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Page 1 Page 2 「隣人訴訟」について考える 第2回 第二回 一 月二五日
熊本大学学術リポジトリ
Kumamoto University Repository System
Title
「隣人訴訟」について考える : ―法と常識との間―
Author(s)
吉田, 勇
Citation
熊本大学放送講座 , 1987: 19-34
Issue date
1987-09-05
Type
Book
URL
http://hdl.handle.net/2298/23074
Right
「隣人 訴 訟 」 に つ いて 考 え る
第2回
第 二回
一〇 月 二五 日 (日 )放 送
﹁隣 人 訴 訟 ﹂に つ い て 考 え る
1 法と 常識 と の間 1
はじめに
講
師
吉
田
勇
ひ と び と の暮 ら し は 家 庭 や職 場 の な かだ け で なく 、 近 隣 社 会 の な か でも 営 ま
れ て いる が 、 都 市 化 の進 展 に伴 って近 隣 関 係 も 次 第 に変 容 し つ つあ る。 日常 の
暮 ら し が 近 隣 関 係 に依 存 す る度 合 いは ま す ます 小 さ く な って いる。 近 所 付 き 合
いを 望 ま な い傾 向 が あ る か と 思 え ば 、 な んと か近 隣 社 会 を 活 性 化 さ せ よ うと い
う 動 き も あ る 。 そう し た 近 隣 関 係 の変 容 す る様 子 を み て気 付 く の は 、近 隣 紛 争
19
が う ま く 解 決 さ れ ず に深 刻 な事 態 に な る事 例 が次 第 に増 加 し て いる こと であ る。
ピ ア ノ、 ステ レ オ、 ク ー ラ ー など の生 活 騒音 をめ ぐ る紛 争 、 ペ ット を め ぐ る紛
争 、 日照 権 を あ ぐ る紛 争 など は よく み ら れ る例 であ る。
*事 故 当時 の状 況 は も っぱ ら 裁 判 所 によ っ
て 認定 さ れ た事 実 に よ る。
第 二講 では 、 そ の よ う な深 刻 な 近隣 紛 争 事 例 のな か か ら 、 い わ ゆ る ﹁隣 人 訴
訟 ﹂ と よ ば れ る 具 体 的 な事 例 を と り あげ て検 討 し てみ よ う 。 これ は 、 親 が 買 物
﹁隣 人 訴 訟﹂ 事 件 の経 過
に行 く 際 に ﹁預 け た ﹂ 子 供 が 近 く の溜池 で水 死 し た事 件 の責 任 を あ ぐ る 訴 訟 事
例 であ る 。
二
子 供 の水 死 事 故 が発 生 し た場 所 は 三 重 県鈴 鹿 市 の新 興 住 宅 団 地 であ る 。 Xさ
ん夫 婦 と Yさ ん夫 婦 は 、 いず れ も 昭 和 四 九 年七 月ご ろ 、農 業 用 溜 池 の南 部 に隣
接 し て民 間業 者 に よ って 造成 さ れ た団 地 に転 居 し てき たも の で あ る 。 昭 和 五 〇
年 に入 って、 町内 会 の隣 組役 員 の 関係 か ら交 際 を は じ め た両 夫 婦 は 、 X さ ん 夫
婦 の長 男 のA ち ゃ ん (三歳 四 か 月) と Y さ ん夫 婦 の三 男 B ち ゃん (四 歳 ) が遊
び 友 達 と な り 、 さ ら に 昭 和 五 二年 四月 か ら は 二児 と も に 同 じ幼 稚 園 に 通 う よ う
に な った こと か ら 、交 際 を 深 め 、 子供 た ちも 一緒 に遊 ぶ こと が多 か った と いう。
*
▼事 故 当 日 の状 況
裁 判 所 に よ って認 定 さ れ た 事 実 に よれ ば 、 次 のと お り で あ る。 昭和 五 二 年 五
月 八 日 の こと であ る 。Y さ ん 夫 婦 は大 掃 除 を し て いた 。午 後 二時 す ぎ ご ろ 、 A
ち ゃん と Bち ゃ んは 幼 児 自 転 車 に乗 る な ど し て 甲 地 や 乙地 で遊 ん で いた が 、 午
後 二時 半 ご ろ、 ふ たり は 一度 Y さ ん の家 に戻 って き て 氷菓 子 を も ら って食 べ、
20
右 地 図 に お い て、 X は原 告 夫 婦、 Y は被
(﹃隣 人 訴 訟 と法 の役 割 ﹄ 7 頁 掲 載 の地 図
告 夫 婦 であ る 。
による)
Yさ ん 方 の玄 関 口や 門 前 付 近 で遊 ん で い た。 ち ょう ど そ の ころ 、 買 物 に出 か け
る途 中 のX さ ん の奥 さ ん が Y さ ん方 を 訪 ね て 、 A ち ゃん を買 物 に連 れ て い こう
と し た が 、 A ち ゃん は お 母 さ ん と 一緒 に行 く のを 拒 んだ 。 X さ ん の奥 さ ん は 、
Yさ ん のご 主 人 の 口添 え も あ った の で 、 A ち ゃんを そ の ま ま B ち ゃん と 遊 ば せ
てお く こと に し 、 Y さ ん の奥 さ ん に、 ﹁使 い にゆ く か ら よ ろし く 頼 む ﹂ 旨 を 告
げ 、 Y さ ん の奥 さ ん も 、 ﹁子 供 た ち が ふ た り で遊 ん で いる か ら 大 丈夫 でし ょう﹂
と い って これ と う け た 。 Xさ ん の奥 さ ん は そ のま ま 買 物 に出 か け た 。
それ か ら 一〇 分 な いし 一五 分 の間 は 、 Y さ ん の奥 さ ん は子 供 た ち が 団 地 内 の
道 路 や 空 地 で自 転 車 を 乗 り 回 し て い る のを 仕 事 の合 間 に見 て いた 。 そ の後 屋 内
に入 って七 、 八 分 後 、 B ち ゃん が戻 ってき て、 A ち ゃん が泳 ぐ と 言 って池 にも
ぐ り 帰 って こな い旨 告 げ た 。 Y さ ん ら は急 いで池 に かけ つけ て、 近 所 の人 た ち
と 一緒 に 池 の中 を探 索 し た と ころ 、水 際 か ら五 な い し六 メー ト ル沖 の水 深 三 な
いし 四 メー ト ル のと ころ に沈 ん で いる A ち ゃんを 発 見 し た。 救 急 車 で病 院 に運
んだ が 、 A ち ゃん は す で に死 亡 し て いた。
▼提 訴 に い た る経 過
Bさ ん 夫 婦 は 、 通 夜 と 告 別 式 に出 席 し て謝 った と いう。 そ の後 の経 緯 に つい
て は、 両 夫 婦 の主 張 には か な り食 違 いが あ る。 X さ ん側 の弁 護 士 に よ れば 、葬
儀 のあ と 寝 込 ん で いた X さ ん の奥 さ ん が 、 四九 日 が 過 ぎ てか ら、 子 供 の水 死 の
状 況 を 知 り た く て Bさ ん方 を訪 れ た が 、 ド アに鍵 が か か って い た。 そ れ が 三度
21
度 日弁 連 交 通事 故 損 害 額算 定 基 準 統 計
昭 和52年
余 円 の 計算 式
*逸 失 利 益955万
死 亡 時 の ホ フ マ ン係 数17.344
とみ る)
(就労 可 能 年 数49年
円
に よ る平 均 賃 金 月 額91800万
生 活 費1/2
91800×12×1/2×17・344=9553075円
続 いた と いう 。 それ に、 B さ ん が ﹁A さ ん は ま だ若 いの だ か ら 、 ま た 子 供 を っ
く れ ば い い の に﹂ と 話 し て い た と いう 噂 が 耳 に 入 ったの で ﹁怒り心頭 に発 した﹂
のだ と いう 。 だ が Yさ ん側 の 弁 護 士 に よ れ ば 、 お 互 いに な ん と か 人 間 関 係 を つ
な ぎ と め よう と し た こと も あ った のに 、 な ん の相 談 も な く Y さ ん は 唐 突 に 訴 え
られ た、 と いう 。
昭 和 五 二年 一二月 二 日、 X さ ん夫 婦 は Y さ ん夫 婦 と鈴 鹿 市 と を 被 告 と し て、
*
損 害 賠 償 請 求 訴 訟 を 提 起 し た。 請 求 額 は 二 八 八 五 万余 円 (
内 訳 、逸 失 利 益 九 五
五 万余 円 、 A の慰 謝 料 五 〇 〇 万 円 、 葬 儀 費 用 三 〇 万 円 、 Xさ ん夫 婦 の慰 謝 料 各
五 〇 〇 万 円、 弁 護 士 費 用 各 二〇 〇 万 円 ) であ る 。 な お 、 溜 池 の管 理者 が は っき
り し な か ったた め か 、 X さ ん 夫 婦 は 二年 近 く経 過 し た 昭 和 五 四年 九 月 四 日 に、
さ ら に国 、 三 重 県 、 建 設 会社 を 第 二次 的 な被 告 と し て訴 え た 。
▼ 当 事 者 の主 張
原 告 夫 婦 の主 張 は こう だ 。 Xさ ん の奥 さ んが 買 物 に出 か け る 途 中 で、 Y さ ん
方 庭 先 で遊 ん で いた A ち ゃん を 呼 んだ と こ ろ、 Bち ゃん も 同 行 し た い と言 いだ
し た か ら 、 Y さ ん のご 主 人 に意 向 を 聞 い たと こ ろ ﹁妻 も い るし 自 分 も 見 て い る
か ら A ち ゃんを お いて い った ら よ い﹂ と の返 事 だ った し 、 Y さ ん の 奥 さ ん も
﹁短時 間 の こと であ り自 分 も 見 て い る か ら﹂ と い う返 事 だ った の で 、 X さ ん の
奥 さ ん は A ち ゃん の監 護 を 委 託 し て買 物 に で か け た。 Y さ ん夫 婦 が この委 託 を
承 諾 し た と き に ﹁準委 任 契 約 ﹂ が成 立 し た のだ か ら、 Y さ ん夫 婦 に は ﹁委 任 の
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「隣人 訴 訟 」 に つ い て考 え る
第2回
民法
方 力 法 律 行 為 ヲ為 ス コト ヲ相 手 方 二
第 六 四三 条 ︻委 任 ︼ 委 任 ハ当 事 者 ノ 一
委 託 シ相 手 方 力 之 ヲ承諾 ス ル ニ因
︻
受 任 者 の注 意 義 務 ︼ 受 任
リ テ其 効 力 ヲ生 ス
第 六 四 四条
者 ハ委 任 ノ 本旨 二従 ヒ善 良 ナ ル管 理
者 ノ注意 ヲ 以 テ委 任 事 務 ヲ処 理 ス ル
義 務 ヲ負 フ
第 六 五 六条 ︻
準 委 任 ︼本 節 ノ規 定 ハ法
律行 為 二非 サ ル事 務 ノ委 託 二之 ヲ準
用ス
第 七 〇 九条 ︻不法 行 為 の要 件 ︼ 故 意 又
ハ過 失 二因 リ テ他 人 ノ権 利 ヲ侵 害 シ
タ ル者 ハ之 二因 リ テ生 シ タ ル損 害 ヲ
賠 償 スル責 二任 ス
第 七 一九 条 ︻共 同 不法 行 為 ︼ ④数 人 力
ヲ加 ヘタ ルト キ ハ各 自 連 帯 ニテ其 賠
共 同 ノ不 法 行 為 二因 リ テ他 人 二損 害
償 ノ責 二任 ス共 同 行 為 者 中 ノ敦 レ カ
其 損 害 ヲ加 ヘタ ルカ ヲ知 ル コト能 ハ
サ ルト キ 亦 同 シ
第 六 五七 条 ︻寄 託 ︼ 寄 託 ハ当 事者 ノ 一
方 力相 手 方 ノ為 メ ニ保 管 ヲ為 ス コト
ヲ約 シ テ或 物 ヲ受 取 ル ニ因 リ テ其 効
力 ヲ生 ス
本 旨 ﹂ にし た が い ﹁善 良 な る 管 理 者 の注 意 ﹂ を も ってA ち ゃん を保 護 監督 す る
義務 がある。仮にそのような契約関係が認められなくても、Yさん夫婦はAち
ゃん の監 護 に つき条 理上 あ る いは 信 義 則 上 の注 意 義 務 が あ った の に 、 それ を 怠
った の だ か ら 、 民法 七 〇 九 条 、 民 法 第 七 一九 条 によ る 不法 行 為 責 任 を 免 れ な い。
こ れ に対 す る Y さ ん夫 婦 の反 論 は こう だ 。 X さ ん夫 婦 の主 張 す る よ う な 応 答
があ ったと し ても 、 それ は ﹁近 隣 の よ し み に よ る儀 礼 的 な挨 拶 ﹂ に す ぎ な い。
子 供 を 監 護 す る と い う無 償 の行 為 に は 、 ﹁準 委 任 ﹂ よ り も 軽 い注 意 義 務 を 負 う
﹁寄 託 ﹂ が 類推 適 用 さ れ る べき であ る。 Aち ゃん の監 護 は自 分 の 子 と 同 一の状
況 でな さ れ て いた 。 ま た 、 自 転 車 遊 び か ら入 水 に至 る こと は予 見 可能 性 の範 囲
を こえ る も のだ か ら 不 法 行 為 責 任 の生 じ る余 地 は な い。 本 件 は ﹁不 慮 の事 故 と
いう ほ か な い も の﹂ であ る 。
Xさ ん 夫 婦 の市 、 国 、 県 、 建 設 会 社 に対 す る主 張 は次 のと お り で あ る 。市 は 、
溺 死 事 故 の発 生 を 予 見 し う る と こ ろだ か ら、 危 険 を防 止 す べき 義 務 が あ った の
に、 それ を 怠 った のだ か ら 、 本 件 池 の安 全 性 に つき 国 家 賠 償 法 第 二条 一項 に よ
る責 任 が あ る。 も しも 池 の所 有 権 が 市 に帰 属 し な い場 合 には 、 国 に帰 属 す る。
県 も 国 か ら 委 託 を う け て池 を 管 理 し て い た のだ か ら、 水 難 防 止 の た め の安 全 措
置 を 講 ず べき であ った 。 県 が 国 の委 託 で管 理 し て い た の でな いと し ても 、県 は
建 設 会 社 に対 し て、 危 険 な 状 態 を 長 期 間 放 置 す る こと の な い よ う事 前 に指 導 す
べき 条 理 上 の義 務 が あ る のに 、 それ を 怠 った責 任 があ る。 建 設 会 社 は 、土 砂 の 23
第 六 五 九 条 ︻無 償 受 寄 者 の注 意 義 務 ︼
無 報 酬 ニテ寄 託 ヲ受 ケ タ ル者 ハ受 寄
物 ノ保 管 二付 キ 自 己 ノ財産 二於 ケ ル
ト同 一ノ注 意 ヲ為 ス責 二任 ス
国家賠償法
原 因 に つ いて貴 に任 ず べき 者 が あ る
前 項 の場 合 に お い て、 他 に損 害 の
ず る。
公 共 団 体 は 、 これ を 賠償 す る責 に任
他 人 に損 害 を 生 じ た と き は 、国 又 は
設 置 又 は管 理 に瑠 疵 が あ った た め に
道路 、 河 川 そ の他 の公 の営 造 物 の
に 基づ く損 害 の賠 償 責 任 、 求償 権 ︼
第 二 条 ︻公 の営 造 物 の設 置 管 理 の毅 疵
③
②
と き は 、 国 又 は公 共 団 体 は 、 これ に
対 し て求償 権 を 有 す る。
採 取 後 、 池 の底 を整 地 し て いな い の で、 子 供 が転 落 し て溺 死 す る危 険 を 予 見 し 24
え た はず だ か ら 、 民法 七 〇 九条 の不法 行 為責 任 を負 う。
そ れ に対 し て 、被 告 の市 、 県 、 国 は いず れ も 溜池 の管 理責 任 自 体 を 否 定 し た 。
建 設会 社 も 、池 南 側 の住 宅 地 ま で七 メ ー ト ルは 離 れ て お り、 工事 の性 質 上 底 面
を 整 地 す る 必 要 は 無 か った と 反 論 し た 。
▼判 決 の内 容
裁 判 所 は 、市 、 県 、 国 お よび 建 設 会 社 に対 す る請 求 を棄 却 し、 Y さ ん 夫 婦 に
対 す る請 求 だ け を 一部 認 め 、 五 二六 万 余 円 を支 払 う よ う に命 じ た 。 そ の内 訳 は 、
A の逸 失 利 益 の三 割 に相 当 す る 二八 六 万 余 円 、 A の慰 謝 料 一〇 〇 万 円 の相 続 分 、
X さ ん 夫 婦 に固 有 の慰 謝 料 一〇 〇 万 円 、 そ れ に弁 護 士 費 用 四〇 万 円 であ る。
判 決 に よれ ば 、 X さ ん の奥 さ ん に対 す る Y さ ん夫 婦 の応 答 は ﹁近 隣 のよ し み
近 隣 者 と し て の好 意 か ら出 た も のと み る のが相 当 ﹂と 認 定 さ れ て 、 ﹁準 委 任 契
約 ﹂ の成 立 は 認 め ら れ な か った 。 し か し な が ら 、判 決 は、 Yさ ん夫 婦 に は 民法
七 〇 九 条 、 七 一九 条 に基 づ く責 任 (不法 行 為 責 任 ) があ る、 と し た 。 そ の理 由
は お よ そ つぎ のと お り で あ る 。 A ち ゃん が 溜 池 の深 み に入 り 込 む お そ れ が あ る
こと は被 告 夫 婦 にと って 予 見 可能 であ った 。 と いう の は、 乙 地 で自 転 車 に乗 っ
て遊 ん で い た こと 、 乙 地 と池 の間 に は 柵 が なく 水 際 ま で自 由 に往 来 でき る状 態
にあ る こと 、 掘 削 に よ って水 深 の深 い部 分 が生 じ て いる こと 、 A ち ゃん が 比較
的 行 動 の活 発 な子 であ る こ と 、 A ち ゃん は 渇水 期 に は父 親 と 水 の引 いた 池中 に
民法
償 ハ別 段 ノ意 思表 示 ナキ ト キ ハ金銭
第 四 一七条 ︻
損 害 賠 償 の方 法 ︼損 害 賠
ヲ以 テ其 額 ヲ定 ム
第 七 二 二条 ︻損 害 賠 償 の方 法 、 過 失 相
殺︼
④ 第 四百 十 七条 く債 務 不履 行 に お け る
二因 ル損 害 ノ賠償 二之 ヲ準 用 ス
損 害 賠 償 の方 法 V ノ規 定 ハ不 法 行 為
② 被 害 者 二過 失 アリ タ ルト キ ハ裁 判 所
ハ損 害 賠 償 ノ額 ヲ定 ム ル ニ付 キ 之 ヲ
斜 酌 ス ル コト ヲ得
入 り中 央 部 の水 辺 ま で い って いた こと 、 以 上 の こと を被 告 夫 婦 は 知 って いた か
ら であ る 。 そ う で あ ると す れ ば 、 被告 夫婦 には ﹁幼 児 を 監 護 す る 親 一般 の立 場
か ら し ても ﹂水 際 付 近 へ立 ち 入 ら ぬよ う 適 宜 の措 置 を と る べき 注 意 義 務 が あ っ
た の に、 そ れを 怠 った 責 任 があ る 。
責 任 の範 囲 に つ い て、 判 決 は 、被 告 夫 婦 の責 任 の程 度 を 軽 く す る 事 情 を 二 っ
挙 げ る。 被 告 方 は大 掃 除 中 な のを知 り な が ら A ち ゃんを 残 し て い った が 、 こ の
よ う な好 意 に よる 無 償 の委 託 の場 合 に は、 有 償 の委 託 の場 合 に比 べ て、 義 務違
反 の違 法 性 は 著 し く 低 いと いう事 情 が ひと つであ る。 も う ひ と つは 、 原告 夫 婦
は平 素 か ら溜 池 に対 す る 接 し方 を A ち ゃん に厳 しく し つけ て お く べき だ った の
に 、 し つけ が足 り な か った と いう 事情 であり 、 こ の事 情 のゆ え に、﹁過失相 殺﹂
の法 意 が類 推 さ れ る べき だ と いう こと であ る。 以 上 二 つ の事 情 を 考 慮 す れ ば 、
損 害 の分 担 割 合 は原 告 夫 婦 七 に対 し被 告 夫 婦 を 三と す る のが 相 当 であ る、 と判
示 さ れ た。
国 と 県 に つい ては そも そ も溜 池 の管 理 権 が な いと し て請 求 を棄 却 し た が 、市
に つい ては そ の溜 池 の管 理権 を 認 め なが ら も 、 そ の管 理 に落 度 は な いと し て同
じ く 請 求 を棄 却 し た 。 本 件 溜 池 に直 接 転 落 す る危 険 性 は なく 、 五 な い し 六 メー
ト ル以 上 も池 の中 に進 入 し な い か ぎ り事 故 発 生 の危 険 性 は な いと い う の が 主 た
る理 由 であ る 。建 設 会 社 に つい ても 、深 み に入 る幼 児 等 の あ る こと ま で 予 見 し
て、 これ を防 止 す る 注 意義 務 が あ った と は いえ な いと し て請 求 を 棄 却 し た 。
25
「隣 人 訴 訟 」 につ い て 考 え る
第2回
ぐ毎 日新 聞
民 事 訴 訟法
昭 和五八年 二月 二五 日 (夕刊 )
決 ノ確 定 二至 ル迄 其 ノ全 部 又 ハ 一部
第 二 三 六条 ︻
訴 え の取 下 げ ︼ ① 訴 ハ判
ヲ取 下 ク ル コト ヲ得 (
昭 和 一三 法 一
九本項改正)
② 訴 ノ取 下 ハ相 手 方 力 本 案 二付 準 備 書
面 ヲ提 出 シ、準 備 手 続 二於 テ申 述 ヲ
▼ 新 聞 の判 決報 道 と そ の波 紋
こ の ﹁隣 人 訴 訟 ﹂ 判 決 は テ レビ 、新 聞 等 で大 き く報 道 さ れ た が 、主 要 な新 聞
(朝 日新 聞 )、 ﹁隣 人
の第 一面 の 一番 大 き な見 出 し は つぎ の よ う なも の で あ った 。 ﹁﹃近 所 の 善 意 ﹄
に厳 し い判決 ﹂ (中 日新 聞 )、 ﹁近所 付 き 合 いに ﹃冷 水 ﹄
M
の好 意 に つら い裁 き ﹂ (毎 日新 聞 )、 ﹁隣 人 の好 意 にも 責 任 ﹂ (
読 売 新 聞 )。 ま た 、
隣 人に三
例 えば 地 元 の中 日新 聞 の第 三 面 には 、大 き い順 に ﹁今 は昔 ー 同 こう 三軒 両 隣 ﹂、
﹁霊呈思と は何 か﹂、 ﹁子 供 はも う預 か れ な い﹂、 ﹁鈴 鹿 市 の幼 児水 死
割 の責 任 判決 ﹂ と いう 見出 し が続 く。
これ ら の見 出 し か ら印 象 づ け ら れ る の は 、隣 人 の責 任 が 認 め ら れ た原 告 勝 訴
の判 決 だ と いう こと で あ る 。 判決 内 容 の正 確 な報 道 と い う よ りも 、隣 人 の責 任
が 認 め ら れ た こと に対 す る 記者 の違 和 感 が出 て いる。
こ のよ う な判 決 報 道 が な さ れ る や いな や 、思 わ ぬ反 響 を よ んだ 。 隣 人 を訴 え
た 原 告 夫婦 に対 す る非 難 ・中 傷 の電 話 が お よ そ五 〇 〇 本 、手 紙 ・は が き が 五 〇
通 を こえ た と いう 。 そ の反対 に 、被 告 夫 婦 に は激 励 の電 話 が 一〇 〇 本 、手 紙 ・
は がき が 四〇 通 は 届 いた と いう 。
▼訴 え の 取り 下 げ
行 政 の管 理責 任 が 認 め ら れ て いな か った の で当 初 は控 訴 の意 向 をも って いた
原 告 夫 婦 は 、判 決 直 後 か ら続 く匿 名 の非 難 ・中 傷 に耐 え か ね て、 三月 七 日 に訴
為 シ又 ハロ頭弁 論 ヲ為 シ タ ル後 二在
リ テ ハ相 手 方 ノ同 意 ヲ得 ル ニ非 サ レ
え そ のも のを取 り 下 げ る手 続 き を と る に至 った。 原 告 夫 婦 は 、① 判 決 報 道 の翌
コ
ハ其 ノ効 力 ヲ生 セ ス
日 、電 気 請 負 業 の孫 請 け を し て いる X さ ん が 元請 け か ら 仕 事 を 打 ち切 ら れ た 、
② 判 決 当 日 の夕 方 か ら 、 い や が ら せ の電話 や投 書 が殺 到 し て精 神 的 に ま い って
い る 、③ 親 類 の商 売 に ま で影響 が出 はじめ ている。④小学 五年 生 の長女 も ﹁五〇 〇
万 円 何 に使 った ﹂ な ど と い や が ら せ を受 け て い る、 と い う 理 由 を 挙げ て ﹁こ の
ま ま 裁 判 を 続 け れ ば 生 活 が破 壊 さ れ る ﹂ と述 べ て い る。 訴 え の取 り下 げ が効 力
を も つには 相手 方 の同 意 が い る の で 、被 告 夫 婦 の対 応 が注 目 さ れ た。
原 告 夫 婦 が訴 え を 取 り 下 げ た こと が報 道 さ れ ると 、 今 度 は 、匿 名 の非 難 ・中
の
傷 は被 告 夫 婦 に向 け られ る に至 った。 す で に 三 月 一日 に控 訴 し て いた 被告 夫 婦
も 、 三月 一〇 日 に訴 え の取 り 下 げ に同 意 す る手 続 き を と った 。 ﹁人 殺 し ﹂ と い
った 匿 名 の非 難 ・中 傷 の電 話 が 数 本 あ った 、 人 情 と し て こ れ 以上 原 告 側 を 深 追
いし た く な い、と いう のが そ の理 由 であ った 。 国 、 県 、 市 、建 設 会 社 も 訴 え の
取 り 下 げ に同意 し た 。 こう し て、 津 地 裁 の第 一審 判 決 は ただ 判決 例 とし て は残
る も の の、訴 訟 はは じ め か ら な か った こと にな った わ け で あ る。
原 告 夫婦 が訴 えを 取 り 下 げ た こと も 、 被告 夫 婦 が それ に同 意 し た こと も 、 大
き く報 道 さ れ た。 各 新 聞 の社 説 も こぞ って こ の ﹁隣 人 訴 訟 ﹂ を取 り 上 げ た 。
▼法 務省 の 異例 の見 解 発 表
法 務 省 人権 擁 護 局 の指 示 を 受 け て津 地 方 法 務 局 は こ の訴 え取 り下 げ 事 件 に つ
い て三 月中 旬 に調 査 を 開始 し た 。 原 告 、 被 告 双 方 の夫 婦 か ら事 情 を聴 い た り 、
約 一〇 〇 通 の い やが ら せ の手 紙 を 分 析 し た り し た よ う だ 。 そ し て 四月 八 日 に 、
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「隣 人 訴 訟 」 に つ い て考 え る
第2回
日本 国憲法
第三二条 ︻裁判を受ける権利︼何人も 、
裁判所 にお いて裁判を受ける権利 を
奪はれな い。
法 務 省 は こ の事 案 に つ いて 、 つぎ のよ う な趣 旨 の見 解 を 発表 し た σ す な わ ち 、
﹁多 数 の侮 辱 的 な い し脅 迫 的 な内 容 の投書 や電 話 ﹂ が殺 到 す る こと によ って原
*
告 お よび 被 告 の ﹁裁 判 を受 け る権 利 ﹂ が 侵害 さ れ た の は ﹁人 権 擁 護 の観点 か ら
は極 め て遺 憾 な こと ﹂ で あ る、 こ の よう な事 態 が再 び 生 じ な いよ う に、 国 民 ひ
と り ひと り が ﹁裁 判 を受 け る権 利 ﹂ の重 要性 を再 確 認 し て慎 重 に行 動 す る よ う
強 く 訴 え る、 と 。
こ の見 解 の発 表 に よ って ﹁隣 人 訴 訟 ﹂事 件 も マ ス コミ の世 界 か ら は 退 いた形
だ が 、 法 と 世 間 の常 識 と のず れ 、法 と 訴 訟 の意 義 や限 界 な ど に つい て考 え さ せ
る難 し い事 案 な の で、 現 在 も な お 、 か なり の法 律 実 務 家 や 法 学 者 によ って検 討
﹁隣 人 訴 訟﹂ の提起 し た 問 題 点
さ,
れ つづ け て い る。
三
▼近 隣 紛 争 の解 決 方 法 の問 題 点
水 死事 故 の発生 以 来 、 原 告 夫 婦 と 被 告 夫 婦 の間 には ま ったく 話 し合 いが な さ
れ な いま ま 、訴 訟 が 提 起 さ れ た と こ ろ から みる と 、 両 夫 婦 の間 に は相 当 の ﹁感
情 の こじ れ ﹂ が あ った こと が 推 測 さ れ る。 危 険 な 溜 池 を 放 置 し て い た行 政 の管
理責 任 を 問 い た か った と いう 動 機 と 並 ん で、 被 告 夫 婦 に ﹁誠 意 を も って謝 って
欲 し か った か ら﹂ と いう も う ひ と つの提 訴 の動機 が表 明 さ れ て いる こと が 、 そ
28
* 原 告 側 弁 護士 は、 結 果 の重 大性 を 考 え る
と 、 善 意 の行為 、 無 償 の行 為 であ って も 無
責 任 であ っては な ら な いと 強 調 し て い る の
に対 し て、 被 告 側 弁 護 士 は 、 こ の訴 訟 は 日
常 生 活 で大 切 な 近 隣 関 係 を 壊す と い う意 味
で ﹁
人 倫 に反 す る 訴 訟 ﹂ だ と 断言 し て い る。
(
朝 日新 聞 一九 八 三 年 三 月 二 八日 夕 刊 ﹁近
所 の善 意 にも 責 任 を ﹂、 同 四月 四 日夕 刊 ﹁人
間 関 係 壊 す 隣人 訴 訟 ﹂ 参 照 )
の こと を端 的 に表 わ し て いる 。 信 頼 さ れ た第 三 者 が 両 夫 婦 の話 し 合 いを 仲 介 で
き て いれ ば 、 あ る いは 、 子 供 の水 死 と い う不 幸 を 両 夫 婦 の不 幸 と し て では な く
地 域 社 会内 部 の 不幸 と し て解 決 す る ため に、 両 当 事 者 を 含 あ た対 話 の場 が地 域
社 会 内部 に確 保 さ れ て いれ ば 、 両 夫 婦 間 の訴 訟 は 避 け ら れ た か も し れ な い。 溜
池 の管 理責 任 だ け を 問 う 訴 訟 に な って いれ ば 、 原 告 夫 婦 は 地 域 社 会 か らも 支 援
を受 け 、団 地 か ら引 っ越 し を 余 儀 無 く さ れ る こと も な か った であ ろう 。 提 訴 後 、
た だ 一度 だ け裁 判 官 は 被告 側 弁 護 士 に和 解 を 打 診 し た よ う だ が 、 弁 護 士 は 即 座
に 断 ったと い う。 訴 訟 上 の和 解 の可 能 性 が も っと 追 求 さ れ て いれ ば 、 両 夫 婦 は
こ のよ う に世 間 の圧 力 に さ ら さ れ る こと も なか った であ ろ う 。 黒 白 を は っき り
り
コ
つけ が た い微 妙 な事 案 であ る にも か か わ らず 、 双 方 の弁 護 士 は 、 大 いな る 確 信
*
を も ってそ れ ぞ れ の依 頼者 の主 張 を弁 護 し て いる点 も気 に な ると こ ろ であ る 。
▼判 決 の 問 題点
り
り
判 決 が ﹁準 委 任 契約 ﹂ の成 立 を 否 定 し 、 被 告 夫 婦 は A ち ゃんを 法 的 な意 味 で
は 預 か って いな いと 判 断 し た のは 妥 当 だ と 思 わ れ る。 被 告 夫 婦 が大 掃 除 中 であ
る のを 原告 側 の奥 さ ん も 知 って いた のだ か ら、 そ の奥 さ ん の依 頼 に応 じ て被 告
夫 婦 が 果 た す べき 注 意 義 務 の程 度 は それ ほ ど高 いも のと は 言 え な いで あ ろ う。
被 告 夫 婦 の家 の近 辺 や 近 く の空 地 で A ち ゃん が B ち ゃんと 一緒 に遊 ぶ のを大 掃
除 の合 間 合 間 に み る と いう 程 度 であ ろう か。 ただ 原 告 側 の奥 さ ん の依 頼 を被 告
夫 婦 が は っき り 断 って いな い以 上 、 軽 い注 意 義 務 を伴 う い わば 道 義 的 な意 味 の
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「隣 人 訴 訟 」 に つ い て考 え る
第2回
契 約 は 成 立 し て いた と 考 え ても よ さ そ う であ る。 単 に Aち ゃん が遊 び に来 て B
ち ゃんと 一緒 に遊 ん で いたと いうだ け で は な い か ら で あ る。
判 決 は被 告 夫 婦 の不 法 行 為 責 任 を肯 定 し た が 、 そ れ は 、 A ち ゃん が 溜池 の深
み に入 り込 む かも し れ な い こと が被 告 夫 婦 に は 予見 可能 で あ った と 判 断 さ れ た
った と判 断 さ れ た か ら であ った。 し か し な が ら 、 こ のよ う な 予 見 可能 性 を前 提
と と も に 、被 告 夫 婦 に も ﹁幼 児 を監 護 す る親 一般 の立場 ﹂ か ら の注意 義 務 が あ
と す る の は被 告 夫 婦 に と って厳 し す ぎ る よ う に 思 わ れ る 。 こ のよ う な 親 一般 の
立 場 な るも のも 、突 き 詰 め て いけば 、幼 児 をも つ親 な ら ば だ れ でも 、危 険 な場
所 で遊 ぶ幼 児 に対 し て危 険 に 近づ か な いよ う注 意 義 務 を負 う と いう こと に な ろ
う。 こ の よ う な注 意 義 務 も す こし広 す ぎ る の では な いか と いう 疑 問 が あ る 。
行 政 に対 す る請 求 は す べて棄 却 さ れ た が 、深 み の でき た 溜 池 の 一部 に は 柵 が
な か った のだ か ら、 管 理権 をも つ市 に は 溜池 で事 故 が起 こる 予 見 可能 性 が あ っ
たと さ れ る余 地 は な か った のだ ろ う か。 被 告 夫 婦 に厳 し す ぎ る 予 見 可能 性 を 認
め た う え で ﹁幼 児 を 監 護 す る親 一般 の立 場 ﹂ か ら の広 い注 意 義 務 を 果 す る よ り
も 、行 政 の管 理 権 を 広 く 認 め た方 が よ か った の では な いか と いう 疑 問 が 残 る 。
▼ 新 聞 報 道 の問 題 点
毎 日新 聞 の長 倉 記 者 は ﹁記者 の目 ﹂ で、 思 いも か け な い判 決 の内 容 に驚 き 、
これ で は隣 人 関 係 は ど う な る んだ と憂 え て ﹁ど ち ら かと いえば被告寄 り の記 事﹂
を 書 い た、 と 率 直 に反 省 し て いる。 中 日新 聞 の西 尾 地 方部 次 長 も 、 新 聞 が 過剰
反応 を仲 介 し た こと 、 情 緒 的 な 報 道 が 結 果 的 には 原 告 非 難 、 訴 訟 を起 こし た こ
と への非 難 に つな が った こと を 冷 静 に分 析 し て い る。 隣 人 の 責 任 が 認 め ら れ た
判決 に対 す る記 者 の違 和 感 が 前 面 に出 た 報 道 にな った こと は 否 定 で き な い。
原 告 勝 訴 の判 決 であ る と報 道 さ れ た のも 問 題 と な り う る。 原告 夫 婦 が重 き 葬
置 い た市 、 県 、 国 、 建 設 会 社 に対 す る請 求 が 棄却 さ れ て い る か ら と い うだ け で
ロ
の
は な い。 隣 人 夫 婦 と の関 係 に お いても 、 原告 夫 婦 の請 求 の う ち 認 め ら れ た の は
の
損 害 の三 割 に す ぎ ず 、 残 り の七 割 は原 告 夫 婦 自 身 の過 失 に帰 せ られ た か ら であ
る。 全 体 と し てみ れ ば 、 せ いぜ い原 告 夫 婦 の 一部 勝 訴 であ って 、考 え よ う で は
実 質 敗 訴 と も 評 価 さ れ う る判 決 な の であ る。 そ れ に も か か わ らず 、 こ の判 決 内
容 を 原告 勝 訴 と報 道 し た の は 、 記 者 の関 心 がも っぱ ら ﹁善 意 の隣 人 ﹂ の責 任 が
認 あ ら れ た と い う点 に向 け ら れ て い た か ら で あ る。
▼ 世 間 の常 識 か ら の反 応
長 倉 記者 は ﹁記者 の 目 ﹂ で原 告 宛 の五 二通 の投 書 内 容 か ら 口汚 く の の し る部
分 や 脅 迫的 な部 分 を そ ぎ お と し て、 最 も 良 質 の部 分 だ け を 抽 出 し て言 う 。 投 書
の主 は み な ﹃ 向 こう 三 軒 両隣 意 識 ﹄が根 底 にあ り 、 仲 良 く 助 け 合 う隣 人 関 係
を 望 む ひ と た ちば か り だ ﹂ と 。 そ の最 も 良 質 な部 分 に は確 か に世 間 の常 識 を 読
み 取 る こと が でき そ う であ る。 それ ら の人 々 が判 決 報 道 に 過 剰 な反 応 を 示 し た
動 機 は ふ た つに要 約 さ れ る 。 ひと つは 、 好 意 で子 供 を 預 か ってく れ た隣 人 を 訴
え た こと に対 す る抵 抗 感 と でも 言 お う か 。 な ぜ 益呈思の隣 人 を訴 えた か と いう 批
口
判 で あ る 。 も う ひ と つは、 な ぜ 子 供 の死 と ひき か え に隣 人 に金 銭 賠 償 を 請 求 し
た の か と いう 批 判 で あ る。
▼隣 人 を 訴 え た こと への批 判
被 告 寄 り の判 決報 道 は 、 善 意 の隣 人 を 訴 え る と は あ ま り に も ひ ど い、 これ で
は近 所 付 き 合 いは 崩 壊 す る、 と いう 情 緒 的 な反 応 を 誘 発 し た よ う だ 。 も ち ろ ん
訴 訟 提 起 自 体 は 理 解 し よ う と い う姿 勢 の ひと び と も いる。た とえ ば ﹁記者 の目 ﹂
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は 、原 告 も わ が 子 が 死 んだ のだ か ら訴 え たく な る のも 当 然 か も し れ な いと いう 。
これ は被 害 の重 大 さ を 責 任 追 求 の動 機 と し て理 解 し よ うと いう 考 え であ る 。
総 じ て言 え ば 、 訴 訟 は でき るだ け回 避 さ れ る べき だ と い う 世 間 の常 識 は 根 強
い。 これ を 裏 返 せ ば 、 訴 訟 を す る の は よ く よく の こと だ ろ う と いう こと にな る 。
も しも 訴 訟 が よ く よ く の こと だ と 理解 さ れ なけ れ ば 、 原 告 は 訴 え た だ け で世 間
の冷 や やか な 目 にさ ら さ れ る。 隣 人 間 の訴 訟 の場 合 に はと く に そう であ る 。 他
方 で は、 誠 意 を も って謝 れば 許 す が、 謝 ら なけ れ ば 許 さ な いと いう 世 間 の常 識
り
ロ
もあ る。 こ の事 例 でも 誠 意 あ る謝 罪 を求 め て い ると こ ろ か ら み て、 少 な く と も
訴 訟提 起 の時 点 では 、 被 告 夫 婦 は原 告 夫 婦 にと って は ﹁善 意 の隣 人 ﹂ では な く 、
謝 ら な い から 許 せ な い ﹁他 人 ﹂ に な って いた の で あ る。 隣 人 で なく な った か ら
訴 え が提 起 さ れ た の であ る 。 世 間 の反 応 の な か には 、 相 手 に誠 意 が な け れ ば 訴
訟も や む を え な いと いう 意 見 も あ った が、 少 数 意 見 であ った。 世 間 の人 々 は 訴
訟 の動 機 に 理解 を示 す より も 、 訴 え ら れ た隣 人 の立 場 に自 分 を 同 一化 す る こと
*原 告 夫 婦 は 、 第 一審 判 決 で 認容 さ れ た 五
二六 万 余 円を 実 際 に手 に 入 れ た わ け で は な
い。 被 告 夫婦 が 控 訴 し た ので まだ こ の判 決
は 確 定 し て い な いだ け でな く 、 こ の判 決 に
は ﹁仮執 行宣 言 ﹂ も 付 さ れ て い な い か ら で
ある。
に 大 き く 傾 いた の であ る 。
▼ 隣 人 に金 銭 を 請 求 し た こと への 批判
世 間 の常 識 は原 告 夫 婦 が 子 供 の死 と ひき か え に隣 人 か ら五 二六 万 余 円 を 手 に
*
いれ る こと に抵 抗 を 覚 え た よ う だ 。 損 害 の 三割 にす ぎ な いと い っても 、 五 二 六
万 余 円 と いえば 、常 識 的 な 金 銭感 覚 か ら すれ ば と ても 払 え な い よう な 大 金 であ
る。 な か に は 、子 供 の死 に よ って大 金 を 手 に いれ た こ と への羨 望 や嫉 み す ら み
ら れ る。 好 意 で子 供 を 預 か った の に 、 こ んな 大 金 を 賠 償 し な け れ ば な ら な い の
は 理 不 尽 だ と いう 被 告 の視 点 か ら の批 判 も あ る。
﹁記者 の目 ﹂ に よ れば 、 わが 国 では ま だ 隣 人 に金 を求 め る訴 え を起 こす こと
に は違 和 感 を ぬ ぐ いき れ な いと いう 。 だ が 、 民 法上 の損 害 賠 償 は金 銭賠 償 が 原
則 であ る。 そ うだ と す れば 、 金 銭 賠 償 方 式 以 外 に 、 原告 の訴 え の動 機 に 適 合 す
る方 式 (
精 神 的 な意 味 で の現 状 回 復 方 式 ) が 考 え ら れ な いか 。 す く な く と も 金
銭 賠 償 と 現 状 回 復 の併 用 が検 討 さ れ てよ い の では な いか 。 これ が 長倉 記者 の提
案 であ る。 こ の提 案 を ﹁隣 人 訴 訟 ﹂ に あ ては め れば 、訴 え の動 機 は 二 言 の謝
り の言 葉 も な か った﹂ こと と 行 政 の管 理責 任 を 問 う こと だ か ら 、被 告 夫 婦 には
二 言 謝 って ほ し い﹂と か ﹁慰 霊 碑 を建 て てほ し い﹂ と請 求 し 、 金 銭賠 償 は 市 、
県 、国 な ど に請 求 す る、 と いう 併 用方 式 にな る 。 確 か に考 慮 に値 す る 。 し か し
判 決 で命 じ ら れ た か ら謝 ま ると いう の であ れ ば 、 誠意 を も って謝 ま る こと には
な るま い し 、精 神 的 な贈 罪 のた め に 慰 霊 碑 を 建 てる こと を要求す る のであ れば 、
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同 じ よう な 疑 問 が残 る。 それ な らば む し ろ、 逸 失 利 益 や 慰 謝 料 な ど を 個 別 的 に
積 み上 げ る方 式 を と らず に、 慰 霊 碑 を 建 て るだ け の金 額 を 慰 謝 料 と し て請 求 す
ると いう 方 式 も 考 え ら れ る。 原 告 の訴 訟 の動 機 に 適 合 す る 請 求 の方 式 が工 夫 さ
れ る必 要 性 は 否 定 で き な い が、 同 時 に 、金 銭 賠 償 の合 理 性 も も う す こ し冷 静 に
評 価 さ れ て よ い と 思 わ れ る。
︻参 考 文 献 ︼
星 野 英 一編 ・隣 人 訴 訟 と 法 の役 割 (有 斐 閣 、昭 和 五 九 年 )
(さ ら に詳 し い文 献 に つい ては 、 本 書 所 収 の文 献 目録 を参 照 )
る法﹂
﹁隣 人 訴 訟 を と も に 考 え る ﹂ (
法 学 セ ミ ナ ー、 昭 和 六 一年 =
月号 )
柴 田 光 蔵 ・法 の タ テ マ エと ホ ンネ (有 斐 閣 、 昭 和 六 一年 )第 八 章 ﹁い や が ら れ
同
長 倉 正 知 ﹁記者 の目 ﹂ (
毎 日新 聞 昭 和 五 八 年 三月 一九 日)
西 尾 嘉 門 ﹁隣 人 訴 訟 と 報 道 の波 紋 ﹂ (
新 聞研 究 ・昭 和 五 八 年 七 月 号 所 収 )
34
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