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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
論文提出者氏名
論 文 題 目
大森 なお子
モンソネスのサン・クリストフ聖堂とトゥールーズ周辺地域の 12 世紀後半の彫刻制作の
動向について
審査要旨
本論文は、フランス南西部で 12 世紀後半に建造されたと考えられる、モンソネスのサン・クリス
トフ聖堂の彫刻作品に関する考察、および同時代・同地域で制作された彫刻群の様式的動向を考察し
たものである。本聖堂はテンプル騎士団により建立された。1180 年頃の文書に初の言及が現れるため、
その直前に建造されたとみられている。彫刻は主に北・西扉口を飾る。これらに影響を与えたトゥー
ルーズのラ・ドーラード修道院の第 3 グループと呼ばれる彫刻群は、長い間 1180~1198 年頃に制作
されたとされていたため、1180 年は彫刻の制作年としても辻褄の合う数字であった。ところが 1992
年に、この第 3 グループの彫刻群は 1165~1175 年頃に制作されたという新説が唱えられたため、近
辺の彫刻についての再考の必要性が生じた。
第 1 部では、聖堂の歴史的経緯や建築に関する考察、および個々の彫刻に関する検討を、北扉口、
西扉口、その他の彫刻の順に加えた。北扉口の 4 つの柱頭彫刻は、
「受胎告知」から「マギの礼拝」ま
でのイエスの降誕に関するエピソードが示される。西扉口は、北扉口とほぼ同じ構成であるが、ヴッ
シュール上方のクリスモンや、エクストラドスの人物頭部の彫刻など相違点も挙げられる。柱頭では
聖人の殉教とラザロの復活が描かれ、信仰による死の克服という主題が示される。様式の点ではラ・
ドーラード第 3 の工房と類似し、植物文を敷き詰めたような背景、アストラガルの上部の花冠のよう
な植物モチーフ、アストラガルを覆う浮彫などを特徴とする。同様の表現はトゥールーズにも認めら
れるが、フランス北部で生まれた初期ゴシック彫刻の影響が反映されている。
ラ・ドーラード第 3 工房の作風は、フランス北部からの影響を強く受けたと見られる。この影響は、
トゥールーズ伯と結婚したフランス王の姉妹によってもたらされた可能性が指摘される。この政治的
事実が文化交流に貢献しえたのか疑問視するとしても、たしかにトゥールーズやモンソネスの彫刻は、
シャルトルやブールジュ大聖堂で 12 世紀半ばに制作された初期ゴシック様式の扉口と類似点を示す。
モンソネスの彫刻では、ピレネー山脈特有の要素、トゥールーズの要素、そして初期ゴシック様式か
らの要素、テンプル騎士団特有の要素が複合している。
第 2 部では、モンソネスの彫刻群に類似する作例をいくつか取り上げ、モンソネスの聖堂が建造さ
れた時代の同地域の芸術的動向を考察した。最初にトゥールーズのラ・ドーラード修道院第 3 工房の
作品群を取り上げた。トゥールーズが当時の政治的・文化的中心であり、これらの彫刻は常に基準作
例とされ、その 1180~1198 年制作という仮説が、地域一帯のロマネスク彫刻の年代判定の基準とな
ってきた。本論では、主に 1140~1160 年頃の初期ゴシック芸術とトゥールーズの作例が近しい様式
を示していることを考察した。
ベルペッシュのサン・サテュルナン聖堂西正面には 1162 年の献堂銘文がはめ込まれている。彫刻
はモンソネスと多くの共通点を示し、同時代に制作されたことを推測させる。ラバスタンスのノート
ル・ダム・デュ・ブール聖堂にもモンソネスと明らかな類似を示す彫刻が残されているが、建造物の
成立時期も不明で、扉口の彫刻もその様式から類推して 1200 年頃のものとされているに過ぎない。
パミエのノートル・ダム・ド・カン聖堂の扉口彫刻は、19 世紀に復元されたが、オリジナルに忠実
であれば、モンソネスやベルペッシュをモデルに、少し後から制作された可能性が高い。同じパミエ
の大聖堂扉口柱頭は、ラバスタンスの柱頭群との類似も見られ、やはり、前後して制作されたと見
るのが妥当であろう。宗教戦争下で破壊されたフォワのサン・ヴォリュジアン修道院回廊からも、モ
ンソネスと共通点を示すいくつかの柱頭が伝わっている。1182 年には同修道院参事会室が完成してい
たと推測され、一方でフォワの作例には、一世代前のトゥールーズに近い特徴も見られるため、モン
ソネスよりも少し前、あるいは同時期に制作された可能性が高い。
サン・ベルトランの大聖堂回廊と、ヴァルカブレールの彫刻は、ラ・ドーラード第 3 の工房の影響
を強く受けながら、独自の様式を作り上げており、少し後に制作されたものと考えられる。実際にヴ
ァルカブレールでは 1200 年に献堂が行われたという記録が残っている。
銘文や文献中の手掛かりと様式的特徴を総合すると、これらの彫刻群の大部分は 1160 年代半ばか
ら 70 年代半ばに制作されたという仮説が成立する、と提出者は述べる。これまでの研究では「1200
年頃の」
、
「13 世紀の」作例として一括りに論じられてきた。ラ・ドーラード修道院第 3 グループの制
作年代 1165~1175 年説には異論もあるが、これを否定するにせよ、周辺の類似作例と比較し、制作
年代を考え直す試みは有意義であると考えられる。また、トゥールーズ周辺の 12 世紀後半の芸術に
観察される、フランス北部の初期ゴシック芸術の影響をみると、これまで考えられてきたより以前か
ら、フランス南西部と北部の間に交流があったと推測される。
様式的議論が本論文の大半を占め、図像学的考察が弱いとの指摘があった。また、ロマネスク美術
からゴシック美術への移行期の様相とどのように関わるかという巨視的議論も必要であるとの意見も
出された。しかしながら、南仏一地域の彫刻の様式を、これほど徹底的に論じた研究は、本国フラン
スにも多くはない。今後の研究者の議論に、確実な土台を与える点が評価され、本学学位請求論文に
相応しい内容を備えていると、審査委員は一致して判断する。
公開審査会開催日
審査委員資格
2012 年 7 月 3 日
所属機関名称・資格
主任審査委員
早稲田大学文学学術院・教授
審査委員
早稲田大学文学学術院・教授
審査委員
上智大学・准教授
博士学位名称
Ph.D(ギリシア国立テサロニキ大学)
氏 名
益田 朋幸
大髙 保二郎
Ph.D(ピサ高等研究院)
児嶋 由枝
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