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在日留学生の日本人コミュニティにおける不適応への予防的アプローチ

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在日留学生の日本人コミュニティにおける不適応への予防的アプローチ
在日留学生の日本人コミュニティにおける不適応への予防的アプローチ
―日本人ステレオタイプと親密度に着目して―
心理教育実践専修
2512011
柴田智子
問題と目的
在日留学生が日本人コミュニティに適応する要因の一つとして, 友人関係が取り上げ
られている。しかし, 適応の問題と日本人学生との親密度に関する実証的な研究が少ない。
また, 在日留学生の来日前後の日本人イメージの変化によって, 友人関係に影響を及ぼす
ことが明らかになっていることから(葛, 2003), 来日後の否定的な日本人ステレオタイ
プが友人関係や適応に影響を与えていることが考えられる。またネガティブな日本人ステ
レオタイプの低減には, 他者の意見や体験談に触れることによって, 自らを振り返ったり
新たな発見や気づきが促進されるグループワークが効果的であると考えられる。
以上より, 本研究では来日前後のステレオタイプが日本人の友人との親密度および日本
人コミュニティへの適応感にどのように関連しているかについて検討する。さらに, グル
ープワークによって日本人ステレオタイプの変容によって, 日本人コミュニティおける適
応について検討することを目的とする。
研究 1
1.目的
在日留学生に焦点を当てた適応感尺度, 行動的側面に着目した親密度尺度, 多面
的に捉えた日本人ステレオタイプ尺度を作成する。さらに, 作成した尺度を用いて, 来日
前後の日本人ステレオタイプと日本人の友人との親密度および適応感の関連, さらに親密
度と適応感との関連を検討することを目的とする。
2.方法
(1)対象者 69 名(男性 27 名, 女性 42 名, 平均年齢 22.81±2.63 歳)を対象者とした。欠損
値の都合により, 分析対象者が一致しない。
(2)調査時期と手続き 2013 年 11 月中旬から 12 月上旬に, 大学構内において個別に質問
紙調査を依頼した。その場で回答できなかった方は, 後日, 手渡し又は郵送にて回収した。
(3)調査内容 ①基本属性:性別, 年齢, 国籍など ②適応感尺度(20 項目 6 件法)。③親密
度尺度(29 項目 6 件法)
。④日本人ステレオタイプ尺度(15 項目, 6 件法)
。来日前後の日
本人ステレオタイプについて, 同じ質問項目で回答してもらった。全ての尺度は, 本研究
において作成した。
3.結果
(1) 因子分析の結果 適応感尺度は「対人関係(8 項目)」
「学習(5 項目)」
「心身の不健康
(7 項目)
」が抽出された。親密度尺度は「個人的な付き合い(13 項目)
」「内面的な付き
合い(9 項目)
」
「約束の必要な付き合い(4 項目)
」「表面的な付き合い(3 項目)
」が抽出
された。日本人ステレオタイプ尺度は「礼儀正しさ(7 項目)」
「非友好的(8 項目)
」が抽
出された。
(2) 各尺度の関連 2 要因分散分析の結果から, 「礼儀正しさ」は来日前後で変化しなかっ
た者の方が変化した者と比べて親密度が高かった。また, 来日後に「非友好的」が高まる
と適応感が低いことが示された。階層的重回帰分析の結果から, 「対人関係」に来日後の
「非友好的」から負の影響が, 「表面的な付き合いに」から正の影響が示された。
「心身の
不健康」に「約束の必要な付き合い」から負の影響が, 「個人的な付き合い」から負の影
響が示された。
4.考察
来日前後で「礼儀正しさ」が変化しなかった者は, 日本人との付き合いに礼儀正しさを
重視しておらず, 割り切った付き合いをしており, 変化した者は礼儀正しさを重視してい
て, それが変えられる体験をしたことによりショックを受けたことが考えられる。また,
対人関係や心身の不健康などの不適応感の一要因として, 来日後の「非友好的」ステレオ
タイプが影響を与えていることが明らかになった。
研究 2
1.目的
適応感の低いものが, 高い者の意見や体験談に触れることによって, 自らを振り
返ったり新たな発見や気づきが促進されることが明らかになっている(津村, 2010)。そこ
で, 適応感と関連のあった「非友好的」ステレオタイプの低減を目的とした, 体験学習型
のグループワークを作成して, その効果について検討することを目的とする。
2.方法
(1)協力者 5 名(男性 3 名, 女性 2 名, 平均年齢 22.60±2.30 歳)を対象者とした。
(2)手続き 八代ら(2009)の“こんなとき, どうする?”を参考にして, 『みんなの日本
人とのつき合い方を知ろう!』
を作成して, 2 つの集団に対して行った。ワーク終了後に, ワ
ーク前後で日本人との関わりに対する動機づけの変化, 日本人と上手く付き合っていけそ
うか, 日本人ステレオタイプ(研究 1 と同様)の質問紙調査を行った。
3.結果
非友好的ステレオタイプ得点をワーク前後で比較した結果, 有意な差は認められなかっ
た。ワーク後で日本人との関わりに対する動機づけが高かった。協力者の語りから, 適応
感が高かった者は, “日本人は○○だけど, 友だちは△△”といった日本人ステレオタイ
プのサブタイプ化が見られた。親密度の高かった者は来日前後でポジティブとネガティブ
なステレオタイプの平均発言回数に大きな変化が見られなかった。また, 適応感あるいは
親密度が高かった者は日本人と付き合うための工夫について語ったが, 適応感および親密
度が低かった者からは工夫については語られなかった。
4.考察
適応感を高めるには, 日本人ステレオタイプの低減ではなくサブタイプ化が重要な役割
を果たしていることが示唆された。ネガティブなステレオタイプが強化されたことによっ
て, そのステレオタイプを基準にして個人の特徴を見られるようになったことが, サブタ
イプ化に繋がったのではないだろうか。また, 来日前に日本人についてポジティブな側面
だけでなくネガティブな側面を知ることが, 日本人との親密度を深める可能性が示唆され
た。これは, 日本人留学生が現地の者と親密な関係を形成するための支援的アプローチへ
の適応が可能なのではないだろうか。
総合考察
本研究はステレオタイプが対人関係に悪影響を与えるという知見と, 多文化における不
適応の要因の一つとして対人関係が取り上げられている知見に基づき, 在日留学生の日本
人ステレオタイプ日本人の友人との親密度や適応感に影響を与えると仮説を立てた。来日
前後で, ポジティブなステレオタイプとネガティブなステレオタイプを比較した調査研究
と, ネガティブなステレオタイプを低減させることを目的とした介入調査によって検討し
た。
礼儀正しさステレオタイプについて
在日留学生の礼儀正しさステレオタイプと日本人の友人との親密度に関連があることが
示唆された。在日留学生のステレオタイプの強さに関わらず, 来日後も礼儀正しさステレ
オタイプ一貫して変化しなかった者は, 礼儀正しさを重視しておらず, 割り切った付き合
いをしていると考えられる。それに対して, 来日後に変化した者は礼儀正しさを重視して
いることが推察される。日本人と実際に交流してみて, 礼儀正しさステレオタイプが変え
られる体験による衝撃によって, 日本人との親密な付き合いを難しくしているのではない
だろうか。
非友好的ステレオタイプについて
来日後に非友好的ステレオタイプに基づいて日本人を認識している留学生は, 日本人コ
ミュニティにおいて不適応であったことが明らかになった。非友好的ステレオタイプが強
くなるにつれて, 日本人との対人関係の中で問題が生じたり, 緊張した状態が続き不安や
疲労感が強まることによって心身の健康に影響を与えることが示唆された。在日留学生が
日本人コミュニティに適応していく過程で, 日本人との対人関係の形成, 維持が重要な役
割を果たすと指摘されている(岩男・荻原, 1988; 岡, 1996)。このことから, 在日留学生
の日本人コミュニティにおける不適応を予防するためには, “日本人は友好的ではない”
といったネガティブな日本人ステレオタイプを弱めるような支援が有効的であると考えら
れる。
ステレオタイプに合致しない例を知ることが, ステレオタイプの低減に繋がることが指
摘されている(倉地, 2003)
。適応感の低い在日留学生が, 高い者の意見や体験談を触れる
ことによって, 新たな発見や気づきが促進されて, ステレオタイプに合致しない例を知る
ことができると考えられる。そこで, 非友好的ステレオタイプの低減を目的としたグルー
プによる体験学習型のワークを行ったところ, 非友好的ステレオタイプを低減させる効果
は認められなかった。グループ・ディスカッションにおいて, ネガティブな日本人ステレ
オタイプに関する発言が増加した一方で, “日本人は○○だけど, ある特定の人は△△”
といったサブタイプ化した発言が, 適応感の高かった留学生に多く見られた。このことが,
ワークの効果が認められなかったことに影響を及ぼしていると考えられる。また, ワーク
に行うことによって, 在日留学生の日本人との付き合いに対する動機づけが高まったこと
が示された。ワークに参加した者同士で体験談や付き合い方の工夫を共有することによっ
て新たな気づきが促されて, 日本人との付き合いに対する動機づけが高まったと考えられ
る。これらの点から, 在日留学生に対する日本人コミュニティへの適応や日本人ステレオ
タイプの軽減, ソーシャルスキル向上のために, 継続したグループワーク・トレーニング
は, 有効的な支援アプローチになりうるであろう。
グループワークのディスカッションにおいて, 日本人の友人と親密な付き合いをしてい
る在日留学生は, ポジティブおよびネガティブな日本人ステレオタイプに関する発言回数
に大きな変化が見られなかった。このことから, 来日前よりポジティブな日本人の側面だ
けでなくネガティブな側面を知ることが, 日本人との親密な関係に影響を及ぼすことが考
えられる。このことから, 日本人学生が, 外国に留学する前の準備段階における支援的ア
プローチに応用の可能性が見込まれる。
今後の課題
本研究の課題として, 調査協力者の人数, 来日前の日本人ステレオタイプの尋ね方, 体
験学習型グループワークの構成が挙げられる。まず, 調査協力者の人数が少数であったこ
とが課題として考えられる。より多くの在日留学生を対象に調査を実施して, さらに検討
することによって, 出身地や滞在年数の違い, 留学目的などの点から, さらに詳細な結果
が得られるであろう。次に, 本研究では来日している留学生に対して, 来日前の日本人ス
テレオタイプについて尋ねた。このことから, 日本に留学する予定で, かつ, 来日する前の
外国人を対象に, 日本人ステレオタイプを尋ねることが求められる。最後に, 本研究で行
った体験学習型グループワークは, 1 セッションであった。さらに, 在日留学生の適応感を
促進するためには, 日本人ステレオタイプの低減ではなく, サブタイプ化された日本人ス
テレオタイプの視点が重要な役割を果たしていることが示唆された。このことから, 日本
人ステレオタイプのサブタイプ化を促進させるようなワーク, 日本人との対人関係の形成,
維持を促進できるようなソーシャルスキルを獲得できるワークを含んだ体験学習型プログ
ラムの作成が課題として考えられる。
岩男寿美子・荻原 滋
葛 文綺
引用文献
(1988). 日本で学ぶ留学生 勁草書房
(2003). 留学前後における対ホスト国イメージの変化に関する研究―中国人留
学生と日本人留学生との比較を通して― 異文化コミュニケーション, 6, 117-130.
倉地暁美 (2003). 留学生のカルチャー・ステレオタイプとその対処法に関する研究 平
成 13-14 年度科学研究費補助金研究成果報告書
岡 益巳・深田博己・周 玉慧 (1996). 中国人私費留学生の留学目的及び適応 岡山大学
経済学会雑誌, 27, 25-49.
津村 俊充
(2010).
グループワークトレーニング―ラボラトリー方法の体験学習を用い
た人間関係づくり授業実践の試み― 教育心理学と実践活動, 49, 171-179.
八代京子・町惠理子・小池浩子・吉田友子
ダレス社会を生きる 三修社
(2009). 異文化トレーニング[改訂版]―ボー
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