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人民元 「国際化」 と 香港オフショア市場の役割

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人民元 「国際化」 と 香港オフショア市場の役割
( $)
人民元 「国際化」 と
香港オフショア市場の役割 ※
―― 「国際通貨」 論の観点から ――
鳥
谷
一
生
はじめに
年9月のアメリカ発世界金融危機から二年以上が経った。 しかし, 世界
経済は今日も依然として綱渡りを続け, レベルでは熾烈な通貨戦争 (
) −関係国通貨間の為替引き下げ競争−と保護貿易主義的動きが
露になりつつある。 その中核に位置するのが, いわゆるグローバル・インバラ
ンスの両極にあるアメリカと中国である。
ところで, 世界金融危機を契機に, 中国は新たな国際通貨戦略を打ち出した。
それは二つの柱から成り立っていた。 一つは, 年3月, 中国人民銀行周総
裁が, という論文において
提案した 活用策である1)。 その主旨は, 米ドルに一極集中してきた国際
準備通貨の役割を改め, をその役に据え直して機能させることにあった。
もう一つは, 人民元の 「国際化」 政策である。 すなわち, 年6月, 中国
はマレーシア政府との首脳会談で, 両国間の貿易取引決済を人民元或いはリン
ギ建で行うことに合意2), 翌7月にも人民銀行は
!" ( #!#
本稿は, 平成年度大分大学学長裁量経費・研究推進拠点形成支援プログラム
「東アジア地域の政治経済学的研究拠点形成事業」 の成果の一部である。
$) % [&$] ' [&](
) 6月$日中国の証券監督委員会は, マレーシアの中央銀行である )* +
#
※
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
) と取り決めを結び, 大陸本土と香港等特別行政区との間で
人民元建貿易取引を認可, その決済勘定を香港の商業銀行に置くことで, 人民
元建オフショア市場創設に繋げて行くことを表明した3)。 実際, 後者について
は, 早くも7月6日から上海の企業が人民元建貿易取引を開始した4)。 こうし
た一連の措置を受けて, 年以来長年に亘って 長官の地位にあった
氏は, 「香港は, 中国の金融自由化と改革の 実験場 となる」 と語っ
た5)。
もっとも, これら二つから成る中国の新たな国際通貨戦略は, 一見全く異な
る方向性を示しているようにみえる。 しかし, 両者には共通した一大目標があ
るかに考えられる。 すなわちそれは, 現代の国際通貨金融システム= 「米ドル
本位制」 におけるアメリカの国際通貨発行特権に楔を打ち込むこと, 米ドル建
銀行預金振替によってあたかも対外支払い決済が完了しているかのような今日
のシステム−アメリカの 「負債決済」 −に歯止めをかけることである6)。 実際,
年1月中旬, 訪米を前にした新聞報道へのインタビューの中で, 胡錦濤主
席は 「今日の国際通貨体制は, 過去の遺物である (
)」 と言明した7)。
もとより,
!"であれ新たな国際準備資産創設構想であれ, それが現代の
国際通貨金融システムの抜本的改革を必要とする以上, 実現には多大な困難を
伴うことになるし, 人民元の 「国際通貨」 化に至っては, 中国が国際的金融資
を #$%
%機関として認定し, 上海・深&株市場に上場されている中国企
業株の売買取引を許可した (
[]'(
[)])。
) 最初の人民元建貿易決済は, 中国銀行 (香港) が年9月*日に取り組み, 以
降一ヶ月内に中国大陸と香港の間で++件・*,億人民元に達したという (-
.'
[*])。
*) []'/ 0 1
[+]
2) []
+) 1
[2]'3
)) 本インタビューは, 4
と 4
.
/
の両紙が中
国外務省宛に提出した質問書に対する共通の回答書として公表されたものである
(&
5[])。
( )
本取引及びそれに関わる外国為替取引を禁止している以上, 至難のことといわ
ざるをえない。
そこで本稿は, 人民元 「国際化」 の現状について, 人民元建貿易決済取引そ
して人民元建香港オフショア市場の役割を通じて分析することとする。 そのこ
とは, 遥か
年前中国の対英返還交渉において 「十分活用」 と位置づけられ8),
今日 「実験場」 とされたカレンシー・ボード制下の香港金融市場の一断面につ
いて記すことでもある。 もっとも, 今日最も世界から注目されている人民元
「国際化」 の問題である 9)。 そこで次章では, 理論的歴史的観点から分析のフ
レーム・ワークについて検討を加え, 分析によって問われるべき論点・質され
るべき論理について, 予め指示を与えておくことにしたい。 具体的には, 「国
際通貨」 概念の確認, 対象に対する国際経済学アプローチの限界, そして我が
国オフショア市場の経験を踏まえた通貨の 「国際化」 概念の批判論理である)。
これら作業により, 国際金融概念に対する国際通貨概念の理論的優位性, 「国
際化」 概念の曖昧性を退け, 「国際通貨」 概念による方法的視角の一元化が図
られるかと考える)。
) 許 []。
) 例えば年月8日付 誌は, (米ドルの別名) な
らぬ という記事において, 同年夏以降人民元建貿易取引と
人民元建香港オフショア市場の急速な発展に注目し, 人民元 「国際化」 の現状を記
した ([] )。 また [] も参照。
) ここでの課題の一つは, 「国際化」 という術語に伴う曖昧なイメージ, 無概念な
内容を抉り出すべく, 一国の国民通貨が広く第三国間国際取引の決済手段となる
「国際通貨」 概念と比較検討することである。 もっとも, 当然ではあるが, 特定の
国民通貨が 「国際通貨」 となるには資本主義世界経済の歴史的発展に規定された条
件がある。
) 以下, 「国際化」 に対し 「国際通貨」 化或いは国際通貨と表記している。 「国際通
貨」 化という表記は, 「国際化」 という表記に対置し概念の異同を明確にする場合
に特に記している。 それ以外の一般的学術概念として用いる場合には, 単に国際通
貨と表記している。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
人民元 「国際化」 分析の方法的諸問題
「国際通貨」 生成の条件と人民元
一般に貨幣の諸機能には, 交換手段・価値表示・価値保蔵の三つの機能が
あり, これに照応しつついわゆる国際通貨の機能としては, 国際取引・決済機
能, 国際取引の価値表示機能, 国際準備・介入機能の三つをあげることができ
よう)。 そしてこれら三つの機能を一体化的に統合化した特定の国民通貨が,
自国と相手国との間の国際取引のみならず, 第三国間国際取引に至るまで当該
国国民通貨建で行われるようになった時, 当該国通貨は初めて国際通貨になっ
たといわれる。
では, 一体いかなる国の国民通貨が国際通貨となりうるのか?それは次の三
つの条件を具えている特定国の国民通貨である。
第一に, 世界経済の中心国であること
第二に, 当該国国民通貨の価値が安定していること
第三に, 当該国に広くて深い開かれた金融市場が存在していること)
) 本文中, 通説にならって, 貨幣の三つの機能をこのように記してはいるが, これ
を理論的観点からいえば, 価値表示機能の前に交換手段機能を措定していることに,
そもそも問題の根源はある。 なぜなら, 価値を尺度し表示する機能を措いた論理段
階で, 貨幣の交換手段機能を論理化することはできないからである。 商品交換以前
に, 交換されるべき商品の価値が表示されねばならないし, 更には価値の単位につ
いても理論的に説明されねばならないからである。 これらの説明を欠落させた論理
にしたがう限り, その場合の交換手段とは, いわば 「饅頭屋店頭の饅頭が貨幣とな
る」 といった類の全くの名目貨幣学説に陥る。 この問題は, 国際通貨の分野にも重
大な影響を及ぼしている。 なぜなら, アメリカの経常収支赤字・財政赤字の危機が,
国際的準備通貨としての米ドルの役割を根底から揺るがし, 昨今では国際的資産決
済による国際通貨金融システムの改革が叫ばれているからである。 このことは, 貨
幣それ自体が資産的価値の裏付けがなければならないことを意味しており, それ故
今日上の名目貨幣説の妥当性については厳しい現実が突きつけられているといって
よい。 もっとも, 国際的準備通貨の資産的価値保証を世紀的な世界貨幣=金に基
礎を置く−金本位制への復帰−のか, ケインズ−トリフィンが基礎付けた国際的人
口通貨に置くのかでは, 見解は大きく分かれることになる。 この理論的にして最大
の問題については, 他日を期したい。
) 例えば, 平 []−ページ。 もっとも, 当該国国民通貨価値の安定性より
( )
では, これら条件の下に成立する国際通貨の具体的形態は何かといえば, そ
れは当該国金融市場に所在する商業銀行に預託された当該国国民通貨建当座預
金勘定=決済勘定であり, 当該国を除いた残余世界各国の経済主体は, この決
済勘定残高に対して振り出された当該国通貨建外国為替手形=送金為替手形を
もって, 支払われるべき債務の決済を行うのである。 換言すれば, 持てる債権
をもって負う債務を支払い決済するという為替の原理を梃子にした当該国国民
通貨建−残余世界各国の経済主体からみれば外貨建−為替手形の振り出しによっ
て, 当該国金融市場所在の商業銀行に預託された当該国国民通貨建当座預金勘
定の振替決済が指図されるのである。 したがって, 国際通貨の具体的形態とし
て存在する上の当該国国民通貨建当座預金勘定宛に, 残余世界各国の不特定多
数の経済主体から国際的支払いを指図する当該国国民通貨建為替手形が振り出
されて決済されるし, もしそうした当座預金勘定残高に過不足があれば, さし
あたり預託先商業銀行を通じ当該国金融市場での資金調達・運用が行われるこ
とになる)。
では, 中国・人民元が, 先の三つの条件を満たしているかどうか少し検討し
てみよう。 次のようにいいうるであろう。 すなわち, 年 規模で中国
は日本を追い抜き世界第二位に踊り出たこと, 更に年代には各種推計で中
国がアメリカをも凌駕するといわれていること, これらの事情から, 第一の条
件はほぼクリアしているといえよう)。
通貨価値の安定性については, ここでは対内通貨価値と対外通貨価値とに区
別して考える必要があろう
)。 前者, 人民元の対内通貨価値については, 近年
も, 金融市場の機能性を重視する見解もあり, 論争については平 [] 及び拙稿
[] を参照されたい。
) 尚, ここでは外国為替銀行の為替資金操作・為替持高操作を厳格に区別して論じ
てはいない。 特に為替持高操作は全く除外して記している。 詳細は平 [] 及び拙
稿 [] を参照のこと。
) []
を参照。
) 現代不換銀行券の対内価値と対外価値の概念については, [] 高木を参照のこ
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
猛烈なインフレが発生し, 通貨価値は不安定化・減価している。 他方, 後者,
対外通貨価値については, 年7月事実上の対米ドル固定相場制から管理さ
れた変動相場制へ移行したとはいえ, 人民銀行の為替市場介入を前提に人民元
の対米ドル為替相場は, 貿易・経常収支黒字の長期構造化によって, 強含みに
推移している。 したがって, 対外通貨価値の安定性という点では, 人民元は
上の第二の条件を満たしているといえよう。 もっとも, 対内価値の不安定化・
減価と対外価値の安定化・増価という矛盾の制度的背景には, 人民銀行の為替
市場介入を前提とした管理変動相場制と国内流動性管理の在り方といった問題
が控えている ) 。 しかし, この制度的背景に関する問題には, ここではこれ
以上立ち入ることは止め, 対外通貨価値の安定性という点において, 人民元
は上の第二の条件の半面を満たしているという暫定評価を下して, 先を急ぎ
たい。
そこで第三の条件である。 この点についての評価は最早明白である。 非居住
者が中国国内商業銀行に決済用預金口座を開設し, 同口座宛に人民元建為替手
形を振り出して貿易決済取引が可能かといえば, これに対しては従来厳しい管
理が敷かれてきた。 次章において詳述する通り, これに対し今回の人民元建貿
易決済の措置は, この決済用預金口座をオフショアの香港所在銀行に移設させ,
対外取引決済に伴う資金流出入と為替相場変動が, 人民銀行下の国内決済シス
テムと管理された為替相場に影響を与えないよう, これを遮断する措置である
と。 もっとも, 今日では不換化した一国国民通貨の対内価値が最早全くの明示性を
具えなくなっただけでなく, その対外価値にしても中心となるべき価値基準−
年旧 体制崩壊までは, 少なくとも対米ドル固定相場制制度下, 公的レベルに
限ってではあるが, 金オンス=ドルで米ドル建外貨準備の交換ルートが存在し
た−というものは一切存在しない点において, この論文が執筆された年当時と
は決定的に異なっている。
) もっとも, 最近の中国の過剰流動性問題には, 年アメリカ発世界金融恐慌を
契機に, ・等がシステミック・リスク回避のために巨額の過剰流動性を
供給したことも大いに関係している。 インター・バンク市場に溢れ返った過剰流動
性は, 各々の株式市場にも流れ込んで近時の株価高騰をもたらす一方で, 中国等新
興経済諸国にも流れ込んで来ている。
( )
ともいえる。 いわんや, 非居住者の決済用預金口座の残高過不足を理由に, 預
金口座が置かれた商業銀行が, 上海銀行間短期金融市場で資金調達・運用を行
うような金融市場形成ができている訳でもない。 むしろ現状は, 国内金融の
「自由化」 さえも依然道半ば−国内預貸金利は規制金利−であって, 金融の
「国際化」 についても漸く着手されたばかり, 依然 「原則禁止・例外規制」 に
あるといってよい。
このようにみれば, 具体的分析を始める前のこの段階において, 人民元 「国
際化」 の現状が決して 「国際通貨」 化を意味しうるものではないことが分かる。
「鼎立不可能命題 (
) 」 の限界
ところで, この段階で急いで付け加えねば論点がある。 周知の通り, 国際マ
クロ経済学には, 為替相場の安定性・自由な国際資本移動・独立した金融政策
の三つは同時に成立することはないという有名な 「鼎立不可能命題 (
) 」 がある。 ところが, 人民元の 「国際化」 を論じるにあたって,
「同命題」 を判別式の如く機械的に適用する議論が目に付く。 その判定はとい
えば, 人民元の為替相場制度は, 年7月以降管理変動相場制に移行したと
はいえ, 依然として人民銀行の為替市場介入を前提とした著しく柔軟性を欠い
た為替相場制度であり, 国際的金融資本取引及びこれと結びついた為替取引に
ついても原則禁止されているが故に, 人民元の 「国際化」 ましてや 「国際通貨」
化など到底不可能というものである。
だが, ここで立ち止まって考えるべき問題がある。 というのも, 「同命題」
において, いずれの国民通貨が国際取引の取引通貨・決済通貨として前提にさ
れているかといえば, それは変動相場制か固定相場制かという為替相場制度の
・・・・
選択を迫られた当該国の通貨では決してない。 なぜなら, 原理的にいって, 外
国為替取引とは, 国際通貨国以外の周辺国為替市場で取引され, その際の外貨
建債権と当該国通貨との交換比率こそが, 外国為替相場だからである。 という
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
・・・・
ことは, 為替相場制度の選択を迫られる国の国際的取引・決済通貨とは, 当該
・・・
国以外の他国の国民通貨であることが暗黙の内に前提とされている点に留意し
なければならない。
確かに対象に関する分析の結果は同じかもしれない。 しかし, 「同命題」 は
正しく為替相場制度選択の問題であって, 一国の国民通貨が国際通貨となりう
るかどうかの議論では決してないのである。 むしろ, 「同命題」 が導く帰結と
は, 為替相場制度の選択の結果, 変動相場制へ移行した当該国金融資本市場は,
・・・
当該国通貨以外の特定の国民通貨建外国為替取引を媒介に, 特定国国民通貨建
金融資本市場, ひいては世界の金融資本市場と結び付くという現実である。 そ
・・・
してそうした国内外資金・資本の流出入を媒介する自国通貨以外の特定の国民
通貨が, ここでいう 「国際通貨」 であって, この国際通貨に対し変動する交換
比率から発生する損失, すなわち為替リスクについては, 総て当該国側に負担
転嫁されるのである。
だが, ともかくも, 中国は人民元 「国際化」 政策を推進し, ひいては米ドル
に代わりうる 「国際通貨」 となることを標榜している。 どのように考えるべき
か。 その際注目すべきは, 現状においてこの種の政策が推進されているのは,
上海金融市場ではなく, 香港金融市場という中国の国民通貨流通領域からは外
れた流通領域, すなわちオフショア市場という点である。 そこで次にオフショ
ア市場を通じた国民通貨の 「国際化」 ひいては 「国際通貨」 化を図ろうとしな
がらも失敗に帰した, 日本の歴史的経験を紹介しつつ, 「国際化」 に対する批
判論理を明らかにしよう。
オフショア市場と国際金融取引−東京オフショア市場の経験を踏まえて−)
一般にオフショア市場とは, 非居住者の資金調達・運用を国内金融市場 (オ
) 本節における事実関係の確定等に関しては, 拙稿 []を参照のこと。
( )
ンショア市場) から遮断− 「内外分離」 −し), 中央銀行の金融政策や金融当
局の金融秩序 (プレーデンシャル) 政策を回避−外れた分, 預金準備率・税制
等を免れることができる−した自由な国際金融取引を目指して創設されたもの
である。 したがって, オフショア市場における資金調達・運用は, 国内金融市
場でのそれよりも若干有利になる。 その典型がユーロ・ダラー市場であり,
年月に開設した東京オフショア市場 (英語略称は ) であった。 開設の背景には, 既に欧米金融市場で一定
程度の発展をみていたユーロ円市場を東京・大手銀行本店帳簿上の 「海外」 −
特別国際金融取引勘定で処理される−に集約し, もって東京オフショア市場を
起点として 「円の国際化」 を図ろうとする当時の政府・経済界の戦略ビジョン
が背景にあった。
もっとも, そもそも円建資金がユーロ円資金となって非居住者に保有される
には, 次のような円建資金の流出ルートがあってのことである。 すなわち, ①
海外輸出業者が円建手取り資金を海外金融機関に預け換えて−原預金勘定は預
け換える前の本邦銀行に置かれる−運用する, ②本邦銀行・金融機関の円建貸
付 (年6月円転・円投規制撤廃) や円建外債 (いわゆるサムライ債) 発行
の手取り金が, 円のまま海外金融機関に預け換えられ−この場合も, 原預金勘
定は本邦銀行に置かれる−運用される, ③銀行本支店勘定を通じた国内銀行部
門から海外支店への円資金送金, ④国内の非金融部門・個人等による海外送金,
である。
しかし, を梃子とした円建国際金融取引の発展には), 上に記した円
) これに対して, ロンドンや香港のように 「内外一体型」 市場がある。 これは, 国
内外の資金流出入が, 国内マネー・サプライに直接に影響するタイプの市場である。
) は外貨建−実質的には米ドル建―資金の調達・運用の集配機能を果たして
いた面もある。 しかしそれは, 例えばユーロ・ダラー市場を, 欧米金融市場のオー
プン時間帯とは異なった東アジア地域時間帯に移設しただけであり, ユーロ・ダラー
市場の東アジア拠点市場を一つ付け加えたに過ぎなかった。 また, に集約さ
れたユーロ・ダラーが, 香港・シンガポールといった近隣の国際金融市場に所在す
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
建資金の各々の流出ルートにおいて, これを阻む制約が存在した。 次の通りで
あった。
①についていえば, 貿易・経常収支黒字を長期構造的に計上していた日本の
場合, 海外部門は恒常的な資金不足主体である。 取引の総てを円建として単純
化して考えた場合, 海外部門は常にネットの 「円不足」 状態に置かれていたこ
とを意味する。 つまり 「流動性のジレンマ」 論に習えば, 貿易・経常収支レベ
ルで円建国際流動性がネットで供給されることはなかったのである。 その分逆
に, ②や③の国際的金融資本取引への期待が寄せられ, その役割が過大に評価
されたのである。
②については, 年代当時米ドルを中心とした国際通貨体制下にあって, 調
達通貨は日本円ではあっても, 調達された円資金は直ちに為替市場で米ドルに
転換されて取引・運用されていた。 したがって, 円建貸付や円建外債が非居住
者の円建負債を増やすことはあっても, それが海外金融市場所在銀行に円建定
期預金として再預金されてユーロ円預金を形成したり, 円建のまま国際決済手
段として使われていくこと−このことは, 支払い相手先も本邦銀行に円建決済
勘定を有することを意味する−には必ずしも直結し得なかった。
③は銀行本支店勘定を通じたユーロ円資金形成に寄与することがあるかもし
れないが, 上記②の根本的問題が存在している以上, そのインセンティブが何処
にあるかといえば, 日本国内の金融政策・規制回避と金利格差でしかなかった。
このようにみれば, ユーロ円市場の発展とはいわば国内円建一般金融市場の
外延的拡大でしかなかったのであり, その上での 開設である。 の
る邦銀海外支店経由で, 国内非居住者に米ドルのまま融資される取引もあった。 こ
れを使途に制限のない外貨建インパクト・ローンといい, この場合融資を受けた非
銀行部門は, 外貨建てのまま資金を対外取引・決済に用いることもできるが, 為替
リスクの最終的負担さえ引き受ければ, 円建資金に転換させ, 国内取引・決済にも
用いることができたのである。 つまり, 国内のマネー・サプライが, 外貨建投融資
によって増減するようになり, その分中央銀行の金融政策の有効性が損なわれる懸
念が出てきたのである。
( )
発展に限界があることは当初から明らかであった。 そこで 残高の実績作
りとして, 例えば東京本店一般勘定→ロンドン支店→東京本店 勘定といっ
た円建資金の回金が行われた。 それは, たとえ時差はあるとはいえ, ロンドン
金融市場に所在する邦銀支店のユーロ円建預金を東京本店の帳簿上の 「海外」 =
オフショア市場に移転させたに過ぎず, それでいながら からの銀行部門・
非銀行部門の取り手=借り手はなかなか見つからなかった。
こうして鳴り物入りで創設された ではあったが, 創設時より低迷が続
いていたところに大きな転機が訪れた。 なぜなら, バブル経済の年, 高騰
する地価抑制を目的に国内銀行に対し三業種 (建設業・不動産業・住宅専門金
融会社も含むノンバンク) 融資規制が打ち出される一方で, 大蔵省・日銀は
「内外分離」 という の建前を破り, 国内銀行本店一般勘定から毎日一定
限度額を 勘定にネットで資金流出させることを認める 「規制緩和」 に踏
み切ったからである。 その結果, 国内銀行本店一般勘定から移転された円資金
は, 勘定→香港・シンガポール所在支店勘定→投融資規制対象業種等国
内非銀行部門への貸出という事態を招いたのである)。 つまり本来 「内外分離」
を原則としたオフショア市場を国内銀行一般勘定の限界的代替勘定として使い,
時差1時間内の銀行支店勘定経由で国内に迂回融資−これを使途に制限のない
ユーロ円インパクト・ローンと呼称していた−を行っていたのである。 その結
果, 本店−支店との間の往復資金操作 (
) が隆盛し,
実態は規制回避の方便でありながら, 当時はこれをもって の発展, ユー
ロ円市場の活況と評する論者もあったのであり, その帰結については最早改め
て言及する必要もなかろう。
そして④についていえば, 国内の非金融部門・個人等による海外送金には凡
そ限界があるといえるし, 機動性に大きく欠けることはいうまでもない。
) これら国内非銀行部門借り手の決済勘定も, 関連する国内銀行の本支店に置かれ
ている。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
以上, 年末に創設された我が国のオフショア市場= の目的と帰結
について回顧してみた。 そこから導き出される教訓とは何かと問えば, それは
たとえ国際金融取引における調達通貨として当該国通貨が使われ, 当該国金融
市場で外債発行が行われたとしても, 調達資金が即刻米ドル等外貨に転換され
る事態をもってしては, 当該国国民通貨が 「国際通貨」 に転成したとは決して
いえないという現実である。 このことは, 国際通貨概念が国際金融概念よりも
一段と高い次元に位置するということ, 国際通貨を流通手段としてではなく,
国際取引の支払い決済手段として理解せねばならないことを意味している。 ま
してや, 国内金融政策・規制の回避策として, 当該国通貨建預金・貸出市場が
オフショア市場として発展したとしても, それは国内銀行部門の外延的市場と
しての拡大であって, 当該国通貨建による国際金融取引が第三国間取引にまで
及ぶ事態を指している訳では決してないのである。 「国際化」 概念に対する
「国際通貨」 化概念の理論的高次性と冒頭記したことの意味内容がこれであっ
て, 両概念の理論的断層は, 特定国国民通貨が国際的支払い決済手段として機
能する事態を指示するかどうかに在る。
以上人民元 「国際化」 分析の方法的諸問題として論じてきた。 それでは次に
具体的分析に移ることにしよう。
人民元 「国際化」 の現状
人民元 「国際通貨」 化の三段階
冒頭記した通り, 年アメリカ発世界金融危機を契機に, 中国は人民元の
「国際化」 策を推進させてきた。 これについて示したのが第1表であり, 一連
の政策については, これを 「周辺国際化」・「地域国際化」・「完全な国際化」 の
三工程に分けて示す見解がある)。 それによれば, まず 「周辺国際化」 とは,
) この考え方は, [
] 呉暁求(中国人民大学金融証券研究所所長)の見解といわれ
ている。
( )
第1表
時期
人民元建て貿易決済に至るまでの政策的経緯
内容
年6月 中国−香港間で 「経済貿易緊密化協定 ()」 に調印。
年9月 日, 国家為替管理局, 「国境貿易為替管理弁法」 を公布 (同年月1日施行)。
年1月 人民元預金の受入を香港の銀行に解禁 (両替, 送金を含む)。
年月 特定7業種向け人民元預金の解禁 (小売, 飲食, 宿泊, 交通運輸, 通信, 医療, 教育)。
同上
国際開発機関によるパンダ債 (非住居者人民元建て債権) 発行解禁を受け, (国
際金融公社) と (アジア開発銀行) が第一号債権を発行。
年7月 大陸系金融機関の香港人民元建て債権の発行解禁を受け, 国家開発銀行が第一債権を
発行。
年月 8日, 国務院, 「当面の金融による経済発展促進に関する若干の意見」 (金融三十条意
見) の中に, 人民元建て貿易決済のテスト構想を盛り込む。
同上
日, 中国人民銀行, 韓国銀行と人民元建て通貨スワップを締結 (
億元)。
同上
日, 国務院, 「対外貿易の安定的成長の維持に関する意見」 の中で, 長江デルタ地区
(上海市, 江蘇省, 淅江省)・広東省と香港・マカオ間, 広西チワン族自治区・雲南省
と 間について, 人民元建て貿易決済の試験的導入を決定。
年1月 日, 中国人民銀行, 香港金融管理局と人民元建て通貨スワップを締結 (
億元)。
その後, 4カ国の中央銀行とも人民元建て通貨スワップを締結。
同上
8日, 国務院, 人民元建て貿易決済の国内テスト地域として, 上海, 及び広東省内の
広州, 深, 珠海, 東莞の5都市を選定。
年4月 日, 国務院, 上海の国際金融センターと国際運輸センター建設に関わる意見を公表。
年5月 8日, 上海市政府, 上海国際金融センターに関する実施意見の中で, 人民元建て貿易
決済にかかる人民元のクロスボーダーの支払・決済システムの構築を確認。
年6月 と東亜銀行の中国現地法人が香港人民元建て債権を発行。
同上
日, 中国人民銀行, 香港金融管理局と人民元建て貿易決済のテストに関する覚書締結。
年7月 2日, 中国人民銀行, 財政部, 商務部, 税関総署, 国家税務総局, 中国銀行業監督管
理委員会が連盟で 「クロスボーダー貿易人民元決済施行管理弁法」 を公布 (同日施行)。
また, 「中国人民銀行の関係責任者の 「クロスボーダー貿易人民元決済施行管理弁法」
の関係問題についての記者質疑応答」 も公表。
同上
3日, 中国人民銀行, 「クロスボーダー貿易人民元決済試行管理弁法実施細則」 を公布
(同日施行)。
同上
6日, 中国と香港との間で, 人民元建て貿易取引スタート。
同上
8日, みずほコーポレート銀行, 香港における人民元建て貿易取引に関する各種サー
ビスの提供を発表。 6日付けで, みずほコーポレート銀行香港支店は, 中国銀行上海
市分行と人民元建て貿易決済口座開設に関する協定書を締結していた。 他のメガ二行
も, タイミングは別として, 同様のライセンスを取得。
同上
日, フィリピン中央銀行と中国銀行マニラ支店は 「人民元現金売買・輸送契約」 を締
結し, 中国銀行によるフィリピン国内での人民元業務を認可。 日に人民元業務開始。
年8日 日, 国務院は 「東北地区等老工業基地振興戦略を更に実施するための若干の意見」
を承認。 同意見の九項目の改革解放の継続深化では, 東北地区等 (遼寧省, 吉林省,
黒龍江省, 内蒙古自治区) での人民元建て貿易取引の推進を確認。
年9月 8日, 中国政府による香港人民元建て国債 (億元) の発行の表明 (実際の発行は同
年月日)。
(原資料) 中国人民銀行, 各種資料より野村資本市場研究所作成
[出所] 野村資本市場研究所 [], ページ。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
「国境貿易での人民元使用により, 国境を接する周辺国との間で用途を限定し
た国際化」 の段階, 次の 「地域国際化」 とは, 「貿易・投融資での人民元使用
により, 特定の国・地域と人民元通貨圏が形成される」 段階, そして 「完全な
国際化」 とは, 「自由兌換性の実現と資本取引の自由化により, 国際決済通貨・
国際準備通貨として世界で流通する」 段階である。 そこでこの三工程分類に即
して, 以下人民元の 「国際化」 の現状について記すとしよう。
第一工程・ 「周辺国際化」
人民銀行によれば, 人民元建貿易決済の目的について, 「企業の為替リスク
管理を容易にし, 為替差損を減じ, もって中国と近隣諸国との間の経済及び貿
易の発展に資するため」) とし, この方向に中国が大きく舵を切り始めたのは,
世界金融危機が 「世界の工場」 たる経済特区を席巻していた年月であっ
た)。 すなわち同月日, 国務院は 「当面の金融による経済発展促進に関する
若干の意見」 (金融三十条) の中で, 人民元建貿易決済の試行について言及し,
その数日後, 国務院 (外局:人民銀行が事実上は業務代行) は, 「対外貿易
の安定的成長に関する意見」 において, 長江デルタ地区 (上海市, 江蘇省, 浙
江省)・広東省と香港・澳門間, 広西チワン族自治区・雲南省と との
間で人民元貿易決済を試験的に導入することを決定した。 そして年7月上
旬, 上海・広州・深・珠江・東莞の五都市を試行地域として人民元建貿易決
済を解禁し), 併せて香港・澳門・
各国との間の人民元建貿易決済の
) []
) すなわち, 年7月の管理変動相場制移行を契機に, 人民元の対米ドル為替相
場を相次いで引き上げ, 貿易面で多大な為替差損が発生したことである。 特に
年9月の世界金融危機以降においては, 人民元の為替相場制度の運営の在り方と為
替相場水準に対し, アメリカ側から猛烈な批判が改めて寄せられたことが影響して
いようと, 中国人民銀行金融政策委員李稻葵が 誌とのインタビュー
において語ったという (
[])。
) これには大陸側の製造業及び貿易企業
社 (広州・珠江・東莞の広東省内
内,
深社, 上海社) が当初指定された ([] 木村, 及び [] 李参照)。
( )
解禁に着手した)。 そして年6月末, 試行地域は, 北京・天津・四川・チ
ベット等 (輸出の場合, 輸入の場合) の省及び直轄市へと拡大されること
となった。 その結果, 僅か1年程の間に人民元建貿易取引は急増 (対同年前期
比7倍, 億元) することになった)。 これを示したものが第1図であり,
人民元貿易決済は年9月末には億元を超える水準にまで達している
)。
第1図
人民元建貿易の推移
(単位:億元)
[出所] 中国人民銀行[], 頁。
) 年9月段階では, 次の銀行が人民元建貿易決済業務のライセンスを取得して
いる。 大陸側は中国銀行, 中国工商銀行, 中国農業銀行, 中国建設銀行, 交通銀行,
中国民生銀行, 興業銀行, 招商銀行, 深 発展銀行, 平安銀行の行, 香港側は
, スタンダード・チャータード銀行, 東亜銀行の3行である。 その際中国銀
行 (香港) は, これら香港側銀行の決済銀行としてだけでなく, 台湾との人民元建
貿易取引の決済銀行となっている ([] 参照)。
) 中国人民銀行資料 []。
) 中国人民銀行によれば, 試行開始から年6月末までの累計決済額は億元
に上り, うち中国本土と香港及びシンガポールとの間の決済が最も多く, 両者合計
で全体の
%を占めた (中国人民銀行 []
ページ)。 また, 別の数字としては,
年半ばに解禁された人民元建貿易決済は, (年9月末までに) 国境貿易総
額の%を占め, 年月初めの企業数は
社に拡大している (
[])。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
もとより, 中国の貿易総額 (年輸出入総額約
兆ドル, $1=
元で
換算すれば約
兆元) からすれば), 人民元建貿易取引のシェアは極めて小
さい。 それ故, この水準をもって, 人民元の 「国際通貨」 化とすることは難し
いところではある。 だが, 人民元の 「周辺国際化」 の滑り出しとしては, 順調
に増大してきたと評価されるべきであろう)。
第二工程・「地域国際化」
さて, 中国と周辺諸国との二国間での人民元建貿易決済が解禁されるに及ん
で, 周辺諸国の貿易関連企業及び銀行には, 一定程度の人民元建資金が運転資
金として残ることになる。 そこで年2月, そうした人民元建資金の受け皿
となったのが香港所在銀行の人民元建預金受入の 「自由化」 である。
そもそも中国以外での人民元建預金受入については, 年2月香港居住者
に限って香港所在銀行への人民元建預金が解禁 (年月テスト・ケースと
して開始) されたことに始まる。 これがいわゆる人民元建オフショア預金の始
まりであり, 年
月人民元建の銀行勘定が企業の一般的取引−但し, 小売・
飲食・宿泊・交通運輸・通信・医療・教育の 「7業種」 に限定−にも開放され
るに至った。 今日に至るも個人における人民元の両替・送金額は一日2万元ま
でに制限されており), その後少しずつ取引主体・取引額について規制が緩和
されてきたが, 年7月の措置では, 本試行域内に所在し貿易業務に従事す
る企業による香港所在銀行への人民元建預金預け入れが解禁され, かつその預
け入れ額の制限が外されることになった (第2表))。
) 数字は後景第3表等から引用。
) 香港に所在するイギリス系旧植民地銀行である やスタンダード・チャーター
ド銀行は, 東南アジアを越えて中東・アフリカ地域まで中国との間での人民元建貿
易決済を仲介するビジネスを展開している。 「米ドル本位制」 を支えてきた多国籍
銀行のこうした動きとその影響については, 今後も注視していく必要があろう
( [] [] []
[])。
) 稲垣 [] も参照。
) 第2表の小切手の規定にしたがえば, この人民元建預金勘定を用いて他人名義銀
行口座への支払いはできない, つまり貿易等取引決済には使えないことになる。
( )
第2表
非大陸系香港所在銀行の提供する人民元建サービスの変化
人民元建貿易取引解禁以前
人民元建貿易取引解禁以後
預金取り扱い 香港居住者及び 「指定業種」 (小売・飲食・宿泊・
運輸・交通・通信・医療・教育の7業種) は, 香
港所在銀行に銀行預金を開設することができる。
解禁前 (左) に同じ
本パイロット・スキーム内地域に所在し貿易に従
事する企業も, 香港所在銀行に銀行預金を開設す
ることができる。 その際の預金は貿易取引に因る
のでなければならない。 これは, パイロット企業
が人民元建収益を海外で保持する上で, 画期的な
一歩である。 この種の預金勘定に預託された人民
元建資金は, 香港で発行される人民元建債券投資
にも利用可能である。
両替
個人の場合, 人民元から香港ドルへの交換 (或い
は, 香港ドルから人民元への交換) は, 現金の場
合一人一回当たり2万人民元を上限とし, 一人当
たり預金勘定による一日の取引上限を2万人民元
とする。
解禁前 (左) に同じ
指定された取引業者においては, 決められた取引 貿易企業は, 実需の貿易取引をベースとする限り
方法をもって人民元を香港ドルに無制限に交換で 香港ドルを人民元に無制限に交換できるし, 決め
きる。
られた取引方法であれば, 人民元を香港ドルに無
制限に交換できる。
送金
貿易金融
小切手
香港居住者は, 大陸の銀行に保有する自身の預金
解禁前 (左) に同じ
口座宛に人民元を送金できるが, 一口座当り一日
の上限額を8万人民元とする。 また, 香港で人民
元建債券を発行した発行者は, 債券発行の手取り
金を大陸に送金することができる。
大陸外の選定地域内貿易企業もまた, 実需の貿易
取引をベースとする限り, 大陸内のパイロット都
市向けに人民元を送金することができる (逆も可
能)。
利用不可
人民元建貿易金融は, 大陸の指定企業との貿易取
引に対して供与される。 だが, その融資額は当該
貿易取引相当額を超えてはならず, 大陸の指定さ
れた企業に対して直接支払われる。 貿易金融に関
わる金利は商業ベースとし, 銀行によって決定さ
れる。
香港参加銀行に置かれた当座勘定を引き当てに振
り出される人民元建小切手は, 香港でも大陸でも
利用可能である。 香港内での利用者は, 人民元建
債券への応募及び購入に関係する支払いや送金に
利用できる。 大陸側では, 利用者が広東省内で支
払いを行う場合, 一日上限8万人民元を上限に,
人民元建小切手を利用することができる。
貿易決済のために人民元建資金を預託すべく, 同
一企業が異なる銀行に 「同一名義」 で有する勘定
間で資金振り替えを行う場合, 人民元建小切手を
利用することができる。 企業はまた人民元建債券
への応募及び購入にために, 人民元建小切手での
支払いを行うことができる。
(原資料) !""#
[出所] $
%
[&"] より。
注:上記 (原資料) は の '
サイトから入手可能であり, ここに [出所] と
して掲げた資料は, (原資料) を抜粋したものであることが確認できる。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
その上で年7月日, 人民銀行と は香港における人民元業務に
関し改めて取り決めを結んだ。 柱は二つである。 一つは, 企業が行う人民元と
香港ドルとの交換額の上限が撤廃されたことである。 もっとも, 香港ドルから
人民元に交換して, これを大陸内への支払いに充てることは禁止されている
)。
これによって, 香港為替市場には上海為替市場と別の香港ドル人民元の為替
市場が形成されることになった
)。 もう一つは, 香港所在銀行における人民
元建預金口座開設への規制が撤廃され, 同預金口座を通じた企業間及び企業・
個人間での決済が可能となったことである。 これに伴い, 大陸内のインター・
バンク市場とは別の香港所在銀行間人民元建貸借市場が生まれた
)。 要するに,
大陸と香港との 「内外分離」 原則を堅持する一方で
), 香港オフショア市場の
発展を促す規制緩和策によって人民元建為替市場と貸借各市場には二重市場が
形成されたのである (第2図)
)。 その意義については後に記すとして, とも
) [] 資料より。 さもなくば, 自由交換通貨=香港ドルを通じ,
大陸内のマネー・サプライが増大し, 事実上の外貨建インパクト・ローンとなって
しまう。
・・
) その理由は, 海外の銀行が, 貿易等許可された取引以外の人民元建為替取引を行
う場合, 大陸内銀行の為替清算取引所である上海・中国外匯交易中心にアクセスで
きず, 総てオフショアの香港市場で行わねばならないからである (村瀬 [] 参照)。
) ちなみに, が3年に一回実施している世界主要外国為替市場での為替取引実
態調査 (4月期間中の一日の取引調査として実施される) によれば, 香港為替市場
で米ドルを代価とした人民元取引 (取引規模は億ドル, シェア
%) が始めて
登場した。 人民元の取引規模は, 米ドルを代価とした対ユーロ
億ドル (
%),
対日本円億ドル (
%), 対豪ドル億ドル (
%) に次ぐ規模で, 英ポン
ドの取引規模億ドル (
%) よりも大きかった ( [] を参照)。
) [
] 及び植田 [], 4ページ。
) 人民元建貿易決済, 特に中国側の輸入決済業務において人民元建が多く, そのこ
とが香港オフショア市場の人民元建預金の原資となっているという点において, 大
陸と香港との間で 「内外分離」 規制が厳格に設定されている訳ではない。 このよう
にいえば, 香港居住者による人民元建銀行預金においてさえ, その原資の出自を質
せば, およそ 「内外分離」 原則は当初より厳格に適用されていたわけではないので
あって, こうした側面において人民元建香港オフショア市場の背景に控える中国政
府による香港支援策という人為性を強調する議論もある (
[]
)。
) オフショア市場であるため, 自由交換通貨=香港ドル売・人民元買が大きく進み,
大陸の為替市場と比べて, 米ドルに対する為替相場は人民元高となる傾向がある。
金利については, 規制金利下の大陸と比べてオフショア市場金利は低くなっている。
( )
第2図
人民元の二重市場
[出所] [] より一部抜粋。
かくもこれら政策を契機に, 香港所在銀行の人民元建預金勘定残高は年7
月の億人民元から年月末には億人民元にまで急増−約1年半の
間に4倍の伸び−した (第3図)。 もっとも, から免許を受けている
ライセンス銀行 (
) の年月末預金総額は約7兆香港ド
ル (内, 香港ドル建分
兆香港ドル, 外貨建預金
兆香港ドル) であったか
ら, 1人民元=
香港ドルの為替相場で計算しても, 上記預金総額の1割に
も及ばない水準である)。
第三工程: 「完全な国際化」
人民元預金を受け入れた香港所在銀行は, これを運用しなければならない。
この問題こそは, 人民元の 「自由兌換性の実現と資本取引の自由化により, 国
際決済通貨・国際準備通貨として世界で流通する」 とした 「完全な国際化」 段
階の問題と不可分の関係で結びついている。 現状二つの施策が着手されている。
) 数字は 等の資料より。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
第3図
人民元建貿易決済額の推移と香港における人民元建預金残高
(単位:億元)
(原資料) [出所] []
第一は, 年8月香港及び澳門所在銀行及び外国中央銀行の上海インター・
バンク市場である人民元建銀行間債券市場への取引参入解禁である。
第二に, (点心債券市場) の成立である。 年
1月中国の金融機関が人民元建債券を香港市場で発行することが解禁され, そ
の第一号となる起債が, 同年7月に行われた。 この人民元建債券の起債者は当
初中国政府機関・大陸系銀行等に限定されていたが, 年8月非居住者の海
外企業にまで門戸が開放された。 同債券市場は, 大陸内の人民銀行及び金融当
局の政策・規制を外れていることからユーロ人民元建債券ともいうことができ,
クーポン金利は資金調達側・運用側双方に有利なものとなっているだけでなく,
発行に際しての適債基準も緩和されている)。
これら一連の措置によって, 人民元建貿易取引を行う非銀行部門は, 人民元
建決済資金を香港所在銀行に預金し, 当該預金を決済勘定としつつ香港債券市
場で発行される人民元建債券で運用することができるようになる一方で, 香港
) 最初の起債者は米系大手企業であるマクドナルドである。 その後もキャタピラー,
, が人民元建債券発行を実行或いは計画している (
[])。
( )
所在銀行は人民元建預金を上海インター・バンク市場で運用することが可能と
なったのである。 そこで後者の場合, 上海銀行間債券市場金利と香港の人民元
建債券市場金利との間に一定程度の金利裁定作用が働くことになるかに考えら
れるが, 実はそうではない。 というのも, 香港所在銀行部門が上海銀行間債券
市場にアクセスするのは, 預け入れられた人民元建預金の運用だけであって,
同市場から資金調達を行い, 調達資金を香港・澳門の両地域における貸出業務
として供給することはできないのである。 つまりは, 大陸内での運用に限った
一方通行であって, このことの意義については後に再び言及する。
加えて, 国際的金融資本取引及びこれに関わる為替取引についても, 中国は
「自由化」 を認めていない。 証券取引の内外資本交流については, 国務院証券
監督管理委員会が許可する指定国外機関投資家 (
) 及び指定国内機関投資家 (
) の各制度を通じることとされている。 確かに同委
員会は, 承認する機関投資家の取引残高制限を引き下げて, A株市場参加者の
範囲拡大策を講じてはきた)。 しかし, 広く外国人投資家が参加可能なオープ
ンな株式市場とはいえない現実は依然として残っているし, 国内金融機関の対
外証券投資についても取引残高規制が存在している。 そのため, こうした取引
に関わる人民元と外貨との間の為替取引についても, 実際問題として規制下に
おかれているのである。
そこで当面A株市場への外国人取引参入規制を堅持しつつも, 香港株式市場
における人民元建株式の発行・流通に着手するプランが進んでいる。 いうなれ
ばそれは人民元建オフショア株式市場−巷では というニックネー
ムで称されている−の開設である。 従来香港ドル建のH株−大陸で登記した企
) 念のために記せば, 従来外国人投資家は外貨建株式市場であるB株市場 (上海市
場は米ドル建, 深市場は香港ドル建) に限れていたが, 制度によって, 外
国人投資家は投資信託形式で人民元建A株市場 (上海・深市場) に取引参入が可
能となった。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
業で, 香港証券取引市場に上場された株式 ) −市場における大型株上場に際
し, 香港ドルの為替相場が不安定化する局面があったが, この 計画によって, こうした為替相場の不安定性を回避できるといわれている)。
人民元建香港オフショア市場の発展とその意義
以上, 「周辺国際化」・「地域国際化」・「完全な国際化」 の三工程区分を用い
つつ, 人民元 「国際化」 の現状について記してきた。 ではこうした現状を総体
的にどのように評価したらいいのであろうか。 これを視る鍵が国際収支であり
国際決済である。
まず, 第3表中国の国際収支をみれば, 年経常収支黒字億ドル, 資
本収支黒字億ドルとなって, 外貨準備は一年間で億ドルも激増するこ
とになっている。 こうした基調は年も引き続きうかがわれ, 同年第四半
期の経常収支黒字億ドル, 資本収支黒字億ドル, 外貨準備も僅か3ヶ月
間で億ドルの増嵩を計上している。 つまり中国は, 対外経済取引において,
国際決済資金の受取超過の立場にあるのであって, 支払超過の立場にはないの
である。
もとより, 中国の国際取引の通貨建は, これまでほとんど総てが米ドル建で
あった。 そのため, 管理変動相場制下において, 上海為替市場で圧倒的な売に
さらされる米ドルを人民元は買い支え外貨準備を積み上げてきたのである。 こ
れに対し, いま中国が着手しようとしている政策は, 国際取引の通貨建を米ド
ル建から自国通貨=人民元建に転換することである。
しかし, 貿易・経常収支に限ってみても, 中国の収支尻が黒字計上を続ける
限り, 輸入取引に対する支払いとして一旦は流出した非居住者保有の人民元残
) 例えば, 青島ビール, 東風汽車集団, 中国東方航空, 中国国際航空, 中国南方航
空, 平安保険, 長城汽車等が上場している。
) []
( )
第3表
経常収支
貿易収支
輸出
輸入
サービス収支
所得収支
経常移転収支
資本収支
直接投資
流入
流出
証券投資
資産
負債
その他投資
資産
負債
外貨準備
誤差脱漏
外貨準備高
中国の国際収支
(単位:億ドル)
年
年第Ⅰ四半期
−
−
−
−
−
−
−
−
*外貨準備高年第Ⅰ四半期数値は, 同年3月末のそれである。
[出所] 中国外管理局資料より作成。
高も, 早晩対中国支払い代金として中国に戻ってくることになる。 つまり貿易・
経常収支の観点に立つ限り, 人民元建国際流動性が非居住者保有残高として計
上されることはないし, ましてやそうした資金残高がオフショア市場経由で第
三国間取引の貿易決済資金に使われるということは, 国際収支の構造からは考
えられない。 要するに, 中国の対外経済部門は 「人民元不足」 なのである)。
) しかも, 大陸の世界貿易において, 香港が中継基地であるという点を考慮すれば,
香港から大陸に向けて輸出される商品価格よりも, 香港が大陸から輸入する商品価
格の方が大きく, したがって大陸との間の貿易決済上, 香港側は恒常的に支払い超
過という関係に立つのである (野村資本市場研究所 [], ページ参照)。
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
そこで, こうした現実を克服すべき次のような政策的措置が講じられてきた。
第一に, 上記の年7月の措置である。 これによって, 対象地域内に所在
し貿易決済を人民元で行う大陸内及び香港・澳門・等の企業は, その
決済勘定を香港所在銀行に置くことが可能となり, その預け入れ額制限も外さ
れることになった。 その結果, 年上半期の人民元建貿易決済
億元の内,
約34が香港で決済された)。
第二に, 人民元建貿易決済とはいっても, 輸出・輸入総てを等しく人民元建
決済にするのではなく, 中国側の輸入取引において人民元決済を優先させた。
このことにより, 例えば, 年1月∼月までに, 大陸から香港に流出した
人民元は億元, 逆に香港から大陸へ流出した人民元は億元で, 差し引き
億元が流れ込み, 香港オフショア市場の人民元建預金形成の原資になった
と指摘されている)。
第三に, 人民銀行と のスワップ協定である。 というのも, 年
月末, 同年中の使用枠として香港に割り当て (
) られた人民元建貿易決
済の資金枠億元 (約億ドル) が 「枯渇」 したとして, 香港所在の関係銀行
に衝撃が走ったからである。 そのため は, 急遽人民銀行と協議し,
既存のスワップ枠億元の内, 億元までの使用枠を追加設定したのであ
る
)。 つまり, 香港を基点とした人民元建貿易決済は, 人民銀行と と
の公的金融を通じた人民元融資によって応急処置されたのである)。
) []
) []尚, 香港オフショア人民元建預金に対する法的な預金準備率規制は存
在しない。 しかし, 香港に預託された人民元建預金は, 中国銀行 (香港) 経由で全
額人民銀行に再預金せねばならなかったため, は%の準備率−事実上の
ナロー・バンク−を課していた。 この規制が緩和されたのが年7月であり,
は今日香港ドル建預金と同じく%の準備率規制を課している ([]
!
)。
) "
#[]併せて, 年の人民元使用枠の増枠が人民銀行と との間
で協議された。
) 尚, 人民銀行は, 香港以外にも, 韓国 (チェンマイ・イニシャティブの一環とし
て) ・マレーシア・インドネシア・アルゼンチン等の各中央銀行との間でも, 人民
( )
もっとも, ここで急いで再確認しておくべきことが二点ある。 一つは, 香港
ドル売人民元買によって形成された香港オフショア市場預金の大陸宛の支払
いは禁止されていることである。 もう一つは, これも既に指摘した通り (第4
図), 大陸内の銀行間債券市場が香港所在銀行に対し解禁されたとはいっても,
それは預託された人民元預金の運用先としてのみであって, 香港所在銀行が金
融債等を発行して同市場から資金調達することが許されている訳ではなかった
ことである。
要するにここに伺われる政策意図とは, 大陸側銀行間市場から香港側への資
金流出或いは自由交換通貨=香港ドルから転換された人民元の大陸側への持ち
込みといった大陸内のマネタリー・ベースマネー・サプライに直接影響を及
ぼしかねない要因を極力排除しつつ, 香港オフショア市場の資金源を人民元建
貿易決済代金と公的金融による資金供給に限定するということに他ならない。
加えて, 中国政府機関・銀行等以外にも海外一般事業会社にまで対外開放さ
れた香港人民元建債券市場ではあったが, 発行の許認可は国務院証券監督管理
委員会にあるし, 発行された債券の購入資金源を尋ねれば, 大陸−香港間の資
金流出入の観点では, 結局のところ人民元建貿易関連で流出した人民元が原資
とならざるを得ない)。 したがって, この点からみれば, 人民元建債券の香港
市場での発行も, 一旦国境外に流出した人民元の国内還流ルートとして機能し
ているのである。
このようにみれば, 香港オフショアの人民元建預金市場・債券市場とは, 香
港・澳門地域に流出した人民元を, 大陸内銀行間債券市場に資金還流させ),
元と相手国通貨とのスワップ協定を締結しており, 総額は億元に達する (野村
資本市場研究所 [], ページ)。
) 中国政府は, 投資を目的とした大陸の資金流出入を管理しており, 人民元建貿易
決済取引とは違って, 資本移動についてはケース・バイ・ケースで承認を作業を行っ
ているといわれている ([])。
) 人民元建預金市場の役割は, 当初よりかかる役割を担っていたという見解がある
([] 福居)。
人民元建国際取引の概念図
国内関係 (コルレス) 銀行から 等海外参加銀行への人民元建当座貸越額及び期間については, 人民銀行が個別的に規
制している。
**
資金取り崩しと資金運用は同一名義人でなければならない。
[出所] 野村資本市場研究所 [], ページ及び [
] を参考に筆者作成。
*
第4図
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
( )
或いは人民元建債券への購入を通じて同じく資金還流させるための 「管理・貯
水センター (
)」 として
の役割を果たしていると見るべきであろう)。 しかし, そうした調整弁として
の役割も, 中国が経常収支を長期構造的に計上する以上, 慢性的な 「人民元不
足」 下におかれているといわざるを得ない。 これに対し, そうした 「不足」 状
況を最終的に補整する役割に, 人民銀行と による公的金融は位置づけ
られており, 自由なオフショア市場としてのイメージとは異なり, その分だけ
政治的裁量の余地を残すものとなっている)。
もっとも上の 「人民元不足」 については, 米ドルや香港ドルから人民元に交
換して人民元建債券購入に向かうことができるという意見もあろう。 しかし,
繰り返しになるが, このルートを経由して形成された人民元建預金をネット額
として大陸内に流入させることはできなかった)。
しかも, 年末の月日 は, 人民元建資産・負債を計上する香
港所在銀行に対しオーバー・オール・ポジション次元での厳しい為替持高規制
を導入した。 それによれば, 銀行の人民元建資産・負債の残高差額 (ネット・
ポジッション) は, 資産額 (もしくは負債額) のいずれかの%を限度とする
というのである。 換言すれば, 資産・負債の残高差額が, 資産或いは負債いず
れか一方に大きく傾くことは控えられるべきということである)。 この規制に
) [] !
!
) ユーロ・ダラー市場の生成・発展の根底にはアメリカの経常収支赤字が存在して
いた。 これに対し, 香港オフショア人民元市場は, 「内外分離」 の原則を政治的裁
量性に委ねてしまうという特徴を備えている ("
[#] !
$
)。
) その分だけ香港人民元%米ドル為替市場と人民元建預貸市場の独自性は高まるこ
とになるが, そうした二重価格制が今後どれだけの期間継続しうるかが問題となろ
う。
) []!確かに, 銀行経営の健全性を確保するという観点からは至極一般
的な規制ではあるが, 規制の背景には次のような独自の事情も控えていたと推察さ
れる。 すなわち, 既に記した通り, 年7月の人民銀行と との新たな取
り決めにより, 香港オフショア市場には, 人民元建銀行間貸借市場と香港ドル%人
民元為替市場の二つの市場が形成された。 しかし, 香港ドルから人民元に交換され
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
よって, 香港所在銀行は, 人民元建の資産・負債残高差額を大きく増やすよう
なアンカバーの為替取引を行ったり, 後日反対取引での清算を前提としたオフ・
バランス取引等, リスクは高いが収益性も高いような取引については勢い抑制
せざるを得なくなったのである)。 要するに, 人民元建預金債務を負ったので
あれば, 極力人民元建資産を形成すべしということである。 だが, 人民元建債
券市場資金運用以外, 人民元建資産運用機会が限られている現実を考慮に入れ
れば, 結局のところ人民元建資金は大陸内に還流させて運用するしかないこと
になる。 かくて, 香港ドル売によって創設されるオフショアの人民元建預金に
ついても, その運用に窮する事態を迎える以上, 今後銀行の受け入れ態度は従
来と違ってくる可能性がある)。
今後の展望−結びにかえて−
以上, 人民元 「国際化」 の現状について, 人民元建貿易決済取引そして人民
元建香港オフショア市場の役割を通じて分析してきた。 確かに, 人民元建貿易
決済取引は, 年夏以降急増しているし, 人民元の対米ドル為替相場が今後
も引き上げられることを考えれば, 対中国輸出から取得した人民元を人民元の
まま預託し運用することは合理的である。 その意味で, 香港の人民元建預金市
て創設された人民元建預金の大陸内への支払い・送金は規制されていた。 というこ
とは, このルートで形成された人民元建預金を受け入れる香港所在銀行にとり, こ
れをいかに資産運用するかは, 極めて頭の痛い問題となる。 ところが, 香港オフショ
ア市場内での人民元建資産運用の方途は極めて限定されていた。 そのため, もし運
用が難しいとなれば, 人民元建資産・負債のバランスは大きく崩れて, 銀行経営は
大きな為替リスクに晒されることになる。 また, 事態を放置したままとなれば, 香
港オフショアの香港ドル人民元為替市場と人民元建銀行間貸借市場にも大きな圧
力が加わり, 大陸内各々の市場との間での調整を極めて難しくしてしまう恐れもで
てこよう。
) []
) したがって, 中国金融当局は, 大陸から人民元建香港債券市場向けの資金流出を
規制しており, オフショアでありながら事実上様々な規制下に置かれた特殊な市場
である (
[])。
( )
場が急膨張してきたことも大いに理解できよう。 しかし, 上記の通り, 中国の
貿易・経常収支が黒字である以上, 海外部門は恒常的な 「人民元不足」 に陥っ
ているといわねばならない。 つまり, 香港の人民元建預金市場が急膨張したと
いっても, その人民元建原資−対中国輸出業者の預け入れる人民元, 大陸から
香港への旅行客が持ち出す人民元幣, 或いは大陸から送金されてくる人民元等−
は限られている一方で, 折角形成された人民元建預金も, 資金運用機会が限ら
れる現状から, 結局のところ香港所在銀行経由で大陸内の銀行間債券市場に還
流させられるし, また人民元建債券発行を通じ調達された資金も大陸内での事
業資金として還流させられているのである。
このようにみれば, 人民元の 「国際化」 の現状が一体いかなる状況にあるの
か, 凡そ理解されるであろう。 要するに, ここでの 「国際化」 とは, 一旦は海
外に流出した人民元を大陸に還流させるための集約機構を国境外とされる香港
オフショア市場に置いているだけに過ぎない。 そしてこれが, 「実験場」 とさ
れている香港金融市場の一段面である。
もっとも年年明け早々, 中国は新たに三つの人民元 「国際化」 策に打ち
出してきた。
第一に, 民間レベルでの海外投資解禁である。 すなわち, これまで中国の輸
出業者に義務付けられていた強制決済制度の運用が緩和され, 外貨建輸出代金
の海外での外貨運用について規制緩和されただけでなく, 海外投資が一部解除−
当初浙江省・温州市住民限定のパイロット事業とみられていた−されたのであ
る (一件当りの投資額は万ドル以下, 年間2億ドルを上限, 海外不動産投
資・証券投資は不許可))。 一部とはいえ, いわば 「元投」 −国際的資本取引
) 温州市住民が海外投資を行う場合, 一件当りの投資額は万ドル以下, 年間2
億ドルを上限に許可 (海外不動産投資・証券投資は不許可) されたことが報道され
ている (
[] []
[])。 この政策は, 管理変動相場制
下の過剰流動性対策の一環として導入されたものである。 もっとも, 1月中旬胡錦
濤国家主席の訪米後も一段の人民元高が予想されている現状では, その政策効果は
限定的であろう ( [])。
( &)
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
に関わるオンショア為替市場での人民元売米ドル買) −が解禁された訳であ
る。 もっとも, これらの政策は, 管理変動相場制下の過剰流動性対策の一環と
して導入されたものであり, 今後も人民元の一段高が予想されている現状では,
人民元を米ドル等外貨に交換して運用することの妙味は薄いといわざるをえな
い)。
第二に, 計画の具体化である。 年前半にも, 香港の
( 大 君 ) で あ る 李 嘉 誠 (
) 率 い る 長 江 実 業 有 限 公 司
(
) が, 香港株式市場での人民元建 !" ( !
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:新規株式発行) に踏み切るといわれている。 これによって
運用難が懸念されていた香港オフショア市場の人民元建預金には, 新たな活路
が切り開かれることになろう。 しかし, 新規株式発行による人民元建手取り金
は, 大陸内の不動産投資に向けられるといわれており%), その場合オンショア
とオフショアとの 「内外分離」 原則に大きな風穴が開くことになろう%)。
第三に, 四大国有商業銀行の一つである中国銀行がニューヨーク支店で人民
元米ドルの為替取引を開始したこと−アメリカにおける人民元建取引の決済
) いうまでもないが, このことは人民元高ではなく人民元安を促すことになる。
) 誌の調査では, 年と年の両年において, 中国開発銀行
及び中国輸出入銀行の発展途上国向けの対外投融資額は約億ドルで, 年半
ばから年半ばに世界銀行が行った投融資額&億ドルとほぼ同額であったとい
う。 融資先は, ロシア, ブラジル, ベネズエラ, インド等の石油等資源関連向けで,
世銀よりも有利な融資条件で, 先進国市場依存型経済構造からの転換を図ることを
目的− 「中国主導型グローバリゼーション (
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)」 −にして
いるといわれている。 また対ベネズエラ融資の際には, 人民元建で行われている
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$[])。 いうなればそれは事実上の 「バイ・チャイナ政策」 の効果を狙ったも
のといえよう。
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%) こうして, 人民元建債券市場のみならず, 今後は人民元建株式市場も香港証券取
引所に併設される計画がある。 そのため人民元建金融資本取引が香港金融市場で量
的に拡大すればするほど, ハード・カレンシーとはいえ香港ドルの流通領域は, 所
得流通・一般流通領域に限定されざるを得なくなる。 しかも, そうした流通領域の
内, 生活必需品の多くが大陸からの輸入商品であることを考えれば, 香港ドルの生
き残る道はいよいよ厳しくなるもと予見される。 もっともこの予見は, 中国経済が
危機に陥らないことを前提にしての話であることを付言しておく。
( )
銀行を目指している−である)。 このことが意味することは, アメリカが人民
元の 「国際通貨」 化を目指す中国の外部=周辺国の地位に回り, ニューヨーク
で外国為替取引が開始されたということである。 もとより, 同支店における人
民元米ドルの取引量は限られているし, そこで建てられる為替相場も人民銀
行が介入する上海為替市場の人民元米ドルを基準としている。 しかし, ニュー
ヨークで人民元米ドルの為替取引が開始されたということは, 人民元を対価
に米ドルを売るかどうかのイニシャティブがアメリカ側居住者に移転したとい
うことであり, このことは同時に人民元米ドルの為替相場変動に伴うリスク
をアメリカ側居住者も等しく負担することを意味している)。
こうして国際的金融資本取引の 「自由化」 が徐々に着手され, 香港オフショ
アの人民元建市場が掲げた 「内外分離」 原則にも今後大きな変化が生まれてこ
よう。 そして最後は A株市場等金融資本市場の対外開放と人民元米ドル為替
取引 「自由化」 となろうが, その時点において
オフショア
市場・香港の存在
意義は消失することになろう。
以上からみても, オフショア市場取引だけでは, 一国の国民通貨が 「国際通
貨」 に転成したことには決してならないこと, したがって国際的金融資本取引
の 「自由化」 のためには, 併せて為替取引の全面 「自由化」 を伴い, その結果
「内外分離」 型ではなく, 「内外一体」 型の人民元建国際金融市場が成立せねば
ならないということは明らかである。 そして, この段階で初めて人民元建国際
) []個人については, 一日米ドルを限度に, また貿易取引に結びつい
た人民元米ドル為替取引の場合には制限はなくなった。 もっとも, 人民元の中国
向け送金の原資は, 事前に中国から同行支店銀行口座宛に送金された人民元か, 同
行支店で米ドル売人民元買によって得られた資金に限定され, 送金者と受取人は
同一名義人を原則とすること, 開設された人民元建預金からの小切手振出は認めら
れていないこと等, 細かな規制が敷かれている。
) この現実は, 本稿で記した 「鼎立不可能命題」 支持者にとって, どのように映
るであろうか。 今後ニューヨークに人民元米ドルの為替市場が形成されるように
でもなれば, 為替相場変動に伴う調整リスクは当面上海とニューヨークの両岸で負
担されることになり, その最終的な調整負担をどうしていくのか, 国際的取り決め
が必要となってこよう。
( )")
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
流動性は 「国際通貨」 として流通することになろうが, この段階に至るまで一
体いか程の時間を要し, その間いかなる事態が待ち受けているのか), 現時点
での予測は極めて困難である。
もっとも, 通説と異なって本稿の結論は, この段階に至るや, 人民元米ド
ル為替取引は, 上海為替市場ではなく, 中国外部の周辺諸国において行われる
ことになり, そこで建てられる為替相場制度の選択はその外部=周辺国が決定
すべきことになるという点である)。 そうした外部=周辺国の第一号国にアメ
リカが選ばれ, それも中国首脳の訪米直前に決定されたところに, 深謀遠慮の
外交術策を看取するのは牽強付会に過ぎようか。
英語資料
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) 現実の歴史は決して一直線には進まない。 最近では, 人民元建香港オフショア市
場の急速な発展を懸念し, 「内外分離」 原則の厳格化を求める声も聞こえてくる。
例えば, "!年1月1日, 香港で開催された 「アジア金融フォーラム (
2
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&)」 において, 全国人民代表大会の成思危元副委員長は, 香港で起
債された人民元建債手取り金の大陸内への流入を懸念する発言を行っている。 もと
より, 香港オフショア市場での人民元建債券発行手取金が大陸内に還流しないとな
れば, 香港オフショア人民元建債券市場の意義はなくなり, ひいては人民元建預金
市場−人民元建貿易決済にも影響が出てこよう。 このことは逆に, オフショア金融
市場の自立的発展をもって一国国民通貨の 「国際化」 と称するにしても, 当の国民
通貨建流動性管理=通貨価値の安定こそが, 中央銀行にとっては最も政策プライオ
リティの高い案件であるし, 通貨価値の安定なしには通貨流通の根拠を語りえない
ことを意味しよう (.
3 4
[)])。
) もし人民元が国際通貨となった場合, いわゆる 5
らのいう 「原罪
(4
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)」 を今度はアメリカが抱え込むことになる。 すなわち, 自国通貨建=
米ドルではなく主として外貨建−この場合人民元建−で, しかも銀行借入の短期資
金 (主として銀行借入れ) でしか海外から資金を調達できないという制約を受ける
ことになる。
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(ニュース記事が署名記事の場合には執筆者の名前で, 署名がない記事の場合には, ソー
ス・メディアの名称でリスト・アップしている。)
中国語資料
中国人民銀行 [3] 「
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)333.
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)333.C.
3D
中国人民銀行 [33]
中国貨幣政策執行報告
年第二季度。
中国人民銀行 [3C]
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日本語資料
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!
"
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研究所, )年7月。
平勝廣 [3] 「国際業務と多国籍銀行」 [鈴木芳徳編著
銀行論講義
新評論, .)
年,
第4章所収, −3ページ]
平勝廣 [3)] 「外国為替・貨幣取引資本・貨幣信用」 [同
最終決済なき国際通貨制度
ミネルヴァ書房, 年, 第2章]。
平勝廣 [3.] 「国際通貨の貨幣的基礎」 [同
最終決済なき国際通貨制度
!"#
ミネルヴァ書
( )
人民元 「国際化」 と香港オフショア市場の役割
房, 年, 第4章]。
稲垣博史 [] 「急増する香港の人民元預金−香港への影響は限定的−」 みずほアジア・
オセアニアインサイト
(みずほ総合研究所) 年5月。
木村爽 [] 「加速する元建てクロスボーダー決済−人民元国際化へ向けて−」
三井物
産戦略研究所レポート , 年月。
村瀬哲司 [] 「香港人民元オフショア市場と中国経済へのリスク」 , (財) 国際通貨研究所, 年月。
野村資本市場研究所 []
中国の人民元国際化に向けた動きに関する調査 (財務省委
年月。
託調査)
李 [] 「人民元の台頭とアジア化・国際化戦略」 [上川孝夫・李暁
日中の対話
世界金融危機
春風社, 年, 第5章所収]。
高木暢哉 [] 「通貨の価値について」 [同
現代不換通貨の価値
未来社, 年, 第
四章所収]。
鳥谷一生 [] 「円の
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国際化
の現状と限界」 [内田勝敏編著
国際化のなかの日本経
ミネルヴァ書房, 年, 第9章所収]。
鳥谷一生 [] 「外国為替銀行の生成・展開と国際決済」 [同 国際通貨体制と東アジア
ミネルヴァ書房, 年, 第2章所収]。
鳥谷一生 [] 「国際通貨ドルの流通根拠論争」 [同
国際通貨体制と東アジア
ミネル
ヴァ書房, 年, 第3章所収]。
植田賢司 [] 「人民元国際化の課題」
(財) 国際通貨研究所,
年8月。
呉暁求 [] 「国際通貨体制改革:一極型の維持か多極型への移行か」
場研究
許家屯 []
(公益財団法人野村財団) 年 号所収。
香港回収工作 (上)
ちくま文庫, 年。
季刊中国資本市
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