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日本の温暖化政策と排出量取引の実態
講演データ ● 2008年6月13日(金)15:00∼17:00 三菱総合研究所ビル2F セミナー室 日本の温暖化政策と排出量取引の実態 2050年半減への道のり 小林信之(三菱総合研究所 環境・エネルギー研究本部 主任研究員) 橋本 賢 (三菱総合研究所 環境・エネルギー研究本部 主任研究員) 北海道洞爺湖サミットに先立ち、6月13日、当社で開催された三菱総研倶楽部月例セミナー では、温暖化政策として最も注目を集めている「排出量取引」について講演が行われた。 EU (欧州連合)をはじめとする先進各国では、ポスト京都に向けた取り組みとして、排出量取 引の導入が進んでいる。そうした中、日本はどう排出権に向き合っていけばいいのだろうか。 し資金援助や技術移転などを実施するこ 講演 1 最近の 温暖化政策動向について 小林信之 三菱総合研究所 環境・エネルギー研究本部 主任研究員 となどを、先進国の義務とした。 枠組条約は京都議定書のベースであ り、その原則はポスト京都の議論でも根 幹を成すものである。しかし、 「京都議 定書」が発効されたのは 2005 年 2 月と、 複数国の利害が絡むため、議定書の採択 1 枠組条約と京都議定書 ─京都メカニズムの背景 温暖化問題が顕在化したのは、1985 京都議定書の最大の特徴は、各国の特 性を考慮した「差異ある目標」である。 年、国連環境計画(UNEP)が開催した ただし定量目標を持つのは先進国のみ フィラハ会議に端を発する。関連する会 で、批准国の温室効果ガス排出量のカバ 議に参加した科学者の間で、地球温暖化 ー率も、全世界の 3 割にすぎない。また、 の可能性について一定の合意が得られた 目標達成の手段として導入されたのが、 のを受け、92 年、 「気候変動枠組条約」 (以下、枠組条約)が採決された。 枠組条約の大きな目的は、大気中の温 「京都メカニズム」である。海外におけ る排出削減量もしくは初期割当を、自国 の排出削減約束の達成に利用できる制度 室効果ガス濃度を、気候システムに危険 で、次の 3 つの制度がある。 な影響を及ぼさない水準で安定化させる ①共同実施:先進国間でプロジェクトを ことである。①共通であるが差異ある責 実施し、削減分を投資国の目標達成に 任、②開発途上国等の国別事情の考慮、 利用できる制度 ③速やかで有効な予防措置の実施という ②(国際)排出量取引:各国の削減目標 3 原則に基づき、具体的には、90 年代 達成のため、余剰排出権を先進国間で 末までに温室効果ガスの排出量を従前レ 売買する制度 ベルに回帰させること、開発途上国に対 30 から実に 7 年余りもの年月を要した。 200809 講演抄録 ③CDM(クリーン開発メカニズム):先 進国と途上国間でプロジェクトを実施 は、2020 年頃の中期目標が議論される。 し、削減分を投資国の目標達成に利用 目標レベルについては、京都議定書より できる制度 厳しくなる可能性が高いと見られ、目標 ※1:今年 7 月の北海道洞爺 湖サミットで主要 8 カ国(G8) 首 脳は、2050 年までに世界 全体の温室効果ガスを半減す る長期目標に合意した。 達成方法について欧米など主要国間で一 2 日本国内における削減対策 定の合意がなされれば、日本は国際的に ─検討すべき5つの課題 孤立するリスクがある。さらに、京都議 日本の温室効果ガス総排出量は、06 年において 13 億 4,100 万(CO t と、 2 換算) 定書の目標を達成できなければ、長期的 な国益も損ねかねない。 京都議定書の規定による基準年の総排出 洞爺湖サミットで議長国を務めること 量(12 億 6,100 万 t) を 6.4%上回っている もあり、日本国内の対策は、ここへ来て (図表1) 。この目標値に対し、以前の対策 変化の兆しが見られる。福田首相は今年 だけでは 1.7 ∼ 2.8%の不足が予想された 1 月、施政方針演説の中で「低炭素社会」 ため、産業部門での自主行動計画の推進 への転換を訴え、6 月には「福田ビジョ をはじめ、住宅・建築物の省エネ性能の ン」を発表。排出量削減の中長期目標を 向上、事業初頭の省エネ対策の徹底など、 掲げる一方、環境対策のための技術革新 新たな京都議定書目標達成計画には、分 や省エネ、経済的手法を示した。 野別での追加対策が掲げられている。 今後、早急に検討すべき課題としては、 だが、ねじれ国会のもと、実効性のあ る対策をいかに実現するかは大きな課題 ①国内排出量取引、②環境税、③新エネル だ。国会の行方によっては、大きな方向 ギー対策の抜本的強化、 ④深夜化するラ 転換の可能性もあり、国内排出量取引や イフスタイル・ビジネススタイルの見直 税のグリーン化など、福田内閣が示す環 し、⑤サマータイムの導入などがある。 境対策構想は、いまだ予断を許さない流 中でも、環境省、経済産業省・産業界 ※2:国連気候変動枠組条約 第 15 回締約国会議 動的な状況にある。 の間で綱引きの議論が続いているのが、 国内排出量取引と環境税だ。前者につい ては、費用対効果の点から効果的な削減 図表 1 ● 日本の温室効果ガス排出量(2006 年速報値) 資料:環境省 1,400 +10% が可能と見られる一方、排出枠の取引だ +5% もある。環境税については、価格効果に 1,300 ︵単位 百万トンCO 2換算︶ けでは排出削減につながらないとの指摘 ±0% 1,200 よる短期的なエネルギー消費の抑制、省 エネ製品への買い替え促進が見込める が、定量的効果が不明確であるのに加え、 経済への悪影響も懸念される。 【基準年】 1,100 PFCs 1995年 HFCs CH4 CO2 PFCs HFCs N2O 1,000 【凡例】 SF6 SF6 N2O 1990年 CH4 CO2 0 3 ポスト京都への検討 ─日本の今後の方向性 北海道洞爺湖サミット※1 に続き、来年末、 基準年 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006(年度) 2006 年度のわが国の温室効果ガスの総排出量(速報値)は、13 億 4,100 万トン(二酸 化炭素換算)であり、京都議定書の規定による基準年の総排出量(12 億 6,100 万トン) を 6.4% 上回っている。京都議定書の目標達成のためには 12% 以上もの削減が今後必要。 *なお、2007 年度は原発停止の影響が見込まれる。 コペンハーゲンで開かれる COP15※2 で 講演抄録 200809 31 日本の温暖化政策と排出量取引の実態─2050年半減への道のり の見返りとして排出権が割り当てられ、 講演 2 排出量取引: 制度検討とビジネス展開 橋本 賢 三菱総合研究所 環境・エネルギー研究本部 主任研究員 その過不足分が売買される制度だ。経済 産業省も今秋、 「中小企業等 CO2 排出削 減制度」の運用を開始する。東京都でも 「都民の健康と安全を確保する環境に関 する条例(環境確保条例) 」の改正に伴い、 2010 年から大規模事業所を対象に排出 1 排出量取引制度をめぐる 世界と日本の政策動向 ヨーロッパでは、2005 年に運用が始 まった欧州排出量取引制度(EU ETS)が 権取引制度が導入される予定だ。 2 排出権市場の現況と 今後の世界の需給見通し 第 2 フェーズに入り、ポスト京都に向け 世界銀行によると、2007 年、世界の た制度改正が審議されている。アメリカ 排 出 権 取 引 量 は 29 億 8,300 万 t-CO2、 では、次期大統領候補のオバマ氏(民主 取 引 額 は 640 億 3,500 万 ド ル に 上 る。 党) 、マケイン氏(共和党)の両氏が、排出 取引は量・額ともに、年々著しく伸びて 権取引制度導入を支持。地方や州レベル いるが、排出権取引の市場規模は、原油 では連邦に先駆け、同制度導入に向けた などに比べるとはるかに小さい。 動きも見られる。一方、欧州各国やニュー 日本は、CDM(クリーン開発メカニズ ヨーク州、カリフォルニア州などが参加 ム)/JI(共同実施)の国際一次市場で主 している国際炭素パートナーシップ 要な買い手国であり、06 ∼ 07 年にかけ (ICAP)では、国や地域の排出量取引制 てのシェアは 6%から 11%と倍増して 度の設計に関し、知見を共有し、制度間 いる。世界銀行の今後 5 年間の累計需給 の国際的なリンク構築を目指している。 見通しによると、AAU(割当量単位)供 こうした動きを踏まえ、日本では「官 給 量 が 7,305 百 万 t-CO2、GIS(グ リ ー 邸主導」による排出権取引制度の検討が ン 投 資 ス キ ー ム)供 給 量 が 1,100 百 万 本格化しており、今年 4 月、福田首相直 t-CO2 以 上。世 界 全 体 の 需 給 見 通 し は 轄の「地球温暖化問題に関する懇談会」 AAU/GIS の供給量により大きく異なる が発足。6 月に発表された「福田ビジョ が、いずれも不確実性が高い。 ン」には、今秋、国内排出権取引の試行 実験実施が盛り込まれた。 一方、 「国内排出量取引制度検討会」 (環 32 3 国内における需給動向と 市場基盤整備について 境省)の中間まとめによると、わが国で 日本国内の需給は、自主行動計画目標 は現在、4 つのオプションが検討されて 達成を目指す大企業の大口需要に先行き いる(図表 2 ) 。 が見え始める一方で、カーボン・オフセッ また、環境省では 05 年から、 「自主参 トをはじめとする小口需要が広まってい 加型国内排出量取引制度」を実施してい る。需要が小口化する中、最近盛んに活 る。これは、省エネ設備に対する補助金 用されているのが、排出権信託だ。排出 200809 講演抄録 権信託は 2006 年、地球温暖化対策推進 法の改正に伴い運用が開始された。 オフセットへの寄付が設けられている。 しかしわが国では、こうした商品やサー 排出権の市場規模は、将来の需給ギャッ ビスに対する規制がない。人々の環境に プ次第で大きく異なるが、需給双方の著 対する意識の高まりが悪用されるおそれ しい伸びがない限りバランスがとれてい もあり、環境省では現在、カーボン・オ る。供給側では、転売目的の排出権取得 フセットや排出権付き商品に関し、ガイ が増加すると見られる。 ドラインづくりを進めている。 こうした中、排出権取引の市場基盤整 こうしたトレンドを踏まえて、企業は 備も進んでいる。まず今年 3 月、 「金融 排出権とどう向き合うべきなのか。 「低 商品取引法改正案」が国会に提出され、 酸素社会」というキーワードで考えると、 銀行や保険会社による排出量取引が解 世の中が大きく変わる可能性がある一 禁。金融商品取引所に対しては、排出権 方、どの業種・分野で、どのくらいの影 取引に関する市場を直接開設できるよう 響が出るのか未知数な部分も多い。企業 になった。 としては、排出権取引制度導入による直 排出量取引の会計取り扱いに関しては、 企業会計基準委員会による「排出量取引 接的・間接的影響について、あらかじめ 分析・試算する必要があるのではないか。 の会計処理に関する当面の取扱い」があ るが、償却時の損金算入、時価評価、間 接費用の取得原価など、不明な点も残る。 また税制だが、消費税は国内の排出権 売買については課税対象、海外からの購 図表 2 ● 排出量取引制度試案における4つのオプション 資料:環境省「国内排出量取引制度検討会」 中間まとめより三菱総合研究所作成 ● オプション 1 化石燃料 化石燃料の生産・輸入業者に割当 入は原則非課税と見られる。法人税は、 電力 会計取り扱いと同様、いくつか不明な点 が見受けられる。 国別登録簿については、一層のスピー 大口需要家 ● 化石燃料 ● に割当 大口需要家 小口需要家 企業に割当 化石燃料販売業者(ガス・ガソリン等)に割当 電力会社に割当 電力 小口需要が普及する中、 「排出権付き」 大口需要家 ● 小口需要家 されているほか、クレジットカードのポイ 運輸 オプション 4 化石燃料 企業に割当 企業(一定規模以上の 車両運行者) に割当 電力原単位固定で 企業に割当 電力原単位固定で企業(一定 規模以上の車両運行者) に割当 ダーが増えている。最近では、排出権や オフセットが販売促進ツールとして活用 運輸 オプション 3 化石燃料 いが、現在検討中だ。 フセット用の排出権を提供するプロバイ (一定規模以上の車両運行者) 電力 業省)でも、今後の課題が指摘されてい の商品・サービスを提供する企業や、オ 企業 企業に割当 クレジット流通基盤整備検討会」 (経済産 券取引所、日本卸電力取引所での取り扱 運輸 オプション 2 ドと証明機能が求められており、 「京都 る。排出権の取引所については、東京証 小口需要家 電力 電力量固定で電力会社に排出原単位目標を設定 (ベースライン&クレジット) 大口需要家 小口需要家 運輸 ントでもユニセフや植樹への協力と並び、 講演抄録 200809 33