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千葉県における小学校英語の歴史と変遷

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千葉県における小学校英語の歴史と変遷
千葉大学教育学部研究紀要 第63巻 333∼338頁(2015)
千葉県における小学校英語の歴史と変遷
本田勝久1)
吉村博与2)
有常洋菜3)
矢部睦美4)
大竹口香織5)
斉藤花菜6)
酒井航平7)
1)
2)
3)
千葉大学教育学部
東京都荒川区立第一日暮里小学校・非常勤
千葉大学教育学部・学部生
4)
5)
6)
元千葉大学教育学研究科
内田洋行株式会社
宮城県石巻市立大谷地小学校
7)
西武学園文理小学校
History of English Education at Elementary Schools in Chiba Prefecture
HONDA Katsuhisa1) YOSHIMURA Hiroyo2) ARITSUNE Hirona3) YABE Mutsumi4)
OHTAKEGUTI Kaori5) SAITO Kana6) SAKAI Kouhei7)
1)
Faculty of Education, Chiba University
Part-time Adviser of Daiichi-Nippori Elementary School, Arakawa-ku, Tokyo
3)
Faculty of Education, Chiba University, Undergraduate Student
4)
Faculty of Education, Chiba University, Former Graduate Student 5)Uchida Yoko Co., Ltd.
6)
Ooyachi Elementary School, Ishinomaki-shi, Miyagi 7)Seibu Gakuen Bunri Elementary School
2)
千葉県では,成田空港の開港時に「小学校英語教室」という事業を始め,各市1校程度拠点校を置き,外国人講師
を派遣して,クラブとして小学校英語を実施してきた。なぜ千葉県は全国に先駆けて小学校英語をスタートさせたの
か。その後の千葉県の小学校英語の歩みはどうだったのか。本研究では,その歴史を知ることによって,千葉県の小
学校英語の現在の課題や将来の展望を考える。千葉県におけるこれまでの小学校英語の歴史をまとめるにあたって,
「小学校英語のあゆみ」調査プロジェクトを発足した。プロジェクトでは,歴史的事実を確認し,文献調査や資料収
集などを実施した。その結果,「小学校英語教室」は昭和47年に開設されたが,これより2年前の昭和45年度から千
葉市内の小学校に実験クラスを設置し,外国人講師による早期英語教育を開始したことが明らかになった。これらの
データをもとに,昭和47年から昭和49年にかけて計54校を指定し,千葉県は本格的な早期英語教育の研究に取りか
かった。その後,文部省の研究開発校に指定された鴇嶺小学校や成田小学校などが,現在の「外国語活動」の土台を
つくるパイオニアの役割を果たしていった。本研究では,過去から現在にいたるまでの千葉県の小学校英語の歴史的
資料(具体的には,英語教室教材編集委員会が作成した『英語教室ハンドブック』や Chiba AET’
s Shogakko Resource
Book などの教材)を整理することによって,今後の小学校英語につながる課題や展望を考察する。
キーワード:小学校英語教育史・英語教室・千葉県
1.はじめに
千葉県では,昭和37年ごろから,県の施策として英語
教育に力を入れて取り組んでいた。千葉県教育センター
にランゲージラボラトリーを設立し,勤労青少年のため
の英語教育を土曜日,日曜日を使って行っていた。当時
は,青年たちに英語教育が必要であろうという考えの下,
県庁,各市町村の職員や会社員が集まって英語の勉強を
行っていた。また,昭和53年には成田市に新東京国際空
港が開港されることになり,小学校において国際理解の
基礎を養うことが必要と考えられた。このような背景の
もとで「小学校英語教室」という事業が開始され,各市
一校程度拠点校を置き,外国人講師を派遣して,クラブ
として小学校英語を実施してきた。「小学校英語教室」
の概略は以下のとおりである。
連絡先著者:本田勝久
333
「小学校英語教室」
・時期:昭和47年∼平成4年
・活動形態:クラブ活動(小学校5,6年生)
・活動範囲:希望制
・指導員:外国人講師と英語担当指導主事あるいは中学
校英語科の教員,または外国人講師と小学校教員のペ
ア
・教材:指導主事,外国人講師,小学校教諭が作成した
教材(テープ教材,OHP,ハンドブック,リソース
ブック,ピクチャーカードなど)
なぜ,千葉県は全国に先駆けて小学校英語をスタート
させたのか。その後の千葉県の小学校英語の歩みはどう
だったのか。この二点を中心に,千葉県における小学校
英語の歩みをまとめた。
千葉大学教育学部研究紀要 第63巻 Ⅱ:人文・社会科学系
2.調
論するというプログラムを催すなど,多くの功績を残し
た。このように,日本人の教員と外国人講師が協力しな
がら英語教育に従事するという基盤がつくられた。その
なかで,ネイティブスピーカーが教員と協力できる態勢
にあるならば,小学生に実験的に英語教育を行ってみて
はどうだろうか,という声が関係者から上がった。
査
2.
1 調査方法
本研究では,文献調査とインタビュー調査を行った。
歴史的事実を確認するための文献調査では,以下の3点
を中心に調査を行った。
・「小学校英語教室」が導入された経緯
・東金市立鴇嶺小学校,成田市立成田小学校,2校の研
究開発校時代の取り組み
・GEL(Gateway to English Language)や教育構造改
革特区などの実践(成田市,船橋市など)
2.
2.
2 初期 実験校の設置
昭和45年度から千葉市立鶴沢小学校において,早期英
語教育の実験が開始された(張能,1979)
。Lazar氏を
派遣し,外国人講師の指導による英語クラブとして行わ
れた。昭和45年から46年の2年間の実験校の結果を経て,
小学校英語教室が正式に開設されることとなった。
また,当時の関係者へのインタビュー(8名)を実施
した。千葉県で「小学校英語教室」が行われていた当時
の,学校関係者の反応や,その当時に明らかとなってい
た問題点,改善点や外国人講師とのかかわりについて,
半構造化面接を行い,指導実態を明らかにした。インタ
ビューは協力者の同意のもと,録音,またはメモでの記
録を行い,記録内容の分析・検討を行った。面接項目は
主に以下の5点である。
2.
2.
3 初期2 小学校英語教室の正式な開設
昭和47年に「年少時より英語への関心を持たせ,外国
人との接触を図り,他国への理解と国際社会に貢献する
素地を与える子どもの育成」というねらいから,千葉県
は英語教室を開設した。
正式に県教育庁が責任を持って,小学校英語教室を運
営するということに際し,出張所の英語担当指導主事が
全県で8名増員となっている。開始当初は指導主事も実
・小学校英語教室が設置された当時の時代背景について
際の指導に従事していたが,日本人講師20名(小・中学
校教諭,指導主事も含む)と外国人講師15名∼20名が中
・児童,保護者,小学校教諭の反応について
・指導の実際について
心となって行った。全県に告知し,その中から選ばれた
・当時の日本人指導者と外国人講師について
15校に英語クラブを設置した。対象は5・6年生で,参
・文部省が公立小学校での英語教育についての調査を
加希望児童が多い場合は6年生のみを対象とした。年間
行った経緯について
の指導回数は35回(1回40分∼50分)を標準とし,読み
書きの指導は行われなかった。教材は指導課が作成した
2.
2 調査概要
テキストを使用し,児童が日常で使用する英語を聞いた
2.
2.
1 準備期(昭和37年∼)千葉県内での英語教育の
り話したりする指導が中心であった。日本人 講 師 は
状況
OHPやテープなどの教材を活用して導入部分を担当し,
青少年の研修を目的として,千葉県教育センターにラ
外国人講師は場面を利用してネイティブの英語に多く触
ンゲージラボラトリーが設立された。対象者は,公務
れさせる機会を与えていた。当時の教材及び教具は,
員・会社員などの勤労青少年であり,週末を利用して英
Text for the Elementary School ,録音テープ,OHP
語を学んでいた。また,昭和40年に千葉県教育委員会が, (場面提示や練習のため)
,テープレコーダーがあり,
英語教育改善充実のために外国人講師の採用を行った。
児童にOHPのTP(Transparency)と同じ絵を描かせて
採用されたR. L. Simmons氏と中学・高校の英語教師の
家庭練習に利用させる,ということも行われていた。当
Team Teachingによる授業を,要請のあった中学・高
時の児童の作文から,小学校英語教室開設当初の様子が
等学校で展開した。Simmons氏はOral Approachの理論
垣間見られる。
と実践について,授業後,関係の教員たちとのディス
カッションを行うなど,千葉県英語教育界に大きな影響
「はじめのうちは,胸がどきどきして,何をやっ
を与えた。また,Simmons氏が転出した後の昭和42年
ているのか,何を言っているのかが,よくわからな
と43年には,県センター主催の英語セミナーや,指導課
かった。けれども,回数をつんでいくにつれて,
主催の地区講習会等には,日本キリスト教短大の学長
やっと先生にもなれ,落ち着いて学習が出来るよう
Dr. Davis氏を始めとする外国人教師が講師として,千
になった。
」
葉県の英語教員の指導にあたった。
「大木先生とフランクリン先生に教えてもらうこ
また,昭和43年度には,フルブライト委員会と文部省
とになりましたが,外国の先生の時にはすごく不安
による英語担当指導主事助手(The Assistant Teacher
でした。それはフランクリン先生は,外国人と思っ
Consultant;通称ATC)の採用が行われ,千葉県に,
てしまうと,英語が非常にうまく感じ,(外国人だ
英語を外国語として指導できる専門の知識を持った人材
ということを)忘れようと思っても,顔を見てしま
が派遣された。このプログラムによって派遣されたEdうと,わすれることができません。大木先生のほう
ward J. Lazar氏は昭和43年9月から,昭和46年6月ま
は,会話をしても,日本人の先生だと思うと身近に
で千葉県に滞在した。講習会や学校訪問に積極的に参加
かんじ,すぐ内容を覚えてしまいます。でも,2学
し,特に地区別英語学習会では,参加者全員が英語で討
期からはフランクリン先生がおやめになりました。
334
千葉県における小学校英語の歴史と変遷
いくら英語が覚えにくくても,先生が変わってしま
うと,また不安な感じになってしまいます。今度教
えていただくハッジュス先生は,ユーモアがあって
会話が楽しく,おもしろくてよかったと思います。
」
(荒井,1974,pp. 38―41)
2.
2.
4 小学校英語教室 AET導入後
,外務省,文部省の
昭和62年から自治省(現総務省)
3省主導でJETプログラムが開始された。その結果,千
葉県内でのネイティブスピーカーの活用が,より確固た
る基盤でできるようになった。本来JETプログラム自体
は,中学校・高校の英語の授業へネイティブスピーカー
を派遣するという趣旨であったようだが,千葉県は今ま
で続けてきた小学校英語教室への協力もお願いしたとい
うことである。
昭和60年度以降は中学校教員の派遣が不可能となり,
ネイティブに任せたり,小学校教諭で英語免許を持って
いる教諭に依頼したり,という形で,クラブ活動を続け
ていた。昭和62年度からはAET(ALT)とともに指導
を行った。AET導入後,AET打ち合わせ会での情報交
換が活発化し, Teacher’
s Manual や Handbook が作ら
れ,千葉県内でのガイドラインの明確化がなされた。以
下がそのガイドラインの詳細である。
・Listening,Speaking中心で文字は使わない。
・中学の準備教育は絶対にしない。
・千葉県共通のハンドブックの作成とそのテープの販売。
・授業公開による研修(特にAETの研修)の実施。
この当時は,小学校英語教室の開設校を5年単位で
ローテーションしていたが,どの学校でも需要があるた
め,各市町村が独自にAETを獲得し始めた時期であっ
た。この当時は1クラス20名前後で,20名を越すと2ク
ラスに分けて指導を行っていた。
2.
2.
5.
1 千葉県でのアンケート調査
千葉県の英語教室に参加していた児童を対象に実施さ
れたアンケート調査より以下のことが報告されている。
・英語が好きだと答えた児童は約5割で,好きでも嫌い
でもないが将来役に立つだろうと考えて勉強している
のが残りの約5割である。
・しかし,英語教室の勉強は難しいと思っている児童は
たった1人で,ほとんどの児童は抵抗を感じることな
く参加している。これは,教師の指導が常に児童の興
味関心を大切にして,退屈させないように様々な工夫
をしていること,児童はゲーム感覚で学んでいるとこ
ろにある。
(国際理解教育研究会,1993,p. 37:アンケート調査
[現行1指定校児童]からの要約)
また,英語教室に参加していた中学1,2年生を対象
に行った追跡調査により以下のことが報告されている。
・小学校の「英語教室」には,約半数が楽しく参加して
いた。
・役立った点として,7割近くが中学校の英語学習への
よい準備となった。約3割が英語学習への興味が深
まった。発音がよくなった。としている。
・多くの生徒が,一番思い出に残っていることは,ゲー
ム,歌,パーティ,外国の先生と話したこと,である
と答えている。
・小学校と中学校の英語の勉強を比較して,小学校の方
が楽しかった,中学校はむずかしい,と答えている生
徒が多い。
(国際理解教育研究会,1993,p. 38:追跡調査[対象
1指定校卒業生中学1・2年生徒]からの要約)
2.
2.
5.
2 平成5年時点における千葉県早期英語教育の
まとめ
国際理解教育研究会(1993,p. 64)では,千葉県早
期英語教育のまとめとして以下の5点が述べられている。
2.
2.
5 文部省の動き
千葉県が小学校英語教室を始めてから15年後の平成4
年度に,文部省から「国際理解教育研究会」
(代表:塩
澤利雄)への調査研究委嘱事業として,千葉県と山梨県
の公立小学校での英語の指導の実態についての調査研究
が行われた。その調査結果は,報告書『小学校における
英語学習に親しむ様々な活動について―千葉県における
小学校国際理解教育の実態調査に関する研究を中心とし
て―』としてまとめられた。
この事業は,大阪府での第1次の研究開発校と同時期
のものであり,学習指導要領に「英語活動」を導入する
際の国会答弁にも用いられたものである。調査の対象と
なった項目は以下の7点である。
⑴ 英語教室のねらい
⑵ 英語教室の沿革について
⑶ 授業担当者について
⑷ 指導法について
⑸ 教材について
⑹ 子どもたちの反応について
⑺ 今後の課題について
⑴
公立小学校での英語指導は,学習指導要領の範囲で
行われているので,クラブ活動であり,任意選択制が
とられている。千葉県・山梨県ともに主にクラブ活動
である。
⑵ 「聞くこと」
「話すこと」が主体で,文字を導入を必
要とする「読むこと」
「書くこと」は重視されていな
い。中学校の英語学習のための準備学習とならない,
児童のための楽しい英語学習が重視されている。
⑶ 指導者は外国人講師と日本人教師があたり,授業は
外国人講師主導型で行われることが多い。指導の中心
は外国人講師であり,日本人教諭は英語教室の運営や
児童と外国人講師の間での意思の疎通を助けている。
⑷ 英語指導は,国際理解教育の一環として行われてい
る。英語に習熟させるよりも,英語に触れさせること
をねらいとしている。また,中学校の英語教育とは異
なった,英語に慣れ親しむことを狙いとしている。
⑸ 英語の指導は,児童には好評であり,外国人講師の
派遣を希望する小学校は増えてきている。千葉県,山
335
千葉大学教育学部研究紀要 第63巻 Ⅱ:人文・社会科学系
梨県でも,採用される外国人講師の数は増えてきてい
るが,まだまだ小学校現場の需要には十分ではない。
今後も英語の指導をする小学校は増えていくことが予
想される。
2.
2.
6.
1 成田小学校
成田小学校の研究は,第1期(平成8年∼平成11年)
・
・第3期(平 成15年∼平
第2期(平 成12年∼平 成14年)
成17年)
・第4期1次(平成18年)
・第4期2次(平成19
年)の全5つの研究開発時期にわけられていた(表1)
。
また,国際理解教育研究会の報告書では,小学校の英
第1期の研究開発テーマは,「地域に根ざした小学校
語教育で「聞くこと」と「話すこと」について特化して
英語学習∼週あたりの複数回の英語活動を通して∼」で
いる理由が述べられている。
ある。このテーマや他の時期のテーマを見てみると,未
来や世界など,将来を見通したテーマ設定がなされてい
る。テーマから見えるように,コミュニケーション能力
「読んだり,書いたりする能力の獲得のための英
語教育ではなく,聞いたり,話したりする能力の養
の育成に特に力を入れた。20分単位でのモジュール型の
成を中心に,その後,中学校や高校での英語教育を
英語学習を取り入れ,小学校での英会話学習の効果を
通して,最終的にバランスのとれた4技能を獲得す
探っていった点も特徴としてあげられる。第1期では,
るための英語教育がここには存在するように思われ
国際理解教育の中での小学校英語教育という位置づけか
る。
」
(国際理解教育研究会,1993,p. 40)
ら出発した。
成田小学校は主に小学校と中学校の連携に焦点があて
さらには,同報告書のまとめには当時の反対意見に対
られてきた(表2)
。第1期の研究開発課題は「小学校
しての先生方の迷いや,早期英語教育の必要性や位置づ
及び中学校における教育の連携を深める教育課程の研究
けについての記述も見られた。
開発」である。地域の3つの小学校と1つの中学校の連
「日本語もろくにできないのに英語を学ぶのは早
携に力を入れた。
すぎる」とか,「本来の英語に親しむための指導か
成田小学校の小学校英語活動の活動内容(表3)とし
ら英語力を付けさせるための指導に偏ってきてい
ては,第1期は「聞く・話す」活動から始まり,第2期
る」といった反省を求める声や反対の意見が見られ
へ移行する時に「読む・書く」活動が導入された。第3
るのも事実である。小学校における英語教育の目標, 期,第4期は各学年ごとに,それぞれの発達段階に応じ
位置づけについての考え方がいろいろあるためであ
ろう。小学校の英語教育は,現状では国際理解教育
表1 成田小学校の研究開発テーマ
の一環としておこなわれているのが多いが,英語教
『地域に根ざした小学校英語学習∼週あたり複数
育の一環としても位置づけることもできる。そして,
第1期
回の英語活動を通して∼』
発音中心の英語教育であっても,英語自体の運用力
の養成がどのくらい関わるかということも問題にな
『未来へつなぐ小学校英語∼実践的なコミュニ
第2期
る。これらの問題は,今後十分に検討するべきであ
ケーション能力の基礎を養う∼』
ろう。(国際理解教育研究会,1993,p. 64)
第3期
これらより,小学校での英語教育は英語に慣れ親しま
せることのみをねらいとするのか,あるいはスキルも重
視していくのかという点や外国語講師の需要が十分でな
い点は,現在抱えている問題と通じるものが大いにある
と考える。これら問題について考えを深めていくことが,
将来の外国語活動の発展に繋がっていくのではないだろ
うか。
2.
2.
6 千葉県内の研究開発校の取り組み
平成4年(1992)当時,研究開発校は全国で3校しか
存在しなかった。このような状況の中,研究開発校に指
定された鴇嶺小学校(1993)や成田小学校(1996)はいっ
たいでどのような形で「小学校に英語」を取り入れたの
か見ていく。
成田小学校は,児童生徒の国際性を養い,英語による
実践コミュニケーション能力の基礎を育むための英語活
動(成田市教育委員会,2005)に特化した形をとってい
る。鴇嶺小学校は,いわゆる「受験英語」ではない,
「異
文化理解や,国際理解の教育の一環としても英語を位置
づけられるか」という国際理解教育に特化した形をとり,
それぞれ研究を進めてきた。それぞれの小学校を更に詳
しく見ていくことにする。
336
『未来に生きる英語科学習∼小・中の連携を通し
て実践的なコミュニケーション能力を高める』
第4期 『世界を開く英語科学習∼小・中の連携を通して
1次 実践的なコミュニケーション能力を高める』
第4期 『世界を開く英語科学習∼小・中の連携を通して
2次 実践的なコミュニケーション能力を高める』
表2
成田小学校の研究開発課題
第1期
小学校及び中学校における教育の連携を深める教
育課程の研究開発
第2期
小学校において効果的な英語科学習を実践するた
めの教育課程・指導方法の研究開発
小・中学校の9年間の英語科学習において,効果
第3期 的に確かな英語の力を身につけるための教育課
程・指導方法を明らかにする研究開発
小学校で身につけた英語の力を,中学校でさらに
第4期
伸ばすための小・中学校でのカリキュラムはどう
1次
あるべきかを明らかにする研究
小学校で身につけた英語の力を,中学校でさらに
第4期
伸ばすための小・中学校でのカリキュラムはどう
2次
あるべきかを明らかにする研究
千葉県における小学校英語の歴史と変遷
表4
た活動が取り入れられた。具体的に第1期では,1年生
から6年生までの 全 学 年 でALT担 任 と のTT及 びJTE
(日本人英語教師)と担任とのTTで,「聞く・話す」活
動,音声活動中心の英語学習を週2回実施していた。
表3
成田小学校の英語活動の活動内容
第1期 聞く・話す活動中心
聞く・話す活動中心,発達段階に応じて「読む・
第2期
書く」活動
聞く・話す活動中心の学習を進め,4年生以上で
文字を導入。1・2・3年生→聞く・話す,4年
第3期
生→聞 く・話 す・読 む,5・6年 生→聞 く・話
す・読む・書く
「聞く・話す・読む・書く」の活動をバランスよ
第4期
く取り入れる。1年∼「聞く・話す」4年∼「読
1次
む」5年∼「書く」
書く活動を「アルファベットを正確に書く」
「単
第4期
語を正しく写す」に限定→「綴りを覚えて書く」
2次
を導入したところ負の効果が多かったため
鴇嶺小学校
国際体験科の体験単元の内容例
姉妹校締結
による国際
交流
韓国の本五國民学校と兄弟付き合いをはじめ,
児童達がお互いの学校を行き来して交流を深
めた。
募金活動に
よる国際援
助
鴇嶺小学校児童会と青少年赤十字団とが共同
でソマリアをはじめ困っている国や人に募金
活動を通して援助した。
作品交換に
よる相互理
解
東金市と姉妹都市になっているフランスのマ
ルメゾーン市の子ども達と鴇嶺小学校の子ど
も達が学校紹介のビデオや作画・習字を交換
した。
国際情報の
収集と発信
国際理解教育の拠点として子ども国際交流室
を作成し,パソコンやインターネットによる
情報収集活動をした。
宇宙船地球
号を守る環
境教育
ワシントン条約や熱帯雨林を守る大切さを
「酸性雨」学習を通して学び,人間と科学の
在り方を環境という視点から考えさせた。
2.
3 考
察
2.
3.
1 小学校英語活動が導入される前の千葉県の動き
千葉県には,成田小学校と鴇嶺小学校以外でも活動が
あった。まず,平成4年度に英語教室の指定校が設置さ
2.
2.
6.
2 鴇嶺小学校
れた。千葉県教育委員会からは20校,千葉市・市町村教
鴇嶺小学校では,平成5年度に文部省の研究開発校に
指定される以前の平成元年より「世界に通じる心の教育」
育委員会からは59校。そして,平成18,19年度には,小
を中核に据え「国際社会に生きるたくましい文化人の育
学校英語活動等国際理解活動拠点校が文部科学省から15
成」をテーマに研究と実践に取り組んだ。
校指定された。成田市では,平成14年に5つの小・中学
同校では,総合的・集中的・追求的に21世紀の国際社
校が千葉県教育委員会からGELの推進地域として指定さ
会に活躍する日本人の育成を志向する新教科,「国際体
れた。これは,千葉県の施策であるCIEP(Chiba Inter験科」を設置し,生きた体験を通して国際感覚を身につ
national Educational Plan)の一環である。CIEPとは,
け さ せ よ う と し て い た(千 葉 県 東 金 市 立 鴇 嶺 小 学
将来,国際的な舞台で英語を駆使して活躍できる人材の
校,1994,p. 17)
。国際体験科は一週間に2時間扱いで
育成を目標とする,当時の千葉県の施策である。また,
あった。その2時間のうち1時間を英語活動時間として, 平成15年に成田市が国際教育推進特区に,平成18年に船
初歩的な会話のレッスンを行った。さらに,英語活動は
橋市が英語教育特区となった。そして,平成24年現在,
コミュニケーション手段を狙いとするもので,話す・聞
県内の1校(幕張インターナショナル・スクール)と7
く活動を主体として,読む・書くは一切実施しなかった。 市(成田市,船橋市,松戸市,八千代市,四街道市,我
もう1時間は体験単元を学ばせる時間として使用された。 孫子市,茂原市)が教育課程特例校(地区)となってい
この時間は,主に国際交流活動に重点をおいていた。
る(表5)
。
国際体験科では,シャンソンを聞きながら,フランス
料理を食べるなどという食文化を通した異文化理解が行
われた。この活動は,給食指導に相乗りさせたお陰でう
まくいき,鴇嶺小学校の国際理解教育は,子どもや保護
表5 千葉県内の指定校
者に喜ばれながら順調にスタートを切った。フォークダ
英語教室
ンスをしながら,心の通路をつくった慰問交流を通した
平成4年
千葉県教育委員会指定校20校
国際親善や,外国からの留学生を七夕祭りに招待したこ
政令指定都市・市町村教育委員会指定校59校
とによる国際親睦も行っていた。これ以外にも様々な活
平成14年 GEL推進地域指定 成田市の小・中学校5校
動をしていた(表4)
。
平成15年 国際教育推進特区 成田市
最近の動きとしては,年1回,国際交流フェスティバ
ルを開催し,東金市在住の外国の人達を招待して,文化
英語教育特区 船橋市
交換を中心として交流会を実施している。それに伴い,
平成18年 小学校英語活動等国際理解活動文部科学省拠点
英語や朝鮮語やマレーシア語の挨拶を兼ねた言語のレッ
校 15校
スンも行なっている。また,城西国際大学と提携した英
平成24年 教育課程特例校(地区)1校,7市
語活動や,同大学の留学生との交流イベントなどを行っ
ている。
337
千葉大学教育学部研究紀要 第63巻 Ⅱ:人文・社会科学系
2.
3.
2 昭和47年以降の千葉県における小学校英語教育
⑴ 教師と外国人講師の関係
小学校英語教室発足当初は,担当の日本人教師が日常
生活まで共に過ごす等,授業以外のケアもしていたとい
う。現在は外国人講師を派遣するビジネスやシステムが
あるので,講師の採用や派遣については当時とは異なっ
ている。しかし,「外国人講師の生活環境や性格が1人
1人違うので連携が難しい」という課題は,英語クラブ
発足当初からあり,現在と共通しているだろう。むしろ
現在は,外国人講師の派遣ビジネスと学校間での意思疎
通や学級担任との役割分担などの問題が生じている。
⑵ 教材
手描きのピクチ ャ ー カ ー ド を 作 成 し た り,OHPを
使って教材を拡大したりして使っていた。現在は,“Hi,
friends!”を活用できる上,機器の発達により担任が
イラストやカードなどを短時間で作成することもできる
が,小学校英語教室時代の教材は,ほぼ手作りであった。
⑶ 言語学習における議論
「小学校から英語を教えてしまうと,日本語能力の育
成に悪影響である」という意見などは,始まった当時か
ら現在までずっと言われ続けている。
⑷ 継続した研究の必要性
今後,小学校英語教育の研究を行う際に,過去の実践
の追跡調査をすることでその研究が将来につながるので
はないかと考えられる。小学校英語教育についての研究
は数多くある。「その教育を受けた小学生が中学生・高
校生になったとき,どういう変化があるのか,その後ど
うなったのか」ということについてはさらなる研究が必
要である。
3.ま と め
なぜ千葉県は,平成10年度に告示された学習指導要領
に「英語活動」が導入される30年ほど前に,全国に先駆
けて小学校英語をスタートさせたのか,という研究課題
に対しては,インタビューの中から「当時の県行政の
トップの英断による」ということが浮かび上がってきた。
成田空港の開港に象徴される日本の「国際化」の動きや,
当時の千葉県の教育行政方針等についての調査研究はま
だ不十分であり,今後継続していきたい。しかし,その
決断を受けた教育行政担当者や,実際に小学校英語教室
の運営に関った人たちの熱意と献身的な努力がなければ,
後の「英語活動」の導入への基礎資料となるような発展
はなかったことがこれまでの調査から読み取れる。
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本研究を通して,地域の資料をまとめることの大切さ
を痛感した。今後調査を進めることによって,千葉県以
外にも,地域で行われていた小学校英語に関する活動が
明らかになるであろう。資料を残し,現存する資料をま
とめなければ,研究は途絶えてしまい,進展しない。
そして,もう1つ痛感したことは,過去を知り,将来
の展望を考えるということの大切さである。今回,千葉
県における小学校英語の歴史について調査し,当時あっ
た課題が,40年以上たった今でもまだ解決されていない
ことを感じた。ALTとの連携は未だうまくいっていな
い学校が残っているようである。過去の課題を知り,現
在も抱えている同じ課題を改善し,より良い英語教育に
するために次のステップへ進んでいくことが大切である。
過去の小学校英語と現在の小学校英語は,全く断絶した
ものではないであろう。今後,新たに問題になることの
芽生えは既に過去に存在していたのかもしれない。
今後は,インタビューや文献調査を通し,より広く,
詳しく調べ,個別の地域に特化した取り組みなども明ら
かにしていく。また,小学校英語教室が外国語活動にど
うつながり,今後の千葉県での外国語活動にどう活かす
ことができるかを追究していく予定でもある。
謝
辞
本研究の実施にあたり,当時の関係者の皆様の全面的
なご理解とご協力をいただきました。ここに深く謝意を
表します。
引用文献
荒井重行(1974)
.「小学校における英語教室」
『千葉教
育』206号,pp. 38―41
張能正(1979)
.「英語教育と外国人講師の採用(ある英
語教師の記録)
」千葉県中学校長会編『研究紀要17』
pp. 31―32
成田市教育委員会(2005)
.『平成15・16・17年度 文部
科学省指定研究開発学校 成田市教育委員会指定 研
究紀要』
国際理解教育研究会(1993)
.『小学校における英語学習
に親しむ様々な活動について―千葉県における小学校
国際理解教育の実態調査に関する研究を中心として
―』研究開発に関する調査研究委嘱事業報告書
千葉県東金市立鴇嶺小学校(1994)
.『千葉県東金市鴇嶺
小学校研究紀要』
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