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古紙パルプ中の粘着物質の同定と除去に関する研究

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古紙パルプ中の粘着物質の同定と除去に関する研究
愛媛県工業 系研究報告 書 No.39
2001
古紙パルプ中の粘着物質の同定と除去に関する研究
大橋俊平
森川政昭
Identification and Removing Technology of Sticky Material in Recycled Pulp
OHASHI Syunpei and MORIKAWA Masaaki
Recently, due to interest in environmental conservation, attention has been focused on the technology of paper recycling. The sticky
material in recycled pulp causes several problems for the paper industry. In this report, we identified the sticky material resulting from
waste paper and investigated ways of removing it. The results obtained were as follows.
1. Using fourier transform infrared spectra and carbon nuclear magnetic resonance spectra, it was confirmed that the sticky material in
recycled pulp consists of ethylene/vinyl acetate copolymer (EVA), isoprene rubber (IR) and natural rubber (NR).
2. It was found that the sticky material could be removed more efficiently by screening recycled pulp twice with 12 cut screen plate than
once with 8 cut screen plate
キーワード:粘着物質,古紙パルプ ,溶媒抽出
緒
スレー抽出器を用いて6時間行った。その後,重量法に
言
てパルプ中の粘着物質の定量 を行った。
環境問題への関心が高まるのに伴い,古紙のさらなる
3.赤外 スペクトルの測定
抽 出 し た 粘 着 物 質 の IR ス ペ ク ト ル の 測 定 に は フ ー リ エ
利用が求められている 。しかしながら,紙の用途が多様化
するにつれ原紙に様々な印刷 ・加工を施すようになり
1),2)
,
変 換 赤 外 分 光 光 度 計 (日 本 分 光 ㈱ 製
FT/IR-410)を 用 い
古紙パルプ中の異物は増加,多様化している。とりわけ,
た。前処理として,試料にベンゼンを加えペースト状に
粘着性を有する異物は抄紙工程での断紙 ・穴あき,加工
し , 2 枚 の KBr 結 晶 板 の 間 に 挟 ん で 薄 膜 を 作 り , KBr 結
時の印刷不良等のトラブルを引き起こすため,古紙利用
晶板ごと測定した。
における最も大き な問題の一つに挙 げら れてお り
3)
,粘着
4 . 炭 素 -13 核 磁 気 共 鳴 ス ペ ク ト ル の 測 定
核 磁 気 共 鳴 分 光 装 置 (600MHz)(日 本 電 子 ㈱ 製 LA600
物質の同定並びに除去を行うことが古紙利用率の増加に
型 )を 用 い て 抽 出 し た 粘 着 物 質 の 13C NMR ス ペ ク ト ル を 測
必要不可欠である。
そこで,本研究においては,溶媒抽出法により抽出し
定 し た 。 溶 媒 と し て 重 水 素 化 し た ク ロ ロ ホ ル ム (CDCl3), 基
た古紙パルプ中の粘着物質の同定を行うと共に,パ ルプ
準 物 質 と し て テ ト ラ メ チ ル シ ラ ン (TMS)を 用 い た 。
の洗浄 方法につい て検 討 したので報告する 。
5.古紙パルプの洗浄
古紙パルプを標準離解機(熊谷理機工業㈱製)を用い
て離解 し,その後,標準フラットスクリーン(安田精機製作
実験方法
所㈱製
332 型 ) を 用 い て パ ル プ の 洗 浄 を 行 っ た 。 パ ル
プ の 洗 浄 条 件 は パ ル プ 重 量 絶 乾 25g , 流 速 5.0l/min , 処
1.試料
実験には、古紙パルプから再生紙へ至る様々な工程に
お け る 粘 着 物 質 の 成 分 の 変 化 を 調 べ る た め 、 (a)模 造 , 色
上 , 見 当 な ど の 古 紙 を 主 原 料 と す る 古 紙 パ ル プ , (b)家 庭
紙製造工場で採取した古紙パ ルプのフラットスクリーン残
査 , (c)ト イ レ ッ ト ペ ー パ ー ( 100%再 生 紙 ) を 試 料 と し て 用
理 時 間 30 分 間 と し た 。 な お , 洗 浄 工 程 を 2 段 と し た 場 合 ,
1 工 程 を 15 分 間 と し た 。
6.スクリーンによる洗浄方法の評価
一 般 に , ス ク リ ー ン の 性 能 は 下 式 (1)に 示 す 異 物 の 除 去
効 率 で 評 価 さ れ て い る が , 4 ), 本 研 究 で は 粘 着 物 質 に 着
目 し , 式 (2)に よ り , ス ク リ ー ン 洗 浄 に よ る 粘 着 物 質 の 除 去
いた。
効率を測定した。
2.粘着物質の抽出・定量
試料に含まれる粘着物質の抽出は,溶媒としてベンゼ
ン - エ タ ノ ー ル の 混 合 溶 媒 ( 混 合 比 2:1 ) を 使 用 し , ソ ッ ク
ER=
- 58 -
(1)
こ こ で , ER は 異 物 除 去 率 , S i は 供 給 原 料 の 異 物 含 有
本 研 究 は 平 成 12 年 度 難 処 理 古 紙 再 生 技 術 開 発 研 究 費 で 実 施 し た も の で あ る 。
愛 媛県製紙試 験場業績第 9号
Si-SA
Si
愛媛県工業 系研究報告 書 No.39
2001
量 ( 重 量 % ) , SA は ア ク セ プ ト 中 の 異 物 含 有 量 ( 重 量 % )
1 00
幅 : 0.15mm ) で 処 理 し た と き の ス ク リ ー ン 上 に 残 留 す る 異
80
tran smittanc e/%
である 。異物含有量とは試料を 6 カットスクリーン(スリット
物の量である 。
ER’=
Si’-SA’
S i’
(2)
60
40
20
こ こ で , ER'は 粘 着 物 除 去 率 , Si'は 供 給 原 料 の 粘 着 物
0
4 0 00
質 含 有 量 ( 重 量 % ) , SA'は ア ク セ プ ト 中 の 粘 着 物 質 含 有
1 0 00
5 00
1500
1000
500
15 00
10 00
5 00
(b)スクリ ー ン残査
20
る主な熱可塑性樹脂および感圧接着剤を表 1 に示す
0
4000
5)
3500
3000
2500
2000
w ave number/cm -1
。
1 00
80
trans mittance /%
こ れ ら の 有 機 高 分 子 化 合 物 は ベ ン ゼ ン に 可 溶 で あ る が 6) ,
ベンゼンはパ ルプの主成分であるセルロースに対する浸
。また,エタノールはセルロースに容易に浸
,パルプ中の粘着物質の抽出にはエタノ
60
40
20
( c)トイレットペ ーパー
ー ル-ベンゼン混合溶媒 を使用 した。粘着物質は複数の
0
4 0 00
成分から構成されており、単一の分析方法で同定するの
3 5 00
3 0 00
2 5 00
2 0 00
wave number/c m-1
は困難であると予想されることから、粘着物質の成分分析
図 1 (a)古 紙 パ ル プ 、 (b)古 紙 パ ル プ の ス ク リ ー ン 残 査 、
( c ) ト イ レ ッ ト ペ ー パ ー の IR ス ペ ク ト ル
は 初 め に IR ス ペ ク ト ル 分 析 を 行 い 、 成 分 を 推 定 し た 後 、
C NMR ス ペ ク ト ル 分 析 で 同 定 を 行 う こ と と し た 。
表1
15 00
40
剤等の高分子化合物が考えられる。印刷・紙加工に用い
13
2 0 00
60
粘着物質の由来として熱可塑性樹脂および感圧接着
7)
2 5 00
80
transmittance/%
1.粘着物質の同定
透することから
3 0 00
100
結果と考察
7)
3 5 00
wave number/c m-1
量(重量%)である。
透性が低い
(a) パルプ
100
印刷・紙加工に用いる主 な高分子
transmittance/%
80
天然ゴム
クロロプレンゴム
ポリイソプ レン
60
40
20
エ チレン -酢 酸 ビ ニル共 重合 体
沈殿物
0
4000
ポリエ チレン
ポリプロピレン
3500
3000
2500
2000
wave number/cm-1
1500
1000
500
3000
2500
2000
wave number/cm-1
1500
1000
500
100
ポリエ ステル
ブチルゴム
transmittance/%
80
スチレン-ブタ ジエン共重合体
( 1 ) 分 離 ・ 抽 出 成 分 の IR ス ペ ク ト ル 分 析
60
40
20
図 1 に (a)古 紙 パ ル プ , (b)古 紙 パ ル プ の ス ク リ ー ン 残 査 ,
上澄み
0
4000
(c)ト イ レ ッ ト ペ ー パ ー の 3 種 類 の 試 料 に つ い て 溶 媒 で 抽
出 し , 赤 外 分 光 光 度 計 で 分 析 し た ス ペ ク ト ル を 示 す 。 (a),
3500
(c)の ス ペ ク ト ル に お い て , 抽 出 さ れ た 物 質 に は
図2 ブタノールで洗浄したスクリーン残査抽出物の
沈殿物及び上澄みのIRスペクトル
2950,2920,2850,1740,1370,1450,1240,1020,720cm-1 付 近 に 認
め ら れ る ピ ー ク よ り エ チ レ ン - 酢 酸 ビ ニ ル 共 重 合 体 (EVA)
が , 3060,3030,2920,2850,1600,1495,970,910,760,700cm-1 付 近
り イ ソ プ レ ン ゴ ム (IR), 天 然 ゴ ム (NR)が , 1370,1150cm-1 付 近
に 認 め ら れ る ピ ー ク よ り ス チ レ ン ・ ブ タ ジ エ ン ゴ ム (SBR)が ,
に認められるピークよりクロロスルホン化ポリエチレン
-1
2950,1655,1600,1450,905,835cm 付 近 に 認 め ら れ る ピ ー ク よ
(CSM)が 含 ま れ て い る こ と が 推 定 さ れ た 。 ま た , (b)の ス ペ ク
ト ル は EVA と 思 わ れ る 物 質 の 吸 収 が 大 き い た め , 推 定 さ
愛 媛県製紙試 験場業績第 9号
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愛媛県工業 系研究報告 書 No.39
2001
れ る 物 質 の 内 , EVA の み が 可 溶 な 溶 媒 で あ る ブ タ ノ ー ル
浄後, 8 カットスクリーンで洗浄したものについては粘着
で 抽 出 物 を 洗 浄 し , そ の 上 澄 み お よ び 沈 殿 物 の IR ス ペ ク
物 含 有 率 ( 粘 着 物 質 含 有 量 /パ ル プ 絶 乾 重 量 ) を 0.059 %
トルを測定した。測定したスペクトルを図2に示す。沈殿
にまで減少することができた。
物 の ス ペ ク ト ル で 検 出 さ れ た ピ ー ク は (a), (c)の ス ペ ク ト ル
現在,粘着物質除去のために,スリットの幅を狭めてい
で検出 されたピー クと同 一のピー クであることから,こ れら
くことが検討されているが,スリットの幅の減少することに
の試料に含まれる粘着物質は組成比は異なるが同一種
より,古紙に含 まれる良質の長繊維 を排除してしまうとい う
であることがわかった。また,上澄みに含まれてい た物質
問題が懸念されている
5)
。今回の検討では目の細かいス
は EVA で あ る こ と が 確 認 さ れ た 。 ス ク リ ー ン 残 査 中 に 特 に
クリーンで1回洗浄を行 うよりも,目が粗 くても2段の工程
多 量 の EVA が 含 ま れ る の は , EVA は ホ ッ ト メ ル ト 粘 着 剤
で処理した方が効率よ く,粘着物質を除去することができ
であり,常温では変形 しにくく,常温で変形 しやすいゴム
た。この結果により,スリットの幅を狭めずに,工程 を増加
系 粘 着 物 質 で あ る IR , NR , SBR お よ び CSM に 比 べ ス ク
するという洗浄方法を取り入れることで,粘着物を効率よ
リーンで効果的に除去できる ためであると考えら れる 。
く除去 し,良質の古紙パ ルプ を製造することが可能となる
と思われる。
( 2 ) 抽 出 成 分 の 13C NMR ス ペ ク ト ル 分 析
3 種類の試料に含まれる粘着物質は同一種であること
から,
13
C D C l3
C NMR ス ペ ク ト ル 測 定 は 一 度 に 多 量 の 粘 着 物 質
: I R , NR
: E VA
が 抽 出 さ れ る 試 料 (b)の 抽 出 物 に つ い て 行 う こ と と し た 。 初
めに前述の方法で試料 の抽出 を行 った後 ,ベ ンゼンで再
溶 解 し,上 澄み液 をエバポ レー ターで濃縮 ,乾 固させ ,ク
ロロホルムを加えて再溶解させた。このとき 2 層に分離さ
れ た の で , 上 層 を IR で 分 析 し , 下 層 を 13C NMR で 分 析 し
た 。 13C NMR ス ペ ク ト ル を 図 3 に 示 す 。 エ チ レ ン ー 酢 酸 ビ
ニ ル 共 重 合 体 (EVA), イ ソ プ レ ン ゴ ム (IR), 天 然 ゴ ム (NR)に
200
150
100
50
13C NMR Chemical Shift/ppm
帰 属 さ れ る ピ ー ク は 確 認 で き た が , SBR お よ び CSM に 帰
0
図3 古紙抽出物の13C NMRスペクトル
属されるピークは検出されなかった。また,これらの物質
以外のピークは粘着物由来の物ではなく,木材由来の樹
脂分および他の添加剤によるものではないかと考えられ
100
が確認された。
以 上 , FT-IR な ら び に
13
C NMR に よ る 分 析 の 結 果 , 古
紙パルプ中の粘着物質は熱可塑性樹脂であるエチレン
transmittance/%
る 。 図 4 は 上 層 の IR ス ペ ク ト ル で あ る が , EVA で あ る こ と
95
90
85
ー 酢 酸 ビ ニ ル 共 重 合 体 (EVA)お よ び 塗 工 紙 な ど に 用 い ら
クロロホルム上澄み
れ る ゴ ム 状 高 分 子 で あ る イ ソ プ レ ン ゴ ム (IR), 天 然 ゴ ム (NR)
80
4000
であった。
3500
3000
2.粘着物質の除去
粘着物質を含む古紙パルプのフラットスクリーンによる
2500
2000
wave number/cm-1
1500
1000
500
図4 スクリーン残査抽出物をクロロホルムで洗浄した
上澄みのIRスペクトル
効果的な洗浄方法について検討するため,スクリーンの
スリット幅および洗浄回数を変えて古紙パルプの洗浄を
行い,粘着物質の除去効率を測定した。測定結果を図 5
1
に示す。スクリーンのスリット幅が細くなるのに伴い,粘着
ッ ト ス ク リ ー ン ( ス リ ッ ト 幅 : 0.2mm ) の み で 精 選 し た パ ル プ
と 12 カ ッ ト ス ク リ ー ン ( ス リ ッ ト 幅 : 0.3mm ) で 精 選 後 , 再 度
12 カ ッ ト ス ク リ ー ン で 精 選 し た と き の , パ ル プ 中 の 粘 着 物
質の量を比較した結果,2段の工程で処理したパルプの
方が効率よく粘着物質を除去できた。これは,スクリーン
のスリット幅が細くなるのに伴い ,パ ルプの洗浄に時間が
かかってしまうが,長時間洗浄することにより,スリット幅よ
り 大 き な , 粘 弾 性 の 大 き い IR , NR が ス リ ッ ト を す り 抜 け て
し ま う た め で あ る と 考 え ら れ る 。 12 カ ッ ト の ス ク リ ー ン で 洗
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0.8
粘着物質除去率
物質の除去率は増加する傾向が認められた。また, 8 カ
0.6
0.4
0.2
0
18カット
12カット
8カット
12+12カット
12+8カット
スリット幅
図5 スクリーン工程と粘着物質除去率の関係
愛媛県工業 系研究報告 書 No.39
要
約
1 . IR お よ び 13C NMR ス ペ ク ト ル を 用 い て 分 析 し た 結 果 ,
古紙パルプ中の粘着物質の成分は,エチレンー酢酸 ビ
ニ ル 共 重 合 体 (EVA), イ ソ プ レ ン ゴ ム (IR), 天 然 ゴ ム (NR)で
あることがわかった。
2.目の細かいスクリーンで1回洗浄を行 うよりも,目が粗
くても2段の工程で処理した方が効率よく,粘着物質を
除去することができた。
謝
辞
本研究を行うにあたり,粘着物質の同定について,ご
指導,ご助言を賜った工業技術院物質工学工業技術研
究所計測化学部衣笠晋一博士,野村明博士をはじめ,
研究室各位に深謝致します。
文
献
1 ) 荒 井 健 次 :ラ テ ッ ク ス の 最 新 技 術 動 向 に つ い て ,紙 パ ル
プ 技 術 タ イ ム ス 43-7,23-30(2000).
2 ) 杉 崎 俊 夫 :紙 基 材 に 用 い ら れ る 粘 着 剤 /ホ ッ ト メ ル ト の
組 成 と 離 解 性 ,紙 パ 技 協 誌 53-5,564-570(1999).
3 ) 山 本 保 :古 紙 に 関 す る 最 近 の 技 術 課 題 ,紙 パ 技 協 誌
,53-9,554-563(1999).
4 ) 倉 田 泰 造 :図 解 製 紙 百 科 ,(中 外 産 業 調 査 会 ),108(1985).
5 ) 古 紙 再 生 促 進 セ ン タ ー :古 紙 再 生 処 理 に か か わ る 基 礎
的 技 術 に 関 す る 調 査 報 告 書 (第 1 分 冊 ),(古 紙 再 生 促 進
セ ン タ ー ),80-91(1989).
6 )ポ リマー辞典編 集委員会編 :ポ リマー 辞典,
(大 成 社 ),587-621(1971).
7 )日本分析化学会編:分析化学便覧改訂三版,
(丸 善 ),1008(1981).
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