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高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論

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高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論
高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論
本 田 豊
はじめに
勘定」が以下のようにモデル化される。
(1)基礎年金勘定
本格的高齢化社会をむかえる中で、社会保障費の増大
が財政支出に与える影響が危惧されている。一方、長期
基礎年金勘定ではまず、歳出サイドの基礎年金給付費
的景気停滞を支えるため赤字国債が大量に発行され、国
総額が決まる。基礎年金給付費総額は、基礎年金給付費
債の発行残高は327兆円(1999年度当初予算見込み)に
と基礎年金相当給付費繰入及交付金の和である。
達するなど、財政赤字問題は深刻の一途をたどっている。
1986年基礎年金が導入されて国民年金制度が新しい制
財政再建を前提に、高齢化社会に伴う財政負担をいかに
度に移行したが、基礎年金給付費は、新しい制度の適用
確保していくかはきわめて重要な政策課題になってい
者に給付される基礎年金であり、基礎年金相当給付費繰
る。
入及交付金は、旧制度のもとで国民年金として給付され
てきたものを示している。
このような政策課題に取り組む準備作業として、高齢
化社会が財政構造に与える効果を分析できるシミュレー
基礎年金給付費を65歳以上人口、基礎年金相当給付費
ション用モデルを構築し、高齢化社会への積極的対応と
繰入及交付金を該当する年齢人口で除した、それぞれの
財政再建の両立可能性についていくつかのシナリオ分析
一人あたり給付費の実績値は次のとおりである。一人あ
をおこなうことが本論文の目的である。
たり平均給付費は、基礎年金総額の実績値を65歳以上人
口で割った値である。
第1章 シミュレーション用モデルの構築
1995年 1996年 1997年
一人あたり基礎年金給付費(万円) 80.04 75.42 72.88
高齢化社会に伴う社会保障費の増大が財政支出に与え
る影響を分析する場合、年金、医療、介護の3つの保険
一人あたり基礎年金相当給付費
をモデル化することが必要になる。本論文では、年金に
繰入及交付金給付費(万円)
ついては国の特別会計である国民年金特別会計から「基
一人あたり平均給付費(万円)
52.32 53.67 52.87
60.22 61.17 60.89
礎年金勘定」及び「国民年金勘定」を、厚生保険特別会
計から「年金勘定」をモデル化する。医療費については、
一人あたり基礎年金相当給付費繰入及交付金は、比較
厚生省大臣官房統計情報部編「国民医療費」をもとに、
的安定した値を示している。そこで、基礎年金相当給付
介護については、厚生省が各地方自治体に示している介
費繰入及交付金の将来推計値については、1997年度の一
護保険料の試算例をもとにモデル化する。尚、財政再建
人あたりの値を将来に伸ばし、それに将来の該当する人
を議論するためには、長期的財政構造を分析できるフレ
口推計値を乗ずることによってもとめる。
一方、一人あたり平均給付費も比較的安定している。
ームワークが必要となるが、本論文では、大蔵省が毎年
予算編成時に示している「中期財政試算」の方法論を用
これは、この給付対象者には繰り上げ支給を受けている
いる。
64歳以下の者を含んでいるがトータルで見た場合、その
数は現段階では少ないためと考えられる。しかし、一人
あたり基礎年金給付費は、安定しているとは言い難い。
1節 年金ブロックのモデル化
年金ブロックでは、国民年金特別会計の「基礎年金勘
これは、64歳以下で繰り上げ支給を受けて入る者を含
定」及び「国民年金勘定」、厚生保険特別会計の「年金
み、65歳以上人口で除した場合、一人あたり基礎年金給
−15−
政策科学7−2,mar. 2000
付費がその影響を受けるためである。したがって、一人
数値に比べて低い値を示している。これは、近年、国民
あたり基礎年金給付費の将来値をどのように設定するか
年金免除率が高くなり、国民年金検認率は低くなった結
が問題となる。
果、国民年金被保険者支払率が、『年金と財政』の予想
そこでまず、安定した値をとる一人あたり平均給付費
以上に、低くなっていることを反映している。
について、1997年度の値をベースに2030年度まで伸ばし、
前述したように、拠出金等収入の各年金制度への按分
それに将来の65歳以上人口推計値を乗じることによって
は、各年金制度の基礎年金拠出金対象者数をもとにした
基礎年金給付総額を決める。次に、一人あたり基礎年金
算定率を若干修正した按分率を使う。これは、「基礎年
相当給付費繰入及交付金(1997年度価格)も安定してい
金勘定」における拠出金等収入には国庫負担分が含まれ
るので、1997年度の値を2030年度までのばし、それに当
ているが、とくに国民年金の場合、特別国庫負担を含ん
該対象の人口推計値を乗じることによって、基礎年金相
でいる。したがって、拠出金等収入のうち国民年金への
当給付費繰入及交付金を決める。その上で、この給付費
按分率は、基礎年金拠出金対象者数をもとにした算定率
を基礎年金給付総額から減ずることのよって、2030年度
より大きくなる。そこで、1997年度の各年金制度の基礎
までの基礎年金給付費の金額を推計、それを将来の65歳
年金拠出金対象者数をもとにした算定率と1997年度の国
以上人口推計値で除することによって、将来の一人あた
民年金特別会計「基礎年金勘定」からもとめた各年金制
り基礎年金給付費(1997年度価格)の時系列データを求
度の案分率の割合を調整係数とした。そして、将来の各
めることにする。歳出の長期見通しは、以下のような定
年金制度の基礎年金拠出金対象者数をもとにした算定率
式化のもとで導出されることになる。
にこの調整係数をかけることによって将来の各年金制度
の按分率を決めた。歳入の長期見通しは以下のように定
歳出=基礎年金給付費総額+諸支出金
式化される。
基礎年金給付費総額=基礎年金給付費+基礎年金
相当給付費繰入及交付金給
歳入=拠出金等収入+運用収入+雑収入
付費
拠出均等収入
基礎年金給付費=当該人口*一人あたり基礎年金
=(国民年金按分率+厚生年金按分率+共済年金
給付費
按分率)*基礎年金給付費総額
基礎年金相当給付費繰入及交付金給付費
但し、国民年金按分率+厚生年金按分率+共済年
=当該人口*一人あたり基礎年金相当給付費繰
金按分率=1
入及交付金給付費
国民年金按分率=調整係数*国民年金算定率
基礎年金給付費総額は主に拠出金等収入で賄われる。
拠出金等収入は、厚生年金、国民年金、共済年金の被保
厚生年金按分率=調整係数*厚生年金算定率
共済年金按分率=調整係数*共済年金算定率
国民年金算定率=国民年金基礎年金拠出金対象者
険者数をもとに算出されるそれぞれの基礎年金拠出金算
数/基礎年金拠出金対象者総数
定対象者数を若干調整した比率で按分した金額の合計と
厚生年金算定率=厚生年金基礎年金拠出金対象者
して求めることができる。
数/基礎年金拠出金対象者総数
各年金保険制度の被保険者数については、『年金と財
共済年金算定率=共済年金基礎年金拠出金対象者
政』の「第5−5表 被保険者数の将来見通し」を用い
数/基礎年金拠出金対象者総数
た。但し、ここで示されているデータは、旧将来人口推
国民年金基礎年金拠出金対象者数
計に基づいているので、新しい将来人口推計に対応する
=国民年金被保険者支払率*第1号被保険者数
ため、調整係数をもとに若干修正した。
国民年金被保険者支払率=(1−国民年金免除
基礎年金拠出金対象者は、『年金と財政』に示されて
率)*国民年金検認率
いる方法によって算出した。国民年金の基礎年金拠出金
厚生年金基礎年金拠出金対象者数
対象者数については、1997年度の国民年金被保険者支払
=厚生年金第2号被保険者数(20歳以上60歳未
率を将来にのばし、それに第1号被保険者数の将来推計
満)+厚生年金第3号被保険者数
値を乗じてもとめた。その推計値は、『年金と財政』の
−16−
高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論(本田)
共済年金基礎年金拠出金対象者数
収入
=共済年金第2号被保険者数(20歳以上60歳未
歳出=基礎年金勘定へ繰入+独自給付費+諸支出金+
満)+共済年金第3号被保険者数
業務勘定への繰入
(2)国民年金勘定
年度末積立金=前年度積立金+歳入歳出差引
国民年金の歳入と歳出は次のように定義される。
運用収入=前年度積立金*運用利回り(運用利回りは
4%(1997年度実績)を仮定)
歳入=保険料収入+一般会計より受入+基礎年金勘
(3)厚生年金勘定
定より受入+運用収入+雑収入
厚生年金勘定の歳入歳出は以下のように定義される。
歳出=国民年金給付費+基礎年金勘定へ繰入+諸支
出金+業務勘定への繰入
歳入=保険料収入+国庫負担金(給付費)+制度調
整勘定より受入+基礎年金勘定より受入+運
歳入項目のうち、「基礎年金勘定より受入」は、いわ
用収入+その他の収入
ゆる「みなし基礎年金」として基礎年金勘定から移転さ
歳出=保険給付費+制度間調整勘定へ繰入+基礎年
れる交付金を示し、これは歳出の項目である「国民年金
金拠出金+業務勘定繰入+その他支出
給付費」として支出されるので、基本的に「基礎年金勘
定より受入」=「国民年金給付費」となるはずである。
歳入を規定するおもな項目は、「保険料収入」、「国庫
しかし現実には、「国民年金給付費」が「基礎年金勘定
負担金」、「運用収入」、「基礎年金勘定より受入」等であ
より受入」の金額より大きくなっている。これは、「国
る。歳出では、「保険給付費」と「基礎年金拠出金」で
民年金給付費」に「みなし基礎年金」以外に国民年金の
ある。そこで、
「独自給付費」が含まれているためである。即ち、「独自
その他純支出=(制度間調整勘定へ繰入+業務勘定繰
給付費」=「国民年金給付費」―「基礎年金勘定より受
入+その他支出)−(制度調整勘定より受入+その他の
入」の関係がある。
収入)とおいて、
「保険料収入」は、次のように定義できる。
歳入=保険料収入+国庫負担金(給付費)+基礎年金
保険料収入=保険料月額*12*物価指数* 国民年金基
勘定より受入+運用収入
礎年金拠出金算定対象者数
歳出=保険給付費+基礎年金拠出金+業務勘定繰入+
(但し、保険料月額は1996年価格、物価指数は、1996
その他純支出
年=1)
と再定義する。
「一般会計より受入」は、基礎年金拠出金の3分の1
歳入項目のうち、「保険料収入」は、保険料収入=保
にあたる国庫負担とそれ以外の「特別国庫負担」の和か
険料率*平均標準報酬額*第2号被保険者数*12
らなる。ここでは、簡単化のため、国民年金に対する国
但し、この式で求めた保険料収入と特別会計における保
庫負担率を、「1997年決算書」の数字をもとに、
「国民年
険料収入の実績値には差が生まれる。これは、厚生年金
金の基礎年金拠出金分」に占める「国民年金勘定におけ
保険の被保険者で同時に厚生年金基金に加入している者
る一般会計からの受入(給付に関する)」の割合とし
は、厚生年金保険の保険料の一部が免除されることを反
た。
映している。以上のことを勘案して、上式でもとめた保
「基礎年金勘定へ繰入」は、基礎年金給付費総額のう
となる。
険料収入に一定の調整係数を乗ずることによって免除分
ち国民年金の拠出分(即ち「国民年金の基礎年金拠出金
を差引き、調整後の保険料収入を求めることにする。
分」)に等しい。
「基礎年金勘定より受入」は、次のように定義され
歳入から歳出を差し引いた金額(歳入歳出差引)は、
積立繰入金として積み立てられる。以上の議論をもとに
る。
基礎年金勘定より受入=基礎年金相当給付費繰入及交
国民年金勘定を整理すると、次のように定式化される。
付金給付費*同給付費のうち
歳入=保険料収入+一般会計より受入+運用収入+雑
厚生年金への給付割合
−17−
政策科学7−2,mar. 2000
基礎年金勘定において基礎年金相当給付費繰入及交付
級別医療費が示されている。この表をもとに、0歳から
金給付費(みなし基礎年金)が求められる。このうち厚
14歳、15歳から44歳、45歳から64歳、65歳から69歳、70
生年金に給付される割合を求めるためには、旧年金制度
歳以上の5つの階級に分けて、それぞれの階級一人あた
下の厚生年金受給者の時系列データを必要とするが、直
りの一般医療費及び歯科医療費の初期値(1997年度)を
接的にそれらのデータを手に入れることができない。そ
設定して、それに年齢階級別の将来人口推計値を乗ずる
こでここでは、『年金と財政』にある「第5-19表 基礎
ことによって、一般医療費及び歯科医療費の将来推計値
年金交付金の見通し」を用いて、基礎年金交付金のうち
をもとめる。その他の医療費(薬局調剤医療費、入院時
厚生年金に按分される割合で代替する。
食事医療費)は、外生的に決定する。
歳出項目のうち、「保険料給付費」は、保険料給付
ところで、年齢階級別一人あたり国民医療費の最近の
費=一人あたり受給額*厚生年金受給者数 で求めるこ
動向をみると(表1参照)、よく言われるように高齢者
とにする。厚生年金受給者数に関する時系列データにつ
の一人あたりの医療費が高いことは明白である。特に、
いては、『年金と財政』にある「第5-11表 厚生年金受
70歳以上の一人あたりの医療費は約65万円であり、これ
給者数及び成熟度の将来見通し(改正案)」より求める。
が高齢化社会における医療費高騰の主な原因いわれる所
但し、ここで示されているデータは、「平成4年度将来人
以である。しかし、一方、一人あたりの医療費は、高齢
口推計」に基づいているので、これを「平成9年度将来
者も含めて最近は安定してきていることに留意すべきで
人口推計」で調整して求める。
ある。物価上昇の範囲で一人あたり医療費は推移してい
「基礎年金拠出金」は、「基礎年金勘定」で決定され
ることは注目に値する。
る。歳入から歳出を差し引いた金額(歳入歳出差引)は、
表1 年齢階級別一人あたり国民医療費(単位:万円)
積立繰入金として積み立てられる。
0から
15から
45から
65から
70歳
14歳
44歳
64歳
69歳
以上
1995年度
6.94
7.11
19.62
35.75
63.99
1996年度
7.57
7.23
20.07
37.03
65.93
1997年度
7.66
7.13
19.69
37.08
65.27
年度末積立金=前年度積立金+歳入歳出差引
運用収入=前年度積立金*運用利回り(運用利回り
は、4.69%(1997年度実績)を仮定)
2節 国民医療費ブロック
厚生省大臣官房統計情報部編「国民医療費」の「第6表
診療種類別国民医療費・構成割合の年次推移」によると、
以上のような手続きによって求めた国民医療費は、
「第4表 財源別国民医療費の年次推移」によると、公
国民医療費合計=一般診療医療費+歯科診療医療費+
費(国庫及び地方)、保険料、その他(主に患者)によ
薬局調剤医療費+入院時食事医療費+老人保健施設
って負担されることになる。国庫、地方、保険料、患者
療養費+老人訪問看護医療費+訪問看護医療費
それぞれによる負担率は比較的安定した値をとってお
り、初期値(1997年度)の負担率を将来に伸ばすことに
と定義される。介護保険制度が導入されると老人介護に
よって、将来の国庫負担を推計することができる。最近
関する医療費が同制度に移行するので、そのことを勘案
の動向では医療保険の収支悪化を反映して、保険の負担
して次のように定義する。
区分が減り、その分地方及び患者負担の割合が増えてい
るのが特徴である。その中でも国庫負担率は一定である。
国民医療費合計=一般診療医療費+歯科診療医療費+
薬局調剤医療費+入院時食事医療費+老人介護医療費
(表2参照)
老人介護医療費=老人保健施設療養費+老人訪問看護
表2 国民医療費の負担区分
医療費+訪問看護医療
国 庫
地 方
保 険
患 者
1995年度
0.242
0.075
0.564
0.119
1996年度
0.242
0.077
0.561
0.119
1997年度
0.242
0.078
0.54
0.138
老人介護医療費は2000年度以降ゼロになる。
「第7表年齢階級別国民医療費」では、国民医療費の
大半を占める一般診療医療費と歯科診療医療費の年齢階
−18−
高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論(本田)
3節 介護保険制度ブロックのモデル化
料が決定される。
介護保険制度ブロックのモデル化は、厚生省が各地方
以上のような手続きにより、年金保険ブロック、医療
自治体に示している介護保険料の試算例をもとに、まず、
費ブロック、介護保険ブロックそれぞれから国庫負担額
施設入所給付見込年額及び在宅給付見込年額を次のよう
が求められ、その合計額が財政ブロックの社会保障費に
に定式化する。
リンクし、財政構造に与える影響を分析することを可能
にする。
施設入所給付見込年額合計=特別養護老人施設給付見
込年額+老人保健施設給付見込年額+療養型病床
4節
群給付見込年額
財政ブロックのモデル化
歳出及び歳入は次のように定式化される。
特別養護老人施設給付見込年額=出現率*65歳以上
人口*暫定月額*12
歳出=国債費(利払い+元金償還)+一般歳出+地方
老人保健施設給付見込年額=出現率*65歳以上人口*
交付税等
暫定月額*12
一般歳出=社会保障費+文教科学振興費+防衛関係
療養型病床群給付見込額=出現率*65歳以上人口*暫
費+公共事業関係費+経済協力費+中小
定月額*12
企業対策費+エネルギー対策費+その他
在宅給付見込年額合計=要介護度別出現率*65歳以
歳出
上人口*要介護度別暫定月額*12*在宅基盤整備
社会保障費=社会保障費増分+前年度社会保障関
率*(1+上乗せ率)
係費
給付見込年額合計=施設入所給付見込年額合計+在宅
利払い=利子率*前年度公債残高
給付見込年額合計
歳入=税収+その他収入+公債金収入
税収=名目経済成長率*税収の所得弾性値
ここで出現率は全国レベルの数字であり、厚生省「介
公債金収入=歳出―歳入(公債金収入を除く)
護保険制度Q&A集(第1部)」(平成9年7月)で示さ
年度末公債残高=前年度公債残高―元金償還額+公債
れた値を採用する。尚、在宅給付見込年額を計算する時
金収入
の介護サービスの種類別基盤整備率を加重平均した値を
在宅基盤整備率として40%、上乗せ率8%と仮置きして
社会保障関係ブロックで決まる国庫負担額の増分が社
いる。(表3参照)
会保障費増分となり、前年度の社会保障関係費に付加す
ることによって本年度社会保障費が求まる。社会保障費
表3 介護保険に関する基本データ
施設入所
は他の歳出項目と共に一般歳出を構成し、それに国債費
特別養護老人 老人保健施設 療養型病床群
(利払い+元金償還)と地方交付税等を足して歳出が決
出現率(%)
1.326
1.152
0.786
まる。歳入は税収、その他収入、公債金収入の和である。
暫定月額(万円)
31.5
33.9
46.1
公債金収入は歳出―歳入(公債金収入を除く)と定義さ
れ、前年度公債残高―元金償還額+公債金収入が本年度
在 宅
出現率(%)
暫定月額(万円)
要支援 要介護1 要介護2 要介護3 要介護4 要介護5
末公債残高となる。
6.081 0.169 0.197 0.594 0.964 1.459
6
17
20
26
31
歳入及び歳出の各項目の初期値は、1999年度の当初予
35
算の値を用いる。国債の利子率は、1999年度の実績値
3.8%を将来に伸ばす。
給付見込年額合計の負担は、自己負担、国庫負担、都
「中期財政試算」によると2000年度の国債費は18.3兆
道府県負担、市町村負担、第2号被保険者(40歳から64
円である。1999年度末の国債発行残高は328.8兆円であ
歳)負担、第1号被保険者(65歳以上)負担として、そ
るので、2000年度の利払いは12.43兆円になり、国債の
れぞれに法定按分される。第2号被保険者(40歳から64
元金償還は、5.86兆円になる。以下では、この元金償還
歳)の負担分及び第1号被保険者(65歳以上)負担分は、
額を外生的に与え、将来に伸ばすことにする。税収の所
当該人口数*12で除することによって、それぞれの保険
得弾性値は、1.1と置いている。
−19−
政策科学7−2,mar. 2000
第2章「ベースライン」のシミュレーション分析
2000年度からの介護保険制度導入によって、国庫負担
が増大することになるが、一方、これまでの老人介護関
連の一般会計予算が減少する。老人介護関連の一般会計
1節 「ベースライン」の想定
予算の項目は多岐にわたるが、ここでは老人福祉費のう
将来の日本の財政見通しについてまず、「ベースライ
ち老人保護費(1997年度決算では約4121億円)のみを減
ン」を展望する。「ベースライン」のマクロ経済におい
ずることにする。
ては、名目GDP成長率 2.5%、物価上昇率 1.5% 、賃
国民負担総額を国民所得で除して国民負担率を求める
金上昇率2.5% を想定する。
ことができる。ここでは国民負担総額を国税+地方税+
国民年金保険料(1997年度価格)は『年金と財政』の
国民年金保険料+厚生年金保険料+共済年金保険料+医
数字を採用し、「物価スライド制」を前提とする。厚生
療費(保険料+患者負担)+介護保険料と定義している。
年金保険料率の値も『年金と財政』に基づく。厚生年金
国民負担率=国民負担総額/国民所得
保険料は、保険料率と平均標準報酬額によって決まるが、
国民負担総額=国税+地方税+国民年金保険料+厚
平均標準報酬額は想定により、年率2.5%で上昇する。
生年金保険料+共済年金保険料+医
各年金制度における受給額決定では、「物価スライド制」
療費(保険料+患者負担)+介護保
が導入されている。各年金制度の基礎年金拠出金に関す
険料
る国庫負担率は、拠出金等収入の3分の1である。
表4 国民年金の財政見通し(単位:億円)
保険料収入
一般会計より受入
運 用 収 入
雑 収 入
合 計
1999
20,591
15,077
3,533
48
39,249
2000
21,501
15,706
3,747
49
41,003
2001
22,240
16,261
3,977
50
42,527
2002
22,989
16,728
4,219
50
43,986
2003
23,907
17,367
4,479
51
45,804
2004
24,905
17,888
4,756
52
47,601
2005
25,942
18,613
5,059
53
49,667
2010
28,862
21,188
6,761
57
56,868
2015
33,048
25,408
8,861
61
67,378
2020
38,924
28,645
11,357
66
78,992
2025
45,440
30,756
15,028
71
91,294
2030
48,821
31,363
20,331
76
100,591
基礎年金へ繰入
独自給付費
諸 支 出 金
業務勘定繰入
合 計
1999
32,087
894
335
578
33,894
2000
33,424
908
340
587
35,258
2001
34,606
922
345
596
36,468
2002
35,599
935
350
605
37,489
2003
36,960
949
355
614
38,879
2004
38,068
964
360
623
40,015
2005
39,611
978
366
632
41,587
2010
45,091
1,054
394
681
47,220
2015
54,072
1,135
425
734
56,365
2020
60,960
1,223
457
791
63,431
2025
65,452
1,317
493
852
68,114
2030
66,745
1,419
531
918
69,612
−20−
高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論(本田)
表4 国民年金の財政見通し(つづき)
一人あたり一般医療費及び歯科医療費の上昇率は、全
歳入歳出差引
積立繰入金
年度末積立金
ての年齢階級において物価上昇率に等しい。薬局調剤医
1999
5,355
5,355
93,670
療費の年伸び率は5%、入院時食事医療費の年伸び率は
2000
5,744
5,744
99,414
物価上昇率に等しいと仮置きする。医療費の財源別負担
2001
6,060
6,060
105,473
率は、1997年度の実績値を将来に伸ばす。
2002
6,498
6,498
111,971
2003
6,926
6,926
118,897
自己負担:国庫負担:都道府県負担:市町村負担:40歳
2004
7,585
7,585
126,482
から64歳負担:65歳以上負担=0.12:0.25:0.125:
2005
8,080
8,080
134,561
0.125:0.33:0.17)一般歳出の伸び率は、社会保障費以
2010
9,648
9,648
178,678
外はゼロ%とする強い仮定をおいている。
2015
11,013
11,013
232,538
2020
15,560
15,560
299,473
2025
23,180
23,180
398,869
国民年金の財政見通し(表4参照)では、毎年の収支
2030
30,978
30,978
539,248
バランスを示す「歳入歳出差引」が黒字となるので、
介護保険の負担率は、法定負担率を仮定する。(即ち、
2節 年金制度の財政見通し
2030年度末の積立金は約54兆円にのぼる。
(『年金と財政』
表5 厚生年金財政見通し(単位:億円)
保険料収入
国 庫 負 担
運 用 収 入
基礎年金勘定より受入
合 計
1999
247,747
29,280
60,424
23,426
360,878
2000
253,921
30,740
63,878
22,409
370,948
2001
260,202
32,350
67,080
21,402
381,035
2002
265,836
33,717
69,904
20,348
389,804
2003
271,431
35,192
72,298
19,244
398,164
2004
313,034
36,388
74,235
18,168
441,824
2005
318,918
37,852
77,387
16,994
451,151
2010
385,980
46,155
87,415
11,174
530,725
2015
457,642
56,228
91,634
5,951
611,454
2020
547,775
62,554
94,415
2,323
707,066
2025
606,307
66,550
110,072
484
783,414
2030
657,756
71,090
136,446
0
865,292
受給額
基礎年金拠出金
業務勘定繰入
歳入合計
歳入歳出差引
年度末積立金
1999
197,018
87,841
2,367
287,226
73,651
1,362,013
2000
208,055
92,219
2,403
302,677
68,271
1,430,283
2001
221,338
97,049
2,439
320,826
60,209
1,490,492
2002
235,135
101,151
2,476
338,762
51,042
1,541,534
2003
248,776
105,575
2,513
356,864
41,300
1,582,834
2004
262,909
109,163
2,550
374,623
67,202
1,650,036
2005
274,596
113,557
2,589
390,742
60,408
1,710,444
2010
358,796
138,466
2,789
500,050
30,675
1,894,545
2015
421,006
168,683
3,004
592,692
18,762
1,972,582
2020
461,982
187,661
3,236
652,879
54,187
2,067,299
2025
490,284
199,651
3,487
693,422
89,992
2,436,942
2030
504,812
213,271
3,756
721,840
143,452
3,052,742
−21−
政策科学7−2,mar. 2000
では同年度末で約54兆7000億円であるから、ほぼ同じ動
とがわかる。賃金上昇率や物価上昇率のわずかな想定の
きをしている。)『年金と財政』が想定するような保険料
違いが名目値の積立金等に大きな差をもたらすことに留
を前提とすると、確実に積立金が増えることが確認でき
意する必要がある。
る。国民年金は財政破綻しない。
厚生年金の長期財政見通し(表5参照)では、2030年
3節 国民医療費負担額・介護保険費用負担額の見通し
度の保険料収入は約65兆7000億円で、『年金と財政』で
国民医療費は、2000年度約31兆円であるが、2030年度
は同年度約130兆円であるから、大幅に少ないことにな
には約62兆円で約2倍になる。しかし、この値も厚生省
る。これは主に賃金上昇率の想定に1.5%の差があるこ
等で予想されている値に比べると低いものになってい
とに起因する。(『年金と財政』の場合賃金上昇率は毎年
る。これは、一人あたりの医療費が年齢階級を問わずに
4%を仮定)受給額も大幅に少なくなっている。これは、
物価上昇率に等しいと仮定しているためである。後で述
物価上昇率の差及び受給額は我々の場合物価上昇率のみ
べるように、我々の場合国民負担率がそれほど高くなら
にスライドすると仮定しているためである。2030年度末
ないが、その一つの要因は、以上のような理由による。
の積立金は約305兆円にとどまるが、確実に増大するこ
(表6参照)財源別の負担も、負担率は変化しないと仮
表6 国民医療費の見通し(単位:億円)
一般診療歯科医療費
薬局調剤医療費
入院時食事医療費
老人介護医療費
合 計
1999
273,413
8,508
11,068
10,275
313,264
2000
281,702
19,433
11,234
0
312,368
2001
290,129
20,405
11,402
0
321,936
2002
298,479
21,425
11,573
0
331,478
2003
306,854
22,496
11,747
0
341,097
2004
314,908
23,621
11,923
0
350,452
2005
323,484
24,802
12,102
0
360,387
2010
366,559
31,654
13,037
0
411,250
2015
414,123
40,400
14,045
0
468,567
2020
462,961
51,562
15,130
0
529,653
2025
498,038
65,807
16,300
0
580,145
2030
522,644
83,989
17,559
0
624,192
負 担
国 庫
地 方
保 険
患 者
1999
75,810
24,435
169,162
43,230
2000
75,593
24,365
168,679
43,107
2001
77,909
25,111
173,846
44,427
2002
80,218
25,855
178,998
45,744
2003
82,546
26,606
184,193
47,071
2004
84,809
27,335
189,244
48,362
2005
87,214
28,110
194,609
49,733
2010
99,523
32,078
222,075
56,753
2015
113,393
36,548
253,026
64,662
2020
128,176
41,313
286,012
73,092
2025
140,395
45,251
313,278
80,060
2030
151,055
48,687
337,064
86,139
−22−
高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論(本田)
表7 介護保険負担額及び保険料の見通し(単位:億円)
自己負担
国庫負担
都道府県負担
市町村負担
現役世代負担
65歳以上負担
2000
5,671
10,397
5,199
5,199
13,724
7,070
2001
5,951
10,909
5,455
5,455
14,400
7,418
2002
6,223
11,409
5,704
5,704
15,060
7,758
2003
6,483
11,885
5,942
5,942
15,688
8,082
2004
6,708
12,297
6,149
6,149
16,232
8,362
2005
6,986
12,808
6,404
6,404
16,906
8,709
2010
8,465
15,519
7,760
7,760
20,486
10,553
2015
10,335
18,947
9,474
9,474
25,010
12,884
2020
11,640
21,340
10,670
10,670
28,169
14,511
2025
12,448
22,821
11,410
11,410
30,123
15,518
2030
13,279
24,345
12,173
12,173
32,135
16,555
(単位:円)
定しているから、30年間でそれぞれ約2倍となる。
保険料月額
40歳から64歳
65歳以上
2000
2,624
2,694
一人あたり約2624円、65歳以上一人あたり2694円となっ
2001
2,766
2,734
ている。保険料は物価スライドを仮定しているから、他
2002
2,904
2,775
の条件が一定であれば、2030年度にはそれぞれ6882円、
2003
3,029
2,817
4211円となる。ここで留意すべきは、我々の想定では在
2004
3,128
2,859
宅の施設整備率を40%にしているということである。こ
2005
3,258
2,902
れがもし100%になれば、保険料は大幅に上昇すること
2010
3,987
3,126
はいうまでもない。
2015
4,948
3,368
2020
5,633
3,628
2025
6,085
3,909
一般歳出の伸び率は、社会保障費以外は30年間ゼロとし、
2030
6,882
4,211
高齢化に伴う社会保障費の「自然増」のみを想定している。
介護保険における2000年度の保険料は、40歳から64歳
3節 財政見通し
表8 「ベースライン」の長期財政見通し(単位:公債残高・名目GDP比以外は兆円)
名目GDP
税 収
その他収入
公債金収入
歳入合計
公債残高
公債残高・GDP比
1999
496.20
47.10
2.90
31.10
81.10
326.81
0.6586
2000
508.61
48.40
2.97
29.36
80.73
350.31
0.6888
2001
521.32
49.73
3.05
29.83
82.60
374.27
0.7179
2002
534.35
51.09
3.12
30.25
84.47
398.66
0.7461
2003
547.71
52.50
3.20
30.70
86.40
423.50
0.7732
2004
561.40
53.94
3.28
31.07
88.30
448.71
0.7993
2005
575.44
55.43
3.36
31.52
90.30
474.36
0.8243
2010
651.06
63.48
3.81
33.62
100.91
609.40
0.9360
2015
736.61
72.70
4.31
35.96
112.97
754.84
1.0248
2020
833.41
83.26
4.87
37.26
125.39
909.74
1.0916
2025
942.93
95.36
5.51
36.94
137.81
1,066.57
1.1311
2030
1,066.83
109.21
6.24
35.09
150.53
1,217.03
1.1408
−23−
政策科学7−2,mar. 2000
国債利払い
国債元金償還
国債費合計 地方交付税等
一般歳出
社会保障関係費(再掲)
歳出合計
1999
11.35
8.46
19.81
13.50
46.90
16.10
80.21
2000
12.44
5.86
18.30
15.10
47.33
16.53
80.73
2001
13.33
5.86
19.19
15.55
47.86
17.05
82.60
2002
14.24
5.86
20.11
16.02
48.34
17.54
84.47
2003
15.17
5.86
21.03
16.50
48.86
18.06
86.40
2004
16.11
5.86
21.98
17.00
49.32
18.52
88.30
2005
17.07
5.86
22.94
17.51
49.86
19.06
90.30
2010
22.13
5.86
28.00
20.29
52.62
21.81
100.91
2015
27.58
5.86
33.44
23.53
56.00
25.19
112.97
2020
33.42
5.86
39.29
27.27
58.83
28.03
125.39
2025
39.40
5.86
45.27
31.62
60.93
30.12
137.81
2030
45.20
5.86
51.06
36.65
62.82
32.01
150.53
表9 「ベースライン」の国民負担(単位:国民負担率以外兆円)
国民所得
国 税
地方税
国民年金
厚生共済
医療費
介護保険
負担総額 国民負担率
1999
381.20
47.10
35.30
2.06
31.10
21.24
0.00
136.80
0.359
2000
390.73
48.40
36.27
2.15
31.88
21.18
2.65
142.51
0.365
2001
400.50
49.73
37.26
2.22
32.67
21.83
2.78
146.49
0.366
2002
410.51
51.09
38.29
2.30
33.39
22.47
2.90
150.45
0.366
2003
420.77
52.50
39.34
2.39
34.11
23.13
3.03
154.50
0.367
2004
431.29
53.94
40.42
2.49
39.36
23.76
3.13
163.10
0.378
2005
442.08
55.43
41.53
2.59
40.13
24.43
3.26
167.38
0.379
2010
500.17
63.48
47.57
2.89
48.86
27.88
3.95
194.63
0.389
2015
565.89
72.70
54.48
3.30
58.39
31.77
4.82
225.46
0.398
2020
640.26
83.26
62.39
3.89
70.25
35.91
5.43
261.14
0.408
2025
724.39
95.36
71.46
4.54
78.04
39.33
5.81
294.54
0.407
2030
819.58
109.21
81.84
4.88
85.26
42.32
6.20
329.71
0.402
歳出総額は、1999年度の当初予算が約46.9兆円であるが、
逓増する。しかし、その値は予想されるほど大きくない。
2030年度には62.82兆円に増大することになる。我々は
これは、前述したように国民医療費が相対的に抑制され
税制改革による増税は想定していないので、税収はいわ
ることの他に、増税を想定せず国債の発行で歳入不足を
ゆる「自然増収」のみである。この場合、公債金収入が
補うという構造を反映している。増税を行えば当然国民
30年間30兆円台で推移し、かつ逓増傾向をもつ。その結
負担率は上昇することになる。(表9参照)
果公債残高は、2000年度末が約350兆円であるのが、
国民負担率は逓増傾向であるが、財政危機による「国
2030年度には約1217兆円に膨らむことになる。公債残
家破産」というのが「ベースライン」シナリオの特徴で
高・名目GDP比は、2000年度末0.69であるのに対し、
ある。
2030年度末は1.14に増大し、30年間にこの値の収束傾向
はみられない。いわば、「国家破産」の状況を呈するこ
とになる。(表8参照)
国民負担率は、2000年度36.6%から、2030年度40.2%
−24−
高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論(本田)
第3章 いくつかのシナリオ分析
示し、財政危機は顕在化しないことになる。これは、税
金の自然増収が大きく寄与している。
社会保障関係の保険料額及び自己負担額は「ベースラ
1節 「高成長」ケース−「ベースライン」より高い
イン」とほぼ同じであり、自然増による税負担が増大す
経済成長率
るために、国民負担率は、「ベースライン」に比べて若
名目GDP成長率3.5%、物価上昇率1.5%、賃金上昇率
干低い程度になる。
3.5%を想定する。このケースは、「ベースライン」に比
較して、実質GDP成長率が2%となるから、30年間比較
このように、実質GDPの成長率が2%程度あれば、比
的良好な経済的パフォーマンスを実現すると仮定してい
較的楽観的な長期展望を描くことができる。日本の現在
ることになる。政府が描いている長期経済展望に近い。
の潜在GDP成長率は2%程度である言われる。したがっ
この場合、2000年度の公債残高349.76兆円が、2030年度
て、「財政再建を可能にするために2%の成長率経路に乗
には702.2兆円となるが、「ベースライン」の2030年度の
せる」というのが現在の政府の目標であり、そのために
公債残高が約1217兆円であるの比較すると格段の改善と
積極的財政政策を堅持している。
いうことになる。公債残高・名目GDP比も、2000年度
ところで、この2%という潜在GDP成長率は、総需要
0.681から2030年度0.487と、30年間で明確な収束傾向を
の伸び率に裏付けられた実現成長率ではない。果たして、
表10
国民年金
「高成長」の長期見通し 厚 生 年 金(兆円)
介 護 保 険 保 険 料 月 額(円)
歳入歳出差引
年度末積立金
歳入歳出差引
年度末積立金
国民医療費合計
40歳から64歳
65歳以上
2000
5,744
99,414
76,106
1,445,169
312,368
2,624
2,694
2001
6,060
105,473
71,211
1,516,380
321,936
2,766
2,734
2002
6,498
111,971
65,479
1,581,859
331,478
2,904
2,775
2003
6,926
118,897
59,473
1,641,332
341,097
3,029
2,817
2004
7,585
126,482
91,959
1,733,291
350,452
3,128
2,859
2005
8,080
134,561
90,071
1,823,362
360,387
3,258
2,902
2010
9,648
178,678
96,330
2,252,968
411,250
3,987
3,126
2015
11,013
232,538
139,806
2,811,182
468,567
4,948
3,368
2020
15,560
299,473
259,592
3,730,108
529,653
5,633
3,628
2025
23,180
398,869
405,579
5,443,047
580,145
6,085
3,909
2030
30,978
539,248
605,293
8,065,317
624,192
6,882
4,211
(単位:公債残高・名目GDP比、国民負担率以外は兆円)
社会保障関係費
一般歳出
公債残高
公債残高・名目GDP比
国民負担率
2000
16.53
47.33
349.76
0.681
0.366
2001
17.05
47.86
372.76
0.701
0.366
2002
17.54
48.34
395.71
.719
0.367
200
18.06
48.86
418.61
0.735
0.367
2004
18.52
49.32
441.32
0.749
0.378
2005
19.06
49.86
463.88
0.761
0.378
2010
21.81
52.62
572.44
0.790
0.386
2015
25.19
56.00
666.89
0.775
0.394
2020
28.03
58.83
735.54
0.720
0.402
2025
30.12
60.93
756.56
0.623
0.399
2030
32.01
62.82
702.70
0.487
0.394
−25−
政策科学7−2,mar. 2000
総需要の伸び率を30年間維持することは可能であろうか。
カット。ここで、「その他歳出」とは、「その他の事
この問題は、別途検討を要する重要な研究テーマであるが、
項経費」に「恩給関係費」、「主要食糧関係費」「産
少子高齢化が進行し、成熟段階に到達した日本経済にとっ
業特別会計への繰入」「予備費」を加えたものであ
ては総需要の伸び率を毎年2%維持することはきわめて困
る。「文教及び科学振興費」「経済協力費」「中小企
難な課題であると思われる。また、無理やりに2%の成長
業対策費」「エネルギー対策費」は、1999年度当初
率に乗せるために、財政支出を増やして需要を下支えし
予算額を30年間据え置く。
ようとする政策は、「財政再建を可能にするはずの高め
歳入不足は公債発行で賄う。
の成長率」の実現という目標と矛盾することになる。
「財政構造転換ケース」では、各年金制度の財政収支
むしろ、実質経済成長率1%程度を前提として豊かな
バランスが大局的には維持されている。国民年金の場合、
高齢化社会への対応と財政再建の両立を図ることが無難
2030年には歳出歳入差引が赤字になるので、2030年以降
な選択と思われる。この場合、歳出構造の改革は不可避
保険料(1997年度価格)設定を変える必要があると思わ
ということになる。
れる。厚生年金については、保険料アップや国庫負担増
大という対応策にも関わらず、2020年から2029年頃まで
2節 「財政構造転換」ケース−高齢化社会へ積極的
は歳入歳出差引が赤字になり、2030年に再び黒字に転化
対応するための財政構造転換
する。2020年からの「赤字期間」は積立金の取り崩しを
「財政構造転換」ケースでは、マクロ経済の見通しに
行うことになるが、「大局的」には制度の維持は可能に
ついては「ベースライン」の想定を採用する。高齢化社
なる。国民医療費の国民負担は「ベースライン」とあま
会への積極的対応するため社会保障費を増大させるが、
り変わらないが、介護保険の保険料は「ベースライン」
そのために必要な財源は、税制改革による増税ではなく、
に比較して大幅に軽減されることになる。
公債発行と社会保障費以外の歳出の削減によって賄う。
一般歳出における「社会保障費」は「ベースライン」
但し、年金制度については、「歳出歳入差引」の赤字が
の場合2000年度16.5兆円、2030年度32兆円であったのが、
数年持続する場合、財政収支バランスを維持するための
「財政構造転換ケース」では2000年度19兆円、2030年度
保険料のアップを行う。具体的シナリオは以下のとおり
37.8兆円と大幅に増えることになる。2000年度に大幅に
である。
増えるのは、年金関係の国庫負担を大幅に増やすことを
国民保険料:30年間据え置きで14200円(1997年価格)
反映している。しかし、一般歳出は、「ベースライン」
厚生年金の保険料率設定:19.5%(2000年から2008年)
の場合2000年度47.33兆円、2030年度62.82兆円であるが、
22%(2009年から2011年)
このケースでは、2000年度46.27兆円、2030年度60.42兆
24.5%(2012年から2030年)
円であるから、一般歳出の増大は少ないことになる。こ
年金制度の国庫負担率のアップ:国民年金では基礎年
れは、2000年から2004年までの社会保障関係以外の歳出
金拠出金に対する国庫負担率を2000年度から1/12上
削減を反映している。「ベースライン」の2030年度の公
げる。厚生年金・共済年金では基礎年金拠出金に対
債残高が約1217兆円であるのに対し、この場合約1007兆
する国庫負担率を2000年度から1/3から1/2に上げる。
円ということになる。公債残高・名目GDP比をみると、
介護保険料負担の法定負担率を変更:
2000年度0.681から2025年度に0.959とピークに達し、
自己負担:国庫負担:都道府県負担:市町村負担:
2030年度には0.945となり、収束傾向を示すことになる。
現役世代負担:65歳以上負担
国民負担率は、「ベースライン」に比較して、低くなる。
=0.12:0.35:0.15:0.15:0.25:0.1
(表11参照)
社会保障費以外の一般歳出削減:
この「財政構造転換ケース」は「高齢化社会の充実」
一般歳出項目のうち、「公共事業関係費」について
と「財政再建」の両立という目標を前提にした場合、
は、2000年度社会保障費の増分だけ減額、その後
「ベースライン」よりましなシナリオかもしれない。し
2004年度まで5%カット。「防衛関係費」及び「そ
かし、各年金制度の国庫負担金を一定増やしても、収支
の他歳出」について2000年度から2004年度毎年5%
バランスを配慮すると年金関係の保険料(率)は上げざ
−26−
高齢社会と財政構造変化分析に関する一試論(本田)
表11
国民年金
「財政構造転換ケース」の長期見通し
厚 生 年 金(兆円)
介 護 保 険 保 険 料 月 額(円)
歳入歳出差引
年度末積立金
歳入歳出差引
年度末積立金
国民医療費合計
40歳から64歳
65歳以上
2000
8,530
102,199
83,640
1,445,653
312,368
1,988
1,585
2001
8,298
110,498
77,104
1,522,757
321,936
2,096
1,608
2002
8,153
118,650
69,414
1,592,171
331,478
2,200
1,632
2003
7,989
126,639
61,271
1,653,442
341,097
2,295
1,657
2004
7,992
134,631
53,135
1,706,577
350,452
2,370
1,682
2005
7,823
142,454
45,746
1,752,323
360,387
2,468
1,707
2010
5,898
175,136
13,385
1,856,329
411,250
3,020
1,839
2015
3,016
197,527
3,303
1,931,558
468,567
3,748
1,981
2020
1,423
207,013
-12,571
1,889,843
529,653
4,268
2,134
2025
776
211,846
-2,618
1,851,344
580,145
4,610
2,299
2030
322
213,358
19,735
1,910,301
624,192
5,214
2,477
(単位:公債残高・GDP比、国民負担率以外は兆円)
社会保障関係費
一般歳出
公債残高
公債残高・GDP比
国民負担率
2000
19.02
46.27
349.25
0.687
0.363
2001
19.67
45.67
370.99
0.712
0.364
2002
20.26
45.11
392.02
0.734
0.364
2003
20.90
44.57
412.31
0.753
0.365
2004
21.45
44.06
431.82
0.769
0.365
2005
22.11
44.70
451.67
0.785
0.366
2010
25.52
48.11
556.38
0.855
0.376
2015
29.73
52.32
669.01
0.908
0.385
2020
33.11
55.70
788.30
0.946
0.385
2025
35.56
58.15
904.49
0.959
0.384
2030
37.83
60.42
1,007.82
0.945
0.380
るを得ない。特に厚生年金の定期的保険料率アップは不
財政構造に与える効果を分析できるシミュレーション用
可避となる。「ベースライン」と比較して、公債残高・
モデルを説明した。そして、このモデルをもとに高齢化
名目GDP比の収束傾向がみられるので「財政再建の芽」
社会への積極的対応と財政再建の両立可能性についてい
はでてくると思われる。しかし、確実に「財政再建」が
くつかのシナリオ分析を行った。シナリオ分析から明ら
できるという保証はない。さらにもし、名目GDP成長率
かになったことは以下の点である。
が、1%以下になればこのシナリオも「国家破産」をも
・名目GDP成長率2.5%程度(実質GDP成長率1%、物
たらすことになる。
価上昇率1.5%程度)が30年間持続し、その間政府
の一般歳出伸び率がゼロで推移しても、1999年度当
まとめ−結論と残された課題
初予算の歳出・歳入構造と規模を前提とすると、高
齢化社会の進行による社会保障費の増大によって公
本論文では、財政再建を前提に、高齢化社会に伴う財
債発行残高が累積し、財政危機は深刻化し、「国家
政負担をいかに確保していくかという重要な政策課題に
破産」の状況を呈することになる。
取り組む準備作業として、我々が構築した高齢化社会が
・名目GDP成長率が3.5%程度(実質GDP成長率2%、
−27−
政策科学7−2,mar. 2000
物価上昇率1.5%程度)が30年間持続した場合、そ
のあり方を重点化する必要がある。どの程度公債発
の間政府の一般歳出伸び率がゼロで推移するという
行を抑制できるかは、この重点化をどの程度実現で
条件を満たせば、1999年度当初予算の歳出・歳入構
きるかにかかっている。政府歳出の重点化のあり方
造と規模を前提としても、財政危機は深刻化せず、
について具体的ビジョンとそれを実現するための政
「国家破産」の状況を発生しない。名目GDP成長率
策メニューを提起することは今後の研究課題であ
3.5%程度は、現在政府が長期目標として設定して
る。
いる数字であり、この目標に日本の成長経路を乗せ
・果たして日本経済は、供給サイドからみた潜在経済
るという政策スタンスをとっている。しかし成熟期
成長率ではなく、長期的に総需要の伸び率に裏付け
をむかえた日本経済が実質経済成長率2%を長期的
られた経済成長率をどの程度実現できるのか。ある
に維持できるかどうかはきわめて疑わしい。
いは、1%以上の経済成長率を確実に実現するため
・名目GDP成長率2.5%程度(実質GDP成長率1%、物
には、どのような具体的政策によって総需要を拡大
価上昇率1.5%程度)の持続と政府の一般歳出伸び
できるのか。長期的総需要の見通しについて議論す
率ゼロの継続を前提した場合、高齢化社会の進行に
ることも残された課題である。
よる社会保障費の増大を社会保障費以外のその他一
・我々の構築したモデルの中で、さらに改善を加え、
般歳出項目の予算を一定削減すると、高齢化社会に
モデルを拡張していく必要がある。特に、年金ブロ
伴う財政負担を賄い、財政危機を抑止する可能性が
ックの精緻化やここで議論できなかった中央政府と
ある。しかし、それは確実ではない。
地方政府とのリンクによる日本経済の総合的分析
・現段階の分析では、高齢化社会に積極的対応しなが
等々も、今後の課題である。
ら財政再建を実現する明確なシナリオを描ききれて
参考文献及び資料
いない。しかし、少なくとも、2000年代前半におい
て、実質経済成長率を1%以上最低限実現すること、
1996年。
一般歳出の伸び率は基本的に「ゼロシーリング」と
(2)大垣市、『資料 介護保険について』、1999年。
すべきこと、歳出構造の転換が不可避であること、
以上3つの条件を満たすことが必要であることは明
(1)牛丸聡著、『公的年金の財政方式』、東洋経済新報社、
(3)大蔵省主計局、『平成9年度決算の説明(未定稿)』
(4)厚生省大臣官房統計情報部編、
『平成9年度 国民医療費』、
らかになった。
残された課題として以下の点をあげることができる。
1999年。
(5)厚生省年金局監修『平成9年度版 年金白書』、社会保険
研究所、1998年。
・従来型の民間設備投資に依存する経済成長は常に景
気変動に悩まされる。2000年前半期の日本経済にと
って、民間消費主導の経済成長を定着させて、確実
(6)厚生省年金局監修『平成11年度版 年金白書』、社会保険
研究所、1999年。
(7)厚生省年金局数理課監修、『年金と財政―年金財政の将来
に1%以上の経済成長率を実現することが重要であ
を考える』、法研、1995年。
る。そのためには総需要に占める消費の割合を増や
(8)社会保険庁、『政府管掌健康保険・船員保険・厚生年金保
すことが重要である。増税は、財政再建という面で
険・国民年金・組合管掌健康保険・国民健康保険・老人
保健―事業年報(平成9年度)』、1999年。
は有用である。しかし、増税の背景には現在の歳出
構造や規模を維持するということになるから、総需
要に占める公的需要の割合は下がらず、民間消費主
(9)総理府社会保障制度審議会事務局編、『社会保障統計年報
(平成10年版)』、法研、1999年。
(10)吉田和男・霧島和孝著、「供給側モデルによる財政・経済
導の経済の阻害要因となる。さらに、増税は消費を
シミュレーション」(『ファイナンシャル・レビュー』)、
冷やすことになり、ますます公的需要に頼らざるを
大蔵省財政金融研究所、1997年。
得ないというジレンマに陥る可能性がある。増税は
(11)財団法人東京市町村自治調査会他編著、『介護保険と市町
村の役割』、中央法規、1998年。
極力避けるべきである。増税をしない場合、財政再
建という目標からいうと歳出構造の改革は不可避で
(12)財政政策研究会編、『平成11年度版 財政データブック』
財団法人大蔵財務協会、1999年。
ある。高齢化社会ということを前提に、政府の歳出
−28−
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