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第8次森林計画 - 山形大学農学部

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第8次森林計画 - 山形大学農学部
第 8 次 森 林 計 画
実行期間
自
2014 年 4 月
至
2023 年 3 月
山形大学農学部
附属やまがたフィールド科学センター
流域保全部門:上名川演習林
はじめに
2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災は東日本の森林や林業をめぐる状況を一
変させた。マグニチュード 9.1 に及ぶ大震災に伴う大規模な津波は海岸林に壊滅的な
被害をもたらした。また、東京電力福島第一原子力発電所の 1~3 号機原子炉のメルト
ダウン事故は周囲の地域に対する放射能汚染を引き起こした。この大震災は、我が国
ばかりでなく世界中のエネルギー政策に大転換をもたらした。それまで、大気中の二
酸化炭素の上昇に伴う地球温暖化防止に原子力発電によるエネルギー供給が効果的で
あることは知られていたが、原子力発電所の事故リスクの経験を受けて世界のエネル
ギー政策は、再生可能エネルギーの利活用へと大きくシフトした。森林の持つ大気中
の炭酸ガス吸収機能は木材生産という再生可能エネルギー利用の原点を再認識させる
こととなった。
山形大学農学部附属やまがたフィールド科学センター流域保全部門は、山形大学の
基本理念である「自然と人間の共生」を教育研究の現場として林業を実践する大面積
のフィールドを持っている。原子力発電所の事故以降、これまで以上に演習林の役割
が多様化し拡大してきたといえる。第8次森林計画は、森林法に定める地域森林計画
および市町村森林整備計画に基づいて編成されるものであるが、大学演習林における
新たな時代の森林計画として評価を受けることとなるであろう。
2014 年 3 月
山形大学農学部附属
やまがたフィールド科学センター演習林
流域保全部門長
第8次森林計画策定専門委員会
代表
ロペス・ラリー
目
次
はじめに
1.演習林の概況
1
1.1 演習林小史
1
1.2 教育
3
1.2.1 学部教育
3
1.2.2 大学院修士課程教育
4
1.2.3 連合大学院博士課程教育
4
1.3 研究
4
1.3.1 拡大造林時代
4
1.3.2 雪研・豪雪験時代
5
1.3.3 機器観測時代
5
1.4 現況と地理的特徴
6
1.4.1 位置及び面積
6
1.4.2 気象
7
1.4.3 地形
8
1.4.4 地質・土壌
8
1.4.5 植生
11
1.5 ワイルドライフ
16
1.5.1 ほ乳類(主なもの)
16
1.5.2 昆虫類
16
1.6 自然災害
16
1.7 施設設備
18
1.7.1 林道
18
1.7.2 施設
18
1.7.3 生物多様性保全研究園(旧苗畑)
19
1.8 森林 GIS の活用による上名川演習林の森林現況把握
20
1.8.1 上名川演習林の森林の現況
20
1.8.2 スギ林の現況
21
1.8.3 ブナ林の現況
24
1.8.4 ナラ林の現況
25
1.8.5 試験地
26
1.8.6 学術参考樹
27
2. 前期森林計画の評価
29
2.1 前期計画の基本方針
29
i
2.2 事項毎の評価
29
2.2.1 フィールド科学に関する教育・研究機能の充実
29
2.2.2 積雪環境の優位性を活かした個性あふれる教育・研究の推進
30
2.2.3 森林の多様性の維持と保全
30
2.2.4 森林生態系長期モニタリングステーションとしての整備
31
2.2.5 森林情報データベースの整備
33
2.2.6 地域社会との連携の維持・拡大
33
2.2.7 教育・研究および森林管理に関する実績の点検・評価
33
3.基本方針
34
3.1 演習林の理念および大学の教育・研究における位置づけ
34
3.1.1 教育・研究内容の多様化
34
3.1.2 総合的なフィールド科学の拠点
34
3.2 第8次森林計画期間における演習林の基本方針
35
3.2.1 フィールド科学に関する教育・研究機能の充実
35
3.2.2 多雪地森林流域の物質循環の解明に関する基礎情報整備
35
3.2.3 多雪地の森林における炭酸ガス吸収機能の解明
36
3.2.4 森林の多様性の維持と保全
36
3.2.5 地域社会との連携の維持・拡大
36
4.基本計画
37
4.1 演習林の理念および大学の教育・研究における位置づけ
37
4.1.1 新たなフィールド科学の構築
37
4.1.2 多雪流域森林の維持機構解明および多様性保全
38
4.1.3 地域社会への貢献
39
4.1.4 学部との連携強化とプロジェクト研究の推進
39
4.1.5 学外との連携の充実
39
4.2 森林管理
40
4.2.1 森林区分の設定
40
4.2.2 試験地の維持・管理
43
4.2.3 林業技術の継承
44
4.2.4 データベースの更新
44
4.3 施設整備
45
4.3.1 研究宿泊施設
45
4.3.2 車両・機械
45
4.3.3 案内板、林内表示
46
4.3.4 バイオマスエネルギー利用施設の整備
46
ii
5.森林管理実施計画
47
5.1 収穫
47
5.2 更新
47
5.3 保育
47
5.4 林道
48
5.5 生物多様性保全研究園
49
5.6 保全
49
6.GIS を活用した年度毎の森林管理計画
6.1 間伐の計画について
50
50
6.1.1 列状間伐
50
6.1.2 定性間伐
51
6.2 焼畑対象地の選択
53
6.2.1 保護林の設定
53
6.2.2 候補地の検索条件と検索結果
53
引用文献
付記
iii
1. 上名川演習林の概況
1.1 演習林小史
山 形 大 学 農 学 部 附 属 や ま が た フ ィ ー ル ド 科 学 セ ン タ ー 流 域 保 全 部 門 (上 名 川 演 習
林)は 1949(昭和 24)年 3 月 31 日の山形大学農学部発足と同時に、大学設置基準により
附属教育施設として文部省より認可され、発足した。施設フィールドは、上名川演習
林の森林と若葉町苗畑の圃場・樹木園より構成されている。森林面積 753.02ha の上名
川演習林は、前身の山形県立農林専門学校本郷演習林の土地、建物、立木、その他工
作物が 1953(昭和 28)年 4 月 1 日に文部省へ移管されて発足、若葉町苗畑は農学部キャ
ンパス内の一部に用地を求めて発足した。これまで 60 年間、第7次に至る森林計画が
策定され現在に至っている。2004(平成 16)年度、国立大学の法人化に伴い、フィール
ド科学の実践現場としての役割は徐々に拡大しつつある。これまでに策定された森林
計画を参考として以下に演習林の歴史を振り返ってみよう。
上名川演習林土地利用の沿革は表-1 のとおりとなっており、県立山形農林専門学校
以後の模範林を皮切りとして振り返れば 60 年以上、教育研究機関の附属施設としての
土地利用がはかられてきた。第7次森林計画期間中の特徴的な事項としては、やまが
たフィールド科学センター(YFSC)設立に伴い、流域保全部門(上名川演習林)に改
称されたこと、山形県から森林 GIS の使用許可を得て森林 GIS を整備したこと、第1
林班の高齢スギ林が文化庁「ふるさと文化財の森」に指定されたことなどが指摘でき
よう。なお、本計画に記載されている GIS データは、2013 年 5 月 1 日交付の山形県森
林基本図デジタルデータ及び森林簿等デジタルデータ・森林計画デジタルデータ(承
認番号 25 森第 228 号)をベースに 2013 年 5 月~2014 年 2 月にかけて、調査簿・保育
原簿・衛星画像 GeoEye(2009 年 9 月 28 日撮影)を用いて最新の状態に更新した、2014
年 3 月 20 日時点での演習林の森林現況である。
歴史的に、上名川演習林の人工林面積の拡大、森林の保育、保護、保全、維持管理
等には地元住民の協力によるところが大きかった経過がある(表-2)。2012 年度末をも
って地元出身の技術職員の全てが退職したため、上名川演習林と地元住民との関係は
新たな時代に入ったといえる。ただし、演習林の山開きについては毎年5月6日、名
川森林組合は、上名川演習林、その上流の国有林(普通共用林野)、その下流の村・私
有林を含む早田川流域全森林への入山安全祈願のための山神祭を開いており、上名川
演習林との関わりを継承している。
1
表-1
年
月
1908 年 8 月
(明治 41 年)
1912 年 3 月
(明治 45 年)
1912 年~
(大正元年)
1947 年 5 月
(昭和 22 年)
1947 年 10 月
(昭和 22 年)
1949 年 2 月
(昭和 24 年)
1949 年 5 月
(昭和 24 年)
1950 年 4 月
(昭和 25 年)
1953 年 4 月
(昭和 28 年)
1957 年 2 月
(昭和 32 年)
1962 年 3 月
(昭和 37 年)
1964 年 3 月
(昭和 39 年)
1967 年 11 月
(昭和 42 年)
1970 年 3 月
(昭和 45 年)
1974 年 3 月
(昭和 49 年)
1981 年 3 月
(昭和 56 年)
1982 年 10 月
(昭和 57 年)
1982 年 10 月
(昭和 57 年)
1984 年 3 月
(昭和 59 年)
1994 年 3 月
(平成 6 年)
2004 年 3 月
(平成 16 年)
2004 年 4 月
(平成 16 年)
2006 年 7 月
(平成 18 年)
2007 年 11 月
(平成 19 年)
2012 年 12 月
(平成 24 年)
2013 年 3 月
(平成 25 年)
2014 年 3 月
(平成 26 年)
事
組織及び土地利用の沿革
項
山形県は、東宮の東北巡行記念に宮城大林区署の管理する国有林内に地域林業
の振興を図るために本郷薪炭模範林を借地設定した。
山形県は、不要存置国有林として本郷薪炭模範林の土地、立木を買収した 。
山形県は、大正元年から 7 年間かけて介在民有地を買収し、12 年間かけて 154.
70ha の林地にスギ、ヒノキ、カラマツ苗を拡大造林事業として植栽した。
県立山形農林専門学校(農専)が設立。本郷薪炭模範林の演習林としての使用が
県議会より承認された。
山形県より本郷模範林の維持管理・森林経営すべてが農専側へ移管されて、第
1次森林施業案が編成され、前身・本郷演習林となる。
農専の県立山形農業大学昇格に伴い、本郷演習林は県立農業大学の演習林へ。
国立山形大学の設立認可に伴い、県立山形農業大学は山形大学農学部として発
足した。
山形大学農学部に演習林の設置が文部省より認可された。
本郷演習林の土地、立木、建物、その他諸施設が、山形県より文部省へ移管さ
れ、山形大学農学部附属演習林が発足した。同時に、若葉町の学生寮敷地の一
部を転用し苗畑を設置した。
第2次森林施業案が実行期間 5 年間として編成された。
第2次森林施業案の実行期間が 2 年間延長された。
第3次森林施業案が、実行期間 10 年間として編成された。
機械格納庫・衣類乾燥室 79 ㎡新築
若葉町の苗畑に堆肥舎 23 ㎡新築
第4次森林施業案が、実行期間 10 年間として編成された。
若葉町の苗畑に管理室 137.60 ㎡を新築
管理棟・学生宿泊施設 709.39 ㎡新築
若葉町苗畑を生物多様性保全研究園に改称
第5次森林施業案が、実行期間 10 年間として編成された。
第6次森林施業案が、森林計画として名称及び内容が改められ、編成された。
第7次森林施業案が、実行期間 10 年間として編成された 。
国立大学法人法により、国立大学法人山形大学に移行
やまがたフィールド科学センター (YFSC)設立に伴い、流域保全部門(上名
川演習林)に改称
管理棟・学生宿泊施設の一部を改装
山形県から森林 GIS の使用許可を得て森林 GIS を整備した。
第1林班の高齢スギ林が文化庁「ふるさと文化財の森」に指定された。
第8次森林施業案が、実行期間 10 年間として編成された。
2
表-2
年
月
事
名川森林保護組合との関連
項
1912 年 5 月
(明治 45 年)
6 日付けで山形県は、本郷村(現朝日村の一部)との間に、100 年間(2012 年 4
月まで)にわたる斯業保護委員委託契約を締結した。以来、県より委嘱された
保護委員、看守人、及び地元名川地区住民 (大字上名川、下名川等)の一致協力
による森林の保護、育成がなされてきた。
1923 年
(大正 12 年)
山形県は、大正元年~12 年のスギ、ヒノキ、カラマツ拡大造林事業、植栽後の
保育事業、火災予防、林道補修等、成林目的達成への功績に対し、模範林より
生産された林産物等売り払い代金の 5/100 を交付金として地元名川地区に交
付。この地元交付金制度は、1953(昭和 28)年の大学移管時まで継続されたが、
移管後、県との委託契約が解除されて中断された。
1953 年 4 月
(昭和 28 年)
1957 年~
(昭和 32 年)
県の地元委託契約解除に伴い、地元名川地区は、大学演習林の森林保護育成へ
の協力・援助を主目的とした名川森林保護組合を設立した。
名川森林保護組合は大学演習林の拡大造林事業に対し、1957(昭和 32)年から 4
年間にわたり、年 5ha、計 20ha の、植栽、保育等の面で格別の協力を行った。
その後も毎年、林道の維持・保全、山菜・キノコシーズンをはじめとする火災
予防、自然保護のための巡視など、大学演習林の管理運営への協力・援助を継
続している。
1962 年 4 月
(昭和 37 年)
文部省は、市町村交付金として山形県の旧地元交付金制度を復活、現在に至っ
ている。
1983 年 4 月
(昭和 58 年)
朝日村は、山菜ブームに対処するため、村内の全普通共用林野を対象として入
山料金徴収制度を発足させた。一方、上名川演習林の上流域には鶴岡営林署管
轄の普通共用林野が、また下流域には民有林のゼンマイ栽培畑があるので、名
川森林保護組合は山菜の発生期に合わせて、林道入り口に入山料金徴収制所を
設置した。その後入山料金の徴収は行われていない 。
2012 年 12 月
(平成 25 年)
名川森林保護組合は山の神の鳥居を石材に更新した。
1.2 教育
1.2.1 学部教育
上名川演習林の森林や若葉町苗畑の圃場が、林学科学生の実習、実験、実験実習、
演習や卒業論文研究などのカリキュラムを実践するフィールドとして本格的な利活用
が開始され、組織としての附属演習林が、林学科の実習教育施設として本格的な始動
を開始したのは、山形県から国(文部省)への移管手続きが完了した 1953(昭和 28)年度
以降のことである。その後 60 年以上、林学科、生物環境学科、食料生命環境学科と改
組されてきた農学部の森林科学をはじめ多くの学生・院生・教職員のフィールドとし
て利用されてきた。
附属演習林専任教員の学部教育への参加は、当所学内手続きにより便宜的に行われ
てきたものであったが、2004 (平成 16) 年度の国立大学の法人化に伴い、学部長発令
による兼担の発令が自由裁量となったため、専任教員の森林科学コースでの専門分野
を前面に打ち出し、学部教育を兼務できるようになった。
3
1.2.2 大学院修士課程教育
1970(昭和 45)年 4 月、学部教育・研究体制を基盤とする大学院農学研究科修士課程
が新設された。以来、組織としての附属演習林は、主に修士論文の研究フィールドと
して新しく利活用される場面が拡大された。附属演習林専任教員の大学院での教育参
加は、学部教員と同様、当該教員の専門領域に最も近い修士講座を兼担する手続きを
経ての教育・研究指導参加方式であり、このような修士院生への教育方式は、後の学
科改組後も続けられている。
1.2.3 連合大学院博士課程教育
さらに、1990(平成 2)年 4 月には岩手大学連合大学院農学研究科博士課程が、岩手
大学を基幹校、弘前大学、山形大学、を参加校として新設され、後に帯広畜産大学が
新たに参加校となった。そのため、演習林の森林及び圃場等施設は、新しく博士論文
の研究フィールドとしても利活用されるようになった。附属演習林専任教員の教育参
加は、当該教員の専門領域によって編成された新しい連合講座の一員として、博士論
文研究指導及び博士論文作成指導など教育・研究指導を担当することとなった。また、
附属演習林専任職員の教育・研究支援業務の中には、新しく博士論文研究支援業務と
いう内容が付け加えられることとなり、現在に至っている。
1.3 研究
附属演習林の研究史は、大別すると拡大造林時代、雪研・豪雪験時代、機器研究時
代に区別することができよう。
1.3.1 拡大造林時代
創設以来 1950 年代までは奥地林開発など全国的な森林施業に拡大造林政策の採用
された時代である。上名川演習林においても例外ではなく、主に落葉広葉樹の低林施
業の研究、広葉樹伐採跡地へのスギ、ヒノキ、カラマツなど拡大人工造林地への保育
に関する研究が精力的に進められた。この時代は、いわゆる燃料革命による木炭需要
の急減、拡大造林適地の不足、保育経費の上昇、あるいは地元農山村における林業労
働力の急減などによって、ヒノキなど不成績造林地を残し、収束されていった。同時
に、様々な雪要因が人工造林適地の後退や不成績造林地の発生などに最大の影響を及
ぼしていることが強く認識されるようになった。
4
1.3.2 雪研・豪雪験時代
1960 年代になると豪雪地演習林の特色を打ち出すべく、林学科と附属演習林による
共同研究「豪雪地の林地生産力に関する研究(通称雪研)」が具体化された。1965(昭和
40)年以降、北海道大学低温科学研究所との共同研究により、科学研究費補助金の配分
を受けた近代的な観測が始まり、主に雪と森林とのかかわりあいに関する共同研究の
成果を発表していった。1977(昭和 52)年度、農学部林学科と附属演習林の共同による
実験施設新設要求が、1986(昭和 61)年度までの 10 年間予算化された。これを機会に、
「雪研」は「豪雪験」に発展した。この時期には附属演習林の施設・設備は急速に拡
充され、研究環境が近代化された。1976(昭和 51)年度、演習林管理舎に東北電力の電
力線と日本電々公社の電話線が引かれ、1977(昭和 52)年度には学生宿泊施設・豪雪地
林業実験室を併設する鉄筋コンクリート建ての上名川演習林管理棟が新築され、森林
における雪氷観測拠点が整備された。
1.3.3 機器観測時代
1987(昭和 62)年度以降は、超音波式積雪深自動観測装置付きの総合気象観測装置を
はじめ、斜面雪圧観測装置、降雪検知装置、酸性雪や融雪水の無機イオン分析器など、
森林雪氷環境の理化学的特性に関する観測・分析機器が導入され、機器観測類が急速
に整備された。酸性雪や融雪水のイオン分析が始められたのは、附属演習林では
1988(昭和 63)年度以降である。これらの機器観測データは当時紙媒体によるデータ収
集であり、今後のデジタルデータ化が急がれる。2006(平成 18)年度には農学部附属施
設の改組に伴い演習林はやまがたフィールド科学センター(YFSC)流域保全部門に
改称された。2011(平成 23)年度には官舎南側の気象観測装置が世界標準型に更新され、
完全自動でデジタルデータが集積できるようになった。同時に、学長裁量経費の配分
を受けて雪上車が更新された。
5
1.4 現況と地理的特徴
1.4.1 位置及び面積
上名川演習林は、越後山脈朝日山地の北端に位置し、湯殿山を源とする梵字川の支
流早田川流域の一部を占める(図-1)。中央部を早田川が南から北に貫流しており、東
西 3.5km、南北 2.1km の長方形をなし、面積は約 753ha、周囲延長距離 13.2km である。
外周の南側は林野庁の国有林と、東、西、北側の3方は鶴岡市の市有林と接している。
演習林のほぼ中央に位置する管理棟・学生宿泊施設は、農学部キャンパスより南方約
26km、自動車で 45 分の地点にある。
農学部
上名川演習林
112 号線
小白川キャンパス
図-1
山形大学及び農学部と上名川演習林の位置
注:行政界は旧市町村名
6
1.4.2 気象
標高約 260mの上名川演習林管理棟横露場における 2011 年 10 月~2013 年 3 月の年
平均気温は 9.5℃、暖かさの指数は 76.6、寒さの指数は-23.7 の冷温帯環境であり、
東北地方日本海側の山間気象の特徴を示している。日最低気温は毎年 1~2 月に訪れ、
平均-2.5~-3.5℃前後であるが、-10.0℃以下に低下する日が年に数回ある。年平均
降水量は約 3,000mm と多く、年平均最大積雪深は約 2.8m(過去最深 4.05m(1974 年)、
過去最浅 1.30m(1979 年))であり、豪雪地として特筆される。平均年間日射量は約
3,000MJ/㎡、平均年間日照時間は 220 時間と低い。日平均風速は 2.1m/sec と低い。ま
た、これら観測機器の詳細は表-3 の通りである。
表-3
上名川演習林気象観測機器仕様一覧
測定範囲
機器型名
製造元
0m/s~90m/s
風速計
WA7601-2W-NN/WKA55
横河電子機器株式会社
(起動風速 0.4m/s)
気温計
-50℃~+50℃
E-734-00
横河電子機器株式会社
雨量計
1.0mm/1P
B-071-02
横河電子機器株式会社
日照計
0.0~9999.9h
H0621-10
横河電子機器株式会社
日射計
0.00MJ/㎡~999.99MJ/㎡
H2122
横河電子機器株式会社
0m~6m
WB7611-S2-NN/P/L20/WKB18
横河電子機器株式会社
積雪深計
7
1.4.3 地形
東西稜線のほぼ中央部を流れる早田川の谷底から東西稜線までの標高差は約 350~
500m、早田川から東西稜線までの水平距離は約 2.0km である。したがって、上名川演
習林の全体的な平均傾斜角は 30~44 度となり、平均傾斜角 30 度以上の急傾斜地面積
は全体の約 48%を占めている。積雪の多いことと共に、急傾斜地が多いことはこの演
習林のもうひとつの特徴である(図-2)。
500m
300m
300m
500m
700m
図-2
上名川演習林の地形
注:地形図は国土地理院「国土数値情報 GIS データ」(農環研提供)より引用
1.4.4 地質・土壌
地質は、第三紀層で越後山系に属し、基岩は早田川右岸の下の子沢、谷地幅、大徳
沢流域及び芦沢左岸は輝石安山岩、北流する早田川中央部は花崗閃緑岩、芦沢上流地
帯は変朽安山岩、芦沢右岸の松見沢流域は石英粗面岩から成り立つ(図-3)。
8
新第三紀系安山岩質岩石
花崗岩質岩石
図-3
表層地質図
注:国土交通省国土政策局国土情報課「土地分類調査:GIS データ」より引用
図-4
土壌分類図
注:国土交通省国土政策局国土情報課「土地分類調査:GIS データ」より引用
9
土壌は、早田川右岸の標高 500m 以下、左岸の 400m 以下では腐植質に富む堆積土で
あり褐色森林土壌であり(図-4)、比較的緩傾斜であればスギを主とする人工造林地と
して好適であるが、それ以上の標高になると地形も著しく急傾斜の残横土が多く、風
衝地や崩壊地が少なくない。標高 760~840m の谷地幅など台地状の地帯ではグライ層、
または湿性グライ化土壌が発達し、その他の多くの褐色森林土壌にはブナ、ミズナラ
など落葉広葉樹の天然林が広く分布している。
10
1.4.5 植生
上名川演習林周辺の森林は、ブナ( Fagus crenata Blume)を中心とする冷温帯落葉
広葉樹林帯に属している。緩~急斜面はブナ林が占め、西向きの稜線にはキタゴヨウ
(Pinus parviflora Siebold et Zucc. var. pentaphylla )林、渓流沿岸にはサワグルミ
(Pterocarya rhoifolia Siebold et Zucc.)、オニグルミ( Juglans mandshurica Maxim.
var. sachalinensis (Miyabe et kudo) Kitamura)などの渓畔林が存在する。このよう
に典型的な日本海型の森林植生を示している。図-5 に環境省第6次調査による集約群
落分布を示す。
一方、古くから人による利用が行われてきた森林であり、人間活動の歴史が刻み込
まれた森林であるのも特徴のひとつである。ブナを中心とする落葉広葉樹林はほとん
ど薪炭林として利用されてきたため、二次林となっている。また、低標高域の大部分
はスギ( Cryptomeria japonica (L. f.) D. Don)の人工林が造成されている。演習林周辺
の植生自然度は図-6 に示すとおりである。
図-5
演習林の周辺の植生
注:環境省自然環境情報 GIS 第 6 次調査の集約群落を表示
このような中で、小面積ではあるが特異的な森林群落も残されている。ブナの原生
林は、8、9 林班の一部に残され、大径木を見ることができる。ほぼ純林に近いキタゴ
ヨウの天然林は主に 1、2 林班の市有林境界稜線や 10 林班の国有林境界稜線に分布し、
純林状態のヤチダモ( Fraxinus mandshurica Rupr.)天然林は 9 林班の台地状の湿地
11
帯に分布する。ウダイカンバ(Betula maximowicziana Regel)林は、ブナやミズナラ
( Quercus crispula Blume)との混交状態ではあるが、2、3、15 林班の一部の日当たり
の良い辺りに分布し、ヤマナラシ( Populus tremula L.)林は 14 林班の一部に混交状態
で分布している。また、高海抜の通称谷地幅と呼ばれる高層湿原ではヌマガヤ
(Molinia japonica Hack.)、ヤチスギラン( Lycopodium inundatum L.)などが繁茂し、
イワショウブ(Tofieldia japonica Miq.)、モウセンゴケ( Drosera rotundifolia L.)、キ
ンコウカ( Narthecium asiaticum Maxim.)などが生育している。湿原周辺の風衝地帯
にはイヌツゲ( Ilex crenata Thunb. ver. crenata )、イヌエンジュ( Maackia amurensis
Rupr.et Maxim)、ナナカマド( Sorbus commixta Hedl. var. commixta )、ハクサンシ
ャ ク ナ ゲ (Rhododendron brachycarpum D.don ex G.don var. brachycarpum
f .brachycarpum )、ウラジロヨウラク( Menziesia multiflora Maxim)などが分布して
いる。
図-6
演習林の周辺の植生自然度
注:環境省自然環境情報 GIS 第 6 次調査の植生自然度
ブナと混交する主な高木種は、ミズナラ、ホオノキ( Magnolia hypoleuca Siebold et
Zucc.)、 ヤ マ モ ミ ジ (Acer amoenum Carriére var. matsumurae (Koidz.)K.Ogata )
Thunb. ex Murray var. amoenum (Carr.) Ohwi)、アズキナシ( Aria alnifolia (Sieblod
et Zucc.)Decne)な ど で 、 コ シ ア ブ ラ (Chengiopanax sciadophylloides (Franch. et
12
Sav.)
C.C.Shang
et
J.Y.Huang) 、 ウ ワ ミ ズ ザ ク ラ ( Padus
grayana
(Maxim.)C.K.Schneid.)、ハウチワカエデ( Acer japonicum Thunb.)、ウリハダカエデ
(Acer rufinerve Siebold et Zucc.)などの亜高木類も多い。低木・草本層は種類も多く、
オオバクロモジ( Lindera umbellata Thunb. var. membranacea (Maxim.) Momiy.ex
H.Hara et M.Mizush.)、マルバマンサク( Hamamelis japonica Siebold et Zucc. var.
discolor (Nakai)Sugim.f. obtusata (Makino)H.Ohba)などの落葉低木類、ユキツバキ
(Camellia rusticana Honda)、 エ ゾ ユ ズ リ ハ ( Daphniphyllum macropodum Miq.
subsp.humile (Maxim.ex Freanch.et Sav)Hurus.) 、 ハ イ イ ヌ ガ ヤ ( Cephalotaxus
harringtonia (Knight ex Forbes) K. Koch. var. nana (Nakai) Rehder)などの常緑低
木類、チマキザサ( Sasa palmate (Lat.-Marl.ex Burb.)E.G.Camus)などのササ類、イ
ワウチワ( Shotyia uniflora (Maxim.) Maxim. var. kantoensis T.Yamaz.)などの草本
類と日本海型ブナ林のほとんどの林床タイプがこの演習林で観察することができる。
低標高域はブナの優占度が低く、多様な樹種が混交している。稜線に散見されるア
カ マ ツ ( Pinus densiflora Siebold et Zucc.) 、 斜 面 上 に は カ ス ミ ザ ク ラ ( Cerasus
verecunda (Koidz.)H.Ohba) 、 オ ク チ ョ ウ ジ ザ ク ラ ( Cerasus apetala (Sieblod et
Zucc.)Ohle ex H.Ohba var. pilosa (Koidz) H.Ohba)、ミズキ( Cornus controversa
Hemsl.ex Prain)、 イ タ ヤ カ エ デ ( Acer pictum Thunb)、 シ ナ ノ キ ( Tilia japonica
(Miq.) Simonk.) 、 オ オ バ ボ ダ イ ジ ュ (Tilia maximowicziana Shiras.) 、 ア カ シ デ
(Carpinus laxiflora (Siebold et Zucc.) Blume)、アオハダ( Ilex macropoda Miq.)など
が前述した樹種と混交している。渓畔域にはサワグルミ、オニグルミ、トチノキ
(Aesculus turbinata Blume)などが渓畔林を形成している。しかし、この地域の大部
分はスギ人工林に変わったため、多くの樹種が減少している。コナラ( Quercus serrata
Murray)、ニガキ( Picrasma quassioides (D. Don) Benn.)、オヒョウ( Ulmus laciniata
(Trautv.) Mayr)、ハルニレ(Ulmus davidiana Planch var. japonica (Rehder) Nakai)、
ミ ツ デ カ エ デ (Acer cissifolium (Siebold et Zucc.) K. Koch)、 エ ゾ エ ノ キ (Celtis
jessoensis Koidz.)、ケンポナシ( Hovenia dulcis Thunb.)、カツラ( Cercidiphyllum
japonicum Siebold et Zucc.ex Hoffm.et Schult)、 イ ヌ コ リ ヤ ナ ギ ( Salix integra
Thunb.)などは現在演習林内では希少種となっている。分布上特筆される木本類には、
山形県内でも比較的少ないヤシャビシャク( Ribes ambiguum Maxim.)、オクノフウ
リンウメモドキ( Ilex geniculate Maxim. var. glabra Okuyama)、ウラジロイタヤ
(Acer pictum Thunb.subsp.glaucum.(Koidz.)H.Ohashi)、アカミヤドリギ( Viscum
album L. f. rubroaurantiacum (Makino)Ohwi)などがある。
また、地域住民にとっての里山としての役割を担ってきた当演習林においては、山
菜類やキノコ類などの特用林産物は山林経営の大きな要素となっている。さらには、
近年、これらは実習教育の内容にも取り上げられており、教材としての資源管理が必
13
要とされている。主な山菜類として、消雪後から順にフキノトウ(和名フキ:Petasites
japonicus (Siebold et Zucc.) Maxim)、クサソテツ( Matteuccia struthiopteris (L.)
Tod.) 、 ミ ヤ マ シ ケ シ ダ (Deparia pycnosora (H.Christ) M.Kato) 、 キ ヨ タ キ シ ダ
(Diplazium squamigerum (Mett.) Matsum.)、ミヤマメシダ(Athyrium melanolepis
(Franch. et Sav.) H.Christ)、ミツバアケビ (Akebia trifoliata (Thunb.) Koidz.)、タ
ラノキ(Aralia elata (Miq.) Seem.)、コシアブラ、タカノツメ( Gamblea innovans
(Siebold et Zucc.)C.B.Shang,Lowry et Frodin) 、 オ オ イ タ ド リ ( Fallopia
sachalinensis (F.Schmidt)Ronse Decr) 、 ミ ヤ マ イ ラ ク サ ( Laportea cuspidata
(Wedd.)Friis) 、 モ ミ ジ ガ サ ( Parasenecio delphiniifolia
(Siebold et Zucc.)
H.Koyama)、ゼンマイ( Osmunda japonica Thunb.)、ウド(Aralia cordata Thunb.)、
トウギボウシ( Hosta sieboldiana (Lodd.) Engl. var. sieboldiana )、ワラビ(Pteridium
aquilinum (L.) Kuhn subsp.japonicum(Nakai)A.et D.Love) 、 ウ ワ バ ミ ソ ウ
(Elatostema involucratum Franch.et.Sav.) 、 ヤ マ ト キ ホ コ リ (Elatostema
laetevirens Makino)、ヨモギ(Artemisia indica Willd. var. maximowiczii (Nakai)
H.Hara)、フキなどが確認されている。
中でも、薬効効果のある薬草・薬樹類も確認されているため、春の薬草・薬樹から
主なものを拾い、それぞれの薬効を以下に記す。
フキ:痰切り・切り傷・虫さされなど
フクジュソウ(Adonis ramosa Franch.):強心薬・利尿薬の原料
アマドコロ( Polygonatum odoratum (Mill.) Druce var. pluriflorum (Miq.) Ohwi):
打ち身・ねんざ
イカリソウ( Epimedium grandiflorum C.Morren var. thunbergianum (Miq)Nakai.:
健胃・冷え症・低血圧・強壮・強精など
オ ウ レ ン ( Coptis japonicus (Thunb.) Makino ver. anemonifolia (Sieblod et
Zucc)H.Ohba):胃炎・胃酸過多・胸焼け・下痢・食中毒・口内炎・洗眼
カタクリ( Erythronium japonicum Decne.):すり傷・オデキ・湿しん・おう吐・下
痢・胃腸炎・滋養
マムシグサ( Arisaema japonicum Blume):鎮痛薬・水虫
このほか、季節を移せば、アケビ( Akebia quina (Houtt.) Decne.):利尿、アマチ
ャヅル( Gynostemma pentaphyllum (Thunb.) Makino):糖尿病、オニグルミ:動脈
硬化予防、カラスウリ( Trichosanthes cucumeroides (Ser.) Maxim.)
:肌荒れ・ひび・
しもやけ・化粧、キハダ( Phellodendron amurense Rupr. var. amurense ):殺菌・
消炎・打ち身・くじき・大腸カタル・洗眼・口内炎、クズ( Pueraria lobata (Willd.)
Ohwi):肩凝り・病人食、クリ( Castanea crenata Siebold et Zucc.):やけど・あせ
も・かぶれ、オオバクロモジ:円形脱毛症・ふけはげ、サンショウ( Zanthoxylum
14
piperitum (L.) DC.):食欲増進・虫下し・凍傷・肩凝り・腰痛・低血圧・冷え症・胆
石・尿路結石、トチバニンジン( Panax japonicum C.A.Mey.):弱強壮、トリアシシ
ョウマ( Astilbe odontophylla
Miq.)
:扁桃腺・口内炎・痔・下痢止め、ニガキ( Picrasma
quassioides (D.Don) Benn. ): 健 胃 、 ニ ワ ト コ ( Sambucus racemosa L. subsp.
sieboldiana (Miq.) H.Hara):打ち身・くじき、マルバマンサク:あせも・くさ・と
びひ・かぶれ、ヤマユリ( Lilium auratum Lindl.):小やけど・病人食など豊富であ
る。
良質の山菜が夏季まで採集できるのは、大量の積雪がゆっくりと時間をかけて融け
て行く際に、ミネラルに富む水分を十分に自生地の土壌へ供給するためと考えられて
いる。なお、高濃度のイオン物質を有する新雪は、旧雪化や変態過程において選択的
溶出を起こし、急激に過度の酸性イオン物質(pH=3 台を記録)を土壌に供給する可
能性がある。これを酸性雪のイオンインパクトと呼び、今後山菜生育環境の保全面か
らも警戒が必要である。
また、庄内地方全域で採集された野生キノコ類は、今関ら(1957,1960)の分類法
に従うと、28 科、124 種が確認されたという(萩山,1990)。このうち、上名川演習林
の 森 林 内 で 食 用 と し て よ く 採 集 さ れ る 野 生 き の こ 類 に は 、 マ イ タ ケ ( Grifola
frondosa
(Dicks.:Fr.)
Gray ) 、 ス ギ ヒ ラ タ ケ ( Pleurocybella Porrigens
(Pers.:Fr.) Sing.)、ナラタケ(Armillaria mellea (Vahl)P. Kumm.)、ナメコ( Pholiota
nameko (T.Ito) S.Ito etS. Imai) 、 ク リ タ ケ (Hypholoma sublateritium
(Schaeff.:Fr.)Quel. )、コウタケ( Sarcodon aspratus (Berk.) S.Ito)などがある。き
のこ類の発生には年次によって著しく大きな豊凶があり、今後の採集調査による未確
認種の発見される余地は大きい。
また、上名川演習林において教育・研究用として原木栽培されている種類には、シ
イタケ( Lentinula edodes (Berk.) Pegler)、ナメコ 、 ヒラタケ( Pleurotus ostreatus
(Jacq.:Fr)P.Kumm.)などがある。
自然・健康食料としてのきのこ類は、今後益々注目されるすう勢にあるため、さら
に収量の増大や人工栽培可能種の増加を目指して、実験室内における増殖方法の開発
研究や、森林フィールドにおける好適栽培環境の研究が林産学分野の教員、森林立地
環境分野の教員、及び院生らによって熱心に進められている。
森(1958)によれば、上名川演習林内で 108 科、293 属、336 種の植物が確認され
ている。その内、144 種が木本植物である。このように小面積ながら多くの種類の植
物が生育し、植物の遺伝子資源の現地保存という点で、東北日本海側の唯一の大学演
習林としての役割は大きい。
15
1.5 ワイルドライフ
1.5.1 ほ乳類(主なもの)
ニホンザル( Macaca fuscata fuscata )、ツキノワグマ( Ursus thibetanus )、ニホ
ン カ モ シ カ ( Capricornis crispus )、 キ ツ ネ ( Vulpes vulpes japonica )、 タ ヌ キ
( Nyctereutes procyonoides )、アナグマ( Meles meles anakuma )、トウホクノウサ
ギ( Lepus brachyurus angustidens )、ニホンリス( Sciurus lis )、ムササビ( Petaurista
leucogenys )、モモンガ( Pteromys momonga )、テン( Martes melampus melampus )、
アカネズミ( Apodemus speciosus )、ヒメネズミ( Apodemus argenteus )、ハタネズ
ミ( Microtus montebelli )、ハクビシン(野生化)( Paguma larvata )などの生息が
確認されている。森林の持続に及ぼすそれぞれの役割については、今後の研究課題で
ある。
1.5.2 昆虫類
上名川演習林のほぼ全域における 1975 年 7 月 15 日から 1979 年 7 月 20 日までに捕
獲された出現種は、蝶類 6 科 50 種、蛾類 9 科 25 種が確認されている(高橋,1979)。
蝶類の多くは土着種とみられ、ギフチョウ( Luehdorfia japonica )、ヒメシロチョウ
( Leptidea amurensis )、オオミスジ( Neptis aiwina )、ヒメシジミ( Plebejus argus )
など奥羽山脈系の分布が少なく、朝日山系の蝶相の特徴を示している。
蛾類については 9 科 25 種が管理棟付近で採集されたが(高橋,1979)、採集場所が
狭いため分布上の特徴は未知であり、今後の課題である。
また、2011 年 5 月 24 日から 10 月 25 日までに捕獲された出現種として甲虫類 58 科
476 種、蝶類 6 科 25 種が確認されている(鈴木,2012)。これは演習林内スギ人工林
において調査を行っており、先の調査と同様、採集場所が限定されているため分布上
の特徴は今後の課題である。
1.6 自然災害
日本の法令上では「自然災害」は「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津 波、
噴火その他の異常な自然現象により生ずる被害」と定義(被災者生活再建支援法 2 条
1 号)されているが、上名川演習林で起きるのはこのうち、大気・地質学・水文学的
原因で、地方規模の範囲を、急速または緩慢に襲う事象により引き起こされる、自然
に発生する物理的現象とされている。上名川演習林ではこれまでに雪崩、積雪による
倒木や冠雪害などの気象学的災害や、地すべり、洪水などの地質学・水文学的災害が
発生してきた。
16
2006 年 2 月 24 日には上名川演習林 13 林班内のロ、ハ、ニ、ホ施業班で大嶺切沢沿
いに、幅 50m、長さ 60m、高さ6mに及ぶ大規模な雪崩が発生し、早田川林道本線を
横断して早田川に到達したため、演習林管理舎への通行ができなくなった。この雪崩
では送電線が破断したため演習林管理舎では3日間停電となった。雪崩による林道の
通行障害は毎年のように起きているが、雪崩の発生しやすい気象状況を把握したうえ
で上名川演習林への通行を制御しているため、通行時の雪崩の直撃による被害は発生
していない。上名川演習林内では沢沿いで傾斜角度が 30 度を超える急傾斜となってい
るところが多数存在するので、冬期間に雪崩が発生している可能性は大きいが、積雪
安定期まで立ち入ることができないために雪崩発生の確認ができない場合が多いと考
えられる。積雪の多さは上名川演習林の大きな特徴であるが、積雪期間に通行できる
林道は早田川本線の管理舎以北だけであり、大徳沢林道や芦沢林道は消雪に至るまで
立ち入ることができないのが現状である。スギを主とする植林地での積雪による倒木
被害や冠雪害は毎年のように発生しており、これらの被害が結果的に密度管理として
の間伐の役割を果たしてきた。辛うじて倒木被害を免れた樹木も根元付近に大きな湾
曲を生じながら生育する。利用価値の高い通直部分が地上高2m付近以上となるため、
小雪地に比べると歩留りが低いと同時に生産期間が長めとなる。この根元曲がり現象
は長期間蓄積する気象災害といえるかもしれない。
図-7
演習林内の洪水被害
地質学・水文学的災害は数年に一回の程度で発生するが、特に 2013 年 7 月 18 日に
は低気圧がもたらした豪雨により上名川演習林内各所で洪水による土砂崩れ被害が発
生した。早田川本線の林道崩壊、1林班山の神付近の土石流、芦沢林道で 39 か所、大
徳沢林道で 11 箇所の崩壊地が発生し、2014 年 1 月現在でも復旧には至っていない(図
-7)。この災害は演習林設立以来最大規模の災害であり、大学として教育研究ばかりで
なく人命にかかわる規模の災害として災害復旧事業の対象となった。一方、演習林設
立以来、地滑りは3林班ロ、ニ、ホ、ヘ、ト施業班、4林班イ、ロ、ハ、ニ、ホ施業
17
班で恒常的に発生しており、濁り水が大徳沢林道経由で早田川本流に流入し、下流の
水利用に悪影響を与えていることから、早田川本流に濁水沈殿域を設置して、濁水防
止に努めている。
1.7 施設、設備
1.7.1 林道
本演習林の林道は、東西稜線のほぼ中央部を流れる早田川沿いに開設された早田線
を境に、東側に大徳沢林道、西側に芦沢林道が開設されている(図-8)。総延長は 17.0km
で路網密度は 22.6m/ha である。今後、伐採作業や研究調査を効率的に行うためには、
より高密度な林道、作業道が必要とされるが、急峻な地形や軟弱な土壌などの問題が
あり、さらには前項で述べたように崩落等の自然災害が多く発生するため今後の課題
である。
←
至
早
田
線
鶴
岡
市
芦沢林道
大徳沢林道
官
舎
図-8
上名川演習林路網図
1.7.2 施設
本演習林の施設は、研究宿泊施設、機材倉庫、気象観測タワーなどがあり、その全
てを演習林のほぼ中央部に集約している。
しかしながら、近年の利用者の急激な増加に伴い、外部利用者の研究居室や宿泊定
18
員が大幅に不足しており、大きな問題となっている。また、いずれの施設についても
老朽化が激しく、改修工事等についても今後の課題である。
1.7.3 生物多様性保全研究園(旧苗畑)
生物多様性保全研究園は、圃場と樹木園で構成されており、農学部キャンパスから
徒歩で 10 分足らずのところに位置し、面積は 0.64ha である。
19
1.8 森林 GIS の活用による上名川演習林の森林現況把握
1.8.1 上名川演習林の森林の現況
上名川演習林の樹種別の森林配置は図-9 のとおりである。2012 年時点での上名川
演習林の樹種別面積、材積、成長量は表-4 に示す。樹種別の面積比、材積比ではブナ
が、成長量ではスギ林の比率が大きいことがわかる。
図-9
演習林の樹種別分布
20
表-4
樹種
上名川演習林の樹種別面積、材積、成長量
面積(ha)
(%)
材積(㎥)
(%)
成長量(㎥/年)
ブナ
スギ
ナラ
カラマツ
ヒノキ
キハダ
ケヤキ
クリ
広葉樹
針葉樹
ザツ
なし
その他
319.94
115.13
105.63
9.08
7.47
0.37
0.07
0.16
49.70
3.11
123.06
7.79
11.05
42.5
15.3
14.0
1.2
1.0
0.0
0.0
0.0
6.6
0.4
16.3
1.0
1.5
51,621
42,318
18,955
3,086
2,098
45
18
9
7,186
993
19,810
-
35.3
29.0
13.0
2.1
1.4
0.0
0.0
0.0
4.9
0.7
13.6
-
765.26
813.46
269.07
51.78
35.65
0.90
0.32
0.39
103.97
17.88
289.13
-
合計
753.02
100.0
146,139
100.0
2347.81
1.8.2 スギ林の現況
上名川演習林の齢級別スギ林分布は図-10 に示すとおりである。高齢級のスギ林は
1林班に集中しており、若齢級のスギ林は芦沢及び早田川上流部(演習林南部)に多
い。スギ林は最高 23 齢級までが存在し、合計面積は 114.44ha 合計蓄積は 42,318 ㎥、
合計成長量は 813.46 ㎥/年となっている(表-5)。
図-10
スギ林の齢級別の分布
21
表-5
林齢
1~5
6~10
10~15
16~20
21~25
26~30
31~35
36~40
41~45
46~50
51~55
56~60
61~65
66~70
71~75
76~80
81~85
86~90
91~95
96~100
101~105
106~110
111~115
合 計
齢級
スギ林の齢級別面積・蓄積・成長量一覧
施業班数
4
6
3
7
5
13
6
10
2
2
16
14
6
1
16
7
4
1
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
面積(ha)
0.90
1.97
1.02
8.27
3.76
5.63
5.11
4.64
3.93
1.00
6.53
10.74
6.40
0.38
37.50
9.40
6.96
0.31
114.44
材積(㎥)
0
39
55
730
444
983
993
1,102
1,062
355
2,403
4,171
2,861
175
18,382
4,775
3,623
163
42,318
成長量(㎥/年)
0.00
3.94
5.46
63.80
32.85
56.62
42.91
38.89
26.55
7.10
42.29
68.02
42.91
2.45
257.35
69.29
50.73
2.29
813.46
齢級分布は極端に偏っており、18 齢級以上の面積、蓄積、成長量が圧倒的に多く、
17 齢級以下のスギ林では 11 齢級にピークがある。
表-6 に 40、60、80、100 年生の標準的な林況を示す。どの樹齢のスギ林も上層木の
平均樹高を比較すると秋田営林局監修の「山形地方すぎ林 林分収穫表調整説明書」の
Ⅰ等地に該当しているが、本数が 2 割程度多く、蓄積も過多となっている。
表-6
標準的スギ林の蓄積(生立木のみ)
林齢
林小班
調査地
X(m)
調査地
Y(m)
調査面積
(㎡)
本数
(本)
40
60
80
100
12-ハ
1-ソ
4-ヨ
6-レ
10
10
10
10
25
30
35
50
250
300
350
500
43
17
18
25
22
蓄積
(㎥)
9.2
27.9
44.7
83.5
ha 当本数
(本/ha)
1,720
567
514
500
ha 当蓄積
(㎥/ha)
370
929
1,277
1,669
25
y = 7.9487ln(x) - 5.7996
R² = 0.4445
樹高(m)
20
15
10
生立木
5
枯死木
対数 (生立木)
0
0
10
図-11
40
20
DBH(cm)
30
40
12 林班ハ施業班の 40 年生スギ林の相対成長関係
y = 17.262ln(x) - 35.437
R² = 0.5358
35
樹高(m)
30
25
20
15
生立木
10
対数 (生立木)
5
0
0
樹高(m)
図-12
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
20
40
DBH(cm)
60
80
1 林班ソ施業班の 60 年生スギ林の相対成長関係
y = 16.854ln(x) - 31.596
R² = 0.5784
生立木
枯死木
対数 (生立木)
0
図-13
20
40
DBH(cm)
60
80
4 林班ヨ施業班の 80 年生スギ林の相対成長関係
23
樹高(m)
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
y = 17.725ln(x) - 35.836
R² = 0.7987
生立木
枯死木
対数 (生立
木)
0
20
40
60
80
100
DBH(cm)
図-14
6 林班レ施業班の 100 年生スギ林の相対成長関係
図-11 に 40 年生スギ林、図-12 に 60 年生スギ林、図-13 に 80 年生スギ林、図-14
に 100 年生スギ林の胸高直径(DBH)と樹高の相対成長関係を示す。40、60、100 年生
の林内では小径で低樹高の枯死木が存在していること、これまでに間伐の履歴がない
ことから、密度効果による自然間引きが発生している可能性がある。
1.8.3 ブナ林の現況
上名川演習林の齢級別ブナ林配置は図-15 に示すとおりである。早田川右岸では2、
3、8、9林班の稜線近くに、左岸では 11、17、18 林班で右岸と同じく稜線近くに分
布している。5齢級毎に区分した面積、材積、成長量は表-7 とおりであり、75~100
年生(15~20 齢級)に集中している。合計値は面積 303ha、材積約 51,600 ㎥、成長量
は 765 ㎥/年となっている。
24
図-15
ブナ林の齢級別の配置
表-7 ブナ林の林齢別の面積、材積、成長量一覧
林齢
~50 年生
~75 年生
~100 年生
~125 年生
126~年生
合計
面積(ha)
14.37
98.09
157.87
24.03
8.92
材積(m 3)
2,809
14,662
26,208
6,449
1,493
成長量(m 3 /年)
47.35
225.93
368.56
102.54
20.88
303.28
51,621
765.26
1.8.4 ナラ林の現況
上名川演習林の齢級別ナラ林配置は図-16 に示すとおりである。早田川右岸では2
林班に大群落で分布している。左岸では石川山を中心に 12、13、14 林班、また 16 林
班に大きな群落が分布している。2齢級毎に区分した面積、材積、成長量は表-8 とお
りであり、71~80 年生(14~16 齢級)に集中している。合計値は面積 105ha、材積約
19,000 ㎥、成長量は 269 ㎥/年となっている。
なお、本演習林においても 2000 年前後よりカシノナガキクイムシによるナラ類の
集団枯死被害を受けていると推察される(林田ら,2012)。そのため、ナラ林の分布現
況については図-16 に示されている面積より著しく縮小していると思われ、今後詳細
な調査が必要である。
25
図-16
ナラ林の齢級別の配置
表-8 ナラ林の林齢別の面積、材積、成長量一覧
面積(ha)
材積(m 3)
成長量(m 3 /年)
~70 年生
~80 年生
~90 年生
~100 年生
~110 年生
111 年生~
1.99
46.20
28.69
9.31
2.58
16.87
270
8,608
4,506
1,698
443
3,430
4.05
123.99
63.06
23.76
6.19
48.02
合計
105.63
18,955
269.07
林齢
1.8.5 試験地
上名川演習林には図-17 に示すように、これまでに 52 箇所の試験地が設定されてい
る。各試験地の位置、設定年、試験の目標などは GIS データと連動していつでも検索
可能である。試験地の設定に関しては研究者の独自性を反映して自由に設定がなされ
ているが、これまでに試験が終了した事例は発生していない。設定の目的や内容から
判断して、既に試験が終了していると考えられる試験地もあるが、現状では設定され
た試験地は保存することとしている。
26
1.8.6 学術参考樹
第6次森林計画書(1994 年~)には演習林内で学術的に参考となるべき大径級の樹
木を明記している(図-17)。その中には天然性の樹木ばかりでなく植栽されたものも
含まれている。本森林計画ではこれらの参考樹の位置情報を図面から取得して GIS デ
ータに反映した。属性データには設定年と設定者が記載されているが、樹木のサイズ
や特徴などは未記載である。今後詳細なデータを蓄積していく必要がある。
図-17
試験地及び学術参考樹の位置図
27
表-9
No.
施業班
樹種
演習林内に設定された試験林
設定年
設定時林齢
目的
1
全部
ブナノキ・ミズナラ
1951
39
低林施業法
2
全部
ヒノキ
1952
40
立地適応性検定
3
全部
オニグルミ
1954
1
用材林施業
4
一部
ブナノキ
1955
5
低林施業法
5
一部
キタゴヨウマツ
1955
1
天然下種更新
6
一部
キタゴヨウマツ
1956
1
天然下種更新
7
全部
オニグルミ
1957
1
採種林施業
8
一部
スギ
1957
38
スギの根元曲がり
9
一部
カラマツ
1958
0
林地肥培
10
全部
スギ
1958
1
交互帯状造林
11
一部
スギ
1958
1
交互帯状造林
12
一部
コバノヤマハンノキ
1959
1
肥料木の土壌改良効果
13
全部
スギ
1959
1
階段造林
14
全部
スギ
1960
1
山引苗の植栽と成長
15
全部
サワグルミ
1961
1
用材林施業
16
一部
スギ
1961
1
林地肥培・土寄せ
17
全部
スギ
1961
0
林木保育
18
一部
ブナノキ・ミズナラ
1962
1
人工植栽
19
一部
スギ
1964
1
雪起し
20
全部
スギ
1965
52
連年成長量
21
全部
スギ
1965
52
連年成長量
22
全部
スギ
1965
32
林地肥培
23
全部
スギ
1969
9
雪起し
24
全部
ブナノキ
1971
43
除伐効果
25
一部
ブナノキ・ミズナラ
1971
12
下刈り・除伐(整理伐)
26
一部
スギ
1974
1
二段林(保残木)更新
27
一部
スギ
1965
7
急斜面のスギの成林条件
28
一部
スギ
1966
8
急斜面のスギの成林条件
29
一部
ケヤキ
1957
0
現地適応性
30
一部
スギ
1966
5
平坦地のスギの成林条件と除伐・枝打ちの効果
31
一部
クマスギ
1968
0
挿し木スギの現地適応性
32
一部
スギ
1969
2~1
33
一部
スギ
1975
8
急斜面のスギの成林条件と除伐・枝打ちの効果
34
一部
スギ
1976
7
急斜面の積雪保育
35
一部
スギ(東南置賜6号)
1975
0
挿し木スギの現地適応性
36
一部
スギ
1976
0
束植え
37
全部
スギ
1977
1
林地肥培
38
全部
スギ
1984
6
樹冠結束
39
全部
スギ
1967
17
階段造林と保残帯植栽
40
全部
トドマツ
1964
0
現地適応性
41
全部
トドマツ
1964
0
現地適応性
42
全部
エゾマツ
1967
0
現地適応性
43
一部
ブナノキ
1984
0
ブナノキの人工更新
44
一部
トネリコ
1953
0
現地適応性
45
全部
キハダ
1966
0
現地適応性
46
全部
ヤチダモ
1966
0
現地適応性
47
一部
カラマツ-スギ
1986
29&0
複層林
48
一部
カラマツ-カラマツ
1986
29&0
複層林
49
一部
タニウツギ
1982
0
雪崩防止林の造成
50
一部
スギ
1982
4
下刈りの効果
51
一部
林外、スギ林内
1981
1
全層雪密度
52
一部
スギ
1989
0
雪崩防止工を併用した階段造林試験
53
全部
ヤチダモ
1992
83
豪雪高海抜におけるヤチダモ天然林
54
一部
シナノキ
1995
1
シナノキ林の造成
55
一部
ブナノキ
2001
79
ブナ二次林の解析により地滑り動態を把握
56
一部
ブナノキ
2001
88
ブナ二次林の解析により地滑り動態を把握
57
一部
ブナノキ
2001
97
落葉広葉樹二次林の構造と現存量を解明
58
一部
ブナノキ
2001
73
ブナ二次林の長期モニタリング調査
28
地形とスギの成林
2.前期森林計画の評価
2.1 前期計画の基本方針
前期計画の具体的な計画は、以下の基本方針をもとに編成された。

フィールド科学に関する教育・研究機能の充実

積雪環境の優位性を活かした個性あふれる教育・研究の推進

森林の多様性の維持と保全

森林生態系長期モニタリングステーションとしての整備

森林情報データベースの整備

地域社会との連携の維持・拡大

教育・研究および森林管理に関する実績の点検・評価
以上の方針がどの程度まで実現されたのか,事項毎に簡単に評価(照査)を行う。
2.2 事項毎の評価
2.2.1 フィールド科学に関する教育・研究機能の充実
前期計画において教育・研究については、森林科学分野の教育研究を担っている生
物環境学科の実験実習等の教育はもちろんのこと、生物生産学科、生物資源学科、さ
らに全学部を対象とした野外教育について、生物環境学科および農場と共同して積極
的に参加し、従来の林学のためだけの演習林から、あらゆる分野の教育研究フィール
ドとしての演習林として、その利活用が高められた(表-10)。
また、本学農学部第2期中期目標の「Ⅰ.大学の教育研究等の質の向上に関する目
標、3(1)社会との連携や社会貢献に関する目標、3. 全国の大学演習林の共同利用に
よる公開演習林実習に連携協力し,大学の機能別分化に対応した特色ある教育を実施
するとともに大学間のネットワークを構築する。」に対する 2012 年度の中間報告とし
て「3.全国大学演習林協議会が、各大学が持っている演習林を共同利用し,相互に
演習林の有効活用を図ることを目的に計画した「公開森林実習」
(雪山実習)を開設し
た。」に挙げられるように新たな展開が特筆できよう。
計画後期には、2013 年 4 月に北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏
ステーションの事業で、
“文部科学省教育関係共同利用拠点「フィールドを使った森林
環境と生態系保全に関する実践的教育共同利用拠点」”への協定や、海外大学からの積
極的な留学生受け入れなど(2013 年 1 月にはハノーバー大学(ドイツ)、同年 10 月に
はガジャマダ大学(インドネシア)から短期留学生を受け入れ演習林にて短期留学セ
ミナーを開催した)、グローバルなフィールド科学の充実に貢献した。
29
表-10
科
目
演習林関連のカリキュラム(平成 25 年 4 月現在)
名
学年
開講期
単位数
実施方法
全学年
後期
2
冬期集中
全学年
前期
2
夏期集中
(学部専門基礎科目)
基礎農学セミナー
1
前期
2
夏期集中
食料生命環境学実験実習
雪山実習
※1
2
2
前期
後期
2
1
夏期集中
冬期集中
(学部専門科目)
流域保全論
2
前期
2
講義
流域保全実習
生物多様性保全学実験実習
2
2
前期
前期
2
1
夏期集中
夏期集中
自然環境調査実験実習
森林資源利用学実験実習
3
3
前期
後期
2
2
夏期集中
集中
森林環境保全学実験実習
3
後期
2
集中
1
1
後期
前後
2
各1
講義
集中
(基盤教育科目)
やまがたフィールド科学Ⅱ
(雪との生活-雪国の自然と生活)
フィールド科学のテクニック
(大学院修士課程)
森林雪氷学特論
森林雪氷学特別演習
※1 公開森林実習として他大学生も受講可能
2.2.2 積雪環境の優位性を活かした個性あふれる教育・研究の推進
わが国有数の豪雪地帯に位置する本演習林においては、その非常にユニークな環境
を活かし、多雪流域の特徴ある生態系に関する教育・研究を展開してきた。3mを超
える積雪環境を用いての冬期実習及びセミナーを実施している演習林は本演習林をお
いて他に無く、これまでの雪と森林に関する教育・研究についての豊富な蓄積をベー
スにそれをさらに発展させ、利雪や親雪に関するユニークな教育・研究も進めながら、
他大学にはみられない個性あふれる演習林づくりに努めてきた。また気象観測システ
ムの更新によってそのデータを web 上へアップロード出来るようになり、世界中の人
が本演習林の積雪環境を閲覧可能となった。さらには他内外研究機関と構築されたネ
ットワークを利用してその利活用を高めた。
今後は教育・研究の成果を世界へ発信していく必要がある。
2.2.3 森林の多様性の維持と保全
上名川演習林は、森(1958)によると、108 科、293 属、336 種の植物が確認されて
いる。そのうち 144 種が木本植物である。このように 753ha という小さな面積の中に
多くの植物が生育しており、植物の遺伝子資源の現地保存という点で、東北日本海側
の唯一の大学演習林としての役割は大きい。森林の多様性を充実させることは教育と
研究の両面からみて極めて重要である。
群集レベルではブナ原生林、キタゴヨウ天然林、ヤチダモ天然林、ウダイカンバ天
30
然林などの保全に積極的に努めてきた。低海抜地域の大部分は古くからスギの人工林
が造成されているため広葉樹類の生育面積は少ない。このため、スギ人工造林地内に
自然侵入した広葉樹類については、除伐時に「可能な限り残す」ようにするなどして
森林群集の多様性の充実に努めてきた。また、渓畔域を中心に少しずつではあるが広
葉樹類の人工植栽を進めてきた。さらに、比較的面積の大きいスギ人工同齢林につい
ては一斉皆伐を避け、小面積の伐採を実行することによって齢級分布の平準化と多様
化を図ってきた。また前期計画から導入した、焼畑を取り入れた農林複合経営(アグ
ロフォレストリー)においては、焼畑跡地にスギを再造林するまでの間、多様な更新
パターンが見られ、研究も行われている。
ミズナラニ次林については 1993 年に発生したカシノナガキクイムシによる被害、
通称「ナラ枯れ病」が猛威を振るい、十分な対応策が見いだされないなかで、大半の
ミズナラ大径木を失うという状況下にある。今後はその効果的な防除対策の解明と被
害地の整備などが求められている。
2.2.4 森林生態系長期モニタリングステーションとしての整備
全国大学演習林協議会の事業の一環として、全国大学演習林協議会の事業の一環と
して、北海道大学を北ステーションとする森林生態系長期モニタリングステーション
が構築されており、上名川演習林を多雪地の森林生態系の動態および地域自然環境の
変動に関する長期モニタリングステーションとして位置づけブナに代表される日本海
側冷温帯性落葉広葉樹林、多雪地スギ人工林、水棲動物等の動態に関する生態系情報、
および積雪環境、酸性雨(雪)、気象等に関する自然環境情報の長期観測基地としてよ
り一層の整備を図ってきた。
また、2012 年には「日本長期生態学研究ネットワーク」(JALTER)の準サイトとし
て登録された。その取り組み方針として、世界的にも例の少ない日本海沿岸地域の多
雪地特有の気象等の情報を収集・公開を推進している。しかし気象観測システム更新
以前のデータはまだ全部整理しておらず、今後の森林計画の一つの課題である(1966
年~2010 年の積雪データはデジタル化済み(図-18))。また、2011 年から設置した
サップフローセンサーで、カラマツ林とスギ林の水収支のデータを継続的に計測して
いる(図-19)。
31
500
最深積雪深(cm)
400
300
200
100
09-10
07-08
05-06
03-04
01-02
99-00
97-98
95-96
93-94
91-92
89-90
87-88
85-86
83-84
81-82
79-80
77-78
75-76
73-74
71-72
69-70
65-66
67-68
0
年
図-18
1965 年から 2010 年までの最大積雪深年変動
60
350
蒸散量(カラマツ)
50
300
蒸散量(スギ)
積雪深
250
200
30
150
20
100
10
50
0
0
3/1
3/11
図-19
3/21
3/31
4/10
4/20
4/30
5/10
5/20
5/30
カラマツとスギの蒸散量と積雪深の推移(2012 年)
32
積雪深(cm)
蒸散量(ℓ/d)
40
2.2.5 森林情報データベースの整備
2012 年 12 月に山形県から森林 GIS の使用許諾を得て上名川演習林の森林 GIS が整
備された。この森林 GIS では位置情報、森林調査簿情報および 1964 年以降(第3次森
林計画)の保育原簿(林班沿革簿)が統合されて管理できるようになった。2013 年に
は衛星画像(GeoEye 2009 年 9 月 28 日撮影)が導入され、GIS での背景地図として活
用されている。森林 GIS の導入により、学生、教職員の研究・調査への情報提供、適
正な森林の管理作業への利活用が期待されることとなった。
2.2.6 地域社会との連携の維持・拡大
地域の多様なニーズに応える教育・研究を展開し、地域社会教育および地域文化の
向上に貢献するため、地域にフィールドを開放し、公開講座、野外セミナー等を実施
し、広く地域社会との連携をはかってきた。また、地域の研究機関とネットワークを
構築するとともに、学内外にフィールドを提供し共同による個性的な研究を推進して
きた。また、本学農学部第2期中期目標「Ⅰ-3-1.地域との連携を強化し,教育研究
の成果を広く社会に普及するとともに,地域における文化的な拠点を形成する。」に対
して「演習林で小学生向けの「森の学校」の開催」を実施してきた。開催にあたって
は、教職員のみならず農学部生が多数参加し、様々な企画を立案・実行し、地域へ関
わりを持つきっかけになっている。農学部生はこの場で得た経験を活かし、地域のイ
ベントなどに「出張・森の学校」と称して参加し、地域社会との交流を図っている。
また、鶴岡市が主催するイベント「つるおか森の時間」が演習林で開催(年 1~2 回)
されており、地域社会との連携強化に努めてきた。
2.2.7 教育・研究および森林管理に関する実績の点検・評価
演習林における教育・研究および森林管理の実績については毎年業務報告として学
内外に公表している。また、第二期中期計画の中間報告として実績の点検評価を行う
システムが構築されており、これに基づき実績が報告され、外部評価がなされている。
33
3. 基本方針
3.1 演習林の理念および大学の教育・研究における位置づけ
3.1.1 教育・研究内容の多様化
本学演習林は、学部における森林・林業に関する教育・研究を目的とする特別の施
設として 1949 年に設置され、これまで林業技術者養成、森林経営研究および学生実習
等のフィールドとして機能し実績を積み重ねてきた。しかし現在では森林科学分野の
実験・実習にとどまらず、農学部食料生命環境学科全体の学生を対象にした野外実習
やセミナー等の場として、あるいは学際領域にまたがる総合的なフィールド科学の探
求の場として利用され、また、地域の市民や学童を対象とした森林教室など野外・環
境教育や生涯学習の場としても広く活用されている。
このことの背景には、2011 年に起きた東日本大震災および原子力発電所の事故以降
に顕著となった再生可能エネルギーの利活用に対する世界的な関心の高まりがあり、
森林の有する多面的な機能や陸上生態系としての重要な役割に対する期待が強まって
いることがあげられよう。こうした社会情勢の変化に伴い、学部で行われる森林科学
に関する教育・研究内容は多様化し、また、林学・林産学以外でも森林を教育・研究
の対象とする分野が増加している傾向にある。また、国内のみならず、国外の研究機
関との共同研究・教育などが可能なフィールドとしても期待されている。そのため、
演習林に対しては、総合的なフィールド科学を実現しうる教育・研究林へと発展する
ことが期待されており、教育・研究施設としての演習林のより一層の充実化が求めら
れている。
3.1.2 総合的なフィールド科学の拠点
山形大学農学部では多様化する社会のニーズヘの対応として、自然環境や資源の保
全を視野に入れたフィールド科学という新しい科学の創造と展開が不可欠であると考
え、新たなフィールド科学の構築について具体的に検討を進めてきた。その結果、環
境問題は、従来の狭い専門分野に限定された教育・研究のみでは解決が不可能であり、
学際分野にまたがる総合的な教育・研究を共同で進めることが重要であり、特に地域
の環境教育においては、河川上流域の森林から海に至るまでの流域は縫い目のない一
つながりの生態系であることを理解させ、総合的な視野から物事を捉え、問題解決で
きる能力を養うため、実地流域のフィールドにおいて体験学習を主体とした教育を実
施することが必要であるとの結論に至った。
34
3.2 第8次森林計画期間における演習林の基本方針
演習林はフィールド科学など多様化する教育・研究および地域のニーズに応え、教
育・研究の場としてより一層の充実をはかることを基本目標とする。本演習林は他大
学に類例をみない有数の豪雪地であり、これまで克雪に関する教育・研究について豊
富な蓄積がある。これらの実績を生かし、それをさらに発展させていくことが大切で
あり、豪雪というフィールドの自然環境特性を活かし、今後は利雪や親雪に関するユ
ニークな教育・研究を進めながら、個性ある演習林づくりに努め、その成果を多雪流
域の森林環境保全や人々の暮らしに反映させていくことが求められる。さらには国際
的な利用も考慮した、より多くの人々が利用できるようなフィールドの構築を目指し
ていく。
上記の演習林の理念、位置づけ、特徴を踏まえ、教育・研究への対応として、以下
の項目を本演習林の基本方針とする。
3.2.1 フィールド科学に関する教育・研究機能の充実
演習林を、農学部食料生命環境学科全体を対象とする野外体験教育の場として位置
づけ、フィールド科学に関するカリキュラムの構築・充実をはかり、その機能を発揮
するとともに、山形大学全体の教職員・学生や、一般市民が利用しやすい施設として
整備し積極的な利活用を図る。これと共に、ソフト面においても利用者が来訪・体験
しやすい仕組み作りを目指すこととする。演習林を教養科目の体験教育の場として位
置づけ、自然との共生を重視した体験による人間性を育む全人教育の強化をはかる。
演習林における教育・研究等を円滑に遂行するために学部との連携をより一層強化し、
学部からの協力、参加を得て緊密な相互連携のもとに演習林の事業を運営・推進する。
学部学生、修士課程および博士課程の学生を積極的に受け入れ、演習林における教育・
研究機能の充実を目指す。
3.2.2
多雪地森林流域の物質循環の解明に関する基礎情報整備
多雪地森林流域に属する当演習林において、樹木の年輪調査や森林水収支調査など
を基として様々な物質循環の解明に取り組み、林内植生の空間分布の解明や植栽適地
判定等の森林管理に反映し得る基礎情報の整備を図ることとする。また、これらを蓄
積された過去のデータと統合し解析することにより、教育研究のためのより充実した
データベースの整備を目指すこととする。
35
3.2.3 多雪地の森林における炭酸ガス吸収機能の解明
世界でも有数の多雪地における森林の炭酸ガス吸収機能の解明と評価に関する教
育・研究を目指す。これまでの雪と森林に関する教育・研究についての豊富な蓄積を
ベースにそれをさらに発展させ、利雪や親雪に関するユニークな教育・研究も進めな
がら、他大学にはみられない個性あふれる演習林づくりに努める。
3.2.4 森林の多様性の維持と保全
一部に残されたブナ原生林、キタゴヨウ林、ヤチダモ天然林、および「谷地幅」、「シ
オジ谷地」の高層湿原植生等の保存を通じて森林群集レベルの多様性を維持するとと
もに、希少種の個体群維持機構の解明を通じ、必要に応じて更新補助作業などを実施
し、種の多様性の保全に努める。また、生物多様性保全研究園を生物多様性の保全に
関する研究拠点として位置づけ、北限地域の暖温帯性常緑広葉樹の遺伝子保全や絶滅
危倶種等のストックヤードとしての役割をはたせるように整備を進める。
3.2.5 地域社会との連携の維持・拡大
地域の多様なニーズに応える教育・研究を展開し、地域社会教育および地域文化の
向上に責献するため、地域にフィールドを開放し、公開講座、野外セミナー等を実施
し、広く地域社会との連携をはかる。また、地域の研究機関とネットワークを構築す
るとともに、積雪期間や焼畑地など演習林の特徴を広く PR し学内外へフィールドの提
供を行い、共同による個性的な研究を推進する。
36
4. 基本計画
4.1 教育・研究
本計画の基本方針のもとに、教育・研究の場としての演習林のより一層の充実をは
かり、フィールドの自然環境特性を活かした個性ある教育・研究を実現するために、
以下に、本計画期間における教育・研究計画を編成する。
4.1.1 新たなフィールド科学の構築
森林は、わが国を代表する身近な自然環境であり、水源かん養や国土保全をはじめ
とする多面的な機能を持っている。しかし、近年までの大規模な国土の開発や森林経
営のかつてない悪化により、森林の構造や生態系が著しく変化し、森林の有する諸機
能の低下が危倶されている。他方、地球温暖化をはじめとする地球環境問題への対応
が国家間の重要な戦略となるなかで、森林に対する国民の関心は日増しに高まってい
る。
このような背景のなかで、森林をめぐるパラダイムは大きく転換することとなり、
持続可能な発展ということがグローバル・スタンダードとなっている。持続可能な発
展は、森林の有する多面的な機能を考慮した、環境保全を重視した技術によって達成
される。したがって、これからの環境教育は単なる理論模型や机上プラン、さらに実
験室内の実験研究に止まるだけでなく、自然環境や資源の保全を視野に入れたフィー
ルド科学という新しい科学の創造と展開が不可欠である。
新たなフィールド科学の構築は、農学全体を包括する総合的な教育・研究を共同で
行うことによって可能であり、これまで不十分であったフィールド科学の理論体系お
よびその教育のあり方に関する研究を進めることが重要である。また、持続型・環境
保全型の物質生産のあり方や自然生態系の保全と修復技術に関する研究、さらに、こ
れまで得られている個別の研究成果の統合、個別の開発技術の組み立て・体系化等に
関する研究を学部と相互に連携しながら展開することが求められている。
このため、農学を構成する生物生産、生物資源、生物環境について一貫した体系の
もとに、自然体験による知識の習得を目的とした基礎的な実習教育を行い、学部教育
の内容の充実に貢献することに努める。また、森林-河川-耕地-市街地-海岸に至
る流域を一貫した総合的な生態系として捉え、農林業生産を地域環境問題との関連で
理解を深めるため、流域内の生産現場において総合的な実習を体系的に行うことが出
来るようなカリキュラムの検討を行う。このような実習教育を実施することによって、
学生は従来の理論科学や分析科学では律しきれない総合科学としてのフィールド科学
の学理とその有効性について、フィールド体験を通じて学習することができるように
なることが期待される。
37
さらに、こうした農学全体を包括する総合的かつ実証的な教育を行うことにより、
農林業生産における問題を広い視野から総合的に捉え、問題解決することが可 能な人
材が育成され、実践的なフィールド科学の構築に結びつくことが期待される。
フィールド科学の対象となる庄内地方および本学演習林は、わが国有数の多雪地域
である。演習林を中心にこれまで積み重ねられてきた克雪に関する教育・研究の実績
を生かし、また外部資金の導入、他の研究機関との交流を検討することにより、それ
をさらに発展させることが可能であると考えられる。積雪はクリーンなエネルギー資
源であり、この利用の探求はエネルギー資源の有効利用、そして環日本海圏の発展の
基盤となる日本海側地域の振興に結びつくものと期待される。このため、農学部で学
ぶ学生が積雪を冷熱源、水資源、材料として積極的に利用する利雪について関心を示
すような、多面的教育・研究プログラムの実施についても検討する。
4.1.2 多雪流域森林の維持機構解明および多様性保全
庄内地方の森林は、日本海側多雪地域の冷温帯に属し、ブナに代表される落葉広葉
樹が優占するが、日本海を北上する対馬海流の影響を受け、タブノキ、ヤブツバキ、
シロダモなど暖温帯性の常緑広葉樹もみられ、その天然分布の北限地域となっている。
このため、庄内地方は、寒地性の要素と暖地性の要素が混在し、植物群落は構成種の
多様性に富み、多くの未利用生物資源の宝庫となっており、このことは、わが国の植
物学上の特筆すべき特徴である。
わが国有数の豪雪地帯に位置する本学演習林には、ブナ原生林、キタゴヨウおよび
ヤチダモの天然林が一部に残存し、また、高標高地の「谷地幅」、「シオジ谷地」には
高層湿原植生が狭い範囲に分布している。林内には希少種の存在も確認されており、
これらの種の保存を通じて森林群集レベルあるいは個体群レベルの多様性を維持し拡
大することが、将来に残された重要な課題となっている。
しかし、一部に残された原生林や天然林の更新様式については不明な点が多く、更
新補助作業を実施するにあたり、その方法については育林技術的な点からみて改善す
べき課題が山積している。さらに、希少種の現地における個体群維持機構については
ほとんど未解明の状態にある。このため、本計画期間においては、以上のような課題
について重点的に取り組むこととする。
こうした課題に対処するためには、生育環境条件を人工的にコントロールすること
が可能な、かつ立地的に安定した場所において、希少植物等のさまざまな増殖試験を
繰り返しながら、各種の繁殖特性を解明していくとともに、幼苗を一定量ストックし
ていくことが必要である。また、苗畑をジーンバンクやストックヤードとして、ある
いは、種の現地外保全(生育域外保全)の場として、さらに一時的な避難場所として
利活用することも、種の保全にとって効果的な方法である。
38
このような試験・研究を遂行するため、若葉町苗畑を生物多様性保全研究園として
位置づけ、植物種の保存と再生のための研究拠点として整備を進めることとする。な
お、整備された一部のゾーンについては、見本林あるいは樹木園として地域住民に開
放し、緑のオープンスペースとして地域への直接的、恒常的な貢献に努める。
4.1.3 地域社会への貢献
本学演習林においては、前期森林計画時代より大学開放事業の一環として一般市民
を対象とした各種の公開行事を実施してきており、地域社会から高い評価と期待が寄
せられてきた。本計画期間においても、地域社会の多様なニーズを積極的に取り込ん
だ教育・研究を展開し、地域社会教育および地域文化の向上に貢献することに努める。
このため、地域にフィールドを開放し、野外セミナー、体験学習、生涯教育、公開
講座、リカレント教育等の場を提供し、広く地域社会との連携をはかる。加えて演習
林独自のレクリエーションやアクティビティについても検討し、地域のフィールド拠
点としての充実に取り組む。
また、地域の教育・研究機関とネットワークを構築し、教育・研究交流および研究
成果の社会還元をはかるとともに、学内外にフィールドを提供し共同による個性的な
研究を進める。
4.1.4 学部との連携強化とプロジェクト研究の推進
新たなフィールド科学の構築、森林の維持機構解明および多様性保全、地域社会へ
の貢献など、上述した教育・研究計画の内容を実行していくためには、演習林の人的
資源および事業費のみで賄うことは不可能であり、学部との連携をこれまで以上に強
化し、学部と協同しながらこれらの事業を実行していくことが求められる。具体的に
は実行課題毎にプロジェクトを組み立て、外部資金を積極的に導入しながら農学部、
さらに他学部との協同により教育・研究を推進していくことが重要である。こうした
教育・研究を推進し強化するためには、現在の 1 名の演習林教員数が複数になるよう
に充実させる必要があり、本計画においては、このことについても重点課題として取
り組む。
4.1.5 学外との連携の充実
近年の動向からもグローバル化が進んでおり、前期計画期間中多くの留学生の来訪
や、大学間の連携の拡充が実施されてきた。このような状況を受け、今期計画では学
外の各機関との連携について、より一層の充実を図るよう取り組んでいく。教育・研
究等について以前より関係のある機関との情報交換やフィールド・研究資料の提供・
共同研究、また、新たな機関との交流や提携を推進していく。
39
4.2 森林管理及び森林区分の設定
森林管理計画は教育・研究計画と一体不可分のものであり、上記の教育・研究計画
がスムーズに遂行されることを目的として編成するものである。
4.2.1 森林区分の設定
1)森林区分の基本視点
第 6 次及び第 7 次森林計画では、過去の拡大造林事業の経験をふまえ、以下の事項
を森林区分の基本視点としてきた。
①
過去の拡大造林(林種転換)結果を重視する
②
在来樹種組成を重視する
③
地形・海抜高を重視する
④
積雪環境を重視する
⑤
森林の多様性向上を重視する
⑥
流域単位の森林施業を重視する
これらの事項は、本学演習林の森林環境の特性を反映しており、前述した基本方針
に沿うものである。本森林計画においてもこれらの事項を森林区分の基本視点として
継承する。
2)前期森林計画における森林区分
第 6 次森林計画では、海抜約 200m から 830m にまたがる本学演習林の自然環境およ
び森林特性を考慮し、スギ人工林のほぼ上限である海抜 400m ラインとブナ天然生二次
林のほぼ下限の海抜 600m ラインを基準に、以下のように 3 区分した。
①
高海抜豪雪緩傾斜落葉広葉樹天然更新林地帯
②
中海抜豪雪急傾斜落葉広葉樹環境保全林地帯
③
低海抜豪雪緩・急傾斜針葉樹等人工林地帯
海抜 400m 以下と 600m 以上には緩傾斜地が多くみられるのに対し、海抜 400~600m
の間には急傾斜地が多くみられ、積雪は不安定である。
一方、第 7 次森林計画では新たな区分と森林整備の考え方が提示された。これは、
前述した森林区分の基本視点をふまえ、多面的な機能を持っている森林を将来にわた
って適正に整備と保全を行うという観点から、森林の機能に応じて保全林、循環利用
林、共生林の三つに区分されている。
①
保全林
②
循環利用林
③
共生林
これらの区分は国立大学法人に移行し民有林となった本演習林でも尊重されるべ
き区分であり継承することとした。
40
①
保全林
保全林は、前期森林計画の高海抜豪雪緩傾斜落葉広葉樹天然更新林地帯と中海抜豪
雪急傾斜落葉広葉樹環境保全林地帯をほぼ統合するもので(図-20)、環境保全林、学
術参考保護林、遺伝子保存林、試験林からなる。この 4 種の森林はそれぞれ次の目的
を持っており、目的に応じた施業規制を行う。
図-20 保全林
環境保全林:水源涵養や土壌保全機能、土砂崩壊・雪崩等の災害防止機能を重視す
る森林であり、造林地、林道、河川などの環境の保全をはかる。このため、尾根筋、
沢筋、急傾斜地帯の林道沿いの左右それぞれ 15m を原則的に禁伐とし、風倒木、病害
木、枯損木等については単木的な伐採を認める。これ以外の場所の森林を皆伐禁止と
するが、教育・研究、森林整備等の必要が生じた際には、周囲の環境を十分に考慮し
たうえでこれを認める。
学術参考保護林:学術的意義が高く、これを自然遷移に委ねたまま保存する森林で
禁伐とする。これには単木的な希少樹種、著しい大径木、老木、その他学術的に重要
な樹木を学術参考樹として指定し、周囲の生育環境も含めて保存する。
遺伝子保存林:とくに個体数が少なく林分としての形態が不完全な小群落や、単木
として広範囲に点在する樹種については遺伝子資源として保存する。必要に応じて周
囲の生育環境を良好にし、天然更新をはかるための施業を行うとともに、種の保全の
ため、若葉町生物多様性保全研究園をジーンバンクあるいはストックヤードとして利
活用する。
41
試験林:循環利用林では行い難い教育・研究を目的とした森林で、目的に応じた施
業を行う。また、森林生態系の動態および地域自然環境の変動に関する長期モニタリ
ング用に指定された林分もこれに含める。
②
循環利用林
循環利用林は、森林経営の対象として木材の生産とほだ木の確保を主目的とする施
業を行うが、教育・研究にも供する森林である。前期森林計画の低海抜豪雪緩・急傾
斜針葉樹等人工林地帯にほぼ相当し(図-21)、スギ人工林の他に、一部の天然生落葉
広葉樹林を含む。
図-21 循環利用林
木材生産林:スギ人工林について木材の持続的・効率的な生産を重視する森林整備
を行う。小面積皆伐、群状伐採、択伐などの伐採方法を採用することによって、小パ
ッチから構成されたモザイク的な土地利用を維持し、齢級の平準化と森林資源の保続
をはかるとともに、環境や景観の保全に配慮する。造林地内に自然侵入した有用広葉
樹については除伐の対象とせず、スギとの共存をはかる。木材生産と平行して、地域
に伝わる文化『焼畑』を伐採後の地拵えとして前期計画初期から継続して行っており、
今期計画においても継続とする。3 年を目途に農作物の栽培を経てスギ林へ戻しつつ、
地域文化の継承の場としての利活用も行う。
薪炭用材・ほだ木供用林:炭焼原木としての小径木やきのこ生産用のほだ木を確保
するための森林である。立木密度の高い広葉樹二次林について抜き伐りを行い資源の
保続をはかる。また、ほだ木供用林を伝統的な里山利用技術の継承の場として、すな
わち、皆伐萌芽更新による森林再生の実践の場としても位置づけ、いわゆる「雑木林」
の保全に努める。
42
③
共
生
林
共生林は、身近な自然とのふれあいの場としての利用を目的とした森林である。前
期計画中期に山形大学農学部は地元自治体と包括的な連携協定を結び、その中の一事
業として演習林を活用した交流事業の推進が盛り込まれた。これは森林レクリエーシ
ョンやグリーンツーリズムの拠点として活用し、市民や子供たちに野外学習の機会を
提供することにある。このような要請もあることから、演習林がうるおいのある森林
景観や快適な森林空間を提供し、学生や教職員をはじめ地域の住民などのいこいの場
や学びの場となるよう施業を行い、管理棟前を流れる早田川沿いの水辺林を中心に(図
-22)、その機能がより高度に発揮できるように整備を進める。
図-22 共生林
4.2.2
試験地の維持・管理
長期性および継続性ということが特徴である森林研究においては、過去に設定され
た試験地の適切な維持・管理が重要な研究業務となる。本計画期間においては、合理
的な研究活動が遂行されるように以下の事項について実施し、試験地の適切な維持・
管理に努める。
1)既存試験地の整理
既存試験地の実績について調査を実施し、試験地の統廃合、継続更新等の整理を行
う。試験地は演習林が独自に設定したものの他に、各分野の教員が設定したものがあ
り、担当者との連携を密にしながら試験地の整理を行う。試験地の指定および解除に
関する調査は年度毎に行う。
43
2)既存データの整備
継続される試験地については、管理方法をマニュアル化し、管理作業の効率化をは
かる。このため、保育管理に伴う調査データの集積を義務づけ、森林情報整備の一端
を担うようにする。
3)データおよび成果の公表
これまでに収集されたデータのうち、可能なものについては公開するようにし、研
究成果についても公表を促進する。
4.2.3
林業技術の継承
自然環境や資源の保全を視野に入れた新たなフィールド科学を構築することが求め
られており、そのためには、その土台となる森林フィールドを健全な状態で維持管理
することが必要である。そして、森林の維持管理には林業技術の適用が不可欠である。
このため、これまで蓄積されてきた林業技術を将来にわたって継承していくことは極
めて重要である。現場における林業技術の継承はこれまで技術職員によってなされて
きた。
ところが、前期計画期間中に 2 名の技能補佐員が定年退職した。その後 1 名の補充
が確保出来たが、技術専門職員 1 名、技術員 1 名、技能補佐員 1 名の合わせて 3 名の
技術職員によって森林を維持管理することとなり、教育研究支援に支障をきたすだけ
でなく、森林を安全に管理・運営していく上で、大きな支障が生じている。その上、技
能補佐員の継続雇用年数は限られており、演習林に対する知識、森林管理・研究支援
等に不可欠な林業の技術を習熟し継承してゆくことは、数年間ごとの雇用体系では到
底なしえない。これまで長年にわたって蓄積された林業技術を将来にわたって確実に
継承していくためには技術職員の補充が是非とも必要である。本計画においては、こ
のことを最重点課題として取り組む。
4.2.4
データベースの更新
演習林の基本情報である森林調査簿を中心に、林班沿革簿、地図情報、各種の試験
地データ、施業に伴う調査データ、気象観測情報の整理、また GIS 等を利用し、森林
情報の充実をはかる。このため、整理されたデータの電算化に努め、地域の森林およ
び自然環境情報としてコンピュータでの相互利用が可能となるシステムの構築を行う。
また、GPSを活用した位置情報の取得を進める。
44
4.3 施設整備
森林管理や教育研究、実習等を円滑に遂行し且つ発展させるためには、施設・設備
の利便性の向上が必要不可欠となる。当演習林には前項で述べたように多くの施設・
設備を所有しているが、近年の利用者増大に伴う研究宿泊施設の不足や老朽化など多
くの問題を抱えている(P.18「1.7 施設、設備」参照)。そのため当演習林では、それ
ぞれの問題点に対する対策を講じるとともに、施設・設備のさらなる充実が求められ
ている。
4.3.1 研究宿泊施設(管理棟)
研究宿泊施設には学生講義室、実験室、44 人定員の学生宿泊室、食堂、浴室などが
あり学生実習や公開事業など年間を通じて幅広く利用されている。これらは 1983 年竣
工以降、時代のニーズに応じ随時増改築を行ってきた経緯はあるものの、老朽化が著
しく随所に改善の余地が見受けられる。また 2010 年度の農学部学科改組により1学部
1学科制となったため、学部共通の科目では、履修学生が 70 人以上になるものもあり、
利用・宿泊定員を大幅に超えているため、募集人数の制限や複数回に分けて実施する
などの応急的な措置を講じざるを得なくなっている。この現状を改善するためには、
研究宿泊施設の新設や増築など、何らかの抜本的な対策が必要である。
また、老朽化についても同様に、要修繕箇所が多く発生し、安全衛生面において研
究・実習等に支障をきたす自体がしばしば発生しているため、大規模な改善が求めら
れる。
4.3.2 車両・機械
当演習林には乗用車、運搬用トラック、車両系建設機械、雪上車など多種多様な車
両を所有しており、森林管理作業や研究・実習支援など幅広く利活用している。いず
れも随時、修理・更新を行ってきたが、依然として老朽化の激しいものも多くあるた
め対策が必要である。
また、運搬用トラックや車両系建設機械などの作業車両については、
「6.GIS を活用
した年度毎の森林計画」(本書 P.50)にあるように、今後、森林施業形態を小面積皆
伐から利用間伐へ移行していくこと、職員数の減少などを考慮すると、高性能林業機
械等を積極的に導入し、生産性・作業性の向上を図ると共に、より安全性を重視した
車両・機械の整備が必要である。
45
4.3.3 案内板、林内表示
実習や研究調査、あるいは公開事業で訪れた外部来演者の利便性のために、演習林
内の案内板や林内表示の整備は重要である。現在、当演習林においても、いくつかの
案内板は存在するが、いずれも老朽化が著しく、また林班の案内図などについては伐
採や植林等の更新施業により、実情と合致していない部分が存在する。そのため、本
計画期間内において案内板の更新作業を行う必要がある。
また、森林 GIS の導入により、演習林内の林況や調査地などを容易に確認すること
ができるようになったが、現場での確認のための林内表示が乏しいのが現状である。
今後、調査地や学術参考保護樹等を視認し得る林内表示の整備を行う必要がある。
4.3.4 バイオマスエネルギー利用施設の整備
近年の森林林業情勢において、木質バイオマスエネルギーの利活用は必要不可欠と
なっている。これに伴い、バイオマスエネルギー利用施設の導入を図る必要がある。
これは演習林内での施設に留まらず農業分野との連携も視野に入れることにより、よ
り大きな発展が期待できる。さらに大学研究機関において、教育の面からみてもその
役割は非常に大きいと考えられる。そのため、間伐材などを利用したバイオマスボイ
ラー等の利用施設導入は、今後の演習林発展のために大きな役割を担っているため、
早急な対応を図ることが期待される。
46
5. 森林管理実施計画
本演習林の森林フィールドを維持管理するためのルーチンワークについて、その実
施計画を以下に述べる。演習林における林業技術の継承とも関わる具体的な作業内容
である。この森林管理実施計画は第7次森林計画に準じている。
5.1 収
穫
スギ人工林について木材の持続的かつ効率的な生産を目指し、年間の成長量を上回
らない伐採量にとどめ、立木蓄積の増加と森林の多様性の充実、素材品質の向上に努
める。伐採は教育・研究用に供するものであり、その充実をはかるために実施する。
伐採方法は小面積皆伐、択伐などによるものとし、環境や景観の保全には十分に配慮
する。
生産方法については、現行の直営生産方式のほか、場合によっては、委託契約方式、
立木処分方式を導入することを検討する。直営生産方式の場合は、労力的に現有人員
により、特別な大型集材機を必要とせずに実行が可能であることが条件となる。
スギ伐採跡地へ焼払い地拵えを行いその後に農作物を栽培する、いわゆる焼畑栽培
を行う。跡地に対して 3 年を目途にカブ、豆類等の栽培を行い、その後スギの植栽を
行う。これは教育・研究用に供されるものとして位置づけられると同時に、地域の伝
統文化を継承するものでもある。
ナメコ、シイタケ、ヒラタケなどの現行生産を行っている品種の栽培技術の向上に
加え、他品種の栽培を検討し、特用林産物の多種化を目指す。このため、ほだ木供用
林の維持管理に努め、立木密度の高いブナ、クルミなどの落葉広葉樹二次林について
抜き伐りを行い資源の保続をはかる。ほだ木供用林を伝統的な里山利用技術の継承の
場としても位置づけ、一部の林分について皆伐萌芽更新による森林再生の実践の場と
してその保全に努める。
5.2 更
新
スギ人工林伐採跡地についてはスギの植栽を原則とする。植栽作業を学生の体験学
習のメニューの一つとして取り上げ、フィールドにおける教育の充実化に配慮する。
スギの不成績造林地については、混交林化、他の樹種への転換も考慮する。
5.3 保
育
日本海側豪雪地特有の雪害の軽減に配慮し、前期計画において実行され効果を上げ
てきた保育実行基準を踏襲する。下刈り、ツル切り、除伐、枝打ち、間伐の各作業に
ついては、植栽作業と同様に学生の体験学習のメニューの中に取り込み、野外教育用
47
の教材としても位置づける。間伐については切り捨て間伐期、搬出間伐期に達してい
る施業班が多く存在しており、今後の保育の中でも大きな比重となるため、GIS や GPS
を用いた間伐作業計画の管理等、従来型の間伐からより効率的に作業が実施できるよ
うな形態を検討する。
5.4 林
道
演習林内に開設されている、芦沢・大徳沢の両林道は急勾配かつ沢筋と平行して設
置されている箇所が多く見られる。2013 年 7 月の集中豪雨により、この 2 本の林道は
前述した箇所を中心に開設以来の深刻的な被害を受け、平成 25 年末現在、その復旧に
は数年を要するものと考えられている。図-23 に芦沢林道の災害発生箇所(×印)に
ついて示す。
これらの現状を考慮し、本計画期間では無被害、あるいは軽微な箇所に関し、引続
き融雪期や梅雨期、台風期に適宜巡視を行い整備にあたる。状況に応じて横断溝の増
設等、排水対策の強化を行い、新たな災害の発生防止に努める。被害箇所においては、
融雪期や梅雨期、台風期はもちろんのこと、多雨期以外の降雨後にも適宜巡視を行い、
被害の拡大、他方面への影響の有無等状況の確認を行う。また、学生・教職員が試料
採取や研究試験地等に赴く為に被害箇所を通過せざるを得ない場合、必要に応じて迂
回路や歩道等を新たに開設し、危険及び支障がないよう努める。
48
図-23 芦沢林道災害発生箇所
5.5 生物多様性保全研究園
若葉町旧苗畑を生物多様性保全研究園と位置づける。農学部キャンパスより徒歩 10
分圏内と好条件に立地していることから、学生実習、試料採取、実験あるいは植物種
の保存と再生のための研究拠点として利活用されている。また、一部については、見
本林、樹木園または散策路として地域住民にも開放しているため、今後は研究・教育
に対してはもちろんの事、緑のオープンスペースとしての地域への直接的、恒常的な
頁献のためにも更なる整備に努める。
5.6 保
全
境界線明示、施設・設備・車両・用具等の保安・整備を行う。また、労働安全衛生
法、その他安全管理に関する諸規則の適用に対応した体制の整備、または業務の安全
な遂行のための諸資格・免許の取得に努め、安全管理意識の向上をはかる。
49
6. GIS を活用した年度毎の森林管理計画
大学演習林における森林管理の目標は第一に教育研究にあるが、この目標は森林の
収穫や更新、保育等が実践されることでも達成される場合がある。大学演習林であっ
ても国有林等と同じように地域への貢献や「安定した木材の供給」の目標は掲げられ
ているものの、教育研究の時代的な課題に答えるために、臨機応変に年度計画を編成
していく必要がある。2012 年から導入した上名川演習林の森林 GIS は年度毎の森林管
理計画を編成しやすい体制へと大転換させた。ここでは年度毎の森林管理の事例を紹
介することで GIS 活用の方向性を示すこととする。
なお、本章の GIS データは 2014 年 1 月時点での最新データとなっている。
6.1 間伐の計画について
上名川演習林のスギ人工林ではこれまで主に小面積皆伐による主伐作業が行われ
ており、間伐作業は極めて僅かな面積が実行されてきた。そのため、樹高成長は旺盛
で地位級はⅠ等地に該当するように高いものの本数密度が過多になっており、径級が
細い森林が多くなっている。第2章でも示したように、間伐が必要な森林は多い。こ
こでは9~12 齢級までを列状間伐、13 齢級以上を定性間伐の対象地として森林管理計
画を編成してみよう。
6.1.1 列状間伐
9~12 齢級の列状間伐対象地は早田川林道、芦沢林道、大徳沢林道に広く分散して
おり、集中的な間伐の実行が難しい。また林道から 50m以上離れている個所もあり、
間伐による収穫が困難な個所のあることがわかる(図-24)。
50
図-24
列状間伐の対象地域
また、表-11 より、9~12 齢級の列状間伐対象地の合計面積は約 25ha、蓄積は 8,940
㎥であり、30%の間伐を想定すれば 2,680 ㎥の収穫が期待できる。毎年の成長量の合
計が約 499 ㎥なので、間伐量の上限を成長量と仮定すれば、毎年 499 ㎥の間伐が可能
なので、30%の間伐の合計値である 2,680 ㎥は5~6年で収穫するのが妥当と考えられ
る。
林齢
41~45
46~50
51~55
56~60
合計
表-11 間伐面積、間伐材積の集計結果
齢級 施業班数
面積
蓄積
成長量
9
3
6.41
1,814
45.34
10
5
2.30
815
16.30
11
24
11.30
4,370
408.00
12
7
4.98
1,940
29.07
39
24.99
8,939
498.71
間伐率 30%
544.2
244.5
1,311.0
582.0
2,681.7
6.1.2 定性間伐
13 齢級以上の定性間伐対象地は図-25 に示すように1林班と演習林管理者の西側に
集中している。林道からの距離は 50mを超える場所が多いので、実際の間伐では収穫
が困難な材が生じる恐れが高い。また、表-12 より、間伐対象地の合計面積は約 66ha、
蓄積は 32,700 ㎥であり、30%の間伐を想定すれば 9,800 ㎥の収穫が期待できる。毎年
の成長量の合計が約 478 ㎥なので、間伐量の上限を成長量と仮定すれば、毎年 500 ㎥
の間伐が可能なので、30%の間伐の合計値である 9,800 ㎥は約 20 年間で収穫するのが
妥当と考えられる。
51
図-25
林齢
61~
76~
86~
91~
96~
101~
111~
合計
定性間伐の対象地域
表-12 間伐面積、間伐材積の集計結果
齢級 施業班数
面積
蓄積
成長量
13
3
5.29
2,377
35.65
16
1
0.30
139
1.94
18
1
0.58
268
3.75
19
18
38.44
18,629
260.74
20
11
18.67
9,760
136.61
21
1
2.66
1,394
19.51
23
1
0.28
147
20.05
36
66.22
32,714
478.25
52
間伐率 30%
713.1
41.7
80.4
5,588.7
2,928.0
418.2
44.1
9,814.2
6.2 焼畑対象地の選択
第7次森林計画期では主伐対象地の多くが焼畑実験地となり、カブを栽培した後に
新規植栽がなされ再造林地へと編入されている。この作業方式が今後も継承されるこ
とを前提として、主伐対象地を選定してみよう。この場合、対象地の候補及び除外さ
れるべき森林の基準を指定しておく必要がある。ここでは設定条件を下記のとおりと
した。
6.2.1 保護林の設定
学術的な価値が高い一定の齢級以上のスギ林や防災上観点から下記の森林は対象
外とすることとした。
①.2012 年度に1林班の高齢林が「文化財保全の森」に指定された ので除外する。
②.防災上の観点から平均傾斜角度が 31 度を超える施業班は除外する。
③.収穫が困難な範囲として、林道から 200m以上離れた施業班は除外する。
④.高標高域(標高 500m 以上)のスギ人工林は学術的な意義が大きいので除外す
る。
6.2.2 候補地の検索条件と検索結果
候補地は下記の2条件から検索することとして GIS 上で属性検索を行った。
①.60 年生以上のスギ林とする。
②.焼畑可能面積の上限は1ha とする。(1ha 以上の施業班は対象外とする)
60 年生以上の焼畑候補地は図-26 に示すように、広範囲に分散しているが、比較的
林道に近い場所にある。合計面積は 6.41ha、材積は 3,000 ㎥を超えるが、成長量は毎
年 42 ㎥と少ないことがわかった(表-13)。
これらの候補地は焼畑実験を行う箇所として妥当性が高く、実際に主伐収穫を行っ
た場合の出材量なども事前に把握できるが、突発的に発生する気象害や新たに設定さ
れる試験研究課題への対応が優先される場合もある。
53
図-26
林班
5
5
6
6
6
6
12
12
13
13
13
13
13
15
16
16
合計
焼畑候補地
表-13 対象面積、収穫期待材積の集計結果
施業班 code 枝番 面積
樹種
林齢 成長量
ヘ
6
1
0.13
スギ
99
0.95
チ
8
1
0.21
スギ
99
1.54
ホ
5
1
0.68
スギ
91
4.98
ル
11
1
0.15
スギ
63
1.02
ワ
13
1
0.06
スギ
99
0.43
レ
17
1
0.41
スギ
99
3.01
ハ
3
3
0.27
スギ
91
1.75
ヘ
6
1
0.42
スギ
94
2.71
ロ
2
1
0.65
スギ
93
4.20
ホ
5
1
0.38
スギ
99
2.46
リ
9
1
0.08
スギ
63
0.48
ワ
13
1
0.30
スギ
79
1.94
カ
14
1
0.28
スギ
92
1.80
イ
1
1
0.58
スギ
90
3.75
イ
1
2
0.93
スギ
92
6.02
ロ
2
2
0.88
スギ
92
5.69
6.41
42.73
材積
68
110
356
68
31
215
125
194
300
176
32
139
129
268
430
407
3048
GIS を活用することで、自然の弁証法に適合した臨機応変な対応が可能となる。こ
のような森林管理の考え方はスイスの森林管理者ビオレイが提唱した「照査法」
(クニ
ュッヒェル,1986)に類似したものということができる。目的に対応した柔軟な森林管
理が可能な時代に入りつつあるといえるであろう。
54
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付記
本森林計画は、第 8 次森林計画策定専門委員会の議を経て、2015 年 1 月 29 日に開催
された山形大学農学部附属やまがたフィールド科学センター運営委員会にて承認され
た。
また、本森林計画書の本文(日本語版・英語版)及び正誤表(日本語版・英語版)
については以下のホームページにて公開することとする。
http://www.tr.yamagata-u.ac.jp/~fschp/ryuuiki_8jikeikaku.htm
第8次森林計画策定専門委員会
代表:ロペス・ラリー:(YFSC流域保全部門長)
林田光祐 (森林保全管理学研究室)
森 茂太 (森林生態学研究室)
小山浩正 (森林生態学研究室)
芦谷竜也 (森林資源利用学研究室)
野堀嘉裕 (森林資源計画学研究室)
飯塚禎明 (上名川演習林)
新井大輔 (上名川演習林)
伊藤健吾 (上名川演習林)
2015 年(平成 27 年)3 月
発行
山形大学農学部
附属やまがたフィールド科学センター
流域保全部門:上名川演習林
第 8 次森林計画
編集・発行者
山形大学農学部
附属やまがたフィールド科学センター流域保全部門
〒997-0037
TEL
印
刷
鶴岡市若葉町 1-23
0235-28-2961
㈲杉葉堂印刷
〒997-0027
TEL
鶴岡市昭和町 10-11
0235-22-5538
山形大学農学部附属やまがたフィールド科学センター
流域保全部門:上名川演習林
第8次森林計画
2015 年 3 月
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