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海洋ガバナンスワークショップ概要

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海洋ガバナンスワークショップ概要
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
海洋空間は、国際公共財であり、領土・領域保全、安全保障、国益・国際利益確保の観点
から重要性を増している。近年においては、ソマリア沖における海賊行為の激化を受け、
海洋における国際的なガバナンスシステムの構築がますます声高に叫ばれている。しかし、
海洋ガバナンスや海洋セキュリティへの関心が高まっている一方で、漁業・海洋資源・海
洋安全に係る情報は散在したままであり、総合的なガバナンスのメカニズムも欠如してい
る。
このような問題意識にもとづき、東京大学政策ビジョン研究センターと株式会社三菱総合
研究所は、2015 年 11 月 5 日に海洋政策シンポジウムを開催した。今回のシンポジウムは、
「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」と題し、国内・海外の有識者を
お招きし、海洋ガバナンスの現状と課題や、海洋情報の活用に向けた情報の一元化等につ
いて公開討論を行った。また、海洋ガバナンス・海洋セキュリティの向上に向けた国際社
会の取り組みについての動向も踏まえて討論がなされた。
開会の挨拶 (株式会社三菱総合研究所理事長
小宮山宏)
ホルムズ海峡近辺の海賊問題や南シナ海の国際問題をはじめとする国際情勢、海底資源問
題、海洋の生態系の保全等、海をめぐっては議論すべき課題が多数ある。人類が今日の海
洋を維持し、上手く活用して次世代に残していくことは我々世代の責任である。トヨタが
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
トヨタ環境チャレンジ 2050 で「自動車から自動車をつくる」と宣言したように、廃棄物の
再利用が進み、新たな資源が不要となる時代が来ることが期待されているが、この半世紀
はそのような未来にとって最も重要な半世紀として位置付けることができるだろう。今後、
様々な意見、様々な分野の知見をどう統合するか、またどのように実用的なものにしてい
くかが注目される。本日の会場となっている福武ホールは日本の文化の美しさと機能性を
備えた施設であり、活発な議論が行われることを期待する。
第一部 海洋ガバナンスと海洋セキュリティを巡る動向
「海洋ガバナンスに係る WMU の取り組み」
(世界海事大学(WMU)教授 Olof Linden)
世界海事大学(以下 WMU)は国際海事機関(以下 IMO)
によって設立された。
WMU はスウェーデン政府、
Malmö
市、日本財団からの支援を受け、IMO プログラムに係る
研究・研修・キャパシティビルディングの実施や、船舶
安全から海洋環境に関わる規制ガイドライン等の制定、
国際会合の開催等を行ってきた。当大学には世界各国か
ら学生が集結しており、昨年度は 7 か国 9 名の学生が
Ph.D.を取得し、現在は 45 カ国から集まった 110 名程度
の修士学生が共に学んでいる。中国に分校を開設したこ
ともあり、近年は中国の学生が最も多いが、アフリカからの学生も増加傾向にある。
また、WMU は 2008 年以降多数の会合を主催しており、これまで扱ったテーマは、電子海
図および電子航法、船舶の安全設計、海賊問題をはじめとする海洋セキュリティ問題、海
上労働条約、大気汚染、バラスト水管理条約、海面下の騒音問題、大気汚染、船舶による
衝突事故等、多岐にわたっている。これらの成果の一つとして、2015 年に国際連合より、
海洋の持続的発展に関する提言として、
“UN Ocean Agenda”が公表されたが、WMU は
一部で国際連合との連携を行う予定である。
「公海の海洋ガバナンス」
(世界海洋委員会(GOC)事務局長 Simon Reddy)
世界海洋委員会(以下 GOC)は元首相や元閣僚等世界各国の多様なバックグラウンドを持
つメンバーで構成されており、効果的・効率的・持続可能な海洋開発を目的として、
「リー
ダーによるリーダーのためのレポート」を作成している。GOC は、これらのレポートを通
じて、政治的・経済的に信頼性のある情報を発信することをミッションとしている。
GOC が現在認識している海洋をめぐる課題としては、海洋資源に対する需要の増大、海洋
技術の進歩、漁業資源の減少、気候変動、生物多様性および生息環境の喪失、公海管理体
制の欠如等があり、特に公海管理体制に関しては、576 の海洋に関する取り決めが存在する
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
のにも関わらず、絶対的な権限や効力を持つ法規制が一つ
も存在していないことについて、高い懸念を示している。
これに対し GOC は、国連による海洋の持続的開発目標
(Sustainable Development Goals: SDGs)の設定、公海
ガバナンスの改善、乱獲の防止、違法・無報告・無規制
(Illegal, Unreported, Unregulated: IUU、以下 IUU)船
舶の取り締まり、海へのプラスチック廃棄の撲滅、海底油
田・ガスの活用に向けた国際調整、世界海洋アカウンタビ
リティ委員会の設立、および公海再生ゾーンの創設等を呼
び掛けており、一定の成果を上げてきた。
詳細は 2014 年 6 月に発行された、
“Global Ocean Commission report”に記載されている
が、直近の 18 か月の間の主な成果としては、3 年毎に海洋サミットを開催することについ
ての 36 か国の合意を実現したことや、WTO より資金援助を受けることが決定したこと、
そして、プラスチックに関する問題が注目を浴びるようになったこと等が挙げられる。
*Global Ocean Commission report”は GOC ウェブサイトより日本語を含む各国語でダウ
ンロード可能:http://www.globaloceancommission.org/
「海洋ガバナンスの課題―国連海洋法条約の補完メカニズム―」
(東京大学公共政策大学院
長 城山英明)
国連海洋法条約(正式名称は「海洋法に関する国際連合
条約、以下 UNCLOS」
)の規定は、しばしば一般的な規
定にとどまる。実効的なガバナンスを実現するためには、
より具体的なルールが必要であり、条約を補完する制度
設計が不可欠である。
例えば海賊問題をめぐっては、条約上、海賊の定義は「公
海上」
「他の船舶若しくは航空機」を標的にした行為と記
されており、そのため、外国の領海内で発生した海賊行
為は定義上対策手段をとることができず、外国の領海ま
で海賊を追跡することもできない。また、
「他の船舶」を標的にした行為が対象であるため、
船のハイジャックも定義に入らない。こうした条約の限界を克服するため、各沿岸国の多
様な補完メカニズムが生まれており、地域協力も進んでいる。例えば、アジア海賊対策地
域協力協定(以下、ReCAAP)によってシンガポールに情報共有センター(以下、ISC)が
設立され、ソマリアにおける海上武装強盗に対応する具体的枠組みとして、ジブチ行動指
針が制定された。また、犯罪者処罰の制度構築についても、訴追、処罰については周辺国
の当事者間で処理できるような引渡協定の策定が進められる等、議論が進んでいる。
さらに、海洋の資源開発をめぐっては、いかなる国家の権限も及ばず、「人類共同の財産」
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
と言われている「深海底」での活動によって生じる海洋汚染を防止するために、UNCLOS
は沿岸国に対して国内法令の制定を求めているが(208 条 1 項)、内容・基準等についての
規定はない。そのため、提示するだけなく「関与する」条約が必要とされている。
このように、UNCLOS のみでは、近年の海賊・海上武装強盗事例に対して実効的に対処す
ることは困難であり、IMO や国連安全保障理事会、地域的メカニズム等多様な形でこれを
補完するガバナンスのメカニズムが構築されつつある。また、補完の形は多様であり、分
権的機能的な形態か統合的包括的な形態のどちらを選択するかが課題となる。我が国とし
ても、どのような立場から国際的な秩序を築いていくかを議論しつつ、立法戦略について
検討する必要がある。
第二部 海洋ガバナンス
第二部では、早稲田大学法学学術院・河野真理子教授をモデレーター、海洋研究開発機構・
山本啓之グループリーダー、世界海洋委員会(GOC)
・Simon Reddy 事務局長、株式会社
三菱総合研究所・武藤正紀をパネリストに、海洋ガバナンスについてパネルディスカッシ
ョンを行った。登壇者間の意見交換ならびにフロアを含めた自由討論に先立って、各パネ
リスト・モデレーターより、短いプレゼンテーションが行われた。
「海洋紛争のガバナンス」
(早稲田大学法学学術院教授
河野真理子)
UNCLOS 第 15 部は、この条約の解釈又は適用に関する
国際紛争を平和的に解決するための方法を規定している。
この部の特徴は、紛争の平和的解決手続きの選択の自由を
紛争当事者に認めつつ、国際裁判所の義務的管轄権を強化
しているという点である。義務的紛争解決制度では、裁判
手続きに 4 つの選択しを設け、紛争の一方の当事者の意
思での国際裁判への紛争付託の可能性を高めている。また、
一方の当事者が裁判を拒否しても、裁判手続きが進行可能
な制度になっている点も注目されなければならない。先日
フィリピンが中国を相手に、南シナ海に関する紛争を仲裁裁判に付託したのも、この制度
を利用したものである。
ただし、第 15 部の紛争解決手続きには、一定の制限があることも認めざるを得ない。この
紛争解決手続きを利用できる紛争は、UNCLOS の解釈又は適用に関するものに限定される
という点や、義務的管轄権に適用除外が多いことも指摘されうる。さらに、一方の紛争当
事者欠席の場合に、裁判手続き自体は進行できるとしても、訴訟への対応や判決の履行を
強制する方法がないことも課題として残っている。上記のように、UNCLOS の紛争解決制
度は完全な有効性を持つものではないが、海洋境界をめぐる紛争に際しては、紛争の最終
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
的解決前であっても紛争の対象となっている海域について当事者が暫定的な取極を行うこ
とができると規定する等の制度も設けられている。
「海底鉱物資源」
(海洋研究開発機構グループリーダー 山本啓之)
日本の海底には、熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、マンガ
ン団塊、レアアース泥、リン酸塩等が豊富に存在するが、商用
ベースでの採掘は進んでいない。このように前例がない中で環
境への影響をどう推定して開発管理するのかが課題である。
現在は、海底資源の採掘においてどのようなリスクや影響があ
るのかを評価するため、関連分野の技術と知識を合わせたプロ
トコル作りを行っている。また、陸上の鉱山においては長期ス
パンでモニタリングが行われてきたが、深海底にて調査を行う
ためには、一日で数百万~数千万円のコストがかかるため、コ
スト面の壁を解決することも課題である。
現段階の目標には、現状を知ることに加え、環境の復元力(レジリエンス)を維持した持
続的な開発と、この復元力の限界をどのように決めるかが含まれる。また、環境影響評価
で集めたデータをオープンデータとする方策についても検討が必要である。
“Illegal Fishing” (世界海洋委員会(GOC)事務局長
Simon Reddy)
IUU は、人権侵害、テロリズム、人身売買の問題にも拡大
する要素を持っているため、安全保障に係る問題であると
言える。また、安全保障問題として位置づけることは、政
治的な注目を浴びるためにも重要である。
IUU の取り締まりには、自動船舶識別装置(Automatic
Identification System: AIS、以下 AIS)のトランスポンダ
搭載や IMO ナンバー登録の義務化が欠かせないが、コスト
面を考慮して一定規模以下の漁船の場合は AIS トランスポ
ンダの搭載が免除されている。しかし、トランスポンダの
性能は向上しており、それに伴いコストも削減されている
ため、漁船へのトランスポンダ搭載義務化は実現可能であると考えている。
一方で、課題も存在する。商業面において機密性の確保との兼ね合いが必要であることや、
多くの海洋上の条約や協定は批准が進んでいないことが課題として残っている。現状の規
定だと、たとえ移動や漁獲量に関する情報が記録されていても、各国の港湾の法執行機関
はこれらの情報を要求することができない。
また、船舶、港、市場それぞれの利益が錯綜しているため、あらゆる側面から IUU への対
策を行うことが重要となる。IUU は安価で効率的な投資対象であるとの認識が根強い上、
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
IUU にとってもビジネスの継続のため利益を上げ続けることは必至であり、撲滅の道のり
は長い。
「海洋管理と海洋情報収集・一元化」(株式会社三菱総合研究所研究員 武藤正紀)
海洋ガバナンスにおいては、その客観的・科学的根拠、ある
いは意思決定基盤としての海洋情報や海洋データが重要で
ある。また、海洋情報は 3 次元に時間情報が加わった 4 次元
の情報であり、ダイナミックな情報の収集が必要であること
が特徴的である。現在、欧米諸国を中心としてそれぞれの排
他的経済水域及び大陸棚管理のため、海洋情報の一元化や、
それに基づく海洋空間計画(Marine Spatial Planning: MSP)
というメカニズムが導入されている。しかし、欧米に限らず、
海洋活動を活発化させている新興国でこそこうした仕組み
作りが必要である。一元化された海洋情報や海洋空間計画は、
利用・開発・保全のバランスを図る上で実際にニーズが高まっている。一方で、海洋新興
国はこうしたスキルやノウハウが十分でなく外部支援も求められており、日本や欧米諸国
にとっての海洋外交の機会となることを強調したい。
また、公海や深海底でも同様に海洋情報やデータは重要であり、既に GOOS(Global Ocean
Observing System)等で科学目的での国際的な海洋情報の収集・一元化が進む他、国際海
底機構(International Seabed Authority: ISA)の新しい環境ガイドラインでも、地理情報
システム(Geographic Information System: GIS)の構築が求められている。一方で、海
洋は非常に広大なフロンティア空間であることからまだ十分な情報が得られておらず、人
工衛星による広域な情報収集、いわゆる海洋宇宙連携や、"Ships of Opportunity"といった
民間船から得られたセンサ観測情報の共有等官民連携による海洋情報収集の推進も重要と
なる。
自由討論
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
・ 河野:海洋資源、海洋情報といっても多様で、一元化を進めることが大切である。
・ 山本:生物分布の位置や個体数の情報等は限られたデータから想定したレベルでしか
わからない。海洋生物の分布に関してはユネスコが Ocean Biogeographic Information
System (OBIS)というシステムを運営しているが、生物量は水産資源の観点から算
出され、総合的生物量のデータにはなかなか出てこない。武藤氏が発表したデータベ
ースには水産物・生物のデータベースは含まれるのか。また、現状では生物に関する
データはどのように利用できるのか。
・ 武藤:海洋情報の一元化や海洋計画では生物に関する情報も対象となる。様々な機関
が情報を出し合って協力していくこととなっているが、省庁の壁が障壁となっている
国もある。
そもそも生物のデータが十分ではなく、
例えばオーストラリアの Bioregional
Planning では、生物調査を行うこともプロセスに含まれている。
・ Simon: 漁業、海洋資源と言った情報は散在しており、全体図を示す情報へのアクセス
がない。一元化された情報にアクセスできる場所が必要である。
・ 山本:同じ国連の中でも情報の散在が起こっているのか。
・ 河野:これまで各分野で条約が策定されてきたし、各国の国内法の規定や情報が断片
的に構築されてきたのは事実である。これらの情報をどのように結び付けるかが大切
である。情報の特性と海の使い方の特性とについてそれぞれの分野で発展してきたも
のを統合することを検討する必要があるだろう。
・ 山本:海洋研究開発機構(JAMSTEC)では生物のデータベースを維持、公開している
が、あくまでも日本周辺海域だけの取り組みである。今後を考えると、統合のための
プロジェクトや指針が必要であると感じる。
・ Simon:現状として、競争が激化していたり、責任の所在が曖昧になっていたりする。
明確な戦略を持ち、責任の所在を明らかにする必要がある。
・ 武藤:情報を一元化するだけでなく、それをいかに意思決定に活用するかが重要であ
る。意思決定者向けのキャパシティビルディングや、一元的情報利用のベストプラク
ティスの共有も必要である。
・ Linden:一元化されたデータベースの実現性についてどう考えているかに興味がある。
軍事戦略にも応用されうるという安全保障上のリスクがある中で、海洋情報を共有す
ることは現実的であるのか。
・ 金田:フィリピンが南シナ海問題で、仲裁裁判所に中国を提訴した際の申し立てのう
ち一部は受理されたが、一部は受理されなかった。日本が学ぶべき点はなにか。また
は教訓はなにか。
・ 河野:この事件で、フィリピンは多くの申立を出している。その中で、仲裁裁判所が
管轄権を認めたものと、本案段階に判断を先送りにしたものがある。国際裁判では、
どの申立が認められるかについて必ずしも保証がないので、日本にとっては、できる
だけたくさん申立をすることが教訓として挙げられる。また、どのような裁判所がど
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
のような目的や機能を有しているのか、裁判手続きの特性等をよく検討した上で裁判
手続きを選択する必要がある。国際裁判では 100%勝訴、100%敗訴という決着のつき
方はほとんど見られない。両当事者の言い分をある程度認める判決が出されることが
多い。そうした国際裁判手続きでは、国際裁判という手法をどのように利用するのか
を意識し、紛争主題を構成することが重要であると思われる。適切な国際裁判所を選
択することは非常に重要である。
・ 金田:宇宙からの監視をチャレンジの一つとした意図はなにか。
・ 武藤:挑戦に加え機会という意味合いで発表資料内に記載している。海と宇宙のコミ
ュニティはまだ十分に連携されていない部分があり、共有の枠組みをいかに構築する
かが課題である。また、セキュリティ上共有が難しい情報もあり、その扱いも課題と
なる。
・ Simon:リモートセンシングはセキュリティの観点でも活用できるが、プラスチックの
漂流物の追跡等にも使用可能である。
・ 河野:リモートセンシングについては、どの宇宙・地上情報とどの海洋情報が使える
のかの選択も必要である。
第三部 海洋セキュリティ
第三部では、防衛省防衛研究所
橋本靖明部長をモデレーター、岡崎研究所
金田秀昭理
事、世界海事大学(WMU)Olof Linden 教授、早稲田大学法学学術院 河野真理子教授を
パネリストに、海洋セキュリティについてパネルディスカッションを行った。登壇者間の
意見交換ならびにフロアを含めた自由討論に先立って、各パネリスト・モデレーターより、
短いプレゼンテーションが行われた。
「海洋利用と安全」
(防衛省防衛研究所政策研究部長
橋本靖明)
大量物流の時代の到来により、輸送路としての海洋の重
要性がますます増大すると同時に、経済の国際依存も高
まっている。一方で、ソマリア沖等に限らず頻出してい
る海賊行為が海洋の安全を脅かしている。海賊が頻出す
る原因の一つには、彼らが陸上で困窮していることがあ
る。つまり、陸上の問題は海上の問題に直結しており、
海賊を捕まえて裁判にかければ海賊問題は解決するわけ
ではなく、総合的な対策が必要である。さらに、資源の
獲得や物資の自由な運搬を求めて、一部の国家は国連海
洋法条約(UNCLOS)を無視してでも海上の国境の主張を押し通そうとしている。これら
の国家に対しては、海洋管轄権を尊重しつつ、法に基づいて適切に調整を行うことで、航
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
海の自由を確保するための国際協力を進めるべきである。
また、海洋の利用進展とともに海洋環境の汚染も大きな問題になっている。特に食物連鎖
のトップにいる人間は、自分達が廃棄したごみを巡り巡って自らが摂取する危険性もある。
現状を踏まえた上で、喫緊の問題として解決法を議論することが大切である。
「海洋セキュリティと海賊関係について」(早稲田大学法学学術院教授 河野真理子)
海賊問題に対して、我が国として何ができるのかについて
問題提起する。UNCLOS には、普遍的管轄権についての
条項があり、海賊行為は人類全体に対する敵であるという
認識の下、「すべての国」が「海賊行為の抑止のための協
力の義務」を負うことを定めているが、日本はこれに対応
する国内法を整備してこなかった。
しかし、マラッカ海峡における海賊行為が頻繁に発生する
ようになってから状況が変わり、海洋航行の安全に対する
不法な行為の防止に関する条約(1988 年)や改正議定書
(2005 年)が制定された。
我が国においては、ソマリア沖の海賊行為については、国連の安全保障理事会の決議もあ
り、その対処に関して国内法が制定され、海賊行為への対処と容疑者についての訴追と裁
判が可能となった。また、沿岸国の協力体制の構築も促進された。しかし、言語の問題を
はじめ、多様な実務的な問題が残っている。また、ソマリアから遠く離れた日本で裁判を
していても根本的な問題(貧困等)は解決されない上、年齢的に成熟していない犯人を日
本で処罰することの効果がどの程度あるかについても疑問に感じている。
アジアの国々のように沿岸国のキャパシティビルディングが効果的と考えられる場合や、
ソマリアのように周辺国に支援を求められない場合があるため、各海域や沿岸国の特性に
ついて検討しつつ適切な対応を行う必要がある。
「MDA(海洋状況認識)―海洋監視情報」
(岡崎研究所理事
海洋状況認識(以下 MDA)について宇宙の活用という観
点から説明する。第二次安倍内閣の 2013 年 1 月には宇宙
基本計画の第一次改定が、2015 年 1 月には第二次改定が
行われ、海洋監視情報の共有が強化されることとなった。
防衛省の新基本方針においても、宇宙空間が活動空間、基
盤空間、
対処空間に 3 区分され、
安全保障問題として MDA
を含む多くの具体策が取り上げられた。さらに、新日米防
衛協力指針でも MDA が取り上げられ、注目が高まってい
る。
金田秀昭)
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
MDA に関する検討は、現在「知見を取りまとめる」段階にある。海洋・船舶情報といった
動的情報と、基本情報ならびに社会・海事・インフラ情報といった静的情報の取扱いや分
担は各省庁に配慮して行われており、現在合意形成が進められている。MDA は、安保・防
衛のみならず、民生・治安面での監視・観測への活用にも有用であるが、公表や共有可能
な情報を特定することが重要となるため、情報の管理は各省庁が行うが、入出力管理は内
閣府直属のデータ管理センターを新設して担任させる仕組みを構築することが望ましい。
「海洋セキュリティの観点による気候変動の課題」
( 世界海事大学 教授 Olof Linden)
海洋セキュリティと関わりの深い、気候変動について議
論する。これまで、気象変動の議論が多くなされてきた
が、その一つとして氷河の減少がある。現在、新たな原
因として海流の方向の変化が考えられている。もう一つ
の大きな問題としてはプラスチック、特にマイクロプラ
スチックの問題がある。マイクロプラスチックの影響は
明らかになっていないが、プランクトンがマイクロプラ
スチックを摂取していると考えられており、食物連鎖の
頂点にいる我々人間に大きな影響があると警鐘が鳴らさ
れている。さらには、北極海にも課題が多数ある。例えば、商船が北極海の自由な航行を
求めているが、
「無害航行」を名乗る船舶であっても現実的には無害ではなく、沿岸国の利
害だけでなく環境にも配慮した航行が必要である。
自由討論
・ 橋本:日本の海賊に対する国内の法整備は十分であると考えるか。
・ 河野:現時点では必要な法整備は済んでいると思われる。法律に基づき、警察権限を
持つ海保が自衛隊の護衛艦に乗り込むことで海賊の拘束が可能となっている。
・ 橋本:海保の人員が乗り合わせていなかった場合、海自は逮捕できないのか。
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「海洋ガバナンス・海洋セキュリティを巡る動向と展望」
・ 河野:現状では自衛官は警察権を行使できない。
・ 金田:当該船を現場に留め、管轄する沿岸国の法執行機関に引き渡すことになろう。
・ 橋本:米国以外との MDA 協力は考えうるか。
・ 金田:まずは、国内の関係省庁間の情報共有や総合化が必要である。防衛の観点では
日米をはじめ、豪州など良識ある海洋国家と連携することが大切である。その際、こ
れら諸国とのシームレスな連携が何より重要となる。
・ 橋本:海洋にはマイクロプラスチックに付着したポリ塩化ビフェニル(PCB)の問題
もある。これらの膨大な海洋情報をまとめる役割は存在するのか。
・ Linden:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が気候変動についてはデータ集約を
担っている。ある程度政治的な一面はあるが、科学的な情報が集約されているという
点において、ロールモデルとなるだろう。
閉会の挨拶(東京大学公共政策大学院長
城山英明)
2 年間に及ぶプロジェクトの 1 年目のワークショップとし
て、幅広くどのような課題があるのかを把握でき、有意義
なワークショップとなった。さまざまな議論があったが、
情報、環境、安全保障に関する課題が代表的な課題であり、
多様な情報をどのように繋いでいくかが焦点となるだろう。
また、セキュリティの接点が多次元的になってきている。
例えば、不法漁船とテロや人身売買問題との関係性の話等
は象徴的であった。
これらを踏まえた上でフィージブルな政策を考えていかな
ければならない。民間の自主規制で成り立っていた海洋の世界で、情報の断片化をどう解
決していくのかが今後注目されるのではないか。単に情報を統合すれば済む問題ではない
ということも認識している。
本ワークショップは、実務とアカデミックの連携事業としても有意義なテーマを取り扱う
ことができたと考える。
来年の 1 月にもう一度ワークショップを開催する予定であるので、
今後も意見等を寄せていただきたい。
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