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公開HP 用緒言 動物園・水族館動物の感染症ハンドブック 高病原性鳥

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公開HP 用緒言 動物園・水族館動物の感染症ハンドブック 高病原性鳥
公開HP 用緒言
動物園・水族館動物の感染症ハンドブック
高病原性鳥インフルエンザ、牛海綿状脳症(BSE)あるいは重症急性呼吸器症候群(SARS)
などの流行や出現をきっかけに、感染症に対する人々の関心が、世界的に高まっています。
そして、それら新興、再興感染症の多くが、「ヒトと動物の共通感染症」か、動物との関連性
が疑われている病気です。
しかし、動物園、水族館は一部で誤解されているような、動物から人への感染リスクが高
い施設では決してありません。日本の動物園・水族館の歴史120 年(=上野動物園の創立
が1882 年)の中で、人と動物の共通感染症が日動水加盟園館の飼育係、獣医師に感染、発
病した例は少なく、特に集団感染は2001 年に1 回あっただけです。また、単独、集団を問
わず入園者や周辺の家畜への感染が確認された事例は加盟園館ではまだ一例もありません。
とはいえ、人に最も近い類人猿を含む哺乳類から魚類まで、多種多様な脊椎動物を飼育し、
多くの従業員を抱え、しかも年間約7000万人もの入園者がある動物園・水族館においては、
動物や来園者、従業員の安全を守るという点からも、万一、危険な感染症が発生した場合の、
営業自粛等を含む経営的見地からも、感染症対策は重要課題のひとつと言えます。
そこで、日本動物園水族館協会では1999 年に感染症対策委員会を設置し、情報収集と加
盟園館への情報提供活動をしています。その重点は、①日常の衛生管理の徹底 ②施設内へ
の病原体侵入防止 ③感染症が発生した場合の迅速、適切な対応、情報公開と風評被害防止
=危機管理 の三点です。
このたび、情報提供の一環として、感染症ハンドブック第1 弾=総論、基礎3 編と各論(病
名別)1 0 篇を公開することになりました。各論1 0 篇は全てヒトと動物の共通感染症でもあり
ますが、今後は、それに係らず、日本の動物園水族館にとって重要と考えられる感染症から順
次、掲載事例を増やしていくとともに、既掲載分についても、新しい知見を得るごとに内容を随
時改訂していく予定です。
2006 年4 月1 日
日本動物園水族館協会感染症対策委員長
福本幸夫
感染症ハンドブックの利用法など
1
各病気の並べ方は基本疾病名の5 0 音順です。例えば「鯨類の豚丹毒(とんたんどく)」
なら、「と」の位置にあります。
2 記載内容はある程度獣医学・医学や畜産学の知識がある人を対象にしているので、その
他の人には分かりにくいところもあります。しかし、最後のQ&A の欄は一般の方にも分か
りやすく書かれているので、是非ご利用ください。
目
次
A 総論、基礎
1 動物園における「人と動物の共通感染症」と、その対策
2 わかりやすい防疫マニュアル -防御用品、消毒法など-
3-1 動物輸送箱の衛生管理:動物園および水族館対象
3-2 動物輸送箱の衛生管理:動物取引業および動物輸送業者対象
B 各論(病名別)
1 鳥類のアスペルギルス症
2 アメーバ赤痢
3 イヌ糸状虫症
4 エキノコックス症
5 オウム病
6 哺乳類の仮性結核(Yersinia pseudotuberculosis 感染症)
7 海獣類のクロストリジウム感染症
8 高病原性鳥インフルエンザ
9 動物園動物の鳥結核病(非定型抗酸菌症)
10 鯨類の豚丹毒症
11
動物園動物のニュ-カッスル病
12 魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症
*9 動物園動物の鳥結核病(*非定型抗酸菌症)
13 レプトスピラ症
(2008 年 4 月1日 増補)
137
動 物 国 に お け る 「人 と 動 物 の 共 通 感 染 症 」 と , そ の 対 策
福 本
幸 夫
*
1.1ま じ め に
ど,ご く基本的な事項を守 りさえすれば,動 物 か
ら病気 が感染す る危険性 はほとん どない│ とい う
動物園,水 族館 は,年 間お よそ 6,700万人 もの
1)博
物館相当施設 であ り,文
国民 が利用 している
ー
化的,教 育的 リクレ ション施設 で もある。同時
事実 を基本姿勢 として,(社 )日 本動物園水族館協
会 (以下, 日動水)加 盟 の動物園,水 族館 におけ
る 「
人 と動物 の共通感染症」 と,そ の対策 につい
に,多 種多様 な動物 を飼育 し,野 生動物 の調査研
究 や種の保 存事業等,重 要 な社会的機能 も担 って
て説明す る。
いる。
2 . 「 人 と動 物 の 共 通 感 染 症 」 と
他方,近 年 の 国民所得 の増大 で ,一 般 の人 も
少 々高額 な動物 の価格や飼育経費を気 にせず野生
呼 ん で欲 しい
動物を購入す るようになった。 さまざまな野生動
物,以 前 な ら動物園 でさえ展示 されることが少 な
先 に,「人 と動物 の共通感染症」と書 いたが,こ
れは,ZOONOSIS(Z00N=動
物 の,一 〇SIS=
か ったよ うな希少 な動物 まで もが,家 庭 で飼 われ
るようにな っている。飼育す る理 由は,単 に,他
人 が飼 っていない珍 しい動物を持 ちたいとい うコ
レクター的理 由か ら,複 雑 な現代社会に起因する
病気)と い う専門語を訳 した ものである。 Z00N―
OSISの 日本語訳 と しては従 来 ,「人畜共通感染
症」,「人獣共通感染症」 が多 く使用 され,近 年 の
精神的 ス トレスの癒 しのためというように,さ ま
ざまである。
このよ うな状況下, こ こ数年,田 蹄疫,BSE,
オウム病, コイヘルペ スウイルス病,高 病原性鳥
イ ンフルエ ンザなど,動 物園,水 族館 にとって も
重大な感染症 が,わ が国 で も次 々に発生 し,感 染
症 に対す る人 々の関心 が高 まっている。
とくに,オ ウム病,高 病原性鳥 イ ンフルエ ンザ
新興,再 興感染症 (その多 くが ZOONOSIS)の 頭
在化等 に伴 って,「動物由来感染症」の呼称 も一 般
化 している。
しか し,数 十年前 とは比較 にな らないほど研究
が進んで,Z00NOSISは
,か つ て考 え られてい
たよ うな,家 畜 や獣 (けもの =哺 乳類)と 人 との
間 だけで感染す る,ご く限 られた特殊 な疾病 では
ないことが明 らかになっている。
など,人 と動物 の共通感染症あ るいはそう疑われ
る感染症 (SARS)の 発生 が伝 え られる度 に,動 物
動物 ごとの病原性 には軽重があるに して も, ウ
イルス,細 菌,真 菌 など様 々な病原体 の多 くは,
人 に も他 の動物 に も共通 に感 染す ることが分 か
園や学校, さ らには家庭 で飼育 されている動物 か
らの感染を心配す る声 が多 く挙 が り,動 物園への
り,さ らにはプ リオ ンなどとい う全 く新 しい概念
の病原体 まで確認 された。現在,ZOONOSISの
入園を不安視 した り,家 庭 で飼 われている鶏 の放
棄や,学 校飼育動物 の世話を生徒 にはさせないな
種類 は重要 な ものだ けで も200種 類以上 といわれ
ている 2)。また,感 染動物 も,人 や家畜 あるいは
獣 に限定す る ものではな く,広 く野生 の哺乳類,
ど,過 乗Jな反応 も各地で報 じられた。
しか し,動 物園,水 族館 は一 部 で誤解 されてい
るような,動 物 か ら人 へ の感染 リスクが高 い施設
では決 してない。また,一 般家庭 や学校 で動物を
飼育 す る場合 も,き ちん と清潔 に世話 をす るな
*広
島市安佐動物公園園長
( 社) 日 本動物園水族館協会 ・感染症対策委員長,
DVM,Ph.D (Yuklo Fukulnoto)
鳥類 ,爬 虫類 であることが分 か って き た現代 で
は,獣 あるいは家畜 のみ を念頭 に置 いた 「
人獣
(畜)共 通感染症」とい う呼称 は,実 態 にそ ぐわな
くなっている。
また,「動物 由来感染症」 という呼称 は,「動物
0009-3874/06/¥500/1話
前
文/JCLS
138
畜 産 の研 究 第 6 0 巻
第 1号
(2006年 )
は感染症学的 には汚 い,危 険 な ものである」 との
誤解を招 き,人 と動物 の良好 かつ有益 な関係を否
定 しかねない 「
不当表示Jで あるので,(人 )医 学
の 「
人 と動物 の共通感染症」 (以下,共 通感染症)
を含む,感 染症関連 の論文 がおよそ 160件 掲載 さ
8)。
れている・ もちろん,動 物園 ・水族館 における
の立場 か ら使用 され ることはやむを得 ない面 があ
実際 の発生件数 は, これ よ り,は るかに多 いと考
え られるが, 日本 の動物園 ・水族館 の歴史 120年
るに して も,わ れわれ獣医師や動物関係者なかん
ず く動物園人 は,一 方的 に動物 が加害者扱 いされ
かねない,「動物 由来感染症Jと い う呼称を使用す
べ きではな いと主張するもので ある。
現実 に,動 物園獣医師 の立場 か ら見 ると,か つ
て結核 が 日本人 の死因 の首位 だ った時代 には,人
か ら動物園 のサルヘ の結核感染を疑 う症例が多発
した実例 がある 3)。現在 で も,サ ル類 の細菌性赤
痢 の感染経路 の始点は全 て 「
人 → サル」 であると
されている。 また,動 物園の飼育係 の間 にイ ンフ
ルエ ンザが流行す ると,チ ンパ ンジーや ゴ リラな
どの類人猿 に も高率 に感 染す ることは日常的 に経
験 している し,近 年 の結核 の再興 と関連 があるの
か,人 か らの感 染 が疑われるサル類 の結核発症例
4)。このよ
も確認 されている
うに人か ら動物 に感
染 し,ま た人に戻 って くる再帰性共通感染症 も決
(=上 野動物園の創立 が 1882年 )の 中で,共 通感
染症 が動物 か ら飼育係,獣 医師 に感 染,発 病 した
例 は少 ない。 とくに集団感染 は,後 述 の,2001年
の神奈川県 にお ける飼育係,獣 医師へ の感染事例
が, 日動水加盟園館 においては初 めてのケ ースで
あ り,入 園者 へ の感染が確認 された事例 は加盟園
館 ではまだ一 例 もな い。
文献的 には 1996年 に,あ るサ フ ァリパ ー クで
一人 の入園者がオウム病 に感染 した との
報告 があ
り,唯 一 の感染事例 と して紹介 されている 9)。し
か し,そ の報告 を詳細 に検討 す ると,サ フ ァ リ
パ ー クで感 染 したとす る根拠 は,息 者 にペ ッ ト飼
育歴 がないことと,発 症 の 1週 間前 に,某 サフ ァ
リパ ー クを訪れ,鳥 類展示場 に入 ったとい う事実
のみで ある。そのサフ ァリパ ー クにおける感染症
して少 な くないことを忘れてはな らない。再帰性
共通感染症 は動物 の立場か ら言えば,ま さに 「
人
学的あ るtヽは疫学 的調査 は全 く行 なわれてお ら
ず,動 物園 にお ける唯一 の入園者 へ の感染例 とし
出来感染症」である。
とい うような理 由で, Z00NOSISの 訳語 と し
ては 「
脊椎動物 と人の間で 自然伝播す る全ての疾
て取 り上 げるには,あ ま りにも根拠 が薄弱 である
といわざるを得ないと考 え られる。
病」というWHOの 定義 に沿 って,「人 と動物 の共
通感染症」の呼称を使用すべ きであると,日 動水 ・
また,動 物園動物か ら園外 の家畜 へ の感染例 も
これまで報告 されていない。
日 本 動 物 園 水 族 館 協 会 ・感 染 症 対 策
感染症対策委員会 では以前か ら主張 している。 こ
の流れは,獣 医師,医 師がともに集 まって2001年
に結 成 され た Z00NOSIS の
研 究 グル ー プが
4
「
人 と動物 の共通感染症研究会」と命名 され,さ ら
に 2003年 に 日本獣医師会 において も同様 の決定
をされるなど,徐 々に定着 しつつ ある。
とはいえ,類 人猿か ら魚類 まで多種多様,多 数
の脊椎動物を飼育 し,不 特定多数 の人が利用する
動物園 ・水族館 において,人 や動物 あ感染症対策
しか し,ま だまだ,獣 医師でさえ,こ の点 に無
関心 で,漫 然 と 「
人獣 (畜)共 通感染症」,「動物
はきわめて重要 な社会的責任 で ある。 また,万
一 ,重 大な感染症が発生 した
場合 には,閉 園 も含
由来感染症Jを 使 い続 けている人が多 いので,今
後も 「
人 と動物 の共通感染症」 とい う呼称 の普及
に努 めたいと決意 している 5!6)。
む大掛か りな対策が必要で,営 業面 か ら見 て も最
も重要な課題のひとつ と言 える。
筆者 はこのよ うな認識 の下,1998年 に,所 属す
物 園 で の人 へ の 感 染 ・発 症 例 は 少 な い
る日動水 に対 して,感 染症対策組織 の必要1生を提
言 した。 これに対 して,当 時 の池田隆政 日動水会
1959年 に創刊 された,野 生動物医学 に関る日本
最初 の学術刊行物 である動物園水族館雑誌 3)には
これまでに,豚 丹毒, レプ トス ピラ症など,多 く
長始め理事会 の対応 は早 く,意 思決定機関である
理事会が年間 3回 しか開催 されないに もかかわ ら
ず,提 言後 1年 足 らずの うちに,感 染症対策委員
3動
委 員 会 の発 足 と活 動
福本 :動 物 園 における 「
人 と動物 の共通感染症」 と,そ の対策
139
会 (以下,当 委員会)が 組織 され,1999年 か ら活
動 が開始 された。 まだ,わ が国 では感染症対策 の
5 . 「 動 物 展 示 施 設 に お け る 人 と動 物 の
重要性が認識 され始 めたばか りのころであ り,こ
のよ うな対策組織を立 ち上 げたのは,わ が国では
共 通 感 染 症 対 策 ガ イ ドラ イ ン 2 0 0 3
( 厚生 労 働 省 ) 」 作 成 へ の 参 画
早 い事例 ではないか と考 えている。
現在,当 委員会 の委員 および事務局員 は,委 員
長以下 10名 で,関 東東北,近 畿 など各 ブロ ックか
ら指名 された 中堅以上 の獣医師 (動物園 7名 ,水
族館 3名 )で 構成 されている。
その活動 は,動 物園 。水族館 に関係す る感染症
情報 の収集 と対策立案 および加盟 園館 へ の周知,
指導 が重点で,年 2回 の委員会開催 のほか,常 に
委員間で電子 メールによる情報交換,討 議を継続
している。
対策立案 および指導 に当 たっては,① 日常 の衛
生管理 ② 動物園 ・水族館 へ の病原体侵入防止対
策 ③ 感染症が発生 した場合 の迅速,適 切 な対応
と情報公開 =危 機管理 の 三 点を重視 している。
さらに風評被害防止 も重視 し,各 委員 が連携 し
て確実 な情報収集 に努 め,当 然 のことなが らマス
コ ミ情報 のみによる拙速,安 易 な判断を極力避 け
ることを心がけている。
最近 3年 間の活動状況は表 1の とお りであるが,
ここ1∼2年 の,感 染症 が らみの動物輸入規制連発
の動 きに関連 して,関 係法令等 の通知,解 説 (周
知徹底)が 多 くなっている。
また,当 委員会 の活動 が外部 か ら評価 された一
例 として,後 述 の厚労省 ガイ ドライ ン作成 へ の参
画 とは別 に,島 根県 の鳥類展示
施設 (当時,日 動水非加盟)で ,
飼育鳥類 か ら飼育係 や入 園者 に
クラ ミジアが集団感染す るとい
う事故 が発生 し,長 期 の営業停
止処分を受 けた事例 が挙 げ られ
る。 この とき設置 された調査委
員会 の報告書 の 中で,そ の施設
は日動水 に加盟 して,鳥 の飼育,
健康管理 を始 め とす るさまざま
な情報収集 をす ることを条件 の
ひとつ と して勧告 され,営 業再
10七
開が認め られた
2001年 6月 に神奈川県 の公立動物園で,ヘ ラジ
カの難産介助を した飼育係 がクラ ミジアに集団感
染す るとい う事故 が発生 した。当初 は家畜法定伝
染病 であ り,感 染症法 の4類 感染症で もあるブル
セラ病 が疑われるなど,地 元衛生機関での病因究
明 に手 間取 った。厚生労働省 は この事態 を重視
し,直 ちに,「動物 由来感染症 としての新 しいサ ー
ベ イ ラ ンス システムの 開発 に関す る研究 (班長
山田章雄 =日 立感染症研究所)」のなかに,「動物
園で発生 した,動 物を原因 とした と 卜不明熱 の集
団発生 の症例報告 と今後 の動物 由来感染症対策 に
ついて (分担研究者 ・岡部信彦 =国 立感 染症研究
所)」を立 ち上げ,日 動水 にも研究協力者 の推薦を
依頼 した。
日動水 では当委員会委員長 である筆者 と,事 務
局員 である東京都上野動物園の成島悦雄課長補佐
(当時,現 在東京都多摩動物公園)を 推薦 し,両 名
は動物園,水 族館 の立場 か ら,対 策 ガイ ドライ ン
作成 に参画 した。研究 グル ープが活動を開始 して
間 もな く,前 述 のよ うに島根 県 の 鳥類展示施設
(当時,日 動水非加盟)で ,飼 育鳥類 か ら飼育係や
入園者 にクラ ミジアが集団感染するとい う事故が
発生 し, この事業 の重要性 は更 に増 した。
表 1 最 近 3年 間の活動状況 (2003年 1月 ∼2005年 11月 )
1加 盟園館への通知,連 絡 (合計 28回)
A 国 内での発生事例に関して (11回)
①高病原性鳥イ ンフルエンザ (第1∼7報 )
②ニューカッスル病 (第1∼2報)
③ コイヘルペス病 (1∼2報 )
④偶齢類の悪性カタール熱 (第1報)
B 国 外での発生事例に関 して (8回)
① SARS(第 1∼4報 )
②サル痘 (第1∼3報)
③ ウエス トナイル熱 (1報)
C 関 係法令等周知 (4回 7事 項)
D 一 般的衛生管理に関 して (4回); うち 1回 は動物関係業者宛て
2ア ンケー ト調査と資料作成配布 (3件)
①高病原性鳥インフルエンザ防御対策アンケー ト調査 ・集計結果配布
②動物輸送業,動 物取引業者 リスト作成のためのアンケー ト調査と集計結果配布
わかりやすい防疫マニュアルー防御用品,消 毒法など―」作成,配 布
③資料 「
3関 係機関との協力,調 整等 (3件)
①厚生労働省のSARS調 査研究に協力
②厚生労働省の動物ふれあい施設アンケー ト調査に協力
オウム病疫学調査」協力依頼に関して調整
③ Y県 (生活衛生課)か らの 「
140
畜 産 の研 究 第 6 0 巻
対策 ガイ ドライ ン作成 に当た っては,す でに当
委員会 で 2001年 5月 に作成済 みの,「感染症対策
ガイ ドライ ン」を叩き台 と して作業が進 め られ,
2003年 4月 に従事者 ・来園者 ・飼育動物 ・飼育施
危機管理 プラン,消 毒法,疾
設対策 か ら対策組織 ・
病 一 覧 等 にわ た る 同 ガイ ドライ ンが 公刊 され
た 11,米
。
同ガイ ドライ ンの表題決定 に当 たって福本,成
動物由来感
島の両名 は,動 物関係者 の立場か ら 「
の
ではな
と
く,「人
染症」
動物 共通感染症」を用 い
るよう要望 し,各 研究協力者,そ の多 くは医師の
理解を得 ることが出来た。
その精神 は,同 書 の 1.はじめに :ガイ ドライ ン
作成 の背景,の 中で,“本 ガイ ドライ ンでは 「
人と
動物 の共通感染症」 という語を用 いているが,同
義語 と して,人 獣共通感染症,人 畜共通感染症,
あるいは動物 出来感染症, と い った語 も存在す
る。本 ガイ ドライ ンでは,通 常飼育 されている動
第 1号 (2006年
)
染力 が強 く,死 亡率 も高 いとして 1類 感染症 に指
定 されているエ ボラ出血 熱,ラ ッサ熱な ど7種 の
感染症 は 日本 では発生 していない。2類 感染症 に
指定 されている コ レラなど6疾 患を見て も,発 生
した4疾 患 の うち最 も多 い細菌性赤痢 (再帰性共
通感染症)の 感染者数でさえ,1億 2,700万人 の 日
本 の総人 口に対 して,年 間 576人 に過 ぎず,他 の
3疾 患は 2桁 しかない。3類 か ら5類 に指定 されて
いる全数把握感染症45疾 患をみて も,国 内で発生
した28疾 患 の うち,最 も多 い腸管出血性大腸菌感
染症 (0157等 =共 通感染症)の 3,640人 と第 2位
の後天性免疫不全症候群 (エイ ズ =現 状 は人固有
感染症)の 1,119人 を例外 と して,他 の感染者数
は全て 3桁 以下 (最多で も500人 台)で ある。
さらに,少 なか らぬ共通感染症 が 日和見感染症
であ り,よ ほど多量 の病原体を一 度 に取 り込んだ
場合 か,老 齢 ・幼弱 ・病気 などの理 由で免疫力 の
物園動物 が直 ちに感染源 になるわけではないが,
生物である動物が,生 物 である人 に対 して稀 では
低 い人,動 物 しか発症 しない。
定点把握感染症 に指定 され,年 間感染者数 が数
十万人以上 な どと多 い感染症 は,イ ンフル エ ン
あるが感染源 とな り得 る リスクを少 しで も回避す
るために作成 した もので ある。動物 と人 との共通
点について認識を持 ち,そ れぞれについて注意を
ザ,流 行性耳下腺炎 など,人 固有あるいは再帰性
共通感染症 ばか りである。
法的対策 も進みつつ ある。 これまでは国内外の
払 うとい う意味で 「
人 と動物 の共通感染症」 とい
力
う語を用 いた と,解 説 されている。
共通感染症あるいは家畜伝染病発 生 に伴 って,後
追 いの形で実施 されることの多 か った動物 の輸入
6.基 本 的 な 衛 生 管 理 で共 通 感 染 症 は 防 げ る
規制措置 であるが,2004∼ 2005年 にかけて感 染
症法,家 畜伝染病予防法,狂 犬病予防法等が大 々
近年 の共通感染症 あるいは新興,再 興感染症顕
在化 の理 由は,人 の行動範囲 と移動速度 の急激な
増大,感 染症学関連分野 の進歩 (不明 だったこと
が解明 され る)等 ,い ろい ろ考え られ る。当然,
われわれ獣医師 は,共 通感染症対策 に重大な決意
で対処 しなければな らない。
ただ,そ の現実を冷静 に見 ると,幸 いなことに,
衛生状態 がよ く島国で もあるわが国にお いては,
死亡率,感 染力 の高 い共通感染症 の多 くは発生例
12L
がなか った り,稀 である
たとえば,感 染症法 に基 き全数把握感染症 (1
類 か ら5類 に区分)と して,厚 生労働省が全国 の
医療機関 に届 出を義務付 けて いる感染症が 58種
類 ある。 その多 くが共通感染症であるが,最 も感
的 に改正 され,多 くの動物, と くに野生哺乳類,
鳥類 の輸入規制 が強化 された。 (表 2)
このよ うな諸状況や世界 の トップ レベル にある
国民 の衛生環境 の良好 さ, さ らには島国であると
い う地理的有利 さもあいまって,多 くの共通感染
症は一 般 の人や動物園動物 にとって, 日常的,一
般的な衛生管理 を徹底す ることで充分防 ぐことが
5,6)。
たとぇば 自分 や動物 の 日常 の健康維
出来 る
持 に気 をつ け,汚 染 の恐 れがあ る作業 では作業
服 ・手袋 ・マス ク等を着用 し,作 業後や帰宅時 に
は石鹸 での手洗 いを励行 するといったこと等 であ
る。
これは,感 染 の 3要 素 である,① 病原体 の病原
性 と感染濃度 ② 感染経路 ③ 人 ・動物 の感受性
(免疫力)の うちのどれかひとつ (または複数)に
水http://idsc nih go 3P/jittu_uidclinc03/indcx
P/自
htllllに
ついて対処すれ ば,感 染症 は防げる とい うことな
て閲覧,印 刷可
人 と動物 の共通感染症」 と,そ の対策
福本 :動 物 園における 「
141
表 2 動 物 の輸入規制状況 (2005年 9月 現在)
輸入届出制度 が適用 された動物 = 2 0 0 5 年
9 月 1 日か ら= [ 根 拠法令]
*】
○ 生 きた陸生哺乳類, 生 きた鳥類 お よび げ っ歯 目とうさぎロナキ ウサギ科 め死体 [ 感染症法 ]
2
すでに検疫が行なわれて いる動物 [根拠法令]辛
0偶 蹄 目 (牛,め ん羊,山 羊,豚 ,キ リン, シカ等),奇 齢ロ ウマ科 (馬, シマ ウマ等), うさぎ目うさぎ科 (家兎等),家 禽 (鶏,
七面鳥,あ ひる等)[家 畜伝染病予防法]
○ 犬,猫 ,あ らいぐま,き つね,ス カンク [狂犬病予防法]
○ サル [感染症法]
検疫義務が追加 された動物 =2005年
9月 1日 か ら=[根 拠法令]
○ だちょう および か も日の鳥類 [家畜伝染病予防法]
輸入が禁止 されている動物 [根拠法令]
○ イ タチアナグマ, コ ウモ リ, タヌキ,ハ クビシン, プ レー リー ドッグ,ヤ ヮゲネズ ミ,サ ル
章3]
[感染症法
新 たに輸入が禁止 された動物 (=特 定外来生物)=2005年
6月 1日 か ら=[根 拠法令]
フクロギツネ,タ イワ ンザル,カ ニ クイザル,ア カゲザル,ヌ ー トリア,ク リハ ラリス, トウブハ イィ ロ リス,カ ニ クイアライグマ,
アライグマ, ジャワマ ングース,キ ョン,ガ ビチ ョゥ,カ ォグロガビチ ョウ,カ オジロガビチ ョゥ, ソゥシチ ョウ, カ ミツキガメ,
グリー ンアノール,ブ ラウンアノール, ミナ ミオオガシラ,タ イワ ンスジオ,タ ィヮ ンハ ブ,オ オ ヒキガェル,チ ャネルキャッ トフ
ィッシュ,ブ ルーギル,コ クチバ ス,オ オクチバ ス,き ょくとうさそり科全種,ア トラクル属全科,ハ ドロニュケ属全科,コ クソス
タ レス ・ガウコ,ロ クソスケ レス ・ラエ タ,ロ クソスケ レス ・レクルサ,ジ ュウサ ンボシゴケグモ,セ アカゴケグモ,ク ロゴケグモ,
ハ イイ ロゴケグモ,ア ルゼ ンチ ンア リ,ア カカ ミア リ [外来生物法]
感染症法 =感 染症 の予防お よび感染症 の患者に対する医療に関する法律
外来生物法 =特 定外来生物による生態系等に係 る被害 の防止 に関する法律
*1 本
法令よりも,下 記諸法令による 「
輸入禁止や検疫義務」のほ うが優先 される。下記諸法令で指定 されていない上記動物につい
てのみ,本 制度 によって輸入 できる。
ネ2 こ の
他,そ の時の世界各地 の感染症 の発生状況 によ り,動 物種や産地等を指定 して,緊 急に輸入規制 (禁止)が 発せ られること
がある。たとえば,家 畜伝染病予防法第 40条 第 2項 の規定 に基 づ き,平 成 16年 1月 26日 付けで,農 水省消費安全局長通達があ
り,高 病原性鳥イ ンフルエ ンザの発生を理由として,中 国等か らの鳥類輸入が禁止 になっている例 など,多 くの指定例がある。
*3 厚
生労働大臣および農林水産大直の許可を得て輸入 できるケースはある。
のである。先 に述 べ た,二 つの動物飼育施設 で発
生 した人 へ の集団感染 も,こ れ ら一 般的 な衛生管
理が正 しく実行 されていれば防げた可能性 が高 い
と考 える。
7 . お わ りに
地球上の全ての生物は,ば い菌 も寄生虫 も,か
けがえ のないわれわれの仲間である。物質的 にも
精神的 に も,生 物 な しで人類 の生活は成 り立たな
い。近頃の 日本人 の感染症 に対す る耐病性 の低下
やア レルギ ー疾患 の増加 は,行 き過 ぎた清潔志向
に起因するのではないか と危倶す る説 もある。わ
れわれ は感 染症 と りわけ 「
人 と動物 の共通感染
症」に対 して,「むやみに恐れるな,し か し決 して
侮 るな」の精神を基本 として防御 に努 めなければ
な らない。
前項 で記 したように一 般 の人 は,基 本的 な衛生
管理を守 ってさえいれば,共 通感染症 に罹患す る
危険性 は極 めて低 い。 マス コ ミが, と りわけ共通
感染症を大 き く,セ ンセ ー ショナルに取 り上 げる
傾向があるのは,そ れだけ稀な事件 であるか らと
も言 える。また報道内容をそのまま信 じるのは危
険な場合 もある。
記憶 に新 しい SARS関 連報道 に関 してい うと,
現在 まで,SARSウ
イルスの媒介動物 による感 染
13),そ
の根拠 とされた Y.Guan
を示す証拠 はな く
冴″の論文 14)を
に
疫学的 考察す ると,ハ ク ビシラ
は SARSウ イルスの感染源 ではな く,逆 に中国 の
動物市場 で陳列 中に何者 かか ら感染 を受 けた被害
者 である, と結論す べ きなので ある。
畜 産 の研 究 第 6 0 巻
142
感染症 の根絶はほとん ど不可能事 である。
しか し,稀 に しか起 こらないことに関 しては,
ゼ ロ リスクシン ドロームに陥 って,動 物 の飼育を
止めた り,捨 てた りするような不必要かつ有害な
の
過剰反応をせず (塞 に懲 りて贈 を吹かない),不
幸 に して発生 した場合 の初期対応,危 機管理 の徹
底 こそ心す べ きと考 える。
また,一 般家庭 では,感 染源 となる可能性 の高
い野生出来動物や,来 歴不明の輸入動物 を飼 うこ
とは避 け,経 歴 のはっきりした飼育下繁殖 の個体
のみを飼 うべ きであると考 える。
引用文献
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者調 平成 15年度 日本動物園水族館年報 51-66
1)(社
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る寄生虫関連報告一 覧 酪農学国大学獣医学部 2001年 度
卒業論文
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れたオウム病 の一例 香川県内科医会誌 32,93-96
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ォーゲルパ ー クで発生 したオウム病調査報告書 .25
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症課 (東京 )
12)全 数把握感染症届出数 (平成 16年 度 )厚 生労働省
13)岡 部信彦 (2003)重症急性呼吸器症候群 (SARS)の 現状 .平
成 15年 度学会年次大会 (横浜 )要旨集 (日本獣医師会 )307
-310
14) Y Guan c,α
′(2003)IsolatiOn and Characterizatio白
Of
Viruscs Related to thc SARS Coronavims from Animals
in
Southern
China
Sciencc
302(10
0ct
-1 -
1
鳥 類のアスペルギ ルス症
概要
アスペルギルス症とは真菌の一種である Aspergillus 属によって引き起こされる疾患の総称
である.動物園動物において,広義では消化器疾患や皮膚などに認められる表在性疾患も含ま
れ,稀には角膜疾患,乳房炎,流産などの原因となることもあるが,狭義では主に鳥類の呼吸
器,気嚢などに認められる頑固な深在性疾患を指すことが多い.
基本的には全ての動物が罹患する可能性があるが,鳥類は気嚢の存在から特に感受性が高く,
中でも猛禽類やペンギン類においては飼養管理上留意すべき疾病である.
以下,動物園動物において症例が多い鳥類を中心に述べる.
2
法的位置付け
アスペルギルス症自体に法的な定めはなく,届出等の必要は無い.ただし,家畜伝染病予防
法第 36 条の 2 及び平成 10 年 3 月 25 日農林水産省告示第 505 号により,アスペルギルス症の
原因微生物のひとつである Aspergillus fumigatus を試験・研究用に輸入する場合には,農林水
産省令の定めるところにより,農林水産大臣に届け出なければならない.
3
原因と疫学
Aspergillus 属 は 広 く 自 然 界 に 生 息 す る 腐 生 性 不 完 全 菌 に 属 す る 糸 状 菌 の 一 属 で あ る .
Aspergillus 属真菌の中でアスペルギルス症の最多起因菌種は A. fumigatus であり,ついで A.
flavus が原因となることが多い.これらの他,A. niger,A. terreus,A. nidulans なども原因と
なることがある.
Aspergillus 属真菌はサブロー寒天培地,麦芽培地,血液寒天培地など種々の培地上で速やか
に発育し,2~3 日で可視的コロニーが出現する.コロニーは初め無着色であるが,分生子の
形成と共に青緑,赤茶,黒など種に特有の色調を呈してくる.また,40~50℃の高温でも発育
可能である.
菌糸の形態は他の真菌に見られない特徴を持つ.足細胞(foot cell)と呼ばれる栄養菌糸の特
定部分から分生子柄が分岐して空中に伸び,先端部は膨隆して頂嚢となる.頂嚢の辺縁にファ
イアライドと呼ばれる器官がぎっしり配列し,ファイアライドの先端で分生子(無性生殖によ
り生じた胞子)が次々に産生されて連鎖を作る.
分生子の産生は温かくて湿った場所ほど豊富に作られ,空調機,加湿器などが濃厚汚染され
やすいといわれる.
アスペルギルス症は空気中に飛散した分生子が吸入されて気管支や肺組織,気嚢に到達する
ことによって感染する場合が殆どである.Aspergillus 属真菌は自然界に広く存在することから,
無菌室等特殊な環境でない限り分生子の吸入を防ぐことは困難であろう.
Aspergillus 属真菌は環境における常在菌と考えられるほど広く存在しており,曝露の機会は
非常に多い.このような環境の中で,生体は通常様々な防御機構によって真菌感染から守られ
ており,この生体防御機構が正常に保持されている限り感染成立または発症にいたることは少
ない.しかし,生態防御能力を超えた濃厚な曝露を受けた場合,及び栄養状態の低下,種々の
ストレス等による抵抗力の低下,ステロイド剤等の薬品投与による免疫低下,抗生物質の多用
-1
による菌交代現象などが生体に認められた場合などに感染成立から発症に至ると考えられ,い
わゆる日和見感染症である.
鳥類は,その独特の呼吸器構造から哺乳動物などに比して Aspergillus 属真菌に感受性が高
く,飼養管理上重要な疾患である.中でもイヌワシ,オオタカ,ミサゴ,シロハヤブサ,シロ
フクロウなどの猛禽類,ハクチョウ,シノリガモなどの潜水カモ類,ペンギン類は特に感受性
が高いといわれる.また,ペンギン類は,真菌に関して比較的清浄と考えられる地域に棲息す
るため,真菌に対する生体防御機構が充分でない可能性も考えられ,注意が必要である.
感染及び発症は,分生子産生が増加し曝露の機会が増す晩春から初秋にかけての気温上昇期
に増加する可能性がある.また,ペンギン類における夏の高温期などのように,それぞれの種
において飼育に好適でない季節は,食欲低下による栄養状態の低下や温度ストレスなどが抵抗
力の低下に繋がることから発症の増加が考えられ,特に注意を要する.
4
ヒトへの感染
ヒトも他の動物と同様,Aspergillus 属真菌に対する感受性があるが,濃厚な曝露や抵抗性の
低下などの特殊な状況に無い限り発症する事はまれである.また,アスペルギルス症は個体間
の感染がほとんど無い事からも,一般に罹患動物からヒトへの感染は心配する必要は無いと考
えられる.ただし,濃厚感染している動物の呼気には多量の分生子が存在する可能性があり,
抵抗性の低下が考えられる場合は接近を避ける方が賢明であろう.また,解剖時には大量の分
生子が飛散する事が考えられるので,本症が疑われる斃死動物の解剖時には注意が必要であり,
マスクの着用が望ましい.
5
主な臨床症状と診断
発症初期の臨床症状としては,動作の不活発化,食欲低下,削痩の進行が認められる.病状
の進行は緩徐であるが,進行するにつれて食欲は低下から廃絶に向かい,また,胸部を窪ませ
ての努力性呼吸や開口呼吸が認められるようになることが多い.
診断のための検査法としては,微生物学的検査,生化学的検査,X線検査,内視鏡検査など
が挙げられるが,確定診断のためには複数の検査を実施することが望ましい.
微生物学的検査法の検査材料は滅菌綿棒による咽喉頭部または気管上部のスワブが用いら
れることが多い.気管上部のスワブ採取は,採材法としては比較的簡単で危険も少ないが,検
出率がやや低いといわれる.その他,生理食塩水などによる気管洗浄液を回収して検査に供す
る方法があり検出率は高くなるが,多少の危険を伴う.
採材した検体は,まず寒天平板上で培養して発育コロニーの観察を行ない,同定を試みる.
続いてコロニーの一部を釣菌してスライド培養を行ない,発育形態を保ったままの標本を作製
し,診断に用いることが望ましい.
血清学的検査法,つまり血液(血清)を材料とした診断法としては,オクタロニー法などに
よる特異抗体の検出が挙げられる.ヒトにおいてはアスペルギルス症の診断,予後判定などに
有効とされているが,ペンギン類においては信頼性がやや低くなるといわれる.
このほか,Aspergillus 属真菌細胞壁の特異抗原であるガラクトマンナンを免疫学的に検出す
る方法(製品名:プラテリア アスペルギルス,富士レビオ(株),ELISA 法など),接合菌を除
く真菌に共通の細胞壁多糖成分であるβ-D-グルカンを検出する方法(製品名:β-グルカンテ
-2
ストワコ-,和光純薬工業(株),比濁時間分析法など)等が用いられ,また,PCR 法を用いて
血液中に微量に存在する真菌の DNA を検出する方法も開発されている.
X線検査では,肺及び気嚢の患部は白い像(High Density)として認められる.菌球(Fungus
Ball)が存在する場合ははっきりした球状の像が得られる場合もある.しかし,X線検査でこの
ような像が認められる時は,病状がかなり進行している場合がほとんどであり,予後不良とな
る事が多い.また,逆にいえばX線検査で異常が認められなくてもアスペルギルス症の可能性
は否定できない.
内視鏡検査では気管内に内視鏡を挿入して直接観察するほか,腹壁を小切開した後,腹腔内
に内視鏡を挿入し肺や気嚢を外側から観察する方法も行われる.病状が進行している場合は,
肥厚した気嚢壁や白っぽい結節,あるいは綿毛様のコロニーなどが観察される.
6
剖検と病理組織学的診断
剖検:気嚢病変としては気嚢壁の肥厚及び退縮不全が認められる(Fig.1).気嚢内部は黄白色
チーズ様もしくは粥状となることが多く認められ(Fig.2),経過によっては気嚢内に緑色粥状物
が貯留したり,内面に菌糸の発育が確認されることもある(Fig.3).
肺病変としては,表面実質の汚濁化や暗緑色化,実質内のチーズ様膿瘍等が認められる事が
多い.重症の例では気管及び気管支内腔に菌球を認めることもある.また,長い経過を取った
例では,種々臓器漿膜面に菌糸の発育を見る例も認められる.
Fig.1
Fig.2
Fig.3
-3
病理学的診断:気管・気管支においては,粘膜の肥厚あるいは扁平化,粘膜固有層における
リンパ球,形質細胞,マクロファージの浸潤などが認められ,気管炎,気管支炎の状態を示す
ことが多い.
肺に病変が認められる場合は,肺間質への多数のリンパ球及び形質細胞の浸潤等の所見が認
められ,また細菌の混合感染がある場合には細菌塊を含んだ膿瘍が散見される場合も認められ
る(Fig.4).傍気管支を中心とした線維化,化骨の形成,肉芽の形成と石灰化が認められる場合
もある.
気嚢病変においては,粘膜固有層におけるマクロファージ,リンパ球,形質細胞,偽好酸球
等の浸潤が認められ,また化膿性の偽膜形成,アスペルギルス菌糸の増殖が認められる場合が
あり,壊死が認められることも多い(Fig.5).
Fig.4
7
Fig 5
予防と治療
予防:飼育施設を清潔に保つよう心掛け,それぞれの種に対して好適な飼育環境を整えること
は言うまでもないが,特に極圏及び亜極圏に棲息する種においては,温度管理は重要である.
そのほか騒音などで驚かすことのない環境を保つことや飼育施設の充分な換気,空調機や加湿
器の清掃なども必要である.
また,前述のように,それぞれの種において飼育に好適でない季節に発症が増加する可能性
があるため,移動や飼育施設の工事等はこの時期を避けるよう調整するべきであろう.
飼養管理上の留意点としては,栄養状態の低下が抵抗力の低下を招くことから,不足なく充
分な量を給餌することが必要である.摂餌量が低下気味の個体については積極的に給餌を行な
い,場合によっては強制給餌の実施も必要となる.
治療:現在国内で使用可能な内用(経口または注射)の抗真菌薬は,アンホテリシンB,フルシ
トシン,ミコナゾール,フルコナゾール,イトラコナゾールの 5 薬のみである.各薬剤とも比
較的広い抗真菌スペクトルを持つが,アスペルギルス症に対する選択薬としてはアンホテリシ
ンBとイトラコナゾールが挙げられる.
アンホテリシンBはポリエン系に属する抗真菌剤で,作用は殺菌的,「ファンギゾン」,「ア
ムホタイシン」,「ハリゾン」などの商品名で販売されている.剤形には静脈注射用の注射薬と
錠剤,シロップ剤があるが,消化管からほとんど吸収されないため,内服薬は消化管カンジダ
症以外に使用される事はなく,アスペルギルス症にはもっぱら注射薬が使用される.一般的な
-4
投与法は,継続的な静脈注射が可能な場合は静脈内投与(注射用蒸留水または 5%ブドウ糖液で
溶解)が行われるが,皮内及び皮下注射(2%プロカイン等で溶解)も可能であり,また気管内投
与や吸入による投与も用いられる.連日の長時間保定が難しい鳥類においては,経気道投与が
現実的な投与法と言えるかもしれない.ヒトの場合の気管内投与は 1mg 力価の隔日投与から
徐々に増量して 10~20mg 力価を隔日 1 回気管内注入する方法が通常であるが,予後不良に陥
りやすい鳥類の場合は 1.0mg/kg1日 2 回程度の経気管投与が必要といわれる.投与時には必
要量の薬剤を体重 1kg 当たり 0.2ml 程度の液量になるよう調整し使用する.使用上の注意点と
しては,溶解液に生理食塩水を用いると沈殿を生じるので,注射用蒸留水か 5%ブドウ糖液を
用いる事,腎毒性が強いので長期間の投与時には注意を要する事などが挙げられる.
イトラコナゾールはトリアゾール系に属する抗真菌剤で,作用は靜菌的,「イトリゾールカ
プセル」の商品名で販売されている.剤形はカプセル剤のみで,注射薬は販売されていない.
ヒトの深在性真菌症の場合は 1 日 100~200mg/人×1 回の投与が普通とされるが,鳥類の場合
は 1 日 7~10mg/kg×2 回度の投与が必要とも言われる.腎毒性は低く心配の必要はないが,
定期的な肝機能検査の実施が望ましいとされている.
早期に発見し,治療を開始したものは緩解が期待できるが,治療開始が遅れた場合の予後は
あまりよくない.特に,食欲廃絶となった場合,顕著な努力性呼吸・開口呼吸が認められる場
合などは予後不良となることが多い.
また,緩解が得られた個体も移動等の環境変化や温度ストレスなどによる抵抗力の低下によ
り再び症状が認められるようになる場合が多く,安易に完治したと考えるべきでない.
8
類似疾患
細菌性,ウイルス性など他の原因による肺炎・気管支炎等の呼吸器疾患,異物誤嚥による穿
孔性の肺炎・胸膜炎などとの鑑別が必要であるが,病勢進行の速さの違いなどから原因の推定
は比較的容易であると思われる.
ただし,確定診断には各種検査による原因の確定が不可欠である.
9
参考文献
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-5
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2003.厚生労働省健康局結核感染症課,東京.
WEB 上の参考資料
猛禽の森 >> 感染症
(http://www.d1.dion.ne.jp/~akaki_ch/care-infection.html#aspergillosis)
10
Q & A
Q1:アスペルギルス症って何?
A:真菌(カビ)の一種であるアスペルギルスの仲間が感染することによって起こる病気を総称
してアスペルギルス症といいますが,一般にはアスペルギルスの仲間によって引き起こされる
肺炎,気嚢炎等を指すことのほうが多いようです.
Q2:どんな動物が罹るの?
A:基本的にヒトを含むすべての動物がかかる可能性がありますが,通常問題となるのは猛禽
類やペンギン類などの鳥類がほとんどです.
Q3:アスペルギルス症ってうつる病気なの?
A:アスペルギルス症はカビの仲間による感染症ですが,罹患個体から他の健康な個体に伝染
する可能性は低い病気です.ヒトでの感染例も知られていますが,通常,免疫抑制を受けてい
る場合などの免疫の低下したヒトで報告されています.
Q4:健康な動物でもかかるの?
A:動物の体は種々の生体防御機構で守られており,健康な動物は多少のことではこの病気に
かかることはありません.ただ,感染源(アスペルギルス分生子)の濃厚な曝露を受けた場合は
発症することがあります.
Q5:どうすれば治るの?
A:アスペルギルス症に有効な薬としてアンホテリシンB及びイトラコナゾールがあげられま
す.但し,病気を早期に発見し,直ちに投薬を開始する必要があります.
Q6:罹らないようにするにはどうすればいいの?
A:動物の生体防御機構が正常に保持されていれば発症することはほとんどありません.
生体防御機構が低下する原因としては,栄養状態の低下,種々のストレスによる抵抗性の低下,
ステロイド剤等の投与による免疫低下,抗生物質の連用による菌交代現象などがあげられます.
-6
校閲
執筆
新井
智
香山 薫
国立感染症研究所
伊豆三津シーパラダイス
(2006 年 3 月執筆)
-7
-2-
アメーバ赤痢
1 概要
アメーバ赤痢は,Entamoeba histolytica の嚢子(シスト)の経口感染に起因するヒトと動物
の共通感染症である.持続する下痢や赤痢を特徴とする急性あるいは慢性の大腸炎であり,ヒト
を含む霊長類でよく見られ,時にイヌやネコにおいても見られるが,その他の哺乳類では稀であ
る.臨床病型は,腸アメーバ症と腸外アメーバ症(アメーバ性肝膿瘍など)に大別でき,腸アメ
ーバ症は,さらにアメーバ赤痢とアメーバ性大腸炎に分けられる.
2 法的位置づけ
感染症法において 5 類感染症全数把握疾患に定められており,診断した医師は7日以内に最寄
りの保健所に届けなければならない.詳細については厚生労働省ホームページを確認のこと
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html).
3 原因と疫学
1)病原体
原虫の赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)が病原体である.従来,赤痢アメーバと同定
されてきた原虫には,病原性のある Entamoeba histolytica と非病原性の Entamoeba dispar の
2 種がある.
2)疫学
動物での感染経路は感染可能な嚢子(シスト)を経口的に摂取することによる.便を直接摂取
するか,あるいはシストに汚染された食べ物や水を介して感染する.潜伏期間は不定であるが,
上野動物園ではジェフロイクモザル 1 頭が,病原体保有動物(シストキャリアー)であったブラ
ザグエノンが飼育されていた部屋に移動して 2 ヵ月後に発症している.
ヒト以外の動物では,サル類ことにチンパンジーやクモザルに感受性が高い.イヌ,ネコ,げ
っ歯類,ダマワラビーなどでの感染も知られている.旧世界ザルは一般的に感染し,幼令個体と
新世界ザルは感染しやすいとの報告があったが,上野動物園の感染例では,旧世界ザルであるア
ビシニアコロブスが最も感受性が高かった.上野動物園のサル舎では,アビシニアコロブス,ジ
ェフロイクモザル,シロガオサキ,ブラザゲノンで感染を認めたが,ワオキツネザル,エリマキ
キツネザル,マンドリルでの感染は認められなかった.一方,イヌ,ネコ,ブタなどでは感受性
はヒトより低くシストキャリアーになりやすいとの記述も見られるが,サル類以外の動物由来の
アメーバ株が感染するという明白な証拠はない.
ヒトでの感染経路も経口感染で大きく分けて 2 つに分けられる.シストに汚染された食品や水
の摂取と患者や罹患動物あるいは病原体保有者との接触による.後者には不潔な性的接触が含ま
れる.潜伏期間は通常 1~4週間程度であるが,短いこともある.また,長年無症状で経過し,
突然症状が現れる場合もある.
4 ヒトへの感染性
ヒ ト の感 受性 は 高く, 世 界 人口 のう ち ,約5 億 人 が従 来赤 痢 アメー バ と され た原 虫
(Entamoeba histolytica と非病原性の Entamoeba dispar)に感染し,そのうち 3.800 万人が
病原種である Entamoeba histolytica によって赤痢,大腸炎や肝膿瘍を発症し,毎年4~11 万人
が死亡すると推定されている.特に熱帯から温帯の衛生状態の悪い地域では多くの患者が発生し
ており,このような地域への渡航者は感染リスクが高まる.先進国おいては性感染症として感染
が拡大しており,男性同性愛者がリスクグループになっている.わが国での患者報告数は 1990
年代に年間 100~200 例程度で推移していたが,2001 年には 400 例を超え,2003 年には 500 例
を突破,2005 年には 688 例に達した.
ヒトでは,通常軽い症状で経過し,下痢や腹痛,鼓腸,テネムスム(しぶり腹)がみられるが,
粘血便や発熱を併発する場合もあり,腸管を穿孔して短期間に重篤に経過する劇症型も報告され
ている.また,アメーバが腸管外に寄生し,主に肝臓,まれに肺や脳などに膿瘍を形成する腸外
アメーバ症を発症することもある.
5 主な臨床症状と診断
1)主な臨床症状
霊長類の病態はヒトと似ており,全く症状を示さなかったり,衰弱,脱水,食欲不振,嘔吐お
よび重度の粘血便を伴う下痢(潰瘍性大腸炎)や肝膿瘍が見られる.潜伏期間は不定である.チ
ンパンジーでは,稀であるが結腸穿孔を伴った急性の赤痢や肝膿瘍が報告されている.上野動物
園で経験した急性の腸アメーバ症では,ジェフロイクモザルに粘血便を伴った下痢と腹痛,食欲
不振が観察された.慢性経過のシロガオサキでは下痢のほか,食欲不振や削痩,倦怠感が認めら
れた.
腸外アメーバ症まで進行したアビシニアコロブスやジェフロイクモザルでは食欲不振や削痩,
倦怠感が顕著であった.アビシニアコロブスでは胃粘膜の絨毛が非常に発達し,赤痢アメーバの
寄生による大腸炎ばかりでなく胃炎や胃潰瘍が認められた.一方,ブラザグエノンでは糞便中に
シストを排出していたが,全く症状を示さなかった.
イヌやネコでは大腸炎を発症し,肉芽腫性病変を呈することもある.
2)診断及び検査
糞便からのシストの直接検出による.糞便検査では,一回の検査で検出できない場合もあるの
で場合によっては 1 回の検査に留めず,連続3日間程度の集中検査で検出感度を高める措置が求
められる.軽症の症例や無症状例(キャリア)からはシストを検出する頻度が高い.シストの直
径は通常 10-20μm で、1-4 個の核を有している。直接鏡顕法あるいは集嚢子法により精製して
から鏡顕する.集嚢子法として FEA 法(酢酸エチルを用いた MGL 法の変法)が推奨される.
DAPI(4’-6-Diamidino-phenylindole)などで核染色を行うと核数の観察が容易になるが蛍光顕
微鏡を用いる必要がある.
病原性のある Entamoeba histolytica と非病原性の Entamoeba dispar は形態的に判別が困難
であり,糞便からシストが検出された場合は,投薬の要・不要を判断するために,PCR 法が種
を鑑別するのに有用であるが,一般の臨床検査センターではまだ実用化されていない.
粘血便から栄養体を検出する際には新鮮便を速やかに観察するか,検体を 10℃程度に冷蔵し
(5 時間以内),観察時に加温(体温程度)して運動アメーバを観察する.検体の希釈は等張液を
用いる.糞便を生理食塩水と混和して作った塗抹標本や病変部大腸組織の染色切片を観察して赤
痢アメーバの栄養型(トロフォゾイト)を検出することによってなされる.
腸管内感染における糞便中の栄養型の排泄は,周期的に行われるので検査は繰り返して実施す
る必要がある.栄養型の直径は 20-40μm で,1つの小胞性の核を有し,運動は緩慢で,赤血球
を貧食していることもある.栄養型いったん体外に排泄されるとすぐに死滅してしまうため,糞
便の検査は迅速に行わなければならない.糞便中の白血球をアメーバと混同することがあるので,
鑑別のためには固定,染色(ヨウ素,トリクロム,鉄ヘマトキシリン)した糞便の標本が必要な
こともある.
膿瘍は超音波や CT 検査により証明する.補助的に血清学的診断法が用いられる.集団発生す
ることがあり,同居動物などの状態を確認する.肝臓や脳の膿瘍からの虫体の検出は難しく,血
清中の特異抗体の検出や PCR 法による診断が有効である.
6 剖検と病理組織学検査
一般に栄養型が大腸粘膜に侵入し増殖を始めるので,点状充血,出血,潰瘍が認められ,侵入
した入口は小さいにもかかわらず,粘膜下では病巣は横に拡大する(いわゆる下掘りの所見).
また,細菌の混合感染がおこれば組織破壊がいっそう激しくなり,潰瘍が融合して大きな病巣に
なる.一部の栄養型は大腸の血管から肝臓に侵入し,増殖して,膿瘍を形成する.肝臓内のアメ
ーバの一部は心臓を経て肺に到達し,膿瘍を作る.さらに,肺内のアメーバは心臓を経て大循環
系に入り,脳,腎臓,脾臓などの諸臓器に膿瘍を形成する.
これらの腸管外アメーバ症で最も多いのは肝膿瘍である.上野動物園のアビシニアコロブスな
どの剖検例でも,肝壊死,肝臓や肺までに膿瘍が認められた.なお,アビシニアコロブスでは胃
粘膜からも赤痢アメーバの侵入が見られ潰瘍を形成した例が多かった.
7 予防と治療
1)治療
メトロニダゾール(10-25mg/kg,一日 2 回,経口,1 週間)が第一選択剤で,他にチニダゾー
ル(40mg/kg,一日 1 回,経口,5 日間)
,フラゾリドン(2-4mg/kg,1日3回,経口,1週間)
の投与が示唆されている.
無症候性の嚢子保有者(キャリアー)に対しては,もっぱら腸管内アメーバに作用するパロモ
マイシン(10mg/kg/日を1日3回,
経口,
5~10 日間)が有効である.類人猿にエマチン 0.5mg/kg,
最大 60mg/日,1 日 2 回,筋肉内接種,5 日間)あるいはデヒドロエマチン(0.5~0.75mg/kg,
最大 90mg/日,1日 2 回,筋肉内接種,5 日間)も用いられるが,体内に蓄積し,心臓毒性があ
るため,メトロニダゾールを投与できない劇症の赤痢症状にのみ適用すべきである.
上野動物園ではメトロニダゾール(250mg/頭,1日1回,経口,7~10 日間)にパロモマイ
シン(250mg/頭を1日1回,経口,7~10 日間)の併用において最も良好な結果が得られてい
る.無症候性のブラッザグェノンにはメトロニダール(250~500mg/頭,1 日 1 回,経口,1 週
間)のみでは完全に駆虫することができなかった.なお,メトロニダゾールは非常に味が苦く,
サル類に嗜好性が悪いため,連日,鎮静(メデトミジン 30μg/kg ミダゾラム 0.3mg/kg,筋肉
内接種)し,胃カテーテルで胃内に投与した.
2)予防法
動物(ヒトにおいても)ワクチンはない.
本原虫のシストは消毒剤に対する耐性が強く,早期診断により二次感染を予防すべきである.
シストは湿った糞便中で約 2 カ月間,水中では室温でも 5 週間も生存し得るが,
50℃以上の過熱,
乾燥または凍結で死亡する.また,栄養型は新鮮な糞便内や肝膿瘍液中では偽足をだして活発に
運動するが,体外では速やかに死滅する.
消毒薬に比べ熱感受性が高いのでシストを不活化するためには,スチームジェットクリーナー
が最良である.また,塩素系消毒剤では有効塩素量が 10mg/L 以上の濃度が必要であるが,pH
や有機物の存在により効力が極度に減少する.ヨウ素系消毒剤は有効ヨウ素量約 4mg/L,25℃で
15 分を要する.石炭酸も効果が認められている.
集団あるいは隣接して飼育されている動物での集団発生が報告されており,感染動物および保
有動物の隔離が求められる.そのため,本原虫に罹患した動物を隔離して動物舎を消毒し,治療
後に動物舎に戻すことがベストである.しかし,上野動物園の例では十分な隔離スペースか確保
できなかったため,スチームジェットクリーナーの使用と併用して寝部屋ごとにヨウ素系消毒剤
の踏み込み槽を設置してシストの拡散を防いだ.ヒトに感染しやすいので,飼育担当者や獣医師
の衛生管理には充分留意しなければならない.
8 類似疾患
腸アメーバ症は,ほかの大腸疾患である細菌性腸炎(細菌性赤痢)や寄生虫症(鞭虫症,バラ
ンチジウム症など)と,腸外アメーバ症は,結核,エキノコックス症,仮性結核などとの類症鑑
別が必要である.
9 参考文献
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共通感染症ハンドブック
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医師会.東京
2)長谷川篤彦,山根義久 監修(2003) :In メルク獣医マニュアル 第 8 版 135.学窓社.
東京
3)Janis E. Ott-Joslin(1993):Zoonotic Disease of Nonhuman Primates In Zoo and Wild
Animal Medicine : Current Therapy 3. W.B.358-373. Saunders Company. Philadelphia
London Toront Montreal Sydny Tokyo
4)Loomis MR, Britt JO Jr, Gendron AP, Holshuh HJ, Howard EB(1983):Hepatic and gastric
amebiasis in black and white colobus monkey, J Am Vet Med Assoc. 183(11)1188-91.
5)宮崎一郎,藤
幸治(1988):図説 人畜共通寄生虫症 81-98.(財)九州大学出版会.福
岡
6)N.L.Stedman,J.S.Munday,R.Esbeck and G.S.Visvesvara(2003): Gastric Amebiasis Due to
Entamoeba histritica in Dama Wallaby (Macropus eugenii)Vet Pathol 40:340-342.
7)岡部信彦, 新井智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福本幸夫,藤井
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山田章雄,吉川轍,岸本寿男,川中正憲 (2003) : 動物展示施設における人と動物の共通感染症
対策ガイドライン 2003,厚生労働省健康局結核感染症課(東京)
8)R. Brent Swenson (1993):Protozoal Parasite of Great Apes In Zoo and Wild Animal
Medicine : Current Therapy 3. W.B.352-355. Saunders Company. Philadelphia London Toront
Montreal Sydny Tokyo
8)滝沢晃夫,安井圀彦(1969):クモザルのアメーバ赤痢の治療について,動水誌 10-4;90
-91,
9.WEB 上の参考資料
1)アメーバ赤痢(2007)
http://www.forth.go.jp/mhlw/animal/page_i/i04-1.html
2)赤痢アメーバとは
http://www.chieiken.gr.jp/protozoa/amoebawhat.htm
3)熱帯病治療研究班(2007)
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/didai/orphan/HTML/page5.html
4)増田剛太(2002):アメーバ赤痢.都立清瀬小児病院.
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k02_g2/k02_30/k02_30.html
10. Q & A
Q1:赤痢アメーバ症はどんな病気ですか?
アメーバ赤痢は,Entamoeba histolytica の嚢子(シスト)の経口感染に起因するヒトと動物
の共通感染症です.持続する下痢や赤痢を特徴とする急性あるいは慢性の大腸炎であり,ヒトを
含む霊長類でよく見られます.時にイヌやネコにおいても見られますが,その他の哺乳類では稀
です.臨床病型は,腸アメーバ症と腸外アメーバ症(アメーバ性肝膿瘍など)に大別できます.
Q2:赤痢アメーバ症はどんな症状がでますか?
霊長類では衰弱,脱水,食欲不振,嘔吐,粘血便を伴う下痢(大腸炎)や肝膿瘍が見られます.
しかし,病原体保有動物(シストキャリアー)は全く症状を示しません.イヌやネコでは大腸炎
を発症し,肉芽腫性病変を呈することがあります.ヒトでは,通常軽い症状で経過し,下痢や腹
痛,鼓腸,テネムスム(しぶり腹)がみられますが,粘血便や発熱を見ることもあり,腸管を穿
孔して短期間に重篤に経過する劇症型も報告さています.また,アメーバが腸管外に寄生し,主
に肝臓,まれに肺や脳などに膿瘍を形成することもあります.
Q3:赤痢アメーバ症に感染した場合にはどんな検査をしますか?
糞便からシストを検出します.直接鏡顕法あるいは集嚢子法により精製してから鏡顕します.
病原性のある Entamoeba histolytica と非病原性の Entamoeba dispar との鑑別は,PCR 法で可
能です.また,粘血便から栄養体を検出する際には新鮮便などから運動アメーバを観察します.
膿瘍は超音波や CT 検査により証明します.補助的に血清学的診断法も用いられます.肝臓や脳
の膿瘍からの虫体の検出は難しく,血清中の特異抗体の検出や PCR 法による診断が有効です.
Q4:赤痢アメーバ症に感染した場合の治療はどうしますか?
メトロニダゾール(10-25mg/kg,一日 2 回,経口,1 週間)が第一選択剤で,他にチニアゾー
ル(40mg/kg,一日 1 回,経口,5 日間)
,フラゾリドン(2-4mg/kg,1日3回,経口,1週間)
などの投与で良好な結果が得られています.ただし,無症候性の嚢子保有者(キャリアー)に対
しては,もっぱら腸管内アメーバに作用するパロモマイシン(15~25mg/kg/日を1日3回,PO,
5~10 日間)が有効です.
Q5:どのように予防しますか?
動物においてもヒトにおいてもワクチンはありません.また,本原虫のシストは消毒剤に対す
る耐性が強く,早期診断により二次感染を予防すべきです.集団あるいは隣接して飼育されてい
る動物での集団発生が報告されており,感染動物および保有動物を隔離あるいは処分することで
予防します.
ヒトにおいては,汚染されている可能性のある場合には手指からの感染を予防するために手を
よく洗ってください.また,便や肛門に接触する性行為を避けなければなりません.患者が多く
発生している地域では安全な飲料水の確保に努め,生の食品の摂取を避け,また,汚染が疑われ
る河川・湖沼などでの水泳・水浴を避けるようにします.
Q6:消毒はどのように行いますか?
シストは消毒剤に対する耐性が強いため,消毒剤は塩素系消毒剤(有効塩素量が 10mg/L 以上
の濃度)やヨウ素系消毒剤(有効ヨウ素量約 4mg/L,25℃で 15 分)を用います.消毒剤に比べ
熱感受性が高いので,シストを不活化するのにスチームジェットクリーナーが最良です.
校閲 新井 智
国立感染症研究所
執筆 橋崎 文隆 東京都上野動物園
(2007 年4月執筆)
-3-
1
イヌ糸状虫症
概要
一般に糸状虫症(フィラリア症)とは,糸状虫上科 Filarioidea に属する寄生虫に起因するが,糸状虫
の種類はきわめて多いので,今回はとくに本邦で重要なものの中で,ヒトと動物の共通感染症の1つで
もあり,昨今のペットブームや肺がん検診の普及などによって,ヒトへの感染例の報告が増加傾向にあ
るイヌ糸状虫症についてまとめた.
イヌ糸状虫は Dirofilaria 属に属し,この属の糸状虫は種々の動物の心臓や肺血管内に寄生する線虫で
あり,ヒトへは偶発的に寄生して幼虫移行症を起こす.往年はイヌの最終的な死因の第一にあげられて
いた.しかし,近年ではとくに都心部での中間宿主である蚊の減少,感染子虫(L3)の定期的駆虫効果な
どにより,イヌにおいては発症率が低下の傾向にはあるが,感染を根絶することはいまだに困難である.
まして発症した成虫寄生のイヌの予後が深刻であることには変わりない.
本症は獣医療域において最もポピュラーな感染症の一つではあるが,Dirofilaria 属の糸状虫が種々の
動物に寄生する点から,動物園飼育下動物に対する本症の感染(成虫寄生の防御)をあらためて注意喚起
するものである.
2
法的位置付け
家畜伝染病予防法および感染症法では規定されていない.
3
原因と疫学
1)病原体
イヌに自然感染している糸条虫は,イヌ糸条虫 Dirofilaria immitis を含め,D. repens,Dipetalonema
reconditum,Brugia pahangi など 9 種類が確認されている.イヌ糸条虫はイヌに寄生する糸条虫の中で
最も病原性が強く,イヌの重要な寄生虫症の1つである.ヒトへは偶発的に寄生する.成虫は細長く乳
白色の素麺状で,雄虫は 12~20cm,雌虫は 25~31cm である.雄虫の後端はコイル状に巻いており,
雌 虫 のそ れは 鈍円 で ある . 卵胎 生で 体長 307~ 322(313)μ m の子 虫= ミ クロ フィ ラリ ア (Mf:
microfilariae)を血液中に産出する.
2)疫学
熱帯,亜熱帯から温帯にかけて,ほとんど世界的に広く分布している.これは中間宿主になる蚊の生
息・活動地域に一致し,とくに極東各地には多い.また,幼虫の蚊体内での発育に要する 20~30℃の温
度が 2 週間以上保たれるという条件が必要になる.したがって寒冷地,高冷地には分布しない.
日本では全国に広がっており,北海道では 1970 年以降増加傾向にあるが,北海道の北部・東部では確
認されていないか,あるいは極めて発症数が少ない.沖縄県では以前は分布していないか,あるいは少
ないと言われたが,現在では他の地域と変わらなくなってきている.
宿主特異性は高くなく,主として,食肉目,鰭脚目の多くの動物から検出され,他には稀に奇蹄目,
偶蹄目,齧歯目,霊長目からも検出されている(表).発生頻度の最も高いのはイヌ科で,ついでネコ科
動物である.
表:イヌ糸状虫の動物宿主
食肉目
イヌ科(イヌ,オオカミ,ジャッカル,コヨーテ,キツネ,タヌキ)
クマ科(ツキノワグマ,クロクマ)
アライグマ科(アライグマ,レッサーパンダ)
イタチ科(フェレット,ミンク,カワウソ)
ジャコウネコ科(ハクビシン,マレージャコウネコ)
ネコ科(ネコ,トラ,クロヒョウ,ユキヒョウ)
鰭脚目
アシカ科(カリフォルニアアシカ,オットセイ,トド)
アザラシ科(ワモンアザラシ,ゴマフアザラシ)
その他
ニホンジカ,ウマ,ウサギ,ビーバー,アカゲザル,テナガザル,オランウータ
ン,ヒトなど
なかでもイヌへの適応性は非常に高く,感染子虫(L3)の成虫への発育も良い.寄生雌成虫のほぼ全数
が子宮に Mf を保有している.ネコ科からも成虫が検出されているが,
Mf(L1)の検出例はほとんどない.
国内の動物園の事例では,東山動物園でのユキヒョウの解剖において,6 頭中 2 頭の寄生確認をはじ
め,他いくつかの園館で報告がある.また,海獣類でのアシカの感受性がとくに高いという報告がある
が,東山動物園では過去カリフォルニアアシカ(屋外飼育)で,死亡数 63 頭(寄生可能な飼育年月の個体)
のうち 1 頭の寄生例も確認されていない.しかし,隣接する同様の飼育プールのトドでは死亡数 10 頭
のうち 4 例の寄生を確認している(但し,この事例は感染源の有無,および感染場所の特定はできてい
ない).
尚,これらの事例はすべて臨床症状を示していたのではなく,解剖時偶然に発見し,感染が確認され
たものである.また,寄生発見部位が心臓・肺部のいわゆる寄生の主要部位のみであった.主要部位以
外にも寄生することがあるので,実際の感染率は(カリフォルニアアシカの事例も含め)この数字以上か
も知れない.
3)感染経路
①中間宿主と感染子虫(L3)の発育:成虫がイヌ科動物などの宿主の血液内で Mf(L1)を産生し,Mf が
血液中での循環が始まった後,蚊によって Mf を含む血液が吸血され,蚊の体内で感染性のある感染子
虫(L3)なる.中間宿主になりうる蚊は世界で 63 種知られている.そのうち,日本に生息するのはアカ
イエカ,トウゴウヤブカ,コガタアカイエカ,ヒトスジシマカなど 16 種知られている.Mf の寿命は約
2~2.5 年あり,その間に蚊に吸血されて蚊の体内(マルピギー管)で 10~14 日間のうちに 2 回脱皮し,
感染子虫となる.マルピギー管を破り体腔を経て吻鞘その他の体部へ移行する.蚊の体内で感染子虫に
成長するまでに夏季で通常約 2 週間を必要とし,気温 25~31℃が最適と言われている.
②感染:宿主への感染は蚊の吸血時に行われる.吻鞘内から皮膚上に脱出した感染子虫(L3)は,蚊の
吸血孔などの有傷皮膚面から皮膚組織内に侵入し感染する.健康皮膚面からは感染しない.
③終宿主体内での発育:宿主体内に侵入した感染子虫は組織間を移行し,中間発育場所である皮下織,
筋・脂肪組織,漿膜下などで発育を続け,2 回の脱皮を経て,感染後約 3~4 か月で体長 3~11cm に発育
する(L5).発育した幼虫は静脈に入り,血流によって右心室に移行する.この時はまだ小さな細い未成
熟虫であり,感染後 5 か月くらいまでには肺動脈内に分布し,成熟虫に発育して体長が長くなると右心
室へ再移動し,ほとんどがこの右心室で寄生する.ここまでで蚊からの感染後約 6 か月である.成熟雌
虫は卵胎生によって Mf を血液中へ産出するが,
感染から抹消血液中に Mf が証明されるまでの日数は,
感染後 7~8 か月である.
④子虫(Mf, L1)の定期出現性と季節出現性:抹消血液中に出現する Mf 数は日周期性があり,夜間定
期出現性が認められる.また,一峰性の季節周期性が認められ,Mf は 5 月上旬から増数し,7 月上旬か
ら 9 月中旬が年間で最も高く,9 月下旬から減数し始め,11 月下旬から 2 月中旬が最も低い.
4
ヒトへの感染性
ヒトと動物の共通感染症である.
ヒトにおいてはイヌなどと異なり,感染後,感染子虫(L3)は大部分が死滅し,血流を介しての肺や心
臓への移行はむしろ稀と考えられる.しかし,一部の幼虫は肺や侵入した皮下組織またはその周辺部に
とどまり,やがて細胞群にとりこまれ,多くは限局性肉芽腫を形成する(皮下イヌ糸状虫症).これは症
状がないために,例えば,肺結核や肺癌などと誤って摘出手術を受け,術後の病理標本から診断される
ように,現在までの患者の多くは集団検診または他の疾患治療中などに偶然に発見されることが多い.
5
主な臨床症状と診断
1)臨床症状
イヌにおいては症例が多く,詳細な記述がある.臨床症状は寄生している成虫の数,感染期間,虫体
の寄生部位,各個体の感受性,体格の大小,さらに心・肺以外の臓器における二次性病変などに左右さ
れ,多種多様の症状をとる.
イヌにおいては不顕性感染も多く報告されているが,成虫が多数寄生すると心臓,肺動脈寄生による
直接障害と循環障害による間接障害が肝臓や腎臓に見られる.初期は咳が多く,病期の進むにつれて頻
脈,不整脈,呼吸数増加,貧血,浮腫,腹水,呼吸困難,失神などの症状がみられる.急性症は大静脈
症候群として知られ,突然発症し,死亡率も高い.心臓の奇形により,虫体が末梢動脈に流入すれば動
脈栓塞をきたし,跛行,起立不能,後駆麻痺などの運動障害を引き起こす.
糸状虫の移行幼虫期で諸処の組織・臓器に迷入した場合には,部位に応じた特異的な病態を発生する.
例えば脳・中枢への迷入の場合は運動障害・異常行動などがみられ,眼球への迷入には角膜混濁などが
ある.胸腔,腹腔などへの場合は不明確である.
近年,小動物臨床ではネコの本症が注目されているが,感染子虫が体内に入り成虫まで発育する割合
は,イヌでは 75%ほどあるが,ネコの場合は 3~10%にとどまっている.イヌに比べて感染率は低いが,
イヌに比べ心臓が小さいため,数匹の成虫寄生でも発症後急速に衰弱し死に至ることがあると言われて
いる.また,死亡した糸状虫は肺に流れていき分解されるが,肺でのアレルギー反応も強く出る.
野生下のタヌキでは,分類上同科のイヌに比べ,感染個体の成虫寄生数が相対的に少ないという報告
があるが,右心室拡張,肺動脈病変などイヌと同様の影響を受けるとされている.本症のタヌキへの感
染がかれらの個体群動態に影響を及ぼすことは,他の感染症と同様と考えられる.
その他の動物での臨床報告は極めて少なく,先述したように別の死因での病理解剖時に偶然的に寄生
を確認することが多く,虫体寄生による顕著な症状の判明が困難な場合がほとんどであると思われる.
2)診断
①寄生虫学的診断(Mf の検査):この検査に当たっては,潜在感染や定期出現性を考慮に入れる必要が
ある.血中に Mf が存在すれば抹消血の 1 滴での直接鏡検(薄層塗抹)でも検出できるが,Mf の数が少な
い場合,十分な信頼性に欠ける場合がある.感度と信頼性をあげるために種々の集中法(例えばアセトン
集中法,ヘマトクリット管法)で検出することが望まれる.
②免疫学的診断:検出対象としては抗原・抗体のいずれについても検討されてきたが,抗体を対象に
した場合,腸内寄生虫との交差反応のため,検出の特異性が低くなり,スクリーニングとしては有効で
はなかった.最近の動向では抗原検出の方向にあり,潜在感染・定期出現性の点からも当然の選択と言
える.現在では成虫抗原を半定量的に検出する ELISA キット(例:ペットチェック)などがある.
③理学的診断:古くからの胸部 X 線撮影,心電図検査などは有効な補助診断手段として適用されてい
る.とくに血管造影撮影は栓塞,ときには虫体の確認にも有用である.
3)検査機関
顕微鏡などの必要器具,検査キットなどを用意すれば,通常の検査室で実施可能である.
6
剖検と病理組織学的検査
虫体が肺動脈と右心室に寄生していることが多い.虫体が多数で循環障害をきたしているものは,肺
動脈・右心系の拡張があり,腹水,四肢の浮腫,胸水,心嚢水の貯留などが見られる.急性に大静脈症
候群を併発したものは虫体が右心房および前・後大静脈にもあることが多く,この場合には血色素尿,
貧血,黄疸をみる.
多数寄生した宿主の組織学的所見では肺動脈内膜の増殖性病変,抹消肺動脈内に血栓や内膜面におい
て絨毛状,丘状,ポリープ状の増殖性の動脈内膜炎をみることがある.
7
予防と治療
<予防>
本症の最善の対策は予防である.予防法には蚊の対策,感染源対策(蚊の発生防止、刺咬阻止),宿主
体内に入った感染・移行幼虫の殺滅などの段階がある.しかし,動物園動物の場合、感染源対策による
予防はかなり困難であり,もっぱら宿主に侵入した移行幼虫の移行阻止・殺滅を目的とする予防剤の定
期投与に依存せざるを得ない.現在わが国で承認・市販されている予防剤は次のものがある.投与法が
簡便なことや予防効果から,アベルメクチン系薬剤が,野生動物には最適と考えられる.
1)ジエチルカルバマジン(DEC):5.5mg/kg を蚊の活動する感染期間および期間終了後2か月間,1
日1回連日経口投与する.
2)イミダゾチアゾール系薬剤(レバミゾール):2.5mg/kg を同様期間で連日または隔日経口投与.
3)アベルメクチン系薬剤(マクロライド系)
①イベルメクチン:6~12mg/kg を同様期間で毎月 1 回経口投与(注射による投与もある).
②ミルベマイシン:ミルベマイシン D(1mg/kg),ミルベマイシンオキシム(0.25~0.5mg/kg),同様
期間で毎月 1 回経口投与.
③モキシデクチン:2~4μg/kg を同様期間で毎月1回経口投与.
④セラメクチン滴下型経皮投与剤:6mg/kg を毎月 1 回、皮膚に滴下.
以上いずれの薬剤でも Mf 陽性イヌに投与した場合にはショック症状を発し,最悪の場合には死に至
ることがあると指摘されている.これを防ぐためには Mf を完全駆除しておくことが適用の必須となる.
しかし,この完全駆除は不可能なことが多いので予防投与開始 30~60 分前にステロイド剤(プレドニゾ
ロン 1~2mg/kg 経口および筋注)を投与することによりショック防止にかなり役立つという報告がある.
この点についてはイヌにとどまることなく,他の動物の場合も同様に考慮する必要がある.尚,これら
のうちアベルメクチン系薬剤のイベルメクチンやセラメクチンなどは,広く線虫類や外部寄生虫の駆除
にも効果を示すので,他の寄生虫の予防・駆除に用いる際にも,念のため Mf 検査やステロイド剤の事
前投与を考慮する必要がある.
<治療>
イヌ糸状虫の駆虫・殺滅は,単に寄生成虫の駆除にとどまらず,駆虫剤使用時の障害になる Mf の殺
滅,さらに移行幼虫の殺滅による心肺への寄生阻止を目的とする薬剤投与が考えられる.また成虫につ
いては外科的処置による摘出がある.
1)抗成虫剤:砒素剤を用いる.メラルソニル・カリウム(トリメラルサン)5.8mg/kg×2 日筋注.近年
ではメラルソミン2塩酸塩(イミトサイド)2.2mg/kg を3時間間隔2回の筋注.動物の全身状態,
寄生虫体数によっては,主に肺動脈栓塞に起因した諸症状が併発することがあるので,10~14 日
間は飼育管理に注意を要する.
2)抗幼虫剤:予防の項で記述済み.
3)抗 Mf 剤:予防の項で記述したように,Mf の存在はそのものの存在とは別に,Mf 陽性宿主に対
する抗 Mf 作用による副作用を防ぐために,Mf の駆除は徹底しておく必要がある.抗 Mf 剤とし
てはヨウ化ジチアザニン(ミコクロリーナ)5mg/kg を 1 日1~2 回,通常3~10 日間連続経口投与
する.服用後2~3日は糞便が濃青色に着色される.
4)外科的治療:開胸による方法と,非開胸的に頚静脈から抽出する方法がある.
8
類似疾患
症状が重度になると運動の不耐性を示し,他の心疾患に類似した臨床症状になる場合があるが,その
時点までに診断の項で記述したような手技を実施できれば容易に鑑別ができると考えられる.
9
参考文献
1. 浅井健,佐藤晴久(1962)
:猿類のフィラリア症について,動水誌 4-1;5-6
2. Craig Datz,DVM, DABVP(2003):Update on canine and feline heartworm tests 「犬猫における犬
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4. Greg J.Harrison,Murray E.Fowler(北 昴,朝倉繁春 監訳,1984):海獣類,循環器系疾患,
In 野生動物の獣医学:556-557,Murray E.Fowler 編,文永堂,東京.
5. Greg J.Harrison,Murray E.Fowler(北 昴,朝倉繁春 監訳,1984):肉食獣,寄生虫疾患,
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8. 獣医公衆衛生学教育研修協議会(1975):獣医公衆衛生学,584-585,山田俊雄監修,文永堂,東京.
9. 獣医臨床寄生虫学編集委員会(1979):獣医臨床寄生虫学,438-451,文永堂,東京.
10. 影井 昇(1987)
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編,近代出版,東京.
11. 加藤正範(1961)
:キツネ・タヌキのミクロフィラリア症に対するファジンの応用について,動水誌
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12. 森本委利,武田正人,長瀬健次郎,榊原安昭,宮下実(1994):注射用イベルメクチンの動物園動
物への応用,動水誌 35-1;7-16
13. 中垣和英,鈴木隆史(1994):タヌキ個体群動態に与えるフィラリア感染の影響,In 獣医畜産新報,
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14. 中村悟,三神紀明(1967)
:ゴマフアザラシにおける1糸状虫 Dipetalonema spirocauda 寄生例に
ついて,動水誌 9-2;51-52
15. 野上貞雄(2004):犬糸状虫症.In 共通感染症ハンドブック,86-87.日本獣医師会.東京
16. 大石 勇(1986):犬糸状虫の寄生動物,In 犬糸状虫-寄生虫学の立場から-,16-26,文永堂,東京.
17. 岡部信彦ほか(2003):動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガイドライン 2003.厚生労働
省健康局結核感染症課,東京.
18. 左向敏紀(1999):猫を科学する(7),In 畜産の研究,84-88,第 53 巻 第2号(1999 年2月号),養
賢堂,東京.
19. 其田三夫 監修(1983):犬糸状虫症,In 犬の臨床,274-278,デーリィーマン社,東京.
20. 平 詔亨,藤崎幸蔵,安藤義路(1995):蚊,In 家畜臨床寄生虫アトラス,109-111,チクサン出版
社,東京.
21. 田郷岡良和,竹内健,伊藤冨美雄(1975):フイリアザラシの犬糸状虫による肋膜肺炎について,
動水誌 17-4;98-100
22. WEB 上の参考資料
猫のフィラリア症について
http://chichibuanimalclinic.com/setsumei/nekofila/index.htm
10
Q&A
Q1:イヌ糸状虫はどんな動物種に寄生しますか?
A
:宿主特異性は高くないですが,主として,食肉目,鰭脚目の多くの動物から検出され,他にはま
れに奇蹄目,偶蹄目,齧歯目,霊長目からも検出されています.発生頻度と病原性が最も高いのは
イヌ科で,ついでネコ科動物です.
Q2:感染はどのようにしておきるのですか?
A
:宿主への感染は蚊の吸血時に行われます.吻鞘内から皮膚上に脱出した感染子虫は,蚊の吸血孔
などの有傷皮膚面から皮膚組織内に侵入し感染します.健康皮膚面からは感染しません.
Q3:感染する地域はどこですか?また,季節性はありますか?
A
:世界的に熱帯,亜熱帯から温帯にかけて,ほとんど世界的に広く分布しています.これは中間宿
主になる蚊の生息・活動地域に一致し,とくに極東各地には多いです.また,幼虫の蚊体内での発
育に要する 20~30℃の温度が2週間以上保たれるという条件が必要になります.ヒト,動物ともに
夏季に感染することが一般的です.
Q4:ヒトへの感染はありますか?
A
:ヒトと動物の共通感染症ですが,人体に大きな害を与えることはほとんどありません.ヒトにお
いてはイヌなどと異なり,感染後,幼虫は大部分が死滅します.血流を介しての肺や心臓への移行
はむしろ稀と考えられます.しかし,一部の幼虫は肺や侵入した皮下組織またはその周辺部にとど
まり,やがて細胞群にとりこまれ,多くは限局性肉芽腫を形成します(皮下イヌ糸状虫症).これが
肺結核や肺癌,皮下腫瘍などと誤って摘出手術を受ける場合があって,このような例が実質的な被
害といえます.
Q5:動物とくにイヌ科ではどのような症状を示しますか?
A
:不顕性感染も多いですが,成虫が多数寄生すると心臓,肺動脈寄生による直接障害と循環障害に
よる間接障害が肝臓や腎臓に見られます.初期は咳が多く,病期の進むにつれて頻脈,不整脈,呼
吸数増加,貧血,浮腫,腹水,呼吸困難,失神などの症状がみられます.急性症は大静脈症候群と
して知られ,突然発症し,死亡率も高いです.心臓の奇形により,虫体が末梢動脈に流入すれば動
脈栓塞をきたし,跛行,起立不能,後駆麻痺などの運動障害を引き起こします.
Q6:診断方法は何がありますか?
A :①寄生虫学的診断(Mf の検査):血中に Mf が存在すれば抹消血の 1 滴の直接鏡検(薄層塗抹)でも
検出できますが,Mf の数が少ない場合は十分な信頼性に欠けます.この場合には種々の集中法(例
えばアセトン集中法,ヘマトクリット管法)で検出することが望まれます.
②免疫学的診断:血清抗体は腸内寄生虫との非特異性が報告されており,抗原検出が一般的です.
現在では成虫抗原を半定量的に検出する ELISA キット(例:ペットチェック)などがあります.
③理学的診断:古くからの胸部 X 線撮影,心電図検査などは有効な補助診断手段として適用され
ています.とくに血管造影撮影は栓塞,ときには虫体の確認にも有用です.
Q7:治療方法は何ですか?
A
:成虫では,砒素系の抗成虫剤や外科的に摘出する方法が報告されています.また,Mf に対して
も駆虫剤があります.しかし,駆虫により急激な Mf の死亡がとショック症状引き起こすことも報
告されています.糸状虫の駆虫・殺滅は,単に寄生成虫の駆除にとどまらず,駆虫剤使用時の障害
になる Mf の殺滅,さらに移行幼虫の殺滅による心肺への寄生阻止を目的とする薬剤投与が考えら
れます.
現在は感染初期の Mf を駆虫し感染を予防する投与法の簡便な予防薬(アベルメクチン系製剤)
があるので,発生の多い地域では予防に力点を置くべきです.
Q8:予防投薬する薬と期間は?
A :蚊の活動する感染期間および期間終了後2か月間,アベルメクチン系製剤投与による予防が望まれ
ます.感染成虫が心臓に達して Mf を産出する前の,動物の生後4~5カ月以前から予防すると,
Mf の死滅によるショックの心配がなく,予防投薬できます.
Q9:予防・治療の際,Mf の死滅によるショック防止に何か良い方法はありますか?
A :Mf 陽性イヌに投与した場合にはショック症状を発し,最悪の場合には死に至ることがあると指摘
されています.これを防ぐためには Mf を完全駆除しておくことが適用の必須となります.しかし,
この完全駆除は不可能なことが多いので予防投与開始 30~60 分前にステロイド剤(プレドニゾロン
1~2mg/kg 経口および筋注)を投与することによりショック防止にかなり役立つという報告があり
ます.
校閲 新井 智
国立感染症研究所
執筆 中村 彰 名古屋市東山動物園
(2007 年4月執筆)
- 4 -
1
エ
キ
ノ
コ
ッ
ク
ス
症
概要
エキノコックスは日本では単包条虫,多包条虫のことを言い,中間宿主に寄生している段階
を特に多包虫もしくは単包虫と呼ぶ.包虫とは, Echinococcus 属に属する条虫の中間宿主での
幼虫形=包虫のことである.エキノコックス症とはその中間宿主での包虫症のことを言うのが
一般的である.エキノコックスは,その生活環に中間宿主と終宿主が存在し,終宿主から排出
された虫卵を中間宿主が摂取し,感染した中間宿主を終宿主が捕食することにより維持されて
いる.ヒトは,虫卵を誤って摂取してしまう accidental host ( 偶発宿主 ) である.エキノコッ
クス属には E. granulosus (単包条虫) E. multilocularis (多包条虫), E. oligarthrus , E.
vogeli の4種が分類されている.
2
法的位置付 け
家畜伝染病予防法での対象疾病ではない.感染症法 ( 感染症の予防及び感染症の患者に対す
る医療に関する法律 ) では,エキノコックス症は4類感染症に指定され,ヒトで診断された場
合医師は,最寄り保健所長を介して都道府県知事への届出が義務づけられている.一方,動物
( 対象動物はイヌ ) での感染が確認された場合は,獣医師は最寄り保健所長を介して都道府県
知事へ届出ることと共に,適切な感染防止措置の実施が義務づけられている.
3
原因 と 疫学
日本で常在が認められている多包条虫は,北海道で主にキタキツネを終宿主とし,野ネズミ
を中間宿主として維持されている Echinococcus multilocularis である.中間宿主として,ヒト
を含む霊長類やトガリネズミ,ブタ,ウマなどにも寄生する.最近では,中間宿主としてモモ
ンガやヒメネズミなどからも寄生が見出されている.エキノコックス(多包虫)症とは終宿主
の糞便中に排出された虫卵を摂取し,感染して,中間宿主として発症した場合に用いられる病
名である.国内の動物園では北海道の3園で, 1990 年から 1997 年にかけて,ボルネオオランウ
ータン,ニシローランドゴリラ,シロテテナガザル,ニホンザル,ワオキツネザルでの発症,
死亡報告がある.いずれの場合も感染経路については証明されていないが,キタキツネの園内
への侵入があったこと,青刈り牧草を給餌していたことが共通していた.
なお単包条虫によるものでも同じ病名を使い,日本ではブタ,ヒツジなどの家畜から散発的
に報告されている.ヒトでの国内感染の報告がなく,生活環が証明されてないため問題視され
ていないようだが,国内の動物園1園で 1992 年にヒトコブラクダ, 1997 年にマンドリルでの発
症死亡例がある.動物園で発生があった場合,園内汚染の可能性を考え,飼育している肉食動
物からの感染を疑う必要がある.実際にロサンゼルス動物園(アメリカ)で 3 種類の大型類人
猿が発症した報告がある.動物園が展示動物として, E. vorgeli の寄生していたヤブイヌを導
入してしまい,その放飼場と類人猿の臨時放飼場とが隣り合わせにあった結果,類人猿の放飼
場が虫卵で高度に汚染され,集団発症したものである.
動物園では,海外や北海道などの汚染地域から終宿主である肉食獣を導入する場合,注意が
必要なので Echinococcus 属4種の分布,宿主を記す.なお中間宿主間での感染は起こらない.
E. granulosus (単包条虫):
分布:南アメリカ,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ,ヨーロッパ中部・
-
-
1
北部,地中海沿岸,アジアなど
終宿主:イヌ科(特にイヌ)動物,イタチ科動物
中間宿主:めん羊,ヤギ,ブタ,ウシ,ウマ,シカ,ラクダ,ゾウ,霊長類,ヒトなど.
E. multilocularis (多包条虫)
分布:ほぼ北緯40度以北のユーラシア,北アメリカ
終宿主:イヌ科特にキツネの仲間,ネコ科動物
中間宿主:齧歯類,ウサギ類,食虫類,霊長類,ヒトなど.
E. oligarthrus
分布:中南米
終宿主:ネコ科動物
中間宿主:アグーチやパカ等の大型齧歯類
E. vogeli
分布:中南米エクアドル
終宿主:ヤブイヌ
中間宿主:不明,前述のとおり霊長類での感染がある.
4
ヒ ト への感染性
北海道におけるエキノコックス(多包虫)症の発生は, 1937 年に礼文島の住人に初めて発見
され,その後, 1965 年からは,根室,釧路地区において次々とヒトへの感染が発見された.こ
の時点まではエキノコックス症は,道東の風土病的な扱いをされてきたのだが, 1982 年東藻琴
町でブタへの感染が発見されて以来,全道各地で,感染したキタキツネや野ネズミ,ブタなど
が発見され,それと平行してヒトの感染例も道内各地に拡がっていった.衛生対策を担当する
北海道保健環境部は, 1993 年 4 月より全道一円をエキノコックス汚染地域とし,ヒトの感染予
防対策を講じている.なお現在では,多包条虫は移入病原体であると認識されている.
本州でもエキノコックス症の患者が70例以上報告されているが,ヒトにおいては発症までに
数年の潜伏期間が認められるため,感染経路は不明である.
5
主 な 臨床症状 と 診断
臨床症状
高発寄生部位は肝臓であるが転移を起こすために定型的な臨床症状はない.ニシローランド
ゴリラの場合は脳に転移していたため脳血管障害(いわゆる脳梗塞)として,ワオキツネザ
ル,シロテテナガザルの場合は腹腔内に転移していたための腹囲膨満を妊娠と考えており特に
臨床症状は認められなかった.動物園動物の場合は特に臨床症状は発見しにくく,食欲の低
下,元気消失などが認められ発症した場合は末期状態で短期間で死に至ると考えられる.
なお,成虫が寄生している終宿主の場合,通常無症状である.希に下痢を呈することがあ
る.
診断
死亡個体の場合は病理学的にシスト,シスト外層のクチクラと内層の胚細胞層,石灰小体や
原頭節の形成が認められる.典型的なものではシスト内容物を鏡検すると原頭節を確認でき
る.確定診断としては PCR 法による DNA 解析も可能である(北海道大学獣医学部寄生虫学教
室).
-
-
2
生前診断は,イヌ科動物などのエキノコックス終宿主の検査は,糞便検査もしくは糞便中の
寄生虫抗原を検出するサンドイッチ ELISA 法が利用されている.サンドイッチ ELISA 法は北海
道大学で開発され,下記機関で有料で検査依頼可能である.糞便検査では,条虫卵の形態から
種の同定が困難であり,また必ずしも虫卵が確認できない場合もある.
環境動物フォーラム
電話 011-731-6767
中間宿主にあたる霊長類での包虫症の場合では,ヒトでの診断方法が有効であるが, ELISA
やウエスタンブロット法は,二次抗体を使用するため,二次抗体として用いる抗体により感度
が異なることが予想される.ヒトでは血清を用いた ELISA 法が用いられているが,北海道の機
関でしか行われていない.
民間検査機関;
北海道臨床衛生検査技師会
公立機関;
北海道立衛生研究所
電話 011-786-7071
生物科学部感染病理科
電話 011-747-2768
通常ヒトでは, ELISA 法で陽性の場合さらにウエスタンブロット法による確定診断を行う.
これは北海道立衛生研究所で行われている.いずれの機関も検査対象はヒトであることから事
前に相談が必要である.
その他,包虫症ではエコー,レントゲン検査等も行いより確度の高い診断を行う必要があ
る.
6
剖検 と 病理組織検査
剖検開腹時,典型的なものでは肝臓や腹腔内に半透明のシストを認め,内容物を鏡検すると
原頭節を確認できる.感染からの経過時間が長い場合は膿瘍状を呈している場合があり,肉眼
での診断は困難である.組織学的な検査によりシスト外層のクチクラと内層の胚細胞層,石灰
小体や原頭節が認められる.
転移が認められる場合が多く注意深い剖検,採材が必要である.
7
予防 と 治療
予
防
汚染地域にあっては,キタキツネなどの終宿主の侵入防止,感受性動物への青刈り牧草の給
餌の禁止 ( 虫卵で汚染された飼料などを与えない ) ,獣舎の出入りに際して長靴を交換するな
ど,虫卵を園内あるいは獣舎内に持ち込まないことが原則となる.イヌ科飼育動物が,野ネズ
ミを捕食する可能性を考えて、最低月に一度は飼育イヌ科動物の駆虫を行う.駆虫薬はプラジ
クアンテル(商品名:ドロンシット錠
共立製薬など)が適している.治療前および治療後 3
日間の終宿主の排泄物には,感染性のある虫卵が含まれているため中間宿主への摂取を防ぐた
めに排泄物の処理も適切に行う必要がある.排泄された虫卵は70度12時間以上,もしくは -80
度 2 日間以上で殺滅してから破棄する.
汚染地域でない場合でも,北海道あるいは海外の汚染地域からイヌ科,ネコ科動物を導入す
る場合は,導入前に条虫駆虫を条件とすることが必要である.園内で感染サイクルが成立する
可能性を防止するのは動物園の義務である.
治
療
霊長類などの中間宿主における包虫症の根本的な治療は,外科切除しかない.しかし外科切
除が困難な場合は,包虫の発育を抑える目的でアルベンダゾール(商品名:エスカゾール錠
グラクソ , スミスクライン社)を用いる.かなりの延命効果が期待できる.
-
-
3
終宿主では,プラジクアンテルで完全駆虫可能である.
8
類似疾患
包虫の増殖部位,転移部位により症状は多様である.一般には肝臓疾患との類症鑑別が重
要である.
9
参考文献
1.
獣医臨床寄生虫学編集委員会 (1984): 獣医臨床寄生虫学
2.
板垣四郎,板垣博
3.
板垣博,大石勇
4.
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共著 (1980): 家畜寄生虫学
文永堂,東京
金原出版,東京
共著 (1994): 新版家畜寄生虫学
朝倉書店,東京
動物由来感染症 : 46-51.
岡部信彦
監修
・著,少年写真新聞社,東京
神谷正男 (2004): エキノコックス症. In
4.5.
共通感染症ハンドブック : 98-99.
社団法人日本獣医師会,東京
5.6.
岡部信彦, 新井智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福
本幸夫,藤井逸人,山田章雄,吉川轍,岸本寿男,川中正憲 (2003) :
動物展示施設
における人と動物の共通感染症対策ガイドライン2003,厚生労働省健康局結核感
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6.7.
日本生態学会 (2002): 外来種ハンドブック : 224-226.
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7.8.
犬のエキノコックス症対応ガイドライン 2004 -人のエキノコックス症対策のた
めに-
8.9.
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hppt://homepage3.nifty.com/iwaki-t/index.html( エキノコックス情報ホットライン )
http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/10/tp1001-4.html
( 感染症法に基づく獣医師が届出を
行う感染症と動物について,厚生労働省 )
10
Q&A
Q1:エキノコックス症って何?
A:エキノコックスは寄生虫で,エキノコックス症は,一般的には多包虫もしくは単包虫に感
染し発症した病態のことを言います.ヒトはイヌ科の動物やネコ科の動物などの終宿主が排
出する虫卵を経口で摂取して感染します . 通常数年以上の潜伏期の後に発症します.
Q2:エキノコックスに罹ったサルからヒトに感染するの?
A:包虫に感染した中間宿主同士での感染はおこりません.中間宿主に寄生している包虫を食
べても感染は成立しません.ただしサルが感染していると言うことは,虫卵を経口摂取した
ことによるので,感染経路の特定,あるいは感染の可能性をなくすための処置を急がなけれ
ばいけません.ヒトも虫卵を経口摂取すると感染する可能性があります.
Q3:エキノコックス症の発生地域はどこ?
A:日本では,北海道で多包虫症が発生しています.キタキツネと野ネズミの間で感染サイク
ルが維持されています.ヒトは,キタキツネの糞便中に排出されたエキノコックスの虫卵を
-
-
4
経口摂取して感染します.北海道では,キツネの糞に汚染された湧き水などを沸騰消毒しな
いで飲んで感染する可能性が指摘されています.
日本以外では,主に多包虫症が北緯40度以北のユーラシア,北アメリカ,単包虫症が南
アメリカ,オーストラリア,ニュージーランド,南アフリカ,ヨーロッパ中部・北部,地中
海沿岸,アジアなど広い地域に発生が認められています.
Q4:本州以南なら心配ないの?
A:本州でもヒトの患者は見つかっています.北海道への訪問歴のないヒトからも見つかって
いますが,感染源は分かっていません.特に青森県では多くの患者が発生しておりブタから
も多包虫が確認されています.北海道からの牧草の購入や,北海道でエキノコックスに感染
したペットが転居で本州以南に移動している場合など,本州でも限局的に野ネズミとキツネ
などでの感染サイクルが完成している可能性があり危惧されています.
Q5:動物園で包虫症が発生した場合にはどうすればいいの?
A:包虫症が発生した場合には,感染源が園内に存在するのか,それとも園外なのか感染経路
の検索を十分実施する.感染源が園内に存在する可能性がある場合には,新たな感染を発生
させないために糞便や虫卵に汚染された可能性のある床敷などを沸騰消毒,もしくは次亜塩
素酸 ( 高濃度が推奨されます ) を用いて十分に消毒してください.感染源としてイヌ科の動
物やネコ科の動物が疑われる場合は,プラジクアンテル(商品名:ドロンシット錠
共立製
薬など)で駆虫を実施してください.駆虫前や駆虫直後の糞便には,感染性のある虫卵が排
出されるので駆虫後 3 日間の糞便は消毒後に廃棄してください.ヒトへの感染が疑われる場
合には,サンドイッチ ELISA やウエスタンブロットで抗体検査が実施可能です.上述機関で
の検査をお勧めいたします.ヒトでは,数年間の潜伏期間が確認されておりますので,一度
の検査で抗体の上昇が認められなくても,期間をあけた後再度検査を実施して抗体価の上昇
が認められないことを確認することが勧められます.
校閲
新井
智
国立感染症研究所
執筆
坂東
元
旭川市旭山動物園
(2006 年 3 月執筆 )
-
-
5
-5-
オ
ウ
ム
病
1.概要
オウム病は Chlamydia psittaci という細菌に分類される微生物(一般にオウム病クラミ
ジアという)に起因する感染症である.psittacosis はオウム(parrot)を意味するギリシャ語
Psittakos に由来する.同義語として parrot fever,ornithosis という言葉も使われる.C.
psittaci による鳥類の感染症を特に avian chlamydiosis(AC:鳥クラミジア病)ということ
もある.C. psittaci は鳥類以外にヒトを含む哺乳類など多くの動物種に感染性を持つ.この
ため,オウム病はヒトと動物の共通感染症として,公衆衛生上重要な側面を持つ.
2.法的位置付け
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)で四類感染症に指
定されている.
3.原因と疫学
1)病原体:オウム病クラミジア Chlamydia psittaci(グラム陰性小球菌)
①クラミジアは DNA と RNA を有し細菌に属するが,偏性細胞寄生性で通常の細菌用培地
では増殖できず,その増殖にはウイルス同様の生きた細胞系を必要とする.その発育環は
およそ次のとおりである.
オウム病クラミジアの発育環
基本小体(elementary body, EB)=感染性粒子φ約 300nm
↓ 細胞による食作用により細胞内に取り込まれる(感染後:0 時間).
―――――――――生きた細胞内―――――――――――――――――――――――
EB
↓(変換)>封入体形成
網様体(reticulate body, RB)=φ500~1500nm---感染性消失
6~8 時間後
↓--------活発な代謝活性を示す=抗生物質の有効な時期
2 分裂増殖
↓
RB→中間体(intermediate body, IB)→EB(変換)>封入体の巨大化 20~24 時間後
↓
封入体膜の破壊
細胞融解(感染細胞の破壊)と RB~EB の放出
48~72 時間後
…-…-…-…-…-…↓…-…-…-…-…-……-…-…-…-…-……-…
EB---感染性:代謝活性なく抗生物質無効
細胞外--別の細胞へ感染あるいは環境中へ
②1999 年 Everett K.D.らによりクラミジアに対する新分類が提案され,従来 Chlamydia
psittaci と分類されていたものは 16S および 23S リボソーム RNA 遺伝子と染色体 DNA の相
同性に基づきに次の 4 種に分類された.また,他のクラミジアについても新分類が提唱さ
れているがクラミジア研究者の間で異論があり,定着していないため,本稿では従来の分
類による表記とする.
Chlamydophila psittaci (Chlamydia psittaci と同義)
Chlamydophila abortus (Chlamydia psittaci serotype1と同義および
一部は Chlamydia psittaci に含まれる)
1
Chlamydophila felis (Chlamydia psittaci に含まれる)
Chlamydophila caviae (Chlamydia psittaci に含まれる)
③耐性:
C. psittaci で感染性のあるのは基本小体(EB)のみで,宿主動物細胞外の外部環境で長
期間生存可能.細胞壁を構成する外膜は脂質に富み,界面活性剤や脂溶性溶媒には感受性
が高いが,乾燥やタンパク質分解酵素,あるいは酸やアルカリには抵抗性を示す.C.
psittaci は熱に対する抵抗性が弱く,60℃10 分以上の加熱で死滅する.また,0.1~0.2%次
亜塩素酸ナトリウム,70%エタノール,50%イソプロパノール,3%オキシドール,0.1~
0.5%逆性石鹸液,0.1~0.5%両性石鹸液,ヨードホール,2~3%クレゾール石鹸液などの
一般消毒薬に感受性がある.
C. psittaci は環境水中で 17 日間程度,塵挨・羽毛・糞中で数ヶ月間生存し,感染拡大に
重要な因子となる.
④動物における病原体の分布(宿主域)
クラミジア感染症は通常不顕性感染で,長期にわたる不顕性ないし潜伏感染が鳥類,ウ
シ,モルモット,ヒヅジなど多くの哺乳類で知られており潜伏感染では病原体が排泄され
る場合と非感染性のまま持続される場合がある.
C.psittaci は宿主域が広い.鳥類ではオウム目 37 種の他 17 目 108 種(種により伝播,症
状,病変が異なるが,呼吸器,腸管感染あるいは全身感染)で感染が知られており,ほとん
どの鳥類が感染性を有すると考えられる.
2)伝播経路
主たる伝播様式は排泄物による空気感染(飛沫核感染)であるが,病原体 C. psittaci で汚染
された飼料・敷料・飼育器具などを介する伝播体感染も起こる(接触,吸入,経口による水
平感染).
鳥クラミジア病の場合,C. psittaci は鳥の糞便や鼻汁に排泄され,環境中によく適応し,
特に糞便などの有機物に付着した状態では数ヶ月間感染性を維持する.感染鳥のなかには
健康な外観を呈しながら C. psittaci を断続的に排泄する個体が存在する可能性がある.また,
C. psittaci の排泄は輸送,過密飼育,寒冷や繁殖などのストレス因子によっても活性化され
うる.
3)疫学
動物の疾病およびヒトと動物の共通感染症として国内外で発生がある.C. psittaci は鳥類
(愛玩鳥,家禽類,野生鳥類)や各種哺乳動物間で感染環が維持されており,ヒトの感染事
例はそれらからの偶発的なものと考えられる.通常,免疫力の低下したヒトや特に濃厚感
染した場合に発症する日和見感染症と考えられ,通常の鳥との接触だけで発症するもので
はない.わが国の鳥類における保菌率は約 20%におよぶと考えられている.
4.ヒトへの感染性
ヒトヘの感染事例は感染鳥類の排泄物(糞便・鼻汁・唾液・涙液)の吸入による経気管
感染が多いが口移しの給餌による経口感染などもありうる.また,C. psittaci は哺乳動物に
おいてしばしば生殖器系の慢性感染,胎盤の異常や流産を引き起こし,これらの動物の分
娩時の体液や胎盤に接触して感染することもある.ヒトと動物の共通感染症としては感染
源としてペットのオウム・インコ類が約 60%を占めている.
ヒトでの症状は不顕性感染や結膜炎など比較的軽症のものから,重篤な肺炎を伴う全身
感染まで幅広い症状を呈する.典型的な場合はインフルエンザ類似の発熱,悪寒,頭痛,
倦怠感,筋肉痛,痰の少ない乾いた咳などの症状である.一部の抗生物質が有効であり,
適切な治療が行われれば致死的なことは稀である.
これまで動物展示施設での集団発生の報告例はなかったが,2001 年に相次いで 2 件の集
団発生が報告された.1 例目は 2001 年 6 月に神奈川県内の動物園(日動水加盟)で飼育され
ていたヘラジカの分娩介助をした 5 名の職員が,肺炎 1 例を含む発熱や呼吸器症疾患を発
症した.原因はヘラジカの胎盤に感染していた C. psittaci の吸入あるいは経口感染とされて
2
いる.2 例目は同年 12 月島根県内の鳥類園(当時日動水非加盟)において,職員と来園者に
肺炎 16 例と気管支炎1例の合計 17 例の発症が確認された.2 例目では密閉された展示施設
内で高圧洗浄機による糞便の洗浄を行い病原体を含むミストを発生させてしまったこと,
また,従業者に対する適切な衛生教育を実施していなかった点や獣医師不在などの衛生対
策の不備が問題として指摘されている.
5.主な臨床症状と診断
1)臨床症状
①鳥では病原体 C. psittaci へ暴露から発症までの潜伏期間は通常 3 日から数週間におよぶ.
不顕性感染も多いので潜伏期間に病原体への接触が確認できない場合でも発症する可能性
がある.鳥の種やストレス因子,年齢,性別,治療や予防の程度,病原体の病原性,感染
菌量等により症状,病変が異なるが,呼吸器,腸管感染あるいは全身感染症状を示し,急
性から慢性あるいは死の転帰をとることもある.
発症鳥では嗜眠,食欲廃絶または羽毛を立てるなどの症状を呈し,他の多くの全身性疾
患症状に類似し本病特有の症状はない.その他,漿液性あるいは粘稠な膿性の目やにや鼻
汁,下痢,緑便の排泄がある.食欲不振の鳥では暗緑色の水様便をし,次第に衰弱,脱水
して死亡することがある.
②哺乳類(ヒトを除く)での感染報告例は以下のとおりである.
ヒツジ-肺炎,精巣炎・流産,腸炎・下痢,角膜炎・結膜炎,多発性関節炎
ウシ-肺炎,精巣炎・流産,腸炎・下痢,角膜炎・結膜炎,多発性関節炎,脳炎,乳房炎
ヤギ-肺炎,精巣炎・流産
スイギュウ-角膜炎・結膜炎
ブタ-肺炎,精巣炎・流産,多発性関節炎,心膜炎,多発性漿膜炎
ウマ-肺炎,精巣炎・流産,腸炎・下痢,多発性関節炎,脳炎,腎炎,肝炎
イヌ-肺炎,腸炎・下痢,角膜炎・結膜炎,多発性関節炎,脳炎
ネコ-肺炎,腸炎,角膜炎・結膜炎
ウサギ-ブドウ膜炎,流産
ノウサギ-全身感染※
モルモット-角膜炎・結膜炎,全身感染※
ジャコウネズミ-全身感染※
オポッサム-全身感染※
コアラ-結膜炎
③両生類のアフリカツメガエルで全身感染※を起こす.全身感染とは病原体が侵入局所か
ら体内の他の部位に拡散し,主として毒血症や敗血症による全身症状を呈する場合をいい,
発熱や代謝亢進,不安や意識混濁等の中枢神経系障害,消化器系や循環器系障害,脾腫,
血液性状変化,蛋白尿,皮疹などの臨床症状を伴う.
2)診断
鳥におけるクラミジア病の診断は解剖して得られた臓器,また,生きている状態では排
泄物(糞便)や分泌物,総排泄腔スワブなどを試料として用いる.生体試料では糞便よりも
総排泄腔スワブの方が検出率が高い.
・抗原検出法として直接蛍光抗体法(DFA)あるいは市販の ELISA や免疫クロマトを用いた
抗原検出キットなどがあるが前者は簡便性や迅速性,後者は感度や特異性について問題が
あるといわれる.また,両者とも生きた状態での検体である糞便や分泌物などでは信頼性
が低い.
・遺伝子検出法である PCR 法は感度や特異性に優れており先の抗原検出法に比較し信頼性
は高く,バイオハザードの面からも安全性が高い.ただし,やや煩雑で簡便性や迅速性に
かけ,限られた施設で実施できるにすぎない.
・確実な診断は本菌の分離・同定(発育鶏卵・培養細胞・実験動物を使用)による.ただし
この方法は特別な施設や熟練を必要とし,バイオハザード防止の観点からも実施できる施
3
設は限られている.
6.剖検と病理組織学的検査
鳥クラミジア病を発症している鳥では混濁した気嚢と腫大した肝臓や脾臓がよくみられ
るが,総体的には特異的な組織障害を呈さない.また,斃死した鳥の脾臓,肝臓,心嚢,
気嚢などの組織や塗抹標本中に Gimenez 染色や Macchiavellos 染色でクラミジアの基本小
体や網様体を検出しうるが,生体試料については困難なことが多い.
7.予防と治療
1)予防
①飼育環境の衛生保持,鳥の検疫,感染鳥の摘発および隔離・治療,発病兆候を示す個体
や感染の可能性のある個体の導入や搬出の回避により拡大や伝播の防止をはかる.鳥クラ
ミジア病に有効なワクチンはない.
②ヒトと動物の共通感染症としてのオウム病予防には,動物を健康な状態で飼育するとと
もに濃厚な接触を避けること.飼育者が飼育作業を行うときには帽子,マスク(N95 以上
の規格のものを推奨),ゴム手袋,専用の作業着等を着用し,作業後は適切な洗浄や廃棄を
行うと共にシャワー等で体の洗浄を行う.本病が疑われる鳥類の解剖時には,鳥の体を消
毒薬剤に浸し羽毛の飛散を防ぐ.哺乳類でオウム病の可能性のある動物を取り扱う際もこ
れに準じる.
2)治療
・一般にクラミジア感染症はテトラサイクリン系抗生物質が有効であるが,有効血中濃度
を一定期間維持する必要性がある.マクロライド系およびニューキノロン系抗生物質も有
効である.また,ペニシリン系やセフェム系の抗生物質ではクラミジアの増殖を抑制する
が静菌作用しかなく投与を中止するとクラミジアの増殖が再燃するため使用してはならな
い.
・鳥ではクロルテトラサイクリン(CTC:30~45 日間投与)やドキシサイクリン(DOXY:
45~60 日間投与)を混入した餌や飲水による投与を行う.集団で飼育している場合には,治
療対象を区別することは難しい.このため飼育群に対し一斉に治療投薬するという方法も
やむを得ない場合もある.この場合,菌交代現象やその他の副作用,耐性菌を生じるリス
クも考慮すべきである.餌や飲水への薬剤の添加・給与方法は,参考文献の「動物展示施
設におけるヒトと動物の共通感染症対策ガイドライン 2003」(厚生労働省健康局結核感染
症課,2003)中の各論<オウム病のガイドライン>に詳しい.
8.類似疾患
本病では特有の臨床症状や剖検所見に乏しいため,類似疾患としてパラインフルエンザ,
インフルエンザ,アデノウイルス病,RS ウイルス病,マイコプラズマ病,リケッチア病,
コクシエラ病(Q 熱),バルトネラ病,野兎病,レプトスピラ病,ブルセラ病等との類症鑑
別が必要である.
9.参考資料
1.熊本悦明,橋爪壮編(1988):クラミジア感染症の基礎と臨床.金原出版,東京.
2.Everett KD,Bush RM,Andersen AA,(1999)
:Emended description of the order
Chlamydials, proposal of Parachlamyduaceae fam. nov. and Simkaniaceae fam.nov.,
each containing one monotypic genus, revised taxonomy of the famly Chlamydiacea,
including a new genus and five new species, and standards for the identification of
organisms. Int.J.Syst.Bacteriol. 49:415-440.
3.-(2002)シベリアヘラジアカから感染した動物公園職員のオウム病集団感染事例-
-川崎市:IASR.23:250-251
4.-(2002)鳥展示施設に関連したオウム病集団発生事例-島根県松江市:IASR.23:
4
247-248
5.-(2002)鳥からのクラミジア検出方法についての検討:IASR.23:247-248
6.岡部信彦,新井智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福本幸
夫,藤井逸人,山田章雄,吉川轍,岸本寿男,川中正憲(2003) 動物展示施設に
今日おけるヒトと動物の共通感染症対策ガイドライン 2003,厚生労働省健康局結核
感染症課,東京.
7.昭和 62 年 10 月 7 日厚生省生活衛生局乳肉衛生課長通知:小鳥のオウム病対策につ
いて
WEB 上の参考資料
8.The NCBI Taxonomy Homepage(米国立バイオテクノロジー情報センターの生
物分類学に関するブラウザ)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/taxonomyhome.html/
9.National Association of State Public Health Veterinarians(NASPHV)
:Compendium
of Measures To Control Chlamydophila Psittaci (formerly Chlamydia
psittaci)Infection Among Humans (Psittacosis) and Pet Birds, 2004. American
Veterinary Medical Association
http://www.avma.org/pubhlth/psittacosis.asp
10.Q & A
Q:オウム病は,どのような病気ですか?
A:Chlamydia psittaci(クラミジア・シッタシ)という細菌によって起こる病気です.クラ
ミジア・シッタシは鳥類や多くの哺乳類に感染しヒトもかかることがあるいわゆる「ヒト
と動物の共通感染症」でもあります.
Q:鳥では,どのような症状がでますか.
A:鳥ではクラミジア・シッタシに感染していても症状が出ない不顕性感染の例もあります.
このときオウム病病原体を排泄する場合としない場合があります.
発病すると元気や食欲がなくなり,鼻から水っぽいあるいは化膿性の鼻汁がでたりしま
す.また,羽毛のつやもなくなり,暗緑色から緑灰色の下痢便や粘液便の排泄も見られま
す.急性例では症状に気づかないうちに死亡することもあります.発病早期に治療をはじ
めれば回復することが多いのですが,逆に時期を失すると死亡することも多くなります.
Q:哺乳類ではどのような動物がオウム病にかかりますか.
A:クラミジア・シッタシは多くの種類の哺乳類に感染を引き起こします.少なくとも次の
ような動物達での病気と症状が知られています.
ヒツジ-肺炎,精巣炎・流産,腸炎・下痢,角膜炎・結膜炎,多発性関節炎
ウシ-肺炎,精巣炎・流産,腸炎・下痢,角膜炎・結膜炎,多発性関節炎,脳炎,乳房炎
ヤギ-肺炎,精巣炎・流産
スイギュウ-角膜炎・結膜炎
ブタ-肺炎,精巣炎・流産,多発性関節炎,心膜炎,多発性漿膜炎
ウマ-肺炎,精巣炎・流産,腸炎・下痢,多発性関節炎,脳炎,腎炎,肝炎
イヌ-肺炎,腸炎・下痢,角膜炎・結膜炎,多発性関節炎,脳炎
ネコ-肺炎,腸炎,角膜炎・結膜炎
ウサギ-ブドウ膜炎,流産
ノウサギ-全身感染
モルモット-角膜炎・結膜炎,全身感染
ジャコウネズミ-全身感染
オポッサム-全身感染
コアラ-結膜炎
5
Q:ヒトではどのような症状がでますか.
A:1~2週間の潜伏期を経て,突然の発熱(38℃以上)で発症します.咳や痰を伴うこと
もあります.その他,全身の倦怠感食欲不振,筋肉痛,関節痛,頭痛などインフルエンザ
様の症状を示すこともあります.テトラサイクリン系などの抗生物質が有効で適切な時期
に治療を受ければ治る病気ですが,治療が遅れると重症になり死亡することもあります.
Q:どのようにしてヒトに感染するのですか.
A:感染している鳥の排泄物に含まれる病原体(オウム病クラミジア)の吸入によるものが
主なものですが,鳥との濃密な接触,例えば口移しの給餌などが原因(経口感染)となる
こともあります.また,感染動物が哺乳類の場合にはお産の介助などで胎盤や羊水など感
染している臓器や体液により接触,吸入,あるいは経口感染の起こることもあります.
Q:鳥の飼育や取り扱いはどのようにするといいのでしょうか.
A:鳥と過度の接触はさけましょう.排泄物は毎日清掃し,ビニール袋などに入れて確実な
処理を行い,排泄物による汚染防止に心がけましょう.飼育器具の洗浄・消毒をこまめに
行い飼育環境を清潔に保ちましょう.また,適切な風通しや日照条件,温度・湿度,飼育
密度など飼育環境を整え鳥にストレスがかからないようにしましょう.飼育作業中は帽子,
マスク,手袋,作業着を着用し,作業終了後はこれらの洗浄消毒や廃棄を適切に行い,ま
た,作業中の体の汚れをシャワーなどで落としましょう.
Q:鳥の異常に気づいたら,どうすればよいのでしょうか.
A:直ちに獣医師に相談し,その指導に基づいて異常な鳥の隔離・淘汰もしくは抗生物質に
よる治療など適切な処置を取りましょう.
校閲
新井 智
執筆
高橋 雅之
(2006 年 3 月執筆)
6
国立感染症研究所
大阪市天王寺動植物公園事務所
‐6-
1
哺乳類の仮性結核(Yersinia pseudotuberculosis 感染症)
概要
病理組織学的に結核様病変を形成するが,結核菌によらないものを総称して仮性結核という.細菌感
染による仮性結核には Corynebacterium kutscheri によるマウス・ラットのネズミコリネ菌病や C.
pseudotuberculosis による山羊・めん羊の仮性結核,そしてヒト,サル,齧歯類,他鳥類まで広く感染性
のある Yersinia pseudotuberculosis による3種類が考えられる.前者の2つは限定された動物における
疾病であり,ヒトと動物の共通感染症としての範疇からはずれる.
ここでは後者の Y. pseudotuberculosis
感染症についてまとめた.
また,一般的に「エルシニア症」は Y. pseudotuberculosis および Y. enterocolitica によっておこる感
染症の総称である.この両者は,ヒトと動物に急性腸管感染症を引き起こし,前者は動物の腸,肝臓,
脾臓,リンパ節などに結核結節様病変を形成する仮性結核の原因菌となるが,Y. enterocolitica は結核様
病変を呈さず,仮性結核には該当しない.
2
法的位置付け
家畜伝染病予防法および感染症法では規定されていない.
3
原因と疫学
1)病原体
Y. pseudotuberculosis は,腸内細菌科 Yersinia 属に属するグラム陰性通性嫌気性桿菌である.至適発
育温度は 28℃付近で,4℃以下でも発育可能な低温発育性を有する.形態学的にペスト菌 (Y. pestis) に
類似するが,30℃以下の培養で鞭毛を形成し運動性を保持する点が異なる.血清学的には O 抗原によっ
て1~15 の血清群に型別され,さらに血清群 1,2,4,5 群はさらに数亜群に分けられており,現在ま
でに 21 血清群がある.
2)疫学
本菌は世界に,動物ばかりではなく自然環境にもきわめて広く分布している.野ウサギや野ネズミな
どの野生小動物や鳥類は高率に本菌を保有しており,これらの動物が感染源として最も重要であると考
えられる.保菌動物は無症状であっても糞便中に排菌することが多いので環境を汚染し,動物や食物か
らヒトへの感染サイクルが成立する.
国内においては,家畜では,ブタが代表的な保菌動物として知られ高率に分離される.また,イヌ,
ネコ,ネズミなどに数%に保菌動物が認められる.野生動物ではアカネズミやヒメネズミなどの野ネズ
ミをはじめ,タヌキ,サル,シカ,イノシシ,野ウサギなどから本菌が検出されている.
サル類は本菌に対して感受性が高く,欧米及び国内においても,多くの集団発生が報告されている.
その種類は原猿類から類人猿まで多岐にわたる.
国内においては動物園のサル類,特にリスザルにおける発生件数及び死亡頭数が格段に多いとされて
いる.この理由に,宇根らは次のように指摘している.①動物園のリスザル展示施設の多くは,通常,
夜間や冬期を除いて,小型の鳥類や齧歯類の侵入や,それらの糞便による汚染を防ぎにくい構造,②熱
帯雨林の動物ゆえに国内飼育での寒冷対策の不十分が原因となる抵抗力の低下,③この時期,Y.
pseudotuberculosis は,菌の特性上長く感染性を有して環境中に存在する,④一旦感染すると大量の菌
が排菌され,飼育施設内を濃厚に汚染する,⑤他のサル類より群の飼育頭数が多い傾向にあるため,感
染の拡大性が高い.
国内の動物園では,感染症委員会発足当初の全国のアンケート調査結果から察すると以前から散発的
に発生している.
3) 感染経路
1
本菌は齧歯類ばかりでなく,サルをはじめとするすべての哺乳類,鳥類に感染性がある.感染経路は
おそらくほとんどは経口と考えられる.
餌付けされた保菌野生動物との接触,また糞便などにより本菌に汚染された沢水による水系感染によ
るものなどが考えられる.感染動物は慢性に経過し,その間糞便中に病原菌を排出し続けるため,いっ
たん発生すると群内感染が広がりやすい.
4
ヒトへの感染性
ヒトと動物の共通感染症である.
ヒトの症状としては,一般的に胃腸炎症状を示すが,多彩な病像をあらわすことが特徴である.すな
わち,1)敗血症,2)腸間膜リンパ節炎または虫垂炎,3)下痢症,4)結節性紅班,その他に分類される.
5
主な臨床症状と診断
① 臨床症状
動物では特異的な症状を示さない.サル類では突然死,食欲・活力の低下,消化器症状などが非特異
的に見られる.齧歯類において,急性例では敗血症死,あるいは亜急性~慢性感染例では下痢,削痩,
呼吸困難などの症状を示し,3~4 週間で死亡することが多い.これらの症状も特異的なものではない.
②診断
臨床症状から本症を診断することは困難であり,確定診断には感染動物からの糞便及び剖検後なら腸
内容物や臓器から細菌検査によって Y. pseudotuberculosis を検出することが必要である.糞便からの菌
分離には,CIN,SS,MacConkey などの選択培地が使用される.菌数の少ない材料では,リン酸緩衝液を
用いた低温増菌法を併用するのが良い.性状表を参考として確認培養を行なえば同定は容易である.同
定された菌株は市販の診断用血清で血清型を決定できる.
初期血清と回復期の血清に対する抗体価を測定することは,本感染の裏付けとなる.菌の分離ができ
ず,抗体価の上昇が認められた場合でも,本感染が強く疑われる.
③検査機関
比較的検出しやすい細菌であるので,一般の臨床検査機関で検出可能である.
6
剖検と病理組織学的検査
小腸下部を中心とする壊死性,潰瘍性,偽膜性腸炎,リンパ節,脾臓などのリンパ装置の腫大,肝臓,
脾臓の針頭大~小豆大の多発性灰白色ないし白色結節形成が観察されたら本症を疑う.
組織学的にはリンパ装置,肝臓などの種々の臓器における結核結節に類似する菌塊形成,壊死巣,肉
芽腫性病変を確認する.
7
予防と治療
<予防>
飼育動物では汚染飼料による経口感染が主な感染経路であるので,飼料の衛生管理に注意する.齧歯
類は保菌動物でもあり,また carrier となることも考えられるので,駆除し飼育環境の衛生管理に努め
ることも重要な予防対策である.
ワクチンは研究段階であって,現在のところ利用可能なものはない.
<治療>
マクロライド系,サルファ剤には耐性があるが,その他のほとんどの抗生剤に対して感受性を示す.
(例:セフェム系,ペニシリン系,テトラサイクリン系,アミノグリコシド系)
<予後>
サル類において,本菌による感染で発症したと疑われる場合,発症個体の隔離,重篤状態でない場
2
合は高用量の抗生剤筋肉注射や脱水の改善をすると回復する.飼育環境の消毒を徹底し,同居サルに
は,発症阻止と感染予防のため抗生剤を投与すると良い.また,齧歯類においては回復後も保菌状態
が持続することがあるので,症状の有無にかかわらず隔離するか,可能ならば淘汰することが望まし
い.
8
類似疾患
臨床症状から本症を診断することは困難であり,剖検時にいわゆる結核と類似するところがある.結
核菌群のうち,ヒトと動物の共通感染症の原因菌となるのは主として,Mycobacterium tuberculosis と
M. bovis である. M. avium は,ヒトの非結核性抗酸菌症の代表的原因菌である.
9
参考資料
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ナキウサギ 人畜共通疾患.In 野生動物の獣医学:453,Murray E.Fowler 編,文永堂,東京.
2. 林谷秀樹(2003)
:エルシニア症. In 動物由来の感染症(その診断と対策):162-165,神山恒夫,山
田章雄編,真興交易(株)医書出版部,東京.
3. 福士秀人(2002)
:野生動物/細菌病.In 動物の感染症:418-419,清水悠紀臣,明石博臣,小沼 操,
菅野康則,澤田拓士,辻本 元,山本孝史編,近代出版,東京.
4. 獣医学大辞典編集委員会(1989):獣医学大辞典.1877pp.チクサン出版社, 東京.
5. 金子賢一(2002):豚のエルシニア症.In 動物の感染症:237,清水悠紀臣,明石博臣,小沼 操,
菅野康則,澤田拓士,辻本 元,山本孝史編,近代出版,東京.
6. 金子賢一(2002):鳥の仮性結核.In 動物の感染症:269,清水悠紀臣,明石博臣,小沼 操,菅野
康則,澤田拓士,辻本 元,山本孝史編,近代出版,東京.
7. 網 康至(2002)
:モルモット・ウサギの仮性結核.In 動物の感染症:372,清水悠紀臣,明石博臣,
小沼 操,菅野康則,澤田拓士,辻本 元,山本孝史編,近代出版,東京.
8. 丸山 務(1987):エルシニア症.In 人畜共通伝染病:128-132,村上 一,勝部泰次,影井 昇,丸
山 務編,近代出版,東京.
9. 丸山 務(1987)
:仮性結核.In 人畜共通伝染病:133-137,村上 一,勝部泰次,影井 昇,丸山 務
編,近代出版,東京.
10. 那須 勝(1983)
:病原微生物の特性 エルシニア属.In 新臨床検査技師講座 11 微生物学・臨床微生
物学:151-154,上田 智,吉野二男,清水加代子編,医学書院,東京.
11. 日本動物園水族館協会感染症対策委員会(2001)
: 感染症に関するアンケート調査.
12. 岡部信彦, 新井 智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福本幸夫,藤井逸人,
山田章雄,吉川 轍,岸本寿男,川中正憲 (2003):動物展示施設における人と動物の共通感染症対
策ガイドライン2003,厚生労働省健康局結核感染症課,東京.
13. 坪倉 操(1999)
:豚のエルシニア症.In 獣医伝染病学 第4版:225,清水悠紀臣,鹿江雅光,田淵
清,平棟孝志,見上 彪編,近代出版, 東京.
14. 宇根有美,磯部杏子,馬場智成,林谷秀樹,野村靖夫(2003):リスザルのエルシニア症(Yersinia
pseudotuberculosis 感染症).野生動物医学会誌,8(1)
:19-26.
15. William J.Boever(北 昴,朝倉繁春 監訳,1984)
:偶蹄目 疾患.In 野生動物の獣医学:720-721,
Murray E.Fowler 編,文永堂,東京.
16. WEB 上の参考資料
厚生労働省 国立感染研究所:感染症発生動向調査週報「感染症の話」
(2003 年第 4 週号)
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k03/k03_04/k03_04.html
3
10
Q&A
Q1:仮性結核とはどんな病気ですか?
A :主に仮性結核菌(Yersinia pseudotuberculosis)による感染をいい,家兎やモルモットなどの実験
動物に好発するばかりでなく,サルをはじめとするすべての哺乳類,鳥類にも感染性があります.
齧歯類の急性例では,敗血症死,あるいは下痢,削痩,呼吸困難などの症状を呈して2~4週の経
過で死亡します.また,ブタなど多くの動物で不顕性に経過する場合があり,この場合腸管内で増
殖した菌が糞便とともに排泄されて,飼料や土壌を汚染します.
感染した動物は,腸間膜リンパ節を主体に,肝臓,脾臓,肺などに結核病の場合に類似する乾酪
壊死巣の形成が認められます.ヒトにも感染し,腸間膜リンパ節炎,敗血症など多彩な病像を示し
ます.ヒトと動物の共通感染症の1つです.
Q2:好発時期はありますか?
A :ヒト,動物ともに冬期の方が夏季に比べてはるかに多いようです.
Q3:治療はどうするのですか?
A
:マクロライド系,サルファ剤以外のほとんどの抗生剤に対して,高い感受性を示しますので,こ
れらの薬剤を用いることが推奨されます.
Q4:仮性結核ではどんな症状を示しますか?
A :動物では特徴的な症状を示しません.サル類では突然死,食欲・活力の低下,消化器症状などが
非特異的に見られます.齧歯類において,急性例では敗血症死,あるいは亜急性~慢性感染例では
下痢,削痩,呼吸困難などの症状を示し,3~4 週間で死亡することが多いです.これらの症状も特
異的なものではありません.
Q5:これまでに感染報告のある動物は何ですか?
A :本菌は,モルモットなどの齧歯類やウサギ類に好発することが知られています.それ以外にも霊
長類をはじめとするすべての哺乳類,鳥類に感染性があります.
Q6:感染源は何が疑われますか?
A :本菌は動物ばかりではなく自然環境にもきわめて広く分布しています.野ウサギや野ネズミなど
の野生小動物や鳥類は高率に本菌を保有しており,これらの動物が感染源として最も重要であると
考えられます.保菌動物は無症状であっても糞便中に排菌することが多く,そのため環境を汚染し,
他の動物への感染や,動物や汚染された食物を介したヒトへの感染リスクを上昇させます.感染経
路はおそらくほとんどが経口と考えられます.
Q7:本症の感染が疑われるときはどうしたらいいですか?
A
:診断としては,細菌検査で糞便中の本菌を検出することが確実な方法です.また,本菌の保有が
確認された場合は,症状の有無にかかわらず隔離し,糞便その他による他の動物また周囲への汚染
に注意します.感受性のある抗生剤を投与し,必要があれば対症療法も実施します.ただし,齧歯
類においては,回復後も保菌状態が持続することがありますので,症状の有無にかかわらず隔離飼
育をするか,可能ならば淘汰することが望ましいです.
Q8:本症を早期に発見するにはどうしたらいいですか?
A
:感染動物は,必ずしも臨床症状を示すわけではないので,臨床症状から本症を診断することは困
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難です.一般の定期健診の項目に糞便の細菌検査を加えると良いでしょう.
Q9:予防するにはどうしたらいいですか?
A :飼育動物では汚染飼料による経口感染が主な感染経路とされています.飼料の衛生管理に注意し,
飼料からの感染を予防します.また,ネズミは保菌動物でもあり,carrier となることも考えられ
ますので,駆除し飼育環境の衛生管理に努めることも重要な予防対策です.
Q10:消毒はどうしたらいいですか?
A
:「『動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガイドライン 2003』の付属書6動物園の消毒に
ついて」に従い実施しましょう.
Q11:ヒトには感染するのですか?
A :ヒトにも感染します.ヒトと動物の共通感染症で,ヒトの感染例は毎年低い頻度ではありますが
発生しています.とくに乳幼児に多くみられ,一般的に胃腸炎症状を示しますが,そのほかに発疹,
紅班,咽頭炎もしばしば観察されます.さらに頭痛,結膜充血,頸部リンパ節腫脹,肝機能低下ほ
か多様な症状を示すことがあります.
校閲 新井 智
国立感染症研究所
執筆 中村 彰 名古屋市東山動物園
(2006 年 3 月執筆)
5
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海獣類のクロストリジウム感染症(改訂 2 版)
1.概要
日本の海獣類における Clostridium 感染症の報告は,バンドウイルカ 3 例,ミナミゾウアザラシ 1 例,
ゴマフアザラシ 1 例のわずか 5 例あるのみで,ほとんど知られていない.また,未発表ながら,江ノ島
で急死したアカウミガメの血液から Clostridium perfringens を分離した.海外の報告では,海獣類の重度
の筋炎,ゼニガタアザラシの出血性腸炎,鰭脚類のエンテロトキセミア(腸管毒血症)などが知られて
いる.水鳥にボツリヌス中毒が発生した際,カリフォルニアアシカでも発生したこともある.また,ラ
ッコやカワウソなどでの Clostridium 感染症報告もあり,カリフォルニアの野生ラッコでも死亡ストラン
ディング(打ち揚げられた)個体の死因の重要な要因として挙げられている.
我が国では毎年,ウシで気腫疸(C. chauvoei)が散発的に,破傷風(C. tetani)も数十頭での発生が
みられる一方,飼育下における海獣類の Clostridium 感染症は不明な部分が多く,その発生頭数や全体像
は把握出来ていないものの,潜在的には数多くの症例が推測される.動物園においても,シカでの死亡
例があることに加え,イタチ科の動物の感受性が高いとする意見もあり, Clostridium 感染症には注意を
払う必要がある.
2.法的位置付け
Clostridium 感染症の中で,気腫疸と破傷風は家畜伝染病予防法で届出伝染病に指定されている.気腫
疸は,ウシ,スイギュウ,メンヨウ,ヤギ,ブタで発症した場合,破傷風は,ウシ,スイギュウ,ウマ
で発症した場合,都道府県知事(地域の家畜保健衛生所)への届出が義務付けられている一方,海獣類
では両者とも現在,法的指定はない.
3.原因と疫学
Clostridium 属菌は大型でグラム陽性,偏性嫌気性の大型桿菌で芽胞形成能がある.本属には 83 菌種
以上が所属しているが,獣医学上重要な菌は 10~12 菌種である.
若い栄養形はグラム陽性であるが,24 時間培養菌ではグラム陰性に染まる.芽胞は卵円形~球状で偏
在性または端在性に形成され,通常芽胞形成部が膨大して胞子嚢となる.一般的に栄養型は周毛性鞭毛
を形成して運動性を示すが,鞭毛形成能を欠くものがある.
病原性菌を含む Clostridium 属はヒトの生活環境に生息する.ヒトや他の哺乳動物の腸管内に存在し,
土壌,汚水,有機物を多く含む水生環境にも存在する.
・C. chauvoei(気腫疸菌)
:莢膜を持たず,運動性がある.汚染された餌や土壌を介して感染し気腫疽
を引き起こす.
・C. tetani(破傷風菌): 芽胞は広く土壌中および動物の腸管内に分布する.破傷風菌の芽胞は,円形,
端在性で特徴的な「太鼓の撥状」を示す.鞭毛を持ち運動性があり,平板寒天培地上では膜状に広
がる.神経毒である破傷風毒素(tetanospasmin)と溶血毒素(tetanolysin)を産生する.
・C. botulinum(ボツリヌス菌)
:土壌中などの自然環境中に存在する.ボツリヌス毒素は A, B, Cα, Cβ,
D, E, F, G の 8 型に分類され,このうちヒトのボツリヌス症の原因となるのは A, B, E, F で C, D は
反芻獣のボツリヌス症の原因となるが,毒素は 100 度 1~2 分の加熱で失活する.
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- -
・C. perfringens(ウエルシュ菌)
:ヒトや動物の腸内に生息する常在菌の一種.Clostridium 属の中で本
菌は例外的に,鞭毛形成能を欠くが,莢膜形成能をもつ.毒素は主要な 4 つの毒素(α, β, ε, ι)の産生
パターンから A~E 型の 5 つに分類される.
・C. difficile: ヒトや動物の腸内に生息する腸内常在菌の一つ.腸内環境の変化により菌が急増し症状
を引き起こす.
・ガス壊疽菌群: 傷口に感染し,重篤なガス壊疽を起こす.C. welchii,C. novyi,C. septicum など.
4.ヒトへの感染性
本属菌による疾病は外毒素が関与し,①破傷風のような特異疾患,②気腫疸,悪性水腫などのような
ガス壊疸症候群,③ボツリヌス毒素による食中毒などに 3 大別される.
・C. tetani:傷口から感染する.破傷風の症状は破傷風毒素に起因し特徴的な硬直性麻痺を引き起こす。
世界中で毎年約 5 万人の死亡を引き起こしているといわれる.予防には効果の高いトキソイドワク
チンが開発されている.
・C. botulinum:ボツリヌス食中毒,乳児ボツリヌス症などがある.毒素は弛緩性麻痺を引き起こす.
・C. perfringens:一部の菌種は毒素を産生して,食中毒の原因になる.また A 型は傷口に感染して,
重篤なガス壊疽を起こすこともある.
・C. difficile: 抗生物質に比較的抵抗性のため抗生物質大量投与や長期投与時に,腸内で本菌が過剰に
増殖し(菌交代現象)
,毒素を産生して発症する.
・ガス壊疽菌群:傷口に感染して,重篤なガス壊疽を起こす.C. welchii,C. novyi,C. septicum,C.
perfringens A 型などが原因となりうる.
・C. chauvoei:2006 年 2 月に千葉県の男性が,世界で初めて感染(死亡)した.
5.主要な臨床症状と診断
日本でのバンドウイルカ 3 例,ミナミゾウアザラシ 1 例は C. perfringens の感染で,すべて急死して
いる.それぞれの症例は,4 ヵ月令のバンドウイルカの場合,摂餌不良となり翌朝死亡し,別のバンド
ウイルカではその日の夜に急死した.2 才 8 ヵ月令のメスのバンドウイルカでは第 4 病日から治療を開
始するも,第 6 病日に死亡した.ミナミゾウアザラシでも死亡する 2 日前まで,臨床症状を全く示さず,
突然死であった.そのため,臨床症状の記録も少ないが,ミナミゾウアザラシでは死亡前日に嘔吐物を
認め,その数時間前から浅い呼吸を繰り返した.
これらの 4 症例中 3 例は,生前ではなく死後に診断され,その方法はすべて菌の分離であった.4 ヵ
月令のバンドウイルカでは血液,腎臓から,別のバンドウイルカでは腸管から C. perfringens が分離さ
れた.ミナミゾウアザラシでは血液から,C. perfringens A 型,Clostridium sp.を認めた.Clostridium 属
菌は,偏性嫌気性であるため嫌気培養が必須である.バンドウイルカの 1 例では病変部に多数のグラム
陽性桿菌を認めたのみで,特定までには至らなかった.
治癒したゴマフアザラシの 1 例では,
.生後 2 日目(第 1 病日)に,下痢,嘔吐を示し,衰弱した.
下痢便のグラム染色で多数の Clostridium 様グラム陽性大型桿菌を認め,レントゲンでは胃および大腸
内のガス貯留像を認め,Clostrdium 属菌産生ガスによる鼓腸症を疑った.下痢便から C. perfringens が
分離された.
海外では,海獣類で Clostridium spp.による重度の筋炎が飼育下のシャチ,ゴンドウクジラ,バンド
ウイルカ,カリフォルニアアシカ,またマナティーで報告されている.おそらくすべての海生哺乳類が
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感受性を有する.本病の特徴は,急性の腫脹,筋肉壊死および感染組織のガス蓄積で,同時に顕著な白
血球増加症が起こる.治療をしなければ致命的である.罹患動物は死亡数日前に食欲廃絶し,嚥下不能
となった.吸引した病巣中はグラム陽性桿菌を検出し,嫌気培養と菌の同定により診断する.
生息地移動のため一時捕獲されたカナダカワウソでは多数の個体で,C. perfringens による腸管クロ
ストリジウム症が報告されている.症状は捕獲後 6 時間から 72 時間での突然死,粘液水様下痢便,衰
弱,低体温症等であった.
6.剖検と病理組織学的検査
4 ヵ月令のバンドウイルカでは剖検時に,呼吸孔から血様液流出,肛門に粘血便が付着していた.主
な所見としては,腸粘膜充出血,腎臓包膜下出血,血様腹水,肺胞内出血などの出血性壊死性疾患であ
った.別のバンドウイルカでは腸炎を認めた.ミナミゾウアザラシでは解剖,病理組織学的所見より,
肺気腫,急性カタル性腸炎,腎盂結石を伴う慢性間質性腎炎,リンパ節萎縮が示された.出血性腸炎で
死亡したゼニガタアザラシでは,腸管より C. difficile を分離した.カナダカワウソの複数の死亡個体で
は,消化管粘膜上皮の軽度から重度の壊死,静脈性うっ血が認められ, C. perfringens が分離された.
死亡ストランディングのカリフォルニアラッコでは複数頭で壊死性腸炎を認め,腸管より大量の C.
perfringens もしくは C. difficile が分離された.
バンドウイルカ出血壊死性腸炎
バンドウイルカ腸粘膜面:出血壊死(左)
,正常(右)
急死した飼育下のシカでも剖検時,肛門に血便が付着していたり,天然孔(鼻腔,肛門)からの出血,
出血性腸炎を認め,C. perfringens と C. sordellii を検出している.
家畜での特徴的な所見は,下記の通りである.
・C. chauvoei:皮下の血様の膠様浸潤,筋肉は黒色脆弱化.
・C. perfringens:腸粘膜の壊死と充出血,腸間膜リンパ節の腫大.
・C. difficile:偽膜性大腸炎.
7.予防と治療
日本の海獣類におけるClostridium属菌感染症の治療は1例のみ報告されている.生後2日目,体重8kg
のゴマフアザラシでは,発症当日より皮下補液,浣腸の対処療法に加え,アンピシリン250mg/頭を1日
3回筋肉注射し,発症翌日よりメトロニダゾール62.5mg/頭も1日2回経口投与した.発症翌日には,臍帯
脱落部から大網が露出する後天性臍ヘルニアも合併したため,臍ヘルニア整形術を施した.治療は第19
病日で終了した.
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海生哺乳類における効果は検討されていないが,海外では市販不活化クロストリジウムワクチンを日
常的に用いる施設もあるとの報告がある.治療としては,全身および局所への抗生物質の大量投与(破
傷風にはペニシリン,テトラサイクリンが有効)
,筋炎では膿瘍部位の外科的排膿および過酸化水素水
洗浄を行う. 腸管クロストリジウム症を発症したカナダカワウソでは対処療法に加え,メトロニダゾ
ールの経口投与もしくはST合剤の非経口投与,C. perfringens抗毒素の投与が推奨されている.
ヒトでは,傷口を徹底的に洗浄し,異物や壊死組織を取り除くことが,Clostridium属菌感染の予防上
で最良の方法とされる.また,C. perfringens A型を含むガス壊疽抗毒素血清が製造されているので,早
期に診断できれば,動物の治療にも応用可能と考えられるが,甚急性のため対応が難しい.
家畜では下記の通りである.
・C. chauvoei: 発症した場合の致死率が極めて高く,病状の進行がはやいため,頻発地域では本菌の
ワクチン接種が望ましい.
・C. tetani:症状は,破傷風毒素に起因するため血中に十分な抗毒素抗体があれば完全に発症を防げる
感染症であるが,感染による自然免疫は発症予防に効果がない.
・C. difficile:菌交代現象によって異常増殖した腸内由来菌による感染と考えられているため,菌交代現
象の原因である抗生物質の中止や腸内細菌叢の変化を引き起こした給餌を改善させる.
8.類似疾病
日本で報告のあった海獣類の Clostridium 感染症はすべて急性であり,C. perfringens,C. difficile など
の感染では剖検時に出血性腸炎を認めた.経過が豚丹毒症(敗血症型)と類似する場合は,血液の細菌
培養で菌の同定により可能である.
9.参考文献
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5.http://www.otterspecialistgroup.org/Library/TaskForces/OCT/North_American_River_Otter_Husbandr
y_Manual_3rd_edition.pdf
10. Q&A
Q1: クロストリジウム菌とはどんな菌ですか?
A: Clostridium 属菌はグラム陽性,偏性嫌気性の大型桿菌で芽胞形成能があります.本属には 83 菌種
以上が所属していますが,獣医学上重要な菌は 10~12 菌種です.
若い栄養形はグラム陽性ですが,24 時間培養菌ではグラム陰性に染まります.芽胞は卵円形~球状で
偏在性または端在性に形成され,通常芽胞形成部が膨大して胞子嚢となります.一般的に栄養型は周毛
性鞭毛を形成して運動性を示しますが,鞭毛形成能を欠くものがあります.
・C. chauvoei(気腫疸菌)
:汚染された餌や土壌を介して感染し気腫疽を引き起こします.これまでに
確認されているヒト症例は 1 例のみですが,動物に毎年多くの疾患を引き起こしています.
・C. tetani(破傷風菌): 土壌菌の一つで環境中に広く常在しています.ヒトに対しては有効なワクチ
ンが利用されています.重篤な場合,筋肉麻痺や破傷風毒素による特徴的な硬直性麻痺を引き起こ
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します.
・C. botulinum(ボツリヌス菌)
: 土壌中などの自然環境中に存在し,毒素によるボツリヌス症を引き
起こします.菌は毒素の抗原性により A~G 型に分類されます.腸内細菌叢の変化により増殖し症
状を引き起こします.
・C. perfringens(ウエルシュ菌): ヒトや動物の腸内に生息する常在菌の一種.Clostridium 属の中で
本菌は例外的に,鞭毛形成能を欠くが,莢膜形成能をもつ.毒素産生パターにより A~E 型に分類
されます.
・C. difficile: ヒトや動物の腸内に生息する常在菌の一つです.
・ガス壊疽菌群: 傷口に感染し,重篤なガス壊疽を起こします.C. novyi,C. septicum などが原因と
なります.
Q2: クロストリジウム症を発症する時期はいつですか?季節性はありますか?
A: 海獣類ではその例数が少なく不明ですが,ウシの C. chauvoei 感染は春から夏に多い疾患です.
Q3: 治療はどうするのですか?
A:日本の海獣類におけるClostridium属菌感染症は,3例すべてがC. perfringensの感染による急死でし
た.ゴマフアザラシ1例では抗生剤投与(アンピシリン250mg/頭 1日3回筋肉注射, メトロニダゾール
62.5mg/頭 1日2回経口投与)と対処療法により回復しました.海外では,海生哺乳類における効果は検
討されていませんが,市販不活化クロストリジウムワクチンを日常的に用いて予防する施設もあると報
告されています.症状が甚急性に進行するため治療は困難ですが,全身および局所への抗生物質の投与
(破傷風にはペニシリン,テトラサイクリンが有効),筋炎では膿瘍部位の外科的排膿および過酸化水
素水洗浄、抗生物質の大量投与により治療します.
また,ヒトではC. perfringens A型を含むガス壊疽抗毒素血清が製造されているので、早期に診断でき
れば,動物の治療にも応用可能と考えられます.
Q4: どんな症状ですか?
A:日本での 4 例中 3 例は C. perfringens の感染で,すべて急死しています.摂餌不良となった 4 ヵ月
令のバンドウイルカでは,症状を示した翌朝死亡し,別のバンドウイルカでは症状を示したその日に急
死しました.ミナミゾウアザラシの事例でも死亡する 2 日前まで,臨床症状を全く示さず,突然死でし
た.そのため,臨床症状の記録も少ないですが,ミナミゾウアザラシの事例では死亡前日に嘔吐物を認
め、その数時間前から浅い呼吸を繰り返しました.治癒に成功したゴマフアザラシ(生後 2 日目)の 1
例では,下痢,嘔吐し,衰弱が認められ,下痢便のグラム染色では Clostridium 様グラム陽性大型桿菌
を確認できました.レントゲンでは,胃および大腸内のガス貯留像を認め,便から C. perfringens を分
離することができました.
Q5: どんな検査をするのですか?
A: バンドウイルカの 2 例およびミナミゾウアザラシの事例では,急死したため死後に菌分離によって
同定されています.4 ヵ月令のバンドウイルカでは血液,腎臓から,別のバンドウイルカでは腸管から,
C. perfringens が分離されました.ミナミゾウアザラシでは血液から,C. perfringens A 型,Clostridium
sp.を認めました.菌分離や菌同定を行う場合 Clostridium 属菌は,偏性嫌気性であるため嫌気培養が必
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須です.
Q6: これまでに感染報告のある海獣類は,どのような種類がいますか?
A: 日本の海獣類における Clostridium 感染症の報告は,
バンドウイルカ 3 例,ミナミゾウアザラシ 1 例,
ゴマフアザラシ 1 例のわずか 5 例あるのみで,ほとんど知られていませんが,潜在的にはかなりの症例
数があったことが示唆されます.海外の報告では,飼育下のシャチ,ゴンドウクジラ,バンドウイルカ,
カリフォルニアアシカ,またマナティーで重度の筋炎,ゼニガタアザラシの出血性腸炎,鰭脚類のエン
テロトキセミア(腸管毒血症)などが知られています.水鳥にボツリヌス中毒が発生した際,カリフォ
ルニアアシカでも発生したこともあります.
Q7: 感染源は何ですか?
A: 病原性菌を含む Clostridium 属菌はヒトの生活環境に広く生息しています.菌によってはヒトや多く
の哺乳動物の腸管内に常在しております.また,土壌,汚水,有機物を多く含む水生環境に存在してい
ます.明確な感染源ははっきりしませんが,このような病原性を含む Clostridium 属菌に汚染された水
や餌を介して感染すると考えられます.
Q8: 予防はどうしたら良いですか?
A: ヒトでは,傷口を徹底的に洗浄し,異物や壊死組織を取り除くことが,Clostridium属菌感染の予防
をする上で最良の方法とされています.また,家畜では下記の通りです.
・C. chauvoei: 発症した場合の致死率が極めて高く,病状の進行がはやいため,頻発地域では本菌の
ワクチン接種が望ましい.
・C. tetani: 症状は破傷風毒素に起因するため血中に十分な抗毒素抗体があれば完全に発症を防げる感
染症ですが,自然感染では獲得される免疫は発症予防に効果がありません.発症予防には抗毒素抗
体が必須のため,破傷風トキソイド(破傷風ワクチン)の接種が推奨されます.
・C. difficile:比較的抗生物質に抵抗性があり、他疾患の治療中に選択的に増殖することがあります(菌
交代現象).原因である抗生物質の利用を中止し腸内菌叢の改善を行う必要があります.
11. 謝辞
改定版を執筆するに当たり,新潟市水族館の岩尾 一氏より新しい情報をご提供頂いた.
校閲 新井 智 国立感染症研究所
執筆 寺沢文男 新江ノ島水族館
(2007 年 4 月執筆/2010 年 4 月加筆)
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高病原性鳥インフルエンザ
概要
高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ は ,高 致 死 性 お よ び H5 ま た は H7 亜 型 の 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ
ル ス に よ る 鶏 ,あ ひ る ,う ず ら ,七 面 鳥 ( 以 下 「 家 禽 」 と す る ) の 感 染 症 で あ る .こ の 病 気 は
最 近 ま で 、家 禽 ペ ス ト と 呼 ば れ て い た も の で あ る 。そ の 伝 染 力 の 強 さ ,高 致 死 性 よ り 家 禽 産
業 に 及 ぼ す 影 響 は 甚 大 で ,国 あ る い は 地 域 ご と に 家 禽 等 に 厳 し い 移 動 制 限 が 課 さ れ ,国 際 的
に も 最 も 警 戒 す べ き 家 畜 の 伝 染 性 疾 病 の 一 つ と し て ,そ の 制 圧 と 感 染 拡 大 防 止 が 図 ら れ て
い る .ヒ ト へ の 致 死 的 な 感 染 被 害 が 確 認 さ れ て 以 来 ,公 衆 衛 生 上 も 非 常 に 警 戒 す べ き 疾 病 と
さ れ て い る .鶏 で は ,発 生 は 突 発 的 な 死 亡 に 始 ま り ,し ば し ば 100% に も 達 す る 高 致 死 率 が
見 ら れ る .鶏 の 臨 床 症 状 は 肉 冠 ,肉 垂 ,脚 部 の チ ア ノ ー ゼ ,出 血 壊 死 ,顔 面 の 浮 腫 ,神 経 症 状 ,
下 痢 ,産 卵 低 下 や 停 止 で あ る が ,甚 急 性 の 死 亡 例 で は こ れ ら の 症 状 を 欠 く .
家 禽 で の 発 生 例 は「 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ に 関 す る 特 定 家 畜 伝 染 病 防 疫 指 針 」( 平 成
16 年 11 月 18 日 農 林 水 産 大 臣 公 表 )に 基 づ き 対 処 す る .動 物 園 動 物 に つ い て も ,発 生 時 あ る
い は 発 生 が 疑 わ れ る 時 は 直 ち に 管 轄 の 家 畜 保 健 衛 生 所 に 相 談 の 上 ,指 針 に 準 じ た 対 応 を 行
う.
2
法的位置付け
家禽の高病原性鳥インフルエンザは家畜伝染病予防法で家畜伝染病に指定されている.
ま た ,感 染 症 の 予 防 及 び 感 染 症 の 患 者 に 対 す る 医 療 に 関 す る 法 律( 感 染 症 法 )で 第 四 類 感 染
症 に 指 定 さ れ て お り 、国 際 獣 疫 事 務 局( OIE)は リ ス ト A の 疾 病 (海 外 家 畜 伝 染 病 )と し て い
る.
3
原因と疫学
鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス( 以 下「 AIV」と す る )は オ ル ソ ミ ク ソ 科 A 型 イ ン フ ル エ ン ザ
ウ ィ ル ス に 属 し て お り ,H1〜 H15 お よ び N1〜 9 の 亜 型 に 類 別 さ れ る .
AIV は 家 禽 に 対 す る 病 原 性 の 強 さ か ら H5 ま た は H7 亜 型 で あ る 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ
( 以 下 「 HPAI」 と す る ) と そ れ 以 外 の 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ( 低 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ 以 下
「 AI」)に 分 け ら れ る .な お 、家 禽 、家 畜 、ヒ ト の A 型 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス の 遺 伝 子 は 、
全てカモのウィルスに起源があり、かつ、カモに対しては病原性が無いか、弱い。
HPAI に 最 も 感 受 性 の 高 い 宿 主 は 鶏 ,七 面 鳥 ,う ず ら で 年 齢 ,季 節 に 関 係 な く 発 生 し ,感 染
鶏 は 1〜 2 日 で ほ ぼ 死 亡 す る .伝 播 は 接 触 や 同 居 に よ り ,ま た 汚 染 器 材 と の 接 触 ,汚 染 飼 料
の摂取などにより起こる.
AIV は 野 生 の カ モ な ど が 高 率 に 保 有 し ,糞 便 中 に 排 出 さ れ る と 言 わ れ て い る が ,野 鳥 保 有
の AIV の ほ と ん ど は 家 き ん に 対 し て 低 病 原 性 で ,感 染 し て も 軽 い 下 痢 ,産 卵 率 の 低 下 程 度 か
あ る い は 無 症 状 で 経 過 す る と 言 わ れ て い る .し か し ,株 に よ り 高 病 原 性 に 変 異 し た も の が 家
きんに感染すると爆発的な致死性疾病となるといわれている.
AIV の 自 然 宿 主 は ガ ン カ モ 類 で あ る た め 不 顕 性 感 染 の 場 合 も あ る .少 な く と も 12 目 88 種
の 鳥 類 か ら AIV が 分 離 さ れ て い る の で ,鳥 類 全 て に 感 受 性 が あ る と 考 え て 対 処 す べ き で あ
る.
1
哺 乳 類 に 対 す る AIV 感 染 例 は ,豚 で H1N1( ス ペ イ ン 風 邪 で ヒ ト に 感 染 し 流 行 ),H2N2( ア
ジ ア 風 邪 で ヒ ト に 感 染 し 流 行 ),H3N2( 香 港 風 邪 で ヒ ト に 感 染 し 流 行 )H4N6,馬 で H7N7、H3N8,
ミ ン ク で H10N4,ア ザ ラ シ で H3N3,H4N5,4N6,H7N7,ク ジ ラ で H1N1,H13N9 な ど が 知 ら れ て い る 。
4
ヒトへの感染性
ヒ ト で は 1〜 3 日 の 潜 伏 期 後 ,発 熱 、頭 痛 、筋 肉 痛 、全 身 の 倦 怠 感 、結 膜 炎 な ど の イ ン フ
ルエンザ様症状を示す。重症例では肺炎による呼吸困難,肝,腎障害など多様な症状を表
す 。死 亡 者 も 2003 年 の ベ ト ナ ム で の 3 名 を 初 例 と し て 、2006 年 3 月 現 在 、世 界 で 累 計 100
名を超えた。
HPAI の ヒ ト へ の 感 染 は 、病 鳥 と の 、特 に 濃 密 な 接 触 が あ っ た 場 合 に 限 ら れ て お り 、わ が
国のように衛生状態が良好な国では、一般人が普通に鳥類と接触する程度で感染する恐れ
は な い 。ま た 、ヒ ト か ら ヒ ト へ の 感 染 例 も 確 認 さ れ て い な い 。た だ 、今 後 HPAI ウ ィ ル ス の
変異により、ヒトからヒトへ感染しやすい、高致死性のウィルスが出現することが危惧さ
れている.
5
主な臨床症状と診断
発 生 は 鶏 の 場 合 ,突 発 的 な 死 亡 で 始 ま る .鳥 種 に よ り 症 状 は 異 な る が 肉 冠 ,肉 垂 及 び 脚 部
の チ ア ノ ー ゼ ,出 血 壊 死 ,顔 面 の 浮 腫 ,産 卵 停 止 ,神 経 症 状 ,緑 色 下 痢 便 ,開 口 呼 吸 ,産 卵 低 下
や停止等であるが甚急性の場合,なんらの症状なく死亡する.
高 致 死 性 ,臨 床 症 状 ,疫 学 調 査 な ど で 本 症 の 発 生 が 疑 わ れ た 場 合 ,管 轄 家 畜 保 健 衛 生 所 を
通 じ て 動 物 衛 生 研 究 所 に 病 性 鑑 定 を 依 頼 す る .確 定 診 断 は ウ ィ ル ス の 分 離・同 定 に よ っ て 行
う.
6
剖検と病理組織学的検査
剖 検 で は ,諸 臓 器 及 び 筋 肉 の う っ 血 ,充 出 血 及 び 壊 死 が 主 要 な 病 変 で あ る が ,甚 急 性 の 場
合はこれらの病変を欠く.
主 な 組 織 病 変 と し て ,脾 臓 ,肺 ,心 筋 ,骨 格 筋 ,脳 ,肉 冠 な ど の 水 腫 ,出 血 ,巣 状 壊 死 ,囲 管 性
細胞浸潤などである.
7
予防と治療
家 き ん で HPAI と 診 断 さ れ た 場 合 は ,殺 処 分 に よ り 発 生 の 拡 大 を 防 止 す る .治 療 は 行 わ な
い .家 き ん 以 外 の 動 物 で は 家 畜 伝 染 病 予 防 法 の 規 制 を 受 け な い も の の ,家 き ん に 影 響 を 及 ぼ
す お そ れ が あ る の で ,管 轄 家 畜 保 健 衛 生 所 と 充 分 な 協 議 を 行 う .
不 活 化 ワ ク チ ン や 組 み 換 え ワ ク チ ン を 用 い て い る 国 も あ る が ,日 本 で は ,清 浄 国 と し て の
立場や、発生時に汚染状況の把握が困難になるなどの理由でワクチン使用を禁じている。
予防としては野鳥の侵入防止、汚染物との接触をさける事や入念な消毒を行うなどの一
般衛生管理が重要である.
8
類似疾患
高致死性の伝染病であるニューカッスル病や家禽コレラなどとの類症鑑別が重要である.
2
ニ ュ ー カ ッ ス ル 病 と は NDHI 検 査 に よ り ,家 禽 コ レ ラ と は 細 菌 の 検 出 に よ り 鑑 別 す る .
9
参考文献
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2. 環 境 省 自 然 環 境 局 野 生 生 物 課 ( 2005): 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ 発 生 時 の 鳥 獣 行 政 担
当 部 局 の 対 応 に つ い て .( 財 ) 自 然 環 境 研 究 セ ン タ ー ,東 京
3. 貴 田 宏 (2004):高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ . In 共 通 感 染 症 ハ ン ド ブ ッ ク .136-137,日 本
獣 医 師 会 ,東 京
4. 鶏 病 研 究 会 ( 2002): 野 鳥 に よ る 家 き ん 疾 病 の 伝 播 と 対 策
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5. 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ 感 染 究 明 チ ー ム ( 2004): 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ の 感 染
経路について,東京
6. 日 本 鳥 学 会 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ 問 題 検 討 委 員 会 ( 2005): 日 本 鳥 学 会 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ 問
題検討委員会報告書,東京
7. 農 林 水 産 大 臣 公 表 (2004):高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ に 関 す る 特 定 家 畜 伝 染 病 防 疫 指 針
8. 笹 原 二 郎 ら ( 1979) :獣 医 伝 染 病 学
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9. 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ 等 に 関 す る 関 係 省 庁 対 策 会 議 ( 2005): 新 型 イ ン フ ル エ ン ザ 対 策 行 動
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10.
山 口 成 夫 ( 2003): わ が 国 に お け る 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ の 防 御 対 策
鶏 病 研 報 39 増
刊 ,21_28
11.
岡部信彦, 新井智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福本
幸 夫 , 藤 井 逸 人 , 山 田 章 雄 , 吉 川 轍 , 岸 本 寿 男 , 川 中 正 憲 (2003) :動 物 展 示 施 設 に お
け る 人 と 動 物 の 共 通 感 染 症 対 策 ガ イ ド ラ イ ン 2 0 0 3 ,厚 生 労 働 省 健 康 局 結 核 感 染 症 課 ,
東京
12.WEB 上 の 資 料
http://www.maff.go.jp/tori/
(農林水産省鳥インフルエンザに関する情報)
http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/
(国立感染症研究所
感染症情報セ
ンター)
10
Q& A
Q1: 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ と は ど ん な 病 気 で す か ?
A1: 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ と は 鳥 類 が イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス に 感 染 し て 起 こ る 病 気 で す .
鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス の 中 に は 鶏 な ど を 死 亡 さ せ る 強 毒 な 株 が あ り ,そ の 感 染 に よ
る 病 気 を 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ( HPAI) と 呼 ん で ,国 際 的 に も 重 大 な 伝 染 病 で す .
高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ で な い も の は 低 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ と い わ れ て い て ,急
死はしませんが家畜伝染病予防法で届出伝染病に指定されています.
Q2: 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ と は 、 ど の よ う な 病 気 で す か ?
A2 :高 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ と は ,家 畜 伝 染 病 予 防 法 で 定 め ら れ て い る ,以 下 の 1 ) 〜 3 )
に 該 当 す る A 型 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス の 感 染 に よ る 家 き ん の 病 気 を い い ま す .こ の 病 気
では感染した鳥の大半が死亡するなど大きな被害が出ます.
3
1)鶏を高率に死亡させる鳥インフルエンザウィルス
2 )鶏 を 低 率 な が ら 死 亡 さ せ る ウ ィ ル ス で 、ウ ィ ル ス 表 面 の HA 蛋 白( 赤 血 球 凝 集 素 )の 特
徴 と 培 養 細 胞 で の 増 殖 性 が ,こ れ ま で の 高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス に 類 似 す る ウ
ィルス
3 ) H5 あ る い は H7 亜 型 の 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス
Q3: ど ん な 症 状 を 出 し ま す か ?
A3:感 染 鶏 群 で は 死 亡 す る 鶏 が 増 加 し ま す .症 状 と し て は ,元 気 消 失 ,食 欲 ・ 飲 水 欲 の 減 退 ,
産 卵 率 の 低 下 ,呼 吸 器 症 状 ,下 痢 ,肉 冠・肉 垂・顔 面 の 腫 れ や チ ア ノ ー ゼ 、脚 の 浮 腫 や 皮 下 出
血 ,神 経 症 状 な ど が 見 ら れ ま す .
こ れ ら の 症 状 は 、感 染 し た ウ ィ ル ス が 持 っ て い る 病 原 性 の 強 さ ,他 の 病 原 体 と の 混 合 感 染 ,
鳥 舎 内 外 の 環 境 要 因 な ど に よ っ て 多 様 で す .病 原 性 が 強 い ウ ィ ル ス の 場 合 に は 鶏 は 短 期 間
に 高 率 に 死 亡 し ま す が ,必 ず し も 症 状 は 明 瞭 で は あ り ま せ ん .一 方 、 病 原 性 が 比 較 的 弱 い ウ
ィルスや鶏への順化があまり進んでいないウィルスの場合には不顕性感染や軽い元気消失
が認められます.
H5、 H7 亜 型 の ウ ィ ル ス の 場 合 ,流 行 当 初 は 弱 毒 で あ っ て も 家 き ん の 間 で 感 染 を 繰 り 返 す
うちに強毒に変異する場合がありますから注意が必要です.
Q4:ウ ィ ル ス が 侵 入 す る ル ー ト と 予 防 法 を 教 え て く だ さ い .
A4:侵 入 ル ー ト と し て は 1) ウ ィ ル ス に 感 染 し て い る 鳥 を 導 入 し た 場 合 2) ウ ィ ル ス に 汚 染
さ れ た 器 材 ・ 車 両 ・ 卵 ケ ー ス な ど を 使 用 し た 場 合 3) ヒ ト の 衣 服 ,手 ,長 靴 な ど を 介 し て ウ
ィ ル ス が 持 ち 込 ま れ た 場 合 が 考 え ら れ ま す .ま た ,4) 野 鳥 が 出 入 り で き る 鳥 舎 の 場 合 や 屋
外では、感染した野鳥がウィルスを持ち込む可能性があります.
ウ ィ ル ス 侵 入 の 機 会 を 少 な く す る た め に は ,普 段 か ら な る べ く 鳥 ,器 材 等 の 移 動 は 必 要 最
小 限 と し ,消 毒 で き る も の は 消 毒 し て か ら ,飼 育 場 に 持 ち 込 む よ う に し て く だ さ い .特 に 周
辺 で 、鳥 イ ン フ ル エ ン ザ の 発 生 報 告 が あ っ た 場 合 厳 重 な 注 意 が 必 要 で す .ま た 、飼 育 場 所 を
野 鳥 が 侵 入 し な い 構 造 に 変 え る ,野 鳥 の 糞 で 汚 染 さ れ て い る 可 能 性 が あ る 水 や 餌 を 鶏 に 与
えないことも大切です.
Q5:発 生 が 疑 わ れ た 場 合 に は ど う す れ ば よ い の で す か ?
A5:速 や か に 最 寄 り の 家 畜 保 健 衛 生 所 に 連 絡 し て 相 談 し て く だ さ い .診 断 が 遅 れ ま す と そ れ
だ け 汚 染 が 拡 大 す る こ と に な り ,被 害 が 大 き く な り ま す .飼 育 し て い る 鳥 の 様 子 が あ や し い
と思ったらすぐに診断を受けることがポイントです.
動物園や水族館で飼育している家禽以外の鳥でも、高原性鳥インフルエンザが疑われた
ら 直 ち に 家 畜 保 健 衛 生 所 の 相 談 し て く だ さ い .報 告 が 遅 れ る と 被 害 が 拡 大 し て ,大 き な 社 会
問題になります.
Q6:ど の よ う な 防 疫 措 置 が 採 ら れ ま す か ?
A6:高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ の 防 疫 措 置 は 家 禽 の 場 合 ,家 畜 伝 染 病 予 防 法 と そ の 防 疫 指 針
に 沿 っ て 行 わ れ ま す .動 物 園 動 物 で も そ れ に 準 じ た 措 置 を 取 る こ と と 思 わ れ ま す .
4
そ の 際 ,殺 処 分 等 が 行 わ れ る 可 能 性 が 高 い と 思 わ れ ま す 。園 内 に は 絶 対 ウ ィ ル ス を 持 ち 込 ま
ないような日頃の衛生管理に気をつけましょう.
家 禽 の 場 合 ,本 病 で あ る こ と が 確 認 さ れ ま す と ,発 生 地 及 び 発 生 地 と 同 一 飼 養 者 が 管 理 し
て い る 場 所 の 家 禽 は す べ て 殺 処 分 さ れ ,死 体 は 焼 却 ・ 埋 却 ま た は 消 毒 さ れ ま す .ま た 、 飼 育
場 全 体 は 閉 鎖 ,消 毒 さ れ ,ヒ ト の 出 入 り も 禁 止 さ れ ま す .
ま た ,発 生 地 を 中 心 と し た 半 径 最 大 30Km の 区 域 で は ,約 1 カ月 間 ,生 き た 家 禽 ,死 体 ,そ の
生 産 物 と 排 泄 物 の 移 動 が 禁 止 さ れ ,区 域 内 の 全 て の 農 場 に つ い て 異 常 鶏 が い な い か に つ い
て ,家 畜 防 疫 員 が 調 べ る こ と に な っ て い ま す .
最 終 発 生 の 防 疫 措 置 が 終 了 し て か ら ,約 1 カ月 間 に 続 発 が な け れ ば 、 基 本 的 に は 移 動 禁 止
は 解 除 さ れ ま す が ,そ の 後 も 3 カ月 間 は 区 域 の 監 視 が 継 続 さ れ ま す .全 て の 農 場 で ,清 浄 確 認
検査によりウィルス感染が否定された場合に清浄宣言が出されます.
動 物 園 に 発 生 が あ っ た 場 合 ,営 業 停 止 (閉 園 )が 勧 告 さ れ る と 思 わ れ ま す .
Q7: ど ん な 消 毒 薬 が 有 効 で す か ?
A7:イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス は 表 面 が エ ン ベ ロ ー プ と 呼 ば れ る 壊 れ や す い 膜 で 覆 わ れ て い
る の で ,次 亜 塩 素 酸 ナ ト リ ウ ム 液 ,ア ル カ リ 液 ,ホ ル ム ア ル デ ヒ ド 液 ,ク レ ゾ ー ル 液 ,逆 性 石
鹸 液 な ど の 一 般 の 消 毒 薬 が 有 効 で す .発 生 地 の 消 毒 は 一 週 間 間 隔 で 3 回 以 上 消 毒 す る こ と
と さ れ て い ま す .ま た 、 ウ ィ ル ス 5℃ 1 分 間 の 加 熱 に よ っ て も 失 わ れ ま す .
Q8:鳥 イ ン フ ル エ ン ザ が ヒ ト に 感 染 す る こ と は あ り ま す か ?
A8:ほ と ん ど の 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス は ヒ ト に は 感 染 し ま せ ん が 、例 外 的 に 一 部 の ウ ィ
ルスがヒトに直接感染することが最近報告されるようになりました.
高 病 原 性 鳥 イ ン フ ル エ ン ザ ウ ィ ル ス に 感 染 し た ヒ ト で は , 1〜 3 日 の 潜 伏 期 後 ,発 熱 、 頭
痛、筋肉痛、全身の倦怠感、結膜炎などのインフルエンザ様症状を示す。重症例では肺炎
に よ る 呼 吸 困 難 , 肝 , 腎 障 害 な ど 多 様 な 症 状 を 表 し 、 死 亡 例 も 2006 年 1 月 現 在 世 界 (全 て
ア ジ ア 地 域 )で 100 名 近 く が 報 告 さ れ て い ま す . た だ し , HPAI の ヒ ト へ の 感 染 は 、 病 鳥 と
の、特に濃密な接触があった場合に限られており、日本国内では、一般人が普通に鳥類と
接触する程度で感染する恐れはありません.また、ヒトからヒトへの感染例も確認されて
いません.
た だ 、今 後 HPAI ウ ィ ル ス の 変 異 に よ り 、ヒ ト か ら ヒ ト へ 感 染 し や す い 、高 致 死 性 の ウ ィ
ルスが出現することが危惧されているのです.
Q9:発 生 し た 場 合 に は ,飼 育 関 係 者 や 防 疫 従 事 者 の 感 染 を ど う 防 ぐ の で す か ?
A9:万 が 一 の こ と を 考 え て ,感 染 防 止 策 を 採 る 事 を 厚 生 労 働 省 は 勧 め て い ま す .
飼 育 関 係 者 や 防 疫 従 事 者 が ウ ィ ル ス を 吸 い 込 ん だ り ,飲 み 込 ん だ り し な い よ う に 防 御 服
を 着 用 し ,ゴ ム 手 袋 を つ け ,ゴ ー グ ル と 医 療 用 マ ス ク 等 で 防 護 し て 作 業 を 行 い ま す .ま た ,作
業 終 了 後 に は 石 鹸 で 手 を 洗 い ,う が い を し ,目 を 洗 浄 し ま す .作 業 関 係 者 及 び そ の 家 族 は ,感
染 の 可 能 性 の あ る 期 間 は 健 康 に 注 意 し て ,発 熱 な ど の イ ン フ ル エ ン ザ 様 症 状 が で た ら ,直 ち
に 医 師 の 診 察 を 受 け て く だ さ い .感 染 初 期 で あ れ ば 抗 ウ ィ ル ス 薬 が 有 効 で す .
5
校閲
新井
智
執筆 高田真理子
(2006 年 3 月 執 筆 )
6
国立感染症研究所
海の中道海浜公園動物の森
-9-
1
動物園動物の鳥結核病(非定型抗酸菌症)
概要
鳥 結 核 病 は , 鳥 結 核 菌 ( Mycobacterium avium) に 起 因 し , 一 般 的 に 非 定 型 抗 酸 菌 症 と
呼 ば れ て い る Mycobacterium 属 菌 感 染 症 の 1 種 で あ る 。 全 て の 鳥 類 に 感 染 性 と 病 原 性 が 見
られる.感染ルートの多くが,鳥結核病に感染した鳥獣の捕食やその糞が口に入ることに
よる経口感染である.飛沫吸飲による呼吸器感染や創傷からの皮膚・筋肉感染も時に見ら
れる.この細菌は湿った環境を好むため,水鳥の感染の可能性も高い.遺伝的素因や摂食
習慣に加えて,環境からのストレスが本症の発生および病変に影響をもたらす要因となる。
本症発生には明らかな季節性はなく,年間を通じて死亡例がある。
鳥結核菌は増殖が遅く,典型的な遅発性病原体であり,不顕性に慢性的な消耗性の病態
を引き起こす.このため老鳥に発見されることが多い.鳥結核病はヒトと動物の共通感染
症で,抵抗力の低下しているヒトは感染する恐れがあるので注意を要する.
2
法的位置付け
鳥 結 核 病 は,家 畜 伝 染 病 予 防 法 上 の家 畜 届 出 伝 染 病 に指 定 されているので,家 禽 (鶏 ,あひる,
うずら.七 面 鳥 )で本 病 を否 定 できない症 例 を発 見 した場 合 にはただちに家 畜 保 健 衛 生 所 に報 告 し,
家 畜 防 疫 員 による立 入 検 査 を受 け,防 疫 処 置 等 を受 けなければならない.その他 の飼 育 野 生 鳥 類
での疑 わしい症 例 の場 合 も家 畜 保 健 衛 生 所 に相 談 し,家 禽 の場 合 に準 じた防 疫 対 策 をすることが
望 ましい.
3
原因と疫学
別 名 : 鳥 抗 酸 菌 . グ ラ ム 陽 性 の , 1~ 3μ m の 桿 状 な い し 球 状 に 近 い も の ま で 多 形 性 を 示
す 抗 酸 菌 で あ る .固 形 卵 培 地( 小 川 培 地 )で 培 養 す る と ,2~ 3 週 間 後 に 灰 白 色 な い し 象 牙
色 の S 型 集 落 を 作 る .本 菌 は 感 染 動 物 の 糞 便 中 や 土 壌 中 で は 4 年 間 も 生 存 す る が ,消 毒 薬
や熱に対する抵抗性は弱い。
結 核 菌 群 ( Mycobacterium tuberculosis 、 M. bovis 、 M. africanum 、 M. microti ) を 除 く
Mycobacterium 属 菌 は , 発 育 速 度 , 発 育 集 落 の 色 調 な ら び に 光 照 射 後 の 発 色 変 化 の 性 状 に
よりⅠからⅣ群に分類し,一般的に非定型抗酸菌と呼ばれる.
現 在 ,Mycobacterium 属 は 54 菌 種 に 分 類 さ れ て お り ,結 核 菌 群 の 4 菌 種 を 除 く 50 菌 種
は 非 定 型 抗 酸 菌 に 該 当 す る . ま た , 反 芻 獣 の ヨ ー ネ 病 の 起 因 菌 で あ る M. paratuberculosis
は , 今 は M. avium complex(MAC)に 含 ま れ る か , ま た は M. avium subsp. paratuberculosis
として記載されることが多い.
非 定 型 抗 酸 菌 症 (Atypical Mycobacteriosis )は 非 定 型 抗 酸 菌 を 起 因 菌 と す る 感 染 症 の 総
称 で あ る が , 今 日 で は 非 結 核 性 抗 酸 菌 症 (Non tuberculosis Mycobacteriosis)ま た は , 菌 種
が 同 定 さ れ た も の は 菌 名 を 記 し M. avium complex(MAC)感 染 症 と し て 報 告 さ れ る こ と が 多
い.
現在まで,土壌、水等、環境中の非定型抗酸菌はヒトおよび動物に日和見感染をおこす
ものの,結核菌群の 4 菌種にみられるような,ヒトからヒト,動物からヒト,あるいはヒ
トから動物への感染経路は確かめられていない.したがって,非定型抗酸菌症はヒトと脊
- -
1
椎動物の間で相互に伝播する可能性は低い.
M . avium complex (MAC)
ヒ ト と 動 物 の 双 方 に 病 原 性 を 有 し , か つ 感 染 頻 度 が 高 い 非 定 型 抗 酸 菌 は Runyon の 分 類
で Ⅲ 群( 非 光 発 色 菌 )に 属 す る MAC,Ⅰ 群( 好 発 色 菌 )に 属 す る M. kansasii ,M. marinum ,
Ⅱ 群 ( 暗 着 色 菌 ) に 属 す る M. scrofulaceum 等 で あ る . MAC は 従 来 M. avium と M.
intracellulare か ら な り , M. avium は 鳥 結 核 罹 患 鳥 か ら , M. intracellulare は ヒ ト の 肺 結 核
疾患患者から分離され,当初はそれぞれ独立菌種として考えられてきたが,生化学的性状
が 同 一 で あ る こ と か ら MAC と な っ た .
血 清 型 1~ 3 型 は M. avium に , 4~ 28 型 は M. intracellulare に 分 類 さ れ て い る . 鳥 類 に
対する病原性は 2 型が最も強い.
M. avium に 対 す る 感 受 性 は 成 鳥 よ り も 幼 若 鳥 が 高 い 傾 向 が あ る が ,本 病 の 野 外 発 生 は 感
染機会の多い老鳥群に多いと思われる.
日本に於ける動物園飼育鳥類の鳥結核病発生例
年
場所
動物
1935
東京都
フラミンゴ
1950
東京都
1959
原因菌
備考
1羽
M. avium 血 清 型 1 型
動物園飼育
アネハヅル
1羽
M. avium
動物園飼育
愛知県
金銀鶏
1羽
1982
秋田県
アオカケイ
1羽
M. avium 血 清 型 1 型
動物園飼育(中国産)
1983
秋田県
アオカケイ
1羽
M. avium 血 清 型 1 型
動物園飼育(中国産)
1994
東京都
ヒメウズラ
1羽
M. (avium) 血 清 型 9 型
動物園飼育(国内産)
1996
長野県
アイサ
2羽
M. avium 血 清 型 1 型
動物園飼育(輸入物)
2001
埼玉県
カブトホウカンチョウ
1羽
M. avium 血 清 型 2 型
動物園飼育(輸入物)
4
例数
M. avium
動物園飼育
ヒトへの感染性
①抗結核剤で治療中の肺結核患者から抗結核剤の耐性菌として非定型抗酸菌が分離され
ることで非定型抗酸菌症と診断される場合と,②局所または全身的な感染防御能の低下し
た宿主における日和見感染のかたちで認められる場合がある.わが国では,ほとんどが①
の発生形態をとり,呼吸器系症状を示すことが多く,まれにリンパ節・骨・皮膚などの肺
外 感 染 も 認 め ら れ る 。 ② は , 後 天 性 免 疫 不 全 症 候 群 ( AIDS) 患 者 の 日 和 見 感 染 と し て 発 見
さ れ る 場 合 が 多 く ,原 因 と し て は ,細 胞 性 免 疫 ,と く に T 細 胞 機 能 低 下 が 指 摘 さ れ て い る .
AIDS 患 者 に お け る MAC 感 染 症 で は , 持 続 性 下 痢 や 長 期 に お よ ぶ 腹 部 の 鈍 痛 等 が 主 で あ り ,
AIDS 患 者 に お け る 非 定 型 抗 酸 菌 症 と 非 AIDS 患 者 と の そ れ と は 病 態 が 著 し く 異 な っ て い る .
非 定 型 抗 酸 菌 症 患 者 か ら 分 離 さ れ る 抗 酸 菌 は , わ が 国 で は MAC が 最 も 多 い .
5
鳥類における主な臨床症状と診断
臨床症状→
初 期 に は 症 状 は 軽 微 で 発 見 し に く く ,多 く の 場 合 ,気 付 い た 時 に は か な り 進 行 し て い る .
死亡してから剖検で発見されることも少なくない.症状としては食欲低下を伴わない体重
減少が挙げられる.
- -
2
診断→
診断法としては以下がある.
*レントゲン:呼吸器や皮下の場合ではレントゲンでその存在が確認できる.しかし,鳥
類 の 結 核 結 節 は 石 灰 化 し な い の で ,肝 臓 な ど の 充 実 し た 組 織 内 の 結 節 は 確 認 が で き な い .
*糞の抗酸菌染色:鳥類の結核では経口感染が多く,消化管(特に腸)が侵されている場
合がもっとも普通で,菌が糞便中に排泄される.糞を採取して,抗酸菌染色
( Ziehl-Neelsen 染 色 ) を 行 う . 但 し , 病 原 性 の な い 抗 酸 菌 も 染 色 さ れ る の で 解 釈 が 難
しく,糞便中の菌染色のみの単独での確定診断は困難である.
*糞の培養:糞中の結核菌を培養する.検査機関でなく自分で行う場合は,以下の比較的
簡単な方法がある.
方 法 : 採 取 し た 糞 を ア ル カ リ 処 理 ( 5%NaOH 水 を 等 量 加 え て 乳 鉢 で 磨 砕 し , 37℃ 30 分 放
置 ) 後 に 遠 沈 し て 沈 澱 を 3%小 川 培 地 に 接 種 す る .結 核 菌 の 場 合 (一 般 的 に 分 離 に は 2~ 4 週
間 を 要 す る )は 発 育 が 遅 い が , 病 原 性 の な い 雑 菌 性 の 抗 酸 菌 は 3 日 以 内 で 発 育 し て く る .
*組織生検:皮下に結節のある場合には,簡単に除去して,組織検査が行える.
* ス ラ イ ド 凝 集 反 応:鳥 の 血 清 を 結 核 菌 の 抗 体 と ス ラ イ ド ガ ラ ス 上 で 混 合 し ,凝 集 反 応 を
見る.1分以内に凝集が見られれば,結核に感染していると判断する.
6
剖検と病理組織検査
剖検でみられる病変は,哺乳類同様の結核結節(但し,鳥類の結核結節は石灰化が見ら
れない)で,肝臓などを中心としてあらゆる場所に見られる.典型的には白っぽいチーズ
様の粟粒大からウズラ卵大の結節が多数みられるが,筋肉などに直径数cmの大きな結節
が1,2個見られる場合もある.鳥類では哺乳類と異なり呼吸器系の病巣は肝臓脾臓など
の病巣に伴って出現し,単独でみられることはまれである.
病 理 組 織 学 的 検 査 で は , 結 核 結 節 は 中 心 部 の 乾 酪 壊 死 巣 (石 灰 沈 着 は 弱 い ), そ の 周 辺 部
の類上皮細胞とラングハンス型巨細胞,最外縁部のリンパ球と結合組織から形成される.
抗酸菌染色により壊死巣および類上皮細胞内に抗酸菌を認める.
7
予防と治療
本菌は感染動物の糞便中や土壌中など、湿潤な環境では4年間生存するが,消毒薬や熱
に 対 す る 抵 抗 性 は 弱 い 。 7 0 %ア ル コ ー ル で 5 分 , 5 ~ 1 0 %ク レ ゾ ー ル 石 鹸 液 で 1 ~ 3
時間,60℃で10~30分などの処理により死滅する.しかし、本菌は環境中に広く常
在するため、日常の消毒のみで感染を予防することは難しい。
病鳥を発見した場合、まず,隔離が必要である.その後の対処としては,ヒトと動物の
共通感染症であること,また,他の収容個体の感染源となりうること,発見時にはかなり
進行している場合が多く治癒が困難なことなどから,救護施設などでは安楽死が選択され
ることが殆どである.また,他の収容個体の糞便の抗酸菌染色などを行って,感染が広が
っていないかの確認を行う必要もある.
動物園の禽舍では,構造上この病気を抑制することは難しい.飼育集団の密度を減らさ
なければならない.衛生設備を厳重にし,感染した鳥の死体は,全て焼却することが必要
である.
- -
3
M. avium は 抗 生 物 質 に 対 し て 強 い 抵 抗 性 を 有 す る た め ,治 療 す る こ と は 推 奨 で き な い が ,
必要がある場合は以下の3薬剤全てを最低8,9週間投与する.
・ イ ソ ニ ア ジ ド ( isoniazid): 30mg/kg SID PO.
・ エ サ ム ブ ト ー ル ( ethambutol): 30mg/kg SID PO.
・ リ フ ァ ン ピ ン ( refampin): 45mg/kg SID PO.
菌の排泄は停止するが,体内には菌がどうしても残るので,鳥の免疫力低下と伴に再発
する恐れが高く,完治は困難である.
予 防 と し て は ,発 症 が 疑 わ れ る 地 域 か ら 新 規 に 搬 入 す る 鳥 に 対 し ,長 期 間( 3 ~ 5 ヵ 月 )
の検疫を行うことである.なお,海外では飼育鳥類の感染予防対策に鳥型ツベルクリン検
査が有用とされているが,わが国では応用されていない.
前述のように鳥結核菌は土中で長期間生存することから,病鳥が出た汚染禽舍は表土を
取り除き石灰を撒いた後,清潔な土に交換するなど徹底的な消毒が推奨されるが,環境中
から完全に感染リスクを取り除くことは困難である.卵が母鳥あるいは環境から感染する
ことは殆どない.
8
類似疾患
本病類似の肉眼病変として大腸菌感染による肉芽腫があり,組織学的検査や細菌学的検
査が必要である.なお,わが国では鳥類の大腸菌性肉芽腫の発生は殆どみられていない.
9
参考文献
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10. 鳥 結 核 病 に 関 す る H P 参 照
http://www.d1.dion.ne.jp/~akaki_ch/care-infection.html#tuberculosis
- -
4
猛禽の森
感染症
10
Q
&
A
Q 1: 鳥 結 核 病 と は ど ん な 病 気 で す か ?
A: 鳥 結 核 病 は ,鳥 型 結 核 菌 に 感 染 し て 起 こ る も の で ,全 て の 鳥 類 に 感 染 性 と 病 原 性 が 見
られ慢性に経過します。感染ルートの多くが,感染した鳥獣の捕食やその糞が口に入るこ
とによる経口感染です.また,ヒトと動物の共通感染症で,抵抗力の低下しているヒトは
感染する恐れがあるので注意を要します.
家 畜 届 出 伝 染 病 に指 定 されているので,家 禽 で発 症 が疑 われた場 合 は,適 切 な感 染 防 止 措 置
を実 施 し、ただちに家 畜 保 健 衛 生 所 に報 告 して防 疫 処 置 を受 けなければなりません.
Q2:どんな症状を出しますか?
A: 鳥 で は 、 初 期 症 状 は 軽 微 で 発 見 し に く く , 死 亡 し て か ら 剖 検 で 発 見 さ れ る こ と も 少 な
くありません.症状としては食欲低下を伴わない体重減少が挙げられます.
剖検でみられる病変は哺乳類同様の結核結節で,肝臓などを中心としてあらゆる場所に
見られます.典型的には白っぽいチーズ様の粟粒大からウズラ卵大の結節が多数みられま
す.
Q3:動物園で発生した場合には,防疫措置をどの様にしたらよいですか?
A: ま ず ,感 染 源 と 疑 わ れ る 鳥 類 の 隔 離 が 必 要 で す .鳥 結 核 病 は ,ヒ ト と 動 物 の 共 通 感 染
症であるので飼育従事者にも感染が広がるリスクがあります.従事者全員に十分な情報を
提供し,病鳥との接触を制限し,従事者への感染を防止しなければなりません.また,他
の飼育個体の感染源となりうること,治癒が困難なことなどから,安楽死を念頭におきな
がら処置および対策を進める必要があります.
動物園の禽舍では,この病気を抑制することは難しいので,禽舎外から物を持込む場合
には消毒を実施した後に持ち込むことが望ましいです.また,衛生設備には十分注意を払
い,感染した鳥の死体は,全て焼却することが必要です.
Q4:どんな消毒薬が有効ですか?
A:鳥 型 結 核 菌 は ,消 毒 薬 や 熱 に 対 す る 抵 抗 性 は 弱 く ,7 0 %ア ル コ ー ル で 5 分 ,5 ~ 1 0 %
クレゾール石鹸液で1~3時間,60℃で10~30分などの処理により死滅します.
校閲
新井
智
国立感染症研究所
執筆
大坂
豊
横浜市立野毛山動物園
(2006 年 3 月 執 筆 )
- -
5
-10-
1
鯨類の豚丹毒症
概要
1956 年,米国フロリダ州の水族館で,海獣類では世界で最初にバンドウイルカとカスリイルカから
Erysipelothrix rhusiopathiae を分離培養した.日本では 1961 年,バンドウイルカ,ハナゴンドウとカマ
イルカの集団感染の報告が最初である.
鰭脚類でも,稀に豚丹毒症の報告がある.おそらく敗血症型で死亡したオットセイの多臓器から E.
insidiosa の,ゾウアザラシとキタオットセイの歯と歯ぐきから E. rhusiopathiae の分離などがある.
本疾病は,本来養豚経営上甚大な経済的被害を与える伝染性病である.ブタでは,従来の豚丹毒菌,
E. rhusiopathiae,と新菌種,E. tonsillarum に大別される.
2
法的位置付け
豚丹毒は家畜伝染病予防法で届出伝染病に指定され,ブタ,イノシシで発症した場合には都道府県知
事(地域の家畜保健衛生所)への届出が義務付けられている.鯨類では現在,法的指定はない.
3
原因と疫学
豚丹毒菌(Erysipelothrix 属)には,E. rhusiopathiae の 1 種のみが知られていたが,最近ではそれ以
外に E. tonsillarum など数種が含まれていることが明らかになった.
グラム陽性,通性嫌気性菌,やや湾曲した細小桿菌(0.5~2.5x0.2~0.4μm)で分岐なし.運動性はなく,
芽胞,線毛もない.やや不明瞭な α 溶血を示す.土壌中でも 1 ヵ月間ぐらいは生存する.乾燥,腐敗に
は強いが,加熱や消毒に弱い.豚丹毒の原因となるほか,子ウシに関節炎,鳥類に敗血症を起こすこと
が知られている.健康ブタで扁桃に保菌することが多い.これまでに鯨類だけでなくブタをはじめ,ヒ
ツジ,ウシ,ウマ,イヌ,クマ,カンガルー,トナカイ,アザラシ,アシカ,ミンク,シマリス,カニ,
魚類,クロコダイル,カイマン,鳥類,昆虫,ダニ,シラミなどからも本菌が確認されている.
ゲル内沈降反応により 23 種類の血清型が知られており,日本の鯨類感染症では,2,5,6 型が報告
されている.豚丹毒菌罹患ブタから分離された血清型は,1a,1b および 2 型が大部分であった.
ブタの本疾病は世界的に発生し,北米,ヨーロッパ,南アフリカなどの鯨類飼育施設でも同様に見ら
れ,ほぼ全世界で発症しているものと推測される.また,野生イルカでも抗体価が陽性であったとの報
告がある.
当感染症対策委員会が行ったヒトと動物の感染症の調査結果では,8 園館が鯨類の豚丹毒症を挙げ,
水族館でのヒトと動物の共通感染症としては最多であり,鯨種はバンドウイルカ,カマイルカ,スナメ
リであった.海獣技術者研究会の調査では 13 園館から,バンドウイルカ,カマイルカ,ハナゴンドウ,
オキゴンドウ,イロワケイルカ,5 種 37 例の豚丹毒症の報告があった.
(疑診も含む)季節はほぼ通年
発生していた.
ブタでは経口感染が主で,創傷感染も起こる.自然界における分布は極めて広く,土壌や汚水中にも
生存し,また死亡した魚類の体表粘液中では,極めて急速に増殖.稀に,生きた海水魚からも検出され
る.鯨類の感染源として,魚以外に可能性のあるものとしては,トレーナーの手,ハエ,野生のハト,
保菌イルカなどを挙げている報告もある.ブタの敗血症例では大量の菌が尿や糞便を介して排出され,
濃厚感染の原因となる.
1
4
ヒトへの感染性
ヒトへの豚丹毒の感染は類丹毒症と呼ばれ,創傷感染であり,多くの場合,家畜解体業や獣医師など
の職業病でもある.多くは指および手背,まれに顔面,下腿,頚部などに限界明瞭で多少隆起し,軽度
の熱痛を伴う皮膚炎を起こすが,予後は良好.実際,水族館でイルカ剖検時にヒトが感染した例がある.
ヒトの手指の創傷感染では 1~2 日で創傷部を中心として限界明瞭で多少隆起した紅斑,腫脹を生じる.
5
主な臨床症状と診断
ブタでは,急性型(敗血症),亜急性型(じんま疹)と慢性型(関節炎,リンパ節炎,心内膜炎)が
ある.鯨類では,じんま疹,敗血症,関節炎,心内膜炎が知られているが,海獣技術者研究会の調査に
おいては,リンパ節炎は見られなかった.
敗血症型は経過が極めて早く,臨床症状をほとんど示さない.死亡しているところを発見されたり,
給餌の数時間後に死亡したりする.じんま疹型は,体表に菱形疹が全身に見られることが多い.食欲不
良,発熱などを伴っているが,治癒することが多い.心内膜炎型は,臨床症状だけから判断することは
難しい.発育遅延,突然死.多くは無症状である.
ブタでは,敗血症型が急性経過,通常 2~5 日で死亡,甚急性では 24 時間以内.じんま疹型は亜急性
で,菱形疹は通常 5~10 日で消える.関節炎型,心内膜炎型は慢性.海獣技術者研究会の調査では,バ
ンドウイルカの敗血症型で 1 例が 3 日,じんま疹型でカマイルカ 1 例が 3 日,バンドウイルカ 1 例が
20 日で,それぞれ死亡している.バンドウイルカの心内膜炎型では剖検時に発見された.
抗体価の測定は,下記の機関において検査可能(有料)である.尚,検体は,血清量として 0.1ml(1
回分)を,冷蔵で送付とのこと.ただし、冷凍でも可能.
日生研株式会社
〒198-0024 東京都青梅市新町9-2221-1
TEL (0428)33-1001(代) FAX (0428)31-6166
その他の検査機関としては,最寄りの家畜保健所に問い合わせてみることを勧める.
6
剖検と病理組織検査
ブタの急性敗血症型で最も頻発する病変は,胃の幽門から十二指腸にかけての出血性炎である.これ
は必ずしも潰瘍は伴わない.バンドウイルカでも第 2 胃での点状出血を認めた.じん麻疹型では皮膚以
外に特徴的な病変はみられない.心内膜炎型では,二尖弁の根部に腫瘤物がみられ,三尖弁や大動脈弁
の基部にもできる.急性敗血症型は明らかな肉眼所見を認めないため,剖検時に血液細菌培養は必須の
検査である.
皮膚の発疹部での組織所見では,敗血症型とじん麻疹型では明らかに異なる.前者の発疹は,全身循
環に基づく皮膚の血管の硝子様変性,血栓形成および菌の増殖などである.後者では真皮層における血
管の拡大と充血,乳頭体における細胞浸潤および菌の中等度の増殖などが主体である.
7
予防と治療
バンドウイルカにおける豚丹毒不活化ワクチン接種では,ワクチンのブースター接種により,得られ
た免疫が約半年間維持された.そのため,ワクチンネーションとしては,4週間隔で2回接種し,それ以
降は6ヵ月間隔で接種し続けることが望ましい.
豚丹毒不活化ワクチン販売元
株式会社インターベット
〒105-0013 東京都港区浜松町1-27-14
2
TEL (03)5473-0640(代) FAX (03)5473-0677
商品名 ポーシリスERY
豚丹毒血清型2型
ワクチン接種後には,微熱,食欲不振,行動不活発,接種部位の腫脹、白血球数増加などの副反応が
観察されることがある.さらに,エピネフリンの静脈内投与によって改善はしたものの,ベルーガ2頭
でアナフィラキシーが見られたとの報告もある.
海獣技術者研究会の調査では,3 園館で豚丹毒ワクチン接種を行っているとの回答を得た.それ以外
の予防として,発症個体以外にも抗生物質の予防的投薬を試みている.
治療には抗生物質,特にペニシリン,テトラサイクリン系,マクロライド系が有効で,じんま疹型で
は抗生物質投与で予後良好.一方,敗血症では経過が早く,予後不良で,多くの場合は死亡する.海獣
技術者研究会の調査では,抗生物質の筋肉内あるいは経口投与により,じんま疹型 33 例は完治した.
一方で,敗血症 1 例,じんま疹型 2 例は死亡した.
8
類似疾患
ブタでは,急性敗血症型の症状は,豚コレラ,トキソプラズマ病のそれと類似し,心内膜炎型の病変
では Streptococcus sp.あるいは Actinomyces pyogenes の感染によっても形成され,関節炎型は
Streptococcus sp.,A. pyogenes,Mycoplasma hyosynoviae,M. hyrhynis 感染によっても起こることが
知られている.野生および飼育下のイルカでトキソプラズマ抗体価陽性の報告があり,これらの疾病や
細菌との鑑別も必要であろう.
9
参考文献
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10 Q&A
Q1: どんな菌ですか?
A: 豚丹毒菌(Erysipelothrix 属)は,E. rhusiopathiae の 1 種のみが知られていたが,最近ではそれ
以外に E. tonsillarum など数種が含まれていることが明らかになった.
グラム陽性,通性嫌気性菌,やや湾曲した細小桿菌(0.5~2.5x0.2~0.4μm)で分岐せず,運動性,芽胞,
線毛もありません.やや不明瞭な α 溶血を示します.土壌中でも 1 ヵ月間ぐらいは生存します.乾燥,
腐敗には強いが,加熱や消毒に弱いです.
ゲル内沈降反応により 23 種類の血清型が知られており,日本の鯨類感染症では,2,5,6 型が報告さ
れています.
Q2: 発症する時期はいつですか?
A: 海獣技術者研究会の調査では,ほぼ通年にわたり見られました.
Q3: 治療はどうするのですか?
A: 治療には抗生物質,特にペニシリン,テトラサイクリン系,マクロライド系が有効です.海獣技
術者研究会の調査では,ペニシリン系が最多で,他にはテトラサイクリン系,セフェム系,マクロライ
ド系,クロラムフェニコール系の順で使用されていました.
Q4: どんな症状ですか?
A: ブタでは,急性型(敗血症),亜急性型(じんま疹)と慢性型(関節炎,リンパ節炎,心内膜炎)
があります.鯨類では,じんま疹,敗血症,心内膜炎が知られていますが,海獣技術者研究会の調査お
いても,関節炎,リンパ節炎は見られませんでした.
敗血症型は経過が極めて早く,臨床症状をほとんど示しません.死亡しているところを発見されたり,
給餌の数時間後に死亡したりします.じんま疹型は,体表に菱形疹が全身に見られることが多くありま
す.食欲不良,発熱などを伴っていますが,治癒することが多くあります.心内膜炎型は,臨床症状だ
けから判断することは難しいです.発育遅延,突然死,多くは無症状です.
4
ヒトの感染は類丹毒症と呼ばれ,ほとんどが傷口からの感染です.病獣の解体解剖時に感染する場合
がほとんどで,家畜解体業や獣医師などの職業病です.多くは指および手背,まれに顔面,下腿,頚部
などに限界明瞭で多少隆起し,軽度の熱痛を伴う皮膚炎を起こすが,予後は良好.実際,水族館でイル
カ剖検時にヒトが感染しています.
Q5: どんな検査をするのですか?
A: と畜場などで豚丹毒の疑いのあると畜の臓器診断に応用される検査で,現在は蛍光抗体法が用いら
れています.短時間でしかも型別に診断できる応用価値が高いです.
Q6: これまでに感染報告のある鯨類は,どのような種類がいますか?
A: 日本では,バンドウイルカ,ハナゴンドウ,カマイルカ,スナメリ,オキゴンドウ,イロワケイル
カなどがいます.ほとんどの鯨種が感染する可能性があります.
Q7: 感染源は何ですか?
A: 自然界における分布は極めて広く,土壌や汚水中にも生存し,また死亡した魚類の体表粘液中では,
極めて急速に増殖します.稀に,生きた海水魚からも検出されます.鯨類の感染源として,魚以外に可
能性のあるものとしては,トレーナーの手,ハエ,野生のハト,保菌イルカなどを挙げている報告もあ
ります.
ブタでは経口感染が主で,創傷感染も起こり,ブタの敗血症例では大量の菌が尿や糞便を介して排出
され,濃厚感染の原因となります.
Q8: 予防はどうしたら良いですか?
A: 鯨類への予防としては,日常管理で気をつけることとして,出来るだけ鮮度のよい魚を与えたり,
バケツに氷を入れておくなどの餌管理,飼育水をきれいに保ち,極力底面の汚泥などを排除するなどの
水質管理を行なうことなどです.海獣技術者研究会のアンケート調査では,ワクチン接種を予防として
行なっている園館もありました.バンドウイルカの豚丹毒不活化ワクチン接種では,ワクチンのブース
ター接種により,得られた免疫が約半年間維持されたとの報告があります.
ヒトへの予防としては,動物のふれあい前後は手や指のアルコール洗浄を義務付ける.
Q9: 発症の疑いがあるときはどうしたら良いのですか?
A: 疑いのある患獣を,他個体と水の流通がないところへ隔離することが望ましいです.それが無理な
場合には,飼育水の消毒強化に努め伝播を防止することです.園館によっては,全個体に抗生物質の予
防投与を行なっているところもあります.
施設従事者は,疑いのある患獣の糞便や尿から本菌が排出されている可能性があるため,隔離場所へ
の入水禁止,同所に踏み込み槽の設置,手や指に傷口がある場合には飼育水にはふれない.
校閲 新井 智 国立感染症研究所
執筆 寺沢文男 新江ノ島水族館
(2006 年 3 月執筆)
5
-11-
1
動物園動物のニューカッスル病
概要
ニューカッスル病ウイルスに起因し,ほとんど全世界で多種類の鳥類に発生する急性感
染症である.強毒株では高致死率で,伝播が速く,年齢に関係なく発生する.病原性は流行株
の性質により多様で緑色下痢,奇声,脚麻痺,翼麻痺,頚部捻転,産卵低下などが主な症状で
ある.
2
法的位置付け
わが国では家畜伝染病予防法にて鶏,あひる,七面鳥およびうずら(以下家禽とする)の
本病を届出伝染病に指定している.
3
原因と疫学
ニューカッスル病ウイルス(トリパラミクソウイルス1)は,パラミクソウイルス科ル
ブラウイルス属である.トリパラミクソウイルスは血清学的に 1 型から 9 型に分けられ,ニ
ューカッスル病ウイルスは 1 型である.抗原型は 1 つであるが,ウイルス株により多少差違
がある.病原性はウイルス株により大きく異なり,鶏胚や鶏ひなに対する病原性に基づいて
強毒株,中等毒株,弱毒株の 3 つに大別される.
病性は鳥類の種類,日齢及び免疫状態,並びにウイルスの病原体などの諸要因により,著
しく多岐にわたるが,最も感受性の高い宿主は鶏で壊滅的な流行が発生することがある.典
型的な顕性感染は胃腸炎や肺脳炎の型で現れる.宿主域は少なくとも 236 種の鳥が感受性
を持つとされている.自然宿主はほとんどの鳥類に及ぶが,一般にキジ科の感受性は高い.
最も重度な顕性感染は鶏とホロホロチョウに起こり,七面鳥,キジ,ウズラがこれに次ぐ.
小鳥でもオウム目(特に有冠毛オウム類,オカメインコ,ボウシインコ類),ダチョウ目,
ハト目が高感受性で,スズメ目,フィンチ類はやや抵抗性と推定される.カモ目などの水禽
類は一般に抵抗性である.鳥種によってはしばしば不顕性に感染し,発病しても特徴的な病
徴を欠く鳥も多い.
4
ヒトへの感受性
ヒトには感染しないと考えられてきたが,極めてまれにヒトに感染し,結膜炎を起こす
こともある.
5
主要な臨床症状と診断
・重症型:アジア型,胃腸炎型,急性型とも呼ばれる.
病原性が強い向内臓型.呼吸促迫,咳を主徴とする著明な呼吸器症状,血液の混じた緑色の
水様性下痢.斜頚,脚と翼の麻痺等の神経症状を呈し,数日から 1 週間で致死率 90%にも達
する.
・中等症型:アメリカ型,肺脳炎型,慢性型とも呼ばれる.
病原性がやや弱く向神経型のウイルスの幼若鳥への感染が典型.幼若鳥ほど重症で,加齢に
より抵抗性をもつ.呼吸困難,喘ぎ,咳などの呼吸器症状が出て,翼下垂,頭部と頚部の捻転,
1
旋回運動,後ずさりなどの神経症状を呈す.瀕死期には間代性痙攣を示す.経過は比較的急
性で,幼若鶏致死率は高く 1 ヵ月未満の鶏で 50〜90%,成鶏で 5%である.異常卵の産出もあ
る.
・軽症型:病原性の弱いウイルスの感染で軽度の臨床変化,沈うつ,異常呼吸,下痢等を呈
する.不顕性感染もある.
確定診断には病原ウイルスの分離を要する.
ウイルス分離は 9 日齢の鶏胚の尿膜腔に検査材料を接種して行う.病原ウイルスが存在
すれば胚は一般に出血を伴い接種後 2〜6 日で死亡する.死亡胚の尿膜腔液について,鶏赤
血球を用い,血球凝集性を調べる.赤血球凝集性であれば,抗ニューカッスル病血清を使用
して HI 反応によりウイルスを同定する.ウイルス分離には少なくとも 2〜3 代(1 代は 7 日
間培養)の継代を要する.
抗体は HI 反応や中和テストにより検出できるが,予防接種による抗体か否かの判断はつ
かないので,ペア血清を用いる.
6
剖検と病理組織学的検査
・重症型:解剖所見は前胃の出血,腸粘膜の潰瘍,卵巣の出血,結膜,呼吸器粘膜の充出血,
心臓,肋骨下組織,脂肪組織への点状出血等である.
病理組織所見は出血,水腫,血管変性,呼吸器,結膜における壊死.脳ではニューロンと神
経節に広範な充血と囲管性細胞浸潤等が起こる.強毒内臓型も同様である.
・中等症型:解剖所見は喉頭や気管の出血,気嚢混濁,軽度の肺炎,心脂肪と胸膜下細胞の
充出血,前胃出血,盲腸扁桃の壊死等である.
病理組織所見は呼吸器粘膜壊死と脳脊髄の非化膿性脳炎等である.
7
予防と治療
ニ ュ ー カ ッ ス ル 病 は 法 定 伝 染 病 な の で ,家 禽 で は 基 本 的 に は 治 療 は 行 わ な い .確 認 され
次第処分となる.動物園動物の場合は管轄家畜保健衛生所に相談する.
予防
ワ ク チ ン に よ り 予 防 す る .不 活 化 ワ ク チン と 生 ワ ク チ ン が あ り ,そ れ ぞ れ 接 種 方 法 が異
なり,抗体産生状況,持続期間も異なる.不活化ワクチンはアジュバントを加えたもので鳥
の筋肉内に接種する.生ウイルスワクチンは鶏での安全性は研究されているが,その他の鳥
類の安全性は不明である.ハトなどでワクチン接種による発症例や副反応も報告されてお
り,感染防御能もハトでは不完全との報告がある.
動物園で鶏以外に使用する場合,生ワクチンでは発症の危険性が危惧されるため,ワクチ
ン投与による発症の危険性のない,感染防御能も十分とされる不活化ワクチンの胸筋など
への注射による投与が最も安全確実な予防法と思われる.しかしながら,アジュバンドを用
いているため接種反応も強いため,そのことを十分踏まえて接種する必要がある.鶏では
不活化ワクチンの筋肉注射 1 回で終生免疫が得られるように言われているが,養鶏の場合,
数年間の飼育しか考えていないので,動物園飼育鳥のように終生飼養する動物について終
生免疫かどうかは不明である.今後の研究が望まれる.下記に現在日本で市販されている主
なニューカッスル病ワクチンを紹介する.
2
製品名
1.京都微研
ND・OE ワクチン
製造もしく
は販売元
京都微研
2.京都微研ニワトリ 4 種混合
ワクチン
3.オイルバックス NB2
京都微研
4.オイルバックスNB2AC
化血研
5.NB オイル「NP」
ファマシー
6.ビニューバックス NB
メリアル JP
7.日生研 NB 不活化オイルワ
クチン
日生研
対象疾患お
よび使用株
ND
備考
不活化ワクチン.500ml 鶏 1000
羽分 筋肉内注射.オイルア
ジュバント含
ND,IB,IC-A 不 活 化 ワ ク チ ン . オ イ ル ア ジ
,IC-C
ュバント含
ND ・ IB2( 練 不 活 化 ワ ク チ ン . 二 種 混 合 ワ
馬 株 TM86 ク チ ン . オ イ ル ア ジ ュ バ ン ト
含
株)
ND ・ IB2( 練 不 活 化 ワ ク チ ン . 三 種 混 合 ワ
馬 株 TM86 ク チ ン . オ イ ル ア ジ ュ バ ン ト
含
株)・IC2
ND ・ IB(B42 不活化ワクチン
株)
ND・IB(Ma41 不活化ワクチン
株)
ND・IB
不活化ワクチン
化血研
ND は ニ ュ ー カ ッ ス ル 病 (New castle disease) , IB は 鶏 伝 染 性 気 管 支 炎 (Infectious
Bronchitis),IC-A はニワトリ伝染性コリーザ A,IC-C はニワトリ伝染性コリーザ C を示
す.オイルアジュバント加とあるものは,不活化オイルアジュバントワクチンである.
8
類似疾患
呼吸器症状神経症状及び下痢便などの臨床症状から鳥インフルエンザ,伝染性喉頭気管
炎,伝染性気管支炎,マレック病,鶏脳脊髄炎,鳥インフルエンザ,家禽サルモネラ感染症,鶏
脳軟化症,家禽コレラ,伝染性ファブリキウス嚢病などとの類症鑑別が必要である.
9
参考文献
1. 今井邦俊(2004):ニューカッスル病,In 共通感染症ハンドブック 180-181.日本獣医
師会,東京
2. 真瀬昌司(2002):ニューカッスル病.In 動物の感染症 247-248.近代出版,東京
3. 森泰良 工藤正勝 首藤長夫(1970)
:フラミンゴのニューカッスル病発生例について.
鶏病研報第6巻:73-74.
4. 見上彪(1999)ニューカッスル病,In 獣医伝染病学 第五版.271-273 近代出版,東京
5. 興水佳哉 小川孝一 高橋忠宏(1987)
:ND ワクチン適正使用推進と野鳥の抗体調査. 鶏
病研報 23-2:89-93
6. 小田切美晴(1979):ニューカッスル病,In 獣医伝染病学.452-455 近代出版,東京
7. 小野圭子 倉上澪 平田文吾 青山達也(1998):レース鳩に発生したニューカッスル
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38 増刊号:17-24
3
9. 内布洋一 佐藤和好 緒方博愛 西村秋二 江藤正信(1986):ハトのニューカッスル病
予防について.獣医畜産新報,782:593-596.
10. 山口成夫(2002):地鶏,愛玩鶏,ダチョウなどに発生する疾病と具体的な衛生対策.
鶏病研報 38 増刊号:1-7
11. 日本獣医師会(2003):監視伝染病診断指針(家きん編)獣医師専門版 CD-ROM,東京
12. 岡部信彦, 新井智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福本幸
夫,藤井逸人,山田章雄,吉川轍,岸本寿男,川中正憲 (2003) :動物展示施設にお
ける人と動物の共通感染症対策ガイドライン2003,厚生労働省健康局結核感染
症課,東京
10
Q&A
Q1:
ニューカッスル病はどんな病気ですか?
A1:
ニューカッスル病ウイルスによる鳥の急性感染症で,鶏では高致死率で伝播が早く日
齢に関係なく発症します.症状は緑色下痢,奇声,脚麻痺,翼麻痺,頚部捻転,産卵低下な
どがあります.家畜伝染病法で法定伝染病に指定されています.
Q2:
発症する時期は決まっていますか?
A2:
発症に季節性はありません.
Q3: 鳥がニューカッスル病に感染した場合,治療はどうするのですか?
A3: ニューカッスル病は,家畜伝染病予防法における法定伝染病なので,家禽の場合治療は
行わず淘汰されます.家禽は法的規制を受けますが,動物園動物や稀少鳥類については
法的規制外なので,家畜保健衛生所と相談してください.
Q:4 ニューカッスル病に感染するとどんな症状がでますか?
A:4 鳥では,主要な臨床症状は一般症状の悪化に加えて緑色下痢便の排泄,奇声などの呼吸
器症状や翼の麻痺及び頚部捻転などの神経症状及び急激な産卵低下とそれに続く産卵
停止です.ヒトへの感染は極めてまれで,感染しても結膜炎程度などで 1 週間程度で完
治します.
Q5: ニューカッスル病ではどんな検査をしますか?
A5: 疫学検査,床検査及び剖検により本病が疑われた発生例は血清学的検査または病原学
的 検 査 に 基 づ い て 診 断 し ま す .血 清 学 的 検 査 で は 急 性 期 と 回 復 期 の ペ ア 血 清 に つ い
て,HI 試験,免疫測定法(ELISA)を実施し,有意な抗体価の上昇が認められた場合に
ニューカッスル病と診断される.病原学的検査では気管,直腸便,脾臓肝臓などを材料
として,鶏腎培養細胞接種または鶏胚接種試験を実施して NDV を分離する.
Q6: これまでに感染報告のある鳥は何ですか?
A6: 鶏,ホロホロチョウ,キジ,ウズラ,七面鳥,クジャク,オウム,インコ,ガンカモ,フラン
ミンゴ,スズメ,ムクドリ,カラス,キュウカンチョウ,オオハシ,レア,ヒクイドリなど
4
少なくとも 236 種の鳥が感受性をもつとされているので,基本的に全ての鳥が感受性
として扱うことが望ましい.
Q7: ニューカッスル病の感染源は何ですか?
A7: 発病した鳥からの接触感染です.感染鳥の鼻汁,涙,排泄物の中に多量のウイルスがお
り,体内に入り感染する.ウイルスはヒトの衣服や靴などにも付着して,感染源となる.
Q8: ニ ュ ー カ ッ ス ル 病 を 予 防 す る に は ど う し た ら い い の で す か ?ど ん な 方 法 が あ り ま す
か?
A8: 鳥類の予防にはワクチンが用いられています.ワクチンには,経口,鼻,眼投与の生ワク
チンと不活化オイルアジュバントワクチンの筋肉注射があります.生ワクチンはニワ
トリ以外(ハトなど)では発症例も報告され,動物園動物への投与は危険です.一方,
オイルアジュバントワクチンはオイルによる副作用(筋肉の変性,硬結等)が稀にあ
るので,そのことを踏まえて接種する必要があります.ニワトリでは,生ワクチンは 2
〜3 ヶ月ごとに投与する必要がありますが,不活化ワクチンはかなり長期にわたって
有効であるとされています.使用にはワクチンの使用説明書をよく参照してください.
Q9: ニューカッスル病の感染の疑いがあるときはどうしたらいいですか?
A9: ニューカッスル病は,家畜伝染病予防法に規定された法定伝染病なので管轄の家畜保
健衛生所に報告し,家畜保健所と十分に相談して,感染拡大を防ぎながら血液の抗体検査等
進め,確定診断を行う.
Q10:ニューカッスル病の消毒はどうしたらいいですか.
A10:一般的な消毒剤が有効です.獣舎の消毒には逆性石鹸や消石灰を使用する.
逆性石鹸;刺激や毒性が低く腐食性もない.獣舎,えさ箱,動物体を消毒.
消石灰:飼育環境の土壌消毒等
消毒後に獣舎を清掃する.消毒剤は,動物の糞尿などがあると効果が低下するため十
分量の消毒剤を使用する.エサ箱や給水器は 10 分以上消毒薬に浸漬する.
Q11:ニューカッスル病はヒトに感染しますか?
A10:ヒトへの感染例は報告されているが,極めてまれです.結膜炎やインフルエンザ様の症
状を呈した症例が数名報告されているのみで,重特例,死亡例,ヒト-ヒト感染は報
告されていません.結膜炎やインフルエンザ様症状を呈する可能性がありますが,基本
的にヒトの健康に影響を与えないウイルスと考えられています.
新井
高田
智
真理子
国立感染症研究所
海の中道海浜公園動物の森
(2006 年 3 月執筆)
5
6
-12-
1
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症
概要
非 定 型 抗 酸 菌 症 は , 抗 酸 菌 の う ち ,Mycobacterium leprae ( ら い 菌 ) お よ び M. avium
subsp. paratuberculosis(ヨーネ病菌)と結核菌群を除いた Mycobacterium 属による細菌
感染症を指す.飼育下の魚類・両類・爬虫類において抗酸菌症が発生することは ,よく知ら
れ て い る .魚 類 か ら 分 離 さ れ た こ と が あ る 非 定 型 抗 酸 菌 は ,M. chelonae,M. fortuitum, M.
marinum の3種で,両生類・爬虫類ではその3種に加えて M. ulcerans,M. xenopi が報告さ
れている.
.
2
法的位置付け
家畜伝染病予防法および感染症法では特に規定されていない.
3
原因と疫学
Mycobacterium 属は好気性で抗酸性を示すグラム陽性桿菌である .脂質に富む強固な細
胞壁を有し Ziel-Neelsen 法(抗酸菌染色)で一旦染色されると,酸,アルコール,煮沸によっ
ても脱色され難い.この特性に因んで Mycobacterium 属は抗酸菌と称される.
先に述べた5種は集落形成に要する日数,色素産生,光反応性,アリルサルファーゼの活性
等によって分類される.魚類において報告されている3菌種のうち,M. fortuitum は 37℃で
も発育するが,他の2種は 30℃が至適温度で 37℃では発育できない.また M. fortuitum は淡
水や汽水中が一般的で,M. marinum は海水魚と淡水魚の双方から報告のある病原体である.
M. ulcerans を除く4種は,水が生息環境になり得る.また M. fortuitum と M. chelonae は
土壌中にも生息する.さらに M. marinum は魚,M. xenopi はヒキガエルが保菌動物として重
要である.M. ulcerans は熱帯植物を生息環境とする.
非定型抗 酸菌は魚 類 では経口感染 が最も一 般的であるが ,創傷 や外 部寄生虫を介 して感
染することもある.両生類・爬虫類における非定型抗酸菌症の感染経路に関する記述は見つ
けることができ なかっ たが,魚類同 様経口もし くは創傷によっ て感染 が伝播すると推 測さ
れる.
4
ヒトへの感染性
上記5種全てがヒトに対して病原性を有する.ヒトでは M. fortuitum, M. chelonae,
M. xenopi による肺病変が知られている.M. mariunm は皮膚結節からリンパ節に転移し,
M. ulcerans は可溶性細菌毒素によって深部組織破壊を引き起こす.さらに M. chelonae と
M. fortuitum が 注射部 位の膿瘍を 引き起 こし ,また創傷感 染をも たら すことが知 られて い
る.M. ulcerans は保菌した草による切創で感染する.
魚 類 か ら 分 離 さ れ た 抗 酸 菌 3 種 が 直 接 魚 か ら ヒ ト に 感 染 し た 例 は な い . し か し M.
fortuitum は汚染された 水槽を扱ったヒトの手に皮膚病変を引き起こしたことが報告され
ており,M. marinum は水槽を掃除する際に皮膚の傷が汚染されて感染することがある.M.
marinum による皮膚病は,日本では「水族館病」,英国では「水泳プール肉芽腫」と呼ばれ
ている.しかし本菌は 37℃では発育不能なため,全身的な疾患になることはない.
1
現時点ではこれら5種の抗酸菌が,両生類・爬虫類から直接ヒトに感染したという報告は
ない.
5
主な臨床症状と診断
魚類の抗酸菌症には特異的な外観的症状は認められず,いくつかの非特異的症状を示す
のみである.爬虫類においても抗酸菌症には特異的な外的症状がない.皮膚や内臓に多発性
巣状性の肉芽腫性病変をもたらし,感染動物は慢性的な経過で衰弱し,最終的には死亡する.
外傷,栄養障害,基礎疾患が存在する個体は抗酸菌感染に感受性が高いが,通常,菌の存在だ
けでは抗酸菌症を引き起こさない.いわゆる日和見感染症である.
魚類の抗酸菌症は,病理組織検査で特徴的な肉芽腫が認められ,病変部位の抗酸菌の存在
によって診断する.爬虫類の抗酸菌症の多くは,死後の剖検によって診断される場合が多い
が,皮膚の抗酸菌症の場合は,細菌培養,あるいは直接塗抹によって容易に診断される.
6
剖検と病理組織学的検査
魚類の抗酸菌症では腎臓,肝臓,脾臓において灰色あるいは白色の肉芽腫が顕著に認めら
れる.病患部の中心部は乾酪壊死を呈する. 両生類・爬虫類の抗酸菌症は皮膚や内臓に多発
性巣状性の肉芽腫性病変をもたらす.病理組織学的な中心性の乾酪壊死は爬虫類では見ら
れるが,両生類では目立たない.
7
予防と治療
魚類において有効な治療法が知られていない.病魚の取り上げや環境の消毒が現実的な
防除法である.
両生類・爬虫類の抗酸菌症においても特異的な予防法はない.日和見感染症なので動物の
健康を保つため,飼育環境を良好に維持することが最も有効である.また感染が疑われる動
物が認められる場合には,飼育群からの隔離と動物舎の消毒および洗浄が必要である.
両生類・爬虫類の抗酸菌症を抗菌剤で治療した情報は得られなかった.現実的に,両生
類・爬虫類の抗酸菌症を治療することは不可能である.ヒトの非定型抗酸菌症の治療例で
は,M. fortuitum と M. chelonae はアミカシンとセフォキシチン,M. marinum はリファンピ
シンと塩酸エタンブトール,M. xenopi はほとんどの抗結核薬にそれぞれ感受性を示す.ま
た M. ulcerans に対してはダプソン,ストレプトマイシン,エタンブトールの併用が標準処方
である.菌種の同定ができない場合は,リファンピシン,イソニコチン酸ヒドラジド,塩酸エ
タンブトールの3か月併用が推奨されている.
8
類似疾患
結核との鑑別が必要である.病原菌を培養し,ナイアシンの細胞内蓄積性によって区別す
る.ナイアシンを蓄積するものは結核菌である.菌培養を実施する場合には,耐性菌の場合も
あるため,十分な感染予防措置を実施しながら進める必要がある.
9
参考文献
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2
-病気の診断と治療-, 69-77, Butcher,R.L. 編, 学窓社, 東京.
2.Cooper, J. E. (1981): Bacteria. In Diseases of the reptilia, 165-191, Cooper, J. E. and
Jackson, O. F. (ed.), Academic Press, London.
3.Lamberski, N. (1999): Nontuberculous mycobacteria: potential for zoonosis. In
Zoo and Wild animal medicine: current therapy 4, 146-150. Fowler, M. E. and Miller, R.
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4.前田伸司・小林和夫 (2001): 医学細菌の分類・命名の情報,6. 抗酸菌の分類・命名
の現状と将来像. 感染症学雑誌, 75: 457-459.
5.Marcus, L. C. (1981): Veterinary biology and medicine of captive amphibians and
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6.中村功 (2003): 臨床細菌学ガイド: 合理的な化学療法のために. 288 pp. 永井書店,
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7.Nemetz,T.G.and Shotts,Jr.E.B. (1993): Zoonotic diseases. In Fish Medicine, 214-220,
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WEB 上の参考資料
8.岡部信彦, 新井智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福本幸
夫,藤井逸人,山田章雄,吉川轍,岸本寿男,川中正憲 (2003) : 動物展示施設におけ
る人と動物の共通感染症対策ガイドライン2003,厚生労働省健康局結核感染症課
(東京)
9.アジア医師連絡協議会.http://www.amda.or.jp/contents/database/4-2/
10
Q&A
Q1:
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症とはどんな病気ですか?
A
抗酸菌のうち,Mycobacterium leprae(らい菌)および M. avium subsp.
:
paratuberculosis(ヨーネ病菌)と結核菌群を除いた Mycobacterium 属による魚類・
両生類・爬虫類の感染症のことを言います.いわゆる魚類・両生類・爬虫類の非定型
抗酸菌症です.飼育下の両生類・爬虫類に非定型抗酸菌症が発生することはよく知ら
れています.魚類において報告されている非定型抗酸菌は,M. chelonae, M. fortuitum,
M. marinum の3種で,両生類・爬虫類ではさらに M. ulcerans と M. xenopi が報告
されています.その全てがヒトに対して病原性を有します.非定型抗酸菌症に感染し
た魚類・両生類・爬虫類からヒトへ直接感染した報告はありません.しかし,水槽の
洗浄を介して創傷感染した例が報告されていますので,感染が疑われた場合には,飼
育環境を消毒し,水槽などを洗浄する必要があります.
Q2:
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症の予防,治療はどうするのですか?
A
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症に特異的な予防法はありません.日和見感
:
染症なので動物の健康を保つため,飼育環境を良好に維持することが最も有効です.
感染が疑われる動物が認められる場合には,飼育群から隔離し,動物舎の消毒と洗浄
が必要です.魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症を抗菌剤で治療した報告はなく,
また現実的に不可能です.
3
Q3:
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症はどんな症状、病理所見ですか?
A
魚類・爬虫類の非定型抗酸菌症には特異的な症状はありません.病理学的には魚類
:
では腎臓,肝臓,脾臓において灰色あるいは白色の肉芽腫が顕著に認められます.両生
類・爬虫類の非定型抗酸菌症は皮膚や内臓に多発性巣状性の肉芽腫性病変をもたら
し,感染動物は慢性的な経過で衰弱し,最終的には死亡します.
ヒトにおける非定型抗酸菌症は,肺病変や創傷病変が報告されております.
Q4:
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症はどんな検査をするのですか?
A : 皮膚に病変がある場合は,患部の細菌培養あるいは直接塗抹によって診断が可能で
す.しかし病変が内臓に限局される場合は,外見上病変は認められず,検査法もなく,
死後の剖検によってのみ診断されます
.
Q5:
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症はどんな魚類・両生類・爬虫類が感染す
るのですか?
A
:
非常に幅広い種類の魚類・両生類・爬虫類が非定型抗酸菌に感染すると思われま
す.基本的に全ての魚類・両生類・爬虫類が感受性と考えて対応する必要があります.
Q6:
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症の感染源は何ですか?
A
魚類・両生類・爬虫類の非定型抗酸菌症は,日和見感染症の一つのため,水や土壌
:
など,が生息環境に存在するもの全てが感染源となり得ます.熱帯植物を生息環境と
する菌種もあります.また魚やヒキガエルが保菌動物として重要です.現時点では非
定型抗酸菌が,魚類・両生類・爬虫類から直接ヒトに感染したという報告はありませ
ん.しかし M. fortuitum と M. marinum は汚染された水槽からヒトに感染した例があ
り,注意を要します.特に M. marinum によるヒトの皮膚病は日本では「水族館病」と
呼ばれ,比較的感染例が多い疾患です.
校閲
新井
智
執筆
長谷川一宏
(2006 年 3 月執筆)
4
国立感染症研究所
鳥羽水族館
-13-
レプトスピラ症
1
概要
レプトスピラ症は,Leptospira 属菌の感染によって起こるヒトと動物の共通感染症である.臨床症状
は動物種により異なるが,すべての哺乳類が感染すると考えられ,一般に発熱,血色素尿,貧血,黄疸,
異常産(流・早・死産,虚弱子豚の娩出),急性腎不全(特にイヌ)などを主徴とする.世界各地で流
行がみられ,わが国でも各地で発生が認められている.野生げっ歯類がレプトスピラを保菌しているこ
とが多いと考えられている.げっ歯類の体内ではレプトスピラは宿主には特に障害を与えることなく腎
臓の曲尿細管中で増殖し,尿中に排出される.
2
法的位置付け
家畜伝染病予防法の届出伝染病(ウシ,スイギュウ,シカ,ブタ,イノシシ,イヌ),感染症の予防
及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)で4類に指定されている.
当該家畜を診断し,またはその死体を検案した獣医師は遅滞なく所管の家畜保健衛生所に文書または
口頭で届け出なければならない.
3
原因と疫学
レプトスピラはスピロヘータ科レプトスピラ属に分類され,微好気性~好気性で,グラム陰性,細胞
体にペリプラスム鞭毛と呼ばれる2本の軸帯を有し,運動性に富んだ細菌である.
非病原性の Leptospira
biflexa と病原性をもつ L. interrogans の2菌種に分けられていたが,現在では 28 種の血清群と 250 種以
上の血清型に分類されている.わが国に常在するのは L. icterohaemorrhagiae(出血黄疸型), L. canicola
(犬疫型) L. autumnalis(秋疫A), L. hebdomadis(秋疫 B), L. australis(秋疫C),および L.
pyrogenes と考えられている.
海外においては,家畜に強い病原性を持つ 血清型に L. pomona と L. hardjo が報告されている.レプ
トスピラ属の中で現在わが国の家畜伝染病予防法で届出伝染病に指定されている血清型は, autumnalis,
canicola,icterohaemorrhagiae, australis, hardjo, pomona, grippotyphosa の7タイプである.
家畜では,ウシ,ウマ,ブタ,ヒツジ,ヤギ,キツネ,イヌ,野生動物ではカンガルーやオポッサム
などの有袋類,ハリネズミ,コウモリ,ネズミ,ビーバー,ウサギ,マングース,ジャッカル,コヨー
テ,アライグマ,アナグマ,スカンク,アシカ,テナガザル,シカなど,すべてのほ乳類が感染すると
考えられている.両生類や爬虫類も感染する可能性がある.
動物とヒトとの間,動物と動物間の感染は,レプトスピラを含む汚水や感染動物の尿で汚染された水
や食物の摂取が主な原因と考えられる.
4
ヒトへの感染性
ヒトと動物の共通感染症である.ヒトへの感染は衛生状態の向上や有効な抗生物質の開発により発生
が減少したが,川や湿地に入るアウトドア・スポーツの興隆とともに近年,感染・発症する例が再び増
加している.国内の衛生状態が向上したため日本での発生は少なくなる傾向にあるが,海外で感染し,
帰国後,発症する例がみられる.近年,ペットのハムスターやアメリカモモンガからヒトが感染した例
が報告されている.厚生労働省のまとめでは平成 15 年に 1 例,16 年に 18 例が確認されている.
5
主な臨床症状と診断
1
感染してもまったく症状を現さないものから,重篤な症状がみられるものまで様々である.ウシ,ヒ
ツジ,ヤギでは不顕性感染が多い.顕性例では発熱,食欲不振,貧血,血色素尿,黄疸,流死産などが
認められている.雄ウシでは精巣炎が起こり,精子形成能が低下する.
ブタは死亡することはなく,一般には突然に流・早・死産を起こす.流産胎子の外見は正常である.
正常分娩であっても娩出された子豚は虚弱である.子豚が感染すると,菌血症を伴い一過性の発熱,食
欲不振などのほか,黄疸, 血色素尿症,貧血が認められる.おおむね1週間以内に回復する.子豚の
感染は比較的まれである.
イヌでは,発熱,筋肉の振戦,食欲廃絶,嘔吐,口腔粘膜の出血,黄疸などが認められる.ヒトでは
発熱,頭痛,筋肉痛のほか,嘔吐,下痢,腹痛など消化器症状が主で,イヌと類似している.時にぶど
う膜炎を起こす例も知られている.
動物園動物における感染例ではワラビーやカンガルーでは顔面や育児嚢に浮腫が認められた.フクロ
テナガザルでは血色素尿と黄疸が認められたが,元気消失の程度は軽度であった.
下記に代表的な検査方法と民間検査機関を記す.
血清学的検査:ラテックス凝集反応および凝集溶菌反応により血清抗体価を測定する.
動物接種試験:血液あるいは腎臓乳剤を幼若モルモットの腹腔内に接種する.
菌の培養(分離培養):発熱期の血液,慢性期の尿および腎臓をコルトフ培地あるいはコックス培地
で,28~30℃,2~4日間培養し,暗視野顕微鏡下で菌を確認する.
アドテック株式会社(tel:0978-33-5500),KICAL(ケイアイキャル
0485-93-3953),マルピーライ
フテック株式会社(0727-53-0335)などの民間検査機関でも検査を請け負っている.
6
剖検と病理組織検査
血清ビリルビン値が高い動物では,全身に黄疸が認められる.生前出血傾向が認められた動物では,
全身の臓器に出血がみられる.イヌの急性例では腎臓の出血,慢性例では腎臓の萎縮などが認められる.
組織学的には腎糸球体と尿細管の変性・壊死,間質のリンパ球浸潤,肝臓の小葉中心部の凝固壊死など
が認められる.
肝臓は急性充血および赤血球の血管外漏出がみられ,肝細胞の水腫様変性,穎粒様変性が著しく,ク
ッパー細胞の増生,類洞壁構造の重度の破壊およびヘモジデリン沈着が認められる.肺は,肺胞壁間質
の浮腫状膨化,充血および赤血球の血管外漏出が認められる.部分的な肺拡張不全および代償性肺気腫
の所見,およびそれに伴う炎症性細胞反応のほか,毛細血管系の拡張および赤血球の血管外漏出がみら
れる.
7
予防と治療
レプトスピラは湿潤な環境でよく増殖するため,水田,池,湿地,沼地,小川などの水環境に常在し
て感染源となる恐れが大きい.常在が疑われるこのような場所のたまり水を飲ませないように注意する.
中性あるいは弱アルカリ性の淡水中や土壌中では数カ月間生存可能である.
レプトスピラは低温には強いが高温には弱く,45℃,30分で死滅し,さらに直射日光,乾燥,酸
および消毒薬に弱い.このため,創傷は消毒を厳重にして,環境の乾燥に努めることが重要である.室
内で飼育する動物では 尿がヒトの口や眼に入らないように注意する.消毒液は次亜塩素酸ナトリウム,
ヨード製剤および逆性石鹸などほとんどのものが有効と考えられる.
保菌動物と考えられる園内のげっ歯類の駆除をおこなう.しかし,完全な駆除は極めて困難であるた
め,動物園動物とげっ歯類との直接的,間接的接触を防止することが現実的な対処法ある.動物を新た
2
に導入する際に,レプトスピラ関連の検査を実施し感染を否定すると安心である.
本症の予防に用いられているワクチンの効果は半年から1年程度で,毎年接種する必要がある.イヌ
用として2種類の血清型(L. icterohaemorrhagiae, L. canicola)および3種類の血清型( L. autumnalis,
L. hebdomadis, L. australis)に対するワクチンがある.ヒト用には4種類の血清型(L. autumnalis, L.
hebdbmadis, L. australis, L. icterohaemorrhagiae)に対するワクチン(ワイル病ワクチン)が利用
できる.
本菌に対するワクチンの予防効果は血清型に依存しているため,わが国における血清型に合うワクチ
ンを接種することが必要である.外国ではワクチン接種によるウシの流産・死産の軽減が図られている
が,わが国では発症例の少ないこともありワクチン接種は実施されていない.
治療には各種の抗生物質が有効であるが,硫酸ストレプトマイシンまたは硫酸ジヒドロストレプトマ
イシンがよく用いられる.投与量はイヌで10mg/kg,12時間毎皮下投与,投与期間は3日間までと
する.ストレプトマイシンは聴覚障害を起こすことがあり,投与量を厳守し,1週間以上投与を続けて
はならない.静脈内には,テトラサイクリン5~10mg/kg を12時間毎に投与する.経口投与ができ
れば,ドキシサイクリンを初回量5mg/kg,12時間後に25mg/kg,その後は24時間毎に2.5mg/kg
投与する.他のテトラサイクリン類は主に腎臓に排泄されるが,ドキシサイクリンは主に胆汁中に排泄
されるため,腎不全でも投与量を調節する必要ない.
イヌが急性腎不全で乏尿および無尿の症状を示す場合は,フロセミド 1mg/kg を最初の4時間,その
後ドパミン2~5mcg/kg/分を点滴投与して排尿を促す.利尿剤と血管拡張剤の効果がない場合は腹膜
灌流が必要となる.
ブタではストレプトマイシン25mg/kg を投与し,同居ブタも含めてテトラサイクリン系抗生物質
600ppm を飼料に添加して一定期間にわたり連続または間歇投与する.
8
類似疾患
黄疸,出血,腎障害などの症状が見られる場合は,細菌感染による多臓器不全やウイルス肝炎との鑑
別が,軽症型レプトスピラ症は熱性疾患との類症鑑別が必要である.
9
参考文献
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4. 小野田憲一郎(2002):(牛の)レプトスピラ症.In
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(犬の)レプトスピラ症.In 監視伝染病診断指針(馬,犬,兎,しか,
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6. 小野田憲一郎(2003)
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犬,兎,しか,めん羊,山羊)編.174-175.日本獣医師会.東京
3
7. 増澤俊幸(2004):レプトスピラ病.In
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8.岡部信彦, 新井智,安藤正樹,大山卓昭,多田有希,中島一敏,成島悦雄,福本幸夫,藤井逸人,
山田章雄,吉川轍,岸本寿男,川中正憲 (2003) : 動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガ
イドライン2003,厚生労働省健康局結核感染症課(東京)
9.WEB 上の参考資料
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http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k03/k03_012/k03_012.html
上田久(2005):レプトスピラ.動物衛生研究所.
http://niah.naro.affrc.go.jp/disease/fact/reputo.html
10
Q
& A
Q1:レプトスピラ症はどんな病気ですか?
レプトスピラという細菌に感染しておきるヒトと動物の共通感染症です.哺乳類のほとんどが感染し
ます.両生類や爬虫類も感染する可能性があるといわれています.
わが国をはじめ世界各地で流行がみられます.レプトスピラ菌を含む汚水や感染動物の尿で汚染され
た水や食物を飲んだり食べたりすると感染します.体に傷があると,傷口からの感染も起こります.
Q2:レプトスピラ症はどんな症状がでますか?
動物種によって症状はさまざまです.例えばげっ歯類や偶蹄類の仲間は症状が現れず,無症状のまま
菌を排出する保菌者になることが多いようです.霊長類や食肉類では発熱,血色素尿,貧血,黄疸,異
常産(流・早・死産,虚弱子豚の娩出),急性腎不全などが現れます.ヒトでは発熱,頭痛,筋肉痛の
ほか,嘔吐,下痢,腹痛などが主な症状です.
Q3:レプトスピラ症に感染した場合にはどんな検査をしますか?
感染が疑われた場合,血清抗中の抗体価測定や,血液あるいは腎臓乳剤をモルモットの腹腔内に接種
する動物接種試験を行います.また,培養して暗視野顕微鏡で菌を確認します.
Q4:レプトスピラ症に感染した場合には治療はどうしますか?
いろいろな抗生物質が有効ですが,硫酸ストレプトマイシンまたは硫酸ジヒドロストレプトマイシン
がよく使われます.イヌでは 10mg/kg を 12 時間毎に皮下注3日間,テトラサイクリン5~10mg/kg を
12 時間毎にて静注,経口投与ができればドキシサイクリンを初回量5mg/kg,12 時間後に 25mg/kg,そ
の後は 24 時間毎に 2.5mg/kg を投与します.
Q5:どのように予防しますか.
動物園ではげっ歯類が感染源になることが多いようです.げっ歯類を園内から一掃することができれ
ばよいのですが,ほとんど不可能です.このため,動物舎にはネズミが侵入しないように工夫するとと
もに,水溜りが発生しないように注意することが現実的です.
日本ではイヌ用とヒト用のワクチンが入手できます.ワクチンの効果は半年から1年程度でなくなる
ので,効果を持続するために毎年接種する必要があります.ワクチンは特定の血清型しか効果がありま
せん.このため,血清型にあったワクチンを接種することが必要です.
Q6:消毒はどのようにおこないますか.
4
レプトスピラは高温に弱く,45℃30 分で死滅します.直射日光,乾燥,酸に弱く,次亜塩素酸ナトリ
ウム,ヨード製剤および逆性石鹸などほとんどの消毒薬が有効です.
校閲 新井 智 国立感染症研究所
執筆 成島悦雄 多摩動物公園
(2006 年 3 月執筆)
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