサー 析等)
B)売り方で ビス化、製品とサ

高付加価値 ービスの融合)
化
従来製品の枠に捉われない製品
開発で、顧客ニーズを満たす(付
加価値を提供する)ケース。
顧客ニーズに基づく設計改善ア
イディアが必要。
ユーザデータを分析することで、
ユーザ側への有益な情報提供と、
自社側での製品開発・事業展開に
資する情報を獲得するケース。
機器を含むネットワークシステ
ムの構築と社内でデータを分析
する体制が必要。
B1-2)

新たなプラットフォーム
の提供(ユーザデータ分
析等を除く)

周辺事業の取り込みや提供サー
ビスの質向上などを行い、プラッ
トフォームを構築するケース。
事業展開を企画する機能や教育
機能などを有すべく、社内の機能
の見直しが必要。
B2)
B2-1)

顧客アプローチ 顧客ターゲットの拡大、
販売形態の変革
従来まで対象外としていた顧客
に対して、自社及び他社の製品を
パッケージ化する等、アプローチ
の仕方を変えたケース。
マーケティング及び販売促進の
機能が必要。

B2-2)

打ち出し方の高度化、ブ
ランド戦略
40
(社内及び業界等でブランディ
ングを検討する機能が必要)
表 3-5
大分類
中分類
視点
A2)
製品機能
A2-1)
新しい技術領域の
取り込みによる製
品の高度化
A2-2)
設計やデザインの
工夫による機能の
高度化
【製品を変えな
い】:下流側
B1)
提供機能
B)売り方で高付加 (製造業
価値化
のサービ
ス化、製品
とサービ
スの融合)
典型事例
視点の分解
【製品を変える】: A1)
A1)
上流側
設計・開発 設計プロセスの改
プロセス 革を通じた市場ニ
A)従来製品を高付
ーズ・技術シーズの
加価値化
取り込み
B1-1)
新たなプラットフ
ォームの提供
(ユーザデータ分
析等)
マツダ
サプライチェーン内の他社と設計段階からすり合わせ
2
サンドビック
自社内でユーザの製品利用データなどを開発に活用、個別ユ
ーザに応じた設計・開発
3
(⇒マスカスタマイゼーション)
多様な消費者嗜好への柔軟かつ効率的な対応
4
iRobot(ルンバ)
マーケット創出型の技術革新
5
シマノ
サブシステムのパッケージ化による機能向上
6
ダイハツ
従来製品のデザイン変更による機能の高度化
7
任天堂(Wii)
8
サンドビック[既出]
日本 IBM
栗田工業
9
シスメックス
10
GE
11
B2)
顧客アプ
ローチ
B2-1)
顧客ターゲットの
拡大、
販売形態の変革
B2-2)
打ち出し方の高度
化、ブランド戦略
仮説、確認事項
1
森精機
B1-2)
新たなプラットフ
ォームの提供
(ユーザデータ分
析等を除く)
取組事例調査の結果一覧
12
13
新たな判明事項
購買部門がサプライヤーとの関係構築及び製品開発設計の窓口を担う。
新技術の開発に加え、自社技術を活用した新たなプラットフォームの提
供により、市場創出と社会変革を目指している。
衝突安全性や操縦安定性の確保など技術面での課題を克服し、設計・デ
ザインの改良を実現した。
従来にない使い方を提示しつつ高度な機能を提供する製品の
開発
ユーザデータ分析等に基づくコンサルティングサービスの提 これまで IT を活用していなかった領域(エネルギー、医療など)の市場
供
を開拓し、コンサルティングサービスを提供している。
センシング技術を利用して、遠隔監視や薬品投入の自動制御だけでなく、
遠隔監視等による診断・予防保全サービスの提供(特に海外 予防保全サービスも行っている。
展開)
遠隔で機械の問題を診断し、不具合の大多数はユーザとの電話によるサ
ポートのみで解決可能である。
ユーザデータを分析し、機器の予防保全や検査室全体の最適なレイアウ
他社製品との連携等を含めた最適な設備導入・稼動管理等の ト設計サービスも手掛けている。
サービス提供
稼働時のデータを収集・分析することにより、実際のニーズに基づいた
保守スケジュールを組み、運航業務及び航空資産を最適化している。
Apple(iPhone)
コンテンツを提供するプラットフォームと製品の融合
コクヨ
オフィスデザインに合わせて製品の規格も変更している。
周辺領域を含むパッケージとして提供(顧客の手間の省力化)基本的にサービス内容はグローバルスタンダードだが、各国の事情に応
リコー
牧野フライス
じてローカル化している。
現地エンジニア育成及び顧客への機器使用方法の助言
海外の現地拠点でエンジニアを育成する仕組みがあり、日本から派遣し
にくい地域は顧客に修理方法を指導することで、対応している。
新興国を中心に、現地の問題を解決するソリューション(太陽光発電シ
ステム)をパッケージで提供することで、事業拡大を図ってきた。
ファーウェイ
日立
新規分野でのシステム化・パッケージ化(主に新興国展開) 鉄道システムのパッケージ輸出によって東南アジアを中心に都市鉄道用
システムの受注拡大を目指し、鉄道事業をグローバル展開していく方針
である。
15
フロンティアラボ
顧客への「モノの提供」から「機能提供」への変革
16
今治タオル[後述]
打ち出し方の高度化、ブランド戦略
14
41
「ことづくり」やイベント等による誘客・販路開拓、及び、品質基準等
の策定・活用等の差別化戦略によって、販売戦略を工夫している。
3.2
産業集積(産業基盤) 6
3.2.1
我が国の産業集積の現状(取組の類型)
本節では、我が国における産業集積の現状を整理し、それらが地域の内部環境もしくは外
部環境の変化から受ける影響と、
その環境変化に対応するための取組事例について考察する。
産業集積の定義は、2006 年版中小企業白書では「特定の地域内に多数の企業が立地すると
ともに、各企業が受発注取引や情報交流、連携等の企業間関係を生じている状態のことを産
業集積と呼ぶ」とされているが、本調査ではそれにとどまらず、産官学が連携し人材育成や
金融面で生産基盤を支えている事例に着目する。
日本の製造業は各地域で形成されていた産業集積によって支えられてきたと言われてい
るが、国内市場の縮小や産業の空洞化などを背景にその状況はめまぐるしく変化している。
図 3-11~図 3-13 に示すように、1990 年代以降、製造業の事業所数や従業員数は減少して
おり、日本のものづくり産業の環境は厳しくなっている。一方で、環境変化に対応するため
に、
産業集積を取り巻く自治体や大学などの支援機関が地域の企業を積極的に支援する例が
見られる。
すでに国内のいくつかの産業集積では環境変化に対応するための新たな取組も見
られ、
これらの例が今後の日本のものづくり産業の目指すべき方向に示唆を与えると考えら
れる。
従業者4~9人の事業所数と従業員数
(従業員数)
(事業所数)
500,000
450,000
400,000
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
事業所数
12,000,000
従業者数
10,000,000
8,000,000
6,000,000
4,000,000
2,000,000
0
90
92
94
96
98
00
02
04
06
08
10
12
図 3-11 事業所数と従業員数の推移(従業者4~9人)7
6
本稿では従来の産業集積だけでなく、産業クラスターも対象範囲としている。両者の違いは、前者が関
連性の高い企業群が一定地域に集まった地理的な概念であるのに対し、後者は、企業、行政機関、産業支
援機関が競争力を発揮できるようなネットワークを形成するもので、必ずしも地理的に規定された概念で
はない。
7
工業統計調査(1990 年~2010 年)
、経済産業省
42
従業者10~29人の事業所数と従業員数
(事業所数)
(従業員数)
250,000
200,000
事業所数
12,000,000
従業者数
10,000,000
8,000,000
150,000
6,000,000
100,000
4,000,000
50,000
2,000,000
0
0
90
92
図 3-12
94
96
98
00
02
04
06
08
10
12
事業所数と従業員数の推移(従業者 10~29 人)
従業者30人以上の事業所数と従業員数
(事業所数)
(従業員数)
70,000
8,000,000
60,000
7,000,000
6,000,000
50,000
5,000,000
40,000
4,000,000
30,000
事業所数
3,000,000
20,000
従業者数
2,000,000
10,000
1,000,000
0
0
90
92
94
96
98
00
02
04
06
08
10
12
図 3-13 事業所数と従業員数の推移(従業者 30 人以上)
43
(1) 従来までの集積
中小企業白書
(2006)
は従来から存在する我が国の産業集積を以下の4つに分類している。
① 企業城下町型集積

特定大企業の量産工場を中心に、下請企業群が多数立地することで形成された集
積。マツダを中心とする広島県広島地域、トヨタ自動車を中心とする愛知県豊田
市周辺地域、八幡製鉄所(現在の新日本製鐵)を中心とする福岡県北九州市周辺
地域が代表例である。
② 産地型集積

消費財などの特定業種に属する企業が特定地域に集中立地することで集積を形
成。地域内の原材料や蓄積された技術を相互に活用することで成長してきた。金
属洋食器、刃物の新潟県燕・三条地域、めがね産業の福井県鯖江市周辺地域、家
具の北海道旭川市周辺地域がこれに当たる。
③ 都市複合型集積

戦前からの産地基盤や軍需関連企業、戦中の疎開工場などを中心に、関連企業が
都市圏に集中立地することで集積を形成。機械金属関連の集積が多く、集積内で
の企業間分業、系列を超えた取引関係が構築されているケースも多い。主な地域
は、東京都大田区周辺地域、群馬県太田市周辺地域、長野県諏訪市周辺地域、静
岡県浜松市周辺地域、大阪府東大阪市周辺地域などである。
④ 誘致型複合集積

自治体の企業誘致活動や、工業再配置計画の推進によって形成された集積。誘致
企業は集積外部の系列に属する企業が多く、集積内部での連携が進んでいない場
合もある。自治体が機械・金属産業を誘致してきた岩手県北上市周辺地域はこの
分類に当てはまる。
44
(2) 環境変化
1990 年以降、産業集積を構成する企業を取り巻く環境は厳しさを増している。
図 3-14 は代表的な日本の産業集積(大田区、北上市、鯖江市、旭川市)と後述する産業
集積(広島市、京都市、浜松市、東大阪市、野洲市、今治市)の製造業における製造品出荷
額の推移を示している。
製造品出荷額は、
2002 年から 2007 年頃までは景気上昇局面であり、
主力企業の撤退があった野洲市を除くとほぼすべての地域で上昇もしくは横ばいであった
が、長期トレンドとしては一貫して減少基調である。特に、東大阪市、大田区など中小企業
が多く立地する都市複合型集積で顕著に減少している。2007 年以降はほぼすべての地域で
急激な落ち込みが見られており、
これはリーマンショックを経て大手企業からの受注が急減
した影響が強いと考えられる。一方で、今治市や北上市など、ここ数年で大幅増加を実現し
た地域も一部ある。
今治市の 2007 年以降の増加は造船業等の好景気が寄与している。また、
北上市の増加要因は、
隣接する自治体に立地している工場の生産ラインが増強されたことに
伴い、関連企業の工場が北上市内にも進出したためである。ただ、このような増加は特定業
種の景況やタイミングに依存するものが多く、厳しさを増す環境変化の影響を受けて多くの
地域で減少傾向であることからも、
何らかの大きなプラスのインパクト要因がなければ減少
基調が継続することが一般的であるように見て取れる。
図 3-15 は同様の 10 の自治体における製造業事業所数の推移を示している。東大阪市や大
田区、京都市といった都市複合型集積で減少が著しいが、受注元の大企業の海外への生産拠
点の移転などにより、取引先を失った中小企業が減少していると考えられる。また、旭川市
や今治市のような産地型集積でも減少が見られる。
図 3-16 は製造業従業者数の推移を示している。多くの地域で従業者数は減少傾向にある。
特に大田区は 10 年間で従業者数が半減している。一方で、製造品出荷額が増加している今
治市は 2005 年以降減少に歯止めがかかり、北上市は 2004 年から 2007 年にかけて増加して
いる。
45
図 3-14
8
製造業の製造品出荷額の推移 8
工業統計調査(1990 年~2010 年、2012 年)
、経済産業省及び経済センサス-活動調査(2012 年)
、総務省
46
図 3-15
製造業事業所数の推移 8
47
図 3-16
製造業従業者数の推移 8
経営環境の変化の主要因は、
企業における生産拠点の海外移転と国内製品の需要低迷であ
ると考えられる。
1つ目の要因である製造拠点の海外移転に関し、図 3-17 は日本企業の国内設備投資額に
(海外設備投資額が国内設備投資額を超えれ
対する海外設備投資額の比率を示している 9。
ば、この比率は 100%以上となる。
)非製造業と比較すると、我が国製造業は海外設備投資
比率を年々増加させてきており、
さらに 2009 年以降は急速に加速させたことが分かる。
2000
年代の前半では 40~50%程度で推移していたが、2010 年代にはさらに高まっており、2012
年には 100%を超えた。
9
資本金 10 億円以上の企業を対象としたアンケート調査で、1,453 社が回答。
48
図 3-18 は 2012 年度において、海外拠点を増加もしくは減少させた製造業の企業数を示
している。中国、東南アジアで拠点を増加した企業は 100 社を超えている 10。その中でも生
産拠点が半数以上を占め、その次に販売拠点が続いている。これにより新興国は、生産拠点
としての存在感を更に増してきていると同時に、
製品を販売するマーケットとしても捉えら
れていることが分かる。
上述のように製造業における生産拠点の海外移転が進行してきたことによって、
下請けの
国内中小企業への受注は減少し、結果的に国内産業全体が縮小しつつある。
2つ目の要因として、中国など新興国の台頭による安価な製品の輸入増加に伴い、国内製
品の需要が低下している点が挙げられる。例えばタオル産業を見ると、1990 年以降中国か
ら安価なタオルが流入したため、
国内生産量は 1997 年から 10 年間で約3分の1にまで減少
している。同様に、国内有数のタオル生産地である今治を有する四国において、タオル生産
量は 1997 年からの 10 年で3分の1に減少した。
図 3-17
10
日本企業の設備投資における海外投資比率 11
製造業で原則として海外現地法人を3社以上(うち、生産拠点1社以上を含む)有する企業を対象とし
たアンケート調査で、調査票送付企業数 992 社のうち 625 社が回答(回答率 63%)
。
11
2012・2013・2014 年度設備投資計画調査、日本政策投資銀行、平成 25 年8月(2012 年以前は実績値で、
2013 年は計画値)
49
図 3-18
2012 年度における海外拠点数の増減 12
図 3-19
国内タオル生産量及び輸入量 13
図 3-20
四国のタオル生産量 13
12
「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告(第 25 回)」
、国際協力銀行、平成 25 年 11 月
13
四国タオル工業組合
50
(3) 産業集積を取り巻く支援機関が担うべき機能
以上の環境変化を受けて、産業集積は従来の形態から変化を迫られている。そこで、各地
域における大学や自治体などの支援機関が研究や教育といった分野で産業集積を支援する
期待が高まりつつあり、実際にそういった例が見られる。そのような取組は以下の4つの視
点に分類できる。
① 研究開発支援

技術革新の流れに対応すべく新たな分野の研究開発を推進するにあたり、
大学や
自治体が産業集積を形成する企業の研究開発を支援する。例えば、広島ではマツ
ダを中心とした自動車産業がエレクトロニクス化に対応できるよう、
自治体や大
学がその研究開発を支援している。
② 中小企業の連携

大企業が海外に移転し、
その大企業と取引関係がある中小企業がそれに追随する
ことができない場合、国内にとどまった中小企業同士が連携しあうことで、集積
の維持を図る。例えば、中小企業数社が集まり、大手企業から一緒に受注を狙う
共同受注体制を構築すること等が挙げられる。
③ 人材育成

従来は企業内で行っていた人材育成を大学や自治体が代替または補完する。すな
わち、ある地域や産業でニーズが変わったにもかかわらず、企業内でそのニーズ
に対応できる人材を育成する仕組みを構築することが困難である場合、大学や自
治体がその役割を担う。
④ ブランド化支援

中国など新興国から安価な製品が流入し産業が打撃を受けている場合、その地域
の製品のブランド力を高め、高付加価値製品であることを明示することで差別化
を図る。そのためのブランド化を自治体などが支援する。
上記の視点を踏まえ、現在の産業集積における取組の分類を試みる。それらは従来の集積
の状況や対応すべき環境変化にも依存すると考えられる。
まず、企業城下町型集積の場合、特定の大企業からの下請けに依存しているため、その企
業が海外に生産拠点を移した場合、多大な影響を受けることとなる。その場合の取組として
は、
従来の産業から他の新たな産業を形成するか、
同じ産業を振興するかの二つに分かれる。
他産業を形成する場合、その手段として、①産官学の研究開発の支援、②中小企業の連携に
よる自主努力、③他産業を担える人材育成、の3つが挙げられる。
一方、産地型集積の場合は、海外からの安価な製品の増加によって国内製品の需要が低下
するという環境変化に面していることが多い。そのための対策として、海外製品との差別化
を図るためにブランド化を推進することが考えられる。具体的には、支援機関が地域での製
品についてデザイン面でのブランディングや品質基準の策定を支援すること等が例として
挙げられる。
51
表 3-6
従来の集積
環境変化
産業集積に関する取組の分類
集積の取組
個社の取組
支援機関の取組
産学官連携による研
究開発支援
企業城下町型集
積・都市型集積
大企業の海外
他産業の形成
中小企業の連携
広島
京都
進出もしくは
浜松
仕様の変化
環境変化前と同一
人材育成
国内製品の需
消費財の高付加価
要低下
値化
52
大阪
野洲
産業の振興
産地型集積
事例
ブランド化支援
今治
3.2.2
各類型における主要地域の動向(収集事例)
各類型における特徴的な取組を行っている事例を取り上げ、その内容を調査・整理した。
以下に取組事例の一覧を示す。また、次ページ以降に各事例を示す。
表 3-7
集積の取組
個社の取組
No.
地域名
1
広島
中小企業の連携
2
京都
人材育成
3
浜松
4
大阪
5
野洲
6
今治
支援機関の取組
産学官連携によ
る研究開発支援
他産業の形
成
環境変化前
と同一産業
人材育成
の振興
消費財の高
付加価値化
主要地域の取組事例一覧
ブランド化支援
53
事例タイトル
広島地域の産学官連携による自動車関連
部品企業に対する研究開発支援
試作による自主自立を目指す地域の中小
企業の連携
浜松地域における産官学連携での組込み
ソフト技術者育成
関西における産学官連携での金属・材料工
学の教育・人材プラットフォーム作り
地域の企業 OB 人材の活用によるものづく
り現場改善
独自の高品質規格に基づくブランド構築
に成功した「今治タオル」
(1) 広島
タイトル
広島地域の産学官連携による自動車関連部品企業に対する研究開発支
援
地域名
公益財団法人ひろしま産業振興機構カーテクノロジー革新センター
(取組主体)
広島県(商工労働局)
事例
広島地域における産学官連携支援の背景
広島地域は完成車メーカーであるマツダの生産・開発拠点を有し、自
動車関連部品を請け負う機械加工や樹脂成型などのサプライヤーが数
多く存在する城下町型の産業集積地である。マツダとの結びつきが強い
企業が多く、企業規模も比較的小さいため、ノウハウの蓄積や資金的な
面から新たな技術の研究開発には困難も多い。さらに、最近では、構造
改革プランに基づき海外進出を加速するマツダとの歩調を合わせるた
め、多くの経営資源がこうした領域へとシフトする傾向にある。
2000 年以降、ハイブリッド車に代表されるように自動車もエレクトロ
ニクス化が進展し、こうした変化への対応がサプライヤーにも求められ
た。広島地域のサプライヤーは、素形材分野では高い技術力を有してい
たが、新たなエレクトロニクス分野において、各社単独で部品の電子化、
システム化に対応することは難しかった。このため、企業間連携を促進
し、不足する経営資源を相互補完することで、システム設計から性能評
価まで一括して企画、開発、生産ができるサプライヤーを育成すること
を目標に、モデルベース開発等の人材育成プログラムと合わせて、県内
企業を対象とした研究開発支援の仕組みを構築した。
「カーテクノロジー革新センター」の取り組みと成果
前述のエレクトロニクス化に対応するため、2008 年、広島県は(公財)
ひろしま産業振興機構に「カーエレクトロニクス推進センター」を設立
し、さらに 2013 年には、エレクトロニクス分野以外の幅広い技術も支
援対象とした「カーテクノロジー革新センター」へと発展・改組した。
現在、同センターは、広島地域の自動車関連部品企業の提案力の向上
によるグローバル競争力の強化を図るため、研究開発型の企業を中心
に、最適な共同研究先とのマッチングや人材育成等とともに、国や県等
の助成金制度も積極的に活用し、事業化を促進している。
また、同センターの特徴として、センター長に現役のマツダ社員を招
聘し、コーディネーターもマツダやパナソニックの OB 人材を採用して
いることが挙げられる。
こうした人材配置と合わせて、自動車に関連する行政,大学の各機関
の責任者が集まる「産学官連携トップミーティング」を開催し、研究開
発課題に対するより深い情報共有を進めている。その結果、新たな研究
開発の企画構想段階からメーカーニーズの本質に基づく明確な研究開
発目標を立案することが可能となり、実用化・事業化の可能性が必然的
に高まりつつある。
54
こうした仕組みの定着に向けて、地域にオープンな型で、マツダの経
営方針や技術ニーズを提示する「技術ニーズ発信会」や、サプライヤー
及び大学から技術シーズ提案を行う「技術シーズ提案会」を開催してい
る。
(共に平成 25 年度は 2 回実施)
。
この他、ベンチマーキング活動による先行事例の調査分析、大学の研
究室訪問等を通じたシーズ把握などの基盤的な取組も地道に行いなが
ら、地域企業の革新技術・新ビジネス創出に向けて一貫して取り組んで
いる。
こうした取り組みが実を結び、支援先サプライヤーの中には、研究開
発力や部品のシステム化能力を向上させ、他地域の完成車メーカーとの
取引を開拓したり、研究開発部門を創設し、新たな製品開発に取り組む
などの成果が表れている。
図表
広島大学
行政
知識、設備で の支援
助成事業による 支援
中国
経産局
行政施策による支援
地域経済部長
共同研究による支援
産学官社会連携
・広報・情報担当
理事
革新技術の研究開発
豊かな発想の人材育成
地域の自動車関連企業
広島県
共
同
研
究
商工労働局長
技術開発実行支援
広島市
ひろしま
産振構
経済観光局長
副理事長
図
助成金獲得支援
将来技術
ニーズの提供
販路拡大支援
共同開発による支援
地域企業支援策の検討
産学官連携トップミーティングの参画機関
出所:カーテクノロジー革新センター
55
マツダ
研究開発担当役員
(2) 京都
タイトル
試作による自主自立を目指す地域の中小企業の連携
地域名
京都試作プラットフォーム
(取組主体)
事例
中小企業同士の連携による「京都試作ネット」
京都では、中小企業同士の連携により、試作を新たな産業にしようと
する取組が進められている。京都の中小企業数十社で構成される「京都
試作ネット」は、切削加工、プレス板金、樹脂加工、表面処理、電子機
器組立など、参画企業の強みである様々な優れた加工技術を駆使し、製
造メーカー等の顧客に対して試作品の製作を請負うサービスを提供し
ている。試作品の依頼はウェブサイトを経由する仕組みになっており、
依頼があれば京都試作ネットが2時間以内でレスポンスをするスピー
ド感が特徴である。
京都試作ネットは、中小企業が自ら顧客を創造できる自主自立を目指
すことを目的として 2001 年に設立された。1990 年代以降、大企業が生
産拠点を中国など海外に移転することに危機感を覚えた京都の中小企
業の経営者たちは、自主的な勉強会を通して中小企業がいかに自立する
かについての解決策を模索していた。議論を積みかさねる中で、「生産
拠点が中国に移る中、日本には技術開発の拠点が残り、サポートインダ
ストリーとしての試作の需要が増加する」との仮説を立て、勉強会メン
バーの有志 10 社により京都試作ネットを立ち上げた。
当初は機械加工関連の企業が中心であったが、現在は電気、制御ソフ
ト、伝統工芸など多種多様な企業 100 社以上が京都試作ネットに参加し
ており、提供できる試作品の幅も広がっている。また、試作部品の加工
にとどまらず、顧客の新製品開発の設計をサポートするなど、試作を通
じた上流工程へのサービスも提供するようになった。京都試作ネット内
の参加企業はコアとなる会員(約 30 社)と一般会員(約 100 社)に区
分されるが、コアとなる会員は会費負担と活動への積極的な労力の提供
により、顧客と直接やりとりする権利が与えられている。コア会員とな
るには、組織の理念に沿った事業を展開しているかなどを基準とする所
定の審査を受ける必要がある。こうした理念、ビジョンの共有や内部の
様々なルールが試作ネット全体の品質を高める一助となっている。
官民連携による支援体制「京都試作プラットフォーム」
自治体も京都試作ネットを支援しており、試作産業としての仕組み構
築の一翼を担っている。公益財団法人京都産業 21 は、京都試作ネット
の設立前のグループ形成段階から支援しており、設立当初、京都府も補
助金等による支援を行っている。さらに、京都府は試作を「新京都ブラ
ンド産業」と位置づけ、オール京都体制で試作産業を支援するための京
都試作産業推進会議を設立した。また、地元の大手企業らが出資して設
立された京都試作センター株式会社は、京都試作プラットフォームとし
56
ての京都試作ネットのプロジェクト運営を支援している。これらの関係
機関を含むオール京都体制による試作産業推進の仕組みは、「京都試作
産業プラットフォーム」と呼ばれている。
京都における試作産業の今後の展望
今後は、試作産業を京都におけるひとつの産業として確立し、R&D
のインフラとなることを目指しており、大手製造メーカー等の R&D セ
ンターの京都への誘致を推進している。また、海外展開も視野に入れて
おり、京都試作ネットとして海外の展示会等にも出展するとともに、英
語の Web サイトを拡充して情報発信に取り組んでいる。
図表
図
京都試作産業プラットフォームの仕組み
出所:京都試作産業プラットフォーム
57
(3) 浜松
タイトル
浜松地域における産官学連携での組込みソフト技術者育成
地域名
組込みソフトウェア技術コンソーシアム
(取組主体)
事例
浜松地域における産官学連携支援の背景
浜松はヤマハ、ヤマハ発動機、スズキなどが立地し、輸送用機器の製
造を主とし、材料加工から仕上げ加工までの基盤技術を得意とする部品
メーカー約 800 社が集積している。従来、浜松では機械系や電気系の人
材は豊富であったが、情報系の人材は比較的少なかった。しかし昨今、
輸送用機器においてメカの動きをソフトウェアで制御することが多く
なり、ユーザ側もそこに付加価値を見出すようになってきた。そのため、
付加価値が高いこの分野で競争力を高めることが産業にとっても地域
にとっても重要との認識が生まれてきていた。
静岡大学を中心とした支援体制「組込みソフトウェア技術コンソーシア
ム」の取り組み
そういった背景があり、静岡大学が中心になって「組込みソフトウェ
ア技術コンソーシアム(以降、コンソーシアムという)」を設立し、浜
松地域の地元企業の人材に対して制御系組込みソフトウェア技術に関
する人材育成をはじめている。
このコンソーシアムの原点は、2008 年度から 5 年間、文部科学省の補
助金を得て静岡大学と浜松市が実施した「制御系組込みシステムアーキ
テクト養成プログラム」である。このプログラムでは、浜松地域の地元
企業の社員を対象に静岡大学の教員らがソフトウェア工学と制御工学
を教え、5 年間で 130 名超のアーキテクトと呼ばれる組込みソフト技術
者を輩出した。プログラム終了後も継続を求める声が多く、静岡大学が
コンソーシアムを設立するに至り、現在は静岡大学が自主的に運営して
いる。2013 年 10 月の時点で、コンソーシアムには 31 の企業が参画して
いる。運営にあたっては、浜松市が助成金を出し、浜松商工会議所が地
元企業への広報を担うなど、地域でコンソーシアムを支えている。
コンソーシアムの成果と今後
研修はソフトウェア工学基礎(プログラミングを学ぶ座学)、モデル
ベース開発(組込みシステムを学ぶ座学)
、組込みシステム実践演習で
構成されている。浜松地域の企業の在籍者が企業の規模、業種を超え、
広く受講しており、技術者にとっては貴重な交流機会となっている。参
加者からは、
「仕様書の質が向上した」
、「システムの検収ができるよう
になった」というような声が寄せられている。
現在のところ、浜松地域の完成品メーカーが地元メーカーに組込みソ
フト開発を外注するケースは多くないようである。しかし今後は、地元
メーカーで人材が育ち、完成品メーカーのよき開発パートナーになるこ
とが期待されている。
58
図表
図 1 組込みソフトウェア技術コンソーシアムの演習の様子(その1)
図 2 組込みソフトウェア技術コンソーシアムの演習の様子(その2)
出所:組込みソフトウェア技術コンソーシアム
59
(4) 大阪
タイトル
関西における産学官連携での金属・材料工学の教育・人材プラットフォ
ーム作り
地域名
大阪・兵庫を中心とした関西地域
(取組主体)
(大阪ベイエリア金属系新素材コンソーシアム・公益社団法人関西経済
連合会)
事例
関西における産学官連携による人材育成支援の背景
関西において、産(関西経済連合会)、学(大阪ベイエリア金属系新
素材コンソーシアム)、官(関西広域連合)が連携した金属・材料工学
に関する新たな人材育成の取り組みが始まっている。
大阪や兵庫などには伝統的に金属系の中小企業が多く存在していた
が、近年大企業が生産拠点を海外に移転する中で、中小企業の数も大幅
な減少傾向にあった。また、生き残った企業においても、機能性材料や
高度な成型・加工など先端分野における開発に欠かせない金属・材料工
学に代表される基盤技術の重要性が増しているにも関わらず、大学では
当該領域の講座が減少しており、体系的に学んだ学生が減っていること
から、技術者の確保と技術の維持・向上に課題があった。このような危
機感に基づき、関西経済連合会(以下、関経連)は 2011 年 8 月に「わ
が国の産業を支える基盤技術の維持に向けて」という提言を行った。
それに共感したのが、大阪ベイエリア金属系新素材コンソーシアム
(大阪府立大学を中心とした 8 大学等によるコンソーシアム、以下コン
ソーシアム)である。コンソーシアムの教授陣も金属・材料工学分野の
衰退に危機感を抱いており、ものづくり企業が多く、金属系新素材に関
する蓄積を有する大学間のネットワークもある関西地域の地の利を活
かし、関経連と共同で、社会人のための金属・材料工学に関するプログ
ラムを企画・開催することとなった。
人材育成プログラムの概要と将来構想
2012 年が初年度であり現在までに 2 回開催されているこのプログラム
は、週 1 回 2 時間、合計 12~14 回の講義形式で、金属・材料工学の基
礎知識(学部レベル~大学院前期過程レベル)を体系的かつ網羅的に学
習できる構成となっているとともに、産学官でプログラムの検討を行
い、プログラムに産業界のニーズを反映している。受講者は社会人 4 年
目~10 年目程度の現場の技術者が中心であり、これまでに 75 人の修了
生を輩出している。関西広域連合からの支援は広報などの側面支援を中
心とし、受講料でプログラムが運営できる体制を構築している。
将来的にこのプログラムを「学生への教育基盤」、
「企業の人材育成」
など金属系・材料系の教育・人材のプラットフォームにすることを構想
している。例えば、引退した技術者が後進を育成するために同プラット
フォームの講師となる、企業内での職種転換のための学習の場となる、
企業と大学が研究開発等でコラボレーションする、などが考えられる。
60
コンソーシアムでは、金属分野の研究拠点を持つ他大学とも人的ネッ
トワークがあるため、金属系・材料系の人材が本プログラムを通じて集
まり成長することで、関西から新たなイノベーションが創出されること
も期待される。
図表
図
プログラムの将来構想
出所:関西経済連合会「わが国の産業競争力強化に向けて」
(http://www.kankeiren.or.jp/material/130409sangyou.pdf)
61
(5) 野洲
タイトル
地域の企業 OB 人材の活用によるものづくり現場改善
地域名
野洲市ものづくり経営交流センター
(取組主体)
事例
野洲市における人材活用に関する取り組みの背景
滋賀県野洲市では、企業の OB 人材を活用したものづくり人材の育成
と現場改善の取組がある。野洲市ものづくり経営交流センターは、地域
の製造企業を退職した人材を「ものづくりインストラクター」と呼ばれ
る生産改善の指導者として教育し、中小企業の現場に派遣して生産改善
の指導を行っている。
かつて野洲にはある大企業を中核としたコンピュータ関連産業が集
積していた。しかし、2000 年代になってその大企業が事業戦略を転換す
ると、同社の野洲に立地していた工場も閉鎖された。それまで推進して
いた大企業の誘致政策は景気変動や個別企業の事業戦略に左右される
ため、野洲市はこの工場閉鎖を機に、市内の既存企業の支援へ産業政策
の舵を切った。野洲市が地場の製造業振興策を模索していたところ、当
時東京大学では「ものづくりインストラクター養成スクール」を運営す
るとともに、同様の取り組みを地域に根ざして行う「地域スクール」の
設立を検討していた。このスクールは、シニア人材を活用し、退職後の
製造中核人材を他企業、他業種でも現場改善指導ができるよう育成する
取組みである。大企業撤退後も、野洲には OB 人材などがまだ居住して
おり、彼らの経験・ノウハウを活用できるのではないかという考えから、
「野洲市ものづくり経営交流センター」の設立が決まった。
野洲市ものづくり経営交流センターの取り組みと成果
当センターにはスクール事業と地域事業の二つがある。スクール事業
では、企業 OB と現役の製造業の従業員を対象に、ものづくりインスト
ラクターの養成を行っている。半年間のカリキュラムは、生産現場の管
理技術全般に関する座学の研修と、実際に中小企業の現場を訪れて生産
改善を指導する実習で構成されている。研修を終えると、地域事業とし
て企業 OB を実際の中小企業の現場に派遣する。その際、それぞれ異な
る強みを持つものづくりインストラクター3 人が一つのチームを組む。
参加した OB には関西の大手メーカー出身のエンジニアも含まれてい
る。本事業は野洲市の財源でまかなわれているが、滋賀銀行からも助成
金を得て活動しており、地域の支援機関とも結びつきを強めつつある。
スクール事業は四年間で 39 名のものづくりインストラクターを輩出
し、ものづくりインストラクターの指導による現場改善の実績が徐々に
見られるようになった。例えば、野洲市でプリント配線板を製造してい
る中小企業は、取引先の大手メーカーから不良品率の高さを問題視さ
れ、契約が打ち切られそうになっていた。しかし、ものづくりインスト
ラクターの現場改善の指導を受けたところ、不良品率を約 37%減少させ
62
ること(金額ベースで約 1,800 万円の廃棄費用を削減)に成功した。こ
れを要因として、取引先からの契約打ち切りを免れた。また、別の半導
体製造部品メーカーは、生産にいたるまでのリードタイムが長いことが
課題であった。そこでインストラクターの助けでリードタイムの指標を
作成し、それを基準に改善活動に取り組むことで、リードタイムの短縮
を実現した。
野洲市ものづくり経営交流センターの今後の展望
今後、当センターはものづくりの現場改善の対象事業分野を拡大させ
る方針である。これまでは機械部品メーカーが主な対象であったが、例
えば、食品加工メーカーへのインストラクター派遣もはじめている。将
来的には、野洲市ものづくり経営交流センターの経営改善事業を通じ
て、市内の中小企業の競争力を向上させることを目指している。
図表
図 野洲市ものづくり経営交流センターの研修の様子
出所:野洲市ものづくり経営交流センター
63
(6) 今治
タイトル
独自の高品質規格に基づくブランド構築に成功した「今治タオル」
地域名
四国タオル工業組合、今治商工会議所
(取組主体)
事例
タオル産地としてブランド化に成功した「今治タオルプロジェクト」
古くから我が国有数のタオル生産地である今治では、近年、中国から
輸入される安価なタオルにより年間生産量が 5 万トン(1991 年)から1
万トン(2009 年)に減少するなど、壊滅的な打撃を受けた。しかし、国
の補助金(JAPAN ブランド育成支援事業)や今治商工会議所、今治市の
支援のもと 2006 年に四国タオル工業組合(以降、組合という)が立ち
上げた「今治タオルプロジェクト」により、今治タオルのブランド化に
成功した(ブランド構築に関する取り組みの流れは下図参照)
。今治タ
オルプロジェクトを進めた結果、四国経済産業局及び組合の調査による
と今治タオルの認知度が 36.6%(2004 年)から 71.0%(2012 年)に上昇
した。また、20 年間続いた生産量の減少が 2011 年に下げ止まり、欧州
に販路を拡大するなどの成果が出ている。
「今治タオルプロジェクト」での取り組み
今治タオルプロジェクトでは、独自の品質規格の策定、著名デザイナ
ーの協力によるブランド開発やメディアプロモーション、消費者に品質
の良さを PR できる人材の育成などにより、今治タオルのブランド力の
向上を行った。
独自の品質規格である「imabari towel 品質基準」では、ビーカーに浮
かべた 1cm 角タオルが 5 秒以内に沈み始めたら合格とするなど、既存の
品質規格(JIS 基準では 60 秒以内)を大きく上回る基準を設定している。
また、この基準をクリアしたタオルに対して今治ブランドロゴを付与す
ることで、品質の高さを目に見える形で消費者に伝えられるようになっ
た。さらに、新宿伊勢丹や東京南青山への専門店の出店など高級品市場
における販売チャネルの開拓や、タオルソムリエ試験制度の策定による
小売店の勤務者などの今治タオルの良さを説明できる人材の育成を通
じて、消費者への PR に取り組んでいる。これらの取り組みは話題性に
溢れていたため、メディアに多く取り上げられ、今治タオルのブランド
認知度向上につながった。ブランド認知度の向上は、「今治タオル」や
組合員企業の製品を指名買いする消費者の増加という成果をもたらし
ている。
JETRO の支援も受け、展示会出展を通した海外展開も進めている。イ
タリアで開かれる世界最大の国際見本市には 2011 年から 3 年連続で参
加しており、今年の売上高は昨年の約 3.6 倍に上っている。展示会をき
っかけに、欧州の小売店で今治タオルを販売するようになったという事
例もある。海外展開を進めるにあたり、各社単独ではまだコスト的に見
合わないため、今治繊維リソースセンターが一括して取引窓口を担って
64
いる。今治繊維リソースセンターとは、中小企業基盤整備機構、自治体、
組合等が出資して設立された、地域の繊維産業の支援を目的とする組織
であり、海外販売を促進する機能も果たしている。
タオル産地としての今後の展望
組合では、2010 年に補助金による支援が終了した後も、これまでに培
ったブランド資産の活用によって自力で取り組みを継続させている。組
合が販売するブランド使用料を含んだ指定副資材(織ネーム・下げ札・
シール)を組合員が購入し取り付けることで、今治タオルブランド商品
として販売することができる。その利益による資金を活用し、愛媛県繊
維産業技術センターや今治高等技術専門校等と連携して人材育成や技
術伝承・革新に向けた取組みを進めることで、今治のタオル産業のさら
なる発展を目指している。
図表
図 ブランド構築に関する取り組みの流れ
65
図
今治タオル販売店舗の例
出所:四国タオル工業組合
66
3.2.3
収集事例の分析
各企業における高付加価値化の取組を調査した結果、得られた知見等を表 3-8 及び表 3-9
に整理する。
表 3-8
取組事例調査の分析結果概容
集積の取組
個社の取組
支援機関の取組
分析結果概容
(⇒:展開、方策)
事例

産学官連携による研
究開発支援
自動車産業のエレクトロニク
ス化への対応が課題。
広島

⇒ 行政・大学等が真に必要と
される共同研究を設定・実施す
るフレームを提供。

他産業の形成
従来、大企業が構築してきたサ
プライチェーンが変化。中小企
中小企業の連携
京都
業の受注減。

⇒ 多様な分野の中小企業が
自発的に協力して自律的な事
業の仕組みを構築。
人材育成
(大学・自治体主導)
人材育成
環境変化前と同
一産業の振興
(大学主導)
人材育成
(自治体主導)
浜松
大阪

企業等での人材育成機能が衰
退。(新たな領域のスキルを有
する人材の育成も含む)

⇒ 大学、自治体、OB 等の利
活用によって、競争力を高める
ために必要となる人材育成の
野洲
仕組みを構築。

価格競争等による相対的な優
位性の低下。

消費財の高付加
価値化
ブランド化支援
今治
⇒ 複数の中小企業の製品を
一つのブランドとし、行政等が
競争力の源泉(品質等)の見え
る化の支援や、販路開拓支援な
どをトータルで提供する仕組
みを構築。
67
表 3-9
従来の
集積
集積の取組
環境変化
個社の
取組
支援機関の取組
産学官連携によ
る研究開発支援
事例
町型集
積・都市
型集積
大企業の
形成
広島
海外進出
る。
中小企業の連携
京都
(大学・自治体
仕様の変
浜松
主導)
化
産業の振
興
国内製品
消費財の
の需要低
高付加価
下
値化
人材育成
への対応策として、試作産業に活路
(大学主導)
人材育成
(自治体主導)
ブランド化支援
今治
Tier1~3 企業が広島以外、自動車産業以外にも事
業を展開できるように研究開発を支援してい
短期的な利益追求ではなく、長期的視点で中小
企業の自主自立を目指している。
大学と自治体が各々の役割を担い、浜松市全体
育成を主導している。
が人材育成の仕組みを構築している。
少に危機感を抱いた大学が研修プ
ログラムを実施している。
野洲
エレクトロニクス化への対応のみならず、
静岡大学が組込みソフト技術者の
金属系・材料系を志望する学生の減
大阪
新たな判明事項
る。
大企業の海外移転による産業衰退
人材育成
もしくは
前と同一
積
クス化への対応を県が支援してい
を見出そうとしている。
環境変化
産地型集
仮説、確認事項
自動車産業におけるエレクトロニ
他産業の
企業城下
取組事例調査の結果一覧
元 IBM の社員が野洲市内の中小企
業の生産改善を指導している。
将来的には金属系・材料系の人材育成プラット
フォームとなることを目指している。
IBM 以外の OB も多数参加し、食品加工など多
様な業種にインストラクターを派遣しており、
「ものづくり」の範囲が広い。
タオルを高品質化することで中国
著名なデザイナーなど外部の有識者からもア
製の安価なタオルと差別化を図っ
ドバイスを受け、ブランドで利益を稼ぐビジネ
ている。
スモデルを構築している。
68
4. 結論
我が国の製造業を取り巻く環境は日々変化しており、2012 年までの景気低迷局面を抜け、
2013 年初頭以降は景気回復基調が継続しつつある。2013 年6月にはアベノミクスの第三の
矢である成長戦略(日本再興戦略)が策定され、我が国製造業の競争力を高めるべく、同年
秋の臨時国会では産業競争力強化法が成立した。また、国内のみならず、グローバル経済に
おいてもリーマンショックや欧州金融危機から回復を見せている。2012 年の秋時点では1
ドル 70 円台後半であったドル円は 2014 年3月末時点では 100 円前後で推移しており、
国内
製造業にとって輸出の追い風となっている。
しかしながら我が国の製造業は、上述のような景気動向に左右されるのみならず、近年で
は産業構造の様々な変化に伴い事業等のあり方を見直す必要性が生じる場面も増えてきて
いる。具体的には、国際分業の深化、ICT 技術の進化、国内市場の縮小、生産年齢人口の減
少・高齢化による担い手の不足、エネルギー制約などが製造業企業の事業構造に影響を与え
ており、これらの変化を看過することは競争力の低下を引き起こしかねない状況である。一
方、
かかる状況下においても自社製品の製造工程以外でのバリューチェーンの広がりに着目
し、新たな付加価値向上を図ることで高い利益率水準を実現したり、価格競争を阻止したり
している事例もある。また、我が国の産業集積においても、環境変化に応じた取組を行うこ
とで地域の産業基盤を維持、さらには発展させている地域も存在する。
本調査では、上述のような現状認識に基づき、
「構造変化の中で付加価値の高い事業をど
のように展開していくのか」
、
また、
「構造変化に直面している我が国の生産基盤
(産業集積)
をどのように再構築していくのか」という2つの観点を通じて、我が国ものづくり産業の取
組と今後の方向性について分析及び考察を行った。
バリューチェーンの視点で分析すると、①従来製品の設計・開発プロセスや製品機能を変
えることで高付加価値化する取組と、②製品を変えずに売り方で高付加価値化を図る取組に
大きく二分できる。前者①の取組について調査したところ、例えば、メーカーとサプライヤ
ーの新たな連携に関する取組やデザイン・ドリブン・イノベーション(DDI)などが該当し、
社内外の体制・役割・係わり合い方の変革や社内外のノウハウを結合・調達する仕組みの構
築が重要であることが判明した。後者②に関しては、「製造業のサービス化」が最たる例で
あり、これに加えて、顧客ターゲットや販売形態を変革する事例やブランド化に関する取組
などが含まれることが判った。特に、本調査ではユーザデータやマーケティングデータなど
を活用する事例を多く取り上げたが、このとき、システム構築やデータ分析のための社内機
能・体制の整備が重要であることが確認できた(本報告書 3.1.3 項を参照)
。
産業集積の視点からは、業界や地域によって個々の課題は様々であるとの前提に立ち、ま
ずはこれら課題の分類を行った。その上で、例えば、自動車産業の変化(エレクトロニクス
化)
、大企業のサプライチェーンの変化、必要とする人材の変化等、従来の産業集積が何ら
かの変化に直面したときの対処事例を取り上げ、その特徴を整理した。その結果、従来の産
業構造からの変化に対処するためには、単なる経済的インセンティブ(例えば、助成など)
の付与ではなく、企業間連携や人材育成といった企業・地域の自立を促しつつ必要な支援を
提供する仕組みが重要であることが確認できた(本報告書 3.2.3 項を参照)
。
69
我が国の製造業は変化しつつあるが、それが好機にもなり得る。企業や行政をはじめとし
た各プレーヤーが適材適所で役割分担し、最適化を図っていくことが競争力強化のために重
要である。このような中で、我が国製造業の競争力向上にあたっては、製造業を取り巻く環
境変化に柔軟かつ効率的に対応していくことが必須であり、
企業等における今後の取組とし
て求められているのである。
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