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学習意欲を高め、楽しく美術の活動に取り組む生徒の育成 -心象表現

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学習意欲を高め、楽しく美術の活動に取り組む生徒の育成 -心象表現
学習意欲を高め、楽しく美術の活動に取り組む生徒の育成
-心象表現題材「瞳を閉じて見えるもの-13歳の自分-」の開発と実践を通して-
太田市立宝泉中学校
久保田
裕
Ⅰ 主題設定の理由
雑 誌 や 広 告 、イ ン タ ー ネ ッ ト 、テ レ ビ 、ゲ ー ム な ど 様 々 な 画 像 に 視 覚 を 刺 激 さ れ る 昨 今 、
生徒の自分自身や身近な人、風景などに目を向ける時間が減少してきていると感じる。だ
からこそ、何気なく見過ごしている身近な対象をじっくりと見つめ思いを巡らす態度を育
てたいと考え、自分と自分を取り巻く身近なものを目と心で見つめる美術教育の実践に努
めてきた。また、美術の楽しさを味わわせ生徒が美術を好きになることを第一に考え、毎
時の授業に努めている。このことは、平成24年度全面実施された中学校美術科学習指導
要領の改善の基本方針である創造することの楽しさを感じさせるという主旨と同様であ
る。そしてその解説には、特に第一学年において楽しく美術の活動に取り組み美術を愛好
する心情を培うことを第一に考え、そのなかで表現及び鑑賞の基礎となる資質や能力の定
着を図ることが示されている。このことから先ず、第一学年において楽しく美術の活動に
取り組めるように指導を充実させることが重要であると考えている。
中 学 一 年 生 最 初 の 美 術 科 の 授 業 で 「 よ い 作 品 と は 何 か ? 」「 美 術 の 授 業 で 頑 張 り た い こ
とは?」と生徒に発問している。多くの生徒は、作者の気持ちが伝わってくる作品や一生
懸命につくった作品と答え、自分もそういう作品をつくりたいと意欲的である。しかし、
本物そっくりに描画した写真のような作品がよい作品であり、自分は絵に自信が無いと答
え 、こ れ か ら 始 ま る 美 術 の 授 業 に 不 安 を 持 っ て い る 生 徒 も い る 。こ れ は 写 実 志 向 が 強 ま り 、
自分の表現技能に劣等感を持ち美術の活動を楽しめていないからだと考える。この劣等感
を取り除き、美術の楽しさを味わわせ、自分の絵に自信を持たせ、楽しんで美術の活動に
取り組めるようになって欲しいと考えた。そして、その1つの方法として、写実表現にこ
だわらず自分の内面世界を自由に表現するよさを味わいながら、思いを巡らせ成就感が得
られる心象表現題材の充実が有効であると考えた。
そこで本研究では中学一年生を対象にして、自分の心や記憶をじっくりと見つめ、発想
を広げ、構想を深め、絵画で表現する題材「瞳を閉じて見えるもの-13歳の自分-」の
開発と実践を試みることとした。目で観察して対象の形や色を写実表現するのではなく、
幼児のように心で感じたり記憶にとどまったりした形や色を自由に表現させる。そのこと
により、生徒の内に秘められた本能ともいえる表現欲求を喚起させ、意欲的で楽しい表現
活動が期待できる。また、生徒の内面は多種多様で様々な表現の可能性がある。その表現
のために役に立つ基礎的・基本的な知識や技能を精選して教え、活用させる。そのことに
より、多様な表現が可能となり他者とは違う唯一の自分の内面を表現できる充実感を味わ
い さ ら に 意 欲 を 高 め さ せ る こ と が で き る 。さ ら に 、自 分 の 内 面 を 表 現 す る こ と は 自 己 理 解 、
自己開示を促す。また、描画を見せ合うことにより、他者の内面を理解し、よさを認めあ
う他者受容も期待できる。このことにより、形や色を通して他者と心の交流ができる美術
の楽しさを味わうこともできる。
以上のことから、上記の意図を生かした題材を実践すれば、一人一人の生徒の表現欲求
を喚起させ、自分の表現意図に合った知識・技能の活用が促進され、さらに表現意欲を高
め、楽しく美術の活動に取り組む生徒が育成できると考え、本主題を設定した。
-1-
Ⅱ
研究のねらい
題材「瞳を閉じて見えるもの-13歳の自分-」の開発と実践を通して、自分の内面を
主題にした心象表現指導の充実が学習意欲を高め、楽しく美術の活動に取り組む生徒を育
成するうえで有効であることを明らかにする。
Ⅲ
研究仮説
美術科において、以下の3点を重点に開発した題材「瞳を閉じて見えるもの-13歳の
自分-」を実践すれば、学習意欲を高め、楽しく美術の活動に取り組む生徒を育成するこ
とができるであろう。
1
表現意欲を喚起させる課題提示
2
使いたい意欲を持たせる基礎的・基本的な知識や技能の習得
3
よさを認め合い発想を広げ構想を深めさせる対話
Ⅳ
研究の内容
1
目指す生徒像
美術の楽しさは、新たな美意識に気づき、美術の基礎的な能力を伸ばし、自分自身の心
を潤す活動が展開された時に味わうことができると考える。特に表現及び鑑賞の基礎とな
る資質や能力の定着を重視した中学一年生において、自分の感情や記憶を主題にして自分
自身と対話しながら表現し自己実現の喜びを味わわせることは、中学校の 3 年間だけでな
く生涯にわたり美術の活動に楽しく取り組むための基盤になると考える。よって、本研究
では心象表現題材により、自分の内面を見つめ、表したい感じや気持ちを大切にして、思
いを巡らせながら形や色を使い創造的に学習を進め、楽しく美術の活動に取り組む資質や
能力を生徒に身に付けさせたいと考えた。以下にその具体像を3点で示す。
○
自分の気持ちや表したい感じを大切にした描画の楽しさを理解することができる。
○
思いを巡らせ自分の表したい感じに合った形や色で表現しようとすることができる。
○
自分の内面を見つめ、自分の内面の開示や他者の内面の受容を楽しむことができる。
2
題材開発における3つの重点指導
学習意欲を高めていく本研究のねらいから、群馬県教育振興基本計画の「学習の基盤に
な る 基 礎 ・ 基 本 の 3 つ の 要 素 」 を 参 考 に し た 。 そ れ は 、「 自 ら 学 ぶ 意 欲 」 の 持 続 的 な 高 ま
り を 核 と し て 、「 基 礎 的 ・ 基 本 的 な 知 識 ・ 技 能 」 を 「 思 考 力 ・ 判 断 力 ・ 表 現 力 」 と と も に
スパイラルに培うことである。これを美術科の表現活動に応用し、表現意欲を持続して高
め 、 身 に 付 け た 知 識 ・技 能 を 役 立 て 、 発 想 ・ 構 想 を 繰 り 返 し な が ら 表 現 す る 生 徒 の 姿 と し
た 。 さ ら に 開 発 す る 題 材 に あ う 3 つ の 指 導 要 素 に 置 き 換 え 、「 表 現 意 欲 を 喚 起 さ せ る 課 題
提 示 」「 使 い た い 意 欲 を 持 た せ る 基 礎 的 ・ 基 本 的 な 知 識 や 技 能 の 習 得 」「 よ さ を 認 め 合 い
発 想 を 広 げ 構 想 を 深 め さ せ る 対 話 」 と し た 。 以 下 (1 )~ (3 )に そ の 指 導 の 工 夫 を 示 す 。
(1 ) 表 現 意 欲 を 喚 起 さ せ る 課 題 提 示
人 が 本 来 内 に 秘 め て い る 表 現 欲 求 を 喚 起 さ せ 、「 や っ て み た い 」「 面 白 そ う 」 と 思 え る
ように課題を提示することで、生徒の主体的な学習が始まる。そこで、以下3点を視点に
課題提示を工夫する。
①
心動かす題材との出会い
驚きや、意外性、発見、共感などの感動を伴う題材との出会いを演出することで、生徒
-2-
の興味・関心を高めることができると考える。本題材では、教師の問いかけから始まる生
徒 と の 対 話 を 工 夫 す る こ と で 驚 き や 意 外 性 、発 見 、共 感 な ど の 感 動 を 生 み 出 す よ う に す る 。
②
共感や憧れを生み出す鑑賞活動
鑑 賞活 動 で 味 わ っ た 美 術 作品 の 良 さ や 美 し さ、共 感や 憧 れ が 自 分 の 表現 に 生 か せ る こ と で、
表現活動への興味・関心を高めることができると考える。本題材では、自分の感情や記憶を
自 由 に 表 現 し た 美術 家 の 作 品 を 鑑 賞 し、そ の 良 さや 美 し さ に 共 感 や憧 れ を 持 て る よ う に す る。
③
ねらいに迫るための制作条件の提示
学習のねらいや制作の方向性を明確に示すことに加えて、適度な制作の条件を与えるこ
とが、個性的で主体的な表現を生み出すと考える。どの生徒も自分に合った表現が可能に
な り 、「 や っ て み た い 」「 面 白 そ う 」 と 思 え る よ う な 制 作 の 条 件 を 提 示 す る よ う に す る 。
(2 )
使いたい意欲を持たせる基礎的・基本的な知識や技能の習得
生徒一人一人の内面は複雑で様々な表現の可能性がある。それを表すために有効な基礎
的 ・ 基 本 的 な 知 識 や 技 能 を 精 選 し て 教 え 、試 行 さ せ 、自 分 の 表 現 に 活 用 し た い と 思 わ せ る 。
こ の こ と は 、 生 徒 の 「 わ か っ た 」「 で き た 」「 役 に 立 つ 」 を 生 み 出 し 学 習 意 欲 を 高 め て い
く と 考 え る 。そ こ で 、本 題 材 で は 、美 術 活 動 に 欠 か せ な い 形 ・ 色 ・ 道 具 の 3 つ の 視 点 か ら 、
以下の指導を取り入れることとする。
①
線や形による感情表現
作 例 を 提 示 し 、 直 線 や 折 れ 線 、曲 線 な ど 様 々 な 描 線 が ど ん な 感 情 を 表 現 す る か 、 ま た 角
のある形や丸い形などがどんな感情を表現できるかを問いかける。このことにより、線や
形 の 工 夫 で 自 分 の 感 情 が 表 現 で き る こ と を 理 解 さ せ 、様 々 な 感 情 を 表 現 で き る よ う に す る 。
②
色による感情表現
色や色の組み合わせがどんな感情を表現するかを問いかけ、それらを使った作例を提示
し、色や色の組み合わせにより様々な感情が表現できるようにする。
③
にじみやぼかし等の水彩技法
水彩絵の具の基礎的な技能を教え、試行させ、それらを使った作例を提示し、着彩の工
夫により、様々な感情が表現できるようにする。
(3 )
よさを認め合い発想を広げ構想を深めさせる対話
自分の表したい感じをどう表現していくかアイディアを練る美術の楽しさを味わわせた
い。そこで、生徒の発想を広げ構想を深めさせるために、教師との対話、生徒同士の形や
色を通した交流が有効に働くよう以下の3つの指導を取り入れることとする。
①
イメージを連想や複合、統合できるようにする指導
教師が生徒の描画を指しながら、その表現意図を予想して伝える。このことにより共感
したり、表現に自信を持たせたりする。また、教師の予想が生徒の表現意図と違うときに
は、新たな解釈があることに気付かせる。そして、そこから見立てを始め、表現した形や
色 か ら 連 想 し た り 、複 合 や 統 合 し た り し て 構 想 を 深 め さ せ る こ と が で き る よ う に 指 導 す る 。
②
ICT機器を活用した他者の発想や構想を自らの表現に生かさせていく指導
表現に発展性があり、他の生徒の発想を広げたり、構想を深めたりする生徒の途中描画
をデジタルカメラで撮影し、直ぐに全体に提示し、賞賛するとともに自分の表現に生かし
ていくことができるように指導する。
③
生徒の形や色によるコミュニケーションの仲介
他生徒の発想や構想の良さを自分の表現に生かした生徒の描画を撮影し全体に提示す
る。このことにより、他者の表現の良さを認め合う心情を育むとともに形や色を通した生
徒同士の交流が促進されていくようにする。
-3-
3
検証計画
(検証の視点)
○
自分の気持ちや表したい感じを大切にした描画の楽しさを理解している。
○
思いを巡らせ自分の表したい感じに合った形や色で表現しようとしている。
○
自 分 の 内 面 を見 つ め 、自 分 の 内 面 の 開 示 や 他者 の 内 面 の 受 容 を楽 し む こ と が で き て い る。
(検証の方法)
○
制作態度(観察・対話)
○
作品と制作の振り返り記述(分析)
Ⅶ
研究の展開
1
開発した題材指導計画の概要
題材
「瞳を閉じて見えるもの~13歳の自分~」
「A表現(1)(3)」「B鑑賞」
目 心の世界に関心をもち,自己の内面を深く見つめて感じ取ったこと、感情や記憶などを造形的な
標 効果を生かし創造的に表現するとともに,他者の作品から作者の心情や意図、創造的な表現の工
夫などを感じ取り味わう。
評 関心・
表現「瞳を閉じて見えるもの」というテーマを基に、自分の内面を表現することに関心
価 意欲・
を持ち、主体的に心豊かな表現の構想を練ったり着彩用具の特性を生かしたりしようと
規 態度
している。
準
鑑賞 内面世界を表現した作品に関心をもち、主体的によさを感じ取ろうとしている。
発想や
「瞳を閉じて見えるもの」というテーマを基に、自己の内面を見つめ、感情や記憶など
構想の
の心の世界を主題に全体と部分との関係や単純化や省略、強調を考えた絵柄の配置や、
能力
イメージの複合、統合などを考え、創造的な構成を工夫し、心豊かに表現の構想を練っ
ている。
創造的
感性や造形感覚などを働かせて、着彩用具の特性を生かし、自分の表現意図に合う新た
な技能
な表現方法を工夫したり、制作の順序などを考え、見通しをもちながら、創意工夫して
表現している。
鑑賞の
感性や想像力を働かせて、造形的なよさや美しさ、作者の心情や意図と表現の工夫など
能力
に気づいたりしている。
過
時
程
間
題
1 ○
材
学習活動
支援及び指導上の留意点
表現課題を ○
生徒との問答を通し、表現課題を理解させるようにする。
つかむ。
表現課題「瞳を閉じて見えるものを描く。」
と
の
○
出
の 作 品 を 鑑 賞 ・目で見たものを正確に描写するのではなく、自分の内面を自由に描いて
会
し、感情や記憶
い
を自由に表現す ・実際の色にこだわらず、自分の表現意図に合った色で自由に着彩するよ
・
るよさや楽しさ
新
を味わう。
た
シャガール ○
シャガールの作品を以下の視点で鑑賞して生徒の気づきを促す。
いるよさや楽しさ。
さや楽しさ。
・いくつかの思いを複合して自由に表現しているよさや楽しさ。
・心に残る思い出などを感情豊に表現するよさや楽しさ。
な
○
美
提示し、制作の もに表現の工夫を理解させる視点から鑑賞させる。
意
条件を伝える。 ○
識
参考作品を ○
参考作品を提示し、表現の概要をつかむことができるようにするとと
画面の使い方や着彩方法を伝えることで、自分の表現の見通しを持た
せ、円滑に発想を始め、構想を深めさせることができるようにする。
-4-
の
獲
○
自分の内面 ○
自分の好きな事、好きなもの、好きな時間などを問いかけ、ポジティ
得
を見つめ、見え ブなイメージから自分の内面を見つめさせ、楽しく描画できるようにする。
・
たものを描き出 ○
自
す。
中学校入学からこれまでの行事など主な出来事を振り返り、心に残った
場面や印象に残った事、物などを想起させる。
分
○
と
賛するとともに自分の表現に生かしてよいことを伝える。
の
2 ○
自分の内面 ○
描画が始まった生徒の作品を撮影し、大画面に拡大提示し,発想を賞
描線や形の工夫による感情表現などが感じられる参考例を提示し、線
対
を見つめ描画を の使い方や形を工夫することができるようにする。
話
広げていく。
○
他者の発想を取り入れた生徒の描画を撮影し全体に提示する。このこ
とにより、形や色により生徒同士のコミュニケーションが促進していくよ
うにする。
・
技 3
○
水彩絵の具 ○
にじみやぼかし、吸い取り、ひっかき、洗い出しなどの水彩絵の具の
法 4
の様々な技法を 基礎的な技能を教え、試行させ、それらを使った作例を提示し、絵の具の
の
知り試行する。 使い方により、様々な感情が表現できるようにする。
獲
得
5 ○
着彩して自 ○
色や色の組み合わせがどんな感情を表現するかを問いかけ、それらを
・
6 分の内面を色で 使った作例を提示し、色や色の組み合わせにより様々な感情が表現できる
色
7 表す。
ようにさせる。
に
8
○
水彩絵の具を主とするが、ペンや色鉛筆などの描画材を併用しても良
よ
い事を伝え、細かな水彩絵の具表現に不安を持つ生徒の不安を取り除くと
る
ともに自由な発想から自分の意図にあった着彩表現ができるようにする。
表
○
現
拡大提示し,発想を賞賛し自分の表現に生かしてよいことを伝える。
試行した技法や新たな着彩の工夫が見られる作品を撮影し,大画面で
・
鑑 9
○
制作をふり ○
賞
返り,自他の作 ○
自分の作品の表現意図について記述する。
感性や想像力を働かせて、自他の作品の造形的なよさや美しさ、作者
品を鑑賞する。 の心情、表現の意図や工夫などに気づかせる
2
実践の結果
(中学校第一学年生徒を対象に2月に実施)
(1 ) 表 現 意 欲 を 喚 起 さ せ る 課 題 提 示 に つ い て
①
心動かす題材との出会い
「 皆 さ ん に 、見 て 欲 し い 物 が あ り ま す 。 瞳 を 閉 じ て く だ さ い 。 何 が 見 え ま す か ? 」 生 徒
に問いかけて授業を始めた。見るのに瞳を閉じるという意外性は生徒を惹きつけた。目を
閉じた生徒から、
「 何 も 見 え ま せ ん 。」
「 真 っ 暗 。」
「 ま ぶ た 。」な ど の 返 答 が 返 っ て く る 。
「も
っ と 、 よ く 見 て く だ さ い 。 瞳 を 閉 じ て も 見 え る 物 が あ る で し ょ う 。」 と 続 け る 。 生 徒 は 困
惑 し た が 、 間 も な く 「 夢 。」 と い う 返 答 が き た 。 こ の 生 徒 の 発 見 を 認 め 、 間 髪 空 け ず に 教
師 が 言 葉 を 続 け た 。「 そ う で す 。 夢 は 瞳 を 閉 じ て も 見 え ま す ね 。 他 に も 自 分 の 此 処 と 此 処
の 中 が 見 え ま す ね 。」 と 言 っ て 頭 と 胸 に 手 を あ て る 。 生 徒 か ら 「 思 い 出 。」 や 「 気 持 ち 。」
と い う 呟 き が 聞 こ え た 。 教 室 全 体 に 共 感 を 生 み 出 す よ う に 教 師 が 応 え る 。「 そ う で す 。 思
い 出 や 記 憶 、 自 分 の 内 面 が 見 え て き ま す ね 。」 そ し て 、 題 材 名 を 提 示 し た 。「 今 回 は 自 分
の 内 面 を じ っ く り と 見 つ め て み ま し ょ う 。」 こ の よ う な 問 答 に よ り 題 材 と の 出 会 い を 演 出
した。このことにより、驚きや意外性、発見、共感などの心の動きを生み出し、学習意欲
を高めることができたと考える。
-5-
②
共感や憧れを生み出す鑑賞活動
課題を告げた後、マルク・シャガールの作品
「 Bella's
Wedding」 の リ ト グ ラ フ ( 写 真 1 ) を 提 示 し
た 。 ま ず 、「 中 心 に は 何 が 描 か れ て い る ? 」 と 生 徒
に 発 問 す る 。生 徒 か ら「 女 の 人 」と 返 答 。続 け て「 そ
う で す 。女 の 人 で す 。ど ん な 場 面 の 女 の 人 で す か ? 」
と発問する。生徒たちはさらに作品を見つめ、考え
込む表情になる。女の人の服装に注目するように告
げ る 。 す る と 「 結 婚 式 」「 花 嫁 」 と 呟 き が 聞 こ え た 。
そこで「そうです。花嫁です。この絵の作者はシャ
ガール。120年程前にロシアで生まれた男性の画
家です。中心の女性はシャガールの奥さんのベラで
す。シャガールは奥さんのことをすごく愛し、花嫁
姿の奥さんを何度も何度も作品に登場させていま
写真1「Bella's Wedding」
マルク・シャガール
す 。」 と 鑑 賞 を 深 め る た め に 必 要 な 情 報 を 伝 え る 。 次 に 、 作 品 を 拡 大 提 示 し な が ら ベ ラ の
周囲に描かれた様々な絵柄を生徒と一緒に確認していく。その1つ1つをなぜシャガール
は描いたのかを生徒に問いかける。それらはシャガールの愛したものであったり、忘れら
れない記憶であったり、感情を表すイメージであったりする事を伝える。次に花嫁の手足
の関節の表現や馬の目の描画に注目させ、シャガールは写実的な描写にこだわらずに、自
由 に 描 画 し て い る こ と に 気 付 か せ た 。 そ し て 赤 い 馬 や 青 い 鶏 に 注 目 さ せ 、そ の 色 使 い か ら
実際の色にこだわらず、自分の思いや記憶に合った色で自由に着彩するよさや楽しさに気
付かせた。その後、シャガールの作品を数点スライドで提示し、いくつかの思いを複合し
て自由に表現しているよさや楽しさ、心に残る思い出などを感情豊に表現するよさや楽し
さに気付かせた。生徒たちはシャガールの心の中や記憶を自由に表現する作風に興味を持
ち 、感 嘆 の 声 を 漏 ら し な が ら 作 品 に 見 入 っ て い た 。
③
ねらいに迫るための制作条件の提示
自分の内面をじっくりと見つめシャガールのように自由に表現する事を伝え、作品制作
の イ メ ー ジ を 持 ち や す い よ う に 、 提 示 し て あ る シ ャ ガ ー ル の 作 品 「 Bella's
Wedding」( 写 真
1)と生徒の作例を基にして以下の条件を伝えた。
○
「 Bella's Wedding」 の よ う に 画 用 紙 は 縦 長 に 使 う 、 画 用 紙 の 縁 か ら 指 二 本 程 度 の 位 置 に
枠 を つ く り そ の 内 側 が 作 品 に な る 。枠 線 は 自 由 な 線 を つ か い 直 線 で な く て も よ い 。ま た 、
枠からはみ出して描画しても良い。
○
目 で 見 え る 形 に こ だ わ ら ず 、 自 分 の 記 憶 や 感 情 に 忠 実 に 描 画 す る 。( ダ リ の 作 品 「 記
憶 の 固 執 」 の 柔 ら か く 歪 ん だ 時 計 の 表 現 を 例 に 提 示 し た 。)
○
絵 柄 を 単 純 化 や 省 略 、強 調 し た り 、記 号 、文 字 、数 字 を 表 現 に 取 り 入 れ た り し て 良 い 。
○
水彩絵の具で着彩するが、自分の記憶や感情に忠実な色を選択して着色する。ペンや
色鉛筆などの着彩を併用しても良い。
生徒たちは条件を基にして、作品の枠の形を変化させ自分の心の形を表現したり、故意
に歪めてラケットやボールを描いたり、稲妻を単純化させ感情表現に使ったり,目標とし
ている点数やタイムの数字を描き込んだり、様々に発想を広げ,自分の感情にあった表現
の構想を深めていくことができた。
-6-
(2 )
①
使いたい意欲を持たせる基礎的・基本的な知識や技能の習得
線や形による感情表現について
先輩である中学二年生
が一年次に描画した作例
を提示した。まず、写真
2を提示し、二本の線は
作者が歩んできた中学一
年の道を表していること
を告げた。そして、意図
的に折れ線で表現してい
ることに注目させた。な
写真2
折れ線による感情表現
写真3
渦巻く線による感情表現
写真4
柔らかな形による感情表現
写真5
角ばる形による感情表現
ぜ折れ線なのかを問いか
けると困難や不安を表現
していると返答があり、
描線の工夫により思いが
表せることに気付かせる
ことができた。続けて、
写真3を提示し渦巻く線
から何を感じるかを問い
かけ、様々な描線の雰囲
気で自分の感情が表現で
き る こ と に 気 付 か せ て い っ た 。 同 様 に 写 真 4 、写 真 5 で は 柔 ら か な 形 や 角 ば る 形 を 使 っ た
表現が、どんな感情を表しているのかを問いかけ、形の工夫により感情の表現ができるこ
とに気付かせることができた。このことにより、生徒たちは目で見た写実的な形にこだわ
らず、自分の感情に合わせた線や形を自由に使い描画していくことができた。
②
色による感情表現について
生徒の作例を提示し色
や色の組み合わせがどん
な感情を表現するかを問
いかけた。写真6、7の
画面左右の色に注目させ、
画面左右でどのような印
象を受けるか問いかけた。
生徒からは「ポジティブ
写真6
写真7
と ネ ガ テ ィ ブ 。」「 楽 し い 、悲 し い 。」 な ど の 言 葉 が 出 た 。 そ こ か ら 、 色 や 色 の 組 み 合 わ せ
により、感情が表現できることに気付かせた。そして、生徒たちは目で見た色にこだわら
ず、自分の感情に合わせた色や色の組み合わせを自由に使い着彩しだした。
-7-
③
にじみやぼかし等の水彩技法について
着彩方法については、中学で学習した不透明なはっきりし
た着彩方法やにじみやぼかしを生かせる透明な淡彩の着彩方
法など自分の気持ちに合わせて自由に工夫してよいこととし
た。そこで、心象表現に役立たせたい9つの技法を単独また
は 複 合 し て 試 行 さ せ た ( 写 真 8 )。 そ し て 、 そ の 活 用 方 法 を
あ わ せ て 提 示 し た (写 真 9 )。 主 な 試 行 は 以 下 の 通 り で あ る 。
○
絵の具を溶く水の量を変化させ濃淡を変化させる。
○
画 用 紙 を ひ っ か き 、そ の 上 に 着 彩 し て 濃 い 色 の 線 を だ す 。
(ひ っ か き )
○
着彩して直ぐにティッシュで部分的に色を吸い取る。
(吸
い取り)
○
絵の具が乾いた後、同色または異色を重ねて濃い部分を
つ く る 。 (重 色 )
写真8
○
絵 の 具 が 乾 く 前 に 異 色 を 重 ね 滲 ま せ る 。( に じ み )
○
水のついた筆で着色部分をこすり、ティッシュで色を吸
技法の試行
い 取 り 薄 く す る 。 (洗 い 出 し )
○
一 定 方 向 に 色 を ぼ か し て 薄 く 着 色 す る 。 (ぼ か し )
○
絵 の 具 を 垂 ら し 、息 を 吹 き か け 線 状 に す る 。( 吹 き 流 し )
○
金 網 を 使 い 絵 の 具 の つ い た ブ ラ シ を 擦 り 、霧 状 に 着 色 す
る 。( ス パ ッ タ リ ン グ )
ま た 、 そ れ ぞ れ の 技 法 を 表 現 に 活 用 し た 例 を 提 示 し 、自 分
写真9
にじみの活用作例
の 表 現 に 生 か せ る よ う に し た 。 (写 真 9 は 、 に じ み を 活 用 し た 虹 色 の ピ ア ノ 鍵 盤 の 作 例 )
(3 )
①
よさを認め合い発想を広げ構想を深めさせる対話
イメージを連想や複合、統合できるようにする指導
教師が教室内を巡回しながら生徒一
人一人と描画意図について対話してい
った。このことにより、表現について
自信を持たせたり、教師の予想が自分
の表現意図と違うときにはそこから見
立てを始め、表現した形や色から連想
写真10
したり複合、統合し構想を深めさせる
ことができた。写真10は、ラケットと鉛筆をあわせ、勉強と部
活の両立を表している。写真11では、バレリーナの足をバット
とボールに変化させ、バレーからソフトボールへと転身した作者
写真11
の変化を表している。
②
ICT機器の活用による他者の発想や構想を自らの表現に生かさせていく指導
他の生徒の発想を広げたり、構想を深めたり
する生徒の途中描画を直ぐにデジタルカメラで
撮影し、42型テレビ画面を使い全体に拡大提
示した。写真12は心の秘密を意図した描画。
写真13は、努力と気合いの重さでしなるラケ
ット。このような描画例に刺激を受け、自分の
表現を発展させようとする様子が見られた。
-8-
写真12
写真13
③
生徒の形や色によるコミュニケーションの仲介
他生徒の発想や構想の良さを自分の表現に生かした生徒の描画を再
度、撮影し全体に提示した。写真14は,写真13のしなるラケット
や写真12の鍵のかかったハートなどを自分の表現に生かしている。
写真14を提示し、様々な友達のアイディアが生かされ、また自分の
アイディアが他者に刺激を与えよい表現を生み出すことを伝えた。こ
のことにより、他者の表現の良さを認め合う心情を育むとともに形や
色を通した生徒同士の交流を促進させることができた。
(4 )
写真14
完成作品と制作の振り返り記述
以下の写真15~21は、生徒が表現した作品とその振り返り記述の 1 部である。
題名
「愛すべきものたち」
好きな本とチョコレ
ートを一体化してみた。
太陽が緑なのは、暖か
みも冷たさも吸収して
くれる中間的な色だか
ら。溢れている光が色
々な色なのはそのため。
細かいところを観察す
ると楽しい物が色々と
隠れてる。本は私のお
薦めの本。好きな物が
沢山描けて楽しかった。
題名「自分の心境」
背景の茶色は机のイ
メージ、それを打破す
る意味でスーパーマンが
机を破っている。ストッ
プウォッチ が START し
かないのは止まらない
という意味。パズルの
形は、鍵穴 or 人形。パ
ズルの1つ1つに意味
がある。机の色あせた
感じは吸い取り技法で
表現した。自分らしい
作品ができて良かった。
写真16
写真15
題名「心空」
ハート左が黄色なの
は 、 CAST に な れ た 喜
び、満足できた勉強、
大好きな歴史を表す。
入学の明るい気持ちは
ピンク。合唱の伴奏者
になれなかった悲しみ
は紫と茶色。自分の心
の中を探るのは、とて
も面白くてどんどん描
けた。思い出がこの絵
に沢山詰まってます。
題名「思い出のボール」
サッカーボールの1
面1面に1年間の思い
出が描いてあり,真ん
中に未来への扉がある。
その扉に向かう階段は、
自分の足から出るシュ
ートの軌跡からできて
いる。階段の穴は、夢
への困難さを表現して
いる。いろいろな技法
を使い絵を描き楽しか
った。
写真17
写真18
題名「心を護るもの」
刀は,心に入ってく
る悪を打ちのめすため
の刀。黄緑のベルトコ
ンベアーの箱は今まで
の思い出が詰まってい
る。黄色とオレンジが
吹き出す箱は中1の思
い出。ピンクの線は道
で、今まで私が通って
きた道。白黒の階段は
未来への階段。全体が
ぼやけた感じにしてス
パッタリングをかけた。
写真19
題名「英語の時間」
茶色はこれから歩んで
いく道。4 色の足跡は春
夏秋冬。2 又道は、先生
と デ ザ イ ナー ど ちら に な
る か 迷 っ て いる 自分 。 13
”00 は目標タイム。ブラ
ン コ に 乗 って い るの は 、
い ろ い ろ と思 い 出し て い
る 自 分 。 自分 の こと な の
で 描 い て いて と ても 楽 し
か っ た 。 色を 気 持ち に 合
わ せ 、 か なり 変 えた 。 ネ
ー ム ペ ン も便 利 でし た 。
写真20
-9-
3
考
察
題名「好きなものと自分の思い」
ピアノは上手く弾けないから、
ねじれてる。だけど上手くな
りたいから虹色。笑う音符は
合唱の金賞。将来の夢は保育
士。だから、左下に子供たち
が生き物や花を見て喜んだり、
驚いたりする様子を描いた。
太陽が笑っているのは自分が
いつも笑っていたいという思
い。1 つ 1 つ気持ちを込めて
描けた。自分の好きな色がい
っぱいで好きなことをたくさ
ん描けてよかった。
教師と生徒との言葉のやりとりから、
題材との出会いを演出し、美術作品を
鑑賞し自分の気持ちや表したい感じを
大切した表現の価値に気付かせ、それ
を生した表現活動の課題と条件を提示
したことにより、生徒たちは表現意欲
を喚起させ、主体的に表現活動を始め
ることができた。そして、生徒の表現
活動に役立つ基本的な技法を表現過程
写真21
に合わせて教え、活用例を提示したこ
とにより、生徒は使いたい、さらに新たな技法を工夫したいという意欲を持ち、学習意欲
を持続的に高めていくことができた。また、教師との対話やデジタルカメラと大画面を活
用 し て 他 者 の 発 想 ・ 構 想 の よ さ を 適 宜 提 示 し 、そ の よ さ に 気 付 か せ 、自 分 の 表 現 に 生 か す よ
う指導することにより、思いを巡らせ自分の表したい感じに合った形や色で表現する楽し
さを味わわせることができた。完成作品とその振り返り記述、他者の作品の鑑賞の様子か
らも、自分の内面をじっくり見つめることを楽しみ、様々な技法を使うことで表現意欲を
持続して高め、自分を開示し、他者の内面表現のよさを味わうことを楽しめていることが
分かる。
Ⅷ
研究の成果と今後の課題
1
研究の成果
○
自分の内面を主題にした心象表現の指導を充実させることは、生徒たちの学習意欲を
高め、楽しく美術の活動に取り組む態度を身に付けさせるうえで有効であることが明ら
かになった。
○
表 現 活 動 に お い て 「 表 現 意 欲 を 喚 起 さ せ る 課 題 提 示 」「 使 い た い 意 欲 を 持 た せ る 基 礎
的 ・ 基 本 的 な 知 識 や 技 能 の 習 得 」「 よ さ を 認 め 合 い 発 想 を 広 げ 構 想 を 深 め さ せ る 対 話 」
の3つの指導要素を充実して関連させることにより、学習意欲を高め、楽しく美術の活
動に取り組む態度を身に付けさせられることが分かった。
2
今後の課題
○
自分の内面を言葉で表現したり、アイディアをスケッチしたりするなどの過程を取り
入 れ 、 さ ら に 自 分 自 身 を し っ か り と 見 つ め 、主 題 と 向 き 合 う 態 度 を 深 め さ る 指 導 の 工 夫
を探っていきたい。
Ⅸ
終わりに
本 実 践 に よ り「 自 分 は 絵 心 が な い 。」が 口 癖 の 生 徒 が「 自 分 ら し く 絵 が 描 け て 良 か っ た 。」
と記述してくれた。その生徒も含め、多くの生徒が毎時の授業後に制作途中の作品を見せ
合 い 、工 夫 や 表 現 意 図 に つ い て 笑 顔 で 語 り 合 っ て い た 。美 術 教 師 と し て 嬉 し く 励 み に 思 う 。
今後も全ての生徒が楽しく美術の活動に取り組めるように指導の充実を図っていきたい。
参考・引用文献
(1) 文 部 科 学 省 ( 平 成 20 年 )『 中 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 美 術 編 』 日 本 文 教 出 版
(2) 谷 口 由 美 子 ・ 林 徳 治 (1999)『 生 徒 の 心 象 表 現 の 発 想 を 促 す コ ン ピ ュ ー タ 利 用 に 関 す る
授業研究』日本教育情報学会
( 3) 垣 内 宏 志 ( 2012)『 学 習 意 欲 を 高 め る た め の 図 画 工 作 ・美 術 科 の 基 礎 ・基 本 』 奈 良 県 立
教育研究所
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(4) 群 馬 県 教 育 振 興 基 本 計 画 (平 成 21 年 )
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