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5.腹部領域 - 造影剤と画像診断情報サイト Bayer

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5.腹部領域 - 造影剤と画像診断情報サイト Bayer
特 集
第二部:造影CT検査が必要とされる症例
5.腹部領域
放射線科医の考え:松井 修 1)
症例報告1:小坂 一斗 1),中村 功一 1),小林 聡 2),眞田順一郎 1),松井 修 1)
症例報告2:新村理絵子 1),北尾 梓 1),龍 泰治 1),蒲田 敏文 1),松井 修 1)
症例報告3:米田 憲秀 1),南 哲弥 1),香田 渉 1),植田 文明 1),松井 修 1)
検査依頼科医の考え:山下 竜也 3)
金沢大学大学院医学系研究科 経血管診療学
(放射線医学)1)
金沢大学医薬保健研究域保健学系 医療科学領域 量子医療技術学講座 2)
金沢大学大学院 地域医療教育学/金沢大学 消化器内科 3)
1. は じ め に −非イオン性ヨード造影剤登場の 臨床におけるインパクトおよび ヨード造影剤の意義など−
た経験から、非イオン性造影剤の導入のインパクトは私
にはきわめて大きかった。特にIVRの急速な進歩を支え
た一つの大きな原動力は非イオン性ヨード造影剤であっ
たと思う。多くの血管内治療の初期導入を行ってきた私
にとって半日あるいは一日がかりの手技も少なくなかっ
私が放射線科医として画像診断とIVRに携わって38年
た。こうした長時間の多量の造影剤を要する手技は非イ
になる。イオパミロン発売後25周年ということで本特
オン性造影剤なしでは不可能であったろう。非イオン性
集が組まれているので、私のキャリアの前1/3ほどはイ
造影剤は今日のCT診断とIVRの進歩の影の立役者とい
オン性造影剤を使用したことになる。しかし、われわれ
えるだろう。
の世代にはイオン性造影剤時代のさまざまな合併症の経
画像診断やIVRにとって造影剤は今後とも重要な役割
験が強く残っており、すでに25年という長い歳月が流
を担っていく。生体にとって限りなく無害で非侵襲的
れたことを意外に感じる人が多いのではないだろうか?
でかつ新しい病理・病態を表現するさまざまな造影剤の
私は特に血管造影診断を当初から専門とし、また肝動脈
開発は今後とも医療に新しい領域を拓いていくものと
塞栓術を中心としてIVRの発展の初期からかかわってき
思う。
たので特にこの感が強い。造影時の強い熱感や疼痛はほ
ぼ必発であり、造影のたびに患者さんのバイタルを注意
深く観察するのが常であった。むろんイオン性というこ
2.腹部領域における造影CTの 役割・位置づけと有用性:他の方法と比較して
とだけではなく使用造影剤量や当時の製剤上の問題も
あったのであろうが、いわゆる“迷走神経反射”もきわめ
腹部領域に限らず造影CTは施行すれば単純CTに付加
て高頻度で発生した記憶がある。アレルギー性の蕁麻疹
する何らかの所見が得られる。しかしながら、ただそれ
の多発や腎障害なども高頻度に経験した。私のこれまで
だけの理由で漫然と施行することは放射線科医としては
のキャリアのなかで、金沢大学放射線科では3例のアナ
避けるべきである。非イオン性ヨード造影剤といえども
フィラキシーによる死亡例を経験しているが、いずれも
それなりの侵襲性や合併症を有し、またX線被曝も可能
イオン性造影剤時代のものであり、振り返ってみてもイ
なかぎり低減する必要がある。特に非悪性腫瘍例や若年
オン性ヨード造影剤の合併症の多さを実感する。こうし
者ではこうした点は厳密に考慮すべきである。したがっ
118(118)
日獨医報 第56巻 第 1 号 118-128(2011)
日獨医報 第56巻 第 1 号 2011
て、それぞれの診断目的や患者背景によって造影CTの
伴う臓器障害や疾患の重症度や治療効果判定に必須の役
適応を個別化して考慮することが重要である。そのため
割がある。この目的では、絞扼性イレウスにおける腸管
には造影CTが新たにもたらす情報をその背景にある病
虚血の有無の判定、膵炎の重症度判定や肝癌や腎癌の局
理・病態とともに理解し、それが他の低侵襲的診断法と
所治療の治癒判定における造影CTの重要性などが挙げ
どのような差異があるかを各種診断法の進歩のなかで流
られる。
動的に理解しておく必要がある。こうした点で放射線科
腹部造影CTの有用性については総論的には前記のよ
医の果たす役割は大きい。しかしながら、わが国では、
うであると考えられるが、高性能MRIが普及とともに
内科医や外科医が画像診断の指示を行う施設は依然とし
その適応は変化していくであろう。CTがMRIより優れ
て少なく、こうした点のquality controlが先進国のなか
る点は、高空間分解能下で高い時間分解能をも表現でき
では際立って劣ることは今後の課題として留意しておく
る点である。組織分解能については、MRIに圧倒的に
必要がある。
劣ることを理解して状況に応じて個別化した選択が必要
画像診断の目的は臨床での状況に応じてさまざまで
である。そのためにはすべての診断法についてその表現
ある。腹部疾患に限らず、疾患の存在診断、その質的
するもの、特徴や欠点を日常診療のなかで理解し常にリ
(鑑別)診断と進展度(重症度)診断が共通しての最大の
目的であろう。腹部疾患ではこれらの目的で造影CT、
特にdynamic CTが重要な役割を担っている。存在診断
ニューアルしていくことが重要であると思われる。 3.造影CTが有用であった代表症例
に造影CTが重要な役割を担っているものとしてはま
ず肝細胞癌が挙げられる。微小な多血性肝癌の検出に
症例1 細胆管細胞癌 cholangiolocellular carcinoma
はdynamic CTが必須である。しかしながら、Gd-EOB-
患者背景:70歳代男性、アルコール性肝硬変。定期的
DTPA造影MRIの登場でこの役割は変化しつつある。微
なCT検査の際に肝S6に19mm、S5に15mmの腫瘤性病
小な膵癌は濃染された膵実質内に造影の弱い腫瘤として
変が指摘された。
はじめて描出される場合がある。微小な腎癌も造影CT
画像所見:図1に経静脈性dynamic CTを供覧する。単
ではじめて発見されることがあるが、この場合は他の目
純CTではS6の腫瘤は背景肝と比し淡く低吸収で境界明
的で偶然に発見される。管腔臓器でも多血性の病変は、
瞭な腫瘤性病変である。腫瘤に近接した娘結節が確認で
微小な場合はdynamic CTではじめて発見される場合が
きる。早期濃染を認め、後期相では洗い出し像を認める
あり必要な場合は選択する。質的診断には造影CTはき
とともに腫瘤周囲のいわゆるコロナ濃染が描出される。
わめて重要である。dynamic CTでは病変のvascularity
古典的肝細胞癌の像である。一方、S5の腫瘤は単純CT
の情報がまず重要である。動脈性vascularityの多寡、病
で境界不明瞭な低吸収性腫瘤であり、早期相では不均
変部血管の性状、病変のマクロの形状や周辺正常構造へ
一な濃染を認める。腫瘤内には脈管構造がみられる。
の進展の形式、内部の造影効果による組織成分の推定
後期相にかけて腫瘤は漸増性に濃染し、S6の古典的肝
(線維成分の多寡や壊死)などから鑑別診断は高度に可能
細胞癌とは明らかに異なった血行動態を示している。
となる。ただしMRIでは単純と造影の組み合わせでさら
図2に 動 注CTを 供 覧 す る。 門 脈 造 影 下CT(CT dural に高度の質的な描出が可能であり、骨盤内臓器では可能
arterioportography:CTAP)ではS6、5の腫瘤はともに門
なかぎりMRIが選択される。Gd-EOB-DTPA造影MRI
脈血流欠損を示すが、S5の腫瘤は境界が不明瞭である。
の導入後は肝疾患についても可能なかぎりMRIが第一選
S5腫瘤では腫瘤内を走行する肝静脈枝が描出されてい
択となりつつある。進展度診断についても造影CTは多
る。肝動脈造影下CT(CT during hepatic arteriography:
くの疾患で重要な役割を担っている。リンパ節転移や肝
CTHA)早期相ではS6腫瘤は均一に濃染されるのに対し、
転移、脈管浸潤の診断に果たす造影CTの役割は大きい。
S5腫瘤は不均一な濃染を示す。腫瘤内部に点状の造影
特に肝胆膵領域では脈管との関連は手術には必須の情報
効果を認め、既存の脈管構造を内包すると考えられた。
であり、この目的ではdynamic CT(CT angiography)は
CTHA後期相ではS6腫瘤はコロナ濃染が明瞭であるの
MRIを凌ぐ診断能があり必須である。造影CTはさらに
に対し、S5腫瘤は遅延濃染を示した。図3にsingle slice 臓器や疾患のviabilityの判定に必須であり、各種疾患に
dynamic CTHAを供覧する。S6腫瘤は腫瘍を栄養とす
11(11)
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Plain CT
造影CT(早期相)
造影CT(後期相)
図1 経静脈性dynamic CT[plain CT,造影CT(早期相),造影CT(後期相)]
Plain CTでS6(矢印)とS5(矢頭)に低吸収を示す腫瘤性病変を認める.造影CT(早期相)ではS6腫瘤は早期
濃染を示す.S6腫瘤背側に娘結節と思われる早期濃染がみられる.一方,S5結節は不均一な濃染を呈し,腫
瘤内に既存脈管構造と思われる濃染がみられる.造影CT(後期相)ではS6腫瘤の造影効果は洗い出され,周
囲に淡いコロナ濃染を認める.S5腫瘤の造影効果は遷延している.
CTAP
CTHA早期相
CTHA後期相
図2 動注CT(CTAP,CTHA早期相,CTHA後期相)
CTAPではS5,6腫瘤はともに門脈血流欠損を示す.S5腫瘤内に入り込む静脈枝がみられる.
CTHA早期相ではS6腫瘤は均一に濃染されるが,S5腫瘤は不均一でやや淡い.
CTHA後期相ではS6腫瘤にコロナ濃染を認めるが,S5腫瘤は造影効果が遷延している.
0秒
3秒
6秒
10 秒
12 秒
17 秒
21 秒
37 秒
図3 Single slice levelのdynamic CTHA
腫瘤は造影剤到達後3秒後で濃染が始まる.S6腫瘤は内部に栄養動脈が増生しているのに対し,S5腫瘤は内
部に既存脈管と思われる点状濃染がみられる.6秒後ではS5腫瘤周囲に淡い造影効果がみられる.12秒後で
腫瘍濃染はS5,6ともにピークを迎え,S6腫瘤は徐々に腫瘤濃染の洗い出しを認めるとともに腫瘤周囲にコ
ロナ濃染がみられる.S5腫瘤の造影効果は遷延している.
注:0秒後の画像に直前の造影検査による造影剤が残っていることが確認される.
120(120)
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る多数の血管が描出され、6秒後に腫瘤全体を染め上げ、
組織学的に中分化相当の肝細胞癌であった。腫瘤は線維
12秒以降で腫瘤の造影効果のピークを迎え、次いで腫
性被膜により背景肝と明瞭に境されており、周囲の脈管
瘤周囲の濃染(洗い出し現象、コロナ濃染)が描出され
構造が圧排性変化を受けている。
る。一方、S5腫瘤は中心に既存脈管構造を有するもS6
造影検査の必要性:慢性肝疾患を背景に胆管細胞癌の
腫瘤と異なり、栄養血管は目立たず、漸増性にゆっくり
発生頻度が高くなっており 1)、また、細胆管細胞癌や混
造影される。また、腫瘤周囲にA-P shuntと思われる淡
合型肝癌、癌幹細胞由来癌など特殊な肝癌の報告例も相
い濃染が早期(6秒)より描出される。
次いでいる。胆管癌に対しては外科切除が原則であり、
鑑別疾患:慢性肝疾患を背景に二つの異なる血行動態
細胆管細胞癌や特殊な肝癌も生物学的態度あるいは予
を示す腫瘤を認める。S6腫瘤は典型的な所見より古典
後が明らかにされていないため、現時点では外科切除が
的肝細胞癌と診断できる。S5腫瘤は早期で不均一に濃
原則である。したがって、確実な診断が重要である。細
染され、漸増性に腫瘤が染まり上がることから、線維性
胆管細胞癌では組織学的に置換性発育を示し、既存構造
間質を有した腫瘤と考えられる。早期より腫瘍周囲濃染
(門脈域、肝静脈のほかに、肝小葉そのもの)を取り込む
を伴い、腫瘤内に細かな既存構造を含有し、境界不明瞭
ように発育する 2、3)。腫瘍は特に辺縁部でmedullaな増
な腫瘤であることから、細胆管細胞癌をより疑う像と考
殖を示し、腫瘍中心部では線維性の間質を有する特徴が
えられる。
ある。血流画像では置換性増殖を反映し、腫瘤内に既存
病 理 所 見: 図4にS5腫 瘤 の ル ー ペ 像(Elastica von の脈管構造の取り込みがみられ、また腫瘍は漸増性に濃
Gieson染色)を提示する。図の左上に境界不明瞭な腫瘤
染される。この特徴的な所見により、細胆管細胞癌は肝
を認める。腫瘤内には取り込まれる肝静脈枝や細かな門
細胞癌あるいは胆管細胞癌と区別が可能である。ただし
脈域を認める。背景肝のbridging fibrosisの取り込みも
細胆管細胞癌は腫瘍内に種々の程度で胆管細胞癌成分を
明瞭に見られる腫瘤中心部には膠原線維が密にみられ
伴うことが多く、多彩な像を示し得ることに留意しなけ
る。組織学的には細胆管類似の小型管腔からコード状の
ればならない 4、5)。
異型に乏しい腫瘍細胞が増殖し、細胆管細胞癌と診断さ
れた。図の右下にみえる円弧状の構造はS6腫瘤であり、
症例2 急性膵炎後のdynamic CTで膵癌を指摘された1例
(図5、6、7)
症 例:60歳代男性。
主 訴:心窩部痛。
既往歴:糖尿病、高血圧にて加療中。
2002 年 11 月大動脈狭窄症にて大動脈弁置換術施行。
現病歴:2006年1月心窩部痛にて近医受診、急性膵炎
の診断にて当院救急センター搬送となった。
入 院 時 身 体 所 見:BT 36.6℃、HR 71回/分、BP 163/100mmHg、SpO2 95%
意識清明
胸部:呼吸音整、心音 Ⅰ→Ⅱ→Ⅲ(−)Ⅳ(−)
腹部:平坦、心窩部に圧痛あり、腸蠕動音に減弱亢進
図4 外科切除標本のルーペ像:Elastica von Gieson染色
左上にS5腫瘤が最大割面で描出されている.腫瘤は置換性に増殖し
ており,近接する肝実質に圧排性変化はみられず,腫瘤内に既存構
造の取り込みがみられる.矢印は肝静脈,矢頭は門脈域,そのほか,
肝硬変に伴うbridging fibrosisも取り込まれている.腫瘍中心部には
膠原線維がみられる.組織学的に細胆管細胞癌と診断された.なお,
右下に円弧状構造がみられる(*)
.S6腫瘤(肝細胞癌)の線維性被膜
であり,腫瘤周囲の肝実質が圧排されているのがわかる.腫瘤内に
は既存構造は確認されない.
なし。
WBC 11.4×103、RBC 5.12×106、Hb 15g/dL、CRP 0.3mg/
dL、アミラーゼ 1,468 IU/L、AST 21IU/L、ALT 20IU/L、
T-Bil 1.3mg/dL
入院後経過:
急性膵炎改善後のdynamic CTにて膵癌が指摘され、
外科的治療を念頭に精査が勧められたが、経過中に多
121(121)
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発肝転移が出現したため化学療法が施行されることと
と周囲脂肪織や血管との関係を評価することにより、病
なった。
変の存在診断や質的診断に加え局所進展度の詳細な評
価が可能となった。これらは病期診断および外科的な
今日、膵癌の画像診断において造影CTが必須である
治療方針決定の際に重要である。さらに空間分解能が
ことは周知のとおりである。造影剤を用いたdynamic 飛躍的に向上したMDCT(Multi-Detector CT)による診
CTでは、膵癌は豊富な線維性間質を伴う特徴から動脈
断により、2cm以下の小膵癌(pTS1)が検出される頻度
優位相にて周囲膵実質より低吸収を示し、その後増強効
も高くなった。
果が漸増する濃染パターンを示す。この正常膵実質と膵
癌との病理学的性質の差異に伴う造影パターンの違いを
今日、膵癌の進展度診断として以下の画像所見が特徴
利用することによって存在診断が可能となる。また腫瘤
とされている 6)。
図5 入院時,入院3日後 腹部単純CT
A 1月16日単純CT:左前腎筋膜は肥厚し,膵尾部周囲や前腎傍腔に液体貯留を認める
(→).急性膵炎が疑われる.
B 1月19日単純CT:膵尾部周囲や前腎傍腔の液体貯留は消失している.
図6 入院10日後 腹部dynamic CT
A 1月26日単純CT:膵鉤部はやや腫大して見える(→).
B 動脈優位相:動脈優位相では周囲実質よりも低吸収を呈する径22mmほどの腫瘤性病変を認め(矢
印),後下膵十二指腸動脈(矢頭)と接している.
C 遅延相:遅延相では腫瘤内部に淡い増強効果を伴う(矢印).
122(122)
A
B
A
B
C
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図7 入院10日後 腹部dynamic CT
A 遅延相冠状断像:膵鉤部に低吸収腫瘤を認める(矢印).
B 遅延相矢状断像: 腫瘤(矢印)は上腸間膜静脈後面に接し(矢頭),CT上直接浸潤が
疑われる.
A
B
① 膵前方被膜浸潤・後方組織浸潤:腫瘤が実質を越えて
を伴うと、膵頭部の限局性脂肪浸潤を誤って腫瘍と判断
突出する場合のほか、周囲脂肪織の濃度上昇や索状構造
してしまう可能性も考えられ、膵癌の診断にはdynamic が指標となる。
studyによる造影検査が必須となる。今回の症例も急性
② 動脈系・門脈系浸潤:腫瘍による狭窄や閉塞があれば
膵炎加療後のdynamic CTにて膵鉤部膵癌が発見された
浸潤が疑われる。また腫瘍と門脈系との接触範囲が半周
症例であり、単純CTのみでは見逃された可能性が高い
以上の場合も浸潤が高率とされている。
と思われる。
③ 膵外神経叢浸潤:根治手術の際に切離面で断端陽性と
なる最大の要因の一つである。膵頭部内背側領域の腫
症例3 造影dynamic CTが組織型診断に有用であった
瘤・塊状陰影や原発巣と連続する粗網状影が浸潤を疑う
胆囊粘液癌の1例
症 例:50歳代女性。
所見である。
既往歴:特記事項なし。
これらの進展度を評価する際には微細な所見が重要と
現病歴:心窩部痛にて近医を受診。採血にて肝胆道系
なるため、造影剤を使用することによって膵実質と周囲
酵素上昇を指摘され、腹部USで胆腫瘍を疑われたた
脂肪織とのコントラストをより鮮明にすることが必要で
め、精査加療目的に当院紹介となった。
ある。またdynamic撮像のタイミングにより、動脈と門
入 院 時 検 査 所 見:ALP 365IU/L、 γ-GTP 79IU/Lと
脈・静脈系の分離が可能となり、血管浸潤の有無を評価
軽 度 の 胆 道 系 酵 素 の 上 昇 を 認 め た。CRPは 軽 度 高 値
することが可能である 。
7)
(0.4mg/dL)。腫瘍マーカーはCEAが24.9ngと高値を示し、
CA19-9、DUPAN-Ⅱ、CA125は正常範囲内であった。
糖尿病が急激に悪化した場合や、アルコールまたは
腹部US(図8)
:胆は腫大緊満し、内部は大部分が等
胆道結石が原因ではない急性膵炎の発症の際は、膵癌
から高エコーを呈し、腫瘤状を呈した。胆内容は液体
をはじめとする膵腫瘍性病変の存在を念頭におく必要
として認識できる部分よりも充実成分として認識できる
がある 8)。随伴性慢性膵炎により膵実質が萎縮している
部位の方が多かった。
例や、著明な主膵管拡張を伴う症例は単純CTのみでも
腹部dynamic CT(図8):胆は腫大し、内部に造影
腫瘍の存在診断が可能な場合があるが、実際には困難で
にて濃染される腫瘤状部分を認めた。腫瘤は、dynamic 見逃すことが多い。膵癌に胞(貯留胞や仮性胞)を
CTの早期動脈相では、濃染効果はほとんど認めず、腫
合併する症例 では、癌よりも胞が大きい場合、胞
瘍の基部に少量認められる程度であるが、時相を経るに
性腫瘤と誤認することがある。また背景の膵に脂肪浸潤
従い造影効果が漸増性に増加した。腫瘤の一部に石灰化
9)
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を認めた。
腹部MRI(図9A〜E):胆の腫瘤部分はT1強調画像
で低信号を呈し、T2強調画像で著明な高信号化を呈し
手術所見:S0、Hinf0、H0、Binf0、PV0、A0、P0、 N0、
M(-)、 St(+)
病理組織所見(図10):胆内腔に6.5×4.0×3.5cm大
内部にムラを認めた。また、胆内にはdot状のT1強調、
の腫瘤状の隆起病変を認め、胆内容に多数の結石を認
T2強調ともに低信号を呈する胆石を数個認めた。
めた。腫瘤部には豊富な粘液内に異型の強い細胞が小塊
PET:胆背側優位にSUV max9.8(早期相)、12.3(後
期相)のFDG異常集積を認めた。
ERCP (図9F)
:胆管は一部描出されたが、胆は描
状から個細胞性に浮遊していた。印鑑細胞癌も散見され
低分化型胆粘液癌と考えられた。一部には低乳頭状か
ら管状を呈する部分も認められた。
出されなかった。共通管は長く膵胆管合流異常と考えら
考察
れた。
胆粘液癌は胆癌全体の0〜4%程度 10、11)と稀なも
以上より、胆の腫瘍はdynamic CTでの濃染パター
のである。胆粘液癌は癌細胞が産生した粘液が細胞外
ンとMRIの信号強度、特にT2強調画像の信号強度より
に貯留して間質内に粘液湖ないし粘液結節が形成され
粘液成分の多い腫瘍であると考え、胆粘液癌(膵胆管
た癌で、乳頭腺癌あるいは高・中分化型管状腺癌に由来
合流異常合併)と術前診断した。胆・胆床切除・胆管
する高分化型粘液癌と、印鑑細胞癌に由来する低分化型
切除(D2)/胆管空調再建術が施行された。
粘液癌に亜分類される 12)。本症例は印鑑細胞癌が散見さ
れ、低分化型胆粘液癌と考えられた。また、粘液産生
図8 腹部dynamic CTおよび腹部US
A dynamic CT(5相).左より単純,早期動脈相,後期動脈相,後期相,平衡相
B 左より他断面の単純CT,造影CT早期動脈相(coronal),後期相(coronal),腹部超音波画像
dynamic CTでは早期動脈相では腫瘤の濃染効果は腫瘍基部に認められるのみで,時相を経るに従い造影効果
が漸増性に増加している.平衡相にても腫瘍の全体は濃染されていない.濃染腫瘤の一部に微細な石灰化を認
める.USでは胆内腔は等から高エコーの不均一なエコー輝度を呈し大部分が充実成分である.
124(124)
A
B
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A
B
C
D
E
F
図9 腹部MRIおよびERCP
A 〜C 左より腹部MRI T1強調画像(in phase),T1強調画像(out of phase),脂肪抑制T2強調画像
D〜F 左より腹部MRI拡散強調画像(b値=800),MRCP,ERCP
腫瘤部分はT1強調画像で低信号,脂肪抑制T2強調画像では充実性腫瘤部分は著明な高信号を呈する.胆腹側にはT1
強調画像上高信号部分を認める.胆内の液体成分(濃縮胆汁)と考えられた.dot状の低信号部分は胆石と考えられた.
MRCP,
ERCPでは共通管は長く膵胆管合流異常と考えられた.ERCPでは胆管は描出されるが,胆は描出されなかった.
A
B
図10 病理組織材料
A 左より肉眼像,ルーペ像
B 左より中拡大像,強拡大像
肉眼像では,胆内腔に黄白色
調の腫瘤状の隆起病変を認め
た.組織学的には,腫瘤部には
豊富な粘液内に異型の強い細胞
が,小塊状から個細胞性に浮遊
している.印鑑細胞癌も散見さ
れる.低分化型の胆粘液癌と
考えられた.
12(12)
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胆癌は胆内腔への粘液貯留が著しく多いものであ
形成して存在することが多い。そのため腫瘍基部から離
り、間質内に粘液が貯留する胆粘液癌とは区別される
れた腫瘍細胞へはnetsを介しての造影剤の到達が必要で
べきとされている。
あり、造影されるまでの時間が遅延することが予想され
胆粘液癌の発生機序は粘液産生胆癌や粘液産生
る。その結果dynamic studyにおいて、早期相では腫瘍
胆管癌と同様であると推測されており、何らかの胆粘
基部の癌細胞のみが濃染し、時相を経るに従い周囲の網
膜への慢性刺激が粘膜剝脱、上皮再生を繰り返し、粘液
目状に連続する腫瘍細胞に増強効果がみられるようにな
産生能をもった胆癌が発生するとされている 。本症
ることが推察される。また、MRIでは内部の豊富な粘
例は胆石を有し、また膵胆管合流異常を背景に有してお
液を反映し腫瘍成分が充実性組織としては著明な高信号
り、これらの慢性刺激が癌の発生に関与したことが推測
を呈することも特徴とされる。粘液癌では石灰化を有す
される。
ことが多いことも特徴の一つである。また、粘液間質に
胆に限らず、粘液癌の画像所見の特徴の一つとし
よって腫瘍の造影効果が乏しく、CTでの腫瘍の範囲と
て、dynamic studyにおいて早期相では濃染効果が乏し
USでの充実部分の乖離を認めることが多いのもこの腫
く、dynamic studyの時相を経るに従い造影効果が漸増
瘍の特徴であると考えられる 15)。自験例ではこれらの画
性に濃染することが多いことが挙げられる 14)。粘液癌で
像所見の特徴を有しており、術前に胆粘液癌と診断す
は、腫瘍間質に多量の粘液を有し相対的に細胞成分が少
ることが可能であった。
13)
なく、細胞成分は粘液湖の間を乳頭状から柵状にnetsを
12(12)
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4.画像診断に求めること
山下 竜也 金沢大学大学院 地域医療教育学/金沢大学 消化器内科
腹部領域において消化器内科が造影CTを依頼する状
重ねることにより、マージンの評価がさらに正確にでき
況としては、腹痛の原因検索、消化管出血の部位の特定、
ればRFA治療に際し非常に有用と考えられる。
肝胆膵疾患の診療、腸管病変の精査など診療上、多数の
進行肝癌の化学療法の評価に関しても、近年登場し
場面が挙げられる。高解像度のMDCTを用いた造影CT
た分子標的薬であるソラフェニブではその効果の判定
が普及し、従来CTでは診断できなかった病変まで診断
には腫瘍径や新規病変を評価するのみならず、腫瘍内血
可能になり、腹部領域における造影CTの役割はますま
流の評価が重要といわれている 17、18)。判定基準として
す大きくなってきている。消化器内科から造影CTを依
は従来のResponse Evaluation Criteria in Solid Tumors
頼するそれぞれの状況で、放射線科に期待する(求める)
(RECIST)ver.1.1だけではなく、腫瘍内血流評価を加
点は異なる。今回、われわれが最も多く検査依頼をして
味 し たmRECIST 19)やResponse Evaluation Criteria in いる肝細胞癌の診療に伴い放射線科医に期待する点につ
Cancer of the Liver(RECICL)20)などといった基準があり、
いてまとめた。
これらを用いた効果判定についても内科のみならず、放
ま ず 肝 細 胞 癌 の 診 断 に つ い て は、MDCTに よ る
射線科からも意識して評価していただければ診療の一助
dynamic studyにより、微小な濃染像が指摘されるよう
になる。また,近年CT技術の進歩により肝内血流を造
になって、小病変の診断能は格段と進歩した。一方、小
影剤の灌流として捉えるperfusion CTという技術が登場
病変の検出能向上に伴い、併存する肝硬変によりみられ
しており 21)、これを腫瘍内血流に応用することで分子標
るAPシャントとの鑑別が困難な場合も多くなった。そ
的薬の効果予測などに期待される。
の場合、経過観察による増大の有無やGd-EOB-MRIに
よる精査をすることが多いのであるが、造影CTのみで
APシャントをより正確に診断できるようになれば、診
療上非常に有用であると思われる。また、近年Gd-EOB
を用いたdynamic MRIを施行するようになり、EOB造
影の肝細胞相のみで低信号を示す病変が指摘されるよう
になった。これらの病変に関しては、診断確定のために
腫瘍生検などが行われることがある 16)が、その結節に微
小な腫瘍内血流の増加があればmalignant fociがあると
判断が可能で、腫瘍生検なしに肝細胞癌と診断し得る。
【参考文献】
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of extrapancreatic nerve plexus invasion by pancreas head ピオドールが治療結節に沈着しており、マージンの評価
carcinoma;correlation with en block pathological specimens は比較的簡単である。しかし、TACEを施行していない
and diagnostic accuracy.Eur Radiol 20:1757-1767,2010
場合は、治療対象結節の近傍の脈管構造や肝の変形を手
がかりに治療前後のCTの位置あわせをし、比較するこ
とでマージンの評価をしている。人工胸水を用いた場合
7)Lu DS, Reber HS, Kransny RM, et al:Local staging of pancreatic cancer;criteria for unresectability of major vessels as revealed by pancreatic-phase,thin-section helical CT.Am J Roentgenol 168:1439-1443,1997
などは、肝臓の位置が回転しており評価が難しい場合が
8)Inagi E,Shimodan S,Amizuka H,et al:Pancreatic cancer ある。治療前の画像をPCなどで加工し、治療後のCTと
initially presenting with a psudocyst at the splenic flexure.
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