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中国が進める「人民元国際化」の目論見

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中国が進める「人民元国際化」の目論見
エコノミスト
Eyes
2012.6.13
中国が進める「人民元国際化」の目論見
みずほ総合研究所 市場調査部長
長谷川克之
中国が人民元の国際化を促進している。貿易決済や資金の調達・運用面で人民元の存在
感が高まりつつあり、今月始まった人民元と円の直接取引も国際化を後押しするものだ。
その背景には、中国が直面する国内外の事情が見え隠れする。ただ、中国経済の先行き
への不安感もでてきており、オフショア人民元市場の拡大に陰りがないわけではない。
この6月から人民元と円の直接取引が東京と上海で始まった。国際的な通貨取引では、基軸通貨である
ドルを介した取引が一般的で、元と円の間の取引も、ほとんどがドル元、ドル円という2つの取引の結果
として成立している。市場取引の厚みと効率性を勘案すれば、直接取引の拡大には時間を要するものと考
えられるが、ドルを媒介しない取引が誕生したことは画期的だ。
今般の元と円の直接取引は、昨年末に合意された日中間の金融協力の一環として開始されたもので、両
国はお互いの国債を持ち合うことでも合意している。外貨準備保有額で世界第1位の中国と第2位の日本
を合計すれば世界の外貨準備全体の4割以上となる。ともに米ドル主体の外貨準備運用を行う両国がわず
かとはいえ、お互いの国債を持ち合うことは、将来的には国際的な準備通貨の多角化にもつながり得る。
マ 「国際通貨体制の変革」と「国内経済の構造転換」をにらんだ動き
国際通貨には①価値貯蔵、②交換媒介、③価値尺度――の3つの機能があるとされる。すでにアジアや
アフリカの新興国の一部では人民元を外貨準備に組み入れる国が散見されるが、日本は今回の中国国債へ
の投資開始に伴い、主要先進国で最初に人民元を外貨準備として保有することになる。日本の中国国債投
資は人民元が価値貯蔵機能を有していることを示すものであり、国際的にも注目されよう。また、拡大す
る日中貿易で人民元建ての決済や元と円の直接取引が増えれば、人民元の交換媒介機能が増すことになる。
このように日中間の金融協力は、人民元の国際通貨としての地位向上を後押しするものでもある。
「人民元国際化」の歴史は未だ浅いが、その勢いは昨今増しつつある。貿易取引における人民元決済は
2009 年の解禁後、対香港貿易を中心に急拡大しており、今後は中国の対アジア、対新興国貿易でも広がり
を見せるものとみられる。例えば、香港では人民元決済の拡大に伴いオフショア、すなわち中国本土外で
の人民元預金が急増しているほか、人民元建ての国債、社債、新規公開株式、不動産投資信託などの各種
みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03-3591-8828 [email protected]
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2012.6.13
金融商品の開発・市場拡大も進んでおり、拡大する人民元預金の投資の受け皿ともなっている。
とりわけ、
「点心債」と呼ばれる人民元建て社債市場の香港での発展は注目に値する。日本企業も含め、
各国企業が点心債発行による資金調達に動いており、
2011 年の発行額は前年比3倍弱となる 1,000 億元
(約
1.2 兆円)に及んだ。ちなみに、日本における円建て外債(いわゆるサムライ債)の近年の発行額は2兆
円前後で推移しており、点心債市場がサムライ債市場の規模を上回るのも時間の問題かもしれない。先行
する香港にあやかろうとシンガポール、英国、韓国など各国が点心債市場の創設・誘致で競っている。日
本も例外ではなく、オフショア人民元市場の創設によって、東京市場の活性化が期待されるところだ。
このように中国が人民元の国際化を推進する背景には、国際的な事情と国内事情の両面があろう。まず、
国際的な事情としては、国際通貨体制の改革をにらんだ中国の地位向上がある。米金融危機後の 2009 年
3月に、周小川・人民銀行総裁が現行の「米ドル本位制」の国際通貨体制の限界を主張したことは記憶に
新しい。ユーロ圏の債務危機に伴い、現状では安全通貨としての米ドルの地位が増していることは皮肉な
ことではあるが、米ドル、ユーロのいずれもが不安定ななかで、中国としては人民元の国際化を図りつつ、
今後の国際通貨体制をめぐる議論において、人民元と自国の利益の確保を志向しているものとみられる。
一方、国内事情としては、中国経済の構造転換が挙げられる。すなわち、中国は「輸出主導の高成長か
ら内需主導の安定成長へ」「海外からの直接投資依存から積極的な海外投資活用へ」と経済構造の転換を
目指している。人民元の国際化は、こうした経済の構造転換においてもカギを握るものだ。
「2020年までに上海を国際金融センターに」東京をしのぐ地位を目指す
振り返れば、日本も 1980 年代から 90 年代にかけて、円と東京市場の国際化を政策目標に掲げたことが
あった。日本は 64 年の経常取引の自由化(IMF8条国への移行)、80 年の資本取引の原則自由化(外
国為替管理法の改正)を経て、84 年の日米円ドル委員会報告に基づいて円の国際化や金融・資本市場の自
由化・国際化に向けて舵を切った。
これに対して中国は、
96 年にIMF8条国に移行したものの、
依然として厳しい資本規制が残っている。
また、為替相場についても、柔軟度を高めつつあるとはいえ、引き続き人民元相場の変動幅は制限(上下
1%)されたままで、資本取引の自由化という点では日本の 80 年以前の段階だ。
しかし、世界経済での立ち位置という点においては、円の国際化が始まった 80 年代半ばの日本と同程度、
あるいはそれ以上と評価することも可能だろう。いまや日本を抜いて世界第2位の経済大国となった中国
の経済規模は、世界全体の1割強のウェートを占めており、日本の 80 年代前半のウェートとほぼ同程度
だ。また、1人当たりGDPでも、中国全体では未だ 5,000 ドル台だが、上海市では 13,000 ドルに達し
ており、日本の 80 年代半ばの水準にある。
当時の日本が3極通貨体制を意識し、ロンドンやニューヨークと並ぶ国際金融センターを志向した点
と現在の中国には共通点もある。中国は「2020 年までに上海を国際金融センター化する」として、具体
的な時間軸も示しつつ、自国の金融市場の育成・発展に取り組んでいる。先物、オプションをはじめ各
種デリバティブ取引も順次解禁され、市場の厚みも広がりつつある。上海市場での株式売買高は、すで
に東京と匹敵する規模だ。海外シンクタンクによる世界の国際金融センターのランキングでは、上海は
ロンドン、ニューヨーク、香港、シンガポールに次ぐ世界第5位となっており、6位の東京を追い抜い
て国際金融センターとしての地位を確立しつつあるともいえよう。
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2012.6.13
日本が経験した「円の国際化」から得られる教訓
「円の国際化」はバブル崩壊とその後の不良債権問題やデフレ長期化を経て、今や死語となった感すら
ある。では、日本の経験は中国、さらには人民元国際化にとってどのような教訓をもつものだろうか。
第1には、政策の自由度を維持しつつ、経済のソフト・ランディングを図ることが何よりも重要だ。80 年
代後半には世界的な株価急落(87 年のブラックマンデー)にも見舞われ、日本(ならびにドイツ)が世界
経済を牽引するべきとの「機関車論」が強まった。そして、当時としては歴史的な低金利の長期継続を余
儀なくされたことがバブル拡大の一因ともなった。米金融危機、ユーロ圏の債務危機を受けて、世界経済
が失速・減速する現在の局面では自ずと中国への期待が高まりやすいが、中国にとっては国内における過
剰投資とその裏側にある不良債権問題や資産価格の動向に十分留意した政策運営が課題となろう。
第2は、為替相場の安定的な推移を維持することだ。日本では 90 年代半ばにかけて、日米通商協議の難
航も手伝って米国主導の円高誘導・圧力に直面し、バブル崩壊後の経済調整の深刻化・長期化を招いた。
日米通商協議では、日本側が市場開放という「量」の面での譲歩を渋ったため、為替という「価格」面で
の調整を強いられることになった。中国としては、人民元の変動幅調整などにより「価格」面での柔軟性
を段階的に高めるだけでなく、規制緩和や市場開放を通じた「量」の面での譲歩も進めながら、米国によ
る過度な人民元高圧力を回避していくことも肝要であると考えられる。
そして第3には、巧みな海外投資の実行があろう。日本は 80 年代後半以降、海外への直接投資やM&A
(合併・買収)を積極的に行ったが、割高な買収条件での投資となったり、既存事業との有機的な結合が
できないまま企業価値の減少を招いたりするケースも少なくなかった。これに対して最近の中国の対外投
資動向を見ると、総じて堅実に運営されているようにみえる。海外企業に対するM&Aは、2011 年に金額・
件数ともに過去最高を更新したが、かつての日本が欧米偏重であったのに対して、アジア域内やアフリカ
などの新興国も含めてグローバルな投資が行われている。昨年は資源・エネルギー関連分野での投資が全
体の半分を占めており、中国が中長期的に成長していくうえで不可欠となる権益の戦略的確保に重点が置
かれているようだ。債務危機に直面している南欧諸国企業から、南米での資源権益を条件の割高化や投資
先での摩擦を回避しつつ買収するケースも散見された。また、運用資産総額で世界第4位の政府系ファン
ドとなった中国投資公司(CIC)を活用して投資ノウハウを蓄積したり、欧米の有力投資ファンドと共
同投資を行うことでリスク分散にも配慮している模様だ。
こうした点に関しては、われわれは必ずしも与するものではないが、中国経済の先行きに対する慎重
な見方が昨今強まりつつあるのも事実だ。人民元相場の先行きの期待水準を示唆するともいわれる香港
のNDF市場(ノンデリバラブル・フォワード:元本の受け渡しを伴わない先物取引)では、人民元の
先安観測が織り込まれつつある。そうした市場の見方の背景には、中国経済の調整とそれに伴う中国か
らの資本逃避に対する一部での懸念も作用している可能性がある。これまでは人民元高に対する根強い
期待の存在がオフショア人民元市場の拡大を後押ししてきただけに、今後の人民元国際化を占ううえで
も注視する必要がある。
日本としては、通貨や金融市場の国際化を着実に進める中国といかに「Win-Win」の関係を構築するか
が課題となってくる。その際には、人民元に絡む新たな金融サービスの開拓や中国マネーの取り込みと
ともに、日本の金融市場や金融業の競争力向上に向けた戦略を再構築することが不可欠となろう。(了)
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