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大学教育の 国際的通用性 - Kei-Net

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大学教育の 国際的通用性 - Kei-Net
03/特集2/2010.11 10.10.26 11:15 AM ページ 1
特集2
大学教育の
国際的通用性
特に最近、大学教育において国際的通用性を目
指したさまざまな改革とそれに対する支援が行わ
れている。2008年12月に公表された中央教育審議
会答申「学士課程教育の構築に向けて」において
も、
「グローバル化する知識基盤社会、学習社会に
あっては、国際的通用性を備えた、質の高い教育
を行うことが必要である」とされている。
ユニバーサル化した日本の大学教育は、これま
で大学に進学しなかった層への対応とともに、国
際的通用性をも考える必要性に迫られているのだ。
既にさまざま改革が行われているが、今回は3
つの話題を取り上げた。大学教育の国際的通用性
として、専門分野や各大学においてどのような考
えのもとに、どのような取り組みを行っているの
かその一端を紹介する。
全体像
1
?
!
日本の高等教育における国際的な質保
教育情報の公開・発信がまず前提
証やグローバル化への対応のために必
海外の大学との連携促進のためにも、
要なことは何か
教育情報の明示が不可欠
p14 文部科学省 氷見谷直紀 国際企画室長
専門分野における改革ーー獣医学教育
2
?
国際的に求められている獣医学教育の
質保証への日本の対応は
モデル・コア・カリキュラムの策定、
評価システムの構築、共同学部・学科の
設置などにより国際水準を満たす獣医
学教育を行う
!
p16 日本学術会議副議長 唐木英明 先生
各大学の戦略
3
4
?
?
世界水準のリベラルアーツ教育を展開
p18 国際基督教大学 日比谷潤子 副学長
医学教育において国際水準の臨床実
習を展開
p20 東京医科歯科大学 田中雄二郎 学長特別補佐
!
Kawaijuku Guideline 2010.11 13
03/特集2/2010.11 10.10.26 11:15 AM ページ 2
教育情報の公表・発信が国際的な質保証につながる
文部科学省 高等教育局 国際企画室長 氷見谷直紀 氏
単位授与、成績評価、学位プログラム
などが十分に可視化されていない
識・技能が身につくのかが、学生や受験生・保護者など、
さらには社会全体が理解できるものになっていない観が
あります<表1>。
大学教育の質保証が世界的な課題になってきたことを
これは、日本の大学がドイツを手本として誕生したこ
受けて、2005年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)と
とも関係しています。つまり、大学で何を身につけるか
OECD(経済協力開発機構)は「国境を越えて提供され
は学生個々に委ねられているという考え方が根強かった
る高等教育の質保証に関するガイドライン」を制定。そ
のです。大学進学者が一部に限られていた時代なら、そ
れに基づいて、各国がそれぞれの責任において、高等教
れでもよかったかもしれません。けれども、大学がユニ
育の質保証システムを構築することが承認された。
バーサル化した現代においては、多様な学生が入学して
では、日本の質保証システムは国際標準を満たすもの
きます。在学中にどのような能力を養成し、社会に送り
になっているのか。文部科学省高等教育局国際企画室の
出すのか。それを明確にすることが、受験生の大学選び
氷見谷直紀室長は、次のような課題を指摘する。
の際の重要な資料になりますし、教育情報を積極的に公
「日本の質保証システムには、①大学設置基準、②大
学設置・学校法人審議会が審査する設置認可、③国の認
証を受けた機関による認証評価(アクレディテーション)
表・発信することは世界的な潮流にもなっているので
す」
本誌9月号の特集で取り上げた教育情報の公表・発信
の3段階があります。他国と比較すると細かく明確に定
が、国際標準の質保証システムを確立する上でも不可欠
められており、国際的に見て、仕組みも内容も遜色ない
というわけだ。
ものだと考えています。ただし、課題もあります。それ
は、各大学の単位授与、成績評価、学位プログラムなど
海外の大学との連携を促進するためにも
教育情報の明示が不可欠
が十分に可視化されていないことです。シラバスは公開
されていますが、それを読んで、具体的にどのような知
今後さらに進行すると予想されるグローバルな大学間
<表1>我が国および諸外国における単位互換を支える諸制度の現状
[ 日本 ]
これまでの状況
単位授与
・履修内容
・履修時間
成績評価
・大学が定める基準
最近の改善に向けた取組
(大学設置基準の改正等)
主観的で厳密でない基準
主観的で厳密でない基準
シラバス
・授業科目
・授業予定
・準備すべき学修
・到達目標
・参考図書 等
個々の授業科目の
詳細が事前に明ら
かでない
学位プログラム
・人材養成の目的
・知識技術体系
・獲得できる能力
一定の知識修得が
学位授与の前提と
されていない
十
分
に
可
視
化
さ
れ
て
い
な
い
・単位の実質化
・GPA ・シラバス
・キャップ制 ・セメスター制
等
[ 先進事例(欧州の取組)]
今後の方向性
単位の実質化の更なる徹底
成績評価基準の明示を基準化
GPA制度の更なる
(全大学の約4割がGPAを導入) 導入と積極的運用
シラバスの作成・記載を基準化
(全大学の96.1%が導入)
・シラバス活用の徹底
化と内容の充実
・学部、研究科ごとに人材養成
目的の公表を基準化
・学位プログラムの一
層の体系化と可視化
(中央教育審議会で検討)
アジアにおける交流上の留意点として、数年前に単位制度を導入するなど、
国情に著しい多様性があることに留意
グ
ッ
ド
・
プ
ラ
ク
テ
ィ
ス
へ
の
財
政
支
援
ECTS(欧州単位互換制度)を創設し、共通の
可視化された制度
・学習量 ・1年間で取得すべき単位
・各国の単位との換算方法を可視化
・7段階制による、相対評価を行うことを基準化
・チューニング
(学問分野ごとにコアカリキュラムを作成)
・学位プログラムの考え方が浸透
・各国の学位制度を整理
(学士、修士、博士の3段階)
欧州の取組も参考にしつつ、アジア諸国の連携・合意の下に、
大学間交流を通じ東アジア共同体の形成に貢献していくことが重要
(文部科学省資料)
14 Kawaijuku Guideline 2010.11
03/特集2/2010.11 10.10.26 11:15 AM ページ 3
特集2 大学教育の国際的通用性
連携のためにも、教育情報の公表・発信が重要になると、
氷見谷室長は語る。
<表2>OECDによるフィージビリティ・スタディの構想
(1)実施分野
「ダブル・ディグリー(2つの大学にそれぞれ在籍す
①一般的技能
る、より短い期間で学位が取得できる制度)など、国際
②分野別技能(工学および経済学)
③付加価値(高等教育機関による付加価値の評価方法に関する検討)
交流の活発化を促進したいと考えており、今年5月には
④背景情報(学習成果の評価を間接的に示す指標に関する検討)
『我が国の大学と外国の大学間におけるダブル・ディグ
リー等、組織的・継続的な教育連携関係の構築に関する
ガイドライン』も策定しました。海外の大学と単位互換
協定を結ぶためには、当然、相互の教育内容に共通の土
台が必要になります。海外のハイレベルな大学と連携す
ることによって、日本の大学が自らの教育水準を高める
ことも期待できます」
もちろん、「留学生30万人計画」の旗印のもとに、大
量に流入してくる外国人留学生に対しても、学びの中身
が明確になっていなければ、優秀な学生を確保すること
(2)参加国・参加機関
各分野について、約4カ国からそれぞれ10機関程度の参加を予定
(3)参加表明国(15カ国)
一般的技能:コロンビア(調整中)、
エジプト、
フィンランド、韓国、
クウェート、
メキシコ、
ノルウェー、米国※
分野別技能(経済学)
:ベルギー、
エジプト、
イタリア、
メキシコ、
オランダ、
ロシア
(工学)
:日本、
エジプト、
オーストラリア、
スウェーデン
※米国は州立大学経営者協会(State Higher Education Executive Officers(SHEEO))
を通じて参加し、
コネチカット、
マサチューセッツ、
ミズーリ、ペンシルバニアの高等教育機関が参加予定
※背景情報は一般的技能、分野別技能の参加機関が任意で実施
※付加価値は当面の間実施しない
(文部科学省資料)
は困難だろう。
その意味では、教育情報の公表の促進において、「公
式教育大臣会合でAHELO導入を提案した。日本も参加
的な教育機関として公表が求められる情報」(法令によ
の意志を表明し、OECDから提示された4分野(一般的
る義務化)、「教育力の向上の観点から公表が求められる
技能、背景情報、工学、経済学)のうち、工学に参加す
情報」(努力義務化の項目もあり)の2つだけでなく、
ることになっている。
法令により義務化がされていない「国際的な情報発信の
現在、OECDでは、一般的技能、工学、経済学の3分
観点から想定される情報」に関しても、積極的な発信が
野でフィージビリティ・スタディ(試行的に試験を行い、
望まれるといえよう。
本格的な実施可能性を明らかにする調査)を進めており、
「いずれにしても、在学中にどのような能力を養成す
日本は工学にオーストラリア、エジプト、スウェーデン
るのかを明示し、学生の学習成果をきちんと評価して、
とともに参加している<表2>。先導的大学改革推進委
それを踏まえて教育改善に努めることが、国際的に認め
託事業として、東京工業大学を中心とする調査研究チー
られる質保証システムとして、最も重要になります」
ムに、研究を委託している。
今後のスケジュールとしては、2011年6月までに、暫
(氷見谷室長)
OECDが推進するAHELOの
フィージビリティ・スタディが進行中
定的な評価枠組み、評価方法の開発などの小規模な検証
を実施する予定である。
大学教育の国際的通用性という観点では、AHELOが
教育情報を公表・発信する際に、客観的な評価、でき
実施されれば、国際的な共通の尺度で学習成果を測るこ
れば他大学と比較可能な指標があれば、説得力を高める
とができるという点で注目されることになるが、この点
ことができる。その指標の1つになる可能性があるのが、
について氷見谷室長は次のように話す。
である。各国
「高等教育の質を測るといっても、高等教育が非常に
の高等教育機関で学んだ学生が、在学中にどれだけの知
多様なため、そもそも質を測れるのか、さらにどのよう
識・技能を身につけたか、その学習成果を国際的に共通
にすれば質を測ることができるのか、というところから
の基準で評価しようというプロジェクトだ。
調査研究がスタートしています。調査研究には注目して
OECDが導入を目指しているAHELO
(*)
OECDでは、高等教育の質がその国の経済発展に大き
いますが、まだスタートしたばかりです。AHELOは教
な影響を及ぼすことから、これに着目。加盟国内の人的
育情報の公表にある『学習成果』としての位置づけであ
交流を促進するためにも、いずれは共通性の高い教育の
り、大学教育の国際的通用性という意味においては、教
質を目指す必要があるとして、2008年1月のOECD非公
育情報の公表・発信が前提と考えています」
(*)AHELO…Assessment of Higher Education Learning Outcomes
Kawaijuku Guideline 2010.11 15
03/特集2/2010.11 10.10.26 11:15 AM ページ 4
日本の獣医学教育の国際的通用性
日本学術会議 副議長 唐木英明 先生
国際獣疫事務局により求められている
獣医師の質の保証と向上
うではそれらの脅威に国際的
に立ち向かうことができませ
ん。そこで、獣医学教育のレ
獣医学教育の充実に向けて、世界的に取り組もうとい
う動きが活発化している。
2004年に環境、食糧、感染症など人類が21世紀に解決
すべき課題を解決するための原則・行動計画を明示する
ベルに国際的共通性を持たせ
ようというのが、OIEの狙い
です」
OIEではまず、世界の獣医
ものとして「マンハッタン原則」が出された。そこでは
系大学・研究機関を調査した。「その結果、最も評価が
獣医師の育成と役割の重要性が謳われている。続いて、
高いのが欧米諸国。残念ながら、日本は『中の下』と判
2009年10月には、国際獣疫事務局(OIE)が「より安全
定されました。先進国ではもちろん、アジアの中でも評
な世界のための獣医学教育の新展開」という勧告を公表。
価は低く、日本の獣医学教育関係者は大きなショックを
世界各国の獣医師の質の保証・向上を喫緊の課題とし、
受けました」(唐木先生)
改善の方向性について提言をとりまとめている。OIEは、
今後、OIEでは、獣医学教育に必須とされ、かつ国際
家畜の病気に関する問題を扱う国際機関で、狂牛病
的通用性を持つコアカリキュラムモデル(*)の作成など
(BSE)が発生した時に対応した機関として知られる。
について検討する予定である。日本の獣医学教育におい
こうした国際機関が獣医学教育の現状に危機感を抱き、
てもそれを満たす教育体制を構築しなければ、日本は世
勧告を行った背景を、日本学術会議副議長の唐木英明先
界から取り残されてしまうことになりかねない。
生(東京大学名誉教授)は次のように解説する。
「近年、国境を越えた動植物の輸出入、人の移動など、
規模が小さく、すべての分野を網羅できる
教員数を確保することが困難
経済活動のグローバル化に伴って、感染症や食品の安全
性について、世界的に考えなければならない状況です。
もはや国ごとの対応では限界がありますし、口蹄疫、鳥
日本の獣医学教育への評価が低い理由について、唐木
先生は「問題点は明白」と語る。
インフルエンザ、狂牛病などの人獣共通感染症の脅威も
「最大の問題点は、獣医系大学の規模が小さいことで
強まっており、病気を人間と動物で分けて考えることも
す。欧米の大学の多くは1学年の学生定員が約100名で、
できません。
教員も約100名。動物の飼育管理者などの技術者まで含
そこで考えられたのが『One World-One Health』で
めると200名近くにのぼります。対して、日本の国立獣
す。これは、動物の健康、人の公衆衛生、環境衛生は1
医系10大学は学生定員が少ないこともあって、平均の教
つにつながっているという意味です。では、これをいか
員数は25名。獣医学に必要なすべての学問分野を網羅し
に守っていくのか。人間の健康は医師が主に担当します
たカリキュラム編成は困難な状況です。特に大動物臨床
が、動物と食糧は獣医師が担う必要があります。という
や、人獣共通感染症に関わる公衆衛生分野の科目は不十
のも、貿易されている食品の相当の割合を畜産物が占め
分です。この問題を解消するためには、国立10大学を3
ているからです。日本では獣医師というと、犬や猫など
∼4大学に再編・統合するのが最善の策と言えます」
のペットの医師というイメージがありますが、欧米では
実は、この問題点については、かなり以前から指摘さ
公衆衛生や人獣共通感染症の専門家として大活躍してい
れており、改革に向けての議論も重ねられてきた。だが、
るのです。人獣共通感染症は、国境を越えて広がる可能
そのたびに異論が続出したことも事実だ。その流れを簡
性がありますから、国によって獣医師の能力が異なるよ
単に振り返っておこう。
(*)コアカリキュラムモデル…世界中で必要とされ認知された基本的資質能力(キー・コンピテンシー)を獣医師が身につけるために必要な基本的技能を意味する
16 Kawaijuku Guideline 2010.11
03/特集2/2010.11 10.10.26 11:15 AM ページ 5
特集2 大学教育の国際的通用性
1984年、獣医学教育は6年制に完全移行し、修業年限
的なガイドラインが提示される予定だが、日本では既に
は国際水準に達した。しかし、教員数がネックとなり教
「獣医学教育モデル・コア・カリキュラムに関する調査
育内容の充実を図ることは難しかった。1986年、1997
研究委員会」が組織されており、来年3月までには最終
年と、大学基準協会が18講座以上、学生60名に対して
版獣医学モデル・コア・カリキュラムが策定される予定
教員は72名という基準を定めたものの、国公立大の中
である。
で獣医学部であるのは北海道大学のみで、他は学科であ
また、口蹄疫などで浮き彫りになった大動物臨床や公
ることから専任教員の増加は進まなかった。2001年には
衆衛生獣医師の不足解消や、
「新成長戦略」におけるライ
国立大学農学系学部長会議が、72名が難しい場合は54
フ・イノベーションの担い手として獣医師養成数を1.3倍
名程度(教授18名以上を含む)が最低限必要、各大学
にするという方針が打ち出されるなど新たな動きもある。
の自助努力で改善できない場合は再編を考えるという基
本方針を出した。これにより再編が進むかに見えたが、
北海道大と帯広畜産大、山口大と鹿児島大で
共同教育課程設置
2004年からの国立大学法人化により中断している。
「一定数の教員数の確保という点から見て、おそらく
さらに、各大学でも新たな動きが見られる。2012(平
再編・統合が最善策であることに異論のある人はいない
成24)年度から、北海道大学と帯広畜産大学が「獣医学
でしょうが、どの大学も、附属病院を持ち、相応に人気
共同教育課程」を設置することを公表。両大学共通の教
のある獣医系を手放したくないのが本音で、総論賛成、
育カリキュラムを編成するほか、卒業者には両大学学長
各論反対になってしまうのです。自分の大学に統合され
の連名で学位が授与される。また、山口大学と鹿児島大
るのなら賛成だが、他大学に吸収されるのは困ると、学
学も、2012(平成24)年度に「共同獣医学部」を設置す
長や、時には地方自治体の首長などから反対意見が表明
る構想で、検討に入っている。どちらも国際水準の獣医
されることもあり、改革が頓挫してしまうわけです」
学教育を行うことが念頭におかれている。
( 唐木先生 )
「この試みがうまくいくかどうか、カリキュラムの内
しかし、近年、再び獣医学教育の改善・充実に向けて
容にかかっていると思います。同じ名称の講座を両大学
動き出している。2008年11月、文部科学省は「獣医学
に設置するのではなく、例えば臨床系の科目を充実させ
教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」を設置。
るため、A大学が薬理学なら、B大学は臨床薬理学を開
数回にわたる検討の中で、これまでの各大学の自助努力
講するなど教育内容の充実を図るとともに、公衆衛生や
の結果、ある程度の改善は見られているものの、教員数
大動物臨床の講座を増やし、いずれは欧米並みのカリキ
が少ないため、導入教育や臨床獣医学については不十分
ュラムにしてほしい。今回の共同教育課程設置の動きが、
であり、獣医疫学や動物行動治療学など新しい分野への
その端緒になることを、私は期待しています。そうでな
対応が遅れていること、獣医師として求められる実践的
ければ、今後行われるOIEによる外部評価に耐えうるだ
な力を育む教育に課題があることなどが、改めて浮き彫
けの教育内容を満たすことは困難で、国際的通用性の観
りなった。
点から見ても問題です」
( 唐木先生 )
そこで、モデル・コア・カリキュラムの策定による教
最後に、日本の獣医師の質を高めるためには、受験生
育内容・方法の改善・促進、教育の質を保証する評価シ
に考えてほしいこともある。これまでの獣医系志望者は、
ステムの構築(共用試験、第三者評価など)、共同学
ペットなどの小動物臨床に携わる獣医師をイメージして
部・学科の設置など大学間連携の促進による教育研究体
入学を希望する場合が多かった。大動物臨床や公衆衛生
制充実、新たに必要性が高まった生命科学分野の教育研
に関する仕事は、3Kと言われており、獣医師の数を増
究の推進などを柱に改善・充実に関する方向性が示さ
やすだけでなく待遇改善なども必要であるが、OIEの勧
れ、2009年7月頃からまとめの段階に入っていた。しか
告にあるように、獣医師はライフサイエンスを担う専門
し、政権交代に伴って、一時中断していたところに、冒
家であり、環境、食糧、感染症などの課題を解決する専
頭で紹介したようにOIEからの勧告が出されたのであ
門家でもある。国際的なこれらの課題に対応する専門家
る。
を育成する学科でもあるという認識を持つことも必要だ
モデル・コア・カリキュラムについては、OIEで国際
ろう。
Kawaijuku Guideline 2010.11 17
03/特集2/2010.11 10.10.26 11:15 AM ページ 6
世界基準のリベラルアーツ教育を展開するICU
国際基督教大学 日比谷潤子 学務副学長
アメリカのリベラルアーツ大学
アメリカには、数多くのリベラルアーツ大学がある。
も講義形式ではなく、対話形
式が中心だ。授業中に教員は
学生にどんどん意見を求める
各種大学ランキングを見ると、研究大学、リベラルアー
し、学生も積極的に質問する。
ツ大学、芸術大学など、カテゴリー別の評価となってお
授業中に解決できなかった疑
り、リベラルアーツ大学は、大学ランキングの一角をな
問は、コメントシートを使っ
している。カテゴリー別になっているのは、それぞれに
て教員に投げかけることもで
目指す教育の方向性が異なるため、同一基準で比較する
きるし、教員のオフィスを訪ねて質問することも可能だ。
ことが難しいからであり、大学側にも各カテゴリーの中
で切磋琢磨しようという意識が強い。
海外の大学の正規課程ですぐに学べる
英語力が身につくELP
リベラルアーツ大学の源流はヨーロッパにあるが、特
にアメリカでは、名門といわれるリベラルアーツ・カレ
また、ICUでは、日英バイリンガリズムによる教育
ッジが各地に存在する。幅広い教養を身につけるととも
を実施。日本語開講と英語開講の授業があり、学生は自
に、ものの考え方の養成に重点を置いているところに特
分の状況に応じて選択できる。
色がある。少人数制を生かして、ディスカッションを中
それを可能にするために行われるのが「英語教育プロ
心とした授業を展開。事前に大量の課題が与えられ、予
グラム」(ELP)だ。1・2年次に22単位開講され、
習・復習で多忙な毎日を送っている。
そのうち18単位(週8時限以上)が1年次に配当され
一方で、日本にはアメリカ型のリベラルアーツ大学は
ている。入学式翌日にさっそくプレースメントテストが
ほとんど見られなかった。その数少ない1校が国際基督
実施され、英語力に応じて20名前後のクラス(セクシ
教大学(ICU)だ。同大学の教育内容を見ると、まさ
ョンと呼ばれる)に分かれて受講していく。
にアメリカ並みの教育システムが整備されていることが
「生命倫理、人種、教育など、毎年いくつかのテーマ
わかる。そして、それは大学時代にどのような能力を養
を設定して、多様なジャンルの文献を講読します。事前
うべきなのか、国際水準を満たす「学位プログラム」の
に与えられた英文を読んで、自分なりの意見を持った上
確立を目指す上で大いに参考になるものになっている。
で臨まなければ、ディスカッション形式の授業に参加す
教員と学生の比率は17対1
少人数制を生かして「対話型」の授業が中心
ることはできません。毎回、課題も課されます。予習、
課題をこなしていると、1年次は毎日がほとんどELP
の学習に終始するといっても過言ではないほどです」
「アメリカのリベラルアーツ大学の特色は、研究大学
(日比谷副学長)
よりも少人数制になっていることです。学生と教員の比
アメリカのリベラルアーツ大学と匹敵するハードな
率はトップ10校では、多くても10対1で、7対1の大
日々だが、ICUの学生はそれが当然といった感じで、
学もあります。高い専門性を備えたスタッフも数多く抱
学習習慣を身に付けていく。もちろん、こうした徹底し
えており、学生を手厚く支援しています。ICUの教員
た英語教育によって、学生の英語力は飛躍的に向上する。
と学生の比率は17対1と、アメリカの大学ほどではな
ICUでは21カ国62大学と交換留学プログラムの協定
いものの、日本の私立大の中では非常に恵まれています」
を結んでいるほか、多彩な留学制度を設けており、数多
(日比谷潤子学務副学長)
この少人数制のメリットを生かして、ICUでは授業
18 Kawaijuku Guideline 2010.11
くの学生が海外で学んでいる。しかも、留学する学生は、
すぐに正規課程で学べる英語力を備えていることが大前
03/特集2/2010.11 10.10.26 11:15 AM ページ 7
特集2 大学教育の国際的通用性
提になっている。実際、ほとんどの学生は、海外で取得
した単位が、帰国後、ICUの専門科目として認定され
ているそうだ。極めて高い英語力が養成されていること
を証明している。
「物事を鵜呑みにしない」
クリティカル・シンキングを身につける
<表>メジャー 一覧
美術・考古学
音楽
文学
哲学・宗教学
経済学
経営学
歴史学
法学
公共政策
政治学
国際関係学
社会学
人類学
生物学
物理学
化学
数学
情報科学
言語教育
言語学
比較教育
教育・メディア・社会
心理学
メディア・コミュニケーション・文化
日本研究
アメリカ研究
アジア研究
ジェンダー・セクシュアリティ研究
開発研究
グローバル研究
平和研究
環境研究
さらに注目されるのは、ELPは単に「読む」「書く」
「聞く」
「話す」能力を高める授業ではないということだ。
メジャー)することも、さらには2つのバランス配分を
「ELPは導入教育の役割も兼ねています。英語を使
変えて選ぶ(メジャー、マイナー)ことも可能。各自の
いながら、資料の検索法、論文の作成法、討論やプレゼ
志向に応じて、多彩な学びを実現している。
ンテーションの方法など、大学での研究活動に必要なア
どのメジャーを選択するのか、学生が大学側に申告す
カデミックスキルも学んでいきます。また、ELPでは
るのは2年次終了時点だが、2年次までに各メジャーの
大量の英文を読みますが、その際、内容を把握するだけ
基礎科目と専攻科目の一部を履修することも可能で、関
では不十分です。その文章に論理的な破綻、矛盾はない
心のある学問分野が明確な学生は、早めに専門的な学び
か、提示されたデータと結論に明確な因果関係があるか、
を進めることができる。2010年度には大学院の「5年プ
結論は単なる筆者の主観ではないか。そうした視点で読
ログラム」もスタート。このプログラムに応募して選抜
み込んでいきます。授業でも、リーディングなら『物事
された学生は、4年次に「大学院1年履修生候補者」と
を鵜呑みにしてはいけない』、ディスカッションなら
して、大学院の一部の授業を受講でき、学士課程と合わ
『他人に安易に共鳴してはいけない』と教えられます。
せて5年間で大学院修士課程を修了可能だ。飛び級によ
それによって、クリティカル・シンキング(批判的思考
る大学院進学と異なり、学士の学位も取得できる点が特
力)の養成をめざしています」(日比谷副学長)
徴である。リベラルアーツ大学については、専門性が身
このクリティカル・シンキングの養成を重視する点
につかないのではないかという疑問の声もよく聞かれる
も、欧米の大学では当然のことになっているが、日本の
が、このように、しっかり専門的に学べる制度になって
学生はこの能力が最も不足しているという指摘もある。
いる。
しかし、OECDの学習成果の評価に関する国際的な検
「ただし、ICUのメジャーは、高度な知識・技能の
討プロジェクトであるAHELO<15ページ参照>で
修得だけを目指しているわけではありません。特定の専
は一般的技能(ジェネリック・スキル)の中でこの能力
門分野を体系的に履修する中で、その分野特有の方法論
が測定される予定である。仮に一般的技能が国際的な高
の存在を体得することが重要だと考えています。大学院
等教育の教育成果として測定されるようになった場合、
に進学したり、社会に出て仕事をするようになると、1
日本の学生が対応できるのか、懸念する向きもある。そ
つの専門分野だけで対応することは困難で、必ず新しい
の意味では、日常的に授業でそうした能力を鍛えている
分野に挑戦しなければならない局面に遭遇します。その
ICUの学生には、国際的な強みがあると言える。
時に、新分野の知識を覚え込むのではなく、まずその分
メジャーでは方法論を学ぶことが重要
ところで、ICUでは、2008年度、大幅なカリキュラ
野の方法論を身につけるところから始める。そんな意識
を持った人材を育てるところが、リベラルアーツ大学の
特色でもあるのです。実際、卒業生の中には、大学卒業
ム改革を実施。これまで以上に、アメリカのリベラルア
後、法科大学院に進んだり、医学部に再入学したりなど、
ーツ大学の教育の仕組みに近いものとなった。
必ずしも大学時代の専門とは直結しない分野で新たな挑
まず、従来の6学科制を改編し、アーツ・サイエンス
戦をスタートする人が少なくありません」
(日比谷副学長)
学科に一本化。合わせて、32の専修分野を設ける「メジ
将来、多彩な進路を柔軟に選択するための素養を身に
ャー制」を導入した<表>。メジャーは1つだけを選択
つけることができるところにも、リベラルアーツ大学の
することも、文系・理系の枠を超えて2つ選択(ダブル
特色があるといえるだろう。
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世界の医療、医学をリードする医療人の育成を目指す
ハーバード大学と連携し国際水準の臨床実習を展開
東京医科歯科大学 学長特別補佐 田中雄二郎 教授
臨床実習を国際的な水準に
引き上げる改革を実施
学生専用のカルテに転記して
東京医科歯科大学では、2004年度からの国立大学法人
いがあります。さらに、学生
化を見据えて、2002年度からカリキュラム改革に着手。
にも院内PHSを配付してお
2003年度、「今後は教育を最重点課題とする」と宣言し、
り、いつでも呼び出しがかか
新しいカリキュラムを導入した。その背景には、医学教
りますし、ER(救急救命セ
育において先進的な取り組みをしているアメリカの医学
ンター)の研修では、昼夜交
教育と、遜色ない教育内容にしたいという狙いがあった。
替制のローテーションも経験します」(田中教授)
同大学教育委員会委員長の田中雄二郎教授は次のように
語る。
いただけですから、大きな違
6年次に12週間、ハーバード大学で
臨床実習を行うプログラムを導入
「日本の医学教育は、アメリカと比較して遅れている
と指摘されてきました。その最大の要因は臨床実習の内
また、以前の臨床実習は、すべての診療科を各1∼2
容で、国際水準の臨床実習にすることが喫緊の課題だと
週間回っていたが、ハーバード大学では各診療科4週間
考えました。そこで本学では、ハーバード大学と連携協
が原則になっていた。
定を結び、毎年教員を派遣し、同大学の教育現場を視察
「診療チームに溶け込むため、および患者が入院して
(すでに延べ100名以上の教員が参加)。カリキュラム改
から退院するまでの経過を見通すためには、やはり4週
善検討委員会がその調査結果をもとに、本学で導入可能
間程度が必要です。そこで、現在では、内科3カ月、外
なところから順次改善していったのです」
科2カ月、ER、小児科、産婦人科、その他2つの選択
では、アメリカと日本では、臨床実習の在り方にどの
ような違いがあったのだろうか。
「それまで本学を含めて日本の大学の臨床実習は、病
科各1カ月、と長期間研修できるようにしました。その
分、残りの診療科については1週間ずつの研修になって
います」
(田中教授)
院実習をするといっても医師が何をやっているかを見る
さらに、東京医科歯科大学附属病院では2006年度から
『見学型』でした。対して、アメリカでは学生も完全に
ERを開設。それまで年間の救急車受け入れ台数は
診療チームの一員として活動し、一部診療にも参加する
2,000∼3,000台だったが、現在では約7,000台と、約3倍
『診療参加型臨床実習(クリニカル・クラークシップ)』
に増えている。これは国立大学附属病院としては最も多
です。当然、学習の深さに大きな違いが出てきます。そ
く、学生の臨床実習にも役立てられている。
こで、本学の臨床実習では、診療参加型臨床実習を取り
2004年度からは、6年次4月から12週間、学生がハ
入れ、現在は、臨床医の監督の下、学生も1∼2名の入
ーバード大学教育病院で臨床実習を行うプログラムがス
院患者を受け持ちます。学生の役割は、担当患者が入院
タート。例年7∼8名の学生が参加している。さまざま
したときに研修医よりも先に問診し、診察し、研修医の
な国の学生とともに研修を積むことによって、国際感覚
アドバイスを踏まえて、カンファレンス(症例検討会)
も養っている。
で説明することです。また、指導医が内容を確認します
が、電子カルテを記入することもできますし、入院から
「医学英語コース」を開設
海外での学びに積極的な学生が増加
退院までの経過や治療内容をまとめる退院サマリーの第
一稿も学生が書くことになっています。以前の見学型臨
床実習では、研修医の書いたカルテやサマリーを読んで、
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カリキュラム改革のもう1つの柱になっているのが、
英語教育の充実である。1年次後期から4年次前期まで、
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特集2 大学教育の国際的通用性
<図1>東京医科歯科大学医学英語コース
<図2>カリキュラムカレンダー(案)
・医学知識習得Stageに合わせた、発音も重視した医学関連英語習得
4人/グループ
・医学知識・臨床技能習得Stageに合わせたTopic ・ 論点の選定
M1
M2
基礎
医学
教養部
2002∼
医学知識
M4
臨床
医学
MIC
臨床技能
1年
M3
2年
3年
Small group
discussion:
Health/Medicine記事
4年
5年
MIC
Small group
discussion:
症例:臨床判断
M5
臨床実習
M6
卒
業
試
験
CBT・
OSCE
6年
Small group
discussion:
症例:EBM
Small group
discussion:
症例:倫理的問題
セプ
メロ
スジ
タェ
ーク
ト
2011∼
教養
基礎
医学
臨床
医学
教養/包括的医療教育
セプ
メロ
スジ
タェ
ーク
ト
臨床実習
卒
業
試
験
週1回、英語で医学を学ぶ「医学英語コース」を開設<
生を支援する「海外研修奨励制度」(1カ月50万円の奨
図1>。外国人の医師、ナースプラクティショナー (*)
学金を支給)もあり、3名の学生が活用している。
などが授業を担当している。テキストは、1∼2年次は
健康問題に関するアメリカの新聞記事、2年次後期から
2011年度カリキュラムを改定
さらに臨床実習を充実させる
は医療倫理関連の論文が中心で、3年次後期からは具体
的な症例が取り上げられる。
「全員、英語の論文を読みこなせるまで到達させるこ
とが目標です。実際、学生の英語力は飛躍的に向上して
ところで、東京医科歯科大学では2011年度に新カリキ
ュラムの導入が予定されている<図2>。
これまでは、1・2年次は国府台キャンパスで教養科
おり、英文の医学系論文データベース『Up To Date』
目を中心に学び、週1日、医学の導入的な科目を学んで
の使用頻度は、本学の学生が圧倒的に高いそうです。入
いた。新カリキュラムでは国府台キャンパスは1年次だ
学時点のTOEFLの平均点もそれまで505点くらいだっ
けになり、2年次から湯島キャンパスに移る。その分、
たのが、ハーバード大学教育病院での臨床実習導入を受
教養科目は、3年次まで週1日湯島キャンパスで学ぶ。
験生が知った2003年度から上昇し始め、2009年度は530
「2年次から医学の基礎学習に入ることができ、専門
点になるなど、入学者の英語力も上昇しています。国際
科目が順次前倒しになります。それによって生まれるゆ
的な教育を実施する大学という評価が、受験生の間にも
とりを生かして、4年次の11月から臨床実習をスター
浸透し、海外志向の高い学生が志望するようになってい
ト。これまで以上に充実した臨床実習を展開する予定で
るという手応えを感じています」
(田中教授)
す。具体的には、現在1週間実施している附属病院以外
東京医科歯科大学では、4年次後期に5カ月間、自分
の病院・診療所での実習を延長することを検討していま
が興味を持ったテーマに専念する「プロジェクトセメス
す。というのも、大学病院は高度先進医療機関なので、
ター」という制度が設けられている。その期間を海外で
いわゆる風邪などよくある病気に触れる機会が不足しが
学ぶ学生も増えている。その1つがロンドンのインペリ
ちだからです。その部分をさらに拡充したいと考えてい
アルカレッジへの留学である。学生の相互派遣の協定が
ます。もちろん、時間的な余裕を生かして、プロジェク
結ばれており、毎年4∼5名の学生が留学している。イ
トセメスターなどで、海外で学ぶ学生が増えることも期
ンペリアルカレッジは、イギリス内の大学ランキングで
待しています」(田中教授)
3位前後に位置しており、これまでにペニシリン発見者
近年、医療の世界でもグローバル化はめざましい。
のフレミングをはじめとして14名のノーベル賞受賞者
「国境なき医師団」など医療人としての国際協力、国連
を輩出。研究志向の高い大学として知られている。この
やWHOなどの国際機関への協力などが想定される。そ
プログラムは、文部科学省「若手研究者支援プログラム」
のときに、世界の研究者と対等に、あるいはリーダーと
にも採択され、留学者には今後3年間奨学金80万円が
して活躍するためには、国際的に通用する医学の知識・
支給されることになった。
技術、さらには十分な英語力と国際感覚が必要になる。
そのほか、プロジェクトセメスターの期間中に、今年
度は、チリの大学で6名、ガーナの大学で2名が学んで
東京医科歯科大学では世界をリードする医療人の育成に
向けて、国際的にも通用する医学教育を行っている。
いる。さらに、海外の研究機関で高度な研究に携わる学
(*)ナースプラクティショナー…医師との連携・協働のもとに自律して一定の医療行為を行うことができる看護師。日本でも日本看護協会が創設・法制化を求め
ている。
Kawaijuku Guideline 2010.11 21
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