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PDFダウンロード - キヤノングローバル戦略研究所
40
Vol.
PROLOGUE
経済モデルのユーザーとして思うこと
須田 美矢子
イベント開催報告
CIGS Conference
「Macroeconomic Theory and Policy 2016」
論文紹介
財政再建への道のり
<長野県王滝村:プライドが対応を遅らせた>
柏木 恵
財政再建への道のり
<沖縄県座間味村:きれいな海の島のごみと水道問題>
柏木 恵
今月の書籍
『世界史の大転換』
宮家 邦彦 ほか
Highlight Vol40_2.indd a1
2016.09
OPINION
アベノミクスに決定打、空のインフラ建設構想
瀬口 清之
アディダス "本国回帰" に注目
栗原 潤
「価格据え置き」慣行 脱却を
渡辺 努
国際法「音痴」の中国
宮家 邦彦
ツキジデスの罠
神保 謙
日本農業は生き残れるか
山下 一仁
日韓関係は改善の一方、中韓関係は新たな課題に直面
<ソウル出張報告(2016 年 6 月 22 日∼ 24 日)>
瀬口 清之
16/08/24 11:03
Contents
経済モデルのユーザーとして思うこと……………………………………… 1
須田 美矢子
アベノミクスに決定打、空のインフラ建設構想 …………………………… 2
日中韓 3 国間の航空網を国内線並みにすれば莫大な経済効果
瀬口 清之
アディダス "本国回帰" に注目 ……………………………………………… 5
栗原 潤
CIGS Conference ……………………………………………………………… 6
「Macroeconomic Theory and Policy 2016」
「価格据え置き」慣行 脱却を ……………………………………………… 10
賃金上昇率を政策目標に
渡辺 努
国際法「音痴」の中国 ………………………………………………………… 12
宮家 邦彦
ツキジデスの罠………………………………………………………………… 13
覇権国と新興国との対立
神保 謙
日本農業は生き残れるか……………………………………………………… 14
日本農業は生き残れるか
山下 一仁
日韓関係は改善の一方、中韓関係は新たな課題に直面 …………………… 17
日中韓 FTA 締結推進を望む声も
<ソウル出張報告(2016 年 6 月 22 日∼ 24 日)>
瀬口 清之
財政再建への道のり…………………………………………………………… 18
どん底からどのように抜け出したのか
<長野県王滝村:プライドが対応を遅らせた>
柏木 恵
財政再建への道のり…………………………………………………………… 19
どん底からどのように抜け出したのか
<沖縄県座間味村:きれいな海の島のごみと水道問題>
柏木 恵
今月の書籍……………………………………………………………………… 20
『世界史の大転換 常識が通じない時代の読み方』
宮家 邦彦、佐藤 優
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経済モデルのユーザーとして思うこと
特別顧問 ● 須田 美矢子
2012 年末に再登板した安倍政権
では現実をうまく説明できない場合
は、デフレからの早期脱却と日本経
には、モデルの前提条件のどこが問
済再生のため、金融緩和、機動的な
題かを検討することが必要だ。
財政政策、成長戦略からなる三本の
矢を放った。矢を三本束ねることで
金融政策の重要性を主張していた
効果がより発揮されるとしたが、最
者が、今日では財政政策の重要性を
重要視されたのは第一の矢の金融緩
指摘していることに対して、節操が
和政策だった。その支持者が経済モ
ないとのコメントが聞かれる。それ
デルとしてしばしば持ち出したの
は主張が変わった理由を明確に説明
が、通貨安効果を重視するマンデル
できていないからだ。
= フレミングモデルだ。
金融政策でデフレを解消できると日銀を批判して
しかし異次元緩和と称されるほどの強力な金融緩
いたクルーグマンは、インフレ期待のコントロール
和にもかかわらず、経済・物価の動きは鈍く、第一
の難しさを認め、また日本の低成長の持続性につい
の矢を重視していた者を失望させた。そのような場
て認識を改め、財政政策重視に舵を切った。クルー
合、緩和が足りないからというのが常であったが、
グマンの議論には納得しない点も多いが、自分の考
「 もっと緩和を 」との声は小さく、8% への消費税
え方の現実妥当性に疑念が生じたときにその前提条
増税を犯人とし、次第に財政政策の必要性を主張し
件を修正した上で、考えを変えている点は見習う必
始めた。
要がある。
安倍首相も 10% への消費税増税を再延期し、ア
黒田日銀総裁は最近の講演で、インフレ予想を物
ベノミクスのエンジンを全開するとして参議院選に
価目標にアンカーさせることが理論モデルのように
臨み、選挙後すぐに経済対策に取りかかった。第二
いかないと指摘しているが、政策運営に携わると、
の矢である機動的な財政政策の重視という意味で、
シンプルな期待理論が現実的ではないことはすぐわ
アベノミクスの金融財政政策の位置づけは変わっ
かる。最近は行動心理学への関心も高まっているし、
た。当然ながら、財政政策は通貨高効果で無効だと
理論モデルでは扱いにくい信認という重要な問題も
するマンデル = フレミングモデルへの言及はなく
ある。政策担当者としては、理論家に現実に近づい
なった。
てもらうだけでなく、自らが念頭に置くモデルの前
提条件の現実妥当性を吟味し、また、将来不安など
そもそもマンデルは、小国、完全資本移動性、不
の心理要因や政府・日銀の信認への影響も考慮に入
完全雇用の仮定が妥当であったカナダで政策を議論
れ、自分なりに応用問題を解いて、それを参考とし
するためにこのモデルを構築した。それをそのまま
て用いることが望まれる。
現在の日本に当てはめることには元々無理があっ
た。
モデルユーザーのこのような姿勢があってこそ、
現実経済の分析に役立つモデルの構築が容易にな
政策を議論するときには価値判断が入り、お互い
り、政策論の発展にも資する。政策論でいいたいこ
相容れないこともあるが、各人が持つ経済を見る「も
とがまずあって、それに合うモデルを選択し、主張
のさし 」― シンプルな経済モデル ― の妥当性は議
が変われば別のモデルに乗り換えるようでは、政策
論可能だ。モデルのユーザーは、シンプルなモデル
論は深まらない。
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アベノミクスに決定打、空のインフラ建設構想
日中韓 3 国間の航空網を国内線並みにすれば莫大な経済効果
JBpress 2016 年 7 月 21 日 掲載 ● 瀬口
清之
インバウンド客急増の震源地は中国における
中間層拡大
その背景は中間層の拡大に伴う日本製品・サービ
スの潜在需要の増大基調である。
今年に入って中国人を中心とする外国人旅行者の
「爆買い」の勢いが衰えていることが懸念されてい
る。しかし、インバウンド旅行客の勢いが衰えたわ
けではない。
先日発表された中国の第 2 四半期の GDP(国内総
生産 )成長率は 6.7%と、以前の 2 ケタ成長の勢い
はない。中長期的には GDP 成長率は緩やかな低下
傾向を っている。
中国人を中心とする外国人旅行客の倍増、円安、
中国関連の運び屋による大量買い付けなど様々な要
因から去年の「爆買い」が異常だっただけである。
日本政府観光局(JNTO)の統計によれば、今年
の 1 ∼ 5 月のインバウンド旅行客はすでに 972 万人
に達し、前年比+29%増と相変わらず高い伸びが
続いている。
トップ 3 の国・地域は、1 位が中国で 249 万人、
前 年 比 + 45 % 増、2 位 が 韓 国 で 204 万 人、 同 +
30%増、3 位が台湾で、176 万人、同+22%増。距
離が近くて比較的気軽に行けるのがこれらの国・地
域の旅行者が日本を選んだ理由の 1 つであることは
明らかだ。
しかし、日本企業の顧客層となる中間層の都市人
口は、現在の 4 億∼ 5 億人から 2020 年には 8 億∼ 9
億人に達する見通しで、今後も 2 ケタの伸びが続く
と推計される。この拡大を続ける中間層が日本旅行
へのインバウンド客急増の震源地である。
足許の中国経済の国際収支、財政および物価の安
定性から見て、中間層の拡大が 2020 年まで続くの
はほぼ確実である。
したがって、中国からのインバウンド客増大の勢
いは少なくとも 2020 年までは衰えないと見るべき
である。これは日本企業にとって需要の大きな伸び
が期待できる、国内においては数少ないビジネス
チャンスである。
日本を訪れる旅行客の多くがリピーターであるた
め、1 回目に来た時のような「 爆買い 」型消費行動
は取らなくなっている。リピーター旅行客の日本旅
行の主目的はモノの消費ではなく、コトの消費であ
る。
欧州は英国が EU 離脱、米国景気は足踏み
インバウンド客のコトの消費の主役である中国人
旅行客は沖縄から北海道に至るまで、全国各地の日
本企業にとって極めて重要なビジネスのターゲット
である。その母集団は中国国内で急速な拡大が続い
ている中間層だ。この中間層こそ日本企業にとって
最も重要な顧客層である。
米国は欧州の影響を受けやすく、バラク・オバマ
政権は最近、今年の成長率見通しを 0.7%ポイント
下方修正して 1.9%とするなど、景気回復は足踏み
状態であり、FRB( 連邦準備制度理事会 )が利上げ
を実施することはますます難しくなりつつある。
本年入り後、中国国内では日本車販売の好調が続
き、中国各地の地方政府や中国企業の日本企業に対
する誘致・提携姿勢が積極化していることから、多
くの日本企業は、今年は昨年より商売がやりやすく
なっていると受け止めている。
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世界経済を見回せば、英国の EU 離脱で欧州経済
は不透明感が強まっているため、当面積極的な投資
拡大を検討するのは難しい状況だろう。
株だけは盛り上がっているが、日本企業にとって
魅力的な投資環境とは言えない。
こうして世界中を見回してみると、消去法で残る
投資先は中国であるように見える。もちろん、過剰
設備の削減に取り組んでいる重化学工業関連は今後
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も厳しい状況が続く。
しかし、それとは対照的に、サービス産業は中国
経済の牽引車として今も高い伸びを保っている。重
化学工業が大量の失業者を生み出しているにもかか
わらず、その失業者を次から次へと吸収しているの
は、eコマース、レジャー、医療・介護、物流などのサー
ビス産業である。このため、依然として労働需給バ
ランスはしっかりしている。
まだら模様の中国経済の暗い部分ではなく、明る
い部分の需要をどう捉えるかがマーケティングの勝
負である。販売、研究開発、生産の各部門が緊密に
協力して短期間の間に商品を改良して顧客ニーズに
応じた商品を生み出し、タイムリーに需要をつかむ
ことができる企業が中国ビジネスで成功する。
空のインフラ建設をアベノミクス次の一手に
7 月の参院選は自民・公明の与党陣営が大勝した。
国民が与党を支持した理由は経済政策への期待であ
る。もし憲法改正、防衛力強化を前面に出して戦っ
ていれば、これほど高い支持率は得られなかったは
ずだ。
しかし、最近はアベノミクスも以前のような勢い
がない。
元々のアベノミクスは第 3 の矢として提示された
構造改革に大きな期待が寄せられていたが、いずれ
も日本経済を復活させるには不十分だった。国民が
安倍政権に期待するのはアベノミクスの次の一手の
施策を企画し実践することである。
安倍晋三総理は今月中にデフレ脱却・経済再生に
向けた経済対策の検討を指示したと報じられてい
る。そこで、日本企業のみならず世界中の企業が注
目する施策を提案したい。それは東アジアを一体化
する空のインフラ建設構想である。
高度成長期の日本経済において最も経済誘発効果
が大きかった投資は東海道新幹線と東名高速道路
だった。グローバル化、とくに東アジア経済圏の一
体化が進みつつある現在において、かつての新幹線
に当たるのが航空網である。
空の移動時間を大幅に短縮することによって、東
アジア域内の移動が国内並みに便利になれば、巨大
な経済誘発効果をもたらす。EU が経済共同体とし
て享受した大きなメリットは域内交通の高い利便性
である。
これを東アジアに持ち込めば、その経済効果の大
きさは明らかである。ほんの数年前までは日中韓 3
国の経済格差が大きかったため、そのメリットが小
さかった。しかし、インバウンド旅行客が日本経済
を支える時代となった今、その経済誘発効果は計り
知れない。
空の移動時間短縮のための具体策
東アジア域内移動時間の短縮と言っても、超音速
旅客機を就航させるわけではない。現在の航空網を
前提に、空港周りのインフラを改善することによっ
て、移動時間を大幅に短縮するのである。そのため
の施策は以下のとおりである。
(1)空港の安全検査と出国審査の手続きを10分以内
に終わらせる
国内線に乗るときは離陸の 30 分前に空港に着い
ていれば十分間に合う。それに対して国際線は通
常、離陸の 2 時間前に空港に到着するのが一般的で
ある。
この 1 時間半の違いの主な要因は、国際線の安全
検査と出国審査にかかる時間である。欧米までの移
動にはフライト時間だけで 10 時間以上かかるため、
国内線との 1 時間半の差は大して気にならない。
しかし、フライト時間が 2 ∼ 4 時間の日中韓台東
アジア域内移動ではこの 1 時間半の差はいかにも非
効率である。
そこで、東アジア域内向けのフライトについての
み安全検査と出国審査を他の行き先と区分し、窓口
の数を大幅に増やすことによって両方の手続きを
10 分以内に終われるよう迅速化を図る。世界中が
注目する日本のサービスの力をもってすれば実現は
可能なはずである。
(2)東京駅から羽田まで10分、成田まで20分
東京、名古屋、大阪、福岡の主要ターミナル駅と
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最寄りの国際空港(羽田、成田、中部、関西、福岡
各空港)との間を空港専用高速地下鉄で直結し、移
動時間を 10 ∼ 20 分に短縮する。
とは、上記の一連の具体策の仕上げとして、極めて
重要な施策である。
期待される効果
加えて、高速地下鉄の発車間隔を 10 分以内に頻
度を上げ、待ち時間を短縮し、利便性を大幅に向上
させる。
(3)羽田・成田と上海・北京・金浦・仁川など主要空港
間のシャトル便化
主要空港間については、空席さえあれば、事前予
約なしでどの便でも自由に乗り換えられるようにす
る。これによってフライト遅延リスクが軽減される
ため、ビジネス上のメリットは大きい。
(4)外国人旅行客の受け入れ能力ボトルネックの解消
外国人旅行客の急増に伴い、ホテル、観光バス、
バス運転手、通訳ガイドなどの不足が昨年から問題
視されている。
この状況が続くと、日本旅行のサービス水準が低
下し、旅行の魅力が半減してしまう。現在のインバ
ウンド客の増勢を維持するためにも、これらのボト
ルネック解消は喫緊の課題である。
(5)治安維持のための警察の治安能力の強化
外国人旅行客の急増に伴い、外国人が引き起こす
犯罪・トラブルなどが増えていることから、そうし
た問題に迅速かつ的確に対処できるよう、警察能力
の強化も併せて必要である。
(6)法人税 25%の実現
以上のような具体策によって、東アジア域内移動
の大幅時間短縮が実現すれば、そこにもう 1 つの重
要な条件を加えると、経済誘発効果が格段に高まる。
それは法人税率を中国、韓国並みの 25%まで引
き下げることである。
域内移動が便利になっても、日本に拠点を移せば
高い税金を払わされるという状況では、経営者は日
本への投資に躊躇する。税制上の障害を取り除くこ
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以上の具体策によって、東アジア経済圏の域内移
動が大幅に短縮され、日中韓 3 国の経済効率が大幅
に向上し、経済の一体化が促進される。
グローバル経済を牽引しているのはアジア経済で
あり、その中核が日中韓 3 国である。その 3 国の経
済の活性化は、確実にグローバル経済への貢献をも
たらす。
それと同時に、日本の主要都市が東アジアのハブ
として機能するようになることも期待できる。海外
の観光客、ビジネス客にとって日本への移動の利便
性が格段に向上し、気軽に立ち寄ることが可能とな
るからだ。
そうなれば、アジアでビジネスを展開する世界中
の企業が、環境がよく、サービス水準が高く、生活
も便利な東京、大阪、名古屋、福岡などの主要都市
に拠点を設けるインセンティブが格段に高まるのは
明らかである。
旅行客、ビジネス客の増加は、ホテル、レストラン、
小売り、サービス需要の拡大につながる。それにと
もなって、日本の主要都市への投資が拡大し、その
波及効果は周辺の中小都市にも及ぶため、地方再生
にも寄与する。
各地方が外国人旅行客受け入れのためのサービス
改善を目指して、独自のアイデアを実践して互いに
競争すれば、地方も活性化する。
とくに訪日客の中心が、中韓両国であることを考
慮すれば、日中韓 3 国間の民間直接交流の拡大を通
じた相互理解の促進も期待できる。もしこれが東京
オリンピック前に実現すれば、その効果は絶大であ
る。
アベノミクスの次の一手として、以上の施策の採
用を大いに期待したい。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口 清之)
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アディダス "本国回帰" に注目
電気新聞「グローバルアイ」2016 年 7 月 20 日 掲載 ● 栗原
潤
およそ人間の予測能力には限界があって、国民投
もちろん、すべてが順調であるはずがない。第一
票前に EU 離脱に反対していた英国の若者しかり、
の課題はロボット技術だ。生産性を飛躍的に向上さ
欧州のサッカー選手権で優勝を確信していた独仏両
せるとはいえ、依然として "モノマニアカル( 単一
国のファンしかり、人々の期待と現実が異なる場合
作業に特化した )" な作業が大半で、資本効率の視
が実に多い。現在、欧州出張中の筆者は現地で本稿
点から考えると、多様な作業を行うロボット開発や
を書き上げたが、優勝を逃して落胆したドイツの友
効率を高める人間との協業ないし分業体制の確立が
人とスポーツや政治・経済、さらには技術を予測す
未解決の問題だ。
ることの難しさをかみ締めている。
第二の課題は " 国内回帰 " を念頭にしたサプライ・
当初の予定では、友人たちとミュンヘンで 10 日
チェーンの IoT 化だ。現在、アディダスの関連会社
の選手権の決勝を眺めつつ最新情報を聴き取り、そ
は世界各地に広がる。その内訳を見ると約 6 割が中
れを基に本稿を完成させる積もりであった。だが、
国、ベトナム、インドネシアなどアジア諸国。そし
幸運(?)にもドイツ敗北のおかげで冷静に戻った
て約 3 割がブラジル、アルゼンチン、メキシコをは
彼らから楽観と悲観の両論をあわせて聞くことがで
じめとする中南米諸国。残りがスペイン、トルコ、
きた。
南アフリカといった諸国だ。
現在、ロボットや ICT に関して "バラ色" の報道が
多数の企業群と共に効率的でセキュリティー上安
あふれ、期待に胸膨らむ思いだ。だが、冷静な観察
全なネットワークを確立し、ファッション感覚豊か
や議論、またグローバルな視点に立脚した大胆な意
な顧客に素早く対応出来るかどうか。またいかなる
識改革、さらには継続的な努力が不可欠であると、
形でネットワーク全体を集約・制御するのか、そし
多くの専門家が強調する。例えば、経済産業研究所
ていかなる形でサブ・システムとして管理するのか。
上席研究員の岩本晃一氏は「外国が第 4 次産業革命
課題は山積していると情報工学の専門家である友人
の波に乗って大きく羽ばたく中で、日本のみ現状
は語る。
維持を続ければ、世界との格差はますます広がる」
と先月発表した報告書で警鐘を鳴らしている。
同時に彼らは想定外の分野や人々の知見で将来
の方向性が大きく変わる点を強調する。彼は「ジュ
確かにドイツの動きは速い。アディダスが四半世
ン、安全保障で重要なステルス技術を知っているだ
紀ぶりの "本国回帰" を 5 月末に公表したことが日
ろう。この技術はソ連の科学者が 60 年代に発案し
本で報じられたが、以前から専門家の多くは同社の
たが、難解過ぎてソ連では理解されなかった。それ
動きに注目していた。筆者の現地訪問も、昨年末に
を理解し、開発したのは 70 年代の米国さ。本当に
同社が "スピード・ファクトリー" を試験的に稼働さ
将来の予測は難しいよ」と述べ、将来の日独協力に
せたことを知ったからだ。来年にはドイツ国内の工
ついて語り出した。帰国を前にして、筆者はグロー
場が本格的に、また再来年には世界最大の消費地、
バルな対応策を日本の友人たちと考えてみようとし
■
ている。
米国で工場が始動する。この産業技術は、ジョンソ
ン・コントロールズ等のロボット関連企業に加えて
ミュンヘン工科大学(TUM)やアーヘン工科大学、
さらには政府が参画して、産官学で推進されている
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 栗原 潤)
のだと TUM の友人は語る。
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CIGS Conference
「Macroeconomic Theory and Policy 2016」
2016 年 7 月 15 日 CIGS ホームページ 掲載
キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)は 2016 年 5 月 30 日および 31 日に、国内外の著名なマクロ経済研
究者および日本人若手研究者を集め、 New Directions in Macroeconomics と題した CIGS Conference on
Macroeconomic Theory and Policy 2016 を開催しました。
以下は各発表者による論文の発表要旨です。
1) Uncertainty Aversion and Heterogeneous
Beliefs in Linear Models
2) Learning, Confidence, and Business Cycles
「 ナイトの不確実性 」
( 事象についての確率分布
異なる将来予想を持つ人々が相互作用するマクロ
そのものが不確実であること)に直面する企業によ
経済システムのモデル。このモデルでは、将来の事
る景気循環モデル。企業は、生産活動を通じて、徐々
象について「 ナイトの不確実性 」
( 事象についての
に確率分布を学習していく。不況期には、投資や生
確率分布そのものが不確実であること)が存在する
産が少ないので、不確実性についての企業の学習が
と仮定されている。人々は、ナイトの不確実性を回
進まず、不確実性が高い状態が続く。不確実性が高
避するため、「 最悪の事態 」を想定して行動する。
いと、企業の生産や投資も低迷を続ける。このフィー
このモデルでは、人々は異質な将来予想を持つため、
ドバックループによって、不況が増幅され、長期化
それぞれ異なった「最悪の事態」を想定して行動す
する。需要ショックによる景気変動の特徴を、かな
る。予備的貯蓄、資産価格のプレミアムなどについ
り説明することができる。このモデルが正しければ、
て新しい説明をするモデルである。
価格の硬直性や労働の硬直性よりも、不確実性が景
気変動の原因だということになるので、政策的な含
Martin Schneider (Stanford University)
意が大きく変わる可能性がある。
(with Cosmin Ilut and Pavel Krivenko)
Hikaru Saijo (University of California, Santa Cruz)
(with Cosmin Ilut)
6
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3) Managing a Polarized Structural Change
水平的二極化(労働者同士の間での二極化)と垂
直的二極化(労働者と管理者との間での二極化)を
説明する理論モデル。ミドルスキル(中程度の技能)
の労働者をより多く使う産業では、水平的二極化と
垂直的二極化が両方とも速いスピードで進むことが
示される。さらに、ミドルスキルの労働者を多く使
う産業は縮小し、そうでない産業が成長する。究極
的に、産業構造が変化し、ミドルスキルの仕事は消
滅していくと予想される。
Yongseok Shin (Washington University in St. Louis)
(with Sang Yoon (Tim) Lee)
4) A Theory of nonperforming loans and debt restructuring
不良債権が蓄積すると、銀行は借り手の返済計画
にコミットすることができなくなる(借り手が返済
計画どおりに返済しても、銀行はそれ以上の返済を
求める可能性を排除できないから)。その結果、借
り手の企業はやる気を失い、生産活動が低迷する。
不良債権を削減すれば「銀行が返済計画にコミット
できない」という非効率は発生しない。しかし、複
数の銀行が 1 つの企業に貸出をしている場合、銀行
同士の交渉が長引いて、不良債権を削減する意思決
定が非常に遅れることがある。
Tomoyuki Nakajima (Kyoto University)
(with Keiichiro Kobayashi)
5) Fiscal Policy and Debt Management with Incomplete Markets
不完備市場の経済で、政府が行う課税と債務発行
と資産管理を分析するモデル。二次式で近似するこ
とにより、政府のポートフォリオ選択を陽表的に記
述することができる。政府の最適行動は、一種の財
政的リスクを最小化することだと示される。アメリ
カ経済に当てはめると、最適な債務レベルはゼロに
近いマイナスとなる(無借金か若干の黒字が最適)。
Mikhail Golosov (Princeton University)
(with Anmol Bhandari, David Evans, Thomas J.Sargent)
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6) Optimal Income Taxation: Mirrlees Meets
Ramsey
意を見誤ることはないだろう、と考えられる。
Martin Eichenbaum (Northwestern University)
Mirrlees 型の最適課税政策(政府は私的情報を知
(with Lawrence J. Christiano, Benjamin K.
り得ないとの仮定のもとで、
もっとも効率的な税制)
Johannsen)
と Ramsey 型の最適課税政策(税を所得の関数とし、
一定の関数形を仮定したうえで、もっとも効率的な
税制)を比較する。この論文では様々なクラスの社
会厚生関数を分析する(その中のひとつは、現在の
再配分政策に対する選好を含んだ社会厚生関数であ
る)。最適な税率は、所得が上がるにつれて一般的
に上昇することが示された(最適税率はフラットで
も、U 字型でもない )。このパターンは現在のアメ
リカの税制と同様である。
Hitoshi Tsujiyama (Goethe University Frankfurt)
(with Jonathan Heathcote)
8) Payments, Credit and Asset Prices
この論文では、2 層の取引がある貨幣経済モデル
を考察する。第 1 層は、家計と投資家が財と証券の
取引を行うが、その支払い手段は銀行が提供する決
済機能である。第 2 層の取引は、銀行同士(インター
バンク)の決済取引であり、その支払い手段は、準
備またはインターバンクの信用である。このモデル
では、インターバンクの信用を生産するために実物
的な資源を必要とすると仮定している。このことか
ら、資産の収益性についての期待が物価水準に影響
し、金融政策が資産価格に影響するという結果が導
き出される。
7) Does the New Keynesian Model Have a
Uniqueness Problem?
Monika Piazessi (Stanford University)
(with Martin Schneider)
ニューケインジアンモデルは、線形近似すると均
衡が複数になる欠点を持っている(ゼロ金利になる
均衡とゼロ金利にならない均衡が発生する)。どち
らの均衡に行くかによって、政策的な含意も変わっ
てくる。この論文では、「 学習に対して安定な 」均
衡という概念を作り、学習に対して安定な均衡は、
ゼロ金利制約があっても唯一に決まることを示す。
この均衡の性質は、通常のニューケインジアンモデ
ルの均衡と性質はほぼ同じになることが示された。
したがって通常のニューケインジアンモデルを分析
することで、ゼロ金利近傍での財政乗数や政策的含
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9) Affine Term Structure Pricing with Bonds
Supply As Factors
政府債務の満期構成が、イールドカーブに与え
る影響を分析するモデル。この ATSM(Affine Term
Structure Model)では、短期金利に加え、それぞ
れの満期ごとの政府債務の供給量が、イールドカー
ブに影響する。政府債務の供給ショックの影響は、
すぐには大きくならず、その供給ショックを受けた
国債の満期の時点で最大になる。このコブ状の反応
は、特殊な投資家の存在を仮定しなくても発生する。
Fumio Hayashi
(The National Graduate Institute for Policy Studies)
11) Endogenously Procyclical Liquidity, Capital
Reallocation, and q
資本ストックの企業間再配分は好況期に増え不況
期に減るのに対し、企業間の Tobin の q のバラツキ
は景気の時期によらない(または好況期に減り不況
期に増える)。この事実を説明するために、内生的
な流動性モデルを作る。資本の再配分市場はサーチ
とマッチングの摩擦がある市場であると仮定する。
サーチ市場の 迫度合いが「流動性」を示す。サー
チ市場に参加するかどうかは買い手が決めるから、
迫度合い(流動性)は内生的に決まる。また、資
本の新設も内生的に決まる(一定コストを支払うか
どうかを資本生産者が決める)。このとき、生産性
が上昇する時期(好況期)には、資本の新設が増え、
買い手の参入が増えるので流動性が増え、結果とし
て再配分される資本が増える。一方、資本価格が上
昇するので、Tobin の q が小さい企業ではそれが大
きくなり、Tobin の q が大きい企業ではそれが小さ
くなる(バラツキが小さくなる)。
Shouyong Shi (Pennsylvania State University)
(with Melanie Cao)
10) Turnover Liquidity and the Transmission of
Monetary Policy
金融政策が、流動性をベースとしたトランスミッ
ションメカニズムで資産市場に影響を及ぼすことに
ついて、実証的なエビデンスを示す。また、このメ
カニズムの理論モデルを作り、実際にこの理論が
データとマッチするかどうかを評価する。
Ricardo Lagos (New York University)
(with Shengxing Zhang)
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「価格据え置き」慣行 脱却を
賃金上昇率を政策目標に
日本経済新聞「経済教室」2016 年 7 月 25 日 掲載 ● 渡辺
日銀による異次元金融緩和の開始から 3 年余りが
経過したがデフレ脱却のめどは立っていない。なぜ
デフレ脱却を果たせないのか、日銀は今後どう対応
すべきか考えたい。
日銀が消費者物価の指標として注目する日銀版コ
ア(生鮮食品とエネルギーを除く総合)は、異次元
緩和前は前年比マイナスだったが、昨年秋にはプ
ラス 1.3%となり、目標の 2%物価上昇に近づいた。
しかしその後、物価の伸びが止まり、足元では前年
比 0.8%と急減速している。
物価上昇が昨年秋以降止まったのはなぜか。昨年
春から夏にかけて、円安と価格上昇に対して消費者
が耐えられないと悲鳴を上げ、政治家もこれ以上の
円安は日本経済にとって望ましくないと語り始め
た。日銀は円安による価格上昇を是とする立場から、
当初はそうした見方と距離を置いていたが、昨年 6
月の黒田東彦総裁の発言以降、これ以上の円安を日
銀は望んでいないとの見方が市場に広がった。
これ以上の円安を望まないということは、これ以
上の物価上昇を望まないことと同義だ。2%の物価
目標への日銀の姿勢が揺らいでいるとの認識が広が
り、物価上昇の勢いに水を差したと考えられる。
努
うことだ。
筆者は 15 年 2 月 26 日付本欄で、この状況を変え
られるか否かがデフレ脱却の成否を左右すると指摘
した。しかし 16 年 5 月の分布をみると、ゼロ近傍
の割合は幾分減ったとはいえ、引き続き 5 割近くあ
る。円安による輸入関連品目の価格上昇で、分布の
右裾が厚くなるという変化は表れている。だがサー
ビス関連の品目についてはデフレ期の価格据え置き
が改まっていない。
企業の価格据え置き行動はなぜ変わらないのか。
企業からは「資材や物品などを購入する際、価格が
前年と同じだと社内決裁が簡単だが、少しでも上
がっていると通すのが面倒だ」との声が聞かれる。
各企業は自分の販売する製品価格を変えるのが難
しいとの認識があるので、購入資材などについても
前年並みの価格を要求するのだろう。資材などを納
入する側も心得て価格を据え置く。その結果、仕入
れ価格も販売価格も据え置かれる。こうした価格据
え置きからの脱却を阻む仕組みや慣行が、ビジネス
の現場のあちこちに存在するのだろう。
品目別価格上昇率の頻度分布
消費者がそうした反応を示したのは、賃上げなき
物価上昇だったからだ。日銀は、様々な商品・サー
ビスの価格と賃金がともに 2%に向けて上昇してい
く姿を思い描いていた。しかし実際に起きた価格調
整は、輸入関連の一部の商品の価格だけが上昇し、
その他の商品・サービスや賃金はほとんど変化しな
いというバランスの悪いものだった。
それは消費者物価指数を構成する約 600 品目の価
格上昇率から観察できる。図は品目ごとにみた前年
比上昇率の頻度分布を示したものだ。安倍政権の経
済政策「アベノミクス」が始まった 2012 年 12 月に
は、5 割超の品目が前年比ゼロの近傍にあった。価
格据え置き品目はサービス関連の品目に多い。賃金
が前年比不変なので、サービス価格も据え置きとい
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(注)CPI ウエートベース、生鮮食品除く総合
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ケインジアンの重鎮である経済学者アーサー・
オークン氏は、物価・賃金の変化率には皆が当たり
前と考える水準があるとし、それを「ノルム(習慣・
規範 )」と呼んだ。ノルムは物価や賃金の変化率の
過去の値に応じて変化するが、景気循環のような短
いサイクルでなく、長期の趨勢で決まる。また、金
融政策などの政策レジーム(枠組み)やその他の経
済制度もノルムを決める要因と考えられる。
そうなればマクロの生産性にも影響が及ぶ。
わが国では、物価や賃金は一定率で上昇するもの
という健全なノルムが 1990 年代前半までは存在し
ていた。しかしそれがデフレ期に壊れ、代わって価
格据え置きのノルムが広まったと考えられる。ライ
バルも価格を据え置くに違いないだろうし、価格据
え置きに反した行動をとれば消費者の反感を買いか
ねない。それなら自分も価格を据え置こう。多くの
経営者はこう考えているのではないか。
筆者が 70 年代以降の日本のデータを用いて渡辺
広太・東大特任研究員と共同で実施した研究でも、
インフレ率がゼロに近づくほど、企業の価格更新頻
度が低下する(価格据え置き企業が増える)傾向が
確認された。これは、企業の価格支配力がデフレ下
で弱まることを示唆している。
価格据え置きのノルムがはびこったのは、20 年
もデフレが続いたためだ。その意味で金融政策の失
敗のツケは多くの人が想像する以上に大きいことを
認識すべきだ。その最大の弊害は、企業の価格支配
力を低下させ、経済の活力をそぐことだ。グリーン
スパン元米連邦準備理事会議長は、米国でデフレ懸
念が強まった 02 年当時、デフレ社会では企業の価
格支配力が低下するとの懸念を繰り返し表明した。
もちろん価格支配力は高いほどよいわけではな
い。通常の競争環境でも企業が強い価格支配力を持
つと認識し、攻撃的な価格上昇を仕掛けることがあ
る。70 年代のインフレはその例だ。価格引き上げ
に過度な自信を持つあまり費用の節約に無頓着にな
る。そうした場合には、中央銀行は金融引き締めで
価格支配力を弱めるよう動く。デフレはその逆だ。
経営者は価格支配力がなくなってしまったとの認識
の下で、人件費をはじめとする費用の節約に奔走す
る。
価格支配力の低下は、企業経営の大きな制約とな
るだけではない。例えばコストをかけて優れた新商
品を開発しても製品価格に転嫁できないとすれば、
企業の新商品開発の意欲は失われるだろう。格別優
れた商品でなくてもよいから、とにかくコストを下
げて安く売りだす方に流れる。経営者の関心がビジ
ネスの拡大ではなく費用の削減に向くことになる。
インフレ率の低下とともに企業の価格支配力が弱
まるという事実は、ジョン・テイラー米スタンフォー
ド大教授らの研究でも指摘されている。例えばイン
フレ率がゼロに近い状況では、為替の変化に伴うコ
ストの増加を製品価格に転嫁する度合いが下がるこ
とが確認されている。
わが国では価格支配力の低下は構造的なもので非
可逆的との見方が支配的だ。グローバル競争の激化
といった要因による部分は確かにそうだ。しかしデ
フレに起因する部分も決して無視できない。
日銀は今後どうすべきか。一つの選択肢は、物価
目標を現状の 2%から引き下げることだ。物価上昇
率が低迷し、目標とのかい離を解消できない状況が
長引くと、中央銀行の信認が損なわれかねない。
しかし筆者は物価目標の引き下げは適切でないと
考える。デフレ期に形成された価格据え置きのノル
ムが企業から価格支配力を奪い、経済の活力をそい
でいるという現状を軽視すべきでない。また、他国
が 2%の物価目標を掲げる中で日本だけが物価目標
を引き下げると、趨勢的な円高を容認することにな
る。そうなれば円買いの投機的な動きが一層活発化
するだろう。
現在の金融政策の枠組みは政府と日銀が 13 年 1
月に結んだ政策協定( アコード )に基づいている。
政府・日銀はこの見直しを進めるべきだ。その際の
ポイントは、動きにくい価格、とりわけ賃金をいか
にして動かすかだ。日銀の目標変数を物価上昇率で
はなく賃金上昇率に切り替える「賃金ターゲティン
グ」を導入するなどの対応が必要だ。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 渡辺 努)
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国際法「音痴」の中国
産経新聞【宮家邦彦の World Watch】2016 年 7 月 21 日 掲載 ● 宮家
先週は珍しく「国際法」に世間の耳目が集まった。
13 日付主要紙が 1 面トップで、オランダ・ハーグの
仲裁裁判所が中国の主張を退けたことを詳しく報じ
たからだ。
• 南シナ海中国支配認めず
• 初の国際司法判断
• 仲裁裁「九段線 根拠なし」
こんな見出しで始まる記事には国連海洋法条約、
領海、排他的経済水域、大陸棚、低潮高地といった
専門用語が躍る。筆者の女房は、「今日の記事は最
初の 5 行読んだだけで頭が痛くなった」とぼやいて
いた。今回の「判決文」は全体で500ページもあるが、
結論は明快だ。
中国は南シナ海の大半が「 古代からの中国の領
土 」であり、そこに中国は「 疑う余地のない主権 」
があると主張してきた。これにフィリピンが異を唱
え国連海洋法条約に基づく仲裁手続きを始めたのは
2013 年 1 月。過去 3 年半に中国は南シナ海で実効
支配する岩礁を埋め立てて「人工島」を造った。明
らかに既成事実を積み重ねるためだ。
それでも今回、仲裁裁判所の判断はフィリピン側
主張をほぼ認めた。要するに「中国が南シナ海で主
張する歴史的権利に法的根拠はない」
ということだ。
対する中国政府は「フィリピンが一方的に申し立て
た仲裁は国際法違反であり、仲裁裁判所は管轄権を
持たないので、中国はこれを受け入れず、認めない」
と宣言した。外務省報道官も「判断は紙くずであり
拘束力はなく無効だ」と強く反発した。
今回の国際司法判断の是非や日米中など関係国の
対応ぶりは既に詳しく報じられており繰り返さな
い。ここは「九段線」
「歴史的権利」
「紙くず」など、
お粗末な反論しかできない中国外交「音痴」の理由
について考えてみたい。
最大の問題は中国共産党の政治局常務委員に国際
法を理解する者がいないらしいことだ。南シナ海問
12
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邦彦
題で中国が直面する国際司法環境の厳しさを誰が彼
らに伝えるのか。外交担当トップの「国務委員」は
政治局委員どころか、さらに格が下の中央委員でし
かない。政策立案権限のない外務省は仲裁裁判所判
断を「紙くず」と切り捨てた。担当する国際法に対
し最低限の敬意すら払おうとしないのだ。
彼らは現在の国際法が「西洋の産物」にすぎない
と考えているのか。半世紀近くも国連に加盟し常任
理事国の特権を享受しながら、常設仲裁裁判所の判
断を否定する中国の態度は自己矛盾にしか見えな
い。そもそも中国には欧米型の「法の支配」という
発想がない。そこは全知全能の神と被造物である不
完全な人間との契約(法)に基づく一神教の世界で
はない。
中国・戦国時代に法家が説いた「法治」とは儒家の
「徳治」に対する概念であり、法は権力者がつくるも
のだ。被統治者は法の支配ではなく「立法者の支配」
を受けて当然と考える。その意味で今回の国際司法
判断は、人権や法の支配など欧米的概念と中華的法
秩序との相克の新局面と見ることも可能だろう。
昭和 7(1932)年、リットン調査団は、日本によ
る中国主権の侵害と、満州に対する中華民国の主権
を認める一方、日本の特殊権益をも認め、同地域に
中国主権下の自治政府を建設する妥協案などを勧告
した。この報告書を日本は「満蒙はわが国の生命線」
として拒否する。文献によれば、当時は日本政府関
係者でさえ、「 国際連盟は遠い欧州の機関であり、
アジアを知らない連中が規約一点張りで理不尽な判
断を下した」と感じていたようだ。
歴史は繰り返さない。だが、今の中国指導者や一
般庶民も似たような感覚を抱く可能性は十分ある。
戦前日本の外交・国際法「音痴」は悲劇的ですらあっ
た。現在の中国がこれを繰り返すか否かは、北京の
外交政策決定プロセス次第だろう。外交担当の政治
局常務委員が生まれるのはいつの日のことだろう
か。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 宮家 邦彦)
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ツキジデスの罠
覇権国と新興国との対立
読売新聞 2016 年 7 月 25 日 掲載 ● 神保
謙
南シナ海における中国の海洋進出をめぐる仲裁裁
イケル・ピルズベリーは著書『China2049』の中で、
判は、中国が歴史的権利として管轄権を主張する
中国は「平和的台頭」等のスローガンの背後で建国
「九段線」の法的根拠を否定し、スプラトリー(南沙)
から 100 年にあたる 2049 年までに米国を完全に追
諸島に排他的経済水域を伴う「島」は存在しないと
い抜く超大国となる「マラソン」を続けていると主
いう、中国の全面的敗訴といえる法的結論をもたら
張する。両者に共通するのは、台頭する中国と対話
した。中国の指導部やメディアは総力を挙げてこれ
を試みる「関与政策」を続ければ、国際システムに
に反論し、仲裁判決の無効性を強調しつつ、南シナ
平和的に恭順するという楽観論への戒めである。
海における埋立てや軍事関連施設の建設を継続する
姿勢を崩さない。
しかし「ツキジデスの罠」をひもとけば、戦争を
引き起こす主要な要因は「戦争が不可避である」と
中国国内では国際制度や規範が、台頭する国家
いう確信そのものであった。中国との対立は不可避
に不利・不公平に形成されているという不信感が高
であるという信念こそが、予言の自己成就をもたら
まっている。とりわけ南シナ海では、海洋進出の拠
しかねない。中国をとりまく原則論の対立にどのよ
点として歴史的権利を主張する中国と、航行自由の
うな妥協や共通の利益を見出すことができるか、
「ツ
原則を重視し一方的な現状変更を厳しく批判する米
キジデスの罠」
を抜け出す知恵こそが問われている。
■
国との間で、ますます非妥協的な性格が強まってい
るようにみえる。南シナ海を舞台とした米国と中国
の本格的な対立は不可避なのだろうか。
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 神保 謙)
こうした見方を米国の政治学者グレハム・アリソ
ンは「ツキジデスの罠」として警告する。古代ギリ
シアの歴史家ツキジデスは著書『 戦史 』のなかで、
紀元前 5 世紀に内陸指向国家スパルタが、アテネの
国力興隆に不安を抱き、戦争に至った経緯を叙述し
た。このペロポネソス戦争の歴史は、覇権国と新興
国とのパワーシフトの過程で引き起こされる深刻な
対立を示唆している。
ハーバード大学のベルファーセンターは、過去
500 年にわたる新興国とその挑戦を受ける覇権国と
の関係を示す 16 の事例において、はからずも 12 件
が戦争に至ったと分析した。そして戦争を回避でき
た事例でも、覇権国が国際システムやルールの改変
などの大きな代償を強いられた。
現実主義の立場に立つジョン・ミアシャイマーは
著書『大国政治の悲劇』の中で、中国が地域覇権を
獲得する行動に伴う米中の対立は不可避であると位
置づける。また中国軍事研究を長年続けてきたマ
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日本農業は生き残れるか
農業と経済 2016 年 6 月臨時増刊号掲載 ● 山下
はじめに
一仁
た。企業が国家を訴えることができるという ISDS
条項で日本の食の安全性基準等が変更されるという
日本の人口は減少するが、世界の人口は増加す
議論をする反対派の弁護士の人とテレビ討論した
る。世界の市場に通用するような財やサービスを提
が、彼は国際経済法の基礎概念である 内外無差別
供できれば、国内の人口減少を問題にしなくてもよ
の原則 の意味をまちがって理解していた。
い。最善の人口減少対策はグローバル化である。
このような事実を指摘するときりがない。TPP が
農業は典型例である。いくら関税で国内市場を
実施されたのち、これらが実際にはどうなったかを
守っても、高齢化と人口減少で、胃袋は縮小する。
整理してまとめると、日本の論壇がいかに専門知識
城を枕に討死したくないなら、海外に打って出るし
のない人たちによって混乱するかを論証する政治学
かない。そのとき、輸出先の国の関税が高ければ輸
の論文になるだろう。TPP に参加するかしないかを
出できない。輸出しようとするなら、相手国の関税
巡り小田原評定を延々と続けた民主党政権時代、あ
を引き下げる TPP などの自由貿易協定交渉に積極的
る外交問題に通じた民主党議員から、「TPP は経済
に参加するしかない。農業が生き残るためにも自由
再生のホームランにもならないだろうが、TPP で日
貿易が必要なのである。
本が大打撃を受けるようなこともないだろう」とい
う発言を聞いたとき、民主党の中にも物事を正確に
TPP の総括評価
理解している人もいるのだと感心した。日本がベト
ナムやマレーシアのような途上国も自主的に参加し
評論家と言われる人たちから TPP に参加すると日
ている TPP 交渉を怖がって参加しないとすれば、恥
本の経済や社会にたいへんな悪影響が起こると喧
ずかしくないだろうか。日本全体としては、大騒ぎ
伝され、農産物の関税を撤廃したくない農業界もこ
するようなイッシューではなかったのだ。
れを利用した。しかし、通商問題についての専門知
識を持つ人であれば、これらの主張が欺瞞に満ちた
TPP 農業合意の評価
ものであることは容易に指摘できた。
日本農業は規模が小さくアメリカやオーストラリ
関税自主権がなくなるというが、そもそも各国の
アと競争できないので、高い関税が必要だという主
関税はガット・WTO で譲許(これ以上は取らないと
張もなされた。しかし、アメリカの規模はオースト
いう約束であり、たとえば日本は自動車や花の関税
ラリアの 18 分の 1 だし、EU はアメリカの 13 分の 1、
はゼロで約束)しており、自由に設定できるという
オーストラリアの 218 分の 1 なのに、穀物の輸出国
関税自主権など、今ではどの国も持っていない。国
となっている。世界の農産物輸出国のトップ 10 の
民皆保険制度がおかしくなるというが、政府によ
うち 6 ∼ 8 か国は EU 加盟国である。
るサービスの提供はWTO サービス協定の第一条か
ら除外されており、TPP でも対象外である。食の安
しかし、農産物の関税を撤廃されると困る組織の
全がおかしくなるという主張も、そもそも WTO・
反対運動が功を奏したのか、TPP 交渉で、日本政府
SPS 協定の枠組みを TPP で変更することはありえな
は、米、麦、主要乳製品、砂糖は関税を維持し、牛肉・
い(パンドラの箱を開けてしまう)以上、まちがい
豚肉は関税削減に止めた。TPP は、乳製品の一部を
である。アメリカの安全性基準を押し付けられると
除き、国内農業にまったく影響を与えない。
いう主張は、国際法の基礎知識も持たない議論だっ
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ニンジン 3%、玉ねぎ 8.5%、サクランボ 8.5%、
国益を損なう TPP 合意
オレンジ 16%、リンゴ 17%などの関税が撤廃され
る。しかし、この 2 年間で為替レートは 50%も円
TPP 合意は国益を大きく損なった。
安になっている。100 円で輸入されたものが、150
円で輸入されている。50%以下の関税が撤廃され
第一に、農産物の例外を多く要求したために、ア
ても、農業に影響はない。38.5%の関税が 9%に削
メリカが日本産の自動車にかけている関税は、25
減される牛肉も同様である。豚肉については、複雑
年間撤廃されない。
な関税制度をうまく利用し、業者が実際に払ってい
る関税は 4.3%にすぎない。これがゼロになったと
第二に、関税で高い農産物価格を消費者に負担さ
してもほとんど影響はない。米については輸入枠の
せる逆進性の塊のような農政にメスは入らない。軽
拡大をしたが、輸入量と同等の国産米を買いあげて
減税率で消費者の負担が少なくなるのは 1 兆円にす
備蓄米として処理する。財政負担はかかるが、国内
ぎないのに、われわれの選良は消費者に 4 兆円もの
の米需給には全く影響はない。
負担をさせている農産物関税の維持が国益だと主張
している。
しかし、影響がないのに対策が講じられる。たと
えば、子牛の市場価格は再生産を保証している価格
財政負担をするなら、国民に安く財やサービスを
を倍以上も上回っている。大幅な超過利潤が肉牛子
提供するのが通常の政策である。しかし、主食の米
牛農家に生じているのに、その市場価格を前提とし
については、減反政策で 4 千億円の財政負担をした
て、肥育農家に対しても、枝肉価格保証のための補
うえで、米価を上げ消費者に 6 千億円の負担をさせ
てん金制度を拡充して法制化する。肉牛子牛補給金
ている。年間 30 日も農作業をしない兼業農家の数
制度と整合性のない制度が立法化される。牛肉自由
万円程度の稲作所得を保証することにいかなる正当
化に対応するための生産性向上を名目として、これ
性があるのか。主業農家が困るなら、主業農家に限っ
まで肉用子牛等対策に 2 兆 5 千億円もの巨額の予算
て直接支払いを行えばよい。
を投入した。しかし、畜産の合理化は一向に進まな
かった。その反省は、どこにもない。
最後に、農業改革のチャンスを失った。「関税は
カルテルの母だ」という経済学の言葉がある。関税
牛乳についても、 液状乳製品 に生産をシフト
がなければ、国際価格よりも高い国内価格は維持で
するというのであれば、バター等向け加工原料乳の
きない。2014 年度国内の米価はカリフォルニア米
補給金は廃止すべきなのに、136 万トンの生クリー
の価格を下回った。減反というカルテルを廃止して
ム等向け生乳も、154 万トンの加工原料乳に加え補
価格をさらに下げれば、米を大量に輸出することが
給金の対象となる。成分調整牛乳も含む生クリーム
可能になるはずだった。
等向けも補給金の対象とすれば、飲用向け生乳に助
成がおこなわれることになってしまう。本来北海道
図 1 コメの価格の比較
が市乳地帯(飲用牛乳に仕向けられる生乳が多い地
域)になるまでの暫定措置だった加工原料乳補給金
等暫定措置法の理念は崩壊する。
要するに、今の農政はバラまけばよいと考えてい
るのだろう。そもそも食料危機の際には、アメリカ
産とうもろこしの加工品である日本の畜産はほぼ壊
滅する。畜産保護にいかなる政策理由があるのかと
いう議論は、農業界のだれもおこなわない。
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国民経済の厚生を最大にするのは、関税なしの自
ていた米を消費して飢えをしのげばよい。輸出は食
由貿易を採って消費者の負担を軽減し、農業は直接
料危機時のためのコストのかからない備蓄の役割を
支払いで保護するという政策である。だから、ガラ
果たす。また、水田をフル活用することで、食料安
パゴス化した日本の農業経済学者を除いて、OECD
全保障に不可欠な農地資源を確保できる。自由貿易
など世界の農業経済学者は、この政策を推奨してい
は食料安全保障の基礎となる。多面的機能を十分に
るのだ。
発揮できるばかりか、主業農家主体の農業は農薬の
節約など環境にも優しくなる。
減反を廃止して需給が均衡する 7.5 千円(60kg 当
たり)まで米価が下がれば、零細な兼業農家は農地
日本がパンの国になる
を出してくる。主業農家に限って直接支払いをすれ
ば、その地代負担能力が上がって、農地は主業農家
2011 年家計でのパンの支出が米を上回った。小
に集積し、コストが下がる。規模拡大だけでなく単
麦の価格を抑えながら、減反で米価を高く維持して
収を上げても、コストは下げる。しかし、減反によっ
きたために、米消費の減少、パン等麦製品の消費増
て日本米の単収は抑えられ、カリフォルニア米より
加を招いてきた。今回の交渉で、小麦価格は引き下
6 割も低い。減反廃止でカリフォルニア並みの単収
げられる。他方で、米の供給を減少させ、米価を高
の品種を採用すれば、それだけでコストは 1.6 分の
く維持しようとする減反政策は強化される。94 年
1 に下がる。規模拡大と単収向上で、稲作の平均コ
に 1200 万トンあった米の生産は年々減少し、2016
ストは 5 ∼ 6 割低減できる。
年度の生産目標数量は前年度より 8 万トン減少し
743 万トンになる。農林水産省も農協も必死になっ
図 2 各国の単収比較
て米の生産を減少させようとしている。遠くない日
に、米の生産目標数量は小麦の消費量 660 万トンを
下回るだろう。日本農業を滅ぼすもの。それは農業
界の諸兄である。
国産の米を不利に扱い、輸入麦の消費を振興する
という政策は、ますます強固なものになる。食料自
給率は低下する。これまで農政は、食料自給率が低
いことを強調することで、国民に脅迫感を与え、農
業保護の根拠に利用してきた。15 年以上も食料自
給率向上を唱えながら、幸いにも食料自給率は上向
くことさえしない。しかし、減反政策が継続され、
輸出しなければ日本農業は生き残れない。世界の
食料自給率が 30%を切るようになると、国民の怒
評価も高く、大量の生産・輸出が可能なのは、米だ。
りは農政に向く。そうなれば、高米価、農協、農地
日本からの輸出価格が 1 万 2 千円だとすると、商社
制度という戦後農政のアンシャン・レジームも農政
が 7.5 千円で買い付け輸出に回せば、国内の供給量
自体も解体される。しかし、そのとき日本農業は生
■
き残っていないのかもしれない。
が減少して価格は 1 万 2 千円まで上昇する。7.5 千
円のときの国内生産量が 8 百万トンだとすると、1
万 2 千円では 12 百万トン程度に拡大する。輸出は
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下 一仁)
量で 4 百万トンを超え、金額では 8 千億円になる。
海外からの農産物輸入が途絶えるときは、輸出し
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ソウル出張報告(2016 年 6 月 22 日∼ 24 日)
Executive summary
日韓関係は改善の一方、中韓関係は新たな課題に直面
∼日中韓 FTA 締結推進を望む声も∼
2016 年 7 月 8 日 CIGS ホームページ 掲載 ● 瀬口
清之
◇ 日韓関係は 2015 年 6 月以降、急速に改善に向かった。きっかけは 15 年 6 月 22 日に東京とソウルでと
もに開催された日韓国交正常化記念式典だった。これには東京では安倍総理、ソウルでは朴槿恵大統
領が出席した。
◇ 15 年 11 月 1 日にソウルで日中韓首脳会談(安倍総理、朴槿恵大統領、李克強総理)が実現した。そ
の翌日 11 月 2 日には日韓首脳会談も実現した。
◇ 12 月 28 日には岸田外相がソウルを訪問し、両国の誰も予想していなかった慰安婦問題に関する合意
にこぎつけ、調印を交わした。韓国の外交専門家は、この慰安婦合意は根本的な問題解決ではないが、
外交上の懸案だった重い荷物を降ろすことができた点で有意義だったと評価している。この合意によ
り、日韓両国政府は慰安婦問題を外交上の懸案として持ち出さないこととしたというのが両国政府の
共通認識である。
◇ 近年、
経済面での日本への依存度が低下し、韓国経済の独立性が強まった。安全保障面では冷戦終了後、
徐々に中国との関係が強まっている。韓国にとっては北朝鮮問題への対応上、中国と協力関係を保持
せざるを得ないため、韓国国内では中国を抑えるために日韓安保協力を強化するという考え方は支持
を得られなくなった。
◇ 北朝鮮は本年 1 月に核実験を実施し、2 月にはミサイルの打ち上げを行った。韓国としては、このよ
うな事態に備えて中国との関係強化を図ってきていたつもりだった。しかし、これら 2 つの出来事に
関して中国の北朝鮮への反応は鈍く、韓国政府は不安感が高まった。そこで自己防衛手段として、米
軍の「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備に関する協定締結が最終段階に入ったと発表した。
◇ これに対して邱国洪駐韓中国大使は、「これまでの中韓関係の発展が 1 つの問題のために一瞬で破壊
されかねない」と批判したほか、中国国防部も厳重な懸念を示した。この出来事を機に、韓国内では
中国に対して友人としての役割を期待することの難しさを感じる人が増加した。
◇ 中韓 FTA は昨年 12 月に発効し、すでに半年余りが経過したが、貿易自由化の成果は韓国側の当初の
期待を大きく下回っている。
◇ 韓国にとって中国は最も重要な貿易相手国である。しかし、中国との間で通商交渉を行う場合には、
中国の交渉姿勢は威圧的であり、その姿勢に苦しめられている。
◇ たとえ米国議会が TPP を承認しなくても、韓国としては日韓 FTA の締結推進が望ましいとの見方が増
えてきている。
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口 清之)
全文は以下の URL よりご覧いただけます。
http://www.canon-igs.org/column/network/20160708_3885.html
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論文紹介
財政再建への道のり −どん底からどのように抜け出したのか
<長野県王滝村:プライドが対応を遅らせた>
『地方財務』
(株式会社ぎょうせい)2016 年 5 月号 掲載 ● 柏木
恵
12 回目は長野県王滝村を取り上げる。王滝村は、
ととなり、民営化せずに村直営でスキー場を運営し
山岳信仰の信者を全国から集める御嶽山の麓に位置
てきた。昭和 61 年 11 月からは地方公営企業法の全
し、御嶽山を取り巻く環境とともに発展してきた。
部適用による王滝村公営企業観光施設事業会計( 以
王滝村は長野県でも有数の多雨地帯であり、日本一
下、観光施設事業会計と略す )が設置された。昭和
のヒノキの産地である。その歴史は古く、豊臣秀吉
の終わりから平成の初めにはスキー場の経営収入で
が木曽を直轄地と定め、天正 14(1586)年以降、大
王滝村の一般会計の不足分を補うほどの勢いであっ
仏殿、聚楽第、大阪城などが次々と建立された。徳
たが、その間に、相次ぐスキー場関連施設の整備を
川家康も同じく直轄地と定めたが、元和元(1615)
行ったことで負債が増えていった。バブル崩壊後、
年に第 9 子である尾張藩主徳川義直に譲り渡し、尾
スキー人口が減り、収入が減る中、スキーエリート
張藩領として明治維新まで統治された。明治時代に
のプライドが災いし、観光施設事業会計は一般会計
なり、天皇家の世襲財産(御料林)に編入されたが、
の繰入金よりも、企業債の借り換えと元金償還の繰
第二次世界大戦後、皇室財産は国に所属することと
り延べを優先させたため、手当が遅れた。このこと
なり、昭和 22 年の林政統一によって御料林は国有林
が後年度の債務負担を大きくした。平成 11 年度末時
に編入されることとなった。王滝村のヒノキは、木
点で、王滝村の起債残高は一般会計と特別会計と合
材の輸入自由化になるまで、戦後の木材需要に対応
わせて 33 億円、観光施設事業会計の年賦償還を含む
し続けた。また、王滝村には牧尾ダム・三浦ダム・
長期債務が 30 億円で、合わせて 63 億円となり、身
王滝川ダムがあり、水資源、電力源として中京や関
の丈を超えた巨額の負債を抱えていた( 住民一人当
西地方の人々の暮らしに深くかかわっている。トヨ
たりの負債額 660 万円)。そのため、平成 17 年度か
タ自動車や新日本製鉄名古屋製鉄所をはじめ、愛知
ら村直営だったスキー場経営に指定管理者制度を導
県の尾張丘陵部から知多半島一帯に農業用・工業用・
入することとなり、企業債償還のために一般会計か
上水道用の水を供給している。そして、村内にはス
らの繰出金を受け入れることとなった。それは、毎
キー場やキャンプ場、オートキャンプ場、宿泊施設
年 2 億円を超える額であったため、一般会計の負担
などがあり、年間を通じて観光客が訪れている。こ
が増大し、平成 18 年 3 月に「王滝村自立計画」を策
のように、王滝村は、木材、水、電力と生活に欠か
定し、実行していたが、平成 20 年度決算において、
せないものを村内外に供給し、娯楽も楽しめる自然
実質公債費比率が 32.1%となり、財政健全化団体と
豊かな自治体である。
なった。平成 20 年度において、一般会計を含む他の
会計の債務償還費用が 6 億 2000 万円になったからで
しかし、御嶽山の豊かな自然を拝受している道を
ある。そこで、平成 21 年度から平成 22 年度にかけて、
少しだけ誤ったことから、財政健全化団体になって
財政健全化計画に基づき、財政再建に取り組み、平
いく。
成 22 年度に財政健全化団体から脱却した。
王滝村は牧尾ダム建設に伴って得た公共補償金を
本稿では、王滝村の財政悪化に至る要因と財政再
■
建の取り組みについて検討する。
もとにスキー場を開発した。その後、山村振興事業
の一環として、国有林内にスキー場を広げていくこ
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 柏木 恵)
全文は以下の URL よりご覧いただけます。
http://www.canon-igs.org/research_papers/macroeconomics/20160513_3641.html
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論文紹介
財政再建への道のり −どん底からどのように抜け出したのか
<沖縄県座間味村:きれいな海の島のごみと水道問題>
『地方財務』
(株式会社ぎょうせい)2016 年 6 月号 掲載 ● 柏木
恵
第 13 回は沖縄県座間味村を取り上げる。沖縄県
事業費 8 億 8500 万円、起債額 4 億 100 万円の溶融
座間味村にはケラマブルーと言われる、きれいな海
炉整備事業である。4 年ほど稼働した後に故障が生
があり、国内外からダイバーが押し寄せる。最近で
じ、修理ができず再稼働を断念し、現在では、沖縄
はホエールウォッチングも人気である。
本島にごみ焼却を委託している。この溶融炉整備事
業をはじめ、集中した公共事業のために発行した地
このようにきれいな海が自慢の座間味村は、実質
方債が財政に大きな影響を与えた。
公債費比率が平成 20 年度決算において 27.4%と早
期健全化基準である 25%を上回り財政健全化団体
座間味村は平成 16 年度からの集中改革プランか
となり、平成 21 年度から平成 24 年度の 4 年間の財
ら財政再建を開始しており、財政健全化団体に陥っ
政健全化計画を策定した。また同時に、簡易水道
たが、財政健全化計画の終了 1 年前の平成 23 年度
事業特別会計の資金不足比率も経営健全化基準の
に財政健全化団体から脱却した。本稿では、座間味
20%を大きく上回る 57.2%となり、平成 21 年度か
村の財政悪化の要因と財政再建策について概観す
■
る。
ら平成 23 年度の 3 年間の経営健全化計画を策定し
た。
(キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 柏木 恵)
実質公債費比率と簡易水道事業特別会計の資金不
足比率が基準以上になった主な要因は、3 つの有人
島(座間味島、阿嘉島および慶良間島)と空港所在
地の外地島から成り立っているため、それぞれに社
会基盤整備(上下水道やごみ処理)を行う必要があ
り、多額の地方債発行が財政に影響したことである。
特に大型の公共事業が平成 11 年度から平成 15 年度
の間に集中したために借金が膨れ上がり、それが三
位一体改革による地方交付税の削減と一致した。簡
易水道事業特別会計については、これらの要因に加
えて、9 年連続渇水状態が続いたことによる渇水対
策経費の増加の影響も大きい。
地理的要因と観光産業が中心という産業構造か
ら、水道施設や下水道事業、ごみ処理施設、道路等
の社会基盤整備は必要不可欠であるということは理
解できる。しかし、最も財政に影響を与えたのは、
平成 14 年度から平成 15 年度にかけて整備した、総
全文は以下の URL よりご覧いただけます。
http://www.canon-igs.org/research_papers/macroeconomics/20160721_3890.html
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今月の書籍
『世界史の大転換 常識が通じない時代の読み方』
著 者:宮家 邦彦、佐藤 優
出版社:PHP 新書
価 格:本体 820 円+税
発 行:2016 年 6 月初版
どうして「理想が勝つ国」アメリカは、トランプを大統領候補に選んだのか? テロの連鎖
はどこまで続くのか? 中国の軍拡は日本を飲み込むのか? なぜ「歴史の終わり」どころか、
ポスト冷戦期には想像もできなかった出来事が次々に起こるのか?
その変化の本質を知るには、日々のニュースから目を離さず、同時に背後にある因果・相関
関係を見抜く本物の「歴史的大局観」が必要になる。そうした離れ業のできる数少ない天才が、
国際情勢の原理を知り抜いた佐藤優氏、宮家邦彦氏という二人のプロフェッショナルだ。
中東、中央アジア、欧州、アメリカ、中国とまさに「地球を一周」しながら語り尽くされる
のは、米大統領選、IS、パナマ文書、イギリスの EU 離脱など最新の世界情勢とともに、その
裏で地殻変動を起こす「世界史の大転換」である。
それがわかれば日本はどうすれば生き残れるのか、という戦略もおのずと浮かび上がるはず。
常識の通じない時代で未来を正確に読むために、いま知るべきことがすべて詰め込まれた、圧
倒的な密度の一冊。
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発 行 日:2016 年 9 月 1 日
編集・発行:一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所
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