...

子会社役員などへの親会社ストック・ オプション付与と親子会社関係

by user

on
Category: Documents
1

views

Report

Comments

Transcript

子会社役員などへの親会社ストック・ オプション付与と親子会社関係
論
文
子会社役員などへの親会社ストック・
オプション付与と親子会社関係
墨 昌芳
宮崎産業経営大学
竹口 圭輔
法政大学
武智 一貴*
法政大学
日本の企業にとって、親会社が子会社を擁してグループ経営を行うことは重要な
経営形態である。本稿では、2001 年の商法改正以後可能となった、子会社役員など
を対象とした親会社ストック・オプションの付与とグループ経営との関係について
分析する。具体的には、親会社ストック・オプションの子会社役員などに対する付
与の決定要因を推定した結果、同オプションは親子会社の利害不一致が大きくなる
ほど、親会社の子会社への売上依存度が強くなるほど付与される傾向にある点が明
らかになった。また、過去に付与したことのある企業は再び付与する傾向に加え、
先行研究と同様、子会社に対するモニタリング費用・親会社におけるキャッシュ制
約の問題への対処としても、同オプションの付与が行われる点が確認された。
1. はじめに
日本ではストック・オプションに対する企業側のニーズの高まりと共に、1997 年の議
員立法に基づく商法改正でストック・オプション制度が解禁された。それにより、同年
6 月から自己株式方式、また同年 10 月からは新株引受権方式によるストック・オプショ
ンの付与が可能となった。その後、2001 年 11 月の商法改正(02 年 4 月 1 日施行)によ
り、ストック・オプション制度は新株予約権という新概念のもと、それまでの自己株式
方式と新株引受権方式を統合した制度として再構築された。そして、同制度下において、
それまで自社の役職員に限定されていたストック・オプションを子会社などの役職員や
本稿の作成にあたり、本誌匿名レフリー、小椋正立氏、宮島英昭氏、菊谷達弥氏、高橋理香氏、柳川範之
氏、胥鵬氏、日本経済学会2010年度春季大会、早稲田大学グローバルCOE企業統治研究会、及び法政大学比
較経済研究所での研究会の参加者から有益なコメントを頂いた。これらの方々に感謝の意を表したい。本研
究は(独)日本学術振興会科学技術研究費(22330089, 21730205)の助成を受けたものである。
* (連絡先住所)〒194-0928 東京都町田市相原町4342 法政大学経済学部
(E-mail)[email protected]
日本経済研究 No.67,2012.7 39
外部の第三者へ付与することが可能となった1。一方、06 年 5 月の会社法の施行に伴っ
て新たな会計基準の適用も開始され、その後付与されたストック・オプションはすべて
費用計上の対象となった。このように、ストック・オプションを巡る諸制度は、基本的
に企業側に柔軟な運用を認める一方で、情報開示を強く求める方向で整備されてきてい
る。
実際、日本企業におけるストック・オプションの実施状況は増加傾向にあり、制度改
正の影響は大きいと考えられる。特に重要な点として、01 年の商法改正以後可能になっ
た子会社役員などへのストック・オプション付与や、株式報酬としての1円ストック・
オプションがある。これらは日本に特徴的なストック・オプション形態と考えられるが、
それらユニークなストック・オプション形態の要因や影響についての研究はまだ行われ
ていない。本稿では、子会社役員などへのストック・オプション付与の要因を検証する。
その理由は日本企業の特徴の一つに他国と比べて親会社傘下にきわめて多くの子会社
を擁している点である(下谷, 2006)
。本稿の分析期間(02 年から 06 年)においても、
ソニーや日立製作所のように連結子会社が 1,000 社を超える企業が存在するなど、親会
社にとって子会社は無視できない存在となっている。また、経済産業省の『企業活動基
本調査』によると、07 年度末時点で全体の 41.9%の企業が少なくとも1社の子会社ま
たは関連会社を保有している。親会社が子会社を擁してグループ経営を行うことは一部
の大企業に限らず、数多くの日本企業に当てはまる重要な経営形態となっている2。
本論文は、親子会社関係におけるインセンティブおよび報酬に関する重要な問題であ
る、子会社役員などへのストック・オプション付与の要因を検証する。01 年の商法改正
以前は、子会社役員などによる役務提供に対して、親会社から直接に報酬が支払われる
場合は稀であった。しかし、本稿の分析対象となる、子会社役員などに対する親会社ス
トック・オプションは親会社に対する役務の報酬として付与されており、インセンティ
ブと報酬に関しての新たな問題を提起していると考えられる3。企業が子会社役員などに
対するインセンティブを付与する決定要因を分析することは、親子会社関係の下でのイ
ンセンティブ・報酬の問題を考える上で基本となる。これまでのストック・オプション
1
「子会社等の役職員」には、子会社及び関連会社の取締役、監査役、執行役員、従業員、契約社員などが含
まれている。詳細は第 3 節を参照。
2
青木・宮島 (2011)は企業のグループ化の変遷、およびグループ経営の重要性が増大した点を述べた上で、子
会社への分権度に応じたモニタリングの欠如を指摘している。
3
例えば、江頭(2009)は子会社役員等に対して親会社が役務提供の対価として報酬を支払う例は乏しいため、
ストック・オプションのみにそのような解釈は困難であり、親会社株主総会での特別決議を経る必要性が指摘
されている。本稿は、親会社ストック・オプション付与の具体的な手続きには触れないが、子会社に対するス
トック・オプション付与が可能になったことで、親子会社関係のガバナンスに関するインセンティブ付与が可
能になったと考える。
40 日本経済研究 No.67,2012.7
付与の要因と影響については、米国企業のデータを用いたモニタリングやインセンティ
ブ要因を分析した研究が多い。米国企業における取締役報酬の大部分をストック・オプ
ションが占めて来た事実からも、その経営インセンティブなどに与える重要性は高いと
考えられている。日本におけるストック・オプションの導入要因については、Kato et al.
(2005)、Nagaoka (2005) や Uchida (2006) などの研究がある。これらの研究の焦点は、
ストック・オプションの導入自体であり、タイプごとのストック・オプションの導入要
因については詳細に検証されておらず、本研究にはその点で貢献があると考えられる。
親会社と子会社関係については、伊藤ほか (2003) が、子会社へのモニタリングにつ
いての理論的仮説を考察し、アンケートデータを基に親会社が子会社経営者のコントロ
ールを通じて子会社へのモニタリングを強める要因を分析している。しかしながら、親
子関係(親子会社間の依存度)とモニタリング強度に焦点が当てられており、報酬スキ
ームに関する分析は行われていない。モニタリングと報酬体系に関しては、Prendergast
(2002) が示したように、不確実性が高くモニタリングが困難な環境下にあるエージェ
ントに対しては、権限を委譲し業績連動型報酬を付与するのが最適である。ゆえに、あ
る程度権限を委譲されていると考えられる子会社経営者について、インセンティブを業
績連動型にすることが考えられる。しかし、そこでは親会社と子会社の関係性の強度が
考慮されていない。従って本研究では、親会社ストック・オプションの子会社役員など
に対する付与の決定要因を検証することで、以上の研究を補完することを試みる。
本研究で焦点を当てる親子会社関係とストック・オプション付与インセンティブにつ
いては、日本の多くの親会社が事業持ち株会社であることから、親会社子会社間での取
引の重要性が考えられる。伊藤ほか(2003)が述べているように、子会社が親会社に依
存せず交渉力が強い場合、親会社との関係特殊的(親会社以外との取引には価値がなく
なるような)投資を行うか汎用的な投資を行うかの選択の際に、前者が採用されない可
能性がある。従って、子会社に親会社の意向に添わせるため、子会社ストック・オプシ
ョンのような子会社の業績に直接連動した報酬体系ではなく、親会社の業績に連動した
報酬体系として親会社ストック・オプション付与が考えられるのである。また、グルー
プ全体での連結決算の業績を考慮した場合、子会社の売上に対する貢献への依存度が重
要になる。なぜなら、多くの売上を子会社に依存している場合、子会社にグループ全体
の業績改善を指向したインセンティブを与えることが、親会社として必要になるからで
ある。本研究では、親子会社関係の交渉力・利害不一致・親子会社関係の依存度の問題
について、親会社ストック・オプションがインセンティブ付与による問題解決手段とし
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 41
て用いられる可能性を分析する4。
本研究は、02 年から 06 年までの東証一部上場企業で子会社を保有している企業のデ
ータを用い、子会社役員などに対する親会社ストック・オプション付与の要因分析を行
った。本推定から、親子会社の依存性の強度が、子会社へのストック・オプション付与
に影響を与えている点が明らかになった。特に、親子会社の利害不一致の程度が大きい、
あるいは親会社の子会社への依存性が大きい時に付与されやすいことが判明した。これ
らは、親子会社関係において、ガバナンス・インセンティブ付与を目的としたストック・
オプションが付与されていることを示唆している。
本稿は先行研究で考慮されてきたストック・オプション付与要因についても検証した。
それらは、親子関係を捉える際のコントロール変数としても重要である。推定の結果、
モニタリング仮説と整合的に、規模の大きな企業でストック・オプションが付与される
傾向が判明した。また、キャッシュ制約が大きいほど、業績が良いほどストック・オプ
ションが付与されるといった、先行研究と同様の要因も影響している。そして、その付
与には状態依存性があり、過去に付与した経験のある企業は今期も付与する傾向にある。
この点は、ストック・オプションのような金融・会計の新たな知識を必要とするインセ
ンティブ方法については経験の影響が大きいことが確かめられたといえる。
本稿の構成は以下の通りである。次節において、子会社役員などに対して親会社がス
トック・オプションを付与する要因についての仮説を紹介し、第 3 節が本研究で使用す
るデータを紹介し、第 4 節はデータを用いた実証分析の枠組みを述べる。第 5 節で推定
結果を示し、最終節で結語を述べる。
2. 仮説
親会社が子会社との関係を強化し、親会社の意向に添わせるインセンティブは、親会
社の子会社に対する依存度が強い場合や、利害の不一致の問題が深刻な場合に発生しう
る。伊藤ほか (2003)が指摘するように、関係特殊的投資を行わないなどの可能性や、
Aghion and Tirole (1997)のような利害不一致の問題は、親会社の業績と報酬の連動性
を高めることで回避されうる。ここでは、内部取引割合が少ないほど関係特殊的投資な
どの決定について利害不一致の問題が起こりやすいため、親会社ストック・オプション
4
Itoh et al. (2008) は、親会社による子会社統治の手段、特に権限委譲とアカウンタビリティ(説明責任)
の補完関係およびモニタリングとの関係を検証している。本稿は、Itoh et al. (2008) がアカウンタビリティ
の手段として考えている報酬形態のうち親会社ストック・オプションに焦点を当て、子会社統治におけるイン
センティブ付与の決定要因を、モニタリングや権限委譲の要因もコントロールした下で検証した点に貢献があ
る。
42 日本経済研究 No.67,2012.7
は付与されやすいと考える5。
また、親子会社の依存度は、子会社業績の親会社業績に対する影響が大きい場合に依
存度が強いと考える。従って、親会社に対する子会社の関係強度指標として、売上に関
する連単倍率を用いる。すなわち、連単倍率が高いほど、子会社に親会社と同様の経営
目標を持つインセンティブを与える必要が高まるため、ストック・オプション付与の傾
向が高まる。
仮説1 親会社と子会社の利害不一致が大きくなるほど、また、親会社の子会社に対す
る依存度が大きくなるほど、親会社ストック・オプションが付与されやすい。
親子会社関係の経営インセンティブの観点からは、その他の業績連動型報酬体系も考
えられる。キャッシュを伴う連動型報酬ではなくストック・オプションが付与される要
因として、キャッシュ制約を考慮する。また、企業が多額の有利子負債に直面する場合、
経営者はよりリスクの高い行動を取るインセンティブがあるため、ストック・オプショ
ンを付与しやすいとも考えられる。本稿は、企業の資本構成を負債資産比率でコントロ
ールし、企業の直面するキャッシュ制約およびリスク選好の点を借入金から現金を引い
た純負債により考慮する。
仮説 2 キャッシュ制約に直面している企業は親会社ストック・オプションを付与しや
すい。
また、親会社ストック・オプションの付与について、モニタリング要因を考慮に入れ
る。第1節でも述べたように、Prendergast (2002) はモニタリングが困難な場合に、
権限を委譲し業績連動報酬を採用することが最適な報酬スキームになる点を示した。す
なわち、経営者パフォーマンスのモニタリングが困難な場合には、企業全体の指標を用
いてモニタリング費用の問題に対処していると考える。先行研究によると、モニタリン
グ費用が大きな大企業ではストック・オプションが用いられる(Core and Guay, 2001)。
従って、連結企業規模(総資産)を用いて企業全体の規模を測ることによりこの点を分
析する。また、ストック・オプションによるインセンティブ付与ではなく、子会社株式
を所有することで子会社のモニタリングを行うことが考えられる。ここでは、グループ
5
逆に内部取引割合が高いと、親会社により課されるマージンに加え、子会社によるマージンが発生する二重
マージン(double marginalization)などの問題により親子会社間に利害不一致が生じる可能性もある。一方、
外部市場との取引が大きくなるにつれて、子会社は親会社との取引においてのみ価値を持つ関係特殊的投資を
行わなくなる。本稿は、内部取引に関して後者の影響がより強いものと考えている。詳細は、Tirole (1988,
第 4 章) , ミルグロム・ロバーツ (1997,第 16 章)を参照。
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 43
全体のガバナンスの意思決定を検討するため、親会社によるグループ子会社の株式保有
割合を考慮する。連結子会社・非連結子会社・関連会社のうち、連結子会社は 50%超の
株式保有もしくは 40%以上の株式保有により実質支配している子会社である。そこで、
全子会社に占める連結子会社の割合、すなわち実質支配子会社割合をグループ全体での
子会社株式所有割合の代理変数としてモニタリングを考慮する。
仮説3 連結企業規模が大きい場合に親会社ストック・オプションが付与されやすいが、
子会社株式を所有するほどストック・オプションは付与されにくい。
加えて、多くの先行研究は考慮していないが、日本企業のストック・オプションの導
入に関して、状態依存性(state dependence)の可能性も本稿は考察する。すなわち、
一度ストック・オプションを付与した企業は、ストック・オプションに関する何らかの
知識を得て、その後に再び付与する費用が低くなる可能性がある。このような付与経験
の考慮は、ストック・オプション付与の動学的パターンの解明に必要である。従って、
ストック・オプション付与の1期ラグを用いて過去(経験)の影響をコントロールする。
仮説4 過去に親会社ストック・オプション付与を行った企業は今期も付与する傾向に
ある。
本稿は親子会社関係に焦点を当てるが、先行研究で考慮された様々な要因についても
考慮する。例えば、リスクが高いほどストック・オプションからの利益は大きいと考え、
過去36カ月の株式投資収益率の標準偏差を用いる。また、成長が見込まれる企業ほどス
トック・オプションからの利益は高いと考えられるため、本稿はトービンのQを成長機
会の指標として用いる。そして、企業業績の影響をROA(総資本利益率)によってコン
トロールする。また、インセンティブ・モニタリング両方の問題に関連する要因として、
多角化を考慮する。多角化によるリスク軽減を行う場合、親会社は各子会社にリスクの
ある事業をさせるインセンティブを与える、もしくは楽観的な経営者を選ぶことが考え
られる (Oyer and Schaefer, 2005) 。従って、多角化が進んでいる企業ほど業績連動
型報酬を採用する可能性がある。ただし、本稿のデータでは親会社が多角化しているか、
グループ全体として多角化しているかを区別できない。そのため、セグメント(事業の
種類)数と連単倍率の交差項を用い、親会社の子会社依存度と関連付けて分析を行う。
また、各年の特殊要因をコントロールするため年ダミーを用いる。
そして、子会社に対するストック・オプション付与には当然ながら子会社の数や、子
44 日本経済研究 No.67,2012.7
会社が公開会社か否かといった要因に影響されると考えられる。よって、子会社数と、
上場子会社の割合をコントロールする。以上の仮説を考慮した形で、本稿では子会社役
員などに対する親会社ストック・オプション付与の要因を実証する。
3. データ
本研究で用いるストック・オプションのデータは、日本における上場企業の適時開示
情報から収集した。一般に、ストック・オプションの発行に際しては、株主総会にて発
行決議をとり6、取締役会にてその詳細を決定し、その後付与に至る。そのため適時開示
情報の公開は、株主総会への付議を決定した取締役会など、当初決定時点での開示だけ
でなく、その後の詳細決定時点においてもその都度開示が求められる7。実際、当初の決
定時点では、導入予定のストック・オプションの概要しか判明せず、その後、内容に変
更が加えられることも多い。そこで、本研究は付与対象者、付与数、権利行使価格など
の具体的な内容が確定する時点まで適時開示情報を追跡し、データに反映させた。なお、
当初の適時開示を行ったものの、その後株主総会で採択されなかった場合や、付与前に
中止した場合は除外し、実際に付与に至った場合のみを採用した。
サンプル期間は、自己株式方式と新株引受権方式が新株予約権制度に一元化され子会
社役員などへの付与が可能となった02年から06年までとする。対象企業は、連結財務諸
表を公表している上場企業で、銀行・証券・保険業は除く。なお、IPO以前の付与など、
適時開示規則の対象とならない場合は含めていない。図1は子会社に対するストック・
オプションに限らず、近年におけるストック・オプションの実施企業数を示している。
「全企業」は全上場企業、「東証一部」は東京証券取引所一部上場企業における実施企
業を示す。付与企業数は02年から上昇したが、06年5月以降に付与されるストック・オ
プションに対して費用計上を義務づける会計基準の適用が始まったことを受け、同年か
ら緩やかに減少に転じた。
上述のように、本研究の焦点は、ストック・オプション一般ではなく、子会社役員な
どに対する親会社ストック・オプション付与である。そこで、付与対象者のタイプ別の
割合についてのデータを表1に示した。表1から分かるように、自社の取締役に対する
割合が最も多いが、子会社取締役を対象としたストック・オプションも、30%から40%
程度存在する。また、図2は、各年において自社(親会社)のみ対象に付与した企業数、
6
公開会社が公正発行によって新株予約権を発行する場合、株主総会決議は不要である。ただし、取締役や監
査役に付与する場合には、別途報酬決議が必要(会社法 361 条)。
7
東 京 証 券 取 引 所 「 II. 会 社 情 報 の 適 時 開 示 項 目 別 に 係 る 事 項 ( 上 場 会 社 ) 」『 不 正 適 時 QA 集 』
<http://www.tse.or.jp/listing/koutou/qa2-a.html>
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 45
図1 付与企業数の推移
700
(社)
全企業
634
東証一部
581
600
547
500
472
450
400
300
232
256
258
278
205
200
100
2002
2003
2004
2005
2006
(年)
注) 当初適時開示を行ったものの、その後株主総会で採択されなかった場合、および付与前に中止した場
合は除外し、一度でもストック・オプション付与を行った企業数をカウントした。
および子会社なども含めて付与した企業数を区分した。子会社なども含めた付与企業数
は、親会社のみに付与した企業数に対して20%から30%少ないが、多くの企業が付与し
ている。従って、子会社役員などに対する付与が日本では一般的なことが分かる。
本研究では、分析対象を東証一部上場企業に限定し、親子会社関係の分析のため、子
会社が1社以上存在する企業を対象とする。また、会計期間を統一するため、3月期決
算の企業のみを扱う。なお、新興企業でも多くのストック・オプション付与が実施され
ているが、それらは経営者による株式所有比率が相対的に高く、子会社数も少ないため、
親子会社関係の分析を目的とする本稿の分析対象からは除外した。親子会社関係・多角
化情報のデータが欠損している企業を除いた結果、サンプルは最大で1229企業の
unbalanced panel データとなる8。また、連単倍率には売上を用いたが、連単倍率が1
よりも小さい企業、および内部取引割合が1を超える企業はサンプルから排除した。
表2はサンプル企業の記述統計量である。「連単倍率」(売上高)は親子会社間の依
存度を表す変数であり、連結売上高/単独売上高で定義される。平均の5.77に対して最
大値が2,000を超え、変動が大きい。「トービンのQ」は、株式時価総額・負債総額の合
8
本稿で使用するストック・オプション以外のデータは『日経 NEEDS-Financial QUEST』から入手した。
46 日本経済研究 No.67,2012.7
表1 付与対象者
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
自社取締役
87.4%
86.0%
82.3%
79.4%
64.8%
自社監査役
22.4%
31.3%
29.8%
28.8%
21.2%
自社執行役員
13.2%
17.0%
20.8%
23.4%
20.8%
自社従業員
92.9%
89.0%
86.9%
80.6%
64.3%
自社契約社員等
3.8%
1.3%
1.4%
0.9%
0.5%
子会社等取締役
38.1%
38.8%
41.4%
39.1%
29.6%
子会社等監査役
6.9%
6.0%
7.6%
7.1%
4.6%
子会社等執行役員
1.0%
2.7%
3.8%
4.3%
2.8%
27.0%
29.2%
28.5%
29.7%
26.3%
子会社等契約社員等
0.6%
0.3%
0.2%
0.3%
0.3%
外部取引先等
3.8%
4.3%
5.5%
7.2%
4.9%
子会社等従業員
注1)対象者区分ごとにサンプル総数に対する比率をまとめたものである。
注2)「契約社員等」とは、契約社員のほか、嘱託社員、派遣社員、アルバイト、入社予定者などを含んで
いる。また、「子会社等」とは子会社のほか関連会社も含んでいる。
図2 各年における付与企業数
350
(社)
317
300
299
300
280
266
250
200
257
254
230
195
165
150
100
2002
2003
2004
自社(親会社)のみ付与
2005
子会社等への付与
2006
(年)
注) 「子会社等」とは子会社のほか関連会社も含んでいる。
計を総資産額(保有株式の時価評価額)で除した数値である(いわゆるシンプルQ)。
内部取引の情報は『日経NEEDS-Financial QUEST』のセグメント情報データベースから
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 47
表2 記述統計量
観察数
平均
標準偏差
最小値
最大値
売上高合計(10 億円)
5,887
407.14
1,296.95
0.55
23,948.09
総資産(10 億円)
5,887
470.87
1,466.66
1.07
32,574.78
純負債(10 億円)
4,585
67.91
301.16
-1,642.08
5,419.12
トービンの Q
5,738
1.26
1.17
0.31
58.4
ROA
5,887
0.06
0.05
-0.27
0.5
株式投資収益率の変動
6,081
10.29
4.92
1.17
69.38
連単倍率
5,759
5.77
58.73
1
2,164.77
内部取引割合
4,876
0.06
0.11
0
1
連結子会社数
5,783
31.73
70.35
1
1,112
セグメント数
6,238
2.63
1.65
1
14
注1)この表は、東証一部上場企業1,229社の02-06年の期間のデータに基づく。
注2)「株式投資収益率の変動」は過去36カ月の投資収益率の標準偏差であり、「内部取引割合」は事業の種
類別内部取引高の合計を連結売上高で除したものである。
入手した。
「内部取引割合」は、事業の種類別内部取引高の合計を連結売上高で除した
数値である。子会社を保有する企業に限定したため、子会社数の最小値は1である。
4. 実証分析フレームワーク
本節ではストック・オプションの導入選択に関する実証モデルを考察し、ストック・
オプション導入選択の決定要因を分析する。
4.1 子会社役員などへの付与選択
本稿は、公表されているデータの性質上、付与件数や付与株式数などではなく、各企
業が各年に子会社役員などへ親会社ストック・オプションを付与したか否かの指標を作
成し、意思決定の要因分析を行う。子会社役員などに対するストック・オプション付与
の変数
について、企業 i が第 t 期に付与する場合に
= 1 、付与しない場合に
= 0となる離散選択モデルを考える 。プロビットなどの非線形モデルによる推定も
9
可能であるが、観察できない企業特殊要因をコントロールした頑健な推定を行うため、
線型確率モデルを用いる。
9
各年において複数回ストック・オプションを付与している企業もあるが、本稿ではそれらのストック・オプ
ション付与規模に関してはコントロールしていない。
48 日本経済研究 No.67,2012.7
表3 説明変数と対応する仮説
説明変数
対応する仮説
連単倍率
仮説1(親子会社関係)
内部取引割合
仮説1(親子会社関係)
純負債
仮説2(資金制約)
総資産
仮説3(モニタリング)
連結子会社割合
仮説3(モニタリング)
一期前のストック・オプション付与
仮説4(付与経験)
本稿は、親会社の子会社に対する依存度・親子会社の利害不一致がストック・オプシ
ョン付与に及ぼす影響を検証するため、説明変数として連単倍率と内部取引割合を用い
る(仮説1)。それらは親子会社関係の分析上、最も注目する変数である10。また、仮
説2で述べたように、純負債によって資金制約を考慮する。さらに、モニタリング仮説
(仮説3)の検証のため、総資産と子会社株式所有の代理変数である連結子会社割合を
用いる。そして、ストック・オプション付与の経験の影響を分析するため(仮説4)、
1年前における付与の有無を説明変数に用いる。以上の対応は表3に示されている。
残りの説明変数はストック・オプション付与の要因として先行研究においても分析さ
れてきた。まず、成長機会としてはトービンのQを用い、リスクを過去36カ月の株式投
資収益率の変動により、業績はROAによりコントロールする。他のコントロール変数と
して、資本構成を負債資産比率、子会社数および子会社が上場している場合の影響は上
場子会社割合により、多角化の影響はセグメント数(連単倍率との交差項)によりコン
トロールする。また、年ダミーを用いて各企業に共通のショックを考慮する。
以上より、推定する式は次のようになる。
=
+
+ +
(1)
ここで、 はスカラーのパラメーター、 および はパラメーターベクトル、
1から仮説4までに関連した変数の行列、
は仮説
はコントロール変数の行列である。本稿で
はパネルデータを用いるため、企業の特殊要因をコントロールすることが出来る。具体
的には、
=
+
とし、この は企業i に特有の固定効果(観測できない異質性
の源泉)であり、この効果は時間を通じた差分を取ることによりコントロールされる。
10
連単倍率と内部取引割合の相関は低いので、本稿では両方を含めて推定している。
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 49
そして、被説明変数のラグを説明変数に含むダイナミックパネルモデルでは、差分を取
った誤差項と説明変数が相関を持つため、操作変数法を用いる。本稿では、Blundell and
Bond (1998) によるGeneralized Method of Moment (GMM) を用いる。用いる操作変数
は、通常の操作変数として説明変数と年ダミー、difference equationの操作変数とし
て2期ラグ、level equationの操作変数として3期ラグの被説明変数を用いる。
5. 推定結果
表4は、子会社役員などに対する親会社ストック・オプション付与の決定要因の推定
結果を示している。1列目は固定効果、2列目は説明変数を追加した固定効果による推
定結果を示し、3列目から6列目はダイナミックパネルモデルの推定結果である。3列
目は全てのサンプル、4列目は純粋持ち株会社を除いたサンプル11、5列目は製造業、
6列目は非製造業のサンプルと業種別の違いを考慮した推定を行った結果である。そし
て、非常に特殊な企業が、推定結果に大きな影響を与える可能性を考慮するため、上下
2.5%に連単倍率がある企業をデータからサンプルから除いて推定を行った。ただし、
全体のサンプルを用いた推定を行った場合も分析結果に大きな違いは見られなかった。
表4における1列目の推定結果によると、子会社株式所有の代理変数である連結子会
社割合が負の影響を持っている。これは、モニタリング仮説と整合的で、子会社の株式
保有によりストック・オプションを通じたインセンティブ付与の必要性が低下する可能
性を示している。また、総資産は正の影響を持っており、総資産が大きいほどモニタリ
ングが困難になるためストック・オプションを付与する傾向が見られる。しかし、説明
変数を追加した固定効果モデルにおいて(2列目)、有意な影響は連結子会社割合のみに
見られる上、先述のように過去のストック・オプション付与経験を考慮した場合、推定
量がバイアスを持つ可能性があるため、以下ではGMMによる推定結果に焦点を当てる。
表4の3列目から5列目より、連単倍率の係数は正であり、統計的に有意である。従
って、親会社が子会社にストック・オプションを付与する傾向は親子会社の依存度と正
の関係にあり、親会社には子会社に対してストック・オプションを付与するインセンテ
ィブが存在する。非製造業以外の係数はすべて有意であり、特に製造業では連単倍率が
親子依存度を示している。6列目の非製造業の結果によると、内部取引割合は非製造業
で有意に負の影響を持っており、内部取引割合が低く、利害不一致の程度が高くなるほ
どストック・オプションが付与されやすい。以上の結果は仮説1と整合的で、親会社・
11
親会社が純粋持ち株会社であるか否かは、各社のホームページより確認した。純粋持ち株会社である状態を
解消した場合も含め、推定期間内に一度でも純粋持ち株会社であった場合はサンプルから除いた。
50 日本経済研究 No.67,2012.7
表4 ストック・オプションの付与要因
連結子会社割合
子会社数
連単倍率
GMM
GMM(純粋持ち
GMM
GMM
(全サンプル)
株会社除く)
(製造業)
(非製造業)
固定効果
固定効果
-0.004**
-0.004**
0.002
0.002
0.002
-0.0005
(0.002)
(0.002)
(0.001)
(0.001)
(0.002)
(0.001)
-0.003
-0.010
0.001
0.000
0.012
0.001
(0.020)
(0.025)
(0.008)
(0.008)
(0.013)
(0.009)
0.028
0.030
0.102**
0.094*
0.127*
-0.013
(0.061)
(0.071)
(0.042)
(0.049)
(0.066)
(0.059)
セグメント数×連単倍
-0.016
-0.016
-0.017**
-0.020*
-0.031**
0.007
率
(0.013)
(0.015)
(0.008)
(0.011)
(0.015)
(0.012)
内部取引割合
上場子会社割合
総資産対数値
負債資産比率
ROA
0.055
-0.074
-0.026
-0.054
-0.013
-0.304*
(0.133)
(0.160)
(0.051)
(0.050)
(0.059)
(0.159)
-0.026
-0.074
-0.217*
-0.190*
-0.377
-0.291***
(0.144)
(0.209)
(0.117)
(0.101)
(0.394)
(0.109)
0.049*
0.020
0.006*
0.007**
0.004
0.011*
(0.027)
(0.034)
(0.003)
(0.003)
(0.004)
(0.006)
-0.003
0.014
-0.143***
-0.125***
-0.126***
-0.147*
(0.075)
(0.092)
(0.044)
(0.043)
(0.047)
(0.078)
0.221
0.163
0.377*
0.403**
0.217
0.520
(0.143)
(0.182)
(0.200)
(0.190)
(0.195)
(0.440)
純負債
株式投資収益率の変動
トービンの Q
-0.001
0.005
0.005
0.008**
0.002
(0.003)
(0.003)
(0.003)
(0.004)
(0.004)
-0.003*
0.003**
0.001
-0.000
0.001
(0.002)
(0.001)
(0.001)
(0.001)
(0.001)
0.003
0.006
0.006
0.021
-0.003
(0.009)
(0.011)
(0.011)
(0.020)
(0.011)
付与の1期ラグ
0.302**
0.316***
0.223*
0.534***
(0.119)
(0.119)
(0.120)
(0.194)
R2 or Chi2(P)
0.01
0.009
6.314(0.097)
6.126(0.106)
1.526(0.676)
5.948(0.114)
サンプル数
4,491
3,628
3,015
2,913
1,900
1,013
注) 括弧内は標準誤差、***、**、*はそれぞれ、回帰係数が1%、5%、10%水準で有意であることを示す。ハ
ウスマン検定の結果、変量効果モデルが棄却されたため、固定効果モデルのみ報告した。また、年度ダミ
ーと定数項の係数の推定結果は省略した。
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 51
子会社関係の強度と子会社へのストック・オプション付与との関係を明らかにしている。
親子関係の指標の業種別の有意性の違いについて、製造業では内部取引割合が親会社
ストック・オプション付与に有意でない理由として、二重マージンの影響が考えられる。
係数の符号自体からは、製造業でも内部取引割合が低いほど親会社ストック・オプシ
ョンを付与する傾向が見られることから、利害不一致と二重マージンの影響が打ち消し
あい、有意性が低くなったと解釈される。一方、非製造業では、二重マージンの影響が
存在せず、内部取引割合が低いほど利害不一致の問題が起こりやすいため、利害不一致
に対処するために親会社ストック・オプション付与を行っていると考えられる。
純負債により考慮した資金制約については、全企業をサンプルに用いた推定結果から
有意に正の影響が示された。これは、資金制約が厳しい企業、もしくは有利子負債が多
くリスクを取りやすい企業がストック・オプションを導入する傾向にあることを意味し
ている。従って、本稿の仮説2や先行研究とも整合的な結果である。
総資産規模(対数値)の影響については、純粋持ち株会社を含まない全ての産業およ
び非製造業において、規模が大きければ付与されやすいという、仮説3と整合的な結果
を得た。連結規模の大きさは、親会社によるモニタリングを困難にし、その代替措置と
してストック・オプション付与が行われた可能性を示唆している。連結子会社割合は固
定効果では負に有意、GMMでは有意ではないため、子会社株式保有によるモニタリング
がストック・オプション付与と代替的か否かについては明解な結果が得られていない。
また、表4の3列目-6列目の推定結果によると、付与の一期ラグの係数は正で有意
である。従って、前期にストック・オプションを付与した場合、今期も付与するという
状態依存性が確認された。過去のストック・オプション付与が新たなインセンティブ利
用の知識を生み、その利用を促進していると考えられ、仮説4と整合的な結果である。
本稿では、セグメント数と連単倍率の交差項を用いて多角化の効果を捉えようと試み
たが、係数は有意に推定されなかった。その理由としてまず、親会社のみが多角化を行
っている場合と、子会社を通じて多角化を行っている場合を本稿のデータからは区別で
きない点が考えられる。また、データのばらつき自体が小さいために、多角化とストッ
ク・オプション付与の関係を捉えられていない可能性や、セグメント数が本稿の仮説を
表す変数になっていない可能性もある。セグメント数は各企業の報告により分類されて
いるため、セグメント数についてのデータの計測誤差・信頼性についても注意が必要で
あり、ここでは一つのコントロール変数と考え、経済学的意味合いを付与しない。
また、推定結果の子会社数(連結会社数・非連結会社数・関連会社数の和)は製造業で
52 日本経済研究 No.67,2012.7
は正、非製造業では負の推定値であるが、有意ではなく、ストック・オプション付与が、
単に子会社数と比例しているとはいえない。そして、子会社が公開会社の場合は子会社
ストック・オプションを付与しうるが、実際には、公開子会社の割合が多いほど親会社
ストック・オプションを付与する傾向が低い
その他の要因として、リスクや業績についても先行研究と整合的な結果を得た。リス
ク指標(株式投資収益率の変動)は全企業をサンプルに用いた場合の推定において正の
値を取り、リスクの下ではストック・オプションが付与されやすい点を示している。ト
ービンのQにより捉えた成長機会については、有意な結果が得られず、サンプル企業が
東証一部上場企業であり、新興市場に比べすでに大企業が多く成長機会が限られている
と考えられる点を反映していると考えられる。また、ROAで表した業績は、全ての企業
をサンプルに用いた推定結果によるとストック・オプション付与に正の影響を持ってお
り、業績の良い企業ほどストック・オプション付与が行われやすい。
本稿の実証分析では、親子会社関係に関する利害不一致の問題を考慮するために、内
部取引割合を用いた。しかしながら、この変数は利害不一致のみを捉え、親子関係にお
ける交渉力の影響は考慮できていない。親会社の交渉力が強い場合は、利害不一致の問
題が解消され、ストック・オプションが付与されない可能性がある。従って、交渉力を
反映させた利害不一致を表す変数として、内部取引額の親会社売上に占める比率を用い
て同様の推定を行った。もし親会社交渉力の影響が強ければ、この変数の比率が低下す
るにつれて、ストック・オプションを付与する傾向も低下するため、内部取引・親会社
売上比率がストック・オプション付与傾向に正の影響を持つと考えられる。逆に、交渉
力よりも利害不一致の影響の方が大きければ、これまでと同様に負の影響を持つと考え
られる。表5の推定結果から、内部取引・親会社売上比率は負の影響を持つことが確認
された。非製造業のサンプルを用いた場合のみ有意であるが、符号条件は他の推定結果
と同様であるため、親会社交渉力よりも利害不一致の問題が親子関係におけるストッ
ク・オプション付与には重要であると考えられる。
また、表5はモニタリング仮説に関する追加的な推定結果を示している。同仮説につ
いても、本稿は連結資産規模を用いてモニタリングの難易度を考慮してきた。しかしな
がら、子会社に対するストック・オプション付与に関わるモニタリングに関しては、子
会社自体の資産規模を考慮した方が正確に仮説を検証できる可能性がある。表5は、連
結資産規模ではなく、子会社資産規模を用いた推定結果が示した。その結果から、これ
までの結果の総資産対数値の係数と同様に正の影響を持つ。従って、本稿のモニタリン
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 53
表5 利害不一致仮説とモニタリング仮説の追加的検証
GMM
GMM(純粋持ち株
(全サンプル)
会社除く)
連結子会社割合
0.001
(0.001)
子会社数
GMM(製造業)
GMM(非製造業)
0.002
(0.001)
0.002
(0.001)
-0.001
(0.001)
-0.006
(0.010)
-0.007
(0.010)
0.008
(0.016)
-0.009
(0.011)
連単倍率
0.084**
(0.039)
0.073
(0.045)
0.114*
(0.064)
-0.037
(0.058)
セグメント数*連単倍率
-0.014*
(0.008)
-0.018*
(0.010)
-0.030**
(0.015)
0.014
(0.011)
内部取引額/親会社売上
-0.019
(0.033)
-0.042
(0.034)
-0.011
(0.043)
-0.208*
(0.113)
上場子会社割合
-0.237*
(0.128)
-0.208*
(0.110)
-0.413
(0.381)
-0.319**
(0.128)
子会社資産規模
0.010**
(0.005)
0.011**
(0.005)
0.006
(0.006)
0.016*
(0.009)
負債資産比率
-0.137***
(0.044)
-0.121***
(0.041)
-0.125***
(0.048)
-0.132*
(0.074)
ROA
0.370*
(0.212)
0.381*
(0.200)
0.213
(0.210)
0.456
(0.454)
純負債
0.005
(0.003)
0.004
(0.003)
0.008**
(0.003)
0.001
(0.003)
株式投資収益率の変動
0.003**
(0.001)
0.001
(0.001)
-0.0002
(0.001)
0.001
(0.001)
トービンのQ
0.006
(0.010)
0.005
(0.010)
0.019
(0.019)
-0.0004
(0.011)
付与の1期ラグ
0.351***
(0.117)
0.365***
(0.114)
0.254**
(0.123)
0.602***
(0.182)
Chi2(P)
3.848(0.278)
3.474(0.324)
1.11(0.775)
3.644(0.303)
サンプル数
2954
2853
1863
990
注) 括弧内は標準誤差、***、**、*はそれぞれ、回帰係数が1%、5%、10%水準で有意なことを示している。
年度ダミーに関して係数の報告を省略している。データの欠損値により表4とはサンプル数が異なっている。
54 日本経済研究 No.67,2012.7
グ仮説が子会社資産規模によっても確認された。また、他の変数の推定結果は以前とほ
ぼ変わらないため、利害不一致仮説やモニタリング仮説に対応する変数選択が他の決定
要因にバイアスを及ぼすとは考えられない。よって、以上の推定結果は頑健であると考
えられる。以上の推定結果は、本稿の仮説とも整合的であり、また、過去のストック・
オプション付与の要因と似ている。ただし、注意が必要な点として、各年において子会
社に対する親会社ストック・オプションのみの付与が行われた企業は無く、親会社の役
員などに対するストック・オプション付与も行われている点が挙げられる。すなわち、
本稿で用いているストック・オプション付与のインデックスは、子会社のみではなく親
会社自身に対する付与も含み、子会社に対する付与の影響を過大評価している可能性が
ある。
6. 結語
本研究は日本企業の親子会社関係に焦点を当て、子会社役員などに対する親会社スト
ック・オプションの付与について分析を行った。推定結果から、親子会社関係の要因、
利害不一致や売上依存度が、ストック・オプション付与に影響している点が確認された。
以上より、親子会社関係という企業統治にとって重要な問題に対し、その統治方法の
決定要因を実証的に明らかにした。しかし、本稿は数点の重要な問題を扱うことができ
なかった。例えば、本論文は企業統治方法の 1 つとしてストック・オプション付与に着
目したが、それ以外にも様々な方法がある。特に、M&A(合併・買収)や上場子会社の
非上場化といった組織編成の変更は、パネルデータ分析による分析を進める必要がある
だろう。また、親子関係に焦点を当てたため、新興企業のストック・オプション付与に
ついては分析を行っていない。以上の問題は今後の検討課題と考えられる。
参考文献
青木英孝・宮島英昭 (2011) 「多角化・グローバル化・グループ化の進展と事業組織のガバナン
ス」 宮島英昭編著 『日本の企業統治 その再設計と競争力の回復に向けて』 東洋経済新報
社.
伊藤秀史・菊谷達弥・林田修 (2003) 「親子会社間の多面的関係と子会社ガバナンス」 花崎正晴・
寺西重郎編 『コーポレート・ガバナンスの経済分析 変革期の日本と金融危機後の東アジ
ア』 東京大学出版会.
論文:子会社役員などへの親会社ストック・オプション付与と親子会社関係 55
江頭憲治郎 (2009) 「子会社の役員等へのストック・オプションの付与」 『旬刊商事法務』 No.
1863, pp. 4-9.
下谷政弘 (2006) 『持株会社の時代』 有斐閣.
ミルグロム,ポール・ロバーツ,ジョン (1997) 『組織の経済学』 (奥野正寛・伊藤秀史・今井
晴雄・西村理・八木甫訳) NTT 出版.
Aghion, P. and J. Tirole (1997) “Formal and real authority in organizations,”Journal of
Political Economy, Vol. 105, pp. 1-29.
Blundell, R. and S. Bond (1998) “Initial conditions and moment restrictions in dynamic
panel data models,”Journal of Econometrics, Vol. 87, pp. 115—143.
Core, J. and W. Guay (2001) “Stock option plans for non-executive employees,” Journal
of Financial Economics, Vol. 61, pp. 253-288.
Itoh, H., T. Kikutani and O. Hayashida (2008) “Complementarities among authority,
accountability, and monitoring: Evidence from Japanese business groups,” Journal of
the Japanese and International Economics, Vol. 22, pp. 207-228.
Kato, H., M. Lemmon, M. Luo and J. Schallheim (2005) “An empirical examination of the costs
and benefits of executive stock options: Evidence from Japan,” Journal of Financial
Economics, Vol. 78, pp. 435-461.
Nagaoka, S. (2005) “Determinants of the introduction of stock options by Japanese firms:
Analysis from the incentive and selection perspectives,” Journal of Business, Vol.
78, pp. 2289-2315.
Oyer, P. and S. Schaefer (2005) “Why do some firms give stock options to all employees?:
An empirical examination of alternative theories,” Journal of Financial Economics,
Vol. 76, pp. 99-133.
Prendergast, G. (2002) “The tenuous trade-off between risk and incentives,” Journal of
Political Economy, Vol. 110, pp. 1071-1102.
Tirole, J. (1988) The Theory of Industrial Organization, Cambridge: MIT Press.
Uchida, K. (2006) “Determinants of stock option use by Japanese companies,” Review of
Financial Economics, Vol. 15, pp. 251-269.
56 日本経済研究 No.67,2012.7
Fly UP