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人口減少社会における持続可能な都市づくり

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人口減少社会における持続可能な都市づくり
特集 ● 人口減少社会における「地方の再生」
対談報告
人口減少社会における持続可能な都市づくり
― 都市型コミュニティの形成に向けて ―
【対談者】
広井良典氏(千葉大学 法経学部 教授)
[学陽書房、2008 年]著者/民間都市開発推進機構 都市研究センター 研究員)
久繁哲之介氏(『日本版スローシティ』
【司会進行】
本誌編集部
ここでは、「人口減少社会における持続可能な都市づく
り」をテーマに、ご対談いただきました。
広井氏は、今後の世界あるいは地球社会が向かおうとし
ている社会のあり方として、
「グローバル定常型社会」※
を提唱し、その中でのローカル(地域)の重要性につい
て研究されています。一方、久繁氏は、これまで公私双
方で数多くの国内外の都市を訪れ、実際にまちを歩いて
得た実体験に基づきながら、都市研究に取り組まれてい
ます。
そうしたこれまでのご経験を踏まえ、それぞれのお立場
から、お 2 人に当テーマに対する思いを語り合っていた
だきました。
2009 年 5 月 27 日、三菱総合研究所にて
※ 現在の地球社会は、経済成長の究極の源泉である需要そのものが成熟ないし飽和状態に達しつつあり、同時に人口や資源の‘定常性’が求めら
れている。人々が「成長し続けなければならない」と願い、また、それが実現可能であった成長時代から発想の転換が求められる社会である。
当たり前のことを見直す
本質である会話やコミュニティが欠落して、顧客
本誌 ● 日本の近代化は欧米へのキャッチアップと
にそっぽを向かれるケースが多く見られます。 好
して進められてきましたが、都市づくりや地域づ
例が本質の欠落した野菜直売で、とれたて野菜を
くりの面で限界がきているといえます。
安く売るだけなら、大資本スーパーにすぐ「真似」
久繁哲之介(以下、久繁)● キャッチアップの典型手
されて価格面で負けてしまいます。
法に真似があります。 キャッチアップに限界があ
広井良典(以下、広井)● 日本社会は、飛行機が離陸
るのでなく、真似ばかりだから限界に直面してい
するように欧米にキャッチアップしてきました。
ます。 しかも、欧米(見本)の「表面だけを真似」
日本的なもの、伝統的なものを忘れていった、も
して「本質に気がつけない」ことが、日本のまち
しくは否定してきた側面があります。 キャッチ
づくりでは多々みられます。 それが、地方都市衰
アップや離陸というのは言い換えれば経済成長で
退の大きな要因です。
すが、もはや右肩上がりの経済成長を期待できな
スローフードの本質は、
「身近な大切な人と、余
い定常型社会にある今、今後は飛行機の着陸にあ
計な気と金を使わず、ゆっくり楽しい時間を過ご
たる、伝統的なもの、当たり前のことを見直して
す」で、その媒体(潤滑油)に最適なのが食です。
いくことが求められています。
この媒体部分の「食」は、地産地消や地域経済循環
など利益を伴いながら発展しました。 日本人がス
スローフードの原点
ローフードを見聞すると、
「本質」に気がつけず、
本誌 ● スローシティ、スローフードについて、も
「利益を生む媒体部分(食)」ばかりに注目します。
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う少しお聞かせください。
その結果、地方都市がスローフード事業を展開し
久繁 ● スローフード運動初期、1990 年頃のイタ
ても、地産地消で利益を上げることにだけ熱心で、
リアと日本のカップル行動を比較するとわかりや
自治体チャンネル No. 115 20 09 特 集
すい。イタリアは飲食店でゆっくり過ごし、2 人で
い、大都会への憧れが強いようです。 地方都市で
数千円のデート。 余計な気と金を使わない持続可
元気なところは、市民に地域への愛着を感じます。
能な関係です。 飲食店でイタリア男性の何人かが
広井 ● まさにそのとおりで、まちづくりの議論も
パートナーに、「おいしい食事と君さえいれば、
ベースに地域への愛着やコミュニティ意識がない
他には何もいらない。後はたまに AS ローマ(地元
と、結局、表面的なハードだけのものになってし
のサッカーチーム)の応援を一緒にできたらいい
まいます。2007 年に全国の自治体を対象に行った
ね」と話していました。 この言葉に、スローフー
アンケート調査でも、コミュニティの課題として
ドの原点がすべて凝縮されています。 地元の食と
一番にあげられたのは、地域への帰属意識や愛着
恋愛とサッカーがあれば、地元で余計な気と金を
が希薄ということでした。
使わない、だけど熱く幸せに過ごせます。
久繁 ● 地域への愛着がある都市には、地域に誇れ
一方、日本は飲食店にもプレゼントにもブラン
る食やスポーツチームがあります。 たとえば新潟
ドが付加され、2 人で数万円もかかり、余計な気と
では、J リーグの地元サッカーチームの活躍によ
金を使う「持続不可能な勝負」のようなデート。
り、若者を中心に地域への愛着が高まっていま
広井 ● 日本人は、根本的なところである種の不安
す。 その動向を見たサッカーチームの生みの親で
があり、走り続けてきたところがあります。 しか
ある地元の名士が、街中に専門学校をつくったこ
し、大学生など若い世代を見ると、ファストから
とで、商店街に客が戻るなど、界隈が賑わうよう
スローへの動きは徐々に出てきていると感じます。
になりました。 民間の人が、市民のニーズや夢を
久繁さんは著書『日本版スローシティ』で日本の
追求した結果、まちに賑わいが生まれています。
今後の都市のあり方を示されていますが、最終的
広井 ● 今、グローバル化ということから、地域へ
に「ファストからスロー」と「クローズドからオー
の愛着という話が出てきました。 これらグローバ
プン」という 2 つが重要と思います。高度成長期は
ル化と、ローカル化というか先に着陸と言ったこ
ファストで、クローズドでした。 スローであり、
とが、どのような関係になっていくのかが今後の
開放型である、その両方が今後の日本の都市のあ
日本の課題としてあります。
り方といえます。
やや抽象的ですが、空間的な役割分担を考えて
久繁 ● スローフードで注目すべきは地域経済循環
いく必要があると感じます。 つまり、ローカル化
の高さです。 アメリカのオースチンで行った調査
していい部分とグローバル化していい部分を分け
によると、100 ドルの消費のうち地域内で再消費
る必要があるのではないでしょうか。 たとえば、
される割合(地域経済循環率)は、グローバル企
食やケア(福祉・介護)はローカルな部分です。エ
業の出店では 13%、地元の小売店では 45%です。
ネルギーの分野では、自然エネルギーはできるだ
地産地消のスローフードでは80%以上も可能です。
けローカルにということがある一方で、それ以外
はナショナル、リージョナルと広域的に考えてい
グローバルとローカルの空間的な役割分担
く必要があります。 また、情報の分野では、注目
本誌 ● グローバル化の中で、イタリアはグローバ
される領域はグローバル化にあたります。 さら
ル企業も育てながら、同時にスローフードの素敵
に、私が「時間の消費」と呼ぶコミュニティや自
な世界も持ちます。 一方、久繁さんの著書で日本
然、伝統への志向は、ローカル化のベクトルが強
はファストシティ[*1]化しているとのことで、こ
くなっています。
の両者の違いはどこから生じているのでしょうか?
久繁 ● ファストシティ化、衰退している地域の特
言い訳と居場所を用意する
色として、行政を含む市民が地域を愛していな
本誌 ● 今後の日本の都市づくり、地域づくりに対
*1
スローシティが「感性、哲学、ゆとり」を重視して地域固有の文化・風土を回復・創造するのに対し、ファストシティは「可視、論理、効
率」から造られる均質化した都市。
特 集 自治体チャンネル No.
115 20 09
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葉県柏市は、これを特定保健指導の指定運動施設
に認定し、それで月会費が安くなったことで主婦
の人気を集め、周辺の商店街が賑わうようになり
ました。 これは、保健事業を民間のフィットネス
クラブに適用することにより、結果として街中が
活性化した事例で、これからのまちづくりや行政
のあり方のヒントになります。
広井 ● 福祉政策や健康・医療政策、都市政策は、
縦割の状態で、今後いかに統合・融合していける
かがポイントです。 行政の各部局がマインドや視
久繁哲之介 ● ひさしげ・てつのすけ
『日本版スローシティ』
(学陽書房、2008 年)の著者。 大学卒業
後、日本アイ・ビー・エムに入社。 主にマーケティングを担当
し、公私で国内外の都市を巡歴。欧米の都市と日本の都市の違い
を実感し、都市問題の研究を志す。1994 年より、民間都市開発
推進機構に勤務。地方のまちづくりに関する講演に奔走中。
点を改めていくことが必要ですが、そのための方
策として「持続可能な福祉都市」など、福祉政策
と都市政策をあわせた共通の理念・コンセプトを
持つことが重要です。
その他、地方の再生や地域の持続可能性の方向
し、行政にはどのような視点が必要でしょうか?
付けとして、地域経済循環やその他の経済、福祉、
久繁 ● 東京でも地方でもある程度の大きさの公園
環境など地域の状態を示す指標のようなものがあ
では、朝、ラジオ体操にかなりの人が集まり、コ
ればいいと思います。
ミュニティの場になっています。 ここで重要なの
久繁 ● 確かに、数値化すると目標設定に便利なの
は、ラジオ体操には健康づくりという、そこに来
ですが、一方で、定常型社会では数値化にこだわ
る言い訳が用意されていることです。 また、こう
らない方がいいという思いもあります。 たとえ
した公園のようなところが少なく、居場所争いが
ば、ラジオ体操に高齢者が参加するのはなぜか。
起きていることも課題の 1 つです。
そこに集まる仲間との対話や関係性を求めている
広井 ● コミュニティを促進するためには、言い訳
からです。 自分を認めてくれる存在が欲しいとい
とセットで居場所が必要です。 先に紹介したアン
う自己承認欲求です。 こういう数値化できない部
ケート調査でコミュニティの拠点を尋ねたとこ
分が重要なのです。
ろ、1 位が学校、2 位が福祉医療施設、3 位が自然
関係で公園などとなっています。 関連して 2008
都市型コミュニティの形成に向けて
年に実施したアンケート調査によると、自治体は
本誌 ● 最後に、読者である全国の自治体の方に
公有地を持て余しており、それを活用して居場所
メッセージをお願いします。
となる場をつくっていくことが考えられます。
久繁 ● まず、東京など大都市や成功事例の表面ば
また、高齢者は地域とのつながりが強く、まち
かりを真似するのはやめましょう。 東京や郊外に
づくりの面で高齢化はプラスの側面もあります。
はない魅力を街中に創る。 その魅力は、地元市民
都会の団地は都市型限界集落の問題が言われてい
が愛着を持てるものを選び育むこと。 こういう本
ますが、高島平団地など近くにある大学が部屋を
質こそ、イタリア三本柱を見倣うといい。3 つの
借りて学生を住まわせ、世代間のコミュニケー
魅力とは、地域に根づいた食、スポーツチーム、
ションや交流を図っている事例があります。
人間関係つまりコミュニティです。
久繁 ● 街中の交流の場として注目しているのが、
次に、アンケート調査結果の最大値など数値に
サーキット型フィットネスクラブ[*2]です。 千
基づく地域(施設)づくりはやめましょう。イタリ
*2
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約 10 台のマシンを輪状に並べ、おしゃべりをしながらトレーニングを楽しむ、簡易フィットネスクラブ。
自治体チャンネル No. 115 20 09 特 集
ア三本柱に代表される「市民の愛着」は、アンケー
ト(数値)での把握は困難です。たとえば、地方都
市の街中に欲しい施設を市民にアンケートで聞く
と、最大値は商業施設か駐車場。 この結果を盲目
的に信じて施設を建設しても、利用度はきわめて
低い。なぜなら、消費行動は「市民の感覚、愛着」
に大きく左右されます。
市民に「まちへの愛着がない」なら、単に施設を
造っても、利用(愛着)度が低いのは当然です。新
潟の事例が示すように、まちづくりの手順は、ま
ず「市民のまちへの愛着」を高める。それを感覚で
掴み、最後に愛着を生かす施設を造る。 施設建設
は最後です。
広井 ● 日本社会は、初めて「都市型コミュニティ」
広井良典 ● ひろい・よしのり
千葉大学 法経学部 教授。専門は、社会保障・環境・医療分野を
中心とする公共政策および科学哲学。厚生省
(現:厚生労働省)
勤務
を経て、1996 年千葉大学助教授、2001 年マサチューセッツ工科
大学客員研究員、2003 年より現職。 著書は数多く、本年 8 月に
筑摩書房より『コミュニティを問いなおす』刊行予定。
という問題に直面しています。 ドイツの社会学者
マックス・ウェーバーは、都市は団体(まとまり)
るのか。 独立した個人がつながるという方向であ
と市民(身分)という 2 つの側面を持つと述べて
り、これは難しい、息の長い課題ですが、拡大・
いますが、現在の日本の都市ではいずれもまだ希
成長の時代の後のこれからの日本社会が 10 年、
薄です。 農村型コミュニティとは違う都市型コ
20 年をかけて取り組んでいくべき最も重要なテー
ミュニティとして、今後日本は会社や家族に代わ
マだと思います。
るどのようなコミュニティをどのように形成でき
対談を終えて オブザーバーとして一言(三菱総合研究所 2009 年度自治体等研修生:氏名五十音順)
その土地のことを知るならタクシードライバーに聞け、
今回の対談を通じて、魅力ある自治体の構築には「グ
という話がありますが、それを地で行く久繁先生のお話で
ローカル」
(グローバルとローカル)な視点を持つことが必
した。 アンケートの数字で浮かび上がってくる表面的な
要なことを学びました。 地縁社会から都市社会への移行
ものよりも、生の声を聞いて、その根本にあるものを探る
過程で希薄化する「地域愛」をいかに呼び起こすか。持続
感覚を持って、というところが印象深かったです。
可能な社会を目指すうえでのキーワードだと思います
新江由美 派遣元:大田原赤十字病院
「湘南や丹沢に出かけるだけで幸せ」と、地域への愛着
森木宏和 派遣元:川崎市
対談の場に立ち会い、著作や論文では読み取るのが難し
は人一倍強いのですが、住民ニーズを「感覚で感じ取る」
い「ナマの考え方」を感じることができました。百聞は一
把握力はまったく足りないと反省しました。願わくは、住
見に如かずのとおり、主張への思いやスタンス等を感じ、
民ニーズを感じ取りつつも、御用聞きに終わることなく、
著書と人を重ねることができました。この点を誌面でお
愛着が増すまちづくりに携わりたいと思います。
伝えすべく、必撮・必通の信念で写真を撮りました。
佐藤真日美 派遣元:神奈川県
保田 亮 派遣元:防衛省
今日のお話を伺って、住民が都市に愛着や誇りを持てる
かが、都市の繁栄衰退を左右する 1 つの大きな要素と感じ
ました。 地域独自の食や文化などをどのように都市に生
かしていくのか、住民の視点で考え、取り組んでいくこと
が、我々自治体職員の重要な使命だと思います。
谷山修一 派遣元:埼玉県
写真左より、佐藤、新江、谷山、保田、森木
特 集 自治体チャンネル No.
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