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南アルプス概論 長野県版

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南アルプス概論 長野県版
南アルプス概論 長野県版
ダイジェスト
南アルプスをテーマとして、自然景観・共生、地形・地質、生態系・生物多様性といった
様々な角度から、その素晴らしさやそれらを取り巻く環境についてまとめました。
南アルプスという財産に誇りを持ち、その貴重な自然を後世に引き継いでいきましょう。
さらには、南アルプスの世界自然遺産登録に向けた機運の高まりにつなげられればと考えます。
南アルプス世界自然遺産登録長野県連絡協議会
(飯田市、伊那市、富士見町、大鹿村)
南アルプス世界自然遺産登録長野県連絡協議会学術調査検討委員会
南アルプスの概要
南アルプスの山々
日本アルプスの一番南側、温暖な太平
洋に近いところに連なる3,000m級の山
々が南アルプス(赤石山脈)です。北か
ら、甲斐駒・鳳凰山系、白根山系、赤石
山系の3つの山系からなり、仙丈ヶ岳、
塩見岳、赤石岳、聖岳など、3,000mを
超す13座の山々が存在します。
尖峰をもつ北アルプスや中央アルプス
と異なり、南アルプスは稜線に比較的平
■ 南アルプスの山々(※3,000m以上の山は黄文字で表記)
坦な地形が広がり、数多くの特産種を含
む高山植物群落(お花畑)や鬱蒼とした
森林植生が特徴となっています。
南アルプスの河川
南北約100kmを超え、3,000m級の高さを持つ大
きな壁のような存在の南アルプスは、海にごく近い
ところにあるため、太平洋からの湿った空気をまと
もに受けて、たくさんの雨が降ります。冬期は南ア
ルプスも雪に覆われますが、日本海からの季節風で
豪雪となる北アルプスとの比較でいえば、
「雪の北ア
ルプス」
「雨の南アルプス」と特徴付けられます。
南アルプスに降った大量の雨が流れ込む「天竜
川」は長野県の「諏訪湖」を水源とし、仙丈ヶ岳南
西を水源とする「三峰川」
、赤石岳を水源とする「小
渋川」
、兎岳や聖岳などの山々を水源とする「遠山
川」などの支流をあわせ、南下して遠州灘に注ぎま
す。
「富士川」は、南アルプス「鋸岳」を水源とし、
笛吹川との合流点までは「釜無川」、
「早川」をあわせ
駿河湾に注ぎます。
-1-
■ 南アルプスの河川とその支流位置図
(出典:国土地理院発行の 20 万分の 1 地形図「静
岡」
「甲府」
「長野」
「豊橋」
「飯田」
「高山」および数値
地図 50mメッシュ(標高)を基に、カシミール3D
を使用して作成)
多様な南アルプスの山岳景観
鋸岳 (2,685m)
東(甲斐)駒ヶ岳 (2,967m)
仙丈ケ岳 (3,033m)
塩見岳 (3,052m)
荒川前岳 (3,068m)
赤石岳 (3,120m)
聖岳 (3,013m)
光岳 (2,591m)
-2-
1 自然景観・共生
1. 南アルプスの認識
長野、山梨、静岡の県境となり、いくつもの流域を含む南アルプスの山域を、全体として認
識することは困難ですが、その全貌を遠景の山脈として知覚できるのは、伊那谷からだけで
す。瀬戸内海が地域として認識されたのは明治になって瀬戸内海を航路として利用した外国人
によるものだったことが指摘されています。これと同じように、遠景の眺望となる広大な山岳
地域が西欧人によって日本アルプスとして認識され、3つの山岳地域の一つが南アルプスと命
名されました。
それまで、この山岳地域は、流域を遡って広げられた生活空間が各所に見出される地域の集
合に留まっていたと言えます。各流域の地域の住民は古い開発の土台の上に、地域の住民生活
を歴史的に継承してきました。各地域の厳しい自然条件の中に適合して受け継がれた生活文化
によって山村景観の特徴が生み出されたといえます。南アルプス流域の厳しい生活条件と流域
間の交流は南アルプスの山村住民の生活を、山岳の厳しい自然との共生空間によって特徴づけ
ました。一方、生活空間の限界となる山岳環境には豊かな森林を温存し、数十もの高峰を連ね
た山脈の自然景観の特徴を作り出しています。
長野県側の南アルプスの範囲を伊那山脈と南アルプスの尾根に挟まれた区域、天竜川支流の
源流域-中央構造線の渓谷とすれば、南北の延長、およそ、東西幅20キロ、南北長さ90キロ
の天竜川上流域に沿った広大な山岳の地域となります。
鋸岳、東(甲斐)駒ヶ岳、北沢峠、仙丈ケ岳、間ノ岳の稜線
2. 南アルプスの自然景観
南アルプスの自然景観は広大な山岳地域の地形とその地表を覆う植生によって構成され、気
候の影響と動物相、住民の土地利用が地表・植生に作用しています。地殻変動による山脈の形
成とその風雨による侵食は山系と水系による地形の骨格を作り出し、急峻な地形と気候の作用
に即応した植生の変化は、動的な山岳環境を表現しています。遠望の尾根と山頂は間近に急峻
な斜面で人々に迫り、深い源流域からの渓谷は、激しい流れと断崖や崩壊地で行く手を阻みま
す。地表を覆う森林は、山岳の安定に寄与しますが、循環的に巡る風雨の作用によって森林の
大小の破壊が土砂の崩壊を伴って生じます。その破壊は、老齢化した天然林の成長や更新に役
立ち、永続的に天然林を持続させます。
隆起した山系の尾根には標高2,500mを超える山頂が数十を数え、標高の上昇によって森林
は山地帯から亜高山帯、高山帯へと移行します。亜高山帯、高山帯の植生には、低地に阻まれ
て隔離された氷河時代の遺存種が含まれます。植生に伴って動物相も南アルプスに特有な種が
含まれます。こうした山岳環境が登山の対象とされ、貴重な自然を体験できる地域とされ、登
山の登山口、山頂の聖域を目指す登山道、登山道の拠点となる山小屋が各所に見られます。
厳しい山岳の自然環境の保護と利用のために南アルプス国立公園が1964年に設定されて、
-3-
南アルプスが高山と豊富な自然環境を保持した地域として公認されました。世界自然遺産登録
によってさらに、その価値が確定していきます。
3. 南アルプス山村の共生空間
南アルプスを南北に貫く中央構造線の渓谷沿いに多くの山村集落と周囲の農地を見いだせま
す。渓谷沿いの山間地で居住地を見出すことは困難ですが、住民は台地や河川沿いの小高地を見
つけて農業を営んでいます。時に耕作に適した南斜面の崩壊地までが開墾され、奥地や急傾斜な
どに残された山林は様々な資源採取や林業労働の場として農業生産を補う場となりました。
水利の得られない傾斜地では、畑作が主となり、わずかな谷間の水利の得られる場所だけに水
田が見られます。畑作の穀物は麦、粟などの自給作物が主となり、奥地のため、こうした自給生
産が持続し、今日では地域の特産物となり、飯田市上村下栗の急斜面の畑地は南アルプスを背景
として特徴的な農業景観を示しています。
中央構造線の渓谷は三峰川、小渋川、遠山
川の流域に分かれ、流域毎の独自の生活文化
が下流域の交流とともに受け継がれていま
す。伊那市長谷の中尾歌舞伎、大鹿村の大鹿
歌舞伎、遠山谷の霜月祭の行事などが著名で
す。各所に古い城址や社寺、民家も残ってい
ます。中央構造線の谷を秋葉街道が開設さ
れ、当時の宿場町の集落が残っています。集
落に伝わる民話や伝説も豊富であり、山村の
動物との交流や隠れ里の歴史が偲ばれます。
大鹿歌舞伎
下栗の里
霜月祭
秋葉街道
近代の歴史は、交通、森林、水、電力資源の開発をもたらし、自然環境の減退をもたらしま
した。各流域の森林資源開発は生活域と山岳地域の中間に介在した森林地域の衰退をもたら
し、その再現に多くの時間が必要とされます。戦後の経済発展は自給的農業を衰退させ、人口
流出など過疎が問題となり、地域の特徴を再認識した村おこしの取り組みが見られます。
4. 南アルプスの自然景観・共生の現状と課題・展望
森林蓄積の減少は林業経営を困難にし、住民の職場、森林利用も減少しています。国有林は
国立公園区域の多くを占めていますが、森林再生を促進し、持続的な林業経営が急務です。水
資源、災害防止のダムによる流域管理や、リニア中央新幹線による改変は、山麓を含めた景観
と自然環境の保全と再生のために充分な手当てが必要です。
今後、山岳の豊かな自然環境、秘境とも呼ばれる山村の文化環境にふさわしい観光利用が必
要であり、自然、文化の資源を保全、育成することが大切です。
-4-
2
地形・地質
南アルプスの形成過程と様々な地形
1. 赤石山地の地質
諏訪湖を頂点とし天竜川と富士川を2辺とする
山地を、ここでは「(広い意味の)赤石山地」と呼
ぶことにします。その地質は、山地の内部を通る
中央構造線と糸魚川-静岡構造線により大きく3列
に分かれます。中央構造線の西側の伊那山地は
“内帯”、中央構造線と糸魚川-静岡構造線の間の
主稜線を含む赤石山脈は“外帯”、糸魚川-静岡構
造線の東側の巨摩山地は“南部フォッサマグナ”
に属します。
赤石山地周辺の地質図
(100分の1日本地質図[産業技術総合研究所地質調
査総合センター]の一部に地層名・断層名を加筆)
日本列島は、アジア大陸東縁に太平洋側の海洋プレートが次々に沈み込む“沈み込み帯”で
形成されてきました。地球の歴史では、沈み込み帯は海洋から大陸が造られていく場所です。
まず、海洋プレートどうしの沈み込みで、沈み込まれる側に火山列島である“海洋性島弧”が
生まれ、それらが衝突合体して大陸が
誕生します。
大陸プレートの縁には、沈み込む海
洋プレートの玄武岩質の地殻や遠洋か
ら運ばれた堆積物が剥ぎ取られて付け
加わり、“付加体”が成長します。
赤石山脈の岩石は、日本列島がまだ
大陸の一部だった2億年~2,000万年
前に、その縁で成長した付加体です。
海洋プレートに運ばれる遠洋性岩石と付加体の成長
砂岩泥岩互層(大仙丈岳) 赤色チャート(塩見岳)
石灰岩(幕岩)
-5-
緑色岩(夕立神展望台)
海洋プレートが深く沈みこん
でマグマが発生します。この
“沈み込み帯のマグマ活動”
で、花崗岩質の大陸地殻が造ら
れます。伊那山地の岩石は
沈み込み帯のマグマ活動
8,000万年前頃の花崗岩や、付
加体がマグマの熱を受けた変成
岩です。
マグマが入った内陸側(内
伊豆-小笠原島孤の直交衝突
帯)と、入らない海溝側(外
帯)は、後に中央構造線で接し
ました。
中央構造線安康露頭。左:内帯
(花崗岩)、右:外帯(緑色岩)
日本海が開いて日本列島が島
になったのは1,500万年前頃の
ことです。そのころフィリピン
海プレートが沈み込み始め、東縁の伊豆-小笠原島弧の櫛形・
御坂・丹沢・伊豆が衝突しました。これらの衝突地塊からなる
地域を“南部フォッサマグナ”と言います。衝突された本州側
糸魚川-静岡構造線新倉露頭。
左:外帯、右:櫛形衝突地塊
は南北方向へ大きく屈曲し、赤石山脈北部はまくれ上がりました。
このように赤石山地では、沈み込み帯の内陸寄りで造られた花崗岩、海溝寄りで成長した付
加体、南方から衝突した海洋性島弧を至近で見られます。
2. 赤石山地の地形
今の日本列島の山地や平野を造っている地殻変
動は、200万年前頃に始まりました。その直前に
は日本列島全体が侵食されてほぼ平坦になってい
ました。
赤石山地は、伊那谷を軸に東側が傾き上がるよ
うに隆起しています。東側の釜無川との間は、高
低差2,000mの急崖になっています。
山地の内部では、急速な隆起にともない断層な
赤石山地ブロックの傾動隆起(松島信幸原図)
どの弱線部を川が下刻して、なだらかな尾根と対
照的な深く直線的なV字谷が発達しています。中
央構造線の東側の一帯は地すべりを起こしやすい
地質で、高所に生じた緩やかな斜面に集落が発達
しています。
現在は10万年周期で氷期がくりかえしていま
す。2万年前が最寒冷期だった最新の氷期には、赤
石山脈にも山岳氷河があり、痕跡が見られます。
まくれ上がり軸の弱線を通して見る赤石岳
3. 現状と課題
「地球の歴史の顕著な見本」としての意義をいっそう明らかにするために、世界の他の沈み込
み帯との比較が必要です。
-6-
3 生態系・生物多様性(植物)
南アルプスの植生
南アルプスの植生帯は、標高800~1,400mが低山帯、1,400~2,000mが山地帯、2,000~
2,600mが亜高山帯、2,600m以上が高山帯になります。低山帯~亜高山帯の落葉広葉樹林や常
緑針葉樹林は、25~30mに達する高木が鬱蒼と茂った林になります。標高2,600mくらいにな
ると、背の高い林はなくなり(森林限界)、ハイマツ、ミヤマハンノキといった低木や、地面
を這うような木本・草本植物が生育します。
低山帯では、イヌブナ林、クリ-コナラ林、山地帯で主な指標となる植物はブナですが、内
陸部に位置する長野県内では、やや乾燥した気候のため、ミズナラ林、ウラジロモミ林が目立
ちます。亜高山帯では、主にシラビソ-コメツガ林となります。高山帯は、風衝地、崩壊地、
雪渓跡地、構造土などのさまざまな地形や異なる環境があり、いろいろな植物群落が成立して
います。
◆ 森林の垂直分布 ◆
標 高
垂直区分
森林タイプ
主な森林
2,600m以上
高山帯
常緑針葉低木林
ハイマツ群落
2,000~2,600m
亜高山帯
常緑針葉樹林
シラビソ林、コメツガ-トウヒ林
1,400~2,000m
山地帯
落葉広葉樹林
針広混交林
ウラジロモミ林、ミズナラ林、ブナ林
800~1,400m
低山帯
落葉広葉樹林
常緑針葉樹林
イヌブナ林、モミ-ツガ林、クリ林
800m以下
丘陵帯、台地帯
常緑広葉樹林
アラカシ林、ウラジロガシ林 南アルプスの植物
南アルプスの高山帯には、周北極植物が氷河期の遺存植物として多く生育しています。高山
の山稜はいろいろな地形、気象条件の違いがあり、それぞれその環境に適応した植物が生育し
ています。
1. 氷河期の遺存植物
南アルプスの山々の動植物の中には、氷河時代と深い関わりを持っているものが多く見られ
ます。これまでの研究によれば、今から約2万年前をピークとする最終氷期には、今の日本の
年平均気温より7~9℃も低く、北海道は大陸と陸続きとなっていました。この時代、寒冷な
気候に生活していた大陸の動植物が日本列島に南下して来ました。
その後、気温も上がり後氷河期になると、これらの動植物は再び寒冷な気候を求めて、高緯
度地方や標高の高いところに生育場所を移動しました。従って、そのような植物は、現在高山
の山頂域などに孤立して分布しています。このような経緯をたどった植物を「氷河期の遺存
種」といいます。
「氷河期の遺存種」には、南アルプスを代表するキタダケソウの他に、タカネマンテマ、チ
ョウノスケソウ、ムカゴユキノシタ、ムカゴトラノオなどが知られており、いずれも生育の南
限となっています。
-7-
高山植物は、寒冷地の気候に生きる植物です。現在問題となっている地球温暖化が進むと、
逃げ場を失い、絶滅する可能性は非常に高いと考えられています。また、高山植物を食草とす
るチョウも、絶滅してしまう可能性があるのです。
2. 多様な環境に生きる高山植物
南アルプスの高山帯には、風衝地、崩壊地、雪渓跡地、岩隙地や砂礫地など様々な環境があ
ります。これらの環境は厳しく、その環境に適応できた植物が生育することにより、多様な高
山の植物相を生み出しています。
風衝地の岩場にはミネズオウやイワウメなど、風衝地の草地にはオヤマノエンドウやヒゲハ
リスゲなどが生育します。崩壊地にはイワツメクサ、タカネツメクサや、白山・南アルプスの
みに生育するアカイシリンドウなどが、雪渓跡地にはシナノキンバイやクロユリなどが生育し
ます。
3. 南アルプスと限られた地域に生育する植物
南アルプスには、南アルプス固有種や、南アルプスと限られた地域にのみ生育する種があり
ます。ヤツガタケトウヒ、ヒメバラモミ、イナトウヒレン、ヤシャイノデ、シナノコザクラ、
タカネヒゴタイ(別名:シラネヒゴタイ)やサンプクリンドウなどは南アルプスとその周辺の
限られた地域にのみ分布しています。
ヤシャイノデ
イナトウヒレン
シナノコザクラ
ヤツガタケトウヒ林
-8-
4 生態系・生物多様性(動物)
南アルプスの無脊椎動物 -昆虫-
1. 南アルプスの昆虫
南アルプスには、日本固有種の昆虫が多く生息しています。それは大陸と陸続きであった時
代に渡ってきた種が、その後日本列島として孤立された中で、種レベルまで分化していったと
いう過程があるからです。高山帯や亜高山帯の沢筋などに生息している高山チョウや高山ガ
は、世界的な視野に立てば、これらのほとんどはユーラシア大陸や周ベーリング海地域に分布
している種であり、南アルプスはその世界的な分布の中で最南端の生息地となっています。
2. 南アルプスの主な昆虫類
南アルプスに生息している高山蝶のうち、クモマツマキチョウは南アルプス八ヶ岳連峰亜
種、タカネキマダラセセリは南アルプス亜種とされ、北アルプスなどに生息している個体群と
は別亜種に分類されています。これらは南アルプス山塊に依存種として取り残されてから、南
アルプス個体群が特化したことを示しています。ミヤマシロチョウは、北アルプス個体群はす
でに絶滅したと考えられ、その他の生息地でも個体数の減少が著しい種です。それゆえ日本亜
種の安定した生息域として南アルプスは重要な地域です。
ガ類では、高山蛾タカネツトガは日本固有種で南アルプスの高山帯のみで発見されている微
小なガ類です。またキタダケヨトウは過去に3個体が採集されているのみです。
コウチュウのオサムシ・ゴミムシ類では、トダイオオナガゴミムシ、ヒメオオズナガゴミム
シ、リュウトウナガゴミムシ、ヒロガワラツヤムネハネカクシなど、南アルプスで発見された
新種・新亜種記載も多く、オサムシ・ゴミムシの仲間が南アルプスにおいて特有な進化をとげ
たことがわかります。また、カミキリムシ類では、ツジヒゲナガコバネカミキリという特徴的
な固有種が山麓部の伊那市長谷から記載されています。
3. 南アルプスの昆虫相の特徴
長野県版レッドレッドデータブックによると南アルプスにしかいない固有種で、絶滅危惧種
になっている種が19種類(準固有種も含む)います。内訳をみますとオサムシ類が13種と最
も多く、チョウ3種、カミキリムシ2種、バッタ1種となっています。このように南アルプス
は、地表性昆虫群の多様性な種分化のホットスポットであることが生物多様性から見た大きな
特徴です。また生物地理学から見た特徴として、生物分布の旧北区要素とヒマラヤ要素の接点
が南アルプスにあり、ベニモンカラスシジミやヒサマツミドリシジミなど分布の南限や北限の
昆虫が多いことがあげられます。
4. 南アルプスを代表する特徴的な昆虫
■ タカネキマダラセセリ
南アルプス亜種
■ クモマツマキチョウ
南アルプス・八ヶ岳連峰亜種
長野県RDB:絶滅危惧Ⅱ類 指定
希少野生動植物(長野)南アルプ
スにのみ生息する高山チョウ
長野県RDB:絶滅危惧Ⅱ類 指定
希少野生動植物(長野)南アルプ
スと八ヶ岳連峰にのみ生息する高
山チョウ
-9-
■ ミヤマシロチョウ
長野県RDB:絶滅危惧ⅠB類 特
別指定希少野生動植物(長野)中
部山岳域にのみ生息する高山チョ
ウ.南アルプスは分布の南限
南アルプスの脊椎動物
南アルプスには、天竜川左岸の標高約1,000mの里山
から標高約3,000mを超える高山帯まで、様々な動物が
生息しています。南アルプスを南限生息域とするニホ
ンライチョウも、南アルプスを代表する動物です。し
かし、観光開発やゴミによる環境悪化、それに伴うキ
ツネ等捕食者の増加、さらにはニホンジカやニホンザ
ルによる高山植物の食害などにより、ニホンライチョ
ウの生息環境悪化により、その生息数は極めて少なく
なっています。
■ ライチョウの雌と雛
■ 仙丈ケ岳馬の背ヒュッテ裏の沢沿いを闊歩するホンドギツネ(左)とニホンザル(右)
1. 失われゆく南アルプスの生物多様性
南アルプスでは、ニホンジカが高山帯へ出没するようになり、ミヤマキンポウゲなどの希少
な高山植物がニホンジカによる食害を受け、お花畑が消失しはじめています。
■ ニホンジカの口が届く位置にある葉はすべて摂食され、黄色線で示されるブラウジングライン
が形成されている。また林床植生はほとんど食べつくされ、林床の表土が露出している。
2. 生物多様性保全に向けた取り組み
南アルプスではニホンジカによる植物群落(お花畑)の消失を防ぐため、防鹿柵が設置され
ています。しかし、その対策は場所が限られ、柵外では今なお、食害が続いています。
■ 南アルプス食害対策協議会
によって設置された防鹿柵
(左)。柵外で高山植物を
摂食し続けるニホンジカの
群れ(右)。
-10-
南アルプス概論 長野県版
ダイジェスト
【執 筆 者】
自然景観・共生………………………… 伊藤 精晤 地形・地質……………………………… 河本 和朗
生態系・生物多様性(植物) …………… 蛭間 啓
生態系・生物多様性(無脊椎動物) …… 中村 寛志
生態系・生物多様性(脊椎動物) ……… 竹田 謙一
【協 力 者】
村松 武/泉山 茂之/中堀 謙二/大塚 孝一/四方 圭一郎
【 発 行 】
南アルプス世界自然遺産登録長野県連絡協議会
(飯田市、伊那市、富士見町、大鹿村)
事務局 伊那市役所企画情報課 TEL0265-78-4111
2012.2(5000)
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