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公的年金加入における逆選択の分析

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公的年金加入における逆選択の分析
【論 説】
公的年金加入における逆選択の分析
千葉大学法経学部准教授 大石 亜希子
はじめに
逆選択は、公的年金としての国民年金の存在意義を問う意味で重要な問題で
ある。岩本(2005)が指摘するように、年金保険市場における逆選択の問題
は、国が年金制度の運営に直接関わる根拠のひとつとして重要視されている1。
個人年金が普及している米国では、民間年金保険における逆選択について多く
の実証研究が蓄積されているが2、日本では民間年金市場の発達が遅れている
こともあり、データの制約から分析はほとんどなされていない。また、厚生年
金など被用者年金保険では社会保険料が給与から天引きで徴収されているので、
加入について選択の余地がない。しかし、国民年金については加入しない場合
の社会的ペナルティも少なく、実際上、加入するかしないかは本人の意思に
委ねられていると言える。すなわち、国民年金における逆選択の存在を検証す
ることにより、年金保険における公私の役割分担について重要なインプリケー
ションを得ることができる。
終身年金である国民年金は、長生きのリスクに対する保険であるから、長
寿が見込まれる人ほど加入する傾向にある場合、あるいは逆に、短命とみられ
る人が加入しない傾向にある場合、逆選択が生じていると判断できる。しかし、
寿命についての情報を入手することは現状では難しく、先行研究では多くの場
1
2
クリーム・スキミングの問題も政府介入の有力な根拠と考えられよう。
Friedman and Warshawsky(1990)、Finkelstein and Poterba(2000)など。
123
公的年金加入における逆選択の分析
合、自己評価による健康状態を示す変数が用いられている。
そこで本稿では、「平成 13 年国民生活基礎調査」の個票を使用し、とくに
逆選択が生じているかどうかに注目しながら、未加入をもたらす要因につい
て分析を行う。本稿の主な貢献は、複数の健康情報を用いながら逆選択の存否
とそれぞれの要因が未加入に及ぼす影響度を把握していることと、Bernheim
(1991)の年金相殺モデルに基づき、未加入と個人年金加入の同時決定性を考
慮していることにある。
主な発見をまとめると以下のようになる。第 1 に、複数の健康指標を用い
た結果では、健康状態が悪い者ほど未加入になる傾向があり、逆選択の存在が
示唆される。第 2 に、低所得者ほど未加入になる傾向があり、流動性制約も
未加入の一因となっている。第 3 に、世帯の所得水準や年齢等さまざまな要
因をコントロールした上でも、個人年金加入者は国民年金未加入となる確率が
有意に低い。
本稿の構成は以下の通りである。第 1 節では、未加入の現状を把握する。第
2 節では先行研究のサーベイを行う。第 3 節では、分析対象と推定モデルを提
示する。第 4 節では、使用する「国民生活基礎調査」データについて説明する。
第 5 節は、推定結果である。第 6 節は、まとめと今後の課題である。
1.未加入の現状
社会保険庁「平成 16 年公的年金加入状況等調査」によると、1992 年に 193
万人に達した第 1 号未加入者数は、20 歳到達者に対する年金手帳送付による
職権適用等により、2004 年には 36 万人まで減少している(図1)。
第 1 号未加入者の未加入の理由としては、「保険料が高く、経済的に納める
のが困難だから」が最も多くて 24.2%、
「制度の仕組みを知らなかったから」
が 23.2%、「加入の届出をする必要はないと思っていたから」が 8.9%、「これ
から保険料を納めても加入期間が少なく、年金がもらえないと思うから」が
7.2%と続いている。さらに、今後加入する意思があると回答した第 1 号未加
124
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
図1 公的年金非加入者数の推移
4,000
(千人)
3,500
その他の非加入者
3,000
1,113
第3号 届出遅者
第1号 未加入者
2,500
1,178
2,000
1,384
1,500
1,000
1,928
922
1,580
993
500
539
635
0
1992
1995
1998
2001
362
2004(年)
(注)1995 年は兵庫県を除く。
(出典)社会保険庁「公的年金加入状況等調査」各年版より筆者作成。
図2 未加入の理由
30
(%)
25
20
15
10
5
0
1998年
2001年
年金制度の将来が不安だから
2004年
保険料を支払うことが経済的に困難だから
(注)1998 年については、
「保険料を支払うことが経済的に困難だから」
は、
「保険料が高いから」
と「保険料を支払うことが経済的に困難だから」の合計。
(出典)図 1 に同じ。
入者は 21%に過ぎず、加入意思はないという回答が 62%に達している。
これを過去 2 回の調査と比較すると、第 1 号未加入者のうち、未加入の理
由として年金不信を挙げる者の割合は大幅に低下した一方で、経済的困難を挙
げるものが増加している(図2)。また、生命保険や個人年金については「両
方加入していない」とする割合が増加している半面、どの医療保険にも加入し
ていない者の割合が高まっている(図3、図4)。
125
公的年金加入における逆選択の分析
図3 未加入者の生命保険・個人年金加入状況
(%)
100
90
80
38.9
39.1
43.8
70
両方加入していない
60
50
40
14.8
2.0
13.6
2.1
44.4
45.1
41.8
1998年
2001年
2004年
生命保険・個人年金
両方加入
12.6
1.9
個人年金のみ加入
30
20
生命保険のみ加入
10
0
(出典)図1に同じ。
図4 第 1 号未加入者のうち医療保険に加入していない者の割合
(%)
12
10
8
6
4
2
0
1998年
2001年
2004年
(出典)図 1 に同じ。
図5 第 1 号未加入者の今後の加入意思
(%)
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
加入意思なし
加入意思あり
1998年
(出典)図 1 に同じ。
126
無回答
2001年
2004年
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
政府は 2007 年度より、未加入・未納者に対しては有効期間の短い国民健康
保険の保険証を発行し、市町村窓口に来る機会を増やしてその都度年金への加
入や保険料の納付を促すといった施策をとることとした。しかし、近年になる
ほど未加入者の中で加入する意思のない者が増加しており、こうした未加入者
への対応は困難になることが予想される
(図5)
。有効な施策を講じるためには、
未加入になる要因を具体的に把握することが不可欠である。
2.先行研究
近年における未納・未加入問題についての実証研究で、未加入の要因として
考慮されているのは主に次の 3 点である(鈴木・周 2001)。第 1 は、「世代間
格差要因」で、現在の年金制度のもとでは若い世代ほど年金収益率が低くなる
(場合によってはマイナスとなる)ことが、未加入の背景にあるという指摘に
基づいている。第 2 は、
「流動性制約要因」で、長引く不況を背景とした失業
や所得・貯蓄の減少によって、家計のリソースが不足し、いわゆる流動性制約
下にあるため、保険料が支払えずに未納や未加入になるというものである。第
3 は、
「逆選択要因」で、健康状態が悪い等の理由で予想される死亡年齢が低く、
生涯ベースでの年金収益率が低くなることを見越して、公的年金にあえて加入
しないというものである。つまり、この場合は保険料を払っても自分は早死に
して損をすると予想するため、未加入になるというものである。
もしも世代間格差が重要な要因なのであれば、年金制度の設計を変更し、世
代間格差を縮小するような改革が望まれる。流動性制約が未加入の主な原因で
あるなら、保険料負担を軽減するといった措置等が必要となろう。また、逆選
択が原因である場合には、強制加入の強化が必要となる。このように、未加入
の原因が何であるかによって、必要となる政策対応も異なるので、実証分析は
重要な意義を持つと言える3。
3
岩本・大竹・小塩(2002)、鈴木・周(2000)参照。
127
公的年金加入における逆選択の分析
逆選択に関しては、先行研究では多くの場合、予想死亡年齢の代理変数とし
て自己評価による健康状態を示す変数が用いられている。複数年次の「国民生
活基礎調査」個票を用いて、世帯単位での社会保険料の納付行動を分析した小
椋・角田(2000)によると、非源泉徴収世帯の世帯主のうち、健康状態が「や
や悪い」場合は 3.2%、
「悪い」場合は 13.6%、それぞれ社会保険料の納付率
が低下している。クロスセクション・データによる鈴木・周(2001)の分析では、
世帯主が「病気・病気がち」の場合は国民年金未加入となる確率が 8.2%ポイ
ント∼ 15.7%ポイント上昇すると報告されている。
これらに対して塚原(2005)は、アンケート調査で直接把握された予想寿
命を用いて公的年金の加入行動を分析している。その結果、現実の公的年金未
加入状況には予想寿命は有意な影響を及ぼしていない半面、公的年金への加入
が任意だとしたらどうするかという設問については、
予想寿命が長い人ほど
「加
入する」と回答する確率が高い傾向にあると報告している。
なお、鈴木・周(2001)は、未加入行動への影響という点では、逆選択要
因のほうが流動性制約要因よりも重要であると指摘している。しかし他の先行
研究は、それぞれの要因の影響度を比較可能な形で示していない。
先行研究に関連しては、つぎの 3 つの課題を指摘することができよう。
第 1 に、世代間格差が未加入の要因となっていることについて実証的な裏
付けが出ていない。鈴木・周(2001)の分析では、若い世代ほど未加入率が
高いことから、世代間格差が未加入の要因となっていると結論づけている。し
かし、この研究はクロスセクション・データによる分析のため、年齢効果と世
代(コーホート)効果が分離できていないという問題を抱えている。一方、個
人の回顧に基づくパネル・データで分析を行った阿部(2003)は、若い世代
になるほど未加入率が高くなるというコーホート効果は観察されないと報告し
ている。複数年次のクロスセクション・データをプールして年齢効果と世代効
果の分離をした鈴木・周(2005)でも、コーホート効果は見いだされていな
い。さらに、各種の世代会計によれば、国民年金の収益率はマイナスにはなら
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千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
ないので、世代間格差が未加入の要因となるという仮説の設定にも疑問が生じ
る。なお、家計経済研究所のパネル・データを使用した湯田(2006)は、若
年層の高い未加入率は、世代間格差によるものではなく、年齢効果であると指
摘している。
第 2 に、 逆 選 択 を 検 証 す る の に 十 分 な 情 報 が 用 い ら れ て い な い。
Finkelstein and Poterba(2000)など海外の実証研究では、パネル・データ
を使用して事後的な死亡率の差から逆選択の存在を検証しているものの、日
本ではパネル・データの利用が困難であるために先行研究も一時点での健康情
報(多くの場合、主観的な健康状態)を用いるにとどまっている。この点は
本稿においても解決できていない。ただし、主観的な健康状態が事後的な死亡
率と強い相関を持ち、寿命の predictor となることは、多くの研究が示してい
るところでもある(Idler and Benyamini, 1997; Benyamini and Idler, 1999;
Hurd, McFadden and Merrill, 1999; Benjamins et al., 2004)
。本稿では主観
的な健康状態のほか、喫煙習慣、飲酒習慣の情報も利用しているが、これらの
習慣を持つ者は、主観的な健康状態の評価が悪いうえに事後的な死亡確率も高
いことが実証されている(Rogers et al., 2000; Benjamins et al., 2004)
。した
がって、事後的な死亡確率を把握できないにしても、本稿で行うように、現時
点における複数の健康情報を利用して逆選択の存在を検証することは、意義が
あると考えられる。
第 3 は、個人年金の位置づけである。阿部(2001)では公的年金に加入せ
ず個人年金や生命保険に加入することを「逆選択」としているが、これらへの
加入と予想死亡年齢との関係は論じられていない。後述する Bernheim
(1991)
のモデルでは、生命保険への加入と個人年金への加入は公的年金の給付水準に
対して全く逆の意味を持つ行動であり、両者を並列的に「逆選択要因」として
扱うことについても疑問が残る。一方、鈴木・周(2001)のモデルでは、個
人年金への加入は「逆選択」から生じる場合と「世代間格差」から生じる場合
の2通りある。前者は予想死亡年齢が低いために最適な国民年金加入年数が
129
公的年金加入における逆選択の分析
25 年を下回る個人が個人年金に加入するというもので、後者は、世代間格差
の存在により、年金収益率が個人年金を下回るような若い世代が個人年金に加
入するというものである。しかし、最適加入年数が 25 年を下回るような場合
にはむしろ流動性が乏しい個人年金には一切入らず預貯金等に回す可能性が高
いと見られるし、世代間格差要因の検証は鈴木・周(2005)で行われている
ように、複数年のデータあるいはパネル・データを使用してコーホート効果の
有無を調べるほうが適切であると考えられる。
本稿では、Bernheim(1991)のモデルに基づき、逆選択の有無との関連か
ら個人年金を次のように位置づける。
Bernheim(1991)のモデルでは、個人は初期資産(Wo)を遺贈不可能
な 資 産 で あ る 年 金(A) と、 遺 贈 可 能 資 産(B) と に 振 り 分 け る と 考 え る
(Wo = A + B,単純化のため初期の消費は既に行われた後と考える)
。いま、
公的年金の水準が、その個人にとって最適な年金の水準を超えている場合には、
その過剰な分に相当する金額だけ生命保険を購入して調整をする。反対に、公
的年金の水準が最適な年金の水準を下回る場合には、個人年金を購入して調整
を行う。個々人がどれだけの個人年金を購入するかは、初期資産の水準、公的
年金の給付水準と、効用関数の形状を左右する個々人の遺贈性向の強さや予想
死亡年齢によって決まる。他の条件を一定として、予想死亡年齢が低い(主観
的生存確率が低い)人は、より多くの遺贈可能資産を保有しようとすると考え
られる。個人年金は遺贈不可能資産であるから、予想死亡年齢が低い人は個
人年金に加入しない傾向にあることが予想される。また、遺贈性向の強い人は、
個人年金に加入せず、生命保険を購入する傾向にあることが予想される4。
4
詳細は Bernheim(1991)、鈴木(2001)、Wakabayashi(2005)を参照。鈴木(2001)
は主観的死亡確率の違いが遺贈不可能資産と遺贈可能資産の配分に及ぼす影響を取
り上げている。
130
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
3.分析枠組み
ここで未加入行動の分析対象とするのは、阿部(2001)による「想定第 1
号被保険者」である。これは、厚生年金や共済組合加入者(第 2 号被保険者)
と、第 2 号被保険者の配偶者(第 3 号被保険者)を除く 20 ∼ 59 歳の国民を
指している。さらに、公的年金を受給している者は除外した5。また、分析の
趣旨に照らせば生活保護世帯を除外するべきだが、使用する「国民生活基礎調
査」ではこれを特定することはできない。このため、①「公的年金・恩給以外
の社会保障給付」が世帯所得の 100%を占めている、②金融資産がゼロ、とい
う 2 つの条件を満たす世帯を除外することとした6。
なお、先行研究のうち小椋・角田(2000)は世帯単位のデータで分析して
おり、
鈴木・周(2001)は世帯主のみを分析対象としている。また、
阿部(2001)
は他の世帯員も分析対象としているものの、第 2 号被保険者の配偶者であり
ながら公的年金に加入していない専業主婦や、学生は分析対象から除外してい
る。本稿では、世帯員の国民年金への加入・未加入や保険料納付状況は世帯主
が未加入であるかどうか、また、保険料を納付しているかどうかによって大き
く左右される実態に即して、世帯主のみを分析対象とする。
本稿で用いるデータは一時点のクロスセクション・データなので、
年齢とコー
ホートを区別することができない。このため、世代間格差要因を除いて、以下
のようなモデルを考える。
(国民年金への加入・未加入)
=f
(流動性制約要因、逆選択要因、その他の属性)
被説明変数となるのは、公的年金に加入している・していないという 2 値
5
60 歳未満でも、遺族年金受給者などが存在する。
厳密には部分的に生活扶助を受給している世帯も除外すべきだがデータの制約か
ら生活扶助額を把握できないためコントロールできていない。
6
131
公的年金加入における逆選択の分析
変数であるので、Probit モデルによる推定を行う。被説明変数のうち、流動
性制約要因としては、
「(本人を除く)他の世帯員所得」
、
「借入金の有無」、「貯
蓄現在高」、「所得を伴う仕事の有無(通学、専業主婦、その他無職等)」を使
用する。「他の世帯員所得」を用いるのは、
「世帯所得」には本人の所得が含ま
れるため、「所得を伴う仕事の有無」と相関が生じてしまうからである。逆選
択要因としては、「自己評価の健康状態」を使用する。その他の属性としては、
遺贈性向を左右する要因として、
「性別」
、
「年齢階層」
、
「配偶関係」、
「子ども数」
を、現在の資産における遺贈可能資産と遺贈不可能資産の配分状況として「個
人年金の加入状況」、「持ち家の有無」を用いる。
逆選択要因を検証する上で、予想死亡年齢に相当する変数は実際には観察す
ることはできない。このため、健康状態に関連した変数から、本人自身が自分
の寿命についてどのような予想を抱いているかを推測するという方法が一般に
は行われている。本稿では、
自己評価の「健康意識」に加え、
「喫煙の有無」
「飲
、
酒の有無」、
「1 ヵ月の間の就床日数(階級値)
」を用いて推計を行うこととする。
「就床日数」は自己申告によるものとはいえ、ある程度、客観的かつ数量的に
把握しうる健康指標と言える。ただし、突発的な疾病やケガ等によって余儀な
く就床している可能性もあり、調査時点での就床日数が直ちに予想死亡年齢に
結びつくとは限らない。一方、
「喫煙」や過剰な「飲酒」が長期的には健康を
害することや喫煙者が相対的に短命であることはよく知られている。たとえば
1990 ∼ 97 年にわたる追跡調査で喫煙や飲酒習慣と死亡率の関係を分析した
Benjamins et al.(2004)によると、喫煙者は非喫煙者より 7 年間の死亡率が
1.85 倍高い。ただし飲酒については、飲酒量による差はほとんどないという
結果となっている。また、喫煙習慣を持つ人は、そもそも自分を短命と考えて
いるから喫煙を続けている可能性もあり、予想死亡年齢に結びつく情報を含ん
でいると考えられる。
遺贈性向を決定する要因については、中馬・浅野(1993)
、岩本・古家(1995)、
浅野(1998)などの研究がある。これらの研究からは、配偶者や子どもの存在、
132
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
実物資産の状況(持ち家や土地保有)、自営業と雇用者の別などが遺贈性向に
影響していることが確認されているため、本稿ではこれらの変数を使用するこ
ととする。
4.データ
使用するデータは、厚生労働省「平成 13 年国民生活基礎調査」
(以下、「基
礎調査」)の個票である。分析対象とする「想定第 1 号被保険者」については
前述したが、このうち、公的年金に加入している場合を 0、未加入の場合を 1
とする被説明変数を作成する。
なお、社会保険庁「公的年金加入状況等調査」では、公的年金に加入してい
ない者(非加入者)を以下の 3 種類に分けている。
①第 1 号被保険者となる者であるが、加入の手続きを行なっていない者。
②第 3 号未届者 第 3 号被保険者となる者であるが、加入の届出を行なって
いない者。
③その他の非加入者 上記以外の非加入者。具体的には、⑴被用者年金保険
老齢年金受給権者(すでに裁定され、年金の受給権を有している者)
、⑵経
過的未届者(調査時点ではたまたま未届であったが、基礎年金番号の付番が
確認されているか又は調査結果で基礎年金番号が付番されていると断定でき
る者であり、その時点で各種別(第 1 号被保険者、第 2 号被保険者又は第 3
号被保険者)の届出の提出がたまたま遅れている者。具体的には転職者、短
期的な失業者、届出中の者などが考えられる。
)、⑶住民票未登録の者(調査
時点で居住地で住民登録をしていない者)
。
本稿では以上の 3 種類の者をすべて未加入として扱うが、これについては
本人の回答に基づくため、未加入と未納が渾然一体となっている可能性に留意
が必要である(清水 2003)
。分析対象とする 4537 人の世帯主について、使
133
公的年金加入における逆選択の分析
用変数の要約統計を計 表1 未加入者と加入者の属性比較(世帯主)
算した結果は表 1 に
示してある。
5.未加入行動につ
いての推計結果
未加入者
(N=786)
0.186
0.281
加入者
(N=3,751)
0.358
0.178
0.341
0.066
0.148
0.777
(1.004)
42.182
(13.086)
0.042
0.076
0.098
0.164
0.058
0.093
1.118
(1.092)
45.888
(10.598)
0.020
0.017
0.024
0.824
(1.604)
2.220
1.610
(2.323)
2.002
2.282
(5.570)
0.349
0.031
4.094
(7.659)
0.600
0.033
まあよい
ふつう
あまりよくない
よくない
不詳
0.168
0.385
0.120
0.025
0.064
0.151
0.441
0.100
0.010
0.050
1∼3日
4∼6日
7∼14日
15日以上
不詳
0.071
0.015
0.011
0.013
0.074
0.050
0.007
0.004
0.006
0.050
1合未満
1∼2合未満
2∼3合未満
3∼4合未満
4∼5合未満
5合以上
不詳
0.150
0.121
0.095
0.052
0.018
0.070
0.067
0.145
0.193
0.115
0.044
0.030
0.080
0.044
毎日・10 本以下
毎日・11 ∼ 20 本
毎日・21 ∼ 30 本
毎日・31 本以上
時々吸う日がある
以前は吸っていた
不詳
0.061
0.260
0.115
0.062
0.027
0.011
0.074
0.051
0.245
0.131
0.063
0.017
0.013
0.055
変数名
個人年金加入
女性
配偶関係
(基準:有配偶)
未婚
死別
離別
子ども数
年齢
未加入行動について
の Probit 推 計 結 果 は
表 2 に示す通りであ
る。結果は、限界効果
で示してあり、説明変
数がダミー変数である
ものについては、その
仕事の状況
(基準:有識)
他の世帯員所得
(100 万円)
借入金あり
貯蓄現在高
(100 万円)
持ち家一戸建て
持ち家共同住宅
健康状況
(基準:よい)
変数が 0 から 1 に変
化した場合の未加入確
率の変化幅として示し
1ヵ月の就床日数
(基準:ない)
てある。
まず、逆選択との関
連で自己評価による健
飲酒状況
(基準:飲まない)
康状態(5 段階)の影
響 を み る と、 有 意 な
喫煙状況
影響を及ぼしていない。(基準:吸わない)
一方、就床日数を使用
した推定では、世帯主
が 7 ∼ 14 日就床して
無職・家事
無職・通学
無職・その他
(注)数字は平均値。( )内は標準偏差。標準偏差のある変数
を除き、すべてダミー変数。
る確率が 21%ポイン (出典)筆者作成。
いる場合に未加入とな
134
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
ト高くなる。飲酒については、世帯主が一日 1 ∼ 2 合未満で飲酒をたしなむ
場合、むしろ未加入となる確率が 4.6%ポイント低下する。その半面、喫煙者
である世帯主は非喫煙者である世帯主と比較して 3 ∼ 8%ポイントほど、未加
入となる確率が高い。
つぎに、流動性制約に関連して他の世帯員所得や借入金、貯蓄現在高や仕事
の状況に注目してみると、第 1 に、健康変数の選択に関係なく、世帯主が無
職の家事専業である場合には 12%ポイントほど、またその他の無職者である
場合には 25%ポイントほど、それぞれ未加入となる確率が高まる。他の世帯
員所得は有意に影響を与えており、所得水準が低い世帯主ほど未加入になると
いう、先行研究と整合的な結果となっている 。ただし、限界効果でみると影
響は非常に小さく、他の世帯員所得の 1 万円減少につき、
未加入確率は 0.0001%
ポイント上昇するに過ぎない。一方、貯蓄現在高が少ないほど未加入確率が高
まる影響は、いずれの推定でも有意となっている。このように、流動性制約が
未加入をもたらす一因となっているというこれまでの研究成果を支持する結果
が得られる。なお、借入金の影響はいずれの推定でも有意でない。
配偶関係や子ども数など、遺贈性向に影響すると考えられる変数については、
未婚の場合に未加入となる確率が有意に高く、また、離別した世帯主も未加入
となる確率が高い。
子ども数については、有意な影響は見られない。持ち家の状況については、
一戸建ての場合のみ有意に未加入確率を引き下げている。
個人年金については、いずれのモデルでも加入しているほうが未加入になる
確率は有意に低いという結果になっている。
先行研究では、国民年金と個人年金の代替・補完関係については、一致し
た結果は得られていない。たとえば、国民年金未加入と個人年金加入とを
Bivariate Probit Model で推定した鈴木・周(2001)では、個人年金加入者
ほど国民年金未加入確率が高くなっているが、阿部(2001)では個人年金加
入が未加入に及ぼす影響は有意に観察されていない。また、塚原(2005)は、
135
公的年金加入における逆選択の分析
実際に公的年金に加
表 2 未加入の Probit 分析
入している自営業者ほ
女性
ど個人年金にも加入す
る傾向があると報告し
配偶関係
(基準:有配偶) 未婚
死別
ている。稲倉(2005)
離別
も、公的年金未加入世
帯が代替的に個人年金
(1)
(2)
(3)
0.001
0.000
0.006
[0.018] [0.017] [0.018]
子ども数
に加入する傾向はみら
年齢
(基準:40-44 歳)20-24 歳
れないとしている。第
25-29 歳
2 節でも触れたように、
30-34 歳
短命を予想する個人の
35-39 歳
遺贈性向が強い場合は、
45-49 歳
50-54 歳
遺贈不可能資産である
55-59 歳
国民年金や個人年金に
加入するよりも、生命
仕事の状況
(基準:有識)
無職・家事
無職・通学
保険を購入するかもし
無職・その他
れない。残念ながら本
稿のデータでは生命保
他の世帯員所得
(100 万円)
険加入に関する情報が
借入金あり
得られないので、この
貯蓄現在高
(100 万円)
点を確認することはで
持ち家一戸建て
きない7。
持ち家共同住宅
ところでこの Probit
個人年金加入
推定では、個人年金を
0.053*
[0.021]
0.047
[0.033]
0.065*
[0.025]
-0.005
[0.006]
0.052*
[0.021]
0.043
[0.032]
0.064*
[0.025]
-0.005
[0.006]
0.057**
[0.021]
0.047
[0.033]
0.062*
[0.025]
-0.006
[0.006]
0.073*
[0.037]
-0.030
[0.024]
-0.019
[0.024]
-0.023
[0.023]
0.003
[0.023]
-0.028
[0.020]
0.011
[0.023]
0.120*
[0.047]
0.063
[0.042]
0.244**
[0.040]
0.078*
[0.038]
-0.030
[0.024]
-0.019
[0.024]
-0.021
[0.024]
0.002
[0.023]
-0.029
[0.020]
0.010
[0.023]
0.127**
[0.048]
0.062
[0.041]
0.249**
[0.040]
0.075*
[0.037]
-0.035
[0.024]
-0.023
[0.023]
-0.026
[0.023]
0.004
[0.023]
-0.025
[0.020]
0.017
[0.023]
0.123**
[0.047]
0.071
[0.042]
0.252**
[0.040]
-0.010**
-0.010**
-0.010**
[0.003] [0.003] [0.003]
0.002
0.002
0.001
[0.003] [0.003] [0.003]
-0.002*
[0.001]
-0.078**
[0.014]
-0.034
[0.027]
-0.057**
[0.012]
-0.002*
[0.001]
-0.078**
[0.014]
-0.037
[0.026]
-0.056**
[0.012]
-0.002*
[0.001]
-0.077**
[0.014]
-0.034
[0.026]
-0.055**
[0.012]
(注)*5%で有意。**1%で有意。〔 〕内は不均一分散修正済
説明変数の一つにして
み標準誤差。ダミー変数の限界効果は、値が 0 から 1 に
変化したときの未加入確率の変化幅として示されている。
含めているが、もとも
(出典)筆者作成。
とのモデルに即して考
136
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
表 2(つづき)
えれば、未加入と個人
(1)
健康状況
(基準:よい)
就床日数
(基準:なし)
(3)
まあよい
0.024
[0.019]
ふつう
0.000
[0.014]
あまりよくない 0.015
[0.021]
よくない
0.110
[0.059]
不詳
0.052
[0.030]
1-3 日
7-14 日
15 日以上
不詳
飲酒量
(基準:飲まない)1 合未満
表 2 の推定結果にも、
内生性バイアスが含ま
れている可能性が高い。
そこで未加入選択と
個人年金加入選択それ
ぞれの式について、誤
差項の相関を考慮し
た Bivariate Probit 推
定を行った結果が表 3、
-0.017
[0.016]
-0.046**
[0.014]
-0.015
[0.018]
0.050
[0.031]
-0.016
[0.019]
0.070
[0.041]
1-2 合未満
2-3 合未満
3-4 合未満
4 合以上
不詳
喫煙量
(基準:吸わない)毎日・10 本以下
毎日・11 ∼ 20 本
毎日・21 ∼ 30 本
毎日・31 本以上
時々吸う日がある
以前は吸っていた
不詳
4,537
-1880.55
0.100
年金加入は同時決定関
係にある。したがって、
0.014
[0.024]
0.046
[0.057]
0.212*
[0.103]
0.064
[0.066]
0.066*
[0.027]
4-6 日
標本数
Log-likelihood
Pseudo-R2
(2)
0.052
[0.029]
0.043**
[0.016]
0.035
[0.020]
0.062*
[0.029]
0.076
[0.050]
0.019
[0.050]
0.010
[0.032]
4,537
4,537
-1878.42 -1867.28
0.100
0.110
表 4 である。健康変数
のうち、いくつか表 2
では有意でなかったも
のが有意に変わってい
る。例えば、自己評価
の健康状態が「よくな
い」場合、未加入とな
る確率が 11%ポイン
トほど有意に上昇する。
喫煙の影響も、ほぼす
べての喫煙量について
非喫煙者より未加入に
なる確率が 3 ∼ 8%ポ
イントほど高いことが
有意に計測されている。
137
公的年金加入における逆選択の分析
表3 未加入と個人年金加入の Bivariate Probit 推定結果
(1)
(2)
(3)
未加入
個人年金加入 未加入
個人年金加入 未加入
個人年金加入
-0.007
0.191**
-0.014
0.199**
0.014
0.183*
[0.075] [0.073]
[0.075] [0.073]
[0.077] [0.075]
女性
配偶関係
(基準:有配偶) 未婚
死別
離別
子ども数
年齢
(基準:40-44 歳) 20-24 歳
25-29 歳
30-34 歳
35-39 歳
45-49 歳
50-54 歳
55-59 歳
0.228**
[0.080]
0.192
[0.119]
0.274**
[0.090]
-0.016
[0.027]
-0.217**
[0.074]
-0.116
[0.105]
-0.353**
[0.085]
-0.087**
[0.023]
0.223**
[0.080]
0.179
[0.119]
0.271**
[0.090]
-0.014
[0.027]
-0.217**
[0.075]
-0.107
[0.105]
-0.354**
[0.085]
-0.089**
[0.023]
0.244**
[0.080]
0.192
[0.120]
0.266**
[0.091]
-0.019
[0.027]
-0.218**
[0.075]
-0.106
[0.105]
-0.338**
[0.085]
-0.088**
[0.023]
0.328*
[0.127]
-0.102
[0.119]
-0.069
[0.109]
-0.097
[0.109]
0.006
[0.096]
-0.122
[0.092]
0.052
[0.095]
-0.866**
[0.153]
-0.485**
[0.114]
-0.207*
[0.098]
-0.082
[0.094]
0.054
[0.081]
-0.005
[0.076]
-0.105
[0.080]
0.342**
[0.127]
-0.101
[0.118]
-0.065
[0.109]
-0.089
[0.110]
0.003
[0.096]
-0.128
[0.092]
0.05
[0.095]
-0.865**
[0.153]
-0.491**
[0.114]
-0.21*
[0.098]
-0.081
[0.094]
0.059
[0.081]
-0.005
[0.076]
-0.107
[0.080]
0.333**
[0.127]
-0.129
[0.119]
-0.089
[0.110]
-0.111
[0.109]
0.011
[0.097]
-0.112
[0.092]
0.082
[0.095]
-0.859**
[0.153]
-0.478**
[0.114]
-0.2*
[0.098]
-0.08
[0.094]
0.042
[0.081]
-0.028
[0.076]
-0.141
[0.080]
仕事の状況
(基準:有職)無職・家事
0.473**
-0.659**
[0.142] [0.144]
無職・通学 0.259
-0.997**
[0.144] [0.385]
無職・その他 0.832**
-0.903**
[0.106] [0.140]
0.492**
-0.676**
[0.142] [0.144]
0.255
-1.008**
[0.144] [0.387]
0.844**
-0.905**
[0.105] [0.140]
0.482**
-0.667**
[0.143] [0.144]
0.29*
-1.023**
[0.145] [0.385]
0.855**
-0.92**
[0.105] [0.137]
-0.046** 0.024*
[0.014] [0.010]
0.009
-0.038**
[0.013] [0.012]
-0.046** 0.024*
[0.014] [0.010]
0.01
-0.039**
[0.013] [0.012]
-0.046** 0.026**
[0.014] [0.010]
0.008
-0.038**
[0.013] [0.012]
-0.01*
0.019**
[0.004] [0.003]
-0.346** 0.272**
[0.057] [0.050]
-0.196
0.473**
[0.133] [0.112]
-0.01*
0.019**
[0.004] [0.003]
-0.347** 0.271**
[0.057] [0.050]
-0.21
0.482**
[0.133] [0.112]
-0.01*
0.019**
[0.004] [0.003]
-0.344** 0.265**
[0.057] [0.050]
-0.197
0.481**
[0.133] [0.112]
他の世帯員所得
(100 万円)
借入金あり
貯蓄現在高
(100 万円)
持ち家一戸建て
持ち家共同住宅
健康状況
(基準:よい)まあよい
0.094
0.084
[0.074] [0.066]
ふつう
-0.005
0.083
[0.059] [0.051]
あまりよくない 0.06
0.053
[0.084] [0.075]
138
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
表3(つづき)
よくない
不詳
(1)
(2)
(3)
個人年金加入 未加入
個人年金加入 未加入
個人年金加入
未加入
0.41*
-0.26
[0.179] [0.220]
0.196
0.098
[0.105] [0.095]
就床日数
(基準:なし)1-3 日
0.063
[0.097]
0.182
[0.208]
0.72**
[0.271]
0.266
[0.225]
0.249**
[0.095]
4-6 日
7-14 日
15 日以上
不詳
-0.067
[0.094]
-0.08
[0.218]
-0.517
[0.295]
-0.348
[0.256]
0.039
[0.087]
飲酒量
(基準:飲まない)1 合未満
1-2 合未満
2-3 合未満
3-4 合未満
4 合以上
不詳
喫煙量
(基準:吸わない)毎日・10 本以下
毎日・11∼20 本
毎日・21∼30 本
毎日・31 本以上
時々吸う日がある
以前は吸っていた
不詳
定数項
N
rho
Wald test for rho=0
Log-likelihood
-0.873** -0.43**
[0.108] [0.093]
4,537
4,537
-0.16
23.1
-4492.91
-0.865** -0.364**
[0.100] [0.086]
4,537
4,537
-0.15
22.24
-4490.77
-0.069
[0.072]
-0.221**
[0.073]
-0.074
[0.083]
0.19
[0.113]
-0.078
[0.085]
0.257
[0.141]
-0.086
[0.066]
0.114
[0.059]
0.115
[0.070]
0.062
[0.101]
0.082
[0.072]
0.124
[0.132]
0.21*
[0.107]
0.187**
[0.061]
0.156*
[0.078]
0.246*
[0.102]
0.298
[0.166]
0.084
[0.197]
0.044
[0.132]
-0.917**
[0.114]
4,537
-0.15
20.88
-4472.18
-0.072
[0.097]
-0.126*
[0.054]
-0.185**
[0.066]
-0.079
[0.086]
-0.178
[0.157]
-0.03
[0.189]
-0.039
[0.121]
-0.326**
[0.096]
4,537
(注)*5%で有意。**1%で有意。
〔 〕内は不均一分散修正済み標準誤差。
(出典)筆者作成。
139
公的年金加入における逆選択の分析
表4 Bivariate Probit による限界効果(未加入= 1)
女性
配偶関係(基準:有配偶)
子ども数
年齢(基準:40-44 歳)
仕事の状況(基準:有職)
他の世帯員所得(100 万円)
借入金あり
貯蓄現在高(100 万円)
持ち家一戸建て
持ち家共同住宅
健康状況(基準:よい)
就床日数(基準:なし)
飲酒量(基準:飲まない)
喫煙量(基準:吸わない)
未婚
死別
離別
20-24 歳
25-29 歳
30-34 歳
35-39 歳
45-49 歳
50-54 歳
55-59 歳
無職・家事
無職・通学
無職・その他
まあよい
ふつう
あまりよくない
よくない
不詳
1-3 日
4-6 日
7-14 日
15 日以上
不詳
1 合未満
1-2 合未満
2-3 合未満
3-4 合未満
4 合以上
不詳
毎日・10 本以下
毎日・11 ∼ 20 本
毎日・21 ∼ 30 本
毎日・31 本以上
時々吸う日がある
以前は吸っていた
不詳
(1)
-0.002
0.058
0.049
0.072
-0.004
0.088
-0.023
-0.016
-0.022
0.001
-0.028
0.012
0.136
0.069
0.266
-0.011
0.002
-0.002
-0.083
-0.042
0.023
-0.001
0.014
0.116
0.050
(2)
-0.003
0.056
0.046
0.071
-0.003
0.093
-0.023
-0.015
-0.020
0.001
-0.029
0.012
0.143
0.068
0.270
-0.011
0.002
-0.002
-0.083
-0.045
(3)
0.003
0.061
0.049
0.069
-0.004
0.089
-0.028
-0.020
-0.025
0.002
-0.025
0.020
0.139
0.077
0.273
-0.011
0.002
-0.002
-0.082
-0.042
0.015
0.047
0.227
0.071
0.065
-0.016
-0.048
-0.017
0.048
-0.018
0.067
0.054
0.046
0.039
0.064
0.080
0.021
0.010
(注)ダミー変数の限界効果は、値が0から1に変化したときの未加入確率
の変化幅として示されている。
(出典)筆者作成。
したがって、これらの健康情報が予想死亡年齢の predictor となっているとす
れば、未加入問題の背景に逆選択要因が存在することを意味すると考えること
ができよう。
7
阿部(2001)では、生命保険加入者ほど国民年金に加入する確率が有意に高くなっ
ている。
140
千葉大学 公共研究 第4巻第2号(2007 年9月)
このほか、仕事の状況や他の世帯員所得など、流動性制約要因と考えられる
変数については、Probit 推定の場合とほぼ同じ影響度で有意に観察されている。
つぎに、個人年金加入についてみると、喫煙量を除いて健康状態は有意な影
響を及ぼしていない8。遺贈性向に関係すると考えられる子ども数については、
係数は有意に負であり、子どもが多いほど個人年金には加入しない傾向にある。
これは子ども数が多いと遺贈可能資産の割合を増やそうとするという、先行研
究と整合的な結果である。ところが、未婚や離別などで配偶者がいない場合に
は個人年金に加入する確率は有意に低く、予想と反する結果となっている。有
配偶者にとって国民年金の給付水準が夫婦で老後を過ごすには不十分なものと
なっているため、個人年金に加入している可能性がある。このほかにも、他の
世帯員所得が多いこと、貯蓄現在高が多いこと、持ち家であることなども、個
人年金への加入確率を高めている。こうしてみると、配偶者を持ち、経済力が
ある個人は、将来選好が強く、個人年金を含めて多様な資産を持とうとしてお
り、こうした heterogeneity が推計結果に反映されているのかもしれない。
最後に、未加入決定式と個人年金加入決定式の誤差項は有意に負の相関もっ
ており、未加入の人は個人年金に加入しない傾向にあることを示している。
5.まとめと留保条件
ここまでの結果をまとめると以下のようになる。
①未加入は低所得であることや健康状態が悪いことによってもたらされている
面が強い。すなわち、流動性制約や逆選択の存在が未加入問題の背景にある。
②個人年金加入者は、未加入である確率が有意に低い。
③ 20 代前半の若年層や、未婚者、離別者、無職者は未加入となる確率が高い。
8
個人年金への加入を分析した Wakabayashi(2005)でも、健康状態を表す病気ダ
ミーの係数は有意でない。
141
公的年金加入における逆選択の分析
このように、経済的な弱者やそうした世帯に属する者が未加入となる傾向が
強いとすれば、短期的には免除制度の充実やそうした制度についての啓蒙活動
が望まれる。しかし根本的には、定額保険料の逆進性を克服できるような制度
体系の見直しが必要となろう。
また、逆選択の存在が示されたことで、年金保険における国の関与の必要性
を支持する結果となっている。ただし、
岩本(2005)でも指摘されているように、
強制加入の枠組みを担保する必要性があるからといって、国が直接的に年金制
度を運営する必要性をただちに意味するとは言えないであろう。
本稿では未加入の要因について分析を行ったが、分析はまだ初期的なものに
とどまっており、以下の点についてさらなる改善が必要である。
第 1 は、未加入の定義である。本稿では基礎調査世帯票の「現在の公的年
金加入状況」に基づき、「加入していない」場合を未加入として被説明変数を
作成している。したがっていわゆる第 3 号見届け者で未加入となっている者は、
「配偶者が厚生年金の被保険者」あるいは「配偶者が共済組合の組合員」とい
うカテゴリーに含まれているとみられ、ここでの未加入者としては把握されて
いない。
第 2 に、本稿では健康状態は所得等と独立の変数として扱っているが、
Grossman の健康需要モデルで示されているように、両者が同時決定関係にあ
る可能性も高い。今後は健康の内生性を考慮した推定を行うことが課題である。
第 3 に、大石・阿部(2003)では世帯主の未加入が他の世帯員の加入状況
に大きく影響することが示されているが、こうした関係を考慮した上で、同時
決定あるいは逐次的モデルで分析することが必要である。
したがって、本稿の結果を解釈するにあたっては十分な注意が必要である。
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■付記
本稿で使用した「国民生活基礎調査」は、厚生労働科学研究費補助金政策科学推
進研究事業「家族構造や就労形態等の変化に対応した社会保障のあり方に関する総
合的研究」
(主任研究者:府川哲夫)において目的外使用の申請を行い、総務省統計
局長の承認を得て再集計を行ったものである(総統審第 31 号、平成 16 年 1 月 27 日)。
(おおいし・あきこ)
(2007 年 6 月 28 日受理)
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