...

放射性廃棄物重要基礎技術研究調査

by user

on
Category: Documents
90

views

Report

Comments

Transcript

放射性廃棄物重要基礎技術研究調査
平成19年度
放射性廃棄物共通技術調査等
放射性廃棄物重要基礎技術研究調査
報
告
書
(第1分冊)
放射性廃棄物に関する
基礎技術研究調査
平成20年3月
財団法人 原子力環境整備促進・資金管理センター
報告書の構成
「平成19年度
放射性廃棄物重要基礎技術研究調査報告書」は、以下の分冊により構成
されている。
当該報告書
分冊名
報告書の内容
◎
第1分冊
放射性廃棄物に関する基礎技術研究調査
第2分冊
地球化学バリア有効性確証調査
第3分冊
地層処分に関する最新基礎情報の収集及び整理
第4分冊
多重バリアの長期安定性に関する基礎情報の収集及び整備
本報告書は、経済産業省からの委託研究として、
財団法人
原子力環境整備促進・資金管理センター
が実施した平成19年度「放射性廃棄物共通技術調
査等(放射性廃棄物重要基礎技術研究調査)」の成
果を取りまとめたものです。
第1章
はじめに
第1章
はじめに
原子力の便益を享受した現世代は、これに伴い発生した放射性廃棄物の安全な処理・処
分への取り組みに全力を尽くす責務を、未来世代に対して有している。また、放射性廃棄
物の効果的で効率的な処理・処分を行う技術は循環型社会の実現を目指すわが国社会にと
って必須の技術である。
これらのことを踏まえて、研究開発機関等は、放射性廃棄物の効果的で効率的な処理・
処分を行う技術の研究開発を先進的に進めるべきであり、また国はこれらを促進する責務
を担っている。
とりわけ、高レベル放射性廃棄物及び一部のTRU廃棄物の地層処分については、国、
研究開発機関等は、それぞれの役割分担を踏まえつつ、密接な連携の下で、その研究開発
を着実に進めていくことが期待されている。さらに、研究開発機関等は地層処分技術の信
頼性向上や安全評価手法の高度化等に向けた基盤的な研究開発、安全規制のための研究開
発を引き続き着実に進めるべきである。
これらを背景として、本事業では、今後実際に処分事業を進めていくにあたり、基礎的
かつ学際的な知見として処分事業の進ちょくに貢献し得る諸分野の広範な研究開発テーマ
について、その体系を整理し、かつ、中でも重要な基礎テーマを随時調査・抽出し取り組
んでいくことにより、所要の基盤技術を確立することを目的としている。
1-1
第2章
調査内容
第2章
2.1
調査内容
継続研究の実施
本事業は、第1章で述べられた背景及び目的を念頭に、基礎的・長期的観点から大学等
の研究機関で実施すべき研究テーマを抽出し、着実な成果が期待できる研究者に研究を委
託実施するものである。
平成16年度からスタートした研究(7件)が終了し、本年度も新規研究テーマの抽出、
研究実施者の選定を行い、新たに7件(研究者7名)が承認・採用された。また平成17
年度にはさらに追加で2件、平成18年度にも2件の研究テーマが選定され、それぞれ2
年目、3年目となっている(以下の通り)。
§平成17年度より開始(本年度で3年目)の研究テーマ(2件)
① 人工バリア材としてのセメント材料に関する基礎研究:岸利治(東京大学)
② 断層の水理特性に関する研究:西山哲(京都大学)
§平成18年度より開始(本年度で2年目)の研究テーマ(2件)
③ 地下水水質への影響評価に関する基礎研究:長田昌彦(埼玉大学)
④ 緩衝材の局所変形帯形成に関する基礎研究:小高猛司(名城大学)
2.2
新規研究テーマ及び研究実施者の抽出・選定
継続実施の上記4件に加え、本年度も新規研究テーマの抽出、研究実施者の選定を行い、
その結果、下記の6件(研究者6名)が承認・採用された。
⑤ ガラス固化体の長期性能に及ぼすオーバーパック腐食生成物の影響に関する
定量的評価:稲垣八穂広(九州大学)
⑥ 処分環境における炭素鋼の水素吸収挙動に関する研究:井上博之(大阪府立大学)
⑦ 放射性核種収着現象の分子微生物学的および地球化学的研究:木村浩之(静岡大学)
⑧ 地震波トモグラフィーによる地殻構造推定技術の高度化:趙大鵬(東北大学)
⑨ 地下水流路構造の不均質性の評価と流動モデルの構築:平野伸夫(東北大学)
⑩ 鉄-ベントナイト相互作用のナチュラルアナログ研究:福士圭介(金沢大学)
2-1
また、上記の推薦・公募案件とは別に、東京大学・堀井秀之教授にパイロット(予備的)
研究として⑪ 放射性廃棄物処分事業の社会的側面の基礎研究 を依頼しており、上記の6
件(研究者6名)に加えて、都合7件(研究者7名)が今年度新規に承認・採用された。
2.2.1
新規研究テーマ及び研究実施者の抽出・選定の概要
(1)研究テーマ抽出・研究実施の基本的考え方
本研究調査では、平成18年度に資源エネルギー庁等がとりまとめた「高レベル放
射性廃棄物の地層処分基盤研究開発に関する全体計画」等に示す課題を対象として、
研究者の自由な発想、問題意識に基づいた研究提案を公募により募集(公募方式)す
る場合と、関係機関の有識者に、現在手がけている既存の基盤研究開発等を念頭に、
信頼性の向上等を図る上で有効と考えられる基礎的、基盤的な研究課題を挙げ、当該
研究を実施するのに相応しい研究者を推薦(推薦方式)する場合の2つの方式で、新
規研究テーマ(研究実施者)を決定した。選定手順を以下に示す。
(公募方式)
研究提案応募
(研究者)
(推薦方式)
推薦研究テーマ・研究者の選定
(第 1 回技術 WG)
10 月 31 日
推薦研究者への研究提案依頼
(原環セ)
研究提案応募
(研究者)
1 次審査(書類選考) / (内容確認)
(第 2 回技術 WG)
12 月 6 日
2 次審査(プレゼン)・研究テーマ/実施者決定
(第 1 回親委員会・第 3 回技術 WG 合同)
12 月 13 日
2-2
平成19年度第1回技術ワーキンググループ(以下、WGと略)(H19.10.31)にて
推薦する研究テーマ・研究者が 7 件提案されたが、本事業における既存研究との関連性
や提案内容の実施可能性等について検討が行われた結果、以下の2件が本技術WGに
おいて選定(1次審査)された。
・東北大学 大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センター 趙大鵬 教授
(地震波トモグラフィーによる地殻構造推定技術の高度化)
・大阪府立大学 大学院工学研究科 井上博之 講師
(処分環境における炭素鋼の水素吸収挙動に関する研究)
公募方式による研究テーマ・研究者の選定については、11月5日∼30日の間、原
環センターのホームページや関連学会のメーリングリストを通じて、研究計画提案を
募集したところ、全部で10件の応募があった。これらの研究提案書を、まず技術W
Gの各委員に審査用紙とともに送付し、審査用紙に採点(点数化)してもらい、原環
センターにてとりまとめた。
その後、第2回技術WG(H19.12.6)において、採点結果を多面的に検討(平均点、
順位、標準偏差による正規化)し、高評価となった以下の4件が選定(1次審査)さ
れた。
・九州大学 大学院工学研究院 エネルギー量子工学部門 稲垣八穂広 准教授
(ガラス固化体の長期性能に及ぼすオーバーパック腐食生成物の影響に関する定量的評価)
・静岡大学 理学部地球科学科 木村浩之 助教
(放射性核種収着現象の分子微生物学的および地球化学的研究)
・東北大学 大学院環境科学研究科 平野伸夫 助教
(地下水流路構造の不均質性の評価と流動モデルの構築)
・金沢大学 環日本海域環境研究センター 福士圭介 助教
(鉄-ベントナイト相互作用のナチュラルアナログ研究)
上記6件の研究提案に関して、第1回地層処分重要基礎技術研究委員会・第3回技
術WG合同(H19.12.13)にて研究内容の説明(プレゼンテーション)並びにレビュー
(2次審査)が行われ、当該委員会・技術WGにおいて、これら6件の研究提案の実
施を決定した。
2-3
2.2.2
研究実施体制及び役割
平成19年度 放射性廃棄物重要基礎技術研究調査(放射性廃棄物に関する基礎技術研究
調査)の実施体制及び役割を以下の図 2.2.2 に示す。また、次頁に「地層処分重要基礎技
術研究委員会」の本年度の開催履歴を示す。
経済産業省・資源エネルギー庁
(財)原子力環境整備促進・資金管理センター
1.研究テーマの抽出及び研究実施者の選定(新規7件)
2.研究の実施(継続4件+新規7件)
3.研究計画・年度成果の評価
地層処分重要基礎技術研究委員会
主査: 杤山修教授(東北大学)
技術ワーキンググループ
主査: 田村明男部長(原子力発電環境整備機構)
大学所属研究者
1.東京大学(岸准教授)
人工バリア材としてのセメント材料に関する基礎研究
(不飽和領域バリア機能の検証と水和生成物の安定化に向けた研究)
2.京都大学(西山准教授)
断層の水理特性に関する研究
(伝達関数を利用した岩盤の水理特性の評価手法に関する研究)
3.埼玉大学(長田准教授)
地下水水質への影響評価に関する基礎研究
(地下水流動経路としての割れ目からの各種情報取得とその評価に関する基礎研究)
4.名城大学(小高教授)
緩衝材の局所変形帯形成に関する基礎研究
(周辺岩盤変形に伴う緩衝材の局所変形帯形成に関する基礎研究)
5.九州大学(稲垣准教授)【19年度新規】
ガラス固化体の長期性能に及ぼすオーバーパック腐食生成物の影響に関する定量的評価
6.大阪府立大学(井上講師)【19年度新規】
処分環境における炭素鋼の水素吸収挙動に関する研究
7.静岡大学(木村助教)【19年度新規】
放射性核種収着現象の分子微生物学的および地球化学的研究
8.東北大学(趙准教授)【19年度新規】
地震波トモグラフィーによる地殻構造推定技術の高度化
9.東北大学(平野助教)【19年度新規】
地下水流路構造の不均質性の評価と流動モデルの構築
10.金沢大学(福士助教)【19年度新規】
鉄-ベントナイト相互作用のナチュラルアナログ研究
11.東京大学(堀井教授)【19年度新規】
放射性廃棄物処分事業の社会的側面の基礎研究
図 2.2.2 平成19年度 放射性廃棄物重要基礎技術研究調査(放射性廃棄物に
関する基礎技術研究調査)の実施体制及び役割
2-4
平成19年度「地層処分重要基礎技術研究委員会」開催履歴
・第1回技術WG(平成19年10月31日)
:
>> 平成19年度新規研究テーマ(6件)及び研究実施者の抽出・選定
・第2回技術WG(平成19年12月6日):
>> 平成19年度新規研究テーマ(6件)及び研究実施者の抽出・選定
・第1回本委員会及び第3回技術WG(平成19年12月13日):
>> 平成19年度新規研究テーマ(6件)及び研究実施者の抽出・選定
→ 研究実施者によるプレゼンテーション
・第2回本委員会及び第4回技術WG(平成20年3月10日):
>> 平成19年度実施の研究(11件)に関する平成19年度研究成果報告
及び平成20年度研究計画の紹介
>> 各研究に対する委員の評価(コメント・意見等)
→ 平成20年度以降の研究計画等に反映
2-5
2.3
研究内容及び成果の共有・普及
本事業では、地層処分に関する基礎研究を広く関係者間で情報共有するため、新規研究
計画についての評価及び年度研究成果についての評価を、関係機関等の参加により実施す
ることとしている。
本年度(平成19年度)は、前述した第2回「地層処分重要基礎技術研究委員会」にて、
平成19年度実施の研究(11件)に関する研究成果報告及び次年度研究計画の紹介を(関
係機関への限定公開形式で)行った。なお、本年度新規に抽出・選定した7件の研究テーマ
については、平成19年度の研究計画と成果をあわせて報告し、これに対する評価を頂いた。
また、関連研究者間の情報交換の観点から、研究者自身の自発的なワークショップ等の開
催あるいは学会報告、論文投稿等を通じて、大いにその成果を広めて頂くよう促している。
本年度は多くの研究が初年度に当たるため、学会報告、論文投稿等の実績は少ないが、
事業開始(平成13年度)からの学会報告、論文投稿等の総数は、昨年度までで200件
近くにも上っている。
2-6
第3章
研究内容
第2章に示した要領で選定され、3ヵ年計画で実施している11件の
研究について、本年度(平成19年度)の研究内容を中心にまとめた。
(各研究の詳細については、後ろに添付した研究報告1∼11を参照)
3.1
実施研究1
研究者: 東京大学
岸利治
研究テーマ: 人工バリア材としてのセメント材料に関する基礎研究 [不飽和領域バ
リア機能の検証と水和生成物の安定化に向けた研究]
現在、高・低レベル放射性廃棄物処分場の建設が計画され、万年オーダーの耐久性、及
びバリア機能を有する構造物の構築に関して技術的検討が行われている。
これまでの検討においては、コンクリートには構造体としての耐久性が求められる一方、
止水性や低拡散性といったバリア機能は期待されておらず、バリア機能はガラス固化体や
ベントナイトなどの他の材料及び領域に期待されている。これは、コンクリートはひび割
れを生じたり、溶脱により組織の劣化を生じたりする可能性があることから、止水性や低
拡散性に関して信頼するに値しないと考えられているためである。しかし、本来ひび割れ
を有しない、あるいはたとえひび割れを有したとしても、それが微細ひび割れ程度のもの
であれば、コンクリートはベントナイトに比べ遥かに高い止水性を示す材料であり、コン
クリートの性能が十分に評価されていない現状は、設計の合理化の観点から大いに検討の
余地があると思われる。
このような背景から、コンクリート中の透水現象に関して、超長期にわたる水分移動を
評価するための検討が行われている。
既往の研究において、藤原らは外径 6m、壁厚 1m、壁高 6m の中空円筒形(サイロ型)
の大型低透水性コンクリート試験体を作製し、厚さ 1m の側壁外面に 5.5 年間、P=
0.25MPa での一定加圧注水を行い、側壁内面への透水量、さらに内面空間の絶対湿度の上
昇の計測を試みた。しかし、水平打継目を含め側壁内面では透水がまったく確認されなか
った。そこで、加圧注水実験後に、側壁外側かぶり部からコアを採取し、割裂して浸潤線
の有無を目視調査したところ、外側かぶり部から採取したコアの浸潤線は表面からわずか
5cm 程度であることが判明した。また、採取コアの浸潤部の境界は不鮮明になっているこ
とも確認されており、このことは、既に液状水による移動よりも水蒸気拡散による影響が
卓越していること示唆しているものと思われる。
さらにこの試験結果に対する浸透解析では、微小空隙中の水の粘性増加の影響を考慮し
て透水係数を相当に減じたとしても、注水面からの水分浸透を長期においてはかなり過大
に評価してしまうことが明らかとなった。
これらの知見は、コンクリート中の長期にわたる透水に対してダルシー則を適用し、見
3-1
かけの透水係数を用いて評価を行う既往の一般的な透水モデルの限界、さらにはある値以
上の動水勾配がなければコンクリート中の水の移動が生じないような閾値(始動動水勾配)
の存在を示唆していると考えられた。
実験による確認が不可能な超長期にわたる透水性を評価するためには、透水現象を支配
するメカニズムに対する精緻な理解と適切なモデル化及び解析的な評価が必要不可欠であ
る。そこで、本研究ではコンクリート中の微速透水現象における動水勾配依存性(非ダル
シー性)、及び始動動水勾配の存在に着目し、その支配メカニズムを明らかにすることを目
的として、アウトプット法での段階降圧・昇圧透水試験を行い、得られた知見をもとに、
本現象のモデル化及び不飽和透水現象の定式化、解析を行った。
*****
平成 19 年度は、以下の検討を行った.
(1) 微速透水現象のモデル化
多孔質であるコンクリート中の液状水の挙動について、速度依存性を含む微小空隙中で
の液状水の粘性挙動のモデル化ならびに定式化を行った。
(2) 分子動力学による始動抵抗の検証
分子動力学による数値実験により、始動動水勾配の静摩擦的挙動、ならびに停止動水勾
配の動摩擦的挙動を検証した。
(3) 液状水-水蒸気-空気の三相モデルによる解析的検討
液状水-水蒸気-コンクリートの三相システムに空気(分圧)を追加することにより、長
期におけるコンクリート中の不飽和領域の安定性について解析的に検証し、不飽和領域の
バリア機能について検討した。
*****
アウトプット法に基づく透水試験によって、微小空隙中の液状水挙動に、始動動水勾配
の静摩擦的特性、停止動水勾配の動摩擦的特性が示唆された。そこで本特性を分子動力学
法に基づくシミュレーションによって確認した。
次に、飽和透水現象の再現を目的として、液状水挙動モデルならびに空隙構造モデルに
立脚した。液状水挙動モデルは 2 種類からなり、一方は降伏値モデルであり、もう一方は
3-2
粘性挙動モデルである。降伏値モデルは非ニュートン流体モデルにおける降伏値を用いる
ものであり、本モデルを液状水に適用することによって始動動水勾配の静摩擦的特性、停
止動水勾配の動摩擦的特性の再現に至った。また、粘性挙動モデルについては、レオメータ
による粘性測定結果に基づき、粘性の速度依存性と空隙径依存性の確認に至った。本研究で
は解析結果に対する寄与度から粘性の空隙径依存性のみに着目し、定式化を行った。また、
空隙構造モデルにおいては水銀圧入法によって得られた連続空隙を用いることとした。
以上のモデルより、飽和透水現象の再現に至った。
次に気相の影響を考慮することにより、不飽和透水現象について検討を行った。液相と
気相の質量保存則、ならびに運動方程式を立脚し、液相に飽和透水現象において提案した
モデルを組み込むことによって、大型供試体の水分飽和度分布の精緻な再現に至った。
3-3
3.2
実施研究2
研究者: 京都大学
西山哲
研究テーマ: 断層の水理特性に関する研究 [伝達関数を利用した岩盤の水理特性の
評価手法に関する研究]
放射性廃棄物地層処分の安全性評価を行う際には、評価シナリオと呼ばれる、地下深部
に処分した放射性廃棄物中の放射性物質がどのような状況で、どのような経路を通じて最
終的に人間環境に影響を与えるのかをいろいろと想定する必要がある。この評価シナリオ
は、地下水によって放射性物質が処分施設から最終的に人間環境に運ばれることを想定し
たシナリオ(地下水シナリオ)と、放射性廃棄物と人間との物理的距離が接近することを
想定したシナリオ(接近シナリオ)とに分けて考えることができる。
このうち、接近シナリオについては、適切に処分地を選定することや処分地の特徴に応
じた処分施設を設計することにより、その発生可能性を非常に小さくするという対策がと
られる。
一方、地下水シナリオにおいては、処分対象地層を通過する地下水流量を規定する地質
情報を正確に把握することが重要となる。処分対象地層を通過する地下水流量は、対象地
層の透水係数に強く依存することとなるが、天然バリア中の核種移行に関しては、放射性
核種の特徴である半減期により、移行中における減衰が重要であることから、広域的な主
流動経路、つまり最も流量の大きい経路ではなく、サイト内で処分場と生物圏をつなぐク
リティカルパス、すなわち最も流速の速い経路に沿った核種移行距離と移行時間とを知る
ことが重要となる。この意味からサイトの安全性を評価するためには、サイト水理地質構
造中の各領域(断層、破砕帯等を含む)における、水理特性を把握することが非常に重要とな
る。
このため、概要調査段階において処分対象サイトの水理特性を評価するために、ボーリ
ング孔を用いた水頭調査や透水試験、物理探査などが実施される。しかしながら、ボーリ
ング孔における試験から得られる情報は点もしくは線の情報であり、広域の水理特性を精
度よく評価することは難しい。またボーリング孔における試験には面的に情報が得られる
孔間透水試験があるが、対象岩盤が難透水の場合非常に時間がかかる。さらに、物理探査
は岩盤内の亀裂や破砕帯などの構造情報を得るためのものであり、直接岩盤の水理特性を
評価することはできない。そこで、広域における物理探査情報から岩盤の水理特性を直接
的に評価することができる手法として開発が期待されているのが、本研究で扱う弾性波分
3-4
散現象を利用した「弾性波透水トモグラフィ」である。弾性波透水トモグラフィとは、ボ
ーリング孔間において複数の異なる周波数を用いた弾性波測定試験を行い、測定された走
時データから岩盤中での弾性波分散現象を捉え、そこから岩盤の水理特性を評価する技術
である。
しかしながら、弾性波透水トモグラフィの基礎理論、すなわち弾性波分散現象と水理特
性の関係が岩盤へ適用された例は少ない。そこで本研究では、まず室内試験により弾性波
分散現象と水理特性の関係を記述する基礎理論の岩盤への適用性を検証し、その後、堆積
岩を対象に行った原位置試験のデータを用いて、原位置スケールでの基礎理論の検証を行
い、水理特性分布の評価を行うことで本手法の適用性の検証を行った。
*****
弾性波分散現象から岩盤の水理特性を評価する手法の開発を目的として、室内実験およ
び原位置試験を行った。室内実験の結果より、測定を行った全ての岩石において、Biot ら
が予測したように弾性波分散現象が確認された。また、測定結果と理論解を比較すること
で、測定された弾性波分散現象が理論を用いて説明することが可能かどうか検討した結果、
堆積岩類では Biot 理論、結晶質岩類では BISQ 理論により説明が可能であることが確認さ
れ、岩石の構造により適用理論が異なることが分かった。さらに、堆積岩類において Biot
理論を用いて、測定された弾性波分散現象から特性周波数の範囲を予測し、透水係数を推
定したところ、推定された値は透水試験による測定値と同程度のオーダーを示すことが確
認され、弾性波分散現象が水理特性を評価することが可能であるとの結論を得た。一方、
結晶質岩類においては、BISQ 理論において特徴的な Squirt length を岩石内の空隙の構造
を考慮して決定することで透水係数を推定することが可能であることが示された。
次に、弾性波分散現象による水理特性評価手法の原位置への適用性を検討するために原
位置試験を行った。10m 孔間における弾性波試験の結果から、原位置のスケールにおいて
も弾性波分散現象が生じていることが確認された。また、室内実験の知見を基に検討を行
ったところ、測定パスにより弾性波分散現象に違いが生じ、またその違いが水理特性の違
いを表していることが示唆された。そして、岩盤の水理特性を弾性波分散現象から評価を
行うことを目的とした 5m 孔間における弾性波測定試験の結果に対して、10m 孔間試験よ
り得られた知見を基に水理特性分布の評価を行い、ボアホールテレビ(BTV)および現場
透水試験の結果と比較を行ったところ、弾性波分散現象より推定された岩盤の水理特性は
対象領域に存在する開口亀裂などから推定される水理特性と整合的であることが確認され、
3-5
弾性波分散現象を用いた水理特性評価手法が原位置においても適用可能であることが示さ
れた。
*****
弾性波分散現象から岩盤の水理特性を評価する手法の開発にあたって、今後取り組むべ
き課題を以下に示す。
堆積岩においては、Biot 理論を用いて弾性波分散現象を表現することが可能であること
が分かったが、水理特性の推定にあたっては、実際の岩石内における間隙には透水に関係
する間隙と貯留にしか関係しない間隙が存在すると考えられ、Biot モデルで仮定されてい
る間隙と差が生じている可能性が示唆された。今後は、間隙の連続性(貯留にしか関係しな
い間隙と透水に関係する間隙の量)を制御したモデルを用いた試験や薄片観察による間隙の
連続性の評価などを行い、貯留に関係する間隙と透水に関係する間隙を分けて議論する必
要がある。また結晶質岩においては、岩石中の空隙の構造を考慮して Squirt length を考慮
することにより BISQ 理論を用いて水理特性を評価することが可能であることが示された。
結晶質岩により構成される岩盤に対して、弾性波分散現象から水理特性を評価するために
は、現場において Squirt length を推定する必要がある。その推定手法を確立することは今
後の課題である。
3-6
3.3
実施研究3
研究者: 埼玉大学
長田昌彦
研究テーマ: 地下水水質への影響評価に関する基礎研究[地下水流動経路としての
割れ目からの各種情報取得とその評価に関する基礎研究]
長期的な侵食と隆起による地形変化は、土被り厚や勾配の変化などにより広域的な地下
水流動に影響を与えることが懸念されている。そのような境界条件の変化によって、地下
水水質に影響が及ぶかどうかは、結局のところ、対象とする場の広域的な流動場に依存す
るといってもよい。
岩盤の透水性は、割れ目系岩盤であっても、ある程度の大きさの領域をとれば、多孔質
体的な流動場であると考えられているが、実際のところどの程度の領域をとればそのよう
に言えるのかは判然としていない。仮に多孔質体的な流れであることが分かるならば、あ
とは近似的にでも浸透パラメータが推定されればよいのである。
したがって問題となるのは、多孔質体的でない流れが存在しているか否かである。近年
発行されたスウェーデンのテクニカルレポートでは、Cosgrove らの報告を受けて、大規模
な割れ目が過去に高流量を経験している場合、割れ目壁面が物理的または化学的に変質し
ていること、あるいは鉱物が亀裂に沿って沈着していることに帰着すると思われる、と指
摘している。
ここで指摘されるような高流量を流す割れ目の存在の有無が上述の広域的な流動場を、
すなわち侵食や隆起などによる地形変化に対する地下水流動場への影響を支配していると
考えられる。したがって、このような高流量を流すような割れ目を如何にして捉えるかが、
重要な課題であると考えられる。
本研究では、上記のような考えをもとに、地下水水質の影響を評価することを、高流量
を流すような割れ目を抽出する方法の検討に置き換えて検討する。特に、日本のような変
動帯では、断層と呼ばれなくとも割れ目沿いにある程度の変位が生じている場合が多く、
このような変位が岩盤の透水性を強調している可能性も指摘されている。したがって、こ
のような変位場と高流量を流す割れ目との関係についても検討しておく必要がある。さら
に、実際に割れ目壁面で見られる化学的な変化が、どの程度の流量の地下水が流れること
によって生じるのか、また地下水水質によってその反応や反応速度が異なるのかについて
も知っておく必要がある。特に、塩水から淡水への移行に伴う割れ目近傍での水-岩石反応
について検討しておくことが大事であると考えられる。
3-7
ここでの検討に必要となる情報は、割れ目近傍の幾何学的および化学的情報に含まれて
いると考えられる。そこで、本研究の目的を次のように設定した。
• 割れ目の成因(破壊モード等) を特定できる指標を見出すこと。
• 高流量を流すような割れ目の構造を原位置において見出すこと。
• 異なる水質による岩石表面の化学的変化の傾向を見出すこと。
*****
本年度の成果としては、次のようにまとめられる。
・表面粗さを表現する5 つの指標を取得し、それぞれの相関を得た。これらの指標をうま
く用いることによって、引張やせん断などの破壊モードや、さらにはせん断変位量との
関係などを導ける可能性を示した。今後はデータを積み重ねるとともに、原位置におい
てこれらを適用し、化学的な情報との関連を探りたい。
・稲田花崗岩および大谷凝灰岩を用いて岩石と海水とを反応させる実験を行い、表面の特
徴を調べた。その結果、表面において海水成分の一部が何らかの生成物となってわずか
に析出していることがわかった。今後の課題としては、SEM-EDS を用いた表面観察お
よび微小領域の化学分析を行って反応メカニズム解析を行うことがあげられる。また、
実験をさらに継続し、90 日以降の変化を追う予定である。
3-8
3.4
実施研究4
研究者: 名城大学
小高猛司
研究テーマ: 緩衝材の局所変形帯形成に関する基礎研究[周辺岩盤変形に伴う緩衝
材の局所変形帯形成に関する基礎研究]
高レベル放射性廃棄物の地層処分において、人工バリアを構成する緩衝材はガラス固化
体を封入したオーバーパックを安全に支持し、かつ周辺地下水環境から遮蔽するという重
要な役割を担っている。そのため、緩衝材として、膨潤性に富み、遮水性能に優れたベン
トナイトを主原料とした地盤材料が有力視されており、その緩衝材の力学特性については
わが国でも鋭意研究が進められてきている。緩衝材を含む人工バリアは安定した岩盤層に
設置されることを前提としていることから、緩衝材については長期的なクリープ変形など
についての研究にとどまっており、ひずみの局所化が生じるような大変形を検討するには
至っていない。
本研究の目的は、急激な地殻変動や長期的なクリープ破壊によって周辺岩盤に局所的な
変形が発生した時に、緩衝材にも局所変形帯が形成されることを想定し、その場合の緩衝
材の性能維持の観点から検討を行うことである。高レベル放射性廃棄物最終処分場は、永
久に安定的に存在することが期待されているものの、最悪のシナリオも想定して多方面か
ら検討しておくことが必要である。特に、天然バリアとなる岩盤層は欧州に比べて地質年
代が格段に若く、かつ、地震大国でもあるわが国においては、地層処分の実現を目指す上
では、いかなる事態も想定し、安全が確保されることを実証してゆく必要がある。
地盤工学の分野においては、主に粘土、砂、軟岩などの地盤材料を用いて、局所変形帯
形成のメカニズムを解明すべく取り組みがなされてきている。局所変形帯は、せん断帯や
圧縮帯、あるいは膨張帯に大別できるが、それぞれの発生条件は境界条件や材料特性によ
り変化する。特に、最も発生確度が高いせん断帯は、条件次第でせん断帯内部の領域にお
いて体積圧縮することもあれば体積膨張することもあるため、緩衝材のように遮水性能を
要求される材料においては注意が必要である。また、最大主応力方向に垂直に現れる局所
変形帯である圧縮帯や膨張帯は、材料次第で発生確度が大きく変わりうることが分かって
いるため、局所変形帯形成の視点から緩衝材の力学特性を十分に把握しておくことは極め
て重要である。先述のように、緩衝材として現在有力視されているのは、ベントナイトを
主原料とする高圧圧縮ベントナイトであるが、これは粘土としての性質と軟岩としての性
質を兼ね備えた地盤材料であると考えられ、ある種の条件下では確実に局所変形帯を形成
3-9
することが予見される。そのため、本研究では、現在までの実験や解析で培ってきた、局
所変形帯に関する多くの知見を活かし、局所変形帯発生時の緩衝材の特性を解明すること
が大きな目的である。
断層変位に関する検討としては、オーバーパックの安全性の視点から、核燃料サイクル
開発機構[現:
(独)日本原子力研究開発機構(以下、JEAE)]によって実験および解析が
実施されている。オーバーパックに見立てたメタル円柱を内包する緩衝材を鉛直せん断し
た実験とその FEM 解析の結果を見ると、鉛直せん断によって緩衝材に大きな縦ズレが発生
しているにも拘わらず、メタル円柱は圧縮ベントナイトの緩衝機能により、回転するだけ
で大きなダメージを被る危険性は少ないと判断できる。しかし、短期的な安全性だけを考
える場合は問題ないが、長期にわたる安全性を考える場合には、緩衝材の本来の性能が半
永久的に維持されるのかについての検討が必要である。すなわち、緩衝材にとって最も重
要な性質のひとつが遮水性能であるが、せん断帯の発生以後も遮水性能に問題がないかど
うか検討しておくことが重要である。
一方、緩衝材の基本的な力学特性に関しては、やはり JAEA によって数多くの室内試験
が実施され、そのほとんどが緩衝材基本特性データベースとして WEB 上で公開されている。
そのため、緩衝材の基本的な力学特性はほとんどそのデータベースを通して知ることが可
能である。しかしながら、公開されている各実験は要素試験の視点で実施されているため、
当然のことながら局所変形帯の発生を想定した検討はなされていない。また、処分場が閉
鎖されてから数十年から百年程度の間は、緩衝材ならびにオーバーパックが再冠水する時
期にあたる。再冠水が完了して緩衝材が飽和する前には、当然のことながら緩衝材である
圧縮ベントナイトは不飽和状態になっているが、不飽和状態における力学特性については
それほど明らかにはなっていないのが現状である。
以上を鑑み、本研究の目標設定を次のように定めた。すなわち、地層処分場を想定した
条件下において、緩衝材として想定されている圧縮ベントナイトに発生する局所変形帯の
性質、すなわち、構造変化、密度変化、遮水性能の変化、等々を解明することである。
今年度の研究においては、特に不飽和圧縮ベントナイトの力学特性と強制発生する局所
変形帯の特性についての検討である。
*****
本研究では圧縮ベントナイトに発生することが懸念される局所変形帯の観察を主眼とし
て、強制的にせん断帯を発生させることができる高拘束圧一面せん断試験機を製作し、実
3 - 10
際に一部の実験を開始した。今年度は特に、最終処分場が閉鎖されてから完全に再冠水す
るまでの期間を想定して、不飽和状態の圧縮ベントナイトの力学特性について重点的な研
究を実施した。
不飽和圧縮ベントナイトは、既往の三軸試験結果から類推される飽和状態の圧縮ベント
ナイトよりも大きなせん断強度を有する一方で、脆性的な破壊挙動を示すことが明らかと
なった。これは発生するせん断帯の形態にも反映されており、局所的な進行性破壊により
せん断帯が形成されてゆく過程が明らかとなった。
不飽和圧縮ベントナイトは、その製作方法や使用法から、処分場の実務においては過圧
密状態におかれる場合が多いと考えられる。本研究の結果から、過圧密供試体は拘束圧に
応じてせん断強度は大きくなる性質があるものの、せん断帯の観察からも明らかとなった
ように、見かけ上せん断強度が増加する過程であっても、せん断当初から脆性的かつ進行
的な破壊挙動を示しており、不安定な材料であることがわかり、その取り扱いには材料の
特性を理解した上での十分な注意が必要であることが示唆された。
次年度は、再冠水後の飽和状態の圧縮ベントナイトについて詳細な検討を実施する。飽
和圧縮ベントナイトは、膨潤特性が非常に大きいベントナイトの特殊性から、圧縮成型・
飽和の一連の供試体作製プロセスが非常に重要であり、試験結果を左右することになる。
そのため、今年度は実際の処分場での再冠水までのプロセスを反映した飽和供試体作製用
の試験装置を整備し、供試体の作製準備を進めている。
緩衝材である飽和圧縮ベントナイトにせん断帯が形成されたときには、緩衝材としての
遮水性能の維持が最も重要な検討事項となる。そのため、次年度では一面せん断後の供試
体に対して、せん断面を含む断面での透水試験を実施し、マクロな透水性の評価も実施す
る計画である。その一方で、数値解析によるシミュレーション手法も用いて、飽和圧縮ベ
ントナイトのせん断帯発生時の構造変化について、実験による観察結果とも対比させなが
ら詳細な検討を実施してゆく。その際、ベントナイトの膨潤性能およびそれに伴う塑性履
歴を既存の構成モデルに組み込むとともに取り入れることより、さらなる高度化をはかる
必要があるなど、多方面から緩衝材中に発生する局所変形帯に関する検討を進めてゆく予
定である。
3 - 11
3.5
実施研究5
研究者: 九州大学
稲垣八穂広
研究テーマ: ガラス固化体の長期性能に及ぼすオーバーパック腐食生成物の影響に
関する定量的評価
多重バリアから成る高レベル放射性廃棄物地層処分システムにおいて、ガラス固化体は
初期の全ての核種を物理的化学的に固定化、保持する主要なバリアである。また、地下水
シナリオに基づく地層処分の性能評価において、ガラス固化体は核種放出の第一障壁とし
て数万年以上にわたり核種を保持する性能を担い、核種移行解析におけるソースタームと
位置づけられる。したがって、ガラス固化体の長期性能の信頼性を向上させることは、処
分システム全体の信頼性向上にとって実現性の高い有効な手段である。長期性能の信頼性
向上はガラス固化体以外のバリア(人工バリア、天然バリア)についても同様に求められ
ることであるが、ガラス固化体は、地層処分システムにおける核種移行のソースタームで
あること、また、均質な人工物で他のバリアに比べて性能の信頼性が示し易いことから、
その長期性能の信頼性向上は地層処分システムの信頼性向上にとって最も重要な要素の一
つである。しかしながら、現在の日本におけるガラス固化体性能評価は、仏国、米国等の
多角的、具体的、現実的な評価に比べ充分なものとは言えず、評価の更なる高度化が望ま
れている。わが国の現在の地層処分性能評価(JNC2000 年レポート等)におけるガラス固
化体の性能評価では、純水中での浸出試験結果を基にガラス固化体の長期溶解速度が評価
されており、その値は時間によらず一定とされ、約7万年で全量が溶解しガラスの核種保
持機能が消失するとされている。この評価をより現実的で信頼性の高いものとするために
は、実際の処分環境におけるガラス溶解挙動の基礎科学的理解を深め、その定量的かつ体
系的な評価を進めることが必要である。
ガラス固化体性能評価の特徴の一つは、数万年以上にわたる長期の性能を評価すること
である。従って、その評価の高度化には、短期間の試験結果の単純な外挿ではなく、ガラ
ス固化体性能に関する個々の現象を基礎科学的な観点から評価し、それらを体系的に整理
検証することが必要である。そのためには、ガラス固化体の溶解/変質およびそれに伴う
核種浸出、さらには浸出した核種の析出や二次鉱物による再固定化といった様々な現象の
基礎科学的理解と、その理解に基づく「現象解明モデル」の構築が必要である。現象の基
礎科学的理解では、「地球化学的理解(熱力学平衡論および反応機構を含む速度論的評価)
に基づく評価」が必要であり、また、現象解明モデルでは、その適性を様々な観点から検
3 - 12
証することが必要である。さらには、短期的現象から長期的現象への継続性および微視的
現象から巨視的現象への拡張性の検証によって、評価の堅固性が示されなければならない。
ガラス固化体性能評価のもう一つの特徴は、ガラス固化体はそれ単独で機能するもので
はなく、複雑な多重バリアシステムの中で他のバリア材との相互補完によりその機能を果
たすことである。ガラス固化体の性能は、固化体自身の化学的特性に加え、固化体が接す
る環境特性(地下水の化学的、水理学的特性、温度、共存物質との相互作用等)により大
きな影響を受ける。したがって、性能評価の高度化には、ガラス固化体の単純な溶解速度
だけではなく、他のバリア材との相互作用やその他多くの環境因子を考慮したシステム全
体の観点からの現象の理解と評価が必要である。地層処分システムにおけるガラス固化体
の溶解と核種の移行プロセスの概念においては、複雑な相関を持つ多くの現象を全て完全
に評価することは不可能であるため、最終的な性能評価では取捨選択や簡略化が必要とな
るが、その際、取捨選択および簡略化の背景や理由についての科学的かつ客観的な説明が
求められる。
地層処分システムにおいて、オーバーパック(OP と略す)はガラス固化体に隣接するこ
とから、OP 腐食生成物との相互作用はガラス固化体の性能に大きな影響を及ぼす可能性が
予想される。ガラス固化体の主要成分はシリカ(SiO2)であり、ガラス固化体の溶解速度
は接触する液相中の溶存シリカ濃度に依存する。これまでの研究では、OP 腐食生成物はシ
リカを収着し液相中溶存シリカ濃度を減少させることでガラス溶解速度を増加させる可能
性が指摘されている。また、ガラス固化体表面にはゲル層や二次鉱物層等の表面変質層が
形成され、ガラス溶解を抑制する保護膜として働くことが予想されるが、本来ガラス固化
体表面に形成される表面変質層の一部または多くが OP 腐食生成物表面に生成することで
ガラス表面変質層の保護膜効果を減少させる可能性もある。一方、OP 腐食生成物表面への
核種の収着または生成二次鉱物中への核種の取り込みによって、核種を長期にわたり固定
化する可能性もある。これらの現象はこれまで定性的には理解されているが、性能評価に
適応するための現象の基礎科学的理解は充分ではなく、定量的、体系的な評価には至って
いないのが現状である。
本研究は、ガラス固化体の性能に影響を及ぼす環境特性のうち、ガラス固化体に隣接し
その影響が大きいと予想される OP 腐食生成物との相互作用について、現象の基礎科学的理
解に基づく定量的かつ体系的な評価を行い、実際にわが国で想定される処分条件でのガラ
ス固化体長期性能に及ぼす影響を具体的に評価するための基礎データに資することを目的
3 - 13
とする。
ガラス固化体の性能評価に必要な項目は、「ガラス長期溶解/変質速度」および「各核種
の吸着/析出/固定化を考慮した浸出速度」の2つの項目に大別できるが、OP 腐食生成物
との相互作用はいずれの項目にも影響を及ぼすと考えられる。そこで本研究では、OP 腐食
生成物として予想される各種鉄鉱物について、各種元素、化学種の吸着挙動、および OP 腐
食生成物表面での二次鉱物の生成挙動を実験的に評価する。得られたデータを体系的に整
理、評価し、ガラス固化体の長期溶解/変質速度および核種の固定化に及ぼす影響を定量
的に評価する。
*****
今年度は、ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用に関するこれまでの研究を調査、
整理するとともに、OP 腐食生成物との相互作用を評価するための収着実験の準備を行った。
これまでの研究の調査では、(1)ガラス固化体の溶解/変質速度、(2)核種の浸出挙動、(3)
ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用、について整理した。その結果、ガラス固化体
と OP 腐食生成物との相互作用およびそれらがガラス固化体の長期性能に及ぼす影響につ
いていくつかの研究が行われているが、様々な現象についての更なる基礎的理解および実
際の処分環境を充分考慮した体系的な評価が必要であると考えられた。特に、数万年の長
期にわたるガラス固化体性能評価に必要な「OP 腐食生成物表面での二次鉱物の析出と核種
の固定化現象」についてはこれまで充分な理解と評価が行われておらず、更なる研究が必
要であると考えられる。
収着実験の準備では、実際の処分環境において生成される可能性の高い腐食生成物(マ
グネタイト:magnetite(Fe3O4)、ゲータイト:goethite(α-FeOOH)、シデライト siderite
(FeCO3)、パイライト:pyrite(FeS2)等)試料の選定を行うとともに、収着実験におけ
る酸化還元雰囲気を制御維持するためのグローブボックスの準備およびその実験条件の設
定を行った。今後、これらの実験装置、試料を用いて、実験を進める予定である。
3 - 14
3.6
実施研究6
研究者: 大阪府立大学
井上博之
研究テーマ: 処分環境における炭素鋼の水素吸収挙動に関する研究
地層処分環境は、処分場閉鎖後の一定期間を除くと、酸素の無い、いわゆる還元性環境
へと移行する。還元性環境での炭素鋼製オーバーパックの腐食は、表面よりほぼ均一に進
行する(全面腐食となる)。全面腐食は、応力腐食割れや水素脆化といった割れ現象とは異
なり、比較的進展速度の予測が立てやすい腐食現象である。炭素鋼がオーバーパックの基
本候補材とされている理由の一つは、腐食の形態が全面腐食に限られる場合、高い安定度
で材料の耐食寿命(全面溶解による減肉)を推定できることにある。しかしながら、還元
性環境中での炭素鋼は、材料の強度や組織ならびに全面腐食の速度によっては、水素脆化
による割れを生じる恐れがある。
還元性環境での全面腐食のカソード反応は、溶液中のプロトンが還元される水素ガスが
生成する反応(水素発生反応)によって担われている。水素発生反応では、その中間生成
物として、吸着性の原子状水素 Had が生成される。この、Had が材料中に浸入し、結晶の格
子間エネルギーを弱めるなどの作用により、材料が脆化する現象を水素脆化(HE)と呼ぶ。
鉄鋼材料に HE が生じる臨界条件は、材料中に侵入した水素の濃度(含有量)C0 とその引
張強度(すなわち材料の硬度 H)の関数となることが知られている。鉄鋼材料に HE が生
じる C0 と H の臨界条件(安全限界)を実例から求めた線図(「岡田−村田線図」)がある。
同図は溶接欠陥などの先在き裂が材料内にあっても HE が生じない条件を示している。
わが国における地層処分事業の技術的拠り所である「わが国における高レベル放射性廃
棄物地層処分の技術的信頼性−地層処分研究開発第2次取りまとめ」(以下、「第2次取り
まとめ」という)でも、同種の線図を用いて炭素鋼製オーバーパックの HE に対する感受
性を議論している。第2次取りまとめでは、処分環境中でのオーバーパック本体の腐食に
伴う水素侵入により、材料内の水素濃度は最大 0.01ppm(=7.87×10−
8
g・atom・cm− 3)に
達すると推測している。オーバーパック全体で材料の硬度が最も高くなるのは溶接部と考
えられる。また電子ビーム法で炭素鋼製オーバーパックの溶接を行った場合、溶接部の硬
度は 200HV 程度に止まるとしている。この硬度の炭素鋼に HE が生じる臨界の C0 は、8
×10−
6
g・atom・cm− 3 となる。第2次取りまとめで想定されている C0 の最大値が適正であ
るとすると、100 倍もの安全係数が見込めることになる。このため、第2次取りまとめでは、
中性の炭酸塩を含む処分環境で炭素鋼オーバーパックに HE が生じる可能性は低いと結論
3 - 15
している。
第2次取りまとめで想定された C0 の最大値は、焼鈍された SM400B 鋼を試験片に用いて
測定されている(SM400B は炭素鋼オーバーパックの設計や製造の研究に使用されている
SFVC1 と同等の組成を持つ低炭素鋼)が、溶接熱影響部(HAZ)や溶接金属の組織は母材
とは異なる。また、オーバーパックは鍛造により製造されている。鍛造品の組織は、鍛造
の強度(鍛造率)によって変化する。また、溶接部近傍には大きな残留応力場が存在する。
したがって、水素脆化に対する炭素鋼オーバーパックの安全性(不感受性)を担保するた
めには、まず、溶接熱影響や鍛造による組織変化、溶接金属、残留応力の存在による C0 の
変化について、基礎的な検討が必要と考えられる。
*****
本年度は、炭素鋼製オーバーパックの水素脆化感受性評価手法の構築に資することを目
的として、炭素鋼の鍛造組織による水素吸収挙動の変化を電気化学透過法で検討すること
とした。
炭素鋼に異なるレベルの鍛造を加えた後、低温で熱処理して残留ひずみを除去し、放電
加工で処理された供試材の中心部から平板試験片を採取した。さらに、試験片の水素拡散
係数 D、ならびに水素平衡発生電位(腐食による水素吸収の加速がない条件下)での水素
溶解量 C0,eq を測定するために、電気化学透過法の測定が問題なく行えることを確認するた
めの予備実験を実施した。
今後は、製作された鍛造試験片を用いて、所定の水素拡散係数ならびに水素溶解(含有)
量の測定を実施する。
3 - 16
3.7
実施研究7
研究者: 静岡大学
木村浩之
研究テーマ: 放射性核種収着現象の分子微生物学的および地球化学的研究
地下圏に高バイオマスで存在する微生物(細菌)による放射性物質の収着、凝集や移動、
拡散への影響を推しはかることを目指した放射化学的研究や地球化学的研究が進められて
いる。得られた知見を実際の地層処分環境へ応用するには、処分システムを想定したモデ
ル微生物の適確な選定や処分環境下での微生物挙動をおさえた上で、放射性核種の微生物
との反応を細胞及び分子レベルで精確な知見を集積することが必須である。また、放射性
廃棄物の処分システムには、アクチノイドのような金属的な毒性及び高エネルギーの α 線
を放射する元素が存在する。しかしながら、これまでの微生物に関連する研究は処分シス
テムを考慮したものには至っていない。よって、放射性核種が存在する環境中における微
生物種の同定手法を確立し、モデル地域での検証を進めるとともに、放射性核種による微
生物生存に影響する細胞表面への収着現象を分子微生物学的に解明することは喫緊の課題
であると考えられる。
本研究では、分子微生物学的および地球化学的研究手法を用いて放射性核種の微生物表
面への収着現象を解明し、わが国における放射性廃棄物処分システムの特徴を考慮した微
生物影響評価に貢献する新たな研究をスタートさせることを目的とする。内容は以下の通
りである。
(1)放射性核種が存在する環境(以下、核種環境)中における微生物の生残・同定・活
性に関する研究のためのプロトコルの作成
(2)モデル核種環境における微生物の生態に関する分子微生物学的研究
(3)放射性核種の微生物への収着現象の分子生化学的及び地球化学的解析に基づくモデ
ル化
*****
そのため、平成 19 年度は、以下の項目を研究目的とした。
1)ウランを含む培地で微生物を培養し、微生物の耐性を解明するとともに、細胞表面へ
のウランの濃縮を SEM 観察などから明らかにする。
2)FISH 法を用いた土壌細菌の検出法を開発するとともに、放射性汚染土壌への適用方
法を確立する。
3 - 17
3)様々なバクテリアへの吸着配分の希土類元素パターンを調べ、アクチノイド(Ⅲ)の
地層中での挙動に対するバクテリアの影響評価を目指す。
*****
本年度の研究成果は、以下のとおりであった。
1) については、238U あるいは 233U を含有した溶液に B. subtilis を曝露した結果、238U
については 0.2 mM 以下の場合にはほとんど影響はなかった。U濃度が 0.2 mM か
ら 0.4 mM では増殖速度が減少し、0.4 mM 以上では B. subtlis はほとんど増殖しな
いことが分かった。一方、233U を含む溶液に B. subtili を曝露した場合には、放射
能濃度が 50,000 Bq/L までは B. subtili の増殖には影響しなかったという興味深い知
見が得られた。海外で進行する研究知見との比較検討を進めるとともに、地下圏の
アナログとなる細菌についての放射線耐性機構をおおよそ把握した上で、その環境
中での挙動を探る研究へつなげる必要がある。
2) については、遺伝子プローブを用いて細菌の地下土壌および岩石環境中での挙動を
把握するための基本手法の確立は出来たが、遺伝子プローブの識別段階がまだ解決
しておらず、SYBER Green I との蛍光のかぶりが少ない Cy5 あるいは Cy7 でラベ
ル下遺伝子プローブ(釣り針)を調製し、自然環境中への適用手法の確立を急ぐ。
3) 希土類元素の B. subtilis への吸着分配パターンは、顕著な重希土類上がりの特徴を
示した。このようなパターンは、粘土鉱物や水酸化鉄への分配パターンでは見られ
ておらず、バクテリアに特異的なものと考えられる。また、特に重要なことは、バ
クテリアと希土類元素の濃度比を変化させた場合に、希土類元素パターンの形状が
変化し、バクテリアの濃度が高くなった場合により重希土類上がりの特徴が顕著に
なる。このことは、少なくとも2種類の結合サイトがバクテリア表面に存在するこ
とを意味する。結合サイトとしてはリン酸基とカルボキシル基が想定される。この
二つの結合部位が、地下圏のアナログとなる細菌の生理活性状態や現場密度の変化
の中でどのような意味を持つか。細菌の増殖、移動、分解、死滅のそれぞれの過程
を想定した挙動のモデル化に組み込むことが出来るのかどうかが課題となった。
3 - 18
3.8
実施研究8
研究者: 東北大学
趙大鵬
研究テーマ: 地震波トモグラフィーによる地殻構造推定技術の高度化
Aki and Lee (1976)の先駆的な研究以来、多くの研究者が地震波トモグラフィーの手法を
用いて、地殻と上部マントルの 3 次元地震波速度構造を研究してきた。彼らの研究により、
地震波トモグラフィーの理論と手法は、過去 20 年の間に大きな進歩を遂げており、現在、
近地地震波データを用いた地震波トモグラフィー法は、地殻・上部マントルの不均質構造
及びそれと地震火山活動との関係を解明する最も有力な手段となっている。
しかしながら、地震波トモグラフィー法にはいくつかの制限がある。まず、得られるト
モグラフィーイメージの空間分解能が用いられる観測点の分布に大きく依存する点が挙げ
られる。
(地震の多い)日本やカリフォルニアなどでさえ、地震の観測点は 20∼30 km かそ
れ以上の間隔でしか設置されていない。トモグラフィーの分解能は、地震の多く発生して
いる地域を除けば、観測点の分布と同程度となる。これは主に、直達の P 波及び S 波のみ
を解析に用いる従来のトモグラフィー法に起因する。
空間分解能をより高くする方法としては、以下の 2 つが考えられる。1 つは、研究領域に
より多くの地震計を設置することであるが、これには観測網の設置や維持に莫大な費用が
かかる。もう 1 つは、インバージョンに対して、直達の P 波や S 波だけでなく、反射波や
変換波などの後続波のデータを加えることである。反射波や変換波の伝播経路は直達波の
経路と大きく異なるため、それらをインバージョンに加えると波線の分布が著しく向上す
る。グローバルトモグラフィーの研究では、pP、PP、PcP といった反射波が用いられた。
しかしながら、近地地震の高周波な波形から後続波を見極めるのは困難であるため、ロー
カルトモグラフィーでは後続波はほとんど用いられていない。Zhao et al. (1992) による東
北日本の沈み込み帯におけるトモグラフィーの研究では、モホ面や沈み込む太平洋スラブの
上側境界での変換波が用いられたが、
後続波のデータ数は全データ数のわずか 1%であった。
また、日本列島では、地震は主に、上部地殻や沈み込む太平洋スラブ、フィリピン海ス
ラブで発生するため、下部地殻や上部マントルでは波線がよく交わらず、地震波速度構造
があまりよく決まらない。それにも関わらず、これまでの研究では、マグマ溜まりの形成
や、地殻中の流体の存在や移動、それらの地殻内部大地震への寄与など、下部地殻では重
要なプロセスが生じていることが報告されている。地殻中の流体は沈み込むスラブの脱水
により生じ、下部地殻や上部マントルに蓄えられることも分かっている。それ故に、高分
3 - 19
解能で下部地殻の構造を研究することは非常に重要である。近年の研究では、モホ面での
反射波(例えば、PmP、 SmS)を用いると、下部地殻の構造が非常によく決まることが分
かった(Zhao et al.,2005)。
本研究では、南カリフォルニアと東北日本の地殻の構造を高分解能で決定するために地
殻反射波を用いた事例を紹介したが、その結果は、近地地殻トモグラフィの空間分解能を
向上させるためには、地殻の反射波を用いることが重要であることを示している。
*****
南カリフォルニア地区、1992 年のランダース地震(M7.3)の余震域において、約 200 km
離れた 2 つの観測点(GSC と PFO)を用いて、地殻の詳細な S 波トモグラフィーイメージ
を決定した。209 個の直達 S 波に加えて、2 つの観測点で観測された 180 個の余震からモ
ホ面で反射した SmS 波 203 個と sSmS 波 116 個を読み取った。直達 S 波は深さ 12 km ま
での上部地殻のみしか通らないのに対し、反射波は全地殻中を高密度に、そして均一に分
布する。直達 S 波に加え反射波を用いたことで、水平方向の分解能が観測点間隔の 6∼8 分
の 1 となる 25∼35 km の、非常に詳細なトモグラフィーイメージを決定することができた。
これにより、地殻反射波は空間分解能を向上させるために非常に有用であることが分かっ
た。
この結果は、地震の分布と速度構造が密接な関係にあり、地震の多く発生している部分
が概ね高速度域に対応することを示している。高速度域は断層帯の極めて脆い部分であり、
その結果この部分で本震や余震が発生する。一方、低速度域は、恐らくより変形しやすく
弱い部分であり、地震を発生させることはできない。以前の研究でも示されているように、
この研究の結果からも、断層帯の物質の不均質性が地震の発生と密接に関係していること
が言える。
さらに、東北日本において地殻内部地震のモホ面で反射した PmP 波を収集した。直達 P
波は主に上部地殻のみしか通らないので、従来の P 波のみを用いる方法では下部地殻の構
造はあまりよく決まらない。PmP 波を加えると下部地殻の波線の分布が著しく改善され、
下部地殻のトモグラフィーのイメージを高分解能で求めることができる。今後、P 波と PmP
波の両方を同時にインバージョンに用いて、東北日本弧の詳細な 3 次元地殻構造を決定し
ていきたい。そうすることで、東北日本の地震活動や火山活動と、不均質構造の理解が深
まると思われる。
3 - 20
3.9
実施研究9
研究者: 東北大学
平野伸夫
研究テーマ: 地下水流路構造の不均質性の評価と流動モデルの構築
放射性廃棄物の地層処分で発生しうる汚染物質の移動に対する天然バリア評価のために
は、岩盤の透水特性、特に岩盤マトリクスよりも透水性が数桁高い、岩盤内岩石き裂の流
体流動特性に注目する必要がある。このき裂内流体流動では、き裂内部を流体が一様に流
れるのではなく、優先流路の選択的な形成(チャネリングフロー)が予想されていた。こ
れが確かならば、岩盤内き裂を移動する流体と岩盤の化学反応などの相互作用について、
それがき裂の規模などに左右されると考える場合、作用に寄与するき裂面積(実き裂面)
は物理的に発生しているき裂面積(物理的き裂面)と同一にはならない。この相互作用に
関係する実き裂面を Flow-Wetted surface (FWS)と呼び、その詳細な理解が天然バリアの特
性評価のためには重要かつ不可欠である。しかし、物理的き裂面については物理探査など
の観測によって情報を得られやすいのに対し、FWS については直接的な観察が難しくこれ
まで十分に研究が行われていない。これは、いまだき裂の流動特性を考える場合において、
物理的き裂面の広がりなどの情報のみでき裂内部の構造は考慮せず、流体流動を平行平板
で近似することが一般的であることからも想像できる。
この FWS について、これまでに封圧下の岩石き裂における流体流動を室内透水実験と数
値シミュレーションをカップリングした手法を用いて可視化し、花崗岩き裂の不均質な流
路構造(チャネリングフローの発生)の様子を明らかにし、実験室レベルのスケールで再
現するに至っている。その結果、既往の研究では推測の域でしかなかったチャネリングフ
ローが、地殻浅部の垂直応力条件下(100 MPa 以下)にある岩石き裂の不均質間隙構造に
おいて普遍的に生じる現象であることが示唆された。
これまで、き裂内流動特性を考える場合には主にき裂表面の形状が着目されてきたが、
より正確な流体流動評価のためにはき裂間隙幅の 3 次元的な分布を含むき裂間隙構造が重
要になると考えられる。しかし、実際の天然のき裂からこのような情報を得るのは困難で
あるため、天然き裂に適用するためには、これらの情報について岩種による違いや寸法効
果などを実験室内で系統的に評価し、これをもとにフィールドスケールの地下水流動モデ
ル(FWS モデル)へと推測・アップスケールする必要がある。
この推測やアップスケール手法については、フラクタル次元を使用したものが代表的で
あるが、さらに空間統計学的手法を用いた評価が有効であると考えられる。よって、各種
3 - 21
岩石(花崗岩、堆積岩、可能であれば瑞浪 URL の原位置岩石)のき裂に関して流路構造の
不均質性の空間統計学的手法を応用した定量的評価方法を、透水試験結果およびコンピュ
ータシミュレーションの両方から検討する。さらに異なる寸法のラボスケールサンプル間
についても同様の評価を行い、フィールドスケールへのアップスケール手法を検討する。
加えて、岩石き裂の不均質流路構造を DFN(Discrete Fracture Network)モデリング手法
に組み込むことによりフィールドスケール地下水流動モデルを提案し、FWS の理解につな
げる。
本研究は、岩盤中のき裂を通じた地下水流動の実態解明に貢献し、地下での物質循環・
エネルギーフローの理解と予測に不可欠な学術的基礎を構築し、様々な分野への応用展開
を期待できる。
さらに本研究で取り扱う課題は、放射性廃棄物の地層処分技術における FWS の理解だけ
ではなく、二酸化炭素の地中貯留技術、汚染物質の地層内封じ込め技術や油ガスのき裂型
貯留層の開発技術など、地下利用技術の高度化に向けても重要である。地球上の膨大な空
間を占める地下の効果的な利用とそのための高度な技術の重要性は、昨今のエネルギーや
環境問題の顕在化から世界的にも高まってきており、本研究の実施による大きな技術的、
社会的な波及効果が期待できる。
*****
研究初年度の本年度は、次年度以降の研究遂行に必要な大型き裂サンプルに対応した封
圧下透水実験装置の開発および様々な寸法のき裂サンプルに対応した表面形状測定装置の
開発を実施した。
従来使用可能であった最大き裂面積 10 cm×15 cm(150 cm2)の4倍に相当する 20
cm×30cm (600 cm2)の単一き裂を有する岩石コアサンプル(直径:20 cm、長さ:30 cm)
に対して数 10MPa 程度の封圧下での透水実験が可能な装置の開発を実施した。現状では設
計が完了し、作製に取りかかっている段階にある。この封圧装置の開発により 2 cm×3 cm (6
cm2)∼20 cm ×30 cm (600 cm2)の様々な寸法のき裂サンプルを使用した透水実験によるき
裂透水性の把握が可能になる。また、この多様な寸法のき裂サンプルに対応した、従来よ
りもさらに高分解能の表面形状測定装置(高さ分解能:0.5 μ m、位置決め精度:±20 μ m)
を開発した。これらの装置開発により、次年度以降の研究に必要な装置の開発がほぼ完了
した。
き裂表面形状の寸法効果について若干の観察を行った結果、RMS(Root Mean Square)
3 - 22
値以外は寸法依存性があまり生じていないことがわかった。しかし、これは花崗岩き裂に
関してのみであり、他の岩石、たとえば砂岩や泥岩などの堆積岩に関しても適用できるか
どうかは不明であるため、さらなる検討が必要である。また、実際のき裂内流体流動では
き裂表面形状ではなく、それによって形づくられるき裂間隙形状が重要となる。従って、
この間隙形状についても同様の検討が必要である。また、間隙形状は表面形状と異なり、
ある体積を持った空間が 3 次元的に連続していると考えることができる。そのため、今回
検討したパラメータ以外にも、空間統計学・地球統計学的な手法を取り入れる必要がある
と考えられる。
3 - 23
3.10
実施研究 10
研究者: 金沢大学
福士圭介
研究テーマ: 鉄‐ベントナイト相互作用のナチュラルアナログ研究
高レベル放射性廃棄物地層処分の第2次取りまとめでは、炭素鋼オーバーパック周辺に
ベントナイトを定置した処分場概念が示された。本処分概念において緩衝材として用いら
れるベントナイトには、止水性、自己シール性、化学緩衝性および収着性が長期にわたり
維持されることが期待されている。一方、処分環境において炭素鋼は不安定であり、時間
とともに鉄腐食生成物へと変質し、周囲に鉄を溶出することが予想される。溶出される鉄
は隣接するベントナイトと長期間にわたり反応し、ベントナイトの性能劣化を引き起こす
ことが懸念されている。ベントナイトの性能劣化は処分場概念成立の根幹にもかかわる問
題であり、放射性廃棄物地層処分に炭素鋼の利用を計画している各国で精力的に鉄‐ベン
トナイト相互作用に関する評価・検討が行われている。
ベントナイトはスメクタイトを主成分とする岩石である。スメクタイトは含水層状ケイ
酸塩鉱物であり、高い比表面積や膨潤性能および陽イオン交換能に卓越する。そのため鉄ベントナイト相互作用による緩衝材性能劣化の検討は、鉄を含む溶液とスメクタイトの長
期間の反応による鉱物学的性質の変化を明らかにすることが本質といえる。
Lantenois et al., (2005)は、各種スメクタイトと鉄粉を脱イオン水とともに反応容器に封
入し、80℃の無酸素条件における水熱反応実験を行った。その実験によれば、実際に処分
環境での使用が予想されるモンモリロナイトは 40 日程度の水熱反応でその 50%以上が消失
してしまうことが確認できる。またスメクタイトが消失した後に現れる(変質する)鉱物
は、膨潤性能やイオン交換容量がスメクタイトと比較して著しく低い蛇紋石鉱物(バーチ
ェリン)であることが認められている。他にも Wilson et al. (2006)や Perronnet et al.,
(2007)が類似の実験を行い、基本的には数年以内の短い期間でモンモリロナイトは鉄を含む
蛇紋石鉱物へと変質することを示している。
しかしながら、ラボスケールで行われる実験と実際の処分では条件や対象期間が大きく
異なるため、これらラボスケールの実験の信頼性や長期評価への適用性について疑問視す
る見解もある。実験では反応溶液は通常脱イオン水もしくは不活性電解質によりイオン強
度を調節した溶液が用いられるが、天然水は様々な無機・有機イオンやコロイドを含んで
いる。また実験は通常よく特徴づけられた純粋なスメクタイトが用いられるが、実処分で
は様々な微量鉱物を含むベントナイト岩石である。さらに実験は比較的固/液比の小さい(水
3 - 24
の多い)系で行われているが、実際に用いられるベントナイトは圧密されており、反応の
固/液比はかなり高い。さらに、バッチ実験の結果から空間的にその影響のおよぶ程度を評
価することはできない。また実際の処分環境は少なくとも 100 年以上を考慮しなくてはな
らないところ、室内実験は長くても数 10 年オーダーの反応しか取り扱うことができない。
室内実験の信頼性や適用性を保障する方法として、ナチュラルアナログ研究があげられ
る。ナチュラルアナログ研究は実処分と類似した環境において生じた天然現象を観察・分
析・評価することによって処分環境で将来起こりうる現象を予見する研究手法であり、上
記にあげた室内実験のデメリットを解消する潜在的な有効性をもつ。放射性廃棄物処分を
対象にした場合、考慮すべき時間範囲は歴史年代を超えているため、地質学的現象を取り
扱う必要がある。そこで本研究では、還元的環境における炭素鋼の腐食から生じる溶存鉄
とベントナイトとの相互作用のアナログとして、地球表層にベントナイトが多量に存在す
る地域(ベントナイト鉱床)において、比較的低温(150℃以下)の還元性含鉄溶液との反
応を示唆する産状を対象に、それらを観察・分析することで、天然での長期にわたる鉄-ベ
ントナイト相互作用に関する知見を得ることを目的とした。
*****
平成 19 年度は以下の検討を行った。
(1) 川崎鉱山の概要に関する文献調査と変質産状の現地調査
専門家との意見交換から、宮城県蔵王に位置する川崎鉱山において還元性含鉄流体によ
るベントナイトの変質を示唆する産状を確認した。本格的な検討に先立ち、文献調査によ
り川崎鉱山におけるベントナイトの成因や特性を調べた。また現地調査により変質ベント
ナイトの観察およびサンプリングを行った。
(2) 鉄により変質したベントナイトの岩石学的・鉱物学的分析
採取した変質を受けたベントナイト試料と、比較のために変質を受けていないベントナ
イト試料について岩石学的・鉱物学的分析を行った。
(3) 変質年代および熱履歴分析のための予備実験
採取したベントナイト試料の変質年代および熱履歴をアパタイトフィッショントラッ
ク法で分析するために、適切な試料調整方法などを明らかにする予察的な検討を行った。
3 - 25
*****
川崎鉱山において鉄とベントナイトとの変質を示唆する産状を見出し、変質帯の現地調
査と採取を行った。その結果、変質体は緑色を呈し、網状脈としてベントナイト層に挟在
していることが確認された。
また、採取した試料の粉末 X 線回折および EPMA による分析を行った。緑色変質脈には
未変質部分には認められないパイライト(FeS2)の生成が確認され、変質に関与した反応
流体は鉄に富み還元的であったことが推測された。さらに未変質部分において、スメクタ
イトと共存する SiO2 は主にオパール A から構成される一方、変質部分においてはクリスト
バライトへの相変化する産状が確認された。このことから、変質温度は 50℃以上、100℃
以下であることが示唆された。一方、変質による粘土鉱物学的変化は、未変質試料に含ま
れるモンモリロナイトが鉄を含むスメクタイトへと変質する産状と、海緑石に変質する産
状の 2 つのパターンを観察することができた。前者の変質過程は、溶解沈殿によるものか
Fe による一部構造置換によるものかは判断できなかった。一方、後者は溶解・沈殿を示唆
する産状であった。
また、本研究において変質年代および変質の熱履歴を明らかにする方法としてアパタイ
トフィッショントラック法に注目し、本試料に適用するためのいくつかの予備実験を行っ
た。その結果ベントナイト試料から適切に目的鉱物を分離するための手法を確立すること
ができた。
3 - 26
3.11
実施研究 11
研究者: 東京大学
堀井秀之
研究テーマ: 放射性廃棄物処分事業の社会的側面の基礎研究
放射性廃棄物処分事業を推進する上で、最も大きな課題となるのが、その社会的受容性
が高まり、処分地選定が円滑に実施されることである。これまで、技術的な研究は数多く
実施されてきたが、社会的側面に係わる研究は十分な態勢で行われてきたとは言い難い。
社会的側面に係わる研究のグッドプラクティスを示すとともに、社会的側面に係わる研
究課題の体系化を行うことが、今後、処分事業にとって有益な研究を実施してゆくために
重要である。
本研究では、処分事業に対する国民・社会の理解促進と信頼性向上に向け、社会的側面に
係る研究の効率的な進展を図ることを目的として、社会的側面に係る研究課題の体系化を
行う。
本年度は、体系化の概念整理、及び、スイスのヴェレンベルグ低・中レベル放射性廃棄物
処分地選定プロセスを対象として、当該プロセスの政治過程分析に向けた各種情報の収集
整理を行うこととし、以下を研究目標とした。
① 処分事業の社会的受容性が高まり、円滑に実施されるためには、どのような社会的仕組
みが必要かとの観点から、社会的側面に係わる研究課題の体系化を行う。
② スイスのヴェレンベルグにおける低・中レベル放射性廃棄物処分地選定プロセスの政治
過程分析を行い、各アクターの行動モデルを構築し、州投票否決に至った要因を明らかに
する。さらに、処分地選定プロセスをマネージする方法論構築に資する知見を得る。
*****
① 社会的側面に係る研究課題の体系化の概念整理
社会的側面に係る研究課題の体系化として何を行うべきか、どのような方法によりど
のような結果を導き、その妥当性をどのように評価すればいいかを明らかにし、その上
で、次のような方法を試行することとした。
すなわち、「事業に対する社会的受容性が高まる」という上位の目標から出発し、「事
業の必要性を国民が理解する」、「事業の安全性を国民が理解する」などの下位の目標を
順にリストアップし、それらの目標を達成するために必要となる社会的仕組みを検討す
る。さらに、その社会的仕組みを開発する上で必要となる社会的側面に係わる研究課題
3 - 27
を抽出し、体系化する。
研究初年度である本年度は、研究課題の体系化の手法を開発した。高レベル放射性廃
棄物処分事業のベースである原子力全般に関する国民の信頼を対象とし、主要な研究成
果をまとめた。
② スイスのヴェレンベルグ低・中レベル放射性廃棄物処分地選定プロセスの政治過程分
析に向けた各種情報の収集整理
政治過程分析の目的は、各主体の全ての行動を説明できる行動モデルを構築し、事態の
推移がどのような過程をたどったのか、過程内の個々の行動は何故行われたのかを明らか
にすることによって、事態の推移を支配していた要因や、権力構造を抽出することにある。
そのような政治過程分析を実施するために、新聞・TV 報道のデータベースを作成し、登
場する主体と、各主体のアクションリストの整理を行った。
採用した手法は、複数の主体の間で影響を及ぼし合うことによって事態が推移する様々
な事象に適用することができるものである。関係する主体をリストアップし、各主体がと
った行動を時系列に整理した。さらに文献調査やインタビュー調査に基づき、行動モデル
を各主体に対して構築し、その行動モデルによって各主体の全ての行動を説明できること
を示した。
このような分析を通じて、事態の推移がどのような過程をたどったのか、過程内の個々
の行動は何故行われたのかが明らかとなり、事態の推移を支配していた要因や、権力構造
が分析の結果として抽出される。さらに、構築された行動モデルを用いることにより、新
たな事態や、環境の変化、事態の推移をコントロールするパラメータを変化させた際に起
きる事態などのシナリオ分析を行うことができる。
3 - 28
第4章
まとめと課題
第4章
まとめと課題
放射性廃棄物の地層処分を円滑に進めるためには、地層処分に必要な人工バリア・施設
の設計技術や性能評価等について、処分事業の進捗に応じ、着実にその信頼性を向上して
いくことが重要である。
そして、放射性廃棄物の地層処分技術のうち、最終処分事業の安全な実施、経済性及び
効率性の向上等を目的とする技術開発は、実施主体が担当するものとし、国及び関係機関
は、最終処分の安全規制、安全評価のために必要な研究開発や深地層の科学的研究等の基
盤的な研究開発及び地層処分技術の信頼性の向上に関する技術開発等を積極的に進めてい
くことが必要であるとされている。
上記の研究のうち基盤的な研究開発は、学際的な研究テーマであり、学界をはじめとす
る広範な関連諸分野の人材を活用して進めるべき研究テーマも少なくないことが想定され
ることから、現在残されている課題の調査・抽出を行い、現段階から着手する必要のある
基礎的研究を大学等研究機関の研究者を活用して実施することにより、処分事業の進捗に
応じた信頼性の向上に資することが肝要である。
*****
こうした状況を踏まえ、本事業では、平成13年度に公募により研究実施者を選定し、
放射性廃棄物の地層処分に関する基礎的、基盤的研究を行った。実施された研究は、
「圧密
ベントナイト中の核種移行挙動に寄与する間隙水に関する基礎研究」
「強アルカリ性環境下
でのベントナイトの劣化挙動に関する基礎研究」
「核種の錯体形成や吸着に及ぼす天然有機
物の官能基・吸着サイトの不均質性の影響」に関するもの5件であり、その成果は、日本
原子力学会を始めとする学会等での報告を通じて、地層処分の関連分野へ反映された。
平成15年度をもって終了した上記研究の後を受け、平成16年度から国内外の処分研
究開発状況等の最新情報を反映した研究テーマを選定し、地層処分技術の信頼性向上に資
する新たな重要基礎研究を展開していくこととなった。
平成15年度までは、研究テーマを予め抽出し、それらに対する研究公募を実施したが、
平成16年度は、以下に示すような基本的考え方をベースに、公募ではなく独自の視点から、
地質環境評価技術、処分技術、性能評価の各分野に渡る研究テーマ及び研究実施者の抽出・
選定を行うこととした。
4-1
研究テーマ及び研究実施者の抽出・選定にあたっての基本的考え方
§ 研究テーマ抽出の考え方
・大枠での研究テーマを示して研究者に研究内容を提案頂くことで、これまで事業関係者
などが気付かなかった基礎的な研究内容や新しいアプローチの創出に期待することを基
本とする。
§ 研究実施者の選定に関する考え方
・抽出した重要研究テーマに関して、着実な成果が期待できる研究者を選定する。
→ 研究テーマに関する、研究者からの具体的研究提案の審議により判断する。
・処分事業が長期間に亘る事業であることから、本事業の推進に資する関連研究に長期的
視点で携わって頂ける研究者を選定する。
→ 人材育成の観点も含め、若手・中堅研究者を中心として選定する。
注)但し、研究テーマの着実な成果を得るとの観点から、より効果的な研究実施方法が優先
される場合には、上記の限りではない。
平成13年度∼平成15年度の研究テーマは、性能評価が中心であったが、平成16年
度は地質環境評価技術(プレートテクトニクス、塩淡水境界における地下水流動特性)や
処分技術(ベントナイト中での炭素鋼腐食挙動・形態)の分野へも拡大し、件数も7件に
増やした。
さらに平成17∼18年度は、本事業内に設置した「地層処分重要基礎技術研究委員会
(以下、委員会)」からの「より効果的な研究とするために、地下研利用(原位置調査等)
やフィールド調査も積極的に取り入れるべき」との意向を念頭に、2件/年度の新規研究
テーマを抽出、研究を実施している。
*****
そして、平成16年度より開始した7件の研究が昨年度終了したことから、引き続
き本年度も、新規研究テーマ(7件)を選定し、大学等研究機関を活用した地層処分
に関する基盤的研究の拡充を図ることとした。
新規研究テーマの抽出及び研究実施者の選定については、第2章に示した通りであるが、
昨年度検討したように、「地層処分基盤研究開発調整会議」(以下、調整会議)のアウトプ
ットである全体計画書(詳細マップ)を提示した上で、公募により広く一般の若手・中堅研
究者から研究テーマ及び研究実施計画案を募集した。また、これとは別に、関係機関の有
4-2
識者に、現在手がけている既存の基盤研究開発等を念頭に、信頼性の向上等を図る上で有
効と考えられる基礎的、基盤的な研究課題を挙げ、当該研究を実施するのに相応しい研究
者を推薦して頂いた。
これら2つの方式により集められた研究計画案について、研究候補者の年齢、実績、実
現可能性(実施体制等)
、期待される効果などを基に委員会にて審査し、研究計画と研究実
施者を選定した。
*****
本研究調査では、地層処分に関する基礎研究を広く関係者間で情報共有するため、新規
研究計画のレビュー及び年度研究成果についての評価を、研究委員会委員だけでなく、関
係する諸機関等を交えて実施することとしており、また、関連研究者間の情報交換の観点
から、研究者自身の自発的なワークショップ等の開催あるいは学会報告、論文投稿等を通
じて、その成果を大いに広めて頂くよう促すこととしている。
本年度は多くの研究が初年度に当たるため、学会報告、論文投稿等の実績は少ないが、
事業開始(平成13年度)からの学会報告、論文投稿等の総数は、昨年度までで200件
近くにものぼっている。
今後は、最近のウェブ環境の広がりを考慮し、これまでの研究成果報告書や成果報告会
発表資料などを、当センターホームページ等へアップし、数多くの研究者がアクセスでき
るような環境を整備していきたいと考える。
4-3
研究報告1
人工バリア材としてのセメント材料に関する基礎研究
(不飽和領域バリア機能の検証と水和生成物の安定化に向けた研究)
[ 平成17年度∼19年度実施 ]
東京大学
岸 利治
1.背景と目的
1-1 はじめに
近年,高・低レベル放射性廃棄物処分場の建設が計画され,万年オーダーの耐久性,及
びバリア機能を有する構造物の構築に関して技術的検討が行われている.
これまでの検討においては,コンクリートには構造体としての耐久性が求められる一方,
止水性や低拡散性といったバリア機能は期待されておらず,代わりにバリア体としてガラ
ス固化体やベントナイトの使用が検討されている.これは,コンクリートはひび割れを生
じたり,溶脱により組織の溶解を生じる可能性があることから,止水性や低拡散性に対し
て信頼に値しないと考えられているためである.しかし,本来ひび割れを有しない,ある
いはたとえひび割れを有したとしてもそれが微細ひび割れ程度のものであれば,コンクリ
ートはベントナイトに比べ遥かに止水性が高い材料であると考えられ,その本来の性能が
正当に評価されていないことは設計の合理性の観点から検討の余地があると思われる.
このような背景から,コンクリート中の透水現象に関して,超長期にわたる水分移動を
評価するための検討が行われている.実験室内で再現不可能な超長期にわたる透水性につ
いて評価を行うにあたっては,透水現象を支配するメカニズムに対する精緻な理解とそれ
に基づいた適切なモデル化が必要不可欠である.
既往の研究において,藤原ら 1) 2) は外径 6m,壁厚 1m,壁高 6m の中空円筒形(サイロ型)
の大型低透水性コンクリート試験体を作製し,厚さ 1m の側壁外面に 5.5 年間,P=0.25MPa
での一定加圧注水を行い,側壁内面への透水量,さらに内面空間の絶対湿度の上昇の計測
を試みた(図 1 参照)
.しかし,水平打継目を含め側壁内面では透水が測定されなかった.
そこで,加圧注水実験後に,側壁外側かぶり部からコアを採取し,割裂して浸潤線の有無
を目視調査した.その結果,外側かぶり部から採取したコアの浸潤部はわずか 5cm 程度で
あることが判明した.また,採取コアの浸潤部の境界は不鮮明となっていることも確認さ
れており,このことは,既に液状水による移動よりも水蒸気拡散による影響が卓越してい
ること示唆しているものと思われる(図 2 参照).
さらにこの試験結果に対する浸透解析 4) 5) では,微小空隙中の水の粘性増加の影響を考慮
図 2 試験体打継目コアの湿潤状況
図 1 中空円筒形試験体の概要
研究報告 1-1
(a)
し透水係数を相当に減じたとして
も,注水面からの水分浸透を長期に
(b
velocity, v
おいてはかなり過大に評価してし
まう事が明らかとなった.
これらの知見は,コンクリート中
Hansbo
(a): Darcy’s law
(b):
Non-Darcy’s
Mitchell
law
の長期にわたる透水に対してダル
ito
シー則を適用し,見かけの透水係数
図3
を用いて評価を行う既往の一般的
iic
its
hydraulic gradient, i
Non-Darcy’s law in soil
な透水モデルの限界,さらにはある値以上の動水勾配がなければコンクリート中の水の移
動が生じないような閾値(始動動水勾配)の存在を示唆していると考えられた.
そこで,本研究ではコンクリート中の微速透水現象における動水勾配依存性(非ダルシ
ー性),及び始動動水勾配の存在に着目し,その支配メカニズムを明らかにすることを目的
として,アウトプット法での段階降圧・昇圧透水試験を行った.
1-2 地盤材料の透水性における非ダルシー性
1856 年,ダルシーは浸透流・地下水の流れに関して動水勾配 i と流速 v の間に比例関係
があることを示し(ダルシー則),その傾き k は透水係数として以後永く透水性の指標に用
いられてきた.これに対して 1960 年代以降,粘土等の透水性の低い地盤材料においては,
その低動水勾配域において,非ダルシー性が実験的に明らかにされてきた.
S.Hansbo6) は粘土の透水実験を行い,動水勾配 i−流速 v 関係において図 3 に示すように
低動水勾配域での非線形性とある値以上の動水勾配での線形性を示した.又,Mitchell7) は
同じく粘土の透水試験より,透水を開始するのに最低限必要な動水勾配,始動動水勾配 ito
の存在を示した.
さらに佐藤ら
8)
は極性の異なる液体(水,メチルアルコール,ベンゼン)を用いた粘土,
シルト質粘土,細砂の透水試験結果より,非ダルシー性は透過液体と土粒子表面との間の吸
着効果の影響によるものであることを示した.
地盤材料においてこのように非ダルシー性が存在するのであれば,粘土等に比べて遥か
に低い透水性を有するコンクリートにおいては,その傾向がさらに強く存在しているとし
ても不思議は無いと考えられる.十分な部材厚を有しひび割れのないコンクリートが透水
を許さないことは工学的には自明のことと思われるが,実験的な裏付けが十分でない万年
オーダーの止水性を数値計算を拠所として評価するためには,見かけの透水係数を用いた
浸透解析における仮定と実際の微速透水現象の支配メカニズムとの乖離を看過することは
できないと思われる.
1-3 本研究の目的
本来,セメント系材料の物質遮蔽性能は極めて高いので,セメント系材料に対する種々
の懸念が払拭されれば,その有効活用は人工バリアの性能担保に大きく貢献するものと考
研究報告 1-2
えられる.そこで本研究では,セメント系材料中の透水現象の支配メカニズムの解明,特
に壁面摩擦の影響による液状水移動の限界について明らかにし,不飽和領域層の存在の安
定性について解析的な検討を加える.
2.実施内容
平成 19 年度は,以下の検討を行った.
(1) 微速透水現象のモデル化
多孔質であるコンクリート中の液状水の挙動について,速度依存性を含む微小空隙中での
液状水の粘性挙動のモデル化ならびに定式化を行う.
(2) 分子動力学による始動抵抗の検証
分子動力学による数値実験により,始動動水勾配の静摩擦的挙動,ならびに停止動水勾配
の動摩擦的挙動を検証する.
(3) 液状水-水蒸気-空気の三相モデルによる解析的検討
液状水-水蒸気-コンクリートの三相システムに空気(分圧)を追加する.これにより,長
期におけるコンクリート中の不飽和領域の安定性について解析的に検証し,不飽和領域の
バリア機能について検討する.
研究報告 1-3
3.成果
3-1 始動動水勾配,停止動水勾配の性質の確認
コンクリートは透水性が非常に低く,緻密な試料においては高い透水圧をかけた場合で
もアウトプット透水の確認が困難であることから,その透水性を簡易的に評価する方法と
して,インプット法を始め様々な方法が提案されている.しかし本研究では,コンクリー
ト中の微速透水現象における動水勾配依存性(非ダルシー性),及び始動動水勾配の存在に
着目するため,コンクリート中における定常な透水現象を直接的に計測できるアウトプッ
ト法を採用した.
本試験で用いた 3 連式透水試験装置の外観を図 4 に示す.又,用いた透水セルの概要を
図 5 に示す.供試体はφ100×200mm で打設・養生を行ったものを切断,研磨し任意の厚さ
に成形した.アウトプット法は供試体が飽和し,透水が定常に達するまでに時間がかかる
事が知られている.そこで本研究では,試験時間の短縮のため,試験開始前に 72 時間程度
の真空飽和により供試体に飽水処理を行った.
その後,供試体の側面にテフロンシートを巻きつけ,ゴム環(φ160×φ100×45mm)には
め込み,シリンダと共に底盤に載せ,容器上蓋をかぶせ,締め付け枠のボルトを締め付け
ることによりゴム環の水平方向への膨張圧,テフロンシートの塑性変形を利用して供試体
側面のシールを行った.供試体上面には水道水の脱気水を通水し,窒素ボンベの圧力をレ
ギュレータにより調整し,所定の圧力を加えた.透水圧力は容器上蓋内に設置した圧力計
(東京測器研究所製 PWF-2MPA 容量 2MPa)を用いて 1 分サイクルで計測を行った.アウ
トプット透水量は電子天秤(エー・アンド・デイ製 EK300− i 容量 300g 最小秤量 0.01g )
によりその重量を計測した.計測データは RS232C 接続を介してパーソナルコンピュータに
5 秒間隔で記録した.
既報 9)において,段階的な降圧・昇圧を行ったアウトプット法での透水試験により,コン
クリート中の微速透水現象は動水勾配依存性(非ダルシー性)を示すこと,液状水が移動
するのに最低限必要な動水勾配(始動動水勾配)が存在すること,透水を生じるのに最低
限必要な動水勾配には,透水を開始するのに必要な静止摩擦的に作用するものと透水が停
Pressure
Frame
Cylinder
Sealing
40 45
Specimen
30
図 4 透水試験装置の外観
100
30
図 5 透水セルの断面図
研究報告 1-4
(mm)
止する際に動摩擦的に作用するものがあることを確認した.以下,本件を簡潔にまとめる.
供試体は,配合ごとにペースト量と細・粗骨材量の割合のみを変化させ,細骨材量と粗
骨材量の割合は変えないこととし,いずれも s/a=48%一定とし,W/C は,使用する透水試験
装置(計測可能な透水係数のオーダー:1×10-12m/sec)で精度よく透水量を計測する必要性
から,高透水性,高 W/C とし,いずれも W/C=65%一定とした.また,コンクリート中のエ
アー量は当然その透水性に影響を与えると考えられるので,配合種間でのエアー量の影響
を等しくした.
図 6,図 7 に試験結果を示す.グラフの凡例は,W/C,単位体積あたりの総骨材量,養生
方法の順で示しており,例えば 65%-750-Sealed の場合, W/C=65%,総骨材量 750little,封
緘養生の供試体を示している.動水勾配 i=750(透水圧力 P=0.3MPa)付近において,レギ
ュレータの高圧用から低圧用への交換を行ったため,透水圧力が一時的に低下した.その
結果,その後の再加圧によって得られた透水量は降圧前後で同じ動水勾配にもかかわらず
減少した.
同じ動水勾配にもかかわらず降圧前後で透水量が減少したのは,透水パスの一部が不通
になったためと解釈できる.すなわち,供試体中には透水性の高いものから低いものまで
多くの透水パスが存在し,降圧によって透水性の低いパスの透水が止まったものと考えて
いる.再加圧後もそれらパスにおいて透水が生じない理由としては,静止摩擦的に作用す
る始動動水勾配の存在を考えることができる.
再び加圧し,減圧すると,65%-700 封緘では,動水勾配 i=940 において透水が完全に停止
し,動摩擦的な流動抵抗のみによっても透水が停止に至ることがほぼ確認された.このこ
とは,静止摩擦的に作用する始動動水勾配とは別に,動摩擦的な流動抵抗にも下限動水勾
配ないし停止動水勾配とでも称すべき閾値が存在している可能性を示唆するものと捉えて
いる.ただし,最も透水性が低いと見られた 65%-750 封緘においては,透水は完全には停
止に至っておらず,一部の透水パスが残存していると推察された.
-6
65%-750(封緘)
65%-700(封緘)
-7
5.0x10
-7
2.0x10
2
7.5x10
降圧
2.5x10
65%-750(封緘)
65%-700(封緘)
-6
透水量 , w [g/s・cm ]
透水量 , w [g/s・cm2]
1.0x10
-7
再加圧
0.0
0
500
1000
1500
-6
1.0x10
2000
再加圧
0.0
0
2000
4000
動水勾配 , ι
動水勾配 , ι
図 6 始動動水勾配の静摩擦的挙動
研究報告 1-5
図 7 停止動水勾配の動摩擦的挙動
6000
以上の検討により,始動動水勾配の静摩擦的特性,停止動水勾配の動摩擦的特性が示唆
された.ただし本知見は,実験結果を最も合理的に説明できる推論にすぎず,微速透水現
象として本機構が存在することを,現段階で得られた実権事実のみで断定することはでき
ない.例えば,管内を液状水で満たし,適当な圧力勾配を加えることによって液状水の流
動特性を確認して初めて始動ならびに停止動水勾配の存在を示すことができる.そこで次
節では本現象を直接的に確認できる方法についての検討を行う.
3-2
分子動力学シミュレーションに基づく始動-停止動水勾配の検証
3-2-1 概説
液状水を対象とした円管内流動特性の把握は数多く行われている.これらの実験によっ
て主に層流ならびに乱流の流動特性の把握に主眼が置かれたものであり,始動,停止動水
勾配について検討を行っているものではない.これは,液状水の始動,停止動水勾配は壁
面の吸着の影響によるものであると考えられており,水理実験が対象としているスケール
の実験では吸着の影響は無視するのに十分であるからである.水分子の吸着層は,表面の
種類にも依存するが,コンクリート表面では五分子程度と考えられており,吸着層の影響
によって始動-停止動水勾配の特性が反映されるのであれば,本研究で提唱としている空隙
オーダーは,透水パス表面近傍の影響を看過できない µ m-オーダー以下であり,現在のナ
ノ-テクノロジー技術をもってしても本オーダーの間隙の再現ならびに,その場における流
動現象の再現は難しいと考える.また,相似則を厳密に満たしながら実験可能なサイズま
で系を拡大する手法が考えられるが,壁面近傍の物理吸着力を,相似則を満たすのに十分
な大きさまで強くさせるには,通常の壁面の数万倍といった吸着力を有する壁面を用意す
る必要があり,現実的ではないと考える.そこで,現在ナノ-マイクロオーダーの物質特性
を検証するのに汎用されている分子動力学法(Molecular Dynamics)に基づく数値実験によっ
て,微小空隙中の液状水挙動を再現することとした.
分子動力学法とは,系を構成する粒子を質点と見なし,それぞれの位置と速度の時間発
展をニュートンの運動方程式に基づいて算出する手法である.相互作用力は,古典的ある
いは量子的に原子・分子間ポテンシャルを仮定し,これらの空間勾配によって決定される.
以下,分子動力学法を記述する基礎方程式について詳細について述べる.
3-2-2 分子動力学法の基礎理論
シミュレーションを行う仮想空間は多粒子系を想定すると,位置 xi ,質量 mi を有する i
番目の分子の運動方程式は以下のように表現される 10)11).
研究報告 1-6
d 2 xi
= Fi
dt 2
= −∇ iφ ({x})
mi
(1)
ここに,
i
:粒子番号 ( = 1,2,3L) , mi : i 番目の粒子の質量, xi : i 番目の粒子の位置, φ
:
分子間に働くポテンシャル, Fi :すべての粒子から i 番目の粒子への作用力の総和である.
本研究では主として分子間の寄与を 2 体間の総和として表すので,式(1)は以下のように
書き換えることができる.
mi
d 2 xi
= ∑ Fij
dt 2
j ≠i
= −∑ ∇ iφ ({x})
(2)
j ≠i
ここに, Fij : j 番目の分子からの i への力の寄与である.
分子動力学法の基礎方程式は上式のみであり,本微分方程式を時間積分すれば系の運動
を記述することができる.
次に,分子間に働くポテンシャルに関する検討を行う.分子動力学法においては,分子
の相互作用を規定する分子間ポテンシャルの選定が重要となる.分子間の相互作用は,静
電相互作用,分極,分散力,水素結合,斥力が挙げられ,通常の分子の場合に対してはこ
れらの相互作用の考慮する必要がある.本章における検討の目的は,微小空隙中の液状水
の降伏値ならびに速度依存性の確認であるが,これらの値の物性値の厳密評価を行う場合,
これらの相互作用を厳密に表現しうる数式,数理モデルを用いて設定し,必要であれば量
子論的なアプローチを行わなければならない.ただし本検討では,微小空隙中における液
状水の独特な挙動に対する物理的ダイナミクスを対象としており,物性値の厳密評価では
ない.よって分子相互作用力を司るポテンシャルの選定においては,既往の研究で提案さ
れているモデルを用いることとする.
はじめに,水に関するポテンシャルの検討を行う.水のポテンシャルモデルについては
1970 年代初頭から様々なポテンシャル関数が提案されている.既存のモデルにおいては,
特に信頼性の高いとされる SPC/E モデル
12)
を用いることとする.本モデルが表現する水分
子間ポテンシャル関数を以下に示し,各値を表 1 に示す.
研究報告 1-7
E spc / E
 σ
=∑
+ 4ε OO −  OO
  rOO
j ≠ i 4πε 0 rij
qi q j
6
  σ OO
 + 
  rOO



12



(3)
ここに, qi : i 番目の粒子の位置電荷, ε 0 :真空における誘電率, rij : i 番目の粒子と j 番
目の粒子の距離, σ OO :距離の単位を持つパラメータであり,添え字は酸素原子 O 同士の
作用を示す, rOO :酸素原子間距離, ε OO :はエネルギーの単位をもつパラメータである.
(3)式において,第 1 項目はクーロンポテンシャルを示す.また,第 2 項目は L-J(Lennard-Jones)
ポテンシャルと呼ばれるものを示し,酸素原子間のみを取り扱う.例えばアルゴン等の単
一気体の場合,L-J ポテンシャルのみ考慮すればよいが,水分子の場合,クーロンポテンシ
ャルも考慮に入れる必要がある.
次に,壁面(C-S-H)の分子間ポテンシャルを考える.硬化コンクリートの微小空隙におけ
る液状水の挙動を本手法によって再現するためには,C-S-H のポテンシャル関数の選択・決
定が極めて重要となる.この作業に際し,C-S-H の組成ならびに素性を明らかにする.C-S-H
は低結晶質計ケイ酸カルシウム水和物の総称として定義されており,Taylor13)はさらに分子
構造の相違から C-S-H ,C-S-H(Ⅰ),C-S-H(Ⅱ)の 3 種類に分類を行った.C-S-H は常温でセ
メント粒子が水と反応したときにセメントペースト中に現れる低結晶質のケイ酸カルシウ
ム水和物と定義される.また,C-S-H(Ⅰ)は,結晶度が C-S-H と比較して高く,構造的には
トバモライトに近いものと定義される.ここで,C-S-H(Ⅱ)はジェンナイトに類似したもの
表 1 SPC/E モデルの各パラメータ
図 8 SPC/E モデル
(e=1.60219×10-19C)
と定義される.以上,C-S-H と総称される物質は結晶度が低く,離散的な空間並進対称性を
有していない.つまり,結晶構造が一意的に決定することができない.また簡単のため,
非晶質の構造の代表的な一部分を抽出して構築した結晶構造を仮定したとしても,C-S-H に
含まれる分子は多岐にわたっており,本解析においてこれらの分子の相互作用をステップ
毎に計算を行うことによって計算機に与える付加は極めて大きく,この仮定は現在の計算
機の性能を鑑みると現実的ではないと考える.そこで,本研究においては,C-S-H の代わり
に親水性の結晶質である白雲母のポテンシャル関数を用いることとする
14)
.これは,分子
構造が KAl2(AlSi3O10)(OH,F)2 であり,C-S-H と比較してカルシウム化合物が存在しない点を
除き,シリカ,アルミニウム,水酸基が付合している点で類似しているからである.本研
研究報告 1-8
H
ポテンシャルエネルギー(kJ/mol)
30
O
H
20
H
H
O
r
10
0
‐10
0
5E‐10
1E‐09
1.5E‐09
斥力エネルギー
‐20
分散力エネルギー
‐30
静電クーロン力
‐40
総和
‐50
酸素原子間距離(m)
図 9 SPC/E モデルのポテンシャルエネルギー
究では,降伏値,粘性の速度依存性などの物性値の厳密評価ではなく,物理的挙動を把握
のみを対象としているので,本ポテンシャル関数を使用することに問題はないものと考え
られる.
以下にポテンシャル関数を示す.
E wall − water
 σ
=∑
+ 2ε O −W −  O −W
  rO −W
j ≠ i 4πε 0 rij
qi q j
3

σ
 + 3 O −W

 rO −W



9



(4)
水分子同士の場合と同様,クーロンポテンシャルを考慮し,かつ L-J ポテンシャルでは水
分子と壁面のポテンシャルを考慮する.パラメータの具体値は, ε O−W =25.9kJ/mol ,
σ O−W =3.00Å,ならびに qi = q j = e とした 15).
3-2-3 周期境界条件
液体,固体など,現実に存在する物質は,アボガドロ数(1023)のオーダーで構成される巨
大な分子の集合体である.本研究で対象としているナノ=マイクロオーダーの系も分子レベ
ルから観察すると十分に巨大である.これらの系を仮想空間上に再現し,液状水移動現象
を再現するには,前節で述べた時間刻みでかつ,運動方程式をすべての分子同士の組み合
わせの数だけ解く必要があり,現在の電子計算機の性能をもってしても僅か数ステップ進
行させるために途方もない時間を要すると考えられる.そこで,周期境界条件と呼ばれる
近似手法を本研究では用いることとする 10)11).周期境界条件とは,図 10 の中央に,有限の
長さを持った基本セルを設定し,この基本セルと全く相似なセルが 3 次元空間に無限に広
研究報告 1-9
Dummy cell
Dummy cell
Dummy cell
Dummy cell
Main cell
Dummy cell
Dummy cell
Dummy cell
Dummy cell
図 10 周期境界条件
がっているものと仮定する手法である.この境界条件を適用することにより,仮想空間内
の分子数が 100~1000 個程度でアボガドロ数のオーダーの現象や熱力学量を取り扱うことが
可能となる.
3-2-3 非平衡MDと圧力勾配の再現方法
これまで説明した計算手法は平衡系におけるものである.平衡系における分子のふるま
いは以上の設定によってシミュレートできる.ただし本研究で対象としている現象は圧力
勾配下が存在する,つまり空間内に圧力の差が存在し,微視的のみならず巨視的な流れが
存在といった非平衡系における液状水のふるまいである.そこで本節では,圧力勾配の設
定法について説明を行う.
場の圧力は,流動現象における熱力学状態量を決定する限りにおいて意味を持つ指標で
ある.そのため,流動が圧力勾配によるものであるのか,外力によるものであるか区別を
つけることができない.つまり,この事実は境界条件に圧力差を与えることなく,外力を
与えることで圧力勾配を再現することが可能であることを示している 16).
数値計算においては,実際に圧力勾配を再現させて流れを駆動させるよりも,外力を加
えるほうが有利である.これは外力一定である条件下では,系を均質に保つことができる
からである.実際に圧力勾配を再現させると,系は均質性ではなくなる.これは圧縮性流
体における圧力勾配は密度勾配を再現させることに他ならないからである.実世界におけ
る実験においては,密度勾配は極めて小さく,無視できるほど小さい.しかしながら,M
Dにおける局所的なゆらぎ,ばらつきが無視できるほどのスケールには空間スケールに対
研究報告 1-10
して極めて大きい圧力勾配を発生させる必要がある.このような圧力勾配の再現は,極め
て大きな計算空間を確保する必要がある.また,本計算では周期境界条件を適用している
ため,計算セルから仮想セルへ粒子が移動する場合を考えると,系の性質が相当に異なる 2
つの場を粒子が経験することとなり,本手法による圧力勾配が実現象から乖離すると考え
る.この問題を解決するためには,周期境界条件を適用せず,効率的な計算を放棄しなく
てはならない.
以上の議論から,各々の境界において,境界条件として圧力を与えることは,現在の計
算機の能力の観点から不適切であると言える.
そこで,粒子各々について外力を加えることによって圧力勾配を再現することとする.
本手法によって微小空隙内においてポアズイユ流が再現できることが確認されており,問
題は無いものと思われる.
3-2-5 計算条件
本節では,降伏値の検証を行う.検証を行うために設定した計算条件を示す.水分子の
初期位置はコンパイラに組み込まれたランダム関数を用いて空間内に配置する.時間区切
りは 1fs,つまり 1×10-15s とし,空間内にランダムに配置された分子で構成される系を安定
させるために 18000fs を確保した後,系に存在するすべての原子に一方向の外力を加えた.
また,系の始動抵抗の静摩擦的性質を観察する場合,外力を漸増させ,分子が移動を開始
するのに必要な外力の大きさについて検討を行う.また,動摩擦的性質を観察する場合,
分子が移動するに十分な外力を与え,系が安定した後に,外力を漸減させて分子が停止す
るのに必要な外力の検討を行う.図 11 に系に壁面が存在する場合の微小空間を示す.示し
た図は,分子が初期のランダム配置の状態から十分に時間を経過させ,系を安定させた後
の状態を示している.空隙が 10Åである場合,系に存在する分子のほとんどが壁面に吸着
されていることが確認される.両者の系において外力を作用させる場合は,全原子に対し
て y 軸方向に一様に作用させる.
z
x
y
1.0nm
2.0nm
2.0nm
:H atom
:O atom
図 11 微小空隙を模擬した計算空間
研究報告 1-11
3-2-6 始動動水勾配の検証
計算開始から18ps,つまり18×10-12sまでは,分子の初期配置の影響を排除するために外
力を与えない状態を保ち,18ps経過直後から外力Fを作用させ,さらに40ps毎に系の原子に
作用する外力Fを漸増させた.はじめに,10Åの空隙において,図12に40ps毎の増加量を
2×10-12Nとした場合の時刻と外力の関係を示す.外力が系に及ぼす影響を確認するために,
外力変化,温度,総エネルギー,圧力それぞれの時刻変化のグラフを図13,図14,図15,図
16に示す.温度制御を行っているため,与えた外力の大きさによらず,温度は設定値の293K
周辺の値を示している.また,エネルギーの総和,ならびに圧力においてもおおよそ一定
値に保たれていることが確認できる.すなわち,以降に述べる分子の停止あるいは移動は,
系の圧力ならびにエネルギーの変化によるものではないことが示された.
図に増加量2×10-13Nとした場合における平均移動距離を示す.移動距離とは,外力Fが作
用した直前のステップにおける原子の位置の y 座標を基準とした場合,任意の時刻におけ
る原子の y 座標と基準点との距離と定義する.また平均移動距離の平均を,全原子の平均
をとることと定義する.
外力が 10-12N のオーダーでは,時刻と平均移動距離は線形関係にあり,分子は等速直線
運動を行っていることが確認できる.また,外力 F=2×10-13N を基準として 2 倍,3 倍と外
力が増加すると,移動距離もおおよそ 2 倍,3 倍となっている.以上より,外力がこのオー
ダーにある場合は,加圧力と流速が線形関係にあるダルシー性が確認できる.
2×10-12Nから漸増
F=2×10-12
F=4×10-12
F=6×10-12
F=8×10-12 [N]
0.15
0.10
0.05
0.00
0.025
平均移動距離(Å)
平均移動距離(Å)
0.20
F=2×10-13
F=4×10-13
F=6×10-13
F=8×10-13 [N]
0.020
0.015
2×10-13Nから漸増
0.010
0.005
0.000
-0.005
0
10
20
30
40
時刻(ps)
0
10
20
30
時刻(ps)
図 12 10Åの空隙において外力を漸増させた場合の時刻と平均移動距離の関係
研究報告 1-12
40
296
1.0x10-11
温度の設定値
295
8.0x10-12
6.0x10
温度(K)
外力(N)
294
-12
4.0x10-12
293
292
291
2.0x10-12
290
0.0
0
50
100
150
0
200
50
150
200
時刻(ps)
時刻(ps)
図 13 時刻と外力の関係
図 14 温度の推移
-1.6x10-16
1x1010
-1.7x10-16
0
-1.8x10-16
圧力(atm)
エネルギーの総和(KJ/mol)
100
-1.9x10-16
-2.0x10-16
-1x1010
-2x1010
-2.1x10-16
0
50
100
150
200
-3x1010
0
50
100
150
200
時刻(ps)
時刻(ps)
図 15 エネルギーの総和の推移
図 16 圧力の推移
一方で,外力が 10-13N のオーダーにある場合,F=2×10-13N と F=4×10-13N で平均移動距
離に差違が見られず,F=4×10-13N 以上になると初めて外力の増加に伴って平均移動量が増
加することが確認できる.系の流れがダルシー性に従うのであれば,F=2×10-13N と F=4×
10-13N で移動距離に 2 倍の差が確認できるはずである.すなわち,F=2∼3×10-13N 周辺に始
動動水勾配が存在していることを示唆しているものと考えられる.しかしながら,F=4×
10-13N の場合においても僅かながら外力方向に移動が確認でき,この影響がゆらぎの影響に
よるものか,外力によるものかが釈然としない.そこで,明確な始動動水勾配を確認する
ために,1×10-13N 毎に外力を加え,さらに外力の保持時間を 80ps まで増加させた場合にお
ける系の水分子挙動を観察することとする.
研究報告 1-13
F=0
F=1×10-13
F=2×10-13
F=3×10-13
F=4×10-13
F=5×10-13
F=6×10-13
平均移動距離(Å)
0.030
0.025
0.020
0.015
0.010
0.005
0.000
-0.005
0
10
20
30
40
50
60
70
80
時刻(ps)
図 17 10Åの空隙において外力を漸増させた場合の時刻と平均移動距離の関係
図 17 に 1×10-13N 毎に外力を加え,さらに外力の保持時間を 80ps まで増加させた場合にお
ける平均移動距離を示す.F=2×10-13N から F=3×10-13N へ変化する時に明らかな分子の移
動量に変化が確認される.つまり,この外力において,壁面近傍に吸着された水分子が動
き出す外力の閾値がこの値の周辺に存在することが確認された.
3-2-7 停止動水勾配の検証
停止動水勾配の存在を検証するためには,水分子が外力によって移動している状況を実
現した後,外力を漸減させることによって水分子の移動を停止することを確認する必要が
ある.そこで,計算開始から 18ps 経過まで外力を与えないことによって水分子の初期配置
の影響を排除し,その後,系が流動するに十分な外力 F=1.0-12N を 20ps の間与え,その後
80ps 毎に系の原子に作用する外力 F=4×10-13 から 1.0×10-13 毎に漸減させた.計算結果を図
18 に示す.
F=4×10-13 では,23ps 周辺でゆらぎによる平均移動距離の急減がみられるが,急減後,平
均移動距離が増加していることが分かる.また,F=3×10-13,F=2×10-13 と平均移動距離が
ほぼ同じ傾向で推移し,F=1×10-13 でほぼ停止に至ることが確認できる.外力を漸増させ
た場合と比較すると,液状水の始動に要する外力は停止に要する外力の 2 倍である.つま
り,マクロな系で確認される静摩擦と動摩擦の関係を表わす摩擦挙動と,本数値実験にお
けるミクロな系における摩擦挙動が相似であることが定性的に示された.ここに,F=3×
研究報告 1-14
平均移動距離(Å)
0.020
F=4×10-13
F=3×10-13
F=2×10-13
F=1×10-13
F=0
0.015
0.010
0.005
0.000
-0.005
0
10
20
30
40
50
60
70
80
時刻(ps)
図 18 10Åの空隙において外力を漸減させた場合の時刻と平均移動距離の関係
10-13,F=2×10-13 では分子の移動がみられるにもかかわらず,外力の相違による移動距離
の差が確認できない.これは,壁面近傍に吸着している分子は外力によって移動しておら
ず,壁面から比較的距離のある空隙中心のみ移動している状況となっていることが原因で
あると考えられる.壁面近傍に存在する分子は空隙中心にある分子と比較して個数が圧倒
的に多く,空隙中心の分子が外力に応じて移動距離が変化していようとも壁面近傍で止ま
っている分子が多いために平均化すると,移動している分子の影響が極めて小さくなった
ためである.
研究報告 1-15
3-3 飽和透水現象に関するモデルの構築と検証
3-3-1 降伏値モデル
前節において,多孔体における透水現象に,静摩擦的な始動動水勾配と動摩擦的な停止動
水勾配が確認された.既報 A)において,上記の摩擦機構は,微小空隙中の液状水は非ニュ
ートン流体モデルの降伏値を用いて説明可能であることを示した.本節では本現象の数学的
定式化について簡単に述べる.降伏値とは,液体の流動に必要なせん断応力の最小値を指す.
はじめに,定式化について説明する.以下に本モデルの構成則を示す 17).
(τ ≥ τ 0 )
τ − τ 0 = η w γ& γ& = 0 (τ < τ 0 )
(5)
ここに, τ :流体内部に作用するせん断応力, γ& :せん断速度, τ 0 :せん断応力の降伏値
である.
本特性を図化したものを図 19 に示す.せん断応力とせん断速度が線形関係にあるニュー
トン流体に対して,非ニュートン流体に属するビンガム流体モデルは,せん断応力の値が降
伏値以降,徐々にせん断速度が増加するというモデルである.これに対し,本研究では,せ
ん断応力を徐々に増加させ,せん断応力が降伏値を超えた瞬間にニュートン流体と同様な流
動挙動を示す流体モデルを提案する.この一連の挙動を静摩擦的挙動と捉えると,流動後,
圧力を降下させてゆくと突如として流動が停止する動摩擦的挙動は,静摩擦で設定した降伏
値よりも小さい値を設定することで表現可能である.本モデルの特徴として,降伏値周辺に
おける流動挙動の急変が挙げられるが,本挙動は,図 17,図 18 に示す分子動力学法に基づ
く検討において,圧力の漸増において水分子が停止から移動,ならびに漸減において移動か
ら停止に至る各圧力の閾値の前後における,挙動の相違が極めて急であることをおよそ適切
に表現しているモデルであると考えている.本挙動を説明したものを図 20 に示す.透水パ
スは円管と仮定する.円管内の流体内にはせん断応力が分布し,以下の式で表現される.本
式から分かるように,壁面においてせん断応力の最大値を示す.
τ =−
r dp
2 dz
τ wall = −
R dp
2 dz
(6)
(7)
ここに, r :円管の中心からの距離, dp / dz :圧力勾配,τ wall :壁面におけるせん断応力,
R :円管の半径である.
研究報告 1-16
New Model
(yielded stress model )
Newtonian
fluid model
shear velocity
Non Newtonian fluid model
Bingham fluid model
τ0
shear stress
τ
図 19 既往の流体モデルと提案モデル
提案するモデルは簡単のため,壁面におけるせん断応力と降伏値を比較し,せん断応力が
降伏値を超えない場合は管における流体は移動せず,超えた場合,液状水は流動し,下式で
表現されるポアズイユ流れが起こるとする.
πR 4 dp
w=−
8η w dz
(8)
ここに, w :半径が R の管における流量,η w :液状水の粘性である.
ここで,一定の降伏値という条件において,空隙径の相違が流動特性にどのように影響を
及ぼすか検討を行う.一般の水理実験に用いられるスケールにおいて,液状水はニュートン
流体,つまり降伏値を持たず,せん断応力とせん断速度が線形関係を示す特性の扱いで問題
は無く,また壁面の摩擦機構を無視できないような極めて微小な空隙においては前節で述べ
た始動・停止動水勾配の特性を示すこととなり,降伏値が本現象を表現するのに意味を有す
ることとなる.つまり,本降伏値に空隙径に依存したパラメータ設定をすべきか否かを検討
τ wall < τ 0
Hydraulic gradient i =
1 dp
ρg dz
r
u (r ) = 0
τ wall > τ 0
τ wall
Distribution of shear stress
τ wall = −
r dp
と
2 dz
降伏値
τ0
u
τ
との比較
w=−
図 20 降伏値モデルによる流動判定
研究報告 1-17
πr 4 dp
8η w dz
する必要がある.図 21 に空隙が空隙径が 1µm である円管 1 本の場合において降伏値に関す
る感度解析結果を,図 22 に空隙径が 5µm である場合の感度解析結果を示す.
両者ともに,降伏値を増加させることに伴って始動動水勾配が増加する傾向が確認でき
るが,空隙径が大きい 5µm の場合は,1µm と比較して同じ降伏値の場合に着目すると,始
動動水勾配の値が小さくなっている.これは,壁面におけるせん断応力が管径の増加に伴
って大きくなり,1µm の場合よりも設定した降伏値を容易に超えやすいことに起因する.
次に,一般のコンクリートを模擬するため,大小の空隙径の組み合わせた場合における
流動特性を確認する.空隙分布は以下の式で表現されるものとする.
φ (r ) = φ 0 {1 − exp(− Br )}
(9)
ここに, φ (r ) :空隙分布関数, φ 0 :硬化体の総空隙率, B :空隙ピークを表現する定数で
あり,空隙ピーク= 1 B である.
本検討においては, φ 0 = 0.2 , B = 10 つまり空隙ピークが 1µm である場合において,図
6
23 降伏値に関する感度解析結果を示す.降伏値の増加にともない始動動水勾配が増加し,
さらに図 3 で示すように動水勾配-流量関係に非線形性を有する非ダルシー性が本降伏値を
用いることによって再現に至った.
【空隙径 1µm】
2
8.0x10-16
8.0x10-13
1.0
0.5
0.1
4.0x10-16
0.0
0
2000
4000
6000
8000
Rate of mass flow, w (m/s)
τ 0 [N / m ] =
1.2x10-15
Mass flow rate, w (m/s)
【空隙径 5µm】
τ 0 [N / m 2 ] =
6.0x10-13
1.0
4.0x10-13
2.0x10-13
0.1
0.5
0.0
0
2000
4000
6000
8000
Hydraulic gradient, i
Hydraulic gradient, i
図 21 空隙径が 1μmの場合の感度解析
研究報告 1-18
図 22 空隙径が 5μmの場合の感度解析
dV/d log r
Mass flow rate, w (m/s)
2.0x10
1µm
-6
log r
τ 0 [N / m 2 ] =
1.5x10-6
1.0x10-6
0.5
0.1
1.0
5.0x10-7
0.0
0
2000
4000
6000
Hydraulic gradient, i
8000
図 23 空隙ピークが 1μmの空隙分布の場合の感度解析
3-3-2 粘性挙動モデル
式(8)で表現されるポアズイユ流には液状水の粘性のパラメータが存在する.水理実験で
行われるような mm-m スケールの流動には本パラメータは理想状態のものを用いるが,ナ
ノ-マイクロスケールの微小空隙においては壁面からの吸着の影響によって,空隙内の平均
的な粘性は理想状態と比較して増加することが知られている
18)
.そこで本節では,空隙径
ならびに壁面の種類が液状水の粘性に及ぼす影響について検討を行うために,液状水の粘
性挙動に関する要素実験を行った.
試験に使用した機器は,図 24 に示す粘度・粘弾性測定装置 MARSⅡ(英弘精機(株))
である.任意の素材を 2 枚用意し,間隙をつくり,片方のプレートに運動を与えることに
よる間隙中の液状水の挙動から粘性を測定する.本計測は動的試験であり,プレート間に
存在する液状水中に圧力勾配が発生する.そこで本計測を行うことによって降伏値の実験
的検証も同時に行うことが可能であると考えた.つまり,片方のプレートに回転トルクを
与えようとしても,液状水に降伏値が存在するために,プレートが回転しない現象が見ら
プレート
下面
(100×100)
プレート
上面
(φ50)
液体(液状水)
図 24 粘弾性測定装置
図 25 プレートの寸法,設置状況
研究報告 1-19
れ,回転までに必要なトルクの閾値を確認することによって,液状水の降伏値が具体値に
同定可能であると考えた.
図 25 にプレートの設置状況とその寸法を示す.プレートはφ50 の円形と,一辺 100 の正
方形とした.また,プレート表面はダイヤモンドスラリーを用いて最小 1 マイクロメータ
ーの粗さまで研磨を行った.
以下測定方法について示す.用意した 2 枚のプレートの間隔を任意に設定し,その間隙
に液体を注入する.液体の注入後,上面のプレートを任意の速度で回転させることによっ
て下式で表されるトルクが計測される.
2π r p
M =
∫ ∫ rτdrdθ
(10)
0 0
ここに, M :トルク, rp :上面プレートの半径, τ :液体のせん断応力である.
また,上記の液体のせん断応力は以下の式で表される.
τ = ηw
ここに,η w
V
H
(11)
:液体の粘性, V :上面プレート外縁の速度, H :プレート間の距離である.
上記 2 式において,式(10),(11)より,粘性η w 以外のパラメータは既知であることより,本
計測によって粘性を測定することができる.なお,設定したトルクの値に対して回転が得
られない場合,間隙内の液状水の任意の位置におけるせん断応力は降伏値を下回っている
ことを意味し,はじめて回転が得られるトルクの閾値を用いて降伏値の値を算出する.ま
た,設定したプレート間隔は,下限値 0.05mm,上限値は 1mm とした.下限値 0.05mm 以下
である理由として,上下プレート同士の平行度を十分な確保を行ったが,人手によるプレ
ートの研磨では平行度の限界があり,かつ上面の円形プレートと測定器との設置に接着剤
を用いるため,手で塗る際に液剤の塗りむらが発生してしまう.これらの要因のため,総
じて下限値以下ではプレート同士が接触してしまう現象が確認され,この接触による応力
表 2 計測に用いたプレートの種類
Case
Case
上面プレート
上部プレート
下面プレート
下部プレート
SiOSi-Si
2 -SiO2
石英
石英
石英
石英
Ca-Ca
CaCO3-CaCO3
Si-Ca
SiO2-CaCO3
大理石
大理石
石英
石英
大理石
大理石
大理石
大理石
研究報告 1-20
が発生してしまうため,接触しない限界の
2000
H=1mm
上では,液状水が間隙内に止まるために必
要な毛管力が確保できないため,間隙に液
状水が満たされなかったため,1mm を上
限値と設定した.
表 2 に計測に用いたプレートの種類を示
す.コンクリートを構成するセメント硬化
液状水の粘性 (mPa・s)
値が本下限値と設定した.また,上限値以
H=0.5mm
H=0.1mm
H=0.05mm
1000
体は,シリカとカルシウムの化合物から構
0
0.0001 0.001
成される.セメント硬化体壁面近傍におい
て,液状水を構成する水分子やイオンなど
は壁面からの吸着力,すなわちファンデル
0.01
0.1
1
10
上面プレート外縁の速度 (mm/s)
図 26 Case SiO2-SiO2 における速度-粘性関係
ワールス力やクーロン力によって引き寄
8000
H=1mm
当然,その影響は壁面を構成する原子の種
H=0.5mm
類によって異なり,セメント硬化体におい
ては,シリカとカルシウムの構成比率によ
って異なると考えられる.そこで本試験で
は,プレートにシリカ,カルシウムの化合
物から成る素材として,それぞれ石英(Si02),
液状水の粘性 (mPa・s)
せられる,あるいは拘束の影響を受ける.
H=0.1mm
H=0.05mm
4000
大理石(CaCO3)を採用した.各プレートの
0
物質は,セメント硬化体を構成する C-S-H
0.0001 0.001
ゲルとは化学組成が異なるが,シリカとカ
ルシウムを構成する比率によってセメン
てのケースにおいて,上面プレートが与え
るトルクに対して液状水は運動を行った.
つまり,本試験においては降伏値を確認す
10
3000
H=1mm
液状水の粘性 (mPa・s)
図 26,図 27,図 28 に試験結果を示す.全
1
図 27 Case CaCO3-CaCO3 における速度-粘性関係
性の変化の傾向を定性的に知る上では問
行う.
0.1
上面プレート外縁の速度 (mm/s)
ト硬化体中を流れる液状水のみかけの粘
題ないものと見なして試験結果の評価を
0.01
H=0.5mm
H=0.1mm
H=0.05mm
1500
ることができなかった.この理由としては
0
プレートの平行度,ならびに上面プレート
0.0001 0.001
設置にともなう接着剤の塗りむらによっ
て降伏値を確認するのに十分小さい空隙
0.01
0.1
1
10
上面プレート外縁の速度 (mm/s)
図 28 Case SiO2-CaCO3 における速度-粘性関係
研究報告 1-21
が再現できなかったことに起因する.式(3.5)が示すように,空隙が大きくなるにつれて壁
面のせん断応力が大きくなるので,本試験で再現した比較的大きな空隙では回転に機器の
最小の容量を用いたとしても容易に壁面の降伏値を超えてしまったと言える.次に,粘性
についての考察を行う.横軸に上面プレート外縁における回転の速度,縦軸に液体の粘性
を示す.各ケースにおいて,粘性が速度依存性を有しており,1-10mm/s 程度まで回転速度
が増加すると,理想状態における液状水の粘性(1.0mmPa)に近いオーダーまで粘性が収束し
ていることが分かる.また,速度が遅い領域に着目すると,速度が遅くなるにつれて粘性
が指数的に増加し,やがて理想状態の数千倍のオーダーにまで増加することが確認できる.
本特性は鎖状の高分子流体において確認されており,そのメカニズムは分子の配向性によ
って説明がなされている 17). 比較的速度が遅い領域において,鎖状の分子同士が絡み合っ
ているが,速度の増加に伴い分子が流動方向に配向し絡み合いが解消されるために,粘性
が減少するとされている.液状水つまり水分子の場合,分子配置が鎖状にはなっていない
ものの,水分子には極性が存在するために,速度の増加に伴い分子同士が最も安定する配
置に配向するために粘性が減少すると考えられる.
次に,プレート間隔毎に,各プレート種類別の速度-粘性の関係を表わすグラフを図 29,図
30 に示す.上下面石英のプレートを用いたものと上下面大理石のプレートを用いたものを
比較すると,同一速度において粘性は,大理石のプレートのものが大きい値を示す傾向に
あり,上面に石英,下面に大理石を用いたものは上記 2 種の結果のほぼ中間にあると言え,
セメント硬化体の空隙における粘性についても上記 2 種の結果の間に存在すると推察され
る.なお,本試験によって,壁面の材質が液状水の粘性に及ぼす影響が大きいことが確認
された.これは,SoSoro19)による指摘,ならびに岡崎 20)の行った試験によっても示されてい
る.コンクリートにおける透水現象には時間依存性があり,液状水を通水すると透水量が
減少することが確認されているが,これは透水パスにおける水酸化カルシウムの溶脱によ
SiO2-CaCO3
1200
H=1mm
900
CaCO3-CaCO3
600
1mPa・s
300
0 SiO -SiO
2
2
10-2
10-1
100
8000
液状水の粘性(mPa・s)
液状水の粘性(mPa・s)
1500
6000
H=0.05mm
CaCO3-CaCO3
4000
SiO2-CaCO3
2000
101
上面プレート外縁の速度 (mm/s)
1mPa・s
0 SiO2-SiO2
10-3
10-2
10-1
100
上面プレート外縁の速度 (mm/s)
log(V(mm/s))
log(V(mm/s))
図 29 間隙が 1mm の時の粘性挙動
研究報告 1-22
図 30 間隙が 0.05mm の時の粘性挙動
SiO2-CaCO3
0.07
0.06
H=0.05mm
100
0.05
H=0.1mm
10
傾きの逆数
液状水の粘性(mPa・s)
log(ηw(mPa・s))
1000
0.04
y = 0.050x + 0.014
R² = 0.999
0.03
0.02
H=0.5mm
1
10-1
0.01
H=1mm
0
100
log(V/H(1/s))
V/H (1/s)
101
図 31 V/H と粘性に関する両対数グラフ
0
0.2
0.4
0.6
H(mm)
0.8
1
図 32 間隙径と傾きの逆数の関係
るものであるということが,透水に水酸化カルシウム飽和溶液を用いた試験結果で示され
ている.つまり,コンクリート中の極めて微小な空間においても透水パス壁面の材質,鉱
物組成が液状水の粘性に大きな影響を及ぼすことが本知見によっても確認することができ
た.
次に,本試験結果の数理モデル化について検討を行う.例として Case SiO2-CaCO3 の場合
において,横軸の上面プレート外縁の速度をプレート間隔で除し(以下 V/H とする),さら
に縦軸の粘性と横軸の V/H を対数表示したものを図 31 に示す.プレート間隔によらず計測
結果は両対数グラフ上で直線関係を示し,これら 4 本の直線は V/H=0.1(1/s)で焦点を結び,
間隙が小さくなるにつれて傾きが減少し,同一 V/H においては間隙が小さいほど粘性が大
きくなることが確認できる.次に本特性を数学的に記述する.はじめに,間隙の相違が傾
きに与える影響について検討を行う.
図 32 に間隙 H と傾きの逆数の関係を示す.両者には線形関係があることが確認できる.
つまり,直線の傾きは 1/H に比例することが分かった.本関係を数理的に表現すると以下
のようになる.
 a  V 
logη w = logη w0 +   log 
H H
ここに, a :傾きを支配する定数である.
以下の式を整理すると,以下のようになる.
研究報告 1-23
(12)
a
 V H
η w = η w0  
H 
(13)
本式を式(8)のポアズイユ式に代入して流量計算すると,両辺において速度に関連する値が
存在する陰形式となる.そこで,本関係をポアズイユ式に代入するのではなく,ポアズイ
ユ式の導出に用いるコーシーの運動方程式から解くと,以下の式が得られる.
α
1  1  dp  4+ β
w = − π
 −  r
4  2η 0  dz 
(14)
ここに, α :粘性の速度依存性を支配するパラメータ, β :粘性の空隙径依存性を支配す
るパラメータである.
感度解析の結果,αが流量に与える影響よりも降伏値 τ 0 が与える影響が大きいため,本研
究では α = 1 とし,粘性の速度依存性は考慮しないこととする.以上,粘性挙動の数理モデ
ル化に至った.
3-3-3 空隙構造モデル
コンクリート材料および構造物における品質を評価する場合,従来の多くの手法は水セ
メント比,強度等の間接的な指標を用いてきた.これは,水セメント比ならびに強度は空
隙構造と非常に相関が高いことが既往の文献によって示されているからである.しかし,
材料中の物質移動抵抗性等の,コンクリートの材料の品質に直接影響を与える材料パラメ
ーターは空隙構造であり,液状水移動現象を記述するためにはこの指標を知ることが必要
不可欠である.空隙構造を表現する一手法として,ASTM C642-82 に基づく空隙率測定
21)
が挙げられる.ただし,本手法では,多孔体の空隙率,つまり多孔体の全体積に占める空
隙の割合しか求められない.
一方で,水銀圧入法によって計測された空隙分布を用いた多孔体の空隙構造モデルも数多
く提案されている. J.Holly らは,コンクリート内部を再現した仮想空間状に空隙を格子状
に配置することによって,物質移動経路となる管路ネットワークを構築している 22).また,
H.W.Reinhardt らは,管路状の空隙を 2 次元阿弥陀くじ状の並列管路ネットーワークを仮定
し,このネットワークにおける流体の移動特性に電気的な並列回路の電流-電圧計算のアナ
ロジーを見いだすことによって流量計算を行っている
23)
.また,計測された空隙に確率モ
デルを適用した研究も存在する.竹内は,土質地盤において空隙の連結確率を考慮して流
量を計算している
24)
.また,熱力学連成解析システムにおいては,空隙の連結確率の解析
解を算出し,
数値解析に適した以下の簡易的な形式を用いて透水係数を算出している 25)26).
研究報告 1-24
k=
ρφ 2
50η w
(15)
なお本透水係数は,空隙がすべて水分で飽和した状態におけるものを示した.
前節で示した例は,総じて一般の水銀圧入法によって測定されており,計測された空隙
分布はインクボトル空隙の影響を含んでいる.つまり,セメント硬化体中の空隙を正しく
計測できていないため,本手法によって得られた空隙構造を用いたモデルは適切ではない
と考えられる.そこで,インクボトル空隙の影響を排除し,かつ物質移動に関与する連続
性を有する空隙を測定できる手法を適用する必要がある.吉田は水銀圧入法が圧入,減圧
の繰り返し測定が可能であることを利用し,水銀の加圧減圧後の再加圧によって連続空隙
分布を得ることに成功した
27)
.そこで,本研究ではこの連続空隙を空隙構造モデルとして
適用することとする(図 33).
ただし,計算に用いる空隙構造はラプラス式に基づいて空隙分布を算出しており,真の
連続空隙分布を把握しているか否かは問題としていない.得られた空隙構造はコンクリー
トの性能を理解するための基礎情報として位置づけており,以下検討する降伏値などの各
パラメータの具体値も,仮定した空隙分布にのみ適用可能であるということを付記してお
く.
次に,空隙分布の近似関数の設定について検討する.仮定した連続空隙分布は,各圧力
条件下における水銀の圧入量を計測したものであり,不連続関数である.流量の計算では
解析解を得ることもしくは適切なメッシュ区切りを用いて数値計算を行うことが必要とな
るが,仮定する空隙分布は,連続性を有し簡潔に表現されることが必要である.これは,
不連続関数のままでは,解析解を得るのが困難であるからである.また,数値計算におい
ては,連続関数を用いることによって解析的に得られた流量の式が,陽な形式で表現され
れば,大幅な計算時間の削減に繋がるからである.
以上の観点から,下村の研究 28)を参考に,連続空隙分布が Raleigh-Ritz 分布で表されるも
のと仮定して,式(9)で表現した.
以上,硬化体試料から微視的なセメント硬化体の連続空隙についての情報を得ることが
できた.次に得られた連続空隙分布の,巨視的な空隙構造への適用について考える.物質
移動は図の長手方向を通過する一次元流である場合,以下の仮定を設ける.
1) 水銀圧入法によって得られた連続空隙分布は,骨材ならびに骨材周りの遷移帯を考慮し
ない.
2) 区間内の空隙は単管の集合体であり,すべて直管である.すなわち,屈曲,収斂の影響
を加味しない.
3) 同一区間内は液状水の流動方向に等方かつ均質であり,空隙分布は同一であるとするが,
研究報告 1-25
図 33 水銀圧入法によって得られた連続空隙分布と近似曲線
浸潤方向に垂直な方向の空隙ならびに液状水の流動は,浸潤方向の流動に何ら影響を及
ぼさない.
以上の仮定を設け,圧力勾配が存在する場合の飽和流動現象について検討を行う.
3-3-4 提案モデルの検証
以上,微小空隙を有する飽和多孔体における液状水挙動モデルとして,降伏値モデル,液
状水の粘性挙動モデル,ならびに連続空隙構造モデルを組み合わせたモデルの提案を行っ
た.本節では骨材の影響を含まないセメントペースト供試体,ならびに比較的骨材量の少
ないコンクリート供試体を対象として,本提案モデルの妥当性の検証を行う.
なお,解析に用いたパラメータは以下のとおりである.なお,これらの値は得られた実
験値に対する感度解析によって同定されたものである.
降伏値モデルのパラメータ:
τ 0 = 10 N / m 2 (降圧過程,停止動水勾配を表現)
τ 0 = 20 N / m 2 (昇圧過程,始動動水勾配を表現)
粘性挙動モデルのパラメータ:
α =1
β = 0.49
研究報告 1-26
6.0x10-8
Mass flow rate, w (m/s)
Mass flow rate, w (m/s)
1.2x10-6
Cal
-7
8.0x10
Exp
降圧
4.0x10-7
昇圧
0.0
0
1000
2000
Hydraulic gradient, i
4.0x10-8
降圧
2.0x10-8
昇圧
0.0
3000
0
1000
2000
Hydraulic gradient, i
3000
図 34 W/C=45%気中養生を施したセメント
図 35 W/C=45%封緘養生をを施したセメント
ペースト供試体における実験値と計算値
ペースト供試体における実験値と計算値
表 3 コンクリート供試体の配合
W/C
(%)
単位量(kg/m3)
養生方法
W
C
S
G
45
180
300
816
984
気中28日
60
184
409
770
928
気中28日
1.0x10-6
Mass flow rate, w (m/s)
Mass flow rate, w (m/s)
1.5x10-5
Cal
1.0x10
-5
5.0x10
-6
Exp
降圧
昇圧
0.0
0
2000 4000 6000
Hydraulic gradient, i
8.0x10-7
Cal
Exp
-7
6.0x10
4.0x10-7
降圧
昇圧
-7
2.0x10
8000
0.0
0
2000 4000 6000
Hydraulic gradient, i
図 36 W/C=65%気中養生を施したコンク
図 37
リート供試体における実験値と計算値
リート供試体における実験値と計算値
研究報告 1-27
8000
W/C=45%気中養生を施したコンク
図 34 に W/C=45%で気中養生を施したセメントペースト供試体における実験値と計算値
を,図 35 に W/C=45%で封緘養生を施した供試体における実験値と計算値を示す.降圧過
程においては,透水パスは動摩擦的に停止し,昇圧過程においては透水パスは静摩擦的に
始動するので,両者の圧力過程に乖離が見られる.降伏値パラメータを両者で差を持たせ
ることによって本傾向の再現に至り,かつ粘性の空隙依存モデルを用いることによって流
量もおおよそ実験値の再現に至った.
また,図 36 に W/C=65%で気中養生を施したコンクリート供試体における実験値と計算
値を,図 37 に W/C=65%で気中養生を施したコンクリート供試体における実験値と計算値
を,配合表を表 3 に示す.本ケースもセメントペースト同様に良好な再現に至った.なお,
本検討は比較的骨材量の少ない場合におけるものであり,遷移帯の連結の影響は無視でき
たために再現に至ったものと考えられる.骨材量が増加すると遷移帯の連結確率の増加に
よって透水量の増加が確認されている.これらの影響度の定式化については今後の課題と
する.
3-4 不飽和透水現象に関するモデルの構築と検証
3-4-1 気相の影響を考慮した気液二相システム
土質工学ならびにコンクリート工学の分野において,不飽和多孔体における液状水浸潤
現象は,液状水移動則にダルシー則を基礎とし,計算は差分法や有限要素法に基づいて行
われているが,空気の流動については考慮されていない
いる研究は,鉛直浸透を対象とした佐藤らの研究
29)
.気相の流動の影響を考慮して
30)
,2 相流解析を用いた高木らの研究 31),
ならびに水平方向の数値解析を行った齋藤らの研究
32)
が挙げられる.いずれも空気が封入
された閉空間に液状水が浸潤すると,内部の気圧が高まることによって液状水と空気が釣
合い,液状水の浸潤が著しく押さえられるという研究である.
コンクリートを対象として気相の影響,つまり大気との境界面が開封か封緘かであるコ
ンクリートの境界条件が物質移動抵抗性に及ぼす影響について検討された研究は極めて少
ない.その中で恩田が行った実験を挙げる 33).恩田は W/C ならびに養生が毛管力による液
状水浸潤現象に与える影響について検討を行った.試験に用いたシリンダーの打設面以外
をエポキシ樹脂によって封緘を行ったのち,水中に浸漬させたところ,すべての供試体に
おいて液状水の浸潤が数 mm に押さえられていることが確認された.なお,この供試体と
同一の供試体で,シリンダーの打設面と底面のみ開封し,側面にアルミテープを貼付した
ものを用いて,底面のみ液状水を与え,打設面は大気に接するという境界条件では,液状
水は数 cm の浸潤が確認できている.液状水が浸潤しなかった原因として,浸潤面以外をエ
ポキシ樹脂で封緘したために,浸潤面コンクリート中の空気の逃げ場が無くなり,コンク
リート自身の緻密な空隙構造によって液状水の浸潤に抵抗すると同時に,逃げ場のない空
気も液状水の浸潤に抵抗していたものと考えられる.
また,東京大学コンクリート研究室において開発された物質・エネルギーの生成移動に
研究報告 1-28
関する連成解析システム(コード名 DuCOM)は
34)35)36)
,丸山らによる CCBM37)38),木全らに
よる研究 39)は,数値解析における構成則に気相の影響を考慮している.ただし,これらは,
多孔体中の気相に対して空気の圧力は一定かつ大気圧と等しく,その質量が液相と比べて
無視できるという仮定を設けており,考慮しているのは水蒸気移動のみである.たとえ,
通常起こりうる空気の対流がコンクリート表面に生じたとしても,ごく表面でそのエネル
ギーが消失してしまう上,コンクリート中の気体は,狭く複雑に交錯し屈曲した細孔組織
中を移動するため,気体の移動が極めて困難である.つまり,コンクリート内の気相の圧
力は空気の対流程度では影響を受ける事はない
28)
.これに加え,コンクリート内の気相は
境界面の大気と連続空隙を介して繋がっているため,気相は常に大気圧と等しいとの仮定
は,解析空間におけるコンクリートの境界が大気と接している条件下に限り,妥当である
と考えられる.ただし,放射性廃棄物処分技術調査処分場における大型透水試験体に対す
る物質・エネルギーの生成移動に関する連成解析システムの適用に関する検討において 40),
注水面を水圧=0.25MPa,排水面を封緘状態とした場合における 1 次元解析結果を示す図 1
では,解析空間上で 100 年経過後にコンクリート中の空隙はすべて液状水で飽和する結果
となり,一次元解析にもかかわらず気体の存在が消失している.実空間では液状水の浸潤
に対して排出側が封緘であるために逃げ道のない気体が,自身の体積を収縮させつつもボ
イルの法則に従って自身の圧力を高めて液状水の侵入を抵抗することによって,気体が液
状水に溶存しない限りは,排出側が開放状態である場合よりも浸潤位置が著しく注入側に
押さえられることが期待できる.しかし本解析では,気体の圧力を大気圧に等しいと仮定
しているために,液状水の浸潤位置によらず一定の圧力によって抵抗するために,大気圧
よりも大きな注入圧が加わった場合は解析結果のようにコンクリートの空隙がすべて飽和
するものと考えられる.また,解析上において液状水が大気圧と釣り合っていた場合も考
えられる.この場合は,気液界面において気相における水蒸気の密度差を駆動力とした水
蒸気移動が卓越し,空間内が飽和してしまったと考えられる.しかし,この点においても
実空間では,空気の質量が保存されているために,排出面が封緘である場合,水蒸気は乾
燥空気との置換が起こらない限り水蒸気移動が卓越することは無いと考えられる.以上を
考慮して,気相の圧力ならびにそれが液状水移動に影響及ぼす現象を考慮した解析モデル
を構築することとする.
研究報告 1-29
図 38 排水面を封緘状態とした場合における 1 次元解析結果 41)
本研究では,気相と液相の相互作用を考慮した液状水移動モデルの構築を行う.Meiri42),
Hoeg43),Tsakiroglou44)は土中の気相と液相それぞれの質量保存則を立て,毛管力が気相と液
相の差で表現される式ならびに空間内は液状水と気体のみで構成される体積保存式を拘束
条件として気液の各運動を連立させた.また,本モデルに基づいて,齋藤らは空気の圧縮
を考慮した基礎式を提案した.本研究では,齋藤らの提案するモデルを基礎式として,空
隙構造モデルならびに水蒸気移動モデルを組み入れた解析コードへの高度化を行う.
はじめに,本解析モデルのフレームについて説明する.本解析空間上はコンクリートの
み存在し,コンクリート中の空隙を占有するのは液状水と空気の 2 相のみであると仮定す
る.またその空気は水蒸気と乾燥空気の 2 相で構成されるものとする.本解析では,はじ
めに水蒸気と乾燥空気両者を含む空気と,液状水の気液 2 相流体の相互作用を解く.空間
内の液状水量はこの計算によって決定される.空間内の水蒸気量は,先程の計算によって
移動する空気に乗って変化する移流に加え,前ステップでの空間内における水蒸気密度差
を勾配とした拡散によって移動する量を加算することによって水蒸気量を計算する.この
計算を毎ステップ繰り返すことによって,時々刻々と変動する空間内の物質占有度の計算
を行う.
以下,具体的な計算方法について数式を用いて説明を行う.なお,本解析は一次元水平
方向の流体モデルを対象としているため,液状水ならびに空気に及ぼす重力の影響は考え
ない.
研究報告 1-30
3-4-2 質量保存則と運動方程式
はじめに,コンクリート中に存在する物質の質量保存則を規定する.コンクリート中を
流れる流体(液状水,気体(水蒸気+乾燥空気))の質量保存則は以下のように表されると
する.
∂ (φ 0 S w ρ w ) ∂
(ρ w q w ) = 0
+
∂t
∂xi
∂ (φ 0 S g ρ g )
∂t
+
∂
(ρ g q g ) = 0
∂xi
(16)
(17)
ここに,φ 0 :多孔体の空隙率,S w :液状水の飽和度,S g :気体の飽和度,ρ w :液状水の密度,
ρ g :気体の密度, q w :液状水の流速成分, q g :気体の流速成分, t :時刻である.
本保存則は,空間内の質量の時間変化量は,空間内の流入-流出量に等しいという関係を
表現している.コンクリートに質量保存則を適用する場合,質量の消失・生成項を付加さ
せる必要がある.これは,コンクリート中における液状水の場合,セメントの水和に水分
が消費されるゆえ,この消費分を質量の収支に考慮する必要があるからである.本研究で
は,コンクリートは水和が十分に完了しているのに十分な期間が経過しているものを対象
とし,コンクリート中に未水和分が残存していてもその量はすでに硬化した水和物量と比
較して極めて微量であり,これらが水和しようと消費される液状水量は無視できるという
条件を,本解析では前提としている.
また,コンクリートの空隙中は液状水と空気のみ存在し,それ以外の流体は存在しない
ので,各流体の飽和度は独立ではなく,以下の拘束条件を有する.
Sw + Sg = 1
(18)
次に,流速成分についての検討を行う.流速成分は運動方程式に基づき以下の式で表現さ
れる.
qw = −
K w ∂p w
η w ∂x
(19)
qg = −
K g ∂p g
η g ∂x
(20)
研究報告 1-31
ここに,
K w :液状水の移動係数で,液状水の飽和度と圧力に依存する関数,K g :気体の移動係数で,
空気の飽和度と圧力に依存する関数,η w :液状水の粘性,η g :液状水の粘性, p w :液状水
の圧力, p g :液状水の圧力,である.
式
より,液状水および空気は以下のように表される.
φ0
∂S w
∂  K ∂P 
=  w w 
∂x  η w ∂x 
∂t
(21)
φ0
∂
(ρ g S g ) = ∂  ρ a K g ∂Pg 
∂x  η w ∂x 
∂t
(22)
空気は圧縮性を考慮するので,密度 ρ a は絶対温度 T と圧力 Pa を用いて以下のように表現
される.
ρg =
Pg
(23)
RT
ここに,
飽和度 S w は毛管力 Pc の関数であることを考慮し,空気の圧縮性を考慮すると式(5.8),式
(5.9)は式(5.18),式(5.19)のように変形され,本式群を基礎方程式とする.
 ∂Pg ∂Pw  ∂  K w ∂Pw 
 = 

−
t
t
x
x
∂
∂
∂
∂
ρ
η
 w w



φ 0 C 

φ 0 (1 − S w ) B −

ここに, B =
d
dPg
 1

β
 g
(24)
C  ∂Pg
C ∂Pw
∂  K g ∂Pg 
+ φ0
= 

β a  ∂t
β a ∂t
∂x  ρ gη g ∂x 
(25)

 , C = dS w ,( β g :気相の体積と標準状態の気相の体積の比)

dPc

である.
解法は,基礎方程式内で
∂Pg
∂Pw
,
を変数とした連立方程式を解くことによって各相の時
∂t
∂t
研究報告 1-32
間増分を得,次ステップの各相の圧力を得る.式(5.16)によって毛管力と各相の圧力が関連
づけられているので,毛管力が得られる.毛管力と飽和度も関連付けを行うことによって
次ステップの飽和度を得ることができる.
次に,空気と液状水のの移動係数についての検討を行う.不飽和状態における細孔空隙中
の液状水ならびに空気は,各々の流体の圧力差を駆動力として移動を行う.その移動量は
式
に規定される移動係数に支配されている.液状水によって飽和している半径 r の円管に
おいて,圧力勾配が存在する場合,以下の速度則式が成立する.
r2
vw (r ) = −
grad ( pw )
8η w
(26)
ここに,
vw (r ) :半径 r における流速
である.
また,ならびに空隙分布を規定する関数の微小区間における流束は以下のように表現でき
る.
d
dφ (r )
J w (r ) = − ρ w
v w (r )
dr
dr
dφ (r ) r 2
= ρw
grad ( p w )
dr 8η w
(27)
ここに,
J w (r ) :半径 r における液状水の質量流速
である.
式(5.29)を全ての空隙径に渡って全てを足し合わせることによって流束の式が得られる.
rs
d

J w = ∫  J w (r )dr
dr

0
 dφ (r ) r 2 
= ∫ ρ w
dr × grad ( p w )
dr 8η w 
0
rs
J w :液状水の質量流速
である.
また,液状水の質量流速と流速は以下の関係を有する.
研究報告 1-33
(28)
J w = ρ w qw
(29)
式(5.30)と式(5.31)より,液状水の流速は以下の表現できる.
 dφ (r ) r 2 
qw = ∫ 
dr × grad ( p w )
dr 8η w 
0
rs
(30)
ここに, rs :液状水が存在できる最大半径である.
以上,式(5.4)と比較して,液状水の移動係数は,以下のように表現できる.
 dφ (r ) r 2 
K w = ∫ 
dr
dr 8η w 
0
rs
(31)
同様に,気体の移動係数は,以下のように表現できる.
 dφ (r ) r 2 
K g = ∫ 
dr
rs 
 dr 8η g 
∞
(32)
ここに,η g :乾燥空気の粘性である.
以上規定した移動係数は,ハーゲンポアズイユ流理論に基づく流速によって算出された式
である.前節で提案した非ニュートン流体力学に基づく液状水移動モデルの,不飽和コンク
リートへの適用については,後の節で述べることとする.
3-4-3 水蒸気移動則
前節では,水蒸気を含む気体の圧力と,液状水の圧力を算出する基礎方程式群の算出な
らびに,各飽和度とこれらの圧力の算出方法について述べた.気相には乾燥空気と水蒸気
で構成される.本節では空気に含まれる水蒸気と乾燥空気の挙動を検討する.水蒸気と乾
燥空気の体積変化ならびに質量変化などを評価するためには,空気に含まれる気体の各状
態量を規定する必要がある.前節の検討によって各ステップの空気の圧力が算出される.
空気は水蒸気と乾燥空気から構成されると仮定しているので,各分圧は水蒸気と乾燥空気
のかく密度に比例して,分配される.また,各気体は厳密に状態方程式に従うので,分圧
が算出されると,各状態量を把握することができる.水蒸気圧は気液界面における熱力学
的平衡の条件を表現する Kelvin 式によって以下の関係が成立している.
研究報告 1-34
ln
pv
2γM w 1
=−
pv0
RTρ L rs
(33)
ここに, pV :水蒸気の分圧, pV 0 :飽和水蒸気圧, M w :水の分子量, R :気体定数, T :
絶対温度である.本(33)式によって,各ステップにおける水蒸気圧は以下のように表現され
る.
 2γM w 1 

p v = p v 0 exp −
 RTρ L rs 
(34)
水蒸気移動フラックスは,以下の式で表現されるように,水蒸気圧勾配に比例係数を乗ず
ることで算出できるものとする.
J v = K v grad ( p v )
(35)
なお,本研究では比例係数は一定とする.水蒸気移動による液状水飽和度の増加分を枚ス
テップ毎に計算する.
3-4-4 提案モデルの適用
これまでは,既往のモデルに乾燥空気の影響を考慮したものであった.以下,液相に降
伏値モデルならびに粘性挙動モデルの適用手法について説明する.はじめに,液状水の降
伏値の適用について検討を行う.
半径 r の円管が液状水で飽和している場合,壁面に働くせん断応力は以下の式で表される.
τ = − grad ( p w )
r
2
(36)
ここに, τ :壁面に働くせん断力である.
3 章で提案したモデルでは,壁面に働くせん断力 τ がせん断降伏値 τ 0 を上回らないと流
動しないというモデルを構築し,非ダルシー性の表現に成功した.気相の影響を考慮する
本解析においても同様の特性を有するとして,半径 r の円管内の液状水が流動する条件は以
下の式で表現される.
τ >τ0
また, τ = τ 0 となる空隙半径を r0 とすると,以下の式で表現できる.
研究報告 1-35
(37)
r0 = −
式
と式
2τ 0
grad ( p w )
(38)
壁面に働くせん断力 τ がせん断降伏値 τ 0 を上回らないと流動しないという現
象は,半径が r0 以下の半径では流動が起こらないと換言することができる.つまり,液状
水は,空隙半径が r0 から rs までに存在する影響水のみが移動できることになる.本現象を
液状水の移動係数として表現すると,以下の式となる.
s
 dφ (r ) r 2 
K w = ∫ 
dr
dr 8η w 
r0 
r
(39)
降伏値の概念の適用に関する検討は以上である.次に透水現象を支配する液状水の粘性
の速度依存モデルならびに空隙径依存モデルについて検討を行う.速度依存性については,
飽和透水現象に対する検討同様に考慮せず,空隙依存性のみ考慮することとする.本特性
ならびに降伏値モデルを考慮した透水係数は以下のように表現される.
 dφ (r ) r 2+ β 
K w = ∫ 
dr
dr 8η w 
r0 
rs
(40)
ここに, β :粘性の空隙依存性を支配するパラメータである.
3-4-5 提案モデルの検証
以上,不飽和コンクリート中の水分移動ならびに気体移動を支配する現象の定式化が完
了した.本節では,電子計算機で計算可能となるために必要な離散化手法について述べる.
計算領域は一次元とし,時間に関する離散化には,前進差分を,座標に関する離散化には,
中心差分を用いることとする.
解析対象は,図 1 に示す大型供試体における透水試験である.なお,解析対象とした流
れはにおける流れは一次元方向への流動であり,液状水は流動→停止の挙動のみである.
以下設定条件を挙げる.供試体厚:1m,コンクリートの空隙構造は本供試体の採取コアの
空隙を参考とした.
初期条件として,全区間飽和度=90%とするが,排出側の飽和度は内部よりも低いことが
予想され,飽和度の急変部が存在する場合の数値発散を回避するために,排出側から 0.1m
の区間は飽和度 90%から排出側の飽和度まで漸次飽和度を段階的に減少させた.
境界条件としては,注入側を水分飽和度 100%,水圧 0.25MPa,気相の圧力を水圧と等し
研究報告 1-36
い 0.25MPa とした.また,排出側は,相対湿度 70%とした場合において,計算されるコン
クリート中の飽和度の値を採用した.はじめに降伏値モデルを用いずに,粘性の空隙径依
存モデルのみを用いた場合の 5.5 年後の結果を図 39 に,1000 年後までの計算結果を図 40
示す.なお,実験結果については大型供試体中段コアの水分飽和度の結果を参考にした.
計算の結果,5.5 年後の結果は実験値を過大評価していることが確認できる.なお,排出側
は計算開始から実験値におよそ近い値を与えており,当然ながら計算値は実験値を精緻に
表現されている.また,1000 年後までの計算結果においては,100 年経過時に注水から排
出面からの水分逸散が平衡状態に達していることから,この状況では排水面から水分が液
Saturation of water
1.0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.0
Cal(5.5years)
Exp(5.5years)
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Position (m)
Saturation of water
図 39 降伏値モデルを用いた場合の 5.5 年後における解析結果と実験値
1.0
0.9
0.8
10years
5.5years
0.7 1year
0.6
0.0
0.2
0.4
100years
1000years
0.6
0.8
Position (m)
図 40
降伏値モデルを用いない場合の 1000 年後までの解析結果
研究報告 1-37
1.0
状水として流出することはないものと考えられる.ただし,図 2 で示す採取コアの観察結
果のように液状水の停止に至ったという結果は得られていない.
次に,降伏値モデルを用いた場合における 5.5 年後の計算結果を図 41 に,1000 年後まで
の計算結果を図 42 に示す.5.5 年において計算値は実験値を若干過大評価するものの,1000
年後までの計算結果において液状水は 10 年後におおよそ停止に至ることが確認された.本
結果により,コンクリート中の水分移動解析には粘性の挙動のみならず降伏値モデル,す
なわち始動・停止動水勾配を用いることによってコンクリート中の液状水挙動の再現に至
るものと考えられる.
Saturation of water
1.0
0.9
0.8
Cal(5.5years)
Exp(5.5years)
0.7
0.6
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Position (m)
図 41 降伏値モデルを用いない場合の 5.5 年後における解析結果と実験値
Saturation of water
1.0
0.9
5.5years
10years
0.8 1year
100years
1000years
0.7
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Position (m)
図 42
降伏値モデルを用いた場合の 1000 年後までの解析結果
研究報告 1-38
ただし,5.5 年後において若干液状水飽和度を過大評価することが確認された.これは,本
大型供試体に用いられたセメント(低熱ポルトランドセメント)と,飽和透水試験において各
種パラメータの同定に使用したセメント(普通ポルトランドセメント)の種類が相違してい
ることに起因していると考えられる.レオメータを用いた試験により,使用プレートの材
質が粘性に及ぼす影響が異なることを確認した.低熱ポルトランドセメントは普通ポルト
ランドセメントと比較してビーライトが多量に含まれているため,鉱物組成が両者で相違
しているため,液状水の挙動も異なるものと考えられる.そこで,採取コアについて飽和
透水試験を行い,以下のようにパラメータを修正した.また,図 43 にパラメータ修正前,
修正後それぞれの飽和透水試験結果を示す.
降伏値モデルのパラメータ:
τ 0 = 10 N / m 2 (降圧過程,停止動水勾配を表現) → τ 0 = 15 N / m 2
τ 0 = 20 N / m 2 (昇圧過程,始動動水勾配を表現) → τ 0 = 40 N / m 2
粘性挙動モデルのパラメータ:
α =1 → α =1
β = 0.49 → β = 0.41
なお,図 44 にセメントの Ca/Si 比で各種パラメータの値を整理したグラフを示す.2 点のみ
で直線回帰を行ったものではあるが,図中の関係式を用いることによって,任意の Ca/Si の
セメントに対するパラメータの外挿が可能である.以上のパラメータを用いて再び不飽和
コンクリートの計算を行った.5.5 年後の計算結果を図 45 に,1000 年後までの計算結果を
図 46 に示す.
5.0x10
修正前
-7
4.0x10-7
3.0x10
-7
2.0x10-7
1.0x10-7
0.0
0
2000
4000
Hydraulic gradient, i
修正後
6.0x10-7
Mass flow rate, w (m/s)
Mass flow rate, w (m/s)
6.0x10-7
β=0.41
5.0x10-7
4.0x10-7
降圧
τ 0 = 15[N m 2 ]
3.0x10
-7
2.0x10-7
昇圧
τ 0 = 40 N m 2
1.0x10-7
6000
0.0
[
0
2000
4000
Hydraulic gradient, i
図 43 パラメータ修正前と修正後の飽和透水試験の解析結果
研究報告 1-39
]
6000
0.5
0.48
y = 0.135x + 0.081
β
0.46
0.44
0.42
0.4
2.2
2.7
3.2
Ca/Si
図 44 Ca/Si 比と各種液状水挙動パラメータの関係
Saturation of water
1.0
0.9
0.8
Cal by previous model
0.7
Cal(5.5years)
Exp(5.5years)
0.6
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Position (m)
Saturation of water
1.0
図 45 修正パラメータを用いた場合における 5.5 年後の解析結果
0.9
0.8
100years
10years
5.5years
0.7 1year
1000years
0.6
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Position (m)
図 46 修正パラメータを用いた場合における 1000 年後までの解析結果
研究報告 1-40
5.5 年後において計算結果を精緻に表現することができ,かつ 1000 年後まで水分飽和度変
化はほとんど変化しないことが確認され,緻密なコンクリートの遮蔽性能を適切に評価す
ることが可能となった.
3-4-6 実際の供用状態を模擬した場合の解析
実際の供用状態は,コンクリートの施設内に廃棄物パッケージ,ならびに充填モルタル
で充満されている.つまり,内部に封入された空気の逃げ場はなく,計算条件においては,
排出側を封緘状態にある場合が実際の供用状態を模擬した場合を模擬しているものと考え
られる.ただし,既往の計算結果では気相における乾燥空気分圧を考慮していないために,
図 38 のように気相が消失してしまうという結果となる.本研究が提案する解析では気相の
分圧を考慮しており,その計算結果を図 47 に示す.空気が封緘されることにより,液状水
の浸潤に伴う空気の圧縮によって気圧が高められ,液状水ならびに水蒸気による水分浸潤
を著しく押さえられていることが確認される.以上より,気相における乾燥空気の分圧を
考慮することによって,適切に液状水の浸潤現象の再現に至った.
Saturation of water
1.0
0.9
0.8
10years
5.5years
1000years
1year
100years
0.7
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
Position (m)
図 47 排出側を封緘にした場合の計算結果
研究報告 1-41
1.0
4.まとめ
アウトプット法に基づく透水試験によって,微小空隙中の液状水挙動に,始動動水勾配
の静摩擦的特性,停止動水勾配の動摩擦的特性が示唆された.そこで本特性を分子動力学
法に基づくシミュレーションによって確認した.
次に,飽和透水現象の再現を目的として,液状水挙動モデルならびに空隙構造モデルを
立脚した.液状水挙動モデルは 2 種からなり,一方は降伏値モデルであり,もう一方は粘
性挙動モデルである.降伏値モデルは非ニュートン流体モデルにおける降伏値を用いるも
のであり,本モデルを液状水に適用することによって始動動水勾配の静摩擦的特性,停止
動水勾配の動摩擦的特性の再現に至った.また,粘性挙動モデルについては,レオメータ
による粘性測定結果に基づき,粘性の速度依存性と空隙径依存性の確認に至った.本研究
では解析結果に対する寄与度から粘性の空隙径依存性のみに着目し,定式化を行った.ま
た,空隙構造モデルにおいては水銀圧入法によって得られた連続空隙を用いることとした.
以上のモデルより,飽和透水現象の再現に至った.
次に気相の影響を考慮することにより,不飽和透水現象について検討を行った.液相と
気相の質量保存則,ならびに運動方程式を立脚し,液相に飽和透水現象において提案した
モデルを組み込むことによって,大型供試体の水分飽和度分布の精緻な再現に至った.
研究報告 1-42
5.参考文献
1) 藤原愛ほか:中空円筒形RC構造物の水密性評価(その1)−加圧注水実験による平均透
水性評価−,土木学会第 59 回年次学術講演会,CS1-030,pp.59-60 (2004)
2) 藤原愛ほか:中空円筒形RC構造物の水密性評価(その2)−採取コアの透水試験による
複合透水性評価−,土木学会第 59 回年次学術講演会,CS1-030,pp.59-60 (2004)
3) 辻幸和ほか:コンクリート構造物の難透水性評価,技報堂出版 (2004)
4) 平成 14 年度低レベル放射性廃棄物処分技術調査処分高度化システム確証試験報告書:財
団法人原子力環境整備推進・資金管理センター,pp.I-52-I-63 (2003)
5) K.Maekawa, R.Chaube and T.Kishi: Modelling of concrete performance,E&FN SPON (1999)
6) S.Hansbo: Consolidation of clay, with special reference to the influence of vertical sand
drains,Proc.18, Swedish Geotech.Inst (1960)
7) J.K.Mitchell and J.S.Younger: Abnormalities in hydraulic flow through fine-grained soils, ASTM
Spec,STP 417,pp.106∼139 (1967)
8) 佐藤邦明・室田明:吸着効果を受ける微速浸透流に関する実験的研究,土木学会論文報
告集,第 195 号 (1971)
9) 平成 17 年度研究成果報告書:財団法人原子力環境整備推進・資金管理センター,
10) 上田顯:分子シミュレーション-古典系から量子系手法まで-,裳華房,2003
11) 岡崎進:コンピュータシミュレーションの基礎,化学同人,2000
12) Berendsen,H.D.C,Gringera,J.R and Straatsma,T.P.:The missing term in effective pair potentials,
Journal of Physical Chemistry,91,pp.6269-6271
13) H.F.W.Taylor:Proposed structure for calcium silicate hydrate gel,American Ceramic Society,
Vol.69,No.6,pp464-467,1986
14) Pertsin A,Grunze M.:Computer simulation of water in asymmetric slit-like nanopores,journal
of physical chemistiry B,108,16533-16539
15) Shingo Asamoto : Enhanced multi-scale constitutive model of solidifying cementitious
composites and application to cracking assessment of concrete structures,東京大学博士論文,
2006
16)
B. D. Todd,Denis J. Evans,Peter J. Daivis:Pressure tensor for inhomogeneous fluids,
Physical Review,E 52, pp1627-1638,1995
17)中村喜代次:非ニュートン流体力学,コロナ社,1997
18) 佐藤邦明:低レイノルズ数浸透流における吸着水の影響について,土木学会論文報告集,
第 187 号,pp67-77,1971
19)
Massimo Sosoro:Transport of organic fluids through concrete,Material and Structures,Vol.31,
pp162-169,1998
20) 岡崎慎一郎:水酸化カルシウム飽和溶液を用いた透水特性,セメント技術大会
研究報告 1-43
21) Annual book of ASTM standards Volume 04.01,1985
22) J.Holly D.Hampton,Michael D.A. Thomas:Modeling relationships between permeability and
cement paste pore microstructures,Cement and Concrete Research,Vol.23,pp1317-1330,
1993
23) H.W.Reinhardt,K.Gaber:From pore size distribution to an equivalent pore size of cement
mortar,Material and Structures,Vol.23,pp3-15,1990
24) 竹内等:確率モデルによる多孔体内の流れのシミュレーション,土木学会論文報告集,
第 187 号,pp79-93,1971
25) Koichi Maekawa,Rajesh Chaube,Toshiharu Kishi:MODELLING OF CONCRETE
PERFORMANCE,E&FN,1999
26) 前川宏一,岸利治,Chaube,R.P,石田哲也:セメントの水和発熱・水分移動・細孔構
造形成の相互連関に関するシステムダイナミックス,セメントコンクリートンの反応
モデル解析に関するシンポジウム論文集,日本コンクリート工学会,pp45-52,1995
27)
吉田亮,岸利治:水銀圧入仮定における内部空気泡の関与と水銀圧入の有効圧力範囲
に関する研究,セメント・コンクリート論文集,No.60,pp68-75,2006
28) 細孔容積分布密度関数に基づくコンクリートの乾燥収縮モデル,東京大学学位論文,
1993
29)
赤井浩一,大西有三,西垣誠:有限要素法による飽和-不飽和浸透流の解析,土木学
会論文集,第264号,pp.87-96,1977
30)
佐藤邦明:間隙空気の圧縮を伴う鉛直浸透に関する一考察,土木学会論文報告集,第
216号,pp21-28,1973
31)
高木不折,森下忠司:2相流としての不飽和鉛直浸透解析,土木学会論文報告集,第
271号,pp37-54,1978
32)
齋藤雅彦,川谷健:間隙内空気の運動を考慮した数値シミュレーションによる雨水浸
透・浸出過程に関する研究,応用力学論文集,Vol.6,pp.865-872,2003
33)
恩田亮介,透水性からみたかぶりの品質評価とブリーディング水を利用した給水養生
の可能性,芝浦工業大学卒業論文,2007
34)
Koichi Maekawa,Rajesh Chaube,Toshiharu Kishi:MODELLING OF CONCRETE
PERFORMANCE,E&FN,1999
35)
前川宏一,岸利治,Chaube,R.P,石田哲也:セメントの水和発熱・水分移動・細孔構
造形成の相互連関に関するシステムダイナミックス,セメントコンクリートンの反応
モデル解析に関するシンポジウム論文集,日本コンクリート工学会,pp45-52,1995
36)
朱銀邦,細孔内水分の熱力学的状態量に基づくコンクリートの複合構成モデル,東京
大学学位論文,2003
37)
丸山一平,野口貴文,松下哲郎:水和反応モデル(CCBM)によるポルトランドセメン
トを用いたコンクリートの断熱温度上昇予測,日本建築学会構造系論文集,No.600,
研究報告 1-44
pp. 1-8,2006
38)
丸山一平,野口貴文,佐藤良一,水熱連成移動解析にもとづく高強度マスコンクリー
ト中の温度及び湿度分布の予測,日本建築学会構造系論文集
39)
第609号,pp1-8,2006
木全博聖,大下英吉,田辺忠顕:不飽和コンクリート中の気相・液相の移動に関する研
究,コンクリート工学年次論文報告集,Vol.17,No.2,1995
40)
財団法人原子力環境整備促進・資金管理センター:平成 14 年度低レベル放射性廃棄
物処分技術調査処分高度化システム確証試験報告書,2003
41)
F.D.Meiri:Two-phase flow simulation of air storage in an aquifer,Water Resources Research,
Vol.17,No.5,pp.1360-1366(1981)
42)
S.Hoeg,H.F.Scholer,J.Warnatz:Assessment of interfacial mass transfer in water-unsaturated
soils during vapor extraction,Journal of Contaminant Hydrology,74,pp.163-195,2004
43)
C.C.Tsakiroglou , D.G.Avraam , A.C.Payatakes : Transient and steady-state relative
permeabilities from two-phase flow experiments in planar pore networks,Advances in Water
Resources ,Vol.30,pp.1981-1992,2007
研究報告 1-45
研究報告2
断層の水理特性に関する研究
(伝達関数を利用した岩盤の水理特性の評価手法に関する研究)
[ 平成17年度∼19年度実施 ]
京都大学
西山 哲
1.序論
1.1
研究の背景および目的
原子力発電に伴う放射性廃棄物の問題に関しては,現在原子力発電が我が国における電
力 供 給 の 3分 の 1を 占 め る 基 幹 電 源 で あ る と い う 観 点 か ら ,発 生 し た 放 射 性 廃 棄 物 を ど の よ
うに処分するかが大きな問題となっている.その中で現在最も有効であると考えられてい
るのが,地下空間を利用し,放射性廃棄物を処分する地層処分と呼ばれる技術である.地
層処分とは二酸化炭素の地中貯留技術と同様に,岩盤が本来有する物質を閉じ込める性質
を利用し,地下空間の安定した地層に廃棄物を埋設することで,放射性廃棄物を人間の生
活環境から隔離するものである.特に生活環境への影響の大きさと国民の関心の高さを考
えた場合,処分技術および選定場所に対して求められる安全性は非常に高く,さらにその
安全性を長期にわたり保障する必要がある.そのため,処分地選定のための地表からの調
査 (概 要 調 査 段 階 に お け る 調 査 )か ら 得 ら れ る 情 報 の 詳 細 性 と 信 頼 性 が 高 く 求 め ら れ る と 同
時に,考えうる様々な事象を考慮しなくてはならない.
放射性廃棄物地層処分の安全性評価を行う際には,評価シナリオと呼ばれる,地下深部
に処分した放射性廃棄物中の放射性物質がどのような状況でまたどのような経路を通じて
最終的に人間環境に影響を与えるのかをいろいろと想定する必要がある.この評価シナリ
オは,地下水によって放射性物質が処分施設から最終的に人間環境に運ばれることを想定
し た シ ナ リ オ (地 下 水 シ ナ リ オ )と , 放 射 性 廃 棄 物 と 人 間 と の 物 理 的 距 離 が 接 近 す る こ と を
想 定 し た シ ナ リ オ (接 近 シ ナ リ オ )と に 分 け て 考 え る こ と が で き る .
このうち,接近シナリオについては,適切に処分地を選定することや処分地の特徴に応
じた処分施設を設計することにより,その発生可能性を非常に小さくするという対策がと
られる.
一方,地下水シナリオにおいては,処分対象地層を通過する地下水流量を規定する地質
情報を正確に把握することが重要となる.処分対象地層を通過する地下水流量は,対象地
層の透水係数に強く依存することとなるが,天然バリア中の核種移行に関しては,放射性
核 種 の 特 徴 で あ る 半 減 期 (核 種 の 崩 壊 に 伴 う 放 射 線 レ ベ ル の 低 下 )に よ り , 移 行 中 に お け る
減 衰 が 重 要 で あ る こ と か ら ,広 域 的 な 主 流 動 経 路 ,つ ま り 最 も 流 量 の 大 き い 経 路 で は な く ,
サイト内で処分場と生物圏をつなぐクリティカルパス,すなわち最も流速の速い経路に沿
った核種移行距離と移行時間とを知ることが重要となる.この意味からサイトの安全性を
評 価 す る た め に は , サ イ ト 水 理 地 質 構 造 中 の 各 領 域 (断 層 , 破 砕 帯 等 を 含 む )に お け る , 水
理特性を把握することが非常に重要となる.
このため,概要調査段階において処分対象サイトの水理特性を評価するために,ボーリ
ング孔を用いた水頭調査や透水試験,物理探査などが実施される.しかしながら,ボーリ
ング孔における試験から得られる情報は点もしくは線の情報であり,広域の水理特性を精
度よく評価することは難しい.またボーリング孔における試験には面的に情報が得られる
孔間透水試験があるが,対象岩盤が難透水の場合非常に時間がかかる.さらに,物理探査
は岩盤内の亀裂や破砕帯などの構造情報を得るためのものであり,直接岩盤の水理特性を
研究報告 2-1
評価することはできない.そこで,広域における物理探査情報から岩盤の水理特性を直接
的に評価することができる手法として開発が期待されているのが,本研究で扱う弾性波分
散 現 象 を 利 用 し た 手 法 で あ る (本 論 文 で は こ の 手 法 を「 弾 性 波 透 水 ト モ グ ラ フ ィ 」と 呼 ぶ こ
と と す る ).弾 性 波 透 水 ト モ グ ラ フ ィ と は ,ボ ー リ ン グ 孔 間 に お い て 複 数 の 異 な る 周 波 数 を
用いた弾性波測定試験を行い,測定された走時データから岩盤中での弾性波分散現象を捉
え,そこから岩盤の水理特性を評価する技術である.
しかしながら,弾性波透水トモグラフィの基礎理論,すなわち弾性波分散現象と水理特
性の関係が岩盤へ適用された例は少ない.そこで本研究では,まず室内試験により弾性波
分散現象と水理特性の関係を記述する基礎理論の岩盤への適用性を検証し,その後,堆積
岩を対象に行った原位置試験のデータを用いて,原位置スケールでの基礎理論の検証を行
い,水理特性分布の評価を行うことで本手法の適用性の検証を行った.
そのために本報告書では,弾性波分散現象と水理特性を結びつける基礎理論について,
物理概念を示すとともに弾性波分散現象と水理特性の関係を説明する.次にボーリングコ
ア試料を対象に行った室内試験の説明および結果を示し,基礎理論の適用性について検討
する.また原位置レベルで行われた検証試験の説明および結果を示し,水理特性を評価す
ることで弾性波透水トモグラフィ技術の原位置レベルでの適用性についてまとめる.
研究報告 2-2
2. 従来の研究
本章では,広域透水場推定手法に関する既往の研究として,弾性波トモグラフィと現場
透水試験についてまとめた.そして,それぞれの手法の問題点を整理し,音響透水トモグ
ラフィの新規性と現状,および本研究の特徴について述べた.
2.1
弾性波トモグラフィ
2.1.1
弾性波トモグラフィの歴史
弾性波トモグラフィとは,探査媒体として地震波(弾性波)を探査対象である地下に直
接入力し,その応答からインバージョン(逆解析)により地下の構造や状態を再現しよう
とする物理探査技術である.この弾性波トモグラフィが始まった技術的背景には,医学分
野 の X 線 CT お よ び 超 音 波 CT が あ る . 調 査 対 象 は 違 う が , 技 術 体 系 に は 類 似 点 が 多 く ,
実 際 1 9 7 0 年 代 後 半 ( Dines, 1979) か ら 8 0 年 代 前 半 ( Devaney, 1982) に か け て , 医
学 に お け る CT の 技 術 を 物 理 探 査 に 応 用 す る た め の 研 究 が 盛 ん に 行 わ れ た . そ の 中 で は 医
学 関 係 の ト モ グ ラ フ ィ の 文 献 ( Kak, 1979 な ど ) を 参 考 に し て い る も の が 多 く 見 ら れ る .
一方,1980年代から探査技術そのものの役割にも質的変化が起こってきた.それは
物理探査の守備範囲がそれまでの主眼であった構造探査から,坑井を積極的に利用して地
下の物性値を直接解明しようとする物理探査へと大きく拡大した点である.物理探査技術
として,この手法は従来の物理探査手法に比べ,地下へのより直接的なアプローチを試み
る 技 術 で あ る .流 体 の 錻 存 に 関 係 す る フ ラ ク チ ャ( 割 れ 目 )を P 波 速 度 の 低 速 度 帯 と し て
マ ッ ピ ン グ す る 方 法 ( Wong et al., 1987) な ど が 初 期 の 例 と し て 登 場 し て い る . 続 い て ,
探査の応答として得られる弾性波速度や振幅などと地下の物性値の関連を調べる研究が行
わ れ た . と り わ け 重 質 オ イ ル を 含 む 砂 岩 の P 波 速 度 と 温 度 の 関 係 ( Nur, 1989) を 利 用 し
た EOR( Enhanced Oil Recovery)法 の モ ニ タ リ ン グ 手 法 に 用 い ら れ た 弾 性 波 に よ る 坑 井
間 ト モ グ ラ フ ィ の 結 果( Justice, 1989)は ,ト モ グ ラ フ ィ の 地 下 モ ニ タ リ ン グ 手 法 と し て
の有効性を示すのに十分であった.この方法は3次元の高精度反射法地震探査などととも
に “ Reservoir Management”( 油 層 管 理 ) と い う 考 え 方 を 支 え る 主 要 技 術 と な っ た .
2.1.2
弾性波トモグラフィの役割
物理探査手法のひとつである弾性波トモグラフィの役割は,以下に大別できる.
①
地下構造の連続性・不連続性の判定
物 理 探 査 手 法 は 何 ら か の ア ノ マ リ ー( 変 則 ,変 状 な ど )を 検 出 す る 技 術 で あ る こ と が 多
いが,アノマリーは多くの場合,地下構造の局所的な変化によって生ずる.したがって,
地下構造の不連続性の検出は,①で挙げた弾性波トモグラフィの役割である.その適用例
と し て , 弾 性 波 ト モ グ ラ フ ィ の ダ ム 基 礎 岩 盤 調 査 へ の 適 用 ( 小 島 ほ か , 1989) で は , 弾 性
研究報告 2-3
波トモグラフィより得られた基礎岩盤の弾性波速度分布は,従来の調査から得られた岩級
区分と調和的であることに加えて,従来の調査では見落としていた可能性のある岩級の低
い部分の存在を示していた.またその応用例として,定期的に実施された弾性波トモグラ
フィにより,その弾性波速度の低下から掘削に伴う岩盤の緩み範囲を把握し,空洞の安全
性 を 評 価 し た 例 ( 青 木 , 1993) や , 地 盤 注 入 の 効 果 判 定 に 適 用 さ れ た 例 ( 関 根 ほ か , 2003)
などがある.
②
他の手法で得られる情報の空間的内・外挿
物理探査の測定値は必ず地層の物理特性を反映しており,多くの探査手法で測定値の空
間的な感度特性を把握する工夫がされている.これは物理探査を実施することで対象とな
る地層の物理特性のうち,測定値あるいは測定結果の相対的な変化から地下の空間的な分
布を把握することができる.一方,岩質等の地質情報はボーリング調査等によって,点ま
たは局所的な情報として取得される.したがって,物理探査手法を地質構造の形状を推定
す る 技 術 と し て 適 用 す る こ と に よ っ て ,局 所 的 な 地 質 情 報( 物 性 値 あ る い は 岩 質 )を 内 挿 ,
外挿することができる.
③
物性値の取得
物理探査には,測定・解析・解釈の各段階を注意深く行うことで,地下物性の絶対値を
取得できる可能性がある.また他の情報との複合解釈によって,力学的,水理学的,ある
いは地化学的に有意な物性値として使用できる可能性も存在する.したがって,適切な物
理探査手法を実施し,物理探査技術に本来備わっている地質構造の形状を推定する機能を
合わせることで,物性値分布に関する情報を得る技術として利用できる.現状でアプロー
チ可能な物性値の例としては,岩盤の力学物性,断層破砕帯に関連する物性などが挙げら
れる.
2.1.3
弾性波トモグラフィの特徴と問題点
弾性波トモグラフィは,坑井を利用した探査技術であるため,これまでの反射法地震探
査と異なる点が多々存在する.それは①反射波ではなく直接波を用いること,②深度補正
などを行う必要がないこと,③地表付近の乱れた地盤の影響を受けないことなどであり,
一般的に地震探査などと比較して精度が高いため,地盤の詳細なデータを取得するために
は有用な技術とされる.また,比抵抗や電磁波を用いる他の物理探査技術と比較して,弾
性波の速度や振幅は,地下の構造情報を地盤物性と同時に捉えることができるので,非常
に有用な手法であるといえる.
また問題点としては,地下水流動特性を直接的に把握できないことが挙げられる.そこ
で本研究においては,広域透水場推定手法の開発という観点から,地下水流動特性の把握
に関連した問題に着目し,信頼性の高い透水場評価手法の構築を目的とする.
研究報告 2-4
2.2
現場透水試験
2.2.1
概要
岩盤の透水パラメータを評価する方法には,岩盤透水試験によって透水係数と比貯留係
数 を 決 定 す る 直 接 的 な 方 法 が あ る . 表 2.1 に 岩 盤 の 透 水 性 の 評 価 を 行 う 際 に 現 在 用 い ら れ
ている主な手法をまとめる.
岩 盤 透 水 試 験 に は 通 常 ボ ー リ ン グ 孔 を 利 用 し ,ル ジ オ ン 試 験 や JFT 試 験 で 代 表 さ れ る よ
うなシングルホール法と,多数のボーリング孔間の浸透を利用するクロスホール法がある
( 中 屋 ほ か , 1992). 前 者 の シ ン グ ル ホ ー ル 法 に お い て は , 透 水 場 の 推 定 範 囲 が 非 常 に 狭
く,ボーリング孔近辺の透水性を評価することしかできない.また後者のクロスホール法
においても透水性の低い透水場の推定を行う際には,孔間距離を大きくすると測定に時間
がかかりすぎるために実用的ではない.
表 2.1
岩盤を対象とした原位置での浸透特性評価法
ルジオン試験
ダブルパッカー試験
シングルホール法
(単孔式透水試験)
Louis の 方 法
低圧ルジオン試験
JFT
透水試験
異方性試験法
クロスホール法
(多孔式透水試験)
(孔間透水試験)
シヌソイダル試験
Hsieh & Neuman 法
修 正 Hsieh & Neuman 法
揚水試験法
これらのうち,現在最もよく用いられている試験が,シングルホール法の一つであるル
ジオン試験である.この試験はダム基礎地盤の透水性をルジオン値なる単位で評価するた
めに開発されたものであるが,割れ目が発達した硬岩地盤等では問題が発生する場合が多
か っ た . こ れ に つ い て は い く つ か の 改 良 が 行 わ れ て い る ( 山 口 ほ か , 1990).
地下水流動を直接的に調べる調査法に塩水を注入したボーリング孔内水の導電率を多
点でモニタリングする地下水検層,塩水の代わりに温水を井戸に注入する方法の他,孔内
水の導電率だけでなく温度,酸化還元電位,圧力等を同時に測定できる地化学検層センサ
ーも開発されており,深部の地下水調査やモニタリングに利用できる.地下水の流速測定
は,最近では塩水等のトレーサーを利用した高精度の流向流速計が実用化され,微流速ま
で 測 定 可 能 な 超 音 波 フ ロ ー メ ー タ も 開 発 さ れ て い る ( 千 葉 ほ か , 1997). 検 層 や 試 料 比 抵
抗 測 定 か ら 透 水 係 数 を 推 定 す る 提 案 も あ る( Katsube and Hume,1987;尾 方 ほ か , 1992)
研究報告 2-5
ま た , 1000m の 深 度 に お け る マ ル チ パ ッ カ ー や BTV( ボ ア ホ ー ル テ レ ビ ) を 用 い た 透 水
性 や 割 れ 目 の 把 握 も 試 み ら れ て い る ( 小 出 ほ か , 1997). BTV を 用 い た 調 査 で は , 割 れ 目
深度,割れ目の方向,割れ目の形状および連結性,充填物の有無や開口幅などの調査が可
能 で あ る ( 田 中 ・ 宮 川 , 1992). こ の 方 法 は , 同 一 の ボ ー リ ン グ 孔 を 利 用 し て 透 水 試 験 も
行 え る こ と か ら 経 済 的 で あ る と さ れ て い る .最 近 で は ,ハ イ ド ロ ホ ン VSP を 用 い た 透 水 性
割 れ 目 検 出 の 研 究 も 行 わ れ て い る ( 薮 内 , 1999). こ の 手 法 で は , 地 表 付 近 に 配 置 し た 人
工震源と試錘孔内に配置するハイドロホンと呼ばれる受信機を用い,震源から発生した P
波とそれに起因するチューブ波と呼ばれる波を観測し,得られたデータを解析することに
よって,透水性割れ目の検出や透水係数の推定を行おうとするものである.
以 上 に 示 し た 試 験 手 法 に 加 え ,新 た に 開 発 さ れ て い る 調 査・解 析 手 法 と し て は ,ク ロ ス
ホール試験によって求められた圧力水頭の経時変化と3次元浸透理論とを組み合わせる方
法( 西 垣 ほ か ,1991;中 屋 ほ か ,1992)や ,求 め ら れ た 圧 力 水 頭 の 経 時 変 化 を 理 論 曲 線 と
マ ッ チ ン グ さ せ る 方 法( Hsieh et al,1985)な ど が あ る .ク ロ ス ホ ー ル 試 験 は ,水 圧 パ ル
ス 法 ( 登 坂 ほ か , 1990, 増 本 ほ か , 1992) , シ ヌ ソ イ ダ ル 試 験 な ど に 分 類 さ れ , と く に ,
シヌソイダル試験はスウェーデンのストリパプロジェクトにおいて十分な適用性が示され
て い る ( Black et al, 1986) .
2.2.2
広域透水場推定に関する問題点
広域透水場推定手法の開発という観点から,現場透水試験の問題点についてまとめる.
① シ ン グ ル ホ ー ル 法 で は 透 水 場 の 推 定 範 囲 が 非 常 に 狭 く ,広 域 透 水 場 を 推 定 す る た め に
地 球 統 計 学 の 手 法( 例:ク リ ギ ン グ )等 が 用 い ら れ る .し か し ,ク リ ギ ン グ は 距 離 相
関 性 を 元 に し た 内 挿 法 で あ る た め ,一 般 に ボ ー リ ン グ 孔 沿 い の 距 離 が 近 い デ ー タ に 補
間データが 依存する.これにより,地質学的な特徴を評価しきれないことが挙げら
れる.
② ク ロ ス ホ ー ル 法 に お い て 透 水 性 の 低 い 透 水 場 の 推 定 を 行 う 際 に は ,孔 間 距 離 を 大 き く
す る と 測 定 に 時 間 が か か り す ぎ る と い う 問 題 点 が あ る .ま た ,孔 間 距 離 が 大 き く な り
すぎると,水圧の変化が捉えられなくなるといった問題も生じる.
2.3
弾性波速度の分散特性を用いた透水場推定手法
2.3.1
音響透水トモグラフィの新規性
本研究で取り上げる音響透水トモグラフィは,物理探査手法の一つである弾性波トモグ
ラフィの一種である.弾性波トモグラフィはクロスホール法の一種で,面的に透水パラメ
ータの分布やその不均質性を探査し,透水経路を調査する目的で行われるものである.音
響透水トモグラフィが既存の弾性波トモグラフィと大きく異なる点は,弾性波速度測定の
際に発振波の周波数を制御し,弾性波速度の絶対値ではなく弾性波速度の分散特性を情報
研究報告 2-6
として用いることにある.そしてこの情報から断層や破砕帯といった不連続構造を検出す
ることだけを目的とせず,直接対象となる岩盤の透水性の分布を評価できることがこれま
での手法と大きく異なる点である.したがって,本論文では音響透水トモグラフィ技術を
広義の弾性波トモグラフィ技術と区別して議論することとする.
つまり音響透水トモグラフィは,弾性波トモグラフィの利点である広域を対象として,
透水場を測定ができるという点と,物理探査より得られた情報から直接透水性を評価する
ため,間接的に透水性を評価するこれまでの手法に比べ,その信頼性が高く適用性も大き
いという利点を兼ね備えている.
2.3.2
音響透水トモグラフィの現状
弾 性 波 を 用 い た 透 水 係 数 の 把 握 に つ い て ,山 本( 1989)は 砂 地 盤( beach sediment)に
お い て ,Biot 理 論 を 用 い て 弾 性 波 速 度 と 減 衰 率 に お け る 周 波 数 分 散 か ら 透 水 係 数 が 計 算 で
き る こ と を 示 し た .そ の 後 ,フ ロ リ ダ の 海 岸 砂( beach sands)に 対 す る 実 験 を 行 い ,1994
年 の 論 文 で は Biot 理 論 の 適 用 性 を 示 し て い る .ま た 1995 年 の 論 文 で は ,石 灰 岩 に 対 し て
そ の 弾 性 波 速 度 の 周 波 数 に 対 す る 依 存 性 が , Biot 理 論 で は な く , BISQ 理 論 に よ く 一 致 す
る結果を示している.その他音響透水に関する研究を進めている.これら山本が行った音
響透水の検証実験はすべて原位置において行われたものであった.
また,模型土槽を用いた狭い範囲の材質の揃った地盤における検証も行われており,こ
の結果から霞ヶ浦標準砂に対して,地盤の均一性を可視化することを目的として実施した
音響透水トモグラフィの結果が,地盤の状態を精度よく2次元的に把握できることを示し
て い る ( 毛 利 ら , 2001). 音 響 透 水 ト モ グ ラ フ ィ に 関 す る 研 究 , す な わ ち 弾 性 波 速 度 の 周
波数依存性から対象となる媒体の透水性を評価するという研究は,上述したようにその主
となるものは砂地盤を対象とするものであった.一部で堆積岩等に対してその弾性波速度
の周波数依存性を確認することを目的とした実験が行われていたが,透水性を評価する段
階まで行われた例は少ない.すなわち,音響透水トモグラフィを堆積岩,結晶質岩などに
適用するには,その検証実験が不十分であり,これらの岩種に対して理論の適用性を検証
する実験を行うことが必要とされている.
2.3.3
本研究で提案する透水場推定手法の特徴
本研究で提案する弾性波速度の分散特性を用いた新しい透水場構築技術は,従来技術で
あるボーリング孔を利用した点データの透水試験,あるいは面データではあるが,透水性
との相関性が不明確な孔間弾性波試験とは異なる.本研究で提案する手法は,点データで
ある透水係数と面データである透水性に起因する弾性波速度分散特性との両者を融合する
ことにより,信頼性の高い透水場を得ることができる.ここでは,従来の音響透水トモグ
ラ フ ィ 技 術 と 区 別 し て ,後 ほ ど 提 案 す る 新 し い 手 法 を ,
「 弾 性 波 透 水 試 験 」と 呼 ぶ こ と と す
る.
研究報告 2-7
3. 室内実験
本章では,まず以下の 3 つの目的で行った既往の室内実験結果をまとめた.3 つの目的
とは,①弾性波速度の分散現象を確認する②基礎理論の適用性を検証する③弾性波速度の
分 散 特 性 が 透 水 性 に よ り 異 な る こ と を 評 価 す る ,で あ る .次 に ,ス イ ス NAGRA の 所 有 す
るグリムゼル試験場で採取した破砕帯部を含んだコアサンプルに対して,弾性波速度の分
散現象を確認し,基礎理論曲線のフィッティングを試みた.
3.1
既往の実験結果のまとめ
3.1.1 大 島 花 崗 岩
結晶質岩の一つである花崗岩に対して,弾性波速度の分散現象が生じるかどうかを調べ
る た め に ,大 島 花 崗 岩 を 供 試 体 に ,100kHz か ら 2.25MHz ま で 6 種 類 の 振 動 子 を 用 い て 弾
性 波 試 験 を 行 っ た .実 験 装 置 な ど の 詳 細 に つ い て は ,文 献( 大 谷 ,2004)に 譲 る .そ し て ,
そ の 結 果 に Biot 理 論 が 適 用 可 能 か ど う か の 検 証 を 行 っ た .図 3.1 に 弾 性 波 速 度 測 定 結 果 を
赤 色 丸 印 で ,各 測 定 物 性 値 を 用 い た Biot の 理 論 曲 線 を 青 色 曲 線 で 示 し た .図 4.1 に よ る と ,
周波数が大きくなると弾性波速度は大きくなるという分散特性が確認できた.しかしなが
ら ,実 験 値 と Biot の 理 論 曲 線 が う ま く フ ィ ッ テ ィ ン グ で き て い る と は 言 い 難 い .ま た ,図
4.1 の 青 色 △ で 示 し た 分 散 周 波 数 よ り 算 出 し た 透 水 係 数 と 計 測 し た 透 水 係 数 と を 比 較 す る
と 約 10 6 倍 も の 差 が あ り ,Biot 理 論 は ,こ の 花 崗 岩 試 料 に は 適 用 で き な い と い う 結 論 を 得
た ( 表 3.1 参 照 ).
6300
6200
弾性波速度(m/s)
6100
6000
5900
5800
5700 4
10
10
5
10
6
10
7
10
8
10
9
10
10
10
11
周波数(Hz)
図 3.1
Biot 理 論 曲 線 と 実 験 結 果 ( 大 島 花 崗 岩 )
研究報告 2-8
10
12
表 3.1
測定結果と理論解により導かれる花崗岩の透水係数の比較
変水位試験より得られた透水係数
2.19E-12 m/s
分散周波数より導いた透水係数
1.50E-06 m/s
次 に , BISQ 理 論 の 適 用 性 の 検 証 を 行 っ た . 図 3.2 に , 測 定 結 果 を 赤 丸 で , 流 体 移 動 平
均 距 離 な ど の 物 性 値 を 用 い て フ ィ ッ テ ィ ン グ を 行 っ た BISQ 理 論 曲 線 を 青 色 曲 線 で 示 し た .
表 3.2 は , フ ィ ッ テ ィ ン グ に 用 い た 物 性 値 で あ る . 図 3.2 の 青 色 ▽ で 示 し た 分 散 周 波 数 か
ら 算 出 し た 透 水 係 数 と 計 測 し た 透 水 試 験 の 結 果 の 間 に は , 約 3.3 倍 の 差 が 確 認 さ れ た . オ
ーダーレベルでは,比較的精度よく推定できていると言うことができる.つまり結晶質岩
の 一 つ で あ る 花 崗 岩 に 関 し て は , BISQ 理 論 が 適 用 可 能 で あ り , 分 散 周 波 数 か ら 直 接 的 に
透水係数を推定できる可能性を示せた.
5860
5840
弾性波速度(m/s)
5820
5800
5780
5760
5740
5720 4
10
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
図 3.2
表 3.2
BISQ 理 論 曲 線 の フ ィ ッ テ ィ ン グ
BISQ 理 論 曲 線 フ ィ ッ テ ィ ン グ に 用 い た 物 性 値 と 測 定 値
せん断
係数
ポアソン
比
間隙率
[N/m 2 ]
固相の
弾性係数
Ks
[N/m 2 ]
[N/m 2 ]
−
−
6.57E-13
5.20E10
6.18E10
3.81E10
0.111
0.00815
測定値
2.19E-12
7.42E10
5.61E10
3.34E10
0.111
0.00815
変化率
0.30
0.70
1.10
1.14
1.00
1.00
透水係数
弾性係数
K
[m/s]
使用物性値
研究報告 2-9
3.1.2
BISQ 理 論 の 感 度 分 析
前 項 よ り ,結 晶 質 岩 の 一 つ で あ る 花 崗 岩 に 対 し て は ,Biot 理 論 で は な く BISQ 理 論 が 適
用 可 能 で あ る と い う 知 見 を 得 た . そ こ で , 各 パ ラ メ ー タ ー が BISQ 理 論 曲 線 の 形 状 に 与 え
る影響を明らかにするため,各パラメーターの感度解析を実施した.感度解析を行ったパ
ラ メ ー タ ー は 透 水 係 数 , 間 隙 率 , ポ ア ソ ン 比 , 固 相 の 体 積 弾 性 係 数 K s , 体 積 弾 性 係 数 K,
せ ん 断 係 数 , 流 体 移 動 平 均 距 離 で あ る . そ の 結 果 を 図 3.2, 及 び 表 3.2 に 示 し た .
各パラメーターの変化に対して理論曲線の反応は大きく以下の 3 種類に分けられた.
①
x 軸 方 向( 周 波 数 軸 方 向 )の 変 化 に 関 係 す る も の .す な わ ち ,分 散 周 波 数 の 変 化 に 関
係するもの.
②
y 軸 方 向( 弾 性 波 速 度 方 向 )の 変 化 に 関 係 す る も の .こ こ で は 遅 い 方 の 速 度 の 変 化 に
ついて定義する.
③
速度の変化の大きさに影響を与えるもの.
そ し て 感 度 分 析 の ま と め と し て ,理 論 曲 線 の 反 応 を 上 記 の 3 種 類 に 分 け ,各 パ ラ メ ー タ
ーについて,それぞれが変化した際の分散周波数,遅い方および速い方の速度,速度の変
化 量 が ど の 程 度 変 化 す る か を 表 3.3 に 示 し た . 表 中 の ×は 影 響 が な い こ と を 示 し , ○ は 影
響があることを,そして◎は特に影響が大きいことを示している.
以上の感度解析から,分散周波数に影響を与えるパラメーターは,透水係数,流体移動
平 均 距 離 , 間 隙 率 で あ り , 弾 性 係 数 Ks お よ び K, ポ ア ソ ン 比 , せ ん 断 係 数 は , 分 散 周 波
数にほとんど影響を与えないことが分かった.また,透水係数および流体移動平均距離は
弾 性 波 速 度 V0 お よ び V∞ , 速 度 変 化 量 V0− V∞ に 影 響 を 与 え な い こ と も 特 徴 と し て 挙 げ る
ことができた.
研究報告 2-10
透水係数
間隙率
3380
3334
弾性波速度(m/s)
弾性波速度(m/s)
3333
3332
3331
3330
3329
3328
-12
10
3360
3340
3320
3300
3280
0.1
0.12
10
-10
0.14
10
-8
透水係数(m/s)
10
-6
10
10
2
10
4
10
6
10
8
0.16
10
0.18
間隙率
周波数(Hz)
2650
2640
2630
2620
10
周波数(Hz)
3345
3340
3335
3325
0.9
0.215
0.21
0.205
0.2
ポアソン比
10
10
2
10
4
10
6
10
8
10
0.95
x 10
10
1
1.05
1.1
弾性係数 Ks(N/m2)
周波数(Hz)
弾性係数 K
10
10
4
10
6
10
8
10
10
12
周波数(Hz)
せん断係数
3246
3346
3244
弾性波速度(m/s)
3344
3342
3340
3338
3336
3334
3332
3330
3328
1.1
1.05
1
0.95
弾性係数 K(N/m2)
0.9
10
10
4
10
6
10
8
10
10
12
3242
3240
3238
3236
3234
3232
3230
5.03
5.025
5.02
9
5.015
x 10
5.01
5.005
せん断係数(N/m2)
周波数(Hz)
5
10
4
10
6
流体移動平均距離
3334
3333
弾性波速度(m/s)
10
8
3330
2610
0.22
3332
3331
3330
3329
3328
10
10
6
3350
2660
弾性波速度(m/s)
弾性波速度(m/s)
2670
弾性波速度(m/s)
10
4
3355
2680
10
10
10
2
固 相 の 弾 性 係 数 Ks
ポアソン比
x 10
0.2
-3
10
10
-4
10
10
Squirt Length(m)
10
-5
10
10
8
10
12
10
6
4
2
図 3.2
周波数(Hz)
各パラメーターにおける感度分析結果
研究報告 2-11
10
8
周波数(Hz)
10
10
10
12
表 3.2
透水係数
変化前
変化後
分散周波数
f bisq [Hz]
弾性波速度
(V 0 )[m/s]
弾性波速度
(V ∞ ) [m/s]
弾性波速度
変化量
(V ∞ -V 0 ) [m/s]
1.00E-12
3.90E02
3329.7
3333.7
4.00
3.28E-08
1.28E07
3328.6
3333.0
4.40
変化率
3.28E04
3.28E04
1.00
1.00
1.10
φ
[m/s]
0.10
5.85E04
3369.4
3376.8
7.40
0.20
2.92E04
3289.2
3293.0
3.80
変化率
2.00
0.50
0.98
0.98
0.51
ν [−
0.20
3.90E04
2611.2
2617.6
6.4
k [m/s]
間隙率
ポアソン
比
固相の
弾性係数
弾性係数
せん断係
数
流体移動
平均距離
BISQ 理 論 に お け る 各 パ ラ メ ー タ の 影 響
]
0.22
3.90E04
3174.4
3179.7
5.3
変化率
1.10
1.00
1.22
1.21
0.83
Ks
[N/m 2 ]
9.0E09
3.90E04
3328.6
3352.2
23.6
(1.0E10)
(3.90E04)
(3328.6)
(3328.6)
(0.00)
1.1E10
3.90E04
3286.6
3338.3
51.7
変化率
1.22
1.00
1.00
1.00(0.995)
2.19
K
[N/m 2 ]
9.0E09
3.90E04
3328.6
3340.3
11.7
(1.0E10)
(3.90E04)
(3328.6)
(3328.6)
(0.00)
1.1E10
3.90E04
3286.6
3345.9
59.3
変化率
1.22
1.00
1.00
1.00(1.001)
5.07
G
[N/m 2 ]
5.00E09
3.90E05
3230.6
3236.0
5.4
5.03E09
3.90E05
3240.3
3245.6
5.3
変化率
1.01
1.00
1.00(1.003)
1.00(1.002)
0.98
1.00E-05
2.44E06
3328.6
3333.9
5.3
3.20E-04
2.38E03
3328.6
3333.9
5.3
3.20E01
9.75E02
1.00
1.00
1.00
L [m]
変化率
※ 変 化 率 は 変 化 後 の 値 を 変 化 前 の 値 で 除 し た も の で , 表 中 の ( ) 内 の 数 値 は Ks=K と な る 時 の 値 .
表 3.3
透水係数
分散周波数
f bisq [Hz]
弾性波速度
V0 [m/s]
弾性波速度
V∞ [m/s]
速度変化量
V∞ − V0 [m/s]
各 物 性 値 の BISQ 理 論 解 へ の 影 響 程 度
間隙率
弾性係数
Ks
弾性係数
K
ポアソン
比
せん断
係数
流体平均
移動距離
第2章 L
○
○
×
×
×
×
◎
×
○
×
×
○
○
×
×
○
○
○
○
○
×
×
○
◎
◎
○
○
×
研究報告 2-12
3.1.3
履歴温度実験
本実験の目的は,弾性波速度の分散特性が同一の結晶質岩において透水性により異なる
ことの理論的・実験的評価を行うことである.そこで,同一の稲田花崗岩に対して履歴温
度を与えることで間隙率を変化させ,透水係数を変化させた供試体を用いて,弾性波試験
を行った.また,間隙率測定及び透水試験を別途実施した.実験装置や実験方法の詳細に
つ い て は ,文 献( 原 子 力 環 境 整 備 促 進・資 金 管 理 セ ン タ ー ,2004)に 譲 る .測 定 周 波 数 領
域 は 10kHz か ら 1.0MHz の 範 囲 で 16 周 波 数 に つ い て 測 定 し た .実 験 の 結 果 得 ら れ た 弾 性
波 速 度 と 周 波 数 の 関 係 を 図 3.3 に 示 す . こ の 実 験 に お い て も , 周 波 数 が 高 く な る と , 概 ね
弾性波速度が高くなっていることが分かる.つまり,弾性波速度は分散特性を示している
と言える.
6.0
Velocity (Km/sec)
5.5
600℃(φ=2.981)
500℃(φ=1.789)
400℃(φ=1.347)
300℃(φ=1.124)
250℃(φ=0.967)
150℃(φ=0.988)
100℃(φ=0.888)
brass
5.0
4.5
4.0
3.5
1.E+01
1.E+02
frequency (KHz)
図 3.3
1.E+03
稲田花崗岩の弾性波速度と周波数の関係
次 に ,弾 性 波 速 度 測 定 結 果 に 対 し て ,BISQ 理 論 解 の フ ィ ッ テ ィ ン グ を 試 み た .3.1.2
項の感度解析によって得られた知見によると,分散周波数は透水係数,間隙率,流体
移動平均距離の 3 つのパラメーターに依存する.このうち透水係数と間隙率の値につ
い て は 室 内 試 験 に よ っ て 計 測 し て お り 既 知 で あ る た め ( 表 3.4 参 照 ), 残 り の 流 体 移 動
平均距離を変数として実験結果とのフィッティングを行った.また,分散曲線のうち
速度の大きさを規定する弾性係数やポアソン比等のパラメーターについては文献から
引 用 し た 値 ( 表 3.5 参 照 ) を 参 考 に し て , こ れ を 修 正 し て フ ィ ッ テ ィ ン グ を 行 っ た .
研究報告 2-13
表 3.4
表 3.5
履 歴 温 度 (℃ )
透 水 係 数 (m/s)
間 隙 率 ( %)
100
1.10E-11
0.888
150
1.01E-11
0.988
250
5.88E-11
0.967
300
1.05E-10
1.124
400
4.94E-10
1.347
500
1.21E-09
1.789
文 献 ( 佐 藤 ら ,1999; 亀 谷 ら , 2001) よ り 引 用 し た 稲 田 花 崗 岩 の 物 性 値
物性値
①
各履歴温度に対する物性値の測定結果
弾性係数
K[N/m 2 ]
1.97E10
弾性係数
Ks[N/m 2 ]
6.50E10
せん断係数
ポアソン比
2.88E10
0.30
こ こ で 文 献 よ り 引 用 し た 物 性 値 は 全 て 室 温 に お け る 弾 性 定 数 で あ る た め ,高 温 の 履 歴 温 度
を 与 え た 花 崗 岩 に 対 し て 適 用 は 難 し い と 考 え ら れ る が ,目 安 と な る 値 と し て 解 析 に 用 い た
そ の フ ィ ッ テ ィ ン グ し た 結 果 を 図 3.4 に 示 す . そ の 際 , 履 歴 温 度 100∼ 500℃ の 6 種 類
それぞれについてカーブフィッティングに使われたパラメーター値(透水係数と間隙率は
室 内 試 験 値 , 他 は フ ィ ッ テ ィ ン グ 値 ) を 表 3.6 に ま と め た . フ ィ ッ テ ィ ン グ が う ま く い く
か ど う か は BISQ 理 論 が 成 立 す る た め の 必 要 条 件 で あ る が , 図 3.4 を 見 る 限 り , 概 ね よ く
フィッティングしていることが分かる.
表 4.6
フィッティングに用いた物性値
使
透水係
数
弾性係
数 K
弾性係
数 Ks
せん断
係数
ポアソ
ン比
間隙率
流体移
動平均
距離 L
分散周
波数
用
物
性
参考文献
物性値
値
100℃
150℃
200℃
300℃
400℃
500℃
[m/s]
1.08E-09
9.89E-12
5.76E-11
1.03E-10
4.84E-10
1.18E-09
−
[N/m 2 ]
1.97E10
1.97E10
1.77E10
1.77E10
1.87E10
1.87E10
1.97E10
[N/m 2 ]
6.50E10
6.50E10
7.80E10
7.80E10
6.83E10
6.83E10
6.50E10
[N/m 2 ]
2.36E10
2.16E10
1.58E10
1.56E10
1.55E10
1.44E10
2.88E10
−
0.25
0.23
0.18
0.18
0.18
0.18
0.30
[%]
0.888
0.988
0.967
1.124
1.347
1.789
−
[m]
7.50E-06
1.00E-05
3.00E-05
5.00E-05
1.30E-05
2.00E-04
2.00E-04
[Hz]
7.89E05
3.66E05
2.42E05
1.34E05
7.77E04
6.06E04
−
研究報告 2-14
履 歴 温 度 150℃
6400
6000
6200
5800
6000
5600
弾性波速度(m/s)
弾性波速度(m/s)
履 歴 温 度 100℃
5800
5600
5400
5200
5400
5000
5200
4800
5000 3
10
10
4
10
5
10
6
10
7
10
4600 3
10
8
10 4
10 5
5600
5600
5400
5400
5200
5200
5000
弾性波速度(m/s)
弾性波速度(m/s)
5800
5000
4800
4600
4600
4400
4200
4200
4000
4000
3800
4
10
5
10
6
10
7
10
3600 3
10
8
10
4
10
周波数(Hz)
5000
5000
4800
4800
4600
弾性波速度(m/s)
弾性波速度(m/s)
5200
5200
4600
4400
6
10
7
10
8
4400
4200
4200
4000
4000
3800
4
10
履 歴 温 度 500℃
5400
10
5
周波数(Hz)
履 歴 温 度 400℃
3800 3
10
10 8
4800
4400
10
10 7
履 歴 温 度 300℃
履 歴 温 度 200℃
3800 3
10
106
周波数(Hz)
周波数(Hz)
5
10
周波数(Hz)
図 3.4
10
6
10
7
3600 3
10
10
4
5
10
周波数(Hz)
10
6
10
7
履 歴 温 度 に よ る 実 験 結 果 と BISQ 理 論 解
履 歴 温 度 に よ る 間 隙 率 の 変 化 と 透 水 係 数 の 変 化 の 様 子 を 図 3.5 に 示 す . 間 隙 率 , 透 水 係
数とも履歴温度が上がるに従い増加していることが確認できる.また,間隙率に対する透
水 係 数 お よ び 流 体 移 動 平 均 距 離 の 変 化 を 図 3.6 に 示 す . 間 隙 率 の 変 化 に 対 し て , 透 水 係 数
および流体移動平均距離はよく似た変化を示すことから,この二つの物性値には相関関係
が あ る こ と が 示 唆 さ れ る . 流 体 移 動 平 均 距 離 と 透 水 係 数 の 関 係 を 図 3.7 に 示 し , 相 関 性 を
評 価 し た .そ の 結 果 ,透 水 係 数 が 大 き く な る と 流 体 移 動 平 均 距 離 も 大 き く な る 傾 向 が あ り ,
透 水 係 数 は 流 体 移 動 平 均 距 離 の お よ そ 1.5 乗 に 比 例 す る こ と が 分 か っ た .
研究報告 2-15
0.016
間隙率 [-]
0.014
0.012
0.01
0.008
0.006
0.004
0.002
0
0
100
200
300
400
500
1.00E+00
1.00E-01
1.00E-02
1.00E-03
1.00E-04
1.00E-05
1.00E-06
1.00E-07
1.00E-08
1.00E-09
1.00E-10
1.00E-11
1.00E-12
600
透水係数 [m/s]
0.02
0.018
履歴温度 [℃]
間隙率 [-]
0.005
1.00E-03
履歴温度による間隙率・透水係数の変化
0.007
0.009
間隙率 [-]
0.011
0.013
0.015
0.017
0.019
1.00E-08
透水係数 [m/s]
流体移動平均距離L[m]
1.00E-09
1.00E-04
1.00E-10
1.00E-05
1.00E-11
1.00E-06
流体移動平均距離
透水係数[m/s] L[m]
図 3.5
透水係数 [m/sec]
1.00E-12
流体移動平均距離 L [m]
図 3.6
透水係数 [m/sec]
間隙率に対する透水係数および L の変化
次に,履歴温度を変えることによる間隙率,透水係数の変化に伴って,弾性波速度の分
散 周 波 数 が ど の よ う に 変 わ っ た か を 表 3.7 に ま と め る . こ の 表 3.7 よ り , 履 歴 温 度 が 上 が
り透水係数が大きくなるにつれて,弾性波速度の分散周波数は小さくなる傾向が確認され
た . BISQ 理 論 の 式 に よ る と , 形 式 上 , 分 散 周 波 数 は 透 水 係 数 に 比 例 す る . し か し , 分 散
周 波 数 は 流 体 移 動 平 均 距 離 の 2 乗 に も 反 比 例 し ,先 程 の 透 水 係 数 は 流 体 移 動 平 均 距 離 の お
よ そ 1.5 乗 に 比 例 す る こ と を 考 慮 す る と , 透 水 係 数 よ り も 流 体 移 動 平 均 距 離 の 方 が 分 散 周
波数に与える影響が大きいと考えられる.透水係数が大きくなると流体移動平均距離も大
きくなる傾向を考慮すると,結果として透水係数が大きくなっても分散周波数は小さくな
ると考えられる.
以上からまとめると,透水性が大きくなるにつれて,分散周波数は小さくなる傾向が見
られた.すなわち,弾性波速度の分散特性が同一の結晶質岩において透水性により異なる
研究報告 2-16
ことが示せたものと考える.
10-8
y = 0.0002413 * x^(1.4599)
R2= 0.98545
透水係数(m/s)
10-9
10-10
10-11
10-12
10-6
10-5
0.0001
0.001
流体移動平均距離(m)
図 3.7
表 4.7
履歴温度
流体移動平均距離と透水係数の関係
各履歴温度による透水係数と分散周波数
100
150
250
300
400
500
透水係数
1.08
9.89
5.76
1.03
4.84
1.18
( m/s)
E-11
E-12
E-11
E-10
E-10
E-09
分散周波数
7.89
3.66
2.42
1.34
7.77
6.06
( Hz)
E05
E05
E05
E05
E04
E04
(℃)
研究報告 2-17
3.2
破砕帯コアサンプル実験
3.2.1
実験目的
大島花崗岩の基岩部,そして履歴温度を与えることで人工的に亀裂を発生させた稲田花
崗 岩 に つ い て , 弾 性 波 速 度 の 分 散 特 性 が 確 認 で き た . ま た , BISQ 理 論 か ら 推 定 し た 透 水
係 数 は 計 測 し た 透 水 係 数 と 比 較 的 よ く 一 致 し て お り , BISQ 理 論 が 適 用 で き る 可 能 性 を 示
し た .そ こ で ,次 に ス イ ス NAGRA の グ リ ム ゼ ル 試 験 場 で 採 取 し た ,破 砕 帯 部 を 含 ん だ 花
崗岩コアサンプルに対して,弾性波速度の分散特性を確認した.そして,その測定結果に
対 し て BISQ 理 論 の 適 用 性 検 証 を 試 み た .
3.2.2
実験条件
ス イ ス NAGRA の 所 有 す る グ リ ム ゼ ル 試 験 場 で 採 取 し た ,破 砕 帯 部 分 を 含 ん だ 花 崗 岩 コ
アサンプルに対して弾性波実験を行った.なお今回の実験で用いた振動子の固有振動数は
100kHz, 155kHz, 200kHz, 400kHz, 465kHz, 500kHz, 1.0MHz, 1.32MHz , 2.25MHz の 9
種類である.
( 1) 供 試 体
花 崗 岩 破 砕 帯 部 コ ア サ ン プ ル ( サ イ ズ は 図 3.8 に 示 す )
( 2) 測 定 方 法
水 中 条 件 下 で 弾 性 波 実 験 を 行 う .破 砕 帯 部 コ ア サ ン プ ル に 対 し て ,図 3.8 に 示 す と
おり,①破砕帯部に垂直方向②基岩部③破砕帯部に平行方向で計測を行う.
( 3) 測 定 項 目
各種周波数(9 種類の振動子)を用いて,全体波形を記録する.
また,別途透水係数と間隙率を測定した.
基岩部で測定
破砕帯に平行方向
①
破砕帯に垂直方向
100mm
②
③
80mm
図 3.8
計測方向概念図
研究報告 2-18
3.2.3
実験装置
本実験では以下の装置を用いて行った.
・ オ シ ロ ス コ ー プ : Waverunner2 DS-4264(M)
・ フ ァ ン ク シ ョ ン ジ ェ ネ レ ー タ ー : MULTIFUNCTION SYNTHESIZER 1930A
・ 振 動 子 : 開 発 電 子 社 製 − 100kHz, 200kHz, 400kHz
パ ナ メ ト リ ク ス 社 製 − 0.5MHz, 1.0MHz, 2.25MHz
エ ヌ エ フ 社 製 − 155kHz, 465kHz, 1.32MHz
図 3.9
オシロスコープ(左)とファンクションジェネレーター(右)
図 3.10
弾性波速度測定実験システム概念図
研究報告 2-19
図 3.11
図 3.12
3.2.4
計測装置全体写真(左)と計測状況(右)
破砕帯垂直方向の計測(左)と破砕帯平行方向の計測(右)
実験方法
測 定 は パ ル ス 透 過 法 に よ る 岩 石 の 超 音 波 速 度 測 定 (JGS 2110-1998)を 参 考 に し て 行 っ た .
測定手順は以下の通りである.
①
二酸化炭素置換法を用いて,供試体を水(蒸留水)で飽和させた.
②
測定の前に振動子同士を接着し,水中でキャリブレーションを行った.これは振
動子内に存在する金属の厚みによる弾性波到達時間の誤差を測定し,測定結果を
補 正 す る た め で あ る .こ の 補 正 値 と 初 動 時 間 か ら 供 試 体 の 弾 性 波 速 度 を 算 出 す る .
③
各種周波数の振動子を用いて,破砕帯部に対して,垂直方向,水平方向,基岩部
の 3 方向で弾性波計測を行った.
④
発振と受信を入れ替えて正逆の測定を行い,データの再現性を確認した.算出し
た弾性波速度は正逆方向の平均値を用いた.
研究報告 2-20
3.2.5
実験結果
弾性波実験は飽和状態を維持するために,水中で行った.振動子内に存在する金属の厚
みによる弾性波到達時間の誤差を測定し,測定結果を補正するために,まず水中で端子同
士 を 接 着 し ,キ ャ リ ブ レ ー シ ョ ン を 実 施 し た .図 3.13 に ,そ の 端 子 内 補 正 時 間 と 端 子 の 関
係を示した.
3 10-6
開発電子
パナメトリクス
エヌエフ
2.5 10-6
補正時間(s)
2 10-6
1.5 10-6
1 10-6
5 10-7
0
101
102
103
104
周波数(KHz)
図 3.13
端子内補正時間
ここで得られた補正結果を用いて読み取り結果から弾性波速度の算出を行った.
供 試 体 内 を 透 過 し た 弾 性 波 速 度 V p は 以 下 に 示 す 式 3.1 よ り 算 出 し た .
Vp =
L
Tarival − Tcal
(式 3.1)
L : 供 試 体 の 長 さ [ m]
Tarival:初 動 到 達 時 間[ sec]
Tcal : 振 動 子 補 正 時 間
次に,補正時間を用いて破砕帯コア実験における弾性波速度結果(①破砕帯部に垂直方
向 ② 基 岩 部 ③ 破 砕 帯 部 に 平 行 方 向 )を 図 3.14 に 示 し た .図 3.14 に よ る と ,破 砕 帯 基 岩 部 ,
破 砕 帯 垂 直 方 向 に 関 し て は ,周 波 数 が 増 加 す る に つ れ て 弾 性 波 速 度 も 増 加 す る 傾 向 が あ る .
したがって,弾性波速度は周波数に対して依存性があるということができる.またその弾
性波速度の大きさを比較すると,基岩部方向に計測した速度の方が破砕帯垂直方向に計測
した速度よりも大きいことが分かる.これは,破砕帯垂直方向に計測した弾性波は,発振
と受信の間にある破砕帯構造の影響を受けており,速度が遅くなっているからであると推
察される.
研究報告 2-21
6000
弾性波速度(m/s)
5000
4000
3000
2000
破砕帯垂直
破砕帯基岩
破砕帯平行
1000
101
102
103
104
周波数(kHz)
図 3.14
破砕帯コアサンプル実験結果
破砕帯平行方向に計測した弾性波速度に関しては,基岩部と等しいような速度を示した
り,破砕帯垂直方向の速度よりも小さい速度示したりと大きく変化している.この結果よ
り,破砕帯平行方向の弾性波速度は,破砕帯部を透過した弾性波を正確に計測できていな
い可能性が高いということができる.基岩部と等しいような速度を示しているのは,破砕
帯部を透過しているのではなく,速度の速い基岩部を透過しているためであると推察され
る.従って,これ以降では破砕帯垂直方向と基岩部方向のデータのみを用いて考察を進め
る .今 回 使 用 し た 振 動 子 で は 測 定 領 域 が 100kHz∼ 2.25MHz で あ り ,分 散 現 象 を 正 確 に 把
握するためには,さらに広範囲の周波数領域での測定が必要とされる.しかしながら,高
周波数の測定には弾性波が減衰してしまい,固有振動数の弾性波が到達しないという問題
が起こる.今回行った実験における受信波に対してフーリエ解析を行い,高周波数の波が
供試体内を透過できているかどうかの確認を行った.破砕帯垂直方向のパワースペクトル
結 果 を 図 3.15 か ら 図 3.23 に ,破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル 結 果 を 図 3.24 か ら 図 3.32
に 示 し た . 図 の 横 軸 は 周 波 数 で あ り , 縦 軸 は パ ワ ー ス ペ ク ト ル 密 度 ( Power Spectrum
Density,図 中 で は PSD と 略 す )で あ る .こ の 結 果 よ り ,破 砕 帯 垂 直 方 向 ,破 砕 帯 基 岩 部
方 向 と も に 1.0MHz ま で は 高 周 波 数 の 波 が 透 過 し て い る よ う に 見 て 取 れ る が , 1.32MHz
と 2.25MHz の 波 は ほ と ん ど 透 過 し て い な い 可 能 性 が 高 い .図 3.14 に お い て 高 周 波 数 に お
ける弾性波速度がほとんど変化していないのは,このためであると推察される.今後は,
高 周 波 数 の 測 定 に 対 し て ,供 試 体 の サ イ ズ を 小 さ く す る な ど の 工 夫 が 必 要 で あ る と 考 え る .
一方低周波数領域の測定に関しては,波の波長が大きくなり岩石供試体の大きさに対し
て十分な波数を確保できなくなるといった問題が生じる.よって今後,低周波数の測定に
は,よりサイズの大きな供試体を用いる必要があると考えられる.
研究報告 2-22
PSD(V2/Hz)
10
0
10
-1
10
-2
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
3
10
4
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.15
10
-2
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
-11
10
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 100kHz)
3
10
4
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.16
10
0
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
-14
10
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 155kHz)
3
10
4
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
図 3.17
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 200kHz)
研究報告 2-23
PSD(V2/Hz)
10
2
10
1
10
0
10
-1
10
-2
10
-3
10
-4
10
-5
10
3
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.18
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 400kHz)
10
-2
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
-11
10
3
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.19
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 465kHz)
10
0
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
3
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
図 3.20
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 500kHz)
研究報告 2-24
PSD(V2/Hz)
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.21
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 1.0MHz)
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
-11
10
-12
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.22
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 1.32MHz)
10
-2
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
-11
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
図 3.23
破 砕 帯 垂 直 方 向 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 2.25MHz)
研究報告 2-25
PSD(V2/Hz)
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
3
10
4
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.24
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 100kHz)
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
-11
10
-12
10
3
10
4
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.25
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 155kHz)
10
0
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
3
10
4
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
図 3.26
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 200kHz)
研究報告 2-26
PSD(V2/Hz)
10
2
10
0
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
4
PSD(V2/Hz)
0
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
図 3.27
10
10
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 400kHz)
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.28
10
0
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 465kHz)
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
図 3.29
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 500kHz)
研究報告 2-27
PSD(V2/Hz)
10
0
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.30
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 1.0MHz)
10
-2
10
-3
10
-4
10
-5
10
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
-11
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
PSD(V2/Hz)
図 3.31
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 1.32MHz)
10
-2
10
-4
10
-6
10
-8
10
-10
10
-12
10
4
10
5
10
6
10
7
10
8
周波数(Hz)
図 3.32
破 砕 帯 基 岩 部 の パ ワ ー ス ペ ク ト ル ( 2.25MHz)
研究報告 2-28
3.2.6
実験結果の考察
図 3.33 に 示 す よ う に ,弾 性 波 試 験 は 破 砕 帯 垂 直 方 向 で 計 測 し て い る が ,透 水 試 験 は 破 砕
帯 平 行 方 向 に し か 計 測 で き て い な い .そ こ で ,基 岩 部 速 度 を V1,破 砕 帯 速 度 を V2 と 置 い
て , 式 3.2 を 用 い て , V2 を 算 出 し た . な お , 供 試 体 長 さ は 8.0cm で あ り , 破 砕 帯 長 さ は
2cm と し た .
弾性波試験
V1
透水試験
8cm
V2
V1
図 3.33
弾性波試験方向と透水試験方向
6000
5500
基岩部
5000
弾性波速度(m/s)
4500
4000
破砕帯垂直方向
3500
3000
2500
2000
破 砕 帯 部 分( 算 出 )
1500 3
10
10
4
10
5
10
6
10
7
周波数(Hz)
図 3.34
実 験 結 果 と BISQ 理 論 解
研究報告 2-29
10
8
表 3.8
フィッティングに用いた物性値
[m/s]
弾性係数
K
[N/m 2 ]
弾性係数
Ks
[N/m 2 ]
せん断
係数
[N/m 2 ]
ポアソン
比
−
破砕帯基岩
部
2.1E-10
0.87E10
5.0E10
1.7E10
0.25
0.005
破砕帯部分
(算出)
2.0E-07
2.0E09
7.8E09
2.0E09
0.30
0.084
透水係数
間隙率
−
※ 破 砕 帯 基 岩 部 L =7.0E-05 [m], 破 砕 帯 部 分 L =1.0E-03[m]
供試体長さ
供試体長さ − 破砕帯長さ 破砕帯長さ
=
+
破砕帯垂直 V
基岩部 V
破砕帯 V
( 式 3.2)
基 岩 部 速 度 , 破 砕 帯 垂 直 方 向 の 速 度 , 破 砕 帯 速 度 を プ ロ ッ ト し , BISQ 理 論 を 用 い て フ
ィ ッ テ ィ ン グ し た 結 果 を 図 3.34 に 示 し た . な お , フ ィ ッ テ ィ ン グ に 用 い た 物 性 値 は , 表
3.8 に 示 す . 赤 色 丸 印 が 計 測 値 を 表 し , 青 色 曲 線 が 近 似 を し た BISQ 理 論 曲 線 を 表 す . 図
3.34, 表 3.8 に よ る と , 想 定 さ れ 得 る 物 性 値 に 用 い て , BISQ 理 論 が 適 用 で き た こ と が 分
か る . ま た , BISQ 理 論 で 計 算 さ れ た 分 散 周 波 数 は , 破 砕 帯 基 岩 部 が 303.15(kHz), 破 砕
帯 部 分 が 85.262(kHz)と な っ て お り ,図 3.34 の 曲 線 上 の 青 色 ×印 は そ の 位 置 を 示 し て い る .
つ ま り ,透 水 性 が 大 き く な る と 分 散 周 波 数 が 小 さ く な っ て い る こ と が 確 認 で き た .こ れ は ,
3.1.3 の 履 歴 温 度 を 与 え た 実 験 で 得 ら れ た 知 見 と 整 合 が 取 れ て い る .
3.2
まとめ
大島花崗岩の基岩部コア,履歴温度を与え人工的に亀裂を発生させた稲田花崗岩,そし
てスイスの花崗岩破砕帯コアサンプルに対して,弾性波速度の分散特性を確認することが
で き た . ま た , BISQ 理 論 を 用 い て 理 論 曲 線 を フ ィ ッ テ ィ ン グ す る こ と が で き た . こ の 結
果から,分散周波数から直接的に透水係数を算出する手法の可能性を示すことができたと
考える.
また,履歴温度が上がり透水係数が大きくなるにつれて,弾性波速度の分散周波数は小
さくなる傾向が確認された.すなわち,同一の結晶質岩において,弾性波速度の分散特性
が透水性により異なることが示せたものと考える.
研究報告 2-30
4.原位置試験
4.1
4.1.1
概要
試験目的
原位置試験の目的は,弾性波分散現象から弾性波が透過した媒体の水理特性を評価する
手 法 の 開 発 に お い て ,第 3 章 で 行 っ た 室 内 実 験 の 次 の 段 階 と し て ,原 位 置 に お け る 弾 性 波
透水トモグラフィの検証を行うことである.本実験では,まず室内実験によって確認した
弾性波分散現象が原位置においても生じるかどうかを確認する目的で,複数の周波数を用
いた弾性波測定試験を行う.その後,弾性波分散現象から岩盤の水理特性を評価すること
を目的とした,より測定密度の濃い弾性波試験を行う.
4.1.2
試験実施サイト概要
弾性波測定試験を行うボーリング孔は,試験空洞のインバート部にトンネルと平行する
よ う に , 図 4-1 の よ う な レ イ ア ウ ト で 掘 ら れ て い る . 本 試 験 で は 図 4-1 に 示 し た ボ ー リ ン
グ 孔 の 内 , B-3− B-5 孔 間 を 弾 性 波 分 散 現 象 の 確 認 試 験 に , B-2− B-3 孔 間 を 弾 性 波 透 水 ト
モ グ ラ フ ィ の 検 証 実 験 に 用 い る .ボ ー リ ン グ 孔 深 度 は 岩 着 か ら 3.5m と な っ て い る .な お ,
イ ン バ ー ト 部 で は 1m 程 度 の コ ン ク リ ー ト が 打 設 さ れ て い る た め , ボ ー リ ン グ 孔 の 全 長 は
4.5m 程 度 と な っ て い る . 各 ボ ー リ ン グ 孔 に お け る イ ン バ ー ト の コ ン ク リ ー ト 厚 さ お よ び
孔 底 深 度 を 表 4-1 に 示 す .
B-1
5m
5m
B-2
B-4
表 4 -1
のコンクリート厚さ
5m
インバートのコンク
孔底深度
リ ー ト 厚 さ ( cm)
( cm)
B-1
97
451
B-2
102
452
B-3
100
451
B-4
68
423
B-5
105
457
B-3
10m
B-5
図 4-1
各ボーリング孔におけるインバート
ボーリング孔レイアウト
研究報告 2-31
ま た 、ボ ー リ ン グ 孔 B-1∼ B-5 に お い て 実 施 さ れ た BTV に よ る 孔 壁 の 観 察 結 果 か ら 、亀
裂 の 存 在 す る 深 度 が 分 か っ て い る . 表 4-2 に 各 ボ ー リ ン グ 孔 に お け る 亀 裂 の 深 度 お よ び 開
口幅を示す.
表 4-2
BTV に よ る 孔 壁 観 察 結 果
ボーリング孔 名
B-1
B-2
B-4
B-3
B-5
4.1.3
深 度 (m) 開 口 幅 (mm)
1.61
15
2.04
0
1.30
0.5
1.82
14
2.05
1
2.20
0.5
1.65
1
1.77
0.5
1.34
0
1.79
30
2.08
1
1.79
2
2.20
1
試験内容
本 試 験 で は ,弾 性 波 分 散 現 象 確 認 の た め の 図 4-1 で 示 し た B-3− B-5 孔 間 (孔 間 距 離 10m)
に お け る 弾 性 波 測 定 試 験 , お よ び 弾 性 波 透 水 ト モ グ ラ フ ィ 技 術 の 検 証 の た め の B-2− B-3
孔 間 (孔 間 距 離 5m)に お け る 弾 性 波 測 定 試 験 を 実 施 す る .ま た 弾 性 波 測 定 試 験 を 行 う ボ ー リ
ン グ 孔 に お い て は , 別 途 BTV に よ る 孔 壁 観 察 お よ び 原 位 置 透 水 試 験 が 行 わ れ て い る .
研究報告 2-32
4.2
弾性波測定試験概要
4.2.1
試験装置
弾 性 波 測 定 試 験 に 用 い た 装 置 お よ び そ の 仕 様 を 表 4-3 に 示 す .
表 4-3
項目
試験装置仕様一覧
メーカーおよび型式
仕様
寸法:φ
発振器
(ピ エ ゾ 震 源 )
International
Transducer Inc.
ITC6130
44mm,L200mm,W3.0kg
最 大 電 圧 : 200V
最 大 電 流 : 1A
ケ ー ブ ル 長 : 250m
周 波 数 : 2∼ 40kHz
受信器
(ハ イ ド ロ フ ォ ン )
ファンクション
ジェネレータ
12 連 ア ン プ 内 臓
システム技研
ハイドロフォン
振 幅 : 10mV∼ 10V
Agilent
33220A
周 波 数 : 1μ ∼ 20MHz
消 費 電 力 : 50VA
最 大 電 圧 : 300Vpp
増 幅 器 (発 振 側 )
NF
HAS4052
周 波 数 : DC∼ 500kHz
利 得 : ×20∼ 200
増 幅 器 (受 信 側 )
システム技研
NATIONAL
波形収録装置
INSTRUMENTS
PXI-1042
12 連 ハ イ ド ロ フ ォ ン 対 応
チ ャ ン ネ ル 数 : 16
サ ン プ リ ン グ 速 度:250kHz
研究報告 2-33
装置写真
ま た 装 置 の 配 置 を 図 4-3 に 示 す .
発振孔
約1.0m
受信孔
コンクリート部
亀裂上部を通るパス T-15
約4.5m
亀裂を通るパス T-13
堅岩部を通るパス T-7
10.0m
図 4-3
4.2.2
計測装置配置図
試験方法
本 試 験 は フ ァ ン ク シ ョ ン ジ ェ ネ レ ー タ に よ り 発 生 さ せ た 弾 性 波 を 増 幅 器 (発 振 側 )で 増 幅
させた後,ボーリング孔内に設置したピエゾ震源により発振する.岩盤内を伝播した弾性
波はボーリング孔内に設置したハイドロフォンにより受信されハイドロフォン内のアンプ
に よ り 増 幅 し た 後 , 改 め て 増 幅 器 (受 信 側 )に よ り 増 幅 し 波 形 収 録 装 置 内 の ハ ー ド デ ィ ス ク
に収録する.なお,発振する弾性波の周波数はファンクションジェネレータにより制御す
る.
4.2.3
試験パターン
弾 性 波 測 定 試 験 に お い て 実 施 す る 計 測 パ タ ー ン を 以 下 の 表 に 示 す . 表 4-4 に お け る B-3
− B-5 孔 間 (孔 間 距 離 10m)で の 試 験 が 弾 性 波 分 散 現 象 の 確 認 試 験 , B-2− B-3 孔 間 (孔 間 距
離 5m)で の 試 験 が 弾 性 波 透 水 ト モ グ ラ フ ィ の 検 証 試 験 と い う 位 置 づ け で あ る .
表 4-4
測定パターン
計 測 に用 いる
ボーリング孔
孔間
距離
実施内容
測定条件
B-3 B-5
10.0m
周 波 数 ごとの
弾性波速度計測
B-2 B-3
5.0m
周 波 数 ごとの
弾性波速度計測
・発 振 -受 信 点 間 隔 :0.20m
・測 定 周 波 数 :2.5,5.0,10.0,15.0,20.0,24.0,33.0kHz
・計 測 パス:亀 裂 部 を通 るパス、亀 裂 上 部 を通 る
パス、堅 岩 部 を通 るパスを選 定 する.
・測 定 周 波 数 :2.102∼80kHz の 20 周 波 数
研究報告 2-34
4.3
4.3.1
弾 性 波 測 定 試 験(10m 孔間)
目的
本試験は,室内実験により確認された弾性波分散現象が原位置スケールでも生じるかど
うかを確認する目的で行うものである.
4.3.2
計測レイアウト
10m 孔 間 に お け る 弾 性 波 測 定 試 験 の 測 定 レ イ ア ウ ト を 図 4-4 に 示 す .ボ ー リ ン グ 孔 に お
け る BTV の 結 果 を 基 に , 測 定 は 亀 裂 部 を 通 る パ ス , 亀 裂 上 部 を 通 る パ ス , 堅 岩 部 を 通 る
パスを選定している.
1965
弾性波速度(m/s)
1960
1955
1950
1945
1940
1935
1
10
100
周波数(kHz)
図 4-4
4.3.3
計 測 レ イ ア ウ ト (10m 孔 間 )
計測結果
本 試 験 で は ,測 定 区 間 10m を 一 つ の 測 定 単 位 と し た 弾 性 波 到 達 時 間 を 計 測 す る 測 定 と み
な し , 各 周 波 数 で の 弾 性 波 速 度 を 算 出 し た . 図 4-5∼ 4-7 に 各 測 定 パ ス の 測 定 結 果 を 示 す .
1905
弾性波速度(m/s)
1900
1895
1890
1885
1880
1875
1
10
100
周波数(kHz)
図 4-6
測 定 結 果 (亀 裂 上 部 を 通 る パ ス T-13)
研究報告 2-35
1905
弾性波速度(m/s)
1900
1895
1890
1885
1880
1875
1
10
100
周波数(kHz)
図 4-6
測 定 結 果 (亀 裂 上 部 を 通 る パ ス T-15)
弾性波速度(m/s)
2065
2060
2055
2050
2045
2040
1
10
100
周波数(kHz)
図 4-7
測 定 結 果 (堅 岩 部 を 通 る パ ス T-7)
こ れ 以 降 , 堅 岩 部 を 通 る パ ス を T-7, 亀 裂 部 を 通 る パ ス を T-13, 亀 裂 上 部 を 通 る パ ス を
T-15 と そ れ ぞ れ 呼 ぶ こ と と す る .
図 に 示 す 各 パ ス (T-7, T-13, T-15)に お け る 弾 性 波 速 度 と 周 波 数 の 関 係 を 見 る と , T-13
お よ び T-15 に お い て 周 波 数 の 増 加 に 伴 う 弾 性 波 速 度 の 増 加 , す な わ ち 弾 性 波 分 散 現 象 が
生 じ て い る こ と が 見 て 取 れ る . ま た T-7 に お い て は , 明 瞭 と は 言 い が た い が 、 周 波 数 の 増
加に対して若干の弾性波速度の増加が見られた.各パスにおける弾性波速度の絶対値は
T-7>T-13>T-15 の 順 番 に な っ た . さ ら に , 弾 性 波 速 度 の 最 大 値 か ら 最 小 値 を 引 き , 平 均 値
で 除 し た も の を 変 化 率 と し て 定 義 し , 各 パ ス で の 結 果 を 比 較 す る と , T-15>T-13>T-7 の 順
番となった.次節にてこれらの結果について,考察を行う.
研究報告 2-36
4.3.4
考察
測定した各々のパスにおける弾性波速度は,その周波数に対して依存性を持つことが確
認された.このことから,室内実験と同様に原位置においても弾性波分散現象が生じてい
ると考えられる.
各 々 の パ ス に お け る 弾 性 波 速 度 の 絶 対 値 を 比 較 す る と ,T-7>T-13>T-15 の 順 番 に な っ た .
一般に,亀裂部を透過する弾性波の速度は,他の部分を透過する弾性波速度よりも低下す
ると考えられるが,今回得られた結果はこれに反する.このことから,我々が亀裂部を通
過 す る と 考 え て い た 測 線 が , 以 下 の 図 4-8 に 示 す よ う に 亀 裂 部 を 避 け る よ う に し て 岩 盤 内
を透過していたと考えられる.このことは,弾性波が伝播する際に,より速度の早い経路
を選択するという弾性波の性質からも肯首できることである.
1965
弾性波速度(m/s)
1960
1955
1950
1945
1940
1935
1
10
100
周 波 数 ( kHz)
図 4-8
弾性波伝播のイメージ
また,亀裂部より上部はトンネルの坑道近傍の比較的深度の浅い部分であるため,掘削
の影響を受け,母岩に比べ岩盤が弱くなっていると考えられる.つまり,上図のように亀
裂部を通ると考えていたパスが亀裂部より下の母岩を透過することで,母岩の特性を反映
し,亀裂上部を通るパスが,坑道近傍の掘削の影響を受けた岩盤の特性を反映することに
より,この結果が生じたものと考えられる.
次に,弾性波速度の変化量に関して,同じサイトにおいてサンプリングされたコアに対
する室内実験の結果より得られた知見を基に考察を行う.それぞれのパスにおける弾性波
測 定 結 果 と 室 内 試 験 の 結 果 を 図 4-9 に 示 す .
2150
弾性波速度(m/s)
2100
2050
2000
:T-7
:T-13
:T-15
:室内実験結果
(軽石凝灰岩1,2,3)
1950
1900
1850 3
10
図 4-9
10
4
5
10
周波数(Hz)
10
6
10
7
10m 孔 間 試 験 結 果 と 室 内 試 験 結 果 の 比 較
研究報告 2-37
図 4-9 を 見 る と ,ピ ン ク の 点 で 示 さ れ た T-13 に お け る 測 定 結 果 は 室 内 試 験 の 結 果 と 連 続
的 で あ り ,室 内 で 用 い た 岩 石 に お け る 弾 性 波 測 定 の 低 周 波 領 域 を 表 し て い る と 解 釈 で き る .
また青の点で示された測定結果は室内試験の結果における弾性波速度より大きい弾性波速
度を示し,黄色の点で示された測定結果は室内試験の結果における弾性波速度より小さい
弾性波速度を示している.
室 内 実 験 に お い て 軽 石 凝 灰 岩 に 対 す る 適 用 性 が 確 認 さ れ た Biot 理 論 に は 媒 体 の ス ケ ー
ルを表現する概念はないため、媒体のスケールにより弾性波分散現象の様子が異なること
はない.そこで本試験においても、弾性波分散現象にスケール効果が存在しないと仮定し
て検討を進める.
T-13 で 測 定 さ れ た 結 果 が 室 内 実 験 の 結 果 の 低 周 波 数 領 域 を 表 し て い る と 解 釈 し 、室 内 実
験 に よ り 得 ら れ た 物 性 値 を 用 い て Biot 理 論 解 と の 比 較 を 行 う . ま た 、 T-7 お よ び T-15 に
対 し て は 、本 試 験 が 10m を 一 つ の 測 定 区 間 と 考 え て い る た め 、測 線 内 に 亀 裂 な ど が 存 在 し
ていたとしても、その弾性定数がオーダーレベルで変化することは考えにくい.そこで、
弾 性 波 速 度 の 絶 対 値 が T-7>T-13>T-15 の 順 番 に な っ た こ と か ら 、 弾 性 定 数 に お い て も
T-7>T-13>T-15 の 順 番 に な る も の と 考 え ,室 内 試 験 で 得 ら れ た 物 性 値 を T-13 に お け る 物 性
値 と し , そ れ を 基 準 に し て T-7 お よ び T-15 に お け る 弾 性 定 数 を 推 定 す る こ と で 、 Biot 理
論解との比較を行う.
図 4-10∼ 4-12 に 各 パ ス に お け る 測 定 結 果 と Biot 理 論 解 の 比 較 結 果 を 示 す . ま た 表 4-4
に Biot 理 論 解 を 算 出 す る 際 に 用 い た 物 性 値 を 示 す . な お 、Biot 理 論 解 算 出 に 必 要 な パ ラ
メータである透水係数については、すべてにおいて室内実験の結果を用いたため、ここで
は弾性波速度の上限,下限のみに着目する.
2250
2120
2100
2080
弾性波速度(m/s)
2150
2100
2050
2000
1900 3
10
2060
2040
2020
2000
1980
1960
1950
1940
10
4
10
図 4-10
5
6
10
10
周波数(Hz)
7
10
8
10
1920 3
10
9
T-7 と Biot 理 論 解
10
4
10
図 4-11
5
6
10
10
周波数(Hz)
2050
2000
1950
1900
1850 3
10
10
4
図 4-12
10
5
6
10
10
周波数(Hz)
7
10
8
10
T-15 と Biot 理 論 解
研究報告 2-38
7
10
8
10
T-13 と Biot 理 論 解
2100
弾性波速度(m/s)
弾性波速度(m/s)
2200
9
9
表 4-4
Biot 理 論 解 算 出 に 用 い た 物 性 値
透水係数
体積弾性率
弾性係数
せん断 係 数
ポアソン比
間隙率
k
Ks
E
G
ν
φ
m/s
N/m 2
N/m 2
N/m 2
-
-
使用物性値
4.13E-07
8.00E+09
1.78E+09
6.17E+08
0.442
0.5
コア物 性 値
7.44E-08
-
1.64E+09
5.71E+08
0.449
0.5421
透水係数
体積弾性率
弾性係数
せん断 係 数
ポアソン比
間隙率
k
Ks
E
G
ν
φ
m/s
N/m 2
N/m 2
N/m 2
-
-
使用物性値
6.50E-06
8.00E+09
1.64E+09
5.71E+08
0.436
0.57
コア物 性 値
7.44E-08
-
1.64E+09
5.71E+08
0.449
0.5421
透水係数
体積弾性率
弾性係数
せん断 係 数
ポアソン比
間隙率
k
Ks
E
G
ν
φ
m/s
N/m 2
N/m 2
N/m 2
-
-
使用物性値
5.50E-05
8.00E+09
1.44E+09
5.01E+08
0.437
0.6
コア物 性 値
7.44E-08
-
1.64E+09
5.71E+08
0.449
0.5421
T-7
T-13
T-15
図 4-10∼ 4-12 に 示 し た Biot 理 論 解 に お け る 弾 性 波 速 度 の 上 限 お よ び 下 限 の み を 示 し ,
10m 孔 間 試 験 に お け る 結 果 と 比 較 し た も の を 図 4-13 に 示 す . 図 に 示 す 水 色 の 線 は 予 測 さ
れる弾性波分散現象を表し,その様子から青色で示す特性周波数の範囲を予測した.
図 4-13 に 示 す よ う に 、 全 て の 結 果 に お い て 10m 孔 間 に お け る 測 定 の 結 果 は , 弾 性 波 分
散現象における弾性波速度の下限に近い領域を表現していると考えられる.また測定結果
領域内における弾性波速度の下限からの変化量には,各パスにおいて違いがあることが見
て 取 れ る . こ の こ と か ら 、 T-7 の 結 果 は 弾 性 波 分 散 現 象 に お け る 弾 性 波 速 度 の 下 限 領 域 ,
T-13 お よ び T-15 の 結 果 は 弾 性 波 分 散 現 象 に お け る 弾 性 波 速 度 の 立 ち 上 が り 領 域 を そ れ ぞ
れ表していると考えられる.この結果は,各パスにおける測定結果に対して,弾性波速度
の最大値から最小値を引き,平均値で除したものを変化率として定義し,各パスでの結果
を 比 較 し た 際 に ,そ の 変 化 率 が T-15>T-13>T-7 の 順 番 と な っ た 結 果 と 対 応 し て い る と 考 え
られる.
またこのことから,各パスに対して弾性波分散現象における特性周波数を室内試験で行
っ た 方 法 と 同 様 に 推 定 し ,Biot 理 論 を 用 い て 透 水 係 数 の 範 囲 を 推 定 す る と 表 5-5 の よ う に
なった.
以上より,測定周波数帯における弾性波速度の変化量の違いは,弾性波分散現象が生じ
る周波数帯の違い,すなわち水理特性の違いを表していると考えられる.
研究報告 2-39
2220
2120
2200
2100
T-7
2140
2120
2100
2080
2060
2060
2040
2020
2000
1980
1960
2040
2020 3
10
T-13
2080
2160
弾性波速度(m/s)
弾性波速度(m/s)
2180
1940
10
4
10
5
6
10
10
周波数(Hz)
7
10
8
10
1920 3
10
9
10
4
10
5
6
10
10
周波数(Hz)
7
10
8
10
9
2040
2020
弾性波速度(m/s)
2000
T-15
1980
1960
1940
1920
1900
1880
1860 3
10
10
図 4-13
表 4-5
4
10
5
6
10
10
周波数(Hz)
7
10
8
10
9
予測した特性周波数の範囲
予測された特性周波数の範囲と推定透水係数
T-7
特 性 周 波 数 の範 囲
1.00E+06(Hz)以 上
推定透水係数
3.77E-07(m/s)以 下
T-13
T-15
1.00E+05∼
1.00E+04∼
1.00E+06(Hz)
2.00E+05(Hz)
8.67E-06∼
8.42E-05∼
8.67E-07(m/s)
4.21E-06(m/s)
研究報告 2-40
4.4
4.4.1
弾 性 波 測 定 試 験 (5m 孔 間 )
目的
本試験は,測定された弾性波分散現象から岩盤の水理特性の評価を行い,弾性波分散現
象を用いた水理特性評価手法の適用性を検証する目的で行うものである.
4.4.2
計測レイアウト
B-2 と B-3 を 用 い た 孔 間 5m に お け る 弾 性 波 測 定 試 験 の 測 定 レ イ ア ウ ト を 以 下 の 図 4-14
に 示 す .図 に 示 す よ う に ,測 定 区 間 を 試 験 空 洞 底 面 か ら 40cm∼ 420cm と し ,発 振 点 間 隔 ,
受 信 点 間 隔 共 に 20cm ピ ッ チ で 20 点 ず つ の 計 測 を 行 う . 測 線 数 は 計 400 で あ る .
発振孔
受信孔
試験空洞底面より40cm∼420cm
(20cmピッチ:20点)
約4.5m
5.0m
図 4-14
4.4.3
計 測 レ イ ア ウ ト (5m 孔 間 )
解析手法
試験より得られた弾性波の初動データから,各々のパスにおける走時を読み取り,以下
の手法を用いて解析を行うことで試験対象サイトの弾性波速度トモグラフィを算出した.
な お 解 析 は 対 象 岩 盤 を 図 4-16 に 示 す よ う に モ デ ル 化 し て 行 っ た . こ の モ デ ル で は 対 象 領
域 を 20cm×20cm の メ ッ シ ュ に 分 割 し て い る .ま た 解 析 を 行 う 際 に 用 い た 仮 定 は 以 下 の 通
りである.
① 弾性波の伝播経路は発振点と受信点を結んだ直線とする.
② 各メッシュ内の弾性波速度は異方性を持たず一定である.
研究報告 2-41
今 回 弾 性 波 速 度 ト モ グ ラ フ ィ の 算 出 に は SIRT 法 (Simultaneous Iterative
Reconstruction Technique)を 用 い た . SIRT 法 の 説 明 を 以 下 に 示 す .
SIRT 法 と は ART 法 を 改 良 し た 反 復 法 で あ り ,波 線 ご と に 速 度 構 造 を 変 化 さ せ ず ,各 波
線 に 対 し て 各 セ ル 中 の 入 射 方 向 , 波 線 長 , お よ び 波 線 ( i )に 対 す る 走 時 残 差 を 記 憶 し , 1 波
線ごとに構造を変化させずに q 回目の結果をまとめてセルの構造を変化させる解析手法で
ある.一般的に対象領域を矩形あるいはサイコロ状の要素を分割し解析を行う.この解析
手法により得られる解は,最小2乗解であると同時に,真の解に収束することを示すこと
が で き る ( van der Sluis and van der Vorst, 1987). し か し , 解 析 手 法 と し て そ の 収 束 速
度 は 共 役 勾 配 法( CG, Conjugate Gradient Method)よ り も 遅 い と い う 報 告 が さ れ て い る .
本 研 究 で は SIRT 法 を 用 い て ス ロ ー ネ ス を 以 下 の よ う に 算 出 し た .
i 番 目 の 波 線 の 観 測 走 時 を T0i , 発 振 器 ・受 信 器 を 直 線 で 結 ん だ 波 線 長 を Li と し た 時 , こ
の 波 線 が 通 過 す る セ ル の 平 均 ス ロ ー ネ ス S は 以 下 の 式 (4-1)に よ り 求 め ら れ る .
Si =
Toi
(4-1)
Li
ま た k 番 目 の セ ル を i 番 目 の 波 線 が 通 過 す る 長 さ を l ik と す る と , k 番 目 の セ ル の ス ロ ー
ネ ス S k は 式 (4-2)で 表 さ れ , こ れ を ス ロ ー ネ ス 分 布 の 初 期 モ デ ル と す る .
Sk =
∑ (l
ik
* Si )
i
(4-2)
∑l
ik
i
次 に 初 期 モ デ ル か ら 理 論 走 時 Tci を 求 め , 走 時 残 差 ∆Ti を 式 (4-3)よ り 求 め る .
∆Ti = Toi − Tci
(4-3)
こ の 走 時 残 差 を 式 (4-4)に 示 す よ う に 波 線 が 通 過 し た セ ル に そ の 長 さ に 応 じ て 振 り 分 け る .
∆tik =
∆Ti * lik
(4-4)
Li
こ の 結 果 , k 番 目 の セ ル に 対 す る ス ロ ー ネ ス の 補 正 量 は ∆S k と し て 以 下 の 式 (4-5)よ り 求 め
られる.
∆S k =
∑ ∆t
ik
i
∑l
(4-5)
ik
i
I 回目の反復計算によって求められる k 番目のセルのスローネス
算によって得られるスローネスを
S k( I ) は ,(I-1)回 目 の 反 復 計
S k( I − 1 ) と す る と , 式 (4-6)に よ り 求 め る こ と が で き る .
S k( I ) = Sk( I −1) + ∆Sk
(4-6)
こ の ス ロ ー ネ ス か ら 修 正 さ れ た 理 論 走 時 を 求 め , 観 測 走 時 と の 差 (残 差 )が 許 容 範 囲 内 に
なるまで繰り返し計算を行うことで解析を行った.
研究報告 2-42
4.4.4
測定結果
試 験 に よ り 得 ら れ た 弾 性 波 の 初 動 デ ー タ の 例 を 図 4-15 に 示 す 。 図 中 で オ レ ン ジ の 線 で
示すように測線ごとに初動位置が違うことが見て取れる。
図 4-15
弾性波測定波形の例
図に示すような弾性波の初動データから,各々のパスにおける走時を読み取り,弾性波
速 度 ト モ グ ラ フ ィ を 算 出 し た 結 果 を 図 4-17 に 示 す . な お , 全 て の 測 定 の う ち , 発 振 点 位
置 お よ び 受 信 点 位 置 が 試 験 空 洞 底 面 よ り 1.4m 以 内 に あ る も の は , コ ン ク リ ー ト 部 の 影 響
を受けており,初動の読み取りが困難であったため,解析結果としては試験空洞底面より
1.5m∼ 4.2m ま で の 発 振 点 14, 受 信 点 14 の 計 256 測 線 に 対 し て の 結 果 を 示 す .
孔間5.0m
14
12
深度1.5m∼4.2m
10
8
6
4
2
0
0
5
10
図 4-16
15
解析モデル
研究報告 2-43
20
25
a)
(m/s)
(m/s)
2100
2100
b)
2050
2050
5
1950
5
1900
1850
0
0
5
10
15
20
25
c)
2000
10
1900
1850
0
0
1800
5
10
15
20
25
(m/s)
(m/s)
2100
d)
1950
5
1900
1850
0
0
5
10
15
20
25
e)
2000
10
1900
1850
0
0
1800
5
10
15
20
25
(m/s)
(m/s)
2100
f)
0
0
1900
1850
5
10
15
20
25
1950
5
0
0
1800
2000
10
弾性波速度
1950
2050
弾性波速度
2000
5
1800
2100
2050
10
弾性波速度
1950
2050
弾性波速度
2000
5
1800
2100
2050
10
弾性波速度
1950
弾性波速度
2000
10
1900
1850
5
10
15
20
25
1800
(m/s)
2100
g)
2050
1950
5
弾性波速度
2000
10
1900
1850
0
0
5
図 4-17
10
15
20
25
1800
弾性波トモグラフィ結果
a)2.5kHz, b)5.0kHz, c)10.0kHz, d)15.0kHz
e)20.0kHz, f)24.0kHz, g)33.0kHz
全ての周波数における弾性波トモグラフィの結果において,領域上部の亀裂が存在する
部分において,弾性波速度が低下している傾向が見られた.次節にて弾性波トモグラフィ
の 結 果 お よ び 10m 孔 間 試 験 で 得 ら れ た 知 見 を 基 に 水 理 特 性 の 評 価 を 行 う .
研究報告 2-44
4.5
弾性波分散現象を用いた水理特性の評価
本 節 で は ,原 位 置 で サ ン プ リ ン グ さ れ た コ ア に 対 す る 室 内 実 験 お よ び 10m 孔 間 試 験 よ り
得 ら れ た 知 見 を 基 に , 5m 孔 間 試 験 で 得 ら れ た 弾 性 波 ト モ グ ラ フ ィ か ら 対 象 領 域 の 水 理 特
性の評価を行う.
ま ず , 室 内 実 験 お よ び 10m 孔 間 試 験 か ら 得 ら れ た 知 見 に つ い て ま と め る .
原位置でサンプリングされたコアに対する室内実験の結果より,測定された弾性波分散
現 象 に お け る 弾 性 波 速 度 の 変 化 量 は Biot 理 論 を 用 い て 表 現 す る こ と が 可 能 で あ る こ と が
分 か っ た .ま た ,Biot 理 論 解 よ り 得 ら れ る 弾 性 波 速 度 の 上 限 お よ び 下 限 の 値 か ら ,特 性 周
波数の存在する周波数帯を推定することで算出した透水係数は,透水試験における測定値
と同程度のオーダーを示すことが分かり,さらに実際の透水係数の大小関係が推定される
透水係数の大小関係に反映されていることが分かった.
そ し て , 10m 孔 間 試 験 に 対 し て Biot 理 論 解 に よ る 評 価 を 行 っ た と こ ろ , 弾 性 波 が 透 過
した経路により弾性波分散現象が生じる周波数帯に違いがあり,同じ周波数帯での測定結
果においても分散現象の立ち上がり領域を示すもの,弾性波速度の下限値を示すものが存
在 す る こ と が 示 唆 さ れ た . こ の 違 い を モ デ ル 化 し た も の を 以 下 の 図 4-18 に 示 す . ま た ,
こ の 違 い は , 弾 性 波 速 度 の 変 化 率 が 各 パ ス に よ っ て 異 な り , T-15>T-13>T-7 の 順 番 と な っ
た結果に反映されていることが示唆された.
さ ら に ,室 内 実 験 の 場 合 と 同 様 に ,Biot 理 論 解 に お け る 弾 性 波 速 度 の 上 限 お よ び 下 限 か
ら 特 性 周 波 数 の 存 在 す る 範 囲 を 推 定 し , 透 水 係 数 を 算 出 し た と こ ろ , 以 下 の 表 5-6 に 示 す
ように弾性波速度の変化量の違いが水理特性の違いに対応している可能性が示された.
2250
2200
弾性波速度(m/s)
2150
2100
2050
2000
1950
1900
1850 3
10
図 4-18
表 4-6
10
4
10
5
6
10
10
周波数(Hz)
7
10
8
10
9
各パスにおける弾性波分散現象のモデル
推定された透水係数と弾性波速度の変化量の比較
堅岩部
特 性 周 波 数 の範 囲
1.00E+06(Hz)以 上
推定透水係数
3.77E-07(m/s)以 下
弾 性 波 速 度 の変 化 率 (%)
0.613506512
研究報告 2-45
亀裂部
亀裂上部
1.00E+05∼
1.00E+04∼
1.00E+06(Hz)
2.00E+05(Hz)
8.67E-06∼
8.42E-05∼
8.67E-07(m/s)
4.21E-06(m/s)
0.936131146
1.093625329
本来弾性波透水トモグラフィは,弾性波分散現象より特性周波数を読み取り水理特性を
評価する手法であるが,本実験においては測定周波数の制限から弾性波分散現象の全てを
捉 え ら れ て い な い . そ こ で 室 内 実 験 お よ び 10m 孔 間 試 験 か ら 得 ら れ た 知 見 を 用 い て , 5m
孔間試験によって得られた弾性波トモグラフィにおいて,各メッシュの弾性波分散現象か
ら 弾 性 波 速 度 の 変 化 率 を 評 価 し ,10m 孔 間 試 験 の 結 果 と 対 応 さ せ る こ と で ,対 象 領 域 の 水
理特性を推定する.
前節で示した各周波数における弾性波トモグラフィの結果より,各メッシュの弾性波速
度 の 変 化 率 を 算 出 す る と , 以 下 の 図 4-19 の よ う に な る .
(%)
3
2.5
1.5
5
1
0
0
5
10
15
20
弾性波速度の変化率
2
10
25
0.5
図 4-19
弾性波速度の変化率
全 て の メ ッ シ ュ の 中 で , 弾 性 波 速 度 の 変 化 率 が 最 大 の も の は 3.029% で , 最 小 の も の が
0.1890% で あ っ た .図 に 示 し た 各 メ ッ シ ュ に お け る 弾 性 波 速 度 の 変 化 率 を ,10m 孔 間 試 験
の 結 果 を 基 に 以 下 の 表 4-7 に 従 っ て 透 水 係 数 と 関 連 付 け る .
表 4-7
弾性波速度の
弾性波速度の変化量から推定される透水係数
0.5%以 下
0.5%∼1.2%
1.2%以 上
推 定 される
10 -7 (m/s)オーダー
10 -7 ∼10 -5 (m/s)オー
10 -5 (m/s)オーダー
透水係数
以下
ダーの範 囲
以上
変 化 率 (%)
こ の よ う な 弾 性 波 速 度 の 変 化 量 と 透 水 係 数 の 関 係 の も と , 図 4-19 に お け る 弾 性 波 速 度
の 変 化 率 を 透 水 係 数 の 分 布 に 変 換 す る と 以 下 の 図 4-20 の よ う に な る .
研究報告 2-46
14
12
10
8
:高透水ゾーン
6
:中透水ゾーン
:低透水ゾーン
4
2
0
0
5
10
図 4-20
15
20
25
推定した透水係数分布
図 中 の 茶 色 で 示 さ れ て い る 部 分 が 弾 性 波 速 度 の 変 化 率 が 1.2% 以 上 の 透 水 係 数 が 大 き い
領 域 で あ り , 青 で 示 さ れ た 部 分 が 弾 性 波 速 度 の 変 化 率 が 0.5% 以 下 の 透 水 係 数 が 小 さ い 領
域 で あ る . こ こ で 得 ら れ た 水 理 特 性 の 推 定 結 果 に 対 し て , 原 位 置 で 行 わ れ た BTV の 結 果
および透水試験の結果を用いて考察を行う.
弾 性 波 測 定 に 使 用 し た B-2 孔 お よ び B-3 孔 に お け る ,BTV に よ る 観 察 の 結 果 を 以 下 の 表
4-8 に 示 す .
表 4-8
BTV に よ る ボ ー リ ン グ 孔 の 観 察 結 果
ボーリング孔 名
B-2
B-3
深 度 (m) 開 口 幅 (mm)
1.30
0.5
1.82
14
2.05
1
2.20
0.5
1.34
0
1.79
30
2.08
1
こ の 結 果 よ り ,深 度 が 2.2m よ り 小 さ い 領 域 に 開 口 亀 裂 が 存 在 し て い る こ と が 分 か っ た .
こ の 深 度 が 2.2m よ り 小 さ い 領 域 は 解 析 対 象 領 域 に お け る , 上 端 よ り 3 メ ッ シ ュ 分 に 相 当
し て い る . ま た 次 に , 原 位 置 透 水 試 験 の 結 果 を 表 4-9 に 示 す . な お , 透 水 試 験 は 図 4-1 で
示 し た ボ ー リ ン グ 孔 の 内 B-4 孔 に お い て 行 わ れ た も の で あ り ,弾 性 波 測 定 に 用 い た ボ ー リ
ン グ 孔 で は な い が ,B-2,B-3 孔 と 同 一 岩 盤 と 考 え ら れ る た め ,こ こ で は 比 較 対 象 と し て 用
いる.
研究報告 2-47
表 4-9
ボーリング孔 名
B-4
深 度 (m)
原位置透水試験結果
透 水 係 数 (m/s)
比 貯 留 係 数 (1/m)
地質状況
1.38∼1.48
1.57E-08
1.56E-05
マトリックス
1.58∼1.68
2.95E-03
−
割 れ目
2.52∼2.62
2.62E-08
1.24E-05
マトリックス
この結果より,岩盤内に存在する開口亀裂において他の領域よりも,非常に大きい透水
係数が得られた.
BTV の 結 果 よ り ,B-2,B-3 孔 に お い て ,解 析 モ デ ル の 上 か ら 3 メ ッ シ ュ 分 に 相 当 す る 深
度において開口亀裂が観測されており,また透水試験結果より開口亀裂部では,他の領域
に 比 べ て 非 常 に 高 い 透 水 係 数 を 示 す こ と が 分 か っ た . 図 4-19 に 示 し た 透 水 係 数 分 布 の 推
定 結 果 に お い て , 解 析 領 域 内 の 上 の 部 分 (深 度 1.5m∼ 2.1m )で , 透 水 係 数 が 大 き い と 推 定
されたのは,開口亀裂の影響を反映しているものと考えられる.すなわち,弾性波分散現
象より推定した岩盤の水理特性が,実際の岩盤の水理特性を反映しているということが言
える.
4.6
原位置試験のまとめ
ま ず ,10m 孔 間 に お け る 弾 性 波 測 定 試 験 結 果 よ り ,現 場 ス ケ ー ル に お い て も 室 内 実 験 に
おいて観測されたように弾性波分散現象が生じることが分かった.また,測定パスにより
弾性波速度およびその変化量に違いが生じ,室内実験より得られた知見から,その違いが
弾性波分散現象の違いすなわち水理特性の違いを反映していることが示唆された.
そ し て ,5m 孔 間 に お け る 弾 性 波 測 定 よ り 算 出 さ れ た 弾 性 波 ト モ グ ラ フ ィ か ら 得 ら れ た ,
各 メ ッ シ ュ に お け る 弾 性 波 分 散 現 象 に 対 し て ,10m 孔 間 試 験 か ら 得 ら れ た 知 見 を 用 い て 透
水 係 数 の 分 布 を 推 定 し た と こ ろ ,BTV の 結 果 お よ び 透 水 試 験 の 結 果 で 高 透 水 部 と 予 測 さ れ
る領域において透水係数が高くなる結果が得られた.このことより,弾性波分散現象を用
い た 岩 盤 の 水 理 特 性 評 価 手 法 が 現 場 ス ケ ー ル に お い て も ,適 用 可 能 で あ る こ と が 示 さ れ た .
し か し な が ら ,今 回 の 透 水 係 数 分 布 の 推 定 に お い て は ,10m 孔 間 試 験 の 結 果 を 反 映 さ せ ,
弾 性 波 速 度 の 変 化 率 か ら 透 水 係 数 の 推 定 を 行 っ た た め ,対 象 領 域 を 透 水 係 数 の 違 う 3 つ の
ゾ ー ン に 分 け る に と ど ま っ た . そ の 理 由 は , 弾 性 波 試 験 に 用 い た 最 大 の 周 波 数 が 33kHz
であり,弾性波分散現象の全てを捉えることができず,室内実験で行ったような理論解と
の比較による透水係数の推定が行えなかったためである.今後,さらに広い周波数帯にお
け る 測 定 が 可 能 に な れ ば ,本 手 法 の 適 用 性 の 検 討 が さ ら に 詳 細 に 行 え る も の と 考 え ら れ る .
研究報告 2-48
5.結論と今後の課題
5.1
結論
本論文では,弾性波分散現象から岩盤の水理特性を評価する手法の開発を目的として,
室内実験および原位置試験を行った.
室 内 実 験 の 結 果 よ り ,測 定 を 行 っ た 全 て の 岩 石 に お い て ,Biot ら が 予 測 し た よ う に 弾 性
波分散現象が確認された.また,測定結果と理論解を比較することで,測定された弾性波
分 散 現 象 が 理 論 を 用 い て 説 明 す る こ と が 可 能 か ど う か 検 討 し た 結 果 , 堆 積 岩 類 で は Biot
理 論 , 結 晶 質 岩 類 で は BISQ 理 論 に よ り 説 明 が 可 能 で あ る こ と が 確 認 さ れ , 岩 石 の 構 造 に
よ り 適 用 理 論 が 異 な る こ と が 分 か っ た .さ ら に ,堆 積 岩 類 に お い て Biot 理 論 を 用 い て ,測
定された弾性波分散現象から特性周波数の範囲を予測し,透水係数を推定したところ,推
定された値は透水試験による測定値と同程度のオーダーを示すことが確認され,弾性波分
散現象が水理特性を評価することが可能であるとの結論を得た.一方,結晶質岩類におい
て は ,BISQ 理 論 に お い て 特 徴 的 な Squirt length を 岩 石 内 の 空 隙 の 構 造 を 考 慮 し て 決 定 す
ることで透水係数を推定することが可能であることが示された.
次に,弾性波分散現象による水理特性評価手法の原位置への適用性を検討するために原
位 置 試 験 を 行 っ た .10m 孔 間 に お け る 弾 性 波 試 験 の 結 果 か ら ,原 位 置 の ス ケ ー ル に お い て
も弾性波分散現象が生じていることが確認された.また,室内実験の知見を基に検討を行
ったところ,測定パスにより弾性波分散現象に違いが生じ,またその違いが水理特性の違
いを表していることが示唆された.そして,岩盤の水理特性を弾性波分散現象から評価を
行 う こ と を 目 的 と し た 5m 孔 間 に お け る 弾 性 波 測 定 試 験 の 結 果 に 対 し て ,10m 孔 間 試 験 よ
り 得 ら れ た 知 見 を 基 に 水 理 特 性 分 布 の 評 価 を 行 い ,BTV お よ び 現 場 透 水 試 験 の 結 果 と 比 較
を行ったところ,弾性波分散現象より推定された岩盤の水理特性は対象領域に存在する開
口亀裂などから推定される水理特性と整合的であることが確認され,弾性波分散現象を用
いた水理特性評価手法が原位置においても適用可能であることが示された.
5.2
今後の課題
弾性波分散現象から岩盤の水理特性を評価する手法の開発にあたっての,今後取り組む
べき課題を以下に示す.
・ 堆 積 岩 に お い て は , Biot 理 論 を 用 い て 弾 性 波 分 散 現 象 を 表 現 す る こ と が 可 能 で あ る こ
とが分かったが,水理特性の推定にあたっては,実際の岩石内における間隙には透水
に 関 係 す る 間 隙 と 貯 留 に し か 関 係 し な い 間 隙 が 存 在 す る と 考 え ら れ , Biot モ デ ル で 仮
定 さ れ て い る 間 隙 と 差 が 生 じ て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た . 今 後 は , 間 隙 の 連 続 性 (貯 留
に し か 関 係 し な い 間 隙 と 透 水 に 関 係 す る 間 隙 の 量 )を 制 御 し た モ デ ル を 用 い た 試 験 や 薄
片観察による間隙の連続性の評価などを行い,貯留に関係する間隙と透水に関係する
間隙を分けて議論する必要がある.また結晶質岩においては,岩石中の空隙の構造を
考 慮 し て Squirt length を 考 慮 す る こ と に よ り BISQ 理 論 を 用 い て 水 理 特 性 を 評 価 す る
研究報告 2-49
ことが可能であることが示された.結晶質岩により構成される岩盤に対して,弾性波
分 散 現 象 か ら 水 理 特 性 を 評 価 す る た め に は ,現 場 に お い て Squirt length を 推 定 す る 必
要がある.その推定手法を確立することは今後の課題である.
研究報告 2-50
参考文献
Altan Turgut and Tokuo.Yamamoto:Measurements of acoustic wave velocities and attenuation
in marine sediments, J.Acoust.Soc.Am.87(6), 2376-2383(1990)
Amos Nur, Gary Mavko, Jack Dvorkin, and
Doron Galmudi, Stanford Rock Physics
Laboratory:Critical porosity: A key to relating physical properties to porosity in rock, The
Leading Edge March 1998
青木謙治:地下空洞における岩盤計測の現状と課題, 第 10 回岩盤システム工学セミナー「岩盤試
験・計測結果の利用の現状と課題」, 307-325(1993)
Black, J.H. and Ki, K.L.:Determination of hydrogeological parameter using sinusoidal pressure
tests. A theoretical araisal, Water Resources Res 17, 686-692(1986)
Black, J.H.:Crosshole investigations. The method, theory and analysis of crosshole sinusoidal
pressure tests in fissured rock. Stripa Project IR 86-03, SKB, Stockholm(1986)
千葉昭彦・今泉眞之・竹内睦雄:物理探査を用いた地下水・塩類土壌の探査技術. 物理探査, 50 (6),
615-631(1997)
Devaney, A. J.:Afiltered Backpropagation Algorithm for Diffraction Tomography, Ultrasonic
Imaging, 4-4, 336-350(1982)
Dines, K. Q. and Lytle, R. J. : Computerized geophysical tomography, Proc. IEEE, 67,
1065-1073(1979)
Doron Gal, Jack Dvorkin and Amos Nur:A physical model for porosity reduction in sandstone,
Geophysics 63,NO.2;454-459(1998)
岩石の超音波速度測定方法基準化委員会:パルス透過法による岩石の超音波速度測定法(JGS
2110-1998),平成 8 年 10 月
原子力環境整備促進・資金管理センター:平成 15 年度地層処分技術調査等高精度物理探査技術高
度化調査報告書(第一分冊)―物理探査技術高度化開発―,2004
Hsieh, P.A., S.P. Neuman, G.K. Stiles, and E.S. Simpsom : Field Determination of
Three-Dimensional Hydraulic Conductivity Tensor of Anisotropic Media, 2. Methodology and
Application to Fractured Rock. Water Resour. Res., 21 (11), 1667-1676(1985)
J. E. White : COMPUTED SEISMIC SPEEDS AND ATTENUATION IN ROCKS WITH
PARTIAL GAS SATURATION, Geophysics 40, 224 (1975)
研究報告 2-51
Jack Dvorkin and Amos Nur:Dynamic poroelasticity: A unified model with the squirt and the
Biot mechanisms, Geophysics 58,NO.4; 524-533(1993)
Jack Dvorkin and Amos Nur:Elasticity of high-porosity sandstones: Theory for two North Sea
data sets, Geophysics 61,NO.5;1363-1370(1996)
Jack
Dvorkin
and
Amos
Nur : Time-average
equation
revisited,
Geophysics
63,NO.2;460-464(1998)
Jack Dvorkin and Iver Brevuk : Diagnosing high-porosity sandstones: Strength and
permiability from porosity and velocity, Geophysics 64,NO.3;795-799(1999)
Jack Dvorkin, Amos Nur, and Caren Chaika:Stress sensitivity of sandstones, Geophysics
61,NO.2;444-455(1996)
Jack Dvorkin, Gary Mavko, and Amos Nur:Squirt flow in fully saturated rocks, Geophysics
60,NO.1;97-107(1995)
Jack Dvorkin, Gary Mavko, and Amos Nur:The dynamics of viscous compressible fluid in a
fracture, Geophysics 57,NO.5;720-726(1992)
Jack Dvorkin, Richard Nolen-Hoeksema, and Amos Nur: The squirt-flow mechanism :
Macroscopic description, Geophysics 59,NO.3;428-438(1994)
Jack Dvorkin, Richard Nolen-Hoeksema, and Amos Nur : The squirt-flow mechanism:
Macroscopic description, Geophysics, Vol.59,NO.3(March 1994); P.428-438
Justice, J. H.:Acoustic tomography for monitoring enhanced oil recovery, Leading Edge, 8-2,
12-19(1989)
Kak, A. C.:Computerized Tomography with X-ray, Emission and Ultrasound Sources, Proc.
IEEE, 74-9, 1245-1272(1979)
核燃料サイクル開発機構:我が国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分
研究開発第 2 次取りまとめ,1999
亀谷裕志,平山伸行,船戸明雄:難透水性岩へのフローポンプ透水試験法の適用,第 31 回岩盤力
学に関するシンポジウム,2001 年1月
Katsube,T.J. and J.P. Hume:Permeability Determination in Crystalline Rocks by Standard
Geophysical logs. Geophysics, 52, 342-352(1987)
研究報告 2-52
小出馨・中野勝志・尾方伸久:地層科学研究における地下水調査・解析技術開発の現状. 原子力バ
ックエンド研究, 4, 117-128(1997)
小島圭二・神尾重雄・石橋弘道・内山成和・斎藤秀樹・島裕雅:ジオトモグラフィーによる岩盤の
画像化(その1), 応用地質, 30, 3, 1-10(1989)
M. A. Biot : Theory of Propagation of Elastic Waves in a Fluid-Saturated Porous Solid.
Ⅰ .Low-Frequency Range, Reprinted from Journal of Acoustical Society of America 28,
168-178(1956)
M. A. Biot : Theory of Propagation of Elastic Waves in a Fluid-Saturated Porous Solid.
Ⅱ.Higher Frequency Range, Reprinted from Journal of Acoustical Society of America 28,
179-191(1956)
増本清・登坂博行・伊藤一誠:パルステストデータによる岩盤水理物性分布逆解析手法の実用化に
関する研究. 第 24 回岩盤力学に関するシンポジウム講演論文集, 56-60(1992)
毛利栄征,榊原淳一,吉村公孝,山本督男:せん断土槽地盤の作成方法と均一性,地震防災性向上
に関するシンポジウム論文集 2001.3
毛利栄征,榊原淳一,山本督男:音響透水トモグラフィによる大型模型地盤の均一性の可視化,地
震防災性向上に関するシンポジウム論文集 2001.2
Nabil Akbar, Jack Dvorkin, and Amos Nur:Relating P-wave atenuation to permeability,
Geophysics 58,NO.1;20-29(1993)
中屋眞司・西垣誠・河野伊一郎:亀裂方位情報を利用したクロスホール試験による岩盤の三次元透
水パラメータの測定法. 地下水学会誌, 34 (2), 81-98(1992)
Nur, A. (Nolet, G. ed.):Four-dimentional seismology and (true) direct detection of hydrocarbons
− The petrophysical basis, Leading Edge, 8-9, 30-36(1989)
大谷俊輔:京都大学修士論文「弾性波を用いた岩盤広域透水場の推定手法に関する研究」,2004
尾方伸久・大沢英昭・中野勝志・柳沢孝一・西垣誠:堆積岩の地質学的特性および透水係数,見かけ
比抵抗相互の関係とその水理地質構造モデル化への適用. 応用地質, 32 (6), 51-61(1992)
佐藤稔紀,前田信行,松井裕哉:1,000m 試錐孔における岩盤の初期応力測定−東濃地域における
測定例−,サイクル機構技報, No.5,1999.12
関根悦夫・杉山長志:弾性波トモグラフィーによる線路下地盤注入の判定効果, 日本鉄道施設協会
紙, 201-204(2003)
研究報告 2-53
鈴木浩一,中田英二,南将行,日比野悦久,谷智之,榊原淳一:音響トモグラフィ・比抵抗トモグ
ラフィ法による坑道周辺岩盤の水理特性評価,第 32 回岩盤力学に関するシンポジウム講演論文集
(社)土木学会 2003.1
田中和広・宮川公雄:地下深部調査におけるボアホールテレビジョン装置の活用. 応用地質, 32 (6),
19-33(1992)
Tokuo Yamamoto : Imaging permeability structure within the highly permeable cabonate
earth:Inverse theory and experiment, Geophysics, Vol.68, NO.4 (July-August 2003);
Tokuo.Yamamoto and Altan Turgut:Acoustic wave propagation through porous media with
arbitrary pore size distributions, J.Acoust. Soc.Am. 83(5), May(1988)
Tokuo.Yamamoto, Tom Nye, and Murat Kuru:Imaging the permiability structure of a limestone
aquifer by crosswell acoustic tomography, Geophysics 60,1634-1645(1995)
Tokuo.Yamamoto, Tom Nye, and Murat Kuru:Porosity, permiability, shear strength: Crosswell
tomography below an iron foundry, Geophysics 59, 1530-1541(1994)
Tokuo.Yamamoto :
Acoustic propagation in the ocean with a poroelastic bottom,
J.Acoust.Soc.Am.73,1587-1596(1983)
Tokuo.Yamamoto:Velocity variabilities and other physical properties of marine sediments
measured by crosswell acoustic tomography, J.Acoust.Soc.Am.98(4), 2235-2248(1995)
登坂博行・増本清・伊藤一誠・大塚康範:パルステストデータを用いた岩盤水理特性分布の三次元
逆解析手法. 第 8 回岩の力学国内シンポジウム講演論文集, 399-404(1990)
Wong, J., Bregman, N., West, G.. and Peter, H. Cross-hole seismic scanning and tomography,
Leading Edge, 6-1, 36-41(1987)
薮内聡:花崗岩中の透水性割れ目検出を目的としたハイドロフォン VSP 調査法の適用性研究. サイ
クル機構技報, 2, 384-391(1999)
山口嘉一:ルジオンテスト. 地質と調査, No.3, 28-32(1990)
研究報告 2-54
研究報告3
地下水水質への影響評価に関する基礎研究
(地下水流動経路としての割れ目からの各種情報取得と
その評価に関する基礎研究)
[ 平成18年度∼20年度(予定) ]
埼玉大学
長田 昌彦
1.研究の背景と目的
長期的な侵食と隆起による地形変化は,土被り厚や勾配の変化などにより広域的な地下水流
動に影響を与えることが懸念されている.そのような境界条件の変化によって,地下水水質に
影響が及ぶかどうかは,結局のところ対象とする場の広域的な流動場に依存するといってもよ
いであろう.
岩盤の透水性は,割れ目系岩盤であっても,ある程度の大きさの領域をとれば,多孔質体的
な流動場であると考えられているが,実際のところどの程度の領域をとればそのように言える
のかは判然としていない.仮に多孔質体的な流れであることが分かるならば,あとは近似的に
でも浸透パラメータが推定されればよいのである.
したがって問題となるのは,多孔質体的でない流れが存在しているか否かである.近年発行
されたスウェーデンのテクニカルレポート[1] では,Cosgrove らの報告[2] を受けて,大規模
な割れ目が過去に高流量を経験している場合,割れ目壁面が物理的または化学的に変質してい
ること,あるいは鉱物が亀裂に沿って沈着していることに帰着すると思われる,と指摘してい
る.
ここで指摘されるような高流量を流す割れ目の存在の有無が上述の広域的な流動場を,すな
わち侵食や隆起などによる地形変化に対する地下水流動場への影響を支配していると考えられ
る.したがってこのような高流量を流すような割れ目を如何にして捉えるかが,重要な課題で
あると考えられる.
本研究では,上記のような考えをもとに,地下水水質の影響を評価することを,高流量を流
すような割れ目を抽出する方法の検討に置き換えて検討する.特に,日本のような変動帯では,
断層と呼ばれなくとも割れ目沿いにある程度の変位が生じている場合が多く,このような変位
が岩盤の透水性を強調している可能性も指摘されている.したがってこのような変位場と高流
量を流す割れ目との関係についても検討しておく必要がある.さらに,実際に割れ目壁面で見
られる化学的な変化が,どの程度の流量の地下水が流れることによって生じるのか,また地下
水水質によってその反応や反応速度が異なるのかについても知っておく必要がある.特に,塩
水から淡水への移行に伴う割れ目近傍での水-岩石反応について検討しておくことが大事であ
ると考えられる.
ここでの検討に必要となる情報は,割れ目近傍の幾何学的および化学的情報に含まれて
いると考えられる.そこで,本研究の目的を次のように設定する.
• 割れ目の成因(破壊モード等) を特定できる指標を見出すこと.
• 高流量を流すような割れ目の構造を原位置において見出すこと.
• 異なる水質による岩石表面の化学的変化の傾向を見出すこと.
なお本研究は,研究代表者の所属する埼玉大学地圏科学研究センター准教授・小口千明
氏と同非常勤研究員・高屋康彦氏と共同で実施するものである.
研究報告 3-1
2.割れ目表面粗さの評価
ここでは,レーザー変位計を用いて様々な割れ目の表面粗さを計測し,5 種類の解析方法に
より比較定量化した結果について報告する.
2.1 表面粗さの計測方法
2.1.1 測定機器
測定機器にはKEYENCE 社の高速・高精度CCD レーザー変位計および高精度形状測定シス
テムを用いた.計測結果の解析では,計器の微細な精度差であっても計算に大きく影響してく
る可能性があるため,ここでは計器の詳細について記述する.
レーザー変位計の仕様詳細は,計器名,LK-G30,基準距離30mm,測定範囲± 5mm,スポ
ット径30 µ m,0.05 µ m である.スポット径は対象物との基準距離30mm のときの30 µm に
対し,計測限界距離の± 5mm では,250 µ mとなる.ここでの誤差は主にz 方向の誤差となる.
次に形状測定システムについて説明する.これはレーザー変位計と連動して駆動するステー
ジであり,計測における水平方向の移動を担う.計測に大きく関連する仕様として,ステージ
可動域は100mm × 100mm,スケール分解能は1 µmとなっている.ここでの誤差はx − y 平面
における精度となるが,ステージの送り速度および各点での計測時の停止時間などの設定によ
りz 方向精度にも少なからず影響を及ぼす.
図1: レーザー変位計および形状測定システム
研究報告 3-2
2.1.2 測定条件
計測結果は解析により比較検討するので,計測にかかわる設定および計測方法はすべての試
料で統一する必要がある.また試料は基準距離から離れれば離れるほどスポット径が大きくな
り,計測分解能の限界および計測精度に影響を及ぼす可能性があるため,計測面の平均高さは
基準距離の30mm に最も近い面角度で計測を行うべきである.
前項の情報から,供試体は高低差5mm以下,計測長100 × 100mm 以下のものが計測可能で
ある.これらの条件はすべての実験体試料で満たされており,また自然破断面では任意の範囲
を抽出して計測するものとする.
また,実験破断面供試体の最小径は稲田花崗岩一軸引張試料の30mm であるため,すべての
計測長を30 × 30mm とする.計測間隔は,スポット径が30∼250 µ m であることからその値
以下の間隔での計測には意味をなさないと思われるので,50 µ m および100 µm が妥当である
と判断した.本計測では50 µ m で統一しすべての計測を行う.
アラーム設定により受光感度およびエラー発生時にデータ補間をどの程度行うかを設定する
ことができるが,計測ではより精度を重視するため,アラームレベル最大,すなわち受光感度
をもっとも低く,またデータ補間は計測時には全く行わず,計測後のデータ処理にて行うもの
とする.
レーザー走査において送り速度および停止ピッチの設定が可能である.上記のアラーム設定
において,両指標を変化させ計測を行ったところ,エラー発生率の送り速度による変化はあま
り見られず,停止ピッチによる変化は顕著に見られた.検討から送り速度2500 µm/sec 以下お
よび停止ピッチ50 µ s 以下ではエラーの増加はあまりみられなかったので,この値を設定値と
する.
2.2 表面粗さの解析方法
ここでは計測した表面幾何学データから, 法線ベクトルによる比較検討,デバイダー法によ
るフラクタル次元の比較検討,高速フーリエ変換法によるフラクタル次元の比較について実際
に行った手法を説明する.
法線ベクトルは得られた3 次元幾何学情報から法線ベクトルを計算する.法線ベクトルを求
めることによって,その破断面の法線密集度および,法線の方向分布などの視覚化が可能であ
る.本手法では法線ベクトルの算出方法および算出データから,法線分布の視覚化の手法につ
いて説明する.
粗さをあらわす指標としてフラクタルの理論を用いて評価することが検討されている.本章
ではデバイダー法および高速フーリエ変換法についてそのフラクタル次元の求め方について説
明する.
またレーザー変位計測により取得したデータ目測で平均面に近い平面をx − y 平面と置いて
計測をしているが,実際には大きなずれを有するものが多い.また各解析をするにあたって,
平均面はより正確に決定しておく必要がある.よって計測データに対して前段階処理を行い,
その処理方法についても説明する.
研究報告 3-3
2.2.1 計測データの解析前段階処理
計測データの前段階処理を行うにあたって,まず計測で得られるデータについて記述する.
計測は主として0.05mm 間隔,30mm × 30mmで行い,計601 × 601 の点が得られる.また円
形試料ではそのうち半径r=15mmの円形範囲のみ計測され,そのほかの範囲ではエラーとなる.
まず供試体における抽出範囲について説明する.すべての供試体のうち抽出可能域が最小の
ものはφ=30mm の花崗岩一軸引張供試体である.試験供試体において,ボーリングコア周囲
部およびカット面等の境界部では剥離が多く,不連続性が存在する.そのためこれらで得られ
たデータは解析には適さないと思われる.よって図2 のように,両端0.5mmを省いたφ=29mm
を抽出し,以後の分布作成および解析を行うものとする.
基準平面の決定方法を説明する.基準平面を決定する際,平均法線ベクトル方向への面角度
座標変換と最小二乗平面角度の算出による座標変換の2 通りの方法について検討した.まず平
均法線ベクトルの面角度であるが,これは次節で計算される法線ベクトルの平均値を求め,そ
れを基準面角度ベクトルとした.最小二乗平面角度の算出ではデータの指定範囲に対し,ベク
トル式ax + by + cz = d を変換した,z = A1x + A2y + A3c への回帰計算(下記)を行い,基準
面角度とした.
 ∑ xi 2

 ∑ xi y i

 ∑ xi
∑ x y ∑ x  A   ∑ x z
∑ y ∑ y  A  =  ∑ y z
n  A   ∑ z
∑y
i
i
i
1
i
2
2
i
i
3


i i 

i 
i i
(1)
両手法において共通な作業として,決定した基準面角度に対して,x 方向およびy 方向へベ
クトル分解し,座標変換を行った.これは計測方向の基準軸をx − y 方向として維持するため
である.また解析の都合上,データ間隔を一定である必要がある.このためデータ変換をおこ
なったデータ点群に対し,等間隔メッシュでの補間をおこなう.データ計測時に,すべての供
試体で微量ではあるがエラーが見られたので,それらの欠損点もここで補間する.補間には近
傍要素3 点を三角形要素でつなぎ合わせたトライアングル平面における面補間値を用いる.ま
た補間により全点を変化させたことにより,微量ではあるが各手法による基準面が変化する.
そのためより基準面への近似を考え,近似面計算とデータ補間を各試料データで3 回ずつ繰り
返した.これにより各手法との理想面との角度誤差は0.05 °程度で誤差収束となった.またこ
の座標補間を行う過程では変換角度によって微小領域での粗さが丸め込まれる傾向があるが,
0.05mm 以下の範囲での大きな変位があるとすれば,それは機械誤差である可能性が非常に高
く,補間による粗さ変化は機械精度以下であると考えることができる.むしろエラー値補間,
スパイクの軽減の可能性を考えれば,有効な補間であると判断する.実際に一軸引張試験試料
におけるデータ変換後の高低差分布図を図2 に示す.
本研究では,上記の方法で得られたデータ群のうち,2 次元解析では半径14.5mm の円形要
素を用い,1 次元解析では中央部の20mm × 20mm の正方要素を抽出し,解析に用いることと
する.
研究報告 3-4
図2: 供試体破断面写真選択範囲および高低差分布図
2.2.2 法線ベクトル
(1) 法線ベクトルの算出方法
前項の結果から3 次元座標曲面が得られる.ここではそのデータに対して法線ベクトルを算
出する手法を説明する.計測は主に0.05mm間隔,30mm× 30mmで行い,601 × 601点各々で
値を算出する.
法線計算アルゴリズムには,バイキュービック近似を用いる.実際の作業はMatlab Function
を介して出力を行うが,バイキュービック近似とは周囲16 点の3 次元関数から平均直交ベク
トルを求め,それに直交する法線ベクトルを算出するものである.図3 はその中央部を拡大し
たものに法線ベクトルを表示させたものである.およそ360,000点での要素が得られるため, 精
度よい統計処理が可能であると思われる.また法線ベクトルの値はメッシュ幅に依存して変化
する特性があるので, データ間隔は一定に保つ必要がある.
(2) 法線分布
このようにして求めた法線データを供試体表面において視覚的に表現するために, 各法線ベ
クトルとz 軸とのなす角度を計算し,破断面上各点にプロットする.図2 のデータを用いて描
いた一例を図4 に示す.これにより面角度が基準面に近いほど青い指標を示し,逆に段差や直
線的な溝,突起が存在すれば赤ないし黄色に表示される.これによりどの範囲で法線角度が高
いのか,また粗さ形状が位置ごと比較しながら確認可能である.
(3) 法線密集度
得られた法線情報から密集度および方向的な集中度を表示する方法として地質学分野におい
て地層の走向,傾斜を表す目的で広く使用されている頻度分布図を作成する.元来この方法で
は等積図法であるシュミットネットを用いてデータをプロットし,全体の1% に値する面積の
研究報告 3-5
円(半径にして1/10) を用いて点数検索を行い,そのパーセンテージからコンター図を作成する
という方法が一般的である[3] .しかしこの方法では投影図上の形に歪みがあり,頻度計測を
行うには大きな誤差を生じてしまう.緒方[4] はシュミットネットを使用すると中心部と周辺
部で15% 程度の面積誤差が生じるとしており,この誤差を軽減するべく,ウルフネット上で中
心部から周辺部にかけて直径を変化させた点計測器を用いている.
図3: 各格子点法線ベクトルおよびその拡大図
図4: 供試体法線方向の分布図
研究報告 3-6
図5: 法線集中度の模式図
本研究では図5 のように,主に中心部に集中する法線ベクトルを扱うため面積誤差がこれほ
ど大きくなることはないと思われるが,算出法線データを直接利用するため,またより正確な
データを取得するために,三次元座標上で等表面積となる1% 範囲での点計測を行い,集計度
をサーモ分布図として表示する(図6).法線密度の平均値はおよそ17% 程度であったことから
図から比較検討するために,カラー軸はすべて0∼20% とする.また最大の集中を示す点での
値を最大集中度とし,図の右下に表す.
図6: 法線頻度分布図.右下の数字は最大集中度を表わす.
研究報告 3-7
2.2.3 フラクタル次元
フラクタル次元の実用的な定義の仕方は,次の5 つに分類することができる[5].
1. 粗視化の度合を変える方法
2. 測度の関係より求める方法
3. 相関関数より求める方法
4. 分布関数より求める方法
5. スペクトルより求める方法
本研究ではこのうち,1 番目の方法としてデバイダー法と5 番目の方法としてフーリエ変換
による方法の適用を検討することとした.
(1) デバイダー法におけるフラクタル次元
自然界における多くのものは自己相関関係にあり,フラクタル性を持っていると言われてい
る.自然界における自己相関性とは,たとえば雲や山,海岸線などの形状はその小範囲の部分
を拡大したとしても,その抽出図形がもとの図形と同様の形状を表しているというものである.
この自己相関性を扱った数学がフラクタル幾何学である.デバイダー法はこのような一見不規
則な図形に対して,フラクタル次元を定義し,定量化する手法であり,地質分野では主に海岸
線の粗さを表現や岩石亀裂を対象とした検討がなされているデバイダー法では図7 のように半
径r のものさしで計測したラインの総距離をL として,r をさまざまな値に変化させていき,
それぞれでの総距離L を求める.このr とL の関係が
N (r ) ∝ r − D
(2)
のような関係を示すときこれらの分布はD 次元的であるということになる.またこの関係を用
いて,r とL の両対数プロットでの傾きa から
Dd = 1 − a
(3)
によってフラクタル次元が定義されている.実際に岩石は断面において,r とL の関係を表示
したグラフを図8 に示す.図よりフラクタル係数の算出はL-r プロットにおける直線部分の範
囲のr を推定し,その範囲での最小二乗近似により傾きa を算出できる.このときL は判定範
囲内の全断面線の半径r の円との交点をプロットし測った距離の総和を指標として用いている.
これにより算出されるフラクタル次元(ここではDd と表記する) は,1< Dd <2 の間で定義さ
れ,粗さが小さい,すなわち直線に近いほどr 変化によるL の値の変化は小さくなり,直線で
は一定値となるため,傾きは0 に近づき,Dd は1 に近似される.また凹凸が大きいほどDd は
2 に近づく.
研究報告 3-8
図7: デバイダー法でのr の変化と近似折れ線
tan α
図8: デバイダー法によるr とL の関係
研究報告 3-9
本研究におけるフラクタル算出方法について
本研究では計測した岩石破断面における断面線に
対して,この理論を適用することを考える.まずメッシュデータからx 軸およびy軸に沿った直
線群データに分割する.そしてその各ラインに対して最小二乗近似での座標変換を行ったあと
に長さr(mm) 区切りでルート選択を行いLi を算出する.ここからすべてのラインの総距離L
を計算して,log r とlog L との間で直線範囲を抽出して近似直線を算出する.
またこの方法は1 次元のライン解析であるが,逆にその特性を利用し,図9 に示すようにx −
y 平面を数度刻みで回転させることによって方向別のフラクタル次元を出すことができる.
図9: デバイダー法における解析範囲の回転
図10 は10 °刻みでこの手法を適応した結果例である.この方法を用いて,方向によって粗さ
の違いが現れるか,もし現れるならば,なぜそのような結果となったかを検討する. この検討
の際,回転により測定範囲に誤差が生じないようにするため円形範囲での計測とした.
図10: デバイダー法による角度別フラクタル次元
研究報告 3-10
(2) フーリエ変換法におけるフラクタル次元
岩石割れ目に対してフーリエ変換を行い,算出された周波数成分とパワースペクトルを
log-log 軸にてプロットしたときの傾きが自己相関性を持っていることが知られている.この傾
きからフラクタル次元を算出することができる.本来フーリエ変換法では,横軸に時間t をと
り,振動数(Hz) に対し振幅スペクトルおよびパワースペクトルが算出されるが,ここでは両軸
とも長さ(mm) での計算を行う.この振動数は空間振動数(1/mm) と呼ばれており,単位から
わかるように1mm にいくつの波が含まれているかを表している.一般的に断面におけるフー
リエ変換法におけるフラクタル次元は
D = (5 − α ) 2
(4)
で定義されている.
平面データでのフラクタル次元および2 次元フーリエ変換によるフラクタル次元は
D = (7 − α ) 2
(5)
で定義される.これは曲面の変動が等方的であるならば,曲面のフラクタル次元は断面のフラ
クタル次元に1 を加えるだけでよいからである[5].
本研究では1 次元および2 次元高速フーリエ変換法を用いてパワースペクトルを計算し,そ
れぞれ平面のフラクタル次元(x 軸方向とy 軸方向) および2 次元フラクタル次元を求める.
1次元フーリエ変換法 まず1 次元高速フーリエ変換の方法を検討する.解析では401 ×401 点
の正方データを用いる.1 次元フーリエ変換の計算式は
N
X (k ) = ∑ x( j )ω N( j −1)(k −1)
(6)
j =1
ω N = e (−2πi ) N
(7)
で定義される.計算速度を向上するために0 要素を付加して512 個の要素とし,計算より512
要素の複素数列を得ることができる.これを基にパワースペクトルを得る.先ずx およびy 軸
の各ラインにて高速フーリエ変換を行い,その全空間周波数におけるパワースペクトルを両対
数スケール上にプロットする.これらデータは高振動数になるにつれデータ数が増加する.よ
ってこれらのデータから最小二乗近似を用いてグラフの傾きα を計算する場合,等間隔データ
を計算し傾斜計算を行うべきである.よって領域を指定範囲に区切り,範囲内に含まれる全点
の平均座標をその範囲の点と決定しフラクタル次元を計算する.実際のx 軸データ,y 軸デー
タでの出力点を補間したものを図11 に示す.これらはパワースペクトルと空間周波数の両対数
研究報告 3-11
プロット図で,すべての点をを等間隔に区分しラインデータとして再配分した図である図から
の値が線形的に変化していることがわかる.
図11: 1 次元高速フーリエ変換結果例(左:x 軸,,右:y 軸)
2次元フーリエ変換法 2次元高速フーリエ変換ではr=14.5mm の円形データを用いる.これは
角度別解析を考慮したうえで解析範囲長を一定に保ち,スケール誤差をなくすためである.2
次元高速フーリエ変換の式は
N1
N2
X (k1 , k 2 ) = ∑ ∑ x( j1 , j2 )ω N( j11 −1)(k1 −1)ω N( j22 −1)(k2 −1)
(8)
j1 =1 j2 =1
ω N = e (−2πi ) N
1
(9)
ω N = e (−2πi ) N
2
(10)
1
2
で定義される.2 次元フーリエ変換では中心からの距離に応じて空間周波数が与えられる.
J.Huang ら[6] は2 次元フーリエ変換を用いたフラクタル次元の算出を行っているが,この場
合も中心からの距離に応じた係数を設定し解析している[7].本研究では中心から各点の距離を
求め,それに相当する空間周波数を設定した.またその点でのパワースペクトルの値を一次元
解析同様に両対数スケール上にプロットし,グラフのなす傾きからフラクタル次元を推定した.
実際のフーリエ変換におけるパワースペクトル-空間振動数の出力点を等間隔範囲で再配分し
た線分データを図12 に示す. 1 次元フーリエ変換結果に比べ,滑らかな曲線となっており,
直線近似における,分散度は低く,良好な抽出精度が見込める.
研究報告 3-12
図12: 2 次元高速フーリエ変換結果の例
ここで定義される空間振動数は原点(0,0) を中心として空間振動数が中心からの距離に
応じて配分される.よってある任意点においては原点からの距離と方向がそれぞれの空間
周波数と波面方向を表している.この関係を用いることで,データからその方向のみの周
波数成分を取り出し,傾きからフラクタル次元を計算することによって,任意方向での粗
さを表すことが可能である.本研究では2 次元フーリエフラクタル次元に加え,10 °刻み
で各方向別フラクタル次元を計算する.本検討の場合,算出データは正方であるため,角
度によってはデータ点数にばらつきが生じる.そのためデータ重複とはなるが任意方向±
10 °以内にあるデータを収集し,各フラクタル次元を算出した.角度別フラクタル次元の
結果例を図13 に示す.
図13: 角度別フラクタル次元の例
2.3 表面粗さの計測および解析結果
計測に用いた実験破断面および自然割れ目の供試体の一覧を表1 に示す.
研究報告 3-13
2.3.1 実験室で形成された割れ目の解析
(1) 一軸引張割れ目
一軸引張試料では,φ=30mm で直接引張試験によって得られた破断面を用いる.試料には
藤井らの研究[8, 9] で用いられたものを使用する.試料は石目を考慮しており,rift 面,grain
面,Hardway 面に対して垂直な面の試料を各2 試料,またそれぞれの試料において,上面と
下面の両方で計測を行い,双方の関連性についても検討した.図14 は各石目1 試料の写真と
計測方向を示す.
N-S
E-W
図14: 一軸引張試料と計測方向(左:Rift,中央:Grain,右:Hardway)
岩石の特性である石目は割れやすい軸方向を表しており,一般的にrift,grain,hardwayの
順で割れやすいといわれている.表2 は一軸引張試料における3 指標および,一軸引張強度の
値を示した表であり,これより粗さを表すRMS の値はrift でもっとも値が小さく,次に
hardway,grain の順となっており,RMS を見てみると本来の割れやすさから考えると
hardway とgrain の順序が逆転している.これは石目の決定は目測で行われているので,特に
grain とhardway では順序が逆になることがある.実際,藤井らの結果から本試料においても
研究報告 3-14
一軸引張応力の値はrift,hardway,grain の順で大きくおり,RMS の値も同様の結果が報告
されている[8, 9] 一方,フラクタル次元ではこのような傾向はまったく見られない.むしろrift
面で値が大きく,grain,hardway は近い値を示しており,RMS および応力との値は逆転傾
向にある.
デバイダー方向別フラクタル次元およびFFT 方向別フラクタルでは各試料の対となる上下
の面での傾向は一致したものの,Rift,Grain,Hardway での違いは現われなかった.また頻
度分布図とデバイダー方向別フラクタル次元を比較すると,最大密集度が高いほど粗さが小さ
い傾向があり,またIDGR3 の試料では両分布ともN-S 方向に広がっており,軸方向によって
違いがあることが確認できる.
(2) 圧裂引張割れ目
圧裂引張試料として稲田花崗岩3 試料および田下凝灰岩6 試料を用いた.供試体はいずれも
φ=50mm,l=50mm の円柱試料で,その破断面サイズはおよそ50mm × 50mm である.計測
は30mm × 30mm で行い,解析を行った.
図15 は各試料写真と計測軸方向である.全試料とも圧縮方向を計測におけるx 軸方向と固
定している.
表3 に圧裂試料における各指標をまとめた.単純に岩種による指標の違いをみると,RMSで
は田下凝灰岩での値が高く,フラクタル次元は逆の傾向が見られる.頻度分布図を見ると稲田
研究報告 3-15
花崗岩ではN-S 方向に伸びて分布して傾向があり,田下凝灰岩ではほぼ円形の分布となってい
る.このような傾向が起こるひとつの可能性として,構成鉱物の影響が強く出ていることが考
えられる.稲田花崗岩では長石,黒雲母など剥離を引き起こす鉱物が多く,この影響が大きい
と考えられる.圧裂割れ目では図16 において赤線からはじめに引張破壊が起こり赤矢印方向に
割れが伸展していくが,y 軸に沿って右図の左右で線荷重をかけ固定されるためにx 軸に沿っ
た剥離面が形成され段差が形成されることが考えられる.
図15: 圧裂引張試料と計測方向(左:田下凝灰岩,右:稲田花崗岩)
研究報告 3-16
図16: 圧裂引張試験における破壊の進展方向と計測軸の関係
(3) 一軸圧縮割れ目
一軸圧縮試料として田下凝灰岩3 試料を用いた.供試体はφ=50mm,l=100mm の円柱試料
で破断面は線断面が十分に範囲を確保できるものを選択し,同様の計測および解析を行った.
せん断面から計測範囲を選択する際はできるだけ平坦な面を計測することを心がけた.試料の
抽出範囲および解析軸方向は図17 に示す.
図17: 一軸圧縮試料(左:全体写真,右:抽出付近の拡大写真)
法線頻度分布図を見てみると左右に頻度が高い領域が広がっており,またその密集度も高い
(付録3).またデバイダー方向別フラクタル次元では,E-W 方向で粗さが大きい結果が明らか
である(付録5).やはりせん断試験においてはせん断方向と90 °をなす方向(図ではE-W 方向)
で粗さが大きいのは明らかである.
研究報告 3-17
(4) 三軸引張割れ目
三軸圧縮試料として稲田花崗岩1 試料を用いた.供試体はφ=50mm,l=100mm の円柱試料
で同様に破断面はせん断面が十分に範囲を確保できるもので,同様の計測および解析を行った.
せん断の際に表面に付着したと思われる削り粉末は計測に影響を及ぼしうるため,表面形状が
変化しないように除去し,計測を行った.
図18: 三軸圧縮試料(左:全体写真,右:抽出付近の拡大写真)
三軸試験試料はひとつのみしか確保できなかったので,同試料での比較はできないが,田下
凝灰岩の一軸圧縮試験と同様にE-W 方向に頻度分布が高くなっており,しかしデバイダー方向
別フラクタル次元では角度による差異はほとんどなく,更に室内試験供試体ではもっとも低い
値となっている(付録5).
2.3.2 自然の割れ目の解析
(1) 稲田花崗岩
稲田花崗岩自然割れ目は中野組石材向上の前山で採取した亀裂部試料2 試料(図19) を用い
た.これらの試料は表面にせん断痕と思われる平行に伸展した溝がいくつも存在し,見た目か
らせん断である可能性が高い.表面にも亀裂を有しており,計測部へ可能な限り亀裂を避けた
範囲を抽出した.また本試料は非常に脆い状態であり,成形のために岩石カッターでカットし
た面では手で割れるほど亀裂が多く存在していた.
研究報告 3-18
図19: 稲田花崗岩試料(左:試料1,右:試料2)
これらの試料は見た目からもせん断破壊による磨耗が激しく,せん断痕も多く確認できる.
頻度分布図では両試料とも50%近い値であり,またせん断痕方向とは90 °をなす角度方向に伸
びた楕円形の分布を示している.またデバイダーフラクタルでは非常に小さい値が算出されて
いるが,やはり頻度分布図で密集度が高い方向で粗さが大きい結果となっている.
(2) 屋久島花崗岩
屋久島花崗岩自然割れ目は2 試料用いた.(図20).
図20: 屋久島花崗岩試料
試料は屋久島の河川上流域の亀裂露頭部にて閉塞した状態の亀裂を採取した.これらの試料
は亀裂部においての変色が激しく,岩石カッターにてカットした,同試料断面と比べても変色
の度合いがよくわかる.また上部は露頭部であり,この部分では更に酸化が激しく黒く変色し
研究報告 3-19
ており,表面から1cm 程度の範囲までは微細な亀裂が多く存在しているのがわかる.また試料
2 では採取時に,充填物が確認された.両試料の採取位置は試料1 が河川脇であり,試料2 が
河川中央部である.双方の位置関係および両試料の露頭部の侵食具合から,おそらく試料2 の
ほうが河川流による侵食影響が大きいものと思われる.
解析結果では各粗さ指標も小さい値が算出され,中央集中度も高い結果が得られたが,方向
性に特徴的なものはみられなかった.
(3) 土岐花崗岩
東濃における深地層研究所の建設の際,採取されたボーリングコアのうち,亀裂部を含む試
料を用いた.採取深度はおよそ150∼200m ほどのものであり,試料は全部で5 試料9破断面を
計測にかけ,その後解析を行った.
これらの試料は他の自然割れ目試料と比べても,風化侵食の影響が小さいのが明らかである.
またRMS,およびフラクタル次元の値も室内試験割れ目に近い値が算出された.試料の中で
TKGC7 にあたるものは,他の割れ目とは異なる方向(コア抜きの方向) での亀裂面であり,ま
た表面の磨耗もあり,せん断割れ目である可能性が高い.観察のとおり,算出結果からもせん
断と推定される方向と90 °をなす方向で法線集中およびフラクタル次元が高い結果となってい
る.
(4) 釜石花崗閃緑岩の割れ目
釜石花崗岩自然割れ目3 試料を使用した(図21).
図21: 釜石花崗閃緑岩試料
これらの試料も明らかな粗さの方向性を持っている.この試料も頻度分布図における最大密
集度が非常に高く,また同様にせん断方向との関連付けも見られる.また全試料でもっとも最
大密集度が高く,両手法によるフラクタル次元ももっとも小さな値であった.
(5) 黒色片岩の割れ目
見た目からせん断形状が確認しやすい試料として,黒色片岩試料を用いた(図22).
研究報告 3-20
図22: 黒色片岩試料
実際の解析結果においてもやはり,ほかのせん断傾向のある試料と同様の傾向を示した.ま
た高さ分布からせん断痕方向が2 方向存在し,頻度分布図では双方の中間方向に伸びた楕円形
をなしており,またデバイダーフラクタルでは,2 方向それぞれに90 °をなす方向で粗さが大
きくなっており,両方のラインで粗さが大きいことが確認可能であった.
また1 次元フーリエ変換でのフラクタルではx 軸方向で極端に小さな値が算出された.この
x 軸方向はせん断方向に鉛直な方向であり,単に粗さが極端に低いということは考えにくい.
考えられる可能性として,ひとつに風化や侵食により,自己相関性が損なわれ,正しい値をと
れていない可能性がある.また今回1 次元解析においては20mm × 20mm と非常に狭い範囲を
扱っているため,粗度が大きなラフネスでは,相関性を示す,直線部が十分確保できずに,値
を決定できない可能性も考えられる.よって,解析範囲と測定限度の関連性についても検討す
べきであるかもしれない.
2.4 表面粗さ結果の考察
2.4.1 岩種の違い
ここでは室内試験試料の花崗岩と凝灰岩を比較した結果を図23 に示す.フラクタル次元での
結果を見てみると,花崗岩と凝灰岩では凝灰岩のほうが粗さが小さい傾向がある.おそらく鉱
物粒子の大きさに大きく関与していると考えられるが,これらの2 つ指標を用いることでその
ような違いを表現することができる.またほかの2 つの指標ではこのような相関ははっきりし
なかった.
研究報告 3-21
図23: 岩種の違いによる指標の比較
2.4.2 破壊モードと破壊進展の方向との関係
室内試料について,各指標の平均値を表4 にまとめた.明らかに引張で破壊すると考えられ
る試料と,せん断で破壊する可能性のある試料を分けて,図24 に示した.
肉眼観察からもわかるように,いずれの指標においても,せん断に伴う割れ目表面の方が若
干滑らかであることがわかる.
図24 では,花崗岩の破壊モードの異なる3 つの試料において,方向別の指標の分布をみた
ものである.
頻度分布図では各破壊時の荷重方向を考えるとその荷重方向に対して亀裂面上で90 °をなす
方向で分布が広がっており,この関係を方向別フラクタル次元をみてみると,その方向に応じ
て粗さが大きい結果となっているのがわかる.このような傾向をつかむことにより,割れ目面
上での破壊の伸展方向を特定することが可能になると考えられる.
研究報告 3-22
図24: 破壊モードの違いによる指標の比較
図25: 破壊の進展方向による指標の比較
研究報告 3-23
2.4.3 自然と実験割れ目との関係
表5 に自然割れ目試料の指標一覧を示した.
研究報告 3-24
図26: 人工と自然の割れ目による指標の比較
室内試験割れ目と自然割れ目の違いを比較するために,全指標の関係を図26 にまとめた.図
から,花崗岩の自然割れ目では全指標において粗さが非常に小さい結果となった.これはすべ
りを伴うような表面構造をもつ試料を用いているので当たり前ではある.
図中,花崗岩自然コアと表記している試料は,瑞浪の浅部割れ目帯からとったボーリングコ
ア試料である.この試料では,引張あるいはせん断変位の小さい室内試験割れ目と同様の値を
示しており,ここでの割れ目が引張に近い状態で形成されたことを示している可能性がある.
この点を明らかにするためには,さらなるデータの収集が必要である.
このようなすべりすべりを伴うような表面構造をもつ試料について,最大集中度とデバイダ
ーフラクタル次元の相関を見たものが図27 である.図より,最大集中度とデバイダーフラクタ
ル次元の間には明らかな相関がある.単に平滑というだけでなく,例えば最大密集度などを指
標としてすべり面の分類を行えば,すべり量との関係が導かれる可能性がある.この点につい
ては今後の課題としたい.
自然割れ目について,せん断方向と各指標の方向別分布を比較したものが図28 である.室内
試験試料においてもみられたように,法線ベクトルは破壊の伸展方向に対して90 °の方向に卓
越し,デバイダーフラクタル次元もその方向で粗さが大きい結果となっている.
研究報告 3-25
図27: 最大集中度とデバイダーフラクタル次元の相関
図28: 変位を伴う自然割れ目の指標の比較
研究報告 3-26
3.異なる水質による化学的特性の変化傾向
ここでは,海水による岩石の変質過程に及ぼす塩分濃度の影響を明らかにすることを目的と
した基礎的な実験を行った.実験後の試料表面の観察・分析を行って得られた特徴について報
告する.
3.1 実験試料・方法
本研究に用いた岩石は,稲田花崗岩(IG) および大谷凝灰岩(OT) である.これらを直径3.5cm,
厚さ1.0cm のタブレット状に整形し,花崗岩については切断面を# 3000 のカーボランダムに
より研磨した.その後,アセトンで超音波洗浄し,110 ℃で24 時間炉乾燥させた試料を実験の
出発物質(sm) とした.以後,整形した岩石試料を「タブレット」と呼ぶこととする.また,実
験溶液としては濃度を調整した人工海水および純水を用いた.
3.1.1 タブレットの諸性質
(1) 物理的性質
タブレットの物理的性質として間隙率(n),真比重(ρtrue) およびかさ比重(ρbulk) を求めた.
真比重に関しては,JIS A1202 に従い,ステンレス乳鉢で砕いた粒子を110 ℃で12 時間炉乾
燥させた後,ピクノメーター法により求めた.かさ比重に関しては,タブレットを110 ℃で24 時
間炉乾燥させた後,重量(Wd) および厚さ(Lt) を測定し,
ρ bulk =
Wd
πr 2 × Lt
(11)
より求めた.ここでr は円柱試料の半径である.また間隙率(n) は,かさ比重(ρbulk) と真比
重(ρtrue) を用い,次式にて求めた.
n=
ρ bulk − ρ true
× 100[%]
ρ true
(12)
真比重の値は,花崗岩で2.65,凝灰岩で2.31 であり,かさ比重は花崗岩および凝灰岩でそれ
ぞれ2.62, 1.48 であった.従って間隙率は花崗岩で1.3% と小さく,凝灰岩で36.1% と大きい
値を示した.
(2) 化学的・鉱物学的性質
タブレットの化学組成を求めるため,粉砕した試料をプレスしてペレット作成し,エネルギ
ー分散型蛍光X線分析装置(XRF-EDS) で11 化学種(SiO2,Al2O3,TiO2,FeOTOT ,CaO,
MnO,K2O,P2O5,Na2O,MgO, SO3) について定量分析を行った.分析には日本電子
JSX-3202M を用いた.結果を表1 に示す.花崗岩および凝灰岩ともに一般的な組成を示して
いた[10, 11].次に,タブレットを粉砕してX 線粉末回折により鉱物組成を求めた.分析には(株)
リガク製RAD-X システムを使用した.表7 に化学分析結果および半定量的な鉱物の量比を示
す.凝灰岩においては,石英,斜長石,ゼオライトおよびガラス,花崗岩では石英,斜長石,
アルカリ長石および黒雲母が同定され,一般的な組成である[10, 11] ことが確認された.
研究報告 3-27
研究報告 3-28
3.1.2 溶液
実験に使用する溶液には,人工海水と純水を採用した.人工海水の作成には日本製薬の「ダ
イゴ人工海水SP」を使用し,希釈濃度を標準の0.25, 0.5, 1.0 および2.0 倍に調整した溶液を実
験に用いた.標準濃度の人工海水の組成を表8 に示す.
NaCl が最も多く,次いでMgCl26H2O が多い.また,試薬粉末および作成した海水を自然
乾燥させて得られた析出物の鉱物組成をXRD にて求めたところ,どちらからも主構成鉱物と
してHalite(NaCl) およびBischofite(MgCl2・6H2O) が同定された.
研究報告 3-29
3.1.3 実験方法および分析
タブレットと溶液を反応させる実験には単純な閉鎖系を採用した.タブレット1 個と,純水
(pw),0.25 倍(0.25sw),0.5 倍(0.5sw),1.0 倍(1.0sw) および2.0 倍に塩分濃度を調整した人
工海水(2.0sw) の5 種の溶液各200.0 mL とをポリエチレン製容器に入れ,25.0 ℃のインキュ
ベーター中で90 日間反応させた(現在も進行中).実験開始後より,15 日おきに電気伝導度
(EC, mS/cm) を測定した.実験終了時には,タブレットを取り出してデシケーターで保管した
後,溶液を採取した.溶液中の元素の濃度変化を求めるため,ICP プラズマ発光分光分析装置
(ICP-AES) でSi, Al, Na, K, Ca およびMg の定量分析を行った.分析にはSII ナノテクノロジ
ーSPS3100 を使用した.海水溶液の分析の際には,適宜希釈を行った.また,実験後のタブ
レット表面を実体顕微鏡で観察した後,表面化学組成を非破壊で求めるため,XRF-EDS で12
化学種(SiO2,Al2O3,TiO2,FeOTOT ,CaO,MnO,K2O,P2O5,Na2O,MgO, SO3, Cl)
について定量分析を行った.
3.2 結果と考察
3.2.1 溶液特性
実験中の溶液のEC の時間変化を図29 に示す.両岩石とも,純水のケースにおいては,値が
時間と共に増加する傾向が認められた.一方海水の各ケースにおいては,顕著な変化は認めら
れず,実験中はほぼ一定の値を示した.次に,溶液中のSi, Al, Mg, Ca, Na およびK の濃度分
析の結果を花崗岩および凝灰岩についてまとめたものをそれぞれ図30 および図31 に示す.
稲田花崗岩では,Si の濃度において値の増加が認められた(図30a).しかし,このときの
増加量は0.01-0.02 mmol/L とわずかであり,速やかに溶出が進行したことを示唆する結果では
ない.Al においては有効な値は検出されなかった(図30b).海水に含まれている元素,Mg, Ca,
Na およびK においては,いずれも90 日間の実験の前後でほとんど変化は認められなかった.
しかし,例外として,塩分濃度0.5 倍のケースにおいては,K 濃度が実験前の2.49 mmol/L か
ら6.26 mmol/L にまで増加していた(図30f).
この原因は今のところ不明である.大谷凝灰岩のSi およびAl においては,純水のケースで
顕著な濃度増(図中の矢印)が認められた(図31a, b).それに対して,海水のケースでは概して
値が低い,もしくは検出できない傾向にあった.海水に含まれている元素のうちMg およびNa
においては,実験前後でほとんど変化は認められなかった(図31c, e).Caにおいては,海水
のケースで顕著に増加し(図31d),K においては1.0 倍および2.0 倍塩分濃度の海水のケー
スで顕著に減少していた(図31f).
溶液中の元素濃度測定の結果,大谷凝灰岩の海水のケースでCa およびK の濃度の顕著な変
化が確認された.これは,その元素を含む何らかの反応(例えば,溶出,生成,吸着など)の
進行を示唆する結果である.これについては後に他の結果と併せて議論する.
研究報告 3-30
図29: 実験中の溶液の電気伝導度(EC) の時間変化
研究報告 3-31
図30: 実験前および実験90 日後の溶液の元素濃度(稲田花崗岩)
研究報告 3-32
図31: 実験前および実験90 日後の溶液の元素濃度(大谷凝灰岩)
研究報告 3-33
3.2.2 タブレット表面の観察および化学組成
出発物質および実験後のタブレット表面を光学顕微鏡で観察した結果のうち,花崗岩の写真
を図32 に凝灰岩の写真を図33 に示す. 花崗岩においては,純水のケースではほとんど変化
が認められず,出発物質と比べてもこの倍率では見分けがつかなかった(図32a,b).海水のケ
ースにおいては,表面に白色の粒子が観察され,それらは濃度が高くなるにつれて多くなる傾
向が認められた(図32c-f).また,この粒子は非常に薄く,肉眼で観察するのはそれほど容易
ではなかった.凝灰岩においても,純水のケースでは変化が認められなかった(図33b).海
水のケースでは,0.25 倍から1.0 倍塩分濃度のケースにおいてはほとんど変化が認められなか
ったが(図33c-e),2.0 倍のケースでは鉱物粒子の縁に白色の物質が付着している様子が観察さ
れた(図33f).
実験後のタブレット表面の化学組成をXRF-EDS で分析した結果を表9 に,そのうち海水に
多く含まれる6 成分(Cl, Na2O, MgO, SO3, CaOおよびK2O)の結果を花崗岩および凝灰岩に
ついてまとめたものをそれぞれ図34 および図35 に示す. 花崗岩では,純水のケース(pw) に
おいては,出発物質(sm) と比べてほとんど変化は認められなかった.海水においては,塩分濃
度の高い1.0 倍および2.0 倍のケースで,Cl およびMgO の濃度が増加していた.Na2O は0.5
倍から2.0 倍と幅広いケースで増加し,とくにSO3 においては全般にわたって濃度が増加して
いた.また,CaO およびK2O は,減少する傾向が認められた.他方,凝灰岩では,純水のケ
ース(pw) においては,出発物質と比べてMgO およびCaO の濃度が増加する傾向が認められ
た.海水においては,塩分濃度の高い2.0 倍のケースでのみ,Cl およびNa2O の濃度が増加
していた.SO3 およびCaO の濃度は0.5 倍から2.0 倍と幅広いケースで増加しており,MgO
はすべてのケースで増加が認められた.また,K2O は1.0 倍および2.0 倍のケースで若干の増
加が認められた.
タブレット表面の化学組成を分析した結果,花崗岩では海水のケースにおいてCl,Na2O,MgO
およびSO3,凝灰岩ではCl, Na2O, MgO, SO3 およびCaO の濃度増が確認された.さらにこ
のときの各成分の濃度変化は,溶液の塩分濃度の影響を受けることがわかった.この結果は,
溶液の塩分濃度と各成分の濃度変化の原因となる反応との間に何らかの関係性があることを示
唆するものである.
3.2.3 純水とタブレットとの反応
花崗岩の純水のケースでは,溶液のEC は時間とともにやや増加する傾向が認められたが(図
29a),溶液中の各元素濃度およびタブレット表面の化学組成においては実験の前後でほとん
ど変化は認められなかった(図30, 34).これらは反応が進行していないことを示唆する結果
である.一方,凝灰岩においては,溶液のEC は時間とともに顕著に増加し(図29a),溶液中
のSi およびAl の濃度は増加した(図31a, b).タブレット表面においては,MgO およびCaO
の濃度が増加しており(図35c, e),これらの成分を含む生成物が形成された可能性があると考
えられる.しかし,光学顕微鏡観察では生成物を捉えることは出来なかった(図33a).
研究報告 3-34
図32: 出発物質および実験90 日後のタブレット表面の実体顕微鏡写真(稲田花崗岩)
研究報告 3-35
図33: 出発物質および実験後のタブレット表面の実体顕微鏡写真(大谷凝灰岩)
研究報告 3-36
研究報告 3-37
図34: 出発物質および実験90 日後のタブレット表面の化学組成(稲田花崗岩)
研究報告 3-38
図35: 出発物質および実験90 日後のタブレット表面の化学組成(大谷凝灰岩)
研究報告 3-39
3.2.4 海水と稲田花崗岩との反応
稲田花崗岩と海水を反応させたケースでは,溶液のEC の時間変化および溶液中の各元素濃
度にはほとんど変化が認められなかった(図29b-e, 30c-f).このときタブレット表面では海水
に含まれる主要な成分(Cl, Na2O, MgO およびSO3)の濃度が増加しており(図34a-d),実
体顕微鏡では白色の粒子が観察された(図32c-f).以上の結果から総合的に判断して,海水中
の成分が,何らかの生成物として表面に析出したと考えられる.ただし,その反応の進行は溶
液全体の組成に影響を与えるほど顕著ではなく,表面付近でわずかに起こっていると思われる.
従って,今回の90 日間の実験では花崗岩自体はほとんど変質していない可能性が高い.これら
の反応の検討および生成物の特定は今後の検討していく予定である.
3.2.5 海水と大谷凝灰岩との反応
大谷凝灰岩と海水を反応させたケースでは,溶液のEC の時間変化においてはほとんど変化
が認められなかったが(図29b-e),溶液中のCa 濃度は増加し,K 濃度は減少する傾向が認め
られた(図31d, f).このときタブレット表面では海水に含まれる主要な成分(Cl,Na2O, MgO,
SO3 およびCaO)の濃度が増加しており(図35a-e),実体顕微鏡では塩分濃度2.0 倍のケー
スで白色の粒子が観察された(図33f).以上の結果から反応の詳細を特定することは困難であ
るが,海水中の成分が,何らかの生成物として表面に析出したことが示唆される.とくに塩分
濃度2.0 倍のケースでは,Na2O とCl の濃度が顕著に増加しており,実体顕微鏡下でも白い
物質はNaCl である可能性が示唆される.ただし,その反応は溶液全体の組成に影響を与える
ほど顕著ではなく,表面付近でわずかに進んだと思われる.また,溶液中のCa 濃度の増加お
よびK 濃度の減少,表面のCaO とSO3 の濃度増の連動等,吸着や生成を示唆する結果が得ら
れているが,これらの詳細は不明である.今後の検討課題としたい.
研究報告 3-40
4.まとめと今後の課題
4.1 表面粗さに関するまとめと今後の課題
表面粗さを表現する5 つの指標を取得し,それぞれの相関を得た。これらの指標をうまく用
いることによって,引張やせん断などの破壊モードや,さらにはせん断変位量との関係などを
導ける可能性を示した。
今後はデータを積み重ねるとともに,原位置においてこれらを適用し,化学的な情報との関
連を探りたいと考えている。
4.2 化学変化に関するまとめと今後の課題
稲田花崗岩および大谷凝灰岩を用いて岩石と海水とを反応させる実験を行い,表面の特徴を
調べた.その結果,表面において海水成分の一部が何らかの生成物となってわずかに析出して
いることがわかった.
今後の課題としては,SEM-EDS を用いた表面観察および微小領域の化学分析を行って反応
メカニズム解析を行うことが挙げられる.また,実験をさらに継続し,90 日以降の変化を追う
予定である.
謝辞
本研究を進めるにあたり,産業総合技術研究所の高橋学博士には,屋久島での調査の便宜を
諮っていただきました。深田研究所の藤井幸康博士には,花崗岩試料の利用を許可していただ
きました。また水質分析に関しては埼玉県環境科学国際センターの石山高博士,八戸昭一博士
にはICP による水質分析の際にご協力頂きました.ここに記して深く感謝致します.
研究報告 3-41
参考文献
[1] Svensk Karnbranslehantering AB. Long-term safety for ksb-3 repositories at
forsmark and laxemar – a first evaluation. Technical Report SKB TR-06-09, Svensk
Karnbranslehantering AB, 2006.
[2] J. Cosgrove, R. Stanfors, and K. Rashoff. Geological characteristics of deformation
zones and a strategy for their detection in a repository. Technical Report SKB
R-06-39, Svensk Karnbranslehantering AB., 2006.
[3] 梶間和彦. シュミットネット. 土と基礎, Vol. 33, No. 3, pp. 84-85, 1985.
[4] 緒方正虔. ウルフ網による地質の統計方法の改良. 応用地質, Vol. 5, No. 2, pp. 81–91,
1969.
[5] 高安秀樹. フラクタル. 朝倉書店, 1986.
[6] F. J. Huang. Fractal mapping of digitized images: Application to the topography
of arizona and comparisons with syntetic images. Journal of Geophysical Research,
Vol. 94, No. B6, pp. 7491–7495, 1989.
[7] C.A. Aviles, C.H. Scholz, and J. Boatwright. Fractal analysis applied to
characteristic segments of the san andreas. Journal of Geophysical Research,
Vol. 92, No. B1, pp. 331–344, 1987.
[8] 藤井幸泰ほか. 異方性を考慮した稲田花崗岩の一軸引張割れ目の特性. 応用地質, Vol. 46,
pp. 227–231, 2005.
[9] 藤井幸泰ほか. デジタル写真測量による,稲田花崗岩の異方性と一軸引張断面粗度の違い
について. 応用地質, Vol. 47, No. 5, pp. 252–258, 2006.
[10] 柴田秀賢(編). 日本岩石誌I 総論・堆積岩・深成岩. 朝倉書店, 1968.
[11] 柴田秀賢(編). 日本岩石誌II 深成岩(2). 朝倉書店, 1968.
研究報告 3-42
研究報告4
緩衝材の局所変形帯形成に関する基礎研究
(周辺岩盤変形に伴う緩衝材の局所変形帯形成に関する基礎研究)
[ 平成18年度∼20年度(予定) ]
名城大学
小高 猛司
1.はじめに
高レベル放射性廃棄物の地層処分において,人工バリアを構成する緩衝材はガラス固化体を封入
したオーバーパックを安全に支持し,かつ周辺地下水環境から遮蔽するという重要な役割を担って
いる。そのため,緩衝材として,膨潤性に富み,遮水性能に優れたベントナイトを主原料とした地
盤材料が有力視されており,その緩衝材の力学特性については我が国でも鋭意研究がすすめられて
きている。緩衝材を含む人工バリアは安定した岩盤層に設置されることを前提としていることから,
緩衝材については長期的なクリープ変形などについての研究にとどまっており,ひずみの局所化が
生じるような大変形を検討するには至っていない。
本研究の目的は,急激な地殻変動や長期的なクリープ破壊によって周辺岩盤に局所的な変形が発
生した時に,緩衝材にも局所変形帯が形成されることを想定し,その場合の緩衝材の性能維持の観
点から検討を行うことである。高レベル放射性廃棄物最終処分場は,永久に安定的に存在すること
が期待されているものの,最悪のシナリオも想定して多方面から検討しておくことが必要である。
特に,天然バリアとなる岩盤層は欧州に比べて地質年代が格段に若く,かつ,地震大国でもある我
が国においては,地層処分の実現を目指す上では,いかなる事態も想定し,安全が確保されること
を実証してゆく必要がある。
地盤工学の分野においては,主に粘土,砂,軟岩などの地盤材料を用いて,局所変形帯形成のメ
カニズムを解明すべく取り組みがなされてきている(例えば参考文献 1)∼7)など)。局所変形帯は,
後述するようにせん断帯や圧縮帯,あるいは膨張帯に大別できるが,それぞれの発生条件は境界条
件や材料特性により変化する。特に,最も発生確度が高いせん断帯は,条件次第でせん断帯内部の
領域において体積圧縮することもあれば体積膨張することもあるため,緩衝材のように遮水性能を
要求される材料においては注意が必要である。また,最大主応力方向に垂直に現れる局所変形帯で
ある圧縮帯や膨張帯は,材料次第で発生確度が大きく変わりうることが分かっているため,局所変
形帯形成の視点から緩衝材の力学特性を十分に把握しておくことは極めて重要である。先述のよう
に,緩衝材として現在有力視されているのは,ベントナイトを主原料とする高圧圧縮ベントナイト
であるが,これは粘土としての性質と軟岩としての性質を兼ね備えた地盤材料であると考えられ,
ある種の条件下では確実に局所変形帯を形成することが予見される。そのため,本研究では,現在
までの実験や解析で培ってきた,局所変形帯に関する多くの知見を活かし,局所変形帯発生時の緩
衝材の特性を解明することが大きな目的である。
断層変位に関する検討としては,オーバーパックの安全性の視点から,核燃料サイクル開発機構
研究報告 4-1
(a)実験結果
(b) FEM 解析結果
図 1.1 鉛直せん断時の緩衝材とオーバーパックの挙動 8)
[現:(独)日本原子力研究開発機構(以下、JEAE と略す)]によって実験および解析が実施され
ている 8)。図 1.1 はオーバーパックと見立てたメタル円柱を内包する緩衝材を鉛直せん断した実験
とその FEM 解析の結果である。鉛直せん断によって緩衝材に大きな縦ズレが発生しているにも拘
わらず,メタル円柱は圧縮ベントナイトの緩衝機能により,回転するだけで大きなダメージを被る
危険性は少ないと判断できる。しかし,短期的な安全性だけを考える場合は問題ないが,長期に亘
る安全性を考える場合には,緩衝材の本来の性能が半永久的に維持されるのかについての検討が必
要である。すなわち,緩衝材にとって最も重要な性質のひとつが遮水性能であるが,せん断帯の発
生以後も遮水性能に問題がないかどうか検討しておくことが重要である。
一方,緩衝材の基本的な力学特性に関しては,やはり JAEA によって数多くの室内試験が実施さ
れ,そのほとんどが緩衝材基本特性データベースとして WEB 上で公開されている 9)。そのため,
緩衝材の基本的な力学特性はほとんどそのデータベースを通して知ることが可能である。しかしな
がら,公開されている各実験は要素試験の視点で実施されているため,当然のことながら局所変形
帯の発生を想定した検討はなされていない。また,処分場が閉鎖されてから数十年から百年程度の
間は,緩衝材ならびにオーバーパックが再冠水する時期にあたる。再冠水が完了して緩衝材が飽和
する前には,当然のことながら緩衝材である圧縮ベントナイトは不飽和状態になっているが,不飽
和状態における力学特性についてはそれほど明らかにはなっていないのが現状である。
以上を鑑み,本研究の目標設定を次のように定める。すなわち,地層処分場を想定した条件下に
おいて,緩衝材として想定されている圧縮ベントナイトに発生する局所変形帯の性質,すなわち,
構造変化,密度変化,遮水性能の変化,等々を解明することである。今年度の研究においては,特
に不飽和圧縮ベントナイトの力学特性と強制発生する局所変形帯の特性についての検討である。
研究報告 4-2
2.既往の圧縮ベントナイトの三軸試験 10)
本研究に先立ち,圧縮ベントナイトの供試体作製法,飽和化,ならびにその供試体によって得ら
れた力学特性をあらかじめ把握するために,JAEA よって実験がなされ緩衝材データベース 9)とし
て公開されている膨大なデータから,珪砂混合圧縮ベントナイトの圧密非排水三軸圧縮試験 10)の一
部について概観する。
本章で概観する試験データ 10) は,乾燥密度 ρd=1.6Mg/m3 の珪砂混合体(珪砂混合率 30wt%)を
用いて,間隙水は蒸留水を用いて実施されているものである。供試体は低含水比の不飽和状態の粉
末ベントナイトと珪砂を混合したものを,側方拘束条件で上下二方向から静的に圧縮成型し,所定
の乾燥密度としている。圧縮成形時の供試体寸法は,直径φ=50mm,高さ h=100mm である。その
後,体積拘束条件のまま数ヶ月間にわたり給水させることによって,飽和状態の三軸供試体を作製
し,それを脱形して三軸セルに設置している。背圧は 0.49MPa,有効拘束圧は 0.49 MPa から 2.94 MPa
まで 0.49 MPa きざみで増加させた全 6 ケースが実施されている。載荷速度は 0.01mm/min(ひずみ
速度 0.01%/min)とし,軸ひずみεa=15%に達するまで軸圧縮せん断をしている。各試験における圧
密終了後,すなわちせん断開始時の供試体の体積,高さ,直径及び間隙比は表 2.1 の通りである。
図 2.1 は軸差応力∼軸ひずみ関係を示したものである。各試験とも軸ひずみ εa が 5%に達したあ
たりで軸差応力 q が最大となり,その後はほぼ一定もしくは若干低下している。図 2.2 は軸差応力
を平均有効応力で正規化したもので,CU2-0 以外の試験ケースにおいては正規化軸差応力と軸ひず
みの関係は,ほぼひとつの曲線で表現できることが分かる。供試体飽和時の膨潤圧が 0.49MPa 弱で
表 2.1 せん断時(圧密後)の供試体寸法
CU2-0
CU2-1
CU2-2
CU2-3
CU2-4
CU2-5
圧密応力 (MPa)
0.49
0.98
1.47
1.96
2.45
2.94
体積 (cm3)
196.15
189.20
180.66
177.14
174.03
171.21
体積変化 (cm3)
3.13
8.77
17.17
22.04
24.33
28.05
体積ひずみ
0.016
0.044
0.087
0.111
0.123
0.141
高さ (mm)
100.37
98.89
97.57
96.81
96.01
96.29
直径 (mm)
49.88
49.36
48.56
48.27
48.04
47.58
間隙比
0.685
0.616
0.547
0.514
0.493
0.468
研究報告 4-3
CU2-0 CU2-3 CU2-1
CU2-4
CU2-2
CU2-5
0.8
1.2
正規化軸差応力q/p'
軸差応力q[MPa]
1.4
1.0
0.8
0.6
0.4
CU2-0 CU2-3 CU2-1 CU2-4 5
10
CU2-2
CU2-5
0.6
0.4
0.2
0.2
0.0
0
5
10
0.0
15
0
軸ひずみεa[%]
図 2.2 正規化軸差応力と軸ひずみの関係
図 2.1 軸差応力と軸ひずみの関係
1.4
CU2-0
CU2-3
CU2-1
CU2-4
CU2-2
CU2-5
0.8
正規化軸差応力q/p’
軸差応力q[MPa]
CU2-0 CU2-3 CU2-1 CU2-4 CU2-2
CU2-5
0.7
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0.0
15
軸ひずみεa[%]
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
平均有効応力p’[MPa]
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
0.6
0.7
0.8
0.9
1.0
1.1
正規化平均有効応力[p’/p0]
図 2.3 有効応力経路
図 2.4 正規化応力経路
あったことが報告されており,CU2-0 以外はその膨潤圧より大きな圧力まで圧密していることから,
正規圧密状態にあると考えられる。逆に若干過圧密状態にある CU2-0 は,他の正規圧密状態にある
試験結果よりも正規化された軸差応力は大きくなっている。図 2.3 は有効応力経路であるが,正規
圧密状態にある CU2-1∼2-5 は正規化した図 2.4 からもわかるように,有効応力経路はほぼ相似形
をなしており,有効拘束圧が高いものほど最終的に塑性圧縮を伴う軟化現象を示しており,骨格構
造が卓越した粘土の挙動を呈している。一方,過圧密状態にある CU2-0 に関しては,最終的に正の
ダイレイタンシーを示している。総じてこれら飽和圧縮ベントナイトの挙動は,カオリナイトを主
体とする通常の土質力学で扱われている粘土の挙動と近いものであるが,限界状態係数 M は 0.63
と通常の粘土の値(M=1.2∼1.6 程度)と比べてかなり小さい値を示している。
研究報告 4-4
3.高拘束圧一面せん断試験システムの開発
3.1
はじめに
地層処分は地下 300m 以深を対象としているため,そのような超深地層においては非常に大きな
地圧,水圧が負荷される。一方,ベントナイト自身の膨潤圧も非常に大きいことから,緩衝材の力
学特性を正確に評価するためには高拘束圧で実験を行う必要がある。現在までに,高圧三軸試験機
を用いて高拘束圧下での圧縮ベントナイトの力学試験が精力的に行われてきた(例えば 10),11))。
しかしながら,2 章の既往の実験結果にも示したように,三軸試験では正規圧密状態に近い破壊モ
ードしか得られず,局所変形帯を伴うような破壊形態を観察することはできない。そのため,本研
究では三軸試験のように主応力を載荷して,せん断応力/垂直応力が最大となる応力作用面でせん
断破壊を誘起させる間接型せん断試験ではなく,あらかじめ決めた位置近傍を狙ってせん断破壊面
を発生させる直接型せん断試験の代表である一面せん断試験を実施することとした。
一面せん断試験は軟質な地盤材料を対象に実施されることがほとんどであり,あらかじめ不連続
面を設定していない硬質地盤材料の連続体供試体に対して一面せん断試験を実施した例はほとん
どない。我が国においては,北海道大学(現:神戸大学)の澁谷らの研究グループによる軟岩の一
面せん断試験が成功した例
12)
があるのみである。本研究では,澁谷らの研究グループによって開
発された硬質地盤材料用一面せん断試験機を参考にして,圧縮ベントナイトに特化した一面せん断
試験機の開発を行った。すなわち,超深地層の拘束圧ならびにベントナイトの膨潤圧を考慮できる
高圧環境の再現,せん断中に発生する変形局所帯の観察が可能,などの特殊性を有する一面せん断
試験機である。
3.2
高拘束圧一面せん断試験機
本研究で製作した試験機の特徴を以下に示す。
1) 垂直荷重ならびに水平荷重の載荷装置はメガトルクモータで構成している。
2) 垂直荷重の軸ストロークの最大値は 10mm 以上,載荷容量の最大値は 25kN(10MPa),パソ
コンによる外部入力により応力制御,ひずみ制御のいずれにも対応可能であり,ひずみ速度は
0.001mm/min∼1.0mm/min の範囲で可変である。
3) 水平荷重のストロークの最大値は±20mm,載荷容量の最大値は 20kN(8MPa),パソコンに
よる外部入力により応力制御,ひずみ制御のいずれにも対応可能であり,ひずみ速度は
0.001mm/min∼1.0mm/min の範囲で可変である。
研究報告 4-5
4) 垂直方向,水平方向のいずれの載荷軸においても,0.01mm 単位での高精度な位置決めが可能
である。
5) 50mm×50mm×40mm 厚の直方体形状の供試体を用いて実験が可能である。
6) せん断箱の前面に硬質アクリルガラス面を有し,せん断中に供試体に生成・発達するせん断
帯を長手方向に定量的に観察することが可能である。
7) 繰り返し載荷試験の実施が可能である。
8) 段階載荷方式ならびに定ひずみ速度方式による圧密試験の実施が可能である。
9) 定圧力条件ならびに定体積条件による一面せん断試験の実施が可能である。
10) 垂直荷重計測用のロードセルはせん断箱の下部に設置している。
上記の載荷性能に関する点は,高精度メガトルクモータの採用によるところが大きく,本試験機の
最大の特長である。また,一般に一面せん断試験においては,上下せん断箱にわずかながらでもク
リアランス(隙間)が必要であることから,等体積条件でのせん断においても,その際発生する過
剰間隙水圧の計測は困難であるが,本試験機においては載荷軸とは逆側のせん断箱下部にロードセ
ルを設置することにより,せん断中に圧縮ベントナイト供試体に作用する垂直応力を正確に計測す
ることができ,一面せん断試験でありながら有効応力経路を正確に計測することが可能となってい
る。土質材料用において一般に普及している改良三笠式一面せん断試験装置などと比較しても,本
試験機は格段に扱いやすく,かつ精度の高いデータを得ることができる。
メガトルクモータ
せん断箱
写真 3.1 高拘束圧一面せん断試験機(全景)
研究報告 4-6
図 3.1 高拘束圧一面せん断試験装置
加圧板
水平荷重計測用ロードセル
上部せん断箱
垂直荷重計測用ロードセル
下部せん断箱
写真 3.2 高拘束圧一面せん断試験機(拡大)
硬質アクリル
写真 3.3 矩形供試体用せん断箱
写真 3.1 に高拘束圧一面せん断試験機本体の全景を示し,図 3.1 に試験機の詳細図を示す。また,
写真 3.2 には試験機中心部,さらに写真 3.3 にせん断箱を示す。先述のように供試体寸法は 50mm
×50mm×40mm 厚の正方形断面としており,加圧板も同様の形状としている。このような正方形
の供試体を採用した場合,円形供試体では中心軸の位置あわせのみで十分であったものが,角度の
位置あわせも数ミクロン単位で必要となることから,せん断箱ならびに加圧板の製作には非常に高
精度の技術が要求される。せん断は上部せん断箱を 4 本の高剛性ボルトで連結固定し,下部せん断
箱をメガトルクモータによって強制的に水平移動することにより,直接せん断を実施する機構であ
る。また,せん断箱前面には硬質アクリルを設置し,せん断帯の観察を容易にしている。
研究報告 4-7
3.3
局所変形帯観察用画像解析システム
写真 3.3 に示したせん断箱においては,上下分割した硬質アクリルガラスを取り付けており,せ
ん断中に発生,発達する局所変形帯の観察を試みた。写真 3.4 はこのせん断箱に圧縮ベントナイト
供試体を設置した時の状況である。後述するように,前面に透明アクリルガラスを使用しているた
めに観察に必要な光量は十分であるものの,上下せん断箱が分割されているために,せん断箱の隙
間は無拘束状態となるために局所変形帯の観察は困難であることが判明した。そのため,局所変形
帯を観察するための実験には,写真 3.5 に示すアクリルガラスを上下一体化した改良型のせん断箱
を用いることとした。すなわち,アクリルガラスは上部せん断箱にだけ固定されており,下部せん
断箱はアクリルガラスとは独立に稼働する機構としている。写真 3.6 に下部せん断箱を,写真 3.7
に上部せん断箱を上下逆さに置いた時の写真を示す。
写真 3.4 アクリルが上下分割型のせん断箱
写真 3.5 アクリルが上下一体型のせん断箱
写真 3.7 上部せん断箱
写真 3.6 下部せん断箱
研究報告 4-8
写真 3.8 マイクロスコープを用いた局所変形帯観察システム
写真 3.8 はマイクロスコープを用いた局所変形帯観察システムを示している。マイクロスコープ
は(株)朝日光学機製作所のハンディスコープ MS-100 であり,中倍率ズームレンズ(75∼400 倍)
を接続して用いている。マイクロスコープの映像素子は 1/4 インチのカラーCCD であり,有効画素
数は 768(H)×494(V),総画素数約 38 万画素である。マイクロスコープにて撮影した画像は一旦
NTSC 信号でアナログ画像出力したのち,デジタル信号に変換してデジタル画像としてパソコンに
入力する。実験中の画像は所定のタイムインターバルで撮影し,パソコンに保管する。
本研究では,一面せん断試験中に生成・発達する局所変形帯のせん断ひずみ,体積ひずみなどの
諸量を計測するために,マイクロスコープにて等時間間隔で撮影したデジタル画像に PIV(Particle
Image Velocimetry:粒子画像流速測定法)と呼ばれる画像解析手法を適用する 13)。PIV は流体解析
の分野で進歩を遂げてきた流れの計測手法であり,流体運動を可視化する技術とその可視化画像を
デジタル画像処理する技術の両輪によって成り立っており,流れ場における速度を,瞬時かつ多点
で大量に抽出することが可能である。PIV は流れの速度分布を調べる方法として最も進化した計測
法の一つであり,有力な流れ解析ツールとして威力を発揮している。通常の流体運動は視覚的に捉
えにくいため,レーザー光に反応するトレーサーと呼ばれる粒子を流れ場に混入させ,シート状の
レーザー光を照射することにより流れを可視化する技術が一般的によく用いられている。可視化さ
れて撮影されたデジタル画像は,白黒 2 階調に変換すると 256 階調の輝度情報をピクセル毎に有し
ており,一定の時間間隔で連続的に取り込まれた画像から,その輝度情報を利用して微小領域ごと
の流れの速度場を解析する。具体的にはあらかじめ設定した微小領域の輝度パターンに最も近いパ
ターンを持つ微小領域を輝度差累積の逐次棄却法を用いて高速に探索する 14)。写真 3.9 はせん断時
の圧縮ベントナイト供試体のデジタル画像である。珪砂の砂粒子が圧縮ベントナイト供試体表面に
程よいパターンを形成しており,PIV 画像解析の適用性が高いと判断した。
研究報告 4-9
3mm
写真 3.9 マイクロスコープで撮影した圧縮ベントナイト供試体
本研究の PIV 画像解析においては,デジタル写真の 15 ピクセル四方を 1 要素として,縦 31 要素
×横 40 要素の合計 1240 要素を用いて,写真 3.9 に示すほぼ全領域をカバーすることとした。それ
により,1 ピクセルあたりの実際の長さは約 0.01mm となっている。本 PIV 画像解析はサブピクセ
ル解析をしており,さらに 1 ピクセルの 1/10 の移動量の判別が可能であるため,実質 1µm の解像
度の画像解析であるということができる。PIV 解析では,時間間隔 ∆t の 2 枚のデジタル画像の比較
を行い,上述の要素を構成する全節点の変位速度データが計測される。本研究では,各節点の変位
速度データ u&i を用いて,1 次の変位の内挿関数を用いて要素内のひずみ速度 ε&ij を計算し,式(3.1)
のようにせん断ひずみ速度 γ& と体積ひずみ速度 ε&v を定義する。ただし,観察している部分は平面で
あるので,2 次元平面ひずみ条件を用いる。
γ& = ε&ij + ε& ji , ε&v = ε&ii
ただし, ε&ij =
1
(u&i, j + u& j ,i )
2
(3.1)
さらに,各要素におけるせん断ひずみ,体積ひずみのステップ I における累積量は次式のように計
算する。
γ I = γ I −1 + γ& ⋅ ∆t ,
ε v I = ε v I −1 + ε&v ⋅ ∆t ,
ただし, γ 0 = ε v0 = 0
(3.2)
以上のように画像解析を行う全領域のせん断ひずみ,体積ひずみの分布が計算できるが,物体の変
形に対して物質点そのものの移動を追い続けるラグランジュ型の解析手法とは根本的に異なり,固
定した観測窓で変位速度を計測しつづける流体解析で主流のオイラー型の解析手法であるため,式
(3.2)で積分値として計算されるひずみ量については,実際の固体の変形か得られる本来のひずみ量
とは直接対応しないことを注意する必要がある。
研究報告 4-10
3.4
飽和圧縮ベントナイト供試体作製用モールド
緩衝材の力学特性を評価するためには,実際の処分場での施工履歴と同じ工程で作製された供試
体で実験することが重要である。粒状体で構成された地盤材料においては,不飽和状態で締固めら
れた時点でサクションによる骨格構造が構成されることが多く,その構造が浸水・飽和後もその地
盤材料の力学特性に影響を及ぼすことが少なくない。圧縮ベントナイトにおいても,不飽和状態に
おける圧縮成形過程が,その後の力学特性に影響を及ぼすことが十分に考えられる。そこで,本研
究においては,次の手順で飽和ベントナイトの供試体を作製することとした。
1) 含水比 10%程度の粉末ベントナイトと乾燥状態の珪砂を混合したものを直径 80mm,高さ 20mm
の高剛性圧縮リング(写真 3.10 のモールドの中央のリング)に,油圧ジャッキを用いて所定の
乾燥密度となるように圧縮する。
2) 写真 3.10 のモールドに圧縮リングごとベントナイト供試体をセットし,上部載荷ピストンを設
置する。供試体の上下面にはポーラスメタルにより水の出入りが可能となっている。上部載荷
ピストンまで組み立てた状態のモールドを写真 3.11 に示す。
3) 4 連式載荷フレームにモールドを設置し(写真 3.12),供試体を水浸させることにより,ベント
ナイトを膨潤させる。その際,ロードセルにより膨潤圧を計測し,飽和化までの目安とする。
4) モールドを解体し,膨潤後の圧縮ベントナイト供試体をリングごと取り出す。一面せん断試験
の供試体とするために,50mm 角の供試体にガイドカッターを用いてリングからくり抜く。
5) くり抜いて作製された 50×50×20mm の直方体供試体を,一面せん断試験機にセットして,実
験を行う。
上部載荷ピストン
上部載荷ピストン
圧縮リング
ポーラスメタル
写真 3.10 飽和供試体
作製用モールド
(解体時)
写真 3.11 飽和供試体
作製用モールド
(組立時)
研究報告 4-11
写真 3.12 飽和供試体作製用
4 連載荷フレーム
4.不飽和圧縮ベントナイトによる高拘束圧一面せん断試験
4.1 供試体作製方法および試験手順
本研究では,高レベル放射性廃棄物の埋設中ならびに終了して最終処分場を閉鎖してから再冠水
する期間における緩衝材の力学的安定性を検討するために,圧縮ベントナイトは不飽和状態のもの
に限定して実験を行った。飽和後の力学挙動に関する検討は次年度の研究課題とする。
ベントナイトには粉末状のベントナイト(クニミネ工業(株)製 Na 型ベントナイト・クニゲル V1)
を用い,三河珪石工業製の珪砂 6 号を質量比 30%で配合することにより,ベントナイト・珪砂混合
物とした。本研究では,このベントナイト・珪砂混合物を圧縮した試料を圧縮ベントナイトと呼ぶ
こととする。
本研究では圧縮ベントナイト供試体は一面せん断試験機本体で作製し,そのまません断を行うこ
ととした。なぜなら不飽和状態の圧縮ベントナイトは無拘束状態では非常に脆性的であり,さらに
本実験では角柱供試体を採用しているために,試験機外で圧縮成型した供試体を脱型し,試験機本
体に設置することは非常に困難であるからである。具体的には,供試体の乾燥密度は 1.4,1.5,1.55
および 1.6 Mg/m3 の 4 種類を設定し,50mm 四方の正方形断面で 40mm 厚の供試体寸法となる時に
それぞれの乾燥密度となるように質量を決定する。なお,ベントナイト粉末は含水比 10%の状態の
ものを,珪砂は完全乾燥状態のものをそれぞれ用いており,特にベントナイトについては他の含水
比では実施していない。
写真 4.1 にせん断箱に試料を詰めている様子を示す。せん断箱の上面 4 隅にある高剛性ボルトの
ネジ穴部に,供試体作製時にわずかながらも飛散してしまうベントナイトの微粒子が入り込まない
ようにポリエチレンラップで覆って作業を実施している。1 回分の試料を詰めたのち,50mm 角の
写真 4.1 供試体作製の様子
写真 4.2 加圧板による軸圧縮
研究報告 4-12
平板おさえ器具を用いてプラスチックハンマーで軽い打撃を与えながら供試体表面を均等になら
す。一旦せん断箱を試験機本体に設置し,写真 4.2 に示すように加圧板で軸圧縮載荷することによ
り,最終的に厚さ 40mm の圧縮ベントナイト供試体とする。なお,加圧板による軸圧縮は,上部せ
ん断箱と試験機本体を高剛性ボルトで締め,水平位置決めを慎重に行ったのちに実施する。写真
4.2 に示しているように,加圧板をせん断箱に挿入する際には, 0.2∼0.15mm の隙間ゲージを用い
て 4 辺のクリアランスが均等に確保されているか入念に確認しながら作業を進める。乾燥密度 1.4
Mg/m3 の供試体の場合には,使用すべき全試料が少ないために,1 回の軸圧縮によって高さ 40mm
の供試体を作製することが可能であるが,乾燥密度 1.5,1.55,1.6 g/cm3 の供試体の場合には,せ
ん断箱の厚さの関係もあり,1 回の軸圧縮による供試体作製は困難であるため,試料投入と軸圧縮
の工程を 2 回に分けて実施する。その際,1 回目に質量全体の 85%を用いて供試体高さ 36mm まで
圧縮させた後,2 回目に残りの 15%を詰めて最終的に 40mm の供試体とする。
最終的な軸圧縮が終了した後にせん断過程に移る。せん断時には上下せん断箱の間にはクリアラ
ンスが必要であるが,今回は 0.2,0.5,1.0mm の 3 種類のクリアランスで実験を実施した。具体的
な作業は,上部せん断箱を連結した 4 本の高剛性ボルトに,写真 4.3 に示すように半円筒状のスペ
ーサーを取り付け,高剛性ボルトを所定のクリアランスになるまで上部せん断箱ごと引き上げるこ
とにより,正確に上下せん断箱間に完全平行なクリアランスを設定することが可能となる。次に写
真 4.4 に示すように上下せん断箱の水平位置がずれないように固定していた 2 本の金属製テーパー
ピンを抜きとり,下部せん断箱に強制的に変位を与えることにより,せん断を行う。なお,軸圧縮
過程が終了してからせん断が終了するまでの間,一貫して加圧板の垂直変位は固定したまま実験を
行うため,特にせん断を開始するまでにクリアランスの設定などの作業時間中に垂直応力は徐々に
写真 4.3 スペーサーを使用した上下せん
写真 4.4 せん断直前の上下せん断箱固定用
断箱間のクリアランス設定作業
研究報告 4-13
テーパーピンの抜き取り作業
写真 4.5 実験終了後のせん断箱
緩和されることになる。この応力緩和がおさまり一定値となってからせん断を開始することも検討
したが,その収束値は必ずしも一定値とはならないために,本実験ではできる限り軸圧縮終了から
せん断開始までの作業を手際よく行うことにより,作業時間を短縮し,応力緩和量をできるだけ少
なく抑えることとした。
実験は水平変位が 6mm となるまで等体積条件でせん断し,その間の水平荷重,垂直荷重,水平
変位を計測した。また,先述のようにせん断中にはせん断箱の前面より,局所変形帯の観察も実施
した。写真 4.5 はせん断終了後のせん断箱の様子であり,上下せん断箱間に横ズレ変位があること
がわかる。なお,本節のここまでで示したせん断箱の写真は,全面アクリルガラスへ改良する前の
せん断箱であるが,次節で示す基本的力学特性の評価を主目的とした数多くの実験は,このタイプ
のせん断箱を用いて実施したものである。一方,局所変形帯の観察を主目的とした実験においては,
改良後の全面アクリルガラスのせん断箱を用いて実施している。
4.2
圧縮ベントナイトの基本的力学特性の評価
4.2.1 試験条件
本研究で実施した基本的力学特性を評価するための試験ケースは以下の通りであり,全試験ケー
スを一覧にしたものを表 4.1 に示す。
(1) CASE1: 乾燥密度の比較
上下せん断箱間のクリアランスを 1.0mm,水平変位速度 0.4mm/min とし,乾燥密度 1.4,1.5,1.6
Mg/m3 の場合について比較を行う。
(2) CASE2: 上下せん断箱間のクリアランスによる比較
研究報告 4-14
水平変位速度 0.4mm/min,乾燥密度 1.4,1.5,1.6 Mg/m3 のそれぞれについて,上下せん断箱クリ
アランスを 0.2,0.5,1.0mm の 3 パターンで実施する。
(3) CASE3: 水平変位速度の比較
乾燥密度 1.6 Mg/m3,上下せん断間のクリアランス 1.0mm で,水平変位速度を 0.04,0.08,0.4,
1.0 mm/min と 4 パターンで実施する。
(4) CASE4: 過圧密と正規圧密との比較
上下せん断箱間のクリアランス 1.0mm,水平変位速度 0.4 mm/min,乾燥密度が 1.6 Mg/m3 に到達
するまで一旦軸圧縮した後,除荷することにより,過圧密履歴をもつ乾燥密度 1.55 Mg/m3 の供試
体を作製し,CASE 1 の正規圧密供試体との比較を実施する。
表 4.1 試験ケース一覧
CASE 1
乾燥密度(Mg/m3)
上下せん断箱の
クリアランス (mm)
水平変位速度
(mm/min)
1.4
1.5
1.6
1.0
0.4
1.0
0.5
0.2
1.0
0.5
0.2
1.0
0.5
0.2
0.4
1.4
CASE 2
1.5
1.6
4.2.2
CASE 3
1.6
1.0
1.0
0.4
0.08
0.04
CASE 4
1.6→1.55
1.0
0.4
供試体の作製過程
図 4.1 は軸圧縮して作製する不飽和ベントナイト供試体の圧縮曲線を示したものである。図 4.1(a)
が CASE1∼3 の正規圧密状態の供試体の圧縮曲線であり,図 4.1(b)が CASE4 の過圧密供試体の圧
縮曲線である。図 4.1(a)においては,供試体完成時の目標乾燥密度(供試体厚が 40mm になった時
研究報告 4-15
垂直応力[MPa]
垂直応力[MPa]
乾燥密度[g/cm3]
1.35
1.40
1.5N-1
1.5N-2
1.6N-1
1.6N-2
1.45
1.50
1.55
乾燥密度[g/cm3]
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0
1.30
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0
1.30
1.5O-1
1.35
1.5o-2
1.6o-1
1.40
1.6o-2
1.45
1.50
1.55
1.60
1.60
1.65
1.65
(a) 正規圧密供試体の圧縮曲線
(b) 過密供試体の圧縮曲線
図 4.1 供試体作製時における粉末試料の軸圧縮過程における垂直応力と乾燥密度の関係
点での乾燥密度)1.5,1.6 Mg/m3 それぞれの場合における,供試体厚さ 40mm になるまでに 0.5mm
ずつ段階的に軸圧縮させた時の軸圧縮完了直後の垂直応力をプロットしている。圧縮に伴い乾燥密
度が大きくなるにつれて垂直応力も大きくなり,1.6N-1,1.6N-2 では載荷許容量の限界値である
8MPa まで到達している。2 種類の目標乾燥密度の供試体について各 2 回ずつ試験を実施したが,
図 4.1(a)に示すようにいずれも同じ曲線となり再現性が高いことが確認された。また,同図におい
て目標乾燥密度 1.5 Mg/m3 と 1.6 Mg/m3 の場合を比べてみると,目標乾燥密度 1.5 Mg/m3 の場合には
垂直応力 4.5MPa 付近で供試体厚さ 40mm に到達して圧縮を終了しているが,もしそれ以上に軸圧
縮を継続した場合には目標乾燥密度 1.6 Mg/m3 の曲線と重なることが予想できる。実際にその様子
が図 4.1(b)の 1.5O-1 および 1.5O-2 の曲線からわかる。それらは供試体厚さ 40mm となってから
も軸圧縮を継続したところ,垂直応力 5.0MPa 付近で目標乾燥密度 1.6 Mg/m3 の曲線と重なり,そ
の後は最大許容垂直応力 8.0MPa になるまで同じ曲線となった。8.0MPa に到達した時点においては,
目標乾燥密度 1.6 Mg/m3 の供試体では厚さ 40mm であるのに対して,目標乾燥密度 1.5 Mg/m3 とし
て圧縮を開始した供試体では,厚さ 37.5mm であった。いずれの目標乾燥密度の供試体においても,
0.1mm ずつ加圧板を供試体から離し,垂直応力が 0MPa になるまで除荷を行った。加圧板を上方向
に戻すたびに計測された垂直応力とその時点での乾燥密度との関係も図 4.1(b)に示している。垂直
応力 0MPa における乾燥密度はいずれの条件でも 1.55Mg/m3 となり,目標乾燥密度 1.6Mg/m3 およ
び 1.5Mg/m3 の供試体における最終供試体厚さは,それぞれ 41mm および 38.6mm であった。図で
は便宜上,当初の目標乾燥密度を用いて,それぞれの供試体を区別しているが,いずれも最終乾燥
密度は 1.55 Mg/m3 であり,供試体厚さが異なるのみの違いである。
研究報告 4-16
4.2.3
CASE 1: 乾燥密度による力学特性の比較
乾燥密度 1.4,1.5,1.6 Mg/m3 の 3 種類において,上下せん断箱間のクリアランスを 1.0mm,水
平変位速度を 0.4 mm/min の条件で水平変位 6mm になるまでせん断した。
図 4.2 に CASE 1 における主要な試験結果を示す。図中には(a)せん断応力∼水平変位関係,(b)垂
直応力∼水平変位関係,(c)応力経路がそれぞれ示されている。なお,図中の凡例に示されている供
試体名は乾燥密度と試験回数を指している。各乾燥密度において 2,3 回試験を行ったが,どの条
件でもほぼ結果は一致し,再現性の高いことが確認できた。(b)および(c)からもわかるように,乾
燥密度が小さいほど垂直応力が小さいが,これは 4.2.2 の供試体作製手順でも説明したように,乾
燥密度が大きな供試体ほど大きな軸圧縮応力が必要であることを意味している。この試験ケースに
おいては,供試体はすべて正規圧密状態に近い状態にあると考えられるが,図 4.1 に示したように
乾燥密度 1.6Mg/m3 および 1.5Mg/m3 の供試体を作製するにはそれぞれ 8MPa および 4.5MPa の垂直
3.0
1.4-1
1.6-1
1.4-2
1.6-2
1.5-1
1.6-3
1.4-1
1.6-1
3.0
(a)
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
垂直応力[MPa]
1.4-2
1.6-2
1.5-1
1.6-3
1.5-1
1.6-3
0.8
1.5-2
(c)
1
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
垂直応力[MPa]
水平変位[mm]
1.4-1
1.6-1
1.4-2
1.6-2
2.5
せん断応力[MPa]
2.5
せん断応力[MPa]
1.5-2
1.5-2
6.0
5.5
(b)
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
図 4.2 CASE 1: 乾燥密度の異なる供試
水平変位[mm]
研究報告 4-17
体の比較,(a)せん断応力∼変位
関係,(b)垂直応力∼水平変位関
係,(c)応力経路
応力で軸圧縮がせん断過程以前にすでになされていたことになる。図 4.2 に示すように 1.6Mg/m3
および 1.5Mg/m3 の供試体のせん断開始時の初期垂直応力はそれぞれ 5.1MPa および 2.7MPa となっ
ており,いずれの供試体においても大幅に下落している。この理由は先述したように,軸圧縮終了
後からせん断開始までに行う上下せん断箱間のクリアランス設定作業などの間に,変位一定下で垂
直応力が緩和するためである。そのため,後述するように,試験手順の相違によりせん断開始時の
垂直応力が異なってしまうことがあるが,それがその後のせん断時の応力経路や最大せん断応力な
どの試験結果に影響を及ぼすことがあることに注意を要する。
図 4.2(c)の応力経路を見ると,せん断開始直後の応力経路の立ち上がりの部分において,垂直応
力がわずかに増加しながらせん断応力が急激に増加しており,ほぼ直上に経路が上昇している部分
が見られる。この部分の挙動は,図 4.2(a)および(b)で見ると,水平変位が最初のごくわずかの間に
発生していることがわかる。これはせん断開始前の応力緩和によって,供試体が若干過圧密になっ
ているために,せん断のごく初期段階においては弾性的な挙動を示すと考えられる。完全等体積条
件下の弾性挙動においては,垂直応力は不変と考えられるが,供試体は不飽和状態である,クリア
ランスの部分では無拘束状態となっている部分がある,などの要因により,若干垂直応力が増加す
る可能性がある。この弾性部分を超えると急激に垂直応力は減少をはじめ,負のダイレイタンシー
に伴う塑性圧縮挙動が見られる。せん断応力にはそれぞれピークが現れるが,乾燥密度が大きいほ
ど,せん断応力のピークが現れる時点の水平変位は大きくなる。これらピーク以後においても垂直
応力は減少を続けており,塑性圧縮を伴うひずみ軟化を呈していることがわかる。この挙動は高位
な骨格構造を有する粘土などで見られる現象であることから,不飽和圧縮ベントナイトにおいても
比較的高位な構造を有していることを示唆している。図 2.1∼2.4 に示した既往の飽和圧縮ベントナ
イトの三軸試験においても,有効拘束圧が大きい供試体においてはせん断後半に塑性圧縮を伴うひ
ずみ軟化が観察されており,今回の試験結果と調和的である。ひずみ軟化の度合いは今回の試験結
果の方が大きいが,その理由は試験法が今回はせん断面を強制的に発生させる一面せん断試験であ
ったこと,供試体が不飽和状態であることなどが考えられる。一方,図 4.2(c)より,全試験の軟化
後の最終状態は原点を通る直線となり,その時のせん断抵抗角を求めるとφ=38.7°であり,ピー
ク時のせん断抵抗角ではφ=32.3°となり,いずれも図 2.3 に示す三軸試験結果φ=16.6°と比べる
と非常に大きい。この差においても,前述の通り試験法による差と飽和・不飽和の差の両者の要因
が考えられるものの,試験法の差だけではこれだけφに差が生じることは考えづらく,不飽和供試
体であることの方がφの差の要因としては考えやすい。したがって,今回の一面せん断試験におけ
る大きなひずみ軟化においても,不飽和状態の供試体に起因する部分は大きいと考えられる。
研究報告 4-18
4.2.4
CASE 2:上下せん断箱間のクリアランスによる比較
乾燥密度 1.4,1.5,1.6 Mg/m3 の 3 種を対象として,水平変位速度 0.4 mm/min で,上下せん断箱
間のクリアランスを 0.2,0.5,1.0mm の 3 種類において,水平変位 6mm までせん断を行った。
図 4.3 に CASE 2 における主要な試験結果を示す。図中には(a)せん断応力∼水平変位関係,(b)垂
直応力∼水平変位関係,(c)応力経路がそれぞれ示されている。なお,図中の凡例に示されている供
試体名は乾燥密度と上下せん断箱間のクリアランスを略して付けたものであり,1.4-1,1.5-1 およ
び 1.6-1 は 4.2.2 節の図 4.2 に示した結果と同じものである。
図 4.3 を見ると,上下せん断箱間のクリアランスを変えても,図 4.2 で見られた特徴は大きくは
変わらないことがわかる。しかしながら,クリアランスによる差を詳細に検討してみると,乾燥密
度 1.6 Mg/m3 の場合には,1.6-0.2 と 1.6-0.5 ではせん断応力のピーク値はほとんど差がないものの,
1.6-1 と 1.6-0.2 との間には 0.3MPa もの差が生じている。乾燥密度 1.5 Mg/m3 の場合においても,
3.0
1.4-1
1.5-1
1.6-1
1.4-0.5
1.5-0.5
1.6-0.5
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
垂直応力[MPa]
0.5mm
0.2mm
0.6
0.67
1
(c)
1
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
垂直応力[MPa]
水平変位[mm]
1.4-0.5
1.5-0.5
1.6-0.5
1.4-0.2
1.5-0.2
1.6-0.2
2.5
せん断応力[MPa]
2.0
1.4-1
1.5-1
1.6-1
1.4-0.5
1.5-0.5
1.6-0.5
3.0
(a)
2.5
せん断応力[MPa]
1.4-1
1.5-1
1.6-1
1.4-0.2
1.5-0.2
1.6-0.2
1.4-0.2
1.5-0.2
1.6-0.2
6.0
5.5
(b)
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
図 4.3 CASE 2:上下せん断箱間のクリア
水平変位[mm]
研究報告 4-19
ランスの相違による比較,
(a)せん断応力∼変位関係,
(b)垂直応力∼水平変位関係,
(c)応力経路
1.5-0.5 と 1.5-0.2 ではせん断応力のピーク値にほとんど差がないのに対して,1.5-1 と 1.5-0.5 では
0.25MPa の差が生じている。しかしながら,乾燥密度 1.4 Mg/m3 においてはいずれの条件において
も大きな差は見られない。以上より,乾燥密度が大きい場合には,上下せん断箱間のクリアランス
が 1mm となると,試験結果に差が生じることがわかる。
図 4.3(c)の応力経路をみると,1.6-1,1.5-1 のいずれも他の条件よりもせん断開始時の初期垂直応
力が小さくなっている。これはクリアランスを 1mm あけるための作業により,垂直応力が緩和さ
れる量が,0.2, 0.5mm よりも大きいために起きていると見てよいが,その後の応力経路はやはり 0.2,
0.5mm の試験結果とは若干傾向が異なる。すなわち,1.6-1,1.5-1 では初期垂直応力が他の供試体
よりも小さいにも拘わらず,せん断応力は大きくなり,ピーク値ならびにせん断抵抗角も大きくな
っている。逆に見れば,上下せん断箱間のクリアランスが 0.2, 0.5mm と小さい場合には,前節で示
したせん断抵抗角よりも小さくなる。すなわち,軟化後の最終状態で得られるせん断抵抗角は
0.2mm, 0.5mm ではφ=31.0°であり,ピーク時で得られるせん断抵抗角は 0.2mm,0.5mm ではφ
=26.6°であり,だいぶ小さくなるとは言え,三軸試験で得られるせん断抵抗角よりだいぶ大きいこ
とに変わりはない。
以上のように,上下せん断箱間のクリアランスを変えることにより,せん断開始までの作業時間
の差などが生じて垂直応力の緩和量が変わるために,せん断試験結果に影響が及ぶこともあること
がわかった。特に今回の試験では,最もクリアランスが大きい 1.0mm の試験では,他と異なる傾
向になることが示された。その理由は,せん断帯の発生状況などとも関連がある可能性がある。
4.2.5
CASE 3: 水平変位速度の違いによる比較
乾燥密度 1.6 Mg/m3,上下せん断箱間のクリアランスを 1.0mm とし,水平変位速度を 0.04,0.08,
0.4,1.0mm/min と変化させて水平変位 6mm になるまでせん断を行った。
図 4.4 に CASE 3 における主要な試験結果を示す。図中には(a)せん断応力∼水平変位関係,(b)垂
直応力∼水平変位関係,(c)応力経路がそれぞれ示されている。なお,図中の凡例に示されている供
試体名には乾燥密度と水平変位速度を略して付けており,0.4mm/min は 4.2.3 節で述べた 1.6-1 の供
試体の結果を用いている。
図 4.4 より,供試体によって初期垂直応力に違いが生じているが,いずれの条件でもほぼ同傾向
のせん断挙動となり,どの水平変位速度においても大きな差は生じなかった。特に,変位速度に応
じての傾向は観察されず,不飽和圧縮ベントナイトの速度依存性は,この範囲の実験においては観
察されなかった。
研究報告 4-20
3.0
3.0
せん断応力[MPa]
2.0
1.5
1.0
0.5
(a)
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
2.0
1.5
1.0
0.5
(c)
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
垂直応力[MPa]
水平変位[mm]
垂直応力[MPa]
1.6-1.0
1.6-0.4
1.6-0.08
1.6-0.04
2.5
せん断応力[MPa]
1.6-1.0
1.6-0.4
1.6-0.08
1.6-0.04
2.5
6.0
5.5
1.6-1.0
1.6-0.4
5.0
1.6-0.08
4.5
1.6-0.04
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
(b)
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
図 4.4 CASE 3:水平変位速度の相違に
よる比較,
(a)せん断応力∼変位関係,
(b)垂直応力∼水平変位関係,
(c)応力経路
水平変位[mm]
4.2.6
CASE 4: 過圧密状態と正規圧密状態での比較
4.2.2 節で述べたように,目標乾燥密度 1.5,1.6 Mg/m3 の試料で作製された 1.55 Mg/m3 の過圧密
状態の供試体と,4.2.3 節で示した 1.4,1.5 および 1.6 Mg/m3 の正規圧密状態の供試体で比較を行っ
た。せん断条件は上下せん断箱間のクリアランスは 1.0mm,水平変位速度は 0.4mm/min とし,水平
変位 6mm になるまでせん断を行った。
図 4.5 に CASE 4 における主要な試験結果を示す。図中には(a)せん断応力∼水平変位関係,(b)垂
直応力∼水平変位関係,(c)応力経路がそれぞれ示されている。なお,図中の凡例に示されている供
試体名には,正規圧密供試体は 4.2.3 節で示した 1.4-1,1.5-1 および 1.6-1 を用い,過圧密の供試体
名には Over-consolidated clay を略して O を付けている。なお,1.6O-1 は試験上の失敗により欠番と
なっている。なお,今回示した 1.5O-1,1.5O-2 および 1.6O-2 はいずれも同じ乾燥密度 1.55 Mg/m3
の供試体である。
図 4.5 より,過圧密供試体はせん断応力が緩やかに上昇し,水平変位 3.0mm 辺りからはわずかに
研究報告 4-21
1.4-1
1.5-1
1.6-1
1.5O-1
1.5O-2
1.6O-2
(a)
せん断応力[MPa]
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
3.0
垂直応力[MPa]
1.4-1
1.5-1
1.6-1
1.5O-1
1.5O-2
1.6O-2
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
垂直応力[MPa]
水平変位[mm]
6.0
5.5 (b)
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5
(c)
2.5
せん断応力[MPa]
3.0
1.4-1
1.5-1
1.6-1
1.5O-1
1.5O-2
1.6O-2
図 4.5 CASE 4:過圧密と正規圧密による
比較,
(a)せん断応力∼変位関係,
(b)垂直応力∼水平変位関係,
(c)応力経路
5.0 5.5 6.0
水平変位[mm]
上昇するか,あるいは一定となり,ピークを示さないまません断を終える。せん断終了時点で,せ
ん断応力は 0.5MPa と小さな値となるが,これは初期垂直応力がゼロであることに起因している。
この垂直応力は,せん断につれて供試体が正のダイレイタンシーを発揮することにより上昇し,そ
れに応じてせん断応力も増加してくるが,いずれにしてもその値は小さい。
実際の地層処分地において緩衝材として圧縮ベントナイトをどのような形態でどのような方法
で用いるかにもよるが,高レベル放射性廃棄物の埋設中や閉鎖後の再冠水時には,圧縮ベントナイ
トは不飽和状態でかつ拘束圧もそれほど大きくない場合には,せん断強度も大きくはなく力学的な
安定性はそれほど期待できないことがわかる。
4.2.7
基本的力学特性のまとめ
再冠水時の緩衝材の基本的力学特性を評価するため,不飽和状態の圧縮ベントナイトを用いて高
拘束圧条件下で一面せん断試験を実施した。その結果,圧縮成形時の作用応力に近い正規圧密状態
の場合には塑性圧縮伴うひずみ軟化現象を呈する材料であることが明らかとなった。この特徴を有
研究報告 4-22
する地盤材料は,一般に嵩張った構造を持つことが多く,骨格構造が卓越した粘土や超ゆる詰めの
砂などに多く見られる。また,脆性的な破壊挙動を呈することが多いために注意が必要となる。す
なわち,破壊の限界点までは自己の有する骨格構造により比較的大きなせん断抵抗を示すが,限界
点を超えた途端に,骨格構造が崩壊することにより脆性的な破壊挙動を示す。飽和状態の供試体で
実施された既往の三軸試験結果と今回の不飽和圧縮ベントナイトで実施した一面せん断試験結果
を比較すると,せん断抵抗角の大きさが全く異なっており,さらに塑性圧縮を伴うひずみ軟化の程
度も飽和状態ではそれほど明確に見られなかった。この差は試験法によるものもあるが,それ以上
に飽和状態と不飽和状態との差によるものが大きいと考えられる。今回,不飽和状態のせん断強度
ならびにせん断抵抗角が格段に大きくなったのは,不飽和状態におけるサクションによるものなの
か,あるいは水浸膨潤よって圧縮ベントナイトの骨格構造が劣化することにより発生する差なのか
現段階では明らかではないが,今後飽和状態の一面せん断試験も実施することにより検討を行う必
要がある。
今回の実験の多くは,上下せん断箱間のクリアランスを 1mm と設定して行った。本研究では,
せん断帯の観察にも重点を置いており,当初はこのクリアランスを利用しての観察を計画していた
ため,少しでもクリアランスが大きい方が観察が容易であると考えたからである。しかしながら,
0.2mm, 0.5mm といったより小さいクリアランスでの試験結果と比較すると,クリアランス 1.0mm
での試験結果は,せん断強度ならびにせん断抵抗角が大きくなる傾向が見られた。
圧縮ベントナイトの局所変形帯の発生,発達の形態は,せん断時の変位速度によって異なること
も予想できる。実際,一般に飽和粘土であれば載荷速度に応じて間隙水の移動の形態が変わるため
に,せん断帯周辺の間隙分布が変化することが知られている。粘性土の場合には,局所変形帯の性
質以上に,マクロなせん断特性自身にも変位速度に応じた違い(すなわち速度依存性挙動)が表れ
ることが知られている。そのため,本節では水平変位速度に依存してせん断特性が変わるのかにつ
いて検討を行った。その結果,不飽和圧縮ベントナイトにおいては,速度依存性挙動はほとんど確
認することはできなかった。今後,飽和状態の圧縮ベントナイトを用いてさらなる検討を進めてゆ
く必要がある。
実際の処分場において,圧縮ベントナイトを緩衝材として用いるには,必ずしも圧縮成形時の応
力が作用した状態とは限らない。すなわち,完全に処分場が再冠水し,ベントナイトが水浸・膨潤
するまでは過圧密状態にある場合の方が多いと考えられる。そのため,本研究では極端な例として
初期状態に完全無拘束条件下にある過圧密状態での不飽和圧縮ベントナイトの一面せん断試験を
行い,その力学特性を正規圧密状態の供試体と比較しつつ検討を行った。過圧密状態にある圧縮ベ
研究報告 4-23
ントナイトは,載荷初期から正のダイレイタンシーに伴い垂直応力が上昇し,それに伴いせん断応
力も上昇する。すなわち,超過圧密粘土や密な砂特有の塑性膨張を伴い硬化現象であるが,その硬
化の経路は応力経路上において,正規圧密状態の供試体の破壊線に沿ったものとなる。しかしなが
ら,その上昇量は限られたものであり,同じ乾燥密度の正規圧密状態の供試体の最終せん断応力と
比較しても小さいものとなり,不飽和圧縮ベントナイトのせん断強度の発現には,拘束圧が極めて
重要であることがわかる。
今後実際の処分場における緩衝材の扱いについては,拘束圧が十分作用する条件下での使用を考
えてゆく必要がある。
4.3
4.3.1
画像解析システムを用いた局所変形帯の観察
上下分割型せん断箱による観察結果
3.3.3 節の写真 3.4 に示した観察用のアクリルガラスが上下分割型となったせん断箱を用いて,せ
ん断時に発生する局所変形帯の観察を試みた結果を写真 4. 6 に示す。なお,本研究で観察される局
所変形帯は,強制的にせん断変位を与えた供試体に発生するためせん断帯と見てよい。そのため,
以下の説明ではせん断帯と表記する。いずれの写真も写真 3.8 に示したマイクロスコープを
1mm
(b)
(a)
(c)
写真 4.6 上下分割型せん断箱での
せん断帯の観察
(a)初期状態,
(b)水平変位 1.0mm,
(c)水平変位 1.5mm
研究報告 4-24
用いて定点撮影した画像であり,写真 4.6(a)がせん断開始前の初期状態であり,(b)が水平変位 1.0mm
の時点,(c)が最大せん断応力を発揮している水平変位 1.5mm の時点での写真である。写真の上下
のぼんやりした部分がアクリルガラスであり,中央の鮮明に見える部分が上下せん断箱間の 1mm
のクリアランスから直接観察した供試体表面である。写真 4.6(a)の初期状態を見る限り,ベントナ
イト中に珪砂が程よく分布していることがわかり,供試体表面の様子も鮮明に観察できることがわ
かる。しかし,せん断開始 1 分半後,すなわち水平変位が 0.6mm を超したあたりから,供試体表
面にせん断帯が現れることにより,クリアランス部分では供試体表面が崩壊しはじめ,せん断箱の
隙間にこぼれ落ちてくる現象が見られるようになる。そのため写真 4.6(b)および(c)では供試体表層
部が壁のように覆ってしまい,その奥の様子が観察できない結果となった。
以上のことから,アクリルガラスが上下分割型となっているせん断箱では,せん断帯の観察が十
分にできないため,写真 3.5∼3.7 に示したアクリルガラスが一体となるように改良したせん断箱を
用いて以後の観察を行った。この改良型のせん断箱では,供試体の観察領域全域にアクリル板があ
るため,鮮明にせん断帯の画像を撮影・取得することができ,PIV 画像解析を可能とした。ただし,
アクリルガラスは傷つきやすいため,珪砂を混合した供試体を高圧でせん断する本実験においては,
数ケース毎にアクリルガラスを交換せざるを得ない欠点もある。
4.3.2
アクリル上下一体型せん断箱による観察結果
本節での観察は正規圧密状態および過圧密状態の供試体の 2 種類に対して実施した。いずれの状
態の供試体も乾燥密度は 1.55Mg/m3 と同じとし,初期の垂直応力のみを変えて一面せん断試験を実
施した。図 4.6 はそれぞれの供試体の作製過程を示す乾燥密度∼垂直応力関係である。いずれも目
標乾燥密度(供試体厚さ 40mm まで軸圧縮した時の乾燥密度)1.55 Mg/m3 として軸圧縮を開始し,
垂直応力[MPa]
乾燥密度[g/cm3]
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0
1.30
過圧密供試体
1.35
1.40
正規圧密供試体
1.45
厚さ40mm
1.50 厚さ38.6mm
1.55
6.6MPa
厚さ37.5mm
ρd=1.6
1.60
図 4.6 正規圧密および過圧密供試体の作製過程
研究報告 4-25
正規圧密:1.5 Mg/m3
せん断応力[MPa]
2.5
3.0
正規圧密:1.6
正規圧密:1.55(1.0mm)
2.0
1.5
正規圧密:1.55
(0.5mm)
1.0
0.5
過圧密:1.55(0.5mm)
過圧密:1.55(1.0mm)
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
正規圧密:1.6Mg/m3
2.5
せん断応力[MPa]
3.0
2.0
1.5
正規圧密:1.5
正規圧密:1.55
(1.0mm)
1.0
0.5
正規圧密:1.55
(0.5mm)
過圧密:1.55
0.0
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0
水平変位[mm]
垂直応力[MPa]
図 4.7 各供試体の一面せん断試験結果;(a)せん断応力∼水平変位関係,(b)応力経路
正規圧密供試体の場合は供試体厚さ 40mm となった時点で速やかに一面せん断試験を行っている。
一方,過圧密供試体では,供試体厚 40mm となってもさらに軸圧縮を続けて,乾燥密度 1.6Mg/m3
となるまで垂直応力を増加して軸圧縮した後,一転して加圧板を上昇させ垂直応力が完全にゼロと
なるまで除荷を行う。除荷が完了した後に,一面せん断試験を実施している。
図 4.7 は今回観察を実施した各供試体の一面せん断試験の結果を示したものである。参考のため
図 4.2 に示した乾燥密度 1.6Mg/m3 および 1.5Mg/m3 の実験結果も示している。今回対象とする乾燥
密度 1.55Mg/m3 の供試体においては正規圧密および過圧密供試体ともに,上下せん断箱間のクリア
ランスが 1.0mm および 0.5mm の 2 種類で実施している。図 4.7(a)に示すように,同じ乾燥密度にお
いてもせん断応力に差が生じているが,正規圧密,過圧密いずれの場合においてもクリアランス
1.0mm の方がせん断応力が小さくなる結果となった。図 4.7(b)で見る限り,正規圧密供試体の場合,
明らかに垂直応力の緩和量がクリアランス 1.0mm の供試体の方が小さくなり,それがせん断試験
の結果全体に影響を及ぼしている。今回の乾燥密度 1.55Mg/m3 の正規圧密供試体においては,クリ
アランスの大きい供試体のせん断挙動が特に傾向が異なるということはなかった。
図 4.8 および図 4.9 は,正規圧密供試体の上下せん断箱間のクリアランスがそれぞれ 1.0mm およ
び 0.5mm の場合のせん断帯の観察結果である。
それぞれの図中の(a)は元の供試体表面の画像に PIV
解析によって得られた速度ベクトルを描き込んでいる。また(b)は(a)で示した各節点の速度ベクト
ルから計算した要素毎のせん断ひずみ分布を示したものである。(c)は同じく(a)の速度ベクトルから
計算した要素毎の体積ひずみ分布である。図 4.10 および図 4.11 は同様に,過圧密供試体の上下せ
ん断箱間のクリアランスがそれぞれ 1.0mm および 0.5mm の場合のせん断帯の観察結果である。(a),
(b)および(c)はそれぞれ,速度ベクトル分布,せん断ひずみ分布,および体積ひずみ分布である。
研究報告 4-26
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.8(a) 速度ベクトル分布図(正規圧密供試体・クリアランス 1mm)
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.8(b) せん断ひずみ分布図(正規圧密供試体・クリアランス 1mm)
研究報告 4-27
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.8(c) 体積ひずみ分布図(正規圧密供試体・クリアランス 1mm)
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.9(a) 速度ベクトル分布図(正規圧密供試体・クリアランス 0.5mm)
研究報告 4-28
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.9(b) せん断ひずみ分布図(正規圧密供試体・クリアランス 0.5mm)
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.9(c) 体積ひずみ分布図(正規圧密供試体・クリアランス 0.5mm)
研究報告 4-29
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.10(a) 速度ベクトル分布図(過圧密供試体・クリアランス 1mm)
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.10(b) せん断ひずみ分布図(過圧密供試体・クリアランス 1mm)
研究報告 4-30
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.10(c) 体積ひずみ分布図(過圧密供試体・クリアランス 1mm)
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.11(a) 速度ベクトル分布図(過圧密供試体・クリアランス 0.5mm)
研究報告 4-31
1mm
4mm
図 4.11(b)
1mm
4mm
2mm
5mm
3mm
6mm
せん断ひずみ分布図(過圧密供試体・クリアランス 0.5mm)
2mm
5mm
3mm
6mm
図 4.11(c) 体積ひずみ分布図(過圧密供試体・クリアランス 0.5mm)
研究報告 4-32
図 4.8∼図 4.11 のいずれにおいても,マイクロ
スコープによるせん断帯の観察場所は写真 4.6 に
示すせん断箱右側の赤枠で囲った部分である。せ
ん断箱のエッジの部分から伝播してくるせん断帯
を観察するのには,この近辺が最も適していると
多くの予備実験の結果から判断した。
各図の(a)速度分布は,矢印の色に応じて速度の
写真 4.6 マイクロスコープによる観察場所
大きさを表しているが,青色の 0 µm/s から赤色の
最大 12 µm/s の範囲で表している。また,各図の(b)せん断ひずみ,(c)体積ひずみのコンターともに,
作図の範囲は-1.0∼+1.0 としており,それ以上の値を持つ場合でも最大で±1.0 を上限として表示し
ている。そのため,赤あるいは青となっている部分は+1 以上あるいは-1 以下と考えてよい。せん
断ひずみは客観性のある不変量で表すことも検討したが,せん断帯をより明瞭に判別できるように,
座標軸に依存する量であるがせん断の正負の方向を有する工学ひずみで表している。一方,体積ひ
ずみは圧縮が青色で膨張が赤色としている。
図 4.8(a)の速度ベクトル図を見ると,水平変位 1mm あたりでは観察領域全域でわずかに速度が発
生している。これはせん断帯が発生する前段階を表しており,圧縮ベントナイト全体が右方向に押
されて圧縮していることを表す。変位 2mm までは図 4.8(b)のせん断ひずみでは顕著な集中は見られ
ないが,図 4.8(c)の体積ひずみでは明らかに体積圧縮している部分が全域にわたって見られる。水
平変位 3mm になると,速度ベクトル図において領域下部で顕著に右側への速度ベクトルが観察さ
れ明らかに不連続な運動をしていることがわかる。(b)のせん断ひずみ分布を見ると領域中央部に水
平にせん断ひずみが現れている。図 4.7(a)のせん断応力∼変位関係において,正規圧密供試体で乾
燥密度 1.55Mg/m3(上下せん断箱間のクリアランス 1mm)の曲線を見ると,水平変位 1.5mm 付近
でせん断応力がピークとなり,その後変位の増加とともに緩やかにせん断応力が減少してゆく。図
4.8(a)で見られるせん断帯は,せん断応力のポストピークに発生する現象であり,ピークまでは供
試体全域で圧縮して抵抗をするものと考えられる。
図 4.9 は同じ正規圧密供試体の上下せん断箱間のクリアランスが 0.5mm の実験での観察結果であ
るが,図 4.8 のクリアランス 1.0mm のケースに比べてせん断帯の発生が早い。水平変位 2mm の段
階ですでに図 4.9(a)および(b)において,速度の不連続とせん断ひずみの局所化がわかる。図 4.9(c)
では 1mm の段階ですでに圧縮傾向が確認できる。図 4.7(a)のせん断応力∼変位関係において正規圧
密 1.55(0.5mm) に該当する曲線を見ると,水平変位 1.7mm 付近でせん断応力のピークを迎え,そ
研究報告 4-33
の後 2.0mm 付近で急激にせん断応力が減少していることがわかる。この箇所で図 4.9 で観察されて
いるせん断帯が発生したものと考えられる。その後水平変位 3mm になるとせん断帯はより鮮明に
なる。図 4.9(a)および(b)を注意して観察すると,水平変位 2.0mm にて観察領域右下に斜めに現れた
せん断帯が,その後変位の進行に応じて徐々に水平になることがわかる。特に図 4.9(a)の速度ベク
トルを見ると,不連続な速度ベクトルが観察される境界の領域が,小さな亀裂を伴いながら少しず
つ上側の不動領域を下側の移動領域に巻き込むようにしながら,徐々に上方に移動してゆくのがわ
かる。
図 4.10 および 4.11 は過圧密供試体における観察結果であるが,クリアランスが 1.0mm,0.5mm い
ずれの条件においても水平変位が 1mm の時点でせん断帯が観察できる。図 4.7(a)に示したように過
圧密供試体のせん断応力∼変位関係は単調増加曲線となるために,正規圧密供試体のようにプレピ
ーク,ポストピークという区分はできないが,この観察結果を見る限り過圧密供試体はせん断初期
から,正規圧密供試体ではポストピーク後に現れる脆性的な性質を有しているものと考えられる。
また,せん断帯の伝播形態が正規圧密供試体において観察されたものよりさらに顕著になっている。
すなわち,進行的に破壊が伝播する領域が正規圧密供試体に比べて格段に大きく,大きな亀裂を伴
い一度に崩壊する領域が非常に大きい。正規圧密にくらべて拘束圧が小さいために亀裂ならびにそ
れに伴う空洞が入りやすいものと考えられる。図 4.10(b)および図 4.11(b)のいずれのせん断ひずみ
をみても,水平変位 6mm においては細かい亀裂が集合してできた大きな破壊領域が構成されてい
ることがわかる。この観察領域の縦の幅は実スケールで 4.5mm 程度であるが,たかだか 0.5mm な
いし 1mm のクリアランスのせん断箱でのせん断であっても,せん断に伴い崩壊する領域の幅はせ
ん断箱のクリアランスに比べて格段に大きいものであることがわかる。図 4.11(c)の体積ひずみでは,
亀裂が多い崩壊形態を反映して,膨張部分が多く観察される。
以上のように,マイクロスコープならびに PIV 画像解析手法を用いて,一面せん断試験時に供試
体に発生するせん断帯の生成・発達について観察を行った。せん断帯の伝播は,進行的な崩壊の連
続であり,正規圧密供試体ではポストピーク後の脆性的な破壊挙動を反映したものであることがわ
かった。一方,過圧密供試体はせん断当初から脆性的な破壊挙動を呈しており,不安定な材料であ
ることが本試験の観察結果からも示された。今回使用したひずみの解析手法が,物質点そのものの
変形を追跡しているものではないために,ひずみの絶対量の計算は誤差が多いものと考えられる。
特に体積ひずみにおいては,圧縮と膨張が交互にパターンを形成しているが,供試体そのものがそ
のように変形しているわけではない。今後,移流した量を考慮にいれた解析手法を検討して,ひず
みの絶対量の計算をより正確なものにしてゆく必要がある。
研究報告 4-34
5.一面せん断試験の有限要素解析
5.1
はじめに
4 章では不飽和ベントナイトの一面せん断試験の結果を示すとともに,その際に発生するせん断
面の観察結果について報告した。実験の次段階では,飽和ベントナイトの一面せん断試験を実施し,
その際に発生するせん断帯の内部構造を検討するともに,せん断帯を含む緩衝材の透水性について
検討してゆく予定である。本章では,飽和ベントナイトを想定した一面せん断試験のシミュレーシ
ョンの予備解析を行い,次年度の検討へ向けての基礎資料の準備を行う。
本章では,解析に用いる構成モデルについて示す。その後,一面せん断試験の予備解析を実施し,
構成モデル,解析手法についての妥当性について検討する。
5.2
緩衝材の力学挙動を説明するための構成モデルの条件
局所変形帯の発生まで含めた緩衝材の力学挙動を説明するための構成モデルに具備すべき条件
として,最低限,以下の要件を満たす必要がある。
1) ベントナイトを含む地盤材料の基本的力学特性を説明できる
2) 広範な応力レベル(過圧密から正規圧密まで)の力学挙動を矛盾無く説明できる
3) 局所変形帯を含む大変形に耐えうる
4) 大変形解析を解析できるコードに組み込み可能
上記の条件の第一番目に挙げるように,本研究に用いる構成モデルは,地盤関連の諸問題の解決に
すでに実績のあるものとする。また,2 つ目の条件は一見当たり前のことのようにも思えるかもし
れないが,実は構成モデルの本質を問うことに等しい。なぜなら実際の境界値問題を解く場合には,
様々な有効応力状態下で種々の有効応力履歴を追跡して解析する必要があり,いかなる条件でも途
中で解析パラメータを変えることなどできないからである。そのため,有効拘束圧が異なるたびに
解析パラメータを変えねばならないような構成モデルは境界値問題には適用不可であると言える。
3 つ目の条件は,本研究が局所変形帯に着目していることによるが,大変形に耐えうるためにはも
ともと有限変形理論で記述された構成モデルである必要がある。また,最後の条件もそれに関連し
たものであり,用いる構成モデルはそのまま合理的な力学モデルの下で境界値問題が解析できる環
境が整っている必要がある。以上の条件を満たす構成モデルは自ずと限られてくるが,本研究では
名古屋大学で開発された SYS カムクレイモデル(SYS Cam-clay model)(例えば 15), 16))を用いることと
研究報告 4-35
する。
粘土の力学挙動を説明する構成モデルとしては,1960 年代にケンブリッジで開発されたカムク
レイモデル(例えば
17))
が有名であり,またこのカムクレイモデルがその後の粘土の構成モデルの全て
の規範となっている。図 5.1 は我が国おける粘土の構成モデルの簡単な系譜である。理想的な練り
返し粘土の正規圧密状態における力学挙動は,カムクレイモデルによってほとんど説明できるが,
2 次圧密,ひずみ速度依存性などのいわゆる時間効果に関連する性質についてはカムクレイモデル
の適用範囲外であった。そのため,現象論として直接に時間の効果をモデルに取り入れた粘塑性理
論をカムクレイモデルに組み合わすことがその後我が国では主流となった。その代表的なものが,
流動曲面モデルによる関口・太田モデル
18)
と超過応力モデルによる足立・岡モデル
19)
である。そ
れぞれのモデルに一長一短があるが,一番の問題は,いずれのモデルも先述の 1)∼4)の構成モデル
が具備すべき条件を満足していないことである。一方,SYS カムクレイモデルは,粘塑性理論とは
全く別に生まれたものであり,弾塑性構成式であり直接的な粘性の効果を取り入れていないものの,
土の構造という概念を取り入れることにより,構造が塑性変形とともに劣化するという物理現象を
記述することにより,結果として粘性の効果も現すことに成功している。すなわち,粘性そのもの
をモデル化するのではなく,結果として現れる粘性の原因となる現象をモデル化していると言うこ
とができる。
以降,5.3 節では,SYS カムクレイモデルの概要を述べ,5.4 節では 2 章で示した緩衝材の三軸試
験について,SYS カムクレイモデルを用いたシミュレーションの結果を示す。
粘土を対象とする構成モデルの変遷
弾・粘塑性モデル
関口・太田モデル
Cam-clay model
再構成粘土
(2次圧密・沈下問題)
(流動曲面モデル)
足立・岡モデル
(速度依存性挙動・ 2次圧密 )
(超過応力モデル)
粘塑性理論による時間依存性挙動の説明
弾塑性モデル
SYS Cam-clay モデル
土の骨格構造が塑性変形とともに劣化
してゆくという物理的な概念による
時間依存性挙動の説明
(上・下負荷面モデル)
(2次圧密・沈下問題・速度依存
性挙動・鋭敏粘土・過圧密粘土
のせん断挙動 etc)
図 5.1 我が国おける粘土の構成モデル
研究報告 4-36
5.3
SYS カムクレイモデルの概要 15),16)
SYS カムクレイモデルとは,Super/subloading Yield Surface Cam-clay model の略であり,すなわち
修正カムクレイモデルの正規降伏面の他に,上負荷面(Superloading surface)と下負荷面(Subloading
surface)を持つ 3 つの負荷面を有する弾塑性モデルである。概念図を図 5.2 に示す。
現在の応力状態 ( p ′0 , q )が存在する下負荷面は次式で示される。
t
0
f ( p' , η * ) + MD ln R * − MD ln R + ∫ JtrD p dτ
p′
M 2 + η *2
t
= MD ln ~ + MD ln
+ MD ln R* − MD ln R + ∫ JtrD p dτ = 0
2
0
′
p0
M
(5.1)
ここで,D(ダイレイタンシー係数)は次式で定義される材料定数である。
~
D=
λ − κ~
(5.2)
M ⋅ v0
また, ~p ′0 は初期状態において修正カムクレイモデル降伏面と異方性の軸 ς が交わるところの平均
有効応力である。 R * は次式に示す上負荷面と正規降伏面との相似比であり,土の構造の程度を表
しており,その値が小さいほど構造が高位であることを示す。
R* =
~
p ′ q~
= ,
p′ q
q~
0 < R* ≤ 1 and η~ (= ~ ) = η
p′
(5.3)
一方, R は次式に示す上負荷面と下負荷面との相似比であり,過圧密の程度(逆数は過圧密比)を
q(+)
q = Mp′
(~
p ' , q~ )
( p' , q)
上負荷面
( p', q ) η
ς
~
p ′0
p’
修正カムクレイ
q(-)
下負荷面
図 5.2
3 つの降伏面を持つ SYS カムクレイモデル
研究報告 4-37
表しており,その値が小さいほど過圧密の程度が高位であることを示す。
R=
p′ q
= ,
p′ q
0 < R ≤ 1 and η (=
q
) = η~ = η
p′
(5.4)
また,式(5.1)の最終項にある D p はストレッチング(引張を正) D の塑性成分であり, J は変形勾
配テンソル F のヤコビアンである。
過圧密および構造は塑性変形の進展に伴って解消する。 R ならびに R * の発展則を規定するのに
あたり,塑性変形の進展尺度として,次式の塑性ストレッチングのノルムを適用する。
Dp = Dp ⋅Dp
(5.5)
過圧密 R の発展則として次式の物質時間微分を定義する。
R& = JU D p
(5.6)
ここで,正のスカラー関数 U は R の関数であり,次式のように定式化するものとする。
U =−
m
ln R
D
(5.7)
m を正規圧密土化指数と呼び,大きいほど過圧密の解消が速いことを表す材料定数である。
一方,構造 R * の発展則としては次式の物質時間微分を定義する。
R& * = JU * D p
(5.8)
ここで,正のスカラー関数 U * は R * の関数であり,次式のように定式化するものとする。
U* =
a
R *b (1 − R*) c
D
(5.9)
a, b, c を構造劣化指数と呼び,仮に b = c = 1.0 とすれば, a が大きいほど構造の喪失が速いことを表
す材料定数である。
式(5.1)で示した現応力が存在する下負荷面に対して,Prager の適応条件式を適用することにより
後続塑性ポテンシャル面の大きさを決定し,具体的な塑性変形は関連流れ則にしたがうものとする。
また,構成式の客観性を担保するために,応力速度としては Cauchy 応力の Green-Naghdi 速度を用
いる。
理想的な練り返し粘土を想定して構築されたカムクレイモデルにおいては,硬化は必ず塑性圧縮
を伴い,軟化は必ず塑性膨張を伴うこととなる。そのため,過圧密粘土における強度増加中にも発
研究報告 4-38
q = Μ a p′
q
塑性圧縮
軟化
軟化
q = Μ s p′
q
塑性膨張
硬化
軟化
q = Μ a p′
q = Μ s p′
塑性膨張
塑性膨張
塑性圧縮
硬化
塑性圧縮
p′
硬化
p′
図 5.3 カムクレイモデルでは表現できない力学挙動
現する正のダイレイタンシー(塑性膨張を伴う硬化)や,鋭敏な正規圧密粘土の急激なひずみ軟化
(塑性圧縮を伴う軟化)といった,自然の地盤材料ではごく一般的に観察される力学挙動を,カム
クレイモデルでは説明できなかった。しかしながら,SYS カムクレイモデルでは,図 5.3 に示すよ
うな挙動を合理的に説明することが可能である。なお,図中の M a は塑性圧縮と塑性膨張の境界と
なる応力比であり,次式で得られる。
M a2 = M 2 +ς 2 ,
ς=
3
β ⋅β =
2
3
β
2
(5.10)
ここに, β は回転硬化を表すテンソルである。
一方, M s は硬化と軟化の境界を表す応力比であり,各発展則を Prager の適応条件式に代入し,関
連流れ則を適用する過程で導出される応力比である。
5.4
SYS カムクレイモデルによる緩衝材の要素シミュレーション
2 章で説明した緩衝材の実験結果より,SYS カムクレイモデルで用いる弾塑性パラメータを決定
した。表 5.1 に弾塑性パラメータ一覧を示す。
~
表中の λ , κ~ , N および v 0 は,緩衝材データベースに公開されている緩衝材の一次元圧密試験の
結果を用いて設定した。また, M については,図 2.3 に示した珪砂混合 30 wt%の非排水三軸試験
結果の有効応力経路から限界状態線を求めて設定した。緩衝材の三軸圧縮試験の供試体は不飽和状
態で静的に締め固められた圧縮ベントナイトが用いられている。そのため,飽和状態で実験された
三軸試験において,供試体の初期状態がどの程度の先行圧密荷重に対応しているのかは不明である。
圧縮ベントナイトの膨潤圧を基準にして正規圧密と過圧密を区別する考え方もあるが,今回は圧密
試験結果から先行圧密荷重が約 1.5 MPa と見積もられていることと,図 2.1 および図 2.3 の三軸試
研究報告 4-39
表 5.1 要素シミュレーション解析に用いた弾塑性パラメータ
基本的土質パラメータ
圧縮指数
λ
~
0.137
膨潤指数
κ~
0.05
限界状態定数
0.6
M
正規圧密曲線の切片 N (98.1KPa 時の比体積)
ポアソン比
ν
2.063
0.2
初期値パラメータ
初期比体積
1.69
v0
初期平均有効応力
p 0 ′ (MPa)
1.5
初期過圧密比
1 / R0
1.5
初期構造の程度
1 / R0 *
1.54
初期異方性
ζ0
0.0
発展側パラメータ
正規圧密土化指数
1.5
m
構造劣化指数
a
1.2
回転硬化指数
br
0.001
0.5
回転硬化限界定数 mb
験結果においても等方圧密応力 1.5 MPa の供試体が概ね正規圧密粘土の挙動にと考えてよいことの
2 点から,本解析においては先行圧密圧力は 1.5 MPa であると仮定することとした。
図 5.4 に,要素シミュレーションで求めた数値解析結果を図 2.1 および図 2.3 の実験結果ととも
に示す。図 5.4(a)および(b)に,応力∼ひずみ曲線および有効応力経路をそれぞれ示す。図に示すよ
うに,初期有効応力 1.5 MPa の実験結果を基準として用い,先述したパラメータ以外の表 5.1 に示
した各パラメータは,1.5 MPa の実験結果にうまくフィットするように設定した。しかしながら,
初期拘束圧 0.9 MPa, 1.9 MPa, 2.9 MPa の各実験結果については,1.5 MPa の実験結果で設定したパ
ラメータと同じものを用いて解析している。すなわち,先行圧密応力が 1.5 MPa であると仮定して
いるため,初期拘束圧 0.9 MPa の供試体については,1.5 MPa から 0.9 MPa まで等方除荷を行い,
初期拘束圧 1.9 MPa, 2.9 MPa の供試体については,1.9 MPa から 2.9 MPa まで等方圧縮を行い,そ
研究報告 4-40
2.0
2.0
実線:数値解析によるもの
破線:実際のデータによるもの
実線:数値解析によるもの
破線:実際のデータによるもの
1.5
軸差応力 [MPa]
軸差応力[MPa]
1.5
1.0
0.5
1.0
0.5
0.0
0
5
10
15
20
0.0
0.0
軸ひずみ[%]
1.0
1.5
2.0
2.5
3.0
平均有効応力[MPa]
(b)有効応力経路
(a)応力∼ひずみ曲線
図 5.4
0.5
SYS カムクレイモデルによる緩衝材の三軸試験結果の要素シミュレーション結果
の後非排水せん断を実施した。ただし,これは実験を模擬して計算機内で行ったことであり,あく
まで数値計算上の話である。
ここで,図 5.4 に示すように,応力∼ひずみ曲線,有効応力経路ともに,解析結果は実験結果を
非常によく説明していることがわかる。特に,初期有効拘束圧が大きい供試体においては,等方圧
密による等方硬化の効果により,ひずみ軟化の程度が拘束圧に応じて大きくなることなどの一致度
も高く,この SYS カムクレイモデルが緩衝材の力学挙動を非常によく説明できることが示された。
5.5
一面せん断試験のせん断帯生成の有限要素解析
図 5.5 に解析に用いた有限要素メッシュと境界条件を示す。本研究の一面せん断試験の矩形供試
体と同様の寸法(5cm 角×4cm 厚)とし,2 次元平面ひずみ条件で解析を実施した。要素数は横 10
要素×縦 8 要素の合計 80 要素であり,1 要素 4 節点のアイソパラメトリック要素を用いて,節点総
数は 99 節点である。今回は一面せん断試験の予備解析として,非常に粗い有限要素メッシュを用
いて強制的な局所変形の解析への適用性に関する検討を行った。境界は上下せん断箱を想定して,
図中の太線で示された部分は等変位するものと考える。また,実験と同様に上下せん断箱は上下に
は動かず,さらに境界からの水の出入りはないと仮定し,等体積条件を満足するものとする。また,
有限要素解析を実施するのに重要なパラメータで表 5.1 に追加するものとして,緩衝材の透水係数
が必要となるが,この値はベントナイトとしての標準的な値である 1.0×10-11 m/s を用いた。なお,
研究報告 4-41
5cm
強制変位
等変位境界
4cm
変位固定境界
図 5.5 解析に用いた有限要素メッシュと境界条件
有限要素解析は,SYS カムクレイモデルを組み込んだ有限変形水−土骨格連成弾塑性有限要素解析
である。
図 5.6 および図 5.7 はそれぞれ,解析によって得られたせん断ひずみおよび比体積の分布であり,
初期状態から水平変位 5mm まで 1mm ごとに示したものである。比体積とは間隙比に 1 を加えた量
であり,土粒子実質部分に対する土全体の体積の比率を表す。したがって,間隙比と同様に比体積
が小さくなるほど間隙の割合が少なくなることを意味する。図 5.6 からわかるように,上下せん断
箱間にせん断帯が発生している。緩衝材の遮水性能の維持としての観点では,せん断帯が発生する
ことによって緩衝材のマクロな透水性がどのように変化するのかが重要であるが,その判断材料と
なるのが図 5.7 の比体積分布である。図からわかるように,図 5.6 にてせん断帯の発生に伴い引張
応力が作用する箇所においては,比体積が増加している。特に,供試体中心部であっても,せん断
帯の発生箇所においては全般的に比体積が大きくなっていることがわかり,間隙が広がることが考
えられる。また,それによるせん断帯の生成に伴い遮水性の低下が懸念される領域も発生してきて
いると示唆される。
緩衝材の実験結果から予測した弾塑性パラメータを用いて一面せん断試験の予備的な有限要素
解析を実施し,緩衝材に強制的にせん断帯が生成する問題の予備検討を行った。実際の一面せん断
試験に対して今回のせん断箱間のクリアランスは 10 倍以上であり,また,予備検討であることも
あり,解析用のメッシュも非常に粗い。今後,飽和ベントナイトの試験を実際に実施してゆくのと
平行して,そのシミュレーションを実施しながら,より詳細な検討を行う予定である。
研究報告 4-42
初期状態
3mm
1mm
4mm
2mm
5mm
図 5.6 一面せん断試験の予備解析(せん断ひずみ分布)
初期状態
3mm
1mm
4mm
図 5.7 一面せん断試験の予備解析(比体積分布)
研究報告 4-43
2mm
5mm
5.6
まとめ
SYS カムクレイモデルは静的な緩衝材の試験結果を比較的うまく説明できる。しかしながら,ベ
ントナイト特有の膨潤挙動やそれに伴う膨潤圧による内部応力の履歴など,カオリン系の通常の粘
土鉱物で培われた構成モデルでは考慮されていない事項についても,今後詳細に検討してゆく必要
がある。今回の有限要素解析は平面ひずみ状態を仮定できる一面せん断試験であるが,極めて限定
された領域に発生するせん断帯であることや引張応力の発生に伴う複雑な境界条件の設定など,今
後本格的なシミュレーションを実施してゆく上で重要な基礎資料となった。昨年度実施した三軸圧
縮試験のシミュレーションにおいては,せん断帯の部分は体積圧縮する傾向が見られたが,材料は
全く同じものであるにも拘わらず,今回の解析結果においては,せん断帯自身において比体積の値
は増大,すなわち体積膨張するとの結果が得られた。本研究の不飽和圧縮ベントナイトの一面せん
断試験結果や既往の三軸試験結果を鑑みれば,圧縮ベントナイトはせん断を受けることにより,塑
性圧縮する骨格構造が比較的発達した地盤材料と思われるが,強制的なせん断変形を受けたせん断
帯内部においては,間隙が大きくなることも予想される。そのような時には局所的に遮水性の低下
が懸念される部分もある可能性が示唆された。今後,飽和状態での一面せん断試験を実施し,より
詳細に検討することが急務である。
研究報告 4-44
6.まとめと今後の計画
本研究では圧縮ベントナイトに発生することが懸念される局所変形帯の観察を主眼として,強
制的にせん断帯を発生させることができる高拘束圧一面せん断試験機を製作し,実際に一部の実験
を開始した。今年度は特に,最終処分場が閉鎖されてから完全に再冠水するまでの期間を想定して,
不飽和状態の圧縮ベントナイトの力学特性について重点的な研究を実施した。
不飽和圧縮ベントナイトは,既往の三軸試験結果から類推される飽和状態の圧縮ベントナイトよ
りも大きなせん断強度を有する一方で,脆性的な破壊挙動を示すことが明らかとなった。これは発
生するせん断帯の形態にも反映されており,局所的な進行性破壊によりせん断帯が形成されてゆく
過程が明らかとなった。
不飽和圧縮ベントナイトは,その製作方法や使用法から,処分場の実務においては過圧密状態に
おかれる場合が多いと考えられる。本研究の結果から,過圧密供試体は拘束圧に応じてせん断強度
は大きくなる性質があるものの,せん断帯の観察からも明らかとなったように,見かけ上せん断強
度が増加する過程であっても,せん断当初から脆性的かつ進行的な破壊挙動を示しており,不安定
な材料であることがわかり,その取り扱いには材料の特性を理解した上での十分な注意が必要であ
ることが示唆された。
次年度は,再冠水後の飽和状態の圧縮ベントナイトについて詳細な検討を実施する。飽和圧縮ベ
ントナイトは,膨潤特性が非常に大きいベントナイトの特殊性から,圧縮成型・飽和の一連の供試
体作製プロセスが非常に重要であり,試験結果を左右することになる。そのため,今年度は実際の
処分場での再冠水までのプロセスを反映した飽和供試体作製用の試験装置を整備し,供試体の作製
準備を進めている。
緩衝材である飽和圧縮ベントナイトにせん断帯が形成されたときには,緩衝材としての遮水性能
の維持が最も重要な検討事項となる。そのため,次年度では一面せん断後の供試体に対して,せん
断面を含む断面での透水試験を実施し,マクロな透水性の評価も実施する計画である。その一方で,
数値解析によるシミュレーション手法も用いて,飽和圧縮ベントナイトのせん断帯発生時の構造変
化について,実験による観察結果とも対比させながら詳細な検討を実施してゆく。その際,ベント
ナイトの膨潤性能およびそれに伴う塑性履歴を既存の構成モデルに組み込むとともに取り入れる
ことより,さらなる高度化をはかる必要があるなど,多方面から緩衝材中に発生する局所変形帯に
関する検討を進めてゆく予定である。
研究報告 4-45
参考文献
1) Rudnicki, J.W. and Rice, J.R., Condition for the localization of deformation in pressure-sensitive dilatant
materials, J. Mech. Phys. Solids, Vol.23, pp.371-394, 1975.
2) Perrin, G. and Leblond, J. B. : Rudnicki and Rice's analysis of strain localization revisited, J. Appl. Mech.,
Vol.60, pp.842-846, 1993.
3) Mollema,P.N. and Antonellini,M.A., Compaction bands:a structural analog for anti-mode
cracks in
aeolian sandstone,Tectonophysics,Vol.267,pp.209-228, 1996.
4) Olsson, W.A., Theoretical and experimental investigation of compaction bands in porous rock, J.
Geophys. Res., Vol.104, No.B4, pp.7219-7228, 1999.
5) Rudnicki, J. W. and Olsson, W. A. : Reexamination of fault angles predicted by shear localization theory,
Int. J. Rock Mech. Min. Sci., Vol.35, No.4/5, pp.512-513, Paper No.088, 1998.
6) Issen, K.A. and Rudnicki, J.W., Conditions for compaction bands in porous rock, J. Geophys. Res.,
Vol.105, No.B9, pp.21,529-21,536, 2000.
7) Kodaka, T., Higo,Y., Kimoto,S and Oka, F., Effects of sample shape on the strain localization of
water-saturated clay, Int. J. for Numerical and Analytical Methods in Geomechanics, Vol.31, pp.483-521,
2007.
8) 核燃料サイクル開発機構,高レベル放射性廃棄物の地層処分技術に関する知識基盤の構築−平
成 17 年取りまとめ−,分冊 2 工学技術の開発,2005.
9) (独)日本原子力研究開発機構
地層処分研究開発部門,緩衝材基本特性データベース,
http://migrationdb.jaea.go.jp/bufferdb/ ,2006
Web 公開
10) 核燃料サイクル開発機構,緩衝材の静的力学特性(研究報告),JNC TN8400 99-041, 1999.
11) 核燃料サイクル開発機構,緩衝材のせん断特性 1,JNC TN8400 97-074, 1997.
12) 佐野 彰,三田地利之,澁谷啓,:地すべり面強度定数決定のための軟岩用繰返し一面せん断試
験機の開発,地すべり(地すべり学会論文集)
,Vol.31, No.2, pp.41-45, 1994.
13) 可視化情報学会編,PIV ハンドブック,森北出版,2002.
14) 加賀昭和,井上義雄,山口克人,気流分布の画像計測のためのパターン追跡アルゴリズム,可
視化情報,Vol.14,No.53, pp.38-45, 1994.
15) Asaoka, A., Nakano, M. and Noda, T., Superloading yield surface concept for highly structured soil
behavior, Soils and Foundations, Vol.40, No.2, pp.99-110, 2000.
16) Asaoka, A., Noda, T., Yamada, E., Kaneda, K. and Nakano, M., An elasto-plastic description of two
distinct volume change mechanisms of soils, Soils and Foundations, Vol.42, No.5, pp.47-57, 2002.
17) Scofiled, A.N. and Wroth, C.P., Critical state soil mechanics, McGRAW-Hill, 1968.
18) Sekiguchi, H. and Ohta, H., Induced anisotropy and time dependency in clays, Constitutive equations of
soils, Proc. 9th Int. Conf. on Soil Mech. and Found. Eng., Special Session 9, pp.229-238, 1977.
19) Adachi, T. and Oka, F., Constitutive equations for normally consolidated clay based on
elasto-viscoplasticity, Soils and Foundations, Vol.22, No.4, pp.57-70, 1982.
研究報告 4-46
研究報告5
ガラス固化体の長期性能に及ぼすオーバーパック
腐食生成物の影響に関する定量的評価
[ 平成19年度∼21年度(予定) ]
九州大学
稲垣 八穂広
1.背景と目的
1-1
はじめに
多重バリアから成る高レベル放射性廃棄物地層処分システムにおいて、ガラス固化体は
初期の全ての核種を物理的化学的に固定化、保持する主要なバリアである。また、地下水
シナリオに基づく地層処分の性能評価において、ガラス固化体は核種放出の第一障壁とし
て数万年以上に渡り核種を保持する性能を担い、核種移行解析におけるソースタームと位
置づけられる。従って、ガラス固化体の長期性能の信頼性を向上させることは、処分シス
テム全体の信頼性向上にとって実現性の高い有効な手段である。長期性能の信頼性向上は
ガラス固化体以外のバリア(人工バリア、天然バリア)についても同様に求められること
であるが、ガラス固化体は、地層処分システムにおける核種移行のソースタームであるこ
と、また、均質な人工物で他のバリアに比べて性能の信頼性が示し易いことから、その長
期性能の信頼性向上は地層処分システムの信頼性向上にとって最も重要な要素の一つであ
る。しかしながら、現在の日本におけるガラス固化体性能評価は、仏国、米国等の多角的、
具体的、現実的な評価に比べ充分なものとは言えず、評価の更なる高度化が望まれている。
我が国の現在の地層処分性能評価(JNC2000 年レポート等)におけるガラス固化体の性能
評価では、純水中での浸出試験結果を基にガラス固化体の長期溶解速度が評価されており、
その値は時間によらず一定とされ、約7万年で全量が溶解しガラスの核種保持機能が消失
するとされている。この評価をより現実的で信頼性の高いものとするためには、実際の処
分環境におけるガラス溶解挙動の基礎科学的理解を深め、その定量的かつ体系的な評価を
進めることが必要である。
ガラス固化体性能評価の特徴の一つは、数万年以上にわたる長期の性能を評価すること
である。従って、その評価の高度化には、短期間の試験結果の単純な外挿ではなく、ガラ
ス固化体性能に関する個々の現象を基礎科学的な観点から評価し、それらを体系的に整理
検証することが必要である。そのためには、ガラス固化体の溶解/変質およびそれに伴う
核種浸出、さらには浸出した核種の析出や二次鉱物による再固定化といった様々な現象の
基礎科学的理解と、その理解に基づく「現象解明モデル」の構築が必要である。現象の基
礎科学的理解では、
「地球化学的理解(熱力学平衡論および反応機構を含む速度論的評価)
に基づく評価」が必要であり、また、現象解明モデルでは、その適性を様々な観点から検
証することが必要である。さらには、短期的現象から長期的現象への継続性および微視的
現象から巨視的現象への拡張性の検証によって、評価の堅固性が示されなければならない。
ガラス固化体性能評価のもう一つの特徴は、ガラス固化体はそれ単独で機能するもので
はなく、複雑な多重バリアシステムの中で他のバリア材との相互補完によりその機能を果
たすことである。ガラス固化体の性能は、固化体自身の化学的特性に加え、固化体が接す
る環境特性(地下水の化学的、水理学的特性、温度、共存物質との相互作用等)により大
きな影響を受ける。したがって、性能評価の高度化には、ガラス固化体の単純な溶解速度
研究報告 5-1
だけではなく、他のバリア材との相互作用やその他多くの環境因子を考慮したシステム全
体の観点からの現象の理解と評価が必要である。地層処分システムにおけるガラス固化体
の溶解と核種の移行プロセスの概念を図 1 に示す。
ガラス固化体
変質 オーバーパック
層 腐食生成物
析出
ガラス固化体
オーバーパック
緩衝材
マトリクス溶解
収着?
緩衝材
収着
拡散
母岩
収着 移流分散
Si
Cs, Se...
Np, Pu...
核種移行
水和変質
H3O+
Na+, Cs +É
SiO2(aq)
母岩
図 1 地層処分システムにおけるガラス固化体の溶解と核種の移行プロセスの概念
ここで、複雑な相関を持つ多くの現象を全て完全に評価することは不可能であるため、最
終的な性能評価では取捨選択や簡略化が必要となるが、その際、取捨選択および簡略化の
背景や理由についての科学的かつ客観的な説明が求められる。
1-2
ガラス固化体とオーバーパック腐食生成物との相互作用
地層処分システムにおいて、オーバーパック(OP と略す)はガラス固化体に隣接する
ことから、OP 腐食生成物との相互作用はガラス固化体の性能に大きな影響を及ぼす可能
性が予想される。ガラス固化体の主要成分はシリカであり、ガラス固化体の溶解速度は接
触する液相中の溶存シリカ濃度に依存する。これまでの研究では、OP 腐食生成物はシリ
カ(SiO2)を収着し液相中溶存シリカ濃度を減少させることでガラス溶解速度を増加させ
る可能性が指摘されている。また、ガラス固化体表面にはゲル層や二次鉱物層等の表面変
質層が形成され、ガラス溶解を抑制する保護膜として働くことが予想されるが、本来ガラ
ス固化体表面に形成される表面変質層の一部または多くが OP 腐食生成物表面に生成する
ことでガラス表面変質層の保護膜効果を減少させる可能性もある。一方、OP 腐食生成物
表面への核種の収着または生成二次鉱物中への核種の取り込みによって、核種を長期にわ
たり固定化する可能性もある。これらの現象はこれまで定性的には理解されているが、性
能評価に適応するための現象の基礎科学的理解は充分ではなく、定量的、体系的な評価に
は至っていないのが現状である。
1-3
本研究の目的
本研究は、ガラス固化体の性能に影響を及ぼす環境特性のうち、ガラス固化体に隣接し
その影響が大きいと予想される OP 腐食生成物との相互作用について、現象の基礎科学的
研究報告 5-2
理解に基づく定量的かつ体系的な評価を行い、実際に我が国で想定される処分条件でのガ
ラス固化体長期性能に及ぼす影響を具体的に評価するための基礎データに資することを目
的とする。
ガラス固化体の性能評価に必要な項目は、
「ガラス長期溶解/変質速度」および「各核種
の吸着/析出/固定化を考慮した浸出速度」の2つの項目に大別できるが、OP 腐食生成
物との相互作用はいずれの項目にも影響を及ぼすと考えられる。そこで本研究では、OP
腐食生成物として予想される各種鉄鉱物について、各種元素、化学種の吸着挙動、および
OP 腐食生成物表面での二次鉱物の生成挙動を実験的に評価する。得られたデータを体系
的に整理、評価し、ガラス固化体の長期溶解/変質速度および核種の固定化に及ぼす影響
を定量的に評価する。
研究報告 5-3
2.実施内容
2-1 これまでの研究の調査と整理
ガラス固化体の長期性能に及ぼすオーバーパック(OP)腐食生成物の影響を定量的に評
価するにあたり、ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用に関するこれまでの研究を
調査した。ガラス固化体の長期性能評価においては、工学的な評価に加え、その基礎とな
る現象の科学的理解が必要である。また、ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用を
理解するための基礎となるガラス固化体自身の溶解/変質現象についても充分な理解と評
価が必要である。さらには、前節の図 1 に示す様に OP 腐食生成物の外側に位置する緩衝
材や母岩の影響も評価する必要がある。
ガラス固化体の長期性能に及ぼす OP 腐食生成物の影響を定量的に評価するためには、
このように多くの現象についての理解と評価が必要であるが、このうち本研究では以下の
項目について、これまでの研究成果を調査、整理し、現象の基礎科学的理解を中心に現在
の知見をまとめた。
(1)ガラス固化体の溶解/変質
ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用を評価するための基礎となるガラス固
化体自身の溶解/変質現象の理解。
(2)核種の浸出挙動
ガラス固化体の溶解/変質現象とそれぞれの核種の浸出現象の関係の基礎的理解。
(3)ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用
OP 腐食生成物への溶存シリカの収着をはじめとするいくつかの現象の基礎的理解。
2-2 実験手法の確立と実験条件の設定
ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用およびその基礎となるガラス固化体の溶解
/変質/核種浸出に関するこれまでの研究の調査、整理結果に基づき、ガラス固化体長期
性能に及ぼす OP 腐食生成物の影響の定量的評価に必要な知見を整理した。その知見を得
るために必要な実験手法および実験条件について検討した。
研究報告 5-4
3.研究成果
3-1 これまでの研究の調査と整理
3-1-1
ガラス固化体の溶解/変質速度
ここでは、ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用を評価するための基礎となるガ
ラス固化体の溶解/変質現象について、これまでの研究成果を調査し、本現象の基礎科学
的理解に関する現在の知見を整理した。
ガラス固化体の溶解/変質挙動については、過去 20-30 年にわたり各国で多くの研究が
行われており、その現象理解も大きく進展している。現在、ガラス固化体の溶解/変質は
次のような複数の反応段階を経て進行すると理解されている[1,2]。
・第 1 段階(Stage I)
:
化学親和力の大きい(溶存シリカ濃度低い)条件での溶解。
・第 2 段階(Stage II)
:
化学親和力の小さい(溶存シリカの飽和濃度に近い)条件での溶解,変質。主要なガ
ラスマトリクスであるシリカの溶解が見かけ上停止した後も、可溶性元素の溶解が継続
しガラスの変質が進行する。
・第 3 段階(Stage III):
沸石等の生成によって促進されるガラスの急速な溶解、変質。高 pH および高 Al 含
有ガラスの場合にのみ発現する。
・第 4 段階(Stage IV):
沸石生成によって増加したガラスの変質速度がほぼ一定の値にまで低下する段階。
図 2 にこれらの段階を基にしたガラス溶解、変質の変遷の概念を示す。ここでガラスの
溶解量(reaction extent)は可溶性元素(ホウ素、リチウム等)の溶解量として定義され
る。
第 1 段階(Stage I)ではガラス溶解量はガラスマトリクスであるシリカの溶解量と同等
であり、溶存シリカ濃度の上昇とともにガラス溶解速度が低下する。第 2 段階(Stage II)
では溶存シリカ濃度が飽和に近づきシリカの溶解が見かけ上起こらなくなった後も可溶性
元素の溶解が継続し、その溶解速度がガラス溶解速度と定義される。可溶性元素のみが溶
解することでガラス表面はもとのガラスから変質するため、これは変質速度(alteration
rate)と呼ばれる。なお、第 3 段階(Stage III)はガラス変質速度が急激に増加する現象
であり、ガラスと接触する溶液 pH が高い(pH11 以上)場合および高 Al 含有ガラスの場
合にのみ発現する。これは変質二次鉱物として沸石等が成長することが原因と考えられる。
また、第 4 段階(Stage IV)は沸石等の生成によって増加したガラス変質速度がほぼ一定
の値まで低下する段階であり、沸石等の生成が定常状態になるためと考えられる。
研究報告 5-5
図 2 ガラスの溶解/変質の段階的な進行[1]
この第 2 段階までのガラス固化体の溶解速度は、現在一般に非晶質シリカ溶解
(SiO2(am)
+ 2H2O = H4SiO40)に関する一次溶解反応式を基礎として次のような式で表される[2] 。
k = ko • 10 η•pH • exp(-Ea/RT) • [1-(Q/K)] + klong
(1)
k:ガラス固化体の溶解速度 [g/m2/d]
k0:ガラス固化体の固有速度定数(初期溶解速度) [g/m2/d]
η:溶解の pH 依存性係数
Ea:活性化エネルギー [kJ/mol]
R:気体定数 [kJ/mol/K]
T:温度 [K]
Q:イオン活量積
K:ガラス溶解反応のみかけの平衡定数
klong:化学親和力に依存しない長期溶解速度(残存溶解速度)[g/m2/d]
上記(1)式の右辺第一項は化学親和力による溶解として第 1 段階(Stage I)に対応する項
である。ここで、k0 はガラス組成に依存する定数であり、温度、pH、溶存シリカ濃度が制
御可能な流水試験(Flow test)によって求められる。また、Q は溶存シリカ濃度、K は溶
存シリカ飽和濃度とされることが多い。右辺第二項の klong は、通常、化学親和力に依存し
ないマトリクスの水和や保護的なゲル層の生成などの現象のみが寄与する長期溶解速度と
研究報告 5-6
して第 2 段階(Stage II)に対応する項であり、残存溶解速度(Residual rate)とも呼ば
れる。残存溶解速度は工学的にはシリカ飽和条件でのガラス溶解速度と認識されており、
ガラス組成、温度、pH、溶液組成、S/V(ガラス表面積/溶液体積)等によって変化する
項である。反応機構の面からは、ガラス表面に成長するゲル層(シラノール基の縮合によ
り Si-O-Si 結合の緩やかなネットワークを形成したコロイド状物質からなる層)や二次鉱
物析出層からなる変質層中の物質移行が残存溶解速度を律速する過程になると考えられ、
表面変質層中の水(H2O or H3O+)の拡散が主要な過程と考えられているが[3-5]、その機
構は環境条件によって変化することから、国際的なコンセンサスが得られた現象理解には
至っていない。なお、我が国のこれまでのガラス溶解速度評価では、JNC H12 レポート[6]
等でガラス溶解速度の温度依存性が一部示されているが、対応する反応段階や溶液条件等
が明確ではなく、(1)式に直接適用できるものではない。我が国においては処分場が未定で
あり、ガラス固化体近傍の環境条件も正確には確定できない状況である事から、これらの
基礎データを改めて取得し体系的に評価する事が望まれる。
上記(1)式を基にガラス固化体の溶解速度に及ぼす OP 腐食生成物の影響を考えると、評
価すべき現象として以下の2つの項目が挙げられる。
・ OP 腐食生成物表面への溶存シリカの収着
OP 腐食生成物表面への溶存シリカの収着により液相中溶存シリカ濃度が減少する。
その結果、化学親和力による速いガラス溶解速度(初期溶解速度:∼ko • 10
η•pH
•
(第 1 段階(Stage I))
exp(-Ea/RT))が継続する。
・ OP 腐食生成物表面での二次鉱物の析出
シリカは OP 腐食生成物表面に収着するが、収着は短期間に起こる過渡的現象であ
る。収着される物質が大量かつ継続的に供給される条件では、収着に引き続いて固相
の析出/成長が起こる。ガラスは水溶液中で熱力学的平衡にはなく、つまり一旦水に
溶解したガラスは再びガラスとして析出できないことから、ガラスから溶解したシリ
カはより安定なケイ酸塩鉱物等の二次鉱物として析出する。OP 腐食生成物の表面積
はガラス固化体の表面積に比べて大きいと考えられるため、本来ガラス表面に形成す
るゲル層や二次鉱物析出層の一部または多くが OP 腐食生成物表面に形成することが
考 え ら れ る 。 ま た 、 シ リ カ は 鉄 と 安 定 な 化 合 物 ( greenalite:Fe3Si2O5(OH)4,
Fayalite:Fe2SiO4, FeSiO3 等)を形成する可能性もある。それらの結果、ガラス表面
変質層が減少し、その保護膜効果が減少することで、長期溶解速度(残存溶解速度)
が相対的に増加する。
(第 2 段階(Stage II))
3-1-2
ガラス固化体からの核種の浸出
これまで行われた核種移行解析においては、多くの場合、核種ソースタームであるガラ
研究報告 5-7
ス固化体からの核種の浸出はガラスマトリクスの溶解と調和的に進行すると仮定されてい
る。また、浸出した核種のうちアクチニド等の難溶性核種の溶存濃度はある固相の溶解度
(多くの場合、UO2 や PuO2 等の純粋固相)に制限されると仮定されている。しかしなが
ら、実際の核種の浸出は必ずしもガラスマトリクス溶解と調和的に進行せず、また、いく
つかの難溶性核種は純粋固相とはならない可能性が指摘されている。
例えば、前節で示した様に、B、Na 等の可溶性元素の浸出は、ガラスマトリクス主要構
成元素である Si の浸出量が飽和に達した後も継続的に進行する。これはガラスマトリクス
の溶解が見かけ状飽和した後もガラスと水の反応が継続しガラスの変質がゆっくりと進行
することを示す。また、この可溶性元素の長期浸出はガラス表面変質層中の物質移行に支
配されて進行することが推測されている。一方、Cs は代表的な可溶性元素であるが、その
浸出速度は B、Na 等の可溶性元素に比べて有為に低く、ガラス表面に生成する二次鉱物に
収着等によって固定化されることが指摘されている。中性∼弱アルカリ性条件では、ガラ
ス固化体の主要な二次鉱物として、ケイ酸塩鉱物であるスメクタイトおよびゼオライトが
生成するが、Cs は二次鉱物であるスメクタイト(Na バイデライト)にイオン交換による
収着によって固定化され、また、ゼオライト(方沸石)には結晶内への取込み
(incorporation)によって固定化されることが報告されている[7]。ガラス表面変質層の概
略を図 3 に示す。
結晶質物質(粘土鉱物,沸石等)
非晶質物質 Na
H Si
析出層 3
変質層
表面変質層
ゲル層 2
拡散層 1
未変質ガラス
未反応ガラス
濃度
図 3 ガラス表面変質層の概略[8]
次に、アクチニド等の難溶性の核種については、溶解度制限固相として UO2 や PuO2 等
の純粋固相が仮定されているが、実際の処分環境ではケイ酸塩鉱物等と化合物を形成して
固定化され、その溶存濃度は純粋固相の溶解度と大きく異なる可能性がある。このように、
核種の長期の浸出挙動はガラス表面変質層の挙動と深く関連して進行することが推測され
研究報告 5-8
る。
以上のことから、OP 腐食生成物との相互作用が核種浸出に及ぼす影響を考えると、評
価すべき現象として以下の項目が挙げられる。
・ OP 腐食生成物表面への核種の収着
ガラス固化体から浸出した核種が OP 腐食生成物表面に収着し固定化される。
・ OP 腐食生成物表面での二次鉱物の析出と核種の固定化
OP 腐食生成物の表面積はガラス固化体の表面積に比べて大きいと考えられるため、
本来ガラス表面に形成するゲル層や二次鉱物析出層の一部または多くが OP 腐食生成
物表面に形成する。その結果、ガラス表面変質層が減少し、核種のガラス表面変質層
への固定化量が減少することで、ガラス固化体からの核種浸出速度が相対的に増加す
るが、OP 腐食生成物表面に形成する二次鉱物析出層中に核種が取込まれ固定化され
る可能性もある。
3-1-3
ガラス固化体とオーバーパック腐食生成物との相互作用
上述の検討より、ガラス固化体と OP 腐食生成物との様々な相互作用のうち、ガラス固
化体の長期性能に影響を及ぼす可能性のある現象として以下の項目が挙げられた。
・ OP 腐食生成物表面への溶存シリカの収着
・ OP 腐食生成物表面への核種の収着
・ OP 腐食生成物表面での二次鉱物の析出と核種の固定化
これらの現象の概要を図 4 および図 5 に示す。
研究報告 5-9
鉄鉱物表面へのシリカの収着
変質層
未変質
ガラス
拡
散
層
析
出
層
ゲ
ル
層
H4SiO40
溶解
収着
鉄鉱物
ガラス固化体
シリカの収着
シリカ収着の飽和
溶存シリカ濃度
減少
ガラス溶解促進
図4
溶存シリカ濃度
増加
ガラス溶解減速
OP 腐食生成物表面への溶存シリカ収着の概要
鉄鉱物表面での二次鉱物生成
未変質
ガラス
鉄鉱物表面での核種固定化
未変質
ガラス
析
出
層
変質層
Al(OH)30
H4SiO40
Na+
Cs+
溶解
析出、取込み
Al(OH)30
H4SiO40
溶解
析出
Na+
鉄鉱物
ガラス固化体
二次鉱物析出
二次鉱物成長
ガラス表面変質層
保護膜効果減少
ガラス溶解継続
ガラス溶解促進?
長期溶解支配?
図5
析
出
層
変質層
鉄鉱物
ガラス固化体
二次鉱物析出
二次鉱物への
Cs取込み?
二次鉱物成長
Cs長期固定化?
Cs移行量減少
OP 腐食生成物表面への二次鉱物析出と核種の固定化の概要
研究報告 5-10
本研究では、これらの項目について、これまでの研究成果を調査し、以下に整理した。
【OP 腐食生成物への溶存シリカの収着】
オーバーパックの腐食生成物は処分環境によりその鉱物種が異なるが、可能性の高い腐
食生成物として magnetite(Fe3O4)、goethite( -FeOOH)、siderite(FeCO3)、pyrite(FeS2)
等が挙げられる。これら鉄鉱物はいずれも溶存シリカを収着する性質を有することから、
オーバーパック腐食生成物はガラス固化対近傍の溶存シリカ濃度を低下させ(化学親和力
の増大)
、ガラス溶解を促進させることが考えられる。これまで行われたガラス溶解試験で
は、鉄鉱物を共存させることでガラス溶解が促進される結果がいくつも報告されており
[9-17]、鉄鉱物へのシリカの収着がガラス溶解速度に有為に影響するものと判断される。し
かしながら、これらの研究結果の多くは様々な環境条件を考慮した体系的な評価には至っ
ておらず、実際の処分環境におけるオーバーパック腐食生成物の種類/量、およびその収
着容量/収着特性(温度、pH、酸化還元雰囲気の依存性等)を定量的、体系的に評価する
ことが必要と考えられる。
Ohe[13]らは、Bart[9]らの行った magnetite(Fe3O4)共存化でのガラス溶解試験結果に基
づき、magnetite へのシリカの収着現象をモデル化し、ガラス長期溶解挙動計算コード
(STRAG4)に組み込むことで、OP 腐食生成物との相互作用を考慮したガラス長期溶解
挙動評価を行っている。その際の magnetite のシリカ収着容量および収着平衡定数の設定
を以下の表 1 に示す。
表 1 ガラス長期溶解挙動計算コード(STRAG4)における OP 腐食生成物との相互作用の設定条件[13]
ガラス固化体
OP 腐食生成物
重量
412kg
表面積
1.71m2
等価球半径
0.3296m
表面積増加量
10 倍
magnetite
12651kg
収着容量
3.25x10-5mol/g
収着平衡
SOH + H4SiO4 = SOH2:H3SiO4
K = 5.0
SOH + H4SiO4 = SOH2:H2SiO4 + H+
K= 0.2
Ohe らの評価においては、OP 腐食生成物(magnetite)との相互作用の影響に関する詳
細な評価は行われていないが、溶存シリカ濃度は反応後 1 年以内にほぼ飽和濃度に達し、
化学親和力によるガラス溶解速度が充分に低下するとの結果が示されていることから、そ
研究報告 5-11
の影響は小さいと推測される。
最近、仏国において、数種類の鉄鉱物への溶存シリカ収着に関する定量的な評価が行わ
れており、その収着容量に基づいて実際の処分環境におけるガラス溶解速度に及ぼす影響
を評価する研究が行われている[16,17]。Philippini らは各種鉄鉱物の収着容量を評価し、
いずれの鉱物においても収着量は pH3 から pH7 近辺まで pH とともに増加するが、pH9
以上では減少することを報告している[17]。鉄鉱物の収着容量評価結果を表 2 および図 6
に、その pH 依存性を図 7 に示す。
表 2 各種鉄鉱物の収着容量[17]
鉱物
収着容量
magnetite(Fe3O4)
1.9x10-5[mol(Si)/g]
goethite(α-FeOOH)
7.9x10-5[mol(Si)/g]
siderite(FeCO3)
2.0x10-5[mol(Si)/g]
∼0 [mol(Si)/g]
pyrite(FeS2)
図 6 鉄鉱物へのシリカ収着容量[17]
研究報告 5-12
図 7 鉄鉱物へのシリカ収着の pH 依存性[17]
表 2 に示す Philippini らが評価した magnetite の収着容量は、Ohe らの評価(表 1)と
ほぼ同じ値になっており、他の鉄鉱物についても pyrite を除いて同じオーダーの値となっ
ている。また、これら収着容量を基に仏国の処分条件でのガラス固化体の溶解に及ぼす影
響を評価した結果、オーバーパック腐食生成物へのシリカ収着によるガラス溶解量増加量
はガラス固化体全量の 1-2%であり、その影響は限定的であるとの予備的評価が報告されて
いる。
ここに挙げた評価例ではいずれも、OP 腐食生成物へのシリカの収着はガラス固化体溶解
に大きな影響を及ぼさないとの評価結果となっている。しかしながら、その評価の基礎と
なる収着データは、純粋な鉄鉱物試料についてのデータであり、また、大気中(酸化雰囲
気)または酸化還元雰囲気を充分に制御していない条件で得られたデータであるため、実
際の処分環境においては、異なる収着挙動を示す可能性がある。実際の処分環境での数万
年に渡る長期の挙動を充分に評価するためには、オーバーパックの腐食および腐食生成物
の特性(表面積、表面状態、収着特性等)に関する更なる理解と評価が必要である。また、
長期的には、腐食生成物へのシリカの収着に続いて腐食生成物表面で二次鉱物の生成/成
長現象(鉄シリケート化合物を含む)が継続的に進展する可能性があり、これら現象の理
解と評価が必要であると考えられる。
以上のことから、OP 腐食生成物との相互作用に関する現象の基礎的理解を深め、体系
的な評価を進めるとともに、日本における実際の現実的な処分条件での相互作用の評価お
よびガラス溶解への影響についての定量的な評価が必要である。
研究報告 5-13
【OP 腐食生成物表面での二次鉱物の析出と核種の固定化】
これまで行われた鉄鉱物共存下でのガラス溶解試験は、シリカ収着の影響を評価するこ
とが主な目的であるため、比較的短期間の試験が主である。また、試験温度も 90℃程度ま
でであり、S/V も∼10m-1 程度となっている。これらの試験条件では鉄鉱物表面への二次鉱
物生成は顕著ではないことが予想され、また、実際にも鉄鉱物表面への二次鉱物生成に関
する詳細な分析評価は行われていない。
3-2 実験手法の確立と実験条件の設定
前節に示したこれまでの研究の調査、整理結果に基づき、ガラス固化体長期性能に及ぼ
す OP 腐食生成物の影響の定量的な評価に必要な実験手法および実験条件について検討し
た。
3-2-1
鉄鉱物試料の選定
【鉄鉱物試料の収集】
オーバーパックの腐食生成物は処分環境によりその鉱物種が異なるが、可能性の高い腐
食生成物として以下の鉄鉱物が挙げられる。
・magnetite(Fe3O4)
・goethite(α-FeOOH)
・maghemite(γ-Fe2O3)
・siderite(FeCO3)
・pyrite(FeS2)
・金属鉄(参考試料)
本研究では、これらの鉄鉱物を評価の対象とし、鉄鉱物試料を粉末状試薬として入手す
る。なお、鉄鉱物試料は、その製造方法、保管方法等により、特にその表面状態が容易に
変化することが考えられる。そこで、鉄鉱物試料の入手にあたっては、一つの鉄鉱物につ
いて以下の条件が異なる数種類の試料を収集する。
・粉末粒径
・純度(2N 以上を基準とする。
)
・製造会社
なお、鉄鉱物試料の収集については、現在、製造会社に発注した段階であり、入手でき
た鉄鉱物試料から順次、試料のキャラクタリゼーションを行う予定である。
研究報告 5-14
【鉄鉱物試料のキャラクタリゼーション】
入手した鉄鉱物試料は以下のキャラクタリゼーションを行う。
・ 比表面積の測定(BET 比表面積)
・ 結晶型の確認(XRD 分析)
・ モフォロジーの観察(SEM 観察)
・ 不純物の種類/濃度の測定(酸溶解の後、ICP-MS による元素測定)
3-2-2
実験装置の準備
【OP 腐食生成物へのシリカ等の収着実験】
鉄鉱物へのシリカの収着挙動については、前節に示す通り収着実験に基づくいくつかの
評価が行われており、収着容量や平衡定数等が評価されている。しかしながら、これまで
に行われた収着実験の多くは大気中(酸化雰囲気)または酸化還元雰囲気を充分に制御し
ていない条件で行われたものであり、実際の処分環境として想定される還元雰囲気におい
ては、異なる収着挙動を示す可能性がある。そこで本実験では、ガス置換型グローブボッ
クス(置換ガス:Ar ガス、Ar+H2 ガス)を用いて還元雰囲気条件を作成、制御し、この還
元雰囲気グローブボックス中において鉄鉱物へのシリカの収着実験を行う。グローブボッ
クスの外観(本実験で使用する還元雰囲気グローブボックスと同形の装置)を図 5 に示す。
また、実験パラメータとして以下の条件を設定する。
・ 溶液 pH(6∼12)
・ 酸化還元電位(Eh: -0.3∼+0.3 V vs SHE)
・ 溶液中シリカ濃度(10-6M∼10-2M)
・ イオン強度(∼10-2)
・実験期間(∼数週間)
・温度(25℃)
なお、実験の準備状況については、現在、ガス置換型グローブボックス(UNICO 社製
バキューム型グローブボックス UN-800F 型)を発注し、3 月末納入の予定である。納入次
第、据付け、調整の後、本グローブボックス中で還元雰囲気が長期に渡り(∼数ヶ月)任
意に制御維持できるノウハウを確立し、上記収着実験を開始する。
研究報告 5-15
図 5 ガス置換型グローブボックスの外観
(本実験で使用する還元雰囲気グローブボックスと同形の装置)
研究報告 5-16
4.今後の計画
ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用に関するこれまでの研究を調査、整理し、
現在、各種鉄鉱物へのシリカの収着実験を準備中である。このシリカ収着実験に続いて次
の実験および解析評価を進める計画である。
【OP 腐食生成物へのシリカ等の吸着実験および吸着挙動の評価】
OP 腐食生成物として予想される数種類の鉄鉱物(magnetite、goethite、siderite 等)に
ついて、シリカをはじめとする数種類の元素(Si, Al, Cs, Sr, Se 等)および化学種の吸着
実験を行う。吸着実験は、実際の処分環境を想定し、溶液 pH(6∼12)、酸化還元電位
(Eh: − 0.3∼+0.3 V vs SHE)、イオン強度(∼10-2)をパラメータとした条件(上記
ガス置換型グローブボックス内)で行う。
上記吸着挙動結果を熱力学平衡および速度論の観点から解析整理し、定量的評価の基
礎とする。
【OP 腐食生成物共存下でのガラス固化体溶解/変質実験】
ガラス固化体(P0798 ガラス、粉末状)の溶解/変質実験を、OP 腐食生成物として予
想される数種類の鉄鉱物を共存させた系で行い、ガラス溶解/変質速度への影響を測定
するとともに、ガラス表面および OP 腐食生成物表面に析出した二次鉱物および各元素
の分布状態を XRD, SEM/EDS, TEM 等で分析測定する。実験は吸着実験と同様のパラメ
タ条件で行い、温度は反応を加速させるため 90℃(テフロン/SUS 耐圧容器を使用)と
する。
【OP 腐食生成物表面での二次鉱物生成挙動の評価】
上記ガラス溶解/変質実験結果から、OP 腐食生成物表面での二次鉱物生成、各元素の
吸着および固定化の条件および機構を明らかにし、定量的評価の基礎とする。
【データの体系的整理】
上記吸着実験およびガラス溶解/変質実験の結果を体系的に整理し、不足データを取
得する。
【ガラス固化体長期溶解/変質速度に及ぼす影響の評価】
上記吸着実験およびガラス溶解/変質実験の結果、それらの解析評価から、我が国で
想定される処分条件において OP 腐食生成物がガラス固化体長期溶解/変質速度に及ぼ
す影響を定量的に評価する。
【核種の固定化の評価】
上記吸着実験および溶解/変質実験の結果、それらの解析評価から、我が国で想定され
る処分条件における OP 腐食生成物への核種の固定化について定量的に評価する。
研究報告 5-17
5.まとめ
本研究は、ガラス固化体長期性能評価の高度化を大きな目的とし、ガラス固化体の性能
に影響を及ぼす環境特性のうち、
ガラス固化体に隣接しその影響が大きいと予想される OP
腐食生成物との相互作用について、現象の基礎科学的理解に基づく定量的かつ体系的な評
価を行うものである。また、その評価結果に基づき、実際に我が国で想定される処分条件
でのガラス固化体長期性能に及ぼす影響を具体的に評価にすることを目的とする。
今年度は、ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用に関するこれまでの研究を調査、
整理するとともに、OP 腐食生成物との相互作用を評価するための収着実験の準備を行っ
た。
これまでの研究の調査では、(1)ガラス固化体の溶解/変質速度、(2)核種の浸出挙動、(3)
ガラス固化体と OP 腐食生成物との相互作用、について整理した。その結果、ガラス固化
体と OP 腐食生成物との相互作用およびそれらがガラス固化体の長期性能に及ぼす影響に
ついていくつかの研究が行われているが、様々な現象についての更なる基礎的理解および
実際の処分環境を充分考慮した体系的な評価が必要であると考えられた。特に、数万年の
長期にわたるガラス固化体性能評価に必要な「OP 腐食生成物表面での二次鉱物の析出と
核種の固定化現象」についてはこれまで充分な理解と評価が行われておらず、更なる研究
が必要であると考えられる。
収着実験の準備では、実際の処分環境において生成される可能性の高い腐食生成物
(magnetite(Fe3O4)、goethite(α-FeOOH)、siderite(FeCO3)、pyrite(FeS2)等)試料の選定を行う
とともに、収着実験における酸化還元雰囲気を制御維持するためのグローブッボクスの準
備およびその実験条件の設定を行った。今後、これらの実験装置、試料を用いて、実験を
進める予定である。
研究報告 5-18
6.参考文献
[1] A.Jiricka et al., J.Non-Cryst.Solids 92, 25-43(2001).
[2] Civilian Radioactive Waste Management System, Management and Operating
Contractor: Defence High Level Waste Glass Degradation, ANL-EBS-MD-000016
(2000).
[3] B.Grambow, et. al. “First order dissolution rate law and the role of surface layers in
glass performance assessment”, Journal of Nuclear Materials vol.298, p.112 (2001).
[4] Y.Inagaki, et al., “Corrosion behavior of a powdered simulated nuclear waste glass:A
corrosion model including diffusion process”, Journal of Nuclear Materials vol.208, p.27
(1994).
[5] Y.Inagaki, et al., “Temperature Dependence of Long-Term Alteration Rate for Aqueous
Alteration of P0798 Simulated Waste Glass under Smectite Forming Conditions”, in
Scientific Basis for Nuclear Waste Management XXIX, p.321(2006).
[6] 核燃料サイクル開発機構, “わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性
−地層処分研究開発第 2 次取りまとめ−”, JNC TN1400, 99-020-024(1999).
[7] Y.Inagaki, et al., “Aqueous alteration of Japanese simulated waste glass P0798: Effects
of alteration-phase formation on alteration rate and cesium retention”, Journal of
Nuclear Materials vol.354, p.171 (2006).
[8] 稲垣、他、”高レベルガラス固化体の性能評価に関する研究−現状と信頼性向上にむけて−, 原
子力バックエンド研究, Vol.10, No.1-2, p.69(2004).
[9] G.Bart, et al., “Borosilicate glass corrosion in the presence of steel corrosion products”,
in Scientific Basis for Nuclear Waste Management X, p.459(1987).
[10] B.Grambow, et.al., “Modelling of the effects of iron corrosion products on nuclear waste
glass performance”, in Scientific Basis for Nuclear Waste Management X,
p.471(1987).
[11] JSS Project Phase IV: Final Report 87-01, “Experimental and Modeling Studies of
HLW Glass Dissolution in Repository Environments”, SKB(1987).
[12] JSS Project Phase V: Final Report 88-02, “Testing and modeling of the corrosion of
simulated nuclear waste glass powders in a waste package environment”, SKB(1988).
[13] T.Ohe, et al., “ANALYSIS OF HIGH-LEVEL WASTE GLASS PERFORMANCE
BY THE PHYSICAL AND GEOCHEMICAL SIMULATION CODE STRAG4”,
Waste Management Vol.11, 191-203(1991).
[14] Y.Inagaki, et al., “Effects of redox condition on waste glass corrosion in the presence of
magnetite”, in Scientific Basis for Nuclear Waste Management XIX, p.257(1996).
研究報告 5-19
[15] Y.Inagaki, et al., “Effects of water redox conditions and presence of magnetite on
leaching of Pu and Np”, in Scientific Basis for Nuclear Waste Management XXI,
p.177(1998).
[16] P. Jollivet, et al., “Simulated alteration tests on non-radioactive SON 68 nuclearglass
in the presence of corrosion products and environmental Materials”, Journal of
Nuclear Materials vol.281, p.231(2000).
[17] V. Philippini, et al., “ Sorption of silicon on magnetite and other corrosion products of
iron”, Journal of Nuclear Materials vol.348, p.60(2006).
研究報告 5-20
研究報告6
処分環境における炭素鋼の水素吸収挙動に
関する研究
[ 平成19年度∼21年度(予定) ]
大阪府立大学
井上 博之
1. 背景と目的
地層処分環境は、処分場閉鎖後の一定期間を除くと、酸素の無い、いわゆる還元性環
境へと移行する。還元性環境での炭素鋼製オーバーパックの腐食は、表面よりおおよそ均
一に進行する(全面腐食となる)。全面腐食は、応力腐食割れや水素脆化といった割れ現象
とは異なり、比較的進展速度の予測が立てやすい腐食現象である。炭素鋼がオーバーパッ
クの基本候補材とされている理由の一つは、腐食の形態が全面腐食に限られる場合、高い
安定度で材料の耐食寿命(全面溶解による減肉)を推定できることにある。しかしながら、
還元性環境中での炭素鋼は、材料の強度や組織ならびに全面腐食の速度によっては、水素
脆化による割れを生じる恐れがある。
還元性環境での全面腐食のカソード反応は、溶液中のプロトンが還元される水素ガスが
生成する反応(水素発生反応)によって担われている。水素発生反応では、その中間生成
物として、吸着性の原子状水素 Had が生成される。この、Had が材料中に浸入し、結晶の
格子間エネルギーを弱めるなどの作用により、材料が脆化する現象を水素脆化(HE)と
呼ぶ。鉄鋼材料に HE が生じる臨界条件は、材料中に侵入した水素の濃度(含有量) C0
とその引張強度(すなわち材料の硬度 H)の関数となることが知られている。鉄鋼材料に
HE が生じる C0 と H の臨界条件(安全限界)を実例から求めた線図 1)(以下、「岡田−村
田線図」という)の一例 2)を次ページの図 1 に示す。同図は溶接欠陥などの先在き裂が材
料内にあっても HE が生じない条件を示している。わが国における処分事業の技術的拠り
所である、「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性−地層処分研
究開発第2次取りまとめ」(以下、「第2次取りまとめ」という)でも、同種の線図を用い
て炭素鋼製オーバーパックの HE に対する感受性を議論している 3)。同レポートでは、処
分環境中でのオーバーパック本体の腐食に伴う水素侵入により、材料内の水素濃度は最大
0.01ppm(=7.87×10−
8
g・atom・cm− 3)に達すると推測している 3)。オーバーパック全体
で材料の硬度が最も高くなるのは溶接部と考えられる。また電子ビーム法で炭素鋼製オー
バーパックの溶接を行った場合、溶接部の硬度は 200HV 程度に止まるとしている
の硬度の炭素鋼に HE が生じる臨界の C0 は、図 1 の安全臨界線に従うと、8×10−
6
3)。こ
g・atom・
cm− 3 となる。第2次取りまとめで想定されている C0 の最大値(図 1 の横線)が適正であ
るとすると、100 倍もの安全係数が見込めることになる。このため、第2次取りまとめで
は、中性の炭酸塩を含む処分環境で炭素鋼オーバーパックに HE が生じる可能性は低いと
結論している 3)。
研究報告 6-1
第2次取りまとめで想定された C0 の最大値は、焼鈍された SM400B 鋼を試験片に用い
て測定されている 4)(SM400B は炭素鋼オーバーパックの設計や製造の研究に使用されて
いる SFVC1 と同等の組成を持つ低炭素鋼)。しかし、溶接熱影響部(HAZ)や溶接金属の
組織は母材とは異なる。また、オーバーパックは鍛造により製造されている。鍛造品の組
織は、鍛造の強度(鍛造率)によって変化する。また、溶接部近傍には大きな残留応力場
が存在する。したがって、水素脆化に対する炭素鋼オーバーパックの安全性(不感受性)
を担保するためには、まず、溶接熱影響や鍛造による組織変化、溶接金属、残留応力の存
在による C0 の変化について、基礎的な検討が必要と考えられる。
本年度の研究は、炭素鋼製オーバーパックの水素脆化感受性評価手法の構築に資するこ
とを目的とし、炭素鋼の鍛造組織による水素吸収挙動の変化を電気化学透過法で検討する。
炭素鋼に異なるレベルの鍛造を加えた後、低温で熱処理して残留ひずみを除去する。放電
加工で処理された供試材の中心部から平板試験片を採取する。電気化学透過法を用いて、
(a)試験片の拡散係数 D、ならびに(b)水素平衡発生電位(腐食による水素吸収の加速がない
10 -4
HE
reg io n
s
ia l
er
at
m cks
e
th c ra
to g
it tin
lim ex is
ty
fe re
S a ith p
w
H y dr o ge n c on c e n tr a tio n / g* a to m c m - 3
条件下)での水素溶解量 C0,eq を測定する。
10 -5
10 -6
Sa fe
reg io n
図1
10 -7
実例から求められた、
鉄鋼材料に水素脆化が生
M a x . C 0 in Y 2 K re po r t
じる水素濃度と硬度の臨
10 -8
0
10 0
200
30 0
40 0
V ic ke rs ha r dn e ss
研究報告 6-2
50 0
界条件(安全限界) 1)
2. 実施内容
2.1 電気化学透過法による材料の水素拡散係数ならびに水素濃度の測定
2.1.1 測定法の基礎
水溶液環境中の材料への水素侵入は、金属の酸化反応の対反応である水素イオンの還元
反応によって生じる。金属表面で水素イオンが還元されて水素ガスとなる反応は、以下の
素過程に分けることができる。
H+ + e− → Had
(1)
Had + Had → H2
(2)
Had + H+ + e− → H2
(3)
まず、水素イオンが還元して水素原子となり金属表面に吸着する(式 1)。次に、一組の吸着
水素原子 Had が互いに結合する(式 2)、あるいは、水素イオンを介した還元過程を経て水
素分子となる(式 3)。この材料表面での還元反応による水素ガスの発生速度は、一般に、
初段の式 1 の反応ではなく、後段の式 2 あるいは 3 の反応によって律速されている。この
ため、外部電源と補助電極を用いて、材料にカソード電流を印加すると、その印加電流の
電流密度に応じて、材料表面の Had 濃度は変化する。Had 濃度が高いほど、材料中への水
素溶解速度は大きくなり、結果として材料表面近傍の水素含有量( Co)が増加する。つま
り、カソード電流の電流密度の水準を変えることにより Co を制御することができる。
厚さ l の平板試験片の両面を互いに導通していない別の溶液に浸漬させ、その一方の面
に任意の電流密度のカソード電流を印加したとする。ここで、他方の面の表面電位を、次
のイオン化反応が充分に進行する電位に制御したとする。なお、電位の制御には、電気化
学用の定電位制御装置(ポテンショスタット;図中では PS と略)ならびに参照電極,補
助電極を用いる。
H → H+ + e −
(4)
式 4 の酸化反応が充分に進行するならば、同面での水素濃度は0となる。以下、カソード
電流を印加する側の面を水素供給面(図 2 の A 面)、材料中を透過した水素を還元する面
を、水素引抜面(同じく B 面)とする。A 面の水素濃度が C0,B 面の濃度が 0 の場合、A
面と B 面間の材料中に水素の濃度勾配が生じる。この濃度勾配に沿って水素原子は A 面か
ら B 面の方向へ拡散する。拡散により B 面に到達した水素原子は、式 4 の酸化反応により
研究報告 6-3
1個の電子を放出してプロトンとなり、溶液中に移行する。この反応より、B 面の電位を
制御しているポテンショスタットの電解電流(材料と補助電極間の電流)から、水素の透
過速度を測定できる。この電解電流を水素透過電流と呼ぶ。水素透過電流の測定精度(透
過水素の検出感度)は、A 面から水素を供給していない状態での電解電流値(残余電流と呼
ばれる)によって決まる。残余電流は、水素引抜側の溶液中での材料の酸化速度に支配され
る。この残余電流を抑制するために、水素検出面には Pd めっきやニッケルめっきが施さ
れる。再現性良く残余電流値を小さくできること、ならびに検出面の電極電位を十分に高
く制御できるなどの理由から、本研究では検出面にニッケルめっきを施す「ニッケルめっ
き法
5,6 )」を用いた。
水素供給面の水素濃度が C0,検出面の水素濃度が 0 の場合、定常状態における A 面と
B 面間の水素濃度の分布は、A 面を起点(切片)とする厚さ方向への距離の一次関数とな
る。したがって、B 面で測定される水素透過電流は、下記のとおり Fick の第 1 法則に従
う。
J∞ =
D⋅F ⋅ A
⋅ C0
l
(5)
式中の記号の内容はそれぞれ下記のとおりとする。
J∞ :
定常状態(t→∞)における水素透過電流 (A)
D:
試験片中における水素拡散係数 (cm2/s)
F:
ファラデー定数 (96,485 A・s / g・atom)
A:
水素検出面の電極面積 (cm2)
l:
平板試験片の厚さ (cm)
C0:
水素供給面の水素含有量 (g・atom / cm3 )
定電流カソード電解によって供給面の水素含有量が一定の値(C0)1 に保たれており,そ
のときの定常透過電流が(J∞ )1 であったとする。カソード電解電流を瞬時に切り替え,供給
面の水素含有量を(C0)1 から(C0)2 へ増加させると,透過電流値は時間とともに増加し、新
たな定常値(J∞ )2 へと達する。この間,試験片内部の水素の厚さ方向への分布は、図 3 のよ
うに変化する。逆に,(J∞ )2 の定常透過電流が流れている状態において,水素供給面の水素
含有量を(C0)2 から(C0)1 へ減少させると、分布の経時変化は図 4 のようになる。前者の,
透過電流が増加する過程を Build up,後者の,透過電流が減少する過程を Decay と呼ぶ。
材料中の任意の個所の水素濃度の経時変化は、次の Fick の第 2 法則で取り扱われる。
研究報告 6-4
∂C
∂ 2C
=D 2
∂t
∂x
(6)
ここで,D は拡散係数,C は試験片内部の水素含有量であり、それぞれ x と t の関数とな
る。この偏微分方程式は, Build up,Decay それぞれの過程における初期条件,境界条
件の下で解かれている。表1の 12 ならびに 14 式は Laplace 変換,13 式と 15 式は Fourier
級数解析を用いて得た解である。ここで, Jt は時間 t での透過電流値,τ(=Dt / l2)は無次
元化した時間である。Laplace 変換,Fourier 級数解析による解を無限大項(ほぼ第 20 項)
まで計算すれば,τの如何に関わらず同じ Jt/J∞ 値が得られるが,両者の指数項に注目す
ると,前者はτは分母に,後者は分子に入っている。したがって,両式とも第 1 項近似を
行うと、表 1 右欄に示したとおり,τの小さな範囲では 16 あるいは 18 式を,大きな範囲
では、同じく 17 あるいは 19 式を用いればよく,τの中間値では両者の値が一致する。こ
のようにして理論解を求め, Jt/J∞ 対 logτの関係でプロットし理論曲線を得る。この理論
曲線を図 5 に示す。
データの解析は以下の手順で行う。同じサイズの片対数グラフ用紙 2 枚を用意し,一枚
には先ほど述べた理論曲線を,もう一枚には実験結果を Jt/J∞ 対 log t の関係でプロットす
る。ここで,logτ=log(D / l 2)+log t であることを利用して,両曲線が一致するまでスラ
イドさせ,そのときの t とτの値を読みとる。拡散係数 D は 21 式より,水素含有量 C0
は 22 式より求められる。
D=
C0 =
τ ⋅l2
t
(cm2/s)
(21)
10 6 ⋅ J ∞ ⋅ l
F ⋅ D ⋅ A⋅d
(ppm)
(22)
これらの式の記号の内容を以下に列記する。
J∞ :
l:
定常状態(t→∞)における水素透過電流 (A)
平板試験片の厚さ (cm)
D:
試験片中における水素拡散係数 (cm2/s)
F:
ファラデー定数 (96,485 A・s / g・atom)
A:
水素検出面の電極面積 (cm2)
C0:
水素供給面の水素含有量 (ppm )
d:
鉄の密度(7.86 g /cm3)
研究報告 6-5
図2
電気化学測定時における
水素の拡散挙動
図3
Build up 過程における
試験片内部の水素濃度の変化
図4
Decay 過程における
試験片内部の水素濃度の変化
研究報告 6-6
表1
初期条件および境界条件
(a)
t=0 , 0‹x‹l, C=0 (7)
t›0, x=0, C=C0 (8)
(b)
(9)
Jt/J∞ ( n=0 or m=1 )
 (2n + 1)2 
∑(−1) − 4τ  (13)
πτ n=0


∞
 1 
exp − 
πτ
 4τ 
n
∞
1 + 2∑(−1) m exp(−m2π 2τ )
(14)
2
1 − 2 exp(−π 2τ )
 (2n + 1)2 
1−
∑ exp− 4τ  (15)
πτ n=0 

2
t=0 , 0<x<l ,
∞
1−
(10)
t›0 , x=0 , C=0
x=l, C=0 (12)
(18)
(11)
∞
− 2∑(−1) m exp(−m2π 2τ )
(16)
 1
exp −  (19)
πτ  4τ 
2
2 exp(−π 2τ )
m=1
1.0
0.8
0.6
α
0.4
0.2
0.0
0.01
(17)
m=1
Decay
C=C0(1-x/l)
Jt/J∞ ( n or m )
2
Build up
x=l, C=0
初期条件および境界条件と拡散方程式の解
図5
0.1
1
τ
研究報告 6-7
水素透過電流の
理論曲線
(20)
2.1.2.
水素拡散係数の測定
(a) 試験片
平板試験片の水素供給側ならびに水素引抜側の溶液への曝露面積はいずれも 4.9cm2 と
した。機械研磨による表面加工層は大きな水素吸蔵能を有していることから測定される水
素透過電流値の経時変化 Jt に大きな影響を及ぼす。そのため、図 6 に示す電解研磨装置を
用いて、表 2 の組成の研磨浴・研磨条件で電解研磨を実施した。本実験では、15A 前後の
大電流を使用し、このためかなりの発熱があり、氷で十分冷却しながら行った。また、電
解研磨の最後の数秒間に、1.2 倍の電流を流すとクロム酸化膜が局部的に破壊され、研磨
後の酸洗でクロム酸化膜が除去されやすくなる。
電解研磨後、3mol /l HCl 水溶液を用いて試験片を充分に酸洗、超純水で水洗した後、
試験片の片面をテフロン粘着テープでシールした。図 7 に示す装置ならびに表 3 の組成の
めっき浴、めっき条件でニッケルめっきを行った。片面をシールした試験片は電流を流さ
ない状態で、めっき浴に数分間浸漬した。これにより、試験片表面に生成した酸化物層を、
弱酸性のめっき浴中で溶解させ新しい試料表面を露出させた。また、ニッケルめっきを施
している間は、スターラーで液を撹拌させておいた。ニッケルめっき後は水洗し、十分に
アセトンで脱脂した。
(b)試験溶液
水 素 供 給 側 の 試 験 溶 液 に は , 酢 酸 緩 衝 溶 液 (0.2 mol/l CH 3COOH , 0.017 mol/l
CH3COONa)を用いた。また,引抜側の溶液にはすべての実験で 1mol /l NaOH 水溶液を
用 い た 。 全 て の 溶 液 の 調 整 に は 和 光 純 薬 工 業 製 特 級 試 薬 と , MILLIPORE 社 Milli-Q
Academic により精製した超純水を用いて行った。
(c)測定系ならびに装置
測定装置の概略図を図 8 に示す。電流の制御には定電圧電源装置と電流計を用いた。水
素引抜側のセルの参照電極に水銀・酸化水銀電極(株式会社インターケミ製)を、対極に
白金線を用いた。試験期間中は連続して Ar ガス吹込みを行った。
研究報告 6-8
(d)実験操作
2 つの水素透過セルの間に試験片をセットした。このとき、試験片はバイトン製の O-リ
ングを介して、液が漏れないように挟み込んだ。その後、水素検出面側のセルに 1mol /l
NaOH 水溶液を注入し、ポテンショスタットを用いて水素検出面の電極電位を+100mV(vs
Hg/HgO)に設定した。この過程で、ニッケルめっき層は NiOOH の不働態皮膜を形成し安
定する。この不働態化電流の経時変化をレコーダーで測定すると、最初、Ni およびわずか
ながら被覆されていない鉄試料面の不働態化のため、数 mA/cm2 の電流が流れるが、徐々
に減少して 0.1μ A/cm2 以下の残余電流値となる。この段階でニッケルめっきの付着状態
が判断できる。
水素供給面側のセルに試験溶液を注入し定電圧電源装置を用いて水素供給面側に
4mA/cm2 の供給電流を設定し、水素透過電流が安定する(J∞ )1 まで待つ。安定値(J∞ )1 に
達した後、供給電流が 10mA/cm2 になるよう定電圧電源装置の出力を切り替え、水素透過
電流が安定値(J∞ )2 に達するまで待つ(Build up)。安定値(J∞ )2 に達した後、供給電流が
4mA/cm2 になるよう定電圧電源の出力を再度切り替え、水素透過電流が安定値(J∞ )1 に達
するまで待つ(Decay)。この切り替え操作を(J∞ )1⇔(J∞ )2 間の変化が精度よく測定できるよ
うに最低 10 回以上は繰り返し、Build up ならびに Decay それぞれの過程での透過電流曲
線を測定する。
(e)水素拡散係数の解析
実験で得られた両曲線から、ポテンショスタットの切替時を起点として、水素透過電流
が、 J0.1 ,J 0.2 , J0.3 , J0.4 ‥ J0.9 に達する時間 t(s)を求めた。具体的には、(J∞ )1 から(J∞ )2
の間を 10 等分し、それぞれの Jt に対する時間 t(s)を読み取った。次に、同じサイズの片
対数のグラフ用紙を用意し、一枚には先ほど述べた理論曲線を Jt / {(J∞ )2-(J∞ )1}対 logτの
関係で描き、もう一枚には実験結果を Jt /{(J∞ )2-(J∞ )1}対 log t の関係にプロットした。両
曲線が一致するまでスライドさせ、一致したときの t とτの値を読み取った。この t とτ
の値から拡散係数( DH =τ l2 / t )を求めた。
研究報告 6-9
−
A
直流電源
+
スリット付ふた
試験片
氷水
電解研磨浴
対極板(ステンレス鋼)
表2
電解研磨条件
研磨浴:
CrO3
研磨条件:
0.3 A/cm2 , 15 分
温度:
20∼30℃,
対極:
SUS304 ステンレス鋼
100g+H3PO4:500ml
+
A
図 6 電解研磨装置
直流電源
−
スリット付ふた
ニッケルめっき浴
試験片
対極板(ニッケル)
図7
研究報告 6-10
ニッケルめっき
装置
表3
めっき浴:
ニッケルめっき条件
NiSO4・6H2O
NiCl2・6H2O
45 g/l
H3BO3
40 g/l
めっき条件:
250 g/l
3分
3mA/cm2
温度:40℃
Ni
対極:
定電圧電源
PS
電流計 A
CE(Pt)
WE(試験片)
Entry Side
2.1.3.
RE(Hg/HgO)
Extraction Side
CE(Pt)
図8
水素拡散係数測定装置
水素発生平衡電位における水素含有量測定
(a)測定系ならびに装置
測定装置の概略図を次ページの図 9 に示す。なお、試験片ならびに試験溶液については、
前節の水素拡散係数の測定と同様とした。水素供給側、引抜側とも、電流の制御にはポテ
研究報告 6-11
ンショスタットを用いた。水素引抜側のセルの参照電極に水銀・酸化水銀電極(インター
ケミ製)を、水素供給側のそれには銀・塩化銀電極(堀場製作所製)を、対極にはそれぞ
れ白金線を用いた。試験期間中は連続して Ar ガス吹込みを行った。
(b) 実験操作
ニッケルめっきならびに付着状態の確認は前節と同様とした。その後、水素供給面側の
セ ル に 試 験 溶 液 を 注 入 し ポ テ ン シ ョ ス タ ッ ト を 用 い て 水 素 供 給 面 側 に -850 m V (vs
Ag/AgCl) の供給電圧を設定し、水素供給面側の試験片の分極測定を行うと同時に、水素
透過電流が安定するまで待った。安定値に達した後、供給電圧を -800mV (vs Ag/AgCl) に
設定し、再度水素透過電流が安定するまで待った。この操作を -350mV (vs Ag/AgCl) まで、
+50mVステップで電圧を印加、水素透過電流が安定するのを待ち、測定を繰り返し続けた。
(図 10)
PS
PS
WE(試験片)
RE(Ag/AgCl )
CE(Pt)
RE(Hg/HgO)
Entry Side
図9
Extraction Side
水素含有量測定装置
研究報告 6-12
CE(Pt)
1000 ゜
C × 48 hours → F urnace C ooling
10 - 7
1
10
10 - 6
H y d o r o ge n C o n te n t / g ・ a t o m / c m 3
C u r re n t D e n s it y / m A / c m 2
10 1
E H + /H 2
-1
10 - 8
10 - 9
10 - 2
-0.2 -0.3 -0.4 -0.5 -0.6 -0.7 -0.8 -0.9
P otential (V vs Ag/AgCl)
図 10
水素発生平衡電位における水素含有量測定方法の一例
(c)水素含有量の算出
本節の水素含有量測定では、水素発生平衡電位である -400mV (vs Ag/AgCl)での水素
含有量を測定することを目的とする。これは、水素発生平衡電位では溶液の種類や pHな
どの環境の影響を排除し、材料の特性値として、つまり、母材との組織の違いによる含有
量の違いを測定することができるからである 5)。よって、式 5 に、前節の測定で求めた各
材料の DH と水素発生平衡電位で安定した水素透過電流 J を代入することで、水素含有量
C0 を計算した。
2.1.4.
模擬処分環境中での自然状態における水素含有量測定
(a)試験溶液その他
水素供給側の試験溶液には,模擬ベントナイト接触水(0.00572 mol/l Na2SO4, 0.00799
mol/l NaHCO3, with or without 3.5 mass% NaCl)を用いた。また,引抜側の溶液にはす
べての実験で 1mol /l NaOH 水溶液を用いた。全ての溶液の調整には和光純薬工業製特級
試薬と,MILLIPORE 社 Milli-Q Academic により精製した超純水を用いて行った。試験
片については、前節あるいは前々節と同様とした。また、測定系については、前節と同様
研究報告 6-13
とした。ウォーターバスを用いて、測定系の温度を 40.0±0.1℃に制御した。
(b)実験操作
自然状態での水素含有量測定の実験操作は、ニッケルめっきの付着状態が確認できるま
では 2.1.2 節と同様である。その後、水素供給面側のセルに試験溶液を注入しポテンショ
スタットを用いて水素供給面側に -1050mV (vs Ag/AgCl) の供給電圧を設定し、水素供給
面側の試験片の分極測定を行うと同時に、水素透過電流が安定するまで待った。安定値に
達した後、供給電圧を -1000mV (vs Ag/AgCl) に設定し、再度水素透過電流が安定するま
で待った。この操作を -700mV (vs Ag/AgCl) まで、+50mVステップで電圧を印加、水素
透過電流が安定するのを待ち、測定を繰り返し続けた。(図 11)
(c)水素含有量の推定
本節の測定では、自然状態である腐食電位においての含有量を測定することと、腐食速
度を推定することを目的とした。しかし、模擬埋設環境中で測定される水素透過電流は、
水素の供給がない状態におけるポテンショスタットの電解電流(残余電流)値と同レベルの
値となってしまう。このため、図 11 に例を示すように、測定限界値より腐食電位に外挿
することで自然状態における水素含有量 C0 を求めた。また、得られたカソード分極曲線
1
Hydrogen content
10 - 1
C0
10
Current density
-8
10 - 2
ic o r r
10 - 3
10 - 9
-700 -750 -800 -850 -900 -950 -1000 -1050 -1100
Electrode potential / mV
図 11
外挿法による腐食電位における水素含有量と、
腐食電流密度の推定
研究報告 6-14
C u rre n t d e n si ty / m A c m - 2
m e a sur e m e nt lim it
10 - 7
E co rr
im m e rse d c o nd itio n
H y d ro g e n c o n t e n t / g * a t o m * c m - 3
からのターフェル直線と腐食電位の交点から腐食電流密度 icorr を求めた。
3. 成果
3.1 実験方法
供試材は、真空溶解法で新たに溶製した。C:2.8%,Si:0.16%, Mn:0.7%を目標組成として溶
製を行った結果、下記組成の材料が得られた。この組成は、JIS の SFVC-1 の規格を満たしてい
る。
供試材の組成 (SFVC-1 相当,wt%)
Fe
C
Si
Mn
P
S
Ni
Cr
Bal.
0.26
0.16
0.72
<0.005
0.001
<0.02
<0.01
Mo
V
<0.01 <0.01
この供試材に、下記に示す 5 水準(含む鋳込みまま)を目標鍛造率として鍛造を施した。
1) 鋳込みまま, 2) 1.3S,3) 1.6S,4) 3.2S,5) 5.2S
その結果、以下の鍛造率の試験片を得ることができた。
1) 鋳込みまま, 2) 1.3S,3) 1.6S,4) 2.5S,5) 5.2S
鍛造法は熱間での実体鍛錬とした。溶製した鋳塊のボトム端部より、目標鍛造率に相当する鍛
造加工を順次施し(段つき鍛造をおこない)、試験片を作製した。溶製後の鋳塊ならびに段つき加
工後の試験片の外観を図 12 ならびに図 13 に示す。
図 12
溶製後の鋳塊の外観
研究報告 6-15
図 13
段つき加工後の試験片の外観
鍛造には 500kg ハンマー鍛造機を用いた。加工前ならびに加工中の再加熱温度は 1100℃とした。
また、加工中の温度は 1100 から 850℃とした。鍛造後の試験片は 50×50×2mm に加工後、
910 ×90 分の熱処理を加えたのち空冷した。両面を研削し厚さを 1mm 程度とした後、
50×50mmの平板から 40×50mmの平板試験片を切断加工した。切断端材(約 10×50mm)
で組織観察用試料を作成した。1) 鋳込みまま,2) 1.3S,3) 1.6S,4) 2.5S,5) 5.2S の各試
験片の外観を図 14 に示す。
1) 鋳込みまま
4) 2.5S
図 14
2) 1.3S
5) 5.2S
製作した水素透過試験用平板試験片の外観
研究報告 6-16
3) 1.6S
試験片の水素拡散係数ならびに水素含有量は電気化学透過法
5,7)を用いて測定した。
熱処
理後の試験片は 2000 番までエメリ紙で研磨仕上げしたあと、リン酸−クロム酸溶液中で
電解研磨を行った。0.2A/cm2 のアノード定電流を試験片に印加し 15 分間研磨を行った。
研磨後、試験片の水素引抜側の面に ニッケルめっきを施した。めっき厚さが約 500Å とな
るよう、カソード電流密度ならびにめっき時間を調整した。試験片を1組の電解槽で挟み、
水素引抜側に 1mol/l の水酸化ナトリウム水溶液を注入した。水素引抜側の試験片の電位は
ポテンショスタットを用いて 100mV vs Hg/HgO に制御した。水素引抜側の電解電流が
0.1µA/cm2 以下に安定した後、水素供給側に pH3.5 の酢酸緩衝溶液あるいは模擬ベントナ
イト接触水を注入した。試験片の曝露面積は、供給側・引抜側とも 3.14cm2 とした。試験
片の DH は、水素供給側のカソード電流を 20mA と 50mA の2水準の間で変化させた際の
透過電流の変化から求めた
5,7)。水素供給側の溶液には
pH3.5 の酢酸緩衝溶液を用いた。
C0 の測定は pH3.5 の酢酸緩衝溶液ならびに模擬ベントナイト接触水中で行った。前者の
測定ではポテンショスタットを用いて供給側の試験片の電位を pH3.5 での水素発生平衡
電位に制御した。一方、後者の測定では、供給側の試験片は自然状態とした。模擬ベント
ナイト接触水には、5.72 mol m−
3
Na2SO4 + 7.99 mol m− 3 NaHCO35) 溶液を用いた。
3.2 測定結果
3.2.1 予備試験
上記の操作により電気化学透過法の測定が適切におこなえることを確認するため、
SFVC-1 鋼に比較的近い組成を持つ SM400B 溶接用圧延鋼で拡散係数の測定を実施した。
SM400B 鋼の組成を以下に示す。
予備試験用試料(SM400B 材)の組成 (wt%)
Fe
C
Si
Mn
P
S
Bal.
0.12
0.11
1.05
0.015
0.003
材料は受け入れ状態のまま、熱処理などを施さず、厚さ 1mm の平板試験片に加工した。
上記と同じ前処理ならびに測定手順に従い、pH3.5 の酢酸緩衝溶液中において、Build-up
ならびに Decay における透過電流を測定した。水素透過曲線と理論曲線とを比較した結果
を図 15 に示す。実測データから読み取った、Build-up 過程での透過電流の変化率α=( J
研究報告 6-17
∞ ,2
− J∞ ,1)/ J∞ ,1 を青丸で、同じく Decay 時のαを赤丸で示した。実線は Build-up ある
いは Decay 時の理論曲線を示す。横軸はいずれも無次元時間τ 7)である。
1.0
0.8
0.6
α
0.4
0.2
0.0
0.01
0.1
1
τ
図 15
測定された水素透過電流の変化率と理論曲線から算出された変化率との比較
(青丸:Build-up 過程の測定結果、赤丸:Decay 過程の測定結果,
実線:Build-up あるいは Decay 時の理論曲線)
αの小さい部分は、実測値が理論曲線からやや逸脱しているものの全体的には良好な一致
を示していると言える。図 15 の結果から読み取ったα=0.5 での時間ならびに無次元時間
との対応から式 20 を用いて、鋼中の水素の拡散係数 D を求めた。結果を下の表 4 に示す。
Build-up,Decay の両過程で値のばらつきがなく、得られた値も低炭素鋼としての標準的
な値となっている。
表4
図 15 の結果から求めた水素拡散係数
Build up
α=0.5 に達する
時間 (s)
39
対応する理論曲線の
無次元時間 τ
0.132
水素拡散係数 D
(cm2/s)
3.4×10-5
Decay
37
0.128
3.5×10-5
研究報告 6-18
4. まとめ
予備実験の結果より、2 章に示した方法で水素の拡散係数が問題なく測定できることが
確認できた。今後は、製作された鍛造試験片を用いて、同じく、水素拡散係数ならびに水
素含有量の測定を実施する。
参考文献
1)
村田朋美:”APC,HE を通しての水素の役割”, 鉄鋼材料の環境強度とその評価, 日
本鉄鋼協会, pp.230 (1981).
2) 腐食防食協会編:”腐食防食ハンドブック”, 第 7.2.1 節 鉄鋼材料の水素脆化, 丸善,
pp.177 (2000).
3) 核燃料サイクル開発機構:”わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信
頼性−地層処分研究開発第
2 次取りまとめ− ”, 分冊 2
地層処分の工学技術, JNC
TN1400 99-020, pp.Ⅳ-19 (2000).
4) 西村六郎,山川宏二,錦織弘宣:”炭酸ガス環境における炭素鋼の水素吸蔵”,
第 44
回材料と環境討論会講演集,p.429 (1997)
5) 吉沢四郎、山川宏二、“鉄鋼材料中の水素溶解量の新しい電気化学測定法”, 防食技術、
24、365-373
(1975)
6) 吉沢四郎、鶴田孝雄、山川宏二、“鉄鋼材料の水素含有量の電気化学測定法における
ニッケル被覆法の開発”,防食技術、24、511-575
(1975)
7) 社団法人 日本材料学会 腐食防食部門委員会編、腐食防食の理論と応用、258-268
研究報告 6-19
研究報告7
放射性核種収着現象の分子生物学的
および地球化学的研究
[ 平成19年度∼21年度(予定) ]
静岡大学
木村 浩之
1.背景と目的
1-1
はじめに
地下圏に高バイオマスで存在する微生物(細菌)による放射性物質の収着、凝集や移動、拡
散への影響を推しはかることを目指し、放射化学的研究や地球化学的研究が進められている。
得られた知見を実際の地層処分環境へ応用するには、処分システムを想定したモデル微生物
の適確な選定や処分環境下での微生物挙動をおさえた上で、放射性核種の微生物との反応を
細胞及び分子レベルで精確な知見を集積することが必須である。また、放射性廃棄物の処分
システムには、アクチノイドのような金属的な毒性及び高エネルギーのα線を放射する元素
が存在する。しかしながら、これまでの微生物に関連する研究は処分システムを考慮したも
のに至っていない。よって、放射性核種が存在する環境中における微生物種の同定手法を確
立し、モデル地域での検証を進めるとともに、放射性核種による微生物生存に影響する細胞
表面への収着現象を分子微生物学的に解明することは喫緊の課題であると考えられる。
1-2 本研究の目的
本研究では、分子微生物学的および地球化学的研究手法を用いて放射性核種の微生物表面
への収着現象を解明し、我が国における廃棄物処分システムの特徴を考慮した微生物影響評
価に貢献する新たな研究展開をスタートさせることを目的とする。内容は、
(1)放射性核種が存在する環境(以下、核種環境)中における微生物の生残・同定・活性
に関する研究のためのプロトコルの作成、
(2)モデル核種環境における微生物の生態に関する分子微生物学的研究、
(3)放射性核種の微生物への収着現象の分子生化学的及び地球化学的解析に基づくモデル
化である。
これに向けて平成 19 年度は、
1)ウランを含む培地で微生物を培養し、微生物の耐性を解明するとともに、細胞表面へ
のウランの濃縮を SEM 観察などから明らかにする。担当:大貫敏彦(静岡大学客員教授)
2)FISH 法を用いた土壌細菌の検出法を開発するとともに、放射性汚染土壌への適用方法
を確立する。担当:加藤憲二(静岡大学教授)
、木村浩之(静岡大学助教)
3)様々なバクテリアへの吸着配分の希土類元素パターンを調べ、アクチノイド(III)の
地層中での挙動に対するバクテリアの影響評価を目指す。担当:高橋嘉夫(広島大学准
教授)以上のことを平成19年度の研究目的とした。
研究報告 7-1
1-2-1
微生物のウラン耐性の解明と細胞表面へのウラン濃集の SEM 観察
微生物は代謝のため必須元素を細胞内に取り込む機構を有している。また、呼吸を行うこ
とから細胞外から電子を得て、電子伝達系を経て、細胞外の電子受容体に電子を渡す。この
ため、微生物は様々な元素と相互作用反応を行う。相互作用反応としては、(i)細胞表面への
吸着、(ii)酸化・還元、(iii)鉱物化、及び(iv)元素−有機酸錯体の分解が考えられる。元素
としてウランを対象とした場合、ウランは必須元素ではないため細胞内への取り込みはない
と考えられている。微生物の細胞表面にはカルボキシル基などの官能基の存在により中性付
近の溶液では負に帯電しているため、陽イオンとして存在するウランを吸着する。吸着した
ウランは微生物の代謝に影響し、増殖を阻害すると考えられる。しかしながら、その機構は
明らかになっていない。
放射性廃棄物処分場においては、ウランなどのアクチニド濃度が高くなることが予想され
る。したがって、ウランの微生物への影響を明らかにすることは、処分環境における優勢微
生物種を解明するためにも重要である。アクチニドは放射性元素であるため、アクチニドの
微生物への影響を明らかにするためには、化学的な影響とともに放射線による影響を調べる
必要がある。化学的な影響は、半減期が非常に長い放射性核種(238U:半減期約45億年)を用
いることにより調べられる。一方、放射線の影響を調べる方法には、加速器を用いる方法と
短い放射性核種を用いる方法がある。加速器を用いる場合には、照射エネルギーを調整でき
るために様々な核種に対応した影響を調べることが可能であるとともに、コールド試料とし
て取り扱いが容易である。しかし、加速器では放射線を外部から照射するため、微生物細胞
表面に吸着した、すなわち距離が0になるようなウランからの放射線の影響を直接評価でき
ない。233U(16万年)は 238U に比べて半減期が短い放射性核種である。233U を用いることによ
り、細胞に吸着した U の放射線の影響を調べることが可能になると考えた。
本研究では、微生物のウランに対する耐性と細胞表面への吸着の関係を明らかにするため
に、土壌細菌で広く存在する好気性微生物である B. subtilis と、遺伝子が解明されタンパ
ク質の同定も他の微生物種に比べて容易な酵母を用いて、ウラン溶液への曝露実験あるいは
ウランを含む培地中での増殖実験を行い、ウランに対する耐性を調べた。細胞表面へのウラ
ンの吸着を調べるため、培地溶液中のウラン濃度の変化を測定するとともに、細胞表面を透
過型電子顕微鏡で直接観察し、沈殿物の生成の有無を確認した。
研究報告 7-2
1-2-2
FISH 法を用いた土壌細菌の検出法の開発と放射性汚染土壌への適用方法の確立
放射性廃棄物の地層処分の様々なフェーズにおいて、近年明らかになった地下圏に多数分
布する微生物の存在がどのような影響をあたえるかを明らかにすることは必須である。地下
水環境中の微生物の挙動については、地下水中だけでなく土壌や堆積岩などの中での分布や
生態を明らかにすることが必要となる。地下水中における微生物の挙動を明らかにする手法
についてはすでに構築されつつあるが、土壌および岩石については無機粒子の存在が実験手
法の中で大きな障害物となり、とりわけ定量的知見を得るに際して問題となる。今年度はこ
の問題の解決に向けて、手法の改良を試みた。
近年開発された手法の内で自然環境中の細菌動態を把握するのに最もふさわしい手法は
FISH(Fluoresence in situ hybridization)法である。この手法によって対象とする細菌(バ
クテリアとアーキア)の特定遺伝子を識別することによって、ドメインや門から種に至る様々
なレベルで細菌個体群を顕微鏡下で直接細菌を識別することから、追跡することが可能とな
った。個々の細胞が呼吸活性を持つか否かの情報を併せて探ることも可能であり、細菌個体
群の定量的な生態解明は格段に進歩している。しかしながら、地下圏試料の場合、土壌粒子
や鉱物粒子がサンプルに混入し、細胞とこれらの粒子の識別が困難になるという障害から、
FISH 法の使用は困難である。このため、地下圏微生物の生態については、まだまだ十分な知
見が得られていない。
手法改良のための対象土壌は、京都大学桐生水文試験地(34o58'N,136o00'E;約6ha のヒ
ノキとマツの混交林)から得た。ここは乱伐により数百年間はげ山であった歴史がある。この
ため、明治以降の砂防事業と植林によって植生は回復しているが、現在も土壌の層は非常に
薄く、A 層 (植物遺骸が堆積した A0 層から腐植が浸透し集積した、有機物に富む層) が数 cm
しかなく、B 層 (A 層の下方にあって、外界からの影響は間接的で弱く、腐植の浸透が少ない
層) 以下は砂状になっており、数 m 掘り下げるだけで基盤岩の花崗岩に達してしまう。加え
て、尾根沿いから標高がさがるにつれ土壌の層が厚くなる傾向も見られ、尾根沿いには母岩
の花崗岩が露出している地点も存在する。このように、桐生試験地には、母岩、風化岩石、
土壌化初期の土壌のすべてが存在しており、これらは数十 m の範囲で見ることができる。蛍
光顕微鏡による微生物の直接観察のための基礎となる DNA 染色においては、染色剤を従来水
圏試料に多く用いられてきた DAPI に変えて SYBR Green I を用い、さらにはサンプル調製過
程に改良を加え、FISH 法の導入を可能にすることを目指した。
研究報告 7-3
1-2-3
希土類元素パターンを用いたバクテリア細胞表面と金属イオンの相互作用の検討
バクテリア細胞表面への金属イオンの吸着は、環境中に存在する金属イオンとバクテリア
の相互作用の基本的なプロセスのひとつである(Beveridge and Doyle, 1989; Fortin et al.,
1997)。そのため、放射性廃棄物に含まれる金属イオンに関しても、このバクテリアへの吸着
反応を理解することは、放射性廃棄物の地層処分に関するリスク評価を行う上で非常に重要
である。一方、本研究項目で扱う 3 価の希土類元素は、Am(Ⅲ)や Cm(Ⅲ)などのアクチノイド
(Ⅲ)と錯生成定数などの熱力学的な定数が良く似ている。そのため、環境中でのアクチノイ
ド(Ⅲ)の分配挙動は、希土類元素(REE)と同様とみなすことができる。
そこで本研究項目では、バクテリアへの希土類元素の吸着挙動を調べることで、アクチノ
イド(Ⅲ)の地層中での挙動に対するバクテリアの影響の評価に貢献することを目指す。特に、
本研究項目では、希土類元素の水-バクテリア間での分配を調べる上で、Pm を除く全希土類
元素の分配係数を原子番号順に並べた希土類元素パターンに注目した。ここで、ひとつの希
土類元素の分配係数ではなく、その相対的な比較を主目的とする希土類元素パターンを調べ
ることは、2つの点で意義深い。
第一に、希土類元素パターンに現れる特徴から細胞表面の金属イオンの結合サイトに関す
る情報が得られる可能性がある(Bryne and Kim, 1990; Takahashi et al., 2005)。金属イ
オンとバクテリアの相互作用を考える場合、バクテリアの細胞表面への無機的な吸着を熱力
学的に扱った研究が多くなされている(Fein et al., 2005; Boyanov et al., 2003; Chatellier
et al., 2004)。それらの研究の多くでは、細胞表面での金属イオンの結合サイトはカルボキ
シル基とリン酸基と推定されているが、希土類元素パターンでその検証を行うことが可能か
もしれない。つまり、希土類元素パターンの形状変化を調べることで、バクテリア細胞表面
の金属イオンの結合サイトに関する情報が得られる可能性があり、分配係数の絶対値のみば
かりでなく、その相対値に意味が出てくる。また、もし希土類元素パターンでバクテリア細
胞表面の金属イオンの吸着サイトの特徴づけが可能であるとすると、環境中に存在する膨大
な種類の微生物が持つ金属イオンに対する親和性の違いを、希土類元素パターンの変動から
分類できる可能性も出てくる。
第二に、特徴的な希土類元素の分配パターンが得られた場合、天然でのバクテリア相の指
標として希土類元素パターンが有効になる可能性がある。もし希土類元素パターンがバクテ
リアの存在の指標として有効なら、地球の過去に生成した岩石でバクテリアの関与が疑われ
る試料の希土類元素パターンを測定することで、バクテリアの存在を示すひとつの研究手段
研究報告 7-4
となるかもしれない。これをナチュラルアナログ研究などに応用すれば、地層深部での希土
類元素パターンを通じて、その環境での過去のバクテリア活動の影響について議論できる可
能性もある。
以上のことから、本研究項目では、バクテリアと希土類元素の相互作用について調べるが、
特に本年度は、様々なバクテリアへの吸着分配の希土類元素パターンを調べ、バクテリア種
の違いによる吸着種の違いを議論した。また希土類元素パターンの形状を、バクテリアが持
つであろう結合サイトと類似した構造を持つ配位子と希土類元素の間の錯生成定数と比較す
ることで、バクテリア細胞表面の金属イオンの結合サイトの特定を試みた。また付随して、
特定の結合サイトを含む人工の高分子化合物をバクテリアの細胞壁のモデル化合物ととらえ、
そのモデル化合物への希土類元素の分配パターンを調べると共に、バクテリアへの分配パタ
ーンとの比較を行った。
研究報告 7-5
2.実施内容
2-1
2-1-1
微生物のウラン耐性の解明と細胞表面へのウラン濃集の SEM 観察
B. subtilis へのウランの影響実験
予備検討としてUの化学的な影響とα線による影響を調べるため、Bacillus subtilis を
238
U(化学的な影響)及び 233U(α線による影響)を含有した溶液に 30℃で 12 時間曝露した。
その後、遠心分離により B. subtilis をU溶液から分離し、液体培地[牛肉エキス(3g/l)
、
ポリペプトン(5g/l)、および NaCl(5g/l)]で培養し増殖を調べた。
具体的には、液体培地を 45 ml ずつ分取した 100 ml 三角フラスコ 2 本に B. subtilis を予
備培養した液を 5 ml ずつ加え、30℃で振とう培養した。フラスコ内の培養液の 600 nm にお
ける吸光度(OD600)を測定し、吸光度がおおよそ 1 となった時点で、菌体を遠心分離により回
収し、U溶液に曝露した。その後、遠心分離により B. subtilis をU溶液から分離し、液体
培地に移した。B. subtilis の増殖は吸光度(600 nm)で調べた。よく撹拌した後、培地溶
液を培養開始 48 時間経過後に 900 μl 採取して OD
600
を測定した。
U溶液に曝露した微生物細胞を観察するため、曝露後に菌体を透過型電子顕微鏡(TEM)グ
リッド上に回収し、脱イオン水により洗浄した。乾燥後、B. subtilis を TEM により観察し
た。
2-1-2
酵母へのウランの影響実験
U 曝露により発現するタンパク質を解析するためのプロトコルを作成することを念頭にお
いて、遺伝子がよく知られている(ゲノム解析が行われている)Saccharomyces cerevisiae
を用いて U の影響を調べる実験を行った。Saccharomyces cerevisiae X-2180-1B、Hansenula
fabianii J640、及び Hansenula anomala J224 を含む 7 種類の酒酵母、5 種類のビール酵母、
3 種類のワイン酵母、4 種類の焼酎酵母、2 種類のパン酵母を用いて、ウランを含む寒天培地
で培養し耐性を検討した。その結果、耐性の強い酵母を選別した。さらに、微生物の活性の
U耐性への影響を調べるため、予めウランを含まない培地で予備培養した耐性酵母をウラン
含有培地で培養し、増殖及びウラン濃集について分析した。
培地の調製法は以下のとおりである。リン酸塩を含まない YNB(5.7 g/L)、バクトアガー
(20 g/L)
、グリセロホスフェート(100 mg/L)
、ヒスチジン(35 mg/L)、ロイシン(30 mg/L)
、
ウラシル(25 mg/L)、カザミノ酸(1 g/L)を含む水溶液を加圧・加熱滅菌装置で滅菌した。
研究報告 7-6
滅菌後、寒天が固まらないうちに 100 mM 硝酸ウラニル溶液を所定量加えた。その後、角形シ
ャーレに 50 ml 程度ずつ分取して、風乾により寒天を固まらせた。寒天培地が固まってから、
1 遺伝子欠損酵母を植菌し 30℃で一週間培養した。培養後、全酵母の生育度を調べた。
寒天培地での培養により選別した耐性の高い菌体を対象として、液体培地で培養を試みた。
液体培地組成は、寒天培地から寒天を除いたものである。予めウランを含まない培地で予備
培養した耐性酵母をウラン含有培地で培養し、増殖及びウラン濃集について分析した。U濃
度は 0.1mM 及び 1mM とした。
Uを濃集した酵母を調べるため、最も耐性の高い酵母を対象として 1 mM の U を含む液体培
地で 164 時間培養し、菌体を TEM により観察した。TEM 試料の作製方法は B. subtilis の場
合と同様である。
2-2
2-2-1
FISH 法を用いた土壌細菌の検出法の開発と放射性汚染土壌への適用方法の確立
研究地点・サンプリング方法
研究サイトは、滋賀県大津市上田上桐生町に位置する京都大学桐生試験地(34o58'N,136o
00'E)である(図 2-1)。桐生試験地は琵琶湖集水域草津川水系で標高は 250m、年間の平均気
温は 14℃、降水量 1,645 ㎜/年である。面積約6ha のヒノキとマツの混交林であるが,90 年
代初頭の松枯れ以降はヒノキが優占種となっている(http://www.bluemoon.kais.kyoto-u.
ac.jp/kiryu/contents.html)。サンプリングは、2005 年 10 月 25 日、2006 年 5 月 16 日、7
月 17 日、8 月 12 日に行った。サンプルは、試験地の最奥の観測井戸 G-31 近くのヒノキ横 1.5m
の地点から、A 層(以降,G31-A)と B 層(以降、G31-B)の土壌を採取した(図 2-1)。G31-A は地
表面の薄い A0 層を剥いだ-3 から-4cm の土壌を、G31-B は-15 から-20cm 土壌を、それぞれ消
毒用エタノールで滅菌した移植ゴテを用いて採取し、消毒用エタノールと紫外線ランプで滅
菌したチャック袋に入れ冷蔵して研究室に持ち帰った。また、2006 年 7 月と 8 月のサンプリ
ングでは花崗岩が露出している地点から風化岩石と、風化岩石が斜面の下に堆積したもの
(これを、風化堆積物と呼ぶ) を同様に採取した(図 2-1)。なお、2006 年 8 月のサンプリング
では、風化岩石と風化堆積物は大気中に存在する微生物の影響を除くため表層を除去した後、
コアサンプラーを用いてサンプルを採取した.
研究報告 7-7
2-2-2
環境データの測定
環境データは土壌の温度、pH、電気伝導度(EC)、含水比、全炭素(Total Carbon, TC)、全
窒素(Total Nitrogen, TN)を測定した。土壌温度は携帯型測定センサーを土壌に刺し込んで
測定した.なお,センサーのささらない風化岩石と風化堆積物については温度の測定は行っ
ていない。pH は、乾土 10g相当の未風乾新鮮土を脱イオン水 25 mL に懸濁し 1 時間以上放置
した後,pH 計を用いて測定した (土壌環境分析法, 1997, 195-197pp. 参照) 。EC は、乾土
10g相当の未風乾新鮮土を脱イオン水 50mL に懸濁し (乾土:水=1:5)
、1 時間振とうし
た後 EC 計 (RM-20P; TOA-DKK Co., Tokyo, Japan) を用いて測定した (土壌環境分析法, 1997,
202-204pp. 参照) 。
含水比は未風乾新鮮土約 10gを 105℃で 18 時間乾燥させ、デシケーター内で室温になるま
で放置した後、乾燥後の重量を量り、乾土重量当たりの含有水分量の比(m)を以下の式で算出
した (土壌標準分析・測定法, 1986, 8-10pp.参照) 。
m =(W1− W2) / (W2− W0) × 100
m:含水比(%)
W0:土壌を入れた容器の重量
W1:容器重量+分析試料(乾燥前)の重量
W2:容器重量+分析試料(乾燥後)の重量
また、TC、TN は N、C-アナライザー (SUMIGRAPH NC-95A; Sumika Chemical Analysis service,
Ltd., Tokyou, Japan) を用いて測定した。
2-2-3
全菌数の直接計数 (TDC:total direct count) 法
TDC 法は,土壌サンプルの全菌数の計数のために Porter and Feig (1980)に従い固定法を
改変して行った。また、土壌サンプルの希釈や遠心処理をしたものを顕微鏡観察試料として
使用した。採取したサンプル 10g(湿土)を滅菌済みポリプロピレン遠沈管(SARSTEDT AG&Co.,
Numbrecht, Germany)に入れ、30mL の 50%エタノールを加え固定し、4℃で冷蔵保存した。池
田ほか (2005) に従い、採取した土壌サンプルを顕微鏡観察が可能な状態にした。固定によ
って 4 倍に希釈されたサンプルを濾過滅菌水でさらに 100 倍希釈液に調整。
100 倍希釈液 10mL
を、超音波処理 1 分(超音波洗浄機;Branson Ultrasonics Corporation, Connecticut, USA
を使用)の後に低速遠心 (420×g, 10 分) を行い,沈澱 1 mL と上清 9 mL に分けた。これ
研究報告 7-8
以降、この超音波処理と低速遠心の処理を合わせて遠心洗浄と呼ぶ。沈澱にはさらに濾過滅
菌水 9 mL を加え遠心洗浄を繰り返し、上清を足し合わせた。あらかじめ Sudan Black 溶液
{99.9%エタノール (Wako Pure Chemical Industries Ltd., Osaka, Japan) 100mL に 10 mg
の Sudan black B (Wako Pure Chemical Industries Ltd., Osaka, Japan) を溶解させ、濾
過滅菌したもの} で染色した孔径 0.2 μm のヌクレポアフィルターに顕微鏡観察試料を適当量
濾過し、濾過滅菌した PBS (Dulbecco's PBS-, Nissui Pharmaceutical Co. Ltd. Tokyo Japan)
で 2 回菌体を洗浄した。試料の汚れが多い場合は、洗浄の回数や洗浄時間を増やした。その
後、核酸染色剤を加え、菌体を染色した (核酸染色剤の濃度など詳細は下記に記載) 。PBS
で軽く菌体を洗浄した後濾過し、フィルターを乾かした。フィルターをスライドガラスにの
せ、無蛍光のイマージョンオイル (OLYMPUS Co. Ltd., Tokyo, Japan) を垂らし、カバーガ
ラスを被せた。作製した細胞をトラップしたフィルターは、落射型蛍光顕微鏡(BX50,OLYMPUS
Co. Ltd., Tokyo, Japan) を用いて、観察、計数した。検鏡は 1000 倍で行い、20 視野計数
した。計数結果から乾燥土壌 1g あたりの全細胞数を求めた。細胞数(N)は以下の計算式で表
される。
N(cells/g dry soil) = n×A/a×1/V
N:100 グリッドあたりの平均細胞数 (cells)
A:ろ過面積 (μm2)
a:100 グリッド (μm2)
V:濾過した懸濁液に含まれる乾燥土壌の量 (g)
なお、ここでの標準偏差 (standerd deviation, S.D.) は計数誤差を表す。
2-2-4
TDC 法に用いる核酸染色剤の比較
TDC 法に用いる核酸染色剤には様々な種類があり、観察する試料と観察の目的によって、
使用する染色剤を選択する必要がある。特に土壌試料の顕微鏡観察を行う際には、鉱物粒子
の自家蛍光と核酸染色剤の蛍光が同じか異なるか、核酸染色剤が有機物に付着するか否かが、
観察や計数の結果に大きく影響する。このため本研究では以下の 3 種類の核酸染色剤により
染色した同一試料の視野で鉱物粒子と細胞の判別のしやすさを比較し、TDC 法に使用する核
酸染色剤を決定した。
(1)DAPI (4,6-diamidino-2-phenylindole) の染色特性
DAPI (Porter and Feig, 1980) は細胞中の DNA の A-T 結合に特異的に結合する蛍光色素で
研究報告 7-9
染色特異性が高く、細胞の形は区別できない。また励起光がエネルギーの大きなUV(波長
330∼385nm)であるため、蛍光の消光が早い。DAPI はあらかじめ 0.1 μg/mL に調製した溶液
を終濃度 0.01 μg/mL になるよう使用した。
(2)Acridine Orange (AO) の染色特性
AO (Hobbie et al., 1977) は細胞中の RNA および DNA のリン酸に結合する蛍光色素で,細
胞全体に散在している RNA を染色するため細胞の形が明瞭に区別できる。しかし、サンプル
中の有機物や鉱物にも吸着するため、有機物や鉱物に富んだサンプルの観察には適さない。
また、遺伝子プローブの蛍光マーカーとする物質と蛍光波長域が重なることから、FISH 法の
カウンター染色には適さない。
AO はあらかじめ 0.1 μg/mL に調製した溶液を終濃度 0.01 μg/mL
になるよう使用した。観察には B 励起 (励起波長 450∼480 nm) を用いた。
(3)SYBR Green I の染色特性
SYBR Green I(Marie et al., 1997) は 2 本鎖 DNA に結合して蛍光を発する蛍光色素で染色
特異性が低いため、大まかな細胞の形の判別が可能である。また、励起光(波長 450∼480nm)
を当てた際の蛍光(黄緑色)と鉱物粒子の自家蛍光(橙色)が異なるため、鉱物粒子と細胞の区
別ができる。SYBR Green I はあらかじめ 5.5 μL/mL に調製した溶液を終濃度 0.55 μL/mL に
なるよう使用した.
2-2-5
顕微鏡下での群集構造解析(FISH:Fluoresence in Situ hybridization 法)
Christensen et al.(1999)を参考にし、土壌サンプルで FISH 法を行うための手法の検討を
行った。検討には 2006 年 8 月 12 日に採取した G31-A 土壌を使用した。滅菌した 100 mL パイ
レックスビンに土壌 5 g(湿土)を加え、4%パラホルムアルデヒド 20 mL で懸濁し、4℃で一
晩静置し固定。土壌懸濁液の入ったパイレックスビンに純水 28 mL と 1M Tris-HCl(pH 7.5)
2 mL(ともに 121℃で 20 分オートクレーブ後、濾過滅菌して使用)、50mL の 96%エタノール
を添加し、よく攪拌した後-20℃で冷凍保存した。土壌 0.5 mg(乾重量)相当の固定サンプル
をよく懸濁した後に 1.5 mL エッペンチューブに移した。10,000×g で 5 分間遠心(室温)を行
った後上澄みを除き,ペレットを 80%エタノールに再懸濁した。その後、再度 10,000×g で
5 分間遠心(室温).遠心後上澄みを除き、ペレットを 99.9%エタノール 1mL に再懸濁し、
10,000×g で 5 分間遠心(室温)。遠心後上澄みを除き、ペレットをドライアップさせた。乾
燥したペレットをハイブリダイゼーションバッファー(0.9 M NaCl,20 mM Tris[pH 7.0],0.1%
SDS) 200 μL に再懸濁し、さらに 10,000×g で 5 分間遠心した。遠心後上澄みを除き、ペレ
研究報告 7-10
ットを 15%ホルムアミド入りハイブリダイゼーションバッファー 20 μL に懸濁し、37℃で
30 分プレインキュベート、その後ローダミンラベルのプローブ(EUB338)を 12 ng/μL(終濃
度)になるよう加え 37℃暗所で 18 時間、インキュベートを行った。インキュベート終了後、
懸濁液を 15%ホルムアミド入りハイブリダイゼーションバッファー 10 mL に添加し、37℃で
10 分インキュベート(洗浄)。インキュベート終了後に、TDC 法で使用したものと同様のあら
かじめ Sudan Black 溶液で染色した孔径 0.2 μm のヌクレポアフィルターに懸濁液を濾過した。
その後、濾過滅菌水(室温)を吸引ろ過することでフィルターを洗浄し、1 週間以内に観察す
る場合は、4℃で保管、それ以上長く保管する場合は、-20℃で保管した。以上を Christensen
et al.(1999)に基づく基本プロトコルとし、実験を重ねる上で改良をした。
2-2-6
二重染色
スライドガラス上にフィルターをのせ、DAPI(0.1 μg/mL) 2 μL をフィルター上に直接滴下
し、DAPI が乾くまで暗所で染色した。染色が終了したフィルターに無蛍光のイマージョンオ
イル (OLYMPUS Co. Ltd., Tokyo, Japan) を垂らし、カバーガラスを被せた。落射型蛍光顕
微鏡(BX50,OLYMPUS Co.Ltd.,Tokyo,Japan)を用いて倍率 1000 倍で観察し、デジタルカメラ
(DP70,OLYMPUS Co. Ltd.,Tokyo,Japan)で画像を取り込み,解析を行った。
2-3 希土類元素パターンを用いたバクテリア細胞表面と金属イオンの相互作用の検討
2-3-1
本研究で用いたバクテリア
本研究では、細胞壁の構造の異なるグラム陽性菌とグラム陰性菌について、グラム陽性菌
としては Bacillus subtilis を、グラム陰性菌としては Escherichia coli, Alcaligenes
faecalis, Shewanella putrefaciens, Pseudomonas fluorescens の 4 種を用いた。各バクテ
リアは、Soy broth (Sigma-Aldrich) と Yeast extract (Sigma-Aldrich) で培養した。まず、
Pre-culture として、フラスコに 100 ml 超純水を入れ、Soy broth (30 g/L)と Yeast
extract(5.0 g/L)を加え、オートクレーブ(120℃、20 分)で滅菌したものを用いた。この
Pre-culture に保存用の寒天培地からバクテリアを入れ、37℃で 24 時間培養した。次に、
Pre-culture と同様にして作成・滅菌した1L 液体培地に、24 時間培養した Pre-culture か
ら 6 ml の培養液を入れ、バクテリアが急増するまで 37℃で 7 時間成長させた(対数増殖期
末期)。その後、バクテリアを 3,000 rpm で 10 分間遠心分離して液体培地と分離させ、0.01 M
研究報告 7-11
NaCl で 5 回洗浄した。そして、培養したバクテリアは実験に使うまで 0.01 M NaCl 中に懸濁
させ保存し、24 時間以内に実験に用いた。バクテリアの乾燥重量は、懸濁液(2 ml)を 50℃の
オーブンで乾燥させることで決定し、バクテリア濃度(g/L)を求めるのに用いた。
2-3-2
バクテリアへの吸着実験
バクテリアへの吸着実験は、さまざまな濃度のバクテリアの懸濁液に 10 ppm の REE 混合溶
液(Pm を除く)を加え、[REE]/[結合サイト]比を変化させ、pH 4.0 及び pH 6.0 で行った。
まず、培養したバクテリアの懸濁液に、MQ 水とイオン強度を 0.01 M に合わせるため NaCl を
加えて、バクテリアの濃度の異なる懸濁液を作った。そして各 REE の初期濃度が 100 ppb に
なるように 10 ppm の REE 混合溶液を加え、極少量の HCl 溶液や NaOH 溶液を用いて pH 4.0
及び pH 6.0 に調製した。各サンプルは時間変化実験を除き 1 時間振とうさせた。その後、PTFE
フィルター(0.45μm; AD VANTEC)でろ過し、バクテリアと水相を分離した。各ろ液に最終的に
2%になるように HNO3 を加え、内標準元素(In, Bi)も加えて、ICP-MS で REE を測定した。特に
ことわらない限り、本研究項目で述べる吸着の分配係数 Kd は、以下のようにして求めた。
Kd = ([REE]t − [REE]aq)/( [REE]t c)
式(1)
ここで、[REE]t は添加した各 REE の総濃度、[REE]aq は液相中に残存した各 REE の濃度、c は
固液比(mL/g)である。なおバクテリアの重さは上記の乾燥重量を用いた。
[REE]/[バクテリア]比が変動した場合に、吸着様式が変化する可能性があるので、分かる
ものについては [REE]/[結合サイト]比(当量比)を求めている。 [REE]/[結合サイト]比を
計算するためには、それぞれのサイト濃度が必要となる。そこで B. subtilis 及び P.
fluorescens については、pH 滴定法によりプロトン交換容量を求め、これが吸着サイト濃度
に等しいとした。得られた結果は、B. subtilis は 0.94 meq/g、P. fluorescens は 0.82 meq/g
である(表1)
。ただし、P. fluorescens 以外のグラム陰性菌 3 種については pH 滴定を行っ
ていないため、グラム陰性菌である P. fluorescens のサイト濃度と同じであると仮定して計
算した。
吸着の時間変化を調べるため、[REE]/[結合サイト]比一定の溶液を多数作成し、吸着させ
始めて 0 分後から 60 分あるいは 120 分後まで 10 分おきにサンプルをろ過し、上記の方法で
希土類元素の分配を測定した。また吸着の pH 依存性を調べるため pH を 2∼8 に変化させたサ
研究報告 7-12
ンプルも測定した。
また、吸着反応の可逆性を調べるため、pH 4.0 および 3.0 で 1 時間振とうさせたものを後
に pH 2.0 にしてさらに 1 時間振とうさせたものと、最初から pH 2.0 にして 1 時間振とうさ
せたものとの比較も行った。
2-3-3
バクテリア模擬物質への収着実験
バクテリアへの希土類元素の分配パターンと比較する目的で、類似の結合サイトを持つ人
工高分子化合物への希土類元素の分配パターンも調べた。バクテリア細胞壁表面のモデル物
質として用いた物質とそのサイト濃度を表 1 に記した。ただし、Ln 樹脂(Ln resin)につい
てはサイト濃度が求められていない。また、キレート樹脂であるダイヤイオン CR11 のイミ
ノジ酢酸基及び Ln 樹脂の構造等を図 3-1 に示した。なお、バクテリア表面の模擬物質を実
験に用いるにあたり、以下の2点に注意した。(i) 各物質は使用する前に MQ 水でよく洗う。
(ii) セルロースフォスフェート(Cellulose Phosphate)に関しては、MQ 水に懸濁させると
リン酸イオンが溶け出してしまうので、何回も洗浄を繰り返し行い、リン酸イオンが溶け出
していないかを確認する。
主な実験手順は、バクテリアを用いた時と同様で、バクテリア細胞壁表面の模擬物質への
REE 吸着実験は、バクテリア同様、[REE]/[結合サイト]比を変化させ、pH 4.0 で行った。各
サンプルの振とう時間は 1 時間とした。その後、PTFE フィルター(0.45μm; ADVANTEC)でろ
過し、模擬物質と水相を分離した。各ろ液に最終的に 2%になるように HNO3 を加え、内標準元
素(In, Bi)も加えて、ICP-MS で REE を測定した。
研究報告 7-13
3.成 果
3-1
ウラン含有培地での微生物の培養と SEM 観察
3-1-1
238
B. subtilis へのウランの影響実験
U あるいは
233
U を含有した溶液に B. subtilis を曝露した結果、238U については 0.2 mM
以下の場合にはほとんど影響はなかった。U濃度が 0.2 mM から 0.4 mM では増殖速度が減少
し、0.4 mM 以上では B. subtlis はほとんど増殖しないことが分かった。一方、233U を含む溶
液に B. subtili を曝露した場合には、放射能濃度が 50,000 Bq/L までは B. subtili の増殖
には影響しなかった。
0.2 mM の 238U を含む溶液に曝露した B. subtilis の TEM 像を図 1-1 に示す。図 1-1 に示す
ように微生物細胞表面では顕著な高密度物質は観察されない。このことから、Uは細胞表面
に吸着したものと考えられる。一方、2 mM の 238U を含む溶液に曝露した B. subtilis の TEM
像(図 1-2)から、微生物細胞周辺に高密度の沈殿物(U)が存在することが分かる。これら
の結果から、U の B. subtilis への影響は、U濃度に依存し、Uが細胞表面に沈殿するよう
な高濃度条件では B. subtilis の増殖に影響することが明らかになった。Santamaria et
al.(2003)は、Th に曝露した Bradyrhizobium の細胞表面に Th が沈着したためと報告してい
る。彼らの結果は我々の結果を指示している。さらに、放射線(アルファ線)の影響は 50,000
Bq/L 以下では B. subtilis の増殖には影響しないことが明らかになった。
3-1-2
酵母へのウランの影響実験
全ての種類の酵母は 0.1 mM のUを含む寒天培地中で増殖した。H. fabianii J640 と H.
anomala J224 は 1.0 mM のUを含む寒天培地中で増殖した(図 1-3)。一方、S. cerevisiae
X-2180-1B などの他の種類の酵母は同寒天培地中では増殖しなかった。これらの結果から、
H. fabianii J640 と H. anomala J224 は実験に使用した酵母の中ではUに対して耐性が高い。
図 1-4 および図 1-5 は、H. fabianii J640 及び S. cerevisiae X-2180-1B の 0.1 mM 及び 1
mM のUを含む液体培培地中での成長曲線である。図 1-4 に示すように寒天培地の場合は S.
cerevisiae X-2180-1B が増殖した 0.1 mM のUを含む場合でも、液体培地の場合には酵母成
長を阻害する。この結果は、液体培地は寒天培地よりも酵母の増殖への影響が大きい事を示
している。また、寒天培地の場合と同様に H. fabianii J640 は S. cerevisiae X-2180-1B
よりもUへの耐性が大きいことが分かる。H. fabianii J640 を 0.1 mM のUを含む液体培地
研究報告 7-14
で増殖させた場合の、OD600 はUを含まないコントロールよりも小さかった。OD600 はU含有液
体培地へ菌を添加した後、5 時間から 48 時間に定常値になった。コントロール試料では、OD600
は 164 時間後まで増加した。Suzuki and Banfield (1999)は、Uの放射線の影響は少なく、
Uの化学的な影響が大きい、と報告している。1 mM の
238
U の放射濃度は 300 Bq/L 程度であ
ることから、今回得られた結果も、酵母へのUの影響は放射線ではなく、化学的な影響であ
ると考えられる。
1 mM のUを含む液体培地中では、H. fabianii J640 および S. cerevisiae X-2180-1B は増
殖しない。一方、H. fabianii J640 は 21 時間Uを含まない培地で予備培養した後にUを液
体培地に 1 mM になるように添加した場合には、図5に示す成長曲線のように、OD600 がおおよ
そ5まで増加した。H. fabianii J640 は 21 時間以内に OD600 が 2 まで増加し、その後も48
時間までに OD600 が5になるまで増加し、その後定常になる。この結果から、H. fabianii J640
を予備培養することによりUの影響を低減させることが示唆される。予備培養した場合には
1 mM のUを添加した場合でも OD600 が5になるまで増殖するが、この値は 0.1 mM のUを添加
した場合の OD600 の定常値と同じである。この結果は、Uの影響が表れる濃度以上にUを含有
する培地で成長できる微生物数はUの濃度に依存しない可能性がある。しかしながら、この
原因は分かっておらず、今後の解明が待たれる。
液体培地中の放射能濃度の測定結果(図 1-5 の下図)から、予備培養を行わず 1 mM のU含
有液体培地に H. fabianii J640 を曝露した場合、放射能強度は、250 cpm となった。この値
は、Uの初期濃度の 5/7 である。したがって、初期濃度の 2/7 のUは H. fabianii J640 に吸
着したものと考えられる。この結果から、Uが細胞表面に吸着することにより増殖が阻害さ
れると考えられる。
一方、H. fabianii J640 を予備培養した場合の 1 mM のUを含有した培地中のUの放射能
強度(図 1-5 の下図)から、H. fabianii J640 を曝露開始した直後には 350 cpm であった。
曝露時間が 72 時間まで放射能強度は 350 cpm であった。この間、OD600 が増加し最大になって
いる。その後、曝露時間の増加に伴い放射濃強度は減少する。
1 mM のUを含む液体培地で 164 時間培養した H. fabianii J64 の TEM 像を図 1-6 に示す。
酵母の TEM 像は、細胞を染色することなく高密度の物質の存在を示唆している。図 1-1 およ
び図 1-2 に示す B. subtilis の TEM 像と比較すると、図 1-6 では図 1-2 に示すような沈殿物
は観察されない、一方、図 1-1 に示す細胞像よりも細胞表面に高密度の物質の存在を示唆し
ている。この結果は、酵母の場合に添加した U の濃度は B. subtilis に添加したU濃度より
研究報告 7-15
も高いことに起因していると考えられる。Santamaria et al.(2003)が指摘したような Th の
沈着による増殖阻害以外の要因として、細胞表面への吸着があると考えられる。
Volesky et al. (1995)が示したように、酵母は休眠状態で数時間以内の曝露でUを吸着す
ることを示している。一方、Ohnuki et al. (2005)は、P を濃集する酵母の場合には休眠状
態でU溶液に数日の曝露で細胞表面にウラニルリン酸塩鉱物が生成する事を報告している。
これの結果及び我々の結果は、Uの細胞表面への濃集が、細胞増殖の阻害の原因になること
を示している。
しかし、H. fabianii J640 を予備培養した場合には、曝露後 72 時間は培養液中の濃度減
少、すなわち細胞表面への吸着は起こらなかった。予備培養することにより、微生物の活性
は高い状態にあると考えられる。微生物の活性が高い場合には、休眠状態及び予備培養を行
わない場合と異なる耐性機構が存在していることを示唆している。
Francis et al. (2000)は、微生物の活動により生成する炭酸イオンがU-リン酸塩沈殿物
を溶解することを報告している。予備培養を行った後には培養液中の炭酸塩濃度は高いと考
えられる。実際の炭酸イオン濃度は測定していないものの、U-炭酸錯体の生成が酵母への吸
着をマスキングしたことが、一つの要因であると考えられる。
72 時間以後の段階、すなわち OD600 が定常に達した後では、増殖が盛んな培養初期に比べて
酵母の活性が低いと考えられる。このことは、酵母の活性により生成する炭酸イオン濃度の
減少を示唆している。炭酸イオンの減少により U-炭酸錯体濃度が減少し、Uが酵母に吸着す
るために増殖に影響を及ぼしたと考えられる。したがって、微生物へのUの影響にはU濃度
ではなくUの化学形を考慮する必要がある。
3-2
3-2-1
FISH 法を用いた土壌細菌の検出方法の開発と放射性汚染土壌への適応方法の確立
環境データ
環境データを表 2 に示す。pH は 3.78∼5.78 の値をとり、どの地点も一般的な森林土壌と
同様の弱酸性であった。
G31-A では、
pH 3.84∼4.02 と他のサンプルよりも強い酸性を示した。
G31-A は、TC、TN も他のサンプルの約 20 倍の値を示し、EC も 4 倍以上の値を示した。また、
含水比も G31-A は 28.4%から 137%までサンプリング時期によって大きく変動し、おおよそ
安定した値を示した他の地点と異なっていた。
G31-B と風化堆積物と風化岩石は、含水比と TC・TN を除きおおよそ類似した値を示した。
研究報告 7-16
特に、G31-B と風化堆積物は類似していた。風化岩石は TC、TN が他の地点に比べ少なく、TN
は検出限界以下であった。また,C/N は G31-B と風化堆積物より G31-A の方が大きな値を示
した。
3-2-2
TDC 法
2006 年 5 月 12 日に採取した G31-A、G31-B のサンプルを使用して検討を行った。結果を図
2-2 と 2-3 に示す。G31-A、G31-B どちらも遠心洗浄のみでは視野に鉱物粒子が多く存在し、
細胞の計数が困難であった(図 2-2)。このため、池田ほか(2005)の遠心洗浄の後に 12 時間の
静置を加えて行った(図 2-2)。静置後の顕微鏡観察試料は顕微鏡観察の視野が明瞭で,細胞
の計数が可能な状態であった.また,遠心洗浄の回数は 5 回以上になると全菌数の増加が見
られなくなった(図 2-3)。このことは、遠心洗浄を 5 回行えば土壌団粒の内部にいる細胞や
土壌粒子に付着していた細胞をほぼ回収できたことを示している。以上のことから、遠心洗
浄を 5 回行い 12 時間静置したサンプルを顕微鏡観察試料として使用した。
さらに、2006 年 5 月 12 日に採取した G31-A、G31-B のサンプルを使用して核酸染色液の検
討を行った.結果を図 2-4 に示す。DAPI 染色は DNA に特異的な染色のため,細胞の形が分か
らず、鉱物の自家蛍光と DAPI の蛍光の色が類似していた。このため、細胞と鉱物粒子の判別
が困難であった。AO 染色では、細胞の形が明瞭になり、桿菌の存在が明らかになった。しか
し、小型の球菌は鉱物粒子やその他の有機物などの粒子との見分けが困難であった。SYBR
Green I では、鉱物粒子の自家蛍光と SYBR Green I の蛍光の色が明瞭に異なるため細胞と鉱
物粒子の判別を行うことができた(図 2-4)。また,大型の細胞については大まかな形態を判
断することができた。これらのことから、細胞と鉱物粒子を明瞭に区別する事ができ、バイ
オマスが正確に測定できるため SYBR Green I を核酸染色剤として使用した。
一方、2005 年 10 月 25 日に採取した G31-A のサンプルを使用してサンプルに最適な SYBR
Green Ⅰの染色時間の検討を行った。結果を図 2-5 に示す。計数誤差は大きくなったが、染
色時間が 4 分と 6 分以上では、計数誤差をふくめても全菌数が異なっていた。また、染色時
間が 8 分を超えると、それ以降は全菌数の増加が見られなくなった。このことから、8 分間
染色を行えば殆ど全ての細胞が染色されることが示唆された。このため、TDC 法を行う際の
染色時間は8分とした。
上記の条件のもとで行った TDC 法による全菌数の計数結果は風化岩石から風化堆積物と
G31-B、G31-A へと全菌数が増加してゆく傾向が見られた(風化岩石:3.21±0.23×107 cells/g
研究報告 7-17
dry soil、風化堆積物:1.77±0.15×108cells/g dry soil、G31-B:1.75±0.16×108cells/g
dry soil G31-A:4.47±1.25×108cells/g dry soil)。風化堆積物と G31-B は、ほぼ同じ全
菌数の値を示した。また、G31-A は風化岩石の約 14 倍の全菌数の値を示した。
3-2-3
FISH 法
上記の基本プロトコルに基づき、DAPI とローダミンそれぞれ U-MWU(BP330-385, BA420,
DM400)と U-MWIG(BP520-550, BA580IF, DM565)の蛍光キューブ(以降のものも含め,蛍光キュ
ーブはすべて OLYMPUS Co. Ltd., Tokyo, Japan 製造のもの)を使用した顕微鏡観察を行った
(図 2-6)。使用する土壌固定溶液が乾土 0.5mg 相当では視野に占める粒子の数が少なく、計
数に使用できなかった。また、DAPI による二重染色では細胞と土壌粒子の識別が困難でバク
テリアの存在量を過大評価するおそれがあった。このため、使用する土壌固定溶液の量を増
やし、全菌を染色する核酸染色剤を SYBR Green I(5.5 μL/mL)に変更したプロトコルで実験
を行った。また、視野に占める粒子数が少ない原因としてハイブリダイズでの遠心において
除去している上澄みに細胞が流失していることも考えられるため、上澄みに含まれる細胞数
を TDC 法によって確認した。
(1)改良プロトコル-1
基本プロトコルから、
土壌固定溶液の使用量を乾土 0.5mg 相当から乾土 1mg 相当に増やし、
全菌を染色する核酸染色剤を SYBR Green I(5.5μL/mL)に変更したプロトコルで FISH 法を行
った(表3)
。顕微鏡観察は、U-MNIB3 (BP460-495, BA510IF, DM505)と U-MWIG (BP520-550,
BA580IF, DM565)の蛍光キューブを使用した(図 2-7)。SYBR Green I を使用したことで土壌粒
子と細胞の識別は可能になったが、視野に占める細胞の数はまだ少なかった。ハイブリダイ
ズの過程で上澄みに流失していた細胞数は、7.6×106 cells/g dry soil(全菌数の約 3%)
であり、FISH 法の検出率に影響を及ぼすほどではなかった。しかし,SYBR Green I の視野で
観察される細胞と粒子のほとんどがローダミンの視野でも観察されることから、二重染色で
使用した SYBR Green I とローダミンの励起光が 100 nm 以下しか離れていないためローダミ
ンの視野に SYBR Green I が影響を及ぼしている可能性が考えられる。このため、SYBR Green
I とより励起光の波長の離れた蛍光色素でラベルされたプローブを使用する必要がある。ま
た、団粒上の粒子内部の細胞が団粒の蛍光が強く観察できないため、最初の遠心処理を行う
前に超音波処理を追加する必要がある。
研究報告 7-18
(2)改良プロトコル-2
基本プロトコルから土壌固定溶液の使用量を乾土 0.5mg 相当から乾土 5mg 相当に増やし,
全菌を染色する核酸染色剤を SYBR Green I(5.5μL/mL)に変更し,Cy 5 ラベルされた EUB338
のプローブを使用したプロトコルで FISH 法を行った。また、最初の遠心処理を行う前に超音
波処理 1 分とボルテックスミキシング 1 分を 2 セット追加した。また、ハイブリダイズ終了
後のフィルターの洗浄の手順で、濾過滅菌数をろ過器のファンネルに加え 5 分放置し、洗浄
を強化する手順を追加した(洗浄の強化)。顕微鏡観察は、U-MNIB3(BP460-495, BA510IF,
DM505)と U-MWIY(BP545-580, BA610IF, DM600)の蛍光キューブを使用し行なった(図 2-7)。
細胞数が FISH 法を行うのに適当な程度まで増え、粒子数も計数の妨げになるほどではなか
った。また、細胞の分散もよく超音波処理の影響を受けたと思われる細胞も視野の中で観察
さえなかった。しかし、やはり SYBR Green I の視野で観察される細胞と粒子の多くが Cy 5
の視野でも観察され、SYBR Green I の蛍光の影響が疑われた。このため、SYBR Green I のみ
で染色したフィルターを Cy 5 の励起光で観察し影響の確認を行なったところ,細胞の蛍光が
観察された(図 2-8)。
3-2-4
今後の課題
現在使用している蛍光染色剤と蛍光キューブの組み合わせでは、全ての細胞を染色してい
る SYBR Green I の蛍光が一部の細胞のみ選択的に検出するはずのプローブの視野に影響を及
ぼしてしまっている。このため、今後は使用する蛍光キューブを変更する。また、本研究に
おいて生じている FISH 法の問題点がサンプル特性によるものか、使用しているプロトコルも
しくは試薬の特性によるものかを確認するため、アナログとなる菌株を使用した実験を行な
い手法を確立する。
3-3 希土類元素パターンを用いたバクテリア細胞表面と金属イオンの相互作用の検討
3-3-1
B. subtilis への希土類元素の収着配分パターンの特徴
Bacillus subtilis は、金属イオンのバクテリアへの吸着実験では従来最も頻繁に用いら
れているバクテリアであることから(Fortin et al., 1997; Fein et al., 1997; Chatellier
and Fortin, 2003)、
今回は B. subtilis への吸着実験を主に行った。
希土類元素の B. subtilis
への吸着分配パターンの時間変化を図 3-2 に示す。各振とう時間における REE の分配パター
研究報告 7-19
ンの差は比較的小さく、吸着を始めてからほぼ 10 分後には平衡に達したと考えられる。この
ことから、ここで行った実験の時間スケールでは、希土類元素と B. subtilis の相互作用は
細胞表面への吸着が主であると考えられる。
これらのパターンの中で特筆すべきことは、顕著な重希土類上がりの特徴である。このよ
うなパターンは、粘土鉱物や水酸化鉄への分配パターン図 3-3 では見られておらず、バクテ
リアに特異的なものと考えられる。特に重要なことは、バクテリアと希土類元素の濃度比を
変化させた場合に、希土類元素パターンの形状が変化し、バクテリアの濃度が高くなった場
合により重希土類上がりの特徴が顕著になることである(図 3-4)
。このことは、以下に示す
とおり、少なくとも2種類の結合サイトがバクテリア表面に存在することを意味する。
バクテリア表面への希土類元素の吸着を単純な表面錯体モデルで表し、表面の結合サイト
Lへの表面錯体の生成定数を bL とする。もし結合サイトが1種類であるならば、log Kd の希
土類元素パターンは
{log(Kid) }i=1,16 = {log(βiL[RL])}i=1,16
式 (2)
と書くことができる(i は希土類元素の種類を表し、[RL]はフリーな結合サイトLの濃度を表
す)
。この場合、[RL]は全希土類元素について共通と考えられるので、バクテリアの濃度を変
化させても、希土類元素パターンは上下に平行移動するだけで、その形状は変化がないはず
である。しかし、もし結合サイトが L と L’の2種類あれば、
{log(Kid) }i=1,16 = {log(βiL[RL] + βiL'・[RL'])}i=1,16
式(3)
となる。これは[RL]と[RL’]の比が変動すると共に、logKd の希土類元素パターンの形状が変
化することを意味する。従って、希土類元素パターンの形状がバクテリアと希土類元素の濃
度比に対して変化することは、2 つ以上の結合サイトが希土類元素の吸着に寄与することを
示す。
バクテリア表面の結合サイトとしては、これまで主にリン酸基とカルボキシル基が考えら
れている(Beveridge and Doyle, 1989; Fortin et al., 1997; Fein et al., 1997; Ozaki et
al., 2002)。希土類元素-リン酸錯体の錯生成定数は重希土類に向かって単調に増加する(図
3-5)
(Byrne et al., 1996)。一方、カルボン酸の錯生成定数は、Sm、Eu 付近に極大を持ち、
研究報告 7-20
Tm、Yb、Lu でやや増加する傾向を持つ(Martell and Smith, 1997)
。これらのことから、得
られたバクテリアへの希土類元素の分配パターンは、リン酸基とカルボキシル基の2つの結
合サイトを仮定することで合理的に説明できる。またリン酸基とカルボキシル基の錯生成定
数の希土類元素パターンの形状から、特に重希土類はリン酸基を好むことが予想される。更
に、バクテリアの相対濃度が増大するにつれて重希土上がりの傾向が増すことは、この pH
範囲ではリン酸基が吸着サイトとしてより安定であることを示唆する。
3-3-2
バクテリア細胞表面の収着サイトの模擬物質への希土類元素の配分パターン
次に錯生成定数から予想された結合サイトを、人工モデル物質に対する希土類元素の分配
パターンから検証してみる。バクテリア表面の結合サイトと類似した構造を持つモデル化合
物として、カルボキシメチルセルロース、ダイヤイオン CR11、リン酸セルロース、ジエチル
ヘキシルリン酸が表面に担持された Ln 樹脂の4つを用いた。結合サイトとして、カルボキシ
ルメチルセルロースでは、カルボキシル基との単座ないし座数の小さな錯体が考えられる。
ダイヤイオン CR11 は、イミノジ酢酸基を持つキレート樹脂であり、2つのカルボキシル基
が REE と多座配位する。リン酸セルロースでは、リン酸基(正確には phosphoryl 基)との単
座ないし座数の小さな錯体が重要であると考えられ、Ln 樹脂はリン酸基との多座錯体が考え
られる。これら4つのモデル化合物への希土類元素の分配パターンを図 3-6 に示した。この
うち、ダイヤイオン CR11 ではほぼフラットな希土類元素パターンが得られ、バクテリアへ
の分配パターンとは類似しないため、結合サイトとしてイミノジ酢酸基や類似の結合サイト
はそれほど重要でないと推定される。
カルボキシメチルセルロースはカルボキシル基を持つセルロースで、カルボキシル基が多
数存在しているバクテリア表面をよく模擬している。カルボキシメチルセルロースと水の間
の REE の分配パターンは、pH や[REE]/[結合サイト]比によって異なった。pH 4 では、[REE]/[結
合サイト]比が大きくなるにつれ小さくなってはいるが、バクテリア同様 MREE 付近に極大を
持つパターンとなった。しかし、バクテリアで見られる特徴的な HREE での増加はあまり見ら
れなかった。このことは、前項で示したとおり、バクテリア細胞壁上の MREE の結合サイトは、
カルボキシル基の可能性が考えられるが、バクテリアで見られる分配には、カルボキシル基
以外の結合サイトも考慮しなければならないことを意味する。
次にリン酸セルロースは、Phosphoryl 基を持つセルロースである。このリン酸セルロース
への REE の分配パターンは、MREE 付近に極大を持ち、僅かだが HREE にかけて増加傾向も見
研究報告 7-21
られた。しかし、重希土の濃縮はバクテリアに見られるほど顕著ではない。中希土に極大を
持つ特徴は、前項で述べた2つの結合サイトのうちの一方の特徴を表していると考えられる。
Ln 樹脂は、リン酸ジ(2-エチルヘキシル) (HDEHP)基を持つイオン交換樹脂で、REE はこの
HDEHP と多座配位し、強く吸着される。そのため本実験では、ICP-MS で液相を測定するため
ICP-MS の検出限界以下にならないように pH 2.0 付近のあまり吸着が強くない pH を選んで実
験を行った。この Ln 樹脂への REE の分配パターンは、LREE から HREE にかけて分配比が増加
するパターンとなった。これは、バクテリアへの分配パターンにみられる HREE の増加傾向と
よく一致しており、バクテリア細胞壁上の HREE の結合サイトとしては HDEHP のような多座の
リン酸基が考えられる。
以上のことから、錯生成定数の報告値の比較から分かった前項の解釈とはやや異なり、中
希土の極大はリン酸基かカルボキシル基との配位数の小さな表面錯体、重希土の増加は多座
のリン酸基との表面錯体生成に起因する可能性が考えられた。いずれにしても、複数の結合
サイトを考えることで、バクテリアと希土類元素の濃度比に対する分配係数の変化が説明で
きると期待される。
リン酸基やカルボキシル基が主要な結合サイトとなって表面錯体を生成することは、バク
テリアに吸着した Eu(III)の局所構造をレーザー誘起蛍光法や NMR 法で調べた分光学的な知
見とも一致する(Ferris and Beveridge, 1984; Markai et al., 2003)
。本研究でも平成 20
年度以降は、広域 X 線吸収微細構造(EXAFS 法)などの分光学的な手法も用いることにより、
重希土類と中希土類でリン酸基とカルボキシル基の寄与の割合が変化する点などを検証して
いく。いずれにしても、リン酸基とカルボキシル基という異なる官能基がバクテリア細胞表
面に存在し、希土類元素の吸着に関与することで、バクテリアへの希土類元素の分配パター
ンは図 3-4 に見られるような特異な形状示すと考えられる。この分配パターンが水酸化鉄や
粘土鉱物に見られないことは、バクテリア表面にリン酸基が関与するためと解釈することも
できる。希土類元素の挙動に燐酸は大きな影響を与える可能性があり、多くの元素の移行に
影響を与ええるリン酸を天然で保持している相として、バクテリアは非常に重要であるとい
える。
3-3-3
バクテリアへの REE の吸着反応の可逆性について
バクテリアと REE の反応の可逆性を調べるため、脱着実験を行った。特に B. subtilis に
関する結果を図 3-7 に示す。各バクテリアとも、pH 4.0 で 1 時間反応させ pH2.0 に下げさら
研究報告 7-22
に反応させたときの REE の分配パターンは、pH 2.0 で反応させたものとほぼ一致した。この
ことは、バクテリアと REE の反応が可逆反応であることを示しており、それは REE がバクテ
リアの細胞壁表面の結合サイトとの可逆的な錯生成反応が起きていることを示唆している。
ただし、より詳細に見ると、重希土類で pH を下げた場合でも十分に脱着しない成分が見られ
た。今回のここまでの研究から、重希土類は、軽希土類・中希土類とは異なった吸着サイト
に吸着していることが推定されており、重希土類を吸着するサイトは不可逆性の強いサイト
であることが推定される。
3-3-4
多種のバクテリアへの希土類元素の分配パターン
次 に 、 Bacillus subtilis 、 Escherichia coli 、 Alcaligenes faecalis 、 Shewanella
putrefaciens、Pseudomonas fluorescens に対する希土類元素の分配パターンを比較した(図
3-4、図 3-8)。その結果、いずれの分配パターンも中希土類元素(MREE)付近に極大を持ち、
重希土類元素(HREE)で増加する傾向がみられ、各バクテリアとも類似の傾向を示している。
また希土類元素とバクテリアの濃度比を変化させた場合にも、程度の差はあるものの、いず
れのバクテリアでも[REE]/[バクテリア]比が小さい場合に重希土でより高い分配係数を示し
た。以上で見たように、今回調べた5種のバクテリアに対する希土類元素の分配パターンが
同様の特徴を示したことは、細胞壁構造の異なるグラム陰性菌、グラム陽性菌を含め天然に
存在する多くのバクテリアで、同じような結合サイトとの錯生成によりバクテリアへの吸着
が起きている可能性が高いことを示唆している。
本研究で用いている分配係数 Kd は、希土類元素の分配係数をバクテリア濃度で規格化した
ものであり、分配比はバクテリアの量に関係しないはずである。しかし各バクテリアとも pH
4.0 においては、バクテリア濃度が高い([REE]/[結合サイト]比が小さい)方がより Kd 値が
高くなった。これは、式(2)、(3)から分かる通り、2つかそれ以上考えられる結合サイトの
うち、一方がより安定なサイトである場合に、金属イオンはより安定なサイトにまず吸着し
た後で、次に安定なサイトに吸着するためとして説明できる。
次に Escherichia coli の場合を例にして、バクテリアに対する希土類元素の分配パターン
の pH 依存性を示した(図 3-9)。中性に近い pH での各バクテリア濃度での REE パターンは、
MREE 付近での極大と HREE での増加傾向が見られるものの、pH 4.0 のものよりはかなりパタ
ーンがフラットになっている。この原因として、1 つは pH が高くなると水中に炭酸や水酸化
物との REE 錯体などが特に重希土で増えてくるということが挙げられる。図 3-9 には、pH 6.1
研究報告 7-23
のデータについてこの影響を補正した場合の結果も示している。この場合、補正を行うこと
で、図には溶液中のフリーな金属イオンに対する吸着種の比を分配係数としてプロットして
いる。しかしこの補正を行った後でも、重希土での濃縮傾向は、より低い pH の時よりも弱ま
っていた。またここでは詳細には述べないが、バクテリアの懸濁液に REE を加え pH をあげて
いくと pH 6 あたりからバクテリアが少しずつ溶けていくことが分かっている(Takahashi et
al., 2005)
。従って、pH が中性領域での現象は、このようなバクテリアの分解や細胞壁表面
の変化が影響している可能性もあり、今後の検討課題である。
3-3-5
今後の展望
バクテリアへの希土類元素の分配パターンに関する本年度の実験から、この分配パターン
はバクテリア細胞表面の金属イオンの吸着サイトが持つ化学的特徴を反映することが示唆さ
れた。バクテリアの細胞壁を特徴付ける方法として、例えばグラム染色のような手法がしば
しば用いられるが、グラム染色の陽性・陰性は金属イオンに対する結合サイトに応じた変化
をする訳ではない。従って、希土類元素パターンの形状は、バクテリア細胞表面の金属結合
サイトのキャラクタリゼーション法として有効である可能性がある。今後、地下深部である
こと、地温の影響で処分サイトそばでは 40℃以上の環境にあることなど、放射性廃棄物の地
層処分場として考えられる環境に特有なバクテリアに対して希土類元素パターンを調べるこ
とで、その細胞表面の金属結合サイトの特徴づけが可能になると期待される。特に希土類元
素は、放射性廃棄物中の金属イオンの中でも特に重要なアクチノイド元素と同様に、ハード
性の強いイオンであり、希土類元素の結合サイトとアクチノイドの結合サイトは類似してい
る可能性が高い。従って、希土類元素パターンによる結合サイトのキャラクタリゼーション
は、放射性廃棄物の地層処分に対する微生物の影響のリスク評価において有効である可能性
がある。
研究報告 7-24
4.まとめ
本年度の研究課題は、
1)ウランを含む培地で微生物を培養し、微生物の耐性を明らかにするとともに、細胞表面
へのウランの濃縮を SEM 観察などから明らかにする。
2)FISH 法を用いた土壌細菌の検出法を開発するとともに、放射性汚染土壌への適用方法を
確立する。
3)様々なバクテリアへの吸着配分の希土類元素パターンを調べ、アクチノイド(III)の地
層中での挙動に対するバクテリアの影響評価を目指す。
であった。
1)については、238U あるいは 233U を含有した溶液に B. subtilis を曝露した結果、238U に
ついては 0.2 mM 以下の場合にはほとんど影響はなかった。U濃度が 0.2 mM から 0.4 mM
では増殖速度が減少し、0.4 mM 以上では B. subtlis はほとんど増殖しないことが分
かった。一方、233U を含む溶液に B. subtili を曝露した場合には、放射能濃度が 50,000
Bq/L までは B. subtili の増殖には影響しなかったという興味深い知見が得られた。
海外で進行する研究知見との比較検討を進めるとともに、地下圏のアナログとなる細
菌についての放射線耐性機構をおおよそ把握した上で、その環境中での挙動を探る研
究へつなげる必要がある。
2)については、遺伝子プローブを用いて細菌の地下土壌および岩石環境中での挙動を把
握するための基本手法の確立は出来たが、遺伝子プローブの識別段階がまだ解決して
おらず、SYBER Green I との蛍光のかぶりが少ない Cy5 あるいは Cy7 でラベル下遺伝
子プローブ(釣り針)を調製し、自然環境中への適用手法の確立を急ぐ。
3)希土類元素の B. subtilis への吸着分配パターンは、顕著な重希土類上がりの特徴を
示した。このようなパターンは、粘土鉱物や水酸化鉄への分配パターン(図 3-3)で
は見られておらず、バクテリアに特異的なものと考えられる。また、特に重要なこと
は、バクテリアと希土類元素の濃度比を変化させた場合に、希土類元素パターンの形
状が変化し、バクテリアの濃度が高くなった場合により重希土類上がりの特徴が顕著
になる(図 3-4)
。このことは、少なくとも2種類の結合サイトがバクテリア表面に存
在することを意味する。結合サイトとしてはリン酸基とカルボキシル基が想定される。
この二つの結合部位が、地下圏のアナログとなる細菌の生理活性状態や現場密度の変
研究報告 7-25
化の中でとどのような意味を持つか。細菌の増殖、移動、分解、死滅のそれぞれの過
程を想定した挙動のモデル化に組み込むことが出来るのかどうか、課題となった。
次年度以降は、処分現場環境において多数の存在が想定されるアナログ細菌を研究対象
とし、又処分の現場環境温度(35∼40℃)を想定した実験を展開することが喫緊であろう。
研究報告 7-26
5.参考文献
Amann, R. I., W. Ludwig and K. H. Schleifer (1995) Phylogenetic identification and in situ detection
of individual microbial cells without cultivation. American Society for Microbiology 59: 143-169.
Beveridge T. J., R. J. Doyle (1989) Metal Ions and Bacteria, John Wiley & Sons, New York.
Boyanov M. I., S. D. Kelly, K. M. Kemner, B. A. Bunker, J. B. Fein, D. A. Fowle (2003) Geochim.
Cosmochim. Acta. 67: 3299.
Bryne R. H., K. H. Kim (1990) Rare earth scavenging in seawater. Geochim. Cosmochim. Acta 54:
2645.
Byrne R. H., and E. R. Sholkovitz (1996) Handbook on the Physics and Chemistry of Rare Earths, Vol.
23, eddited by K. A. Gschneidner, Jr. and L. Eyring, Elsevier, Amsterdam.
Châtellier X., D. Fortin, (2004) Adsorption of ferrous ions onto Bacillus subtilis cells. Chem. Geol.
212: 209-228.
Christensen, H., M. Hansen, and J. Sorensen (1999) Counting and Size Classification of Active Soil
Bacteria by Fluorescence In Situ Hybridization with an rRNA Oligonucleotide Probe. Appl.
Environ. Microbiol. 65: 1753-1761.
土壌環境分析法編集委員会編 (1997) 土壌環境分析法. 195-197pp, 202-204pp, 株式会社博友
社, 東京.
土壌標準分析・測定法委員会編 (1992) 土壌標準分析・測定法. 8-10pp, 株式会社博友社, 東京.
Fein J. B., C. J. Daughney, N. Yee, T. Davis (1997) Geochim. Cosmochim. Acta 61: 3319.
Ferris F. G., and T. J. Beveridge (1984) FEMS Microbial. Lett. 24: 43.
Fortin D., F. G. Ferris, T. J. Beveridge, (1997) Rev. Mineral. 35: 161.
Francis A. J., C. J. Dodge, J. B. Gillow, and H. W. Papenguth (2000) Environ. Sci. Technol. 34: 2311.
Hobbie, J.E., Daley, R.J. and S. Jasper (1977) Use of Nuclepore Filters for Counting Bacteria by
Fluorescence Microscopy. Appl. Environ. Microbiol. 33: 1225-1228.
池田英彰, 井上興一, 染谷孝, 2005, 土壌試料からの細菌細胞高回収率分画法:分画前後の細
胞群集構造の比較検討. 第 21 回日本微生物生態学会講演要旨集, 141.
Markai S., Y. Andrès, G. Montavon, B. Grambow, and J. Colloid (2003) Interface Sci. 262: 351.
Marie, D., F. Partensky, S. Jacquet and D. Vaulot (1997) Enumeration and Cell Cycle Analysis of
Natural Populations of Marine Picoplankton by Flow Cytometry Using the Nucleic Acid Stain
研究報告 7-27
SYBER Green I. American Society for Microbiology, 63: 186-193.
Martell A. M., and R. M. Smith (1997) Critical stability constants, Plenum Press, New York.
Ohnuki T., T. Ozaki, T. Yoshida, F. Sakamoto, N. Kozai, E. Wakai, A. J. Francis, and H. Iefuji (2005)
Mechanisms of uranium mineralization by the yeast Saccharomyces cerevisiae, Geochim.
Cosmochim. Acta. 69: 5307–5316.
Ozaki T., J. B. Gillow, A. J. Francis, T. Kimura, T. Ohnuki, Z. Yoshida (2002) J. Nucl. Sci. Technol. 3:
950.
Porter, K. G. and Y. S. Feig (1980) The use of DAPI for identifying and counting aquatic microflola.
Limnol. Oceanograph. 25: 943-948.
Takahashi Y., X. Châtellier, K. H. Hattori, K. Kato, D. Fortin (2004) Adsorption of rare earth elements
onto bacterial cell walls and its implication for REE sorption onto natural microbial mats. Chem.
Geol. 219: 53.
Santamaría M., A. R. Diaz-Marreo, J. Hernandez, A. M. Gutierrez-Navarro and J. Corzo (2003)
Environ. Microbiol. 5: 916.
Shannon, C. E. and W. Weaver (1963) The Mathematical Theory of Communication. University of
Illinois Press, Urbana.
Simpson, E. H. (1949) Measurement of diversity. Nature, 163: 688.
Suzuki Y. and J. F. Banfield (1999) Reviews in Mineralogy 38: 393.
Volesky B. and H. A. May-Philips (1995) Appl. Microbiol. Biotechnol. 42: 797.
研究報告 7-28
表 1. バクテリア及びバクテリア類似物質のサイト濃度
サイト濃度(mequive/g)
B. subtilis
P. fluorescens
0.94
0.82
Carboxymethyl Cellulose
ダイヤイオン CR11
Cellulose Phosphate
Ln resin
0.6
0.685
1.08
表 2. 環境データ
Date
2005.10.25
2006.5.16
G31-A
2006.7.17
2006.8.12
2005.10.25
G31-B
2006.5.16
2006.8.12
2006.7.17
風化堆積物
2006.8.12
2006.7.17
風化岩石
2006.8.12
Temp.(℃)
15.4
13.8
n.d.
25.5
15.6
12.8
24.4
n.d.
n.d.
n.d.
n.d.
pH
EC(mS/m)
4.02
n.d.
2.38-2.43
4.00
3.78
1.88
2.67
3.84
4.76
n.d.
4.72 0.882-0.884
0.66
5.30
4.71
0.52
5.27
0.73
5.30
0.53
5.38
0.85
n. d.:not determined,b. d.:below detection limit
TC,TN の単位:g/kg dry sample
研究報告 7-29
含水比(%)
TC
TN
C/N
59.2
87.5
137.5
28.4
14.0
18.9
13.7
13.6
4.7
9.3
4.5
n.d.
137
132
97
n.d.
5.99
3.05
2.05
6.31
0.26
0.16
n.d.
6.38
6.61
4.46
n.d.
0.34
0.22
0.14
0.38
b.d.
b.d.
n.d.
21.4
20.0
21.8
n.d.
17.5
13.9
14.6
16.6
-
表 3.FISH プロトコル改良点
基本プロトコル (Christensen et al., 1999)
改良点
◆脱水・ハイブリダイゼーション
①土壌 0.5mg(乾重量)相当の固定サンプル
を,エッペンチューブに移す.
②10,000×g 5 分遠心(室温).
⇒ ①土壌 5mg(乾重量)相当の固定サンプルを,エッペンチ
ューブに移す.
⇒ ②超音波 1 分+ボルテックス 1 分を 2 セット行った後,
10,000×g 5 分遠心(室温).
③上澄みを除き,ペレットを 80%エタノール
1mL に再懸濁.
⇒ ③上澄みを別の容器に取り,ペレットを 80%エタノール
1mL に再懸濁.
④10,000×g 5 分遠心(室温).
⑤上澄みを除き,ペレットを 100%エタノール
1mL に再懸濁.
⇒ ⑤上澄みを別の容器に取り,ペレットを 100%エタノール
1mL に再懸濁.
⑥10,000×g 5 分遠心(室温).
⑦上澄みを除き,ペレットをドライアップ.
⇒ ⑦上澄みを別の容器に取り,ペレットをドライアップ.
⑧ペレットを HB 200μL に再懸濁.
⑨懸濁液を 10,000×g 5 分遠心.
⑩上澄みを除き,ペレットを 15%HB 20μL に
懸濁.
⇒ ⑩上澄みを別の容器に取り,ペレットを 15%HB 20μL に
懸濁 (③, ⑤, ⑦, ⑩の上澄みは混合して後に TDC).
⑪37℃で 30 分インキュベート.
⑫ローダミンラベルのプローブ(EUB338)を
12ng/μL になるよう加え 37℃で 18 時間,
⇒ ⑫Cy5 ラベルのプローブ(EUB338)を 12ng/μL になるよう
加え 37℃で 18 時間,インキュベート.
インキュベート.
⑬懸濁液を 15%HB 10mL に移し,37℃で 10
分インキュベート.
⑭φ0.2μL のブラックポリカーボネートフィル
ター(直径 25mm)に懸濁液を濾過.
⑮濾過滅菌水(室温)を吸引ろ過することでフ
ィルターを洗浄.
⇒ ⑮濾過滅菌水を吸引ろ過+ファンネル加え 5 分放置す
ることでフィルターを洗浄.
⑯1 週間以内に観察する場合は,4℃で保
管.それ以上長く保管する場合は、-20℃
で保管.
◆二重染色・顕微鏡観察
①スライドガラス上で DAPI を 2μ Lフィルター
に直接滴下し,染色.
⇒ ②スライドガラス上で SYBR GreenⅠを 2μ Lフィルター
に直接滴下し,染色.
③蛍光染色剤が乾いたら,蛍光顕微鏡で観
察する.
研究報告 7-30
B. subtilis
図1-1. 0.2mMのUを含む溶液に曝露したB. subtilisのTEM像.
U
B. subtilis
図1-2. 4mMのUを含む溶液に曝露したB. subtilisのTEM像.
研究報告 7-31
Optical density at 600 nm
no U (control)
10
8
0.1 mM U(VI)
6
4
1 mM U(VI)
2
0
0
50
100
Culture time (hour)
150
図1-3. Uを0.1mM及び1mM含む培養液中でのH. fabianii J640 の成長曲線.
Optical density at 600 nm
No Uはウランを含まない培地中での成長曲線.
2
no U (control)
1
□:0.1 mM U(VI) ▲:1 mM U(VI)
0
0
50
100
Culture time (hour)
150
図1-4. Uを0.1 mM及び1mM含む培養液中でのS. cerevisiae X-2180-1B の成長曲線.
No Uはウランを含まない培地中での成長曲線.
研究報告 7-32
Optical density at 600 nm
no U (control)
10
8
pre-culture
6
4
non-pre-culture
2
Radioactivity (cpm)
0
non-pre-culture
300
200
100
0
図1-5.
pre-culture
0
50
100
Culture time (hours)
150
Uを1mM含む培養液中での予備培養した及び予備培養しないH. fabianii
J640の成長曲線(上図). 溶液中のUの放射能強度(下図).
研究報告 7-33
図1-6. 1 mMのUを含む液体培地に曝露した酵母のTEM像.
研究報告 7-34
A
G31地点
G31
地点
母岩露出地点
B
C
A層
B層
D
E
図2-1. サンプリング地点.A.桐生試験地全体図, B.G31地点, C.G31地点断面図,
D.風化堆積物, E.風化岩石.
研究報告 7-35
A
B
全菌数(cells/g dry soil)
×10 8
図2-2. 静置の有無による顕微鏡視野の違い。2006年5月12日に採取した
G31-A使用. Aは静置なし. Bは12時間静置あり.
7.5
6.5
5.5
4.5
3.5
2.5
1.5
0
2
4
6
洗浄回数
8
G31-A
10
G31-B
図2-3.遠心洗浄回数と全菌数(2006年5月12日採取サンプル). 縦軸は全菌数
(cells/g dry soil),横軸は遠心洗浄の回数(回). エラーバーは標準偏差を
示す.
研究報告 7-36
A
B
C
図2-4.核酸染色剤の違いによる染色性の違い. 2005年10月25日採取G31-A使用.
A, DAPI; B, AO; C, SYBR Green I.
研究報告 7-37
全菌数(cells/g wet soil)
×10 8
6
5.5
5
4.5
4
3.5
2
4
6
8
10
染色時間(min)
12
14
図2-5.染色時間と全菌数. 2006年5月16日採取G31-A使用. 縦軸は
全菌数(cells/g dry soil)、横軸は染色時間(min.). エラーバーは
標準偏差を示す.
A
B
図2-6.基本プロトコルに基づき実施したFISH法。2006年8月12日採取G31-A使用.
使用土壌溶液量 乾土0.5mg相当,二重染色 DAPI・ローダミン.
A, DAPI; B, ローダミン
研究報告 7-38
A
B
C
D
図2-7.改良プロトコルに基づき実施したFISH法.
上段:使用土壌溶液量 乾土1mg相当. 二重染色 SYBR Green I・ローダミン
A, SYBR GreenⅠ; B, ローダミン.
下段:使用土壌溶液量 乾土5mg相当,二重染色 SYBR Green I・Cy 5.
C, SYBR GreenⅠ; D, Cy 5
A
B
図2-8.SYBR Green Iのみで染色したフィルターのB励起,IY励起視野.A,
IB励起視野; B, IY励起視野
研究報告 7-39
ダイヤイオン CR11
イミノジ酢酸基
−CH2-CH−
CH2N
CH2COONa
CH2COONa
Ln 樹脂
不活性な高分子の基質(Amberchrom CG-71ms)のまわりを、
リン酸ジ(2-エチルヘキシル)(HDEHP)を含んだ疎水性支持体
がおおったものが集まったもの。
HDEHP
親水性(REEが吸着しやすい)
C2H5
O
n-C4H9-CHCH2O
P
n-C4H9-CHCH2O
OH
C2H5
疎水性
図3-1.
ダイヤイオンCR11のイミノジ酢酸基とLn樹脂のリン酸
(2-エチルヘキシル)の構造について.
研究報告 7-40
図3-2. B. subtilis-REE吸着反応におけるKd値の時間変化.
研究報告 7-41
図3-3.
モンモリロナイトおよび水酸化鉄への希土類元素の吸着の
分配パターン.
研究報告 7-42
図3-4. Bacillus subtilisへの希土類元素の吸着の分配パターン (pH 4).
左上の数字はバクテリアの結合サイト濃度(=プロトン交換容量)に対する希
土類元素(REE)の濃度およびバクテリアの濃度(カッコ内)を表す.
研究報告 7-43
図3-5.リン酸(A) およびカルボン酸 (B)との錯生成定数βの希土類元素パターン.
研究報告 7-44
図3-6.バクテリアの細胞表面に存在すると考えられる官能基を持つ親水性の
高分子化合物への希土類元素の分配パターン.
研究報告 7-45
図3-7.バクテリアからのREE の脱着実験. pH 3 あるいは4 で吸着させた
試料のpHを2 まで低下させた試料と初期的にpH2 に調製した試料との比較.
下図は相対的な違い(比)を表す.
研究報告 7-46
図3-8.Escherichia coli、Alcaligenes faecalis、Shewanella putrefaciens、
Pseudomonasfluorescen に対する希土類元素の分配パターン. Bacillus subtilis
については図4参照.
研究報告 7-47
図3-9.Eschericia coli に対する希土類元素の分配パターンのpH 依存性
研究報告 7-48
研究報告8
地震波トモグラフィーによる地殻構造
推定技術の高度化
[ 平成19年度∼21年度(予定) ]
東北大学
趙 大鵬
1.背景と目的
Aki and Lee (1976)の先駆的な研究以来,多くの研究者が地震波トモグラフィーの手法
を用いて,地殻と上部マントルの 3 次元地震波速度構造を研究してきた.彼らの研究に
より,地震波トモグラフィーの理論と手法は,過去 20 年の間に大きな進歩を遂げてお
り(例えば,Thurber and Aki, 1987; Iyer, 1989; Zhao, 2001a のレビューを参照されたい)
,
現在,近地地震波データを用いた地震波トモグラフィー法は,地殻・上部マントルの不
均質構造及びそれと地震火山活動との関係を解明する最も有力な手段となっている.し
かしながら,地震波トモグラフィー法にはいくつかの制限がある.
まず,得られるトモグラフィーイメージの空間分解能が用いられる観測点の分布に大
きく依存する点が挙げられる.日本やカリフォルニアなどでさえ,地震の観測点は 20
∼30 km かそれ以上の間隔でしか設置されていない.トモグラフィーの分解能は,地震
の多く発生している地域を除けば,観測点の分布と同程度となる.これは主に,直達の
P 波及び S 波のみを解析に用いる従来のトモグラフィー法に起因する.
空間分解能をより高くする方法として,以下の 2 つが考えられる.1 つは,研究領域
により多くの地震計を設置することである.しかし,観測網の設置や維持には莫大な費
用がかかる.もう 1 つは,インバージョンに直達の P 波や S 波の他に,反射波や変換波
などの後続波のデータを加えることである.反射波や変換波の伝播経路は直達波の経路
と大きく異なるため,それらをインバージョンに加えると波線の分布が著しく向上する.
グローバルトモグラフィーの研究では,pP,PP,PcP といった反射波が用いられた(例
えば,Zhao, 2001b, 2004)
.しかしながら,近地地震の高周波な波形から後続波を見極め
るのは困難であるため,ローカルトモグラフィーでは後続波はほとんど用いられていな
い.Zhao et al. (1992)による東北日本の沈み込み帯におけるトモグラフィーの研究では,
モホ面や沈み込む太平洋スラブの上側境界での変換波が用いられたが,後続波のデータ
数は全データ数のわずか 1%であった.
また,日本列島では,地震は主に,上部地殻や沈み込む太平洋スラブ,フィリピン海
スラブで発生するため,下部地殻や上部マントルでは波線がよく交わらず,地震波速度
構造があまりよく決まらない.それにも関わらず,これまでの研究では,マグマ溜まり
の形成(図 1)や,地殻中の流体の存在や移動,それらの地殻内部大地震への寄与(図
2)など,下部地殻では重要なプロセスが生じていることが報告されている.地殻中の
流体は沈み込むスラブの脱水により生じ,下部地殻や上部マントルに蓄えられることも
分かっている(図 3,4).
それ故に,高分解能で下部地殻の構造を研究することは非常に重要である.近年の研
究では,モホ面での反射波(例えば,PmP, SmS)を用いると,下部地殻の構造が非常
研究報告 8-1
に良くなることが分かった(Zhao et al., 2005)
.本研究で我々は,南カリフォルニアと
東北日本の,地殻の構造を高分解能で決定するために地殻反射波を用いた事例を紹介し
た.これらの結果は,近地地殻トモグラフィーの空間分解能を向上させるためには,地
殻の反射波を用いることが重要であることを示している.
図 1. 雲仙普賢岳(九州)直下の P 波地殻トモグラフィー
赤∼青のカラースケールは,低速度∼高速度異常を表す.速度異常のスケールを下部に示す.
白点は地殻内部地震の震源である(Zhao et al., 2002).
研究報告 8-2
図 2. 1995 年の兵庫県南部地震(M 7.2)の震源域の,(a) P 波速度,(b) S 波速度,(c)ポアソン比
赤色は低速度,高ポアソン比を,青色は高速度,低ポアソン比を示す.星印は本震の震源,十
字は余震の震源である.本震の震源の下の低速度・高ポアソン比の部分は,下部地殻中の流体
に起因する(Zhao et al., 1996a).
研究報告 8-3
図 3. 兵庫県南部地震の震源域∼神鍋山を通る南北断面に沿った地殻,上部マントルの
P 波トモグラフィー
赤∼青のカラースケールは,低速度∼高速度異常を表す.速度異常のスケールを下部に示す.
白点は地殻内及び沈み込むフィリピン海スラブ内(深さ 40∼100 km の青色の部分)の地震の震
源である.神鍋山の直下の低速度域はマグマ溜まりを示している.淡路島∼紀伊水道の下の低
速度域は,沈み込むフィリピン海スラブの脱水により生じた流体を示している(Zhao et al.,
2001c).
図 4. 沈み込むスラブの脱水により生じた流体が地殻まで上昇し,1995 年の兵庫県南部
地震のような地殻内部大地震を引き起こすメカニズムを示す模式図(Zhao et al.,
2001c)
研究報告 8-4
2.地殻反射波の検出と解析方法
モホ面で反射した S 波(SmS)と,地表とモホ面の間で 2 回反射した波(sSmS)は,
地震波形のモデリングの研究(Helmberger et al., 2001)により,GSC と PFO の 2 点の観
測点で記録されたランダース地震の余震の水平成分から検出した(図 5,6).
地殻で反射した SmS,sSmS 波は,震央距離が 90∼150 km の地域でみられる
(Helmberger et al., 2001).本研究で我々は, Helmberger et al. (2001)による反射波を検
出する基準を用い,GSC と PFO で記録されたランダース地震の余震から S,SmS 及び
sSmS の到着時刻を読み取った.
我々は 1992 年 1 月 8 日から 1994 年 12 月 31 日までの間に起こった 500 以上のランダ
ース地震の余震を選び出した(図 5).これらの余震は,南カリフォルニア地震観測網
(SCSN)とカリフォルニア工科大学,アメリカ地質調査所(USGS)により正確に震源
が決められており(詳細は,Hauksson et al., 1993 を参照されたい)
,マグニチュードは
すべて 2.0 以上,震源は 28km より浅いところに位置している.我々はこれらの地震の
GSC と PFO の波形記録 3 成分を南カリフォルニア地震観測センターのウェブページよ
りダウンロードし,波形記録の水平 2 成分からトランスバース成分を得た.
Helmberger et al. (2001)は,GSC と PFO との間で起こった 25 の余震について,GSC
と PFO で観測された多くの SmS や sSmS の例を示し,またこれらの余震について理論
波形を計算した.我々は彼らの研究した 25 の余震をすべて用い,SmS,sSmS を読み取
った. Helmberger et al. (2001)の 25 個の地震以外(地震 A と呼ぶことにする)から到着
時刻を読み取るために,我々はまず,Helmberger et al. (2001)の 25 個の地震(地震 B)
から,地震 A から 3 km 以内に位置し,発震機構解が Helmberger et al. (2001)に示されて
いるものとほぼ等しい地震 B を探した.地震 A と地震 B の地震波形は,同じ観測点で
は,ほとんどの場合よく似ていた.次に,Helmberger et al. (2001)により検出された地震
B の SmS,sSmS を参照しながら,同種の反射波を地震 A の地震波形から読み取った.
我々は読み取りの際に細心の注意を払い,信頼できるもののみを読み取った.その結果
我々は,500 個程あるランダースの地震のうち,180 個の地震から 209 個の S,203 個の
SmS,116 個の sSmS を得ることができた.読み取り誤差は 0.1∼0.2 秒である.波線の
分布は図 7 に示す.
この地域には多くの広帯域観測点があるが,この研究では我々は,Helmberger et al.
(2001)に従って反射 S 波を読み取るために,2 点の観測点のみを用いた. Helmberger et
al. (2001)では,GSC と PFO の 2 観測点でのみ,SmS と sSmS を決定しているためであ
る.また,我々はこの研究で,高密度に配置した観測網を用いて行う従来のトモグラフ
ィーに対し,2 点だけでもトモグラフィーを行うことができるかということも試したか
研究報告 8-5
った.
我々は,トモグラフィーインバージョン法(Zhao et al., 1992)を S,SmS,sSmS 波に
適用し,ランダース地震の余震域(図 5)の地殻 3 次元 S 波速度構造を決定した.深さ
方向のグリッドは,1,5,9,19,29,40 km の 6 層に置いた.水平方向のグリッド間
隔は,25∼35 km である(図 5)
.各グリッドにおける 1 次元初期速度構造からの S 波速
度(Vs)偏差が未知のパラメータである.研究領域内の任意の点は,その周りに必ず 8
つのグリッドがある(図 5b,5c).Vs の速度偏差は,その点の周りの 8 つの点の速度偏
差からの線形内挿で求める.波線や直達波及び反射波の走時は,3 次元波線追跡(Zhao
et al., 1992a)を行って計算した.3 次元波線追跡を行う際には,反射波 (SmS,sSmS) の
反射点におけるモホ面の深さや,地形なども考慮されている.観測方程式は,LSQR ア
ルゴリズム(Paige and Saundes, 1982)を用いて解いている.
研究報告 8-6
図 5. (a)南カリフォルニアの地図,(b)トモグラフィーのインバージョンに用いたグリッドの
水平分布,(c)南北方向の鉛直分布(Zhao et al., 2001c)
2 つの星印がランダース地震の本震(M 7.3)と最大余震(ビッグベア地震,M 6.4)の震央を表
す.白丸はこの研究で用いた 180 個の余震の震央分布である.黒三角印は 2 つの観測点(GSC
と PFO)を示し,この 2 つの観測点を結ぶ直線に沿って図 7,9∼11 の断面をプロットしている.
研究報告 8-7
図 6. ラン ダ ー ス地 震 の余 震 の観 測波 形( 左 ) と計 算 した 理論 波 形( 右) の 比較
(Helmberger et al., 2001)
計算した理論波形データの右側に震央距離を示した.矢印は,S,SmS,sSmS 波の到着を示す.
研究報告 8-8
図 7.
2 つの観測点 GSC と PFO を結ぶ断面(図 5 参照)に沿った(a) S 波,(b) SmS 波,
(c) sSmS 波,(d)すべての波(S,SmS,sSmS)の波線の分布
深さ 30 km 付近にある曲線はモホ面を表す.黒三角印は 2 つの観測点 GSC と PFO を表す.
研究報告 8-9
3.地殻トモグラフィーの解析と結果
図 8 に,3 次元地震波トモグラフィーに用いた 1 次元初期速度構造を示す.1992 年に
ランダースで地震の起こったモハーベ砂漠は,地殻構造が他の南カリフォルニアとは異
なる(Jones and Helmberger, 1998; Helmberger, 2001).南カリフォルニアの平均的な地殻
の厚さは 32 km 程度であるが,モハーベ砂漠の下では 28∼29 km となっている
(Richards-Dinger and Shearer, 1997; Jones and Helmberger, 1998)
(図 8)
.ランダースの余
震域では,モホ面の深さが場所によって若干異なり,Jones and Helmberger (1998)の遠地
レシーバ関数解析によると,北部では 28∼30 km,南部では 27∼29 km となっている(図
7).
S,SmS,sSmS の波線の分布の妥当性やトモグラフィーの空間分解能を調べるために,
我々はまずチェッカーボードテスト(Zhao et al., 1992a)を行った.チェッカーボード
は,3 次元のグリッドに交互に正負の速度異常を与えて作り,このチェッカーボード速
度構造を用いて,人工的な走時データを計算した.人工的な走時データの観測点数,地
震数,波線は,すべて観測した真のデータと同じである.この人工的なデータを用いて,
観測したデータと同じプログラムを用いてインバージョンを行った.トモグラフィーの
分解能は,チェッカーボードのパターンが戻りの良いところほど信頼できると考えられ
る.直達 S 波のみを用いたとき,チェッカーボードのパターンは深さ 10 km 程度までし
か戻らなかった(図 9a).これは直達 S 波の波線が地表から深さ 10 km までの部分しか
通らず交わらないことが原因である(図 7a)
.SmS 波の波線は地殻全体でよく分布して
おり(図 7b),それ故に北部の一部を除いけば,地殻全体でよく回復している.sSmS
に関しては,データ数(116 個)が SmS(203 個)に比べ若干少なく,また波線の分布
も地殻全体で一様ではない(図 7c)ため,SmS に比べるとパターンの戻りは良くない
(図 9c)
.これら 3 種類の波をすべて同時に用いると,波線の分布は最も良くなり(図
7d)
,チェッカーボードのパターンは地殻全体で非常に良く戻ることが分かる(図 9d)
.
我々は正負の波長をグリッド間隔よりも大きくしたチェッカーボードもいくつか作
り,テストを行った.どの結果を見ても,初めに与えた速度異常のパターンや振幅の戻
りは,図 9 と同程度,又は特に研究領域の端の部分でより良かった.
この研究で用いた地震波は,南北方向に伝播しているため(図 5),トモグラフィー
の速度モデルはランダース断層域から離れた東西方向の分解能が良くない.また,得ら
れた 3 次元速度モデルも東西方向の変化はあまりない.そのため,今後の議論(図 10,
11)では我々は 2 つの観測点を結ぶ南北方向の断面(図 5)のみを示したい.図 10a-10d
はそれぞれ,S,SmS,sSmS,すべてのデータを用いた場合に得られたインバージョン
の結果 Vs である.モホ面の深さは,Zhu and Kanamori (2000)によるものをインバージョ
研究報告 8-10
ンに用いている.Vs のイメージは,どの結果もほとんど同じ結果を示している.どの
イメージにもランダースの本震の付近に高速度の領域があり,南部,北部の 2 つの観測
点下には低速度の領域がある.図 10a-10d の間の相違は,用いた波線の数や分布の違い
に起因するものと考えられる(図 7).
同時に,我々はモホ面を 28 km の深さに水平に設定した場合でもインバージョンを行
った(28 km はランダースの地域のモホ面の深さの平均である).得られた結果(図
10e-10h)は,若干の違いはあるけれども,図 10a-10d とよく似た Vs イメージとなってい
る.最終的な走時残差は,モホ面の形状を考慮した場合の方が,平らなモホ面を設定し
た場合に比べて 5∼9%程小さくなっており,このことから,トモグラフィーのモデル
はモホ面の形状を考慮した場合の方がより観測データを説明できることが分かる.モホ
面の形状を考慮した方が波線や走時をより正確に計算できるからである.
図 10d と図 10h はすべてのデータを同じ重みでインバージョンした結果である.我々
はまた,波の種類に異なる重みをつけてインバージョンを行った.速度異常の振幅が若
干異なる(1%未満)部分もあったが,図 10 と同様のパターンが得られた.
この地域のモホ面の形状は,2 本の先行研究,P 波の反射波 PmP 波を用いた
Richards-Dinger and Shearer (1997)と遠地レシーバ関数を使った Zhu and Kanamori (2000)
によって正確に決められている.2 つの研究で,モホ面の形状は非常に調和的であった
ため,我々は Zhu and Kanamori (2000)によるものを用い,インバージョンの過程でさら
に修正を加えた.我々は,横方向の速度変化とモホ面の形状を同時にインバージョンす
るとより結果が良くなり,観測データをよりよく説明できるようになると考えている.
図 11 には,我々の最終的なトモグラフィーの結果(図 10d)を,ランダースの本震,
余震の震源分布と同時に示したものである.ランダースの本震は,高速度域に周りを囲
まれた小さな低速度の領域で発生している.またほとんどの余震,高速度の部分で起こ
っており,一部わずかながら低速度の領域で発生しているものもある.この速度構造と
余震分布の関係は P 波のトモグラフィーの研究(Zhao and Kanamori, 1993; Lees and
Nicholson, 1993)でも見られた結果である.高速度域は断層帯の中でも強くてもろい部
分であり,地震の発生しやすい場所であると考えられている.また一方で,低速度域は,
変形しやすく弱い部分であり,非地震性の滑りを生じさせる部分であると考えられる.
もしこの関係が一般的に成り立つとすると,地震破壊域は,多くの地震について空間的
に固定されているということができる(Zhao and Kanamori, 1993).この研究から現在
我々が言えることは,地震は,断層帯の物質不均質に密接に関係して起こるということ
である.地殻の不均質と地震の発生過程との間の密接な関係は,これまでも多くの研究
者が,巨大地震の震源域におけるトモグラフィーを行って報告している(Michael and
研究報告 8-11
Eberhart-Phillips, 1991; Zhao and Kanamori, 1995; Thurber et al., 1997; Zhao et al., 1996, 2000,
2002, 2004; Mishra and Zhao, 2003; Huang and Zhao, 2004)
.
大抵の場合,トモグラフィーのインバージョンを行うには,多数の観測点からなる観
測網が必要である.しかしながら,この研究で我々の用いた観測点は,たった約 200 km
離れている 2 点(GSC と PFO)のみであり,それにも関わらず我々は,全地殻のトモ
グラフィーを水平方向 25∼35 km の分解能をもって得られた.この分解能は,観測点間
隔の 6-8 分の 1 である.図 7 に示した通り,直達 S 波は上部地殻のみを通っており,下
部地殻はあまり網羅できていない.しかし,反射波(SmS,sSmS)は,直達 S 波より
も地殻内を長く深い経路を通って伝播するため,我々に地殻の情報をより多く与えてく
れる.トモグラフィーの観点から見ると,反射は非常に有用である.我々が近地地震の
地殻反射波を用いて高分解能の地殻のトモグラフィーイメージを得られたことは,モホ
面での反射波が非常に有益であることを意味する.
カリフォルニアや日本には非常に高密度に地震観測網が展開されている.観測点間隔
は 20∼30 km である.現在,これらの地域のトモグラフィーの空間分解能は,観測点間
隔と同程度である(例えば,Zhao et al., 1996b, 2002; Hauksson and Hasse, 1997)もし,十
分な反射波のデータを用いることができれば,トモグラフィーの分可能は数 km まで細
かくすることが可能だろう.このような超高分解能のトモグラフィーイメージが得られ
れば,我々の地殻不均質性の理解はさらに深まり,テクトニクスの活動的な地域でそれ
らが地震・火山活動に与える影響を知ることができるだろう.
大洋や多くの大陸には(例えば,南アフリカや南アメリカ),地震観測点が非常に少
ししかない.全くない場所さえある.そのため,これらの地域ではローカルトモグラフ
ィーを行うことはできない.しかしながら,我々の結果から言えることは,もし地震の
波形データから反射波や変換波のデータを十分に得ることができれば,まばらな観測網
であっても詳細なトモグラフィーを決定できる,ということである.観測点の分布がま
ばらな場合,震源の位置,特に深さは,直達の P 波と S 波のみで正確に決定することは
難しいが,最近の研究により,近地∼地方地震の波形記録から sP 波などの depth phase
といわれる波を検出し,それらを用いることで,地震の震源位置を正確に決定できるこ
とが分かっている.観測網の外部で発生した地震の場合でも,震源の位置を正確に決め
ることができる(Umino et al., 1995; Zhao et al., 2007).震源の位置を正確に決定するこ
とができれば,この研究のような観測点が少ししかない地域でも,多くの地殻反射波を
使って 2 次元又は 3 次元のトモグラフィーイメージを得ることができる.
反射波や変換波といった後続波は,近地地震の高周波の地震動記録から読み取るのは
非常に困難であり,直達 P 波や S 波と比べて大きな読み取り誤差を含んでしまう.しか
研究報告 8-12
し,Helmberger et al. (2001)や Abdelwahed and Zhao (2005)が示すように,このような問題
は,波形モデリングや最新の波形読み取り技術を用いて克服することができる.
図 8. この研究でインバージョンをする際に初期速度構造として用いた,モハーベ地区の
1 次元 S 波速度構造(黒線,Jones and Helmberger, 1998)
点線は南カリフォルニア地区の 1 次元 S 波速度構造(Helmberger et al., 2001)を示す.
研究報告 8-13
図 9. 図 5 の測線に沿ったチェッカーボードテストの結果
折れ線はモホ面を表す.黒丸,白丸はそれぞれ高速度,低速度を表す.速度偏差のスケールは
右下に示す.使用したデータは,(a) S 波,(b) SmS 波,(c) sSmS 波,(d)すべての波(S,SmS,
sSmS)の到着時刻である.それぞれの波線の分布は,図 7 に示してある.
研究報告 8-14
図 10. 図 5 の測線に沿った S 波の速度構造
(a)∼(d)はインバージョンの際,モホ面の形状(Zhu and Kanamori, 2000)を考慮に入れた場合の
結果.(e)∼(h)はモホ面を深さ 28km にある速度不連続面としてインバージョンした場合の結果.
インバージョンに用いたデータは,(a, e) S 波,(b, f) SmS 波,(c, g) sSmS 波,(d, h)すべての波(S,
SmS,sSmS)である.赤∼青のカラースケールは,低速度∼高速度異常を表す.速度異常のス
ケールを右下に示す.星印は 1992 年のランダースの地震の本震(M 7.3)の震源を示す.黒三角
印は 2 つの観測点 GSC と PFO を表す.
研究報告 8-15
図 11. S,SmS,sSmS 波をすべて用いて得られた,S 波速度構造の図 5 の測線に沿った
断面図
モホ面の形状(Zhu and Kanamori, 2000)も考慮されている.赤星印は 1992 年のランダースの地
震の本震(M7.3)の震源を,十字は 1992 年 1 月 28 日から 1994 年 12 月 30 日間に起こった余震
のうち震源が測線から 5 km 以内のものを示す.黒三角印は 2 つの観測点 GSC と PFO を表す.
研究報告 8-16
4.東北日本における地殻反射波の検出
東北日本の下には,日本海溝から,約 30 度の沈み込み角で,毎年 8-9 cm ずつマント
ル中へと沈み込んでいる太平洋プレートがある.この太平洋プレートが沈み込むことに
関係して,東北日本では,島弧全体にわたって地震活動,島弧マグマ活動,火山活動な
どの非常に重要な活動を見ることができる.例外的に,東北日本弧の活火山の下,下部
地殻や上部マントル中では,深部低周波微動も観測されている(Hasegawa and Yamamoto,
1994).それ故,我々は東北地方の地殻構造を研究し,これらの地球のダイナミクスや
地震活動,火山活動の理解を深めなければならない.これまで多くの研究者がトモグラ
フィーの手法を用いて東北地方下の地震波速度構造を研究し(例えば,Zhao et al., 1992a,
2007; Nakajima et al., 2002; Wang and Zhao, 2005)
,徐々にこの地方の地殻構造が明らかに
なってきた.
東北日本の地殻内部地震からは,モホ面で反射した PmP 波がはっきりと認められる
(図 12).我々は 368 個の地震を検討し,Nakajima et al. (2002)の基準に則り,2002 年 7
月から 2006 年 10 月までに起こった 86 個の地殻内部地震の Hi-net の地震動記録から 394
個の PmP 波を読み取った(図 13)
.PmP 波の読み取り精度は 0.10-0.15 秒である.また
我々は,Hi-net で記録された 285 個の地震の P 波初動 3356 個も用いた.また,PmP 波
の波線分布をよりよくするために,off-shore の地震をいくつか,以下の基準に従って選
んだ.1)すべての off-shore 地震が 15 個以上の観測点で記録されている.2)マグニチュ
ードが 2.0 以上であり,かつ震源の深さが 24 km より浅い.こうして選んだ off-shore 地
震は,P,S,PmP 波を用いて震源を再決定し,震央の精度は 2 km,震源の深さの精度
は 5 km となった.震源の再決定には,以前の研究(Zhao et al., 1992b; Nakajima et al.,
2002)により得られたモホ面の形状や速度構造を含む正確な地殻モデルが用いられてい
る.
図 13 には,285 個の地震から 394 個の PmP 波と 3566 個の P 波を記録した 75 個の観
測点を示した.これらは,高感度地震観測網(Hi-net),東北大学及び気象庁(JMA)の
観測点である.図 14a は直達 P 波の波線分布,図 14b は直達 P 波に PmP 波の波線分布
を重ねたものである.PmP データを加えると,下部地殻における波線分布が良くなる
のが一目瞭然である.このように,下部地殻のトモグラフィーイメージは,P 波と PmP
波のデータを同時に用いることで,より改善される.今後我々は,東北日本下の高分解
能 3 次元地殻構造を決定する際には,こういったデータを用いてトモグラフィー解析を
行っていきたい.
研究報告 8-17
図 12. (a)観測点 TU.HMK(c を参照)で観測された浅部地殻地震の波形記録から求めた
3 成分の地震波計の一例
顕著な後続反射波 PmP 波が直達 P 波の後に見られる.(b) P 波,PmP 波の質点運動軌道図(particle
motion).(c)地震と観測点の位置.
研究報告 8-18
図 13. この研究で用いられた 285 個の浅部地殻地震の震源の分布
黒星印は海底地震,十字は内陸の地震である.黒三角印は活火山を,(a)の黒丸印は P 波と PmP
波を記録した 75 個の観測点を示す.(d)の矩形の領域が研究領域である.
研究報告 8-19
図 14. 波線の分布
(a) P 派のみの場合と, (b) P 波に PmP 波を加えた場合.
研究報告 8-20
5.まとめ
我々は,南カリフォルニア地区,1992 年のランダース地震(M7.3)の余震域におい
て,約 200 km 離れた 2 つの観測点(GSC と PFO)を用いて,地殻の詳細な S 波トモグ
ラフィーイメージを決定した.209 個の直達 S 波に加えて,2 つの観測点で観測された
180 個の余震からモホ面で反射した SmS 波 203 個と sSmS 波 116 個を読み取った.直達
S 波は深さ 12 km までの上部地殻のみしか通らないのに対し,反射波は全地殻中を高密
度に,そして均一に分布する.直達 S 波に加えて反射波を用いたことで,水平方向の分
解能が観測点間隔の 6∼8 分の 1 となる 25∼35 km の,非常に詳細なトモグラフィーイ
メージを決定することができた.この研究により,地殻反射波は空間分解能を向上させ
るために非常に有用であることが分かった.
我々の結果は,地震の分布と速度構造が密接な関係にあり,地震の多く発生している
部分がおおむね高速度域に対応することを示している.高速度域は断層帯の強く脆い部
分であり,その結果この部分で本震や余震が発生する.一方低速度域は,恐らくより変
形しやすく弱い部分であり,地震を発生させることはできない.以前の研究でも示され
ているように,この研究の結果からも,断層帯の物質の不均質性が地震の発生と密接に
関係していることが言える.
また我々は,東北日本において,地殻内部地震のモホ面で反射した PmP 波を収集し
た.直達 P 波は主に上部地殻のみしか通らないので,従来の P 波のみを用いる方法では
下部地殻の構造はあまり良く決まらない.PmP 波を加えると下部地殻の波線の分布が
著しく改善され,下部地殻のトモグラフィーのイメージを高分解能で求めることができ
る.今後,P 波と PmP 波の両方を同時にインバージョンに用いて,東北日本弧の詳細
な 3 次元地殻構造を決定していきたい.そうすることで,東北日本の地震活動や火山活
動と,不均質構造の理解が深まると思われる.
研究報告 8-21
6.参考文献
Abdelwahed, M., D. Zhao (2005) Waveform modeling of local earthquakes in Southwest Japan.
Earth Planets Space 57, 1039-1054.
Aki, K., W. Lee (1976) Determination of three-dimensional velocity anomalies under a seismic
array using first P arrival times from local earthquakes, 1. A homogeneous initial model, J.
Geophys. Res. 81, 4381-4399.
Iyer, H. (1989) Seismic tomography, in: D. James (Ed.), The Encyclopedia of Solid Earth
Geophysics, Van Nostrand Reinhold, New York, pp. 1133-1151.
Hasegawa, A., A. Yamamoto (1994) Deep, low frequency microearthquakes in or around
seismic low-velocity zones beneath active volcanoes in northeastern Japan, Tectonophysics
233, 233-252.
Hauksson, E., J. Haase (1997) Three-dimensional Vp and Vp/Vs velocity models of the Los
Angeles basin and central Transverse Ranges, California, J. Geophys. Res. 102,
5423-5453.
Hauksson, E., L. Jones, K. Hutton, D. Eberhart-Phillips (1993) The 1992 Landers earthquake
sequence: seismological observations, J. Geophys. Res. 98, 19835-19858.
Helmberger, D., X.J. Song, L. Zhu (2001) Crustal complexity from regional waveform
tomography: Aftershocks of the 1992 Landers earthquake, J. Geophys. Res. 106, 609-620.
Huang, J., D. Zhao (2004) Crustal heterogeneity and seismotectonics of the region around
Beijing, China, Tectonophysics 385, 159-180.
Jones, L., D. Helmberger (1998) Earthquake source parameters and fault kinematics in the
eastern California shear zone, Bull. Seismol. Soc. Am. 88, 1337-1352.
Lees, J., C. Nicholson (1993) Three-dimensional tomography of the 1992 Southern California
sequence: Constraints on dynamic earthquake rupture?, Geology 21, 385-388.
Michael, A., D. Eberhart-Phillips (1991) Relations among behavior, subsurface geology, and
three-dimensional velocity models, Science 253, 651-654.
Mishra, O.P., D. Zhao (2003) Crack density, saturation rate and porosity at the 2001 Bhuj, India,
earthquake hypocenter: A fluid-driven earthquake?, Earth Planet. Sci. Lett. 212, 393-405.
Mori, J., D. Helmberger (1996) Large-amplitude Moho reflections (SmS) from Landers
aftershocks, southern California, Bull. Seismol. Soc. Am. 86, 145-1852.
Nakajima, J., T. Matsuzawa, A. Hasegawa (2002) Moho depth variation in the central part of
northeastern Japan estimated from reflected and converted waves, Phys. Earth Planet. Inter.
130, 31-47.
研究報告 8-22
Paige, C., M. Saunders (1982) LSQR: An algorithm for sparse linear equations and sparse least
squares, ACM Trans. Math. Soft. 8, 43-71.
Richards-Dinger, K., P. Shearer (1997) Estimating crustal thickness in southern California by
stacking PmP arrivals, J. Geophys. Res. 102, 15211-15224.
Thurber, C., K. Aki (1987) Three-dimensional seismic imaging, Annu. Rev. Earth Planet. Sci.
15, 115-139.
Thurber, C., S. Roecker, W. Ellsworth, Y. Chen, W. Lutter, R. Sessions (1997)
Two-dimensional seismic image of the San Andreas Fault in the Northern Gabilan Range,
central California: Evidence for fluids in the fault zone, Geophys. Res. Lett. 24,
1591-1594.
Umino, N., A. Hasegawa, T. Matsuzawa (1995) sP depth phase at small epicentral distances and
estimated subducting plate boundary, Geophys. J. Int. 120, 356-366.
Wang, Z., Zhao, D. (2005) Seismic imaging of the entire arc of Tohoku and Hokkaido in Japan
using P-wave, S-wave and sP depth-phase data, Phys. Earth Planet. Inter., 152, 144-162.
Zhao, D. (2001a) New advances of seismic tomography and its applications to subduction zones
and earthquake fault zones, The Island Arc 10, 68-84.
Zhao, D. (2001b) Seismic structure and origin of hotspots and mantle plumes, Earth Planet. Sci.
Lett. 192, 251-265.
Zhao, D. (2001c) Seismological structure of subduction zones and its implications for arc
magmatism and dynamics, Phys. Earth Planet. Inter. 127, 197-214.
Zhao, D. (2004) Global tomographic images of mantle plumes and subducting slabs: insight
into deep Earth dynamics, Phys. Earth Planet. Inter. 146, 3-34.
Zhao, D., H. Kanamori (1993) The 1992 Landers earthquake sequence: Earthquake occurrence
and structural heterogeneities, Geophys. Res. Lett. 20, 1083-1086.
Zhao, D., H. Kanamori (1995) The 1994 Northridge earthquake: 3-D crustal structure in the
rupture zone and its relation to the aftershock locations and mechanisms, Geophys. Res.
Lett. 22, 763-766.
Zhao, D., A. Hasegawa, S. Horiuchi (1992a) Tomographic imaging of P and S wave velocity
structure beneath northeastern Japan, J. Geophys. Res. 97, 19909-19928.
Zhao, D., S. Horiuchi, S., A. Hasegawa (1992b) Seismic velocity structure of the crust beneath
the Japan Islands, Tectonophysics 212, 289-301.
Zhao, D., H. Kanamori, H. Negishi (1996a) Tomography of the source area of the 1995 Kobe
earthquake: Evidence for fluids at the hypocenter?, Science 274, 1891-1894.
研究報告 8-23
Zhao, D., H. Kanamori, E. Humphreys (1996b) Simultaneous inversion of local and teleseismic
data for the crust and mantle structure of southern California, Phys. Earth Planet. Inter. 93,
191-214.
Zhao, D., F. Ochi, A. Hasegawa (2000) Evidence for the location and cause of large crustal
earthquakes in Japan, J. Geophys. Res. 105, 13579-13594.
Zhao, D., O.P. Mishra, R. Sanda (2002) Influence of fluids and magma on earthquakes:
seismological evidence, Phys. Earth Planet. Inter. 132, 249-267.
Zhao, D., H. Tani, O.P. Mishra (2004) Crustal heterogeneity of the 2000 western Tottori
earthquake: effect of fluids from slab dehydration, Phys. Earth Planet. Inter. 145, 161-177.
Zhao, D., S. Todo, J. Lei (2005) Local earthquake reflection tomography of the Landers
aftershock area, Earth Planet. Sci. Lett. 235, 623-631.
Zhao, D., Z. Wang, N. Umino, A. Hasegawa (2007) Tomographic imaging outside a seismic
network: Application to the Northeast Japan arc, Bull. Seismol. Soc. Am. 97, 1121-1132.
Zhu, L., H. Kanamori (2000) Moho depth variation in southern California from teleseismic
receiver functions, J. Geophys. Res. 105, 2969-2980
研究報告 8-24
研究報告9
地下水流路構造の不均質性の評価と
流動モデルの構築
[ 平成19年度∼21年度(予定) ]
東北大学
平野 伸夫
1.背景と目的
放射性廃棄物の地層処分で発生しうる汚染物質の移動に対する天然バリア評価のために
は,岩盤の透水特性,特に岩盤マトリクスよりも透水性が数桁高い,岩盤内岩石き裂の流体流
動特性に注目する必要がある.このき裂内流体流動では,Fig.1 で模式的に示すように,き裂
内部を流体が一様に流れるのではなく,優先流路の選択的な形成(チャネリングフロー)が予
想されていた(Brown, 1979).これが確かならば,岩盤内き裂を移動する流体と岩盤の化学反
応などの相互作用について,それがき裂の規模などに左右されると考える場合,作用に寄与
するき裂面積(実き裂面)は物理的に発生しているき裂面積(物理的き裂面)と同一にはならな
い.この相互作用に関係する実き裂面を Flow-Wetted surface (FWS)と呼び,その詳細な理解
が天然バリアの特性評価のためには重要かつ不可欠である.しかし,物理的き裂面について
は物理探査などの観測によって情報を得られやすいのに対し,FWS については直接的な観
察が難しくこれまで十分に研究が行われていない.これは,いまだき裂の流動特性を考える場
合において,物理的き裂面の広がりなどの情報のみでき裂内部の構造は考慮せず,流体流
動を平行平板で近似することが一般的であることからも想像できる.
?
Fig.1 き裂内部流動の基本的な考え方
研究報告 9-1
岩石き裂
間隙構造の数値モデル
・適当な接触面積
・2次元の局所間隙幅分布
流体流動シミュレーション
透水試験
接触面積を変化
(垂直変位シミュレーション)
き裂面形状実測データ
モデルの透水性
実測した透水性と一致するモデルを探索
間隙構造・流体流動を決定
Fig.2 流動シミュレーション手順
この FWS について,これまでに封圧下の岩石き裂における流体流動を室内透水実験と数
値シミュレーションをカップリングした手法を用いて可視化し(Fig.2),花崗岩き裂の不均質な流
路構造(チャネリングフローの発生)の様子を明らかにし,実験室レベルのスケールで再現す
るに至っている.その結果,既往の研究では推測の域でしかなかったチャネリングフローが,
地殻浅部の垂直応力条件下(100 MPa 以下)にある岩石き裂の不均質間隙構造において普
遍的に生じる現象であることが示唆された.この様子の一例を Fig.3 に示す.
研究報告 9-2
Fig.3 流動シミュレーション結果の一例
Fig.3 中の Lower および Upper surface は花崗岩ブロックにくさびを入れて作成した実き裂
の上下面の表面形状測定データであり,この表面形状測定データを用いて実際のき裂間隙
分布を算出した結果が Aperture distribution である.また,このき裂間隙分布を用いてシミュレ
ーションを行った結果が Fluid Flow である.まず,間隙分布については実際の 2 つの実き裂表
面からそのまま算出するため,その分布はほぼ一様の値を持つと予想されるが,実際には間
研究報告 9-3
隙が大きい部分と小さい部分がクラスター状に出現する.また,流動シミュレーション結果もそ
のクラスター状態に従うような結果,すなわちチャネリングフローを示す.これはき裂間隙分布,
ひいてはき裂内の流体流動状態がき裂片側表面のみの情報からは単純に推定できないこと
を示している.これまで,き裂内流動特性を考える場合には主にき裂表面形状が着目されてき
たが,より正確な流体流動評価のためにはき裂間隙幅の 3 次元的な分布を含むき裂間隙構造
が重要になると考えられる.しかし,実際の天然のき裂からこのような情報を得るのは困難であ
るため,天然き裂に適用するためには,これらの情報について岩種による違いや寸法効果な
どを実験室内で系統的に評価し,これをもとにしてフィールドスケールの地下水流動モデル
(FWS モデル)へと推測・アップスケールする必要がある.
この推測やアップスケール手法については,フラクタル次元を使用したものが代表的である
が,さらに空間統計学的手法を用いた評価が有効であると考えられる.よって,各種岩石(花
崗岩,堆積岩,可能であれば瑞浪 URL の原位置岩石)のき裂に関して流路構造の不均質性
の空間統計学的手法を応用した定量的評価方法を,透水試験結果およびコンピュータシミュ
レーションの両方から検討する.さらに異なる寸法のラボスケールサンプル間についても同様
の評価を行い,フィールドスケールへのアップスケール手法を検討する.加えて,岩石き裂の
不均質流路構造を DFN(Discrete Fracture Network)モデリング手法に組み込むことによりフィ
ールドスケール地下水流動モデルを提案し,FWS の理解につなげる.
本研究は,岩盤中のき裂を通じた地下水流動の実態解明に貢献し,地下での物質循環・エ
ネルギーフローの理解と予測に不可欠な学術的基礎を構築し,様々な分野への応用展開を
期待できる.
さらに本研究で取り扱う課題は,放射性廃棄物の地層処分技術における FWS の理解だけ
ではなく,二酸化炭素の地中貯留技術,汚染物質の地層内封じ込め技術や油ガスのき裂型
貯留層の開発技術など,地下利用技術の高度化に向けても重要である.地球上の膨大な空
間を占める地下の効果的な利用とそのための高度な技術の重要性は,昨今のエネルギーや
環境問題の顕在化から世界的にも高まってきており,本研究の実施による大きな技術的,社
会的な波及効果が期待できる.
研究報告 9-4
地下坑道壁面などから
・き裂そのもの空間分布の把握
・き裂面モデルの推測→シミュレーションによる流路構造把握
・ラボスケール試験片の採取→透水試験・シミュレーション
き裂分布
DFN用単一き裂データ
DFNモデルの構築・シミュレーション
領域の大きさ
透水データの比較
周辺領域の透水性データの取得
Fig.4 フィールドスケールモデルへの拡張
研究報告 9-5
2.実施内容
平成 19 年度は以下の内容の実施と検討を行った。
(1) 大面積岩石き裂を用いた室内透水実験装置の作製
20cm×30cm 程度の岩石き裂サンプルを用いることのできる封圧下透水試験装置の製作
を行った.
(2) き裂表面形状測定装置の改良
(1)の仕様に合わせ,現有するき裂形状測定装置の改良を行った.
(3) 透水シミュレーション用モデルに使用するき裂面データの検討
これまでに収集したき裂表面形状について若干の検討を行った.
研究報告 9-6
3.成果
3-1.大面積き裂透水試験装置の改良
これまでに直径 10cm×高さ 15cm の大きさを持つ岩石き裂について平野ら(2005)が開発し
た封圧容器 ”R-CPV” (Rubber-Confining Pressure Vessel) を用いた封圧下透水試験を行っ
てきた.
本装置(R-CPV)の構造を Fig.5 に示す.軸と平行な単一き裂を含む円柱形状サンプルはゴ
ムジャケットを装着した状態で内部シリンダに挿入される.内部シリンダは 3 分割構造となって
おり,実験試料の設置と回収が容易な構造となっている.内部シリンダの上下から中空ピスト
ンが挿入され,このピストンの内径はサンプル直径と,外径は内部シリンダ内径と同一であり,
ゴムジャケットに接する.また,実験試料の上部にはスプリングが設置されている.内部シリン
Load
Pressure gauge
Relief valve
Differential pressure gauge
Pressure gauge
R-CPV
Pump
①
③
④
⑥
⑧
⑩
⑪
⑫
②
⑤
⑦
⑨
Fig.5 透水試験装置
研究報告 9-7
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
⑪
⑫
Water tank
引張破断防止ばね
中空ピストン
試験片
封圧用フッ素ゴム
三つ割シリンダ
支柱
中空ピストン
下部ピストン
下部キャップ
上部キャップ
上部ピストン
外シリンダ
ダは外部シリンダ内に挿入され,外部シリンダの上部及び下部から外部ピストンが挿入される.
また,外部ピストンには流体流路も設けられている.
本装置は,プレス機を用いてゴムジャケットを一軸圧縮し,ゴム内部に生じた圧力をそのまま
封圧としてサンプルに作用させるというものである.装置上部からプレス機により圧縮荷重を加
えると,外部ピストンは上側の中空ピストンを介してゴムジャケットを圧縮するとともにサンプル
上部のスプリングを圧縮する.圧縮されたゴムジャケットには圧縮方向と垂直な方向への伸び
Confining pressure (MPa)
200
150
100
50
0
0
10
20
30
40
50
Compressive load (ton)
Fig.6 発生封圧と荷重の関係
が生じ,隙間を充填し密閉状態となる.そして,圧縮荷重の大部分をゴムジャケットが残りの荷
重をゴム支柱が支持する状態となる.このとき,実験試料にはゴムジャケットを介して封圧,ゴ
ム支柱を介して軸荷重が作用する.また,軸と平行な単一き裂を含むサンプルを用いるため,
封圧と等しい垂直応力がき裂に作用する.さらに,圧縮されたゴムジャケットは内部シリンダや
実験試料に密着して流体用シールとしても機能する.
R-CPV によってサンプルへ任意の封圧を発生するためには,封圧とプレス荷重の関係を知
る必要がある.そこで圧力測定フィルム(富士フィルム㈱製富士プレスケール,モノシートタイ
プ中圧用及び高圧用)を用いて封圧を測定した.この圧力測定フィルムは支持フィルム,顕色
剤層,発色剤層の三層構造になっており,フィルムにかかる圧力により発色剤層のマイクロカ
プセルが圧力により破壊され,その中の発色剤が顕色剤層に吸着し,化学反応により赤く発
色する色濃度から圧力を求めることが可能である.この圧力測定フィルムを三つ割りシリンダの
研究報告 9-8
内壁と封圧用フッ素ゴムとの間に設置した状態で所定のプレス荷重でピストンを下降させ,ゴ
ムがサンプルと三つ割りシリンダの間の空間を完全に充填することを変位計により確認した後,
回収したフィルムの発色濃度からプレス荷重と発生封圧との関係を求めて実験に使用する.
き裂面に垂直応力を作用させながら透水実験を行う他の方法としては,小島ら(1995)が用
いたような,水平なき裂を含む板状もしくは円盤状実験試料に対してプレス機を用いてき裂面
に垂直に荷重を加えながら透水実験を行う方法が挙げられる.しかしながら,この方法では本
研究で使用する 20 cm×30 cm のき裂に対して 10 MPa の封圧を作用させる場合,60 ton も
の荷重が必要であり,高能力プレス機を必要とするため,実験試料に対して装置が大型化す
るという欠点がある.また,Chen et al.(2000)は,軸と平行なき裂を含む円柱形状の実験試料
に流体圧を利用して封圧を作用させる方法を用いている.この方法を用いれば,封圧をき裂
面に作用させることが可能であるが,封圧用高圧流体の密閉および透水性測定用流体との隔
離が容易でない.一方,本装置により発生可能な封圧はサンプルに装着したゴムジャケットの
肉厚(5 mm),実験試料の直径(20 cm)およびプレス機により加える圧縮荷重(最大 50 ton)に
よって決定され,原理的にはこの組み合わせで最大約 150 MPa の封圧をき裂に作用させるこ
とが可能である.
今回製作した装置を Fig.7 に示すが,今回の実験ではより大型の透水試験片を扱うため,そ
れに対応した装置設計を行う必要がある.しかし,既存の構造を単純に大型化した場合,重
量増が著しく実験に支障をきたすことが考えられたため,最大の重量部である加圧ピストンの
構造を単純・簡略化し,重量増を最小限にとどめることとした.その結果,直径 20cm×高さ
30cm の試験片を使用した面積比で従来の 4 倍のき裂に対する透水試験を行うことが可能な
試験装置となった.
Fig.7 透水試験用改良型封圧容器
研究報告 9-9
3-2.き裂表面形状測定装置およびアプリケーションの改良
3-1 で述べた封圧装置の開発により 2 cm×3 cm (6 cm2)∼20 cm×30 cm (600 cm2)の様々な
寸法のき裂サンプルを使用した透水実験によるき裂透水性の把握が可能になる.しかし,封
圧下におけるき裂内の流路構造を把握するためには,透水性の測定とともにき裂面形状の測
定が必要である.これには,渡邉(2004)により開発された高さ分解能 3 μm のレーザ変位セン
サ(KEYENCE LKG-80)を用いた形状測定装置を用いる.
Fig.8 き裂表面形状測定装置と実際に測定したき裂表面形状
研究報告 9-10
この装置は電動アクチュエータにより x - y 平面内を移動するレーザ変位センサにより物体
の表面高さ z を M×N 個の要素数の二次元マトリクスデータとして収集するものである.本研究
における x 軸,y 軸はそれぞれき裂面の短方向(透水方向に直交する方向)および長方向(透
水方向)とし,測定点間隔を 0.25 mm とする.しかし,現有装置は,主に 10 cm×15 cm のき裂
を有するサンプル(直径:10 cm,長さ:15 cm)を想定して設計されているため他のサンプルサ
イズには対応していない.よって,測定試料の大型化に伴い x - y 可動領域およびz方向測定
幅が不足するため,レーザ変位センサの交換およびステージの拡張を行い,様々な寸法のき
裂サンプルに対応したさらに高分解能の表面形状測定装置(高さ分解能:0.5 μm,位置決め
精度:±20 μm)を作製した.
また,表面形状測定装置によって収集した表面形状データをシミュレーション用データとす
るためには,測定時における異常値や試料の傾き補正が必要となるが,これまでは手作業に
よって修正を行っていた.しかし,試料の大型化に伴う測定点数の増加から手作業による修正
が困難となることが予想されたため,形状測定装置制御用プログラムの見直しと,新たに測定
したき裂表面形状データの各種補正および後述するき裂面の各種パラメータを自動的に算出
する Windows 用アプリケーションプログラムを作製した.このプログラムについては無償で提供
可能である.
研究報告 9-11
3-3.透水シミュレーション用モデルに使用するき裂面データの検討
これまで測定した花崗岩き裂表面形状を用いて,き裂構造を表現するパラメータについて若
干の検討を行った.き裂面パラメータとしては,これまで伝統的に用いられてきたフラクタル次
元 D,Root mean square(RMS,二乗平均荒さ)および Tortuosity (τ),Roughness coefficient
(Z2)を用いた.Tortuosity は下記の 1 式で表され,サンプル長さに対する実際のき裂長さの比
で表される.
L′
τ= =
L
∑ ∆L′ = ∑
N
i =0
( Z i +1 − Z i ) 2 + ∆x 2
L
L
... 1
ここで Fig. 8 に示すように L は測定長さ,つまりサンプル長さを表し,L’はき裂表面の実際
の長さを表す.ΔX,Zi はそれぞれ測定点間隔及び平均高さからのき裂表面高さを表し,N は
測定点数を表す.よって τ はサンプル長さを基準とした巨視的なスケールでのき裂面粗さを
評価できると言える.
また,Roughness coefficient(Z2)は隣り合うデータ点間でのき裂の傾きとして 2 式で表される.
Z2 は測定点間隔(0.25 mm)を基準とした微視的スケールでのき裂面粗さを評価できると言え
る.
Z2 =
1
M∆X 2
N −1
∑ (Z
i =1
i +1
− Zi )2
... 2
ここで M はデータ点間隔を表し,Fig. 8 に示すように ΔX,Zi はそれぞれ測定点間隔及び
平均高さからのき裂表面高さを表し,N は測定点数を表す.
Fig. 9
Tortuosity (τ)および Roughness coefficient (Z2)の考え方
研究報告 9-12
これらのパラメータについて計算を行った一例を以下に示す.なお,計算には 3-2 で述べた
とおり,新たに開発したアプリケーションを用いた.
Fig. 10
各種パラメータ計算に使用したき裂表面形状
研究報告 9-13
xFD
xRMS
xZ2
xt
1.5
Fractal Dimension, RMS, Z
2
, τ values
2
1
0.5
0
0
2
4
6
8
10
12
14
16
Area No.
yFD
yRMS
yZ2
yt
1.5
Fractal Dimension, RMS, Z
2
, τ values
2
1
0.5
0
0
2
4
6
8
Area No.
Fig.11
16 分割区画における各種パラメータの変化
研究報告 9-14
10
12
14
16
Fig.10 に実際にパラメータ計算を行ったき裂面形状を示す.このき裂面は稲田花崗岩をくさ
びにより破断したき裂面で,典型的な引張りき裂面である.このき裂面をx方向長さ 4 分割,y
方向長さ 4 分割し,面積比で 1/16 の区画を計算の単位表面とした.また,パラメータ計算は X
および Y 方向双方について行った.
Fig.11 に各区画のパラメータ計算結果を示す.Area No.は Fig.10 中の赤波線で示される区
画のうち最上部左端を No.1 とし,ここから右方向および下方向へ順番に番号を割り振ったもの
であり,No.16 が最下部右端の区画となる.この結果によると,RMS 以外はほぼ安定した値を
示し,x方向およびy方向とも,RMS 値以外はほぼ安定した値を示す.また,RMS 値について
は X 方向と Y 方向でばらつきが見られ,特に Y 方向では著しい.これは計算時における Y 方
向のデータ量が多いため寸法効果が生じているためと考えられる.加えて,x 方向と y 方向で
形状に関する異方性が生じているためとも考えられる.
次に単位表面を x,y方向とも Fig.10 の4/3 倍とし,面積比で 1/9 とした区画について Fig.11
と同様の計算を行った結果を Fig.12 に示す.これによると,Fig.11 と同様に RMS 以外の値は
安定している.RMS に関しては 16 分割の場合よりもばらつきが激しくなる傾向が見られた.ま
た,x方向およびy方向で比較すると,y 方向の方がばらつきが激しく,ここでも寸法効果の影
響および異方性の影響が示唆された.
また,各分割で計算した各パラメータの平均値と使用したき裂表面積との関係を Fig.13 に示
す.
研究報告 9-15
1.8
xFD
xRMS
xZ2
xt
1.4
2
, τ values
1.6
Fractal Dimension, RMS, Z
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0
2
4
6
8
10
Area No.
1.8
1.4
Fractal Dimension, RMS, Z
2
, τ values
1.6
1.2
1
yFD
yRMS
yZ2
yt
0.8
0.6
0.4
0
2
4
6
Area No.
Fig.12
9 分割区画における各種パラメータの変化
研究報告 9-16
8
10
3
xFD Ave.
xRMS Ave.
xZ2 Ave.
xT Ave.
2
Fractal Dimension, RMS, Z
2
, τ values
2.5
1.5
1
0.5
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
1.2
Area Ratio.
3
yFD Ave.
yRMS Ave.
yZ2 Ave.
yT Ave.
2
Fractal Dimension, RMS, Z
2
, τ values
2.5
1.5
1
0.5
0
0
0.2
0.4
0.6
Area Ratio.
Fig.13
各分割における各種パラメータの平均と計算面積の関係
研究報告 9-17
0.8
1
1.2
Fig.13 での横軸は分割前のき裂面積を 1 とした場合の各分割における計算単位表面積との
比を示しており,縦軸には各分割でのパラメータ平均を示す.これによると,x 方向および y 方
向とも RMS 以外の値は安定しているが,RMS については計算単位面積が増加するにつれて
値も上昇する傾向が見られた.これは,少なくとも花崗岩き裂表面のフラクタル次元や
Tortuosity (τ),Roughness coefficient (Z2)については寸法依存性があまりないと考えられる
が,RMS については寸法依存性が若干生じていることを示している.
研究報告 9-18
4.まとめ
本研究では,岩石き裂内部の流路構造について岩種による違いや寸法効果などを系統的
に評価し,これをもとにしてフィールドスケールの地下水流動モデル(FWS モデル)へとアップ
スケールすることを目的として,各種岩石(花崗岩,堆積岩,可能であれば瑞浪 URL の原位置
岩石)のき裂に関して流路構造の不均質性の定量的な評価を,異なる寸法のラボスケールサ
ンプルについて実施し,フィールドスケールへのアップスケール手法を検討する.
研究開始初年度の本年度は,次年度以降の研究遂行に必要な大型き裂サンプルに対応
した封圧下透水実験装置の開発および様々な寸法のき裂サンプルに対応した表面形状測定
装置の開発を実施した.
従来使用可能であった最大き裂面積 10 cm×15 cm(150 cm2)の4倍に相当する 20 cm×
30cm (600 cm2)の単一き裂を有する岩石コアサンプル(直径:20 cm,長さ:30 cm)に対して数
10MPa 程度の封圧下での透水実験が可能な装置の開発を実施した.現状では設計が完了し,
作製に取りかかっている段階にある.この封圧装置の開発により 2 cm×3 cm (6 cm2)∼20 cm
×30 cm (600 cm2)の様々な寸法のき裂サンプルを使用した透水実験によるき裂透水性の把握
が可能になる.また,この多様な寸法のき裂サンプルに対応した,従来よりもさらに高分解能
の表面形状測定装置(高さ分解能:0.5 μm,位置決め精度:±20 μm)を開発した.これらの
装置開発により,次年度以降の研究に必要な装置の開発がほぼ完了した.
き裂表面形状の寸法効果について若干の観察を行った結果,RMS 値以外は寸法依存性
があまり生じていないことがわかった.しかし,これは花崗岩き裂に関してのみであり,他の岩
石,たとえば砂岩や泥岩などの堆積岩に関しても適用できるかどうかは不明であるため,さら
なる検討が必要である.また,実際のき裂内流体流動ではき裂表面形状ではなく,それによっ
て形づくられるき裂間隙形状が重要となる.従って,この間隙形状についても同様の検討が必
要である.また,間隙形状は表面形状と異なり,ある体積を持った空間が 3 次元的に連続して
いると考えることができる.そのため,今回検討したパラメータ以外にも,空間統計学・地球統
計学的な手法を取り入れる必要があると考えられる.
研究報告 9-19
参考文献
Brown, S. R. (1987), Fluid flow through rock joints: The effect of surface roughness, Journal of
Geophysical Research, 92 (B2), 1337-1347.
Crawford, J., L. Moreno and I. Neretnieks (2003), Determination of the flow-wetted surface in
fractured media, Journal of Contaminant Hydrology, 61, 361-369.
平野伸夫,渡邉則昭,土屋範芳(2005),ゴムを圧力媒体とした封圧発生装置の開発および
透水試験,資源と素材,121,484-488.
Watanabe, N., N. Hirano, N. Tsuchiya (2008), Determination of aperture structure and fluid
flow in a rock fracture by a high-resolution numerical modeling on the basis of a flow-through
experiment under confining pressure, Water Resources Research, accepted.
研究報告 9-20
研究報告10
鉄‐ベントナイト相互作用の
ナチュラルアナログ研究
[ 平成19年度∼21年度(予定) ]
金沢大学
福士 圭介
1.背景と目的
高レベル放射性廃棄物地層処分第2次取りまとめでは、炭素鋼オーバーパック周辺にベント
ナイトを定置した処分場概念が示された(図 1)。本処分概念において緩衝材として用いられる
ベントナイトには、止水性、自己シール性、化学緩衝性および収着性が長期にわたり維持され
ることが期待されている。一方、処分環境において炭素鋼は不安定であり、時間とともに鉄腐
食生成物へと変質し、周囲に鉄を溶出することが予想される。溶出される鉄は隣接するベント
ナイトと長期間にわたり反応し、ベントナイトの性能劣化を引き起こすことが懸念されている。
ベントナイトの性能劣化は処分場概念成立の根幹にもかかわる問題であり、放射性廃棄物地層
処分に炭素鋼利用を計画している各国で精力的に鉄-ベントナイト相互作用に関する評価・検討
が行われている。
ガラス固化体
炭素鋼オーバーパック
緩衝材(ベントナイト・
主成分スメクタイト)
岩盤
図 1 高レベル放射性廃棄物の地層処分における人工バリア概念図
ベントナイトはスメクタイトを主成分とする岩石である。スメクタイトは含水層状ケイ酸塩
鉱物であり、高い比表面積や膨潤性能および陽イオン交換能に卓越する。そのため鉄-ベントナ
イト相互作用による緩衝材性能劣化の検討は、鉄を含む溶液とスメクタイトの長期間の反応に
よる鉱物学的性質の変化を明らかにすることが本質といえる。Lantenois et al., (2005)は各種
スメクタイトと鉄粉を脱イオン水とともに反応容器に封入し、80℃の無酸素条件における水熱
反応実験を行った。図 2 はその実験から得られた時間の関数とした各スメクタイトの変質割合
を示す。図に示されるように、実際に処分環境で使用されることが予想されるモンモリロナイ
トは 40 日程度の水熱反応でその 50%以上が消失してしまうことが確認できる。またスメクタ
イトが消失した後に現れる(変質する)鉱物は、膨潤性能やイオン交換容量がスメクタイトと
比較して著しく低い蛇紋石鉱物(バーチェリン)であることが認められている。他にも Wilson
et al. (2006)や Perronnet et al., (2007)も類似の実験を行い、基本的には数年以内の短い期間で
モンモリロナイトは鉄を含む蛇紋石鉱物へと変質することを示している。
しかしながら、ラボスケールで行われる実験と実際の処分では条件や対象期間が大きく異な
研究報告 10-1
るため、これらラボスケールの実験の信頼性や長期評価への適用性について疑問視する見解も
ある。実験では反応溶液は通常脱イオン水もしくは不活性電解質によりイオン強度を調節した
溶液が用いられるが、天然水は様々な無機・有機イオンやコロイドを含んでいる。また実験は
通常よく特徴づけられた純粋なスメクタイトが用いられるが、実処分では様々な微量鉱物を含
むベントナイト岩石である。さらに実験は比較的固/液比の小さい(水の多い)系で行われてい
るが、実際に用いられるベントナイトは圧密されており、反応の固/液比はかなり高い。さらに、
バッチ実験の結果から空間的にその影響のおよぶ程度を評価することはできない。また実際の
処分環境は少なくとも 100 年以上を考慮しなくてはならないところ、室内実験は長くても数 10
スメクタイトの消失割合(wt.%)
年オーダーの反応しか取り扱うことができない。
ノントロナイト
Na-モンモリロナイト
Ca-モンモリロナイト
サポナイト
時間(日)
図 2 Lantenois et al., (2005)の室内実験(時間の関数とした各種スメクタイトの消失割合)
室内実験の信頼性や適用性を保障する方法にナチュラルアナログ研究があげられる。ナチュ
ラルアナログ研究は実処分と類似した環境において生じた天然現象を観察・分析・評価するこ
とにより処分環境で将来起こりうる現象を予見する研究手法である。本手法は上記にあげた室
内実験のデメリットを解消する潜在的な有効性をもつ。放射性廃棄物処分を対象にした場合、
考慮すべき時間範囲は歴史年代を超えているために、地質学的現象を取り扱う必要がある。そ
こで本研究では還元的環境における炭素鋼の腐食から生じる溶存鉄とベントナイトとの相互作
用のアナログとして、地球表層にベントナイトが多量に存在する地域(ベントナイト鉱床)に
おいて、比較的低温(150℃以下)の還元性含鉄溶液との反応を示唆する産状を対象に、それ
らを観察・分析することで、天然での長期にわたる鉄-ベントナイト相互作用に関する知見を得
ることを目的とする。
研究報告 10-2
2.実施内容
以上の目的をふまえて平成19年度は以下の検討を行った。
(1) 川崎鉱山の概要に関する文献調査と変質産状の現地調査
専門家との意見交換から、宮城県蔵王に位置する川崎鉱山において還元性含鉄流体による
ベントナイトの変質を示唆する産状を確認した。本格的な検討に先立ち、文献調査により川
崎鉱山におけるベントナイトの成因や特性を調べた。また現地調査により変質ベントナイト
を観察およびサンプリングを行った。
(2) 鉄により変質したベントナイトの岩石学的・鉱物学的分析
採取した変質を受けたベントナイト試料と、比較のために変質を受けていないベントナイ
ト試料について岩石学的・鉱物学的分析を行った。
(3) 変質年代および熱履歴分析のための予備実験
採取したベントナイト試料の変質年代および熱履歴をアパタイトフィッショントラック法
で分析するために、適切な試料調整方法などを明らかにする予察的な検討を行った。
研究報告 10-3
3.成果
3-1 川崎鉱山の概要と変質産状の現地調査
3-1-1 川崎鉱山の地質およびベントナイトの産状
Takagi et al., (2005) は川崎鉱山の地質およびベントナイトの成因について詳細な検討をし
ている。また伊藤ら(1999)は川崎鉱山におけるベントナイトの生成環境や生成年代の検討を行
っている。以下の地質概略および川崎鉱床の産状は Takagi らおよび伊藤らの記述に基づく。
図 3 は川崎鉱山周辺の地質図を示す。蔵王地域は主に第四紀の火山岩の貫入する中新世前期(お
よそ 20Ma)から鮮新世(1.8-5Ma)の堆積岩と火砕岩から構成される。新第三紀の地層は図示
した地域の南部に位置する蔵王火山から噴出した火山岩により覆われている。中新世後期の地
層は基底礫岩と陸源性の安山岩・流紋岩質の火山岩からなる。中新世中期、後期の地層は整合
的に前期の地層を覆っており、下部から上部まで安山岩、流紋岩質の火砕岩から構成され、そ
の後砂岩-シルトあるいは凝灰岩層を挿入した泥岩-シルトの互層に覆われている。この互層に
は厚い凝灰岩が挟まれている。この地層は作並層とよばれ、海進期を表している。鮮新世の地
層は中新世中期、後期の地層を不整合に覆い、流紋岩質、安山岩質の火砕岩、砂岩、シルト岩
および礫岩から構成され、海退期に形成された地層であると考えられる。中新世中期、後期の
海進があり、不整合を挟んで鮮新世に海退となる地層は一般に東北日本島孤においては多くの
地域でみられる。した
がってこれらの現象は
東北日本全体におよぶ
著しい沈降・隆起によ
って引き起こされてい
ると考えられる。新第
三紀は少なくとも2つ
の北北東走向の逆断層
により切られている。
特に西部の断層は作並
断層の南方延長にあた
り、現在でも活動する
活断層である。断層活
動はより広域な蔵王地
域における鮮新世層と
第四紀の岩石の局所的
な変形を引き起こす。
図 3 蔵王地域の地質図と川崎鉱山の位置(Takagi et al., 2005 より)
研究報告 10-4
川崎鉱床は日本最大の露天掘りベントナイト鉱床である。母岩は泥岩-シルト岩と凝灰岩質砂
岩の互層からなる海成堆積物である。母岩は石英、長石、バーミキュライトからなり、イライ
トとゼオライトが随伴する。海成堆積物層の厚さは 700m を超え、その推定年代は有孔虫化石
に基づくと 13 から 15Ma と推定されている。またジルコンおよびアパタイトフィッショント
ラック年代および全岩 K-Ar 年代では、17.8-15.2Ma、18.9-14.3 Ma および 14.3-9.9Ma と推定
される。多くの痕跡化石がシルト岩層で観察されるため、ベントナイトの母岩は比較的浅海で
堆積したことが予想される。鉱床は 2 層準が確認されており、主な採掘対象である下位の層準
は厚さ 20∼50m 以上、上位の層準は厚さ 10m 程度である(図 4)。下位の層準には部分的に薄い
シルト岩層(0.1-1m)が狭在される。ベントナイト層は母岩とともに複雑に褶曲しており、褶
曲軸は南西側に 30∼40°プランジしている(図 4)。採掘場の南東部の主要ベントナイト層にお
いて底部は 80m 深さの調査試錐によっても検出されていない。主要ベントナイト層のベントナ
イトは均質であり、明灰色から灰青色を呈する。またベントナイトはしばしば不定形 10-30cm
径の珪質団塊を含む。地表のベントナイトは通常降雨および風化により退色している。伊藤ら
による酸素および水素同位体比の測定結果から、川崎鉱山におけるベントナイトの生成温度は
46-48℃と見積もられている。伊藤らは川崎鉱山におけるベントナイトの成因は熱水変質である
と述べているが、Takagi らはベントナイト鉱床が層状をなすこと、母岩に熱水変質を示唆する
鉱物が含まれないことなどの特性から続成作用により生成したものと考えている。
3-1-2 ベントナイトの特性
Takagi et al., (2005) は採掘場から採取された 42 のベントナイトについて、粉末 X 線回折、
全岩化学組成、膨潤体積および pH 測定、メチレンブルー吸着量測定、溶出陽イオン量測定(Na、
K、Mg、Ca)の分析値をまとめている(表 1)
。ベントナイトの粉末 X 線回折分析から、川崎
ベントナイトの鉱物組み合わせはスメクタイト+オパール CT (クリストバライト) ±石英±ゼ
オライトであった。2g ベントナイトを 100mL の脱イオンで飽和した際の膨潤体積は 5 から
12ml/2g であり、pH は 6.9 から 9.1 であった。メチレンブルー吸着量は 60 から 150mmol/100g
であり、ほとんどの試料では 100mmol/100g 以上であった。またベントナイトに含まれるスメ
クタイトの陽イオン組成は Ca-Na 型であった。
Takagi et al., (2005) は鉄により変質したベントナイト産状を記述していないことから、採
取した試料はすべて「未変質」のベントナイトであると考えられる。採取されたベントナイト
の全岩化学組成は SiO2 を 70%程度、Al2O3 を 10%程度、MgO と Fe2O3 を 1 から 4%程度まで
含む。高い SiO2 はベントナイトに主成分として含まれるオパールクリストバライトによる。な
お Takagi らによると、全岩化学組成に認められる Na2O と CaO は溶出した Na+および Ca2+
のミリ当量とよい相関があり、試料中の Na2O と CaO はスメクタイトの層間陽イオンに相当す
ることが述べられている。また Takagi らは、スメクタイトの陽イオン交換容量(CEC)に相
当するメチレンブルー吸着量は Al2O3 および MgO と正の相関があることを示している。これ
は Al2O3 および MgO はスメクタイトに含まれるものであることを反映するためと考えている。
研究報告 10-5
Takagi らにより採取されたベントナイト試料の鉄含有量は 1∼4%の間で変動が認められる。
そこで鉄含有量と他の特性との間の相関分析を行った。図 5 は SiO2、Al2O3、CaO、K2O、膨
潤特性およびメチレンブルー吸着量と試料に含まれる鉄の含有量の相関関係を示す。図 5a およ
び b に示されるように、Fe2O3 と Al2O3 には正の相関が認められ、Fe2O3 と SiO2 には負の相関
が認められる。これは、鉄成分は主にスメクタイトに分配していることと、オパールクリスト
バライトの希釈効果を示すと考えられる。粘土鉱物の層間成分であると推定される CaO と K2O
については、双方とも正の相関が認められたが(図 5c および d)、K2O により強い相関を示し
図 4 川崎鉱山の地形図と Takagi らによるベントナイト試料採取地点(Takagi et al., 2005 より)
図中に加筆した緑色の線は本検討により緑色変質脈が認められた部分を示す。
研究報告 10-6
研究報告 10-7
1.13
1.64
0.51
3.14
0.98
1.4
0.22
0.04
10.22
98.82
MgO
CaO
Na2O
K2O
P2O5
LOI
Total
1.76
70.04
0.15
66.89
0.19
2.09
1.63
1.59
9.8
8.4
108
7.57
25.85
43.5
1.42
10.1
8.5
108
7.82
26.15
45.67
1.57
8.1
29.94
33.84
1.44
98
6.5
8.5
0.05
0.02
98.52
9.67
0.04
0.17
0.98
1.14
2.79
0.02
1.46
10.61
0.15
71.49
C
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
11
13.89
43.31
34.8
2.28
130
7.8
8.3
0.04
0.09
98.8
11.51
0.03
0.18
1.51
1.23
4.77
0.02
2.13
12.94
0.19
64.29
A
x
C
C
x
C
x
x
x
x
x
x
C
12
12
28.94
10.35
2.73
60
3.9
7.1
0.02
0.05
99.39
8.52
0.03
1.87
1.43
0.52
1.89
0.01
1.45
9.66
0.16
73.86
A
x
A
T
T
A
x
C
x
C
x
x
x
13
8.26
32.14
30.97
1.85
98
6
8.3
0.04
0.07
98.55
9.36
0.04
0.47
1.01
1.04
3
0.02
2.34
10.6
0.14
70.54
C
x
A
x
x
x
x
x
x
x
x
x
x
14
14.4
45.61
23.31
1.93
108
8.6
8.4
0.05
0.02
99.16
11
0.03
0.3
1.39
0.83
3.27
0.06
1.77
12.4
0.16
67.95
A
x
A
T
x
T
x
x
x
x
x
x
x
15
17.12
48.9
18.36
1.98
118
6.8
8.3
0.05
0.05
98.95
11.81
0.03
0.55
1.54
0.71
3.66
0.05
2.86
12.44
0.2
65.11
A
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
16
11.06
38.32
28.36
1.69
106
7.8
8.6
0.03
0.02
98.69
10.22
0.03
0.37
1.16
1.04
3.08
0.03
1.64
10.95
0.15
70.02
A
T
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
17
12.94
37.72
30.19
1.81
112
9.5
8.8
0.03
0.03
98.85
9.92
0.03
0.4
1.19
1.05
3.4
0.06
1.66
11.75
0.16
69.24
A
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
18
7.18
35.43
35.23
1.59
106
9.5
8.7
0.04
0.02
98.97
9.9
0.02
0.24
1.06
1.14
3
0.02
1.65
10.75
0.14
71.05
A
x
A
T
x
x
x
x
x
x
x
x
x
19
11.36
41.42
27.93
1.58
118
8.5
7.4
0.06
0.03
99.17
13.19
0.03
0.3
1.39
1.02
3.59
0.03
2.07
12.13
0.18
65.24
A
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
21
20.24
35.53
2.45
1.09
88
5
6.9
0.02
0.11
99.02
10.33
0.03
0.26
1.54
0.63
2.45
0
2.36
10.7
0.16
70.55
A
x
A
T
x
x
x
C
x
x
C
x
x
24
12.29
41.52
35.67
3.17
114
8.9
8.2
0.08
0.26
98.78
9.97
0.03
1.22
1.61
1.43
4.21
0.05
3.48
14.22
0.22
62.34
C
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
25
7.26
26.15
24.71
1.59
80
6.4
8.7
0.04
0.04
98.82
7.81
0.03
0.26
0.85
0.83
2.27
0.02
1.26
7.93
0.1
77.46
T
x
A
x
x
C
x
x
x
x
x
x
x
26
10.2
31.84
21.31
1.95
86
5.6
9
0.03
0.02
98.94
8.45
0.03
0.21
0.96
0.69
2.45
0.04
1.32
8.61
0.11
76.07
C
x
A
x
C
C
x
x
x
x
x
x
x
27
12.29
45.51
33.49
1.84
130
8.3
9
0.03
0.02
99.94
14.22
0.04
0.25
1.33
1.12
3.92
0.03
2.01
13.26
0.17
63.58
A
x
A
T
x
x
x
x
x
x
x
x
x
28
15.65
44.61
33.93
2.93
122
7.7
9.1
0.05
0.29
99.19
13.29
0.03
0.81
1.92
0.99
2.89
0.02
2.28
12.41
0.17
64.39
A
x
A
T
C
C
x
x
x
x
x
x
x
29
10.96
39.32
14.44
1.55
90
5
8.8
0.04
0.07
99.17
11.37
0.03
0.2
1.15
0.47
2.51
0.01
1.25
8.96
0.14
73.08
A
x
A
x
x
x
x
x
x
x
x
x
x
30
14.76
0.02
0.27
1.46
1.4
4.38
0.02
2.66
15.79
0.25
59.05
T
x
A
x
C
C
x
C
T
x
x
x
x
32
11.9
48.7
8.23
2.37
90
6.5
7.1
0.01
0.02
7.78
27.94
22.97
2.15
62
4.1
7.4
0.05
0.03
99.43 100.05
11.97
0.02
0.53
1.96
0.58
2.44
0.02
1.92
11.56
0.19
68.25
A
x
A
T
C
C
x
x
x
x
x
x
x
31
17.12
49.8
2.23
0.88
116
6
7.1
0.07
0.02
98.75
16.4
0.04
0.29
1.39
0.09
3.13
0.02
1.87
12.64
0.15
62.73
A
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
34
9.96
48.9
39.93
1.78
156
11.8
7.3
0.05
0.01
99.63
8.19
0.04
1.02
1.55
1.8
2.07
0.02
2.8
11.79
0.18
70.18
A
x
x
C
x
x
x
T
x
x
x
x
x
37
10.37
41.52
34.62
1.71
128
10.6
7
0.03
0.02
99.71
14.33
0.02
0.19
1.22
1.2
3.65
0.01
2.1
12.93
0.2
63.86
A
x
A
T
x
x
x
x
x
x
x
x
x
38
9.84
38.92
35.76
1.69
116
9
7.6
0.04
0.02
99.5
10.82
0.03
0.22
1.13
1.15
3.47
0.02
1.93
12.29
0.18
68.26
A
x
x
A
x
T
x
x
x
x
x
x
x
42
10.01
46.61
20.88
4.46
94
6.2
7.1
0.04
0.01
99.47
11.16
0.03
0.44
1.4
1.18
4.14
0.08
2.39
14.12
0.17
64.36
A
x
x
A
C
C
x
x
x
x
x
C
x
44
5.51
37.52
88.74
3.48
66
8.3
8
0.07
0.02
99.52
12.06
0.03
0.47
1.24
2.89
1.8
0.03
2.1
11.93
0.17
66.81
C
x
C
T
A
C
x
x
x
x
x
x
x
46
A: Abundant, C: Common, T: Trace, x: not detected, Smc: Smectite, Ill: Illite, Opt-Crs: Opal-CT and cristobalite, Qtz: Qurstz, Mdn: mordenite, Cpl: Clinoptilolite, Lmt: Laumontite, Ab: Albite, An: Anorthite, Or: Orthoclase, Vmt: Vermiculite, Py: Pyrite, Gbs: Gibbsite.
*: all Fe as Fe(III), LOI: Loss of ignition, Swelling: swelling volume, MB: methylene blue adsorption value.
0.05
0.02
0.05
0.02
98.85
9.02
0.03
0.08
0.83
1.45
3.18
0.01
C
0.06
0.05
0.05
S
0.03
0.04
0.02
Swelling (ml/2g)
10.2
8
8.4
pH
8.7
8.7
8.7
MB (mmol/100g)
108
94
102
Leached Cation (mEq/100g)
Mg
7.67
9.3 11.44
Ca
28.84 28.64 29.34
Na
42.02 53.33
59.5
K
1.53
4.67
3.91
9.73
0.03
0.19
0.81
1.48
3.23
0.01
11.7
0.15
70.81
C
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
9
99.26
10.64
0.03
0.43
1.24
1.86
3.25
0.03
11.96
C
x
A
C
x
x
x
x
x
x
x
x
x
C
x
A
x
C
C
x
C
x
x
x
x
x
13.06
7
6
99.71
98.79
10.16
0.06
2.86
0.02
1.86
0.02
Fe2O3*
11.62
MnO
11.85
Al2O3
No.
4
5
Mineralogy
Smc
A
C
Ill
x
x
Opl-Crs
A
A
Qtz
T
C
Mdn
x
x
Cpl
T
A
Lmt
x
x
Ab
x
x
An
x
x
Or
x
x
Vmc
x
x
Py
x
x
Gbs
x
x
Whole rock chemistry
SiO2
68.91 68.85
TiO2
0.18
0.18
表1 「未変質」ベントナイトの鉱物学的・化学的・物理的性状 (Takagi et al., 2005による)
4.82
25.25
62.03
4.3
70
7.9
8.4
0.04
0.12
98.81
9.65
0.04
1.4
1.33
2.3
2.29
0.03
3.28
12.12
0.18
66.19
C
x
C
C
C
C
x
C
x
x
x
x
x
47
16
b
a
75
Al2O3 (wt%)
SiO2 (wt%)
14
70
65
12
10
60
2
8
1.5
2
2.5
3
1.5
3.5
2
2.5
3
3.5
d
c
K2O (wt%)
CaO (wt%)
1.5
1.5
1
0.5
1
12
1.5
2
2.5
3
0
160
3.5
1.5
2
2.5
3
e
3.5
f
10
MB (mEq/100g)
Swelling (mg/2g)
140
8
120
100
6
80
4
1.5
2
2.5
3
3.5
60
Fe2O3 (wt%)
1.5
2
2.5
3
3.5
Fe2O3 (wt%)
図 5 Fe2O3 と他のベントナイト性状との相関図
(a)SiO2、(b) Al2O3、(c)CaO、(d)K2O、(e)膨潤特性、(f)メチレンブルー吸着量
た。なお Na2O に対しても相関は見られたが CaO よりも弱い相関であった。これは、粘土鉱物
における鉄成分が K と密接に関係していることを反映していることを示すのかもしれない。な
お膨潤特性と Fe2O3 含有量間には明瞭な相関は認められなかった。またメチレンブルー吸着量
には相関が認められ、鉄成分が粘土鉱物に含まれることを反映しているものと考えられる。
研究報告 10-8
3-1-3 川崎鉱山における含鉄流体によるベントナイトの変質の産状調査
川崎鉱山の調査は、クニミネ工業(株)伊藤弘志氏の協力のもとに行われた。図 4 に本検討
により認められた鉄を含む流体との反応を示唆するベントナイト中の変質脈を示す。未変質の
ベントナイトは白色から灰白色を呈するが、変質部は緑色を呈するため容易に認知される。変
質脈は切羽部分に認められ、ベントナイトの堆積層と平行に入る(図 6a および b)。変質帯は
10cm から 30cm 程度の厚さであり(図 6c)、変質帯中の変質部は数 mm から数 cm の厚みをも
つ網脈状である(図 6d)。
a
b
c
d
図 6 川崎鉱山における緑色変質脈
(a)における緑色の矢印は緑色変質脈が存在する部分を示す。
川崎鉱山では、転石としても緑色の変質部を示すベントナイトが認められた。本調査では、
変質脈が見られた切羽から変質脈およびその上下層における未変質部を採取した。また、緑色
に変質した転石も採取した。
研究報告 10-9
3-2 鉄により変質したベントナイトの岩石学的・鉱物学的分析
3-2-1
試料と検討方法
分析には採掘場の切羽(図 6)から採取した変質ベントナイト試料と、変質部分より 30cm
ほど上部から採取した未変質ベントナイト試料を用いた。また転石として認められた変質ベン
トナイトも分析試料とした。図 7 に切羽から採取した変質ベントナイト試料を示す。図 7b に
示されるように緑色変質部は白色のベントナイト上に層状に分布をしており、図 7c および d
に示されるように層の厚みは 2mm から 7mm ほどである。変質ベントナイト岩石を 1 から 2mm
程度に粉砕し、そこから緑色部分と白色部分を分取した。以後切羽から採取された緑色部分の
試料を KW-1、白色部分の試料を KW-2 と表記する。また図 7c に認められるように緑色変質脈
と白色部が隣接する部分の研磨薄片を作成した。転石試料についても同様に緑色部と白色部に
分取した。以後転石試料は緑色部を KW-3、白色部を KW-4 と表記する。また転石試料からも
緑色変質脈と白色部が隣接する部分の研磨薄片を作成した。
a
b
c
d
3mm
図 7 切羽から採取した緑色変質脈試料の写真
図8に未変質のベントナイト試料を示す。未変質ベントナイトは白色から灰色を示し、緑色変
質は認められない。本試料に対しても、上記の試料と同様に粉砕試料、研磨薄片を作成して分
析を行った。本試料は以後KW-5と表記する。各粉砕試料に対しては、全岩試料の粉末X線回折
研究報告 10-10
(XRD) 分 析 を 行 っ た 。 XRD は 金 沢 大 学 所 有 の リ ガ ク RINT-1200 を 用 い 、 CuK α 管 球 、
40kV-30mA、発散スリット1deg-散乱スリット1deg-受光スリット0.15mm、スピード0.5°/min、
スキャンステップ0.02°、走査範囲2∼65°の条件で行った。研磨薄片に対しては光学顕微鏡
およびEPMAによる観察・分析を行った。EPMA分析は金沢大学所有のJEOL JXA-8800スー
パースキャンを用いた。分析は金沢大学フロンティアサイエンス機構 森下知晃准教授の協力の
もとに行われた。
a
b
3mm
図 8 切羽から採取した未変質試料の写真
3-2-2
結果
3-2-2-1 粉末X線回折分析
図 9 に各試料の全岩 XRD 分析結果を示す。未変質
Crs
: Clay mineral
Crs: Cristbarite
試料と考えられる KW-5 試料ではスメクタイトおよび
Qz: Quaretz
Py: Pyrite
オパールクリストバライトの卓越したピークと微弱な
Crs
石英のピークが認められる。得られた XRD プロファ
KW-5
Qz
Crs
Crs
イルは Takagi et al., (2005)に示されるものとよく類
Crs
Crs
Crs
Crs
Qz
似している。一方緑色変質を呈する試料では XRD プ
Crs
KW-4
ロファイルは KW-5 とは大きく異なることが確認でき
Crs
Qz Crs
る。なお緑色部である KW-1 と KW-3 は採取場所に違
いがあるが、双方は類似した XRD プロファイルを示
Crs
Crs
した。他の試料とは異なりこれらの緑色試料では微弱
ではあるがパイライトのピークが認められた。またオ
である KW-2 と KW-4 も採取場所に違いがあるが、双
方は類似した XRD プロファイルを示した。
研究報告 10-11
Crs
Crs
KW-2
Crs
Crs
Qz Crs
パールクリストバライトのピークは他の試料と比較す
ると著しく減少していた。緑色変質部付近の白色試料
KW-3
Py
0
Py
KW-1
5 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65
°2θ (CuKα)
図 9 全岩試料の XRD パターン
本試料は白色であることから未変質を示唆するが、KW-5 とは異なる XRD プロファイルを示
した。すなわち KW-5 よりもクリストバライトのピークが高く、粘土鉱物のピーク強度にも違
いが見られた。
図 10 は粘土鉱物に特有なピーク範囲をトリミングした各試料の XRD プロファイルを示す。
2∼10°付近に現れる粘土鉱物の d(001)ピークに着目すると、KW-5 試料は 15.0Å に強い回折
強度を示すことが認められる(図 10a)。また KW-5 試料において 5Å に見られる微弱なピーク
は d(003)に相当するものと考えられる。一方緑色変質部近傍から採取された KW-2 および
KW-4 ではピーク位置は大きく変化しないものの、回折強度は著しく減少していることが確認
できる。他の試料とは異なり、KW-2 および KW-4 双方とも 7.9Å に微弱なピークが見られる。
緑色変質部である KW-1 および KW-3 では回折強度はさらに減少し、全体的にブロードとなる。
またこれらの試料では 11∼12 Å にショルダーが認められる。粘土鉱物の d(020)に相当するピ
ークは緑色変質部である KW-1 および KW-3 では 4.5 Å よりも大きい値を示す。一方その他の
試料では 4.5 Å よりも小さい値を示す。また粘土鉱物の d(131)に相当するピークに着目すると
(図 10b)、緑色変質試料では 2.58 Å に明瞭なピークが認められる。KW-5、KW-4 および KW-2
ではピークは認められるものの、低角側のクリストバライトのピークのショルダーとして現れ
a
るのみである。粘土
Crs
15.0Å
鉱物の d(060)に相当
b
c
4.49Å
するピークに着目す
ると(図 10c)、未変
2.56Å
質の KW-5 試料およ
KW-5
び緑色変質部付近か
ら採取された KW-4
1.499Å
Crs
Crs
5.00Å
4.45Å
15.5Å
1.499Å
Crs
お よ び KW-2 で は
7.9Å
1.50 Å に左右対称型
KW-4
15.8Å
11.5Å
のピークが認められ
4.53Å
2.58Å
る。一方緑色変質試
15.3Å
Py
Crs Py
KW-3
料の KW-3 では 1.51
1.512Å
Crs
4.48Å
1.497Å
Crs
Å をピークトップと
7.9Å
し、やや低角側にシ
KW-2
4.51Å
13.9Å
10.3Å
ョルダーを残すピー
ク形状を示す。KW-1
1.500Å
Crs
Crs
KW-1
2.58Å
Py
Py
では 1.50 Å をピー
クトップとするもの
0
5
10
15
20
25 30
35
40 60
62
64
の、高角側にショル
°2θ (CuKα)
図 10 粘土鉱物のピーク位置に注目した全岩試料の XRD パターン
ダーを残すピーク形
(a)0∼25°、(b)30∼40°、(c)60∼64°
状を示す。
研究報告 10-12
3-2-2-2
EPMA 分析結果
未変質試料(KW-5)
図 11 に KW-5 試料から作成した研磨薄片の後方散乱電子線(BSE)像を示す。BSE 像におい
て重い元素の含まれる部位ほど高い輝度レベルを示す。KW-5 試料は図 11 に示されるようにや
や輝度の高い部分と低い部分が密雑する BSE 像を示した。また試料中には数 10μ m 径のポア
や亀裂が確認できる(図 11ab)。
a
b
図 11
KW-5 試料から作成した研磨薄片の後方散乱電子線像
図 12 に KW-5 試料から作成した研磨薄片の波長分散型分光分析器(WDS)により作成した元
素マップを示す。図
に示されるように
Fe の元素濃度は低
く分布は一様であ
る。一方 Al および
Si は空隙部分以外
に幅のある濃度分
布を示す。Si と Al
の濃度分布は必ず
しも相関しない。
Takagi
et
al.,
(2005) は 試 料 に 含
まれる Al はスメク
タイト単一の寄与
による一方、Si は
オパールなどの
図 12 KW-5 試料から作成した研磨薄片の元素マップ
SiO2 鉱物とスメクタイト双方の寄与によることを指摘している。図 12 に示される Al に富み、
研究報告 10-13
同時に Si は相対的に低い部分はスメクタイトに富む部分を示し、Si に富み Al に乏しい部分は
SiO2 鉱物の割合が著しいこととが予想される。いずれにせよ、スメクタイトと SiO2 鉱物は観
察の空間解像度で別個の相に分かれて存在するわけではなく密雑して存在していることが認め
られる。
表 2 EPMA による KW-5 試料の鉱物化学組成(全鉄を二価として計算)
KW-5
SiO2
NO. 1
62.67
NO. 2
57.28
NO. 3
62.75
NO. 4
57.73
NO. 5
53.74
NO. 6
58.99
NO. 7
69.49
NO. 8
52.68
NO. 9 NO. 10 NO. 11 NO. 12 NO. 13
68.99
86.19
60.27
52.60
46.02
NO. 14
68.11
NO. 15
61.23
0.30
Na2O
0.54
0.65
0.41
0.49
0.43
0.82
0.41
0.67
0.39
0.29
0.26
0.60
0.31
0.25
TiO2
0.13
0.15
0.10
0.16
0.15
0.16
0.12
0.14
0.14
0.00
0.09
0.12
0.12
0.06
0.07
FeO
K2O
1.39
0.13
1.53
0.20
1.24
0.19
1.85
0.17
1.68
0.14
1.87
0.25
1.84
0.26
1.57
0.15
1.65
0.27
0.64
0.14
0.87
0.12
1.88
0.14
1.50
0.29
0.47
0.08
0.76
0.07
Al2O3
10.34
13.14
11.02
15.52
13.66
14.76
15.51
14.33
13.52
6.63
8.30
13.41
13.08
4.72
6.19
MgO
3.46
3.99
3.80
5.03
4.16
4.66
4.74
4.48
4.31
2.00
2.46
4.40
3.90
1.40
1.85
MnO
0.03
0.02
0.05
0.02
0.08
0.08
0.04
0.00
0.00
0.02
0.03
0.05
0.06
0.00
0.02
CaO
1.23
1.47
1.42
2.13
1.51
2.23
2.14
1.61
2.01
0.97
0.91
1.53
1.99
0.61
0.70
Total
79.93
78.42
80.97
83.08
75.55
83.81
94.56
75.62
91.28
96.89
73.31
74.73
67.27
75.70
71.19
(wt.%)
表 2 は KW-5 試料の研磨薄片上から、WDS による点分析により測定したいくつかの微小領
域の鉱物化学組成を示す。元素マップ分析(図 12)から、KW-5 試料ではスメクタイトと SiO2
鉱物がサブミクロンオーダーで密雑して存在していることが確認された。No.10 はほとんどが
SiO2 で構成されトータル値も 100%に近いことから、SiO2 鉱物の中でもオパール CT(クリス
トバライト)に富む部分を示していると考えられる。一方 No.11∼15 ではトータル値は低く、
大部分を SiO2 含有量により説明される。本試料に含まれる鉱物ではトータル値が 100%に達し
ない部分は H2O による寄与分を示す。したがって No.11∼15 は含水 SiO2 鉱物であるオパール
A(非晶質オパール)を主成分とし、検出される低濃度の Al2O3 や MgO はスメクタイトの混入
により説明されると考えられる。No. 10∼15 以外の分析箇所では、Al、Fe、Mg および Ca 含
有量はほぼ類似した値を示す。すなわ
100
ち Al2O3 は 10∼15%、FeO は 1.2∼1.9%、
MgO は 3∼5%および CaO は 1∼2%の
範囲に入る。SiO2 含有量および各酸化
に示されるように、SiO2 含有量とトー
タル値の間にはよい正の相関があった。
このことは低含水率の SiO2 鉱物が測定
90
total (wt%)
物重量のトータル値は幅を持つ。図 13
80
した部位の化学組成に影響を与えてい
ることを示す。なお SiO2 含有量の低い
No. 5 や No. 8 は比較的 SiO2 鉱物によ
70
50
60
SiO2 (wt%)
るコンタミの少ないスメクタイトの化
学組成を示していると考えられる。
70
図 13 KW-5 試料の点分析結果における SiO2 と
トータル値の関係。
研究報告 10-14
転石試料(KW-3 および KW-4)
図 14a に転石試料から作成した研磨薄片のフィルムスキャナー像を示す。薄片右上部と左下
部に白色部分が認められる。それら以外では緑色変質を被っているように見えるが、実際には
緑色変質部内部にも白色部分の保存されている部分が多く見られる。図 14b は図 14a の赤枠で
囲む部分を拡大したものを示す。左右は白色の粒子であり、中央の大部分は緑色の変質部分で
ある。中央にも一部周辺が緑色化した白色を呈する部分が認められる。緑色部はき裂に卓越す
ることが認められる。また緑色部のき裂部にそって黒色の粒子が点在していることが確認でき
る。図 15 は図 14a 下部のそ裂にそって撮影した偏光顕微鏡像(オープンニコル)を示す。白
色部分は、顕微鏡下では褐色を呈する微細組織の集合体として認められる。一方緑色部分は比
較的組織が均質な粒子として認められる。またフィルムスキャナー像において緑色部分に認め
られた黒色の粒子もより顕微鏡下では数 10μ m 径の球状粒子として観察される。
a
b
図 14 転石試料(KW-3 と 4 を含む)研磨薄片のフィルムスキャナー像
(図 a の長片は 3cm、bは a における赤枠を拡大した像)
1mm
図 15 転石試料(KW-3 と 4 を含む)研磨薄片の
偏光顕微鏡像(図 14b 右下部にそって撮影)
研究報告 10-15
図 16 は図 15 中央上部に相当する視野の EPMA 観察により得られた BSE 像を示す。図 16
の右部分は肉眼上の白色部分を示し、左部は緑色変質部を示す。偏光顕微鏡像において黒色粒
子として認められた物質は BSE 像においては高輝度の粒子(図中白色粒子)に相当する。EPMA
による定性分析によると、この粒子は Fe と S から構成されることが認められた。したがって
緑色試料の XRD 分析から微弱なピークとして検出されたパイライトに一致すると考えられる。
図右側の白色部分に相当する部分は暗色部(図 15 における赤文字の A に示す部分)と明色部
(B に示す)の層が同心円状に互層をなす組織を示す。一方、左側の緑色変質部は、溶解沈殿
による産状を示唆する不定形粒子の集合物と考えられる組成を示す。左側の緑色変質部におい
てパイライトを除くと大まかに4つの異なる特徴を持つ部位が確認できる。それらは、不定形
粒子中央部の均質な組成を示す部位(図 16 における赤文字の C に示す部分)、不定形粒子周囲
部分(D に示す)、不定形粒子内部の包有物(E に示す)、および不定形粒子と亀裂の間の沈殿
物(F に示す)である。
A
B
D
C
E
F
図 16 転石試料(KW-3 および KW-4)から作成した研磨薄片の後方散乱電子線像
(撮影の視野は図 15 中央上部に相当)
図 17 は低倍率視野における BSE 像と Si、Fe、Al、Ca および Na の元素マップを示す。図
17a に示される BSE 像では白色部と緑色部に明瞭な明暗の差が認められる。図 17b に示され
る Si の元素マップにおいては、白色部で高い Si の濃集が認められる。図 17d に示される Al
の元素マップから、白色部において Si に富む部分は Al の存在を示さなかった。このことから、
研究報告 10-16
図 17b における高い Si の濃集部分の鉱物は後述する WDS の点分析結果と合わせて考慮すると
無水のオパール CT であると考えられる。なお図 16 に示されるように白色部は BSE 像におい
て輝度の高い層と低い層が同心円状に互層をなしていた。高輝度部はオパール CT を示す。低
輝度部は Al の分布と一致する(図 17d)ことから粘土鉱物であることが推測される。
a
図 17
b
c
d
e
f
転石試料(KW-3 および KW-4)から作成した研磨薄片の元素マップ
一方、緑色部において Si に富む部分が散在していることが認められる(図 17b)。これらは
不定形粒子の包有物(図 16 における E)および亀裂に沿う沈殿物(図 16 における F)と一致
する。なお緑色変質部の大部分を示す不定形粒子内部(図 16 における C)は Si、Fe および
研究報告 10-17
Al を含むことが確認できる。不定形粒子周辺部のやや輝度の低い部分(図 16 における D)は
同様に Si、Fe および Al を含むが、Fe 濃度が粒子内部よりも低く Al 濃度は高い。また緑色部
ではき列部分に Ca の高い濃集を示す部分が認められる(図 17e)。
表 3 EPMA による KW-3 および KW-4 試料の鉱物化学組成(全鉄を二価として計算)
KW-4
SiO2
Na2O
TiO2
FeO
K2 O
Al2O3
MgO
MnO
CaO
Total
NO. 1 NO. 2 NO. 3
97.85 55.79 52.66
0.46
0.69
0.39
0.01
0.08
0.07
0.17
6.12
6.56
0.13
1.81
2.19
1.38
9.40
9.56
0.18
4.14
4.05
0.00
0.00
0.01
0.13
0.49
0.53
100.31 78.52 76.02
KW-3
SiO2
Na2O
TiO2
FeO
K2 O
Al2O3
MgO
MnO
CaO
Total
NO. 1 NO. 2 NO. 3 NO. 4
56.53 56.44 55.32
0.02
0.84
0.82
1.02
0.11
0.10
0.07
0.08
0.00
15.02 16.97 17.48 59.74
4.44
4.86
5.08
0.00
8.88
8.17
8.18
0.00
4.93
4.55
4.64
0.03
0.09
0.10
0.00
0.07
0.91
0.75
1.19
0.00
91.75 92.72 92.98 59.97
(wt.%)
表 3 は WDS による点分析により測定したいくつかの微小領域の化学組成を示す。KW-4(白
色部)における測定番号 No.1 は BSE 像において低輝度層と高輝度層が互層をなす部位におけ
る高輝度部分に相当する。元素マップ分析によっても示唆されたように、ほとんどが SiO2 より
構成されることから高輝度部分は無水のオパール CT に相当するものと考えられる。NO.2 およ
び No.3 は高輝度層の化学組成を示す。SiO2 含有量およびトータル値は表 2 に示した KW-5 に
おける比較的 SiO2 鉱物によるコンタミの少ないスメクタイト部分(表 2 における No.5 や No.8)
と類似した値を示す。他の元素組成を KW-5 試料の分析点 No.5 および No.8 と比較すると、FeO
および K2O 含有量が増加し、Al2O3 および CaO は減少していることが認められる。なお MgO
に関しては有意な変化は認められない。KW-3(緑色部)における No.1∼No.3 は、いずれも不
定形粒子の内部の化学組成を示す。いずれの試料もトータル値は 90%を超えており、KW-4 や
KW-5 に示される粘土鉱物よりも含水量が少ないことが示唆される。また FeO および K2O 含
有量は KW-4 の No.2 や No.3 に認められるたものよりも高く、Al2O3 は低い値を示す。なお
No.4 は偏光顕微鏡により黒色粒子として認められたパイライトの化学組成を示す。トータルが
60%であるのは、硫黄を測定元素に含めていないためである。なお、本転石試料では KW-5 に
認められたような含水 SiO2 を示唆する部位はほとんど認められなかった。
切羽より採取した変質脈を含む試料(KW-1 および KW-2)
図 18 は切羽より採取した変質脈を含む試料(KW-1 および KW-2)の BSE 像を示す。図 18a
において、大まかな3つの異なる組織が認められる。すなわち右下部におけるマトリクス部分
の輝度は比較的低い部分、中央部の右下部よりはマトリクス部分の輝度が高く、パイライトに
相当する輝度の高い粒子を含む部分、および左上のマトリクス部分の輝度が他よりも著しく低
い部分である。なおいずれの部位も、マトリクス内部に組成の均質なやや輝度の高い粒子を含
んでいる。右下部は肉眼的には白色部分(KW-2)に相当し、中央部分は緑色部分(KW-1)に相当す
研究報告 10-18
る。なお、左上部部は、緑色脈に取り囲まれているが白色を呈する部分に相当する。また図 18b
は緑色部分のみに特徴的に見られる塁帯構造を示す球状粒子の一例である。
b
a
図 18 切羽採取試料から作成した研磨薄片の後方散乱電子線像
図 19 は図 18a に相当する視野の Si、Al、Fe、K および Ca の元素マップを示す。BSE 像に
おいてマトリクス内部に含まれる組成の均質な粒子は Si に卓越し、他の元素と相関しないこと
からオパール CT に相当すると考えられる。なおオパール CT は粒子状で存在し、その産状は
未変質 KW-5 とも、転石試料である KW-3 や KW-4 で認められるものとも異なる。またオパー
ル CT に相当する粒子は、右下の白色部(KW-2)でとくに高い占有率で存在することが確認でき
る。BSE 像において認められた右下部と中央部のマトリクス部分の輝度の差は、Fe および K
の含有量の差異によって説明される。すなわち中央の緑色部は右下部の白色部よりも高い Fe
および K 濃度を示す。この傾向は転石試料と類似する(図 17c)が転石試料ほど際立った緑色
部と白色部の鉄濃度のコントラストは得られなかった。また BSE 像において低輝度に特徴づけ
られた左上部は、Si に卓越し Al をやや含むものの、他の元素の優位な相関は認められなかっ
た。一方本部位の Si 濃度はオパール
CT よりも低いことから、含水 SiO2 鉱
物であるオパール A を示すと考えられ
表 4 EPMA による図 18b に示される球状粒子の
鉱物化学組成(全鉄を二価として計算)
KW-1
SiO2
NO. 1
54.864
NO. 2
56.995
NO. 3
56.403
NO. 4
55.67
図 20 は図 18b に相当する視野の Al、 Na2O
る。
NO. 5
58.934
0.542
0.303
0.278
0.252
0.31
Si、Fe および K の元素マップを示す。
TiO2
0.25
0.271
0.207
0.179
0.213
中央部に存在する球状の粒子は、転石
FeO
K2O
9.149
3.968
10.094
4.073
8.006
3.572
9.081
4.017
10.798
4.579
試料の不定形粒子内部と同様に Fe お
Al2O3
11.303
11.487
12.557
11.258
11.726
よび K に富むことが認められる。また
MgO
5.628
6.138
6.009
5.974
6.224
図 18b の BSE 像に示された塁帯構造
MnO
0.122
0.044
0.133
0.123
0.004
は Si、Fe および K の濃度変化と相関
CaO
1.153
1.244
1.535
1.076
1.178
Total
86.979
90.649
88.7
87.63
93.966
が認められる。一方 Al に関しては明瞭
な相関は認められない。周辺のマトリクス部では Si に富み他の元素を含まない部分と、Al、
Fe および K を含むが、Fe と K に関しては中央部分よりも低い濃度を示す部分が存在する。Si
研究報告 10-19
に富む部分はオパール CT、Al を含む部分は鉄の含有量が少ない粘土鉱物の化学組成を反映す
るものと考えられる。 表 4 に図 18b に示される球状粒子の鉱物化学組成を示す。表 3 に示さ
れる転石試料の緑色粒子の化学組成と比較すると、Al2O3 および CaO は高く、FeO および K2O
は低い値を示す。
a
b
c
d
e
図 19 図 18a の BSE 像に相当する視野の元素マップ
研究報告 10-20
図 20 図 18b の BSE 像に相当する視野の元素マップ
3-2-3 考察
未変質の KW-5 試料では、全岩試料の粉末 X 線回折分析から粘土鉱物の d(001)に相当するピ
ークはスメクタイトに特有な 15.0Å に現れた(図 10a)。純粋なスメクタイトの場合 d(060)反
射から種を区別することが可能である。白水(1988)によると、モンモリロナイト-バイデライト
では 1.49 ∼1.50Å、ノントロナイトでは 1.51 ∼1.52Å、3 八面体型スメクタイトでは 1.52 ∼
1.54Å に d(060)反射が現れる。本試料では d(060)ピークは 1.50 Å に認められるため(図 10c)、
モンモリロナイト-バイデライトであることが推測される。表 5 は WDS による点分析から認め
られた各元素酸化物含有量から陰イオン数 22(O20(OH)2)に基づき計算した粘土鉱物の化学組
成を示す。WDS 分析では鉄の価数を評価することができないため、鉄を全て 2 価および 3 価
と仮定した場合に分けて計算している。表 5 ではそれぞれの陽イオンを四面体層、八面体層お
よび層間サイトに割り振り提示している。全ての Si を四面体層に割り振った場合、空席分に
Al の一部を割り当て、残る Al を八面体層に割り当てている。なお Si が四面体層の最大占有量
である 4 を超える場合、すべての Al を八面体層に割り振っている。八面体層には Al に加え、
Fe(II)、Fe(III)および Mg を割り振っている。Mg は層間サイトにも入りうるが、Takagi et al.,
(2005)示されるように川崎鉱山における優勢な層間陽イオン組成は Na および Ca であるため層
間サイトには割り振っていない。
研究報告 10-21
表 5 粘土鉱物の陰イオン数 22 に基づく化学組成
KW-5
Tet
Si
Al
Oct Al
3+
Fe
2+
Fe
Mg
layer Ca
Na
K
NO.5
4.15 4.17
1.24 1.25
0.11
- 0.11
0.48 0.48
0.12 0.13
0.06 0.06
0.01 0.01
NO.8
4.08 4.10
1.31 1.31
0.10
- 0.10
0.52 0.52
0.13 0.13
0.10 0.10
0.01 0.01
KW-4
NO.2
NO.3
4.25 4.32 4.17 4.25
0.84 0.86 0.89 0.91
0.39
- 0.43
- 0.40
- 0.44
0.48 0.47 0.48 0.49
0.04 0.04 0.04 0.05
0.10 0.10 0.06 0.06
0.18 0.18 0.22 0.23
NO.1
3.89 4.05
0.11
0.61 0.75
0.86
- 0.90
0.51 0.53
0.07 0.07
0.11 0.12
0.39 0.41
KW-3
NO.2
3.87 4.05
0.13
0.53 0.69
0.97
- 1.02
0.47 0.49
0.05 0.06
0.11 0.11
0.43 0.45
NO.3
3.81 4.00
0.19
0.47 0.70
1.01
- 1.06
0.48 0.50
0.09 0.09
0.14 0.14
0.45 0.47
NO.3
3.91 4.00
0.09
0.94 1.05
0.46
- 0.47
0.62 0.63
0.11 0.12
0.04 0.04
0.32 0.32
KW-1
NO.4
3.93 4.03
0.07
0.87 0.96
0.54
- 0.55
0.63 0.64
0.08 0.08
0.03 0.04
0.36 0.37
NO.5
3.90 4.01
0.10
0.81 0.94
0.60
- 0.61
0.61 0.63
0.08 0.09
0.04 0.04
0.39 0.40
表 5 に示す KW-5 における No.5 と No.8 は SiO2 鉱物によるコンタミが少ないと考えられる
部位を示すが、それでもスメクタイト四面体の Si の最大占有量 4 を超えた。八面体層において
は最も Al を多く含み、Mg がそれに続く。八面体陽イオンに占める Fe の割合は少ない。未変
質試料は Na-Ca タイプであると考えられるが、層間サイトに Ca に卓越し Na はやや少ない。
これは EPMA の電子線に対し水和 Na イオンが不安定である結果を反映しているのかもしれな
い。モンモリロナイトの理想化学組成は W0.33(Al1.67Mg0.33)Si4O10(OH)2 に与えられる(白水,
1988)。ここで W は層間陽イオンを示す。KW-5 に含まれるスメクタイトの化学組成は、やや
Mg に富むものの、ほぼ理想的なモンモリロナイトの組成に近い。
変質部周辺の白色部分である KW-4 と KW-2 は未変質部分である KW-5 とは異なる全岩試料
の XRD プロファイルを示した。特に KW-5 試料と比較すると、クリストバライトと一致する
ピークが著しく増加していた。EPMA による観察から、KW-5 ではスメクタイトと密雑する産
状で含水 SiO2 鉱物(オパール A)が認められたが(図 12)、KW-4 や KW-2 では SiO2 鉱物は
特徴的に粒子状の無水のオパール CT として析出している産状が確認された(図 16 右部、図
18 右下部)。このことは KW-5 試料に含まれていたオパール A は KW-4 や KW-2 では溶解再沈
殿によりオパール CT へと変質したことを示唆している。なお、熱水変質作用によりオパール
がクリストバライトへ変質する温度は 50 度以上 100 度以下であることが知られている(吉村,
2001)。全岩試料の XRD プロファイルから粘土鉱物に相当するピークでは、未変質の KW-5
試料よりも著しく強度は低いがピーク位置はあまり変化していなかった。一方粘土鉱物に相当
する部位の化学組成には明らかな変化が見られた(表 5)。表 5 における KW-4 と KW-5 を比較
すると、Si および Mg はやや KW-4 が高
いものの大きく変化しない。一方八面体
層の Al と陽イオンサイトの Ca は明瞭に
減少し、八面体層の Fe と陽イオンサイ
トの K は増加する傾向が認められる。粘
土鉱物の XRD ピーク位置は KW-5 と比
較して変化がないことから、粘土鉱物は
スメクタイトを主成分とするものである
ことが推測される。なお EPMA による
産状では溶解再沈殿であるのか、八面体
表 6 代表的な海緑石の化学組成
海緑石
Tet
Si
Al
Oct
Al
3+
Fe
2+
Fe
Mg
layer Ca
Na
K
研究報告 10-22
能登
3.70
0.3
0.45
1.08
0.11
0.46
0.02
0.05
0.48
北海道
3.85
0.15
0.65
0.79
0.16
0.42
0.14
0.03
0.36
New Jersey
3.63
0.37
0.3
1.07
0.16
0.59
0.09
0.02
0.56
層 Al の Fe による構造置換によるものなのかは判断できない。
緑色変質を提示する KW-3 と KW-1 では特徴的にパイライトの生成が認められた。パイラ
イトの生成は還元環境を示唆するため、緑色変質を引き起こした流体は還元的であったと推定
される。また全岩試料の XRD 分析から粘土鉱物の d(001)に相当するピークは KW-5 と比較す
ると強度は著しく減少し、低角側にショルダーが見られるブロードな形状を示した(図 10a)。
また他の試料では強度では明瞭ではない 2.58Å のピークが現れること(図 10b)および d(060)
に相当するピークが高角側に移動することが認められた(図 10c)。2 八面体型の層状粘土鉱物
では八面体サイトに Fe(III)が増加すると d(060)は 1.51∼1.52 Å 程度を示すことが知られる(白
水, 1988)。表 5 に WDS による点分析から計算した KW-3 に認められた粘土鉱物の化学組成を
示す。鉄に 3 価を仮定した場合の化学組成の計算値では四面体層における Si 量が 4 に近い値を
示す。その場合八面体層の大部分は Fe(III)により占められ、Al、Mg が続く。また層間サイト
はほぼ K により占有される。表 6 に小島・下田, (1976)に示される能登、北海道およびアメリ
カ New Jersey に産出する代表的な海緑石の化学組成を示す。KW-3 に認められた粘土鉱物の
化学組成と比較すると双方はよく一致している。また粉末 XRD に示された各ピーク位置も膨
潤層(スメクタイト層)を含む海緑石のピークと矛盾しない。KW-1 試料の球状粒子の化学組
成は KW-3 よりも Al を多く含み、Fe および K は少なかった。このことは KW-1 試料ではスメ
クタイト層を KW-3 試料よりも多く含むことを示しているかもしれない。全岩鉱物の XRD 分
析から、KW-1 および KW-3 ではクリストバライトのピークが著しく減少していた(図 9)。
また EPMA 観察においても接触する白色部と比較するとクリストバライト粒子の存在割
合は減少していた(図 17b)。このことは溶解沈殿により生成する海緑石の生成にクリストバ
ライトを起源とする SiO2 成分が利用されたか、もしくは、流体に溶け込んだ SiO2 成分は
ベントナイトの変質過程において溶脱したものと考えられる。
研究報告 10-23
3-3 変質年代および熱履歴分析のための予備実験
アパタイトの FT
フィッション・トラック(以下 FT)法は、主にジルコンやアパタイトを用いた年代測定法の
一つである。これは鉱物内に存在する 238U が自発核分裂を起こした際に、結晶中に残した傷跡
(自発トラック)を利用するものである。自発トラックはその自発核分裂定数が求められてお
り(e.g. Spadavecchia and Hahn, 1967)、時間の経過とともに一定の割合で増加する。238U が
自発核分裂を起こすと、その2つの分裂片は鉱物中を反対方向に移動し、結晶中に約 10‐20
μ m のトラックを生じる。年代はこの自発トラックの密度と、ウラン濃度との比を用いて求め
ることができる。通常ウラン濃度は誘導トラック密度として測定されることが多い。また、FT
は温度上昇によりトラックがアニーリングを受け、短縮・消滅するという性質をもつ。このこ
とから FT 法は年代測定に用いられるだけでなく、自発トラック長を測定することで得られた
長さ分布から、鉱物が経験してきた温度履歴の評価に利用することが可能である(e.g. Gleadow
et al., 1983)。
特にアパタイトは、約 100℃の閉鎖温度をもつ(Green et al., 1986)ことから、他の鉱物を
用いた FT 法などに比べ、より低温での温度情報を保存している。この性質を利用して、アパ
タイトの FT 法は地殻上部の岩体の熱史や、堆積岩の比較的浅部での上昇・削剥史を論じるこ
とに応用されている(e.g. Fitzgerald et al., 1988)。
熱履歴分析のための試料調整について
先述のとおり、アパタイトは約 100℃の閉鎖温度をもち(Green et al., 1986)、地質学的時
間スケールにおいて約 70‐125℃でトラックの部分的な短縮を受ける(Gleadow et al., 1983)。
この温度領域を PAZ(Partial annealing zone)とよび、これより高温のトラックが完全に消
滅する温度領域を TAZ(Total annealing zone)とよぶ。TAZ に達する熱イベントがあった場
合にはその最高被熱温度は明らかでなく、そこから約 100℃にまで冷却されてからの年代がア
パタイトを用いた FT 法では求められ、PAZ に満たない熱イベントではその影響が及ばないた
めにアパタイト中に記録が残らない。
通常アパタイトの FT 年代は、その閉鎖温度から約 100℃を経験した年代を記録していると
解釈することが多い。しかし FT 年代は計測されたトラックの数にのみ依存するため、得られ
た年代値は PAZ を経験した何らかの熱イベントを反映しない見かけ上の数字であることも多
い。そのため実際の熱履歴を反映しているトラック長の測定による、熱履歴の検討が必要とな
る。年代値とトラック長データの測定から、熱履歴解析ソフトウェア HeFTy(Ketcham, 2007)
を用いて熱履歴のインバージョンモデリングを行う。
研究報告 10-24
FT 法を用いて年代測定・熱履歴モデリングを行
うためには、まず目的鉱物を試料中から分離す
る必要がある。一般的な岩石試料からのアパタ
イトの鉱物分離手順を図 21 に示す。しかしなが
ら、今回用いた未変質部のベントナイトは、そ
の止水性ゆえにサンプリングされた時点で多量
の水分を含んでいる。そのためクラッシャー・
ミルに試料が付着し、そのまま破砕することは
好ましくない。そこでここでは粘土からのアパ
タイトの鉱物分離の手順を検討する。
一般的な岩石では、試料が濡れている場合は
オーブンまたは自然乾燥にて試料表面を乾燥さ
せてから破砕を行う。そこで本試料でも 1)通常
どおり乾燥させる方法、2)乾燥と同時に分離さ
れることを期待して凍結真空乾燥機を用いて乾
燥させる方法、3)また通常、破砕後に水洗いを
して、水に浮く泥や軽鉱物を取り除くために試
料は水に浸すことになるので、破砕の手順を省
図 21 一般的な岩石試料からのアパタイトと
ジルコンの鉱物分離手順
(試料中の磁性鉱物の量によって磁性分離の順を早
めたり、追加的に篩いがけや、比重を変えた重液で
分離を行うこともある。)
き、乾燥せずに水に浸し、水中で分離させる方
法、これら 3 パターンを中心に試みる。
1)通常どおり乾燥
一般的な岩石試料同様に、50℃オーブンで乾燥させた(図 22)。24 時間では 10×4×3cm ほ
どの塊は中まで乾燥していなかった。乾燥の確認のために割ったこともあり、48 時間で完全に
乾燥した。表面は焼結したように真っ白になり、硬くなった。乾燥させただけでは分離せず、
金属るつぼと金属棒で粉砕した。今回乾燥には 48 時間をかけたが、試料サイズに大きく依存し、
ある程度乾燥すれば砕くことも容易なので、乾燥しながら適宜分割するとよいと思われる。
図 22 50℃オーブンで乾燥した様子
(左は 24 時間後であり、中まで乾燥していない。右は 48 時間後であり、完全に乾燥した。)
研究報告 10-25
2)凍結真空乾燥機を用いて乾燥
金沢大学理学部地球学科、神谷研究室の凍結乾燥装置(JEOL 社製 JFD-310)を使用して試
料の乾燥を試みた。設定温度 14℃で 30 分乾燥を行った(図 23)。30 分の乾燥では 1cm 四方の
試料でも乾燥はするが表面程度であり、不十分
であった。またこの装置は水を t-ブチルアルコ
ールに置換した試料を乾燥させるためのもので
あり、用途的に適切でなく、大量の水を飛ばす
には向かないとの意見も JEOL 社から得ている。
そこで同地球学科、長谷川研究室の真空乾燥機
の使用を考えているが、現在検討中である。
また、1)でのオーブンでの乾燥と、同時間で
の乾燥の比較も必要である。
図 23 JFD-310 凍結乾燥機での 30 分
乾燥後の試料
3)乾燥せずに水に浸し、水中で分離
比較のために 1)で乾燥させたほぼ同体積の試料と、未乾燥の生試料をビーカーに入れ、水
を加えた(図 24)。乾燥試料はシュワシュワと音をたてて分散(沈殿)したが、生試料は分散
せず、超音波洗浄機にかけても撹拌しようとしても状態に変化は見られなかった。
また、生試料は水中での手ごねによっても分離はなかなか進まず、かなりの労力が必要にな
ると思われる。
図 24 それぞれの写真の左は 1)のオーブンで乾燥させた試料、右は未乾燥の生試料で
ある。左の写真は加水前。右が加水後であり、乾燥試料は分散した。
2)についてはまだ検討中であるが、ここまでにおいて最も有効な鉱物分離手法としては次の
ように考えられる。
まず試料は 50℃のオーブンで完全に乾燥させる。このとき試料は乾燥具合の確認と同時に、
適宜分割するとよい。完全に乾燥した後、篩いがけは行わず、すべてに水を加え、分離させる。
この状態のまま水洗いを行い、水に浮くような軽い粒子や細かすぎる粒子を取り除く。
研究報告 10-26
次の手順として、
水篩いによる目的
鉱物の選定も検討
したが、200mesh ク
ロス、60mesh クロ
ス、235mesh(63μ
m ) 金 属 篩 、
166mesh(90μ m)
金属篩では有効な
分離はできなかっ
た。また、次の重液
分離で問題が解決
できそうだったの
で、この手順は省く
図 25 LST での重液分離風景(左)と、収集された重鉱物(右)
こととした。
水洗いを行った試料は 50℃のオーブンで再乾燥し、LST(Central Chemical Consulting 社:
比重 2.85)を用いた重液分離を行った(図 25)。LST に浸すことによる問題等は特になかった
が、試料がバラバラにはならず、5mm ほどの塊として残るものもあった。また、重鉱物にもわ
ずかに粘土が混じり、それがろ紙に
くっつくようすも見られる。しかし
ながら重鉱物はごくわずかであり、
LST での重液分離は非常に有効で
あると思われる。
総括して、LST 重液分離までの
手順を図 26 に示す。手順としては
乾燥させて加水、再乾燥後に LST
重液分離と、非常に単純化された。
今回扱った未変質のベントナイト
試料(約 130g)から得られるアパ
タイト粒子は数粒子になると思わ
れる(まだハンドピックは行ってい
ない)。これは火成岩に比べると少
ないかもしれないが、砕屑性の堆積
岩に比べると、元の試料の量からし
ても同等程度であると思われる。む
しろ LST による重液分離によって、
図 26 ベントナイトの鉱物分離手順
研究報告 10-27
ごく少量まで試料を絞り込むことができるので、今後の作業においては比較的順調に進むこと
と思われる。また、分析に必要なアパタイトを得るためのベントナイト試料としては、堆積岩
などと同じく約 7‐8kg 必要であると考えられる。
研究報告 10-28
4.まとめ
専門家との意見交換から、宮城県蔵王地域に位置するベントナイト鉱山である川崎鉱山にお
いて鉄とベントナイトとの変質を示唆する産状を見出し、変質帯の現地調査と採取を行った。
その結果、変質体は緑色を呈し網状脈としてベントナイト層に挟在していることが確認された。
また、採取した試料の粉末 X 線回折および EPMA による分析を行った。緑色変質脈には未
変質部分には認められないパイライト(FeS2)の生成が確認され、変質に関与した反応流体は
鉄に富み還元的であったことが推測された。さらに未変質部分において、スメクタイトと共存
する SiO2 は主にオパール A から構成される一方、変質部分においてはクリストバライトへの
相変化する産状が確認された。このことから、変質温度は 50℃以上、100℃以下であることが
示唆された。一方、変質による粘土鉱物学的変化は、未変質試料に含まれるモンモリロナイト
が鉄を含むスメクタイトへと変質する産状と、海緑石に変質する産状の 2 パターンを観察する
ことができた。前者の変質過程は、溶解沈殿によるものか Fe による一部構造置換によるもの
かは判断できなかった。一方、後者は溶解・沈殿を示唆する産状であった。
また、本研究において変質年代および変質の熱履歴を明らかにする方法としてアパタイトフ
ィッショントラック法に注目し、本試料に適用するためのいくつかの予備実験を行った。その
結果ベントナイト試料から適切に目的鉱物を分離するため手法を確立することができた。
研究報告 10-29
5.引用文献
Fitzgerald,P.G., Gleadow,A.J.W., 1988, Fission-track geochronology, tectonics and structure
of the transantarctic mountains in Northern Victoria land, antarctica. Chemical
Geology: Isotope Geoscience section, 73, 169-198.
Gleadow,A.J.W., Duddy,I.R., and Lovering,J.F., 1983, Fission track analysis: A new tool for
the evaluation of thermal histories and hydrocarbon potential. Australian
Petroleum Exploration Association Journal, 23, 93-102.
Green,P.F., Duddy,I.R., Gleadow,A.J.W., Tingate,P.R., and Laslett,G.M., 1986, Thermal
annealing of fission tracks in apatite: 1. A qualitative description. Chemical Geology
(Isotope Geoscience Section), 59, 237-253.
Spadavecchia,A. and Hahn, B. 1967, Die Rotationskammer und einige anwendungen, Helv.
Phys. Acta, 40, 1063-1079
小島素美子・下田右, 1976, 北海道夕張市紅葉山付近の堆積岩の海緑石. 粘土科学, 16,
81-91.
Lantenois, S., Lanson, B., Muller, F., Bauer, A., Jullien, M., and Plancon, A., 2005,
Experimental study of smectite interaction with metal Fe at low temperature: 1
Smectite destabilization. Clays and Clay minerals, 53, 597-612.
Perronnet, M., Villieras, F., Jullien, M., Razafitianamaharavo, A., Raynal, J., and
Bonnin, D., 2007, Towards a link between the energetic heterogeneities of the
edge faces of smectites and their stability in the context of metallic corrosion.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 71, 1463-1479.
白水晴雄, (1988) 粘土鉱物学. 朝倉書店
Wilson, J., Cressey, G., Cressey, B., Cuadros, J., Ragnarsdottir, K.V., Savage, D., and
Shibata, M., 2006, The effect of iron on montmorillonite stability. (II)
Experimental investigation.
Geochimica et Cosmochimica Acta, 70, 323-336.
Takagi, T., Koh, S.M., Song, M.S., Itoh, M. and Mogi, K., 2005, Geology and properties of the
Kawasaki and Dobuyama bentonite deposits of Zao region in northeastern Japan.
Clay Minerals, 40, 333-350.
伊藤雅和・石井卓・中島均・平田征弥, 1999, ベントナイトの成因・生成環境に関する一考察国内 4 鉱床の比較-, 粘土科学, 38, 181-187.
吉村尚久(編)鉱物の変化から見た堆積盆の熱履歴評価, 地学団体研究会
研究報告 10-30
研究報告11
放射性廃棄物処分事業の社会的側面の
基礎研究
[ 平成19年度∼21年度(予定) ]
東京大学
堀井 秀之
1.研究の背景・目的
放射性廃棄物処分事業を推進する上で、最も大きな課題となるのが、その社会的受容
性が高まり、処分地選定が円滑に実施されることである。これまで、技術的な研究は数
多く実施されてきたが、社会的側面に係わる研究は十分な態勢で行われてきたとは言い
難い。
社会的側面に係わる研究のグッドプラクティスを示すとともに、社会的側面に係わる
研究課題の体系化を行うことが、今後、処分事業にとって有益な研究を実施してゆくた
めに重要である。
本研究では、処分事業に対する国民・社会の理解促進と信頼性向上に向け、社会的側面
に係る研究の効率的な進展を図ることを目的として、社会的側面に係る研究課題の体系
化を行う。
本年度は、体系化の概念整理、及び、スイスのヴェレンベルグ低・中レベル放射性廃棄
物処分地選定プロセスを対象として、当該プロセスの政治過程分析に向けた各種情報の
収集整理を行う。
2.研究の目標
① 処分事業の社会的受容性が高まり、円滑に実施されるために、どのような社会的仕組
みが必要かとの観点から、社会的側面に係わる研究課題の体系化を行う。
② スイスのヴェレンベルグにおける低・中レベル放射性廃棄物処分地選定プロセスの政
治過程分析を行い、各アクターの行動モデルを構築し、州投票否決に至った要因を明
らかにする。さらに、処分地選定プロセスをマネージする方法論構築に資する知見を
得る。
研究報告 11-1
3.研究成果
3.1 社会的側面に係る研究課題の体系化の概念整理
(1)研究の概要
社会的側面に係る研究課題の体系化として何を行うべきか、どのような方法によりど
のような結果を導き、その妥当性をどのように評価すればいいかを明らかにする。その
上で、次のような方法を試行する。
すなわち、「事業に対する社会的受容性が高まる」という上位の目標から出発し、「事
業の必要性を国民が理解する」、「事業の安全性を国民が理解する」などの下位の目標を
順にリストアップし、それらの目標を達成するために必要となる社会的仕組みを検討す
る。さらに、その社会的仕組みを開発する上で必要となる社会的側面に係わる研究課題
を抽出し、体系化する。
(2)研究課題の体系化の手法の開発
初年度である本年度は、研究課題の体系化の手法を開発した。高レベル放射性廃棄物
処分事業のベースである原子力全般に関する国民の信頼を対象とした。主要な研究成果
を以下の図1に示した。
図1.原子力に対する国民の信頼を獲得するために必要な活動の体系
研究報告 11-2
(2)−1)目標(達成するべき状態)の体系化と各主体の行うべき活動のリストアップ
まず、「原子力に対する国民の信頼を獲得する」という上位目標を設定し、その上位目標
を達成するための下位目標を抽出した。抽出された下位目標は、国民が「事業者に対する
信頼感を持っている」、「規制に対して信頼感を持っている」、「一定のリスクを受容してい
る」、
「原子力の必要性を理解している」という状態が達成されていることである。さらに、
その様な状態が、具体的にどのような状態であるかを分析し、知ることによってブレーク
ダウンすることができる。
次に、そのような状態が達成されるために、各主体がどの様な活動を行っているか、或
いは、行うべきであるかをリストアップした。得られた結果は以下の通りである。
上位目標:原子力(産業)に対する国民の信頼を獲得する
達成されるべき国民の状態とそのために各主体が行うべき活動
A)事業者に対して信頼感を持っている
A1) 事業者が適切な技術力を持つことを認識している
A1a) 技術力維持システムが機能していることを知る
A1b) 技術力の信頼できる評価・確認結果を知る
各主体が行うべき活動
事業者
・技術力維持システムを確立・機能させる
・技術力維持システムの内容をわかりやすく公表・説明する
・技術力を自己評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
規制当局
・事業者の技術力を評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・事業者の技術力を評価し、結果を公表する
報道機関
・各主体の評価結果を適切に報道する
国民
・公表・説明される内容に関心を持ち、主体的に判断する
研究報告 11-3
A2) 事業者が誠実(倫理的)であることを認識している
A2a) 倫理維持システムが機能していることを知る
A2b) 誠実さ(倫理)の信頼できる評価・確認結果を知る
各主体が行うべき活動
事業者
・倫理維持システムを確立・機能させる
・倫理維持システムの内容をわかりやすく公表・説明する
・倫理を自己評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・事業者の倫理を評価し、結果を公表する
A3) 事業者が適切な安全対策を実施していることを認識している
A3a) 安全対策により事故・トラプルが防止されていることを知る
各主体が行うべき活動
事業者
・安全対策の実施状況をわかりやすく公表・説明する
・安全対策の効果を自己評価し、結果をわかりやすく公表・説明する倫理維持システムの
内容をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・事業者の安全対策の妥当性を評価し、結果を公表する
B) 規制に対して信頼感を持っている
B1) 規制当局が適切な技術力を持つことを認識している
B1a) 技術力維持システムが機能していることを知る
B1b) 棟術力の信頼できる評価・確認結果を知る
各主体が行うべき活動
事業者
・技術力維持システムを確立・機能させる
・技術力維持システムの内容をわかりやすく公表・説明する
・技術力を自己評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・規制当局の技術力を評価し、結果を公表する
報道機関
・各主体の評価結果を適切に報道する
国民
・公表・説明される内容に関心を持ち、主体的に判断する
B2) 事業者が誠実(倫理的)であることを認識している
研究報告 11-4
B2a) 倫理維持システムが機能していることを知る
B2b) 誠実さ(倫理)の信頼できる評価・確認結果を知る
各主体が行うべき活動
規制当局
・倫理維持システムを確立・機能させる
・倫理維持システムの内容をわかりやすく公表・説明する
・倫理を自己評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・規制の倫理を評価し、結果を公表する
B3) 規制当局が適切に機能していることを認識している
B3a) 規制により安全性が維持・向上していることを知る
各主体が行うべき活動
規制当局
・安全規制の実施状況をわかりやすく公表・説明する
・安全規制の効果を自己評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・安全規制のあり方を評価し、結果を公表する
C) 一定レベルのリスクを受容している
C1) リスクゼロは求めることができないことを認識している
C1a) リスクの概念・身の回りの各種リスクについて正しく知る
C1b) 日常生活にも必ずリスクが存在することを知る
各主体が行うべき活動
事業者
・原子力のもたらすリスクを評価し、わかりやすく公表・説明する
規制当局
・原子力のもたらすリスクを評価し、わかりやすく公表・説明する
規制当局以外の行政全般
・リスクに関する教育を行う
第三者機関
・各種リスク(原子力を含む)について評価し、公表・説明する
報道機関
・各主体のリスク評価結果を適切に報道する
国民
・公表・説明される内容に関心を持ち・主体的に判断する
研究報告 11-5
C2) 事故・トラブル時の対応が適切であることを認識している
C2a) 事故・トラブルの内容およびその対応状況を正しく知る
C2b) 事故・トラプルの教訓が今後十分に活用されることを知る
各主体が行うべき活動
事業者
・事故・トラブルの調査分析・活用システムを確立・機能させる
・事故・トラブルの内容、対応状況をわかりやすく公表・説明する
・事故・トラブルの教訓を活用し、その内容をわかりやすく公表・説明する
規制当局
・事故・トラブルの調査分析・活用システムを確立・機能させる
・事故・トラブルの内容、対応状況をわかりやすく公表・説明する
・事故・トラブルの教訓を活用し、その内容をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・事故・トラプルの第三者的調査分析を行い・結果を公表する
・事故・トラプル対応の適切性を評価し、結果を公表する
報道機関
・事故・トラブルについて適切に報道する
C3) 発生する事故・トラブルを受容範囲内と認識している
C3a)事故・トラブルのリスクについて信頼できる評価結果を知る
各主体が行うべき活動
事業者
・事故・トラブルのリスクを評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
規制当局
・事故・トラブルのリスクを評価し、結果をわかりやすく公表・説明する
第三者機関
・事故・トラブルのリスクを評価し、結果を公表・説明する
D) 原子力の必要性を理解している
D1) 自分が原子力のメリットを享受していることを認識している
D1a) 自分の生活に関わる原子力の役割を正しく知る
D1b) 原子力がない場合の自分の生活への影響を知る
各主体が行うべき活動
事業者
・原子力の果たしている役割をわかりやすく説明する
規制当局以外の行政全般
・原子力の果たしている役割をわかりやすく説明する
研究報告 11-6
第三者機関
・原子力の果たしている役割を評価し、結果を公表・説明する
報道機関
・エネルギー環境間題、原子力の役割について適切に報道する
国民
・公表・説明される内容に関心を持ち、主体的に判断する
D2) エネルギー・環鏡問題の解決に原子力が役立つことを認識している
D2a) エネルギー・環境問題を正しく知る
D2b) エネルギー・環境問題に関わる原子力の役割を正しく知る
各主体が行うべき活動
規制当局以外の行政全般
・エネルギー・環境問題に関する教育を行う
(2)−2)研究課題の体系化の手法開発の方向性
(2)−1)でリストアップした活動を実施し、目標を達成するために必要な研究課題
のリストアップを行う。具体的には、文献調査と並行して、人文・社会科学の研究者を含
め、関連する研究者にインタビューを行い、(2)−1)の成果に関する意見を聴取すると
ともに、必要な研究課題を抽出する。同時に、その研究課題に関する既往の研究、実施可
能な研究者、適切な研究方法、必要なリソース等に関する情報を抽出する。
リストアップした研究課題が、図1のどの部分に対応するものかを明らかにし、図1の
構造に対応して研究課題を体系化する。その上で、目標達成における各研究課題の役割を
分析し、優先順位付けを行う。さらに、研究課題の網羅性を確認し、目標達成のために不
足している研究課題の追加を行う。
研究課題の抽出の一例を示す。
研究課題:安心モデルの開発と、安心モデルに基づくリスクコミュニケーション手法の高度化
概要:
安全と安心は別の概念であり、安全であっても安心とは限らない。安全対策が必ずしも
安心対策として最適とは限らない。適切な安心対策を講ずるためには、安心をモデル化し、
そのモデルに基づいて安心対策を設計することが重要である。
安心モデルとは、不安が喚起されてから、その不安が解消され、安心が達成されるまで
の心理的過程を表すものであり、個人の能力やパーソナリティを反映したものであること
が求められる。
安心モデルによって設計されるべき安心対策の代表例がリスクコミュニケーションであ
る。リスクコミュニケーションが単に経験に基づいて行われるのではなく、安心の達成と
研究報告 11-7
いう設計目的に応じて最適なコミュニケーションが体系的に決定されることが重要である。
既往の研究:
山崎瑞紀、吉川肇子、堀井秀之、高病原性鳥インフルエンザにおける不安喚起モデル構成の試み、社会
技術研究論文集、第 2 巻、379-388、2004 年
http://shakai-gijutsu.org/ronbun2/379.pdf
濱谷健太、堀井秀之、山崎瑞紀、合意形成のための住民意識構造モデルの構築−道路整備事業を題材と
して−、社会技術研究論文集、第 3 巻、128-137、2005 年
http://shakai-gijutsu.org/ronbun3/p128-137.pdf
目標(原子力に対する国民の信頼獲得)との関係性:
C) 一定レベルのリスクを受容している
C1) リスクゼロは求めることができないことを認識している
C1a) リスクの概念・身の回りの各種リスクについて正しく知る
C1b) 日常生活にも必ずリスクが存在することを知る
C2) 事故・トラブル時の対応が適切であることを認識している
C2a) 事故・トラブルの内容およびその対応状況を正しく知る
C2b) 事故・トラプルの教訓が今後十分に活用されることを知る
C3) 発生する事故・トラブルを受容範囲内と認識している
C3a)事故・トラブルのリスクについて信頼できる評価結果を知る
上記の事項に関して、どのような情報が提示されるべきか、どのような双方向性が確保さ
れるべきかを、開発される安心モデルによって明らかにすることができる。
(2)−3)高レベル放射性廃棄物処分事業に関する研究課題の体系化の手法開発
(2)−1、2)では、高レベル放射性廃棄物処分事業のベースである原子力全般に関
する国民の信頼を対象とした。この手法を適用すれば、高レベル放射性廃棄物処分事業に
対する社会的受容性が高まり、事業が円滑に推進されるために必要な研究課題の体系化を
行うことができる。これは次年度に実施する計画であるが、上位目標として、「高レベル放
射性廃棄物処分事業に対する社会的受容性が高まる」を取り上げる。
研究報告 11-8
3.2 スイスのヴェレンベルグ低・中レベル放射性廃棄物処分地選定プロセスの政治過程
分析に向けた各種情報の収集整理
(1)研究の概要
政治過程分析の目的は、各主体の全ての行動を説明できる行動モデルを構築し、事態の
推移がどのような過程をたどったのか、過程内の個々の行動は何故行われたのかを明らか
にすることによって、事態の推移を支配していた要因や、権力構造を抽出することにある。
そのような政治過程分析を実施するために、新聞・TV 報道のデータベースを作成し、登場
する主体と、各主体のアクションリストの整理を行う。
採用する手法は、複数の主体の間で影響を及ぼし合うことによって事態が推移する様々
な事象に適用することができるものである。関係する主体をリストアップし、各主体がと
った行動を時系列に整理する。文献調査やインタビュー調査に基づき、行動モデルを各主
体に対して構築する。その行動モデルによって各主体の全ての行動を説明できることを示
す。
このような分析を通じて、事態の推移がどのような過程をたどったのか、過程内の個々
の行動は何故行われたのかが明らかとなる。事態の推移を支配していた要因や、権力構造
が分析の結果として抽出される。さらに、構築された行動モデルを用いることにより、新
たな事態や、環境の変化、事態の推移をコントロールするパラメータを変化させた時起き
る事態などのシナリオ分析を行うことができる。
(2)ヴェレンベルグにおける低・中レベル放射性廃棄物処分地決定プロセスに関する情報
の収集
(2)−1)新聞記事の収集、翻訳、分析
下記の新聞における関連記事を入手した。
‐
ファーターラント(1991 年まで、発行部数 42,000 部)
‐
ニートヴァルデン州民新聞(1991 年まで、発行部数 4,000 部)
‐
ニートヴァルデン毎日新聞(1991 年まで、発行部数 4,000 部)
‐
ニートヴァルデン新聞(1991 年∼1995 年、発行部数 6,300 部)
‐
ルツェルン最新報道(LNN、1995 年まで、発行部数 57,000 部)
‐
新ニートヴァルデン新聞または新ルツェルン新聞(NNZ、1996 年以降 NLZ、発行
部数 6,300 部と 125,000 部)
政治過程分析による分析方法を確立するために、まずニートヴァルデン新聞の 1994 年に
掲載された関連記事、32 件を翻訳した。翻訳した記事の内容(メモ)を補遺1に集録した。
1994 年を選んだ理由は、1995 年の 1 回目の州民投票前年に当たり、多くの政治的な動き
があると考えられるからである。
翻訳した記事より、登場するアクターのリストを作成し、さらに重要と考えられるイベ
ント、アクターのアクションを抽出し、表1を作成した。
研究報告 11-9
登場するアクターは、以下の通りである。
連邦レベルの組織・人:
連邦議会(上院:全州議会、下院:国民議会)
、連邦評議会、Adolf Ogi(連邦評議会)、
連邦裁判所、連邦司法警察局
州レベルの組織・人:
ニートヴァルデン州議会、ニートヴァルデン州民集会、ニートヴァルデン州評議会
市町村レベルの組織・人:
ヴォルフェンシーセン市民集会、ヴォルフェンシーセン市行政機関
政党:
キリスト教民主党(CVP)、自由民主党(FDP)、スイス国民党(SVP)、ニートヴァル
デン民主党(DN)、社会民主党(SP)、自由党(LP)、緑の党(Grunen)
実施主体:
放射性廃棄物管理共同組合(Nagra)
、ヴェレンベルグ放射性廃棄物管理共同組合(GNW)
監督官庁など:
原子力施設安全本部、原子力施設安全委員会
反対組織:
ニートヴァルデン州民が原子力設備について共に発言するための委員会、ヴォルフェ
ンシーセン労働組合、ストップ・ヴェレンベルグ、反核連合
周辺地域の組織:
オプヴァルデン州(ニートヴァルデン州の隣)評議会、エンゲルベルグ(オプヴァルデン
州内)の住民
その他:
ニートヴァルデン発電所、イニシアティブ委員会、ヴェレンベルグ専門家グループ
表1では、アクションを黄色、リアクションをオレンジ、一連のアクションに関係する
と考えられるアクターを水色で表示した。
政治過程分析としては、このアクションリストから重要なアクションを選択し、そのア
クションを選択した意思決定の過程を分析することとなる。これは次年度に実施する。
研究報告 11-10
表1.(1/3)
研究報告 11-11
表1.(2/3)
研究報告 11-12
表1.(3/3)
研究報告 11-13
(2)―2)関連情報の収集
ヴェレンベルグにおける低・中レベル放射性廃棄物処分地決定プロセスに関する情報を
以下の通り収集した。
① スイスの政治的構造
スイスの政治組織は、連邦(Bund)、
州 ( Canton 、 例 : Nidwalden )、 市 町 村
(Gemeinde、例:Wolfenschiessen)の3
つのレベルから構成される。
それぞれのレベルにおける政治組織を右
の図 2 に示す。
ニドヴァルデン(Nidwalden)州の政党
支持率は以下の通りである。
・CVP(Christlichdemokratische
Volkspaetei, キリスト教民主党): 34.7%
・FDP(Freisinnig-Demokratische Partei,
自由民主党) : 28.9%
・SVP (Schweizerische Volkspartei,
スイス国民党) :19.7%
・DN(Demokratisches Nidwalden,
ニドヴァルデン民主党)
: 9.2%
・SP (Sozialdemokratische Partei,
社会民主党 ): 3.2%
図2.スイスの各レベルにおける政治組織
研究報告 11-14
各政党の特徴を以下にまとめる。
・CVP(キリスト教民主党)
三大政党の一つで閣僚 2 名を出している。地方分権主義的な保守政党で、保守的農村部
に堅い基盤をもつ。政策的にはキリスト教的(カトリック)価値観を基礎に、個人と家族の自
由と連帯を図り、すべての階級の繁栄を目的としている。キリスト教民主党は 19 世紀中頃
の保守運動から生まれた。1891 年から閣僚を出している。
・FDP(自由民主党)
自由民主党はスイスで最も古い政党の一つで、三大政党の一つである。この党は権利の
濫用を排した規律ある自由主義、民主主義を掲げ、州に対しては市民の自由と平和を守る
ために必要不可欠な権限だけを認めようとする集権的傾向をもつ。政策的には私的経済体
制に立脚しつつ、公共の目的のための公的介入の必要性を認める立場をとる。進歩的中産
階級上層部が主な支持層である。
自由民主党は 1981 年までは閣僚 7 名全員を出し、長期にわたり議会で絶対多数を握って
いた。1919 年に比例代表制が導入されてからは以前のような圧倒的な支配力は失ったが、
現在でも閣僚 2 名を出している。
・SVP(スイス国民党)
国民党は、ベルン州を中心とした農民、中小企業者などの中産階級、プロテスタント右
派などを主な支持層とし、政治的には祖国の自由・独立の維持、経済的には農民、中小企
業者の独立、利益の維持を目的とする。1974 年農民中小企業者党から国民党に改称した。
1921 年以来 1 名の閣僚を出している。
・SP(社会民主党)
三大政党のひとつで閣僚 2 名を出している。労働組合を主な支持層とし、歴史的には変
遷があるものの現在は中央集権的立憲社会主義の立場で、社会的・経済的不平等の排除、
民主的基盤に立つ社会民主主義の実現を目指している。1943 年に初めて連邦内閣の閣僚を
出した。
・LP(自由党)
個人の自由と責任を重視し、私有財産と経済の自発性を保つ経済的自由主義の立場をと
る。市町村の自治権を重視し、州の役割を限定しようとする傾向がある。
・Grünen(緑の党)
環境保護を目的をした政党。政策的には集権的傾向をもち、特に環境分野で州の積極的
な介入を支持する。都市計画分野では非常に保守的で、伝統的生活の保護を要求する。1987
研究報告 11-15
年に国民議会に 11 議席、91 年に 14 議席を得た。上院には議席はない。
② GNW ( Nuclear Waste Management Cooperative Wellenberg )
GNW は 1994 年 6 月、建設予定地であるヴェレンベルグ地域のヴォルフェンシーセンの
住民投票で設立を許可された、自治体と Nagra との共同組合である。GNW の事業内容は
処分場建設と処分の実施である。1995 年、GNW はヴェレンベルグに、調査及び処分場建
設(調査の結果が肯定的だった場合)を目的とした探査抗建設の申請を行った。住民投票
の結果 53%の反対で否決された。2002 年には、調査だけを目的とした探査抗建設の申請を
行ったが、58%の反対で否決された。その後、GNW は解散した。
放射性廃棄物処分の専門家フルーラー氏へ質問をしたので、その結果を以下に載せる。
設立の理由:
・
“地域名(local name)
”を使用することで、ヴェレンベルグが放射性廃棄物処分のプロジ
ェクトに主体的に関わっているということを宣伝する。
・Nagra は低レベル放射性廃棄物処分以外にも事業を行っているため、ヴェレンベルグの
プロジェクト専門の組織を作りたかった。
組織目標:
ヴェレンベルグにおける処分場の建設、処分の実施
法的根拠:
GNW は“共同組合(cooperative)”という形態をとる。民間会社(private company)
ではない。
財政:
原子力発電事業者から 5 分の 4、医療関係者から 5 分の 1 の収入を得ていた。しかし詳し
いことは分からない。
職員における地域住民の比率:
大部分が Nagra からの出向者であった。ヴェレンベルグの人間もいたが少数だった。も
しかしたらプロジェクトが進行するにつれ、ヴェレンベルグの人間が増えたかもしれない。
しかしプロジェクトが実施されるかどうか分からない状況では、地元の人間を多数雇用で
きないというのも、もっともなことだと思う。
Mr. Murer は GNW の人間だったが、現在 Nagra にいる。他にも Nagra の中に、過去に
GNW で働いていた人間がいると思う。
研究報告 11-16
主導権の有無:
名目上は Nagra と同じ階層の組織だったが、実際には Nagra の子会社に近かった。ヴェ
レンベルグの人間にはあまり権限はなかったようだ。
失敗の理由:
・候補地が 1 箇所しかなかったので、住民はなぜ自分たちだけなのかと思った。
・ヴェレンベルグの住民にとって、GNW は独立した組織とは見なされていなかった。原子
力発電事業者と同じような組織だと認識されていた。
・国のリーダーシップがなかった。一例を挙げると、エネルギー省の人間(長官だったと
思うが、メモを取れていなかったので正確ではない)がヴェレンベルグを訪れたのは 2002
年の投票のたった 2 週間前であり、それまでは何の関与もしていなかった。しかも彼は
建設予定地のヴォルフェンシーセンまでは寄らず、その手前で引き返してしまった。
2005 年に改定された新しい原子力法では、地元住民の投票には法的権限は与えられず、
国民投票のみで決定されることとなった。これは、国が主体的に処分事業に関わるとい
うことの一例であると考えられる。
③ EKRA ( Third group of experts )
EKRA は 1999 年 6 月、連邦政府の要請で設立された。設立の目的は、放射性廃棄物の処
分方法について比較し、どの方法が適切であるかを提言することだった。EKRA は 2000
年 1 月にレポートを提出し、監視付きの地層処分が適切であるという結論を出した。
正確なデータはないが、EKRA は賛成派、反対派の両方から高く評価されている。以下
フルーラー氏への質問の結果を載せる。
設立の理由:
1995 年ヴェレンベルグでの住民投票否決後、賛成派と反対派で処分方法について対立が
起こった。賛成派は現状(地層処分)のままでよいと主張したが、反対派は監視付き長期
処分を行うべきだと主張した。そのため連邦政府は第三者専門グループを設立し、処分方
法について検討するよう要請した。
中立性の根拠:
ここでは、中立(neutral)という言葉を「賛成派・反対派両方から受け入れられる」と
いう意味で使用しているが、その意味では EKRA は中立性(neutrality)を保つことに成
功したといえる。EKRA 内には様々な分野の専門家がいたが、彼らは賛成派・反対派から
きちんと話を聞いたことで、両者から信頼されたと考えられる。
研究報告 11-17
補遺1.1994年ニートヴァルデン新聞の関連記事
1月7日
選挙を間近かに控え、ニートヴァルデン州のキリスト教民主党(CVP)は党の綱領を代表
者会議で決定した。綱領は、経済、失業など 12 の専門分野について立場を明確にしている。
ヴェレンベルグに関しても、立場を明確にしている。以前から、処分場の決定に関しては
地理的条件のみを考慮すべきで、政治的になるべきではないと主張し、透明な決定プロセ
スを要求してきた。同党は、Nagra の解析結果を批判・点検するための専門家を雇う費用
を州に要求している。もしヴェレンベルグが処分場になったら、安全確保や経済的補助が
必要となる。
1月27日
連邦評議会の Adolf Ogi は、ヴェレンベルグの問題について決定を下すのは私ではないと語
った。彼によれば、エネルギー問題という根本的な問題を解決するためには、処分場の問
題が解決されなければならないとのこと。既存の原子力発電所の稼働率を上げるという案
も出されているが、スイスで毎年 6 万人の人口が増える中では、現実的ではない。処分場
の問題を解決するに際して、連邦評議会は、自らの案に対するすべての説得・提案を考慮
する義務はない。最終的な決定は国会(連邦議会)が行う。反対意見の調整などに時間が
かかるだろうが、拙速はよくない。
2月1日
連邦裁判所は、ニートヴァルデン州の法律に基づいて、ヴェレンベルグに廃棄物処分場を
建設するには州の認可が必要との判決を下した。これは、地下支配権を認める法律が存在
しているからで、地下鉄などを建設する際に認可が必要なのと同じであるとの論理である。
この決定は直接的にはニートヴァルデン州に関するものであるが、(隣接する)ウーリ州議
会も動かすことになった。ウーリ州には山に関する権利を定めた法律も、地下の支配権を
定めた法律もないからである。そうした法律を制定することで、廃棄物処分場の場所の決
定に際して発言権が増すことが期待できる。ただし、処分場の場所が決定する前に法律を
制定する必要があるので、残された時間は少ない。
3月23日
スイスにおける核エネルギー問題とは無関係に、放射性廃棄物は処分されなければならな
い。放射性廃棄物処分の実施主体(Verantwortung fur die Entsorgung radioaktiver
Abfaelle)によると、原子力発電について議論はできるが、安全な処分場について議論の余
地はない、この問題が政治カードとして乱用されるような事態は憂慮されるべきであると
している。
研究報告 11-18
4月9日
ヴェレンベルグの法律に基づき、処分場の決定には州の認可が必要だとする判決に対し、
全州議会の環境・国土・エネルギー委員会は「その法律は適用されるべきではない」とし
て上告。ニートヴァルデン州政府は効果的な抗議だとして評価している。反対派は、すべ
ての候補地が調査され、科学的にヴェレンベルグが最も安全な場所だと分かれば、住民が
建設を認めることになるにも拘わらず、州からあらゆる権限を剥奪するのは誤りだと主張
している。
5月2日 a
ニートヴァルデン州政府は、ヴェレンベルグの低・中レベル放射性廃棄物処分場に関する
州の方針転換についての草案をまとめた。Nagra は比較調査の結果、連邦に対してヴェレ
ンベルグを処分場として提案することを決定した。連邦司法警察局(EJPD)は州政府に、
処分場建設の前提条件を満たすよう要求した。連邦は、原子力法を楯に、放射性物質廃棄
の際の州の発言権を制限するつもりである。
5月2日 b
ニートヴァルデン州議会の委員会は、ヴェレンベルグ処分場についての計画を改定した。
決定というわけではないが、ヴェレンベルグ内の 4 つの候補地の中で、ヴォルフェンシー
センがよいのではないかとしている。処分場は特別使用地域に割り当てられる。入口は果
樹園となっている土地が使われる。処分場は国家的な課題であるから、370 ヘクタールある
果樹園のうち 1.2 ヘクタールは(入口の建設のために)縮小されるべきである。処分場建設
に際して地下水への影響が調査される必要がある。処分場が水害の被害を受けないよう、
一定の高さ以上に建設するなどの対策も必要である。果樹園や森林など、工事によって撤
去されるものは、工事後には元通りにされなければならない。管轄権の所在が明確化され
た(連邦:枠組み・建設・操業・保管の承認、州:法律関係・土地関係・環境関係の処理)。
8 月中旬までに、同計画が議決される予定である。決定のプロセスには 4 年かけ、その後処
分場を二段階に分けて建設する予定である。ヴェレンベルグに処分場ができるのはほぼ確
実である。ニートヴァルデン州の人も含めて皆、処分場の問題をスイス国内で解決すべき
ことに同意している。
5月14日
ニートヴァルデン州民主党(DN)とヴォルフェンシーセン労働組合(AkW)は、ヴェレン
ベルグ処分場に関する、金銭の支払い協定を明確に拒否した。金よりも安全が問題である。
低・中レベル放射性廃棄物という名称の中身が不明確であるため、何が実際に廃棄される
のかが問題となる。
研究報告 11-19
5月26日
ヴォルフェンシーセン市議会の 2 議席をめぐり、LP,CVP,AkW の各党から立候補があ
った。AkW は立候補を通じて「ヴェレンベルグに関する透明性をより確保し、保証する」
ことを期待している。副市長の選挙も同時に行われる。その他、学校にパビリオンを造る
ための金を出すか、などについても投票が行われる。
6月14日
“ヴェレンベルグへの質問”ルツェルンにて:
ヴェレンベルグにおける放射性廃棄物処分についての安全面からの質問が、ルツェルン州
議会でも行われた。Louis Schelbert(緑の党)が質問をした。
“処分の問題が安全面からの
検討より先行して決められてしまうことは遺憾である。政府及び Nagra は、今日まで放射
性廃棄物の最終処分場選定のための明確な基準を示していない。今後の予定についても矛
盾した発言をしている。ルツェルン州は MNA の示すような安全条件を取り入れるべきであ
る。”彼は、ルツェルン州政府が、MNA の要求を支持し、彼らの示す安全基準を調べるた
めに独立した専門家に調査を依頼するかどうか質問した。
6月18日
“電気料金 6%値上げへ”
ニートヴァルデン発電(EWN)は、秋にも電気料金の値上げを計画。前回の値上げは 1991
年に行われた。コスト(人件費の増加)と会社の利益構造に適応させるために行うと説明。
スイス中央発電(CKW)は、昨年 1 月から電気料金を 12%値上げしていた。EWN は当初
8%の値上げを予定していたが、最終的に 6%に落ち着いた。
“原子力発電は無料で”
ニートヴァルデン州の最終処分施設はヴェレンベルグに建設される予定である。EWN は年
間最低 25,000MW の原子力発電によるエネルギーを 40 年間得ることができる。州議会と
GNW は処分について協力することを約束した。原子力と特許権は 3.5∼4.0 百万フランに
相当する。しかし州議会は、各家庭の電気料金は値下げせず、市場価格で提供することを
希望している。追加収入と放射性廃棄物の処分については、州だけでなく自治体の意向も
反映されるべきであるとした。
6月21日
“ Nagra、ベンケンで掘削調査へ”
チューリッヒのヴァインラントにあるベンケンとアーガウ北部の自治体が、高レベル放射
性廃棄物処分の可能な地域である。DRA ラジオが Nagra へ確認した。 Nagra は 6 月下旬
に発表する予定である。2020 年までに実現の予定。低レベル放射性廃棄物の処分地にはニ
ートヴァルデン州のヴェレンベルグが確定している。
研究報告 11-20
6月24日
“州民集会のイニシアティブ(国民提案)は州議会によって修正されるのか?”、“州書記が
Peter Steiner を追い出した?”
提出された州民集会のイニシアティブには「ヴェレンベルグの法案」に対する投票の項目
が抜けており、イニシアティブ委員会で問題となっている。文書の訂正は今度の水曜日に
州議会へ提出される予定。もし議会の大多数が訂正することに賛成しなければ、イニシア
ティブは再び署名を集めなければならない。
“これまでの歴史はこの問題と同じくらい複雑だ”
喫緊にはニートヴァルデンの州民集会の修正を目指すことが、憲法イニシアティブの申請
となるが、Initianten の観点から見れば、重要な要素が忘れられていた。イニシアティブ法
案に基づくと、「ヴェレンベルグ法案」に対する投票の効力はまったくない。Initianten は
間違いに失望し、Peter Steiner を追い出した。彼を追い出したのは州書記の Hugo Murer
だった。彼が Initianten に助言したのは正しかった。“イニシアティブ文書は時間の制約上
あまり考慮されないだろう”Murer にとって難しかったのは、2 種類のイニシアティブ文書
が出回っていたことだった。initianten がイニシアティブ文書を提出したのは期日の直前で
あり、Murer は文書を審査する時間がなかった。“イニシアティブ委員会の Peter Steiner
は間違ったイニシアティブ文書が提出されたことについて僅かなヒントしか言ってこなか
った。私は印刷屋に連絡するよう助言したが、間に合わなかった”
“頼みの綱としての州議会”
ほんの少し救いの可能性が残っている。Murer はこれに取りかかっているが、州議会に対
する変更申請をするということである。“もしこの申請が水曜日の会議で賛成されれば、
initianten の間違いは修正されるだろう”もしうまくいかなければ、イニシアティブ委員会
は最低 1,238 の署名を再び集めなければならない。
6月28日
“キリスト教民主党(CVP)、グリムゼルの地盤研究所を訪問”
ニートヴァルデン州の CVP は土曜日、グリムゼルにある地盤研究所の見学会を実施した。
そこでは放射性廃棄物に関する複雑な試験が行われている。この訪問はヴェレンベルグの
放射性廃棄物処分についての理解を深めることになると考えられる。ニートヴァルデン州
CVP は、ヴェレンベルグでの処分地決定を見越して、グリムゼルにある Nagra の試験施設
を訪問した。多くのニートヴァルデン州民、州議会議員、市議会議員、教育関係者などが
参加。Nagra から説明を受けた。
6月30日 a
Emil Kowalski 氏(GNW)の挨拶の後、Nagra の理事から説明が行われた。Nagra は岩盤
についての研究を行っている。この試験施設は、地質学と水理学を研究する者にとって価
値あるものである。ヨーロッパ諸国でまとめて(共同で)処分を行うという方法もある。
研究報告 11-21
ニートヴァルデン州 CVP 副代表の Paul Matter 氏は Nagra に謝意を示し、今後さらなる
安全性の向上を依頼した。ニートヴァルデン州 CVP は、秋にもまた見学会を実施する予定
である。
6月30日 b
“再び州民集会修正の署名が集まっているのか? 州議会は反対提案を断念”
ニートヴァルデン州議会は昨日、イニシアティブ委員会が2回目の州民集会修正のための
署名を集めることを希望しなかった。イニシアティブ委員会はヴェレンベルグの最終処分
に関する投票の責任についても、イニシアティブ文書の中で間違いを犯していた。おそら
く 1,300 の署名ミスを修正する必要がある。
アイルテンポでは、イニシアティブ文書についての州議会の委員会(州民集会修正の分析
を検討するための)が結成された。州議会議長の Paul Niederherger は、これまであまり
議論されてこなかった問題が見つかったことについて説明した。それは州民集会の修正だ
けでなく、州の政治家や知事も選挙されるリスクを孕んでいるということである。この法
律は投票で決められるが、憲法の下、ひとつひとつ照らし合わせるのは不可能に近い。変
化や反対提案の動きは失われた。Paul Niederberger が指摘するように、Initianten はヴェ
レンベルグの投票を欲している。しかし彼らはイニシアティブ文書の中に対応する憲法の
条項を載せるのを忘れていた。そのため、委員会は修正を拒絶した。
“拒絶は強固ではなかった”
ベッケンリート議会のリベラル派 Peter Murer は、Mitinitiant として現れたが、彼は委員
会の否定的な態度に失望した。彼は拒絶の理由を理解しなかった。自治体の手続きは問題
なく進んでおり、投票と署名の用意がされている。州民集会によれば、署名を集めるには
さらに時間がかかるとのことである。しかし、州議会はイニシアティブを補充して最終処
分施設についての投票を行うことは可能だとしている。署名の希望が集まっているのは明
らかだが、投票が行われる可能性もある。彼は CVP の Josef Frunz や DN の Leo Odermatt
の支援を受けているが、この重要な決定は多くの住民の合意を得る必要があり、自治体レ
ベルで決定できる話ではない。故に、州民集会修正のタイミングは今である。州議会を代
表する Paul Niederberger も、早く州民集会についての重要な決定を行うべきであると主
張している。Hans Jost Hermann(LR 党)は州民集会の維持を主張している。
“今後の日程”
36 票中 13 票がイニシアティブの拒否に対する補足申請だった。イニシアティブ委員会は欠
点を修正するために署名を求めるか否かを決める必要がある。州議会は少なくとも、
Initianten に傾いている。広報によると、州議会は 8 月末に行われるので、署名は 9 月の
補足申請に向けて 7 月中に集める必要があるとのこと。
研究報告 11-22
6月30日 c
“ニートヴァルデンの反対、州評議会へ一羽の鶏が送られる”
昨日ベルンで行われたヴェレンベルグ低・中レベル放射性廃棄物処分の申請に対して、ニ
ートヴァルデンで抗議が起こった。Seewligrat-Felswand am Burgenberg が抗議を行い、
MNA 代表の Leo Odermatt が州評議会へ抗議の証としてダンボール箱に入った鶏を送った。
「ストップ・ヴェレンベルグ」の最初の会合がヴェレンベルグで行われた。これには WWF
も所属しており、黒い抵抗旗を掲げ叫んでいるが、孤立していた。より抵抗が見られたの
は「Seewligrat-Felswand am Burgenberg」の委員会だった。州議会の近くでは、MNA 代
表の Leo Odermatt が州評議会の部屋の中で、ニートヴァルデン州 Landnmmann の
Hanspeter Kaslin と鶏の準備をしていた。
“彼らがヴェレンベルグの質問に起きるとは思わなかった”
MNA が州評議会へ鶏を送りつけたのは、州評議会が技術面に固執しすぎており、プロジェ
クトの影響を考慮していなかったからである。AkW も反対活動を行っている。AkW は申
請が早すぎると主張している。WWZ スイスも批判している。ニートヴァルデン州議会は
Hugo Kayser (CVP Dallenwil)を通じて安全性に問題がないとの緊急声明を発表した。
7月7日 a
ヴォルフェンシーセンとバウエンの住民(以下、地元住民)300 名を含む、ドイツ語圏スイ
ス人 900 名にチューリッヒ大学が放射性廃棄物処分場建設についてのアンケートを行った。
補償金があるお陰で現地住民の 72%が処分場建設に賛成している。しかし、理由の内訳を
見てみると、
36%
好意的
34.7%
誰かがやらなくてはいけない、義務なので仕方がない
半数以上が消極的な賛成にとどまっており、放射性廃棄物処分場についてのネガティブな
イメージはあり、地元住民は次のように回答している。
83.2%
---------
67%
環境・健康の懸念がある
以下は地元住民とスイス(ドイツ語圏)に対して、放射性廃棄物処分場の不安としてよく
挙げられる事象について、不安かどうかを聞き、
「不安だ」と答えた人の割合(%)である。
<地元住民>
<スイス人>
突発事故
40.3%
47.2%
輸送事故
39.0%
48.9%
地下水汚染
38.7%
43.7%
サボタージュ
23.9%
36.0%
また、突発事故がどれくらい危険か?という問いに対し、
「即死を招く」と答えた人は3分
の1程度で、一方、
「即死はない」と答えた人は 60%ほどだった。また、放射性廃棄物処分
研究報告 11-23
場の建設自体に懸念があるか?という問いには、現地住民は 62.3%が「イエス」
、他のドイ
ツ語圏全体では 84.5%となった。さらに、地元住民の 65.2%は事故の隠蔽を恐れている。
こうしたことから、地元住民も他のドイツ語圏の住民同様に不安を抱えているものの、補
償金があることから同意をしているという心理が読み取れた。補償金というのは高すぎて
はいけない、何故なら正しい民意を反映しなくなる恐れがあるからである。
7月7日 b
“金は結局何の意味も為さなかった”
ヴォルフェンシーセン住民の 52%が 1993 年春の段階で、放射性廃棄物処分場に OK を出し
ていた。しかし、補償金がなければ 41 % しか了解をしないということが先ほどのチューリ
ッヒ大学のアンケートにより判明した。さらには、このスイスの北東部地域の村が依然と
して放射性廃棄物処分に高い懸念を示していることも判明した(他のドイツ語を母語とす
る地域と比較すればまだ低いものの)。そこで、Stans という団体が、
「Wellenberg」とい
う団体を創設し、放射性廃棄物処分の反対署名票を集め始め、20 日という期限内に、反対
の有効数である 1,238 票を超える約 1,900 の署名を集めた。この署名をもとに放射性廃棄
物処分場建設許可の修正申請を出す模様である。同団体の代表は、“我々は金に目がくらん
で判断を急ぎ過ぎてしまった”という声明を出しており、署名者達もすべて、この声明と
同意見のようだ。8 月 19 日よりこの署名をもとにした修正申請が出される予定。
7月8日
ニートヴァルデン州議会は DN の放射性廃棄物処分場についての意見を聞かなかった。DN
が彼らの意見を通すためには、より多くの団体の同意が必要であろう。そのため DN はリ
ーダーとして Leo Odermatt をたてている。彼は州議会に議席を持つ DN のメンバーであ
り、放射性廃棄物に関する研究チームの活動のために、直接、情報を伝えている。さらに
彼は MNA の方針決定にも関与していて、影響力は大きい。また DN 自体も、他の団体で
ある CVP や LP などとの連携を深めている。
7月11日
“アンケート、統計についての注意”
水曜日のスイスの TV ショーで「買収されない」という絵付きのテキストが紹介された。こ
れは先のチューリッヒ大学でのアンケート結果から起こったものだ。まず、確認しておき
たいのが、このアンケート結果が本当に確かなものなのか、また、これがどれくらい住民
の公式の意見を修正し得るものなのかは誰もわからないという点である。
初め、住民たちは、1家庭あたり、8 万スイスフラン/年の補償金によって放射性廃棄物処
分場建設をどうにか納得したのだった。しかし、ここに来ての意見の変更、これは人間の
集団心理の弱い点を垣間見るもので、批難されるべきアンケート結果といえよう。
住民たちは一度買収されかけたことに許しを乞うような姿勢で、放射性廃棄物処分場建設
研究報告 11-24
に反対する構えだが、よくよく考えてみると、アンケート結果によって住民の意見が左右
されているようにしか私には見えない。
7月15日
“ 「Wellenberg」の活動状況”
ニートヴァルデン州議会において、
「Wellenberg」は Dominik Galliler(Suva の代表)理
事会の下におかれることとなった。この理事会は今年の夏に創設され、今は Heini Murer
教授に引き継がれている組織である。
「Wellenberg」の課題事項は、きちんとした公式の枠
内で、きちんと反対派とも議論すること、さらに先のアンケート結果の正当性を確認する
こと、円滑に議会で活動できるように、きちんと活動内容を報告するシステム作りである。
「Wellenberg」は 3 団体(※)の代表として議会に参加するわけで、もしこの 3 団体が協
力出来なかった場合、彼らの要求が首尾よく通ることはないであろう。
※
DN, Komitees fuer die Mitsprache, Nidwaldner Volkes bei Atomanlagen
9月8日
“AkW、非難に反駁”
ヴォルフェンシーセン市議会は、スイス TV と AkW を批判した。AkW はこの批判に反駁
した。AkW メンバーの協力は、組織による強制ではなく自発的なものだったと AkW は語
っている。市議会の書簡には、現在の状況では AkW とのこれ以上の協力はほとんど意味が
ないものだと書かれていた。AkW は、1993 年 11 月 24 日に出した質問状の返答がまだな
いことを挙げ、「これ以上の協力」は「これまでの協力」を前提とするものだと反駁した。
AkW は、ヴォルフェンシーセンの少数派は市議会のやり方に納得していないとして、以後
如何にして市議会は彼らの意見を代表していくつもりなのか?という疑問を呈した。AkW
は市議会が対話を重視することを望んでいる。
10月22日 a
“圧倒された”
ベッケンリート州議会のリベラル派 Peter Murer は、有権者がイニシアティヴ委員会に信
頼を寄せたことに圧倒された。彼は、自分たちのイニシアティヴはよく考え抜かれたもの
であり、廃止などはあり得ないと考えている。Murer は、国民はこれ以上長く待ちたくな
いのだと思っている。
10月22日 b
“ヴェレンベルグ労働団体のヒアリング”
ニートヴァルデン州政府によって指名されたヴェレンベルグの労働団体は、スイス政府委
員・国会議員の立会いの下、ヒアリングを行った。Nagra、チューリッヒ大学、厚生省、核
エネルギー安全庁、原子力監視委員会の人間や、民間の科学者などの専門家が、放射能に
研究報告 11-25
よる生物へのリスク、廃棄物のカテゴリー、建設後の監視体制などについて、詳細に説明
した。ディスカッションにおいて専門家は多くの質問を受けたが、素人から見ても専門家
から見てもよく分かるように答えることができた。このイベントによって、問題のより良
い理解が得られた。このヒアリングと並行して、労働団体は専門家と詳細な話し合いの場
をもった。
10月24日
“ニートヴァルデン州では過半数の人間が改革を望んでいる”
改革により、全州議会・州政府は、市町村ではなく、投票によって決められる。同様に、
憲法改正も投票によって決められる。州政府、州議会、市民政党はこの提案に反対した。
しかしながら、この超党派の委員会の出した提案は明らかに過半数の支持を得ている。法
案数が大量でさばききれないことや財政上の問題から、内容はともかくとして、改革が必
要であることについては意見が一致している。
10月25日
外部のメディアでは、ニートヴァルデン州の、州レベルにおける投票決定プロセス導入は
驚きとして受け止められた。
Neue Zuercher Zeitung 紙
“討論でなく投票で決定するというのは、市町村にとって損失である。”
Luzener Neuste Nachrichten 紙
“これまでも改革案は出されていたが、委員会の案も政治家の案もあいまいすぎて、市民
は信用しないようになった。有権者は改革における再度の失敗を避けたがっている。”
11月15日
“最終処分場に対する広範囲からの反対”
25 の環境団体・反原子力団体から構成される CAN は、枠組み承認申請に対する反論を提
出した。この団体の半数はニートヴァルデン州、残りの半数は中央スイスからの人間で成
り立っており、そのため、全国レベルでも州レベルでも反対しようとしている。責任者の
Christine Zehnder によると「我々ニートヴァルデン州民にとっては、単にモルモットとし
て扱われるというだけでなく、スイスの原子力政策のために際限のない生命の危機を背負
うことを意味する。」
11月17日
“市議会の提案に賛成”
市議会が市の集会に提出した提案(景勝地域計画、排水計画、市法の部分的改正)は、有
権者の支持を得た。次の集会ではヴェレンベルグの問題が取り上げられる。オーバードル
フ州 CVP は、関心のある有権者を 12 月 16 日の講演・討論会に招待した。
研究報告 11-26
11月18日
“ヴェレンベルグがエンゲルべルグの観光の脅威となる”
ドルフシューレで開かれた情報提供集会で 300 人以上が、隣接するヴェレンベルグに最終
処分場が建設されると、エンゲルべルグの観光の脅威となると主張した。具体的には、20
∼30%の観光産業での減収、400 の職が失われることがありうるとした。この問題は、あ
る労働団体で討論された。この団体では、政治的な論議はすぐに止められ、純粋に客観的
な話だけが行われるよう心がけられた。Nagra の代表は、まず、エンゲルべルグの人々の
健康には影響はないと主張した。最も考えられる汚染経路は地下水経由だが、エンゲルベ
ルグの方が高所にあるからだ。どの立場の人間も、安全が最優先事項だということでは一
致している。市議会は、最終処分場建設による経済的な損失を補償することを要求してい
る。この要求を出すのは遅すぎではないかという問題がある。遅すぎではないとして初め
て、枠組み承認への反対ができる可能性が出てくる。
11月19日 a
ヴォルフェンシーセンの住民が補償協定を認めた以上、当然、最終処分場の建設に適合す
るよう土地利用法を変更しなければならない。ヴォルフェンシーセン CVP もこの変更を指
示する方針を固めた。補償協定を認めながら、土地利用法を変更しないのはずるいと思わ
れるからである。次の火曜日にヴォルフェンシーセンで情報提供集会が開かれる。12 月 2
日に投票で土地利用法の変更を認めるかどうかが決定される。
11月19日 b
総意?
“ニートヴァルデン自由党(LP)が「ストップ・ヴェレンベルグ」の活動を非難”
(以下はその根拠)「ストップ・ヴェレンベルグ」には、ニートヴァルデンやエンゲルべル
グ(人口 35,000 人)の中から 344 名が参加しているにすぎない。環境保護団体と協力し、
定型化された記入用紙を使って署名を集めていたが、そのような署名にどれだけの価値が
あるのか。
「ストップ・ヴェレンベルグ」は中傷的なキャンペーンを行っている。たとえば、
署名を呼びかける紙には、政治腐敗を強調する文章が書いてあった。
ニートヴァルデン LP は、ヴェレンベルグの労働団体の意見は受け入れている。この団体が
処分の安全性と建設場所の問題にのみ言及しているからだ。ニートヴァルデン LP としては、
放射性廃棄物処分は、どうしても解決しなくてはならないスイス国家としての問題だと考
えている。
11月22日
ヴォルフェンシーセンの自由党(LP)は、土地利用法の変更に賛成した。12 月 2 日に行わ
れる投票で変更の是非が決定される。ヴォルフェンシーセン LP は、補償協定を認めたこと
の当然の帰結として、変更を支持した。また、この決断はできるだけ多くの有権者によっ
研究報告 11-27
てなされるべきであり、できる限り多くの有権者に投票に参加するよう呼びかけた。補償
協定や法変更が決定されたとしても、これまで通り、安全性の問題が最優先であるとヴォ
ルフェンシーセン LP は考えている。
12月15日
“ヴェレンベルグの長期的安全性について討論”
Nagra にとって最終処分場の長期的安全性が最優先事項である。しかしながら、安全性の
解析は CAN などの反対派から疑いの目で見られている。最終処分場の問題は、現在、長い
政治的な決定段階にある。ニートヴァルデン州政府は 1 月中旬に立場を明確にする。そう
することで、州民が予め 6 月の投票について考えられるようにするためだ。連邦評議会は、
1996 年夏に枠組み承認について決定し、スイス国会は 1996 年秋に決定する。CAN は ETH
で最終処分場に対する反対集会を行った。Nagra は、CAN は ETH で集会をすることで、
科学的であると見せかけようとしていると批判した。
12月22日
“エンゲルベルグの観光の損失を回避”
オプヴァルデン州政府(ヴォルフェンシーセンに隣接するエンゲルべルグのある州の政府)
は、スイス交通・エネルギー経済省に対し、最終処分場の枠組み承認は、より開かれた質
問への回答と、より特別な条件をクリアして初めて認められるべきだと要求した。オプヴ
ァルデン州政府は、エンゲルべルグの観光に対する損失を初めからすべて補償するための
あらゆる対策を求めた。州参事官の Madeleine Huber は、州政府に対して次の質問への回
答を求めている。「州政府は、最終処分場建設に伴う、エンゲルべルグを始めとするオプヴ
ァルデンの人々の健康・経済に関する安全を守る覚悟はできているのか」
12月23日
Durrer 州知事は 12 月 22 日の Huber の質問に対して、ヴェレンベルグの安全が最優先課
題だと述べた。彼は、最終処分場に関する州政府の立場を非常に詳しく説明した。エンゲ
ルベルグに関して、州政府は、観光産業への損失を初めからすべて回避するための対策を
要求した。2 回目の反論過程の枠組みにおいて、州政府は枠組み承認をする前に、自らの出
した条件を新たに点検する可能性もある。
研究報告 11-28
Fly UP