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トリー劣化の抑制に関する研究 - MIUSE

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トリー劣化の抑制に関する研究 - MIUSE
Doctoral Dissertation / 博士論文
トリー劣化の抑制に関する研究
太田, 司
三重大学, 2015.
本文
http://hdl.handle.net/10076/14547
トリー劣化の抑制に関する研究
2015 年 3 月
太 田
司
目
第1章
次
序論
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
1-1 背景と目的
1-2 高分子絶縁材料の歴史
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
1-3 高分子材料の絶縁破壊
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
1-4 トリーイング絶縁破壊
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
1-5 高分子材料の難燃化
1-6 金属水酸化物の難燃特性
1-7 本論分の概要
第1章 参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16
第2章 水酸化マグネシウムのトリー抑制効果の検証
2-1 緒言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
2-2 実験方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18
2-2-1 試料作製および実験条件
・・・・・・・・・・・・・・18
2-2-2 実験樹脂および試料について
2-3 実験結果
・・・・・・・・・・・・21
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
2-3-1 トリー長の計測
・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
2-3-2 耐電圧寿命試験
・・・・・・・・・・・・・・・・・24
2-4 トリーに曝された水酸化マグネシウム
・・・・・・・・・・・・26
2-5 トリーによる水酸化マグネシウムの構造変化
2-6 トリー抑制効果の考察
2-7 結言
・・・・・・・・・31
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36
第2章 参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38
第3章 アルミナ水和物のトリー抑制効果の検証
3-1 緒言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39
3-2 実験方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
3-2-1 試料内容
3-3 実験結果
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
3-3-1 トリー長の計測
・・・・・・・・・・・・・・・・・・41
3-3-2 耐電圧寿命試験
・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
3-4 トリーに曝されたアルミナ水和物
・・・・・・・・・・・・・・46
3-5 トリーによるアルミナ水和物の構造変化
3-6 トリー抑制効果の熱特性からの考察
3-7 結言
・・・・・・・・・・・51
・・・・・・・・・・・・・54
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57
第3章 参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
第4章 炭酸塩粒子のトリー抑制効果の検証
4-1 緒言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
4-2 実験方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
4-2-1 試料内容
4-3 実験結果
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61
4-3-1 トリー長の計測
・・・・・・・・・・・・・・・・・・61
4-3-2 耐電圧寿命試験
・・・・・・・・・・・・・・・・・・64
4-4 トリーに曝された炭酸カルシウムの構造変化
・・・・・・・・・66
4-5 トリーに曝された炭酸マグネシウムの構造変化 ・・・・・・・・・70
4-6 トリー抑制効果の熱特性からの考察
4-7 結言
・・・・・・・・・・・・・78
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79
第4章 参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・81
第5章 トリー抑制に与えるカップリング剤処理の影響
5-1 緒言
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82
5-2 実験方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・82
5-2-1 シランカップリング剤について
5-2-2 試料および実験方法
5-3 実験結果
・・・・・・・・・・・82
・・・・・・・・・・・・・・・・83
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・85
5-3-1 水酸化マグネシウムのカップリング剤の影響
5-3-2 アルミナ水和物のカップリング剤の影響
5-3-3 機械的特性と耐電圧寿命の関係
5-4 結言
・・・・・・・・・・・94
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・97
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98
6-1 本研究から得られた主な知見
6-2 本研究の工学的意義
謝辞
・・・・・・・90
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96
第5章 参考文献
第6章 総括
・・・・・85
・・・・・・・・・・・・・・・・98
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 101
本研究に関する発表
第1章 序論
1-1 本研究の背景及び目的
電気エネルギーの効率的利用に対する要請などから電力機器の小型化が推し進められ、
従来にもまして過酷な条件で絶縁機器および材料を使用する機会が多くなっている。様々
な高分子絶縁材料の中で、エポキシ樹脂は特に優れた電気特性、成型性などを有するため
に幅広く利用されており、将来もまた電力機器の高性能化や小型化などに貢献できる材料
と考えられる。一般的に、エポキシ樹脂にはシリカやアルミナなどの無機充填剤が配合さ
れ、金属などとの線膨張率の整合、剥離やクラック発生の防止、機械的強度の増加、コス
トの低減などのほか、様々な要求特性に答えるために充填剤が用いられている。これら無
機充填剤と高分子材料から構成される複合体材料においては、充填剤と樹脂との界面特性
が重要であり、通常密着性を強化するためにカップリング剤などの処理が施されている。
近年、高分子絶縁体は家庭用機器や高電圧機器など幅広く多様な環境で使用されるため、
より「安全」で「環境に優しい」材料が求められており、1990 年代前半より塩化ビニル電
線がノンハロゲン難燃電線に代わってきた事例がみられる。ここでは、ハロゲン系の難燃
剤に代わり有害ガスを発生しないノンハロゲン系の無機系難燃剤である金属水酸化物が添
加され活用された。最近では、車載用の多くの電線には高分子絶縁体の難燃性を向上させ、
さらに低環境負荷、低コストである金属水酸化物として水酸化アルミニウムや水酸化マグ
ネシウムが充填されている。金属水酸化物の難燃機構は熱エネルギーにより分解される際
に脱水反応することにあり、この際に周囲の熱エネルギーを吸収し温度上昇を抑制するた
め燃え難くなる。
高分子絶縁体が高電圧下で長時間使用されると、絶縁体表面や内部に存在するボイドに
電界が集中し局部的な放電が発生し、その結果材料中にトリー(Tree)状の破壊路を生じ、
それが成長し最終的に全路破壊に至る。1958 年に実際のポリエチレン電力ケーブル中にト
リーが発見されてから一気に注目を浴び、現在まで様々な研究が継続されている。
水酸化アルミニウムは代表的な金属水酸化物であり、絶縁体表面で発生するトラッキン
グ現象の放電から母材の高分子の劣化を軽減するために多く用いられている。しかしなが
ら、絶縁体内部で発生するトリー現象に対してその効果を検討した例は報告されていない。
放電エネルギーで母材の高分子が分解していく時に金属水酸化物がそのエネルギーを奪い
取れば部分放電の広がりを抑えられ、絶縁体の耐電圧寿命を延ばすことが可能であり、ひ
いては機器自体の信頼性も向上させられると考えられる。本研究では、まず、金属水酸化
物の脱水・吸熱反応に着目し、耐電圧寿命に与える効果を検証することを目的に進めた。
次に、金属水酸化物は水酸基を有し脱水反応するが、水酸基を有さず吸熱現象を示す粒子
(炭酸塩充填剤)についても同様の効果を検証した。さらに、複合体の絶縁破壊現象に大
1
きく影響を及ばすとみられるカップリング剤よる充填剤の表面処理の影響について検討し
た。
1-2 高分子絶縁材料の歴史
電気絶縁材料は、電力ケーブル、機器絶縁のほかエレクトロ二クス分野においても幅広
く使用されながら発展を遂げてきた
(1) (2)。高分子材料の電気絶縁分野における使用は、天
然ゴムから始まり、20 世紀になって合成高分子が用いられるようになり、その使用範囲は
電気機器などの発展とともに拡大してきた。また、これら電気絶縁材料は、単に絶縁性能
だけ要求されるのではなく、機械特性、熱特性、化学性質など様々な要求特性に答えなが
ら進化してきている(3) 。
高分子は、天然材料と合成材料および無機材料と有機材料に分けられる
(4) (5)
。 この二
つの分類を組み合わせた分類を Table 1-1 に示す。熱可塑性樹脂であるポリエチレンは、絶
縁材料として優れた電気的・機械的特性を有し、各種電気機器、電線・ケーブル、電気・
電子部品などに広く使用されている。安価でかつ容易に成型加工ができることから、世界
で最も普及している有機高分子材料の一つである。特に、電力・通信ケーブルの絶縁材料
として広く普及しており、架橋ポリエチレンを絶縁層とした 500kV ケーブルも実用化され
ている。電力系の技術革新で、ケーブルの高電圧化は実現してきたが、関連電気機器の高
Table 1-1 Classification of polymer
無機材料
天然材料
有機材料
気体:空気、窒素
繊維質:木材、パルプ
鉱物:マイカ(雲母)
動植物性油脂:あまに油
水晶
合成材料
菜種油
硫黄
石油系物質:鉱油、パラフィン
石墨
天然樹脂:天然ゴム
水素化ベリリウム
熱可塑性樹脂
(BeN2)n
・ポリエチレン
炭化ケイ素
・ポリプロピレン
(カーボロンダム)
・ポリスチレン
窒化ホウ素
熱硬化性樹脂
(BN)n
・エポキシ樹脂
シリカガラス
・尿素樹脂
(石英ガラス)
・メラミン樹脂
ポリシラン
・ウレタン樹脂
(SiH2)n
2
電力化、小型化、信頼性の向上、および使用環境条件の複雑・過酷化の傾向は年々増して
いるのが現状である(6) (7) (8) (9)。
高分子材料は電気関連分野だけでなく、日常生活の様々な用途で使用されており非常に
汎用性が高い材料である。ポリエチレンは、1939 年にイギリスの ICI 社が高圧法ポリエチ
レンの工業生産を開始し、触媒の改良で中圧法や低圧法での製造が可能となり飛躍的に発
展した(10)。
エポキシに代表される熱硬化性樹脂は、1907 年に発明されたフェノール樹脂(ベークラ
イト)に始まり、尿素樹脂やメラミン樹脂が開発された。その後不飽和ポリエステル樹脂、
シリコーン樹脂、エポキシ樹脂、さらにポリイミド樹脂へと展開されている。1950 年頃ま
では天然樹脂やフェノール樹脂がその中心であったが、1960 年を過ぎてからはエポキシ樹
脂が絶縁材料として注目され始め、その後発電機、変圧器、モータなどの主要な電気機器
やプリント配線板、あるいは半導体パッケージ用途など欠くことが出来ない材料に成長し
ている。熱硬化性樹脂が絶縁材料として重要な地位を築いてきた背景には、絶縁対象製品
の多様な要求に合わせて、硬化物の性能を調整し得る自由度が大きいことや用途に合わせ
た加工性に優れることが挙げられる(11) (12)。
高分子材料としてのエポキシ樹脂は、多官能性エポキシ化合物と硬化剤の反応で 3 次元
網状構造体が形成される。液状高分子材料は硬化収縮が小さく、接着性、耐熱性、耐薬品
性および電気的特性に優れている。欠点としては、耐候性と高度の強靭性が少し劣ること
がある。高分子前駆体としてのエポキシ樹脂は、分子量の見地から特にエポキシオリゴマ
ーと呼ばれることもある。数多く知られるエポキシ樹脂であるが、最も一般的に使用され
ているのは、ビスフェノールAジグリシジルエーテル(BPA 樹脂)であり、歴史的に最も
古く工業生産されたものである。
エポキシ樹脂硬化剤としては、脂肪族ポリアミンおよびポリアミド系、芳香族アミン系、
芳香族酸無水物系などが主として用いられている。一般的に前者は常温硬化用に、後者は
加熱硬化用として使用される。硬化速度、作業性、硬化後の物性は硬化剤の種類によって
著しく異なる。
エポキシ混合物は、エポキシ樹脂と硬化剤を基本に構成され、応用目的に応じて様々な
添加物が加えられている。重要な添加剤としては、硬化物性の改質剤と流動調整剤がある。
改質成分には充填剤があり、主な目的は、硬化収縮の低減、機械的特性の改良、熱伝導性
および電気伝導性の向上、難燃化などである。充填剤には多くの種類があり、それぞれの
改質効果が異なるので、慎重な選択が必要である。その他で重要な添加剤は、接着性の改
良に寄与するシランカップリング剤がある。
絶縁材料の劣化が電気機器の寿命と密接な関係を持つことから、機器の設計時に使用温
度を設定し、これに応じた絶縁材料を選択している。絶縁の耐熱温度クラスは、Table 1-2
に示したように規定されている(4)。近年、益々機器の小型化が進み、熱密度が増加する傾向
3
があり、耐熱樹脂の開発も活発化している。また、インバータ電源の革新的発展もあり絶
縁特性がより厳しくなっている。
Table 1-2 Class of heat resistant temperature
温度
基準
クラス
温度[℃]
おもな絶縁体
用途
Y
90
木綿、絹、紙など
低電圧機器
A
105
上記をワニス含浸など
一部の回転機・変圧器
E
120
エポキシ樹脂ほか
大容量回転機・変圧器
B
130
マイカなどと接着剤
高電圧機器
F
155
上記の耐熱材
高電圧機器
H
180
シリコーン樹脂&接着剤
乾式変圧器など
200
200
マイカ、ガラス&無機接着剤
220
220
250
250
耐熱性高分子材料では、フッ素系高分子材料、シリコーン系高分子材料、芳香族・複素
環系高分子材料、熱硬化性耐熱高分子材料などの研究・開発が盛んである(13)。また、近年
の絶縁材料においては、電力ケーブル PE 材のリサイクル技術や、ナノコンポジット、生分
解性ポリマー、自己修復性ポリマーなどが研究され一部実用化がされている。特に、ナノ
コンポジットは電気特性を変化させ、絶縁特性も向上させることがたくさん報告されてい
る(3)
(15)。ナノコンポジットでは、その構成材料であるポリマーとナノフィラーは従来から
用いられている材料と違わないため、工業化へのプロセスが容易であり将来が期待されて
いる。
1-3 高分子絶縁材料の絶縁破壊
高分子材料に直流電圧を印加し、電圧を上昇させると、低電界では電流は電界に比例し
て(オーム則)増加するが、電界が高くなると電流は急増し、やがて絶縁破壊に至る。破壊を
引き起こす電圧(VB)を絶縁破壊電圧、これを絶縁体の厚み(d)で割ったものを絶縁破
壊電界または絶縁破壊強度(EB=VB/d)と定義されている。絶縁破壊電圧は、絶縁体の厚み
のほか、印加電圧波形(交流、直流、インパルス電圧)
、印加時間、温度などによって変化
する。固体絶縁破壊は、その理論および現象面において理解が深められ、理論に対しては
イオン結晶を中心に多くの物性論的解釈が展開された。絶縁破壊現象は、比較的短時間で
絶縁破壊にいたる短時間破壊と長時間にわたる絶縁劣化現象を含む長時間破壊(絶縁劣化)
に大別される。
4
高分子材料の短時間破壊電界の一例を Fig.1-1 に示す。絶縁破壊電界は、材料の種類や温
度に依存するが、室温近傍では、数 MV/cm ものが多い。一般に、極性基を有する高分子材
料は低温でかなり高い絶縁破壊電界を示すが、温度とともに低下し、∂EB/∂T<0の特性
を示す。一方、無極性高分子材料では、低温領域で温度にほとんど依存せず、高温領域で
∂EB/∂T<0となる傾向を示すものが多い(11) (14)。
Fig.1-1 Temperature dependence of various polymer breakdown strength
固体絶縁材料の短時間破壊特性の提案されている破壊理論は、電子的破壊、熱破壊およ
び電気・機械破壊に大別されている。長い年月とともに絶縁性能が低下する絶縁劣化現象
は長時間破壊であり、特に有極性高分子材料にとって非常に重要である。Table 1-3 に示す
ように、電気的劣化、熱劣化、放射的劣化に分類される。
電気的劣化とは、試料に高電界を印加することにより、材料の変質が加速され、絶縁性
能の低下を引き起こす現象の総称である、主なものには、部分放電劣化、トリーイング劣
化、トラッキング劣化、アーク劣化などがある。絶縁体内部の微小空隙(ボイド)や絶縁
体に隣接する気中の局部的放電(部分放電)に曝されると、放電で発生する加速イオンや
電子による衝突、活性ガス(オゾン)などとの化学反応、局部的温度上昇などにより、高分子
絶縁体の性能が徐々に低下し、やがて絶縁破壊に至る。これを部分放電劣化という(16)(17)(18)。
電極上の突起、絶縁体内のボイドや異物からトリー状(樹枝状)の破壊路が発生・伸展
し、やがて電極間を橋絡し全路破壊に至る。これを電気トリー(19)という。トリーの伸展に
は、トリー状破壊路内の部分放電が関与し、材料の絶縁性能を低下させる。水と電界が共
存する条件下では、水によるトリー状の侵食が発生し、材料の絶縁性能を低下させる。こ
れを水トリーといい、電力ケーブル(ポリエチレン)で最初に発見された破壊現象である。
5
Table 1-3 Breakdown mechanism
短時間破壊
電子的破壊 ・真性破壊(∂EB/∂d=0,通常∂EB/∂T>0)
(極短時間) ・電子なだれ破壊(∂EB/∂d<0,∂EB/∂T>0)
・ツエナ破壊(∂EB/∂d=0)
・定常熱破壊(∂EB/∂T<0)
純熱破壊
(時間遅れ:大) ・インパルス熱破壊(∂EB/∂T<0)
電気・機械的破壊 ・(∂EB/∂T<0)
(時間遅れ有)
長時間破壊
電気的劣化 ・部分放電劣化
・トリーイング劣化
・トラッキング劣化
熱劣化
放射線劣化 ・放射線
・紫外線劣化
水トリーの劣化は、放電が発生しない 200~700V の極めて低電圧でも、固体中に水分が存
在すると容易に伸展することがある。ポリエチレン中のトリーの一例を Fig.1-2 に示す(4)。
Fig.1-2 Electrical tree and water tree in polyethylene(4)
スイッチの開閉などに伴うアーク放電の熱のため、近接する絶縁材料に導電性炭化路を
生じ絶縁劣化するのをアーク劣化という。また、湿潤した絶縁材料の表面が、表面漏れ電
流のジュール熱のため部分的に乾燥し、局部放電が生じ、導電性炭化路が形成され絶縁性
能が低下する現象をトラッキング劣化(20)という。
6
温度の上昇は化学反応を促進させ、酸化や分解などによる高分子材料の化学的劣化を早
める。また、高エネルギー放射線(電子線、γ線、中性子線、X 線など)や紫外線に高分子
がさらされると、ラジカルの発生、分子鎖の切断、架橋、酸化などを生じ絶縁性能が低下
する。
1-4 トリーイング絶縁破壊
絶縁体の長時間破壊は、電界の集中のために部分放電が発生し、徐々に材料を劣化させ、
その形態は樹枝(トリー)状を呈する(21) (22) (23) (24) (25)。
絶縁破壊の形態がトリー状を呈することは 1930 年代に無機ガラスやハロゲン化合物の固
体誘電体を用いた研究によって広く知られている。しかし現在では、一般にトリーは、ゴ
ム、プラスチックケーブルなど高分子絶縁材料の貫通破壊に対する前駆現象と考えられて
いる。1951 年、J.H.Mason(26)はポリエチレン中の円筒状ボイド内放電によりボイド周辺に
穿孔(pit)が形成され、この穿孔が成長すると放電エネルギー密度が増加し、ときには炭
化が起きる。さらに、穿孔がある程度の深さに到達すると新しい異なった機構による細い
枝状の部分放電が形成され、急速に進行して全路破壊に至ることを報告している。そして、
この破壊機構は、穿孔先端部分での高電界の形成に起因する真性破壊であろうと述べてい
る。この現象が高分子絶縁材料のトリーイング破壊の端緒であるが、実用絶縁構成では、
1958 年、D.W.Kitchin と O.S.Pratt(27)がポリエチレン電力ケーブル中の破壊初期にトリー
状破壊前駆現象のあることを発見したことから一躍注目を集めるようになった。彼らはト
リーの発生を模擬するために、針電極を材料中に挿入した試料を提案した。現在に至るま
で、多くのトリーイング試験がこの方法で作製された試料を用いている(28)。
トリーは固体が電子なだれ破壊とか部分放電劣化によって分解し、気化して抜け出した
痕跡である。そのトリー管の直径は数 μm 以下で、細管中は分解ガスが充満している。ボ
イドが固体絶縁物中に存在すれば、放電を生じトリー状に伸展しやすくなるが、電力ケー
ブルの電極部の不整あるいは内部に存在する鋭い形状を持った導電性異物などによる高電
界部分で、局部的な固体破壊を生じ、これが気化してボイドとなり、以後トリー状に伸展
することもある。様々な箇所からトリーは発生するが、交流高電圧印加に伴う部分放電を
基礎として発展する電気トリーにおいては、トリー発生までの潜伏期とトリー伸展期から
成る。潜伏期に最も影響する因子は、針電極先端のような局部的高電界の集中部の状態で
ある(29) (30)。そこにボイドが存在すると、そのなかで気体放電が生じ短期間にこれがピット
を形成しトリーに移行する。また、ボイドがなくても充分針先端電界が高く、これが固体
の真性破壊電圧を超えていれば、その部分の固体破壊を生じ、これがガス化して微小ボイ
ドを形成し、引き続いてトリーに伸展する。
トリーの進展機構としては、ボイド内の部分放電による進展が最も有力であると考えら
れる。部分放電による全面的な固体表面の侵食に続いて、放電の集中が起こると、そこに
7
ピット状の侵食が生じ、これが固体絶縁の内部を樹枝状のようになって伸展し、最終的に
貫通破壊を生ずる。トリーの発生・伸展機構は、電界の集中に伴う局部絶縁破壊、局部部
分放電劣化、局部電流集中による加熱に伴う熱破壊、マイクスウェル応力による機械的疲
労破壊などがある。また、全く電圧が印加されない時でも、腐食性ガスの雰囲気にあるケ
ーブルは、これらが外側より内側導体にまで拡散して、導体の銅と反応することが原因と
なる化学トリーというものも見出されている(14)。
トリーの伸展に対する原動力は、トリー管内に生じるパルス状の気体放電であり、トリ
ー管内が分解ガスによって高気圧となり、放電電圧が上昇して放電点火に至らなければト
リーの伸展は停止する。このような状態になると、トリーは再び高電界の電極より前のト
リー管とは異なった他の方向に改めて発達し、多くの分岐ができる。これがブッシュ状の
トリーやまりも状のトリーの生成原因である(10)。Fig. 1-3 に電気トリーの伸展例を示す。
Fig. 1-3 Tree extension characteristic(5 minutes after applying voltage)
トリー劣化機構は、部分放電劣化が活性酸素類の酸化反応に依存していたのとは異なり、
必ずしも酸素を必要としないが、トリー内の放電作用は、1)放電内の電子、イオンの衝
突
2)局部的温度上昇
3)トリー先端における高電界の形成などが考えられ、どの因
子が支配的か調べることが重要である。
充填剤は機械的特性および経済性の観点から主に使用されてきたが、現在では、高分子
の性質を積極的に改善するために使用されている。耐トリーイング性の向上を目的とした
働きとしては、ⅰ)欠陥をマスクしてトリーの発生を抑制する効果や、ⅱ)トリーの伸展
を抑制する効果などを期待し種々検討されている。また、高分子の高次構造との関係など
も研究の対象となり、多くの研究成果が報告されている(31) (32)。
トリーイング現象のシミュレーション(33)は過去から継続されてきているが、最新の研究
では分子軌道法から絶縁破壊現象(34)を解明しようとする試みもされている。これらシミュ
レーション技術は、現象の解明を促進し、完成すれば、絶縁材料や機器設計に大いに役立
つことが期待される。
8
1-5 高分子材料の難燃化
高分子材料の難燃化技術は、最近ますます注目を集めており、その主流となる添加型難
燃剤については大きな関心が寄せられている。これは最近の先端技術が活用されているコ
ンピュータや OA 機器等の筐体が金属からエンプラに変わり、自動車のボディの一部がエ
ンプラやポリマーアロイに代用されてきており、日常生活に占める繊維製品、家具調度品
に占める高分子材料の割合が増大している現在、安全性を考慮した各種規制に合格するこ
とが重要になっているからである。一方、社会的な環境衛生問題の改善要求から、安全で
人体に有害でない技術の追求が課せられている。この二つの方向からバランスの取れた技
術の向上が望まれている。また、最近の難燃化技術の動向をみると、単に難燃性の優れた
材料の開発ではなく、低有害性、低発煙性、低腐食性、耐熱性を兼ね備えた材料開発が要
求されてきている。
難燃剤の概略は Fig. 1-4 のように分類される(35)。大きく分けて添加型と反応型に分類す
ることができ、需要量は添加型が主流を占めており、反応型の 6~7 倍が使用されている。
有機難燃剤
添加型
無機難燃剤
難燃剤
反応型
リン系
臭素系
塩素系
その他
金属水酸化物
リン系化合物
その他
ビニル化合物
水酸基を含む化合物
エポキシ基を含む化合物
Fig. 1-4 Classification of frame retardant
日本における動向をみると、水酸化アルミニウム、三酸化アンチモンを中心とする無機
物系が多く、臭素系、リン系がこれに次いでいる(35)。これら添加型の技術を効率よく作用
させるためには以下の注意が必要である。
① 高分子の熱分解挙動に難燃剤の熱分解挙動がマッチしている
② 高分子の加工温度域では安定で、燃焼温度において効果的な分解をする
③ 難燃剤の粒子が細かいほど難燃性が高いが、高分子中での分散状態が悪い
④ 扱いやすく低環境負荷であること
高分子材料は、炭素、酸素、水素元素を主成分としているため極めて燃え易いものが多い。
9
PE、PP、PS などは、燃焼するときに約1万 cal/g の燃焼熱を発生する。比較的燃え難い
PVC でも 4,500cal/g の燃焼熱を示す。難燃性材料の目標値である UL-94,V-0 に合格するレ
ベルが PVC 程度の難燃性レベルである。
燃焼現象は、可燃成分と酸素、熱エネルギーの 3 つが必須要素であり、この一つでも欠
けると燃焼現象は起こらない。難燃化の基本は、これらの基本要因を制御することである。
高分子材料を燃焼させると、加熱されながら分解し、低分子量の可燃性ガスとなり、熱に
より発火して更に延焼し、拡大していく。燃焼の過程で活性な OH ラジカル, OOH ラジカ
ルのような燃焼を牽引する成分が生成する。難燃化には、この活性なラジカルの安定化が
必要となる。燃焼の制御には、酸素の遮断と断熱が重要な役割を発揮する。酸素の遮断に
は、不活性ガスの生成による遮断と燃焼残渣による遮断があり、断熱には燃焼残渣の役割
が特に大きい。燃焼残渣が増加すると、酸素を遮断し、断熱効果による燃焼の拡大を防止
する(36)。
高分子材料の燃焼と難燃化機構のコンセプトを Fig.1-5, 1-6 に示す。Fig.1-5 は、高分子
材料燃焼時の状態をモデル化したもので、分解, 燃焼, ラジカル発生, 煙の発生状態を示す。
Fig. 1-5 Polymer combustion and concept of frame retardant
難燃化機構は、ラジカルトラップ効果、酸素遮断効果、断熱効果、吸熱効果等に分類さ
れる。Fig. 1-6 は、高分子の分解挙動と難燃剤の分解挙動、チャー生成挙動とを対比させな
がら燃焼初期と燃焼中期から後期における効果的な難燃化機構をモデル化した図である。
燃焼の立ち上がりにおいては気相における難燃化機構が主として貢献すると考えられ、
難燃剤の分解と高分子材料の分解曲線をマッチングさせて効果的に難燃効果を付与するこ
とが重要である。三酸化アンチモンを添加したハロゲン化合物の系では、立ち上がりの難
燃化は充分出来ているが、ほかの難燃系では充分な効果が得られない。近年、最も注目さ
10
れている環境型難燃化技術は、金属水酸化物、りん化合物、シリコーン化合物、窒素含有
化合物、各種金属化合物などを中心とした難燃系が使われている。
Fig. 1-6 Incombustibility mechanism of frame retardant
ハロゲン系の難燃系と比較して環境安全性は高いが、難燃効率、成形加工性、物性など
が劣っており、課題となっている。
エポキシ樹脂製品の難燃化技術としては、①ハロゲン化エポキシ樹脂の利用、②その他
難燃基をもつエポキシ化合物、③添加型難燃剤、④含ハロゲン硬化剤、⑤不燃性フィラー
添加などの方法が用いられている(37)。半導体封止材、電気成形品、接着剤などに使用され、
イオン導電性物質の少ない優れた電気特性が要求される。エポキシ樹脂に用いられる代表
的な難燃剤としては、酸化アンチモン、水酸化アルミニウム、リン酸アンモニウムなどが
ある。
1-6 金属水酸化物の難燃特性
金属水酸化物は、水酸化アルミニウム(Al(OH)3)および水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)
に代表され、リン系難燃剤とともに非ハロゲン系難燃剤として中心的な役割を果たしてい
る。1990 年代よりハロゲン難燃剤に代わり高分子の難燃剤として使われるようになり、現
在、エコ電線ケーブル、熱硬化性樹脂やゴム・エラストマー、熱可塑性樹脂、紙・合成繊
維などに使われている。
その難燃化機構は、脱水吸熱反応による燃焼抑制と燃焼残渣中に生成するチャー、酸化
金属層による断熱効果、酸素遮断効果による燃焼抑制効果である。燃焼時に生成する酸化
アルミニウムや酸化マグネシウムは、煙の主成分である微粒子カーボンを酸化して一酸化
炭素や炭酸ガスに変える効果を示すため、低発煙効果を発揮する。難燃効率は低いため多
量の添加量が必要であり、物性や成形加工性の低下が起こり易い。そのため、改良が試み
られ、主に粒子形状、粒度分布、表面処理、難燃助剤などの面から検討されている(38)。
11
金属水酸化物は、高温時に脱水反応により、周囲から潜熱を奪い、その温度を低下させ
る特徴を有する。金属水酸化物などの熱分解特性を Fig.1-7、1-8 に示す。水酸化アルミニ
ウムは、3 分子の水酸基を、ベーマイト(AlO(OH))は、1分子の水酸基を、水酸化マグネ
シウムは、2 分子の水酸基を保有し、高温で分解反応して水を発生する。これら金属水酸化
物の放出する水の吸熱量および分解開始温度が難燃特性に大きく影響する。水酸化アルミ
ニウムは、約 200℃~300℃に、水酸化マグネシウムは約 300℃~400℃に脱水・吸熱温度
域を持つため、水酸化アルミニウムは、比較的低温で分解する高分子に、水酸化マグネシ
ウムはより高温域で作用できるので高温分解型の高分子(例えば、ポリオレフィンなど)
に用いられる。水酸化アルミニウム(39)は、ギブサイト、バイヤライト、ダイアスポア、ベ
ーマイトなど様々な結晶形態で存在している。工業的に量産されるのはギブサイト型であり、
一般的にはこの型を指す。いずれも天然に存在するが純粋なものは少ない。水酸化アルミ
ニウムの吸熱ピークは細かくは3か所みられ、それぞれ次の脱水反応に相当する。
① 2Al(OH)3→Al2O3・H2O+2H2O (245℃、一部がベーマイト転移)
② 2Al(OH)3→Al2O3+3H2O (320℃、ギブサイトの脱水反応)
③ Al2O3・H2O→Al2O3+H2O (550℃、ベーマイトの脱水反応)
①の反応は水酸化アルミニウムの大きさによって変化し、粒子径が1μm よりも小さい場
合は反応が起こらず、したがって③の反応も起こらない。これらの脱水反応に伴う吸熱量
は、高分子の着火を抑制し燃焼の継続を阻害する。
10℃/min
2
← 吸熱 [arb.unit]
0
CaCO3
-2
-4
AlO(OH)
-6
Al(OH)3
MgCO3
Mg(OH)2
-8
-10
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900
温度 [℃]
Fig. 1-7 Thermal decomposition characteristics
12
1000
1200
Mg(OH)2
MgCO3
1000
Al(OH)3
CaCO3
吸熱量[J/g]
800
600
AlO(OH)
400
200
0
0
200
400
600
800
1000
分解ピーク温度[℃]
Fig. 1-8 Endothermic energy amount and decomposition peak temperature
一方、水酸化マグネシウムは、安全性の高い物質であり、主に電線やケーブル用途に使
われてきた。天然にも産し、六方晶の結晶構造も持つ。吸熱反応は、次のような脱水反応
であり、酸化マグネシウムと水が生成する(40)。
Mg(OH)2→MgO+H2O
金属水酸化物などのその他の特性を Table 1-4 に示す。各金属水酸化物の材料温度の抑制
Table 1-4 Property of each particle
13
効果、表放散熱量の低下効果、発火点上昇および延長効果、酸素指数上昇効果、炭化促進
効果などの特性は、一長一短があり、必要に応じて使い分けが必要である。
金属水酸化物の難燃効率を高めるために多くの難燃助剤の開発も進んでいる。①金属化
合物、②リン化合物、③シリコーン化合物、④その他(カーボンブラックなど)に分類さ
れる。
1-7 本論文の概要
本研究は、難燃剤として用いられている金属水酸化物および吸熱現象を示す炭酸塩充填
剤について耐電圧特性に及ぼす効果を検証したものである。金属水酸化物である水酸化ア
ルミニウムは高分子絶縁体に添加され、絶縁体表面の漏れ電流に起因するトラッキング劣
化の防止剤として活用されているが、絶縁体内部の部分放電に起因するトリーイング劣化
について報告された事例がない。そこで本論では、エポキシを母材とする複合体において、
絶縁性能として、AC 高電圧印加条件でのトリー長の計測および耐電圧寿命試験を実施した。
また、各粒子の吸熱反応の証明が不可欠であり、試験試料中のトリー部の SEM 観察および
TEM 試料における電子線回折で各粒子の構造変化を調べることから吸熱反応を検証した。
さらに、耐電圧寿命への影響度が大きいとされる充填剤の表面処理について検討した。
本論分の概要を各章ごとにまとめると次にようになる。
第1章は、本論分の目的を述べるとともに、高分子絶縁材料の破壊現象および難燃現象
について解説する。
第2章は、金属水酸化物である水酸化マグネシウムのトリー抑制効果を検証した内容で
ある。エポキシ単独よりもトリー長の伸びが抑制され、耐電圧寿命も大幅に延びる。トリ
ー中の水酸化マグネシウムは、初期より形状が大きく変化しており、電子線回折から酸化
マグネシウムの回折像が得られ、脱水・吸熱反応が明らかになる。水酸化マグネシウムは、
トリー抑制剤としての機能を持つことを明らかにした。
第3章は、金属水酸化物であるアルミナ水和物(水酸化アルミニウム, ベーマイト)のト
リー抑制効果について、水酸化マグネシウムと同様に検証した内容である。水酸化アルミ
ニウム添加試料のトリー長が抑制され、耐電圧寿命も大幅に延びる。ベーマイトの耐電圧
寿命は、水酸化アルミニウム試料より短い。トリー中の粒子変形は水酸化アルミニウムが
著しい。電子線回折では、元の結晶構造が壊れた非晶質を示す回折像が得られた。粒子の
吸熱反応はトリー接触部からごく薄い表面層で起きており、この現象は水酸化マグネシウ
ムの場合と同じ傾向である。吸熱量が少ないと抑制効果が低下するが、粒子の分解する温
度域もトリーを抑制する効果を左右する因子であることも分かる。
第4章は、炭酸塩粒子である炭酸カルシウムおよび炭酸マグネシウムのトリー抑制効果
について金属水酸化物と同様に検証した内容である。炭酸塩充填試料についても金属水酸
14
化物充填試料に劣らない長寿命を示す。水酸基を有さない吸熱粒子である炭酸カルシウム
および炭酸マグネシウムにおいてもトリー抑制剤としての機能を持つことを明らかにした。
吸熱反応は、金属水酸化物より分解温度が高いため、金属水酸化物よりも更に薄い表面
層で起きていることが分かる。母材のエポキシの分解温度より高い高温に分解温度を持つ
粒子においてもトリー抑制効果があることが分かり、分解温度が高いほどトリー抑制効果
が大きいことが考察された。
第5章は、耐電圧寿命に影響することが知られている充填剤の表面処理について検討し
た内容である。表面処理剤としては、シラン系カップリング剤を用いた。金属水酸化物や
その酸化物粒子を湿式処理し、試料を作製し、耐電圧寿命を調べたが、未処理試料の 2、3
倍の寿命である。界面の密着性は、破断面の SEM 観察で確認できたが、機械特性では変化
が現れなかった。また、カップリング剤未処理試料を絶縁油に試料を浸漬させると、寿命
はカップリング剤処理の最高レベルに相当し、スクリーニング処理として利用できること
が分かった。
第6章は、本論文の総括である。
15
第1章 参考文献
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(13) 垣内:
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(22) 犬石, 中島, 川辺, 家田:
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16
(24) T,Imai, F.Sawa, T.Ozaki, S.Kuge, M.Kozako, T.Tanaka :”Approach by Nano-and
Micro-filler toward Epoxy-based Nanocomposites as Industrial Insulating
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(31)「固体絶縁材料の添加剤・充填剤効果」, 電気学会技術報告(Ⅱ)部 第 342 号(1990)
(32)「トリーイング劣化機構と高分子高次構造の影響」
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形成されるトラップサイト」電気学会論文誌 A Vol.132, No.2, pp.129-135(2012)
(35) 大勝:
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(38) 西澤:
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(39) 尾西:「水酸化アルミニウムの技術動向」,日本ゴム協会
Vol.75, No.8, pp.330-332
(2002)
(40) 浜野:「水酸化マグネシウムの脱水について」,窯業協会協 Vol.71,No.4, pp.101-105
(1963)
17
第2章 水酸化マグネシウムのトリー抑制効果の検証
2-1 緒言
高電圧の電気機器には様々な目的で充填材を複合した電気絶縁材料が多く使用されてい
る(1)(2)(3)(4)。このような電気絶縁複合材料は、樹枝状の部分的な絶縁破壊が伸展して、最終
的に全路破壊に至ることが知られている。このような、有機絶縁体中に生じる破壊現象は
“トリーイング(Treeing)”と呼ばれており、数多くの研究がされ、電気学会技術報告にも
多数まとめられている(5)(6)。トリーが貫通できないガラスなどの充填剤を用いるとトリー伸
展に対するバリアとして働き、伸展速度が遅くなることや、破壊までの時間が長くなるこ
とが報告されている(7)(8)(9)(10)(11)。
難燃剤として使用されている金属水酸化物は、高温下で吸熱・脱水反応を引き起こし、
周囲の温度上昇を抑制することにより難燃剤として機能するものである
(12)(13)(14)。
金属水酸
化物の一つである水酸化アルミニウムは表面でのトラッキングなどの放電から母材の高分
子材料の劣化を軽減するために多く用いられている(15)(16)(17)。しかしながら絶縁体内部で発
生するトリーに対して金属水酸化物の効果を検討した例はこれまで報告されていない(18)(19)。
金属水酸化物が部分放電のエネルギーを分解時に消費すれば、その分母材の劣化が少なく
なり、その結果トリーの伸展が抑制され、絶縁寿命が長くなることが期待できる。金属水
酸化物の分解、つまり脱水・吸熱現象に着目し、トリー抑制効果について検討する。一般
的に金属水酸化物としては、水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウムが知られているが、
吸熱量や反応の温度域が異なる。最初に、分解温度域が水酸化アルミニウムより100℃程度
高く、その分加工温度が高い樹脂にも使用できる水酸化マグネシウムを取り上げる。母材
をエポキシ樹脂として、水酸化マグネシウム粒子を添加した樹脂を作製し、耐電圧寿命試
験(V-t)やトリーの長さ計測などを実施した。また、トリー中に存在する水酸化マグネシ
ウムの形態観察や電子線回折により脱水・吸熱反応を検証する。
2-2 実験方法
2-2-1 試料作製および実験条件
トリーの観察や耐電圧試験については,Fig.2-1 に示すような薄葉状の試料を作製した。
これはスライドガラス上に電極としてアルミ箔(幅:15mm, 厚み:30: μm)と先端を電解研
磨したタングステン線(φ30μm,先端曲率半径:約 0.1μm)を 1mm の距離で設置し、その
上を樹脂で封止したものである。トリーの観察をしない耐電圧寿命試験用の薄葉試料は、
トリーの先端が試料表面に達することを防ぐために外周を樹脂で堰を作るなどして、トリ
18
Epoxy resin
Slide glass
Aluminum foil
Tungsten wire(Φ30μm)
Fig.2-1 Side view of sample for voltage lifetime test
ー長測定用試料よりも厚手(厚さ:3~4mm 程度)の試料を作製した。また、トリー計測
や観察用の試料は、トリーを見やすくするため樹脂厚を 1mm 程度に薄く作製したものを用
いた。
タングステン線の電解研磨の方法を Fig.2-2 に、研磨後のタングステン線の一例を Fig.2-3
タングステン線
(30μm)
金線
NaOH(0.6N)膜
4mA
NaCl
Fig.2-2 Electrolytic polishing method
Fig.2-3 Tungsten needle
19
に示す。電解研磨は電気分解の時、アノードの金属が溶解することを利用した研磨方法で
ある。タングステン線をアノードとして、水酸化ナトリウム膜中で大きい電流密度で処理
すると、電気分解によりタングステン線は溶解し研磨される。研磨時間を考慮して、直流
電流は 4mA を流した。水酸化ナトリウムは金線の輪の中に入れるが、金線にタングステン
線が触れると歪んだ形状となるため、輪に接触させないことや研磨中に動き難いようにな
るべく直線状のタングステン線を使うように注意した。
エポキシ樹脂は、主剤として市販のビスフェノール A 型液状樹脂(ナガセケムテックス
㈱製:アラルダイト CY225)
、硬化剤として市販の変性脂環式酸無水物(ナガセケムテック
ス㈱製:ハードナーHY925)を用いた。混合の方法や硬化温度や時間については、メーカ
エポキシ
水酸化マグネシウム
硬化剤
混合、攪拌
70℃ 30分
真空脱泡 モールド 熱硬化(大気中)
70℃ 30分
140℃ 8時間
水酸化マグネシウム
70℃、30分攪拌
Fig.2-4 Preparation step for molding resin
の推奨条件に従った。樹脂作製手順は Fig.2-4 に示す。まず、エポキシ 100 重量部、硬化剤
80 重量部および金属水酸化物を各重量部準備し、約 70℃で 30 分間別々に攪拌する。その
後、エポキシと硬化剤を混合し、再び 30 分間攪拌する。その後、真空脱法を約 70℃,30 分
実施する。真空脱法した樹脂をスライドガラスにモールドし、それを乾燥器に入れて、70℃
×2 時間+140℃×8 時間で完全硬化させる。
トリー長の計測方法を Fig.2-5 に示す。Fig.2-1 に示した薄葉試料のタングステン線とア
ルミ電極間(1mm)に AC 高電圧を印加し、この電極間を延びるトリー長を顕微鏡で測定す
Needle electrode
Length of tree
Flat electrode
Fig.2-5 Measurement method of tree length
20
Fig.2-4. Measurement method of tree length
る。測定後は再び電圧を印加し、絶縁破壊するまで同様の操作を繰り返した。トリー長は、
Fig.2-5 のように光学顕微鏡で針先端から最も長いトリー先端までの長さを測定した。
耐電圧寿命試験の電圧印加条件は Fig.2-6 に示す。約1kV/sec の割合で電圧を上昇させ、
所定の試験電圧(15~22.5kV)まで上げた後一定に保持し、絶縁破壊するまでの時間(tB-t0)
を測定した。他の試料への破壊時の影響を除くため、並列試験ではなく、一個ずつの試験
を行った。絶縁破壊後は試料の破壊路を観察し、沿面破壊など適正な破壊でない試料は、
データから除外した。
さらに、各充填剤の分解や吸熱反応を確認するために、トリー中の粒子を SEM 観察し、
最終的に TEM 試料における電子線回折により粒子の構造変化を調べた。
V [kV]
tB-t0:BreakdownTime
1
1 t0
t [s]
tB
Fig.2-6 Voltage profile of the voltage lifetime test
2-2-2 実験樹脂および試料について
水酸化マグネシウム系の耐電圧寿命試験に使用した材料および作製樹脂を Table 2-1 に示
す。水酸化マグネシウムは平均粒径が約 1μm で、製造メーカや形状の違う市販品を 3 種類
と酸化マグネシウムを 1 種類用いた。シラン系カップリング剤処理有無の水酸化マグネシ
Table 2-1.
Epoxy resin composite samples
Sample Name
size[μ m]
Magnesium hydoxide①
0.88
Magnesium hydoxide②
Magnesium hydoxide③
Magnesium oxideⅠ
1.2
1.2
-
21
Coupling agent Amount[phr]
W
15,30,45
W/O
15,30
W/O
15,30
W/O
15,30
W/O
15
ウム①(協和化学工業㈱製:キスマ 5P,5)とカップリング剤未処理の水酸化マグネシウム②
(タテホ化学工業㈱製:エコマグ PZ-1),③(神島工業㈱製:マグシーズ X-6)および酸化マグ
ネシウム(協和化学工業㈱製:500-04R)である。シラン系カップリング剤は処理したものを
入手したのでカップリング剤の名称や処理方法は不明である。各粒子の添加量は Table 2-1
のように、15, 30, 45 重量部(高分子樹脂重量 100 に対する充填剤重量の割合)で試料を作製
した。平均粒径1μm 程度のものを準備したが、形状およびサイズは少しずつ異なる。トリ
ー長の測定には 15 重量部の充填量の試料を使用した。
各粒子の SEM 画像を Fig.2-7 に示す。同図より水酸化マグネシウム①および③は丸から
楕円の厚板の様な形状をしており、水酸化マグネシウム②は結晶構造を反映した三角ある
いは六角柱の形状で、比較用として用いた酸化マグネシウムはサブミクロンサイズの小さ
な粒子が集まった形状をしている。
水酸化マグネシウムは約 340℃から(1)式に示す吸熱・脱水反応が起きて、酸化マグネシ
ウムへと変化する(15) 。高温に曝された場合、粒子形態が初期状態からどのように変化する
のか調べるために粒子単独や耐電圧寿命試験後の試料によるトリー中の水酸化マグネシウ
ムの形態は SEM を用いて観察した。また,水酸化マグネシウムから酸化マグネシウムへの
1.5μm
1.5μm
(a)
Magnesium hydroxide ①
(b) Magnesium hydroxide ②
1.5μm
1.5μm
(c) Magnesium hydroxide ③
(d) Magnesium oxide I
Fig.2-7 Shape of various fillers
22
変化の状態について検討するため、電子線回折を実施した。
Mg(OH)2 → MgO + H2O
・・・
(1)
2-3 実験結果
2-3-1 トリー長の計測
Fig.2-8 に電圧(17.5 kV)印加後の経過時間でまとめたトリー長測定の結果を示す。図か
らわかるようにエポキシ単独試料はトリーの成長が早いが、水酸化マグネシウム 15 重量部
試料は、0.2mm 程度伸びた後成長が遅くなっていることがわかる。エポキシ樹脂単独試料
では、1mm 以下の長さで途中停止しているデータは、次の課電中に破壊したものであり、
トリー長が1mm を超えるものはトリーがななめ方向に延びて破壊したことを示している。
1.4
Epoxy
Tree Length[mm]
1.2
1
Mg(OH)2①15phr
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
10
20
30
Time [min]
40
Fig.2-8 Measurement of tree length
50
60
70
(17.5 kV)
次に、各試料に 17.5kV を印加し、同程度の長さに成長したトリーの例を Fig.2-9 に示す。
(a)はエポキシ単独試料で、(b)は水酸化マグネシウム 15 重量部試料の写真である。エポ
キシ単独試料は比較的枝分かれが少ないが、水酸化マグネシウム充填試料のトリーは枝分
かれが多く、また太くはっきりしている特徴が見られた。なお、水酸化マグネシウム充填
試料では Fig.2-9(b)の様な枝分かれが多い状態から、まりも状と表現されるトリーまで形状
にばらつきがみられるが、いずれの試料もエポキシ単独試料よりも枝分れが多いことが観
察できた。粒子の変形については、2-4 節で詳細を述べるが、トリーの先端が粒子に接した
時そこで脱水・吸熱反応が起き、粒子の形状が変化しトリーの枝分かれが発生するものと
23
100μm
100μm
(a) Epoxy (15min)
(b) Mg(OH)2①15phr (120min)
Fig.2-9 Observation of tree
考えている。トリーが枝分れすると、部分放電のエネルギーが分散することや、トリー先
端の電界が弱まるためトリーの伸びが抑えられると考えられる(7)。
このようにトリー計測実験より、水酸化マグネシウム充填試料はエポキシ単独試料より
トリーの成長が抑制されることが確認できた。
2-3-2 耐電圧寿命試験
印加電圧を 15kV,17.5kV,20kV,22.5kV とした場合の絶縁破壊までの時間を Fig.2-10
に示す。図では同じ印加電圧でもばらつきの範囲を示す線が重ならないように左右に少し
ずつずらして示してある。また,ばらつきは最大値と最小値を示し、カップリング剤処理
ありを記号 W, なしを W/O で示した。データ数は概ね 10 個である。耐電圧寿命の平均値
はいずれの水酸化マグネシウム充填試料もエポキシ単独試料よりも長くなった。耐電圧寿
命は水酸化マグネシウムの充填量が増えるにつれて延びる傾向がみられ、水酸化マグネシ
ウム①の 45 部充填試料が実験試料中で一番破壊までの時間が長く、エポキシ単独試料に比
べて 2 桁以上延びている。
Fig.2-10 の印加電圧 17.5kV のデータを使い、耐電圧寿命を充填量依存性データとして
Fig.2-11 示す。水酸化マグネシウムは、15 部で約 10 倍、30 部で 100 程度寿命が延びるこ
とが見て取れる。水酸化マグネシウムは製造メーカの違う3社から入手し、粒子形状も異
なっていたが、耐電圧寿命に与える効果に顕著な差はみられなかった。
水酸化マグネシウム①でのカップリング剤処理については、処理をしたものの方が絶縁
破壊までの時間は長い傾向が見られる。カップリング剤未処理試料では、樹脂とフィラー
界面の密着性が低く、界面が欠陥として作用するために、絶縁破壊までの時間が短くなっ
たものと考えられる(7)。カップリング剤処理有無による分散性は、SEM 画像からは大きな
24
1000
Epoxy
100
Mg(OH)2①15phr W
Voltage Lifetime [h]
Mg(OH)2①30phr W
10
Mg(OH)2①45phr W
Mg(OH)2①15phr W/O
1
Mg(OH)2①30phr W/O
Mg(OH)2②15phr W/O
Mg(OH)2②30phr W/O
0.1
Mg(OH)2③15phr W/O
Mg(OH)2③30phr W/O
0.01
0.001
12.5
15
17.5
20
22.5
25
Applied Voltage [V]
Fig.2-10 Dependence of applied voltage on the voltage lifetime
1000
Epoxy
100
Mg(OH)2①15phr W
Voltage Lifetime [h]
Mg(OH)2①30phr W
10
Mg(OH)2①45phr W
Mg(OH)2①15phr W/O
Mg(OH)2①30phr W/O
1
Mg(OH)2②15phr W/O
Mg(OH)2②30phr W/O
0.1
Mg(OH)2③15phr W/O
Mg(OH)2③30phr W/O
0.01
0.001
0
10
20
30
40
50
Filler amount [phr]
Fig.2-11 Dependence of applied voltage on the voltage lifetime(17.5 kV)
25
違いはみられておらず、違いはないものと考えている。カップリング剤未処理試料でも、
母材であるエポキシよりも耐電圧寿命は長くなっており、水酸化マグネシウムの充填の効
果は界面の密着性による負の効果を上回っていることが考えられる。カップリング剤の影
響については、第 5 章で詳細を述べる。
酸化マグネシウムの耐電圧寿命は、エポキシ樹脂単独試料に比べると延びているが水酸
化マグネシウムの効果に比べると小さい。酸化マグネシウムには脱水・吸熱などの効果は
ないので、破壊時間が延びたのは無機材料としてトリーの伸展を妨げることや、トリーの
先端が粒子表面で枝分かれして先端の電界を緩和したりすることが原因と考えられる(7)。
比較のため、シリカを 15, 30 重量部充填した試料の耐電圧寿命を Fig.2-12 に示す。印加
電圧は、17.5kV である。シリカは、球状で公称φ1μm の粒子である。
図からわかるように、シリカを 15, 30 重量部充填した両試料はエポキシ樹脂単独試料と
変わらない寿命である。充填量を 30 重量部に増加させると、粒子と樹脂の界面処理をして
いないため、粒子と樹脂の界面に微小なボイド(空気層)が増加し、寿命の短いものが増
える傾向がみられたと考えられる。
10
Epoxy
SiO2 15phr
Voltage Lifetime [h]
1
0.1
0.01
0
10
20
30
40
Filler amount [phr]
Fig.2-12 Voltage lifetime of SiO2 15phr sample applied 17.5kV
2-4 トリーに曝された水酸化マグネシウム
水酸化マグネシウム①15 重量部試料のトリー部の観察を行った。3 箇所のトリー部分の
SEM 画像例を Fig.2-13(Part-Ⅰ),2-14(Part-Ⅱ),2-15(Part-Ⅲ)に示す。Fig.2-13(Part-Ⅰ)
の(b),(c),(d)は,(a)から順に破線で示した領域の拡大写真である。Fig.2-13(a)は,トリー
が枝分かれした形状の部分である。画像の斜め右上方にタングステン線電極があり、右上
方から延びてきたトリーが枝分かれしたものとみられる。トリー終端部(図(b)の破線部)
26
Tungsten electrode
Magnesium hydroxide
Tree
(b) Section of tree
6μm
(a) Tree cavity and neighboring section
1.5μm
(b) Section of tree
Magnesium hydroxide
Analysis position
水酸化マグネシウム粒子
600nm
150nm
(c) Magnesium hydroxide changed by tree (d) Changed part of magnesium hydroxide
Fig.2-13 SEM observation of tree and Magnesium hydroxide (Part Ⅰ)
には、水酸化マグネシウム粒子があり、その存在でトリーの伸展がこの部分で止まったと
見られる箇所である。トリーはおよそ 1~1.5μm 幅の空洞で、内壁には粒子状の大小の堆積
物が付着している。ここにある水酸化マグネシウム粒子は、(c)にみるように、トリーの接
した部分は部分放電で粒子が細かく分解されていることが分かる。また、(d)のようにトリ
ーに接している部分は、表面がでこぼこに変化し、内部に細孔も見られるが、トリーに接
していない部分は均質な状態でトリーに接した部分だけが変質しているものと見られる。
次に、同試料の別の箇所のトリー部を Fig.2-14(Part-Ⅱ)に示した。タングステン電極は、
斜め右下方向にあり、トリーが二股に分岐した位置である。トリーの幅は、1.5μm 程度で、
Part-Ⅰのトリーと変わりがない。トリー部は、完全な空洞ではなく、分解物が多量に詰ま
っている状態が見られる。また、図(d)にみるようにトリーの放電に曝された粒子面は、で
こぼこに形態が変化しており、放電により粒子が分解されたことを示しているものと考え
られる。
さらに、Fig.2-15(Part-Ⅲ)には比較的直線状にトリーが伸びている部分のトリーの断面
図を示す。トリーサイズは、1μm 程度でほかの部分と同程度であったが水酸化マグネシウ
27
Tungsten
electrode
Tree
6μm
(a) Tree cavity and neighboring section
Magnesium hydroxide
1.5μm
(b) Section of tree
Magnesium hydroxide
150nm
600nm
(c) Magnesium hydroxide changed by tree (d) Changed part of magnesium hydroxide
Fig.2-14 SEM observation of tree and Magnesium hydroxide (Part Ⅱ)
Tree
Tree
Magnesium
hydroxide
6μm
(a) Tree cavity and neighboring section
1.5μm
(b) Section of tree
Analysis position
600nm
(c) Magnesium hydroxide changed by tree
150nm
(d) Changed part of magnesium hydroxide
Fig.2-15 SEM observation of tree and Magnesium hydroxide (Part Ⅲ)
28
(a) SEM image of sample
(b) Mapping of Chemical element C
(c) Mapping of Chemical element O (d) Mapping of Chemical element Mg
Fig.2-16 Analysis of chemical element mapping
ム粒子は、全体的に蓮根のように大きな穴が多数開いている状態がみられた。これは脱水
した穴が成長したものと思われる。このように、水酸化マグネシウム粒子は、トリーに接
した粒子のいずれも初期から形態が顕著に変化していることが確認できた。
トリー中の堆積物は、オージェ,EDX で分析した。水酸化マグネシウム充填試料の別の
トリー部であるが、元素マッピングの分析結果を Fig.2-16 に示す。トリー中の堆積物は、
Mg および O の強度が強く水酸化マグネシウム由来の分解物が多いことが予測される。
比較のために、エポキシ単独試料のトリーの SEM 画像を Fig.2-17 に示す。トリー内壁
は比較的なめらかな部分(a)と堆積物のように少しでこぼこしている状態(b)の二つの状態
が観察された。トリー内壁の凹凸状態は、放電の繰返しでなめらかになっていくものと考
えられる。
また、エポキシ単独試料のトリーの直径は 0.2~0.4μm 程度で水酸化マグネシウム充填試
料のそれよりも細く、
前述した Fig.2-9(a)のエポキシ樹脂試料のトリーが不鮮明な理由と思
われる。最後に、参考資料として、シリカを添加した試料のトリーを Fig.2-18 に掲載する。
シリカは 1μm 程度のサイズであるが、シリカの形状を変えることなく粒子表面を通り抜け
ている(1)(10) 。
29
150nm
150nm
(a)Tree cavity (No.1)
(b) Tree cavity (No.2)
Fig.2-17. SEM observation of tree in Epoxy Sample
Fig.2-18 SEM observation of tree in SiO2 Sample
水酸化マグネシウム粒子が高温に曝されたときの形状変化について検討するため、充填
剤として用いた水酸化マグネシウム①を 150℃~1000℃で加熱処理をして、SEM による観
察を行った。Fig.2-19 は各温度で加熱処理した粒子の SEM 画像を示す。各処理温度は吸熱
開始温度を参考に決めたが、380℃で一部酸化マグネシウムに変化していることが X 線回折
より確認できている。380℃,500℃での形態変化は少なく、1000℃では表面がでこぼこに
変化している。1000℃に加熱された粒子の表面に見られる小さな穴は脱水・吸熱反応に伴
って生じたものと考えられる。Fig.2-19 は粒子の表面写真であるが、断面も同様に細孔が
できている。Fig.2-13~15 でのトリー中の粒子の形態変化は、粒子単独の 1000℃での加熱
処理による形態の変化よりも更に大きいと見られる。このように、粒子の温度処理からは
30
600nm
600nm
(a) 150℃, 15 min
(b) 380℃, 15 min
600nm
600nm
(c) 500℃, 15 min
(d)1000℃, 15 min
Fig.2-19 Morphological change by heating of magnesium hydroxide particle
トリー先端やトリーの途中の部分での温度は不明であるが、水酸化マグネシウム粒子の形
態の変化が著しく、トリー細管内で生じた放電により 1000℃を超える高温で起きる分解な
どが引き起こされたことが推察される。
2-5 トリーによる水酸化マグネシウムの構造変化
水酸化マグネシウムの吸熱反応を確認するために、Fig.2-13(c)の青の直線で示した断面
位置で TEM 試料を作製し、電子線回折を行った。Fig.2-20 は断面 TEM 画像であり、図(b)
は図(a)の破線部の高倍率の像である。図(b)にみられるように、水酸化マグネシウムの中
央付近は、円形の濃淡の違いがみられ、その周辺より不均質なことが予測される。水酸化
マグネシウム電子線回折の分析箇所を Fig.2-21 に、各部の電子線回折像を Fig.2-22 示す。
A および B 点は粒子の中央部で、C および D 点はその周辺でトリーに接した位置で、E
点はトリーに接していない隣の粒子である。電子線回折像には、水酸化マグネシウムや酸
31
化マグネシウムの回折スポットも重ねて示している。Fig.2-22 にみられるように、トリー
に接した A,B,C,D 点は、水酸化マグネシウムと酸化マグネシウムのふたつの回折像が得ら
れ、トリーに接していない隣の粒子の E 点は水酸化マグネシウムのままであった。つまり、
Protective film
Magnesium hydroxide
0.2 m m
50nm
(a) TEM image
(b) Expanded TEM image of dotted line part
Fig.2-20 TEM image of the tree part including the magnesium hydroxide particle
(Part Ⅰ)
Protective film
A
C
E
B
D
Fig.2-21 Analysis positions of the electron diffraction. (Part Ⅰ)
32
Mg(OH)2
(a) Position A
(b) Position B
(c) Position E
Fig.2-22 Electron diffraction patterns of each position (Part Ⅰ)
トリーに接した A, B, C, D 点では、高温に曝され脱水・吸熱反応が起き、一部酸化マグネ
シウムに構造が変化したと考えられる。
同様に、Fig.2-15(c)の直線で示した断面位置で TEM 試料を作製し、電子線回折を行っ
た。Fig.20-23(a)は断面 TEM 画像と電子線回折の分析箇所を示し、(b)~(d)はそれぞれの
高倍率での像を示す。(a)の中央やや上の白い部分がトリーによる空洞部で、その上にでこ
ぼこ模様の水酸化マグネシウム粒子がある。Fig.2-20 でみられたように、元は均質な一つ
の水酸化マグネシウム粒子であったものが放電に曝されたことにより結晶性が変化した部
分の集合体のように形態が変わったものと見られる。各分析部の拡大写真をみると、トリ
ーに曝された粒子表面から少し離れた A 点(図(b))は細かい斑点模様で、トリー近くの B, C
点は斑点模様の少ない状態であった。斑点模様は、均一な結晶性を示していると思われる。
Fig.2-24 は各部の電子線回折像を示す。図には水酸化マグネシウムと酸化マグネシウム
を示す回折スポットあるいはリングを重ねて示してある。粒子内部のトリーから少し離れ
た A 点は水酸化マグネシウムのみの回折像で、粒子表面に近い B, C 点は、水酸化マグネシ
ウムと酸化マグネシウムのふたつの回折像が得られた。A 点は元の水酸化マグネシウムの結
晶状態を保っているが、B, C 点は混在した結晶領域と見られる。トリーに接しない隣の粒
子 D 点は水酸化マグネシウムの回折像であり、元から変化しなかったものと考えられる。
Fig.2-15 に示したように放電で水酸化マグネシウム粒子に大きな穴をあけるほどに形態
変化を生じているが、同じ粒子の別の部分では脱水による酸化マグネシウムへの変化は粒
33
A
A B
C
D
(a) Analysis Positions
(b) Analysis position A
B
C
(c) Analysis position B
(d) Analysis position C
Fig.20-23 TEM image of the tree part including the magnesium hydroxide particle
and analysis positions of the electron diffraction.
(a) Position A
(b) Position B
(c) Position C
(d) Position D
Fig.2-24 Electron diffraction patterns of each position
34
子表面に限られ、粒子への放電の影響は均一でなかったものと見られる。
以上のように、トリー細管内での部分放電によって水酸化マグネシウムの一部分が脱水
を伴う吸熱反応により酸化マグネシウムへ変化を生じていることが確認できた。これまで
の水酸化マグネシウム充填試料のトリーの特徴やトリー中の形態観察結果などを総合的に
考えあわせると、部分放電のエネルギーが水酸化マグネシウム粒子の脱水・吸熱反応に消
費される分、エポキシの浸食、トリーの伸展が抑えられているものと考えられる。トリー
の先端が水酸化マグネシウム粒子に達してからその粒子を抜けるまでの間トリー細管内の
放電が繰り返し起こり、その間にトリーの枝分かれが生じ、トリー細管が太くなっていく
ものと考えられる。枝分かれが多いとトリー先端での電界は弱くなることも考えられ、更
にトリーの伸展が抑えられたものと思われる。
2-6 トリー抑制効果の考察
金属水酸化物の難燃化機構は、脱水・吸熱反応による燃焼抑制と燃焼中に発生する炭化
物層による断熱や酸素遮断効果である(12) 。ここでは、電圧印加中の薄葉試料の表面温度の
計測とトリー中の炭素量について分析した結果を記述する。
表面温度は非接触型赤外線温度計を用い、タングステン電極の先端付近の 1cm2 サイズの
平均温度を計測した。室温の変化の影響を少なくするために、電圧を印加しない試料の温
度も同時に計測してその差を電圧印加による上昇温度とした。30 分までの上昇表面温度の
結果を Fig.2-25 に示す。水酸化マグネシウム 15 重量部試料は,5 分程度から飽和傾向にな
り約 1℃室温より温度が上昇した。また、エポキシ試料は、25 分程度から飽和傾向が得ら
れ、約 2℃室温より上昇した。水酸化マグネシウム充填試料は、内部で発生する部分放電に
よる温度上昇を抑えたため、エポキシ試料に比べ表面温度が1℃程度低くなったものと考
2.5
Epoxy
Temperature [℃]
2
1.5
Mg(OH)2;15phr
1
0.5
0
0
10
20
30
40
Time [min]
Fig.2-25 Surface temperature measurement
35
えられる。
また、トリー周辺部の組成変化について顕微ラマンマッピング測定を実施した。Fig.2-26
は、エポキシ単独試料および水酸化マグネシウム 15 重量部充填した試料のトリー中のラマ
ンスペクトルをまとめたものである。1360cm-1 および 1582cm-1 のピークがカーボン由来物
である。水酸化マグネシウム充填試料は、エポキシ単独試料に比べてバックグランドが高
くなったが、S/N 比(ベースに対するカーボン由来のピーク高さ)は2箇所測定したがエポ
キシ試料に比べあまり違わなかった。
高分子材料で、炭化が進むとバックグランドが高くなるとの見解もみられるが、エポキ
シ樹脂については定かではなく、さらなる分析や検討が必要である。
このように今回実施した顕微ラマン分析からは、水酸化マグネシウム有無試料によるト
リー中の炭化物の生成の大小については明確な結論は得られなかった。
Fig.2-26 Raman spectrum analysis
2-7 結言
難燃剤である金属水酸化物の吸熱現象に着目して、耐電圧寿命におよぼす効果について
検討を行った。金属水酸化物は高温で脱水を伴う吸熱反応をする粒子であり、耐トラッキ
ング性では多く報告されているが、トリー抑制効果についての報告はされていない。今回
は、水酸化マグネシウムのエポキシ複合体について、トリー長の測定や耐電圧試験、さら
に課電試験終了試料に SEM 観察及び電子線回折による分析を行ない以下の結果を得た。
36
1.エポキシ単独試料はトリーの伸展が早く、水酸化マグネシウム充填試料は 0.2mm 程度
伸展してから抑制された。エポキシ単独試料のトリーは細く枝分かれが少なく、比較的電
界方向に直進していた。一方、水酸化マグネシウム充填試料は、エポキシ単独試料よりも
大幅に枝分かれが多かった。
2.水酸化マグネシウム 15 重量部試料の絶縁破壊時間は、エポキシ単独試料に比べ、印加
電圧 15kV~22.5kV で 10 倍程度、30 重量部試料で 100 倍程度絶縁破壊までの時間が延
びることが確認できた。これは前述の枝分かれの多いトリーの特徴による効果が反映して
いる。形状の違う粒子3種類の水酸化マグネシウムを用いて実験したが、いずれの粒子も
効果に大きな違いはみられなかった。水酸化マグネシウム粒子をカップリング剤処理した
方が、さらに絶縁破壊までの時間は延びる傾向があった。これは、粒子と樹脂の界面の密
着性が向上するためと考えられる。
3.トリー中にある水酸化マグネシウムは細かく分解され、脱水・吸熱反応のための初期
から形態が変化していた。形態変化は粒子の全体でなく、トリーの接したごく表層(0.2μm
以下)で生じていることが分かった。トリー近くの位置の電子線回折では、水酸化マグネ
シウムと酸化マグネシウムの共晶の回折像が得られた。酸化マグネシウムの存在で、脱
水・吸熱反応は粒子のごく薄い表面層で起きていることが確認できた。
以上の結果から、総合的に考えると、トリー細管内で生じる部分放電のエネルギーは金
属水酸化物粒子の形態変化を伴う脱水・吸熱反応に消費され、その分エポキシ樹脂の劣化
が抑えられトリーの伸展が遅くなると考えられる。トリーの伸展が抑えられている間に粒
子の形状変化によりトリーの枝分かれが生じ、それに伴い部分放電エネルギーが分散され
ることやトリー先端での電界が弱くなり、更にトリーの伸展が遅くなり、エポキシ単独試
料に比べて破壊までの時間が 100 倍以上も延びたものと考えられる。
また、水酸化マグネシウムの表面をシラン系カップリング剤で処理した方が効果は大き
く、絶縁破壊までの時間がさらに延びる。
以上の様に、金属水酸化物である水酸化マグネシウムはトリー劣化抑制剤としての機能
を持つものことが確認できた。
37
第2章 参考文献
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(3) 吉村,西田,藤田,能登,田村:
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破壊特性」, 電気学会論文誌 A Vol.46, No.72, pp.567-574 (1981)
(4) 「有機絶縁材料のトリーイングについて-樹枝状放電劣化の調査と研究-」, 電気学会技
術報告 第 100 号(1971)
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「熱硬化性有機絶縁材料における Treeing 破壊」, 電気学会論文誌
A Vol.44, No.39, pp.740-748 (1969)
(6) 「トリーイング劣化機構と高分子高次構造の影響」,電気学会技術報告 第 854 号(2002)
(7)
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及ぼす充填剤の影響」, 誘電絶縁材料研究会 EDI-00-63(2000)
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Phenomena in Epoxy/Alumina Nanocomposite and Interpretation by a Multi-core
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(9) T.Maeda,D.Kaneko,Y.Ohki,T.Konishi,Y.Nakamichi,Okashita:” Voltage Zero- crossing
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「エポキシ/シリカナノコンポジットにおける耐電界特性」,電気学会
論文誌 A Vol.129, No.3, pp.123-129(2009)
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気学会論文誌 A,Vol,130, No.9, pp.837-842 (2010)
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「高分子の難燃化技術」, シーエムシー出版
(2002)
(13) 大勝:
「高分子添加剤の開発技術」, シーエムシー出版
(1998)
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「フィラーハンドブック」, 大成社 (1980)
(15) 広瀬:
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,日本ゴム協会誌 Vol.75,No.8, pp.327-329
(2002)
(16) 浜野:「水酸化マグネシウムの脱水について」,窯業協会誌 Vol.71, pp.101-105
(1963)
(17) 松井:「水酸化マグネシウムのプラスチックへの分散性向上」,接着の技術誌
Vol.30,
No.4 , pp.24-30 (2011)
(18) 中村,家田,沢:「Al(OH)3,Al2O3 添加ポリ塩化ビニルの耐トラッキング性とシンチ
レーション放電エネルギー」,電気学会論文誌 A Vol.59, No.78, pp.323-330(1984)
(19) 能登,河村:「熱分解的考察によるトラッキングの機構と耐トラッキング性の評価」,
電気学会論文誌 Vol.89-4,N0.967, pp.693-700 (1969)
38
第3章 アルミナ水和物のトリー抑制効果の検証
3-1 緒言
第2章では、金属水酸化物として水酸化マグネシウムを取り上げ、トリー抑制効果につい
て検討した。第3章では、金属水酸化物としてアルミナ水和物である水酸化アルミニウムお
よびベーマイトを取り上げ、トリー抑制効果について検討した内容について報告する。水酸
化アルミニウムは、3水和物でベーマイトは1水和物であり、吸熱量は水酸化アルミニウム
の方が大きい(1) (2) (3)。測定した各粒子の吸熱量と分解のピーク温度をFig.3-1に示したが、水
酸化アルミニウム粒子の吸熱量は約1060J/gで、ベーマイトの吸熱量は約540J/gで、水酸化
アルミニウムはベーマイトより倍程度大きい。一方、水酸化アルミニウムの分解ピーク温度
は約280℃、ベーマイトの分解ピーク温度は約510℃でベーマイトの方が200℃ほど高い。第
2章で使用した水酸化マグネシウムは、吸熱量は約1100J/gで水酸化アルミニウムより少し
大きく、分解ピーク温度は約390℃であり、両アルミナ水和物の中間に位置する(4) (5) (6)。
母材をエポキシ樹脂として、アルミナ水和物粒子を添加した樹脂を作製し、耐電圧寿命
試験(V-t)やトリーの長さ計測などを実施した。また、トリー中に存在するアルミナ水和
物の形態観察や電子線回折により脱水・吸熱反応を検証した。最後にトリーを抑制する因子
として、吸熱量および反応温度域との関係を考察する。
1200
Mg(OH)2
1000
Al(OH)3
吸熱量[J/g]
800
600
AlO(OH)
400
200
0
0
200
400
600
分解ピーク温度[℃]
Fig.3-1 DSC measurement
39
800
1000
3-2 実験方法
薄葉試料の作製やトリー計測実験、耐電圧寿命試験および分析方法については第2章と
同様の方法を用いた。
3-2-1 試料内容
耐電圧寿命試験に用いた試料内容を Table 3-1 に示す。また、水酸化アルミニウムは市販
品を 2 種類(昭和電工㈱製:ハイジライト 43-STE, 43M)とベーマイト(河合石灰工業㈱
製,BMB-1)は市販品を各1種類用いた。水酸化アルミニウム①は、シラン系カップリング
剤処理されたもので、水酸化アルミニウム②は、粒子①と同じ品名で、カップリング剤処理
していない粒子である。シラン系カップリング剤は処理したものを入手したので名称や処
理方法は不明である。各粒子の充填量は、表のように 15 および 30 重量部である。比較試
料として、 脱水・吸熱反応しない酸化アルミニウム(昭和電工㈱製:AL-47-1)も用いた。
Table 3-1.
Composite sample for voltage lifetime test
Sample Name
Aluminum hydoxide①
Aluminum hydoxide②
Boehmite
Aluminum oxideⅠ
size[μ m]
0.75
0.75
0.82
1.06
Coupling agent Amount[phr]
With
15,30
Without
15,30
Without
15,30
Without
15,30
各粒子の SEM 画像を Fig.3-2 に示す。各粒子は平均粒径が 1μm 程度のものを準備した
が、形状およびサイズは少しずつ異なる。図より水酸化アルミニウム①は丸から楕円の厚板
の様な形状で、サブミクロンサイズ粒子の集合体である。水酸化アルミニウム②も同形であ
る。ベーマイトは結晶構造を反映したサイコロ状の形状であり、酸化アルミニウムは角張っ
たサブミクロンサイズを含む大小の粒子からなっている。
水酸化アルミニウムを充填した試料は透明度が低く、トリーの観察のために充填量を 5 重
量部と少なくした。ベーマイトおよび酸化アルミニウムは 5 重量部や1重量部でも透明度
が低下し、トリーの観測はできなかった。
水酸化アルミニウムは約 200℃から温度上昇に伴って下式に示す脱水・吸熱反応が生じる
(4)
。特に②の脱水反応が主に起き、吸熱量も大きい。実際の熱分析測定では、ピーク①や③
は微小で観測されなかった。
① 2Al(OH)3 → Al2O3・H2O +2 H2O (245℃ 一部がベーマイト転移)
② 2Al(OH)3 → Al2O3 + 3H2O
③ Al2O3・H2O → Al2O3 + H2O
(320℃ ギブサイトの脱水反応)
(550℃
40
ベーマイトの脱水反応)
高温に曝された場合、粒子形態が初期状態からどのように変化するか調べるために粒子単
独や耐電圧試験後のトリー中のアルミナ水和物の形態は SEM を用いて観察した。また、水
酸化アルミニウムやベーマイトから酸化アルミニウムへの構造変化の状態について検討す
るため、電子線回折を実施した。
1.5μm
1.5μm
(a) Aluminum hydroxide ①
(b) Aluminum hydroxide ②
1.5μm
1.5μm
(c) Bohemite
(d) Aluminum oxide Ⅰ
Fig.3-2 Shape of various fillers
3-3 実験結果
3-3-1 トリー長の計測
Fig.3-3 にトリー長測定の結果を示す。試料は、エポキシ単独と水酸化アルミニウム 5 重
量部試料で、印加電圧は 15kV である。エポキシ単独試料の 0.7mm 程度で終了しているデ
ータは次の電圧印加中に絶縁破壊したものである。エポキシ単独試料はトリーの成長が早
いが、水酸化アルミニウム 5 重量部試料は、0.2mm 程度伸びた後成長が抑えられているこ
とがわかる。水酸化アルミニウム充填試料が 0.2mm 程度伸びた後成長が緩やかになる傾向
は、水酸化マグネシウムを充填した試料と同じ傾向である。充填剤入り試料は、透明度が低
41
下するため初期トリーの観測が難しいが、小さな空孔から観測できるトリーに成長するま
でに必要な部分放電のエネルギーがほぼ同じ大きさであることを示していると考えられる。
次に、各試料に 15kV を印加し、同程度の長さに成長したトリーの例を Fig.3-4 に示す。
(a)はエポキシ単独試料で、(b)は水酸化アルミニウム 5 重量部試料の写真である。エポキ
1.2
Epoxy
Tree Length [mm]
1
Al(OH)3 5phr
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0
10
20
30
Time [min]
40
50
60
Fig.3-3 Measurement of tree length (15 kV)
(a) Epoxy (2.5min)
(b) Aluminum hydroxide ① (60min)
Fig.3-4 Observation of tree
シ単独試料は比較的枝分かれが少ないが、水酸化アルミニウム充填試料(b)のトリーは枝分
かれが著しく多く、まりも状と称されるトリーである。トリーの状態は、各試料により異な
り、水酸化アルミニウム充填試料ではブッシュと表現されるトリー形状やエポキシ樹脂試
料については、もう少し枝分かれが少なく直線的に延びている試料もみられいる。いずれの
水酸化アルミニウム充填試料においても、エポキシ試料よりもトリーの枝分れが多いこと
42
が観察できた(3) (4) 。水酸化アルミニウム粒子の場合も水酸化マグネシウム粒子と同様に、
トリーが粒子に接した時そこで脱水・吸熱反応が起き、粒子が変形することでトリーの枝分
かれが発生するものと考えられる。
参考までに、Fig.3-4(b)の水酸化アルミニウム充填試料で、タングステン電極の正面方向
からトリーを撮影した写真を Fig.3-5(a)に示す。正面からみたトリーは、側面から見た写真
と同様に枝分れが多く、トリー間に隙間は観察されなかった。図(b)は、まりも状のトリー
のほぼ中央部をタングステン線に直角に切断した面の写真である。トリーの穴が円形状に
散らばっているのがみられた。トリーの観察は、3-4 節で詳細を述べる。
(a) Front view
(b) Cross section
Fig.3-5 Observation of tree of aluminum hydroxide sample
このようにトリー計測実験より、水酸化アルミニウム充填試料はエポキシ単独試料よりト
リーの枝分かれが多く、成長が抑制されることが確認できた。
3-3-2 耐電圧寿命試験
印加電圧を 15kV,17.5kV,20kV とした場合の絶縁破壊までの時間を Fig.3-6 に示す。
図では同じ印加電圧でもばらつきの範囲を示す線が重ならないように左右に少しずつずら
して示してある。ばらつきの範囲は最大値と最小値を示し、カップリング剤処理ありを記号
W, なしを W/O で示した。データ数は概ね 10 個である。絶縁寿命の平均値は、いずれの水
酸化アルミニウム充填試料もエポキシ単独試料よりも延びた。比較的安定したデータが得
られる印加電圧 17.5kV での絶縁寿命でみると、水酸化アルミニウムをカップリング剤処理
しない場合は、エポキシ単独試料に比べて約 10 倍、処理した場合は 100 倍近くまで耐電圧
寿命が延びている。
水酸化アルミニウムの充填量が増えるにつれて耐電圧寿命が延びる傾向は、水酸化マグ
ネシウム試料のように顕著には現れなかった。Fig.3-6 の印加電圧 17.5kV における充填剤
43
1000
100
Voltage Lifeime [h]
Epox
Al(OH)3① 15phr W
Al(OH)3① 30phr W
Al(OH)3② 15phr W/O
Al(OH)3② 30phr W/O
AlO(OH) 15phr W/O
AlO(OH) 30phr W/O
Ai2O3 15phr W/O
Al2O3 30phr W/O
10
1
0.1
0.01
0.001
10
12.5
15
17.5
20
22.5
25
Applied Voltage [kV]
Fig.3-6 Dependence of applied voltage on the Voltage lifetime
1000
Epox
100
Al(OH)3① 15phr W
Voltage Lifetime [h]
Al(OH)3① 30phr W
Al(OH)3② 15phr W/O
10
Al(OH)3② 30phr W/O
AlO(OH) 15phr W/O
1
AlO(OH) 30phr W/O
Ai2O3 15phr W/O
0.1
Al2O3 30phr W/O
0.01
0.001
0
10
20
30
40
50
Filler amount [phr]
Fig.3-7 Dependence of applied voltage on Voltage lifetime(17.5 kV)
44
量依存性データを参考までに、Fig.3-7 に示した。
カップリング剤処理試料については、未処理試料より絶縁寿命が延びるが、これはカップ
リング剤未処理試料では、樹脂と充填剤の界面の密着性が低く、界面が欠陥として作用する
ためと考えられる(8)。水酸化アルミニウムのカップリング剤処理有無の試料について、破断
面の SEM 画像を Fig.3-8 に示す。カップリング剤処理試料の粒子と樹脂の界面に隙間が少
ないことが観察できる。カップリング剤処理の影響については第 5 章で詳細を報告する。
また、カップリング剤処理有無による分散性は、水酸化マグネシウムと同様に SEM 画像か
らは大きな違いはみられていない。
600nm
600nm
(a) (a) Aluminum hydroxide ① (Treatment) (b) Aluminum hydroxide ② (No treatment)
Fig.3-8 SEM observation of aluminum hydroxide
カップリング剤処理をしない場合でも、母材であるエポキシよりも耐電圧寿命は長くなっ
ており、水酸化アルミニウムにおいても充填の効果は界面の密着性に依存する負の効果を
上回っていることが考えられる。
充填剤量を 15 重量部から 30 重量部に増やした場合、顕著な寿命の延びはなく、むしろ
寿命が短くなっている試料も見られる。これは、充填剤の増加で界面が増加した分、微小な
気泡などが樹脂と粒子の界面に残り絶縁性を低下させたことが原因とみている。
前章で取り上げた水酸化マグネシウム充填試料と比較すると、水酸化アルミニウム充填
試料の方が少し耐電圧寿命は短い傾向がみられた。測定した吸熱量は、両粒子の吸熱量はほ
ぼ同じ大きさの結果が得られており、これはエポキシ樹脂および金属水酸化物の分解温度
域が影響しているものと思われる(1)。水酸化マグネシウムの分解温度域は約 350℃~410℃
で、エポキシの分解は 350℃程度から始まり、エポキシ樹脂と水酸化マグネシウムの分解開
始温度は近くに存在する。このため、水酸化マグネシウムの吸熱がエポキシの劣化を抑制す
るのに効率よく作用したものと思われる。これに対し、水酸化アルミニウムの分解温度域は
約 200℃~300℃で、水酸化マグネシウムより 100℃以上低いため、トリーが近づいている
間にも脱水・吸熱反応が起き、エポキシの劣化抑制に効率よく働かなかったものと考えられ
45
る。吸熱温度の影響は、3-6 節で詳細を考察する。
また、ベーマイトは、水酸化アルミニウムより寿命が短く、耐電圧寿命の効果は水酸化ア
ルミニウムより小さいが、これは吸熱量が少ないことが主な原因と考えている。ベーマイト
の吸熱量は水酸化アルミニウムのおよそ半分である。
さらに、酸化アルミニウムには吸熱の効果はないので、寿命が延びたのは無機材料として
トリーの伸展を妨げることや、トリーの先端が粒子表面で枝分かれして先端の電界を緩和
したりすることから寿命が延びたものと考えられる。
3-4 トリーに曝されたアルミナ水和物
水酸化アルミニウム充填試料におけるトリー部の SEM 画像例を Fig.3-9, 3-10 に示す。
Fig.3-9 は、Fig.3-4(b)に示したトリー計測用の 5 重量部試料の例である。Fig.3-9 の
(b),(c),(d)は、(a)から順に破線で示した領域の拡大画像である。タングステン電極に対し
Tree
6μm
1.5μm
(a) Tree cavity and neighboring section
(b) Section of tree
Aluminum hydroxide
300nm
600nm
(c) Aluminum hydroxide changed by tree
(d) Aluminum hydroxide changed by tree
Fig.3-9 SEM observation of tree and Aluminum hydroxide ①
46
て垂直に切断した面のトリーのひとつで、タングステン電極から 200μm 程度離れた位置の
トリーである。トリー中には、樹脂と水酸化アルミニウムの分解物とみられる細かい堆積物
のほか、丸みを帯びた形状に変形している水酸化アルミニウム粒子が幾つか観察できた。
一方、
Fig.3-10 は 15 重量部試料のタングステン電極から約 20μm 離れたトリーで、Fig.39 より近い位置にあるトリー部である。Fig.3-9 の(b),(c)は、(a)から順に破線で示した領
域の拡大画像である。Fig. 3-10(a)は、枝分かれしたトリーが幾つかみられる部分であるが、
写真の右方向にタングステン線電極があり、右方向から左方向にトリーが延びたものとみ
られる。トリーは数 μm 幅の空洞であるが、幅は一定ではない。
Fig.3-9 よりタングステン電極に近い分、放電回数が多く太いトリー部分も形成されたと
予想される。トリー内部は、図(b),(c)に見られるように、水酸化アルミニウム粒子が丸み
を帯びた形状やその粒子同士が接続したような形状の大小の粒子が多数存在しており、
Fig.3-9 よりも激しい放電に曝されたものと思われる。水酸化アルミニウム粒子は、元はサ
ブミクロンの細かい粒子の集合体であり、その一次粒子がこのような細かい丸みを帯びた
Tungsten electrode
Analysis position
Aluminum hydroxide
Tree
6μm
1.5μm
(a) Tree cavity and neighboring section
(b) Section of tree
Aluminum hydroxide
600nm
(c) Aluminum hydroxide changed by tree
Fig.3-10 SEM observation of tree and Aluminum hydroxide ①
47
形状やそれらが接続した形状に変化したものと推察される。このように両図から表面の変
形の程度は異なるものの、水酸化アルミニウム粒子は部分放電で粒子が丸みを帯びた形状
に変化していることが確認できた。
水酸化アルミニウム粒子が高温に曝されたときの形状変化を知るため、充填剤として用
いた水酸化アルミニウム粒子①を 150℃~1000℃で加熱処理をして、SEM による観察を行
った。Fig.3-11 は各温度で加熱処理した粒子の SEM 画像を示す。各処理温度は分解温度を
参考に決めたが、270℃で一部ベーマイトに変化していることが X 線回折より確認できてい
る。500℃,1000℃での形態変化も少なく、1000℃で少し表面がでこぼこに変化しているの
が観察できる。1000℃において無数に存在する粒子表面の細孔は、脱水反応に伴って生じ
たと思われる。加熱処理の場合、このような細孔は粒子の表面だけでなく内部も同様な構造
である。粒子断面の SEM 画像を Fig.3-12 に示す。図にみられるように、表面と同様の形
態である。
このように、1000℃の加熱処理でも粒子が溶融したような丸みを帯びた形状への変化は
生じず、 Fig.3-9, 3-10 で示した変化は更に大きいとみられる。トリー先端やトリーの途中
の部分での温度は不明であるが、水酸化アルミニウム粒子の形態の変化が著しく、SEM 画
像の比較では、1000℃を超える高温の部分放電にさらされたものとみられる。
150nm
150nm
(a) 150℃, 15 min
(b) 270℃, 15 min
150nm
150nm
150nm
(c) 500℃, 15 min
(d)1000℃, 15 min
Fig.3-11 Morphological change by heating of Aluminum hydroxide ①
48
次に、
ベーマイト充填試料のトリー部の SEM 画像を Fig.3-13 に示す。
Fig.3-13 の(b),(c)
は、(a)から順に破線で示した領域の拡大画像である。トリー幅は 0.5μm 程度で水酸化アル
ミニウムより細く、一本のトリーに繋がっていたようにみられる。タングステン電極は左方
150nm
(a) 150℃, 15 min
150nm
(b) 1000℃, 15 min
Fig.3-12 Morphological change by heating of cross section of Aluminum hydroxide ①
Tungsten electrode
Tree
Tree
Boehmite
6μm
(a) Tree cavity and neighboring section
1.5μm
(b) Section of tree
Analysis position
Boehmite
600nm
(c) Boehmite changed by tree
Fig.3-13 SEM observation of tree and Boehmite
49
向にあり、トリーは左方向から進んできて、図(b)のように中央付近のベーマイト粒子に穴
を開けながら右方向に進んでいる。また、図(c)にみられるように、穴の開いた粒子の左側
のトリー中にはベーマイト粒子が放電で分解されたものと思われる細かい分解物が多く見
られる。穴の開いた粒子や分解粒子は水酸化アルミニウムにみられた丸みを帯びた形状ま
での変化はなく、これはベーマイトの分解温度が水酸化アルミニウムより 200℃以上高いこ
とが原因と考えている。これまでのトリー観察例を踏まえると、もっと長時間の放電に曝さ
れた場合には、これら分解物は少なくなり、トリーも太くなり、丸みを帯びた粒子もみられ
るようになると推察される。
ベーマイト粒子も水酸化アルミニウムと同様に、粒子のみ高温処理(370℃,1000℃)した
SEM 写真を Fig.3-14, 3-15 に示す。
表面状態を見やすくするため各々倍率の高い像を Fig.315 に示した。各処理温度は分解温度を参考に決めたが、500℃で一部ベーマイトから酸化ア
ルミニウムに変化していることが X 線回折より確認できている。
ベーマイト粒子はサイコロ状であるが、水酸化アルミニウム同様に 1000℃処理でも大き
な形態の変化はみられず、脱水反応による細孔が表面に見られる程度である。前述のよう
に、トリー中に存在する粒子を観察した結果、水酸化アルミニウムは溶融したような丸みの
ある形状やそれが連なった形状に変化していた。一方、ベーマイトは水酸化アルミニウムほ
どの形状の変化は無く貫通穴や細かく分解されている現象が観察された。トリー中のいず
れの粒子も部分放電により初期形態から変形していることが確認できた。
600nm
600nm
(a) 370℃, 15 min
(b)500℃, 15 min
600nm
(c)1000℃, 15 min
Fig.3-14 Morphological change by heating of Boehmite particle
50
150nm
(a) 370℃, 15 min
150nm
(b)500℃, 15 min
150nm
(c)1000℃, 15 min
Fig.3-15 Morphological change by heating of Boehmite particle
(Expanded image)
3-5 トリーによるアルミナ水和物の構造変化
水酸化アルミニウムの吸熱反応を確認するために、Fig.3-10(b)の直線で示した断面位置
で TEM 試料を作製し、電子線回折を行った。Fig.3-16(a)は断面 TEM 画像で、(b)は(a)
の破線部の高倍率での像で電子線回折の分析箇所を示す。Fig.3-10 でみられたトリーや丸
みを帯びた水酸化アルミニウム粒子の下に大きな空洞のトリー部が観察された。丸みを帯
びた水酸化アルミニウム粒子は図(b)の上部に並んでいるが、図の A,B 点においてに電子線
回折を実施した。A 点はトリー中の丸みを帯びた粒子の一部であるが、B 点はトリーから少
し中に入った粒子である。色の濃い部分は FIB のコンタミ金属であり、放電現象とは無関
係である。
Fig.3-17 に各部の電子線回折像を示す。(b)は水酸化アルミニウムの回折スポットも合わ
せて示している。トリー中の A 点は、水酸化アルミニウムおよび酸化アルミニウムに起因
する回折像が得られず、0.3μm 程度離れた B 点は水酸化アルミニウムの回折像を示した。
トリー中の A 点は脱水・吸熱反応が生じ、水酸化アルミニウムの結晶性が崩れたものの酸
化アルミニウムの結晶が生成するに至らなかったため回折像が得られなかったものと思わ
51
Protective film
Tree
A
B
0.1 μm
1 μm
(a) TEM image
(b) Analysis positions
Fig.3-16 TEM image of the tree part including the Aluminum hydroxide
particle and analysis positions of the electron diffraction.
Al(OH)3
Amorphous
(a) Position A
(b) Position B
Fig.3-17 Electron diffraction patterns of each position
52
れる。
水酸化アルミニウムと同様にベーマイトも、 Fig.3-13(c)の直線部分で TEM 試料を作製し
て電子線回折を実施した。TEM 画像は、Fig.3-18 に示したが、一部が分解されたベーマイ
ト粒子の下部はトリーが貫通しており、粒子が欠けた形状をしている。図に示す A~F の各
点において電子線回折を実施した。A,B,C,D 点はトリーに曝された部分で、E,F は同粒子の
トリーから少し離れた場所である。電子線回折の分析位置と回折像の代表データ B 点、F 点
を Fig.3-19 に示す。(d)はベーマイトの回折スポットも合わせて示している。Fig.3-18 に示
したように、B 点ではベーマイトおよび酸化アルミニウムに起因する回折像は得られず、
Protective film
A
D
C
F
E
B
0.5μ m
Fig.3-18 TEM image of the tree part including the
boehmite particle and analysis positions of the electron
diffraction
amorphous
AlO(OH)
D
E
A
F
B
C
0.1 μm
50n m
(a) Analysis positions (b) Image of position B
(c) Analysis positions
(d) Image of position F
Fig.3-19 Electron diffraction patterns of each position
53
A,C,D 点も同様の回折像である。また、F 点はベーマイトの回折像であり、E 点も同様の回
折結果であった。ベーマイト粒子についても水酸化アルミニウムと同様にトリーに近い部
分は、脱水・吸熱反応が生じ、結晶性が崩れたため回折像が得られなかったものと考えられ
る。
ベーマイト粒子の場合も脱水・吸熱反応する位置は、部分放電に曝される 0.2μm 程度の
薄い表層に相当する。部分放電に曝された薄い表層で脱水・吸熱反応が起きることは、水酸
化マグネシウムと同様である。
以上の結果より、水酸化アルミニウムおよびベーマイト粒子は、2章の水酸化マグネシウ
ムのように酸化物は検出されなかったものの結晶性が崩れており、トリーに接した 0.2μm
程度の表面近傍において脱水・吸熱反応が生じていると考えられる。アルミナ水和物の結晶
構造が多いことも酸化物の回折像が得られなかった一因ではないかと思われる。
これまでの水酸化アルミニウム充填試料のトリーの特徴やトリー中の形態観察および分
析結果などを総合的に考えあわせると、部分放電のエネルギーがアルミナ水和物粒子の分
解に消費され、脱水・吸熱反応によりエポキシの浸食およびトリーの伸展が抑えられている
ものと考えられる。トリーの先端がアルミナ水和物粒子に達してからその粒子を通過する
までの間に粒子の分解・変形が繰り返し起こり、それに伴いトリーの枝分かれが生じ、放電
の回数に従いトリー細管が太くなっていくものと考えられる。枝分かれが多いとトリー先
端での電界は弱くなることも考えられ、更にトリーの伸展が抑えられたものと思われる。
3-6 トリー抑制効果の熱特性からの考察
3-3-2 節において、耐電圧寿命について水酸化マグネシウムと比較して、吸熱量や分解温
度域との関係を少し述べたが、ここで再度考察する。各金属水酸化物の DSC 測定データを
Fig.3-20 に示す。
吸熱量と分解ピーク温度は、
水酸化アルミニウムは、約 1060J/g,約 280℃、
ベーマイトは、約 540J/g,約 510℃、水酸化マグネシウムは、約 1100J/g,約 390℃である。
これに対し母材エポキシの分解温度は約 350~450℃であり、水酸化マグネシウムは分解温
度域の重なり部が多く難燃効果に準じて考えると有利と考えられる。各金属水酸化物の耐
電圧寿命を比較した場合、水酸化アルミニウム充填試料と水酸化マグネシウム充填試料は、
データばらつきからみると同等レベルであるが、平均寿命でみると若干水酸化マグネシウ
ム充填試料が寿命は長い傾向がみられる。水酸化マグネシウムの吸熱量が若干大きく、分解
温度域がエポキシ樹脂に近いことが影響していると考えられる。水酸化アルミニウムは、エ
ポキシ樹脂の分解温度よりも低温側にあり、部分放電でトリー内が高温になった場合、周辺
の水酸化アルミニウムがすでに脱水・吸熱反応を起こしており、エポキシが分解する温度で
は効率よく働かない可能性も考えられる。
54
10℃/min
2
← 吸熱 [arb.unit]
0
-2
-4
AlO(OH)
-6
Mg(OH)2
Al(OH)3
-8
0
100
200
300
400
500
600
700
温度 [℃]
Fig.3-20 DSC measurement of each metal hydroxide
また、水酸化マグネシウムおよび水酸化アルミニウムを 30 重量部充填した試料の
TG/DTA の測定データを Fig.3-21 および Fig.3-22 に示す。水酸化マグネシウムを 30 重量
部充填した試料では、390℃付近で、高温側に減量曲線が肩を形成する現象がみられる。こ
のような、高温側への減量曲線の肩は、水酸化アルミニウム 30 重量部試料にはみられず、
一本の直線的減衰である。300℃付近からの重量減少はエポキシ樹脂の分解による減量で、
390℃付近の肩の現象は水酸化マグネシウムの吸熱反応の影響によるものと考えられる。
ベーマイト粒子は、分解温度域が高いため放電で高温に曝されてもトリーに接するまで
の反応が少ないと思われるため吸熱量が小さいことが短寿命の主因と考えられる。吸熱量
と分解温度がトリー抑制に与える影響度はまだ明確ではなく、試料を増やし実験および考
察を深めていく必要がある。
55
Fig.3-21 TG/DTA measurement of magnesium hydroxide 30phr sample
Fig.3-22 TG/DTA measurement of aluminum hydroxide 30phr sample
56
3-7 結言
難燃剤である金属水酸化物の脱水・吸熱現象に着目して、トリー抑制効果について検討し
た。金属水酸化物としてアルミナ水和物を取り上げ、エポキシ複合体について、トリー長の
測定や耐電圧試験、さらに課電試験終了試料を用い SEM 観察及び電子線回折による構造分
析を行ない以下の結果を得た。
1.水酸化アルミニウム 5 重量部試料は、エポキシ単独試料に比べてトリーの伸展が抑制
された。水酸化アルミニウム充填試料のトリーは、エポキシ単独試料よりも大幅に枝分か
れが多い特徴がみられた。
2.カップリング剤が処理された水酸化アルミニウム 15 重量部試料の耐電圧寿命は、エポ
キシ単独試料に比べ、印加電圧 17.5kV で 100 倍近く、カップリング剤を処理しない場
合 10 倍程度延びることが確認できた。これは枝分かれの多いトリーの特徴が長寿命に反
映している。ベーマイト充填試料の耐電圧寿命は、エポキシ単独試料よりも長く、水酸化
アルミニウム充填試料より短くなった。これは水酸化アルミニウムより吸熱量が少ないこ
とが主因と考えられる。また、水酸化アルミニウム粒子をカップリング剤処理した方が、
耐電圧寿命は延びる傾向がみられたが、これは樹脂と充填剤の界面の密着性が向上するた
めと考えられる。
3.トリー中に存在する水酸化アルミニウムは溶融したような丸みを帯びた形状へと初期
形状から大きく変形していた。トリー中にある粒子の電子線回折から、水酸化アルミニウ
ムの結晶構造が崩れていることが分かり、脱水・吸熱反応が生じたと考えられる。この脱
水・吸熱反応は、水酸化マグシウムと同様に粒子の 0.2μm 程度の薄い表層で起きている
ことが確認できた。また、ベーマイト粒子においても粒子の分解が観察できたが、水酸化
アルミニウムのような丸みを帯びた形状まで至る変化はみられなかった。これは、水酸化
アルミニウムより分解温度が 200℃以上高いので、部分放電の影響が少なくなったもの考
えられる。電子線回折では、水酸化アルミニウムと同様に結晶構造が崩れており、脱水・
吸熱反応が生じたことが確認できた。
以上の結果から、総合的に考えると、トリー細管内で生じる部分放電のエネルギーはアル
ミナ水和物粒子の形態変化を伴う脱水・吸熱反応に消費され、その分エポキシの劣化が抑制
されトリーの伸展が遅れ、エポキシ単独試料に比べて破壊までの時間が大巾に延びたもの
と考えられる。また、水酸化マグネシウムとの効果を比較した場合金属水酸化物の吸熱量だ
けでなく、母材の分解温度と充填剤の脱水・吸熱反応温度域の関係もトリー抑制および耐寿
命特性に影響していることが推察された。
このように、水酸化マグネシウムと同様に、金属水酸化物であるアルミナ水和物はトリー
劣化抑制剤としての機能を持つことが検証された。
57
第3章 参考文献
(1) 西沢:
「高分子の難燃化技術」,シーエムシー出版 (2002)
(2) 西澤:
「難燃剤・難燃材料の活用技術」,シーエムシー出版 (2010)
(3) 日本ゴム協会ゴム工業技術員会編:「フィラーハンドブック」, 大成社 (1980)
(4) 西尾:
「水酸化アルミ二ウムの技術動向」
,日本ゴム協会 Vol.75,No.8, pp.330-332 (2002)
(5) 坂本:
「アルミナ水和物とアルミナ」, 軽金属学会誌 Vol.22 No.4, pp.295-308(1972)
(6) 金原:
「アルミナの新しい利用」,軽金属学会誌 Vol.33 No.4, pp.221-229 (1983)
58
第4章 炭酸塩粒子のトリー抑制効果の検証
4-1 緒言
第2章、3章では難燃剤である金属水酸化物のトリー抑制効果について検証した 。前述
した金属水酸化物は、何れも構造に水酸基を内包しており、脱水現象がみられる(1)(2)。ここ
では脱水しない吸熱粒子についてトリー抑制効果を検証する(3)。脱水現象がなくても部分放
電エネルギーで上昇する温度を吸熱反応で抑制できれば、トリー抑制剤としての効果がみ
られるはずである。この観点に立ち、吸熱現象を示す粒子として、炭酸カルシウムおよび炭
酸マグネシウムを取り上げ検討した(4) (5) (6) (7) (8)。炭酸マグネシウムには、無水物のほか水分
子を含む塩基性粒子もあり、比較のため二種類の粒子を使用した。測定した各吸熱性粒子の
吸熱量と分解ピーク温度をFig.4-1に示した。炭酸カルシウム粒子の分解ピーク温度は、約
700℃、炭酸マグネシウム粒子のピーク温度は約600℃である。塩基性炭酸マグネシウムは、
吸熱ピークが二つに分かれている。母材をエポキシ樹脂として、これら吸熱粒子を添加した
樹脂を作製し、耐電圧寿命試験(V-t)やトリーの長さ計測などを実施した。また、トリー
中に存在する吸熱粒子の形態観察や電子線回折により吸熱反応を検証した。
1200
MgCO3
1000
CaCO3
吸熱量[J/g]
800
600
塩基性MgCO3第2ピーク
400
塩基性MgCO3第1ピーク
200
0
0
200
400
600
分解ピーク温度[℃]
Fig.4-1 DSC measurement
59
800
1000
4-2 実験方法
薄葉試料の作製やトリー計測実験、耐電圧寿命試験および分析方法については、2、3章
の金属水酸化物と同様の方法を用いた。
4-2-1 試料内容
使用した材料および作製樹脂を Table.4-1 に示す。また、炭酸カルシウム(CaCO3)は1
種類(神島化学工業㈱製:カルシーズ)と炭酸マグネシウム(MgCO3)および塩基性炭酸
マグネシウム(4MgCO3・Mg(OH)2・4H2O)の 2 種類(神島化学工業㈱製:合成マグネサイ
ト MSS,塩基性:金星)用いた。いずれの粒子もカップリング剤未処理のものを入手した。
耐電圧寿命試験用の各粒子の充填量は 15 および 30 重量部である。炭酸カルシウムを充填
した試料は透明度が低く、トリー観察のために充填量を 5 重量部へ減らした。炭酸マグネ
シウム充填試料は炭酸カルシウム試料よりも透明度が低下し、5 重量部の充填試料ではトリ
ーの観測はできないため、1重量部で試料を作製した。
Table 4-1.
Composite samples of voltage lifetime test
Sample Name
Calcium carbonate
Magnesium carbonate
Basic magnesium carbonate
size[μ m]
--1.2
6
Coupling agent Amount[phr]
Without
15,30
Without
15,30
Without
15,30
各粒子の SEM 写真を Fig.4-2 に示す。各粒子は平均粒径数 μm 程度のものを準備した。
炭酸カルシウムは丸から楕円のサブミクロンの粒子が集まった形状をしている。炭酸マグ
ネシウムは、板状が重なった立方体の形状を、塩基性炭酸マグネシウムは、板状が重なった
立方体が炭酸マグネシウムより崩れた形状である。
炭酸カルシウムの吸熱量は、980J/g で吸熱のピーク温度は 723℃である。同様の吸熱量
とピーク温度は、炭酸マグネシウムは、1090 J/g, 581℃で、塩基性炭酸マグネシウムは、ピ
ークが二つあり、445 J/g, 245℃と 557J/g, 346℃である。塩基性炭酸マグネシウムは、分解
ピークが三つ存在するとの報告(5)もあるが、今回試料量が少ないため高温側のピークが一つ
になったものと考えている。重量減量の測定データでは、高温側の分解温度域で、水酸化マ
グネシウムと炭酸マグネシウムの分解が完了していることが判明した。
炭酸カルシウムは約 600℃、炭酸マグネシウムは約 500℃から下式のような酸化物と二酸
化炭素を発生する吸熱反応が生じる(2)(3)。
① CaCO3 → CaO + CO2
② MgCO3 → MgO + CO2
高温に曝された場合、粒子形態が初期状態からどのように変化するか調べるために粒子単
60
独や耐電圧試験後のトリー中の吸熱性充填剤の形状は SEM を用いて観察した。また、炭酸
カルシウムや炭酸マグネシウムからの構造変化の状態について検討するため、電子線回折
を実施した。
1.5μm
1.5μm
(a) Calcium carbonate
(b) Magnesium carbonate
1.5μm
(c) Basic Magnesium carbonate
Fig.4-2 Shape of various fillers
4-3 実験結果
4-3-1 トリー長の計測
Fig.4-3 にトリー長測定結果を示す。データは、エポキシ単独と炭酸カルシウム 5 部充填
の試料で、印加電圧は 15kV の結果である。図のように、エポキシ単独試料は、破壊直前ま
でのデータをプロットしているが、トリーの伸びが早い。一方、炭酸カルシウム充填試料は、
5 分で 0.2mm 程度伸びてからはきわめて成長が遅くなる傾向がみられる。0.2mm 程度伸び
てから成長が抑制される傾向は金属水酸化物充填試料と同じ傾向であり、観測されるトリ
ーまで成長する部分放電のエネルギーが同レベルであることが予想される。
実験した炭酸カルシウム充填試料のトリーの光学顕微鏡写真を Fig.4-4 に、別の試料で試
験時間を参考に課電したトリーの光学顕微鏡写真を Fig.4-5 に示す。
両図からわかるように、
61
エポキシ試料は比較的枝分かれが少ないのに対し、炭酸カルシウム充填試料は枝分かれが
多いまりも状のトリーが観察された。トリーが枝分れすると、部分放電のエネルギーが分散
することや、トリー先端の電界が弱まるためトリーの伸びが抑えられるものと考えられる。
炭酸カルシウム充填試料においても、このようなトリー形状の特徴から耐電圧寿命がエポ
キシ試料よりも長くなることが予想される。
以上のトリー長測定実験から、炭酸カルシウム充填試料は、金属水酸化物と同様にエポキ
シ単独試料よりトリーの成長が抑制されることが確認できた。
1
0.9
Epoxy
0.8
CaCO3 5phr
Tree Length [mm]
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
0
10
20
30
40
50
60
Time [min]
Fig.4-3 Measurement of tree length (15kV)
Fig.4-4 Observation of tree for CaCO3 sample (45min)
62
(a) Epoxy (3 min)
(b) Calcium carbonate ① (60min)
Fig.4-5 Observation of tree
次に、炭酸マグネシウム充填試料のトリー長の計測結果を Fig.4-6 に、そのトリーの光学
顕微鏡写真を Fig.4-7 に示す。炭酸マグネシウムの充填量は 1 重量部で、15 kV の印加電圧
である。Fig.4-6 にみられるように、1 重量部の充填量でも炭酸カルシウム充填試料の場合
と同様に 0.2mm 程度伸びてからエポキシ単独試料よりも成長が遅くなる傾向がみられる。
また、Fig.4-7 にトリーの写真を示したが、トリーの特徴は枝分かれの多いまりも状と判断
できる。炭酸マグネシウムは、1 重量部と炭酸カルシウムの 2 割に過ぎない少ない量である
Tree Length [mm]
が、トリーの成長が抑制されることが確認できた。
1
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
Epoxy
MgCO3 1phr
0
5
10
15
Time [min]
20
Fig.4-6 Measurement of tree length (15kV)
63
25
30
Fig.4-7 Observation of tree for MgCO3 sample (30min)
4-3-2 耐電圧寿命試験
耐電圧寿命試験の電圧依存性(15kV~20kV)を Fig.4-8 に示す。印加電圧 15 kV~17.5kV
の範囲では、いずれのサンプルも平均寿命は、エポキシ単独試料よりも長くなった。
炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムの 15 重量部充填試料の耐電圧寿命はほぼ同じレベル
であるが、充填量 30 部の試料では少し炭酸カルシウムの寿命が長い傾向がみられる。炭酸
カルシウムの吸熱量は炭酸マグネシウムより 110J/g 程度小さいが、分解温度が 100℃以上
高いことが有利に働いているものと考えられる。4-4 節で詳細を報告するが、炭酸カルシウ
ム粒子は、吸熱反応していることが分かり、600℃以上の温度に曝されたことが今回はじめ
て確認できた。このことより、トリー中の温度は部分的に異なる可能性はあるが、600℃程
度の高温であることが判明した。
炭酸カルシウムは、母材であるエポキシの分解温度よりも 300℃程度高温に分解温度を持
つ充填剤であるが、母材よりも寿命が延びることが判った。
Fig.4-8 の印加電圧 17.5 kV における充填剤量依存性を Fig.4-9 に示す。炭酸カルシウム
試料の平均寿命は充填量とともに延びたものの、炭酸マグネシウムおよび塩基性炭酸マグ
ネシウム充填試料では高充填の方が平均寿命は低下している。これは、高充填にするほど、
粒子と樹脂界面が増加し、微小ボイドなどの影響で界面の密着性が低下したためと考えら
64
1000
Epoxy
100
Voltage Lifetime [h]
CaCO3 15phr
CaCO3 30phr
10
MgCO3 15phr
MgCO3 30phr
1
B-MgCO3 15phr
B-MgCO3 30phr
0.1
0.01
0.001
10
12.5
15
17.5
20
Applied Voltage [kV]
22.5
25
Fig.4-8 Dependence of applied voltage on voltage lifetime
1000
Epoxy
100
Voltage Lifetime [h]
CaCO3 15phr W/O
CaCO3 30phr W/O
10
MgCO3 15phr W/O
MgCO3 30phr W/O
1
B-MgCO3 15phr W/O
B-MgCO3 30phr W/O
0.1
0.01
0.001
0
10
20
30
Filler amount [phr]
40
50
Fig.4-8. Dependence of applied voltage on voltage lifetime(17.5kV)
65
れる。また、 17.5kV の結果では、塩基性炭酸マグネシウムが炭酸マグネシウムよりも寿命
が短い傾向がみられる。塩基性炭酸マグネシウムの熱分析測定では、分解ピークが二つに分
かれており、低温側の分解温度は、エポキシの分解温度よりも低く、水酸化アルミニウムと
同様にエポキシの分解温度では劣化を効率良く抑えられなかったものと考えられる。
このように、水酸基を持たないが吸熱性を示す炭酸塩充填剤である炭酸カルシウムおよ
び炭酸マグネシウムにおいても、トリーの成長を抑制し耐電圧寿命を延ばすことが確認で
きた。
トリー抑制効果に対する分解温度の影響は、まだ正確に判らないが、この実験から高い分
解温度を持つ充填剤の方が有利と考えられる。つまり、耐熱性があり、その分粒子の分解が
緩やかに進行するバリア効果的働きがあると考えている。微視的な見地からの実験および
考察を行い、耐電圧寿命に及ぼす吸熱量と分解温度域の影響度を明確にすることが今後の
課題である。
4-4 トリーに曝された炭酸カルシウムの構造変化
炭酸カルシウム 15 部充填試料のトリー部の SEM 画像を Fg.4-9、Fig.4-10 に示す。各図
の(b),(c),(d)は、(a)から順に破線で示した領域の拡大画像である。Fg.4-9 のトリーは1
Tree
Tree
CaCO3
1.5μm
6μm
(a) Tree cavity and neighboring section
600nm
(b) Section of tree
300nm
(c) Calcium carbonate changed by tree (d) Calcium carbonate changed by tree
Fig.4-9. SEM observation of tree and Calcium carbonate
66
Tungsten electrode
Tree
Tree
Tree
120μm
6μm
(a) Tree cavity and neighboring section
(b) Section of tree
Analysis position
C
B
600nm
A
Calcium carbonate
1.5μm
13
600nm
(c) Calcium carbonate changed by tree (d) Calcium carbonate changed by tree
Fig.4-10. SEM observation of tree and Calcium carbonate
μm 以下の幅で、トリー中には分解して細かい炭酸カルシウム粒子がみられる。一方、Fig.410 は、図(a)に見られるように、タングステン電極から 0.1mm ほど離れた位置のトリー
部である。トリーの幅は約 1μm 程度で、金属水酸化物粒子で観察されたサイズと同レベル
である。図(d)のようにトリー中の炭酸カルシウム粒子は、繊維状の特徴的な形状に大きく
変化していた。元はサブミクロンの一次粒子が集合した形状をしており、一次粒子同士が繋
がった構造がそのまま残ったものと思われる。トリーに接しながらも繊維状の形状を維持
できることは、放電の温度が炭酸カルシウムの分解温度に近く、分解が急激でなく、反応域
が極めて薄い表面層で抑えられることが予想される。
炭酸カルシウム粒子が高温に曝されたときの形状変化を知るため、充填剤として用いた炭
酸カルシウム粒子を 700℃~1000℃で加熱処理をして、SEM による観察を行った。
高温で加熱処理した粒子の SEM 画像を Fig.4-11,4-12 に示す。Fig.4-12 は、Fig.4-11 よ
り高倍率の SEM 像である。Fig.4-11 にみられるように二次粒子は、金属水酸化物と同様に
外形の変化は少なく、700℃,1000℃と高温になるにつれて一次粒子が大きくなっている。
一次粒子の変化は、高倍率像の Fig.4-12 でより明確である。分解温度を踏まえると、700℃
で一部炭酸カルシウムから酸化カルシウムに変化し、1000℃で完全に酸化カルシウムに変
67
(a) 初期, 15 min
(b) 700℃, 15 min
(c) 1000℃, 15 min
Fig.4-11. Morphological change by heating of Calcium carbonate particle
(a) 初期, 15 min
(b) 700℃, 15 min
(c) 1000℃, 15 min
Fig.4-12 Morphological change by heating of Calcium carbonate particle
(Expanded image)
68
化している状態である。初期状態では数十 nmの一次粒子が高温処理で徐々に大きくなり、
1000℃処理では 100~200nm サイズまで成長しているように見られる。特に Fig.4-10 に見
られたような繊維状の形状への変化はなく、部分放電による形状変化との差は著しい。トリ
ー中の繊維状の形状は、一次粒子の表面が分解されながら連なって形成されたものと考え
られる。
炭酸カルシウムの吸熱反応を確認するために、Fig.4-10(d)の青線の部分で TEM 試料を
作製し電子線回折を行った。Fig.4-13 は、電子線回折の分析箇所を示した断面 TEM 画像で
ある。右上の 0.5μm ほどの白い空洞が Fig.4-10(d)にみられた繊維状の炭酸カルシウムが
存在したトリー部である。トリーは A 点の右側と左下側にもみられる。
Fig.4-13 の A,B,C 点で電子線回折を実施した。A 点はトリーから約 0.2μm 離れた位置に
ある炭酸カルシウム粒子であり、B 点はトリーに隣接した位置、C 点はトリー中に存在する
粒子である。Fig.4-14 に各部の電子線回折像を示す。(a)はトリーから離れた粒子 A 点の回
折像を示すが、炭酸カルシウムに起因する回折像である。B 点は、トリーに隣接する粒子で
あるが、炭酸カルシウムを示す回折像で、トリー中の C 点は非晶質を示す回折像である。
C 点は水酸化マグネシウムの場合(6)のように酸化物の結晶状態まで至らないが、吸熱反応が
生じ、結晶性が崩れたため非晶質を示す回折像が得られたものと考えられる。B 点はトリー
に隣接する粒子であるが炭酸カルシウムのままである。金属水酸化物では B 点のようなト
リーに近接した位置では、結晶の崩れや酸化物に起因する回折像が得られていたが、そのよ
うな結果が得られなかった。これは炭酸カルシウムの分解温度が金属水酸化物より数百度
も高いことが原因と思われる。このように炭酸カルシウムの吸熱反応は、金属水酸化物より
もっと薄い表面層(0.2μm 以下)で起きていることが明らかになった。また、炭酸カルシウ
Fig.4-13
TEM image of tree part including the Calcium carbonate
particle and analysis positions of the electron diffraction
69
CaCO3
CaCO3
(a) Position A
(b) Position B
amorphous
(c) Position C
Fig.4-14 Electron diffraction patterns of each position
ムの分解温度からトリー中の温度は 600℃を超える高温であることが分かったが、トリーの
観察より炭酸カルシウムの分解温度より極端に高くないものと考えられる。
4-5 トリーに曝された炭酸マグネシウムの構造変化
炭酸マグネシウムを 15 部充填した試料についてトリー部を 2 箇所示す。Fg.4-15 に一例
を示す。図(b)は、(a)の破線で示した領域の拡大画像である。トリーは粒子に穴を開けなが
ら伸展したように見え、トリー中に分解物が残っているのが観察できる。炭酸カルシウムの
場合と同様に、Fig.4-15(a)の青線部分で TEM 試料を作製して電子線回折を実施した。TEM
Tree
MgCO3
1.5μm
(a) Tree cavity and Magnesium carbonate
(b) Magnesium carbonate changed by tree
Fig.4-15 SEM observation of tree and Magnesium carbonate (Part Ⅰ)
70
画像および電子線回折の分析位置を Fig.4-16 に、回折像データを Fig.4-17 に示す。
Fig.4-16 の図(b)は、(a)のトリー上部の破線部の拡大画像であり、分析位置も示した。
(a)のように粒子の下側にトリー部が見られる。B,C 点はトリーから 50nm 程度離れた位置
で、A 点は 150nm 程度離れた位置である。Fig.4-17 に電子線回折を示したように、A 点は
炭酸マグネシウムの回折像で、B 点は酸化マグネシウム、C 点は非晶質とみられる回折像で
ある。B,C 点の回折結果より、炭酸マグネシウムは吸熱反応し、酸化マグネシウムや非晶質
構造に変化したものと思われる。
(a) TEM image
Fig.4-16
TEM image and analysis positions
MgCO3
(a) Position A
(b) Analysis Position A,B,C
MgO
(b) Position B
(Part Ⅰ)
amorphous
(c) Position C
Fig.4-17 Electron diffraction patterns of each position of MgCO3 (Part Ⅰ)
71
次に、別のトリー部の SEM 写真を Fig.4-18 に示す。ここは炭酸マグネシウムを分解し
ながら伸展したトリー部であり、でこぼこに変形している炭酸マグネシウム粒子がみられ
る。
Fig.4-18(a)の青線部分で TEM 試料を作製して電子線回折を実施した。Fig.4-19 は TEM
画像であり、図(a)にみられるように、白い部分がトリーとみられるが、丸い形状のトリー
や細長いトリーが観察される。図(a)の左側の破線部の拡大画像が図(b)で、右側の破線部の
拡大画像が図(c)である。 拡大画像では、トリーの境界が分かり難いが、A 点の下にトリー
があり 50nm 程度離れた位置で、B,C 点はもっとトリーに近く 20nm 程度離れた位置とみ
られる。Fig.4-20 に電子線回折像を示した。
Tree
MgCO3
(a) Tree cavity and Magnesium carbonate (b) Magnesium carbonate changed by tree
Fig.4-18 SEM observation of tree and Magnesium carbonate (Part Ⅱ)
(a)TEM image
Fig.4-19
(b) Analysis Position A
TEM image and analysis positions
72
(c) Analysis Position B,C
(Part Ⅱ)
MgO
amorphous
(a) Position A
(b) Position B
MgCO3
(c) Position C
Fig.4-20 Electron diffraction patterns of each position of Magnesium
carbonate(Part Ⅱ)
(a) 初期, 15 min
(b) 560℃, 15 min
(c) 1000℃, 15 min
Fig.4-21 Morphological change by heating of Magnesium carbonate particle
73
A 点は炭酸マグネシウムの回折像で、B 点は酸化マグネシウム、C 点は非晶質とみられる
回折像である。B,C 点の回折像より、炭酸マグネシウムは吸熱反応し、酸化マグネシウムや
非晶質構造に変化したものと思われる。
炭酸マグネシウム粒子が高温に曝されたときの形状変化を知るため、充填剤として用いた
炭酸マグネシウム粒子を 560℃~1000℃で加熱処理をして、SEM による観察を行った。
高温で加熱処理した粒子の SEM 画像を Fig.4-21 に示したが、表面形状には大きな変化
はみられない。熱分析データを参考にすれば、560℃で一部炭酸マグネシウムから酸化マグ
ネシウムに変化して、1000℃では全て酸化マグネシウムに変化している状態である。
次に、塩基性炭酸マグネシウムにおける、トリー部の SEM 画像を Fig.4-22 に示す。炭
酸マグネシウムについても二箇所の観察を行った。図(b)は、(a)の破線で示した領域の拡大
写真である。図(b)に見るように、トリー中に丸い形状の分解物が見られる。塩基性炭酸マ
グネシウムは板状であるが、薄い板が重なる構造であり、断面図は繊維状のようにみられる。
炭酸マグネシウムと同様に、Fig.4-22(a)の青線部分で TEM 試料を作製して電子線回折を
実施した。
TEM 画像および電子線回折の分析位置を Fig.4-23 に、回折像を Fig.4-24 に示した。
Fig.4-23 の図(b)は、(a)の破線部の拡大画像であり、分析位置も示している。図(a)のよう
に中央部のトリー部から 0.5μm 程度離れた位置で電子線回折を実施した。A,B,C 点は各々
50nm 程度離れているが、B 点と C 点の間の白い部分はトリー部と思われる。Fig.4-24 に
各位置の回折像を示したが、A 点は非晶質を、B 点は酸化マグネシウム、C 点は炭酸マグネ
シウムを示すものであった。炭酸マグネシウムの場合と同じように酸化マグネシウムも検
出され、塩基性炭酸マグネシウムも吸熱反応が起きたものと思われる。C 点は B 点とトリ
ーから同程度の距離であるが、炭酸マグネシウムの構造を保っている。C 点とトリーの間に
は、板状の炭酸マグネシウム粒子の層が存在しており、この一層の塩基性炭酸マグネシウム
層により温度上昇が抑制されたと考えられる。
Tree
MgCO3
6μm
(a) Section of tree
Fig.4-22
(b) B-magnesium carbonate changed by tree
SEM observation of tree and Basic magnesium carbonate(Part Ⅰ)
74
(a) TEM image
Fig.4-23
(b) Analysis position A,B,C
TEM image and analysis positions
MgO
amorphous
(a)Position A
(Part Ⅰ)
(b) Position B
MgCO3
(c) Position C
Fig.4-24 Electron diffraction patterns of each position of
Basic magnesium carbonate (Part Ⅰ)
75
また、別のトリー部の SEM 画像を Fig.4-25 に示す。このトリーは比較的深く抉られ内
部に分解物が少ないトリー部である。炭酸マグネシウムの場合と同様に、Fig.4-25(a)の青
線部分で TEM 試料を作製して電子線回折を実施した。TEM 画像および電子線回折の分析
位置を Fig.4-26 に、回折像を Fig.4-27 に示した。Fig.4-26 中央の破線で囲んだ領域の拡大
した画像が図(b)である。図(b)に分析位置を示しているが、B 点と C 点の間にトリーがあ
り、A 点は 50nm 程度離れた位置で、B,C 点は 50nm よりも近い位置である。Fig.4-27 に
(a) Section of tree
(b) Basic magnesium carbonate
changed by tree
Fig.4-25
SEM observation of tree and basic magnesium carbonate (Part
(a) TEM image
Fig.4-26
(b) Analysis position A,B,C
TEM image and analysis positions
76
(Part Ⅱ)
Ⅱ)
各位置の回折像を示したが、A 点は非晶質を、B 点は酸化マグネシウム、C 点は炭酸マグネ
シウムを示すものであった。Fig.4-25 のトリー部に存在する塩基性炭酸マグシウムについ
ても、酸化マグネシウムや非晶質の回折像が得られ、吸熱反応が起きたものと思われる。
(a)Position A
MgCO3
MgO
amorphous
(b) Position B
(c) Position C
Fig.4-27 Electron diffraction patterns of each position of
basic magnesium carbonate(Part Ⅱ)
Fig.4-28 に塩基性炭酸マグネシウム粒子を 300℃, 500℃, 1000℃での温度処理した後の
SEM 画像を示した。塩基性炭酸マグネシウムは分解温度が低いため、高温での変形が著し
いことが考えられたが、外形には大きな変形は見られず、板状のエッジの鋭さが緩やかに丸
みを帯びた形状に変形し、1000℃では表面の凹凸が増している。Fig.4-22 にみられたトリ
ー中の丸い分解物は塩基性炭酸マグネシウムの粒子が変形したものと考えられる。
このように、炭酸マグネシウムおよび塩基性炭酸マグネシウムの両粒子は、分解や変形し、
さらに電子線回折で酸化マグネシウムも検出されており、トリー近くに存在する粒子のご
く表面層において吸熱反応を起こしていることが確認できた。
これまでの炭酸塩充填試料のトリーの特徴やトリー中の形態観察および分析結果などを
総合的に考えあわせると、部分放電のエネルギーが炭酸塩粒子の分解に消費され、吸熱反応
によりエポキシの浸食およびトリーの伸展が抑えられているものと考えられる。トリーの
先端が炭酸塩粒子に達してからその粒子を通過するまでの間に粒子の分解が繰り返し起こ
り、それに伴いトリーの枝分かれが生じ、放電の回数に従いトリー細管も太くなっていくも
のと考えられる。枝分かれが多いとトリー先端での電界は弱くなることも考えられ、更にト
リーの伸展が抑えられたものと思われる。
77
(a) 初期, 15 min
(b) 300℃, 15 min
(c) 500℃, 15 min
(d) 1000℃,15min
Fig.4-28 Morphological change by heating of Basic magnesium carbonate particle
4-6 トリー抑制効果の炭酸塩充填剤の熱特性からの考察
炭酸カルシウムおよび炭酸マグネシウム、塩基性炭酸マグネシウムの熱分析データを
Fig.4-29 に示す。母材であるエポキシの分解温度は約 300℃~500℃である。塩基性炭酸マ
グネシウムは分解温度が二つに分かれ、吸熱量が最も小さく、分解温度も一番低い。一方、
炭酸カルシウムの分解温度は約 600℃~750℃、炭酸マグネシウムの分解温度は約 500℃~
600℃で、両試料ともエポキシの分解温度に比べ高温側である。また、測定した吸熱量は、
炭酸カルシウムが 979J/g、炭酸マグネシウムは 1090J/g、塩基性炭酸マグネシウムは低温
側が 346J/g で高温側が 326J/g である。
吸熱量が小さく分解温度が低い塩基性炭酸マグネシウムは、トリー抑制効果に対して一
番効果が少ないことが予想される。また、炭酸カルシウムは炭酸マグネシウムより、吸熱量
が 111J/g 小さく、吸熱量では不利であるが、30 重量部試料の耐電圧寿命が少し長い傾向が
みられている。これは分解温度が高いことが原因であると考えられる。分解温度が高い分、
トリーが接した時の分解反応が緩やかになるものと考えている。粒子の分解過程の詳細は
検討できていないが、分解が緩やかでバリア効果に似た働きがあるのではないかと推察し
ている。また、今回トリーの放電温度は 600℃以上であることが明らかになったが、トリー
78
が接するまでの分解反応も一番少なかったと考えられる。このような理由で、炭酸カルシウ
ムの 30 重量部充填試料の耐電圧寿命が、炭酸マグネシウム試料より長くなったものと思わ
れる。
炭酸マグネシウムをはじめ塩基性炭酸マグネシウムおよび金属水酸化物は、炭酸カルシ
ウムより分解温度が低いので、トリーが近づくまでの分解反応が多く、トリーが接した時の
分解反応も急激であり、トリー抑制剤としての効果が低下すると考えられる。
10℃/min
2
← 吸熱 [arb.unit]
0
-2
4MgCO3・Mg(OH)2・4H2O
-4
CaCO3
MgCO3
-6
-8
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900
1000
温度 [℃]
Fig.4-29
DSC measurement of carbonate particles
4-7 結言
吸熱性を示す炭酸塩充填剤についてトリー抑制の効果について検討を行った。今回は、炭
酸カルシウムや炭酸マグネシウムのエポキシ複合体について、トリー長の測定や耐電圧寿
命試験、さらに課電試験終了後の試料に対し SEM 観察及び電子線回折による構造分析を行
った。
1.炭酸カルシウム 5 重量部充填試料および炭酸マグネシウム 1 重量部充填試料のトリー
伸展は、エポキシ単独試料に比べ抑えられた。0.2mm 程度伸びてから成長が抑制され
る傾向は、金属水酸化物と同傾向である。エポキシ単独試料よりも枝分れの多いトリー
の特徴が見られた。
2.エポキシ単独試料に比べ、炭酸カルシウムや炭酸マグネシウム 15 重量部充填試料は、
79
印加電圧 15kV~20kV で耐電圧寿命が延びることが確認できた。炭酸カルシウム 30 重
量部充填試料は、エポキシ試料より 100 倍程度寿命が延びた。炭酸カルシウムや炭酸
マグネシウムの分解温度は、母材のエポキシ樹脂より高温であるが効果がみられた。
3.トリー中にあるフィラーの電子線回折分析から、炭酸カルシウムの結晶構造が崩れてい
ることや炭酸マグネシウム充填試料では酸化マグネシウムが検出され、両粒子とも吸
熱反応が起きていることが確認できた。炭酸カルシウムが分解していることから、トリ
ー内部の温度は 600℃以上あることが判明した。また、充填剤の分解温度は、高温であ
る方がトリー抑制効果は大きいことが考察された。
以上の結果から、第2、3章で述べた金属水酸化物と同様に、脱水しない吸熱反応を有
する炭酸カルシウムおよび炭酸マグネシウムはトリー劣化抑制剤としての機能を持つこと
が検証された。
80
第4章 参考文献
(1) 西沢仁:
「難燃剤,難燃化技術の最近の動向」, 日本ゴム協会誌 Vol.75, pp.322-326
(2002)
(2) 無機マテリアル学会編:
「セメント・セッコウ・石灰ハンドブック」
,技報堂出版 (1995)
(3) 橋本,富沢,原:
「炭酸塩と水酸化物の熱分解反応」, 石膏と石灰 No.188, pp.27-39 (1984)
(4) 富沢,橋本,原:
「塩基性炭酸マグネシウムの DTA 曲線における発熱過程について」,
窯業協会誌 Vol.84, No.6, pp.259-264 (1976)
(5) 田中宏一:
「アラゴナイト型柱状炭酸カルシウムの性質」, 石膏と石灰 No.193, pp.357366 (1984)
(6) 大塚, 岩渕, 小棹:
「天然産ドロマイトの DTA 曲線」, 石膏と石灰
No.184, pp.131-
137 (1983)
(7) 宮崎秀甫:
「半水セッコウの加熱変化」, 工業化学雑誌 Vol.69, pp.9-11 (1966)
(8) 白須賀, 山口, 関谷:
「CaO-MgO 系と Ca(OH)2-Mg(OH)2 系の固溶現象」,石膏と石灰
No.139, pp.223-226 (1975)
81
第5章 トリー抑制に与えるカップリング剤処理の影響
5-1 緒言
一般的に高分子複合体の絶縁特性においては、充填剤と樹脂間の界面の影響が大きく作
用することが知られており(1) (2)、絶縁耐性の向上には充填剤の表面をカップリング剤などで
処理を施し界面を強固にする必要がある(3 )(4) (5)。主に表面処理にはシランカップリング剤が
使用されるが、これは一つの分子中に有機物との反応や相互作用が期待できる有機官能基
と、加水分解性基の両者を併せ持つ有機ケイ素化合物である(6)(7)。この特徴的な構造を利用
して、化学的性質の異なる有機ポリマーと無機充填剤の両者を強固に結び付ける働きをす
る。エポキシ基は酸、アミノ基、アルコール等の水酸基と反応し、それぞれに対応した生成
物を与え、アミノ基やカルボキシル基を含有したポリマーとの反応に適している(8 )(9)(10)。
第2章や第3章では、シランカップリング剤を処理した金属水酸化物粒子を入手し、耐電
圧寿命試験を行った結果を報告したが、カップリング剤を処理した方が寿命は延びること
が分かった。エポキシ複合体のトリーイング現象については、カップリング剤の有効性がみ
られたため、粒子と樹脂の界面の検討を計画した。メーカで実施しているカップリング剤の
処理方法が分からないため、カップリング剤メーカが提唱する標準的な手法を選んだ。また、
カップリング剤の適量を知るために、粒子の表面を一層覆う量を計算して、その量を基準に
して、その倍量を振って最適量を調べた。また、粒子と樹脂の界面に空孔(気泡)がある場
合そこを絶縁性の良好な物質で埋めることで絶縁性を向上させることができる。カップリ
ング剤が完全に表面処理できた理想の状態として絶縁油へ浸漬させた試料を考え、両処理
の耐電圧寿命を比較した。
ここでは、金属水酸化物およびその酸化物にシラン系カップリング剤を湿式処理し、寿命
への影響を調べるとともに、破断面の SEM 観察や機械的特性を評価し寿命との関係などを
検証する(11 )(12) (13)(14)。また、試験試料を油中に浸漬した試料と寿命を比較し考察する。
5-2 実験方法
耐電圧寿命試験用の試料は、前述の第 2~4 章に記述した試料および方法を用いて作製し
た。粒子のカップリング剤処理の工程については次節に詳細を記述した。
5-2-1 シランカップリング剤について
シランカップリング剤の化学構造は、一般的に Fig.5-1 に示すように現わされる(7)。シラ
ンカップリング剤は一つの分子中に有機物との反応や相互作用が期待できる有機官能基「Y」
と、加水分解性基「OR」の両者を併せ持つケイ素化合物である。この特徴的な構造を利用
82
Fig.5-1 Structure of coupling agent
し「Y」を介して有機ポリマー等と、
「OR」を加水分解反応させることにより無機物表面等
と化学結合し、化学的性質の異なる両者を強固に結び付ける働きをする。エポキシ基は酸、
アミノ基、アルコール等の水酸基と反応し、それぞれに対応した生成物を与えるが、アミノ
基やカルボキシル基を含有したポリマーとの反応に適している。
本研究では、シリカなどの充填剤の表面処理として一般的に用いられている 3-グリシジ
ルオキシプロピルトリメトキシシランを使用した。3つの反応基(─OCH3)は空気中の H2O
によって加水分解し、活性なシラノール基(─OH)となる。金属水酸化物にもこの OH 基
が存在しており、OH 基同士が H2O を排出することで縮合する。また、3 官能であるため、
残りの官能基は他の加水分解したシラノール基と縮合し、より強固な結合で金属水酸化物
表面に付着する。
5-2-2 試料および実験方法
カップリング剤は、一般的な湿式法(スラリー法)を採用して処理した。この方法は、シ
ランカップリング剤が均一に処理できることや充填剤自体を壊さずに処理できることが利
点である。処理方法は Fig.5-2 に示す。まず、金属水酸化物にアルコール水溶液(水:アル
コール=1:9 重量比)を加え、シランカップリング剤を添加し、10 分間攪拌後、濾過し、
乾燥させた。シランカップリング剤は, 3-グリシジルオキシプロピルトリメトキシシラン
(信越化学工業㈱、KBM-403)を使用した。
粒子混合
攪拌:約10分
カップリング剤添加
攪拌:10分
濾過
乾燥
120℃×90分
Fig.5-2 Treatment method of coupling agent
83
シランカップリング剤の添加量は、充填剤表面をシランカップリング剤が1分子覆う量
を下に示した二式から算出した。エポキシ樹脂は,主剤として市販のビスフェノール A 型
液状樹脂(アラルダイト CY225)
,硬化剤として市販の変性脂環式酸無水物(ハードナー
HY925)で、前述と同じものを使用した。また、薄葉試料の作製につても前述と同様の方法
である。
無機充てん材の重量(g) ×比表面積(㎡/g)
添加量(g)=
・・・(1)
シランカップリング剤の最小被覆面積(㎡/g)
-20
6.02 × 10 × 13 × 10
23
最小被覆面積(㎡/g) =
・・・(2)
シランカップリング剤の分子量
実験に用いた試料は、Table 5-1 に示す。粒子の表面を分子一層が覆う量を基準にして、
最大 10 倍までカップリング剤を添加した。粒子の充填量は 15phr で、耐電圧寿命試験の印
加電圧は 17.5 kV である。耐電圧寿命試験も、前述の方法と同じであるが、試料の界面や弱
点部を補うために絶縁油に浸漬させた試料も作製し比較した。試料の浸漬時間は一週間以
上である。
Table 5-1 Sample for voltage lifetime test
Sample Name
Magnesium hydoxide①
Magnesium hydoxide②
Magnesium hydoxide③
Magnesium oxideⅡ
Aluminum hydoxide ②
Boehmite
Aluminum oxide
Coupling agent
0, ×1, ×2, ×3, ×5
0, ×1, ×2, ×3, ×5
0, ×1, ×2, ×3, ×5
0, ×1, ×2, ×3, ×5, ×7, ×10
0, ×1, ×2, ×3, ×5
0, ×1, ×2, ×3, ×5
0, ×1, ×2, ×3, ×5
Filler amount[phr]
15
15
15
15
15
15
15
Oil soak
--with
with
with
with
with
試験終了後は、破断面観察や機械特性として三点曲げ試験で評価した(15)。作製した試料
を、Fig.5-3 に示す折り曲げ試験機にセットし、64mm の支点間距離で試験片を支え、その
中央に加圧くさびで 2mm/min の速度で荷重を加えた。その際、試験片の折れた箇所が試験
片を 2 等分した中央部以外である場合にはこれを試験値に採用せず、再試験を行った。試
験片が折れた時の荷重 P(N)、
支点間距離 Lv(mm)、
荷重-破断点変位曲線の勾配 F/Y(N/mm)、
マイクロメータを用いて 0.01mm まで正確に測った試験片の幅 W(mm)、試験片の高さh
84
(mm)の値を、曲げ強度σ(MPa)、曲げ弾性率 Ef(MPa)の式(3),(4)に代入して値を求めた。
・・・・・・・
(3)
・・・・・・・
(4)
荷重
試料片
h
4[mm]
支点
w
10[mm]
Lv
64[mm]
Lv:支点間距離[mm]
w:試料片の幅[mm]
h:試料片の高さ[mm]
Fig.5-3 Measurement method of mechanical characteristic
5-3 実験結果
5-3-1 水酸化マグネシウムのカップリング剤の影響
カップリング剤量に対する水酸化マグネシウム①と②の耐電圧寿命試験の結果を Fig.5-4
に、水酸化マグネシウム③の耐電圧寿命試験の結果を Fig.5-5 に示す。横軸は、粒子に対す
るカップリング剤の添加量で表示しており、カップリング剤が粒子の表面一層を覆う量を
基準にその倍数の量に対応している。
85
水酸化マグネシウム①は、カップリング剤 3 倍量で最大の寿命を示し、水酸化マグネシ
ウム②は、カップリング剤 2 倍量で最大の寿命を示した。両試料とも未処理に対して数倍
寿命が延びた。水酸化マグネシウム③は、Fig.5-5 に示したが、カップリング剤 2 倍量で最
大の寿命を示したが、他の水酸化マグネシウムと同様に大きな効果ではなかった。Fig.5-5
100
Mg(OH)2①15phr
Voltage Lifetime [h]
Mg(OH)2②15phr
10
1
0.1
0
2
4
6
Coupling agent content [wt%]
8
10
Fig.5-4 Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
Mg(OH)2①,②15phr
1000
Voltage Lifetime [h]
Mg(OH)2 ③15phr
100
10
1
0.1
0
2
4
6
Cuopring agent content [wt%]
8
10
Oil dip
Fig.5-5 Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
Mg(OH)2③15phr
86
には、絶縁油に浸漬した試料の寿命も右端に合わせて掲載したが、平均寿命は、カップリン
グ剤処理の最大値である 2 倍処理の試料より少し長くなっている。絶縁油は、粒子と樹脂
の界面に進入し界面の絶縁破壊の特性を向上させるため、寿命が延びたと思われる。いずれ
の水酸化マグネシウムの粒子も寿命が最大になるカップリング剤の量は表面を覆う量の 2
~3 倍の添加量であることが分かった。
カップリング剤は、一般的に樹脂と粒子の界面の結合を強固にする働きがあり、界面にお
けるトリーの伸展を抑制したため、未処理のものより少し寿命が延びたものと考えられる。
また、カップリング剤量の最適量よりさらに多く添加した場合寿命が短くなる傾向がみら
れるが、界面にカップリング剤が余分に残り結合を弱めたものと考えている。
各試料の粒子と樹脂界面の状態は、薄葉試料を割りその破断面を電子顕微鏡で調べた。水
酸化マグネシウム試料①,②,③の破断面 SEM 写真を Fig.5-6, 5-7, 5-8 に示した。水酸化マ
グネシウム①は、カップリング剤未処理では、界面に隙間や粒子が抜けた部分が見られてい
るが、カップリング剤を処理しても隙間や粒子抜け部が見られている。水酸化マグネシウム
①の耐電圧寿命の変化が特に少なくなっているが、このように最初から密着していない界
面の状態に変化が見られないことが影響していると考えられる。また、水酸化マグネシウム
②は、未処理で界面が密着しており、処理試料についても同様の密着状態であった。最後に、
水酸化マグネシウム③は、未処理では界面に隙間がみられたが、処理品は隙間が少なくなっ
ている。3 種類の水酸化マグネシウム粒子について、カップリング剤処理を施したが、樹脂
と粒子の界面の密着性は各々の粒子で異なることが分かった。
今回水酸化マグネシウムのカップリング剤処理を行ったが、いずれも、破断面の粒子表面
にはエポキシ樹脂層の痕跡はなく、いずれの粒子もあまり強固な結合状態ではないと考え
られる。
600nm
600nm
(a) No Treatment
(b) Treatment ×2
Fig.5-6 SEM observation of Mg(OH)2① sample
87
600nm
600nm
(a) No Treatment
(b) Treatment ×2
600nm
600nm
(c) Treatment ×3
(d) Treatment ×5
Fig.5-7 SEM observation of Mg(OH)2② sample
600nm
600nm
(a) No Treatment
(b) Treatment ×2
Fig.5-8 SEM observation of Mg(OH)2③ sample
88
次に、酸化マグネシウムⅡのカップリング剤量に対する耐電圧寿命試験の結果を Fig.5-9
に、それぞれの破断面 SEM 写真を Fig.5-10 に示す。耐電圧寿命は、カップリング剤処理 5
倍で、急に大きくなったため、7 倍量、10 倍量の試料で実験したが、10 倍量でも 5 倍量と
あまり変わらない寿命である。油浸漬試料のデータも合わせて図に示したが、油浸漬試料は
カップリング剤 5~10 倍量の寿命レベルに相当した。水酸化マグネシウム③と同様に油浸
漬試料の寿命はほぼ最大値を示し、酸化マグネシウム試料においても粒子と樹脂の界面の
絶縁性を補強したと考えられる。
Fig.5-10 にカップリング剤未処理および処理試料の破断面 SEM 写真を示したが、カップ
リング剤未処理に比べ処理試料の界面の隙間が少なくなっていることが観察できる。図(a)
では、円盤に穴が開いたような酸化マグネシウムⅡの一次粒子が凝集しているのが確認で
きる。酸化マグネシウムⅡの粒子は上述の水酸化マグネシウム粒子より細かい空洞がある
分比表面積が大きく、計算したカップリング剤量ではこれらの細かい空洞を覆うことがで
きず、カップリング剤の増量が必要であったと推察される。
1000
Voltage Lifetime [h]
MgO Ⅱ15phr
100
10
1
0.1
0
5
10
15
20
Cuopling agent content [wt%]
25
30 dip
Oil
Fig.5-9 Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
MgOⅡ15phr
89
600nm
600nm
(a) No Treatment
(b) Treatment ×2
600nm
600nm
(c) Treatment ×3
(d) Treatment ×5
Fig.5-10 SEM observation of MgOⅡsample
5-3-2 アルミナ水和物のカップリング剤の影響
水酸化アルミニウム②およびベーマイトのカップリング剤量に対する耐電圧寿命試験の
結果を Fig.5-11, 5-12 に示す。横軸は、粒子に対するカップリング剤の添加量で表示してお
り、カップリング剤が粒子の表面一層を覆う量を基準にその倍数の量に対応している。
水酸化マグネシウム②およびベーマイトともに、カップリング剤で数倍寿命が長くなる
傾向がみられたが、水酸化マグネシウムと同様に大きな効果ではなかった。両試料ともに油
浸漬のデータも合わせて記載したが、油浸漬試料は、カップリング剤処理の最高の寿命レベ
ルに相当した。
機械特性評価用の棒状成形試料を割り、その破断面について電子顕微鏡を用いて、粒子と
樹脂界面の状態を観察した。水酸化アルミニウム試料②の破断面 SEM 写真を Fig.5-13 に
示す。水酸化アルミニウム②は、カップリング剤未処理では、界面に隙間や粒子が抜けた部
分が多く見られているが、カップリング剤処理をすると樹脂部が露出し粒子の抜けた部分
90
は少なくなっている。また、同様にベーマイトの破断面 SEM 写真を Fig.5-14 に示す。水
1000
Voltage Lifetime [h]
Al(OH)3 ②15phr
100
10
1
0.1
0.01
0
Oil dip
5
10
Coupling agent content [wt%]
Fig.5-11 Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
Al(OH)3 ②15phr
Voltage Lifetime [h]
1000
AlO(OH) 15phr
100
10
1
0.1
0.01
0
2
4
6
Coupling agent content [wt%]
8
10
Oil dip
Fig.5-12 Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
AlO(OH)15phr
91
酸化アルミニウム②と同様に、カップリング剤処理をすると粒子の抜けた痕は少ないこ
とが観察された。
(a) No treatment
(b) Treatment
×1
Fig.5-13 SEM observation of Al(OH)3② sample
(a) No treatment
(b) Treatment
×1
Fig.5-14 SEM observation of AlO(OH) sample
次に、酸化アルミニウム粒子の耐電圧寿命試験の結果を Fig.5-15 に示す。耐電圧寿命は、
カップリング剤処理 2 倍で、最大値を示した。酸化アルミニウムは酸化マグネシウムと同
様に、耐電圧寿命は金属水酸化物より効果が有り 10 倍以上である。3 倍、5 倍とカップリ
ング剤を増量すると急に特性が落ちるが、余分なカップリング剤の悪影響も顕著なため注
意が必要である。酸化アルミニウムの油浸漬の寿命は、2 倍量の最大平均寿命よりもさらに
長い結果であった。
カップリング剤未処理の酸化アルミニウムおよび別試料の水酸化アルミニウム②および
ベーマイト薄葉試料の破断面 SEM 写真を Fig.5-16 に示す。カップリング剤未処理の酸化
アルミニウム試料では粒子と樹脂界面にはやはり、隙間が見られている。酸化アルミニウム
のカップリング剤処理の SEM 観察はできていないが、耐電圧寿命の傾向からみると、酸化
マグネシウム粒子のように、1~2 倍量処理の試料で界面の隙間が少なくなっているものと
思われる。
92
Fig.5-16 の水酸化アルミニウム②やベーマイトの画像は、Fig.5-13,14 よりも高倍率の画像
である。両粒子ともに、カップリング剤の未処理では、粒子と樹脂界面に隙間があることが
はっきり観察できる。
Voltage Lifetime [h]
1000
100
10
1
0.1
0.01
0
1
2
3
4
Coupling agent content [wt%]
5
Oil6 dip
Fig.5-15 Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of Al2O3 15phr
(a) Al2O3
(b) Al(OH)3 ②
(c) AlO(OH)
Fig.5-16 SEM observation of Al2O3,Al(OH)3,AlO(OH) samples(No Treatment)
93
金属水酸化物やその酸化物について、カップリング剤処理を施した場合、数倍寿命が延び、
それは、樹脂と粒子の界面を強化するためと考えられる。また、絶縁油に浸漬した試料の寿
命は、カップリング剤処理試料の最高の平均寿命レベルやそれ以上の寿命を示し、絶縁油が
界面に侵入し絶縁性能を補強したと思われる。つまり、絶縁油浸漬の効果は、カップリング
剤処理の最適条件として扱えると考えられ、粒子の表面処理の良否を判定するスクリーニ
ング処理として使用できることが分かった。
5-3-3 機械的特性と耐電圧寿命の関係
粒子と樹脂の界面の密着性は、前節では SEM 観察で実施したが、ここでは機械的特性を
評価する。金属水酸化物およびその酸化物においてカップリング剤量を耐電圧寿命試験に
合わせて機械特性試料を作製し、曲げ強度および曲げ弾性率を測定した。各評価結果を
Fig.5-17, 5-18 に示す。
Fig.5-17 は、水酸化マグネシウム③の強度および弾性率の結果であるが、耐電圧寿命はカ
ップリング剤 3 倍量が最高レベルであり、強度や弾性率との相関性は見られなかった。
120
350
Load [MPa]
80
60
300
250
40
200
20
Elastic modulus: Mg(OH)3 ③15phr
Bending strength: Mg(OH)3 ③15phr
0
150
0
2
4
6
8
10
0
2
4
6
8
10
Coupling agent content [wt%]
Coupling agent content [wt%]
Fig.5-17. Dependence of coupling agent on the mechanical characteristic
of Mg(OH)2 ③ 15phr
160
350
140
300
Load [MPa]
120
Load [MPa]
Load [MPa]
100
100
80
60
40
250
200
150
20
Elastic modulus: MgO Ⅱ15phr
Bending strength: MgO Ⅱ15phr
100
0
0
5
10
15
20
25
30
0
5
10
15
20
25
30
Coupling agent content [wt%]
Coupling agent content [wt%]
Fig.5-18 Dependence of coupling agent on the mechanical characteristic
of MgOⅡ15phr
94
Fig.5-18 は、酸化マグネシウムⅡの結果であるが、耐電圧寿命は 5, 7, 10 倍量が 1, 2, 3 倍
量よりも長い傾向がみられており、強度および弾性率とも同様の傾向がみられる。酸化マグ
ネシウムⅡの場合粒子と樹脂の密着性が機械特性に反映していると考えられる。
次に、アルミナ水和物と酸化アルミニウムの機械的特性の結果を Fig.5-19~5-21 に示す。
Fig.5-19 は、水酸化アルミニウム②の機械的特性結果である。耐電圧寿命は、カップリング
剤量 1,2 倍量が最高レベルであるが、機械特性にはその傾向はみられない。Fig.5-20 は、
ベーマイトの結果であり、耐電圧寿命は1倍量が最高を示したが、機械特性にはその傾向は
みられない。最後に、Fig.5-21 は、酸化アルミニウムの結果である。耐電圧寿命は、2 倍量
が最高であるが、機械特性に同様の傾向がみられなかった。酸化マグネシウムの曲げ強度の
み耐電圧寿命と強く相関性がみられた。このように、金属水酸化物のカップリング剤処理で
は、樹脂と粒子の界面の密着力を強化し、それは機械特性にも反映すると予測していたが、
実験では機械特性に大きな違いがみられない結果が得られた。この原因の一つは、金属水酸
化物はシリカなどに比べて、比較的やわらかく脆い粒子であることが影響していると考え
400
140
120
350
Load [MPa]
Load [MPa]
100
80
60
300
250
40
200
20
Elastic modulus: Al(OH)3 ② 15phr
Bending strength: Al(OH)3 ② 15phr
0
150
0
2
4
6
8
10
12
0
2
4
Fig.5-19
6
8
10
12
Coupling agent content [wt%]
Coupling agent content [wt%]
Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
Al(OH)3②15phr
140
400
120
350
Load [MPa]
Load [Pa]
100
80
60
300
250
40
200
20
Bending strength: AlO(OH) 15phr
Elastic modulus: AlO(OH) 15phr
0
150
0
1
2
3
4
Coupling agent content [Wt%]
Fig.5-20
5
6
0
2
4
6
Coupling agent content [Wt%]
Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
AlO(OH) 15phr
95
8
10
140
350
300
100
Load [MPa]
Load [MPa]
120
80
60
250
200
40
150
20
Elustic modulus: Al2O3 15phr
Bending strength: Al2O3 15phr
100
0
0
1
2
3
4
5
0
2
3
4
5
Couplong agent content [wt%]
Coupling agent content [wt%]
Fig.5-21
1
Dependence of coupling agent on the voltage lifetime of
Al2O315phr
られる。また、一般的に金属水酸化物は、表面処理が難しい粒子と言われており添加したカ
ップリング剤がすべて粒子表面に処理されていないことも考えられる。一部の粒子につい
て、カップリング剤処理後の粒子の炭素量を分析し、理想的に処理された時の表面に残る炭
素量と比較した所、実際の処理量は理想の場合の 2~3 割の量であった。金属水酸化物への
カップリング剤処理は容易ではなく、粒子表面を完全に一層覆うように処理できるような
検討が必要である。
5-4 結言
金属水酸化物およびその酸化物にカップリング剤を処理した試料およびカップリング剤
未処理で絶縁油に浸漬した試料を用いて、耐電圧寿命に与える影響を調べた。カップリング
剤は市販のシランカップリング剤 KBM-403 を用い、湿式法で処理した。
1、いずれの金属水酸化物もカップリング剤未処理よりも、耐電圧寿命が数倍延びることを
確認した。ただし、その効果は大きくはなかった。耐電圧寿命が一番延びるカップリング
剤量は、表面を一層覆う量の 2~3 倍の添加量であることが分かった。
絶縁油に浸漬した試料は、カップリング剤処理試料の最高寿命レベルに相当し、粒子と
樹脂の界面を強力に補強すると考えられる。実際のカップリング剤の処理は困難である
ため、スクリーニング処理として利用できることが分かった。
2、カップリング剤処理で寿命が比較的延びた試料について破断面観察したところ、粒子と
樹脂の界面の隙間が少なくなっていることが分かった。粒子と樹脂界面の密着性が向上し
たと考えられる。金属水酸化物の界面の密着性の向上は、曲げ強度や曲げ弾性率の機械的
特性の評価では、ほとんど特性差が見出せず、カップリング剤量で示す寿命特性とも相関
性が得られなかった。各金属水酸化物の粒子の脆さや処理の難しさが影響していると思わ
れる。
96
第5章 参考文献
(1) 「固体絶縁材料の添加剤・充てん剤効果」, 電気学会技術報告 II 第 342 号(1990)
(2) 「固体絶縁材料の界面効果」, 電気学会技術報告 第 488 号(1994)
(3)
熊谷, 王, 吉村:「水酸化アルミニウム充填シリコーンゴムの吸脱水特性とはっ水
性」, 電気学会論文誌 A Vol,118No.7/8, pp785-791(1998)
(4)
飯田, 中村, 澤:
「線形シリコーン鎖の耐熱性カップリング剤としての応用」, 電気学会
論文誌 A Vol.119-A, N0.7, pp.1005-1010 (1999)
(5) 穂積, 西岡, 末松, 村上, 長尾, 坂田:
「局所的に絶縁破壊したシリコーンゴム自己回
復性に関する基礎検討」,電気学会論文誌 A Vol.115, No.2, pp172-178(2005)
(6) 中村,永田監修:
「シランカップリング剤の効果と使用方法」, サイエンス&テクノ
ロジー(1998)
(7) 「シランカップリング剤」, 信越化学工業株式会社 技術資料 (2010)
(8)
高分子学会編:
「高分子と水」, 共立出版 (1995)
(9)
フィラー研究会編:
「複合材料とフィラー」, シーエムシー出版 (2004)
(10) 「シランカップリング剤の反応メカニズムと処理条件の最適化」, 技術情報協会
(2006)
(11) 「シランカップリング剤」, 信越化学工業 技術資料
(12) 門谷:「複合材料の吸水特性」, 電気学会論文誌 A, Vol.99, No.5 ,pp.207-212(1979)
(13) 吉田, 東原, 野村, 臼井, 日比
:
「シリカ充填エポキシ樹脂の煮沸吸水に伴う樹脂
―充填剤界面の接着性変化」, 電気学会論文誌 A
Vol.117, No.11, pp.1127-1132
(1997)
(14) 吉田, 東原, 野村, 臼井, 日比 :
「シリカ充填エポキシ樹脂の煮沸吸水後の引張り、
曲げ変形挙動とシラン処理剤効果」, 電気学会論文誌 A
1012
(1997)
(15) 高分子学会編:
「高分子物性の基礎」, 共立出版 (1993)
97
Vol.117, No.10, pp.1004-
第6章 総括
電気絶縁材料は、電力ケーブル、機器絶縁のほかエレクトロニクス分野においても幅広く
使用され、様々な要求特性に答えながら発展を遂げてきた。近年、電気エネルギーの効率的
利用に対する要請などから電力機器の高性能化や小型化が推し進められ、従来にもまして
過酷な条件で絶縁機器および材料を使用する機会が多くなっている。様々な高分子電気絶
縁材料の中で、エポキシ樹脂は特に優れた電気絶縁性を有し、幅広い特性改善のために無機
充填剤が配合され活用されており、将来も貢献できる材料である。
また一方、多様な環境で使用されるため、より「安全」で「環境に優しい」材料が求めら
れており、過去に塩化ビニル電線がノンハロゲン難燃性電線に代わってきた事例もみられ
る。この対策には、有害ガスを出さないノンハロゲン系の無機系難燃剤である金属水酸化物
が添加され活用された。金属水酸化物の難燃化機構は、高温時に脱水・吸熱反応し、周囲か
ら潜熱を奪いその温度を低下させることである。
高分子絶縁体が高電圧下で使用された場合、高分子絶縁材料中にボイドやクラックが存
在すると、電界が集中し局部的な放電が発生し、その結果材料中にトリー(Tree)状の破壊
路を生じ寿命が著しく低下する現象がある。実際のポリエチレン電力ケーブル中にトリー
が発見されてから一気に注目を浴び、現在まで様々な研究が継続されている。水酸化アルミ
ニウムは代表的な金属水酸化物であるが、絶縁体表面でのトラッキング現象などの放電か
ら母材の高分子の劣化を軽減するために多く用いられてきたが、絶縁体内部で発生する放
電現象(トリーイング破壊)に対してその効果を検討した例は報告されていない。金属水酸
化物が熱エネルギーを吸収するように、放電エネルギーを奪い取れば部分放電の広がりを
抑えられ、絶縁体の耐電圧寿命を延ばすことが可能であり、ひいては機器自体の信頼性も向
上させられる。このような観点から、金属水酸化物の脱水・吸熱反応や吸熱性粒子に着目し、
耐電圧寿命に与える効果を検証することを目的に研究を進めた結果、トリー抑制剤として
働くことを確認した。金属水酸化物としては、① 水酸化マグネシウム ②アルミナ水和物
(水酸化アルミニウム、ベーマイト)更に、水酸基を有せず脱水反応しない吸熱性粒子とし
ては、③ 炭酸塩(炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム)を取り上げ、課電後のトリー長計
測、耐電圧寿命試験を実施し、SEM や電子線回折により、それぞれの吸熱反応を確認した。
また、複合体の絶縁破壊現象には、樹脂と充填剤の界面の密着性が大きく影響を及ぼすこと
が知られており、これら対象の充填剤についてカップリング剤による表面および試料の絶
縁油浸漬の影響を考察した。
以下に本研究から得られた知見を総括し、本研究の工学的意義についてまとめる。
6-1
本研究から得られた主な知見
98
1、水酸化マグネシウム(Mg(OH)2)の検討
1)水酸化マグネシウム充填試料のトリーは、0.2mm 程度から伸びが抑制される傾向を示
した。水酸化マグネシウム 15 重量部試料は、エポキシ単独試料よりも大幅に枝分かれが
多い特徴が見られた。脱水・吸熱反応で粒子の形状が変化することで、トリー枝分かれが
起きると考えられる。
2)印加電圧 15 kV~22.5 kV の範囲において、エポキシ単独試料に比べ,15~30 重量部試
料は 10~100 倍程度耐電圧寿命が延びることが確認できた。これは枝分かれの多いトリ
ーの特徴による効果が反映しているが、形状の違う粒子3種類を用いたがいずれの粒子も
同じような効果がみられた。
3)トリー中にある水酸化マグネシウムは一部分解や多数の穴が発生するなど、初期状態か
ら大きく変形していた。電子線回折の回折像より酸化マグネシウムが検出され、脱水・吸
熱反応は部分放電部(トリー)から 0.2μm 程度のごく表面層で起きていることが確認で
きた。
2、アルミナ水和物(Al(OH)3 ,AlO(OH))の検討
1)水酸化アルミニウム 5 重量部試料のトリーは、水酸化マグネシウム充填試料同様に、
0.2mm 程度から伸びが抑制された。トリーが発生する部分放電のエネルギー量は似てい
ると考えられる。水酸化アルミニウム充填試料のトリーは、エポキシ単独試料よりも大幅
に枝分かれが多く、まりもと称されるものであった。
2)水酸化アルミニウム 15 重量部試料(カップリング剤未処理)の絶縁寿命はエポキシ単独
試料に比べ、印加電圧 17.5 kV で 10 倍程度延びることが確認できた。ベーマイトは水酸
基を一個しか保持しておらず吸熱量が水酸化アルミニウムより少ないため、耐電圧寿命が
水酸化アルミニウム充填試料よりも短くなったと考えられる。水酸化アルミニウムの吸熱
量は、水酸化マグネシウムとほぼ同じであるが、水酸化アルミニウムの方が寿命は短くな
った。トリーを抑制する因子としては、金属水酸化物の吸熱量のほか、吸熱反応温度域も
関係していることが判った。
3)トリー中にある水酸化アルミニウムは溶融したような丸みを帯びた形状に大きく変化し
ていた。ベーマイトは、分解温度が水酸化アルミニウムより 200℃以上高いため、変形は
少なく一部分解している状態である。両試料の電子線回折では、酸化アルミニウムに起因
する回折像が得られず非晶質を示す回折像であった。これは形状変化から、水酸化アルミ
ニウムやベーマイトの結晶性が崩れ非晶質に変化したものと考えられ、吸熱反応の発生が
確認できた。脱水・吸熱反応は部分放電部(トリー)から 0.2μm 程度のごく表面層で起き
ていることは、水酸化マグネシウムと同様の結果である。
以上、金属水酸化物の結果から、総合的に考えると、トリー細管内で生じる部分放電のエ
ネルギーは金属水酸化物粒子の形態変化を伴う脱水・吸熱反応に消費され、エポキシの劣化
およびトリーの伸展が抑えられる。トリーの伸展が抑えられている間にさらに枝分かれが
生じ、それに伴い部分放電のエネルギーが分散されたり、トリー先端での電界が弱くなり、
99
更にトリーの伸展が遅くなり、エポキシ単独試料に比べて破壊までの時間が 100 倍程度も
延びたものと考えられる。以上のように、脱水・吸熱性を示す金属水酸化物はトリー劣化抑
制剤としての機能を持つことが確認できた。
3、炭酸塩(炭酸カルシウム(CaCO3), 炭酸マグネシウム(MgCO3), 塩基性炭酸マグ
ネシウム(4MgCO3・Mg(OH)2・4H2O)
)の検討
1) 炭酸カルシウム 5 重量部試料および炭酸マグネシウム 1 重部試料のトリーは、エポキシ
単独試料に比べ伸展が抑制された。また、エポキシ単独試料よりも枝分かれが多い特徴が
見られた。
2)印加電圧 17.5 kV において、エポキシ単独試料に比べ、15 重量部試料は 10~100 倍程度
耐電圧寿命が延びることが確認できた。炭酸カルシウムおよび炭酸マグネシウムは金属水
酸化物に劣らない長寿命を示した。
塩基性炭酸マグネシウムの吸熱量は炭酸マグネシウムより 190J/g 程度小さく、また、
吸熱ピークが二つに分かれ分解温度が低いため、炭酸マグネシウムに比べ寿命が短くなっ
たと考えられる。分解温度の高い充填剤の方が、分解速度が緩やかになり、トリー抑制効
果が大きいことが推察された。
3)トリー中にある炭酸カルシウムは、一次粒子が繋がったような繊維状にまで、初期状態か
ら大きく変形していた。この電子線回折では、酸化マグネシウムに起因する回折像は得ら
れず、アルミナ水和物と同様に、炭酸カルシウムの結晶が崩れたためと推察できた。トリ
ー中にある炭酸マグネシウムおよび塩基性炭酸マグネシウムは、粒子が細かく分解されて
いる状態であった。これら両充填剤の電子線回折では、酸化マグネシウムに起因する回折
像が得られた。これら炭酸塩の吸熱反応は、金属水酸化物よりも分解温度が高いため金属
水酸化物よりももっと薄い表層部(0.1μm 以下)で起ることが分かった。
以上のように、水酸基を有せず脱水反応しない吸熱性粒子についても金属水酸化物と同
様に吸熱反応の効果で、トリー伸展を抑え、耐電圧寿命を延ばしたものと考えられる。この
ように、吸熱性を示す炭酸塩充填剤においてもトリー劣化抑制剤としての機能を持つこと
が確認できた。
最後に、耐電圧寿命などに影響を及ぼす金属水酸化物の表面処理などの検討結果を述べ
る。
4、金属水酸化物のカップリング剤処理および絶縁油浸漬の検討
1)粒子表面を覆う量を基準としてその 10 倍量までカップリング剤を湿式処理したが、17.5
kV の耐電圧寿命は未処理試料に対して数倍延びる効果があった。破断面の SEM 観察で
は、未処理試料に比べ粒子と樹脂の界面の隙間が少ないことが判った。
2)カップリング剤量を振った試料の耐電圧寿命と機械特性(弾性率、曲げ強度)の関係を調
べたが、機械的特性は耐電圧寿命がカップリング剤添加量に対して示した傾向を示さなか
った。
3)絶縁油に浸漬した試料の耐電圧寿命と比較した場合、油浸漬試料は、ほぼカップリング剤
100
処理での最高の寿命レベルに相当にした。絶縁油は、複合体の欠陥や界面部を保護する働
きがあり、カップリング剤の最適な処理条件とみなし充填剤のスクリーニング処理として
利用できることが判明した。
このように、トリーの抑制効果としては、粒子を貫通しないバリア効果が報告されてい
るが、金属水酸化物のような熱分解し吸熱特性を示す充填剤を用いた場合、充填剤が分解し
吸熱する現象もトリー劣化抑制の一因であることが証明された。
6-2 本研究の工学的意義
高分子絶縁材料のトリーイング破壊現象は、電線や電力機器の信頼性向上のためには不可
欠な課題であり、その対策が必要である。この節では本研究の工学的意義について述べる。
(1) これまでトリーイング破壊現象では取り扱われて来なかった金属水酸化物を充填
剤として、トリー抑制剤としての機能を持つことを初めて証明した。耐電圧寿命は、母材の
エポキシ樹脂に対して桁違いに長くなり、これは従来にない大きな効果であり、工業的に大
変魅力的なものである。トリー抑制の原因としては、ナノレベルの微細領域での電子線回折
よる構造解析から、金属水酸化物の脱水・吸熱反応を明らかにし、新しい原因として提案し
た。各金属水酸化物は、ミクロンオーダのサイズであり、粒子の分散は特に特殊な装置は必
要でなく、これまでの製造装置の利用で充分対応できる利点がある。
(2) 脱水しないが吸熱反応を示す炭酸塩充填剤について、トリー抑制効果が金属水酸
化物に劣らない大きな効果を示すことを証明した。これら炭酸塩は、母材のエポキシよりも
分解温度が 200℃以上高いが、トリー抑制効果がみられた。分解温度が高いため、トリーの
温度との差が小さく、分解(反応)速度が遅くなりバリア的働きが作用したことが推察され
た。トリー抑制充填剤として種類が増えたとともに、製造温度の高温化および脱水を嫌う箇
所や部品への使用など適用範囲が大幅に広がった。
(3) エポキシ樹脂以外の高分子材料に対しても、分解性充填剤の吸熱量と分解温度域
の二つの条件で、トリー抑制の適切設計が出来る新しい設計指針を示した。この手法はこれ
までにない画期的な手法であり効果も絶大なため、工業化への期待は大きい。
(4) 絶縁油への浸漬は、粒子と樹脂の界面を補強するため、カップリング剤などの表面
処理の最適化を図るスクリーニング処理として有効であることがわかった。
以上のように、本研究から得られた所知見は高分子絶縁材料の交流トリーイング破壊現象
の解明だけでなく、その抑制に関する多くの重要な情報を提供している。新たな充填剤の採
用において、絶縁設計の手法が拡大し、より信頼性の高い電線および電力機器が製作される
のに必要な基本的指針を与えている。
101
謝辞
本研究の遂行ならびに本論文の作成にあたり終始懇切丁寧なご指導とご鞭撻を賜りまし
た三重大学教授工学博士 飯田和生先生に心から感謝致します。
本論分をまとめるにあたって数々の有益なご教示および激励をいただいた三重大学教授
工学博士 平松和政先生, 同教授工学博士
鈴木泰之先生, 同准教授工学博士, 青木裕介先
生に深く感謝致します。
また、本研究を進めるにあたり、数多くのご協力を賜りました三重大学特定事業研究員
宮田和代女史、同大学技術専門員 堀田克則氏に厚く御礼申し上げます。
本研究をともに遂行した三重大学
工学部
電気電子工学大学院生
杉田直樹氏、四年
生 萩原孝紀氏ほかに深く感謝し今後の活躍を期待致します。
さらに、本研究の遂行に対しご援助と有益なご討論を頂いた日東電工㈱
絶縁材料研究
室の皆様,電気学会ナノコンポジット調査専門委員会の皆様,試料の分析について有益なア
ドバイスを頂いた株式会社日東分析センターの亀山研究室室長
間宮悟氏
ほか研究員の
方々に御礼を申し上げます。
実験試料の件で、種々のご協力を頂いた昭和電工株式会社, 協和化学工業株式会社,タ
テホ化学工業株式会社,河合石灰工業株式会社,神島化学工業株式会社,吉澤石灰工業株式
会社の諸氏に厚く御礼申し上げます。最後に、日々ご協力と暖かく見守って頂いた家族に感
謝致します。
102
本研究に関する発表
関連論文
ア)掲載済み査読付論文
①太田司, 飯田和生:「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼす水酸化マグネシウムの効
果」電気学会論文誌 A, Vol.134, No.5, pp.327-333 (2014)
②太田司, 飯田和生:
「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼすアルミナ水和物の効果」
電気学会論文誌 A, Vol.135, No.1, pp.47-54 (2015)
イ)投稿中査読付論文
①太田司, 飯田和生:「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼす炭酸塩充填剤の効果」電
気学会論文誌 A
ウ)その他
①太田司, 飯田和生:
「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼす水酸化マグネシウムの効
果」電気学会誘電絶縁材料研究会, EDI-012-69(2012)
②太田司, 飯田和生:
「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼす水酸化マグネシウムの効
果」電気学会全国大会, 2-056 (2012)
③太田司, 飯田和生:
「水酸化マグネシウムのトリー抑制効果」電気学会第 43 回電気
電子絶縁材料シンポジウム, C-1, pp.91-96 (2012)
④太田司, 飯田和生:
「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼす水酸化アルミニウムの効
果」電気学会誘電絶縁材料研究会, EDI-012-85(2012)
⑤太田司, 飯田和生:
「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼす水酸化アルミニウムの効
果」電気電会全国大会, 2-073 (2013)
⑥太田司, 杉田直樹, 飯田和生:
「水酸化アルミニウムのトリー抑制効果」電気電会第
44 回電気電子絶縁材料シンポジウム, B-5, pp.77-82 (2013)
⑦杉田直樹, 太田司, 飯田和生:
「金属水酸化物におけるトリー抑制剤としての効果の
解明」電気学会全国大会, 2-052 (2014)
⑧太田司, 萩原孝紀, 飯田和生:「炭酸塩充填剤のトリー抑制効果」電気学会誘電絶縁
材料電線・ケーブル合同研究会, EDI-14-70 (2014)
⑨太田司, 飯田和生:「エポキシ複合体の耐電圧寿命に及ぼす炭酸カルシウムの効果」
103
電気電会全国大会, (2015) (発表予定)
104
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