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看護における業務委託 ―西豪州におけるエスノ

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看護における業務委託 ―西豪州におけるエスノ
The Journal of the Japan Academy of Nursing Administration and Policies Vol. 12, No. 2, PP 64-73, 2009
資料
看護における業務委託
―西豪州におけるエスノメソドロジー―
Delegation in Nursing―Ethnomethodology in Western Australia
コリー紀代
Noriyo Colley
Key words: Western Australia, delegation, ethnomethodology
キーワード : 西オーストラリア州,業務委託,エスノメソドロジー
Abstract
Development of medical technology has enabled people who are dependent on medical
equipment, such as respirators, to stay at home and has contributed to improve their quality of life.
However, the burden of their families has been gradually increasing as the family caregivers are
required to gain more and more knowledge and skills to care for their family members. This issue leads
the shortage of nurses that aggravates their working environment and affects the welfare of service
consumers as well as the care providing professionals.
In Australia, where the nurse shortage is as critical as Japan, the Nurses Board of Western
Australia commenced a project named “Scope of Nursing Practice Decision-Making Framework” in
2004. This research aims to show the reality of delegation within the context of Western Australian
nursing system. Serious discussion, however, is needed from a political aspect before the notion of
delegation is going to be introduced to Japanese nursing context. Four themes of discussion have
emerged from the research result, which are: Necessity of restricting the range of delegatable task;
Reduction of nurse direct care provision time; Dissemination of educational system; and Refusal rights
for delegatees.
要 旨
医療技術の発展は,人工呼吸器をはじめとする高度医療を必要とする人々が在宅で家族と共に療
養生活を送ることを可能とし,生活の質向上に多大に貢献した.その一方で,家族にとって気管内
吸引や経管栄養などの医療処置が負担になっているという問題も生じている.この問題は,看護師
不足によってさらに深刻化し,看護師の労働環境の劣悪さを招き,サービス利用者側の不利益だけ
ではなく,サービス提供者側の不利益にもなっている.我が国と同様に深刻な看護師不足に悩むオー
ストラリアでは,2004 年に西オーストラリア州看護協会が看護師による看護師資格のない者への
業務委託をする際の意思決定基準を採択し,実際に運用されるところとなった.そこで,本研究で
はエスノメソドロジーから得られた同州の看護業務委託の現状に基づいて,わが国に適用した場合
に起こりうる問題点とは何かを検討した.その結果,
「委託できる業務に範囲を定めるかどうか」
「看
護師による患者ケア時間の減少について」「教育制度の整備」「受託拒否権」の4つが業務委託を日
本で適用する際の課題と考えられた.
受付日:2007 年 9 月 12 日 受理日:2008 年 8 月 5 日
北海道大学大学院保健科学研究院創成看護学分野 Faculty of Health Science, Division of Comprehensive Development Nursing,
Hokkaido University
64 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009
Ⅰ.はじめに
ることを目的とする.
1.本研究が扱う問題
2.西豪州の業務委託基準の概要
医師・看護師不足がメディアによく取り上げられ
西豪州看護協会では 2004 年より SONP DMF プ
るようになるほどに,昨今のマンパワー不足はよ
ロジェクトを開始し,業務委託のための意思決定
り深刻なものになってきている.その原因のひと
マニュアルを保健医療福祉機関への配布と,看護
つとして,医療技術の発展があり,人工呼吸器を
協会ホームページに学習のための Learning Guide
はじめとする高度医療を必要とする人々が在宅で
の掲載や研修会を開催し,すでに看護師として活
家族と共に療養生活を送ることを可能とした.一
動している登録看護師へ周知した.同様に,看護
方で,病院や施設から在宅への移行は,サービス
師養成機関に対しては,看護学生を対象とした講
提供者側の視点で見ると,施設利用者の集中によ
義を組み込み,看護業務のあり方に対する既存の
る利点である利便性の喪失,在宅療養者が地域に
枠組みを修正していく作業を行っている.
拡散することによる移動距離の増加,地域あるい
1)業務委託とは
は僻地において看護の有資格者が少ないといった
西豪州看護協会(2004a)は業務委託を以下のよ
マンパワーの偏在という問題に直面している.具
うに定義している.
体例として,最近の我が国の在宅療養には,気管
「看護における業務委託とは,正看護師または
切開児の保育園通園や ALS 患者に対するヘルパー
助産師が患者ケアをほかのケア提供者に委託
の吸引などが問題視され,2005 年に日本看護協会
することであり,そのケア提供者は患者ケア
は「盲・聾・養護学校における医療的ケア対策マニュ
活動を安全に行うために適した教育,知識,
アル」をもって,養護学校に通学する重症心身障
ならびに技術を持っていなければならない.
がい児へ養護学校教諭が医療的ケアを行うことを
業務委託に関する意思決定は正看護師あるい
容認した.これは我が国初の業務委託基準である
は助産師が行うこととし,公衆 (public) の健
が,18歳人口の減少が看護師不足に拍車をかけ
康,安全,福祉を改善するために行われなけ
るということが懸念される中,施設においても,
ればならない.また,患者の状態変化に合わ
在宅においてもさらに業務委託の対象が広がって
せた定期的な見直しを必要とする.」
いくことが予測される.
このように,業務委託に関する意思決定は看護
我が国と同様に深刻な看護師不足に悩む西オー
師(RN)あるいは助産師が行うこと,またその
ス ト ラ リ ア 州 で は,2004 年 に 西 豪 州 看 護 協 会
根拠として公衆の健康,安全,福祉を改善する目
が「Scope of Nursing Practice Decision-Making
的であることが明確に規定されている.
Framework(SONP DMF)」を看護師による看護
2)業務委託と協働の違い
師資格のない者への業務委託をする際の意思決定
業務委託と協働は職種によって決定される.図
基準として採択し,実際に運用されている.日本
1に示したように一方向の場合もあれば,双方向
では看護とされている業務が,西豪州においては
に協働する場合もあるが,図の中の各資格に必要
Assistant in Nursing(看護助手)といった職種に
な教育的背景によって「業務委託」あるいは「協働」
委託されていた.また,西豪州看護協会は,業務
となる.
委託を看護師の専門的判断に基づく行為であると
3)業務委託の種類と範囲
し,Registered Nurse: RN には必須の専門的コン
業務委託は業務を委託する対象者別に,(1)看
ピテンシー(能力)としている.また,本研究では,
護師―看護師間,(2)看護師―准看護師間,(3)
委託に焦点を当て,同州の看護業務委託の現状に
看護師―他の専門職(医師や理学療法士,作業療
ついてエスノメソドロジーの手法を用いて紹介す
法士など)間,(4)看護師―無資格看護者間の
日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 65
REGISTERED
NURSE
GENERALIST
REGISTERED
NURSE
SPECIALIST
DELEGATION
COLLABORATION
D
CO ELE
LL GAT
AB
OR ION
AT
IO
N
N
TIO ION
GA AT
LE OR
DE LAB
L
CO
ENROLLED
NURSE
DELEGATION
COLLABORATION
COLLABORATION
COLLABORATION
DELEGATION
COLLABORATION
COLLABORATION
OTHER
HEALTH
PROERSSIONALS
UNREGURATED
CARE PROVIDER
© Nurses Board of Western Australia and Sir Charles Gardner Hospital.
Adapted from Queensland Nursing Council (1998) and Clinton (2001).
Collaboration :協働
Delegation:業務委託
図1:業務委託と協働の違い(西豪州看護協会の許可を得て転載)
4 種 類 に 大 別 さ れ る(Nurses Board of Western
外のどんな業務も,以下に説明する意思決定樹に
Australia, 2004b).
従っており,再委託しないという条件をクリアし
西豪州看護協会(2006)による業務委託の基準
ていれば委託可能であり,看護師が下す決定の範
では,「アセスメントデータの解釈」「看護計画の
囲を限定せず,権限を持たせているところが特徴
立案」と「患者 / 消費者 / 利用者(以下,患者と
である.
する)の反応の評価」の3つを,看護師の資格を
持たない者へ委託不可能な看護業務であるとして
4) 意 思 決 定 樹 (Nurses Board of Western
Australia, 2004b)
いる.そして,一度委託された業務を再度委託す
業務委託における意思決定の流れとしては,第
ることを禁じている.また,個々の看護行為を法
一に,看護師は患者をアセスメントし,必要な
規に定めず次のような意思決定樹を作成し,業務
看護ケアを決定する.看護師資格を持たない者が
委託の決定をした看護師にその説明責任があると
それを行う際に,安全に技術を提供する能力があ
している.言い換えれば,上記 3 つの看護行為以
るかについてアセスメントを行う.第二に,その
66 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009
行為が関係法規で許された行為であるかの判断を
Ⅱ.研究方法
する.最終的に,委託した場合の結果とその臨床
的根拠について考慮し,すべての条件を満たした
1)研究デザイン
場合にのみ業務委託が実施される.これら 3 つ
エスノメソドロジー
のプロセスのひとつでも不適合があれば,委託
2)研究対象
せずに管理者等にアドバイスをもらうことが求
西豪州の障がい者施設と高齢者ナーシングホー
められており,意思決定した看護師は説明責任
ムの 2 施設をコンビニエンス・サンプリングで選
(Accountability)を有する.ここでの注意点は,
1992 年に制定された看護法(Nursing Act 1992)
択し,各施設で提供される看護を観察した.
3)研究期間
の第 50 節には,看護師以外の者へ看護行為を委託
2005 年 7 月∼ 2006 年 1 月までの 6 ヶ月を西豪
することを禁止する一文がある点である.これに
州の障がい者施設にて,2005 年 12 月の 1 ヶ月を
対し西豪州看護協会は,看護師にしか出来ない行
高齢者ナーシングホームにて参加観察した.
為を上述の「アセスメントデータの解釈」「看護計
4)研究者の役割
画の立案」と「患者 / 消費者 / 利用者(以下,患
研 究 者 は Carer,Assistant in Nursing( 共 に
者とする)の反応の評価」とし,これら 3 つの行
看護助手)として勤務,あるいは,看護学生と
為を委託しないことで法との整合性を保っている.
し て 実 習 中 に「 完 全 な 参 与 者 」( 箕 浦 ,1999) と
し て 観 察 を 行 っ た. 観 察 の 視 点 と し て,Willis
の Sociological Imagination Template(Germov,
2003)を採用し,社会的見地から際立った特長を
次の4つのフェーズで記録した.歴史的フェーズ
ASSESSMENT
Have the needs of the person been assessed by
a registered nurse and is the unregulated care
provider competent to undertake the activities?
LEGALITY
Is the delegation permissible under relevant
legislation?
YES TO ALL
NO TO ANY
CLINICAL ASSESSMENT
Have I considered consequences of my
decision to delegate and is there a clinical
rationale for me to proceed?
PROCEED
SEEK ADVICE
© Nurses Board of Western Australia and Sir Charles Gardner Hospital.
Adapted from Queensland Nursing Council (1998) and Clinton (2001).
図2:意思決定樹(西豪州看護協会の許可を得て転載)
日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 67
では,施設開設時の様子や豪州における看護関連
Ⅲ.結 果
法の変遷等について,文化的フェーズでは,看護
師が豪州においてどのような役割を期待されてい
る存在なのかについて,構造的フェーズでは,看
護管理者を含めたサービス提供体制と指示系統に
1.業務委託の参加者 ( アクター ) が担って
いた役割
医師,専門看護師,看護師,准看護師,看護助手,
ついて,そして批判的フェーズでは,研究者の日
施設利用者それぞれの観察された役割と,観察結
本における臨床経験との差異からみえる豪州にお
果に基づいて再構成した組織図を用いて詳述して
ける看護の長所と短所について意図的に観察した.
いくこととする.
5)分析方法
実習中・勤務中は手掌サイズのメモを取り,実
(1)医師の役割
両施設では,状態の安定した人が生活の場とし
習・勤務終了後,記憶が新しいうちにフィール
て利用しているため,医師は常駐していなかった.
ド記録を残しデータとした.集められたデータは
医師は隔週あるいは毎月施設を訪問し,施設利用
Spradley が導き出したエスノグラフィーの 11 ス
者から健康に関する相談を受けることや,看護師
テップ(Speziale & Carpenter, 2003)に従い,参
(RN)からの報告を受けてインスリン量を変更す
加観察,エスノグラフ的記録,叙述的記録,ドメ
る指示を出すことなどを主な仕事とし,訪問日以
イン分析,フォーカス観察,言語的観察,選択的
外の日には自らが勤務する診療所・病院に所属し
観察,因子の分析,文化的テーマの発見,そして
ていた.そのため,施設内では看護師が多くの患
エスノグラフィーの順に記録した.関連法規につ
者の健康に関わる責任を負っていた.看護学生が
いては,文献検索によりデータを収集した.分析
インスリン量の間違いを RN に指摘すると,RN は
中に起こった疑問点は,次回の観察時に注意深く
医師の訪問日ではなかったため電話で医師に報告
焦点化して観察し,それでも解決できない点は,
し,指示量の変更をしていた.
西豪州看護協会のプロジェクト担当者に E-mail で
連絡,確認した.
(2)看護師の役割
障がい者施設では,専門看護師の位置は管理職
6)倫理的配慮
側寄りであった.医師の訪問時には,看護師(RN)
当該施設や関係者の匿名性を確保し,フィール
が利用者について報告し,指示受けをしていた.
ド記録を公表しないこと,観察は看護業務の委託
その看護師(RN)から専門看護師(CNS)に報告
に関わる内容のみであることを確認し,当該施設
することはなく,専門看護師は主に勤務表の作成,
長の承諾を得た.研究の問いを①豪州における業
事務,面接等の管理業務を行っていた.看護師は
務委託による効果と問題点にはどのようなものが
与薬やインスリン注射,パウチ交換等の医療処置
あるのか,②わが国の法規及び看護制度の視座か
を主に行い,時間帯で集中する食事介助は看護助
ら検討した場合,業務委託を日本に導入可能かど
手を手伝うという形で実施されていた.食事介
うかの2点とし,観察を長期間続けることによる
助,体位交換や車椅子への移乗などは看護助手業
目的のずれがないよう配慮した.データ収集は分
務とされ,完全に分業されていた.ある看護師が
析と同時進行で行われ,データの飽和が見られる
看護助手にベッドから車椅子への移動を委託しよ
まで継続した.データの信頼性を担保するトライ
うとしたが,4 人の看護助手に断られ,約 30 分後
アンギュレーションとして,フィールド記録以外
にようやく一人の看護助手に委託していたことが
にも西豪州看護協会作成の資料等,複数の情報源
あった.一方,高齢者ナーシングホームでは,専
を活用した.
門看護師が褥瘡の処置などの直接ケアに携わりな
がら看護師と協働する場面が観察された.看護師
と准看護師の仕事内容は麻薬の管理以外に違いは
68 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009
Director
施設長
Nurse Manager
看護管理者
Clinical Nurse
S pecialist ( CNS )
Visiting Doctor
訪問医
Registered Nurse
看護師
Enrolled Nurse
准看護師
Hotel Service
Physiotherapist
ホテルサービス科
理学療法士
Dietician
栄養科 (外注 )
Physio Assistant
理学療法助手
Carer
看護助手
図3−1:障がい者施設の組織図
Director( Nurse )
施設長
Clinical Nurse
Specialist ( CNS )
Registered Nurse
正看護師
Occupational
Therapist ( OT )
Enrolled Nurse
OT Assistant
准看護師
作業療法助手
Visiting Doctor
訪問医
Hotel Service
Dietician
ホテルサービス科
栄養科
Assistant in Nursing
看護助手
図3−2:高齢者ナーシングホームの組織図
日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 69
無かった.看護師も准看護師も食事介助等にも積
利を守るために重要であるという見解が,施設全
極的に関わり一人ひとりの利用者の把握に努めて
体に浸透していた.第三には,利用者は日常生活
いた.しかし,障がい者施設と同様に,与薬や注
動作の程度によって,施設内で受付,事務などの
射等の医療処置を主な業務としており,体位変換,
役割を分担していた.看護助手から提供されるケ
おむつ交換等の療養生活の援助は看護助手の仕事
アにより,気に入った CD を焼くなどの趣味を楽
とされ,看護師は看護助手に,褥瘡の処置が必要
しむこともできていた.
な場合,おむつ交換時に連絡するよう指示してい
た.
(3)看護助手の役割
オーストラリアでは,病院や障害者施設で勤務
する看護助手が,日本の「看護行為」に該当する
2)業務委託の効果と問題点,日本との相違点
について
以上の実際に観察されたことを元に,業務委託
の効果と問題点,そしてその矛盾点(コンフリクト)
について抽出,表1を作成した.
医療行為を行うことが認められている(伊藤 , 佐藤,
2005).例えば,看護師(RN)が無資格看護者に
その能力があると判断した場合,その無資格看護
Ⅳ.考 察
者は看護師あるいは准看護師(EN)の監督下で,
膀胱婁のガーゼ交換,軟膏処置,排尿を促すため
の腹部タッピング(tap & express),座薬の挿入,
グリセリン浣腸,看護師が準備した内服薬の与薬,
1.業務委託の効果・問題点と矛盾について
(表1)
業務委託の政府側の利点には,「看護師不足対
点眼,経鼻在宅人工呼吸器(CPAP 等)の着脱と
策 と な る(Staunton & Chiarella, 1997)」「 少 な
いった医療行為を実施しており,業務委託した看
い教育コストでケアの提供が出来る(Sullivan &
護師によって評価・継続の意思決定がなされること
Pecker, 2005)」ことが挙げられ,問題点としては
になっていた.必然的に,シャワー浴等の保清業
「ケア提供者数の増加による全体でのケアの質低下
務に伴う患者の皮膚の観察・簡単なアセスメント
(Sikma & Young, 2001)」「業務受託者の教育制度
(RN への報告の必要性の判断)も看護助手の業務
の未整備」がある.法などで看護師のみが行える
とされていた.しかし,摘便に関しては看護師の
業務や,委託できる業務範囲を定めることも,教
仕事とされており,あからさまに嫌がるような言
育にかかるコストを抑制するための手段として有
い方で「Can I have your gold finger?」と EN に
効であると考えられるが,質保証の点で考えた場
頼んでいる看護助手がいた.
合に,柔軟性がないなどの不利な点もある.
(4)患者(施設利用者)の役割
次に,雇用者側の利点としては,「看護師よりも
障がい者施設で利用者は,施設サービスの利用
安い労働力の使用が可能」ということが最大のメ
者としての責任,義務を持っていることが観察さ
リットになると考えられる.被用者個人のキャリ
れた.具体例として,第一に「利用者会議」の存
ア発達を個人の責任とするのであれば,教育期間
在がある.毎月一回,サービスの内容や今後の方
の短い者を低賃金で雇用することに倫理的な問題
向性について,利用者のみで会議が開催され,そ
はない.加えて,単純労働を業務委託することに
の結果が施設長の元へ届けられるという仕組みが
より,
「プロダクティビティ(生産性)の向上」「モ
あった.第二には,患者が直接ケアを受ける際に,
チベーションの向上」(Isonard & Thiessen, 2006)
自分の嗜好を伝えられることである.障がい者施
という人材配置の観点からの利点もある.ただし,
設では,ケア提供者に依存するのではなく,自分
業務委託の範囲が不明瞭であった場合には,分野
がどのようなケアを受けたいかという意見や要望
ごとに違う技術が必要とされるため,人員移動の
を表現する機会が与えられているのは,患者の権
たびに技術指導を行うことが病院(施設)側の負
70 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009
表1 業務委託の効果・問題点と矛盾
効 果
問題点
矛 盾(コンフリクト)
看護師不足対策になる
ケアを提供できる人数の増加により,ケアの質
の低下が懸念される
医療費高騰の抑制政策になる
利用者数の増加により,医療費抑制にならない
恐れがある
利用可能な労働力が分配できる
限りある人的資源の適切な分配方法確立の必要
性
少ない教育コストで充分なケアの提供が出来る
看護助手教育方法・予算化の検討が困難
看護師よりも安い労働力の使用が可能になる
ケアの質が向上しない恐れがある
政府
管理者
仕事が集中したときに,すばやく対応できる
(雇用者)
経験と能力を持った人材を,その現場に合わせ
て配置できる
臨床で必要な教育を受けていない人に対する教
育コストがかかる
委託できる業務に範囲が
定められていない
自律性が向上する
ケア提供の回数が減ることによるスキル低下の
恐れ
専門的判断機会が増加する
判断を誤るリスクが高まる
看護実践の範囲をコントロールできる
看護実践の範囲のコントロールを失う危険性が
ある
委託できる業務に範囲が
定められていない
受託先を探すという手間が増え,最初から自ら
が行うよりも時間がかかることもあり得る
看護助手が委託されるこ
とを拒否する
ケア時間の短縮によって,より高度な職務の遂
行に専念できる
看護師数が充実し,失業することも起こりうる
患者ケア時間の減少
新しい実践モデル開発のための時間が作れ,ケ
アの質向上が期待できる
ケアの質評価が複雑になることにより,ケアの
質保証が困難になる
ケアの質の変化
専門職
(看護師) 委託される側である看護助手にもある程度の責
任があるため,説明責任のみを負う
どこに住むことがその人
の QOL を高めるのかは
人それぞれである
施設あるいは在宅など,選択肢の増加が期待さ
れる
経済的である
サービス
家庭内ケア提供者の過労防止ができる
受給者
(患者・利
タイムリーで便利なケアが提供される
用者等)
充分な人員が配置されることで,安全性の確保
ができる
頼めるケアの種類が増える
受託者
(看護助
手)
委託できる業務に範囲が
定められていない
事故の確率が高まれば不経済である
事故の可能性
事故の確率が高まる恐れがある
安全なケアを受ける権利
教育を受けていないのに看護助手がケアを実施
してしまう
委託できる業務に範囲が
定められていない
報酬に見合わない仕事を請け負ってしまう恐れ
がある
委託できる業務に範囲が
定められていない
資格にとらわれずに,家族介護など自分の経験
を生かした職場で働くことが出来る
さまざまな仕事の中から,自分の能力に合わせ
た仕事を選択することが出来る
担となることが予想される.
し回る」ことが確認された.ケアの量を確保する
看護師側の利益には,専門職として業務委託を
ための業務委託には,看護師しか実施できない管
する意思決定や判断の機会が増えること(Yoder-
理業務のためにケア提供時間が短くなってしまう
Wise, 2003),看護実践の範囲をコントロールでき
矛盾をはらんでいた.
ること(Parsons, 1998),がある.しかしながら,
患者側の利点としては,在宅または施設という
文献から「ケア提供の回数減少によるスキル低下
選択肢の増加,経済的,ケア提供者の過労防止等
の恐れ」(Sikma & Young, 2001)があることや,
が挙げられる.しかし,ケアの質低下による医療
本調査中には「受託先に断られる」,「受託先を探
事故等のリスクの増加が懸念され,リスクを回避
日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009 71
するための入念な準備,看護師以外の者が実施す
なる不利益がある.豪州の例のように,看護師の
ることの患者・家族の了承を得るプロセスが必須
独占業務を定め,限りある人的資源の中でどう最
であると考えられる. 高のケアを提供するかという視点を持つべきでは
最後に,看護助手をはじめとする受託者側の利
ないかと考えられる.横沢(2004)は,責任・権限
益には,資格にとらわれず家族介護等の経験を生
のあいまいさと日本的文化は,すべての関係者が
かした職場に就職できる可能性がある.反面,施
同じ仕事をするという社会の上では有効な戦略で
設内における社会的立場の弱さから,報酬に見合
はあったが,現在のようにさまざまな職種が関わ
わない危険な仕事を請け負う恐れがある.専門職
る仕組みの中では,かえって混乱を招きかねない
としての判断に基づいて業務を委託する以上,看
としている.委託可能な業務を制限し,限りある
護師は受託者の報酬に対する適切な基準を策定す
人的資源の効果的な分配についての活発な論議を
る等,配慮する必要がある.また,本研究でも,
行うことが必要と考えられる.
委託可能な範囲に統一的基準がないことで,ヘル
(2)患者ケア時間の減少についての議論
パーの委託業務拒否等,施設内での混乱も観察さ
看護師が委託をすることにより,反復的で容易
れた.看護師や看護助手に対する必要な教育の不
なケアを看護助手に任せることが出来るという反
明瞭さ,看護師個々人の業務委託技術の相違は,
面,ケア提供の回数が減ることにより,スキルが
同業者内で不平等感を生じる可能性が推測された.
低下してしまう恐れがある.この問題点の解決に
以下,業務委託を我が国に導入する際に起きう
る議論について検討した.
(1)委託できる業務に範囲を定めるかどうかの
議論
西豪州の州法である Nursing Act 1992 は,看護
ついては,上記のような,看護師として社会に貢
献できることとは何かを明らかにし,優先順位を
決定することが先決と思われる.
(3)教育制度の整備
「看護と法」という著作の中で山内(2004)は,
師以外の者へ看護行為を委託することを禁じてい
重症心身障がい児(者)をはじめとした在宅医療
る.これに対して,同州看護協会は独自の法的解
機器を使用する患者のケアを家族が行い,有償ボ
釈として以下の文を公表し,「アセスメントデータ
ランティアに家族が指導しているケースについて,
の解釈」「看護計画の立案」と「患者 / 消費者 / 利
有償ボランティアに対する指導について,素人で
用者の反応の評価」以外の業務委託を認めていた.
ある妻に責任を帰するのは厳しいとし,「患者の妻
(豪州では,看護協会が看護師の登録業務を行って
が有償ボランティアを十分に指導しえたとしても,
おり,州の看護協会で登録された看護師の質保証
最終的には看護師にボランティアを直接指導すべ
についての責任がある.そのため,日本の看護協
き法的責任がある」と述べている.本研究結果で
会の持つ権限とは大きく異なる.)
ある西豪州の現状においても,看護業務を委託す
What constitutes "nursing/midwifery" care
る際には看護師が教育するべきであるという見解
varies depending upon the specific context of
が導かれ,そのための的確な患者基準や受託者で
practice and the RN or RM's assessment of
ある看護助手に対する教育制度の整備の必要性が
individual needs.「何が看護とされるかは実践
示唆されている.委託業務の教育に関する責任の
内容や患者ニーズのアセスメント内容により
所在は看護師にある,という共通見解の醸成が必
多様に変化する」(Nurses Board of Western
須と考えられる.
Australia, 2004a)
(4)受託拒否権
委託可能な業務の制限には,教育の目標設定が
看護職が委託をする際の注意点は,看護助手の
容易になるという利点がある一方で,専門的判断
社会的立場の弱さである.同じ分野で働く労働者
機会を奪うため,看護師の自律性向上の歯止めと
として,不当な扱いを避けるよう配慮できるのは,
72 日看管会誌 Vol. 12, No. 2, 2009
その内容を知る看護師だけである.専門職能とし
ても,委託した業務にどの程度の経済的評価がな
されているか,もっと敏感にならなくてはならな
い.また,看護の提供には教育が不可欠と強調し
続けなければ,看護が誰にでもできる技術と誤解
されてしまう危険性がある.そうなれば,看護助
手が単に看護師よりも安い労働力として利用され,
看護行為は今後も3K(きつい,汚い,給料が安い)
のレッテルから逃れられないだろう.看護助手が
業務を受託する場合には,受託拒否権を行使でき
る職場の雰囲気,上司となる看護師とのアサーティ
ブな関係作りなどの職場環境が課題と考えられる.
Ⅴ.結 語
業務委託をすでに実施している国からの貴重な
情報は,我が国において業務委託を選択肢とする
際に有用である.本研究の限界としては,文化的,
政策的背景の異なる他国の観察結果であり,業務
委託を我が国でそのまま適用できない点が挙げら
れる.しかし,すでに 2007 年 12 月の看護協会ニュー
スで,「委託」が「専門的職業人として看護職に必
要な能力の全体像」として追加された.我が国の
看護職は,患者の安全なケアを受ける権利を守る
ため,本研究から得られた 4 点である,「委託可能
な業務範囲」,「看護師の患者ケア時間減少への対
応」,「教育制度の整備」,そして「受託拒否権」に
ついての議論を始める時期であるといえる.豪州
においても業務委託は新しい試みであり,試行錯
誤を続けているところでもある.日本と豪州両国
での法的・制度的動向にさらに注目し,我が国に生
かすだけではなく,豪州へ日本からの提言できる
よう,注意深く洞察を続けていくことを今後の課
題としたい.
謝辞:本調査に協力してくださった施設の皆様に深
く御礼を申し上げます.
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