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インドへの直接投資減少の要因を探る

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インドへの直接投資減少の要因を探る
アジア動向
インドへの直接投資減少の要因を探る
― 用地不足、環境規制、人材不足などが投資の障壁 ―
2010年に世界からインドへの直接投資(直投)は減少し、アジア地域における直投
拡大の動きからインドは取り残された。現地では様々な要因が指摘されており、近年
は用地不足、環境規制、人材不足の影響が強まったと考えられる。これらの障壁の緩
和には時間を要する見込みであり、直投の盛り返しは期待しにくい状況だ。
国連が 7 月に公表した「世界投資報告」によると、
2010 年に世界からインドへの直投は前年比▲ 31%
近年は用地不足が深刻化
と 2 年連続の減少だった 。 世界的にはリーマン・
ショックの影響を脱して直投フローが底打ちし 、 ア
インドへの直投を妨げる要因として、様々な問題
ジアのほとんどの国でも拡大に転じた動きからイン
が指摘されている。そのなかで、従来は外資規制とイ
ドは取り残された格好だ(図表 1)。 インドの人口は
ンフラ不足が代表格として挙げられてきた。
2025 ∼ 30 年には中国を抜いて世界最大になると予
もっとも、近年に外資規制による市場参入のハード
測されることなどから 、 インド市場の成長性に対す
ルは下がる方向にある。その象徴的な動きとしては、
る期待は高い。そうした期待にもかかわらず、直投が
緩和要望の特に強かった総合小売業における規制
減少したのはなぜか。現地ヒアリング情報を織り交
に関し、政府が見直す方針を示していることがある。
ぜて要因分析し 、 それを踏まえて今後の動向を展望
この動きが呼び水となって、
欧米のスーパー大手は卸
する。
売業の業態でインドに進出を始めており、
将来の小売
市場開放を見込んで流通網の構築を進めている。
●図表1 アジア各国の対内直接投資
一方、電力供給をはじめとするインフラには依然
(億USドル)
1,200
2009年
2010年
1,000
もっとも、インフラ不足は今に始まった問題ではな
条件が厳しくなっていることがあると考えられる。
そこで、近年に条件が悪化している要因に注目す
600
ると、現地ヒアリングからは用地不足、環境規制、人
材不足の障壁が高まっていることがうかがわれた。
400
まず用地については、現在の土地収用法では地権
200
者(主に農民)に対する補償規定が不明確なため、補
イラン
タイ
韓国
ベトナム
マレーシア
インドネシア
インド
シンガポール
香港
中国
(注)2010年の対内直接投資額
(世界全体→各国)に基づくアジアの上位10カ国。
(資料)United Nations
「World Investment Report 2011」
(注1)
現状で、総合小売業への外国資本の出資は禁止。
8
として不足感があり、直投の阻害要因となっている。
いため、近年の直投減少の背景にはインフラ以外の
800
0
(注 1)
償を巡るトラブルで収用交渉が進まないケースが多
いとされる。このため、企業は独自に用地を取得する
のでなく、政府やディベロッパーによって開発され
た産業団地に進出するのが一般的だ。しかし、投資先
として人気の高い南東部のタミル・ナードゥ州で聴
取したところ、
「これまでの進出ラッシュで産業団地
インフラ不足の問題に、近年では用地不足や環境規
には空きがなくなり、新たな用地を取得している状
制、人材不足といった様々な要因が加わり、直投の減
況」
(政府系ディベロッパー)、
「企業が進出を希望し
少を主導しているとみられる。
ても産業団地をみつけることは難しい」
(メーカー)
との声が聞かれた。相次ぐ企業進出で既存の産業団
地は埋まる一方、ディベロッパーですら用地の取得
インドへの直投の盛り返しは
しばらく期待しにくい
交渉には時間がかかることから、産業団地の開発が
追いつかない状況になっているようだ。これと同様
の事態が、インドの各地でもみられるという。
今後を展望すると、近年インドの直投を減少させ
た要因が短期的に改善するとは見込めない。
まず、現在進められている土地収用法の見直しが
環境規制と人材不足の障壁も高まる
用地不足解消につながるか疑問が残る。同法の見直
しは、産業用地だけでなく、インフラ整備用の土地を
環境政策については、中央銀行のインド準備銀行
確保する意味からも重要である。今年7月に公表され
が直投減少の一因と指摘する。この点についてイン
た新法案では補償規定が明記されたことから、従前
ド政府関係者に聴取したところ、
「2006 年度の政府
に比べ地権者との収用交渉がしやすくなると期待さ
通達により、投資に先立って環境アセスメントに基
れるものの、議会審議を経て新法が施行されるまで
づく政府承認を得ることが義務づけられた」とのコ
には時間がかかる。また、明記された補償内容は、収
メントが得られた。特に近年は環境アセスメントの
用価格が地価相場の4倍以上、土地収用で雇用を失う
運用が厳しくなっている模様であり、環境破壊を理
世帯には就職あっせん(もしくは一時金、ないし20年
由に投資計画が承認されないケースが相次いでい
間の物価スライド型年金支給)など、産業界にとって
る。例としては、韓国のポスコ社がオリッサ州に製鉄
負担が重いとの懸念も示されており、法案通りに施
所建設計画を表明したところ、2010 年に環境破壊を
行されても用地確保に弾みがつくかは不透明だ。
(注2)
理由に中止を命じられたケースが有名だ
。
このほか、環境規制が厳しすぎるとの批判に対し
人材についても、現地日系企業にヒアリングする
ては、7 月にシン首相が環境アセスメント制度の変
と、
「近年は確保が難しくなった」
との話をよく聞く。
更を表明したものの、具体案を固める段階には至っ
日系企業以外にも、インド経済活性化の象徴だった
ていない。人材不足解消のカギを握る教育改革は、無
英語圏向けコールセンターについて、英語を話せる
償義務教育法が昨年施行されるなど緒についたばか
人材が不足してフィリピンへ移転する動きがあると
りで、成果が上がるまでには時間を要するだろう。
報じられている。インドの人口は多いため人材が豊
先進国の財政問題深刻化などを背景に世界経済の
富と思われるが、識字率が 7 割にとどまるなど教育
先行き不透明感が強まるなど 、 直投を含む国際資本
水準は低い。このため、労働市場では、就業者の 95%
フローを取り巻く環境は厳しさを増す方向にある。
が農業等の非組織部門に従事し、企業等の組織部門
そうした中で、国内でも阻害要因を抱えたインドで
(注3)
の従事者は5%にすぎない
。人材不足を反映して、
は、しばらく直投の盛り返しは期待しにくい状況だ。
2010 年のインドのワーカー賃金は月額 269 ドル、全
インドは 1991 年に直投の活用を柱とする経済改革
業種平均のベースアップ率は+ 11.4%となり、賃金
を断行し 、 その後の高成長に道を開いた。その当時に
上昇が問題となっている中国(303ドル、+12.1%)と
財務大臣として改革を先導したシン首相には、直投を
大差はない(ジェトロ調べ)。中国の労働コスト競争
呼び込むための改革手腕が再び求められている。
力は薄れたとして、外国企業が中国以外の投資先を
検討する動きがあるのと同様に、インドでも直投が
みずほ総合研究所 アジア調査部
控えられている可能性が考えられる。
シンガポール駐在 小林公司
このように、インドでは、従来から指摘されていた
[email protected]
(注2)その後、
ポスコ社は利益を地域住民に還元するなどの条件付きで承認を得たものの、
用地取得に手間取り計画は進んでいない。
(注3)組織部門は公共部門と従業員10人以上の民間非農業事業所が対象で、
それ以外は非組織部門。
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