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取引標準化、オープン化への道筋

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取引標準化、オープン化への道筋
取引標準化、オープン化への道筋
繊維ニュース掲載記事 1998 年 4 月 7 日号
藤野裕司
「日本の繊維が危ない」と言われて久しい。景気というものは山あり谷ありというが、
どうも日本の繊維においては谷を下るばかりで、山が見えてこないのが現実のようだ。
これを打開するため、国の政策として繊維業界再生のプログラムを実施してきた。そ
のポイントは QR(クイック・レスポンス)である。本稿では、現状をふまえたうえ
で繊維産業のあるべき姿を模索し、あわせてそのベースとなる QR についても簡単に
解説を加えてみたい。
崖っぷちの日本の繊維産業
多段階流通などで高コスト
1987 年、繊維(糸、織物)輸入額が輸出額を上回り、96 年度には輸入が輸出の 3.5
倍を超える程となった。これを繊維 2 次加工製品で見るなら、その比率は 10 倍を超
えている(通産省発行、繊維需給表から)。まさに、海外製品が国内を席巻している
観がある。安かろう悪かろうは過去の話で、今は良い製品がどんどん安く手にはいる
ようになった。繊維産業の崖っぷちは深刻さを増す一方である。
周知の通り、この業界の特性として、流通経路は多段階に分かれ(図1)、原料か
ら店頭にいたるまでに多くの不良在庫が発生している。しかも、取引自体が長い歴史
に培われた古い閉鎖的な慣行に縛られているのだ。人件費・場所費が高い日本では、
これらコストの積み重ねが膨大な金額となり、結果的にそのまま製品価格となって消
費者に転嫁されてしまっている。これでは、安くて品質の良い海外製品に、勝とうに
も勝てるわけがないではないか。
発注・納品・決済
小売
小売
発注・納品・決済
アパレル
アパレル
テキスタイル
テキスタイル
販売情報(単品)
発注・納品・決済
発送
情報
発送・入荷
情報
消費者
消費者
物流センター
物流センター
発注・納品・決済
発送
情報
縫製工場
縫製工場
発送
情報
図1 繊維産業の取引と基本情報の流れ
1
染色・織編業
染色・織編業
復活の決め手は QR
実現に立ちはだかる大きな壁
これを迎え撃つ方策は二つ。一つは繊維技術を駆使した新分野開拓。
もう一つは情報技術を駆使した効率的生産と競争力のある商品の開発である。QR と
は、その後者にあたる。
QR は、すでに日本でも積極的な導入が進められており、その目的は「消費者が求め
る製品を、必要な量だけ、安くタイムリーに市場に送り出す」ところにある。つまり、
QR とは「原料・資材メーカーからアパレル・小売りまでが、戦略的企業間連携によ
り取引をオープンにし、情報を共有することによって在庫水準・欠品率を飛躍的に改
善すること」と言えよう。
とはいえ、その実現には大きな壁がある。従来、企業秘密となっていた販売データ
を公開することになるため、どうしても抵抗を示す小売りもあろう。また、情報を共
有するためには、取引関係を明確にし、かつシンプルにする必要がある。そのために
は、現在の業務見直しから古い取引慣行の是正までも視野に入れなければならない。
これまでの企業関係から考えると非常に難しいことは想像に難くない。
多大な情報化投資も避けては通れない。考えるだけで気が遠くなりそうだ。しかし、
個々の企業努力で対処できる壁ではない。関連企業が互いに小異を捨て、これを乗り
越えなければ、繊維業界の復活はない。
3PL に注目
QR の SCM を委託
そこで、注目したいのが 3PL である。そもそもは、従来から情報がとぎれがちであ
り、かつ自社で持つと非効率な物流部門をアウトソーシングし、外部に委託するとこ
ろに始まるものだ。ただし、これは単なる物流の切り離しではなく、物流の専門家が
より上位の視点から市場の動きをもとに生産から仕入れ物流に至るまでの最適化を目
指すものである。(図2)
消費者
消費者
アパレル
アパレル
テキスタイル
テキスタイル
3PL
小売
小売
発注・発送・納品・決済・販売情報
染色・織編業
染色・織編業
物流センター
物流センター
縫製工場
縫製工場
図2 3PL経由の繊維サプライチェーン
この生産から商品の供給にいたるまでのすべて企業連鎖をサプライチェーンと言い、
それを統合的にコントロールすることをサプライチェーンマネジメント(SCM)と言
う。SCM は、米国で日用品・雑貨業界における ECR(エフィッシェント・コンシュー
マ・レスポンス=効率的消費者対応)を包含するコンセプトとして生まれた。これを
2
QR に応用し、3PL 事業者が実施することにより大きな価値が生まれる。
企業において物流業務は決して得意分野とは言えない。本来の業務は、生産や仕入・
販売で、物流はその間をつなぐ役目を果たす。しかし、物流コストは総経費の中でか
なりの割合を占め、それを少しでも削減することは、同等の利益を生むことになる。
そこで、その不得意な部分を専門家に委託し、効率の良い「調達から顧客納品まで
のシステム」を構築する。これがロジスティクスのアウトソーシングである。QR に
おいて、サプライチェーン内の各社が共通の 3PL 事業者にロジスティクスを委託する
なら、その効果は最大限のものとなろう。
そのメリットは、製(配)販[製造(卸)小売]同盟による商品の共同開発・在庫
の最適化のみではない。特筆すべきは、従来利害がからんでなかなか情報をオープン
にできなかった企業の間に、3PL 事業者がワンクッションとして入り、より柔軟な企
業関係を構築できるところにある。
この 3PL については、先進の米国ではサプライチェーン・カウンシル(SCC)で、
積極的に研究が進められている。
伝票の電子化から始まる
人間系のミス・ロスなくす
QR における SCM を簡単に言い表すと、次のようになる。
「小売りで発生する販売情報を関連するすべての企業で共有し、商品企画・生産計
画・受発注・出荷指図・支払い・請求に生かす。これにより、売れるものを販売情報
から予測し、機会損失、不良在庫を最小限に押さえる」。ここで言う「情報の共有」
とは、コンピューターを直接つないで「データ交換」を行うということだ。
一般に商取引は文書(伝票・契約書)交換で行われる(図3)。データ交換とは、
この文書交換をコンピューターで直接行うこと、言い換えると「伝票の電子化」から
始まると言っていいだろう。
買い手
売り手
見積依頼書
購買
見積書
営業
注文書
注文請書
受注
納品書
物流
物品受領書
検収書
物流
代金請求書
経理
支払通知書
領収書
図3 商取引における文書交換
3
経理
そのメリットは、「人間の手(伝票や紙のアウトプット)を介することなく情報を
やり取りすることができるため、人間系に関わるミス、コンピューターへの重複入力、
郵送等による時間のロスをなくすことができる」ことである。取引の中に伝票が存在
する限り、必ずそこに人間が介在し、コンピューターによる情報の連結がとぎれてし
まうことになる。
EDI は標準化されたデータ交換
自分の仕事を助けてくれる
みなさんの机の周りを眺めていただきたい。もし、そこに恒常的な取引に関わる伝
票があるなら、情報の共有はなされていないことになる。これを「情報の共有」など
というから、なかなかピンとこないかもしれないが、「自分の周りから伝票にまつわ
る処理がすべてなくなる」というふうに考えてみれば、そのメリットの大きさは自ず
と感じられるだろう。もっとも、取引最初の入力だけは必要となるが。
しかし、データ交換のメリットはそれだけではない。従来伝票では伝えきれなかっ
た様々な情報をタイムリーに送り届けることができるようになる。例えば、事前出荷
通知であるとか納期回答、商品情報から売れ筋分析情報、などなど。自分の業務に関
する様々な情報が、欲しいときに送られてくるようになる。これを考えると、最初の
入力くらい我慢できるのではないだろうか。
データ交換とは、このように互いに接続する相手企業と必要な情報を話し合い、そ
の情報に応じたコンピュータシステムを作り上げることが前提となる。これは、情報
システム担当者にとってはかなり負担の大きい作業である。しかも、その相手先が 1
社だけならまだ対応も可能だが、QR では多くの企業と接点を持たなくてはならない。
データ交換を行う上で、接する相手ごとにその方式が異なるようでは、非効率であ
ることこの上ない。そこで、どこの企業とも同じ方式でデータ交換を行うことができ
るよう、様々な取り決めが行われている。この標準化された規約のもとに行うデータ
交換を、EDI という。
キーワード標準とオープン
スピードこそが世界を制す
今、あらゆる分野で標準化が叫ばれている。QR においても同様で、企業が戦略的
連携をとるためには、様々な標準が必要となる。EDI におけるデータの標準化、企業
内の業務標準化、企業間の取引の標準化、など。その標準を作るためには、個々の企
業は取引の方法からそこで使われる情報までオープンにしなければならない。これは、
まさしく企業間の BPR である。これが実現できて初めて、誰もが情報を共有するこ
とができるようになるのだ。このような開かれた土俵の上で誰もが素早く、対等に接
点を求めることこそ、クイックレスポンスといわれるゆえんであろう。
この QR は、米国に生まれ米国に育った考え方であるが、今すでにその米国は、も
う一歩先を走り始めた。その代表例をあげてみると(注1)、
・在庫の評価に G.M.R.O.I(Gross Margin Return OnInventory:ジムロイ:在庫
投資粗利益率)を用い粗利率と在庫回転率を上げる指標にする。
・CPFR(CollaborativePlanning,Forecasting&Replenishment:シーファ)プロジェ
クト
川上と川下の企業がインターネット経由で情報をリアルタイムに交換し、売り上げ
の予測を立てる。販売計画の変動要素には、川下の POS 情報を反映させる。
4
・ABC 分析による、効率的な FRM(Floor Ready Merchandising)。
・消費者が購入した時点で発注をたてる payment by POS。
・売上予測にもとづき、メーカー・卸の在庫を適正に維持する NPM(Net Possition
Management)。
・売れ筋商品を期中に再生産する In-season Replenishment。
など、数え上げると枚挙にいとまがない。
日本も、いつまでも「不景気だ」とボヤクばかりでは、復活のきっかけさえ見逃す
ような気がしてならない。
世界の流れを歴史的なキーワードで振り返ってみると、1970 年代は「大量生産によ
るコストの削減」。1980 年代半ば以降は「多品種少量生産による付加価値の創造」。
そして今は、「スピード」が象徴されるのではないだろうか。良い製品をいち早く消
費者に提供するスピード。そして、時代の流れをより的確に経営に反映させるスピー
ド。いずれにしても、現時点での最善策をすばやく実行に移せることこそ、この不況
を乗り切る必須の要件ではないだろうか。
(注1)QR 97−日本
岩島嗣吉氏
講演より
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