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またいつでも「激動の世界」と言われますけれども、今日 が2010年

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またいつでも「激動の世界」と言われますけれども、今日 が2010年
◎ 座 談 会 ◎
(外務省外務審議官)
(東京大学教授)
(防衛大学校教授)
(慶応義塾大学教授)
[司会]
(青山学院大学教授)
問題提起 別所 浩郎
外交はいつでも難問山積で、またいつでも「激動の世界」と言われますけれども、今日
が 2010 年 11 月 1 日で、実際に出版される 2011 年 1 月までにいろいろ出来事が想定されてい
ます。今から年末までの間には、まずアジア太平洋経済協力会議(APEC)がございます。
経済的な意味で、成長戦略をアジア太平洋としてどうやっていくのか、自由貿易をどう進
めていくのか、APEC それ自体、大変重要な会議です。そうした内容面での重要性もありま
すけれども、やはりそこに米国、中国、ロシア、そして日本の首脳が集まって、それぞれ
二国間の会談がある。かなり重要な、重い会談になることが想定されているわけです。そ
の結果がどうなるか、現時点ではわからないわけですから、予測めいたことを申し上げて
もしようがないと思いますが、そういう節目があるということがひとつあると思います。
それから、11 月末から 12 月にかけて、気候変動枠組条約の第 16 回締約国会議(COP16)
がメキシコのカンクンで開かれます。これはもちろん気候変動の問題を議論する場ではあ
りますが、それを超えたいろいろな意味合いが出てくるのではないかと思います。2009 年、
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 1
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
デンマークで行なわれた COP15 では、各国の振る舞い、
とくに中国の対応の姿をみて、各国いろいろ思うとこ
ろもあった。また、中国だけではなくて、国際社会が
まとまって明確な結論を出せなかったという、その思
いをどう解決していくか、そのこともコペンハーゲン
会合は問題提起したと思います。今度のカンクンでど
こまで前進をみることができるのか、あるいは非常に
厳しい状況で終わるのか、世界全体にとっての大きな
関心事項だと思います。
別所浩郎 外務審議官
また APEC では、オバマ米大統領が訪日し、日米首脳
会談が行なわれる。日米関係、とくに同盟を深化する
ということがひとつ謳われているわけですけれども、日米安全保障条約 50 周年という節目
をとらえて、これからの 50 年をどうするか、議論をしっかり深めていくきっかけになると
は思っています。ただ、それと同時に中国との関係、ロシアとの関係はなかなか難しい状
況もありますので、中国、ロシアとの関係も含めて、アジア外交と言いますか、この地域
の外交をどう進めていくか、非常に難しい舵取りを迫られ、それがまた 2011 年に向けてど
ういう展開を示していくか、全力投球しなければいけないと思っております。
このように、これから 1 月までにいろいろなことが起こるわけですけれども、個別の問題
を超えた大きな流れ―世界の姿、あり方の変化といったものが、背景として厳然として
あります。もちろん中国の台頭というものがひとつの大きな要素です。それからもうひと
つは、中国も含めて言われる場合も多いですけれども、新興国の台頭。それによって世界
の新しいアーキテクチャー、20 ヵ国・地域(G20)というものが確立されてきた。これが今
後、どういうふうに発展していくのか。それから、大きなひとつの節目として、2 年前ぐら
いに生じたリーマン・ショック以後の経済問題に対して、各国がどう対応できるのか。ア
ーキテクチャーとも絡めて、どうやっていくのかという問題がある。いくつかそういうテ
ーマがあると思います。
新興国の台頭については、外務省でも担当部局を新しくつくっております。ただ、この
新興国の議論で「BRICs」
、あるいは「NEXT11」という言葉が先行していることは若干不幸
だったと思います。日本からみると BRICs と言ってみても、お隣の中国、ロシア、近くにい
るインド、昔から関係のあるブラジルと、新しいというよりも、昔からの付き合いがあり、
これからも付き合っていかなければいけない国々なわけです。ですから、日本はそういっ
た国々との付き合いは当然で、それ以外の新興国と言われる国々とどういう関係を築いて
いくべきか。
さらに言えば、新興国として真に経済的に力をつけてきているかどうかも重要です。と
くに、
「NEXT11」
(イラン、インドネシア、エジプト、韓国、ナイジェリア、パキスタン、バン
グラデシュ、フィリピン、ベトナム、メキシコ)は、BRICs もそうですが、この言葉・概念を
つくったゴールドマン・サックスは経済規模などに注目して選んでいると思いますが、や
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 2
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
はり国際社会の問題を解決していくことにどれほど貢献できるのか。また日本はパートナ
ーとして、どういう国と連携していくのか。そういう観点から、日本の外交としてはすで
に考え、これからも考えていく。ゴールドマン・サックスがつくったものをそのままわれ
われが使えるわけではありません。
また、「新興国」と一括りにされますが、もちろん一枚岩ではない。気候変動問題では
BASIC という、ブラジル、南アフリカ、インド、中国のグループがある。BRICs のロシアが
抜け、南アが加わっている。ロシアなどは、気候変動問題では日本とかなり利害関係が一
致している国であるから、BASIC には入らない。BASIC から中国を除いた IBSA というもの
もある。これは、インド、ブラジル、南アというグループで、彼らは新興国であり民主主
義国なのだと。それぞれの地域を代表する新興民主主義国なのだということで集まってい
ます。この IBSA は、首脳レベルでも会い、さまざまなタスクフォースもつくっています。
このように新興国のなかでもいろいろな合従連衡をやっている。目的のためにはどういう
組み合わせで連携したらいいのかということを、一所懸命に考えている。日本も固定観念
で判断せずに、やはり新しい世界の姿のなかで、目的に照らして連携していくことに積極
的に取り組んでいかなければいけないだろうと思います。
新興国について申し上げましたが、中国を意識的に除外しました。日本にとって中国と
いうのは隣の国という意味でも大きな存在で、世界が一般的に「中国の台頭」と言ってい
る以上の重みが、日本にとってはあると思います。2010 年になって、非常にこの問題が日
本の一般国民にも意識される状況になってきた。残念なことに、いくつか問題が生じたか
らだと思いますが、これは決して 2010 年に始まった話ではなくて、数年間にわたる傾向の
なかで今年たまたま非常に先鋭化してきた。もちろん中国の海軍力増強という問題、また
南シナ海、東シナ海、あるいは尖閣諸島をめぐる問題があって、そちらに目は向きがちで
すが、日中間には戦略的互恵関係という枠組みができています。隣の国として中国とどう
付き合っていくのか、日本にとってはますます重要な課題になってきていると思います。
ただ、この地域は、日本と中国だけでどうするという話ではない。2010 年に非常に目立
ったのが、ロシアと米国がこの地域に非常に関心を高めてきていることです。米国では、
オバマ政権がアジアに強い関心を示し、対話路線ということも言い出している。ロシアも
近代化を進めるに際して、もちろんヨーロッパに目がいっていますが、こちらの地域につ
いても非常に関心を示している。そして、2010 年の東アジアサミット(EAS)では米国とロ
シアが一緒に、同時に、EAS に受け入れられ、2011 年から正式なメンバーとなる。そうい
う新しい状況が出てきた。これは東南アジア諸国にとっても非常に歓迎すべき動きではあ
りますが、一抹の懸念もあると思います。大国がドッとこの地域に押し寄せ存在感を高め
ると、自分たちはどうなっていくのだと。これまでのように自分たちの声、主張は通るの
かということです。
10 月の末に、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の一連の会議に、私は菅直人総理のお
供で行っておりましたけれども、これまでにも増して、真剣に ASEAN の中心性ということ
を彼らは訴えていたと思います。これまでは、いろいろあるなかのひとつのテーマとして
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 3
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
言っていたのですけれども、大国が出てくることで自分たちの存在感が薄れていくこと、
意見がどこまで通るのかという心配もあるのだろうと思います。それも考えながら、中国、
ロシア、米国といった国とどう付き合っていくかという意味で、日本は果たさなければい
けない役割があると同時に、ある意味では機会でもある。日本が、こういった新しいプレ
ーヤーが出てくることを踏まえながら、日本としての考えを通していくという意味では、
むしろひとつの切っ掛けと考えていくべきなのではないかと思っています。
そういういろいろな話があるなかで、やはり日米同盟というのが根本であることは間違
いない。背骨がひとつ通っていなければ、こういった多様な課題に対応することはできな
いわけで、先ほども言いましたように、この 50 周年という機会を踏まえて、同盟の深化と
いうのを、永遠の課題と言えば永遠の課題ですけれども、とくにこれからの数ヵ月間は、
力を入れていかなければいけないと思っております。
世界システムの構造変化
山本 大変広範な、重要なお話をいただきありがとうございました。2010 年、中国は国内
総生産(GDP)で日本を抜く、将来ももっと発展する。さらに海洋の問題とか安全保障の問
題でも、中国は日本の非常に重要な相手になってきているわけです。ただその前に、新興
国が国際的なシステムを変えていくという少し長期的な見通しについて、皆さんのお話を
うかがいたいと思います。
たとえば第 2 次世界大戦後の、あるいはその前からでもいいのですが、国際システムの構
造をみていますと、先進大国があり、そして開発途上国がある。こういう構造がずっと続
いていたと思うんです。それが今世紀に入ってから、あるいは前の世紀の末から、開発途
上国のなかで急速に伸びる国が出てきて、その力、サイズが非常に大きくなった。そして
先進国と新興国のコンプレックスと言いますか、複合体みたいなものができてくる。そこ
では経済的な相互依存が非常に強くなり、切っても切れない関係が形成されてきた。その
なかで新興国の経済力、政治力が強くなる。その結果、ひとつの大きな転換点にきている。
少し抽象的ですけれども、そこから新しいシステムができていくような気がします。
たとえば中国も、少し前までは米国と比べると、経済的にも軍事的にもかなり小さかっ
た。しかし今は、逆転まではいきませんが、力関係が変わってきている、そのなかでいろ
いろなことが起きているという気がします。もう少し具体的に言うと、たとえば経済シス
テムでも、昔は米国とかヨーロッパが支配的な地位を占め、その下で開発とか工業化が起
きてきたわけですけれども、今の状況をみると、将来にわたって新興工業国が、相互依存
のなかにいながらもどんどん大きくなり、経済規模や影響力でも先進民主主義国と似たよ
うな力をもってくるように思える。そうであれば、国際政治のあり方とか枠組みはかなり
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 4
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
変わってくるような気がするのですけれども、そのへんはいかが考えられますか。
伊藤 純粋に経済だけの側面をみて、今おっしゃったような現象を考えると、ぜんぜん不思
議ではないんですね。経済成長モデルのなかに「コンバージェンス(収束)」という概念が
あって、資本の蓄積が少ない、つまり所得の小さい国ほど成長率は高くあるべきだとして
います。資本が少ないわけだから、資本の生産性が高いわけで、少し資本を上げればすぐ
に成長できる。所得水準が低ければ成長率が高い、成長率が高いですから所得水準がどん
どん上がってきますよね。所得が上がれば、だんだん成長率は落ちてくる。だから、縦軸
に成長率、横軸に 1 人当たり所得をとると、右下がりの曲線になって、それで最終的には所
得水準で経済協力開発機構(OECD)の国の集団に追いつく。
この経済成長による収束というのは日本や東アジアの経験も良く説明します。まず日本
が 1950 年代、60 年代に 10% 成長し、それから 1970 年代、80 年代は 4% 成長になり、1990 年
代、2000 年代には 2% 以下の成長しかなかった。OECD のグループの先進 7 ヵ国(G7)の平
均レベルの 1 人当たり所得を、ちょっと抜いて、また平均に戻ってしまいました。そして日
本に、NIES(新興工業経済地域)と呼ばれるようになった韓国、台湾、香港、シンガポール
が続いた。そのあと、ASEAN が同じような収束の過程を経ている。その次にきたのが中国
ですね。それで、インド、ブラジルと続いている。この経済成長モデル、経済発展、経済
成長の過程からみると、むしろノーマルなことが起きた。われわれにとってのパズルは、
なぜアフリカが成長できないのか、低所得のところにとどまり続けているのか、というこ
とですね。
だから、どんどん新興市場国が出てきて、成長して、所得水準が上がって先進国に追い
ついてくるのは、ぜんぜん不思議な現象ではない。内戦が終わったとか、計画経済が終わ
って市場経済に移行したとか、いろいろな国内的な事情が変わり、何かが弾けてこの成長
軌道に乗って、さっき言った右下がりの曲線に沿って下りてくるということ。それを今中
国がやろうとしている、キャッチアップの過程であるというふうに理解できるんですね。
山本 経済学的にみれば、自然とまで言えないものの、新興国の台頭はそれほど不思議な現
象ではないというお話でした。そうするとわれわれは、それをある程度長期にわたって所
与として考えなければいけなくて、問題はそれをどうコントロールしつつやっていくか。
政治的にも安定を保ちながらソフトランディングさせていくか。そのなかには、別所外務
審議官が言われた中国、インドといった、前からの付き合いもあるけれど、これから日本
は、目的をはっきりさせ、それらの国々と国際的な責務や貢献を共にしていく枠組みをつ
くるか、ということになるのではないかと思います。
伊藤 ただ、中国とインドに関して、もしこれまでの経験と違うとすると、やっぱり人口の
大きさですね。人口が大きい、それだけ経済規模が大きい、それで資源もどんどん吸い取
られてしまうということで、規模が大きいことが何か新しい現象を生んでいるか。それが
ひとつと、もうひとつはやっぱり中国の政治体制が違う。民主主義ではない国が、どんど
ん大規模になっていくことで、何か世界経済のシステムに歪みが生じるのか、というあた
りが、解けていない問題ですね。
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◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
それでこれからどういうことが起きるのかというの
は、やってみないとわからない。悪いほうのシナリオ
でいけば、昔の冷戦のように、社会主義ブロックと自
由主義ブロックみたいなブロック経済化するのか、で
もそうは言ってもこれだけ経済の関係が密であれば、
そんなことにはなりえないというふうに考えるか。
良いシナリオは、中国自体が政治体制も含めて変わ
ってきて、昔の日本のようにどんどん体制が変わって、
ワン・オブ・アスになっていく。それがベストのシナ
リオだと思いますけれども。だから、そういう意味で
伊藤隆敏 教授
は純粋経済的なものを超えたところで、やはりこれか
らの 10年というのは非常に難しい局面になっているのではないかと思います。
別所 今のお話で重要な点がいくつかあったと思いますが、ひとつは規模の問題です。資源
や食料をめぐり、とくに中国に言及されることが多いですが、インドであれブラジルであ
れ、それがある。2 年前にすでにひとつ大きな波瀾が食料問題、エネルギー問題で生じまし
た。ハイチなどの小さな国がそのあおりを受け、非常に苦労した。大きなところがそうや
って発展していくことがどんな影響を及ぼすのか、ということです。
もうひとつは、規模は大きくなり体が大きくなっていくのだけれども、では自分がこの
国際社会にどういう形で貢献しようかというところで、いまひとつ意識が、たとえば主要 8
ヵ国(G8)とはなかなか並んでこない。G20 という枠組みはできたけれども、考え方の違い
は依然ある。
かつて国際連合貿易開発会議(UNCTAD)で南北対立のようなものがありましたが、それ
に比べるとかなりよくなってきたものの、やはり貢献すべきは従来の先進国であるという
発想がいろいろなところで出てきている。経済面では新興国の力強さが全体を助けてあげ
ているのだから、それ以外のところで先進国も譲りなさいよ、という気持ちが非常に強い。
気候変動などは明らかにそうですね。そういった力が強くなってくることと、貢献との関
係をどう調整していくかというのは、ひとつの命題。
第 3 点は、2 つ目と関係しますけれども、まさに民主主義との関係ですね。インドという
のは世界最大の民主主義国と言われることがあって、現にそういうところはあると思うし、
インドネシアなどは今一所懸命に東アジアで民主主義の旗振りをしようとしている。そう
いうふうに動いていく国もあるし、そうでない国もある。このへんを日本としてどうみて、
また働きかけていけるのかといったことがあると思います。
新たな国際秩序の可能性と障害
添谷 今までは、ランブイエで始まった先進国首脳会議(サミット)を中心に、先進民主主
義諸国がグローバルなシステムのあり方を考えて協力関係を組み上げるということをやっ
てきた。今後は、果たして新興国が、同じ土俵で、同じような問題意識でコミットするの
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 6
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
かしないのか、ということが決定的に重要だろうと思います。
一見すると、ほとんどの新興国には自国の利益追求が先立つ傾向があって、グローバル
な秩序形成という観点からコミットするベースがまだないようにも思えます。あるいは、
新興国が今後そのような視点を持ち始め、何らかの規範やルールの形成に取り組むように
なった場合に、従来の先進民主主義諸国がつくってきた国際システムの前提、土台にある
規範やルールを、共有するのかしないのか。ひょっとすると、そこには一種パラダイムの
衝突の可能性が潜在的にあるのではないか。いずれにしても、今日の新興国の台頭は、や
はり歴史的な変化なのだろうという感じはします。
予測は不可能ですが、たとえば最近の中国の自己主張の高まりをみていると、どうして
も動乱の時代になるのではないかなという予感がしてしまいます。中国がこれからそれな
りに順調に力を伸ばし、中国抜きには世界システムを考えられないという時代が当面続く
とすると、その趨勢の先にこれまでに代わる新しい国際システムが生まれるのかというと、
とてもそうなるとは思えない。中国中心のシステムがグローバルスタンダードにはたぶん
ならない。中国の自己主張の多くは、従来の先進民主主義諸国が中心になってつくってき
たものと自ずと衝突せざるをえないだろう。そうすると、混乱、動乱がしばらく続くのか
なと。新しいものがみえないままに。
たとえば通貨ひとつとっても、コンバーティブルでない通貨が世界経済の基軸にはなり
ようがないし、人民元がコンバーティブルになったら、たぶん中国経済は相当混乱するで
しょう。世界システムを支える主要国としてオルターナティブにはなりえない国が力をつ
けつつある。そして、その結果世界システムが変動している、そんな感じにみえてしまい
ます。そうすると、新しいコンセンサスをつくりだすというよりは、混乱をいかに最小限
に抑えていくかというところで、当面は知恵を出していく。G20 も、結局そういうゲームに
ならざるをえないのではないか。G20 でのコンセンサスをベースに新しい国際システムが姿
を現わすかというと、とてもそうは思えない。いずれにしても舵取りが難しい。グローバ
ルシステムを維持していくという観点で日本外交がこれまでどおりコミットしていこうと
しても、目の前に広がる課題というのは、これまでとは相当性質の違うものになっている
と感じます。
神谷 今世界が、そして日本が直面しているのは、秩序問題だという認識が必要なのですが、
日本の外交が、そういう視点から運営されているようにみえないところに問題があるので
はないか。もっと言うと、日本の政治がそういうふうに認識して動いていない、対処して
いないところにも問題があるのではないかと思います。
進んだ経済に対し新興国が現われて追いつき追い越すのは自然だというお話でしたが、
政治でもそれは言えます。日本では昔から「盛者必衰」と言いますが、国際政治でも「パ
ワートランジション」といった言葉があって、強いものがあってもそれが長続きすること
はなくて、やがては新しいものが生まれてきて追いつき追い越すと。ただ、われわれが直
面しているのは、これまで 60 年以上の間、世界に存在し続けてきた米国を中心とする秩序
が、それによってどう変わるかという問題です。そのとき、ご指摘のように規模の問題と
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 7
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
いうのは非常に大きいと思います。かつて日本あるい
は西ドイツが台頭した。中国、インドが今それをして
いるというのも同じことのようにみえますが、日本や
西ドイツが、あるいは統一ドイツがいくら発展しても、
米国を国力で追い越すということは考えられなかった。
ところが中国の場合、インドの場合は、これが十分あ
りうる。人口規模が大きいですから。
そういうことが一体、秩序にどういう意味をもつの
かというのは、なかなか学問的には難しいのですが、
神谷 万丈 教授
理屈はともあれ、それぐらいはっきりパワーが変動し
てしまった場合には、米国中心の秩序がそのまま維持
できる保証はまったくないということになるわけです。
ですから、日本はこの状況にどう対処するかということを考えなければいけない。とは
言うものの、やっぱりこれまでの秩序の中心にいたのが米国であって、今でも新興でない
国々のなかでいちばん力をもっていて、世界でもまだいちばん力をもっているのは米国で
す。そうである以上、われわれはこの秩序問題に米国と一緒にどう対応するかを考えざる
をえない。だからこそ、こういう局面ながら、日米が基本だということが、あらためて言
われるのだと思うんです。
さはさりながら、これまで米国というのは、ある意味、放っておいても米国と同じよう
な秩序観をもち、世界観をもち、そして自由民主主義を中心とする価値観や理念をもち、
全体としては米国と同じ道を歩んでいくことを受け入れている国々と協力して世界を運営
していればよかったのですが、これからは価値、理念も必ずしも一緒ではない、世界の運
営方法についても考え方が一致していない国々、筆頭としては中国、あるいはインドとい
った国々ですが、さらにはブラジルをはじめとする新興国というものも、何らかの形で取
り込んで世界秩序の運営をしなければいけないのだけれども、皆さんおっしゃったように、
それらの国々にそうしてくれる意思がある保証もなければ、これまでわれわれがいいと思
ってきたものをどこまでそれらの国々がサポートしてくれるかもわからないと。ここにい
ちばん難しい問題があって、日本の悩みは、日本だけではそれに対応できないこと。米国、
そしてヨーロッパ、あるいは韓国あたり、そういう、これまでの秩序をそれなりに担って
きたものとの協調を、どう実現できるかということだと思いますけどね。
別所 基本的にまったくそうだと思います。大きな規模をもち、今強くなってきている国、
たとえば中国、インド、ブラジルは、それぞれ非常に異なる。今までの枠組みのなかだけ
で考えていってはいけないというのはそうですけれども、ブラジルとインドは、中国とは
違って、新しい秩序に融合するような形で参画してもらえる要素はあるのではないかとい
う気はします。今の時点では、外交面でも依然非同盟的なものを色濃く残していますし、
しばらくそうなのだろうと思いますけれども、共通する部分というのはまだまだあるよう
な気が、私はしていますが。
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 8
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
神谷 そうなるとやっぱり、中国ですか(笑)。
中国との摩擦と協調
山本
マクロに長い目でみると、中国は非常に人口も
大きいですし、成長率も大きいですし、いろいろな予
測をみると、10 年、20 年後には米国と同じくらいにな
るか、米国を抜くと言われている。ただ 2 つ問題があっ
て、ひとつは、だからといって対中強硬策をとり、中
国とまずい関係になるというのは非常によくなくて、
やっぱり経済はじめ、いろんなところでパートナーと
添谷 芳秀 教授
して協力していくというのが、日本にとっても中国に
とっても、さらに東アジア全体にとっても非常に重要なことだと思うわけです。
他方、実際に秩序観と言いますか、たとえば環境問題にしろ、人権にしろ、あるいは民
主主義にしろ、日本、米国とか韓国、オーストラリアなどを含む西側の国において重要視
される国際社会の規範、行動基準に対して、中国がどう反応していくかも調整しなければ
いけない。さらに最近の話では軍事力も強くなって、先ほど別所審議官がおっしゃってい
た海洋の問題もある。中国は 1992 年に領海法を通し、2010 年は海島保護法―海の島を保
護するという法律―を施行しました。そういう点でもやはり「適合」以上のものが必要
になるのかなと思います。またそれはかなり続く調整の過程を経ないとだめで、慎重に、
かつ長い目でみて行なう必要がある。その際、日本もはっきりとした外交方針を決め、進
めていくことも必要なのかなと思っています。
添谷 ポイントは、今の中国の勢いと、自己主張の高まりをどういうふうに解釈するかだと
思います。きわめて単純化して言うと、中国は、自分にとって心地よいシステムを求めて
いくだろうと思うんです。しかしそれは、われわれの側からみると、阿片戦争以来の強烈
な被害者意識が中国の国民感情として底流に存在しているので、そう単純な話ではありま
せん。いずれにしても、従来の米国を中心としたシステムのなかで、中国にとって心地よ
くないところに対して異議申し立てを行なっている。それが、中国の自己主張だと思いま
す。
そういう中国と共存するという前提でわれわれが対応すれば、おそらく中国はハッピー
なわけですけれども、ただそのことは、たとえば南シナ海における中国の自己主張も受け
入れるということで、これはとてもできっこないわけですから、そこで摩擦になる。
そう考えると、将来のシナリオは単純化すると 2 つになる。ひとつは、アジアにおいて中
国の自己主張どおりに中国にとって心地よいシステムがそれなりにできあがって、ほかに
また別のグローバルシステムがある、というシナリオ。必ずしも冷戦的な対立はないけれ
ども、中国的世界とそうではない世界が 2 つ共存して、それが平和に安定的にいく……たぶ
ん、中国が望んでいるのはそういう世界なのではないかという感じがします。
ただ逆に、われわれの問題意識からして、そのシナリオが心地よくないとなると、われ
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 9
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
われの対中政策の基本としては、いわゆる関与政策と
いうことになるだろうと思います。中国をできるだけ
こちらに馴染ませるというか、馴染んでもらうという
話で、そうすると関与政策をめぐる中国との軋轢が今
後しばらくは続くということになります。そして、わ
れわれが中国に対し関与政策をとるときに、中国の軍
事力はどうしても気になる。中国の国内政治体制にお
ける人民解放軍の役割や立場は中国国内ではほとんど
タブーに属する問題ですし、物理的破壊力も、やっぱ
山本 吉宣 教授
り相当あるわけです。ですから、日本からすれば日米
安保を前提にハードセキュリティーの領域におけるヘ
ッジング政策を常に考えつつ、関与政策もとる、そういう対応にどうしてもならざるをえ
ないのだろう。
それは、神谷さんがおっしゃったように、日本一国ではもちろんできっこないわけです。
だから、日米同盟を前提にせざるをえない状況は当然ずっと続く。加えて、やはり価値と
利益を共有する国々、いちばん近いのは韓国ですし、東南アジア、オーストラリア、さら
にはグローバルに言えばヨーロッパとの多国間外交を、日本が文字どおり戦略的に組み上
げていって対応するしかないと思います。
神谷 規模の問題にまた戻りますが、やっぱり人口がこれだけ多いですから、混乱がなけれ
ば、やがて中国が絶対規模では米国より上にくるということが当然考えられる。そうなれ
ば、米国が英国を国力規模で追い抜いて以来のことで、100 年以上なかったことが起こる。
しかも、追い抜くほうの国の人口が、十何億か正確にはよくわからないほど多くて、世界
の 5 人に 1 人ぐらいは中国人だと。そういうときに、その国が心地よい状態を求め、それ以
外の国と心地よさの認識が違った場合に、どうやって私たちが従来のわれわれにとっての
心地よさを残していけるのかというのは、そう簡単な話ではない。米国と組めば済むとい
うマジックも、じつは逆転するということを前提に考えると、果たしてどうか。
添谷 でも、組まないと始まらない。
東アジアにおけるアーキテクチャー構築の必要性
山本 そうすると、また話は戻って、東アジアを中心に中国やロシアとかを含む形―た
とえば EAS でも、2011 年からロシアと米国が入るといったなかで、ASEAN の中心性の問題
は、ASEAN 自身のみならず、日本にもかかわる。中国が将来より大きくなる、さらに今現
在、中国の海洋戦略が展開するなかで、日本も東アジアのアーキテクチャーを考えざるを
えない。中国とどうしていくか、また、ライクマインディッドな米国、あるいはオースト
ラリアとはどうするのか、ASEAN の国々をまとめて、どういうアーキテクチャーを東アジ
アでつくっていくか。そのための戦略が必要だと思います。
別所
外交戦略について ASEAN との付き合いでお話ししますと、ASEAN ができたのは
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 10
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
1967 年ですが、ちょうど 10 年後の 1977 年、10 周年のときに、それを意識して福田赳夫総理
が「福田ドクトリン」を出している。それから 20 年たった 1997 年に、橋本龍太郎総理が
ASEAN に向けたスピーチをして、
「日米安保体制はこの地域の安定及び経済的繁栄の維持の
ための一種の公共財の役割を果たす」と。つまり、日米安保は自分たちを守るというだけ
ではなくて、この地域全体の安定のために死守しているんですよということを、あえてお
っしゃった。その 5 年後に小泉純一郎総理が、
「東アジア共同体というものを目指していこ
うではないか」ということを言い、それまでは関税貿易一般協定(GATT)一本槍だったマ
ルチラテラリズムから、経済連携協定(EPA)なども使ってネットワークをつくっていこう
ではないかという舵取りをしています。
そういう形で進んできて、今年まさに EAS がありました。EAS は、もちろん ASEAN の中
心性というのは重要だが、各国が対等な立場で入ってきて議論をする。そのなかにオース
トラリア、ニュージーランド、それからインドといった日本と考えを共有できる国々にも
入ってもらい、共同体というものを考えていこうではないかと。すでにその考え方は小泉
総理の 2002 年のスピーチに出ているわけですけれども、そういうものをつくってきた、そ
して今がある。
つまり EAS については、戦略のとおりにいっていると言えると思います。問題は、EAS
がどれほどの役割を果たせているかということです。ASEAN プラス 3 もあり、また全体の
なかでの中国の存在感も高まっているなかで、EASに米国やロシアが入ってきて、経済だけ
でなく安全保障面でも重要な機構となるかと言ったら、そのままではならないと思うんで
す。APEC もあるが、APEC は国ではなく「エコノミーズ」が参加する形になっており、試
行錯誤でさまざまなものがつくられているけれども、おっしゃったようにひとつの秩序と
してまとめ上げるということは確かにできていない。日本が何をしたいというのはあった
としても、それをまとめ上げることが今できていないというのも実態だと思います。
ただ、私がこういう方向でやっていかなければいけないと思うのは、確かに中国の考え
方と日本の考え方は違うかもしれない。けれど、まずその違いはよくみる必要がある。ど
こまでが考え方の違いで、どこまでが単純に競争の世界なのか。競争の世界というのは当
然あるわけですから、これはもうしようがない。双方を包含した土俵をつくれるかという
ことについては、一定のものは、私はできるのではないかと思います。すべてを包含した
ものはすぐには難しいが、それなりに一緒にできるものがあるのではないかと。
二国間で言えば、まさに戦略的互恵関係とは何かと言ったら、要するに好き嫌いではあ
りませんねと。お互いに付き合っていかなければいけないのだから、お互いに役に立つよ
うにやりましょうよという、平たく言えばそういうことだと思います。マルチの場面でも、
共通項をつくっていくことはできて、そのなかで切磋琢磨、競争は当然あると。その共通
のルールをいかにつくっていくか、どうやって進めていくかが問題ですが、それは不可能
ではないと私は思うんです。共通の土台をどうやってつくるかということは……もうつく
らざるをえないのですから、われわれは投げ出すわけにいかないし、つくることはできる
のではないかという気はするんですけども。
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 11
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
神谷 共通のルールをつくるということに関して、これまでは、ヘッジはもちろん一方です
るにしても、中国に対してエンゲージしていけば、今の世界の「ゲームのルール」の根本
部分については、まあ、中国は受け入れるようになってくれるのではないかという期待が
あった。別の言葉で言えば、中国が現状維持の国になるのか、それとも変革国になるのか、
ということで、現状維持のほうにかなり寄ってきてくれるのではないかという期待があっ
た。しかしここ 2、3 年の動き、たとえば北朝鮮核実験への対応で、ほかの国際社会と足並
みがそろわないとか、天安の事件への対応、それから南シナ海、今度の尖閣諸島での事件
などをみると、そこに今大きな疑問符が、日本でというよりは国際的についているのでは
ないかと。
9 月の末に、尖閣の事件で中国漁船の船長が釈放される直前に、ニューヨークで米韓日の
ちょっと大きな会議があり参加しましたが、米国も相当に真剣に取り組んでいる会議のよ
うだった、というのは、ドノバンが 2日間ずっと出ていました。
別所 ドノバン国務次官補代理ですね。
神谷 そうですね。この会議で、米国側の参加者たちは、日韓からの参加者が驚くほど「ヘ
ッジ」ということを強調した。あらためて真面目に考えないといけないと。これまで自分
たちが中国に期待していたものの多くが、もしかしたら手に入らないかもしれないという
ことも想定し、将来を考えないといけないのではないかと。尖閣の事件をみて、そういう
空気がある。それで話が非常に難しくなっていると思うんです。政治に限らず、人民元の
問題に代表される経済面を含めて。
別所 オバマ政権が中国に大変な期待をもって、一所懸命に話し合おうと思ったが思うよう
にいっていないということへの反応の部分があるかもしれません。ただ、おっしゃるとお
り、今共通の土台があって議論ができているかというと、そうではないというのはそうか
もしれない。だから、そこはこれから努力しなければいけないところだと。
予測される米国と中国の逆転
伊藤 経済の話がいくつか出ましたが、まず規模の話からすると、私はいろいろ試算をして
みましたが、普通のシナリオでいくと 2025 年±2 年で、中国が規模で米国を抜くと思います。
成長率が今 8%ぐらいですが、それが徐々に、さっきのコンバージェンスの話ですけれども、
成長率が落ちて、10 年かけて 4% ぐらいに半減すると仮定しても、やっぱり 25 年± 2 年のあ
たりに逆転します。一人っ子政策で人口がこれから頭打ちになるではないかということ、
人口構成が変わることを計算に入れても、やっぱり 2025 年です。ある日突然、なんらかの
理由で成長率が 3% に落ち、日本のバブル崩壊のようなことが起きて、1990 年代のような停
滞に突然入ったというふうに仮定すれば 2030 年半ばぐらいまで遅れるわけですが、それが
ない限り、2025 年± 2 年ぐらいで GDP 規模は逆転します。よほどのことがなければ、それ
は起きると思ったほうがいい。
だから、2030 年までには中国が世界一の経済になっている。経済規模は、ひょっとした
ら日本の 2倍ぐらいになっている。2 倍を超えているかもしれない。経済学者がよく、
「いや、
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 12
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
1 人当たりにしたらそれでもまだ低いでしょ」と言います。人口規模は日本の 10 倍なわけだ
から、GDP 規模がたとえ 2 倍、3 倍になったとしても、1 人当たり所得は日本のほうが高い
と。けれども、それはそうではなくて、規模が大きければ 1% の軍事費でも、絶対額でみれ
ば大きくなる。規模の問題が非常に重要であるというのはそのとおりだと思います。
それから共通のルールづくりについて、経済学的に考えれば世界の貿易秩序、あるいは
国際金融、さっき人民元の問題も出ましたけれども、そこでどれぐらい中国が同じルール
に従ってくるのかということですね。今は、発展途上国ルールが適用されますから、いろ
んな面で自由にやっていると言いますか、OECD ルールには完全には乗っていないわけです。
だから、政府開発援助(ODA)のやり方にしても、関税の掛け方にしても、あるいは資本規
制にしても、違うんですね。まだ途上国だからということで、許されている面がある。と
ころが、1 人当たり所得をみると確かに途上国だけれども、中国のたとえば沿岸部のあたり
はほとんど先進国経済なわけですよ。貧富の格差が激しいわけですから。
だから、中国のなかにいくつか国があって、中国のなかの連邦制だったとすると、その
なかのいくつかの国はもう先進国に達している。したがって、本当は OECD のルール、世界
貿易機関(WTO)のルールも先進国基準が当てはまらなければいけないということを、早め
に働きかけていくしかない。経済学的に言えば、ODA や関税の掛け方、あるいは輸出補助
金はいけないとか、入ってくる資本をむやみに差別してはいけないとか、不動産所有権や
知的財産権(プロパティーライツ)の保護の問題、また為替レートのコントロールにしても、
早めに先進国基準に移ってもらうということが、そのシステムに、共通のルールに属する
ということだと思うんですね。
純粋経済的に考えれば、今言ったようなことを、早めに働きかけていくことが重要。彼
らは、
「うちは途上国だから、途上国ルールでいきます」と必ず言うし、1 人当たり所得を
持ち出してくると思いますが、やっぱりそこは規模を勘案して、世界に対する影響、規模
という意味での派生的効果がありますから、そういう意味で先進国基準に入ってもらわな
ければならない。経済面からはそう言えるのではないかというふうに思います。
添谷 中国の官僚とか学者とかは、まさにグローバル化しています。おそらく経済などでは
なおさらで、国際的な法律とかルールとか制度とか、みんな詳しいです。すごく勉強して
いる。ただそれは、国際的ルール形成に貢献するためというよりは、それを利用している。
基本的には国際法を守るという姿勢は示すわけですが、今おっしゃったように例外規定を
うまく使うとか、あるいは相手をやり込めるとか、そういうふうに使っているというのが
中国の国際法理解だという印象です。まさに国際秩序を維持するための一般原則だからち
ゃんと守らなければいけないんだ、という次元に中国が至る可能性は、必ずしも大きくは
ないけれども、ゼロではない。というか、そうさせなければいけないわけです。
伊藤 そうさせなければいけない、そうなっていただかなきゃいけない、そうなることが中
国にもプラスになると説得することが必要。インセンティブを与えるというか、ギブ・ア
ンド・テイクにするとか。
添谷 少しずつそういうところに追い込むということですね。
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 13
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
中国国内社会の変容 ―多元化、複合化
伊藤 やっぱり、こっちもカードをもたなければ、向こうも乗ってこないわけです。だから、
そこはそれこそ戦略的に、ギブ・アンド・テイクで、向こうもこれに乗れば得になると思
うような何か仕組みというかカードをもたないとできないと思いますね。
ちょっと話がそれますが、先ほど日本とドイツは規模が小さいから、米国を追い越すこ
とは考えにくかったというお話があった。ただ私は、1990 年代の初めに米国は本気で日本
を心配したと思います。冷戦が終わり、ソ連が崩壊してロシアになり、最大の脅威はソ連
の軍事力だと思っていた米国は、今や日本の経済力が最大の脅威だと言い放ったわけです。
バブルのときの日本の成長力を単純に未来に延ばして、このままいけばひょっとしたら日
本に追い抜かれると。1991 年というのは米国がちょうど、昔の債務危機等で銀行も傷つい
ていて経済が悪かった頃ですからね。本気で心配していた時期だったと思います。
ただ日本は軍事的には米国の同盟国だったわけだし、安全保障のテコを米国は日本に対
してもっていた。同じようなテコを米国は中国にもっていない。米国にとっても中国のほ
うがはるかに扱いにくい相手であるというのは容易に想像がつくので、それで対話もする
だろうし、エンゲージもするだろうし、いろいろやるけれども、米国が日本を本気で心配
したということはあった。あのときに米国がどうしたか、あるいは日本はどうしたかとい
うことを考えてみると、ある意味では米国と中国の問題、あるいは日本と中国の問題とい
うので教訓が得られるというふうに、私は思っています。
神谷 1980 年代の前半ぐらいから日本の追い上げというのは少しずつ意識されるようにな
って、バブル崩壊直前、実際はもしかすると崩壊した頃に、日本に対する脅威感はピーク
を迎えた。しかし、日本の軍事力が自己抑制されていたということもさることながら、日
本のメインストリームの専門家は、今まで米国と協力していたが、
「浮かれてそれに挑戦す
るようなことになったら、自分にとってもぶち壊しだ」ということをかなり認識していた。
また、日米関係に詳しい人々の大勢は、いくらなんでも追い抜くなんていうのはとんでも
ない、ありえない、ということを認識していた。
ところが今の中国に、そういう認識にあたるものがどこまであるのかというのが心配な
ところで、しかも実際、追い抜くかもしれないどころか、もう追い抜くものだと考えなけ
ればいけないと。当然、中国でも試算していて、
「挑戦して何が悪い」というふうになると、
さっき添谷さんが心配したようなシナリオにいく恐れが……。
添谷 私は北京大学の大学院で過去 4 年間、2 日間の集中講義をやってきましたが、よく食
事をしながらなどリラックスした雰囲気で、学生にアンケートらしきものをしてきました。
今年(2010 年)の春、
「いずれ中国が米国を追い抜く日が来ると思うか」と聞いたら、国際
政治を勉強している学生のほとんどは、
「必然だ」と答えました。ただし、これが中国の一
般的世論と言えるかどうかは別問題です。中国の世論をみるときに大事なのは、そういう
意見は声が大きくてマスコミも注目するけれども、過半数の、中国的なノンポリと言いま
すか、法律とか社会学とかを勉強している大学院生などは、こういう問題にあまり興味が
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 14
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
ない。そういう中国社会の多元化というのも、やはり押さえておかないといけないとは思
います。
さらに、上り調子の勢いが彼らに与える心理的インパクトは、相当複雑であると考える
べきだろうと思います。複雑な世論をどう扱うかは、中国政府にとっても頭痛の種なわけ
です。かなりの程度共産党体制でコントロールできるシステムにはなっていますが、でも
取り扱いを間違えたら体制が引っ繰り返るという不安を常に抱えている。そういう中国国
内の複合性も、これから相当重要な要素になってくるのではないか。
尖閣問題が起き、ブリュッセルでのアジア欧州会議(ASEM)や横浜 APEC で日中首脳会
談をめぐるドタバタがありました。あれなどは基本的に中国の国内問題だと思います。要
するに、中国の指導者も国内強硬派の顔色をみながらでなくては決定できないという状況
がある。日本問題というのは言うまでもなく彼らにとってセンシティブな問題なわけです
から、なおさらです。結局、尖閣問題への中国の対応は、統一された戦略というよりは、
複雑な国内状況を背景に、ふらついている。中国の政治と社会の多元化、複合化はこれか
らますます強くなっていく。そうすると困るのは、予測不可能性が高まるということで
す。
神谷 中国の上り調子のなかでのある種の傲慢さ、と言うとちょっと語弊がありますけれど
も、尖閣問題への対応では、バックファイヤー(裏目に出る)と言いますか、自分で自分の
首を締めたようなところがずいぶんあったのではないでしょうか。というのは、外国の専
門家と話すと、近年、北朝鮮、天安、南シナ海などで中国について薄々心配していたこと
が、ここまで露骨に起こるのかと、皆一様に驚いている。レアアース(希土類)の問題もそ
うです。
ああいう形で生々しく力を剥き出しで使うのか。中国は何だかんだ言いつつも、国際法
などを勉強し、またソフトパワーを高める努力をしてきているようにみえたが、それがあ
っという間に雲散霧消しかかっていると。ここから中国が何か教訓を学ぶように促すこと
が必要で、そうすると政治、安全保障では、やはり日米プラスアルファ、経済で言うと、
環太平洋経済連携協定(TPP)などですか。問題は、果たしてそれらがどれぐらいうまくい
くものかという……。
山本 クリントン米国務長官が、仲介まではいかないが日米中で何かやろうというようなこ
とを言っている。最終的にどうなるか、今はわかりませんが。東アジアサミットに米国と
ロシアが入るということも、どう解釈するかによりますが、中国に対して何らかの、ヘッ
ジまでいかないが、ソフトバランシングといった意味をもつのではないか。そのなかで日
米同盟というのをどう考えていったらいいのか。一方で中国は、
小平路線で「能ある鷹
は爪を隠す」という形でずっとやってきたのが、本当にここにきて変わったのかどうか、
中国自身の戦略の問題としてあると思いますが。
伊藤 この前、中国の人と話していて、彼らに言わせると「日本が予測不可能になった」と
言うんです。
「
小平路線から最初に外れたのは日本じゃないですか」と言っていました。
中国からみて日本が予測不可能で、日本からみて中国が予測不可能になったというのは、
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 15
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
恐ろしい感じがしますけども。
添谷 尖閣問題は、双方の完全な読み違いが重なった。専門家はたぶんみていたと思います
が、世論や政治は、互いにぜんぜん違った解釈をしてしまい、そうしたすれ違いに基づい
て日中関係に関する「理解」が双方の社会にできあがってしまった。外交的には難しい環
境ではないですか?
別所 ただ、世論という、国内の政治的な条件というものが外交を左右するというのは、こ
れはもう当たり前のことと言うか、当然それは織り込まなければいけない話だとは思うの
で、今の日本と中国との関係もそうですし、米国と中国との関係も、やはり国民にどうわ
かってもらうかですね。その意味で、尖閣の事件は、むしろ「目覚まし」と言いますか、
日本国民に「こういう難しい問題があるんだ」ということを理解してもらえた面はありま
す。
もちろんそれ以上に重要なのは過剰反応しないことです。中国というのは隣の国として
絶対に重要なわけですから、どうやって付き合っていくかというところで冷静に考えられ
るか。政府としてもきちんと説明しなければいけないし、オピニオンリーダーとして皆さ
んがそれぞれどうおっしゃるかというところはあると思います。
これからの日米同盟 ―新たな関係の模索
別所 「日米同盟は重要だ」とわれわれはいつも言います。それは当然そうだし、今まで議
論してきたような話であれば、なおさらそうだということになりますけれども、日本にと
っての米国の重要性というのはある意味で非常にわかりやすい。米国との関係は、少なく
ともこれから何十年間は絶対に重要であることは間違いない。けれども、逆に米国がこれ
から日本との同盟をどういうふうにみるだろうか。また、日本はどうやってそれを米国に
訴えていくか。これはなかなか簡単ではない。それこそ留学生が来ないというところから
始まって、米国の側にも、どうも日本は米国に関心をなくしたのかな、という懸念がある。
一方で、米国にとってアジア太平洋の同盟国で日本が最も重要だという事実自体は変わ
っていないし、これからも変わりようはないと思うんです。これだけの基地を置かせても
らって、こんなに頼りになる同盟国はないわけで、そのこと自体は変わらない。ただ、雰
囲気として、アジア太平洋の拡がりのなかで日本をやや相対化してとらえる流れというの
は、やっぱりあるだろう。完全にはならないと思いますが、ワン・オブ・ゼム的な位置づ
けになる。けれども、それを悲観的にとらえる必要はないのではないか、むしろ戦略的思
考を進めるきっかけだと思えばいいのではないか、と私は思います。
それは要するに、日米同盟だけをみて戦略を考えるというところから一種脱皮をして、
日米同盟を基軸にしつつも、韓国とかオーストラリアとか ASEAN とかという国々の拡がり
のなかで、日本がこの地域の秩序をつくっていく。そのときに、それらの国と米国の関係
というものもそれぞれにあるわけで、ハブ・アンド・スポークスと言われますが、そのス
ポークスの先の国との関係を少しマルチで組み上げていくという発想で日本が動けば、チ
ャンスになるのではないかと思うんです。
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◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
そういう展開は、おそらく米国からみても望ましいという部分はある。種々のトライラ
テラルが発展したというのはそういうことだと思うんですね。日米韓とか、日米豪とかで
すね。ですから、アジアにおける米国の同盟国、スポークスの先の国との間での安全保障
対話―まず対話から始めなければいけないと思いますが―を新しくつくっていくチャ
ンスになるのではないか。
たとえば日韓関係を、今申し上げたような論理で新たに、米国を軸としつつ共同して何
ができるかという方向で地域秩序を考えていく。それはチャンスだと思います。
伊藤 ただ経済面から考えると、もう少し悲観的です。やはり日本というのは、このままで
は、これから衰退する国ですよね。中国にしても ASEAN にしても、これからどんどん成長
していきます。だから、日本との変化率を考えると、つまり先を読むと、経済面では日本
に対する関心というのはほとんどないです。資本の投資先としてもそうですし、人的資本
の投資先ということで語学を学ぼうというとき、日本語を学ぼうという人はどんどん減っ
ています。日本をこれまで研究や取引相手として専門にしていた人は、今非常に肩身が狭
い。困っている。
「日本経済を教えられます」と言っても、どの大学も雇ってくれない。
「す
みません、伊藤先生、
『アジア金融市場』というタイトルで講義してください」と言われて
しまうわけです。ビジネス、経済面では日本はほとんど忘れ去られている。日本への売り
込みの努力もしない。もちろんレベルの話ではなくて、変化率の話ですね。ビジネスの人
たちは、そこをみている。
自由貿易協定(FTA)によって経済でインテグレーションを深めましょう、日米でも深化
させましょうという提案もあります。
「深化させましょう」と言うときの経済面での解釈は、
FTA を結び、人の移動も自由にし、関係を強めるという意味です。しかし、FTA でみると日
本は完全にもう乗り遅れている。置き去りです。韓米は、批准待ちですけれども一応合意
している。オーストラリアと米国も FTA ができていますよね。シンガポールとかタイもFTA
網を構築している。
日本がアジアをまとめて欧米との架け橋となって……という古い言葉がありますけれど
も、架け橋となって G7 とアジアをつなぐという時代ではない。昔は飛行機にしても、東京
で乗り継がないと米国まで到達しないということがあったが、今はシンガポールからニュ
ーヨークまでノンストップが飛ぶ時代ですから。それと同じように、FTA もぜんぶ日本を飛
び越してやってしまっている。そういう意味では、米国でも、日本は遅れているなという
ふうに思っている人が増えている。交渉相手の優先リストにも載らない。
添谷 それは、政治の問題ですね。
伊藤 その意味で、TPP は、のるかそるかです。今まで乗り遅れてきた、置き去りにされて
いたものが、一気に一発逆転満塁ホームランの可能性がある。ここで三振したらもうおし
まいという、経済面から言うとそのぐらいの重要性のあることだと思いますね。
神谷 同じようなことは、政治・安全保障の分野でも起こっている気がします。私もじつは、
添谷さんがおっしゃったような日米プラスアルファというのは必要だとずっと思ってきた
し、言ってきた。私は、日米同盟関係の「拡大」と言っていますが。ところが、今の状況
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 17
◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
がチャンスかと言うと、米国の関心の低下を日本自身が招いてしまったところがあるとい
うのが最大の問題で、つまり安全保障に限って言えば、2000 年代の半ばぐらいに小泉首相
の積極策を受けて、日米安全保障協議委員会(2 プラス 2)でさまざまな合意ができ、日米
同盟はグッと進むのではないかということになった。じつは、2001 年にもう日米同盟 50 周
年を 1 回やっているのに、ちょっと無理をして 2010 年を「改定 50 周年」として盛り上げよ
うとした。しかし後が続かなくて、一時、米国の日本への関心は大幅に下がってしまいま
した。
ところが、尖閣問題を切っ掛けに、日本と組まないと秩序の問題で米国は、あるいは東
南アジア、韓国、ヨーロッパはやっていけないのだという空気が思いがけず出てきていて、
それは今伊藤さんがおっしゃった、TPP が最後の二死満塁のチャンスだということに、似て
いるのではないかと。ここでうまく球を受けられずに逸らしてしまったら、もう後がない
のではないかという感じがあります。
添谷 そういう意味では、チャンスだと思いますよ。
神谷 チャンスと言うんですか、これは(笑)。
添谷 「日本だ」という感覚は韓国にも出てきていますよね。
神谷 出てきています、ほんとに。
添谷 先日、ASEAN 事務総長のスリン・ピッスワン、インドネシアのユスフ・ワナンディ
と話す機会があったのですが、彼らも「ASEAN からみて、やっぱり日本がいちばんの友人
であることは明らかだ」と、断言していました。
伊藤 ただ、ASEAN も一枚岩ではない。
添谷 でも、どうみてもそれは中国ではないし、米国ではないしロシアではない。いわゆる
「域外大国」と呼ばれている国々のなかで日本が最も自然で当然のパートナーなわけです。
そのことは、ある意味古い命題ではあるけれども、
「中国ショック」がもたらす新しい国際
環境のなかで、もう一度明示的に考えられ始めている。
神谷 伊藤さんが変化率にどうしても注目がいくとおっしゃいましたけれども、絶対値でみ
ますと、まだ日本は大きい。
別所 まさにそうですし、少子高齢化と言いますが、韓国のほうが出生率はよっぽどひどい
状況にあるわけですからね。それであの意気軒昂さ。
伊藤 2010 年というのは、APEC のボゴール・ゴールから言うと、先進国が貿易を自由化す
る年です。今回の APEC は議長国なんですよ、日本は。ボゴールで採択した宣言には「2010
年までに先進国は貿易を自由化する」と書いてある。もちろん自由化が何か定義されてい
ないと言えばそれまでだけれども、これはやはり日本が議長国として率先して、自由化は
こうあるべきだというのを打ち出さなければ。
添谷 TPP をそれに絡めればいい。
伊藤 まさにそうなんです。TPP がそれだと。自由化だと。これに入ると言えば、2020 年は
今度は全員ですから。
「発展途上国も含めて、2020 年までに貿易を自由化する」とすればよ
い。ボゴール・ゴールに書いてあるんです。みんな、ボゴール・ゴールなんて忘れていま
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◎ 座談会◎ 国際情勢の動向と日本外交
すが。
添谷 農業戦略を立て直す最後のチャンスなのではないですか。このままでは、ズルズル沈
んでしまいます。先日、ラテンアメリカの専門家に聞いたのですが、
「日系人は農業でクリ
エイティブなすばらしい才能をもっているんだから、日本の農家だってできないはずはな
い」と言って、
「すばらしいものをつくれるのに、なぜそれを世界に輸出しないんだ」と言
っていました。
山本 結論的なことが出ましたので、このへんでこの座談会を終わりにさせていただきたい
と思います。どうもありがとうございました。
(2010 年11 月1日)
国際問題 No. 598(2011 年 1・2 月)● 19
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