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第8章 社会とのつながり【PDF:2.2MB】

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第8章 社会とのつながり【PDF:2.2MB】
■ 第8章 ■
社会とのつながり
第 1 節 幸福であるために社会とのつながりが重要なのはなぜか ........ 202
第 2 節 社会とのつながりの評価 . ...................................................... 204
第 3 節 社会とのつながりの幸福度指標 ............................................. 206
第8章
第 4 節 社会とのつながりの平均的傾向 ............................................. 208
第 5 節 社会とのつながりの人口集団間の格差 ................................... 214
第 6 節 統計上の今後の課題 .............................................................. 218
第 7 節 結び ...................................................................................... 219
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第8章
社会とのつながり
はじめに
社会とのつながりは、他者とともに時を過ごすことから得られる人間本来の喜びに加えて、
個人や社会の幸福に好ましい波及効果ももたらす。支えとなる広いネットワークを持つ人は、
相対的に健康で、寿命が長い場合が多く、就業率も高い。社会全体でみれば、社会とのつなが
りは、他者への信頼や助け合いの社会規範といった共通の価値観を生み出し、それはまた、経
済成長や民主的参加、犯罪率などさまざまな結果に影響を及ぼす。本章では、社会とのつなが
りの各種の側面を測定するため、社会的ネットワークによる支援と社会的接触の頻度に関する
指標を用いる。OECD 加盟国では全般に、社会的ネットワークは比較的強く、ほとんどの人が
定期的に友人や家族に会い、困ったときに頼れる相手がいると回答している。とはいえ、そこ
には社会経済的背景や人口統計学的背景による有意差がみられ、高齢者層や貧困層、低学歴層
第8章
は社会的支援ネットワークが比較的弱い。また、他者に対する信頼度は、社会とのつながりの
結果を示す主要な指標の一つであるが、国によってかなりのばらつきがある。だが、社会との
つながりを測定するのは依然として難しく、この分野で比較可能な指標を開発するには、さら
なる取り組みが求められる。
第 1 節 幸福であるために社会とのつながりが重要なのはなぜか
人間は社会的生き物である。他者との接触頻度や人間関係の質は、人々の幸福を左右するき
わめて重要な要因である。家族であれ、友人であれ、あるいは同僚であれ、人は他者とともに
時を過ごすことから喜びを得るものであり、何を行うにも他者と一緒のほうが満足感が大きい
というのが一般的である(Kahneman and Krueger, 2006)
。また、社会的ネットワークは、必
要なときに物質面や感情面での支えとなるほか、就業その他の機会も提供する。
他者との相互作用のあり方は、直接的な交際範囲を超えたところにも影響を及ぼす。社会と
のつながりが成熟していれば、他者への信頼や多様性に対する寛容、助け合いの社会規範が生
まれ、情報交換や共同行動が促されると思われる。社会的ネットワークと、それが生み出す共
通の価値観や規範は、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の基盤であり(コラム 8.1 参照)、
民主的参加や犯罪率、健康状態、地域社会や経済の力など、幸福に関する重要な結果を左右す
る要因として、社会関係資本はますます重視されるようになっている(Putnam, 2000; Halpern,
2005)。
本章では、人々の幸福に影響を及ぼす社会とのつながりについて、いくつかの指標を取り上
げる。すなわち、他者との接触から直接得られる幸福に主眼を置く、人との接触に関する指標
と、他の社会的成果の重要な促進要因と考えられる社会関係資本に関する広範な指標である。
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社会とのつながり
第8章
コラム 8.1 社会関係資本
ごく一般的にいえば、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)とは、社会とのつなが
り(友人関係、家族関係など)は人間本来の喜びに加えて、それ以外にも利益をもたらす
という概念を示すものである。社会関係資本の定義はさまざまだが、大方の意見が一致し
ているのは、社会関係資本は、社会的ネットワークと、社会的ネットワークが生み出す共
通の価値観や規範、理解(信頼、多様性に対する寛容、公共心、助け合い、相互扶助など)
の双方からなるという点である。OECD の定義は、「グループ内部またはグループ間での協
力を容易にする共通の規範や価値観、理解を伴ったネットワーク」となっている(OECD,
2001)。社会関係資本の例としてよく挙げられるものに、ニューヨークのダイヤモンド業
者が販売前の検査のために、契約や保険なしで、同業者団体の他の業者に高価なダイヤモ
ンドを預けるという話がある(Coleman, 1988)。グループ内の信頼度が高ければ、当事者
第8章
間で正式な取り決めの交渉をする必要がないため、参加者にとって時間的・金銭的な節約
となり、取引の効率が高まるのである。
社会関係資本は、民主的参加、ガバナンス、経済成長、労働市場の成果、犯罪率、健
康など、国内または地域内の多様な結果に影響することが明らかになっている(Putnam,
2000; Halpern, 2005)。また、社会関係資本は、個人の幸福にも強い影響を及ぼすことが
考えられる。広い支援ネットワークを持つ人は、就業していて(Aguilera, 2002)、キャリ
アアップが進み(Podolny and Baron, 1997)、報酬が多く(Goldthorpe et al., 1987)、精神
的健康状態が良好で(Baum et al., 2000; Veenstra, 2000)、ストレスの影響が比較的小さ
く(Williams et al., 1981)、心臓発作などの健康への打撃から順調に回復し(Case et al.,
1992)、概して寿命が長い(Berkman and Glass, 2000)という傾向が強い。したがって社
会関係資本は、個人には恩恵を、社会全体には重要な波及効果をもたらし、公的にも私的
にも価値のあるものとみなすことができる。
各国政府は社会関係資本の重要性についてますます認識を深めているが、社会関係資本
は依然として測定が困難な分野である。社会関係資本全般の代理指標である個人間の信頼
度(指標 sc3「他者への信頼」参照)など、主要な成果の測定に重点を置く方法もあるが、
これだと、さまざまな関係や社会とのつながりによって生まれる、さまざまな種類の――
社会にとってかならずしも望ましいものばかりではない――社会関係資本がありうるとい
う事実が考慮されない。例えば、社会関係資本は、
「橋渡し型」社会関係資本と「結束型」
社会関係資本とに大別されることが多い。橋渡し型の関係は、
(例えば、社会運動を通じ
て)異なる背景の人々を結集させ、結束型の関係は、同様の背景を持つ人々(例えば、民
族集団)の結びつきを強化する。橋渡し型社会関係資本がない状態で結束が過度に強まると、
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社会とのつながり
「内集団・外集団」力学が生じ、結束している集団外の者の排除につながる恐れがある。社
会的ネットワークは、マフィアやテロ組織の場合のように、社会にとって有害な価値観の
温床にもなりうるのである。
社会関係資本の指標が有意であるためには、社会的ネットワークを構成する多種多様な
関係やつながりについて十分に詳細を明らかにし、社会レベルでの社会関係資本の成果を
経時的に追跡することが求められる。
第 2 節 社会とのつながりの評価
人間関係の複雑さや、人間関係が個人及び社会の幸福に及ぼす影響を測定するのは、容易な
第8章
ことではない。人の生活は、家族、親しい友人、隣人、同僚、さほど親しくない知人といった、
背景や親密度の異なる無数の社会的つながりから成り立っており、街で出会った見知らぬ人と
の一度きりのやりとりですら、社会との接触の一種といえる。こうした接触には、相手と同じ
場所に実際にいる場合もあれば、手紙や電話、ソーシャルメディアでのやりとりなども考えら
れる。近年、生活パターンが変化していることもあり、社会的接触という問題に注目が集まっ
ている。高齢化や家庭崩壊、地理的移動性の向上などの要因により、以前に比べて単身世帯が
増加しているが、生活パターンのそうした変化が必然的なものであれ、選択によるものであれ、
必要なときに近親者の支えをあてにできるとは限らない状態が生じていることを示唆している。
これらの要因の重要性について認識は高まっているものの、社会とのつながりに関する公的
な統計は依然として少ない。社会とのつながりの測定法としてよく使われるものの中には、団
体(例えば、スポーツクラブ、地域団体、宗教団体、職能団体)の会員数や、一定範囲内のボ
ランティア団体数の統計など、間接的な指標に基づくものもある。だが、こうした測定法は、
各方面から批判を浴びてきた。例えば、一部の研究者は以下のような問題点を挙げている。す
なわち、フォーマルなネットワークへの参加しか捕捉できず、友人や家族などとのインフォー
マルなつながりを表していないこと、団体の正式会員数や正式会員であることの意味は時代や
国によって異なる場合があり、比較可能性が損なわれること、他者への信頼や市民参加など、
社会とのつながりに関連することの多い各種の結果に関して、予測的妥当性に乏しいこと、と
いった点である(Halpern, 2005)。現在では、社会とのつながりに関する有意な指標は、人々の
実際の行動調査を踏まえる必要があるとの認識が高まっている(Stiglitz et al., 2009)
。そうした
調査法は多くの OECD 加盟国で開発されてきており、例えば、イギリス、オーストラリア、カ
ナダ、インドネシア、アイルランド、オランダ、さらに最近ではアメリカの統計局が実施する
特別の調査などがある。社会とのつながりについての関連情報は、生活時間調査からも得られ
る。日々のスケジュールには多様な社会的活動(文化イベントへの参加など)や、他者と行っ
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た活動に関するデータが含まれていて、活動の頻度だけでなく期間についても情報を提供して
くれることが多い。しかし、定評ある測定基準や指針がないために、比較可能性が依然として
問題となる。このテーマについての、多くの国を対象とした比較可能なデータは、
「ギャラップ
世論調査(Gallup World Poll)」「世界価値観調査(World Values Survey)
」
「国際社会調査プロ
グラム(International Social Survey Program, ISSP)
」など、いくつかの小規模な民間の調査が
提供するものに限られる。公的調査の比較可能なデータとしては、欧州諸国を対象とした、「欧
州連合所得・生活状況統計調査(European Union Statistics on Income and Living Conditions,
EU-SILC)」の 2006 年特別調査によるものがある。
本章は、こうしたさまざまな情報源に基づき、社会とのつながりに関する比較可能なデータ
を示す。留意すべきは、社会とのつながりという分野は、確実で比較可能なデータが特に不足
している点であり、本章で示す指標の多くは、最終的なものではなくあくまで「代理指標」と
みなす必要がある。特に、ギャラップ世論調査のデータの利用は、標本数などに問題があるた
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めに最善とは言い難い。ここでの主要な目的の一つは、公的統計の中でさらなる開発が必要な
分野を明らかにすることである。多くの国の統計局がこの分野で大きな進歩を遂げてはいるも
のの、現在、公的な情報源からデータを入手できる国は一握りである。
理想をいえば、社会とのつながりの指標は、多種多様な関係とともに、そうした関係の質や、
関係から生じる個人にとっての成果(すなわち、精神的ならびに経済的支援、就業の機会、社
会的孤立)及び社会にとっての成果(すなわち、他者への信頼、寛容性、民主的参加、市民参
加)をも示すものでなければならない。本章で用いる指標は、社会とのインフォーマル及びフ
ォーマルなつながりについて、情報を提供できるかどうかを考慮して選ばれている。社会との
インフォーマルなつながりは、友人や家族との交流頻度の指標によって、また、社会とのフォ
ーマルなつながりについては、ボランティア活動に充てられた時間の指標によって、それぞれ
表している。また、二つの二次的指標を用いて、社会的つながりによる個人と社会への重要な
成果を測定している。前者が「社会的ネットワークによる支援」の指標、後者が「他者への信頼」
の指標である。表 8.1 は、これらの指標の統計の質を評価したものである。
表 8.1 社会とのつながりの指標の質
指標
対象となる概念
幸福度を測定及び継続観察するうえでの妥当性
統計の質
定義の
データ
表面的な 解釈の明瞭度 政策への 細分化の データ収集法
対象国数
の実績
比較可能性
更新の有無
妥当性 (高い/低い) 活用度 可能性
社会とのつながり
SCⅠ 社会的ネットワークによる支援
sc1
社会との接触頻度
sc2
ボランティア活動の時間
sc3
他者への信頼
個人的な関係
地域社会との関係
社会規範及び価値観
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△
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○
○
○
◎
◎
○
◎
△
△
◎
◎
◎
◎
注:記号「◎」は当該指標が表中の基準をほぼ完全に満たしていることを示し、記号「○」は当該指標が表中の基準をかなり
満たしていること、記号「△」は当該指標が基準をほとんど、またはまったく満たしていないことを示す。
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