...

さまざまな手法を織り混ぜた 埠頭から住宅地へ転用

by user

on
Category: Documents
18

views

Report

Comments

Transcript

さまざまな手法を織り混ぜた 埠頭から住宅地へ転用
さまざまな手法を織り混ぜた
埠頭から住宅地へ転用
-オランダ・アムステルダム東部港湾地区-
文部科学省 私立大学 戦略的研究基盤形成支援事業
『集合住宅“団地”の再編(再生・更新)手法に関する技術開発研究』
はじめに
本稿では、1990 年代後半から 2000 年代初頭にか
けて相次いで完成したアムステルダム東部港湾地区
の再開発について述べる。筆者は、2007 年と 2011
年の 2 回にわたり現地を踏査した。
東 部 港 湾 地 区(EasternDockhands) は、 旧 市 街
の北端にあるアムステルダム中央駅から東側に 2km
と い う 距 離 に 位 置 す る。 現 在 の よ う に 6 つ の 地 区 −
KNSM 島・ヤファ(Java)島・ボルネオ(Borneo)島・
スポレンブルク(Sporenburg)島・家畜市場跡・リー
ト(Riet) 島 − が 形 成 さ れ、 埠 頭 整 備 が 完 成 し た の
は 19 世紀末である。船舶の大型化により貿易港機能
のロッテルダムへの集約化が進んだ 1960 年代には、
この地区は埠頭としての役割を終えた。1978 年には
ア ム ス テ ル ダ ム 市 総 合 計 画 に お い て、 当 地 区 の 住 宅
地への転用が決定された。この背景には、1960 年代
以 降 の 郊 外 ス プ ロ ー ル 化 が 激 化 し、 都 心 の 人 口 が 急
激に減少していたことがある。
本稿では、中でも KNSM 島・ヤファ島・ボルネオ
- スポレンブルク島について、都市及び空間デザイン
の 観 点 か ら 述 べ る。1980 年 代 後 半 か ら 各 島 の 都 市
Keyword : オランダ アムステルダム 再開発
関西大学
戦略的研究基盤
団 地 再 編
リ ー フ レ ッ ト
-Re-DANCHI leafletJUNE 2012
VOL.
023
デザインに関するマスタープランの策定が行われた。
い ず れ の 島 も 100 戸 / ha の 高 密 度 で 住 宅 を 建 設 す
る こ と が 要 求 さ れ た。 島 に よ り 違 い は あ る が、 地 区
全 体 で は 50% を 公 共 賃 貸 住 宅、 残 り の 50% を 個 人
所有(分譲)とすることが求められた。
マ ス タ ー プ ラ ン は、 い ず れ の 島 も 一 人 の 建 築 家 ま
た は ラ ン ド ス ケ ー プ ア ー キ テ ク ト に よ る が、 建 築 設
計 に は 多 く の 建 築 家 が 参 加 し て い る。 先 行 の KNSM
島 は 中 高 層 を 主 体 と し た ま ち づ く り で、 販 売 が 思 わ
し く な か っ た。 オ ラ ン ダ は 人 口 密 度 の 高 い 国 で は あ
る が、 国 土 全 体 が 平 坦 で わ ざ わ ざ 高 密 度 で 住 む 理 由
も な い。 オ ラ ン ダ 人 は 伝 統 的 に 高 層 化 に よ る 高 密 度
居 住 を 好 ま な い こ と が 理 由 と し て 考 え ら れ る。 後 続
の ヤ フ ァ 島 は 中 層、 ボ ル ネ オ・ ス ポ レ ン ブ ル ク 島 は
低 層 の ま ち づ く り で、 販 売 も 成 功 し て い る。 そ れ ら
の 実 現 に 当 た っ て は、 マ ス タ ー プ ラ ン 段 階 で 京 都 の
町 家 の 空 間 構 成 や 日 本 の 景 観 研 究 が 参 照 さ れ た。 人
口減少を前提にしたこれからの日本の都市部でのま
ち づ く り で は、 本 事 例 が 示 唆 に 富 ん だ も の だ と 思 わ
れる。
1
KNSM 島(1989 ~ 1996 年)
での計画に活かされる形となった。
5.4m という単位がはっきりと感じ
-モニュメンタルな建築でできたまち
ヤファ島(1991 ~ 2000 年)
られるように心がけられている。ま
マスタープランは、オランダの建
-中層集合住宅の普遍的なモデル
た、東西面の新しい運河に面しては、
築 家 ヨ ー・ ク ー ネ ン(Jo Coenen) マ ス タ ー プ ラ ン は、 オ ラ ン ダ の
5.4m の間口を持つ 4 層の建物が並
によってつくられた。埠頭の中心に
建築家ソールド・スターズ(Sjoerd
べられ、旧市街の運河沿いのような
広い通りを設け、その両脇に大きな
Soeters) に よ っ て つ く ら れ た。 再
景観を呈している。
住棟が建ち並ぶという単純な構成と
開発に当たって、まず街区の骨格と
マスタープランナーのスターズ
している。住棟設計は、ヨー・クー
な る 4 本 の 運 河 を 新 た に 通 し、 島
は、 樋 口 忠 彦 氏( 京 都 大 学 名 誉 教
ネン自身やオランダのヴィール・ア
を5つのブロックに分けた。運河に
授)の「景観の構造-ランドスケー
レツ、ドイツのハンス・コルホフ、 よって分けられた5つの街区は、そ
プ と し て の 日 本 の 空 間 」(1975
ベルギーのブルーノ・アルバートら
れぞれで中庭を持つ囲み型配置とし
年、 英 文 名 The Visual and Spatial
による。彼らは、設計時には既にヨー
ている。街区をつなぐ動線は、東西
Structure of Landscapes、技報堂)
ロッパで広く名前を知られる建築家
方向に 3 本設けられた。3 本の内訳
からデザインのインスピレーショ
であった。
は、北側が車動線、南側
各住棟は、モニュメンタルなつく
が歩車道融合の動線、中
り で、 そ れ ぞ れ の 建 物 単 体 で 見 た
庭を貫く真ん中が歩行者
場合は優れているという意見もあろ
動線である。
う。シンボリックな中庭を設けたり、 先 行 す る KNSM 島 と
ピロティによってシークエンスに変
は全く異なるアプローチ
化をつける等の工夫が見られる。し
がとられた。KNSM 島で
かしながら、それらは一つの住棟で
は、先述の通り大通りの
完結していて、他の住棟と関係づけ
両側に大きな建物が並ぶ
られている訳ではない。
といった方法であった。
まちづくりという観点から見た場
しかし、ヤファ島ではア
合、KNSM 島はあまり意味のないも
ムステルダム中心部(旧
のに感じられた。建物と街路の関係
市街)により近い場所に
に細心の注意を払っているように感
位置することから、旧市
じられず、道行く人が感じる心地よ
街の場所性を強く意識し
いスケール感は得られなかった。中
た計画となった。つまり、
央の大通り沿いの景観はすっきりと
旧市街の運河沿いの環境
中央のアベニュー沿いの風景
大きな建物が建ち並ぶ単純な構成
してはいるが、空疎な印象を持った。 をモデルとした住環境の
他の島で見られるような親水性を意
実現を目標に置いた。多
識したり、旧市街の要素を取り入れ
くの異なる建築家が参加
たりすることは行われなかった。ま
して手がけた小さな建物
た、入隅状の空間等、落ち着きを感
が建ち並ぶデザインであ
じる部分が意識的に設けられなかっ
るが、決してテーマパー
た。これは、都市デザイン面でのルー
クのような懐古趣味や
ルを設けず、それぞれの建築家が思
キッチュな様相を呈して
いのままにデザインした結果生じた
いる訳ではなく、洗練さ
弊害だと思われた。何よりもこれら
れたまちなみが実現され
が住宅部分のあり方にも大きく影響
ていた。
していることが懸念される。
南 北 面 の 建 物 は 27m
販売には苦労をし、オランダ人は
ごとに一人の建築家でデ
中高層住宅での高密度居住を好ま
ザインを担当し、さらに
ないという思いを強くしたようであ
5 分割の 5.4m の間口を
る。KNSM 島での経験が後に開発を
持つ住戸が計画された。
進めるボルネオ - スポレンブルク島
住棟の立面デザインは
2
ヨー・クーネン棟
さまざまな手法を織り混ぜた埠頭から住宅地へ転用-オランダ・アムステルダム東部港湾地区-
ンを得たと述べてい
る。計画では、建築
レベルだけではな
く、ランドスケープ
レベルでも深く配慮
している。埠頭は元
来フラットな土地で
あったが、スターズ
はそのままだと居住
環境に適さないと判
断した。樋口氏は先
ヤファ島の運河沿い景観
アムステルダム旧市街の運河沿いの景観
の論文で、なだらかなアップダウン
が日本のシークエンスに富んだ景観
を生み出していると分析している。
そこにスターズは着目して、中庭全
体を運河沿いの道路レベルより 2m
程度上げて、街区ごとにアップダウ
ンを作り出した。このことが都市的
な景観ではあるものの、適度に運河
の水と中庭の緑といった自然を感じ
ながら気持ちよく歩けることにつな
がっている。
ま た、 溜 ま り と な る 入 り 隅 状 の
ヤファ島囲み型の一単位(Google Earth に加筆)
空間も巧みに設けられているため、
安心感があり心地よい。この点が、
同時に視察したアムステルダムの
ベ ル マ ミ ー ア 団 地 と、 最 も 異 な る
点だ。そこでは、長大住棟に代わっ
て 低 層 住 宅 を つ く り 続 け て い る。
し か し、 住 ま い と み ち 空 間 と の 間
のインターフェースが貧弱なため
人 を 拒 絶 す る、 空 疎 な 印 象 を ぬ ぐ
ヤファ島の住棟デザイン
ベルマミーア団地の低層住棟
え な か っ た。 玄 関 は ア ル コ ー ブ や
庇を設けず直接道に出入りする形
くり手双方で希薄になってしまっ
ボルネオ - スポレンブルク島
で あ り、 住 宅 の 窓 と み ち 空 間 と の
た。 こ こ ヤ フ ァ 島 で は、 そ れ を き
(1994 ~ 1999 年)
関係も直截的で居心地の悪いもの
ちんとコントロールしているため
-町家風長屋によるまち
で あ っ た。 一 方、 ヤ フ ァ 島 で は み
好 感 が 持 て、 日 本 の ま ち づ く り に
都市デザインに関するマスタープ
ち空間と住まいとの間に適切な間
積極的に活かしいくべきだと感じ
ラ ン は、 オ ラ ン ダ の ラ ン ド ス ケ ー
た。
プ事務所の West 8 のアドリアン・
シ ー が 確 保 さ れ つ つ も、 住 棟 が 人
一 方、 同 じ ス タ ー ズ に よ っ て マ
ヒ ュ ー ゼ(Adriaan Geuze) に よ り
間 を 拒 絶 す る こ と な く、 適 度 な 関
スタープランが策定されたザーン
つくられた。先行する2つの島と大
係性を築こうとする努力を感じた。 ダ ム の 再 開 発 は 注 目 を 浴 び て は い
き く 異 な る の は、 ほ と ん ど が 2 ま
京都の町家では住宅とみち空間と
る も の の、 あ ま り 良 い 印 象 は 持 て
たは 3 層の低層住宅であることだ。
間 に 軒 下 空 間 を 設 け た 上 で、 格 子
な か っ た。 こ れ は、 ヤ フ ァ 島 と は
100 戸/ ha の高密度が低層で実現
によって視線を緩やかにコント
異なり一人の建築家が大きな範囲
されていることは、都市住宅の新し
ロ ー ル さ れ て い る。 現 在 の 日 本 で
を担当することの限界を示す事例
いモデルを提供しているように思わ
は そ う い っ た 感 覚 が 住 ま い 手、 つ
であることも付け加えておきたい。 れる。
(ま)が設けられている。プライバ
さまざまな手法を織り混ぜた埠頭から住宅地へ転用-オランダ・アムステルダム東部港湾地区-
3
居住性を確保しながら高密度を達
おり、中には船を係留している住宅
トを見ると、車が住宅の玄関を塞い
成するために、各住戸がパティオを
も見られる。旧市街の運河沿いの住
でしまうということでかなり葛藤が
持つ長屋形式が採用された。平面的
宅さながらの様相で、好感を持った。 あったようだ。都市部での車の扱い
には道路側だけが外気に面し、残り
街路は、島全体にわたって 12m
方は、世界共通の悩みとも言えるの
の三方は他の住宅によって囲まれる
巾が基準となっている。住宅の対面
ではないだろうか。
形となっている。オランダの伝統的
は街路を挟んで運河が
な住宅は、前庭または裏庭を持つ。 広がっているパターン
ここでは、京都の町家のように小さ
と街路の両側が住宅
な間口と深い奥行を持つ住宅であり
であるパターンの2つ
ながら、中庭により採光と通風が確
がある。樹木が少なく
保される形をとった。
いささか潤いに欠ける
低 層 住 宅 の 間 口 は 4.5 ~ 6.5m、 印象を持った。もう少
奥 行 は 15 ~ 19m に 設 定 さ れ た。 しファサード側に生活
また、1 階の階高は 3.5m とゆった
感のにじみ出しがあれ
りとした寸法に統一されている。こ
ば間が持つのだが、フ
れは、住戸内への光の射し込みだけ
リー・パーセル地区以
ではなく、店舗・スタジオ・オフィ
外の街区の住宅はどれ
スといった用途への転用も図られた
も閉じがちで旧市街の
ためである。
街路のような心地よさ
フリー・パーセル地区の住宅(運河側)
ボルネオ - スポレンブルク島は、 は あ ま り 感 じ ら れ な
低層住宅を中心としているものの、 かった。ヤファ島でも
ポイント的に 2 棟(計画では 3 棟) 述べたが、住宅とみち
の「隕石」と名付けられた 10 層程
空間との間のインター
度の中層住棟が配されている。これ
フェースとなる部分が
らの住棟は、マッシブでかなりのボ
豊かでないために感じ
リュームを持つものである。さすが
る息苦しさがある。少
に低層だけでは与条件をクリアする
しでも凹状の空間が用
ことができなかったため、このよう
意されていればよいの
な手法を部分的に用いたものと考え
だが、高密度を追い求
る。デザイン的には印象に残るもの
めるあまりそういった
ではあるが、必ずしも良いものであ
空間はさすがに皆無に
るとは言い難く、もう少し丁寧さが
等しかった。この点が
必要ではなかったのではないかと感
悔やまれる。
じられる。
ま た、 住 宅 の 中 に
全体の中でも特筆されるのは、ボ
カーポートをビルトイ
フリー・パーセル地区の住宅(街路側)
ルネオ島の 6 区及び 7 区のフリー・ ンすることもマスター
パーセルと呼ばれる地区である。60
プ ラ ン で 定 め ら れ た。
の 区 画 に 対 し て MVRDV や Heren-5
日本の都市住宅では一
をはじめとする 20 組の建築家が設計
般的ではあるが、住宅
に参加している。運河に直接面して
の設計者たちのコメン
『さまざまな手法を織り混ぜた埠頭から住宅地へ転用』
-オランダ・アムステルダム東部港湾地区-
レクチャー:荒木 公樹(空間計画株式会社)
執 筆 :荒木 公樹( 〃 )
(講演:2012 年 1 月 26 日)
本リーフレットは、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業
「集合住宅 “ 団地 ” の再編 ( 再生・更新 ) 手法に関する技術開発研究
( 平成 23 年度 ~ 平成 27 年度 )」によって作成された。
4
さまざま表情を持つ住宅
発行:2012 年 6 月
関西大学
先端科学技術推進機構 地域再生センター
〒 564-8680 大阪府吹田市山手町 3 丁目 3 番 35 号
先端科学技術推進機 4F 団地再編プロジェクト室
Tel : 06-6368-1111(内線 :6720)
URL : http://ksdp.jimdo.com/
さまざまな手法を織り混ぜた埠頭から住宅地へ転用-オランダ・アムステルダム東部港湾地区-
Fly UP