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薄れる増税への抵抗感・高まる累進性強化論

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薄れる増税への抵抗感・高まる累進性強化論
2007 年 7 月 27 日発行
薄れる増税への抵抗感・高まる累進性強化論
-変わる米税制の風向きとそのインパクト-
<要旨>
・ 米国には、ブッシュ政権の退陣に併せるように、税制の見直しが俎上に上る環境がある。
具体的には、①2010 年末のブッシュ減税失効、②AMT 改革(注)の必要性である。
・ こうした中で米国では、民主党系の識者を中心に、増税を視野に入れつつ、税制の累進
性を高める方向での税制改革を提案する動きが目立つ。その狙いは、①格差問題やグロ
ーバリゼーション批判対策としての税制の活用、②新しい財源の確保、③政策目的の効
果的な達成といった点にある。また、具体的な提案としては、①ブッシュ減税の高所得
層向け部分の廃止、②法人課税の強化、③ファンド課税の強化、④社会保障税の累進化、
⑤租税支出における税額控除の活用、⑥高所得層の負担増を財源とした AMT 改革等が
あげられる。
・ 民主党の提案でも、中間層以下向けのブッシュ減税は維持される方向である。このため、
民主党が提案するような税制改革が実現したとしても、増税の規模は 90 年や 93 年の
増税には届かず、高所得層の負担増もブッシュ減税による影響を相殺するには及ばな
い。注意する必要があるとすれば、ファンド課税強化論がキャピタルゲイン・配当とい
った投資収入に対する軽減税率の廃止論につながる可能性である。
・ 米国では、累進性の高い税制は必ずしも政治的に受け入れられやすいわけではない。ブ
ッシュ政権下の税制も、減税・累進性緩和の方向で推移してきた。しかし、2008 年の
大統領選挙に向けて、格差問題が争点としてクローズアップされてきており、これにフ
ァンド課税強化論に象徴される超高所得層批判があいまって、税制に関する議論の風向
きが変わり始めている。
(注)AMT(Alternative Minimum Tax:代替ミニマム税)は本来高所得層の税回避を防止するために
設けられた特別の税制だが、制度上の不備により中間所得層までもがその対象になる可能性があり、
その改革の必要性が指摘されている。
本誌に関するお問い合わせ先
みずほ総合研究所(株) 政策調査部
上席主任研究員 安井明彦
Tel(03)3201-0521
E-mail:[email protected]
本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、
当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではあり
ません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
米国の税制は、ブッシュ政権の退陣によって大きな転換点を迎える可能性がある。とく
に民主党系の識者・大統領候補者からは、増税を視野に入れながら、累進性を高める方向
での税制改革を求める声が目立つ。昨今のファンド課税強化論の高まりも、こうした議論
を後押しする結果になっている。実際に提案されている増税の規模は 90 年代初頭の増税ほ
どではないが、それでも減税・累進性緩和が基調だったブッシュ政権の税制とは風向きが
大きく変わるかもしれない。
1. 税制改革が俎上に上らざるを得ない二つの理由
ブッシュ政権の経済政策の中核は、徹底した減税路線であった。しかし米国には、ブッ
シュ政権の退陣に併せるように、税制の見直しが俎上に上らざるを得ない環境がある。2010
年末にはブッシュ減税が失効する予定になっており、またAMT 1 改革という課題が残され
そうだからである。
(1) ブッシュ減税の失効
米国でブッシュ政権の退陣後に税制の見直しが議論にならざるを得ない第一の理由は、
2010 年末に控えるブッシュ減税の失効期限の存在である。ブッシュ政権の経済政策におい
て中核的な役割を果たしてきたのが、一連のブッシュ減税であった。しかしこれらは 2010
年末までの時限減税であり、2009 年に誕生する新政権は、その延長に対する態度表明を強
いられる。
ブッシュ政権下の税制には二つの特徴がある。
第一は、徹底した減税路線が採用されたことである。ブッシュ政権は、2001 年の大型減
税を皮切りに、ほぼ毎年のように
図表1
減税を実施してきた。2001~10 年
15
度の減税額は、累積で 1 兆 9,000
億ドルに達している。こうしたブ
ッシュ政権の減税路線への傾斜は、
米国における主要な税制改革の規模
(%)
↑ 10
増
税
5
最近の政権の中でも特筆に値する。
2006 年 9 月に米財務省が発表した
0
報告書は、1980 年以降の主要な税
制改革として 21 の改革を取り上
げている。このうち減税が実施さ
↓
減
税
-5
-10
れたのは 10 回であり、その 6 回ま
でがブッシュ政権による減税であ
った(図表1) 2 。
1
2
-15
(年)
1980
85
90
95
2000
05
(注)税収対比。
(資料)Tempalski, 2006 により作成。
Alternative Minimum Tax:代替ミニマム税
報告書発表後の 2006 年 12 月にも減税(Tax Relief and Health Care Act of 2006)が実施されている。
1
図表2
所得階層別にみたブッシュ減税の影響(2006 年)
所得階層
税引後所得
(%)
99.9-100%
99.0-100%
80-100%
60-80%
40-60%
20-40%
0-20%
全体
平均税率(pp)
6.2
5.4
4.1
2.5
2.5
2
0.3
3.3
-3.9
-3.5
-3
-2
-2.1
-1.8
-0.3
-2.5
(注)2001~2006 年に実施された減税の効果。所得の低い順に積み上げ(100%に近づくほど高所得)。
(資料)Leiserson et al, November 2006 により作成。
図表3
ブッシュ減税の失効と延長費用
ブッシュ減税(2010年)
個人所得税率
最高税率
中間税率
最低税率
減税失効後(2011年)
35%
15%、25%、28%、33%
10%
1000ドル
ほぼ個別申告と同様の扱い
15%
15%
39.6%
28%、31%、36%
15%
500ドル
個別申告とは別個の扱い
39.6%
20%
55%
100億ドル
主 児童税額控除
要
夫婦共同申告者の取扱い
項
最高税率
目 配当課税
キャピタルゲイン課税 最高税率
最高税率
相続税
無税
控除
ブッシュ減税全体
(資料)Barshay, February 2007. Congressional Budget Office, January 2007 などにより作成。
延長費用
2011年度
11~15年度
949億ドル
8088億ドル
53億ドル
101億ドル
957億ドル
385億ドル
360億ドル
3159億ドル
1530億ドル 1兆2800億ドル
第二に、一連の減税(ブッシュ減税)が、税制の累進性を緩める結果につながっている
点である(図表2)。Tax Policy Center の試算によれば、所得階層が高いほどブッシュ減
税による税引き後所得の増加割合は大きい。また、平均税率の低下も所得階層が高くなる
ほど顕著である。
こうした一連の減税は、そのほとんどが 2010 年末までの時限減税である。このため、何
らかの延長措置が講じられなければ、減税対象となっていた税目は 2011 年にはブッシュ政
権以前の姿に戻る。一方で、ブッシュ減税を延長する場合には、2011~15 年度で 1 兆 2,800
億ドルの財源が必要になる。言い換えれば、ブッシュ減税の失効にはそれだけの増税効果
が伴う計算になる(図表3)。
ブッシュ政権は、かねてから一連の減税を恒久減税にするよう提案している。しかし民
主党を中心に、米議会には恒久化への反対論が根強い。このため、ブッシュ政権の任期中
にブッシュ減税が恒久化される可能性は皆無に近い 3 。
3
当初からブッシュ政権は恒久減税の実施を提案していた。しかしブッシュ政権は、上院においてその実
現に必要な賛成票(60 票)を集められなかった。その後もブッシュ政権は、毎年の予算教書で減税の恒
久化を提案し続けている。
2
(2) AMT改革の必要性
ブッシュ政権の退陣後に税制の見直しが俎上に上らざるを得ない二つ目の理由は、AM
T改革の必要性である。AMT改革は米財政の長年の課題であるが、ブッシュ政権の任期
中にその抜本的な対応策がとられるとは限らない。
AMTの問題は、その存在が中間所得層の税負担を引き上げかねない点にある。本来A
MTは、高所得層の税回避を防止するために設けられた特別の税制である。しかし、税額
の計算に用いられる控除の基準がインフレ調整されないという制度上の問題があり、放置
しておけば中間所得層までもがその対象になってしまう。米国では、税額控除などによっ
て中間所得層に対するAMTの影響を緩和するような措置が講じられてきたが、これらは
時限措置として実施されるのが常であり、抜本的な改革は実現していない。もっとも最近
の対策は 2006 年末で失効しており、このままではAMTによる高税額を支払わなければな
らない中間所得層が急速に増加しかねない状況である(図表4)。
こうした中で現在の米議会では、
図表4
AMT改革の議論が進められてい
100
る。しかし、巨額の財源の必要性
(%)
10年
90
が、抜本的な改革の障害となって
80
07年
いる 4 。Tax Policy Centerによれば、
70
AMT廃止による税収減は、2011
60
~17 年度の累計で約 8,500 億ドル
50
に達する 5 。後述するように、米議
40
会には高所得層への増税などによ
30
ってAMT改革の財源をねん出す
20
るという議論もあるが、従来と同
10
様に暫定的な対応策が実施される
0
2006年
0%
だけに止まる可能性も十分に考え
られる。
課税ブラケット別にみたAMT対象者(予測)
10%
15%
25%
28%
33%
35%
(注)各課税ブラケット(個人所得税)に属する納税者が対象となる割合。
(資料)Joint Committee on Taxation, June 2007 により作成。
2. 目立ち始めた増税・累進性強化論
こうした中で米国では、増税を視野に入れつつ、税制の累進性を高める方向での税制改
革を提案する動きが目立つ。グローバリゼーション批判や、格差対策としての税制の活用、
財政健全化・政府による積極的な施策展開のための財源確保などがその狙いである。
4
5
ブッシュ政権は、AMT改革を抜本的な税制改革の中で実施することで、税収への影響を中立にすると
の方針を発表している。しかし、具体的な改革案は明らかにされていない。
2007 年 1 月 5 日の試算(T-07-0008)。現行税制の維持(ブッシュ減税の期限どおりの失効)が前提。
ブッシュ減税を延長した場合は、AMT廃止による税収減は 2011~17 年度の累計で約 1 兆 5700 億ドル
に達する。
3
(1) 幅広い層からの提案
最近の米国における税制論議で目立つのは、増税を視野に入れた累進性強化論である(図
表5)。とくに注目されるのは、こうした提案を行う識者の属性が、民主党系の識者を中
心にしながらも、比較的広範にわたっている点である。
民主党の識者の間には、「ブッシュ後」の経済政策の方向性について、クリントン政権
流の中道寄りの政策を支持する勢力と、よりリベラルに近い政策を主張する勢力が存在し
ており、前者はブルッキングス研究所のハミルトン・プロジェクト、後者はEPIの「繁
栄の共有」プロジェクトを拠点に活動を行っている 6 。しかし、こうした路線の違いにもか
かわらず、いずれの陣営も増税や税制の累進性強化の必要性では一致している。
ハミルトン・プロジェクトの関係者では、クリントン政権のローレンス・サマーズ元財
務長官やジーン・スパーリング元大統領顧問が、具体的な提案を行っている(図表5)。
またハミルトン・プロジェクトの後見人であるボブ・ルービン元財務長官も、「税制改革
における最重要課題は何か」という問いに対して「税制の累進性の強化」をあげている 7 。
EPIの「繁栄の共有」プロジェクトの場合には、その基本的な政策目標のなかに、「国
のニーズを満たすための歳入を公正に確保する」という、累進性強化による増税を示唆す
る文言がある。実際に、EPIの共同創始者であるロバート・カトナーは、「幅広い層に
恩恵が広がるような経済成長を実現するために最も有効な政策は何か」という問いに対し
て、積極的な公共投資などを行うために、税制の累進性強化を通じた新しい財源の確保が
必要だと述べている 8 。また、同プロジェクトのセミナーでメイン・スピーカーを務めたコ
ロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授 9 やプリンストン大学のポール・クルーグ
マン教授 10 も、税制の累進性強化を主張している。このうちクルーグマン教授は、累進性
強化による新財源をセーフティーネットの強化に使うべきだと指摘している。
図表5
主な提唱者
税制に関する主要な提案(識者)
主な提言内容
レポート等名称(発表)
ローレンス・サマーズ元財務長官等
ブッシュ減税の高額所得者向け部分を廃
Achieving Progressive Tax Reform in an
止、法人税課税の強化、租税支出の税額控
Increasingly Global Economy(2007年6月)
除化+累進化
マシュー・スローター元CEA委員等
社会保障税の累進性強化(課税上限の廃止 Succeeding in the Global Economy(2007年6
等)
月)
ピーター・オーザッグCBO長官等
租税支出の税額控除化
Reforming Tax Incentives into Uniform
Refundable Tax Credits(2006年8月)
ジーン・スパーリング元大統領顧問
税額控除による貯蓄優遇税制の累進化
Pro-Growth Progressive: An Economic
Strategy for Shared Prosperity(2005年11月)
(資料)それぞれのレポートにより作成。
6
安井(2007 年 6 月)。
2007 年 6 月 12 日に開催されたハミルトン・プロジェクトのセミナーにおける発言。
8 2006 年 9 月 15 日に開催されたハミルトン・プロジェクトのセミナーにおける発言。
9 Stiglitz, April 17, 2006
10 2007 年 2 月 22 日に開催された「繁栄の共有」プロジェクトのセミナーにおける発言。
7
4
累進性の強化を提案しているのは、民主党系の識者に限らない。ブッシュ政権の経済諮
問委員会(CEA)に参加していたマシュー・スローターは、2007 年 6 月に発表した報告
書の中で、共和党の議会スタッフ(上院財政委員会)を務めたグラント・アルドナスなど
と共に、社会保障税の累進化を主張している。
(2) 改革案の背景にある3つの狙い
増税を視野に入れた税制の累進性強化に関する提案には、大別すると3つの狙いがある。
具体的には、①格差問題やグローバリゼーション批判対策としての税制の活用、②新しい
財源の確保、③政策目的の効果的な達成である。
① 格差問題やグローバリゼーション批判対策としての税制の活用
第一の狙いは、格差問題やグローバリゼーション批判対策としての税制の活用である。
これには、経済的な側面と政治的な側面がある。
経済的な側面は、主に格差問題対策として、財政を通じた所得分配を強化するという考
え方である。その代表例が、サマーズ元財務長官の提案である 11 。同元長官は、所得格差
の拡大にもかかわらず、米国では税制による格差是正機能が弱いと指摘する。とくに元長
官は、主に高所得層の平均税率が低下している点を問題視している。サマーズ元長官が引
用しているPSEのトーマス・ピケティー教授らの調査によれば、1960 年と 2004 年を比
較すると、所得上位 0.1%における平均税率が約 26 ポイント低下している一方で、最下層
20%の平均税率は約4ポイントしか低下していない(図表6)。
その上で同元長官は、税制には格差是正手段として優れた点が 4 点あると指摘する。
第一は、経済的な効率性である。産業政策などの市場介入型の政策は、課税前の所得分
配を左右しようとするために、そ
の過程で経済的な副作用が生じや
図表6
70
所得階層別にみた平均税率の推移
(%)
すい。これに対して税制の場合は、
市場メカニズムによって所得が分
60
99.9-100%
配された後に調整を行い、経済成
50
長の成果をより広範に分け与えよ
40
うとする。
99.0-100%
30
全体
第二に、税制の場合には、所得
を基準とした対象者の特定が容易
20
である。これに対して、例えば通
10
商政策であれば、低所得層に的を
0
絞った方策を考案するのは容易で
はない。
11
40-60%
0-20%
1960
67
71
75
79
83
87
91
95
99
(注)所得の低い順に積み上げ(100%に近づくほど高所得)。
(資料)Piketty et al, July 2006 により作成。
Furman et al, June 2007
5
03
(年)
第三に、歳出側の所得再配分策と比較して、税制の方が大規模な施策を打ちやすい。実
際に、職業訓練などへの政府支出は年間数十億ドルの規模だが、増減税の規模は数百億ド
ルに達する場合が少なくない。
第四に、税制には速効性がある。格差対策としては教育の充実が有効だが、その効果が
出るまでには数十年単位の年月がかかり、足元での格差対策にはなり得ない。
スパーリング元大統領顧問も、税制による格差是正効果に注目する。同元顧問は、累進
性の弱い税制には所得格差を増幅させる傾向があると指摘して、税制を通じた所得再配分
によって、低所得層に成功するチャンスを与えるべきだと主張している 12 。
一方で、政治的な側面からの議論は、保護主義などの有害な政策を避けるために、税制
による所得再配分機能を強めて、格差やグローバリゼーションに対する国民の不満を緩和
する必要があるという考え方である。
その代表例が、マシュー・スローター元CEA委員の提案である 13 。スローター元委員
は、所得格差の拡大が、国民に「グローバリゼーションによる恩恵が高所得層に偏って分
配されている」という見方が広がる結果につながっているとして、こうした状況を放置し
ておけば、米国は保護主義的な政策を要求する国民の声に抗しきれなくなりかねないと指
摘する。そこで、こうした国民の不満を緩和するために、税制による所得再配分機能の強
化に取り組む必要があるというのが、スローター元委員の主張である。
こうした視点に関しては、ルービン元財務長官も、税制に関するハミルトン・プロジェ
クトのセミナーにおいて、
「市場原理をベースとしたシステムや自由貿易を維持するには、
大多数の国民がこれらから恩恵を受けていると信じている必要がある」と述べている 14 。
② 新しい財源の確保
増税を視野に入れた累進性の強化に関する提案の第二の狙いは、新規財源の確保である。
ただし、その使い道という点では、財政健全化への貢献が期待される場合と、政府による
積極的な施策展開の財源として期待される場合がある。
財政健全化を重視するのは、サマーズ元財務長官である 15 。同元長官は、税制の目的は
政府運営に必要な財源の確保であるとした上で、米財政は黒字を目指すべきだと指摘する。
その理由としては、①将来的な医療費負担拡大への備え、②突発的事態への備え、③貯蓄
不足による投資不足の回避、④健全財政による国際的な信認の維持があげられている。
一方で、前述のカトナーやクルーグマンに代表されるように、EPI・「繁栄の共有」プ
ロジェクトの関係者は、均衡財政には距離を置く立場にあり、税制改革による新財源につ
いても、これを公共投資などの積極的な施策展開に充てるべきだという主張が目立つ。
12
Sperling, November 2005.
Aldonas et al, June 2007
14 2007 年 6 月 12 日開催。こうした考え方は、民主党の識者の間で「分配」と「保障」を重視した政策の
必要性が指摘される際の主要な根拠となっている(安井、2007 年 6 月)。
15 Furman et al, June 2007
13
6
③ 政策目的の効果的な達成
累進性強化論のうち、租税支出(Tax Expenditure:日本でいう租税優遇措置)を税額控
除の形式で提供すべきだという提案には、政策目的の効果的な達成という狙いがある。
典型的な例が、現在議会予算局長を務めるピーター・オーザックによる提案である 16 。
いわゆる租税支出は、特定の行為を他の行為よりも税法上優遇して、納税者の行動様式を
左右しようとする政策手段である。租税支出の方式には、大別すると所得控除と税額控除
があるが、オーザックはより累進性の高い「税額控除」を租税支出の原則にするべきだと
主張している。
所得控除と税額控除では、所得階層ごとの減税の大きさに違いがある(図表7)。所得
控除の場合は、それぞれの階層の所得税率に応じて減税額が決まるため、控除額が一律で
あっても、減税額は高所得層ほど大きくなる。一方で、税額控除の場合には、減税額は所
得税率に左右されず、むしろ控除額が一律であれば、所得対比でみた減税額の大きさは低
所得層ほど大きくなる。さらに、「還付可能な税額控除(Refundable Tax Credit)」によ
って、税額控除額が納税額を上回った場合にその部分を納税者に還付する仕組みを導入す
れば、課税所得が少ない層にも減税の恩恵が行き渡る 17 。
租税支出は、医療保険の購入や退職資金の貯蓄など、納税者に追加的な「消費」や「貯
蓄」を促そうとする場合が多い。しかし高所得層は、租税支出の助けが無くても、十分な
「消費」や「貯蓄」を行える場合が少なくない。このためオーザックは、税額控除や「還
付可能な税額控除 18 」によって、低所得層の「消費」・「貯蓄」を後押しする方が、租税
支出本来の政策目的を効果的に達成できると主張する。
また、サマーズ元財務長官は、税額控除を原則にするだけでなく、その水準自体を累進
的にすべきだと主張する。
低所得層が追加的な「消
費」や「貯蓄」に踏み切る
には強力なインセンティ
ブが必要だが、財源との兼
ね合いもあり、高所得層に
必要以上のインセンティ
ブを与えるべきではない
からである。
図表7 租税支出による減税規模(所得別)
課税所得(ドル)
0
5,000
税率(%)
10
10
所得税
税額(ドル)
0
500
0
100
20%所得控除の場 減税額(ドル)
合
課税所得対比(%)
0
2
0
100
100ドル税額控除の 減税額(ドル)
場合
課税所得対比(%)
0
20
100
100
100ドル税額控除(還 減税額(ドル)
付可能)の場合
課税所得対比(%)
100
20
500,000
35
175,000
25,000
5
100
0.02
100
0.02
(資料)みずほ総合研究所作成。
16
Batchelder et al, August 2006
米国の世帯では、2003 年の時点で課税所得ゼロの世帯が 37%を占めている(Batchelder et al, August
2006)。
18 Furman et al, June 2007
17
7
(3) 具体的な改革案
増税や累進性強化につながる具体的な税制改革案としては、主に6つの提案がある。
① ブッシュ減税の高所得層向け部分廃止
第一の提案は、高所得層向け部分に限ったブッシュ減税の廃止である。
サマーズ元財務長官は、ブッシュ減税のうち、年収 20 万ドル以上の世帯(夫婦合算申告・
以下同じ)向けの部分を期限切れとともに失効させるべきだと提案する。これにより、1979
年以降の格差拡大の6分の1が解消できるというのが、サマーズ元長官の主張である。
一方で、中所得層以下向けの部分を含めたブッシュ減税の全面失効を主張する提案は見
当たらない。高所得層に手厚いといわれる相続税減税についても、サマーズ長官などは、
09 年度程度の減税額は維持しても
良いと考えているようである。
図表8
ブッシュ減税廃止の税収増とその他の政策費用
Tax Policy Center の試算によ
減税廃止
れば、ブッシュ減税を高所得層向
けの部分に限って失効させた場合
には、全てを延長した場合と比較
高所得層向け部分廃止
国民皆保険制
して、2011~15 年度の 5 年間で約
AMT廃止
5,300 億ドルの税収増になる。これ
は、ブッシュ減税を全て廃止した
処方薬代保険改革
場合の半分弱の規模である。これ
低所得者医療保険拡充
を新規財源と考えた場合には、国
民皆保険制の導入にはやや及ばな
いが、AMT改革の廃止等には十
分な税収増になる(図表8)。ま
た累進性の観点でも、高所得層の
税負担が増える(図表9)。
図表9
(兆ドル)
0.0
0.5
1.0
(注)2011~15 年度。高所得層向け部分廃止:年収 20 万ドル以上向け部分
を廃止、相続税は 09 年度の税収水準を維持。国民皆保険制:エド
ワーズ上院議員の提案。AMT廃止:ブッシュ減税の廃止が前提、
処方薬代保険改革:高額薬価保険適用前の不適用部分(ドーナッ
ツ・ホール)の廃止。低所得者医療保険拡充:貧困レベルにまで所
得上限を引き上げ。
(資料)Tax Policy Center 試算(T-06-0245、T-07-0008)、Congressional
Budget Office, February 2005 などにより作成。
ブッシュ減税・高所得層向け部分失効の影響(2011 年)
所得階層
1.5
税引後所得
(%)
99.9-100%
99.0-100%
80-100%
60-80%
40-60%
20-40%
0-20%
全体
-5.4
-3.3
-1
0
0
0
0
-0.6
平均税率(pp)
3.8
2.4
0.7
0
0
0
0
0.4
(注)年収 2 万ドル(合算申告)向け部分を廃止。所得の低い順に積み上げ(100%に近づくほど高所得)。
(資料)Tax Policy Center 試算(T06-0067)により作成。
8
② 法人課税の強化
図表10
第二の提案は、法人課税の強化
である。
法人税の場合、税率自体を引き
上げるというよりは、企業による
税回避行動を阻止して、その課税
ベースを広げるべきだとする主張
40
35
個人所得税
30
25
20
が目立つ。サマーズ元財務長官は、
15
米国の法人税率がOECD加盟国で
10
も 2 番目に高いにもかかわらず、
5
GDP対比の税収水準では下から 4
0
番目に過ぎない点を問題視する。
平均税率の推移(所得上位 0.1%)
(%)
法人税
相続税
社会保障税
1960
67
71
75
79
83
87
91
95
99
03
(年)
(資料)Piketty et al, July 2006 により作成。
米国では、企業が申告する課税所
得と財務諸表に記載される所得の差が拡大しており、企業による税回避行動が活発化して
いる可能性が示唆されている。このため、タックス・シェルター対策の強化や、海外所得
の取扱いの見直し等により、法人税の課税ベースを広げる必要があると指摘されている 19 。
企業による税回避行動の活発化は、高所得層の税負担を軽減させる大きな要因になって
いる。高所得層の平均税率を税目ごとに分析すると、法人税の低下度合いが目立つ(図表
10) 20 。このため、法人課税の強化は、税収増だけでなく税の累進性を高める結果につ
ながると考えられている。
③ ファンド課税の強化
第三の提案は、ファンド課税の強化である。
ヘッジ・ファンドやプライベート・エクイティー・ファンド(以下ファンド)への課税
強化論には、高収入を得ているファンド関係者が軽減税率の恩恵を受けていることへの不
満が反映されている。この問題については、既に米議会で具体的な法案の審議が始まって
おり、いわば累進性強化への動きを象徴する案件になっている。
具体的な提案は二つある(図表11) 21 。第一は、公開されたファンドに法人税を課す
という法案(通称ブラックストーン法案)である。ファンドは通常パートナーシップとい
う組織形態をとる。公開されていないパートナーシップは税法上法人としては扱われてお
らず、その利益はパートナーに分配された時点で個人所得税の対象になる。ただし、ファ
ンドの利益は資産運用によるものであるために、適用されるのはキャピタルゲイン用の税
率である。高所得層の場合には、ブッシュ減税によってキャピタルゲイン税率が 20%に引
き下げられており、所得税や法人税の最高税率(いずれも 35%)よりも優遇されている。
19
Furman et al, June 2007
この計算では、法人税負担は資本所有に応じて分配されている。
21 Jickling et al, July 2007
20
9
図表11
通称
ブラックストーン法案
キャリードインタレス
ト法案
法案番号
ファンド課税強化に関する提案
主提案者
S.1624 ボーカス上院議員
H.R.2834 レビン下院議員
提案日
6月14日
内容
投資アドバイザーや資産管理サービスを実施
する公開パートナーシップについて、税法上の
扱いを企業として法人税を適用(現在はパート
ナーレベルでキャピタルゲイン扱い)。
ファンドマネージャー(パートナー)の成功報酬
(キャリード・インタレスト)について、税法上の
6月22日
扱いを課税所得として、個人所得税を適用(現
在はキャピタル・ゲイン扱い)。
(資料)議会資料により作成。
問題は、法案の通称になっているブラックストーン社のように、公開されたパートナー
シップ 22 の取扱いである。一般的には、公開されたパートナーシップは税法上法人として
扱われる。しかし、ファンドのような資産運用を主な収益源とするパートナーシップ等に
ついては、例外的にパートナー段階での所得税課税(キャピタルゲイン税)が適用される。
こうした公開パートナーシップの扱いが、ファンド関係者が特別扱いされているという
批判につながっている。ブラックストーン法案は、こうした規定を改め、投資アドバイザ
ーや資産管理サービスを業務とする公開パートナーシップを、税法上法人として扱うよう
提案している。
第二は、ファンド・マネージャーへの成功報酬(キャリード・インタレスト)への課税
を強化する法案(通称キャリード・インタレスト法案)である。ファンド・マネージャー
は、資産管理手数料をはるかに上回る成功報酬を受け取る。しかし、これらは資産運用益
から配分されるために、課税の際にはキャピタルゲイン用の税率が適用される。こうした
点が、ファンド・マネージャーに対する特別扱いだという批判を招いている。そこでキャ
リード・インタレスト法案では、ファンド・マネージャーの成功報酬を所得として扱い、
通常の所得税率を適用するよう提案されている。
④ 社会保障税の累進化
第四の提案は、公的年金とメディケア(高齢者医療保険)の財源である社会保障税の累
進化である。
スローター元CEA委員は、グローバリゼーションへの批判を和らげる方策として、税
制の累進性強化を主張しているが、その手段として同元委員が提唱するのが、社会保障税
の累進化である。その理由は、個人所得税は既に累進的な税制であるのに対して、社会保
障税には逆進性が存在する点にある。社会保障税は所得にかかわらず一定の税率とされて
いる上に、課税対象となる所得には上限が設けられているからである 23 。スローター元委
員は、社会保障税と個人所得税の統合や、課税上限の廃止などによって、社会保障税の累
進性を高めるべきだと主張している。
22
23
Master Limited Partnership.リミテッド・パートナーの持分を証券化して上場する。
社会保障税は公的年金とメディケアの財源。税率は 15.3%(労使折半)であり、2007 年の課税上限は
97500 ドル。
10
社会保障税の累進化のうち、課税上
限の廃止は、2005 年にブッシュ政権が
図表12
120 (%)
公的年金改革を検討していた際にも、
その一部に盛り込まれる可能性があ
課税上限あり
課税上限なし
100
った内容である。課税上限を廃止する
80
と、納税と給付のバランスという点で、
60
高所得層にとっては不利な改革とな
納税額に対する公的年金給付額の割合
40
る(図表12)。
もっとも、とくに公的年金に関して
20
0
は、制度の累進性を高めることへの反
上位1%
対論もある。公的年金が国民の支持を
集めているのは、それぞれの国民が自
上位20%
下位20%
(注)生涯の累計に関する所得階層別の中位値(1985 年生まれ)。
(資料)General Accounting Office, June 2004 により作成。
らの将来に向けた積立を行っているという性格があるからであり、高所得層から低所得層
への所得移転という福祉政策的な側面が強まりすぎれば、こうした国民の支持が得られな
くなるという懸念である 24 。この点に対してスローター元委員は、そもそも現在の公的年
金は積立方式ではなく、各年度の黒字が一般財政に流用されている 25 ことを考えれば、社
会保障税を所得税などと別個に扱う必要性は見当たらないと反論している。
⑤ 租税支出における税額控除の活用
第五の提案は、租税支出における税額控除の活用である。
既に述べたように、現CBO局長のピーター・オーザックは、租税支出を原則として税
額控除に置き換えるべきだと主張している。また、具体的な提案としては、ジーン・スパ
ーリング元大統領顧問が、貯蓄優遇税制を税額控除に置き換えるという提案を発表してい
る。スパーリング元顧問によれば、現在の所得控除による貯蓄優遇税制と同程度の財政負
担で、貯蓄額に対して一律 25%の税額控除を適用する制度が導入できるという 26 。
この他には、既に存在している「還付可能な税額控除」の代表格である、EITC(Earned
Income Tax Credit:勤労所得税額控除)の拡充が提案されている。EITCは、貧困対策
の一環として、低所得層の勤労所得に優遇税制を適用して、その労働意欲を高めようとす
る制度である。具体的な拡充策としては、子持ち家族向けの制度であるEITCを子供の
いない若年世代でも利用できるようにすることや、その他の子育てに関する優遇税制と統
合することなどが提案されている 27 。なお、EITCの拡大については、ブッシュ政権も
前向きであると伝えられている 28 。
24
Citizens for Tax Justice, November 2006
公的年金の黒字は、米国債によって運用されている。
26 Sperling, November 2005
27 Bettelheim, February 5, 2007
28 Dunham, July 2, 2007
25
11
⑥ 高所得層の負担増を財源としたAMT改革
ての高所得層増税である。
下院民主党は、具体的なAMT改革案
として、高所得層の税負担を引き上げて、
年収が 25 万ドルに満たない世帯をAM
Tの対象から外すための財源を確保す
ることを検討していると伝えられる 29 。
また、Tax Policy Centerは、課税所得が
図表13
70
提案が実施された場合には、付加税の負
担層はAMTの負担層よりもかなり高
AMT
付加税
50
40
30
20
10
0
~
3万
ドル
出するという提案を行っている 30 。この
(%)
60
年間 20 万ドル以上の世帯に4%の付加
税を導入して、AMT廃止の財源をねん
AMT改革による負担の移動(2010 年)
3~
5万
ドル
5~
7.
5万
ドル
7.
5~
10
万
ドル
10
~
20
万
ドル
20
~
50
万
ドル
50
~
10
0万
ドル
10
0万
ドル
~
第六の提案は、AMT改革の財源とし
(注)それぞれの税収に占める各所得階層からの税収の割合。
(資料)Tax Policy Center 試算(T07-0148)により作成。
所得層寄りに移動することになる(図表13)。
3. 改革の規模と風向きの変化
「ブッシュ政権後」の税制については、仮に民主党の主張が通った場合でも、1990 年代
以降の税制改革を上回るような規模の変化がすぐに訪れるとは限らない。しかし、税制の
方向性を巡る議論の風向きが変わり始めている可能性は軽視すべきではない。
(1) 予測される税制改革の規模
図表14
税制改革の規模(歳入対比)
1990 年代の税制改革と比較すると、現
ブッシュ減税失効
在提案されている税制改革の規模は、そ
れほど大きくはない(図表 14)。
93年増税
増税
好例がブッシュ減税の見直しである。
90年増税
ブッシュ減税を全て失効させた場合に
は、最近の税制改革よりも大規模な税制
ブッシュ減税一部失効
改革となる。しかし、現在議論されてい
01年減税
るのは、高所得層向け部分の見直しに過
減税
03年減税
ぎない。むしろ中間所得層以下向けの部
分については、民主党系の識者でも、そ
の延長を支持する向きが大半である。
29
30
0
1
2
3
4
5
6
7
(%)
(注)当初 4 年間平均。一部失効:年収 20 万ドル以上部分失効・
相続税 09 年水準。規模比較のため、正負の方向を同一化
(資料)Tax Policy Center 試算(T07-0126)、Tempalski, 2006、
CBO 資料などにより作成。
税負担が引き上げられる高所得層は、年収 50 万ドル以上といわれる(Rothman, July 2007)。
Burman et al, May 2007
12
このようにブッシュ減税の見直しが部分的
図表15
な失効に止まるのであれば、その規模が過去
7
(%)
の税制改革よりも飛びぬけて大きくなること
6
はない。実際に、税収対比で比較すると、ブ
5
ッシュ減税のうち年収 20 万ドル以上の世帯向
4
け部分のみを廃止した場合、これによる増税
3
の規模は、1990 年や 93 年に実施された増税
2
税引き後所得の変化:所得階層別
高所得層向け失効(減少)
ブッシュ減税(増加)
1
も、減税の一部失効の規模は小さい。実際の
ところ、高所得層向け部分のみの失効であれ
ば、その規模は 01 年や 03 年に行われた個別
の減税にも及ばない(図表14)。
体
0
全
当然のことながら、ブッシュ減税との比較で
99
.9
-1
00
%
99
.0
-1
00
%
80
-1
00
%
60
-8
0%
40
-6
0%
20
-4
0%
020
%
よりも小規模に止まる。
(注)ブッシュ減税は 06 年、高所得層向け失効(年収 20
万ドル以上)は 11 年。規模・度合いを比較するた
めに、正負の方向を同一化
(資料)Tax Policy Center 試算(T06-0067)、Leiserson et
al, November 2006 により作成。
累進性の変化という点では、高所得層向け部
分のみの廃止が、現行税制よりも累進性の強
化につながるのは事実である。ただし、高所
図表16
5
平均税率の変化:所得階層別
(pp)
高所得層向け失効(上昇)
得層部分に対する影響だけを取り出してみる
4
と、減税が打ち切られる高所得層の部分にお
3
いても、一部失効による税引き後所得や平均
2
ブッシュ減税(低下)
税率の変化の度合いは、ブッシュ減税による
1
変化よりも小さい(図表15、16)。
タルゲインや配当といった資産所得に対する
体
全
-1
00
%
80
-1
00
%
60
-8
0%
40
-6
0%
20
-4
0%
020
%
99
.0
-1
00
%
税強化論が、ブッシュ減税に含まれたキャピ
0
99
.9
注意する必要があるのは、前述のファンド課
(注・資料)図表 15 に同じ。
軽減税制の見直し論に発展した場合である。現在議論されている法案は、いずれも本質的
にはキャピタルゲインの種類によって税法上の取扱いを変える内容である。こうした改革
は、税制を複雑にしてしまい、税回避につながる抜け穴を増やす結果になりかねない。む
しろ、より簡明な対策はキャピタルゲインへの軽減税制自体の廃止である 31 。
資産所得への軽減税制の恩恵は高所得層に偏っており、その見直しは一義的には高所得
層への影響が大きい(図表17)。しかし、資産所得への軽減税制を支持する立場からは、
米国経済へのより幅広い影響を指摘する声もある。具体的には、起業家によるリスクを取
るような経済行動が減少したり、株価に悪影響を与えるといった懸念である 32 。
31
Murray, June 2007。サマーズ元財務長官は、2007 年 6 月 12 日に開催されたハミルトン・プロジェクト
のセミナーで、ファンド・マネージャー課税には問題があるとしながらも、キャピタルゲインへの軽減
税制を続ける以上は、この問題だけを取り上げて税法上の対策を講ずるのは難しいと述べている。
32 Kudlow, June 2007 など
13
図表17
投資所得減税の影響:所得階層別
所得階層
税引後所得
(%)
99.9-100%
99.0-100%
80-100%
60-80%
40-60%
20-40%
0-20%
全体
平均税率(pp)
1.8
1.2
0.5
0.1
0.1
0
0
0.3
-1.2
-0.8
-0.4
-0.1
-0.1
0
0
-0.3
(注)ブッシュ減税のうち、09 年におけるキャピタルゲイン・配当課税減税の影響。所得の低
い順に積み上げ(100%に近づくほど高所得)。
(資料)Tax Policy Center 試算(T05-292)により作成。
資産所得に対する軽減税制の是非は、識者の間でも議論の分かれる分野である 33 。これま
では、軽減税制に反対する識者でも、その廃止は政治的に困難であるという見方が少なく
なかった 34 。しかし、ファンド課税強化論の盛り上がりに象徴されるように、最近の米国
では、こうした政治的なハードルが低下している可能性がある(後述) 35 。
(2) 変わる風向き
税制改革の規模は大きくないにしても、「ブッシュ政権後」の経済政策を展望するにあ
たって、税制を巡る議論を取り巻く風向きが
図表18
変わりつつあることは見逃せない。
100
増税を視野に入れた累進性の強化という
最高税率の推移
(%)
90
のは、最近の米国の税制では珍しい動きであ
80
る。財政再建のために増税が実施された
70
個人所得税
60
1990 年代の初頭を除き、1980 年代以降の米
50
国の税制は、概ね最高税率を引き下げる方向
40
30
で推移してきた(図表18)。また、財政再
20
建とは関係のないタイミングで抜本的な税
キャピタル・ゲイン税
10
制改革が検討される際 36 には、歳入の増減や
0
1950
累進性の変化を伴わないこと(税収中立・分
1960
1970
1980
1990
2000
2010
(年)
(注)ブッシュ減税は 06 年、高所得層向け失効(年収 20 万
ドル以上)は 11 年。
(資料)Citizen for Tax Justice, Tax Policy Center 資料によ
り作成。
配中立)が前提とされてきた。
33
FRBのバーナンキ議長は、2007 年 7 月 19 日に上院銀行委員会で行われた公聴会で、軽減税制に対する
賛否両論を紹介した上で、「これは経済学の世界では非常に長い間にわたって戦わされている議論であ
る」と述べている。
34 2007 年 6 月 12 日のハミルトン・プロジェクトにおけるルービン元財務長官の発言など。
35 共和党のグラスリー上院議員は、ファンド・マネージャーが優遇されているとの認識を改善できなけれ
ば、キャピタルゲイン税率への支持は維持できないと警告している(Pethokoukis, July 11, 2007)。
36 1988 年の税制改革や、2005 年にブッシュ政権が検討した税制改革など。
14
図表19
民主党有力候補者の税制に関するスタンス
個人所得税率
ブッシュ減税
配当・キャピタルゲイン課税
ファンド課税
オバマ上院議員
年収25万ドル以上分は失効
キャピタルゲイン税=所得税並
み
ブラックストーン法案支持
クリントン上院議員
年収20万ドル以上分は失効
キャピタルゲイン税=最高税率
20%、配当課税=所得税並み
キャリード・インタレスト法案
支持
エドワーズ元上院議員
年収20万ドル以上分を廃止
キャピタルゲイン税=最高税率
28%
キャリード・インタレスト法案
支持
(注)エドワーズ候補は、個人所得税率について期限切れを待たずにブッシュ減税の高所得層向け部分を廃止する方針。
(資料)Andrews, April 2007(個人所得税率)、McTague, July 2007(配当・キャピタルゲイン課税)などにより作成。
米国の税制がこのように推移してきた一つの要因は、税制を巡る政治的な力学に求めら
れる。伝統的に米国では、増税や税制の累進性強化は政治的に不人気だとみられてきた。
米国人は上昇志向が強く、金持ちからの再配分を求めることにはそれほど熱心ではない。
むしろ「階級闘争」の色彩がある税制改革は、選挙では逆効果になるという見方である 37 。
実際に減税志向の強い共和党はともかく、民主党の政治家でさえも、1984 年の大統領選挙
で大敗したモンデール元副大統領以来、増税を明確に主張することは稀になっていた 38 。
しかし現在の米国では、とくに民主党の政治家が、増税を視野に入れた累進性の強化と
いう議論をかなり鮮明に打ち出している。例えば、2008 年の大統領選挙を目指している民
主党の有力候補者は、ブッシュ減税の高所得層向け部分の見直しを筆頭に、増税を視野に
入れた累進性の強化を極めて率直に主張している(図表19)。
こうした背景には、二つの政治的な環境の変化が存在すると考えられる。
第一に、最近の米国では、グローバリゼーションや所得格差の問題が大きな論点になっ
ており、税制に関しても、従来のような「成長」の観点からだけでなく、「分配」や「保
障」の側面から検討するべきだという機運が盛り上がっている 39 。自らも累進性の強化を
提案しているサマーズ元財務長官は、かつての米国のように所得の分配状況があまり変わ
らないような場合には、税制は「成長」を重視するのが当然だったが、最近の米国では生
産性と実質賃金の上昇度合いが乖離しており、これに応じて税制が目指すべき目標も変わ
ってきていると指摘する 40 。
また、こうした議論は、累進性の強化による直接的な「分配」手段として税制に注目が
集まるだけでなく、政府が積極的に「分配」や「保障」のための施策を展開するために、
新たな財源を確保する必要があるという議論にもつながってくる 41 。既に州政府では、増
税によって医療保険拡充の財源を確保しようとする動きが目立ち始めており、増税に対す
る拒否感が薄れているという指摘もある 42 。
37
Conda, April 2007
Klein, May 2007
39 安井(2007 年 6 月)。
40 2007 年 6 月 12 日に開催されたハミルトン・プロジェクトのセミナーにおける発言。
41 既に州政府では、増税によって医療保険を拡充しようとする州知事の提案が目立ってきており、
42 Prah, March 2007
38
15
第二に、ファンド課税強化論に象徴されるように、とくに超高所得層の境遇に対する世
論の反感が、税制に関する議論にも影響を与え始めている気配がある。
最近の米国では、ファンド・マネージャーやCEOの高給ぶりが指摘される機会が少な
くない。ファンド課税強化論の急速な盛り上がりも、ブラックストーン社の公開化などに
関連して、ファンド・マネージャーの飛びぬけた高給ぶりが広く報道されたことに触発さ
れた側面が強い。また、著名投資家のウォーレン・バフェット氏による「自分の税率は秘
書よりも低い」という発言も、繰り返しメディアなどに取り上げられている 43 。
これまでの米国では、高所得層を目の敵にするような税制は、必ずしも政治的に受け入
れられやすくはなかった。しかし過去の米国では、時に世論が高所得層の税負担増加を後
押しした事例がある。具体的には、20 世紀初頭の所得税の導入 44 や、1960 年代後半のAM
Tの制定 45 である。同じように、今回のファンド課税強化論の高まりに、高所得層への課
税に関する世論の著しい変化を指摘する向きもある 46 。
米国における税制議論が、増税や累進性強化一辺倒に傾いているわけではない。大統領
選挙に関しても、共和党の候補者は概ね減税路線の継続を支持している。しかし、近年は
避けられてきた増税や累進性強化という提案が公然と議論されていること自体が、ブッシ
ュ政権の終焉を前にして、政権の経済政策の象徴的存在だった税制についても、その風向
きが変わり始めている証なのである。
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Burman, Leonard E., William G. Gale and Jeff Rohaly, The Expanding Reach of the Individual Alternative
Minimum Tax, May 31, 2005
43
バフェット氏の場合、収入の多くの部分が配当やキャピタルゲインなどの投資収益であり、軽減税率の
対象になっているためだと考えられる。
44 Thomas et al, July 2007
45 1969 年に発表された 155 人の高所得者(当時の年収で 20 万ドル以上)が所得税を全く払っていなかっ
たという報告書への世論の強い反発が、AMTの制定につながった(Burman et al, May 2005)。
46 Ignatius, July 2007
16
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