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“The BBC Today Future Uncertain”
文献紹介 メディア研究部 中村美子
“The BBC Today
Future Uncertain”
年末に控えている。次期特許状は 2017年から
は,2015 年 8月にイギ リスのArima(www.
通常なら2026 年末まで有効となる。BBC は,
arimapublishing.co.uk)から出版された書籍
この 期間中の 2022 年に放 送 開始100 年を迎
で,総勢 38人の識者が BBC のあり方について
え,どのような姿で存続しているのか,誰もが
意見を表明している。出版の中心となり編集を
注目している。しかし,BBC の未来はまさに不
担ったジョン・メアー(John Mair),リチャー
確実,あるいは不透明である。その理由の1つ
ド・テイト(Richard Tait),
リチャード・ランス・
は,従来なら数年の時間をかけて BBC の将来
キーブル(Richard Lance Keeble)の 3 者は
像について“国民的な議論”が展開されるはず
とも に, 新 聞
だが,今回は政府がそうしたイニシアチブをと
界 や 放 送 界で
らないことである。2010 年に政権に就いた保
ジャーナリスト
守・自民連立政府は,2015 年の総選挙が終わ
としての経験を
るまで BBC の特許状更新議論を棚上げした。
持ち,現在はそ
そして 5月の総選挙で勝利した保守党政府は,
れ ぞ れ大 学 で
ようやく7月に,BBC の将来像に関する意見を
教べんをとって
求める「グリーン・ペーパー(緑書)」を発表し
いる。なかでも
たが,その後沈黙を続けている。BBCを所管
リチャード・テ
する文化メディアスポーツ省のホームページには
イトは,2004 年
「特許状更新」の項目はあるものの,寄せられ
著作権の都合により
掲載できません
から2010 年まで
た意見は公開されていない(2016 年1月閲覧)。
公共放送 BBC の監督機関である経営委員会 /
前回の特許状更 新では,政 府に寄せられた
BBCトラストの委員を務めるなど,放送界の重
3,000 件余りの意見が随時アップされ,誰でも
鎮の1人である。
閲覧可能だったことに比べ雲泥の差がある。ま
た,ウィッティングデール担当相は,前例にも
本書の目的
れず特許状更新に向けたアドバイザー・パネル
この本のタイトルを和訳するなら,
『BBC の
を設置したが,パネルの活動については「あく
不確実な未来』ではどうだろうか。 BBC はい
までも私的なパネルであり,会議の内容につい
ま,その存立を規定する特許状の更新を2016
て公表する予定はない」
(上院放送通信委員会
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MARCH 2016
2015 年11月17日の発言)として非公開の姿勢
にするジャーナリスティックなものから,経済
をとっている。つまり,一般の人から有識者ま
専門家で BBCトラストの前副会長ダイアン・コ
で,BBC の将来についてどのような意見を持っ
イル(Diane Coyle)やロンドンビジネススクー
ているのか,そして政府の結論の根拠がどこ
ル名誉教授のパトリック・バーワイズ(Patrick
にあるのかが不明なまま,今春,政府の「放
Barwise)によるBBC の財源規模の詳細な経
送白書」が発表される見込みである。
済分析に至るまで多種多様である。そこで紙
このようにオープンな議論が行われずに政
府の最終決定が 下されるのなら,その前に,
幅の関係から,3 つの点に絞って,本の内容を
紹介する。
BBC の将来像に関する議論に貢献しようとい
第 1に,本書では BBC の現行サービスの規
うことが,本書の目的である。このため,各論
模と範囲に焦点化した論考はほとんどみられな
考は文字数 3,000 字程度(日本語に換算すると
いことを指摘する。これまでならば,
「BBC は
約 6,000 字)に制限し,新聞やネットでその主
商業放送事業者が提供できないサービスに集
張について個別に取り上げ詳細に検討できる
中すべきである」という“市場の失敗論”や「新
ようにしてある。実際に“Daily Telegraph”や
たなデジタルサービスに進出すべきではない」
“The Independent”
“The Guardian”が いく
といった BBC のサービス限定論が声高に主張
つかの論考を掲載した。
されるのだが,そうした意見は少なくとも本書
の中では影を潜めている。その理由は,BBC
本書の内容
さて,この本は次の 8 章で構成され,章の
冒頭に,編者が各章の論考を解説している。
の実績にあるだろう。BBC は 2016 年現在,受
信許可料を財源に,6つのデジタルテレビチャ
ンネル(若者向けBBC Threeは 2月16日をもっ
第1章
望ましい BBC とは何か
て放送サービスとしては終了),10 のデジタルラ
第2章
誰が BBC を統治するのか
第3章
資金:誰が何のために支払うのか
ジオ,40を超える地域・ローカルラジオ,BBC
第4章
ニュースの問題
第5章
新しい BBC 〜番組制作とクリエイティブ
業界との関係〜
第6章
ダイバーシティーと BBC の役割
国内の週間接触率は 97%である。また,すべ
第7章
英国全体を代表する BBC の課題
てのサービスの利用時間の合計は1 週間に18.3
第8章
視聴者の視点:BBC と公共の利益
時間にのぼる。このことは,視聴者のBBCに
執筆者は,現役のジャーナリスト・放送人,
BBC 関係者,学術研究者,そしてメディア・ア
ナリストと,その背景は幅広い。また,8 つの
iPlayerを含む多様なオンラインサービスを行っ
ている。これらのサービスについて,イギリス
対する支持が高いことの裏付けとなり,
“市場
の失敗論”を退ける根拠となっている。
新 サービスについてみてみよう。BBC は,
章のタイトルからもわかるように BBCをめぐる
2007年12月にインターネットを利用した見 逃
様々な問題にアプローチし,その内容も,イギ
しサービスBBC iPlayerを開始し, 視 聴 者/
リスで著名なメディア評論家であるレイモンド・
ユーザーの利用は 急 速に増 加している。 放
スノディー(Raymond Snody)によるBBCと
送 通 信の 独 立 規 制 機 関 O fcom(O f f ice of
政府の受信許可料取り決めの舞台裏を明らか
Communications)の調査によれば,2015 年
MARCH 2016
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には国民の 66%が見逃しサービスを利用してお
特許状更新議論で展開された個人的価値,市
り,iPlayerはテレビ番組のVOD(ビデオオン
民的価値,経済的価値で構成される“公共的
デマンド)視聴を定着させ,BBCを越えたイギ
価値の構築”という将来ビジョンは,今後も有
リスのテレビ事業の新しい分野を開拓したと評
効な公共放送論であると考えていることがうか
価されている。
がえる。そして,ヒースは BBC の将来につい
第 2 に,BBC 関係者の中から,現在 BBC の
て,
「BBC の目的が重要なことは今後も変わら
政策担当局長(director of policy)のジェーム
ない。しかし,目的を遂行する手段は変化す
ズ・ヒース(James Heath)の主張を紹介する。
る必要がある。つまりBBC はよりオープンで,
ヒースは,今回の特許状更新に向けた BBC 執
パーソナルになり,モバイル化し,インターネッ
行部の将来ビジョンを準備する上で中心的役
ト・コンテンツの開拓者にならなければならな
割を演じた人物とみられている。BBC 執行部
いということだ」と述べている。この論考は,
は,2015 年 9月に将来ビジョン“British Bold
公共的価値の構築という前回のビジョンを踏襲
Creative”の第 1 弾を発表した。このサービス
した上で,BBC が本 格的なブロードバンド時
論の内容は,
『放送研究と調査』の 2015 年12
代の到来の中で放送からネットへの大胆なシフ
月号に同僚の田中孝宜上級研究員が報告して
トを計画の中心に据えていることを示している。
いるので,参照されたい。こうした作業を推進
最後の第 3 に,BBC のガバナンスと財源を
したヒースは,
「なぜ,BBC があるのか」と題
テーマにした論考を紹介したい。特許状には,
し,BBC の優れた実 績を背景に,BBC が実
BBC の目的,ガバナンス,財源調達について
際に果たしている機能ではなく,BBC の存在
規定され,BBCを誰が統治するのか,どのよ
理由に焦点を当てている。彼は“市場の失敗
うな財源が適切なのか,という課題は,特許
論”をきっぱりと否定し,
「イギリスでは,消費
状更新のたびに議論の中心に置かれてきた。
者としての国民のニーズにこたえるだけでなく,
BBC のガバナンスは,2007年に発効した現
市民としてのニーズにこたえる放送システムの
行特許状から,
「BBC の監督と執行の分離」と
存在が重要だと考えられている。そして,イギ
「受信許可料支払い者への説明責任の強化」
リス独自の質の高いコンテンツを幅広く利用で
を目的に,経営委員会を廃止し,BBC 内部に
き,消費できるようにしたいと願っている。こ
BBCトラストと執行役員会を置くツーボード制
の目標を達成する最善の手段は,異なる任務
に変更された。このシステムに対し,執筆者と
と異なる財源モデル(受信許可料,広告放送,
して参加した現 BBCトラスト会長のローナ・フェ
有料放送)を持つ公共と民間の事業体が混在
アヘッド(Rona Fairhead),民放出身で BBC
していることだ。多様な事業者による質をめぐ
トラスト委員を2 期務めたデヴィッド・リディメ
る競争が,コンテンツへの投資レベルを高め,
ント(David Liddiment),スコットランド銀行
多様なコンテンツを生み出した」と述べ,受信
会長で,前回の特許状更新時に政府が設置し
許可料という公的資金には,イギリスの活気あ
たレビューパネルのメンバーだったハワード・デ
るメディア市場を支援する上で重要な役割があ
イヴィス(Howard Davis),編者の1人リチャー
ると主張する。彼(BBC)の主張から,前回の
ド・テイトらが,BBC のガバナンスの改革は必
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要だと主張する。彼らは「ツーボード制から,
が 密室で行われ,BBC への政治的圧力がか
BBC 内部に単一の役員会を置くワンボード制
つてないほど強まっていることである。政府は
に変更し,外部の独立した規制機関が役員会
2010 年 の取り決 めに続 いて,2015 年に BBC
を監督すべきである」という意見で一致してい
の財源規模の縮小を決めた。縮小の大きな要
る。また,役員会の会長は外部から登用し,
因は,政府が福祉政策として導入した 75 歳以
役員会の定員は非執行役員が過半数を占める
上の受信許可料支払い免除について,その財
べきだとしている。リディメントは,BBCトラス
源を所管の労働・年金省の予算から受信許可
トの経験を振り返り,
「トラストと執行役員会の
料収入に変更することに決めたことである。こ
責任のあり方が十分明確ではなかった。トラ
の た め,2020 年 か らBBC は 年 間 約1,200 億
ストの行動が執行役員会の会長の権威を貶め
円近くの実質的減収に対処しなければならな
るのではないかと,口には出せない緊張感が
い。執筆者のスノディー,コイル,ブルネル大
あった。たとえば,幹部の報酬の抑制を指示
学のジャッキー・ヒューズ(Jacquie Hughes)
するということは,執行役員会が動くずっと前
は,2006 年に国家統計局が受信許可料を「税
からトラストには自明なことだった。最近では,
(tax)」に定義した事実を取り上げ,このことが
執行役員会はトラストの意向を聞かず,BBC
こうした受信許可料をBBC のサービス以外に
Three の放送チャンネルの廃止や内部の制作
使う“トップスライシング”の道を開いたと指摘
部門の子会社化という計画を発表した」と指摘
している。そしてバーワイズは,
「政府が受信許
している。
可料を廃止するという斧を振りおろそうものな
彼らの主張に1つだけ一致しない点がある。
ら,国民の強い反発を買うだろう。しかし,トッ
それは,外部の規制機関はどうあるべきかとい
プスライシングという政府の方針が継続する限
う問題である。放送通信分野を規制する既存
り,BBC の規模は小さくなり,拡大するメディ
の Ofcomに一任するという案と,BBC の監督
ア市場の中で BBC が視聴者やメディア業界に
に専念する独立規制機関を新設する案に分か
果たしてきた役割は消滅する。それゆえ政府の
れる。フェアヘッド会長は後者を強く主張して
選択は,公共の利益に反している」と警鐘を鳴
いるが,この構想は,Ofcomを選択する案より
らしている。
もお金がかかり,単純にはいかない選択肢と考
終わりに,本書に参加した執筆者の全員が
えられている。いずれにせよ,この本の論者た
BBC の応援団ではないことを指摘しておきたい。
ちの間では,公共放送 BBC の監督は,内部の
疲弊するローカルジャーナリズムや多文化・多民
規制機関ではうまく機能しないという見解が共
族化する社会への対応など,今日的課題に対
有されている。
し,BBC の果たすべき公共的役割について様々
次に,受信許可料制度について,この制度
な見解が本書で提示されている。本書は,今回
に言及した論考は多数あるが,基本的にはみ
のように政府の特許状更新作業が公開性に欠け
な受信許可料制度の妥当性を認めている。執
る状況の中で,絶好のタイミングで出版されたも
筆者らが共通して問題視していることは,2015
ので,BBC の将来像に関する意見を知るための
年 7月の政府とBBC の受信許可料の取り決め
有益な文献であると考える。(なかむら よしこ)
MARCH 2016
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