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プレートテクトニクスを実感させる教材開発 −熊本県人吉市大畑地先を例
科教研報 Vol.25 No.2 プレートテクトニクスを実感させる教材開発 −熊本県人吉市大畑地先を例として− Development of Teaching Materials for Real Feeling Plate Tectonics - A case of Okoba area, Hitoyoshi city, Kumamoto prefecture ○内田暁雄*1 ,三宅由洋*1,田口清行*2,村本雄一郎*3,田中 均*4 *1 UCHIDA, Akio, *1 MIYAKE, Yoshihiro, *2 TAGUCHI, Kiyoyuki, *3 MURAMOTO, Yuichirou, and *4 TANAKA, Hitoshi *1 熊本大学大学院教育学研究科,*2熊本市教育委員会,*3熊本県立教育センター, *4 熊本大学教育学部 *1 Graduate School of Education, Kumamoto University,*2Kumamoto City Board of Education, *3 Kumamoto Prefecture Educational center,*4 Faculty of Education, Kumamoto University [要約]プレートテクトニクスの教材は,教科書や資料集では地震や火山活動,造山活動等の単元の図・ 表・写真等で学習することが多いようである。本論では,子ども達が野外観察をしたときにプレートテ クトニクスを実感させる教材としてメランジェを取り上げる。メランジェとは一般に 地図に描ける大 きさで地層としての連続性がなく,細粒の破断した基質の中に色々な大きさや種類からなる礫・岩塊を 含むような構造をもった地質体 として定義されている。熊本県人吉市大畑地先には,陸源物質からな る破断した砂岩,砂岩頁岩互層の中に海洋地殻を構成していた枕状溶岩(玄武岩),遠洋性堆積物である 赤色 白色チャート,赤色珪質泥岩等が一つの露頭で観察することができる。すなわち,形成場所や形 成時代が異なるさまざまな岩相が一つの露頭で観察される理由を考えさせ,理解させることが子ども達 にプレートテクトニクスを実感させることに繋がる教材と考えている。 [キーワード]プレートテクトニクス,地学教材開発,メランジェ,付加体,四万十帯 1. はじめに ども達にはその理由を考えさせ,理解させること プレートテクトニクスは中学校の第 2 分野や がプレートテクトニクスを生活の場の中で実感 高等学校の地学,理科総合 B などで学習するが, させることに繋がると考え,教材開発を行った。 主にプレート運動による地震や火山活動,造山活 動等の単元で取り扱うことが多く,実際に野外の 2. プレートテクトニクスとメランジェの 露頭観察を通して実感することは難しいと思わ 形成過程 れている。 プレートテクトニクスとは,地球の表層部(リ 本論では,子ども達が野外観察をすることによ ソスフェア)がいくつかの硬い板(プレート)に分 ってプレートテクトニクスを実感させる教材と かれており,それらがほとんど変形することなし してメランジェを取り上げる。メランジェとは, に相互に水平運動(球面上の回転)していること 混合を意味するフランス語で,様々な種類の岩 である。プレートには海洋地域を含む海洋プレー 石が複雑に混じり合った地質体 をいう。メラン ト,大陸地域を含む大陸プレートがあり,海洋プ ジェは関東から九州まで分布する秩父帯や四万 レートは中央海嶺で生産され,海溝で沈み込む。 十帯にみることができる。 そのため,図 1 で示すように,海洋プレートには メランジェの好露頭が熊本県人吉市大畑地先 中央海嶺から流れた溶岩である枕状溶岩や深海 にみられる。そこでは,海溝付近で堆積した陸源 底で放散虫などの珪質な殻を持つ生物の死骸が 物質からなる破断した砂岩,砂岩頁岩互層の中に 堆積してできるチャートや珪質な赤色泥岩で形 海洋地殻を構成していた枕状溶岩(玄武岩),遠洋 成された遠洋性の堆積岩および,大陸近くで陸源 性で深海堆積物である赤色 白色チャート,赤色 物質からなる砂岩や泥岩など様々な場所や時代 珪質泥岩等が一つの露頭で観察することができ の地層が堆積する。これらの堆積物と共に海洋プ る。すなわち,形成場所や形成時代が異なる様々 レートが大陸プレートの下に沈み込む際,大陸プ な岩相が一つの露頭で観察されることになり,子 レートに刮ぎ落とされるようにして付加された 121 科教研報 Vol.25 No.2 ものが付加体である。現在地上に見えるメランジ 4. 大畑地先のメランジェについて ェは,付加体の比較的深部で形成された地質体が 4.1.大畑地先付近の地質 衝上断層運動を繰り返しながら地上に現れたも 大畑地先付近のルートマップを図 4 に示す。 のである(図 2)。つまり,メランジェ相は色々な 地質時代の,色々な岩体の,色々な大きさのブロ ックが複雑に混在する岩相である。 図 1 白亜紀後期四万十帯の形成過程(平,1990) 図は,時間とともに海洋プレートの 1 地点を追う形でつくら れている。 図 4 大畑地先付近のルートマップ 図 2 付加体の断面推定図(平ほか,1987) このルートマップは国土地理院発行の 2 万 5000 分の 1 地形図の肥後大畑を参考に 50m の等高 3. 調査方法 線を抽出し,作成した。 調査は熊本県の南部に位置する人吉市大畑町 この地域でみられる岩相は主に砂岩や砂岩泥 の小纚川左岸の林道の露頭で行った(図 3)。 岩互層,泥岩,チャート,赤色泥岩,枕状溶岩(玄 武岩)などがあり,部分的に加久藤火砕流堆積物 や入戸火砕流堆積物などの火砕流堆積物,段丘堆 積物,扇状地堆積物などもみられ,狭い地域で非 常に多くの岩相を観察することができる。また, 砂岩泥岩互層については,走向が N30 斜が北に 45 50 50 E,傾 であった。 図 3 人吉市大畑町位置 大畑地先の露頭でみられる地層を観察し,露頭 4.2.大畑地先の露頭のメランジェについて でどのように分布しているのか把握するために 大畑地先の露頭の写真 1 とスケッチを図 5 に示 露頭のスケッチを行った。また,付近の地層の分 す。 こさでがわ 布を把握するため,林道沿いと小纚川沿いでそれ ぞれルートマップを作成した。 122 科教研報 Vol.25 No.2 泥岩はチャートに近い硬さをもつほど珪質成分 が多いものから,泥岩と言ってもよいような珪質 成分が少ないものまで様々なものがみられ,全体 的には上位ほど珪質成分が少ないものが多くな る。チャートは遠洋の深海底で堆積し,堆積速度 も遅いため,酸素が多い環境であれば赤くなった り,酸素が少ない環境であれば白 写真 1 大畑地先露頭写真 灰色になった りと環境の変化によって,様々な色になる。また, ここでのチャートの走向は N20 に 37 40 40 E,傾斜は北 であった。 図 5 大畑地先露頭スケッチ この露頭でみられる岩相を概略的に述べると, 下位から,枕状溶岩(玄武岩),チャートや赤色珪 質泥岩といった珪質岩,砂岩や泥岩などの陸源物 質からなる堆積岩,古期扇状地堆積物や段丘堆積 物などの第四紀堆積物が層状にみられる。この露 頭でみられる地層の重なりは,第四紀堆積物を除 くと,前述した海洋プレートの堆積順序とよく似 ていることがわかる。 枕状溶岩には少し風化したピロー構造(枕状溶 岩の楕円体またはそれに近い丸みを帯びた団塊, 写真 2)がよく見られ,海底で噴出した玄武岩質溶 岩であることがうかがえる。 図 6 人吉地域の地質図 (Murata, 1987) Murata(1987)では,大畑地先のチャートからで はないが,大畑地先のメランジェと連続すると考 えられる図 6 の Loc.2 のチャートから,Aptian の 放 散 虫 化 石 (Thanarla sp., Dictgomitra sp., Archaeospongoprunum sp., Ultranapora sp., Spongosaturnalis spp.)を産出している。一方,Loc.3 写真 2 枕状溶岩中のピロー構造 Santonian の放散虫化 石 (Dictyomitra ., Amphipyndax 次に,チャートや赤色珪質泥岩などの珪質岩は 下位だと,1 の凝灰岩からは Coniacian koslvae cf. stocki, D. cf. formosa, Alievium sp., Praeconocaryomma sp., Carpocanopsis cf. costatum) 2m の厚さをもつ 1 枚の地層である を産出している。つまり,ここでのチャートが堆 が,上位のものであると 5cm 程度でチャートと赤 積し,凝灰岩が堆積するまでに約 4 千万年間の時 色珪質泥岩とが薄い成層構造となった層状チャ 間間隙があると考えられる。 ートがみられる。また,ここでみられる赤色珪質 123 科教研報 Vol.25 No.2 砂岩泥岩互層や砂岩などの陸源物質からなる 6. まとめ 堆積物は露頭の上位でみられた。砂岩に含まれる 大畑地先ににおけるメランジェの露頭でみら 砂粒は粗く,全体として成層構造がはっきりせず, れる岩石はプレート運動により,太平洋の真ん中 塊状のものであった。砂岩や砂岩泥岩互層,泥岩 からはるばる日本近海にまで移動する間に海嶺 などの陸源物質からなる堆積物は大陸からもた 付近から大陸付近まで,様々な堆積物を同じ場所 らされた砂や泥が大陸近くの海底で堆積して形 に連続して堆積してきたものであり,その移動に 成したものと考えられる。 は非常に長い時間をかけ,そして,非常に長い距 以上のように,この露頭では様々な場所で形成 離を移動していることがわかる。このメランジェ された岩相が一度にみられ,メランジェ相である の露頭を通して,子ども達にはこのプレート運動 と考えられる。 の壮大さを実感することができると考える。 5. メランジェを素材とした教材開発 7. おわりに まず,メランジェを教材として用いる際,地球 今回はメランジェを用いて,プレートテクトニ の表層部がいくつかのプレートに分かれ,それら クスを実感させるための素材の開発を行った。今 が運動していることと,海洋プレートが中央海嶺 後は授業実践を行う予定だが,実践を行うクラス で生産され,海溝で沈み込んでいること,および, の子ども達にあわせた教材に発展させ,実践を行 日本付近はその沈み込み帯であることを学習し う必要がある。 ていることが必要である。 この露頭を通じて,メランジェを教材として用 参考文献 いることで,子ども達は以下のことを学習するこ (1) 平 とができると考えられる。 朝彦 (1990) 『日本列島の誕生』. 岩 波新書 • 枕状溶岩やチャート,赤色珪質泥岩,砂岩, (2) Taira A. and Tashiro M (1987) Late Paleozoic 砂岩泥岩互層,泥岩などの岩石を実際に目で and Mesozoic assuretion tectonics in 見て,重なり方や擾乱の様子などを観察し, Japan. Terra Sci. Pab. Com. (Taira and また,それぞれの岩が形成された場所や環境 Tashiro eds.), Tokyo. 1-43 を理解できること。 (3) 田代正之 (1997) 『天草諸島の形成と日本 • その岩石それぞれが違う堆積環境・時代で堆 列島 −人類以前の天草諸島 2−』. 南 積したにも関わらず,同じ露頭もしくはすぐ の風社. 近くの露頭で観察できることから,プレート (4) Murata A. (1987) Conical Folds in the テクトニクスによってベルトコンベアーで Hitoyoshi 運ばれて,海溝で陸源物質中に海洋プレート Formed by the Clockwise Rotation of the の一部が刮ぎ取られ,複雑に混じり合った露 Southwest 頭であることを理解できること。 Geological • 日本付近の沈みこみ帯で地下深くに潜り込 Bending, Japan South Kyushu, Arc. Journal of Japan, Society 93,91-105 んだメランジェ相が付加体の衝上断層によ (5) 大原 って地表に現れるメカニズムを理解できる 隆・西田 孝・木下 肇 (1989) 『地 球の探究』. 朝倉書店. こと。図 7 のようにブルドーザーで雪かきを するモデルが考えられる。 図 7 ブルドーザーによる雪かきと付加作用(大原ほか,1989) 124