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統計力学の基礎(その ) 5. 2

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統計力学の基礎(その ) 5. 2
5. 統計力学の
統計力学の基礎(
基礎(その 2)
これまでは粒子間の相互作用が無視できるような系について考えてきたが、この一粒子状態近似は
液体や固体のように粒子間の相互作用が無視できない系を取り扱うにはあまり適当ではない。このよ
うな相互作用が強い系を取り扱うときは、3・2・1 で紹介したアンサンブルという仮想的な統計集団を
使って、系全体を一つの確率的対象として取り扱う。 3・2 の続きとしてこの章がある。この章の取り
扱いが一般的な平衡状態の統計力学(Gibbs 統計 )であり、これまでの取り扱いはその特殊なケース
(つまり、一粒子状態近似が成立する場合)であった。
5・1 いろいろな統計分布
いろいろな統計分布と
統計分布と分配関数
これまではいわゆる孤立系を考えてきたが、我々が実際に実験を行う条件は温度一定の閉じた系で
あったり、開いた系であったりすることの方が一般的である。ここではその様な巨視的体系を統計力
学的に考察するときに使われる統計集団(アンサンブル)を紹介しよう。
5・1・1 カノニカル分布
カノニカル分布-
分布-温度が
温度が与えられた集団
えられた集団の
集団の統計分布-
統計分布-(アトキンス 16・5)
熱容量の大きい(=運動の自由度がはるかに大きい)外界と熱平衡を保つ任意の力学系
(熱力学では閉じた系
じた系と呼んだ)の統計的分布を表す集団がカノニカル集団
カノニカル集団(カノニカル
アンサンブル、
N、体積 V、温度 T
アンサンブル、正準集団)である。集団を構成する各要素は、粒子数
正準集団
が一定に保たれている(アトキンス図 16・14 参照)。このアンサンブルの要素として、粒子
の出入りは出来ないが熱を通す壁を持つ一定容積の容器に入った粒子の集合を考えること
が出来る。アンサンブルを構成する要素の数を N、アンサンブル全体のエネルギーを E
と表記する。カノニカルアンサンブルにおいて全体のエネルギー E は一定に保たれてい
る。
各要素の(N, V, T)がそれぞれ一定で、かつ全要素のエネルギーの和が一定値 E となる
条件を満たすなら、各要素はとりうるエネルギー値の中でどの値をとってもよい。エネル
ギー(E1, E2, E3, ・・・, El)を持つ要素の数をそれぞれ(n1, n2, n3, ・・・, nl)としよう。これらエネ
ルギーの組と要素の数の組をそれぞれ{El}、{nl}と表すことにする。これらの変数が満た
すべき条件は、
Σ l nl = N
(1a)
Σ l nl El = E
(2a)
となるが、これは 3・3・1、3・3・2 において一粒子近似における粒子数分布を導いたときの
条件と似ている。ただし、そのときは一つの粒子集合の中の粒子数の合計 N と、粒子全
部の持つエネルギーの合計 E が一定という条件だった。今のカノニカルアンサンブルで
は、実際の粒子集合を要素としてその多数の複製からできたアンサンブル全体のエネルギ
ー E と、全要素の数 N が一定という条件である。
次に、N 個の要素を n1, n2, n3, ・・・個に分ける配置の重み*1W は 3 章の式(61)と同じよう
*1 N 個の要素を n1, n2, n3, ・・・個に分配するとき、分配の仕方によっていろいろな要素の分布が考えら
れるが、この分布一つ一つを配置と呼ぶ。各配置に属する状態の数を重み
重みと呼ぶ。
- 121 -
な考え方により、
W({nl}) = {N!/(n1!n2!・・・)}g1n1g2n2 ・・・
(16・36)(3a)
で与えられる。ここで、縮退度 gl はエネルギー El を持つ状態の数であり、これは第 3 章
で熱力学的重率 Wl と呼んだものである。
3・3・1、3・3・2 において配置の重み W({nk})を最大にする分布{nk}max を考えた時と同様に、
カノニカルアンサンブルの中で最も大きな重み W({nl})を持つ配置{nl}max が存在して、N
が非常に大きいとその重みがその他の配置による重みを圧倒していることが分かる。この
W({nl}max)を与える配置{nl}max は、式(1a)、(2a)の条件の下に Lagrange の未定乗数法によ
って求めることが出来る。
<nl>/N = Pr(l)= gl exp(-β El))/ Q
(16・37)(4)
この分布をカノニカル分布
カノニカル分布(あるいは正準分布、Gibbs 分布)という。また、Q はカノニ
カル分配関数
カル
分配関数、あるいは状態和と呼ばれる。
Q =∑ l gl exp(-β El)
(注意・確認)ミクロカノニカル分布では対象とする系は孤立系であり、エネルギーが(ある不確定
さを許して)一定であった。そして、そのエネルギーのもとに許される全ての微視状態が等しい実現確
率を持ち、その他のエネルギーに属する微視状態の実現確率はゼロであった。これに対して、カノニ
カル分布は対象とする系が温度一定の閉じた系であり、エネルギーは一定ではない。この分布ではエ
ネルギーの等しい微視状態は等しい実現確率を持つが、異なるエネルギーに対する微視状態は(4)式に
比例する実現確率を持つ。
体積 V、粒子数 NA、NB、・・・個を持つ一つの系が、温度 T の熱浴と接触している場合、
その系のエネルギー E はもはや一定値ではなく、確率的にある値をとる(= E が統計分
布する)。このとき系の各微視状態の実現確率、すなわち、古典的にはその Hamiltonian が H
(N)であるとき、位相空間のある無限小領域 d Γに含まれる微視状態のいずれかが実現さ
れる確率 Pr(d Γ)、量子的には量子状態 l(そのエネルギー固有値は El)が実現される確率 Pr
(l)=分布関数 f(l)、そして一般的にはエネルギーが E ~ E + dE の間にある状態に系が見
出される確率 Pr(E)は、それぞれカノニカル分布
Pr(d Γ)≡ Fqexp(-β H )d Γ/ Q
Pr(l)≡ f(l)= exp(-β El)/ Q
(5a)
あるいは Wl exp(-β El))/ Q
Pr(E)≡ f(E)dE = exp(-β E)Ω(E)dE / Q (系の自由度が大きいとき)
(6a)
(7a)
で与えられる。ただし、Fq は 3・2・2 で説明した量子効果を考慮する際の因子
Fq ≡ 1/Π JNJ!h3NJ
(8)
である。また、カノニカル分配関数 Q は、
(古典的) Q(T)≡ Fq ∫ exp(-β H )d Γ
(9a)
(量子的) Q(T)≡∑ l exp(-β El) あるいは ∑ l Wl exp(-β El)
一般に
Q(T)≡∫ 0 exp(-β E)Ω(E)dE
∞
(系の自由度が大きいとき)
(10a)
(11a)
で定義される。ここで、Ω(E)は状態密度、Wl は熱力学的重率である。
分配関数は統計力学を実際の問題に適用する際に中心になる物理量である。分配関数は
その名、状態和、が示すように、微視状態数の和(のようなもの)であり、ミクロカノニカ
ル分布における状態数Ω
0
に対応するのものである。Ω
- 122 -
0
がエネルギーの増大に従って急
激に増加するように、Q は(9a)~(11a)式から分かるように、温度が高くなるに従って急
激に大きくなる。分配関数は系が分布可能な全ての量子状態 l の相対的な重み exp(-β El)
の和をとることで得られる。温度無限大ではこの重みが exp(-β El)= 1 となり、全ての
量子状態 l が分配関数に等しく寄与する(この極限において、Pr =一定となるので、ミク
ロカノニカル分布に等しくなる)。一般に量子状態は無限にあるので、T →∞のとき、Q
→∞である。絶対零度では exp(-β El)= 0 となり、最低エネルギーの量子状態しか分配
関数に寄与しない。この意味で、分配関数は任意の温度において系が占有することができ
る有効な量子状態の数であると言える。分配関数という名称は、それが系が利用できる状
態にどのように分配されるかを表していることに基づいている。このとき、任意の物理量 A
の平均値は確率 Pr(l)を用いて
<A>=∑ lAlPr(l)=∑ lAlexp(-β El)/∑ lexp(-β El)
(12a)
=∫ Aexp(-β E)Ω(E)dE / Q (系の自由度が大きいとき)
と書ける(第 3 章式(89)参照)。ここで Al は量子状態 l における物理量 A の値である。
☆ カノニカル分布
カノニカル分布の
分布の特徴
1. ここに考える系は自由度の小さい系でもよいし、また自由度の大きい巨視的な系でもよい。エネル
ギー E を持つ状態の実現される相対確率が Bolzmann 因子 exp(-β E)で与えられるということは、全
く一般的な事柄であって、巨視的なスケールの運動から、もっと分子的な運動の範囲まで、一般的に
カノニカル分布が成立する。第 3、4 章で考察した Boltzmann 分布もカノニカル分布である。つまり、
分子 1 個の系に対してもカノニカル分布が成立するのである。このとき、分配関数は分子分配関数と
なる。
2. カノニカル分布は確率論の要求を満たす唯一の解である。いま温度 T の外界に接触する二つの力学
系、A および B があり、両者の運動は独立であるとする。A がその量子状態 l にあり、エネルギー EAl
を持つ確率を Pr(EAl)、B が量子状態 m にある確率を Pr(EBm)とするならば、A と B がそれぞれ l と m
にある確率、言い換えれば AB を一つの系と見なしたときのエネルギー状態 Elm にある確率 Pr(Elm)は、
第 2 章で述べた積事象確率である。したがって、第 2 章の(6)式より
Pr(Elm) = Pr(EAl)× Pr(EBm)
(13)
となる。ここで、
Elm = EAl + EBm
(14)
である。分布関数はエネルギーのみに依存しているとする。また、分布法則は系の性質によって変わ
るものではなく、一般的なものでなければならない。すなわち、 Pr(Elm)、 Pr(EAl)、 Pr(EBm)はエネルギ
ーの関数として同じ形でなければならない。統計力学の法則としてこのような性質を一般に要求して
もよいであろう。この要求を満たすためには、言い換えれば上記の 2 式が成立するためには
Pr ∝ exp(-β E)
(βは任意定数)
(15)
という形でなければならないことが証明される(証明略)。β= 1/kBT とすれば、これはカノニカル分
布である。
したがって、一般に対象となる系の運動がいくつかの独立な成分に分かれる場合、系全体のカノニ
カル分布は各独立成分に関するカノニカル分布の積として与えられる。独立な運動というのは、各成
分がどのような状態をとろうとも他の成分の状態には影響を与えないという事なので、系全体の状態
を指定するのに各成分の状態を用いればよいということ、言い換えれば全体のエネルギーが各成分の
- 123 -
エネルギーの和として与えられることである。これは数学的には単に
(1)
(2)
(1)
(2)
exp{-(E + E +・・・)/kBT}= exp{- E /kBT}× exp{- E /kBT}×・・・
(16)
という分解にあたるわけである。たとえば、一つの気体分子の速度の分布は、速度が互いに直交する 3
方向の成分に分かれるので、この各成分に関する分布の積として与えられる(第 1 章(35)式 Maxwell
の速度分布則を参照せよ)。カノニカル分布の代わりに、もしミクロカノニカル分布を考えるならば、
こうはいかない。全体のエネルギーが一定であるから、一成分のエネルギーの大小は他の成分エネル
ギーの分布と切り離せない。このような意味で、カノニカル分布が非常に簡単な性質を持ち、対象と
する系の確率分布を考え易くすることが分かる。
3・2・2 で述べたように、熱力学的重率 W、あるいは状態数Ω 0 を古典統計力学的近似(31)、(36)式で
計算することが多い。これはカノニカル分配関数を計算する場合にもあてはまる((9a)式で計算され
る)。しかし、上で見たような独立な成分の分離は、熱力学的重率や状態数を計算するときにはあまり
役に立たないことが分かる。多くの実際の問題では近似的にもせよ、各成分に分離できるので、分配
関数を計算することは W やΩ
0
を計算するよりも容易である。カノニカル分布が統計力学の応用にあ
たって有力である理由はここにある。
3.
系の運動の自由度が大きい場合、エネルギー E ~ E + dE の間にある量子状態の数をΩ(E)dE とす
ると、状態密度Ω(E)は十分よい近似で連続関数と見なされる(3・2・3 参照)。このときカノニカル分
布は(7a)式で与えられる。この場合には、Ω(E)は E の増大とともに急激に増大し、exp(-β E)は急
激に減少するので、(7a)式はあるエネルギー E*で極大を持つとすると、その極大は極めて鋭いであろ
う(これは 5・1・2 の結合系の平衡で考察した事情と全く同じである。アトキンス図 16・16 参照)。そう
であれば、系の自由度が大きい場合のカノニカル分布は実際上、エネルギー E*を持つミクロカノニカ
ル分布と大差なく、またカノニカル分布から求められる平均エネルギー<E>は E*にほとんど等しく、
一定である(=ゆらぎが無視できる)。このような状況は多数の粒子からなる対象において普通に実現
されている。
5・1・2 T-P 分布-
分布-圧力が
圧力が与えられた集団
えられた集団の
集団の統計分布-
統計分布-
温度 T、圧力 P の熱浴と接触し、動きうる境界面を持って平衡にある系の統計的分布を
表す集団は拡張された
拡張されたカノニカル
されたカノニカル集団
カノニカル集団の一例である。集団を構成する各要素は、粒子数 N、
圧力 P、温度 T が一定に保たれている。このアンサンブルの要素として、粒子の出入りは
出来ないが熱を通し、動きうる壁を持つ容器に入った粒子の集合を考えることが出来る。
アンサンブルを構成する要素の数を N、アンサンブル全体のエンタルピーを H と表記す
る。このアンサンブルにおいて全体のエンタルピー H は一定に保たれている。
各要素の(N, P, T)がそれぞれ一定で、かつ各要素のエンタルピー H = E + PV の和が
一定値 H となる条件を満たすなら、各要素はとりうるエンタルピー値の中でどの値も取
りうる。エンタルピー(H1, H2, H3, ・・・, Hl)を持つ要素の数をそれぞれ(n1, n2, n3, ・・・, nl)と
し、これらエンタルピーの組と要素の数の組をそれぞれ{Hl}、{nl}と表すことにする。こ
れらの変数が満たすべき条件は、
Σ l nl = N
(1b)
Σ l nl Hl = H
(2b)
となる。次に、N 個の要素を n1, n2, n3, ・・・個に分ける配置の重み W は式(3)で与えられる。
- 124 -
アンサンブルの中で最も大きな重み W({nl})を持つ配置{nl}max は、式(1b)、(2b)の条件の
下に Lagrange の未定乗数法によって求めることが出来る。
<nl>/N = Pr(l)= gl exp(-β Hl)/ Y = gl exp{-β(El + PV)}dV / Y
(17)
これは拡張されたカノニカル分布の一例である。ここではこれを T-P 分布と呼ぶことに
する(必ずしも一般的な名称ではない)。また、Y は T-P 分配関数である。
Y =∫ 0 ∞ dV ∑ l glexp{-β(El + PV)}
粒子数 NA、NB、・・・ の系が、動き得る壁を隔てて温度 T、圧力 P の熱浴と接触してい
る場合には、エネルギー E と同様にその系の体積 V も確率的である。この系が体積 V を
持ち、古典的にはその位相空間のある無限小領域 d Γに含まれる微視状態のいずれかが実
現される確率 Pr(dV, d Γ)、あるいは量子的には量子状態 l が実現される確率 Pr(dV, l)、
そして一般的にはエネルギーが E ~ E + dE の間にある状態に系が見出される確率 Pr(dV,
E)は、それぞれ T-P 分布
Pr(dV, d Γ)≡ Fqexp{-β(H (V)+ PV)}dVd Γ/ Y
(5b)
Pr(dV, l)≡ exp{-β(El(V)+ PV)}dV / Y
(6b)
Pr(dV, E)= exp{-β(E(V)+ PV)}Ω(E, V)dEdV / Y
(7b)
で与えられる。ただし、Fq は(8)式で与えられる因子、H (V)は系が体積 V の空間にある
ときの Hamiltonian、El(V)は体積 V を持つときの量子状態 l の固有値、Ω(E, V) は状態密
度である。また、T-P 分配関数 Y は
(古典的) Y(T, P)≡ Fq ∫ 0 ∞ dV ∫ d Γ exp{-β(H (V)+ PV)}
(量子的) Y(T, P)≡∫ 0 dV ∑ l exp{-β(El(V)+ PV)}=∫ 0
∞
∞
(9b)
exp(-β PV)Q(T, V)dV
(10b)
Q(T, V)=∑ l exp(-β El(V))
一般に
Y(T, P)≡∫ 0
∞
exp(-β PV)Q(T, V)dV
Q(T, V)=∫ 0
∞
(11b)
exp(-β E(V))Ω(E, V)dE
で定義される。(11b)式は Q(T, V)を Y(T, P) に変換する Laplace 変換である。体積 V の分
布のみを問題にすれば、温度が与えられた場合、
Pr(dV)=∑ l Pr(dV, l)= exp(-β PV)Q(T, V)dV / Y
=∫ Pr(dV, E)dE = exp(-β PV)Q(T, V)dV / Y
(6b')
(7b')
である。このとき、任意の物理量 A の平均値は確率 Pr(dV)を用いて
<A>=∫ A exp(-β PV)Q(T, V)dV / Y
(12b)
と書ける。
5・1・3 グランドカノニカル分布
グランドカノニカル分布-
分布-化学ポテンシャル
化学ポテンシャルが
ポテンシャルが与えられた集団
えられた集団の
集団の統計分布-
統計分布-
カノニカル分布、T-P 分布は熱力学でいうところの閉じた系についての統計分布である。
ここでは、開いた系、つまり粒子の交換も許す系の統計集団を考える。
エネルギーおよび粒子を供給する無限に大きな環境(温度 T、化学ポテンシャルμ)と
接触し、平衡にある系の統計的分布を表す集団が、グランドカノニカル集団
グランドカノニカル集団(あるいは大
きなカノニカル
きなカノニカル集団
カノニカル集団、大正準集団)である。グランドカノニカル集団は T、V、μ=一定
の集団である。簡単のために以下では、問題とする粒子を 1 種類とする。このアンサンブ
- 125 -
ルの要素は、熱と粒子がともに出入りできるような一定体積の粒子の集合と考えることが
出来る。それぞれの要素の(T, V, μ)が一定であるとし、全要素の数を N 全要素、全要素のエ
ネルギーの和を E、また全要素に含まれる粒子数の総和を N
とする。これら三つの値
全粒子
が全て一定という条件のもとで、グランドカノニカルアンサンブルの要素が含む粒子数 N
は(0, 1, 2, ・・・, ∞)のいずれかの値をとるとする。また、各要素がとりうるエネルギー値
を EN, l(l = 0, 1, 2, ・・・, m)とする。エネルギーが EN, l となる要素は複数個あってもよく、
その数を nN, l とする。簡単のために、エネルギー値 EN, l の縮退度はすべて 1 としよう。
変数である nN, l、EN, l および N が満たすべき条件は、
Σ N=0 ∞Σ l=1mnN, l = N 全要素
(1c)
Σ N=0 ∞Σ l =1 nN, l EN, l = E
(2c)
m
∞
Σ N=0 Σ l=1 nN, l N = N 全粒子
(18)
m
の三つであり、Boltzmann 分布やカノニカル分布の時に比べて条件が一つ増えている。次
に、N 全要素個の要素を nN, 1, nN, 2, nN, 3, ・・・個に分ける配置の重み W は
W({nN, l}) = {N 全要素!/Π N=0 ∞Π l=1m({nN, l}!)
(3c)
で与えられる。そして、グランドカノニカルアンサンブルの中で最も大きな重み W({nN, l}
max
)を与える配置{nN, l}max は、式(1c)、(2c)、(18)の条件の下に Lagrange の未定乗数法によ
って求めることが出来る。
<nN, l>/N 全要素= Pr(N, l)= exp{-β(EN, l - N μ)})/Ξ
(19)
この分布もカノニカル分布の拡張の一例であって、グランドカノニカル分布
グランドカノニカル分布(あるいは大
きなカノニカル
きなカノニカル分布
カノニカル分布)と呼ばれる。また、Ξはグランドカノニカル分配関数
グランドカノニカル分配関数(あるいは大
大きな
きな分配関数
大きな
きな状態和
分配関数、大
きな
分配関数、大
きな
状態和)と呼ばれ、次のように定義される。
Ξ(T, μ) =∑ N=0 ∞∑ l exp{-β(EN, l - N μ)}
体積 V のある系が、温度 T の熱源、化学ポテンシャルμを持つ質量源に接触している
とすれば、エネルギーと同様にその系に含まれる粒子数も確率的である。この系が粒子 N
を含み、古典的にはその位相空間のある無限小領域 d Γに含まれる微視状態のいずれかが
実現される確率 Pr(N, d Γ)、あるいは量子的には量子状態 l が実現される確率 Pr(N, l)、
そして一般的にはエネルギーが E ~ E + dE の間にある状態に系が見出される確率 Pr(N,
E)は、それぞれグランドカノニカル分布
Pr(N, d Γ) ≡ Fq exp{-β(H (N)- N μ)}d Γ/Ξ
(5c)
Pr(N, l) ≡ exp{-β(EN, l - N μ)}/Ξ
(6c)
Pr(N, E)= exp{-β(E(N)- N μ)}Ω(E, N)dE /Ξ
(7c)
で与えられる。ただし、Fq は(8)式で与えられる因子、H
(N) は系の粒子数が N のとき
の Hamiltonian、E(N) は粒子数 N を持つときのエネルギー、Ω(E, N)は状態密度である。
また、Ξは次のように定義される。
(古典的) Ξ(T, μ)≡∑ N=0 ∞ Fq ∫ d Γ exp{-β(H (N)- N μ)}
(量子的) Ξ(T, μ)≡∑ N=0 ∑ l exp{-β(EN, l - N μ)}=∑ N=0
∞
∞
(9c)
e
β N μ
Q(T, N) (10c)
Q(T, N)=∑ l exp(-β EN, l)
一般に
Ξ(T, μ)≡∑ N=0 e
∞
β N μ
Q(T, N)=∑ N=0 ∞λ NQ(T, N)
Q(T, N)=∫ 0
で定義される。また、
- 126 -
∞
exp(-β E(N))Ω(E, N)dE
(11c)
λ= e βμ
(20)
は絶対活量である。粒子数だけの確率分布を問題にすれば、温度が与えられた場合、
Pr(N)=∑ l Pr(N, l)= e β Q(T, N)/Ξ=λ Q(T, N)/Ξ
N
=∫ Pr(N, E)dE = e
(6c')
N
Q(T, N)/Ξ =λ Q(T, N)/Ξ
β N μ
(7c')
N
である。このとき、任意の物理量 A の平均値は確率 Pr(N)を用いて
<A>=∑ N=0 ∞ Ae β
Q(T, N)/Ξ=∑ N=0 ∞ A λ Q(T, N)/Ξ
N μ
(12c)
N
と書ける。
5・1・4 分配関数と
分配関数と熱力学関数
ミクロカノニカル分布、カノニカル分布、T-P 分布、グランドカノニカル分布はそれぞ
れ E =一定、T =一定、(T, P)=一定、(T, μ)=一定という条件のもとでの分布法則であ
る。考える系が巨視的であれば、ここに示したそれぞれの条件のもとでの(熱力学)状態関
数は、それぞれの場合の一般的な分配関数を使って求めることができることをここで示そ
う。このため、分配関数は統計力学において最も重要で基本的な物理量である。熱力学関
数や熱力学的関係式は、それぞれの場合の確率法則によって与えられる平均値の関係とし
て統計力学的に導かれる。その前に、これまで出てきた分配関数について整理し、重要な
熱力学の関係式を与えておこう(「物理化学Ⅱ」7・1 参照)。
系
条件
確率変数
分布
ミクロカノニカル
孤立系
(E, V, N)=一定
T, P
閉じた系
(T, V, N)=一定
E, P
閉じた系
(T, P, N)=一定
E, V
開いた系
(T, V, μ)=一定
熱力学関数(定義式)
分配関数
熱力学関数
Ω 0(E, V, N)
S(E, V, N)
カノニカル
Q(T, V, N)
A(T, V, N)
T-P
Y(T, P, N)
G(T, P, N)
E, N, P グランドカノニカル Ξ(T, V, μ)
自然な変数
基本式
J(T, V, μ)
(非膨張仕事なし)
S 、 V 、 Ni
dU = TdS - PdV +Σ i μ idNi
(75)
S 、 P 、 Ni
dH = TdS + VdP +Σ i μ idNi
(76)
T 、 P 、 Ni
dG =- SdT + VdP +Σ i μ idNi
(77)
T 、 V 、 Ni
dA =- SdT - PdV +Σ i μ idNi
(78)
(J =- PV = A - G)
T 、 V 、μ i
dJ =- SdT - PdV +Σ iNid μ i
(79)
エントロピー
U 、 V 、 Ni
内部エネルギー
U
エンタルピー
(H = U + PV)
Gibbs の自由エネルギー
(G = H - TS = A + PV)
Helmholtz の自由エネルギー
(A = U - TS = G - PV)
S
TdS = dU + PdV -Σ i μ idNi
(80)
Massieu 関数 (Ψ=- A/T)
1/T 、 V 、 Ni
d Ψ=- Ud(1/T)+(P/T)dV -Σ i(μ i/T)dNi
(81)
Planck 関数 (Φ=- G/T)
1/T 、 P 、 Ni
d Φ=- Hd(1/T)-(V/T)dP -Σ i(μ i/T)dNi
(82)
Kramers 関数 (q =- J/T)
1/T 、 V 、μ i/T
dq =- Ud(1/T)+(P/T)dV +Σ iNid(μ i/T)
(83)
そして、これらの関係式から
(∂ U/∂ S)V,Ni = T、 (∂ U/∂ V)S,Ni = - P
(84)
(∂ H/∂ S)P,Ni = T、 (∂ H/∂ P)S,Ni = V
(85)
- 127 -
(∂ G/∂ T)P,Ni =- S、 (∂ G/∂ P)T,Ni = V 、 μ k =(∂ G/∂ N)T,P,Ni
(86)
(∂ A/∂ T)V,Ni =- S、 (∂ A/∂ V)T,Ni =- P、 μ k =(∂ A/∂ N)T,V,Ni
(87)
が得られる。これらの関係式は熱力学第一法則と第二法則を満足する基本式(75)から数学
的に導かれたものであることに注意する。さらに、J =- PV について微分をとって、
dJ =- PdV - VdP
(88)
が導かれる。ここで、次の Gibbs-Duhem の式(「物理化学Ⅱ」5・3・6 参照)
SdT - VdP + Nd μ= 0
(89)
を利用すると、
dJ =- PdV - SdT - Nd μ
(90)
が得られる。これから、次のような関係が得られる。
(∂ J/∂μ)T,V =- N、 (∂ J/∂ V)T,μ=- P、
(∂ J/∂ T)V,μ=- S
(91)
a ミクロカノニカル分布
ミクロカノニカル分布
エントロピー S をエネルギーや体積の関数として与える統計力学の基本式
S = kBlnW ≒ kBln Ωδ E ≒ kBln Ω 0
(92)
において、状態数が微視的立場から計算されれば、熱力学関係式によって、系の熱力学的
性質は統計力学的に全て定められる。したがって、状態数Ω
0
の計算が実際上の問題とな
る。
☆ 気体への
気体への応用
への応用
単原子分子 N 個から成る理想気体をミクロカノニカル分布によって取り扱ってみよう。
この時まず求めるものは熱力学的重率 W あるいは状態数Ω 0 であるが、これは既に 3・2・3
で求めてある。これを式(92)に代入すると、
S = NkB{5/2 + ln(V/N)+(3/2)ln[(4 π mE)/3Nh ]}
2
(93)
となる。これに E/N =(3/2)kBT を代入すると、Sackur-Tetrode の式が得られる。
S = NkB{5/2 + ln(V/N)+(3/2)ln[(2 π mkBT)/h2]}
(93')
ここで、式(80)より、
P/T =(∂ S/∂ V)= NkB/V
(94)
と計算され、理想気体の状態方程式が得られる。また、式(80)より、μ/T =-(∂ S/∂ N)
という関係が得られるので、式(93)を代入して
μ/T =-(∂ S/∂ N)=- S/N +(5/2)kB
となる。ここに、式(93')を代入すると、
μ=- kBT{(3/2)lnT + ln(V/N)+(3/2)ln[(2 π mkB)/h2]}
(95)
となる。
☆ 二準位系
二準位系への
への応用
への応用
3・3・2b で考察した二準位系をミクロカノニカル分布で取り扱ってみよう。粒子数は N
個とし、全エネルギーが
E = MmB
(M =- N,・・・,N)
=(N+- N-)mB
(N = N++ N-)
- 128 -
(96)
の状態の熱力学的重率 W を求める。ここで、N+ は + mB のエネルギー状態を占める粒子
数、N- は - mB のエネルギー状態を占める粒子数で、M はそれらの差である。N = N++ N
であるから
-
N+=(N + M)/2
N-=(N - M)/2
(97)
である。さて、N 個の中から、+mB のエネルギー状態を占める N+個を選び出す方法の数
は N!/(N+!N-!)であるが、これがすべてエネルギー E を持つ系の異なった微視状態である。
故に求める重率は
W = N!/{[(N + M)/2]![(N - M)/2]!}
(98)
である。系のエントロピーは式(93)より、
S = kBlnW
(99)
≒ kB{NlnN -[(N + M)/2]ln[(N + M)/2]-[(N - M)/2]ln[(N - M)/2]}
となる。ここに、Stirling の公式を用いた。式(18a)で温度を定義すると、
1/T =(1/mB)(∂ S /∂ M)=(kB/2mB)ln[(N - M)/(N + M)]
(100)
が得られる。この式から分かるように、M > 0(E > 0)では、T < 0 である。これは負
の温度と呼ばれ、T =∞の温度よりも高いエネルギーを持つ状態である。これは、エネル
ギーの低い状態よりも、エネルギーの高い状態を占める粒子数が多い状態である。
ここでは、M < 0(E < 0)の範囲に限って議論する。式(100)から、
N-/N+=(N - M)/(N + M)= exp(2mB/kBT)
(101)
N-/N = exp(mB/kBT)/{exp(mB/kBT)+ exp(- mB/kBT)}
(102)
なので、
N+/N = exp(- mB/kBT)/{exp(mB/kBT)+ exp(- mB/kBT)}
となる。したがって、
E =(N+- N-)mB = NmB(1 - e2x)/(1 + e2x)
(x = mB/kBT)
(103)
が得られる。これは第 3 章の式(120)と同じである。
b カノニカル分布
カノニカル分布(アトキンス 16・6、17・1)
カノニカル分布における平均値は(12a)式によって与えられる。カノニカル分布では、T、
V、N =一定なので、エネルギーや圧力の値は確率的であり、エネルギーの平均<E>は
<E> = ∑ lElexp(-β El)/∑ lexp(-β Ej)
(104)
で、また圧力の平均<P>は式(84)より
<P>=<-∂ El/∂ V>=-∑ l(∂ El/∂ V)exp(-β El)/∑ lexp(-β El)
(105)
で与えられる。これを分配関数 Q を用いると、次のように書くことができる。
<E> = -∂ lnQ/∂β = -(1/Q)(∂ Q/∂β)
(16・41)(104')
= kBT (∂ lnQ/∂ T)= (kBT /Q)(∂ Q/∂ T)
2
2
<P> = (1/β)(∂ lnQ/∂ V) = kBT(∂ lnQ/∂ V)
(17・3)(105')
= (kBT/Q)(∂ Q/∂ V)
なぜなら、Q =∑ lexp(-β El)なので
そして、
-∂ lnQ/∂β=-(1/Q)∂ Q/∂β=∑ lElexp(-β El)/Q =<E>、
(104'')
(1/β)∂ lnQ/∂ V =(1/Q β)∂ Q/∂ V
(105'')
=(1/Q β)∑ l(∂ e
-β El
/∂ El)(∂ El/∂ V)=-∑ le
- 129 -
-β El
(∂ El/∂ V)/Q =<P>
であるから。このように熱力学的諸量は全て分配関数 Q を用いて表されるので、分配関
数を知ることができれば体系の巨視的性質に対する知識が全て得られるわけである。した
がって、平衡状態に関する限り統計力学の応用としては分配関数を求めることが全てであ
る。
Q を T と V のみの関数と見ると、(104)、(105)式より、
kBdlnQ(T, V)= kB(∂ lnQ/∂ T)dT + kB(∂ lnQ/∂ V)dV
=(<E>/T )dT +(<P>/T)dV
2
(106a)
である。ところで閉じた系の Massieu 関数Ψ(T, V)は式(81)で右辺の第 3 項を 0 と置けば
よいので、
d Ψ=- Ud(1/T)+(P/T)dV =- UdT{d(1/T)/dT}+(P/T)dV
=(U/T )dT +(P/T)dV
(107a)
2
と書き直すと、U =<E>のとき、式(106a)より
Ψ = kBlnQ
(108a)
であることが分かる。また、Ψ=- A/T なので、Helmholtz の自由エネルギー A は
A = - kBT lnQ
(17・2)(109a)
で与えられることが分かる。したがって、
Q = exp(-β A)
(110a)
となる。(109a)式を使えば、(105')の平均値の式は、
<P> = -∂ A/∂ V
(97)
となる。これは熱力学的関係式(87)と同じである。式(109a)はカノニカル分布において基
本となる式で、ミクロカノニカル分布における式(92)に対応する。したがって、分配関数 Q
の計算が実際上の問題となる。Helmholtz の自由エネルギー A が計算されれば、熱力学関
係式によって、系の熱力学的性質は統計力学的に全て定められる。
(104)、(105)式の関係は系がどんなに小さくても成立する(第 3 章の式(89)、(140)とそれぞれ比較
せよ)。もちろんその場合、物理量は大きくゆらぐ。しかし、自由エネルギー A は巨視的な対象に関す
るものである。この意味で(109a)式が熱力学的な量として定義されるのは、対象が十分大きなもので
なければならない。このときエネルギー等の分布がその平均値の付近に鋭く集中し、統計力学と熱力
学は完全な一致を見せる。このことを自由エネルギー A についてみてみよう。系の自由度が大きいと
き分配関数は(11a)式で表されるので、(110a)式を考慮して、
Q(T)=∫ 0
∞
exp(-β E)Ω(E)dE = exp(-β A)
(112)
と書ける。状態密度Ω (E)はエネルギーの急激な増加関数で、exp(-β E)は急激な減少関数であるか
ら、exp(-β E)Ω(E)はエネルギーのある値 E*で鋭い極大を持つ。このとき、E*は<E>に一致すると
*1
考えてよい(5・1・1 参照) 。そして、E = E*のときの S を S*とすると、積分を最大値に置き換えて、
exp(-β A)= Q ≒ exp(-β E*)Ω(E*)= exp{-β(E*- TS*)}
(113a)
あるいは、上式を
kBT lnQ (T, V)≒ kBT ln Ω(E*, V)- E*
(114a)
と書いても差し支えない。式(113a)で、 Ω(E*)= exp(S*/kB)を使った。したがって、式(113a)より、
A = E*- TS*
(115a)
*1 演習問題 38 参照。
- 130 -
が得られる。上式は統計力学的に導かれたのであるが、 E*= U とすれば、これは熱力学における
Helmholtz の自由エネルギー A の定義式と同じである。
A = U - TS なので、カノニカル分布におけるエントロピーは、
S = (U/T)-(A/T) = (<E>/T)+ kBlnQ
(16・43)(116a)
あるいは式(87)S =-(∂ A/∂ T)V に(109a)式を代入して、
S = kB(∂[T lnQ]/∂ T)V = kBlnQ + kBT(∂ lnQ/∂ T)V
(117a)
となる。当然であるが、この式は(104')式より(116a)式と一致する事が分かる。これをさ
らに次のように書き換える。
S = kBlnQ +(kBT/Q)(∂ Q /∂ T)
= kBlnQ +(kBT/Q)(∂[∫ 0 ∞ exp(-β E)Ω(E)dE] /∂ T)
= kBlnQ +(kBT/Q)(∂β /∂ T)(∂[∫ 0 ∞ exp(-β E)Ω(E)dE] /∂β)
= kBlnQ +(1/QT)∫ 0 ∞ Eexp(-β E)Ω(E)dE
= - kB{- lnQ +∫ 0 ∞ ln(e - E/kBT)exp(-β E)Ω(E)dE/Q}
= - kB ∫ 0 ∞ ln{(e - E/kBT)/Q}{(e - E/kBT)/Q}Ω(E)dE
= - kB ∑ l{lnf(El)}f(El)
(118)
ここで、f(El)は式(6a)で与えられる系がその一つの微視状態 l に存在する確率である。し
たがって、
S = - kB<lnf>
(119)
この式はカノニカル分布だけでなく、一般に任意の統計分布に対して成立する。エントロ
ピーをこのように書くことは、Boltzmann の原理 S = kBlnW よりも一般的である。なぜな
ら、ミクロカノニカル分布に対して、W 個の微視状態に対する等重率分布、f = 1/W を(119)
式に代入すれば、直ちに S = kBlnW が得られるからである。すなわち
S =- kB ∑ l = 1W{ln(1/W)}(1/W)= kB{∑ l =1WlnW}/W = kBlnW
(120)
☆ 気体
気体への
への応用
への応用
単原子分子 N 個から成る理想気体を古典統計力学の立場から、カノニカル分布によっ
て取り扱ってみよう。この時まず求めるものは分配関数 Q である。
Q(T)=∫ exp(-β H )d Γ/N!h3N
(9a)
式(9a)で与えられる分配関数を計算するためには系の Hamiltonian が必要である。この系
では
H =∑ j = 13N(pj2/2m)
(121)
である。これは各自由度に関するものの和になっているから、式(9a)の積分は各自由度に
関する積分の積になる。各積分は同一の形を持っているので、1 自由度に関する積分の 3N
乗である。一粒子に関する同様の積分は既に 3・3・2c(1)で qT の古典統計力学的近似として
計算してあるので、それ(qT = V(2 π mkBT)3/2/h3)を使って
Q =(qT)N/N!=(VN/N!h3N)(2 π mkBT)3N/2
(122)
となる 。カノニカル分布では分配関数は Helmholtz の自由エネルギー A と式(109a)で結
*1
びついている。
T
*1 q の計算を含めた Q の計算は、3・2・3 で示したΩの計算より容易である。
- 131 -
A =- kBT lnQ =- NkBT{(3/2)lnT + ln(V/N)+(3/2)ln[(2 π mkB)/h ]+ 1}
2
(123)
ただし、Stirling の公式で近似した。ここで、熱力学的関係式(87)より、
P =-(∂ A/∂ V)T,Ni = NkBT/V
(124)
と計算され、理想気体の状態方程式が導かれる(アトキンス例題 17・1 参照)。同様に、式(87)
より
S =-(∂ A/∂ T)V,Ni = NkB{5/2 + ln(V/N)+(3/2)ln[(2 π mkBT)/h ]}
2
(125)
となり、これは Sackur-Tetrode の式である。また、化学ポテンシャルは式(87)より、
μ=(∂ A/∂ N)T,V =- kBT{(3/2)lnT + ln(V/N)+(3/2)ln[(2 π mkB)/h2]} (126)
と計算され、これはミクロカノニカル分布で得られた結果(95)と一致している。内部エネ
ルギーは次の Gibbs-Helmholtz の式を使って求めることができる(U = A + TS の関係か
らも求められる)。
U =- T 2[∂(A/T)/∂ T]=(3/2)NkBT
(127)
これはエネルギー等分配則を表している。
☆ 二準位系への
二準位系への応用
への応用
カノニカル分配関数は次式で与えられる。
Q(T)=∑ l Wlexp(-β El)
(10a)
ここで、Wl は(粒子数 N+あるいは N-で指定される)状態 l の熱力学的重率で、式(98)で与
えられる。ここでは N+を独立変数として、エネルギーを
E =(N+- N-)mB =(2N+- N)mB
(96)
と表す。したがって、分配関数は
N
Q(T)=∑ N+=0 {N!/(N+!(N - N+)!)}exp{-(2N+- N)mB β}
(128)
となる。これは第 2 章でみた 2 項分布の式(18)なので、
Q(T)=∑ N+=0 {N!/(N+!(N - N+)!)}{exp(-β mB)} {exp(β mB)}
N
N+
={exp(-β mB)+ exp(β mB)}N =(q)N
N-N+
(129)
となる。{ }の中は第 3 章で求めた二準位系の分子分配関数(119)なので、分配関数 Q は
分子分配関数 q の N 乗に等しい。Helmholtz の自由エネルギー A は
A =- kBT lnQ =- NkBT ln{exp(-β mB)+ exp(β mB)}
(130)
なので、これから、
S =-(∂ A/∂ T)V,Ni = NmB(1 - e2x)/T(1 + e2x)+ NkBln(e-x + ex)
(131)
が得られる。これは第 3 章で求めた結果(121)と同じである。さらに、
U = A + TS =- NkBT ln{e-x + ex}+ NmB(1 - e2x)/(1 + e2x)+ NkBTln(e-x + ex)
= NmB(1 - e2x)/(1 + e2x)
(132)
であるが、これは第 3 章式(120)あるいはミクロカノニカル分布の結果(103)と一致してい
る。
☆ 格子振動への
格子振動への応用
への応用
第 4 章で考察した固体の熱容量について、Debye 模型をカノニカル分布で取り扱ってみ
よう。カノニカル分配関数は式(10a)で与えられる。
Q(T)=∑ l exp(-β El)
(64a)
- 132 -
ここで、El は全系のエネルギーである。各調和振動子が弱い相互作用をしているとき、全
エネルギーは各振動子 k のエネルギーε k の和で表される。
El =∑ k=1 ε k
(133)
3N
このとき、分配関数は
Q(T)=∑ 1 ∑ 2・・・exp{-β(ε 1 +ε 2 +・・・)}
=∑ 1exp(-βε 1)∑ 2exp(-βε 2)・・・
=Π k=1 q k =(q )
3N V
V
(134)
3N
となり、分配関数が分子分配関数 q の 3N 乗になっている。
V
振動数νを持つ調和振動子の分子分配関数 qV は第 3 章の式(161a)で与えられる。
qV = exp(- h ν/2kBT)/{1 - exp(- h ν/ kBT)}
(135)
いろいろな固有振動数を持ち互いに独立な調和振動子の集まりの分配関数 Q は、振動子
を番号 k で区別して Q =Π kqVk で与えられるから、その Helmholtz の自由エネルギー A は
A =- kBT lnQ =- kBT ∑ klnqVk
(136)
となる。振動数がνとν+ d νとの間にある振動子の個数を D(ν)d νと書くと、
A =- kBT ∫ lnqVD(ν)d ν
(137)
で与えられる。A から内部エネルギー U を求めるには Gibbs-Helmholtz の式を使う。4・1
の式(21)より、kBT (∂ ln q /∂ T)=<ε >なので、
2
V
V
U =- T 2[∂(A/T)/∂ T]
=∫ kBT (∂ ln q /∂ T)D(ν)d ν=∫<ε >D(ν)d ν
2
V
(138)
V
となる。ここで、<ε >は調和振動子の平均エネルギーである。
V
<ε V>= h ν{1/2 + 1 /[exp(h ν/kBT)- 1]}
(139)
式(138)は 4・2 の熱振動の全エネルギー Et の式(56)と同じである。
高温近似が成立する場合、
lnQ =∑ klnq k =-∑ kln(h βν k)
(140)
V
となるので、式(104')より
<E> = -∂ lnQ/∂β=(1/β)∑ k1 = 3N/β= 3NkBT
(141)
が得られる。したがって、定積モル熱容量は 3R となり、Dulong-Petit の法則が導かれる。
c T-P 分布
T-P 分布における平均値は(12b)式によって与えられる。T-P 分布では、T、P、N =一
定なので、エネルギーや体積の値は確率的であり、その平均は分配関数 Y と次のような
関係にある。
<H>=<E>+ P<V>=-∂ lnY/∂β=-(1/Y)(∂ Y/∂β)
= kBT2(∂ lnY/∂ T)=(kBT2/Y)(∂ Y/∂ T)
<V>=∫ 0 Vexp(-β PV)Q(T, V)dV /∫ 0
∞
∞
(142')
exp(-β PV)Q(T, V)dV
=- kBT(∂ lnY/∂ P)=(kBT/Y)(∂ Y/∂ P)
(143')
(ここで、H はエンタルピーである。上の 2 式と(104')、(105')式をそれぞれ比較せよ。)
なぜなら、式(11b)より Y(T, P)=∫ 0 ∞ exp(-β PV)Q(T, V)dV なので、
∂ lnY/∂ T =(1/Y)(∂ Y/∂ T)
=(1/Y){∫ 0 ∞ e
(144)
(∂ Q/∂ T)dV +∫ 0 ∞(∂ e
-β PV
- 133 -
-β PV
/∂ T)QdV}
であり、(104')式より(∂ Q/∂ T)= Q<E>/(kBT )、また、(∂ e -β /∂ T)=(∂ e -β /∂β)
2
PV
PV
(∂β/∂ T)= PV /(kBT2)なので、
∂ lnY/∂ T =(1/Y){Y<E>/(kBT )+[P/(kBT )]∫ 0 ∞ Ve -β QdV}
2
2
PV
=<E>/(kBT2)+[P/(kBT2)]∫ 0 ∞ Ve -β PVQdV/Y
=(<E>+ P<V>)/(kBT2)
-∂ lnY/∂ P =-(1/Y)(∂ Y/∂ P)=β∫ 0
(142'')
∞
Vexp(-β PV)QdV /Y
=β<V>、
(143'')
であるから。
Y を T と P のみの関数と見ると、(142')、(143')式より、
kBdlnY(T, P)= kB(∂ lnY/∂ T)dT + kB(∂ lnY/∂ P)dP
=(<H>/T )dT -(<V>/T)dP
2
(106b)
*1
である。ところで閉じた系の Planck 関数Φ(T, P)は式(82)で右辺の第三項をゼロと置けば
よいので、
d Φ=- Hd(1/T)-(V/T)dP =- HdT{d(1/T)/dT}-(V/T)dP
=(H/T2)dT -(V/T)dP
(107b)
と書き直すと、H =<E>+ P<V>のとき、式(106b)より
Φ = kBlnY
(108b)
であることが分かる。また、Φ=- G/T なので、Gibbs の自由エネルギー G は
G = - kBT lnY
(109b)
で与えられることが分かる。したがって、
Y = exp(-β G)
(110b)
となる。(108a)~(110a)式と(108b)~(110b)式をそれぞれ比較せよ。(109b)式を使えば、
(143')の平均値の式は、
<V> = (∂ G/∂ P)
(145)
となる。これは熱力学的関係式(86)と同じである。式(109b)は T-P 分布において基本とな
る式で、ミクロカノニカル分布における式(92)、カノニカル分布における式(109a)に対応
する。したがって、分配関数 Y の計算が実際上の問題となる。自由エネルギー G が計算
されれば、熱力学関係式によって、系の熱力学的性質は統計力学的に全て定められる。
T-P 分布におけるエントロピーは、G = H - TS なので
S = (H/T)-(G/T) = (<H>/T)+ kBlnY
(116b)
あるいは式(86)S =-(∂ G/∂ T)P に(94b)式を代入して
S = kB(∂[T lnY]/∂ T)P = kBlnY + kBT(∂ lnY/∂ T)P
(117b)
が得られる。当然であるが、この式は(142')式より(116b)式と一致する事が分かる。
この場合も、(142')、(143')式は任意の大きさの系に対して成り立つのであるが、特に系が巨視的大
きさを持ち、エネルギーや体積の分布がその平均値の付近に鋭く集中している場合に、熱力学と完全
な一致を見せる。このとき状態密度Ω(E,
=∫ 0
∞
V)はエネルギーの急激な増加関数であるから、分配関数 Y
exp(-β PV)Q(T, V)dV において、exp(-β PV)Q(T, V)は体積のある値 V*で鋭い極大を持つ。V
= V*のときの A を A*とすると、積分を最大値に置き換えて、
*1 b と対応する式は同じ番号を使うことにする。
- 134 -
exp(-β G)= Y ≒ exp(-β PV*)Q(T, V*)= exp{-β(A*+ PV*)}
(113b)
となる。ここで、式(110a)より Q(T, V*)= exp(-β A*)を使った。あるいは
- kBT lnY (T, P)≒- kBT lnQ(T, V*)+ PV*
(114b)
= E*- kBT ln Ω(E*, V*)+ PV*
と書いても差し支えない。ここで(114a)式を使った。したがって、式(113b)、(114b)より、
G = A*+ PV* = E*- TS*+ PV*
(115b)
が得られる。(115b)式は統計力学的に導かれたのであるが、E*= U とすれば、これは熱力学における
自由エネルギー G の定義式と同じである。
☆ 気体への
気体への応用
への応用
単原子分子 N 個から成る理想気体を古典統計力学の立場から、T-P 分布によって取り扱
ってみよう。この時まず求めるものは分配関数 Y である。
Y(T, P)=∫ 0 ∞ exp(-β PV)Q(T, V)dV
(11b)
ここで、Q は既に計算してあるので、これを代入して、
Y =(1/N!h3N)(2 π mkBT)3N/2 ∫ 0 ∞ exp(-β PV)V NdV
(146)
となる。この積分はβ P =αと置いて、次のように計算すればよい。
∫ 0 ∞ e -α VVNdV =(-∂/∂α)N ∫ 0 ∞ e -α VdV =(-∂/∂α)N α-1 = N!/α N+1
(147)
したがって、
Y =(1/N!h )(2 π mkBT) N!(kBT/P)
3N
3N/2
N+1
=(1/h )(2 π mkBT) (kBT/P)
3N
3N/2
N
(148)
ここで、N ≫ 1 と考えて、指数を N + 1 → N とした。T-P 分布では分配関数は自由エネル
ギー G と式(109b)で結びついている。
G =- kBT lnY =- NkBT{(5/2)lnT - lnP +(3/2)ln[(2 π m)kB /h ]}
5/3
2
(149)
ここで、熱力学的関係式(86)より、
V =(∂ G /∂ P)T,Ni = NkBT/P
(150)
と計算され、理想気体の状態方程式が導かれる。同様に、式(86)より
S =-(∂ G/∂ T)P,Ni = NkB{5/2 + ln(kBT/P)+(3/2)ln[(2 π mkBT)/h2]}
(151)
となり、これは Sackur-Tetrode の式である。また、化学ポテンシャルは式(86)より、
μ=(∂ G/∂ N)T,P =- kBT{(5/2)lnT - lnP +(3/2)ln[(2 π m)kB5/3/h2]}
(152)
と計算される。これはミクロカノニカル分布(95)やカノニカル分布(123)で得られた結果
と一致している。エンタルピーは次の Gibbs-Helmholtz の式を使って求めることができる。
H =- T 2[∂(G/T)/∂ T]=(5/2)NkBT
(17・5)(153)
したがって、内部エネルギーは
U = H - PV =(3/2)NkBT
(154)
となるが、これはエネルギー等分配則を表している。
d グランドカノニカル分布
グランドカノニカル分布
グランドカノニカル分布における平均値は(12c)式によって与えられる。グランドカノ
ニカル分布では、T、 V、 μ =一定なので、エネルギーや粒子数等の値は確率的であり、
その平均は分配関数 Ξ と次のような関係にある(便宜上粒子の種類は一種類であるとす
る)。
- 135 -
<E>-<N>μ = -∂ ln Ξ/∂β = -(1/Ξ)(∂Ξ/∂β)
= kBT2(∂ ln Ξ/∂ T)=(kBT2/Ξ)(∂Ξ/∂ T)
<N > = ∑ N e
β N μ
Q(T, N)/∑ e
β N μ
(155')
Q(T, N)
= kBT(∂ ln Ξ/∂μ)=(kBT/Ξ)(∂Ξ/∂μ)
<P>= <-∂ A/∂ V>=-∑(∂ A/∂ V)e
= kBT ∑(∂[lnQ]/∂ V)e
β N μ
β N μ
Q /∑ e
(156')
Q /∑ e
β N μ
β N μ
Q
Q
= kBT(∂ ln Ξ/∂ V)=(kBT/Ξ)(∂Ξ/∂ V)
(157')
(これら 3 式を(104')、(105')式あるいは(142')、(143')式と比較せよ。)なぜなら、式(65)
よりΞ(T, μ)=∑ e β N μ Q(T, N)なので、
∂ ln Ξ/∂ T =(1/Ξ)(∂Ξ/∂ T)
=(1/Ξ){∑ e β
N μ
(∂ Q/∂ T)+∑(∂ e β
N μ
/∂ T)Q}
(158)
であり、(104')式より(∂ Q/∂ T)= Q<E>/(kBT )なので、
2
∂ ln Ξ/∂ T =(1/Ξ){Ξ<E>/(kBT2)-[μ/(kBT2)]∑ Ne β N μ Q}
=<E>/(kBT2)-[μ/(kBT2)]∑ Ne β N μ Q /Ξ
=(<E>-μ<N>)/(kBT2)
∂ ln Ξ/∂μ=(1/Ξ)(∂Ξ/∂μ)=β∑ N e
(155'')
β N μ
Q(T, V)/Ξ
=β<N>、
(156'')
∂ ln Ξ/∂ V =(1/Ξ)(∂Ξ/∂ V)=(1/Ξ){∑ e
ここで、
β N μ
(∂ Q/∂ V)}
(∂ Q/∂ V)= Q(∂ lnQ/∂ V)なので、
∂ ln Ξ/∂ V =∑(∂[lnQ]/∂ V)e β N μ Q /Ξ = β<P>
(157'')
であるから。
Ξを T、V、μの関数と見ると、(155')、(156')、(157')式より、
kBdln Ξ(T,V,μ)= kB{(∂ ln Ξ/∂ T)dT +(∂ ln Ξ/∂ V)dV +(∂ ln Ξ/∂μ)d μ}
2
*1
=([<E>-<N>μ]/T )dT +(<P>/T)dV +(<N>/T)d μ
(106c)
である。ところで Kramers 関数 q(T, V, μ)(83)は
dq =- Ud(1/T)+(P/T)dV + Nd(μ/T)
=- UdT{d(1/T)/dT}+(P/T)dV + N{μ d(1/T)+ d μ/T}
=(U/T2)dT +(P/T)dV -(N μ/T2)dT +(N/T)d μ
=([U - N μ]/T2)dT +(P/T)dV +(N/T)d μ
(107c)
なので、U =<E>のとき、
q = kBln Ξ
(108c)
であることが分かる。また、q =- J/T なので、
J = - PV =- kBT ln Ξ
(109c)
である。したがって、
Ξ = exp(-β J) = exp(β PV)
(110c)
となる。( 108c)~( 110c)式を( 108a)~( 110a)、( 108b)~( 110b)式とそれぞれ比較せよ。
(109c)式を使えば、(156')、(157')の平均値の式は、それぞれ
<N> = -∂ J/∂μ
(159)
*1 a、b と対応する式は同じ番号を使うことにする。
- 136 -
<P> = -∂ J/∂ V
(160)
となる。これは熱力学的関係式(91)と同じである。式(109c)はグランドカノニカル分布に
おいて基本となる式で、ミクロカノニカル分布における式(92)、カノニカル分布における
式(109a)、T-P 分布における式(109b)に対応する。したがって、大分配関数Ξの計算が実
際上の問題となる。J が計算されれば、熱力学関係式によって、系の熱力学的性質は統計
力学的に全て定められる。
グランドカノニカル分布におけるエントロピーは、S =-(∂ J/∂ T)V に(109c)式を代
*1
入して
S = kB(∂[T ln Ξ]/∂ T)V = kBln Ξ + kBT(∂ ln Ξ/∂ T)V
= kBln Ξ - (∂ ln Ξ/∂β)/T
(117c)
が得られる。あるいは、(155')式を使って、上式は次のように書くこともできる。
S = (<E>-<N>μ)/T + kBln Ξ
(116c)
(155')、(156')、(157')式は任意の大きさの系に対して成り立つのであるが、特に系が巨視的大きさ
を持ち、エネルギーや粒子数の分布がその平均値の付近に鋭く集中している場合に、熱力学と完全な
一致を見せる。このとき状態密度Ω(E, N)はエネルギーの急激な増加関数であるから、分配関数Ξ(T,
μ)=∑ e
β N μ
Q(T, V, N)において、e
β N μ
Q(T, V, N)は粒子数のある値 N*で鋭い極大を持つ。N = N*
のときの G を G*とすると、総和を最大値に置き換えて、
exp(-β J)=Ξ≒ exp(β N*μ)Q(T, V, N*)= exp{-β(A*- N*μ)}
(113c)
となる。ここで、式(110a)より Q(T, N*)= exp(-β A*)を使った。あるいは
- kBT ln Ξ(T, V, μ)≒- kBT lnQ(T, V, N*)- N*μ
(114c)
= E*- kBT ln Ω(E*, V, N*)- N*μ
と書いても差し支えない。ここで(114a)式を使った。したがって、
J = A*- N*μ = E*- TS*- N*μ
(115c)
が得られる。(115c)式は統計力学的に導かれたのであるが、E*= U とすれば、G = N μなので、これ
は J = A - G =- PV という熱力学関係式と一致する。
☆ 気体
気体への
への応用
への応用
単原子分子 N 個から成る理想気体を古典統計力学の立場から、グランドカノニカル分
布によって取り扱ってみよう。この時まず求めるものは大分配関数Ξである。
Ξ(T,μ)=∑ N = 0 ∞λ NQ(T, N)
(11c)
ここで、Q は既に計算してあるので、これを代入して、
Ξ=∑ N = 0 ∞λ N(VN/N!h3N)(2 π mkBT)3N/2
(161)
と書ける。上式の右辺の和は指数関数の展開式であるから、
Ξ= exp[(λ V/h3)(2 π mkBT)3/2]= exp λ qT
(162)
と求まる。グランドカノニカル分布では大分配関数は J と式(109c)で結びついている。
J =- kBT ln Ξ=- kBT(λ V/h3)(2 π mkBT)3/2
ここで、λ= e
βμ
(163)
なので、熱力学的関係式(91)より、
N =-(∂ J /∂μ)T,V =(λ V/h3)(2 π mkBT)3/2 =- J/kBT = PV/kBT
*1 式(79)の右辺第 3 項をゼロと置けば、(∂ J/∂ T)V =- S となる。
- 137 -
(164)
と計算され、理想気体の状態方程式が導かれる。あるいはカノニカル分布で求めた
Helmholtz の自由エネルギー A と T-P 分布で求めた Gibbs の自由エネルギー G から、
J =- PV = A - G =- NkBT
(165)
となり、同様に理想気体の状態方程式が求められる。粒子数の平均値は式(12c)より
<N>=∑ N=0 ∞ N λ NQ(T, N)/∑ N=0 ∞λ NQ(T, N)
(166)
で与えられる。ここで、
∂ ln Ξ/∂λ=∑ N=0 ∞∂ ln λ Q(T, N)/∂λ
N
=∑ N=0 ∞ N λ
N-1
Q(T, N)/∑ N=0 ∞λ Q(T, N)
N
=<N>/λ
(167)
なので、
<N>=λ(∂ ln Ξ/∂λ)=λ q =(λ V/h )(2 π mkBT)
T
3
(168)
3/2
となる。これは先に熱力学関係式から求めた式(164)の N と一致する。また、
λ=<N>/qT =(<N>/V)/(2 π mkBT/h2)3/2
(169)
なので、化学ポテンシャルは
μ= kBT ln λ=- kBT{(3/2)lnT + ln(V/N)+(3/2)ln[(2 π mkB)/h2]}
(170)
と求められる。これはミクロカノニカル分布などから得られた結果(95)、(123)、(152)と
一致している。
e まとめ
熱力学によれば、孤立系、閉じた系(T, V, N)、閉じた系(T, P, N)の平衡条件はそれぞれ
エントロピー S 最大、Helmholtz の自由エネルギー A 最小、Gibbs の自由エネルギー G 最
小である。S = kBln Ω 0、A =- kBT lnQ、G =- kBT lnY なので、これらの平衡条件はそれ
ぞれの分配関数(Ω 0、Q、Y)が最大になる分布が実現するということである。
各アンサンブルで基本となる状態関数と分配関数を結びつける式(109a ~ c)を導出する
際の出発点となる式は、分布関数を使って任意の物理量の平均値を与える式であった:カ
ノニカル分布では式(104)と(105)、T-P 分布では式(143')、グランドカノニカル分布では
式( 156')と( 157')など。つまり、分布関数 f( l)を使って平均値を与える式、一般的に表
記すれば第 3 章の式(21b)
<A> = ∑ l Al f(l)
(3 章の 21b)
f(l)=量子状態 l の状態数/分配関数
がすべての基本である。これは Boltzmann 統計で分子分配関数 q と熱力学関数の関係式を
導いたときと同じである。すなわち、
E = N<ε>= N ∑ k ε k Pk
Pk = f(k)= exp(-ε k/kBT)/q
という式を基に関係式を導いた(3・3・1 参照)。第 1 章で統計力学の基本的物理量として分
布関数を紹介したが、その重要性が理解できたと思う。
これまでに考察した統計分布について、以下にまとめておく。
- 138 -
ミクロカノニカル分布
Ω 0(E, V, N)
カノニカル分布
Q(T, V, N)
-∂ lnQ/∂β
U
一定
H
U + PV
T-P 分布
-∂ lnQ/∂β+ kBTV(∂ lnQ/∂ V)
グランドカノニカル分布
Ξ(T, V, μ)
Y(T, P, N)
-∂ lnY/∂β+ kBTP(∂ lnY/∂ P)
-∂ lnY/∂β
-(∂ ln Ξ/∂β)+μ kBT(∂ ln Ξ/∂μ)- kBTln Ξ
-∂ ln Ξ/∂β
U-Nμ
S
kBln Ω 0
G
H - TS
A
U - TS
J
A-G
P T(∂ S /∂ V)
V
<E>/T + kBlnQ
<H>/T + kBlnY
- kBT lnQ
- kBTV(∂ lnQ/∂ V)
一定
μ kBT(∂ ln Ξ/∂μ)
- kBT lnY + kBTP(∂ lnY/∂ P)
kBT(∂ ln Ξ/∂ V)
一定
一定
- kBT(∂ lnY/∂ P)
一定
一定
一定
一定
一定
一定
kBT(∂ ln Ξ/∂μ)
μ - T(∂ S /∂ N) - kBT(∂ lnQ/∂ N) - kBT(∂ lnY/∂ N)
3・2
- kBT ln Ξ+μ kBT(∂ ln Ξ/∂μ)
- kBT ln Ξ
kBTP(∂ lnY/∂ P)
kBT(∂ lnQ/∂ V)
一定
(<E>-<N>μ)/T + kB ln Ξ
- kBT lnY
- kBT lnQ + kBTV(∂ lnQ/∂ V)
T ∂ S /∂ E
N
-(∂ ln Ξ/∂β)+μ kBT(∂ ln Ξ/∂μ)
一定
5・1・2a
5・1・2b
5・1・2c
5 ・3・1
5・ 3・2
5・ 3・3
5・3・4b
5・3・4c
5・3・4d
5・2 まとめ
最後に 3・2、3・3 と第 5 章で考察した統計力学の基礎についてまとめを行う。
☆ Fermi 分布と
分布と Bose 分布
一粒子近似では、一粒子状態の固有値ε
k
が既知であれば、平均占有数<nk>を計算する
ことができる。このとき、各一粒子状態への粒子の分布は
<nk>= 1 /[exp({ε k -μ}/kBT)+ 1]
(F-D)
k:一粒子状態
(3 章の 79F')
<nk>= 1 /[exp({ε k -μ}/kBT)- 1]
(B-E)
k:一粒子状態
(3 章の 79B')
で与えられることが第 3 章で示された。ここで、T は全系の温度、μは化学ポテンシャル
である。そして、全系のエネルギーは
E =∑ k ε k <nk>
(3 章の 56b)
によって、全粒子数は
N = ∑ k <nk>
(3 章の 57b)
によって与えられる。このとき、
- 139 -
①考える系が孤立している場合(すなわちミクロカノニカルの場合、 E、N、V =一定)
には、(56b)、(57b)式は与えられた E、N に対して、T、μを定める条件と見なされる(3
・3・1 参照)
。
②考える系が温度 T の熱源と接している場合(すなわちカノニカルの場合、T、N、V =
一定)には、(56b)式はその平均エネルギーを与え、(57b)は与えられた T、N に対して、
μを定める条件と見なされる。
③考える系が温度 T の熱源、化学ポテンシャルμの粒子源と接している場合(すなわち
グランドカノニカルの場合、T、μ、V =一定)には、(56b)、(57b)式はそれぞれ平均エ
ネルギー、平均粒子数を与える。
Fermi 分布、Bose 分布は粒子全体の状態が一粒子状態への粒子の分布によって代表させ
て考えることが許されるという特に簡単な場合に導かれること、さらにまた、カノニカル
分布とかミクロカノニカル分布とかの統計力学のごく基本的な分布法則とは異なって、そ
れらから導かれる*1 特殊な分布である点において、原理的な意味合いが違うことに注意す
るように。
☆ 分子分配関数と
分子分配関数とカノニカル分配関数
カノニカル分配関数
分子分配関数
q ≡∑ k exp(-βε k)=∑ k exp(-ε k/kBT)
k:一粒子状態
q ≡∑ k gkexp(-βε k)=∑ k gkexp(-ε k/kBT) k:エネルギー準位
(16・8)(3 章の 98')
(16・9)(3 章の 98)
はカノニカル分配関数
Q ≡∑ l exp(-β El)
(64a)
Q ≡∫ 0
(65a)
∞
exp(-β E)Ω(E)dE
と同じ形をしている(つまり、Boltzmann 因子を含んでいる)が、Q は多粒子系の量子状
態 l(その固有値が El)に関する分配関数である。5・3・1 の☆カノニカル分布の特徴の所
でも触れたように、カノニカル分布が対象にする系は分子 1 個でもよい。その意味で、
Boltzmann 統計とカノニカル統計の関係を見てみよう。
Q と q の関係は
Q = qN / N!
(16・45b)(171)
の関係にある(式(122)参照)。ここで、N は系の粒子数である。N!で割ってあるのは、古
典統計である Boltzmann 統計では同種粒子の区別がつくことになっているのに対して、同
種の量子力学的粒子が区別がつかないことを考慮したためである。粒子の入れ替えの数 N!
で割ることによって、粒子が区別つかないことが考慮されている(3 章の(31)式参照)。
粒子の区別がつくのであれば、単に
Q = qN
(16・45a)(172)
でよい(式(129)、(134)、アトキンス根拠 16・5 参照)。
カノニカル分布において熱力学関数を与える式をもう一度ここに与えておく。
T, V, N =一定
*1 第 3 章において、Fermi 分布、Bose 分布はミクロカノニカル分布から導かれた。ここでは示さない
が、カノニカル分布あるいはグランドカノニカル分布から Fermi 分布、Bose 分布を導くこともできる。
- 140 -
U = -∂ lnQ /∂β
(17・1)(104')
P = kBT(∂ lnQ /∂ V)
(17・3)(105')
A = - kBT lnQ
(17・2)(109a)
S = U/T - A/T = U/T + kB lnQ
(17・1)(116a)
H = U + PV =-∂ lnQ /∂β+ kBTV(∂ lnQ /∂ V)
(17・4)(173)
G = A + PV =- kBT lnQ + kBTV(∂ lnQ /∂ V)
(17・6)(174)
これらの式に式(171)を代入し、Stirling の公式を用いると、
lnQ = Nlnq - NlnN + N
(175)
なので、
U =- N(∂ ln q /∂β)= NkBT2(∂ ln q /∂ T)
(19・27)(20・25)(3 章の 102)
P = NkBT(∂ ln q /∂ V)
(3 章の 140)
A =- NkBT(lnq - lnN + 1)
(176)
S = U/T + NkB(lnq - lnN + 1)
(3 章の 109)
H =- N(∂ ln q /∂β)+ NkBTV(∂ lnq /∂ V)
(177)
G =- NkBT(lnq - lnN + 1)+ NkBTV(∂ lnq /∂ V)
(178)
=- NkBT(lnq - lnN)
(理想気体)
(17・8)(3 章の 111)
となり、第 3 章で求めた式が得られる。したがって、第 4 章の計算は、カノニカル分布で
取り扱えば、次のようになる。例として、単原子分子の内部エネルギーを考えると、
Q = q / N!
(171)
q=C T
(179)
N
3/2
なので、
Q = C' T
(180)
3N/2
となる。したがって、これを式(17・1)に代入すると、
U = kBT (∂ ln Q /∂ T)=(3/2)NkBT
2
(181)
が得られる。これは当然ながら第 4 章の結果と同じである。
☆ 平衡状態
平衡状態の
の統計力学
この講義の一番最初で、統計力学の定義を与えた。すなわち、「物質の原子的ないし分
子的構造とそれを支配する力学法則に立脚し、これと確率論の理論とを結合することによ
って、微視的世界から巨視的世界へ導く演繹的な方法を用意するのが統計力学である。」
最初は意味が分からなかったこの文章も今ではかなり意味が分かってきたのではないだろ
うか。平衡状態の統計力学の考え方の大きな流れをまとめてみよう。
☆ 我々の目的は微視的世界の知識に基づいて、平衡状態において巨視的に観測される物
理量 Aobs の値を計算すること(および、それによって巨視的現象を説明、解釈すること)
である。
☆ 我々が巨視的に観測する物理量 Aobs の値は、系を構成するミクロな粒子のある力学量
Amicro の長時間平均である。
Aobs = <Amicro>
(3 章の 17)
☆ この力学量 Amicro を確率変数 Al と見なす。このとき、この確率変数 Al がある値をとる
確率(分布関数)Pr(l)が分かれば、観測値 Aobs は単に統計的平均値として計算できる。
- 141 -
Aobs = <Amicro> = ∑ l Al Pr(l)
(3 章の 21b)
☆ このような確率論的取り扱いは、エルゴード定理
エルゴード定理と等重率の
等重率の原理によって基礎づけら
れる。
☆ 確率(分布関数)は分配関数 Q が分かれば求めることができる。
Q =∑ l exp(- El /kBT)、
(64a)
Pr(l)= exp(- El /kBT)/ Q
(60a)
したがって、平衡状態に関する限り統計力学の応用としては分配関数を求めることが全て
である。
☆ 分配関数を求めるためには基本的に、多粒子系の Schrödinger 方程式
H (N)Φ l = El Φ l
(182)
を解かなければならない。これを解くのは一般に困難であるが、1 個の粒子の Schrödinger
方程式
H ( 1) φ k = ε k φ k
(183)
を解くことは比較的容易である。そこで、粒子間相互作用が極めて弱いと仮定し(一粒子
近似)
近似 、分配関数を計算する。
Q = qN / N!
(171)
q =∑ k exp(-βε k)=∑ k exp(-ε k/kBT)
(3 章の 98')
あるいは、古典統計力学的近似によって計算する。
Q ≡∫ exp(-β H )d Γ /Π jNj!h
3Nj
(63a)
☆ このようにして分配関数を計算することによって、平衡状態における任意の巨視的量
の平均値を求めることができる。
統計力学を実際の問題に応用するときは、結局分配関数を求めることが基本である。分
配関数さえ計算できれば、上記の関係式から求めたい状態関数を計算することができる。
分配関数を計算するためには、多粒子系の Schrödinger 方程式を解いてエネルギー固有値 El
を求める必要がある。これは一般に難しい問題である。あるいは古典統計力学的近似を用
いて分配関数を計算することもできる。要するに分配関数さえ分かれば系の性質を全て知
ることができる。問題はこの分配関数の計算である。一粒子近似が可能であれば、分配関
数の計算も容易になる。
- 142 -
6. 付録
a 力積
インパルス(impulse)ともいう。力積とは力 F とこれが作用した時間 t との積で、力が
時間的に変わる場合には、積分
∫ t1t2F(t)dt
(a.1)
で定義される。力積はベクトル量で、その単位は運動量と同じである。物体に力が働くと
物体は加速度を生じ速度が変化する。したがって運動量も変化し物体の運動状態は変化す
る。この運動状態を変化させる力の働きの大きさを表しているのが力積である。長時間力
が働けば、それだけ力積は大きくなり、物体の速度、運動量の変化も大きくなる。力積は
その力を受ける物体の運動量の変化に等しい。すなわち、運動方程式より、
∫ t1t2F(t)dt =∫ dp = p(t2)- p(t1)
(a.2)
となる。p = mv のときは、
∫ t1t2Fdt = mv(t2)- mv(t1)
(a.3)
である。打撃や衝突などに際して現れる、極めて短時間だけ作用する非常に大きい力を撃
力(impulsive force)という。その効果は通常、力積で示される。
例として、物体が壁に衝突し跳ね返るときの
○→ vx
壁
力積を考えてみよう。x 軸に垂直に壁があると
すると、y 成分、z 成分の運動量は変化しないの
- 2mvx ←
→ 2mvx
で、y 成分、z 成分の力積はゼロである。したが
って、ここでは x 成分のみを考えればよい。
- vx ←○
衝突は完全弾性衝突であるとすると、物体の運動エネルギーは変化しないので、物体の
速さは変化しないでその方向のみが変化する。このときの物体の運動量変化は、物体の質
量を m とすると、
- mvx - mvx = - 2mvx
(a.4)
で、これは分子が壁から受けた力積である。作用反作用の法則により、壁は分子から同じ
大きさの力積を反対向きに受けるので、
壁の受けた力積= 2mvx
(a.5)
となる。
b 関数の
関数の展開(アトキンス付録 A2・5)
Taylor の定理
定理:
:区間[a, b]において f(x)が n 回微分可能なとき
f(b)= f(a)+ f'(a)(b - a)+{f''(a)/2!}(b - a)2 +・・・
+{f(n - 1)(a)/(n - 1)!}(b - a)(n-1) + Rn
Rn = {f(n)[a +θ(b - a)]/n!}(b - a)n
(0 < θ < 1)
なるθが存在する。ここで Rn は Lagrange の余剰項という 。b = x、a = 0 として Taylor
*1
*1 これがもし、区間の全てで n を大きくしていったときに、0 に近づくようであれば、f(x)は必要な
精度だけ項を付け足せばよいのである。
- 143 -
の定理を特に原点の周りで考えると、
f(x)= f(0)+ f'(0)x +{f''(0)/2!}x2 +・・・+{f(n-1)(0)/(n - 1)!}x(n-1)+{f(n)(θ x)/n!}xn
となる。これを特に Maclaurin(
(マクローリン)の
)の定理という。
さて関数 f(x)が無限回微分可能(すなわち何回でも微分できる)であるとき、点 a の周
りで Taylor の定理を適用した場合、limn →∞ Rn = 0 が成り立つならば、
f(x)= f(a)+ f'(a)(x - a)+{f''(a)/2!}(x - a) +・・・+{f( )(a)/n!}(x - a) +・・・
2
n
n
(A2・34)
と整級数に展開できる。このとき右辺の式を f(x)の点 a の周りでの Taylor 展開あるいは
Taylor 級数という。特に a = 0 のときは関数 f(x)のべき級数展開
f(x)= f(0)+ f'(0)x +{f''(0)/2!}x2 +・・・+{f(n)(0)/n!}xn +・・・
が 得 ら れ る 。 こ の と き 右 辺 の 式 を f( x) の 原 点 の 周 り で の Maclaurin 展 開 あ る い は
Maclaurin 級数という。
もし、f(x)が直線なら、f'(x)=一定、f"(x)= f( )(x)=・・・= 0 なので、展開は一次で終わ
3
る。b が a から僅かしか離れていないとき、つまり b - a ≪ 1 のときはどんな関数でも近
似的に直線と見なしうる。つまり f(b)- f(a)= f'(a)(b - a)。f(x)が直線から少しずれる
と、そのずれは主に f"(x)(2 次の項)で表される。直線からのずれが大きければ大きい
ほど高次項まで考慮しないといけなくなる。
基本的な関数の Maclaurin 展開を列挙すれば、以下のようになる。この基本公式を組み
合わせることによって、ほとんどの関数の
関数の展開が容易に求められる。かっこ内は式が成り
立つ x の範囲である*1。(アトキンス コメント 4・2、5・3、5・6、8・2、11・11 参照)
(1) e = 1 + x + x /2!+ x /3!+・・・+ x /n!+・・・
x
2
3
(-∞< x <∞)
n
(2) sinx = x - x /3!+ x /5!- x /7!+・・・+(- 1) x
3
5
7
n 2n+1
/(2n + 1)!+・・・
(-∞< x <∞)
(3) cosx = 1 - x /2!+ x /4!- x /6!+・・・+(- 1) x /2n!+・・・
2
4
6
(-∞< x <∞)
n 2n
n- 1 n
(4) ln(1 + x) = x - x /2 + x /3 -・・・+(- 1) x /n +・・・
2
3
(- 1 < x ≦ 1)
(5) (1 + x) = 1 + mx +{m(m - 1)/2!}x +{m(m - 1)(m - 2)/3!}x +・・・
m
2
3
+{m!/n!(m - n)!}xn +・・・
1/(1 - x) = 1 + x + x + x +・・・+ x +・・・
2
3
n
*2
(- 1 < x < 1)
(- 1 < x < 1)
(例 1)x ≪ 1 のとき、展開は 1 次の項まででかなりよい近似となる。例えば、x = 0.01
とすると、
(1) e0.01 = 1.01005(計算値)≒ 1.01(一次の項までの近似値)
(2) sin0.01 = 0.0099998 ≒ 0.01
(3) cos0.01 = 0.99995 ≒ 1 -(0.01)2/2(これは 2 次の項)= 0.99995
(4) ln(1.01)= 0.00995 ≒ 0.01
(5) 1/0.99 = 1.0101 ≒ 1.01
*1 例えば、-∞< x <∞の範囲で成立するとき(=収束するとき)、べき級数の収束半径は∞である
という。例えば、(5)の収束半径は 1 である。
*2 アトキンス コメント 16・3 参照。
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(例 2)Maclaurin 展開の式を使って、前頁の(4)を導いてみよう。 f(0)= ln1 = 0、f'(0)
={1/(1 + x)}x=0 = 1、f''(0)={- 1/(1 + x) }x=0 =- 1、f'''(0)={2/(1 + x) }x=0 = 2 なので、
2
3
ln(1 + x) = 0 + 1 × x +(- 1)/2 × x2 +(2/3!)× x3 +・・・
= x - x2/2 + x3/3 -・・・
となる。
次に、(5)の展開式を使って、2 項定理
(p + q) = ∑ r=0 {n!/r!(n - r)!}p - q
n
n
n r r
を導いてみよう。q/p = x と置き、n 次の項までとると
(p + q)n = pn(1 + x)n = pn ∑ r=0n{n!/r!(n - r)!}xr
= ∑ r=0 {n!/r!(n - r)!}p - q
n
n r r
となる(アトキンス付録 A2・10 参照)。
(例 3)以下の関係を Euler(オイラー)の公式という(「基礎数学」8・1 参照)。
e- i x = cosx - isinx
ei x = cosx + isinx
この関係は展開の基本公式を使って次のように導くことができる。
e = 1 + ix/1!+(ix) /2!+(ix) /3!+(ix) /4!+(ix) /5!+(ix) /6!+(ix) /7!+・・・
ix
2
3
4
5
6
7
=(1 - x2/2!+ x4/4!- x6/6!+・・・)+ i(x - x3/3!+ x5/5!- x7/7!+・・・)
ところが
cosx = 1 - x2/2!+ x4/4!- x6/6!+・・・、sinx = x - x3/3!+ x5/5!- x7/7!+・・・
であるから、ei x = cosx + isinx となる。
c 条件付きの
条件付きの極値
きの極値(アトキンス付録 A2・8)
変数 qj(j = 1 ~ f)の関数 F(q1, ・・・, qf)が極値をとるように qj を決めるには、極値条件
dF = ∑ j(∂ F/∂ qj)dqj = 0
(c.1)
を満たす qj(j = 1 ~ f)を求めればよい。しかし、このとき例えばある束縛条件
g(q1, ・・・, qf)= 0
(c.2)
が存在している場合、全ての qj を独立と見なすことはできない。極値条件も(c.2)を満た
すようにとらなければならない。束縛条件が一つあるとき系の自由度は一つ減っている。
無限小変化 dqj の許される範囲は
g(q1 + dq1, ・・・, qf + dqf)= g(q1, ・・・, qf)+∑ j(∂ g/∂ qj)dqj = 0
より
∑ j(∂ g/∂ qj)dqj = 0
(c.3)
のものに限られる。従って、極値条件(c.1)の dqj の係数を全て 0 と置くわけにはいかない。
そこで、(c.1)と(c.3)をいっしょにして
dF = ∑ j=1f{(∂ F/∂ qj)+λ(∂ g/∂ qj)}dqj = 0
(c.4)
を考える。(c.1)と(c.3)が成り立つ限り(c.4)も成り立つ。ここにλは q1, ・・・, qf の任意の
関数でよいが、この任意性をうまく利用して、例えば(c.4)から dqf が消えるようにするこ
とができる。それにはλを
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(∂ F/∂ qf)+λ(∂ g/∂ qf) = 0
(A2・50)(c.5)
と選べばよい。そうすると
dF = ∑ j=1 - {(∂ F/∂ qj)+λ(∂ g/∂ qj)}dqj = 0
(c.6)
f 1
となり、dqf が消えてしまう。このときのλは(c.5)を満たすものである。残りの qj(j = 1
~ f - 1)は独立だから、(c.6)を満たすものは
(∂ F/∂ qj)+λ(∂ g/∂ qj) = 0
j=1~f-1
(A2・52)(c.7)
である。qj(j = 1 ~ f - 1)は独立だから、(c.7)を満たすように各 qj を選ぶことができる。
従って、(c.5)と(c.7)をいっしょにして
(∂ F/∂ qj)+λ(∂ g/∂ qj) = 0
j=1~f
(A2・53)(c.8)
となる。すなわち、(c.5)を満たすようにλを決めて、そのλを用いて(c.7)と置くと、関
数 F は条件(c.2)のもとで極値をとる。このλを Lagrange(ラグランジュ)の未定乗数という。
このような条件付きの関数の極値を求める方法を Lagrange の未定常数法という。
以上をまとめると、関数 F(q1, ・・・, qf)の g(q1, ・・・, qf)= 0 という条件付き極値問題は、F
= F +λ g という新しい関数の単なる極値問題に置き換えることができる。つまり、
dF =∑ j(∂ F /∂ qj)dqj = 0
j=1~f
(c.9)
すなわち
(∂ F/∂ qj)+λ(∂ g/∂ qj) = 0
j=1~f
(c.8)
ここで注意すべき事は、仮に極値をとるとした場合(c.8)という式を満たさなければな
らない、ということを述べているだけだということ、つまり、必要条件しか示していない、
という点だ。だから、極値であれば(c.8)を満たすが、(c.8)を満たすからといって、極値
になるとは限らない。
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