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フォークナーの原始主義

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フォークナーの原始主義
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5
フォークナーの原始主義
森 岡
力
序
1.生のサイクル(リーナ-グローブ)
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. 鋭敏な知覚力(ベンジー・コンプソン)
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. 自然との一体感(サム・ファーザーズ)
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tの愛(ディルシー・ギブソン)
まとめ
序
フォークナーは都市文化,商業文化をアメリカ南部の地方の伝統に生き
ながら,彼の歴史観で批判していると言われている。
フォークナーは色々な意味においてプリミティヴである。彼の作品は原
始 主 義 に 影 響 さ れ て い る O 原始主義は簡潔に言うと n
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e といえるのではないかと思う。原始主義は彼の作品にと
って主要な肯定的役割を果している。それは時間的空間的特異な南北戦争
前後の南部から,オリジナルなタイフ。の人々,精神を作り出す働きをして
いる。
私はフォークナ一作品中の登場人物をテーマごとに,生のサイクル,鋭
敏な知覚力,自然との一体感, h
ead でなく h
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tの愛に分けて見ること
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tのリーナ・グローヴ,
にした。小論ではテーマごとに主に L
56
第1
5巻 第 1号 ( 人 文 自 然 社 会 科 学 編 )
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y第四章のディルシー・ギブ
ソンを考察して見たいと思う。
I.生のサイクル(リーナ・グローヴ)
最初に南部社会状況について触れてみた L、。南北戦争前後の南部社会は
皮膚の色と富によって区別される二重構造の階級社会であった。白人社会
の中でも農園主,自作農,小作人と区別される。この社会構造の中の移動
は可能であった。このことは南部連盟大統領ジェファソン・デイヴィスが
ケンタッキーの丸太小量で生まれたことからも推測できる。
フォークナーの作品で大きな位置を占めているのは旧支配層ではなく貧
しい農民の白人達であった。彼等の中には様々なタイフ。の人々がし、たが,
フォークナーは彼等の健全さ,気高き,価値感に共感を抱いていた。
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tのリーナ・グロープは貧しい白人の娘である。彼女は
生命,自然のサイクル,輸を象徴していると言われる。
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昼から夜へ,夜から昼へ平穏に少しも狂うこともなく移り変わってい
く坦々とした長い道が彼女の後に伸びている。……査の周りを永久に
動きつづけるものに似て進まないのである。
身重のリーナ・グロープ は恋人ルーカス・パーチを捜し求めるため,小
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さな村の製材所で働く兄夫婦と住んでいた小屋の窓によじ登って,窓、から
小屋を出る。彼女はアラパマから都会ジヱファソンに,赤い挨と馬車の
フォークナーの原始主義
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がらがらという音で満ちている大地を素足で歩いたり,馬車を乗り継いだ
りして向かう。
綜欄の葉の扇とハンカチに包んだ身のまわり品を持っただけのリーナの
ジェファソンへの到着は,ジェファソンのふるい社会的慣習に基づいた判
断と行動の分離をもたらす。リーナはおおらかで全てを受容する女性であ
る
。
ノ、イタワーは,長老派教会の牧師として彼の祖父の終意の地ジェファソ
ンに赴任する。彼は信仰と南軍に属して戦った騎馬上の祖父と混合し,教
会から拒否され,牧師の織から去る。彼の妻も彼の下を去る。
ジェファソン社会はハイタワーのような,ある意味では理想主義の人々
に寛容でない。世捨て人としてハイタワーは椅子に座り,夕暮時の書斎の
窓から通りを見ながら,南北戦争当時の幻影に浸っている O 窓は室内の「停
止J と外界のリーナの「運動」と隔てている。ハイタワーの家を時々訪ず
れて話を交すパイロン・パンチはハイタワーのことについて考える。
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人は己に経験した災難よりも,これから経験するかもしれない災難を
もっとおそれるものだ。あえて変化を試みるよりも,慣れている災難
にしがみつくものだ・
ノ、イタワーはリーナの出産に医者の代役として働き,
リーナを豊鏡な女
性と思う。彼はリーナと赤坊のいる小屋に通い世話をするようになる。
パイロン・パンチは週六日製材所で過し,土曜の午後,他の職工達が町
に出て遊んでいる時も,そこで働いてレる。日曜日は田舎の教会で聖歌隊
の指揮をしている。しかし,パンチもりーナに会った時恋に陥ち入り,リー
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第 l号(人文・自然・社会科学編)
ナの出産の手助けをする。
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もし,二週間前に今の自分がこうしているのを見たとすれば,自分の
目を信じなかったで、あろう。
父権社会であるジェファソンに住んでいる農民アームスティッド夫婦も
知らぬ聞にリーナの手助けをしている。夫のアームスティッドは道を歩い
ているリーナを馬車に乗せて家に連れてくる。アームスティッド夫人もし
ぶしぶリーナに鶏卵を売って得たへそくりの中から,小遣銭をリーナに与
える。リーナは彼等の寝食の提供も素直に受け入れる。彼女がジェファソ
ンに到着するまで,又ジェファソン滞在中彼女は見知らぬ人々の親切な言
動を経験する。
ジェファソンの人々を生のサイクルに引き入れることによって,
リーナ
自身は変化しないて、ジェファソンの人々に変化をもたらしている。ハイタ
ワーは生命の誕生に関与し,もう一度限定的であるがジェファソンの社会
に復帰している。一度はリーナに拒否されたパンチは赤坊を連れたリーナ
とジェファソンを去ってし、く。彼等をトラックに乗せた家具屋は現在のと
ころ,予測できないが将来彼等は一緒になるのではないかと推測している。
リーナを n
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e そのもので現代人に特有のフラストレイシヨン,疎外
感を経験していないと考える意見もあるが,フォークナ)のりーナの穏や
かな力は女性生来の本性であると思われる。リーナは光にたとえられ,そ
れはキリスト教文明よりも古いギリシャ,オリンパスの古い時代に関係が
あるとフオークナーは言っている。
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1
. 鋭敏な知覚力(ベンジー・コンプソン)
フォークナーは「子供によって示される無心さの盲目の自己中心性」の
典型として , T
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y第一章の語り手,コンプソン家の
三男 i
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t のベンジーを考えていたと言われる。「鏡」にたとえられるベ
ンジーは公平にコンプソン家の中の真実を写し出している。
ベンジーの姉キャデ、ィーは過去のコンプソン家,ディルシーは現在のコ
ンプソン家における愛の中心となり,彼女達は時の経過につれて変化する
コンプソン家を支えている。
キャディーはコンプソン家の制限的家風に対し,自然に生き,それ故コ
ンプソン家の家名を汚すことになる。彼女はコンプソン家の「環境」のた
めに査められる。彼女は弟のベンジーと共にコンプソン家崩壊の原因と見
なされている。
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t という一つのカテゴリーで見るのでな
キャディーはベンジーを i
く,家族の一員としてみている。彼女はコンプソン家でナこだ一人愛情豊か
な女性である。彼女はベンジーを保護し
慰め,又不平の絶間のない母親
コンプソン夫人をなだめている。彼女はコンプソン家全体を結びつける存
在となっている。ベンジーの過去,現在の区別ない感覚的連想の中にキャ
ディーが不在の時も「存在J している。
兄弟が幼い時,夕暮,水遊び、で、汚れた下着のままキャディーがただ一人
勇敢にも木に登る。彼女はコンプソン家の子供の中でも一番活発で遊びの
リーダーでもある。彼女は生と死,人生を体験しようとする。
キャディーはべンジーを喜ばせる色々な方法を知っている。べンジーは
それらを感じ取る鋭感な能力を付与されている。彼はそれらを倍加する方
法も知っている。キャディーがクッシヨンを与えるとベンジーは彼の好き
なクッシヨンも鏡も暖炉の火も見ることができた。
彼は彼の気持を臭覚,視覚によって表現する。ベンジーが彼の世話の仕
方も知らない母コンプソン夫人を見る時,彼の好きな暖炉の火が鏡の中か
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第1
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第 1号(人文・自然・社会科学編)
ら消える。彼.は時によって,暗闇でさえ明るい光に感ずる。
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そうするうちに,キャディがわたしはずっと眠っていたと言う時でさ
え,いつものように暗闘がなめらかな,明るい形になりはじめた。
フォークナーは T
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ンジーを知的,時間的に後退させている。彼は本能的直感力で愛,平和,
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無垢,安定した日常生活の有無を知る。第一章はある種の p
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y であると言われている。ベンジーの全人間的反応は,シンプルで
普遍的であると言える。
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.自然との一体感(サム・ファーザーズ)
フォークナーは事実や歴史と異るミシシッピ州の北寄りの伝説の町ヨク
ナパトーファ郡ジェファソン町の過去と現在を描いた。この町は田園主義
を理想とする第三代大統領トーマス・ジェファソンに因んで名づけられた。
最初この荒野にチカソー・インディアンが現れ,彼等は自然、と均衡のと
れた生活をしていた。白人がインディアンに土地所有の概念をもたらし
インディアンは腐敗し人々は欲望によって自然、,人間性を破壊して L、
くO
TheBearはアイザ、ツク・マッキャスリン(アイク)がサム・ファーザー
ズを師とし荒野での経験によって彼が精神的に成長して L、く物語である。
サム・ファーザーズは黒人奴隷とチカソ一族の酋長との聞に生れた。彼
はインディアンの自然感と黒人の持続する意志を受けついでいる。毎年十
一月,サム・ファーザーズを含む猟師達が殺そうともしない老大熊(オー
ルド・ベン)との密会をつづけているのをアイクはす'っと見守ってきた。
サム・ファーザーズは十才になったアイクを一人前の猟師にするために
フォークナーの原始主義
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森の原始宗教とも言える森に関する知識,狩猟の奥義をアイクに伝授する O
この年十一月アイクは荒野に入る。
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氷点をちょっと越えた十一月の小糠雨の中から彼は荒野を見た。
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れゆく午後の光と死滅せんとする年の気配の下に,薄暗く,底知れず
果てしなく,高く伸びている十一月の深い森……
この荒野でオールド・ベンに遭遇する。オールド・ベンとアイクが遭遇
するのはサム・ファーザーズに牡鹿の暖か L、生血で顔に印づけられ,
服の儀式」をすませ,サム
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元
ファーザーズに教えられたようにアイクが現
代文明の利器を捨てた時であった。
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やがて彼は荒野にすっかりその身を委せた。時計と磁石のせいだった。
彼はまだ汚れがついて L、た。彼は時計の鎖と輸になった磁石の革ひも
を上着から取りはずし,それらを一本の濯木にかけ,棒をそれらに立
てかけ,荒野の中へ入った。
アイクが十六才になった時オールド・ベンはインディアンのブーンによ
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第 1号(人文・白然・社会科学編)
ってナイフで仕止められる。サム・ファーザーズはオールド・べン,それ
を追った猟犬ライオンが死ぬのと同じ頃,ブーンの手によって彼の死を迎
えることになる。オールド・ベンは家畜,作物,小屋を破壊する狂暴性を
持っている。それは猟師達によって仕止められなければならない運命にあ
る。同時に人が戦い,巧く利用しなければならない荒野を象徴している。
荒野の森林も木材会社によって伐採される。荒野を破壊する象徴として,
鉄道線路が敷かれ,汽車が走る。アイクはサム・ファーザーズとオールド
・ベンの塚の前に立ち,彼等は荒野の中で生も死もなく,荒野と一体とな
ることで自由を経験していると思う。
アイクはサム,ファーザーズ達と森林での熊狩りの経験から,それ以後
半生を生きる原則,経済原則にとらわれない,“ communala
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ーに従って生きょうとする。アイクは先祖の呪い,罪悪から解放されるた
めに,奴隷制度によって築かれた世襲財産を放棄し,もはや猟師でなく大
工になることを選ぶ。
アイクのこの様なドンキ・ホーテ的態度は象徴的意味はあっても何の解
決ももたらさない。一種の社会的変化からの逃避と言えるかもしれない。
フォークナーは人聞は進歩の一部でそれを巧く処理しないのはおろかであ
ると言っている。荒野はもはや communala
nonymity の存在ではなくな
っている O 荒 野 を 敬 愛 す る こ と に よ っ て 荒 野 を 破 壊 か ら 救 い , 自 ら の
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. headでなく heartの愛(ディルシー・ギブソン)
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y第四章において,コンプソン家は現代の「荒
地」として描かれている。コンプソン夫人は実体のない名誉を重んじ,彼
女の携帯している鍵束が示すようにそれを固定化しようとする。コンプソ
ン夫人は i
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自然に生きるキャディの娘クウェンテインは
コンプソン家の家名を汚すのでジェイソンより冷たく扱う O
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ジェイソンが一週間でたった一日朝寝出来る日に,ベンジャミンがジ
エイソンの邪魔しないように,ほんとに早くきてくれればL、
L、のに。
コンプソン家の三男ジェイソンはしまり屋で農機具庖に勤めながら崩壊
しているコンプソン家を経済的に維持している所はある。彼は金銭主義的
でコンプソン家の家名を重んじる。彼はキャディーの娘クウェンテインの
養育費として送金していたお金を保管している。クウェンティンがそれを
奪って,ショーの男と家出した時,ジェイソンは自動車で追跡する。その
間,コンプソン夫人と同じくナフタリンをしみ込ませたハンカチを嘆いて、
いる。彼はその金を取り返すために保安官に法の執行を求めようとする。
このような彼の行動をヴィツカリーは s
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は法律,金銭と L、う抽象概念に価値を認めていて都会的である。
コンプソン家の黒人の召使いであるデイルシーはコンプソン夫人が家名
を汚す者としてみなしている人達に“ h
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" で接する。キャディーの娘
クウェンティンに対して真の母親と劣らない程保護的である。彼女には自
分の子供も他人の子供も区別がなし、。ベンジーをデイルシーの家族全員で
世話している。ベンジーの子守役ラスターはディルシーに叱られたりしな
がら,手伝いをし木槌で鋸をたたいて素朴な音楽を楽しんでいる。
ディルシーはクロノロジカルな時間とは異なった永遠の時間,自然発生
的にキリスト教の信仰の中に生きている。復活祭の特別礼拝にデ、イルシー
はベンジーを連れて,黒人の教会に隣人達と挨拶を交しながら行く。しか
し教会では説教師の話が冷たい論理的な白人風から黒人風な内発的心の言
葉,ロゴスに変ってから会衆と説教師との一体感が強まっている。デイル
シーとベンジーが教会で説教師の話を聞く様子が描かれる。
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5巻 第 1号(人文・自然・社会科学編)
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人声と拍手の中でベンは優しい,青く澄んだ凝視に夢中になってすわ
っていた。そばで、デ、イルシーは神の子羊の血の思い出に高められ,体
をまっすぐ,固くして,そっと泣いていた。
ディルシーの涙はコンプン家の悲劇,人間の悲劇に対する理解と同情を
示している。ディルシーが教会から出てきた時, I
はじめとおわり見ただ」
と言ってナルシシスティックなコンプソン家の終りを告げる。ディルシー
は永遠の中に生きて,コンプソン家の変化する現実に対応している。
ま
と
め
フォークナーの南部の土地への愛着は「南部の精神的,自然的美は神が
多くの事をなし,人が手を加えなかった事実にある J とL、う彼の発言に示
されている。フォークナーは彼の作品の中において肯定的な観念として
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snorm" とL、う彼の考えを示している。人聞は自然の一部であ
るから,生に対して内発的,絶対的反応は自然と調和している。
フォークナーは原始主義的価値の中に現代人の救済を見いだそうとして
いる O 彼は商業化,機械化,産業化して L、く社会のために人間の本質的価
値を失っているか,失いかけている現代人の内にも埋れた n
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が存在していることを示している。その n
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lman をリーナ・グロー
ブ,ベンジー・コンプソン,サム・ファーザーズ,ディルシー・ギブソン
によって象徴的に作品の中で描いているのだと思われる。
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5巻 第 1号(人文・自然・社会科学編)
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※引用文の和訳は下記の翻訳書を参考にした。
ウィリアム・フォークナー著
9
6
8年。
須山静夫訳『八月の光jJ,東京,富山房, 1
ウィリアム・フォークナー著
大橋健三郎訳「熊 J
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行け,モーセjJ,東京,冨
9
7
3年。
山房, 1
ウィリアム・フォークナー著
年
。
9
7
5
尾上政次訳『響きと怒りjJ,東京,富山房, 1
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